説明

アップコンバージョン型蛍光体

【課題】実用的な輝度を有するセラミックスであるアップコンバージョン型蛍光体、特にセリウム酸化物系セラミックスであるアップコンバージョン型蛍光体を提供すること。
【解決手段】母材である酸化セリウム(CeO2)に、シリコン原子(Si)および少なくとも1種の希土類原子がドープされ、該シリコン原子(Si)、セリウム原子(Ce)および全希土類原子の総数を100原子%としたときに、該シリコン原子(Si)を0.1〜50原子%含有するセラミックスであるアップコンバージョン型蛍光体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、各種分野での利用が期待されている蛍光体、特にバイオ・メディカル分野などでの利用が期待されているアップコンバージョン型蛍光体に関する。
【背景技術】
【0002】
蛍光体は、取り込んだ外部エネルギーを可視光に変換する物質であって、蛍光灯、白色LED(light-emitting diode)、CRT(cathode-ray tube)ディスプレイ、プラズマディスプレイ、液晶ディスプレイ用バックライトなどの照明やディスプレイなどに広汎に使用利用されている。
上記蛍光体で起こる蛍光現象は、賦活剤となる原子において、電磁波の外部エネルギーを吸収することによって励起した電子が基底状態に戻る際に、可視光領域の波長の蛍光を放出する現象である。このような蛍光体で起こる外部エネルギーの可視光への変換は、大きく次の二つに分類される。
【0003】
1つは、ダウンコンバージョンとして知られ、これは、蛍光体が、吸収した外部エネルギーよりも低いエネルギーを蛍光として放出する現象をいう。
より具体的には、通常紫外光、電子線あるいはX線のように可視光領域のエネルギーよりも高いエネルギーを有する外部エネルギーがダウンコンバージョン型蛍光体に吸収され、吸収された外部エネルギーよりも低いエネルギーである可視光をダウンコンバージョン型蛍光体から放出して、エネルギーの変換を行う方法である。
【0004】
そのような変換を行う物質としては、例えば、赤色蛍光体であるYVO4:Eu、青色蛍光体であるBaMgAl1017:Eu、緑色蛍光体であるZn2SiO4:Mnが知られている。
【0005】
もう1つは、アップコンバージョンとして知られ、これは、上記ダウンコンバージョンとは逆に、蛍光体が、吸収した外部エネルギーよりも高いエネルギーを蛍光として放出してエネルギーの変換を行う方法である。
より具体的には、通常は、赤外光のように可視光よりも長波長の低いエネルギー線である外部エネルギーがアップコンバージョン型蛍光体に吸収され、吸収された赤外光よりも高いエネルギーを有する赤外光よりも短波長である可視光を放出させて、エネルギーの変換を行う方法である。
【0006】
アップコンバージョン型蛍光体としては、例えば、NaYF4:Er,Yb、Y23:Er,Yb、Gd23:Er,Ybが知られている。
これら蛍光体のうち、アップコンバージョン型蛍光体では、ダウンコンバージョン型蛍光体とは異なり、被照射対象物に損傷などの何らかの影響を与えがちな紫外光を外部エネルギーとして用いる必要がない。そこで、被照射対象物が例えば生体組織などであっても、被照射対象物にほとんどダメージを与えることがなく透過する赤外光、特に近赤外光を外部エネルギーとして用いることができ、特にバイオ・メディカル分野への応用が大きく期待されている。
【0007】
従来バイオ・メディカル分野では、蛍光タンパク質、ナノダウンコンバージョン蛍光体、および量子ドットがバイオイメージング用として利用されてきた。しかし、それら物質の化学安定性や安全性が懸念されていることから、それらに代わってアップコンバージョン型蛍光体が注目されている。
そのようなアップコンバージョン型蛍光体となる物質の一例として、母材であるハロゲン化物に希土類原子をドープした、NaYF4:Er,Ybのようなフッ化物系セラミックスや、母材である酸化物に希土類原子をドープした、CeO2:Er,Ybのような酸化物系セラミックスが知られている(特許文献1および特許文献2)。
【0008】
このような特殊な金属フッ化物に希土類原子をドープした前者のフッ化物系セラミックスは高輝度を示すが、酸化物に希土類原子をドープした後者の酸化物系セラミックスでは未だ十分な実用的な輝度は達成されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2006−117864号公報
【特許文献2】特開2004−107612号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、実用的な輝度を有するセラミックスであるアップコンバージョン型蛍光体、特にセリウム酸化物系セラミックスであるアップコンバージョン型蛍光体を提供することにある。
また、本発明は、高い化学的安定性を示すと同時に製造が容易であるアップコンバージョン型蛍光体の提供を目的としている。
さらに、本発明は、赤外光領域にピークを有する赤外光を用いて可視光領域にピークを有する高輝度の可視光の蛍光を発光することができるアップコンバージョン型蛍光体の提供を目的としている。
また、さらに本発明は、幅広い用途に使用することができるアップコンバージョン型蛍光体を提供することを目的としている。
なお、本明細書において、「高輝度」とは、例えば、CeO2:Er,Ybなどの従来の酸化物系セラミックスの輝度に比べて高い輝度をいう。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、母材である酸化セリウム(CeO2)に、シリコン原子(Si)および少なくとも1種の希土類原子がドープされ、該シリコン原子(Si)、セリウム原子(Ce)および全希土類原子の総数を100原子%としたときに、該シリコン原子(Si)を0.1〜50原子%含有するセラミックスであるアップコンバージョン型蛍光体である。
【0012】
ここで、前記希土類原子は、エルビウム原子(Er)および/またはイッテルビウム原子(Yb)であることが望ましい。
また本発明のセラミックスは、電子顕微鏡を用いて測定して求めた数平均粒子径が1〜200nmの範囲にある微粒子群から構成されることが望ましい。
そして、本発明のアップコンバージョン型蛍光体は、960〜1000nmの近赤外光を吸収して、450〜750nmの可視光を発光するセラミックス蛍光体であることが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、従来の酸化物系セラミックス蛍光体の中では輝度が高いとされてきたCeO2:Er,Ybよりもさらに輝度が高く、しかも耐水性のように環境に起因する負荷に対する耐性のような化学的安定性も高い酸化セリウム系セラミックスであるアップコンバージョン型蛍光体を提供することができる。
【0014】
そしてこのアップコンバージョン型蛍光体は、母材である酸化セリウム(CeO2)にシリコン原子(Si)が希土類原子と共にドープされている。
従って、母材である酸化セリウム(CeO2)にシリコン原子(Si)がドープされていないセラミックス蛍光体に比して、より小さい一次粒子群から構成され、該一次粒子群の粒度分布の標準偏差が小さく平均粒径がそろった状態であり、例えば平均粒径が1〜200nmの微粒子群を構成する。
【0015】
このような、本発明によれば、例えば、バイオ・メディカル分野への利用が可能なサイズの粒子を容易に提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】CeO2の計算値(シミュレーションパターン)および3〜7、参考例1および比較例1で得られたセラミックスのX線回折分析結果であり、角度(2θ)と強度(a.u.)との関係を示すパターンである(「CeO2 Cubic ICSD#29046」は「CeO2の計算値」であり、「%」は「原子%」である)。
【図2】実施例1および比較例1で得られたセラミックスに980nmの近赤外光を照射したときの、発光した光の波長と強度(a.u.)との関係を示す図である。
【図3】実施例1および比較例1で得られたセラミックスの走査型電子顕微鏡写真(SEM)を示す。
【図4】実施例1、2、4および比較例1で得られたセラミックスに980nmの電磁波を照射した時の、セラミックス中のケイ素原子(Si)の量(%)と560nmでの蛍光強度(a.u.)との関係を示す図である(「%」は「原子%」である)。
【図5】実施例8および比較例2で得られたセラミックスに980nmの近赤外光を照射したときの、発光した光の波長と強度(a.u.)との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
[定義]
本明細書においては、下記用語を次の通り定義する。
「可視光」とは、波長が380〜750nmの電磁波をいい、可視光線ともいう。
「紫外光」とは、波長が10nm以上380nm未満の電磁波をいい、紫外線ともいう。
「赤外光」とは、波長が750nmを越えて1000000nm以下の電磁波をいい、赤外線ともいう。
「近赤外光」とは、赤外光のうち、波長が750nmを越えて2500nm以下の電磁波をいい、近赤外線ともいう。
【0018】
セラミックスの組成を、例えば、「Ce0.841.98:Er0.035Yb0.0044Si0.12」のように、組成式、コロン(:)、元素記号および数字(元素毎に全て表示)で表した場合は、コロンの左側の組成式はセラミックスの基本骨格構造の組成式を表し、コロンの右側の元素記号は母材にドープされた原子の種類を表し、下付き数字はシリコン原子(Si)、セリウム原子(Ce)および全希土類原子の総数を1とした時の各原子の数をそれぞれ表す。この表記は、例えば元素分析測定などで決定されたセラミックスの実際の組成を示す。なお、コロンを省略する場合がある。
【0019】
これに対して、例えば、「CeO2:Er,Yb」のように、コロンの右側に数字を記載しない場合には、コロンの左側は母材を表し、コロンの右側はドーパントの種類を表す。この表記は、セラミックスの実際の組成(各原子の構成比)を示すものではない。なお、コロンを省略する場合がある。
【0020】
「母材」とは、シリコン原子(Si)や希土類原子などドーパントがドープ(ドーピング)される被ドープ体(被ドーピング体)を構成するものをいう。「母材」の組成は、セラミックス中における実際の組成を示すものではない。セラミックス中における実際の組成を示す場合には、別途「基本構造骨格」として表記する。例えば、後述する「Ce0.841.98:Er0.035Yb0.0044Si0.12」の組成を有するセラミックスでは、母材の組成が「酸化セリウム(CeO2)」であり、基本構造骨格が「Ce0.841.98」である。但し、X線回折測定では、基本構造骨格がCeO2と異なっていても、そのピーク値は「CeO2」に一致する。
また、Y23やGd23などを母材として用いることはできるが、CeO2を母材とする態様に比して、セラミックスの発光蛍光強度が劣るため、本発明においてはCeO2を母材とする。
【0021】
「酸化セリウム」とは、特に断りがない限り、化学式「CeO2」で表される4価の酸化セリウムをいう。なお、化学式「CeO2」で表される4価の酸化セリウムは、化学式「Ce23」で表される3価の酸化セリウムに比べて、得られる蛍光体の輝度が非常に高い点で優位である。
【0022】
「ドープ」あるいは「ドーピング」とは、少量の不純物(ドーパント)を母材に対して添加することをいう。ドーパントは、母材である酸化セリウム(CeO2)に何らかの形で存在していればよく、該酸化セリウム(CeO2)の結晶格子の原子と置換されていてもよいし、該酸化セリウム(CeO2)の結晶格子とドーパントとが混在する混合状態でもよい。
【0023】
「酸化セリウム(CeO2)の結晶格子」とは、酸化セリウム(CeO2)の結晶格子のみならず、酸化セリウム(CeO2)の少なくとも一部の原子がドーパントに由来する原子などにより置換されている結晶格子をも含めていう。「酸化セリウム(CeO2)の結晶構造」についても同様である。
【0024】
「ドープ量」とは、母材にドープされた量(母材に含有されるドーパントの量)をいう。
「原子%」とは、特定の原子群の総数を100原子%とした時の、対象原子数の割合(百分率)をいう。
「a.u.」は、「arbitrary unit」の略であり、任意単位であることを示す.
以下、本発明について説明する。
1.アップコンバージョン型蛍光体
本発明に係るアップコンバージョン型蛍光体は、母材である酸化セリウム(CeO2)に、シリコン原子(Si)および少なくとも1種の希土類原子が特定量ドープされたセラミックスである。ドーパントであるシリコン原子(Si)および少なくとも1種の希土類原子は、該アップコンバージョン型蛍光体中に均一に分布している。
【0025】
1−1.アップコンバージョン型蛍光体の構成
<母材:酸化セリウム(CeO2)>
上記アップコンバージョン型蛍光体の母材である酸化セリウム(CeO2)には、その結晶構造中に希土類原子が、例えば、アップコンバージョン発光できる状態に担持されているか、あるいは、原子置換などにより取込まれたりしている。このようにして、希土類原子がドープされている。
母材である酸化セリウムは、励起光に対して透明性を有するものであればよく、4価の酸化セリウムであれば特に限定されない。ここで、「励起光に対して透明性を有する」とは、励起光を吸収したり、励起光と相互作用を起こして散乱などを生じたりしないことをいう。
【0026】
<希土類原子>
本発明のアップコンバージョン型蛍光体には、母材である酸化セリウム(CeO2)に希土類原子がドープされている。
上記酸化セリウムにドープされる希土類原子としては、エルビウム原子(Er)、ホルミウム原子(Ho)、プラセオジム原子(Pr)、ツリウム原子(Tm)、ネオジム原子(Nd)、ガドリニウム原子(Gd)、ユウロピウム原子(Eu)、イッテルビウム原子(Yd)、およびサマリウム原子(Sm)が挙げられる。
これらは、1種単独で上記酸化セリウム(CeO2)にドープされてもよいし、2種以上が組み合わされて上記酸化セリウム(CeO2)にドープされてもよいが、発光色の種類の選択幅や輝度(蛍光度)の高さの観点から、2種またはそれ以上を組合せて上記酸化セリウムにドープされることが好ましい。
【0027】
これらの希土類原子は、発光色の波長および輝度(蛍光度)を考慮して適宜選択することができるが、特にエルビウム原子(Er)および/またはイッテルビウム原子(Yd)を選択するあるいは組合せることが、高輝度のアップコンバージョン型蛍光体を提供できる観点より好ましい。なかでも、エルビウム原子(Er)を賦活剤とし、他の希土類原子を共賦活剤とする組合せが好ましく、特にエルビウム原子(Er)およびイッテルビウム原子(Yd)を組合せて用いると、希土類原子を1種単独で用いた態様やその他の組合せで希土類原子を用いた態様に比して、アップコンバージョン型蛍光体の蛍光挙動の再現性が高く、また、アップコンバージョン型蛍光体がより高い輝度の蛍光を発する傾向にある。
【0028】
<シリコン原子(Si)>
本発明のアップコンバージョン型蛍光体には、母材である酸化セリウム(CeO2)に上記希土類原子の他に、シリコン原子(Si)もドープされている。
該アップコンバージョン型蛍光体には、シリコン(Si)がドープされているので、シリコン(Si)がドープされていないアップコンバージョン型蛍光体に比して、高い輝度の蛍光を発する。
【0029】
<その他成分>
本発明のアップコンバージョン型蛍光体には、上記母材である酸化セリウム(CeO2)、ドーパントである希土類原子およびシリコン原子(Si)以外にも、本発明の目的を損なわない範囲内で、例えばアルミニウム(Al)などのその他成分が必要に応じて含まれていてもよい。
しかし、その他成分原子を添加することにより得られる蛍光体の輝度が低下する傾向があるという観点からは、本発明のアップコンバージョン型蛍光体は、上記母材である酸化セリウム(CeO2)、ドーパントである希土類原子およびシリコン原子(Si)以外のその他成分が、通常の場合、0.1重量%以下であることが望ましい。
【0030】
1−2.アップコンバージョン型蛍光体の組成
本発明のアップコンバージョン型蛍光体の組成は下記式(1)で表すことができる。
Cemn:RxSiyz・・・(1)
式(1)中、Rは希土類原子(1種または2種以上)を表し、Aは上記その他成分を表す。m、n、x、yおよびzは、それぞれ順に、セリウム原子(Ce)数、酸素原子(O)数、全希土類原子(R)数、シリコン原子(Si)数、その他成分(A)の原子数を表す。
いずれの原子も、それぞれ、アップコンバージョン型蛍光体が高い輝度の光を放出するという観点より、次に示す量でアップコンバージョン型蛍光体に含まれることが望ましい。
【0031】
<シリコン原子(Si)、セリウム原子(Ce)および全希土類原子の総数を100原子%としたとき(m+x+y=1)>
上記アップコンバージョン型蛍光体中のシリコン原子(Si)、セリウム原子(Ce)および全希土類原子の総数を100原子%としたとき(m+x+y=1)に:
セリウム原子(Ce)は、通常50〜99.9原子%(m=0.50〜0.999)、好ましくは70〜89原子%(m=0.70〜0.89)、より好ましくは79〜89原子%(m=0.79〜0.86)であり;
希土類原子は、Erおよび/またはYb(Rx=Erx1、Ybx2、または、Erx1Ybx2、x1およびx2は、それぞれ順に、エルビウム原子(Er)数、イッテルビウム原子(Yb)数を表す)であるときは、
Erが、通常0.1〜20原子%(x1=0.001〜0.2)、好ましくは1〜10原子%(x1=0.01〜0.1)、より好ましくは3〜5原子%(x1=0.03〜0.05)であり、
Ybが、0.05〜30原子%(x2= 0.0005〜0.3)、好ましくは0.1〜20原子%(x2=0.001〜0.2)、より好ましくは0.3〜3原子%(x2= 0.003〜0.03)であり;
シリコン原子(Si)の添加量(ドープ量)は、(酸化セリウム(CeO2)にドープする希土類原子の種類や所望する輝度の程度(蛍光度の強度)によっても変るが)通常0.1〜50原子%(y=0.001〜0.5)、好ましくは1〜20原子%(y=0.01〜0.2)、より好ましくは10〜20原子%(y=0.10〜0.20)、さらに好ましくは11〜13原子%(y=0.11〜0.13)であり;
その他成分(A)は、1原子%以下であることが好ましく、(z≦1)、0.1原子%以下であることがより好ましく(z≦0.1)、0原子%(z=0)であることが特に好ましい。なお、酸素原子(O)の量は、他の原子の酸化数との関係により自ずと決定される。
【0032】
<セリウム原子(Ce)数を1としたとき(m=1)>
上記アップコンバージョン型蛍光体中のセリウム原子(Ce)数を1としたとき(m=1)に:
希土類原子(Er)数(x)は、通常0.0012〜0.2395、好ましくは0.012〜0.12、より好ましくは0.036〜0.06であり;
希土類原子がErおよび/またはYbであるときは、
希土類原子(Yb)数(x')は、通常0.0006〜0.36、好ましくは0.0012〜0.24、より好ましくは0.0036〜0.036であり;
シリコン原子(Si)数(y)は、酸化セリウム(CeO2)にドープする希土類原子の種類や所望する輝度の程度(蛍光度の強度)にもよるが、通常0.0012〜0.6、好ましくは0.012〜0.24、より好ましくは0.12〜0.24、さらに好ましくは0.13〜0.16であり;
その他成分(A)の原子数(z)は、0.1以下であることが好ましく、0であることがより好ましい。なお、酸素原子(O)の量は、他の原子の酸化数との関係により自ずと決定される。
【0033】
特に、上記希土類原子としてエルビウム原子(Er)およびイッテルビウム原子(Yb)を酸化セリウムにドープする場合には、好ましい態様として、下記式(2)で表されるアップコンバージョン型蛍光体を例示すると、
Cemn:Erx1Ybx2Siy・・・(2)
(式(2)中、m、n、yは、上記式(1)の定義と同じ。x1、x2は前述の通り。)、
上記アップコンバージョン型蛍光体中のセリウム原子(Ce)の量を1としたとき(m=1)に、エルビウム原子(Er)の数(x1)は、好ましくは0.001〜0.2、より好ましくは0.01〜0.1、0.03〜0.05であり、同じくイッテルビウム原子(Yb)数(x2)は、好ましくは0.0005〜0.2、より好ましくは0.001〜0.1、特に好ましくは0.003〜0.03である。
【0034】
<その他>
シリコン原子(Si)数(y)は、全希土類原子の総数を1(x=1)とした時に、好ましくは0.1〜23、より好ましくは1〜6、さらに好ましくは2.5〜5.6、特に好ましくは2.5〜4.0である。
【0035】
1−3.アップコンバージョン型蛍光体の性状など
上記アップコンバージョン型蛍光体は、フィールドエミッション型走査型電子顕微鏡(以下、FE−SEMともいう)を用いて次の通り求めた数平均粒子径が、好ましくは1〜200nm、より好ましくは10〜150nm、特に好ましくは20〜80nmの範囲にある微粒子群から構成されることが望ましい。
【0036】
数平均粒径の求め方:
FE−SEMを用いて撮影した倍率100,000倍の電子顕微鏡写真において、任意の1220nm×910nmの領域内で任意の30個の粒子を選択し、それぞれの粒子について長径(nm)と短径(nm)を測定する。
ここで、各粒子は、球形とは限らないので、最も長い径の長さを長径とし、該長径の方向(長軸)に対して粒子形内部で垂直方向(短軸)に交わる垂直二等分線の長さを短径とする。球形の場合は、長径=短径である。
次に、各粒子について、下記式(1)より長径と短径の平均径を求める。
長径と短径の平均径(nm)={長径(nm)+短径(nm)}/2 ・・・(1)
次に、下記式(2)より数平均粒子径を求める。
数平均粒子径(nm)={30個の粒子の、長径と短径の平均径の合計(nm)
/30} ・・・(2)
【0037】
また、該アップコンバージョン型蛍光体は、高い輝度を示す観点から、数平均粒子径および粒子形状がそろった微粒子群から構成されることが好ましい。
具体的には、上記アップコンバージョン型蛍光体を構成する上記微粒子群の数平均粒子径が上記範囲にあり、同じくFE−SEMを用いて次の通り求めた粒度分布の標準偏差が0〜25であることが好ましい。
【0038】
粒度分布の標準偏差の求め方:
平均粒子径の求め方の項目で述べた方法で、30個の粒子のそれぞれの長径と短径の平均径(nm)と数平均粒子径(nm)を求める。
次に、各粒子について、「長径と短径の平均径(nm)−数平均粒子径(nm)」の2乗値を求め、それらの合計を30で除して分散値を求める。
次に、分散値の平方根を求め、標準偏差とする。
【0039】
このアップコンバージョン型蛍光体を生体中に取り込ませ、該生体外から近赤外光を該セラミックスに照射して体内で可視光を発光させる、いわゆるバイオ・メディカル分野、特にバイオイメージングの分野で利用する場合には、該アップコンバージョン型蛍光体を構成する微粒子群の一次粒子の平均粒子径は高分散性を担保することから20〜80nmの範囲に調整されていることが望ましい。アップコンバージョン型蛍光体を構成する微粒子群の一次粒子の平均粒子径の制御は、後述する液相法などによって容易に行うことが可能である。
【0040】
アップコンバージョン発光させるためにアップコンバージョン型蛍光体に照射する励起光である外部エネルギーとしては、アップコンバージョン型蛍光体に励起光を照射する際に共に励起光にさらされる生体組織等の被照射物に損傷を与えないという観点から、波長が500〜2000nmの範囲の光(電磁波)が好ましく、700〜1600nmの範囲の光がより好ましく、800〜1100nmの範囲の光が特により好ましく、960〜1000nmの範囲の光が最も好ましい。
【0041】
このような波長の光を励起光として用いて照射を行うと、アップコンバージョン型蛍光体から可視光が生じるが、セラミックスの母材である酸化セリウムにドープされた希土類原子の種類により、波長が400nm以上500nm未満の領域にある青色、波長が500nm以上600nm未満の領域にある緑色および/または波長が600nm以上800nm未満の領域にある赤色の発光が生じる。
【0042】
具体的には、TmとYbを共にドーパントとして用いた場合(Tm、Yb共ドープ)には、400nm以上500nm未満の領域にある青色の発光が生じ、Erと、必要に応じて励起光をより効率良く吸収させるためのYbとを、ドーパントとして用いた場合には、波長が500nm以上600nm未満の領域にある緑色の発光および600nm以上800nm未満の領域にある赤色の発光が生じ、HoのみあるいはHoとYbとをドーパントとして用いた場合には、波長が500nm以上600nm未満の領域にある緑色の発光が生じる。また、上記のうち、複数の色の光を発する蛍光体の発色光を(分光せずに)視認する場合には、それら複数の発色光の混合色として観測されるので、ドーパントの種類や量比を適宜調節することで、上記の色以外にも所望の色の光を発光させることも可能である。
【0043】
これら態様の中でも、960〜1000nmの近赤外光を吸収したときに、450〜750nmの可視光を発光するアップコンバージョン型蛍光体が、前述の生体組織等の被照射物への損傷がない点や発光した光の検出が容易である点などから好ましい。
【0044】
<アップコンバージョン型蛍光体の具体例>
以下に、希土類原子としてエルビウム(Er)およびイッテルビウム(Yd)を使用したセラミックス蛍光体を例にあげて、本発明のアップコンバージョン型蛍光体について、より詳細に説明する。
【0045】
希土類原子としてエルビウム原子(Er)およびイッテルビウム原子(Yd)を使用したアップコンバージョン型蛍光体では、エルビウム原子(Er)およびイッテルビウム原子(Yd)の添加量(ドープ量)を一定にしてシリコン原子(Si)の添加量(ドープ量)を変更した時、シリコン原子(Si)、セリウム原子(Ce)および全希土類原子の総数を100原子%とした時のシリコン原子(Si)のドープ量が12原子%のときに最大輝度を示し、その前後のドープ量での輝度は最大輝度よりも低下している(図4参照)。
【0046】
シリコン原子(Si)、セリウム原子(Ce)および全希土類原子の総数を100原子%とした時のシリコン(Si)添加量が12原子%であるアップコンバージョン型蛍光体の全組成を、一例として挙げれば、
Ce0.84O1.98Er0.035Yb0.0044Si0.12
である。
このようなアップコンバージョン型蛍光体の詳細な構造は未だ明確に解析されてはいない。
【0047】
しかし、図1に示した希土類原子としてエルビウム原子(Er)およびイッテルビウム原子(Yd)を使用したアップコンバージョン型蛍光体のX線回折分析によれば、シリコン原子(Si)、セリウム原子(Ce)および全希土類原子の総数を100原子%とした時のSi原子の含有量(ドープ量)を67原子%まで増加させても、X線回折強度が増加することはなく、またピークシフトも生じていないことがわかる。
【0048】
従って、酸化セリウム(CeO2)結晶格子中に希土類原子およびシリコン原子(Si)が共に入り込んだ構造、すなわち酸化セリウム(CeO2)のセリウム原子(Ce)がシリコン原子(Si)で置換された構造ではなく、酸化セリウム(CeO2)結晶格子中に希土類原子が入り込んで酸化セリウム(CeO2)のセリウム原子(Ce)が希土類原子で置換された酸化セリウム(CeO2)結晶構造と、後述するシリコン化合物の酸化により生じたSiO4の四面体とが接近して、互いに何らかのインターラクション(相互作用)を生じているものと推測される。
【0049】
いずれにせよ、母材である酸化セリウム(CeO2)に、希土類原子およびシリコン原子(Si)をドープすることで、CeO2:Er,Ybの組成を有するセラミックス蛍光体に比して輝度がより一層向上したアップコンバージョン型蛍光体を提供できるという効果が奏される。
【0050】
2.アップコンバージョン型蛍光体の製造方法
本発明の酸化セリウム系セラミックスの微粒子群から構成されるアップコンバージョン型蛍光体は、セリウム化合物に適量の希土類金属塩およびシリコン化合物(必要に応じてその他成分)を加えて充分に均一混合してセラミックス(アップコンバージョン型蛍光体)の前駆体(以下「セラミックス前駆体」ともいう)を製造し、その後得られたセラミックス前駆体の高温焼成を適宜の時間行い、必要に応じてさらに得られた焼成物を粉砕処理して微粒子群が製造される。
【0051】
以下、より具体的に説明する。
なお、特に断りがない限り、製造方法における圧力条件は実質的に常圧である。
2−1.製造条件など
本発明のアップコンバージョン型蛍光体の製造方法は、少なくともセラミックス前駆体の調製工程および該セラミックス前駆体の焼成工程を含む。また、本発明のアップコンバージョン型蛍光体の製造方法は、例えば、焼成物の粉砕工程などのその他工程を必要に応じて含んでもよい。
【0052】
以下、順に説明する。
<セラミックス前駆体の調製工程>
セラミックス前駆体の調製工程では、本発明のアップコンバージョン型蛍光体(セラミックス)の前駆体である未焼成セラミックス前駆体を調製する。
【0053】
該未焼成セラミックス前駆体の製造方法としては、固相法、液相法、気相法が挙げられる。
固相法は、作業工程が簡易であり、低コストで大量生産が可能であり、生産性が高い。したがって、例えば、工場スケールで製造する場合において採用されることが一般に多い。その一方で、固体中におけるイオンの拡散速度が非常に遅く、望ましい微粒子が得られ難い傾向にある。
液相法は、均一反応が進み易く、液体中のイオン拡散速度も速く、その上高純度の微粒子が容易に得られるという利点がある。
気相法は、大量生産には向いていないが、高純度で化学量論比通りの反応が進行し、超微粒子が合成できる利点がある。
【0054】
いずれの方法を採用しても未焼成セラミックス前駆体を製造できるので、生産性および所望する物性などを勘案して、適宜採用する方法を選択すればよいが、液相法が、高輝度でかつ均一な粒子径を有する微粒子からなる未焼成セラミックス前駆体が得られ易いという利点の観点から、より好都合である。
【0055】
[液相法]
以下、液相法について、より詳細に説明する。
液相法は、少なくとも原料を、一旦溶液状態としてから、それらを充分に混合して未焼成セラミックス前駆体を調製する方法である。未焼成セラミックス前駆体は、焼成工程に供される。
そのため、液相法は、固相法あるいは気相法に比して全体的に製造工程が長くなる傾向にある。しかしその一方で、イオンレベルで原料などが均一に分布した反応系を構築して所定の反応を進めやすく、また、液相法で得られた未焼成セラミックス前駆体は焼成することで結晶化することが容易であり、結晶性の高いセラミックスを容易に製造できる。
【0056】
その結果、液相法で得られた未焼成セラミックス前駆体は、高純度な未焼成セラミックスであり、しかも、励起光エネルギーの蛍光エネルギーへの変換率である蛍光取り出し効率が高く、平均粒径や粒子の形態が揃った微粒子群からなるセラミックスを製造することが容易である。
よって、製造するセラミックスの蛍光体としての性状を重要視する場合には、液相法は固相法や気相法よりも望ましい製造方法である。
液相法の具体的な手段として、沈澱法、共沈法、錯体重合法等が挙げられるが、中でも錯体重合法の採用が、原料などが均一に分布した未焼成セラミックス前駆体を製造できる点から好ましい。
【0057】
(錯体重合法)
以下、錯体重合法について、詳述する。
錯体重合法により、焼成工程へ供するための未焼成セラミックス前駆体を製造することができる。
錯体重合法では、例えばポリエステルなどの重合体中にセリウム化合物、希土類金属塩およびシリコン化合物を均一分散させる。
次いで、金属―カルボン酸錯体(ここで、「金属−カルボン酸錯体」を構成する「金属」はセリウムおよび希土類金属、以下同じ)を一旦合成し、その後それを高温下で加熱して重合体を熱分解させて未焼成セラミックス前駆体を製造する。
このセラミックス前駆体の調製工程で得られた未焼成セラミックス前駆体は、必要に応じてその他工程を経た後、焼成工程で、例えば加熱炉を用いて通常の方法でその前駆体を高温焼成する。
【0058】
このように、セラミックス前駆体の調製工程で得られたシリコン化合物および金属―カルボン酸錯体を含む未焼成セラミックス前駆体から、目的とするセラミックス蛍光体を製造することができる。ここで得られる未焼成セラミックス前駆体は、セリウム酸化物中に希土類原子およびシリコン原子が均一に分布し、所望の組成を有するセラミックス蛍光体である。
【0059】
(錯体重合法を用いた液相法の具体例)
セラミックス前駆体の調製工程を、一例を挙げて、より詳細に説明すれば次の通りである。
【0060】
例えば、セリウムの硝酸塩のようなセリウム化合物および上記希土類金属塩の硝酸塩を水に溶解させて水溶液を調製する。このときの温度条件は通常20〜90℃である。
次いで、得られた水溶液に、水溶性シリコン化合物およびクエン酸のようなカルボン酸化合物を加えることによりセリウムおよび希土類金属にカルボン酸化合物が配位した錯体(多座配位子を有する錯体)とシリコン化合物とを含む混合物が生じる。
【0061】
次いで、得られた混合物に、エチレングリコールあるいはプロピレングリコール等のポリオールを加え、得られた混合物を120〜150℃で300〜600分間加熱すると、カルボン酸化合物とポリオールとの脱水縮合反応が進んでポリエステルが生成し、上記セリウムおよび希土類金属にカルボン酸化合物が配位した錯体とシリコン化合物とが均一分散したポリエステルが得られる。また、カルボン酸および/またはポリオールが3つ以上の反応性官能基を有する場合には、ゲル状の生成物が得られる。
【0062】
次いで、加熱炉を用いて通常の方法で上記生成物を特定の範囲内の温度で加熱して、セラミックス前駆体を製造する。該加熱温度は、上記で得られた重合体の種類にもよるが、おおよそ400〜500℃に加熱すると、上記生成物中の重合体の分解反応が進行する。
【0063】
<焼成工程>
焼成工程は、少なくとも上記セラミックス前駆体の調製工程を経た後に実施される。
セラミックス前駆体の焼成は、加熱炉を用いて従来法に従い、通常800〜1500℃、好ましくは1000〜1200℃の温度条件で、60〜600分行えばよい。
このようにして得られたセラミックス(アップコンバージョン型蛍光体)は、一次粒子の平均粒径が小さく、かつ、形状および平均粒径が揃った結晶性の微粒子群を得ることができ、良好な蛍光性を示す。
【0064】
<その他工程>
上記アップコンバージョン型蛍光体の製造方法は、上記セラミックス前駆体の調製工程と焼成工程以外の工程を含んでいてもよい。
例えば、セラミックス前駆体の調製工程で得られたセラミックス前駆体を含む混合物を、焼成工程前に、残存原料を除去するなどしてもよい。
また、例えば、焼成工程後に、得られたセラミックスを、ボールミルやビーズミルなどの粉砕機などに供して粉砕することで、前述の範囲の1〜200nmの平均粒径と粒度分布を有するアップコンバージョン型蛍光体を製造してもよい。
上記セラミックス前駆体の調製工程においては、上記原料など以外のものを添加して混合してもよく、そのようなものとしては、例えば結晶性を挙げるためのホウ素などが挙げられる。
【0065】
[原料]
<セリウム化合物>
本発明のアップコンバージョン型蛍光体を製造するにあたり、母材である酸化セリウム(CeO2)のセリウム原子源として、セリウム化合物が原料として用いられる。
【0066】
セリウム化合物は、後述の焼成過程が終了するまでに酸化されて、母材である酸化セリウムを構成するものであればよい。そのようなセリウム化合物としては、硝酸セリウム、塩化セリウム、酢酸セリウム、炭酸セリウムなどが挙げられる。
その中でも、硝酸セリウムが、水に対する溶解性の観点から好ましい。
セリウム化合物の純度は、98.0%以上であることが安定した組成を得るとの観点から好ましい。
【0067】
セリウム化合物は、シリコン化合物のシリコン原子(Si)、セリウム化合物のセリウム原子(Ce)および希土類金属塩の全希土類原子の総数を100原子%とした時に、セリウム原子(Ce)数換算で、通常50〜99.85原子%、好ましくは70〜98.9原子%、より好ましくは92〜96.7原子%となる量で用いられる。
このような量でセリウム化合物を用いると、上記組成のアップコンバージョン型蛍光体を製造することができる。
【0068】
<希土類金属塩>
上記希土類原子を酸化セリウムにドープするために、希土類金属塩が、アップコンバージョン型蛍光体を製造する際に用いられる。
希土類金属塩としては、酸化セリウムにドープする希土類原子の硝酸塩、塩化物、酢酸塩、炭酸塩などが挙げられる。なお、これらは結晶水を含む水和物であってもよい。
具体的には、硝酸エルビウム(Er(NO33)、硝酸イッテルビウム(Yb(NO33)、塩化エルビウム(ErCl3)、塩化イッテルビウム(YbCl3)などが挙げられる。
【0069】
希土類金属塩の純度は、99.98%以上であることが安定した組成を得るとの観点から好ましい。
希土類金属塩は、セリウム化合物のセリウム原子1mmolに対して、希土類金属原子換算で、好ましくは0.010〜0.60mmol、より好ましくは0.15〜0.40mmol、特に好ましくは0.04〜0.10mmolの量で用いられる。
また、希土類金属塩は、シリコン化合物のシリコン原子(Si)、セリウム化合物のセリウム原子(Ce)および希土類金属塩の全希土類原子の総数を100原子%としたときに、希土類金属数に換算すると、通常0.1〜50原子%、好ましくは1〜30原子%、より好ましくは10〜20原子%、さらに好ましくは11〜13原子%となる量で用いられる。
【0070】
特に、上記希土類金属塩としてエルビウム塩およびイッテルビウム塩を用いる場合には、セリウム化合物のセリウム原子1mmolに対して、エルビウム塩は、エルビウム原子(Er)換算で、好ましくは0.0012〜0.24mmol、より好ましくは0.012〜0.12mmol、特に好ましくは0.036〜0.060mmolの量で用いられ、イッテルビウム塩は、イッテルビウム原子(Yb)換算で、好ましくは0.00060〜0.36mmol、より好ましくは0.0012〜0.24mmol、特に好ましくは0.0036〜0.036mmolの量で用いられる。
このような量で希土類金属塩を用いると母材である酸化セリウムに希土類原子が上記の量でドープされたアップコンバージョン型蛍光体を製造することができる。
【0071】
<シリコン化合物>
ケイ素原子を酸化セリウムにドープするために、シリコン化合物がアップコンバージョン型蛍光体を製造する際に用いられる。
シリコン化合物としては、シラン化合物、二酸化ケイ素、フッ化ケイ素、テトラエトキシシラン、テトラ(2−ヒドロキシプロポキシ)シランなどが挙げられる。
これらの中でも、テトラ(2−ヒドロキシプロポキシ)シランなどの水溶性シリコン化合物が水溶性および不揮発性の観点から好ましく、その中でもテトラ(2−ヒドロキシプロポキシ)シラン(Si(OCH2CH(OH)―CH34)が好都合である。
【0072】
シリコン化合物の純度は、90%以上であることが、不純物原子による輝度の低下を抑制するという観点から好ましい。シリコン化合物は、シリコン化合物中のケイ素原子、セリウム化合物中のセリウム原子および全希土類金属塩の全希土類原子の総数を100原子%とした時に、シリコン原子を原子数換算して、通常0.1〜50原子%、好ましくは1〜20原子%、好ましくは10〜20原子%、より好ましくは11〜13原子%となる量で用いられる。
また、シリコン化合物は、セリウム化合物のセリウム原子およびドーパント原子の全希土類原子1mmolに対して、ケイ素原子換算で、好ましくは0.01〜1mmol、より好ましくは0.11〜0.25mmol、特に好ましくは0.12〜0.15mmolの量で用いられる。
このような量でシリコン化合物を用いると、母材である酸化セリウムにケイ素原子が上記の量でドープされたセラミックス蛍光体を製造することができる。
【0073】
<カルボン酸化合物>
カルボン酸化合物は、特に限定されるものではないが、例えばクエン酸、乳酸、グリコール酸、酒石酸などが挙げられる。その中でも、カルボキシル基を3つ以上有するカルボン酸化合物が、錯体形成能の観点から好ましく、クエン酸((CH2COOH)2C(OH)(COOH))が同観点から特に好都合である。
【0074】
カルボン酸化合物は、セリウム化合物中のセリウム原子および全希土類金属塩の全希土類原子ならびにシリコン化合物中のシリコンの合計に対して、好ましくは1〜10倍当量、より好ましくは2〜8倍当量、特に好ましくは2.5〜5倍当量となる量で用いられる。
このような量でカルボン酸化合物を用いると、上記組成を有するアップコンバージョン型蛍光体を製造することができ、また、錯体重合法を採用する場合には、上記原料が均一に分布した重合体を製造することができる。
【0075】
<ポリオール化合物>
ポリオールは、特に限定されるものではないが、例えばエチレングリコール、プロピレングリコールを含むアルキレングリコールなどが挙げられる。その中でも、低毒性である観点からエチレングリコール、プロピレングリコールが好都合である。
【0076】
ポリオールは、セリウム化合物中のセリウム原子および全希土類金属塩の全希土類原子の合計に対して、好ましくは5〜50倍当量、より好ましくは8〜30倍当量、特に好ましくは10〜20倍当量となる量で用いられる。
錯体重合法を採用する場合に、このような量のポリオールを用いると、上記原料が均一に分布した重合体を製造することができる。
【0077】
3.アップコンバージョン型蛍光体の用途
本発明のアップコンバージョン型蛍光体は、例えば、バイオ・メディカル分野、化学分析分野(蛍光分析や環境試験分析用)や光線力学療法などへの応用が期待されており、前述の観点より、特にバイオイメージングを含めたバイオ・メディカル分野において好適に用いることができる。
上記バイオ・メディカル分野で利用する態様としては、例えばIRレーザーと光学顕微鏡とによる生体細胞のイメージングなどが挙げられる。
【実施例】
【0078】
以下、実施例および比較例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は実施例に限定されるものではない。
なお、下記実施例および比較例において、特に断りがない限りいずれの操作も常圧下で行った。
【0079】
[原料など]
下記実施例および比較例で用いた原料などは次の通りである。
硝酸セリウム:Ce(NO33・6H2O、和光純薬工業製、純度98.0%、
硝酸エルビウム:Er(NO33、日本イットリウム製、純度99.9%、
硝酸イッテルビウム:Yb(NO33、日本イットリウム製、純度99.9%、
クエン酸:(CH2COOH)2C(OH)(COOH)、和光純薬工業製、純度98%、
プロピレングリコール:和光純薬工業製、純度99%、
テトラ(2−ヒドロキシプロポキシ)シラン:テトラ(2−ヒドロキシエチル)シランとプロピレングリコールとをモル比で1:4の割合(プロピレングリコール0.4mol、テトラ(2−ヒドロキシエチル)シラン0.1mol)で混合してから、塩酸を数滴(0.1mlに相当)加えて、80℃で30分間撹拌し、次いで、得られた反応液に蒸留水を加えて、ケイ素のモル濃度で1mol/Lに調整したもの、
五塩化タンタル:TaCl5、高純度化学社製、純度99.90%、
五塩化ニオブ:NbCl5、フルウチ化学社製、純度99.9%、
バナジン酸アンモニウム:NH4VO3、和光純薬工業社製、純度99%
オキシ硝酸ジルコニウム:ZrO(NO32、和光純薬工業社製、純度99%、
硝酸イットリウム:Y(NO33、日本イットリウム社製、純度99.9%、
硝酸アルミニウム:Al(NO33、関東化学社製、純度99%、
モリブデン酸アンモニウム:(NH46Mo724・4H2O、関東化学社製、純度99%。
【0080】
(実施例1)
硝酸セリウム0.84mmol、硝酸エルビウム0.035mmolおよび硝酸イッテルビウム0.0044mmolを、蒸留水10mLに溶解させた。
次いで、テトラ(2−ヒドロキシプロポキシ)シラン0.12mmolを含む水溶液0.12mLを加えた。
得られた液に、先に使用した化合物の全金属およびシリコンの合計量の約2.5倍モルに相当する量(2.5mmol)のクエン酸を加えた。
さらに、得られた液に、前記全金属及びシリコンの合計量の約10倍モルに相当する量(10mmol)のプロピレングリコールを加え、70℃の温度条件下で12時間放置した。
次いで、得られた液を、120〜150℃の温度条件下で加熱して、水分を蒸発させるとともにエステル化反応を進め、高分子ゲルを得た。
次いで、得られた高分子ゲルを、450℃に温度設定したサンドバス上で加熱して、高分子ゲル中のポリエステルを熱分解した。さらに、ポリエステルの熱分解後に得られた残渣を、1200℃に温度設定した電気炉で300分間加熱して焼成した。
このようにして、焼成品(セラミックス)を得た。
【0081】
[元素分析]
得られた焼成品の元素分析を、エネルギー分散型X線分析装置(EDX)(堀場製作所製、EMAX−2770)を用いて行ったところ、該焼成品は、次の組成を有し、シリコン原子(Si)、セリウム原子(Ce)および全希土類原子の総数を100原子%とした時に、Siを12原子%の量で含有するセラミックスであった。
Ce0.84O1.98Er0.035Yb0.0044Si0.12
次いで、得られた焼成品について、X線回折分析、励起光として波長が980nmの半導体レーザを照射したときに発生した蛍光の輝度の測定、電子顕微鏡写真の撮影を下記の通り行った。
【0082】
[X線回折分析]
X線回折分析は、粉末X線回折分析装置((株)理学電気製、GeigerFlex RAD-2X)を使用し、X線源(CuKα)を用いて行った。
得られた焼成品のX線回折パターンは、標準物質であるCeO2のX線回折パターンに一致していた。
結果を図1最上段(CeO2計算値)に示す。
【0083】
[蛍光強度の測定(輝度の評価)]
蛍光強度の測定は、980nmの半導体レーザー(500mA、THORLABS、TCLD-M9)を光源に使用し、発生した蛍光をマルチチャンネル分光光度計により検出した。
得られた焼成品は、上記測定において、550nm付近の緑色の蛍光および660nm付近の赤色の蛍光を発した。
500nm〜700nmの蛍光強度を走査した結果を図2(実線)に示し、560nmでの蛍光強度の測定結果を図4(Si(%)=12)に示す。なお、いずれも、横軸は波長(nm)、縦軸は強度(a.u.)である。
【0084】
[電子顕微鏡写真の測定]
前述の方法に従って電子顕微鏡写真を撮影した。
得られた焼成品の電子顕微鏡写真(倍率:×100000)を図3(右図)に示す。
その結果、粒径が30〜200nmの範囲にある微粒子群が観察された。
前述の方法に従って求めた数平均粒子径は、74.9nmであり、粒度分布の標準偏差は23.1であった。
【0085】
また、実施例1で得られた焼成品の、980nmの近赤外線を照射したときの560nmにおける発光強度(以下、「発光強度(980、560)」ともいう)は、後述の比較例1の発光強度(980、560)を1とすると、1.9であった。
【0086】
(実施例2〜8、参考例1、比較例1〜9)
実施例1において、表1〜5に記載された化合物の配合量を表1〜5の通りとした以外は、実施例1と同様に焼成品を得た。得られた焼成品について、実施例1と同様にX線回折分析、蛍光強度の測定、電子顕微鏡写真の撮影を行った。
【0087】
各例における原料などの仕込み量と得られた焼成品の組成とを、表1〜5に示す。
また、X線回折分析の結果を、実施例3〜7、参考例1、比較例1について、図1(それぞれの例において、Siの原子%が一致するデータ)に示す。
980nmの近赤外線を照射したときの、500〜700nmの波長領域の蛍光強度を測定した結果を、比較例1について、図2(破線)に示し、実施例8および比較例2について、図5(順に実線、破線)に示す。
980nmの近赤外線を照射したときの、560nmにおける発光強度を測定した結果を、比較例1、実施例2及び実施例5について、図4(それぞれの例において、Siの原子%が一致するデータ)に示す。
電子顕微鏡写真の撮影の結果を、比較例1について、図3(左図)に示す。
【0088】
なお、実施例2で得られた焼成品の発光強度(980、560)は、比較例1の焼成品の発光強度(980、560)を1としたときに、1.5であり、実施例4で得られた焼成品の発光強度(980、560)は、比較例1の焼成品の発光強度(980、560)を1としたときに、1.7であった。
【0089】
【表1】

【0090】
【表2】

【0091】
【表3】

【0092】
【表4】

【0093】
【表5】

*表1〜5中、「原料など」の欄の「−」は、該当化合物が配合されなかったことを示す。
【産業上の利用可能性】
【0094】
本発明で得られたアップコンバージョン蛍光体は、蛍光分析や環境試験分析用の蛍光体として使用することができる。バイオ・メディカル分野にも使用可能であり、例えば、バイオイメージングなどを利用する画像診断や、励起光として生体組織にダメージを与えない近赤外光を用いたがんなどの新規の治療および診断方法、さらにはそれらのための装置や薬剤の提供への応用が期待できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材である酸化セリウム(CeO2)にシリコン原子(Si)および少なくとも1種の希土類原子がドープされ、
該シリコン原子(Si)、セリウム原子(Ce)および全希土類原子の総数を100原子%としたときに、該シリコン原子(Si)を0.1〜50原子%の量で含有するセラミックスであることを特徴とするアップコンバージョン型蛍光体。
【請求項2】
前記希土類原子が、エルビウム(Er)および/またはイッテルビウム(Yb)であることを特徴とする請求項1に記載のアップコンバージョン型蛍光体。
【請求項3】
前記セラミックスについて電子顕微鏡を用いて測定して求めた数平均粒子径が1〜200nmの範囲にある微粒子群から構成されることを特徴とする請求項1または2に記載のアップコンバージョン型蛍光体。
【請求項4】
上記アップコンバージョン型蛍光体が、960〜1000nmの近赤外光を吸収したときに、450〜750nmの可視光を発光することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のアップコンバージョン型蛍光体。

【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−60568(P2013−60568A)
【公開日】平成25年4月4日(2013.4.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−201687(P2011−201687)
【出願日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成23年3月16日 公益財団法人日本セラミックス協会主催の「2011年年会講演予稿集」において文書をもって発表
【出願人】(000125369)学校法人東海大学 (352)
【Fターム(参考)】