説明

アルコール発酵性酵母及びこれを用いたエタノール製造方法

【課題】耐熱性を有するアルコール発酵性酵母及びこれを用いたエタノール製造方法を提供する。
【解決手段】発酵温度40〜43℃の範囲内のいずれの温度においても、80%以上の収率でエタノール発酵することが可能な、耐熱性を有するピキア・クドリアブゼビ(受託番号 NITE P−1055)を用いてエタノール製造を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐熱性を有するアルコール発酵性酵母及びこれを用いたエタノール製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
木質等のセルロース系の原料からバイオエタノールを製造する際、セルロースからグルコースに糖化する糖化工程において、酵素(セルラーゼ、触媒)コストが高いという問題がある。
セルラーゼはグルコースによる生成物阻害を受けるため、グルコースが2%以上になると、セルロースからグルコースに糖化する反応が進まなくなる。
そこで、次式(1)に示すような、同時糖化発酵(併行複発酵)技術が存在する。この同時糖化発酵技術は、セルロースからグルコースに転換する糖化工程と、酵母によりグルコースからエタノールに転換する発酵工程とを同時に行う技術である。
【0003】
セルロース(C10)n+水(nHO)
→ グルコース(nC12
→ エタノール(2nCOH)+二酸化炭素(2nCO) ・・・式(1)
【0004】
ここで、一般に、糖化工程の至適温度は60℃であるが、一般的な発酵工程の至適温度は30℃であるため、同時糖化発酵は30℃で行わざるを得ない。この温度では、糖化工程における酵素活性は60℃の時の約半分になる。
そのため、より高い温度条件下であっても、高い効率でエタノール発酵できる酵母が求められている。
なお、従来の耐熱性を有する酵母として、特許文献1に記載された耐熱性エタノール生産酵母が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2008/062558号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、耐熱性を有するアルコール発酵性酵母及びこれを用いたエタノール製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記目的に沿う第1の発明に係るアルコール発酵性酵母は、耐熱性を有するピキア(Pichia)属である。
【0008】
また、アルコール発酵性酵母は、第1の発明に係るアルコール発酵性酵母であって、フルフラール耐性を有することが好ましい。
【0009】
また、アルコール発酵性酵母は、第1の発明に係るアルコール発酵性酵母であって、ピキア・クドリアブゼビ(Pichia Kudriavzevii)であることが好ましい。
【0010】
また、アルコール発酵性酵母は、第1の発明に係るアルコール発酵性酵母であって、ピキア・クドリアブゼビ(受託番号 NITE P−1055)であることが好ましい。
【0011】
前記目的に沿う第2の発明に係るエタノール製造方法は、第1の発明に係るアルコール発酵性酵母を使用する。
【0012】
第2の発明に係るエタノール製造方法において、セルロースを原料とすることが好ましい
【0013】
第2の発明に係るエタノール製造方法において、同時糖化発酵によりエタノールを生成することができる。
【発明の効果】
【0014】
請求項1〜4記載のアルコール発酵性酵母においては、一般酵母よりも耐熱性が高いので、高い発酵温度下でエタノールを効率的に生成できる。
【0015】
特に、請求項2記載のアルコール発酵性酵母においては、一般酵母よりもフルフラール耐性が高いので、原料がフルフラールを含有していてもエタノールを効率的に生成することができる。
【0016】
請求項5〜7記載のエタノール製造方法においては、一般酵母を使用する場合よりも、高い発酵温度下でエタノールを効率的に生成することができる。
【0017】
特に、請求項6記載のエタノール製造方法においては、セルロースを原料としているので、一般酵母を使用する場合に比べて、エタノールを効率的に生成することができる。
【0018】
特に、請求項7記載のエタノール製造方法においては、同時糖化発酵により、エタノールを効率的に生成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】P−1055株の塩基配列を示す説明図である。
【図2】(A)、(B)、(C)はそれぞれ、30℃、43℃、45℃におけるP−1055株のエタノール発酵を示すグラフである。
【図3】P−1055株の耐熱性を示すグラフである。
【図4】P−1055株の耐エタノール性を示すグラフである。
【図5】P−1055株のフルフラール耐性を示すグラフである。
【図6】P−1055株のpH依存性を示すグラフである。
【図7】食塩濃度がP−1055株に与える影響を示すグラフである。
【図8】食塩濃度が各酵母に与える影響を示すグラフである。
【図9】(A)、(B)はそれぞれ、40℃、43℃におけるP−1055株によるエタノール製造結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
続いて、添付した図面を参照しつつ、本発明の実施の形態につき説明し、本発明の理解に供する。
本発明の一実施の形態に係るアルコール発酵性酵母は、耐熱性を有するピキア(Pichia)属の酵母である。本実施の形態に係るアルコール発酵性酵母を使用することにより、例えばセルロースを含んだ木質系のバイオマス原料からエタノールを製造できる。
【0021】
なお、以下、「耐熱性」とは、発酵温度40〜43℃の範囲内のいずれの温度においても、80%以上の収率でエタノール発酵することが可能な酵母の性質をいう。
また、「耐エタノール性」とは、原料の初期エタノール濃度が0.0〜5.0%v/vの範囲内のいずれの濃度であっても、70%以上の収率でエタノール発酵することが可能な酵母の性質をいう。
また、「フルフラール耐性」とは、原料のフルフラール濃度が0.0〜0.2%v/vの範囲内のいずれの濃度であっても、25%以上の収率でエタノール発酵することが可能な酵母の性質をいう。
また、「耐塩性」とは、原料の食塩濃度が0.0〜4.0%w/vの範囲内のいずれの濃度であっても、60%以上の収率でエタノール発酵することが可能な酵母の性質をいう。
なお、前述の耐熱性、フルフラール耐性、耐エタノール性、又は耐塩性を有さないアルコール発酵性酵母を「一般酵母」という場合がある。
以下、本発明を実施例により説明する。
【実施例1】
【0022】
(新規酵母の分離)
佐賀県にある嬉野温泉の源泉付近の土壌をサンプルとして採取した。サンプルをYPD寒天培地(酵母抽出物1%、ペプトン2%、グルコース2%含有)に塗沫し、30℃にて約2日間培養した。
培養シャーレにコロニー形成した各種酵母を、各々ピックアップしてYPD培地(酵母抽出物2%、ペプトン2%、グルコース10%含有、pH6.5〜7.0)にて純粋培養した。
【0023】
(酵母のスクリーニング)
純粋培養した各酵母の中から、耐熱性を有する酵母をスクリーニングした。
具体的には、培養温度を30℃、35℃、40℃、43℃、45℃とした糖液を原料として、それぞれエタノール発酵を行った。その結果、各培養温度について、エタノール発酵性の優れた株を耐熱性株とした。そして、これら耐熱性株の中でも特に耐熱性が高い株を寄託した(受託番号 NITE P−1055)。以下、本明細書中において、この寄託した株を「P−1055株」と呼ぶ。
【0024】
(P−1055株の同定)
P−1055株からDNAを抽出し、D2LSUrDNA領域をPCRにより増幅した。得られたPCR産物について、ダイレクトシーケンスにより塩基配列を決定した(図1参照)。この塩基配列に基づいて、データベース上で既知の微生物のD2LSUrDNA配列とのブラスト(BLAST)検索を行い、近縁種と推定される微生物を特定した。その結果、表1に示すように、P−1055株はピキア(Pichia)属クドリアブゼビ(Kudriavzevii)種の酵母であることが明らかとなった。
【0025】
【表1】

【0026】
(菌学的性質)
P−1055株は、以下の菌学的性質を有する。
1.細胞形状 :球状
2.コロニー形状 :白色(光沢無)、皺状
3.増殖形式 :多極出芽
4.最適生育温度 :30℃
5.最適生育pH :4.0
6.凝集性 :なし
7.資化性 :表2参照
【0027】
【表2】

【実施例2】
【0028】
(耐熱性試験)
発酵温度30℃、43℃、45℃にて、24時間バッチ発酵試験をそれぞれ実施し、P−1055株を用いてエタノールが生成されるか否かについて調べた。試験条件は以下の通りである。
<試験条件>
1.振とう数:120rpm(振幅10mm)
2.発酵時間:24時間
3.原料:YPD培地
【0029】
結果を図2(A)〜(C)に示す。各図中、横軸は経過時間(h)を示している。また、左縦軸はエタノール濃度(g/L)、右縦軸は、酵母濃度(cells/mL)を示している。
各図から明らかなように、各発酵温度において時間が経過するに伴って、糖(グルコース)が消費されると共にエタノールが生成された。特に、発酵温度が43℃及び45℃であっても、エタノールが生成されたことから、P−1055株は、高温下でのエタノール発酵能力を有している。
【0030】
(エタノール発酵の温度依存性試験)
発酵温度30℃、35℃、40℃、43℃、45℃にて、24時間バッチ発酵試験をそれぞれ実施し、エタノール発酵の温度依存性について調べた。試験条件は以下の通りである。
<試験条件>
1.振とう数:120rpm(振幅10mm)
2.発酵時間:24時間
3.原料:YPD培地
【0031】
結果を図3に示す。図中、横軸は温度(℃)を示している。縦軸はエタノール発酵収率(%)を示している。
P−1055株、一般酵母A(P−1055株とは異なるピキア属の酵母)及び一般酵母B(サッカロマイセス・セルビジエ)は、共に発酵温度40〜45℃の温度範囲で、エタノール発酵収率が低下する。
しかし、P−1055株は、一般酵母A(P−1055株とは異なるピキア属の酵母)及び一般酵母B(サッカロマイセス・セルビジエ)よりもエタノール発酵収率の低下率が抑えられている。
【0032】
(耐エタノール性試験)
一般に、エタノール濃度が高くなると、エタノール発酵収率が低下する。そこで、P−1055株について、エタノール濃度とエタノール発酵収率との関係について調べた。
発酵前のエタノール濃度(初期エタノール濃度)を変更して、それぞれ24時間バッチ発酵試験を実施した。試験条件は以下の通りである。
<試験条件>
1.振とう数:120rpm(振幅10mm)
2.発酵時間:24時間
3.原料:YPD培地
4.発酵温度:30℃
【0033】
結果を図4に示す。図中、横軸は初期エタノール濃度(%v/v)を示している。縦軸はエタノール発酵収率(%)を示している。
P−1055株については、初期エタノールの濃度が高くなっても、一般酵母B(サッカロマイセス・セルビジエ)よりもエタノール発酵収率の低下率が抑えられている。詳細には、P−1055株は、原料の初期エタノール濃度が0.0〜5.0%v/vの範囲内のいずれの濃度であっても、70%以上の収率でエタノール発酵することが可能であり、耐エタノール性を有している。
【0034】
(フルフラール耐性試験)
フルフラールは、糖の過分解物質であり、セルロースを熱処理した際に発生する。フルフラールは、発酵阻害物質である。そこで、P−1055株について、フルフラール濃度とエタノール発酵収率との関係について調べた。
フルフラール濃度を変更して、それぞれ24時間バッチ発酵試験を実施した。試験条件は以下の通りである。
<試験条件>
1.振とう数:120rpm(振幅10mm)
2.発酵時間:24時間
3.原料:YPD培地
4.発酵温度:30℃
【0035】
結果を図5に示す。図中、横軸はフルフラール濃度(%v/v)を示している。縦軸はエタノール発酵収率(%)を示している。
P−1055株については、フルフラール濃度が高くなっても、一般酵母B(サッカロマイセス・セルビジエ)よりもエタノール発酵収率の低下率が抑えられている。詳細には、P−1055株は、原料のフルフラール濃度が0.0〜0.2%v/vの範囲内のいずれの濃度であっても、25%以上の収率でエタノール発酵することが可能であり、フルフラール耐性を有している。
【0036】
(pH依存性試験)
原料のpHを変更して、それぞれ24時間バッチ発酵試験を実施し、pHに対する依存性について、一般酵母B(サッカロマイセス・セルビジエ)と比較した。試験条件は以下の通りである。
<試験条件>
1.振とう数:120rpm(振幅10mm)
2.発酵時間:24時間
3.原料:YPD培地
4.発酵温度:30℃
【0037】
結果を図6に示す。図中、横軸は発酵前の原料のpH(初期pH)を示している。縦軸はエタノール発酵収率(%)を示している。
P−1055株については、初期pHが3〜9の範囲で、一般酵母Bよりもエタノール発酵収率が高い。従って、P−1055株は、一般酵母BよりもpHに対する依存性が低い。
【0038】
(耐塩性試験[1])
原料の食塩濃度を変更して、それぞれ24時間バッチ発酵試験を実施し、耐塩性について調べた。試験条件は以下の通りである。
<試験条件>
1.振とう数:120rpm(振幅10mm)
2.発酵時間:24時間
3.原料:YPD培地
4.発酵温度:30℃
【0039】
結果を図7に示す。図中、横軸は原料の食塩濃度(%w/v)を示している。縦軸はエタノール濃度(%)及びエタノール発酵収率(%)を示している。
P−1055株については、原料の食塩濃度が0.0〜4.0%w/vの範囲内のいずれの濃度であっても、エタノール濃度が38g/L以上、エタノール発酵収率が60%以上である。従って、P−1055株は、耐塩性を有している。
【0040】
(耐塩性試験[2])
P−1055株の耐塩性について、一般酵母A(P−1055株とは異なるピキア属の酵母)及び一般酵母B(サッカロマイセス・セルビジエ)との比較を行った。
原料の食塩濃度を4.0%w/vとし、24時間バッチ発酵試験を実施した。試験条件は以下の通りである。
<試験条件>
1.振とう数:120rpm(振幅10mm)
2.発酵時間:24時間
3.原料:YPD培地
4.発酵温度:30℃
【0041】
結果を図8に示す。図中、縦軸はエタノール濃度(%)及びエタノール発酵収率(%)を示している。
本試験においては、P−1055株は、一般酵母A、Bよりもエタノール濃度及びエタノール発酵収率がともに高かった。
従って、P−1055株により、例えば海水や、高い塩分を含む生ごみを使用してエタノール発酵できる。
【実施例3】
【0042】
(エタノール製造試験)
発酵温度40℃及び43℃にて、繰り返し回分によるエタノール発酵を行った。試験条件は、以下の通りである。
<試験条件>
1.発酵温度:40℃、43℃
2.攪拌速度:120rpm
3.発酵時間:24時間
4.原料:YPD培地
【0043】
結果を図9(A)及び図9(B)にそれぞれ示す。各図中、横軸は発酵回数を示している。左縦軸はエタノール濃度(g/L)、右縦軸は酵母濃度(cells/mL)を示している。
各図から明らかなように、各発酵温度にて、複数回エタノール発酵を行うことができた。また、各発酵温度について、エタノール発酵収率は80%以上であった。
従って、P−1055株は、発酵温度40〜43℃の範囲内のいずれの温度においても、80%以上の収率でエタノール発酵することが可能であり、耐熱性を有している。
このように、P−1055株は耐熱性を有していることから、P−1055株を使用して、同時糖化発酵によりエタノールを生成できる。
【0044】
なお、本発明は、前述の実施の形態及び実施例に限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲での変更は可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
耐熱性を有するピキア(Pichia)属のアルコール発酵性酵母。
【請求項2】
請求項1記載のアルコール発酵性酵母であって、フルフラール耐性を有するアルコール発酵性酵母。
【請求項3】
請求項1又は2記載のアルコール発酵性酵母であって、ピキア・クドリアブゼビ(Pichia Kudriavzevii)であるアルコール発酵性酵母。
【請求項4】
請求項3記載のアルコール発酵性酵母であって、ピキア・クドリアブゼビ(受託番号 NITE P−1055)であるアルコール発酵性酵母。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載のアルコール発酵性酵母を使用するエタノール製造方法。
【請求項6】
請求項5記載のエタノール製造方法において、セルロースを原料とするエタノール製造方法。
【請求項7】
請求項6記載のエタノール製造方法において、同時糖化発酵によりエタノールを生成するエタノール製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−235729(P2012−235729A)
【公開日】平成24年12月6日(2012.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−106550(P2011−106550)
【出願日】平成23年5月11日(2011.5.11)
【出願人】(306022513)新日鉄エンジニアリング株式会社 (897)
【Fターム(参考)】