説明

インクジェット記録装置

【課題】 ウェット液の環境温度に依る粘度変動により、ワイパーに転写されるウェット液の量が変動する。(低温では粘度が高く転写量が少なく、高温では粘度が低く転写量が多い。)そのため低温ほどウェットワイプの効果が低い。
【解決手段】 低温環境下でも転写量を所定量以上に保つために、ウェット液保持部へのワイパーの侵入量や当接角度、当接時間や回数を環境温度に応じて制御し、常に所定のウェットワイピングの効果が得られるようにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インクを吐出するインク吐出口を備えた記録手段のヘッド回復装置及びヘッド回復方法並びに該ヘッド回復を実施するインクジェット記録装置に関する。更に詳しくは、インクを吐出するヘッドのノズルが形成されている面(以下フェイス面と言う)を払拭してヘッド性能とプリント品質を維持させるために、フェイス面のインク等を除去するためのワイパーを用いたプリンタにおける払拭装置に関係するものである。
【背景技術】
【0002】
プリンタ、複写機、ファクシミリ等の機能を有する記録装置、あるいはコンピューターやワードプロセッサ等を含む複合型電子機器やワークステーションなどの出力機器として用いられる記録装置は、記録情報に基づいて紙、布、プラスチックシート、OHP用シート等の被記録材(記録媒体)に画像(文字や記号等を含む)を記録するものである。そのうち、インクジェット式の記録装置(インクジェット記録装置)は、記録手段(記録ヘッド)から被記録材へインクを吐出して記録を行うものであり、記録手段のコンパクト化が容易であり、高精細な画像を高速で記録することができ、普通紙に特別の処理を必要とせずに記録することができ、ランニングコストが安く、ノンインパクト方式であるため騒音が少なく、しかも、多種類のインク(例えばカラーインク)を使用してカラー画像を記録するのが容易であるなどの利点を有している。
【0003】
インクジェット記録ヘッドの吐出口からインクを吐出するために利用されるエネルギーを発生するエネルギー発生素子としては、ピエゾ素子等の電気機械変換体を用いるもの、レーザー等の電磁波を照射して発熱させ、この発熱作用によってインク滴を吐出させるもの、あるいは発熱抵抗体を有する電気熱変換体によって液体を加熱するものなどがある。その中でも、熱エネルギーを利用してインクを滴として吐出するインクジェット式の記録手段(記録ヘッド)は、吐出口を高密度に配列することができるため高解像度の記録をすることが可能である。特に、その中でも、電気熱変換体素子をエネルギー発生素子として用いる記録ヘッドは、小型化が容易であり、かつ最近の半導体分野における技術の進歩と信頼性の向上性が著しいIC技術やマイクロ加工技術の長所を十分に活用でき、高密度実装化が容易で製造コストも安価なことから、有利である。
【0004】
また、被記録材の材質に対する要求も様々なものがあり、近年では、これらの要求に対する開発が進み、通常の被記録材である紙(薄紙や加工紙を含む)や樹脂薄板(OHP等)などの他に、布、皮革、不織布、さらには金属等を被記録材として用いる記録装置も使用されるようになっている。
【0005】
記録装置には、記録紙(被記録材)の搬送方向と交叉する方向に主走査しながら記録していくシリアル型の記録装置と記録紙の幅方向の所定幅(全幅を含む)の範囲をカバーするように定位置に保持された所定長さの記録ヘッドを用いて記録していくライン型の記録装置とに大別できる。本発明はこれらの記録方式を含むいずれの形式の記録装置においても適用可能なものである。上記シリアル型のインクジェット記録装置においては、通常、記録紙を所定の記録位置にセットした後、記録紙に沿って移動するキャリッジ上に搭載した記録ヘッドによって画像(文字や記号等を含む)を記録し、所定量の紙送り(副走査)を実行することにより記録紙に画像が形成される。
【0006】
上記インクジェット記録装置においては、記録動作によって記録ヘッドのヘッド面にインク滴、ごみ、ほこり、紙粉等の異物が付着することがあり、これらの異物を除去するためにクリーニング部材によりヘッド面をクリーニング(例えば摺擦による拭き取り)することが行われている。前記クリーニング部材としては、通常、ゴム状弾性材から成るゴムブレード等の可撓性部材が使用される。また、記録ヘッドの吐出口近傍のインクが乾燥し、インクの増粘、固着、堆積により吐出口の目詰まりが生じることがある。さらに、吐出口内部(液路)に発生した気泡やゴミ等によっても吐出口の目詰まりが生じることがある。これらの目詰まりを回復(予防、解消等)する方法として、例えば、キャッピング部材を用いてインクの吐出口部に密閉系を形成し、ポンプを用いて吐出口面(ヘッド面)に所定の負圧吸引力を発生させることにより吐出口よりインクを強制的に排出するという吸引回復方法が採られている。また、吸引回復によってヘッド面に付着したインクを除去するために、クリーニング部材により該ヘッド面をクリーニング(拭き取り)することも行われている。
【0007】
また、これらのインクジェット記録装置に用いるインクとしては、従来は水性染料インクを用いたものが主流であったが、染料インクはそもそも染料の分子が小さいがゆえに耐光性、耐ガス性といったいわゆる耐候性が不十分であり、記録物の色味が径時的に変化してしまうという問題があった。そこで近年、水性染料インクにかわり水性顔料インクが実用化されてきている。現在用いられている顔料インクは、顔料の粒径がおよそ100nm程度と染料分子に比較してはるかに大きいため光やオゾンの影響を受けたとしても色材の退色が顕著ではなく、耐候性は染料インクに比較してはるかに良好である。
【0008】
このようなインクジェット記録装置について、図6及び図7を用いて、従来のヘッド回復装置及びヘッド回復方法について説明する。図6は従来のインクジェット記録装置のヘッド回復装置を前面方向から見て示す模式的正面図であり、図7は図6のヘッド回復装置を側面から見て示す模式的側面図である。図6及び図7において、1Aは普通紙やマット紙等に好適な、いわゆる上乗せ系の表面張力の高いブラック顔料インク(以下マットBkインクと言う)を吐出するマットBkヘッドである。1Bはインクジェット光沢紙や写真用紙等に好適な、いわゆる浸透系の表面張力の低いカラー顔料インク(ここでは、ブラック、シアン、マゼンタ、イエローの4色である)を吐出するカラーヘッドである。なおヘッド1Bのこれらのインクはインクジェット記録媒体上でのインクの定着のために樹脂を添加することが多く、以下ではこれらカラー顔料インクを樹脂顔料インクと言う。2はマットBk ヘッド1A及びカラーヘッド1Bを位置決め保持する主走査キャリッジであり、3は記録方向である矢印A方向に往復移動可能な状態で主走査キャリッジ2を案内保持する主走査レールである。
【0009】
さらに、4Aはブラックヘッド1Aの吐出口部1Aaに密閉系を形成する(キャッピングする)ゴムキャップ(マットBk ヘッド用のキャップ)であり、4Bはカラーヘッド1Bの吐出口部1Baに密閉系を形成する(キャッピングする)ゴムキャップ(カラーヘッド用のキャップ)である。これらのゴムキャップ4A、4Bは、不図示の駆動源によりキャッピング方向(矢印B方向)及び非キャッピング方向(矢印C方向)に移動可能に不図示のホルダ部材に位置決め保持されており、それによって顔料インクヘッド用のキャッピング手段が構成されている。
【0010】
図6及び図7において、前記ゴムキャップ4A、4Bのそれぞれの内部には、インクを吸収保持するためのキャップ吸収部材9A、9Bが設けられている。また、吐出口部1Aa、1Baにインクが増粘して固着堆積することを防止するために、記録(プリント)中でも、これらの吐出口から所定の時間間隔でキャップ吸収部材9A、9Bに対して予備吐が行われる。5AはマットBkヘッド用の吸引ポンプ(吸引手段)であり、5Bはカラーヘッド用の吸引ポンプ(吸引手段)であり、キャッピング状態で吐出口部1Aa、1Baに所定の吸引圧(負圧)を発生させ、第1チューブ6A、6Bを介して吐出口部1Aa、1Baより強制的にインクを吸引し、吸引したインクを第2チューブ7A、7Bを介して廃インク処理部材8へ排出する吸引回復(回復処理)を行う。10AはマットBkヘッド用のクリーニング部材であり、10Bはカラーヘッド用のクリーニング部材であり、これらのクリーニング部材はウレタン、ブチル、シリコン等のゴム部材又は多孔質のスポンジ系の材質等で形成されている。
【0011】
クリーニング部材10A、10Bは不図示の駆動源により図7中、矢印D及び矢印Eの方向に移動可能であり、矢印D方向の移動により吐出口部1Aa,1Baを含むヘッド面に摺擦して((1)→(2)→(3)点線部)クリーニング(拭き取り清掃)を行う。クリーニングが終了した後さらに矢印D方向に移動すると、クリーニング部材10A、10Bはクリーナ11A、11Bに当接する((4)点線部)。この当接により、ヘッド面から掻きとられてクリーニング部材10A、10Bに付着したインク滴、ごみ、ほこり、紙粉等は、対応するクリーナ11A、11Bに転写される(移行する)ことで回収される。この時、キャッピング手段のキャップ4A、4Bは、不図示の駆動源により矢印C方向に移動(後退)し、クリーニング手段のクリーニング部材10A、10Bと干渉しない位置(不図示)まで退避している。
【0012】
ここで従来のヘッド回復装置及びヘッド回復方法並びに該ヘッド回復を実施するインクジェット記録装置においては、染料インクを用いる場合には装置各部における耐久性の問題は生じないが、顔料インクを用いる場合には、インクが増粘したり固着したりするまでの経過時間が染料インクを用いる場合より短く、早期に増粘したり固着したりし、また、クリーニング部材により掻き取る(又は拭き取る)場合のクリーニング性も染料インクを用いる場合より悪いため、記録手段のヘッド面に摺擦させてクリーニングしても、該ヘッド面にインクが薄膜状に堆積し、さらにそのインクが固着してしまい、クリーニング動作ではヘッド回復を行うことができないか、きわめて困難であるという技術的課題があった。
【0013】
通常染料インクは染料分子そのものが水溶液中に分散(溶解)しているが、顔料インクでは一般的に顔料粒子が親水性ではなく疎水性であるために水には溶解しないので水溶性を付与するために顔料粒子に樹脂や活性剤等を吸着させ顔料分散体として親水性を与え、水溶液中に分散させている。あるいは顔料粒子の構造自体の末端に親水基を持たせることで水溶液中に自己分散させている。
【0014】
そして顔料粒子そのものが疎水性であるため、染料インクと比較して記録ヘッドから顔料インクを吐出させたときに吐出口面が顔料インクでヌレやすくなってしまう性質を持っている。また前述した樹脂を用いて顔料を分散させている、いわゆる樹脂分散系の顔料インクでは、顔料とともに樹脂も吐出口面を濡らし易いので一層顕著である。また顔料粒子がフェイス面に存在する状態で前述したワイピング動作を行うことによるフェイス面へのダメージ(削れ)等もフェイス面を濡れやすくする一因である。
【0015】
このようにして吐出口面がヌレると、インクの吐出する方向性が安定しなくなり、インクが被記録媒体上に着弾する位置精度が悪くなり画像品位が低下する。
【0016】
上記の問題に対して、記録ヘッドの吐出口面に顔料インクを弾くいわゆる撥水処理を施した記録ヘッドを用いれば、初期は吐出の方向性は安定するが、基本的に顔料インク等のヌレやすいインクを用いた場合は、徐々に撥水性が劣化し吐出の方向性は不安定となる。あるいは記録ヘッドの吐出特性維持のために行なわれるワイピングによっても、結果的にヌレやすい顔料インクを吐出口面に広げてしまうためその撥水性は劣化していき、画像品位の劣化を生じてしまう。
【0017】
あるいは特開平11−334074号公報に示されるように顔料インク用のヘッドとしては吐出口周辺のみを最初から親水化したようなヘッドも提案されている。
【0018】
しかしながら吐出口面の撥水性、または親水性等の性質は長期間維持できるものではなく、経時的に劣化していく。比較的知られているUVオゾン処理等でも、処理直後は親水性を有するが時間と共にその親水の程度が変化してしまうことがある。
【0019】
このようなフェイス面の撥水性能もしくは親水性能の変化の問題に対しては、例えば特開平10−138502号公報に示すような、いわゆるウェットワイピングと言う技術が知られている。これはフェイス面を払拭するワイパーに例えばグリセリンやポリエチレングリコール等の揮発性のきわめて低い溶剤(以下ウェット液と言う)を付着させて、そのワイパーにてフェイス面を払拭することにより、フェイスの濡れ性の変化を防止するものである。ウェット液はその作用として、第1にフェイスに蓄積されたインク増粘物や増膜物を溶解する作用があり、第2にワイパーとフェイスとの間に介在することにより潤滑材の働きをし、第3にフェイスにウェット液を付着させることでフェイス保護のための膜を形成するものである。詳細な説明は後述するとして、以下にウェットワイピングの構成の一例を記す。
【0020】
図8はウェットワイピングの構成を示したもので、図7にウェットワイピングのユニットを加えたものである。ワイパー清掃部材11A,11Bよりも右側のワイパー折り返し位置近傍にウェットワイピングのユニットは設けられている。20はウェット液保持部で、21aはワイパーが当接しウェット液をウェイパーに付着させる当接部である。ワイパーは図中左側から11A,11Bのワイパー清掃部材にて清掃された後、清掃部材を通過してウェットワイピングのユニットに達する((4)→(5)→(6)の動作)。ワイパーは左右に往復動するが、折り返し位置にてワイパーが図の(6)のように当接部に当たるよう配置されている。そして当接部にて所定のニップ幅分に応じてウェット液が付着する(以下、当接部からワイパーへのウェット液の移動、ワイパーへの付着のことを「ウェット液の転写」と言う)ようにしたものである。
【0021】
しかしながら本発明者らが上記のようなウェットワイピングを搭載してヘッドのフェイス面の性能変化を検討したところ、特に低温環境下においてウェットワイピングの効果が少なく、フェイスの状態が初期に比べて変化してしまうことがわかった。そのため吐出液滴の着弾精度が悪化し、結果として印字品位を乱すことが判明した。
【0022】
このような低温環境下での挙動を検討したところ、ワイパーに転写されるウェット液の量が環境で大きく変動することがわかった。ウェット液はそもそも本体装置内に本体寿命の間、保持されているべきものであるため、空気中の飽和蒸気圧の低いもの、すなわち蒸発しにくいものが好ましく、またインク増粘物への溶解性やヘッド各部材との接液性を考慮すると、インクジェットプリンタのインク組成としてもしばしば用いられるグリセリンやポリエチレングリコール等の多価アルコール類が好ましい。これらの溶剤は一般的に分子量が大きく粘度が高いものが多いので低温環境下での粘度上昇の程度も大きい。図9は一例として、グリセリンの温度粘度曲線を示したものである。常温で800cp程度の粘度が、15℃で2300cp、5℃で7000cpと、低温に行くほど急激に粘度が上昇する。
【0023】
なお低温環境下でウェット液の転写量が減少するのは、ワイパーが当接部に一旦当接してから戻るときにウェット液の粘性が大きいために当接部からウェット液を引きちぎりにくくなるためと思われる。
【特許文献1】特開平11−334074号公報
【特許文献2】特開平10−138502号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0024】
上記のようにウェットワイピングを搭載したインクジェットプリンタにおいては、ワイパーへのウェット液の転写量が環境で大きく変動するという問題があった。すなわち低温環境ではウェット液の粘度上昇により転写量が常温よりも減少するため、所定のウェットワイプの効果が発揮できず、耐久後のフェイスの性能が劣化し印字品位を悪化させるという問題があった。
【0025】
本発明の目的は、上記に鑑みウェットワイピングを搭載したインクジェットプリンタにおいて、ウェット液転写量の環境変動を抑制し転写量の安定化を図り、結果とし低温環境下での耐久後であっても印字品位を良好に保つためのインクジェットプリンタを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0026】
本発明はインクを吐出する吐出口を有する記録ヘッドと、該記録ヘッドの吐出口面を払拭するワイピング手段としてのワイパー部材とを具え、前記記録ヘッドと前記ワイパー部材とが相対的に移動することによって、前記記録ヘッドの吐出口面を払拭するインクジェット記録装置であって、
前記記録ヘッドの吐出口面の状態を維持するための手段として、処理液を蓄える処理液保持部と、前記ワイパーもしくは前記記録ヘッドが前記処理液保持部に直接的に接触することで処理液をワイパーもしくは記録ヘッドに転写する転写手段とを有し、前記処理液が転写された状態で前記記録ヘッドの吐出口面を払拭することにより、吐出口面の状態を維持すると共に、
記録装置の置かれている環境温度を検知するための温度検出部材を有し、環境温度に応じて前記処理液の転写手段を制御するようにした。
【0027】
ここで、前記温度に応じた転写手段の制御とは、処理液と前記ワイパーもしくは前記記録ヘッドが直接的に接触する時の接触面積、または接触時間、または接触回数の少なくともいずれか一つを制御するようにしたものである。
【0028】
なお、前記温度に応じた転写手段の制御においては、低温時に前記接触面積、または接触時間、または接触回数が増加する方向に制御するようにしている。
【0029】
上記の接触面積の制御として、前記ワイパーもしくは前記記録ヘッドと、前記処理液との相対的な位置関係を制御するようにしたものである。
【0030】
あるいは上記の接触時間の制御として、前記ワイパーもしくは前記記録ヘッドが、前記処理液と当接しながら停止している時間を制御するようにしても良い。
【0031】
または上記の接触回数の制御として、記録ヘッドの払拭動作の前に、前記ワイパーもしくは前記記録ヘッドが前記処理液と複数回接触するようにても良い。
【0032】
なお前記処理液がエチレングリコール、ジエチレングリコール、グリセリン、ポリエチレングリコール等の多価アルコール類の単独溶剤または混合溶剤または水溶液であるときに本発明は特に有効である。
【0033】
また前記処理液保持部が、繊維からなる吸収体、もしくは連泡性の発泡体であって、前記ワイパーもしくは前記記録ヘッドとの接触によって処理液を転写する方式の場合において本発明は特に有効である。
【発明の効果】
【0034】
本発明の効果はウェットワイピングを搭載したインクジェットプリンタにおいて、ウェット液転写量の環境変動を抑制し転写量を安定化させるものである。結果とし低温環境下でも所定のウェットワイピングの性能を発揮することができ、耐久後にも印字品位を良好に保つことのできるインクジェットプリンタの提供を可能にする。
【発明を実施するための最良の形態】
【0035】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態を説明する。図1は本発明のウェットワイピングを採用したインクジェット記録装置の概略図である。図1中、35はウェットワイピング機構を含む回復装置、36は回復装置近傍であって本体側板内に設けられた温度検出部材で、ここではサーミスタを用いている。
【0036】
以下順次、[1]本体の概略動作説明、[2]回復装置の概要、[3]記録ヘッドの概要、[4]ウェットワイピングを含む回復装置の詳細な動作説明、[5]ウェットワイピングに関する重要部分の説明の順に本発明に用いられるウェットワイピング機構に関して説明し、後に実施の形態として36の温度検出部材による温度に応じた、ウェットワイピング機構の制御に関する実施例を記す。
【0037】
[1]本体の概略動作説明
図1にて記録用紙等の被記録材30は、給紙ローラ31によって装置本体内に送り込まれ、紙送りローラ(搬送ローラ)32上でピンチローラ(不図示)及び紙押え板33により挟持され、該紙送りローラ32の回転を制御することにより前記マットBkヘッド1A及び前記カラーヘッド1Bで構成される記録手段(記録ヘッド)1の前面(図示の例では下面に設けられたヘッド面)から所定の隙間をおいた位置(記録位置)を通して紙送り(搬送)され、その間に記録情報に基づいて記録ヘッド1を駆動することにより画像(文字等を含む)を記録(プリント)される。主走査キャリッジ2の移動範囲内であって、記録領域を外れた位置(図示の右側端部)には、該主走査キャリッジ2のホームポジションHPが設定されている。
【0038】
[2]回復装置の概要
前記ホームポジションHPの近傍には、マットBkヘッド1A及びカラーヘッド1Bのヘッド面(吐出口が形成された面)に当接(密着)して吐出口を密封することが可能なゴム状弾性材のキャップ4A、4Bを有するキャッピング手段、キャッピング状態で該キャップ4A、4Bを介して前記吐出口に負圧吸引力を発生させ得る吸引ポンプを含む吸引手段、並びに前記マットBkヘッド1A及びカラーヘッド1Bのヘッド面に摺擦してインクやほこり等の付着物を掻き取る(拭き取る)ためのクリーニング部材を含むクリーニング手段などを備えたヘッド回復装置35が配設されている。このヘッド回復装置35は、ヘッドの吐出口部をキャッピングした状態で吸引ポンプによりキャップ内に負圧を発生させ、この負圧により吐出口からインクとともに増粘インク、気泡、固着インク、ほこり等の異物を吸い出して排出除去することにより、ヘッドのインク吐出性能を回復させる回復動作を実行するためのものである。
【0039】
[3]記録ヘッドの概要
記録手段(記録ヘッド)1としての前記マットBkヘッド1A及び前記カラーヘッド1Bは、熱エネルギーを利用してインクを吐出するインクジェット記録ヘッドであって、熱エネルギーを発生するための電気熱変換体を備えたものである。また、前記記録手段1は、前記電気熱変換体により印加される熱エネルギーによってインク内に膜沸騰を生じさせ、その時に生じる気泡の成長、収縮による圧力変化を利用して吐出口よりインクを吐出させ、記録(印字を含むプリント等)を行うものである。
【0040】
[4]ウェットワイピングを含む回復装置の詳細な動作説明
図1の回復装置35内にはウェットワイピングユニット部を含むが、これに関しては以下の回復装置の説明の中で詳細に説明する。回復装置35及びこれを用いたウェットワイピングの基本的なメカ構成やシーケンス動作は従来例で説明したものと同じであるので図6及び図8を用いて説明する。
【0041】
図6は記録装置の電源Off時、またはスタンバイ時の回復装置の状態を示すもので、マットBkヘッド1A(インク吐出口1Aa)をマットBkヘッド用のキャップ4Aに対向させ、かつ、カラーヘッド1B(インク吐出口1Ba用)をカラーヘッド用のキャップ4Bに対向させたキャッピング状態であり、ヘッド回復装置35の模式的正面図である。
【0042】
通常プリンタの電源Off時や、プリンタのスタンバイ時は、キャップはこのようなヘッド保護のポジションにあって、ヘッドの吐出口へのゴミ等の付着や、吐出口からの水分蒸発を抑制している。印字信号を受信するとマットBkヘッド用のキャップ4A及び、カラーヘッド用キャップ4Bは図6中矢印C方向に下降し、キャップオープン状態となりキャリッジが操作可能な印字可能状態となる。図8はキャップオープン状態での回復装置35の模式的側面図である。
【0043】
印字は主走査レール3に沿ってキャリッジ2を走査して行うが、印字中の回復動作としてキャップ上への予備吐出があげられる。9A、9Bは前述のキャップ4A、4B内に設けられたインク吸収部材であり、これらのインク吸収部材9A、9Bは、インクを吸収、保持することができる多孔質材料又はスポンジ状材料などで形成されている。印字中のキャップオープン状態では、キャップ4A、4Bをヘッド1A、1Bから離間した位置に位置決め保持したキャップオープン状態において、ヘッド1A、1Bの吐出口1Aa、1Baから前記インク吸収部材9A、9Bに向けてインクを吐出する予備吐出が行われる。
【0044】
この予備吐出は、記録途中で吐出口部1Aa、1Baにおけるインクが増粘、固着することを防止するための操作であり、通常所定の時間間隔で行われる。なお、この予備吐出は不図示の予備吐出受け手段に向けて行ってもよい。この予備吐出受け手段は、例えば、容器やインク吸収部材などで構成することができる。
【0045】
次に図6、図8を用いて通常のヘッド回復動作について説明する。5AはマットBkヘッド用吸引ポンプ(吸引手段)であり、5Bはカラーヘッド用の吸引ポンプ(吸引手段)である。図6に示すようにキャップ4A、4Bをヘッド1A、1Bに当接(密着)させたキャッピング状態において、ヘッド1A、1Bの吐出口1Aa、1Baに所定の吸引負圧(吸引力)を発生させることで、第1チューブ6A、6Bを介して吐出口部1Aa、1Baよりインクを強制的に吸引するとともに、吸引したインクを第2チューブ7A、7Bを介して廃インク処理部材8へ排出するという吸引回復が行われる。前記吸引ポンプ(吸引手段)5A、5Bはこのような吸引回復を行うためのものである。また、この吸引回復は、記録開始直前や、記録中の所定量の時間又は記録動作ごとに、あるいはヘッドの回復操作が必要になったことを検知したときなど、必要性を考慮して実行されるものである。
【0046】
図8において10AはマットBkヘッド用のクリーニング部材(クリーニング手段)であり、10Bはカラーヘッド用のクリーニング部材(クリーニング手段)であり、これらのクリーニング部材はウレタン、ブチル、シリコン等のゴム状部材、多孔質状部材、スポンジ状部材で形成されている。クリーニング部材10A、10Bは不図示の駆動源により矢印D及び矢印E方向に移動可能であり、矢印D方向の移動により吐出口部1Aa、1Baを含むヘッド面(吐出口が形成された吐出口面)を払拭し(図8中の(1)→(2)→(3)の動作)、該ヘッド面のクリーニング(拭き取りなどによる)を行う。クリーニングが終了しさらに矢印D方向に移動すると、クリーニング部材10A、10Bはクリーナ11A、11Bに当接する((4)位置)。つまり、クリーニング部材10A、10Bがクリーナ11A、11Bに当接することにより、ヘッド面(吐出口面)から掻きとられたインク滴、ごみ、ほこり、紙粉はクリーニング部材10A、10Bからクリーナ11A、11Bへ移行し回収される。この時、キャップ4A、4Bは不図示の駆動源により矢印C方向に移動させられ、クリーニング部材10A、10Bと干渉しない位置(不図示)まで退避している。
【0047】
図8はウェットワイピングの構成を示したものである。ワイパー清掃部材11A,11Bよりも右側のワイパー折り返し位置近傍にウェットワイピングのユニットは設けられている。20はウェット液保持部で、21はウェット液伝達部、21aはワイパーが当接しウェット液をウェイパーに付着させる当接部である。ワイパーは図中左側から11A,11Bのワイパー清掃部材にて清掃された後、清掃部材を通過してウェットワイピングのユニットに達する((4)→(5)→(6)の動作)。ワイパーは左右に往復動するが、折り返し位置にてワイパーが図の(6)のように当接部に当たるよう配置されている。そして当接部にて所定のニップ幅分に応じてウェット液を転写する。
【0048】
ウェット液の転写の後に、ワイパーは再び(6)→(1)へと戻りワイパーの待機位置にて停止する。ただしこのときはワイパー清掃部材11A、11Bは、図示しない機構によって退避するように設けられている。またキャリッジ2もワイピング位置から移動して、ワイパーのワイピング面とは反対側の面ではヘッドのフェイス面を払拭しないようにしている。すなわち(6)→(5)→(3)→(1)のような動作にてワイパーは停止位置(1)に戻ることになる。
【0049】
上記のような系では初回のワイピング時は、実際にはウェット液がワイパーに転写していない状態でワイピングすることになり、初回のワイピング時にワイパーに転写したウェット液を用いて次回のウェットワイピングを行うことになる。ここで、ウェット液は非常に蒸発しにくいため次回のワイピング時にも蒸発して消失していることはない。またウェット液は通常のインクジェットプリンタに用いられるインクよりはるかに高い粘度を有しているため、ワイパーに付着した後に流失してしまうこともない。また初回1回のみのドライワイピング(ウェット液を用いないワイピング)によるフェイスの状態変化は本体寿命の間のワイピング耐久回数等に比較すると無視できるものである。
【0050】
なお本発明は上記のような構成に限るものではなく、前述した特開平10−138502に示されるような、回転ワイパーを用いたウェットワイピングの機構を有するインクジェットプリンタに対しても有効であり、あるいは上記のようなワイパーがスライド移動する他の構成に対しても有効である。具体的には上記のようなスライドワイパーの系において(5)と(6)の間に折り返し位置を設け、そこから(1)の停止位置に戻ることも可能な構成とすることで、ウェット液の転写工程((6)の位置まで移動してから(1)へ戻る工程)を含むワイピングと、ウェット液の転写を含まない((5)と(6)の間の位置にて折り返し(1)へ戻る)ワイピング工程とを有することが可能となるが、このような系においても本発明は有効である。
【0051】
[5]ウェットワイピングに関する重要部分の説明
以上のような回復機構を有する系において、特にウェットワイピングの構成に関する重要な要素について、すなわちウェット液やそれの保持/伝達部、ヘッドのフェイス面の状態、使用するインクについては下記のようである。
【0052】
図8中、20はウェット液保持部であり、ここではポリプロピレン繊維をスポンジ状にしたもの(以下PPスポンジと言う)でウェット液を保持している。ポリプロピレン繊維の繊維径、繊維をスポンジ化したときの見かけ密度、スポンジ内の繊維の配向方向、スポンジを装置内に組み込むときの圧縮率、等は適宜選択して良い。21はウェット液保持部のPPスポンジ20から、ウェット液を伝達し21aのワイパー当接部にウェット液を伝達する伝達部材であり、当接部21aを含む。ここでは伝達部材21としては旭化成製サンファインAQ900を用いている。ここでウェット液保持部20と伝達部材21の間で確実にウェット液の供給が行われるようにするためには、毛管力に関してウェット液保持部20の毛管力よりも、伝達部材21の毛管力のほうが強くなければならない。そのような関係を維持しつつ、伝達部材の平均気孔径、見かけ密度、毛管力等を適宜選択しよい。
【0053】
またワイパー10A,10Bはここではポリエーテルウレタンを用い、ヘッドのフェイス面の状態は表面に撥水材をコートした撥水ヘッドを用いている。
【0054】
ウェット液としてはここではグリセリンを用いているが、グリセリンはそのものは蒸発しにくいが、空気中の水分を吸湿しやすく、また一旦吸湿した場合でも低湿度環境下では水分を放出する特性があるため、図8中のウェット液保持部20や、伝達部材21等は吸湿、乾燥の影響を受けないように、その外周を図示しない水蒸気透過性の低い材料で遮蔽することが好ましいい。
【0055】
ただしウェット液保持部に存在するエアーの膨張収縮に耐えられるように、完全密閉ではなく、一部に大気連通の細孔を設けることが望ましい。
【0056】
用いるインクとしては、従来例でも説明したが、ここでは1Aのヘッドには自己分散性のマットBk顔料インクを用いている。これは顔料粒子の構造自体の末端に親水基を持たせることで顔料粒子を水溶液中に自己分散させたインクである。一方1Bのヘッドにはカラー顔料インク(ブラック、シアン、マゼンタ、イエロー)を用いているが、これらは顔料粒子を界面活性剤的な作用を持つ樹脂にて水中に分散させているインクである。
【0057】
またウェット液保持部の大きさ、すなわちウェット液の必要量から逆算される保持部の容積については、次のように算出できる。まず、搭載するインクジェットプリンタの耐久枚数相当分のウェットワイピングを行ったとしてもフェイスの撥水状態に大きな変化がなく吐出液滴の着弾位置精度が許容範囲内であるために必要なウェット液の転写量を実験等で求め、これに耐久枚数相当分のワイピング回数を乗じただけのウェット液を保持可能な容積とする必要がある。
【0058】
例えば上記に示した系では1回のウェットワイプに1mgのグリセリンをワイパーに転写した上で上記撥水ヘッドのフェイス面に塗布することで目標とする耐久枚数10000枚を問題なく行うことができるとすると、耐久枚数の間に必要なグリセリン量は10gとなる。
【0059】
これに、グリセリンの密度、PPスポンジのグリセリン保持量、伝達部材のグリセリン保持量、グリセリン使いきり時の残量等を考慮すると、グリセリン保持部の容積は20cc程度が必要となる。初期のグリセリン注入量は使いきり効率にもよるが、通常100%の使い切りは期待できないので、必要量の1.2倍程度は注入しておく必要がある。もちろんこれらの条件、すなわち1回のワイピングで必要なグリセリンの量、耐久枚数、PPスポンジや伝達部材のグリセリン保持量に関しては、各プリンタの要件に応じて異なるものなので適宜設定されるべきものである。
【0060】
なお本発明は上記のような形態にのみ限って適用されるものではなく、ウェット液、ウェット液保持部、伝達部材等の材料や、フェイスの状態の撥水/非撥水/親水性等や、インクの濡れ性の指標であるインク表面張力や前記フェイスに対するインクの接触角等の様々な変更が可能であり様々な形態に変形可能である。もちろんインクに関しても本明細書中は顔料インクを用いた場合を例としてあげているが、染料インクであっても本発明を適用することは可能である。
【0061】
以下、本発明の特徴的な構成である低温環境下におけるウェット液のワイパーへの転写量制御に関する種々の実施形態を説明してゆく。
【実施例1】
【0062】
本発明の第1の実施例は、図1の温度検出部材36の検出温度に応じて、ウェットワイピングユニットをメカ的に上下動させて、ワイパーが21aの当接部に当接するときの侵入量を変え、それによってワイパーが当接する部分のニップ幅を変えることで、ウェット液の転写量を調整するものである。
【0063】
図2は本実施例のウェットワイピングユニットの図であるが、図中23は22を回転軸として回転する偏心カムでありウェットワイピングのユニットはこの偏心カムに支持されて上下動可能な構成となっている。そして不図示の制御部及び駆動部によって、次の表のように温度に応じて上下動するように制御される。
【0064】
【表1】

この表は例えば温度領域が20〜30℃のときのウェットワイピングユニットの位置におけるワイパーの侵入量をRefとし、かつこのときの温度領域の中心温度である25℃環境におけるウェット液の1回あたりの転写量が1.0mgであることをあらわしている。
【0065】
そしてプリンタの温度検出部材36によって環境温度が低温であると検知されると、不図示の制御部及び駆動部によって偏心カム23が回転し、ウェットワイピングユニットを下降させる。結果としてワイパーとの侵入量を増やす方向に移動するが、例えば環境温度が10〜20℃であるような場合はワイパーの侵入量がRef侵入量よりも0.4mm侵入する方向に移動する。
【0066】
仮にこのようなメカ構成や制御を行わない場合、表1の右に参考として示したようにウェット液の転写量は環境によって大きく変動し、例えば10〜20℃の温度領域の中心温度である15℃においては0.3mg程度と常温の1/3程度まで減少してしまい、所望のウェットワイピングの性能が発揮できない。
【0067】
しかしながら本実施例のようなメカ構成や制御を行うことで、ここでは10〜20℃環境では、ウェットワイピングユニットが0.4mm下降し、ワイパーの侵入量も0.4mm増加するため、ウェット液転写部21aに当接するワイパーのニップ幅が増加し転写量が0.9mgとほぼ常温に近い値となる。
【0068】
なお上記の実施例ではウェットワイプのユニットを上下動させたが、図2中で左右に移動させることでワイパーの当接部21aへの侵入量を変えるようにしても良い。ワイパーの折り返し位置(6)はメカ的に固定されているので、図2のような構成、すなわちワイパーの当接部が45°等の(水平以外の)角度を有して配置されている場合は上下動のみならず左右の移動によってもワイパーの侵入量は変化させることができる。
【0069】
このように温度検出部材によって環境温度を検知し、温度に応じてワイパーがウェットワイピングユニットに侵入する侵入量を可変とすることで、低温環境下でのウェット液の増粘による転写量の減少を補正し、所望のウェットワイピングの性能を発揮することができる。結果として、本体耐久中のワイピングによるヘッドフェイス面の状態の変化が少なく、耐久後期まで吐出液滴の着弾精度の劣化がなく印字品位を維持することができる。
【実施例2】
【0070】
実施例2は、実施例1と異なり図3のように24の回転軸を中心にウェットワイプユニットが回転するように構成されている。このような回転機構とすることで、実施例1に対して省スペース化が図られる。すなわち実施例1のようにウェットワイプユニットの上下移動のためのスペースを広く持つことなく、稼動範囲を狭くしつつワイパーの当接部21aへの侵入量を、実施例1と略同等に変えることができる。記録装置の置かれている環境に応じて(すなわち温度検出部材36の検出温度に応じて)、ウェットワイプユニットを回転させ侵入量を制御する部分の説明は実施例1と同じである。もちろん所定の温度において侵入量を変化させる程度は適宜設定して、所望のウェットワイピングの性能が発揮できるように設定すればよい。
【実施例3】
【0071】
実施例3では温度に応じてウェットワイピングのシーケンスを変更し低温環境下でのウェット液の転写量の減少を補正するものである。図4は実施例3のウェットワイピングのシーケンスを示すフローである。
【0072】
図4は実施例3のワイピング動作を説明するシーケンスフローで、221でヘッド及びワイパーがワイピングポジションにあることを確認し、222でワイピングを行い、223で折り返し位置にてウェット液転写部に当接し、224でヘッドをワイパーの当たらない位置に退避させてから、225でワイパーをワイパーのホームポジションに戻すものである。このような通常のワイピング動作に加えて、223aのワイパー折り返し位置(ワイパーが、ウェット液転写部である当接部に当接する位置)においてウェット液の転写時間を設けるようにしている。さらにその転写時間をプリンタのおかれている環境温度に応じて、下記表2のように可変とした。
【0073】
【表2】

表2は環境温度に応じてウェット液転写時間を制御して、低温でのウェット液転写量の減少を補正するものであり、低温ほどウェット液の転写量を確保するために転写時間を多く設けている。表2において、常温では積極的にはウェット液の転写時間を設けておらず、224のヘッド退避に要する時間である0.1秒後にワイパーを反転させるようにしている。そのため転写時間は0.1秒と短く、このときの転写量が1.0mgである。これに対して15℃では、表の右列のように、仮に転写時間を変更せず常温と同様のシーケンス、すなわち0.1秒の当接時間の後にワイパーを当接部から離脱した場合は、転写量が0.3mgと大きく減ってしまう。
【0074】
そこで例えば15℃環境下ではワイパーの当接時間を3秒としウェット液の転写を促進し0.9mgの転写量にまで転写量を回復させたものである。このワイパー当接時間は、ウェット液の低温での粘度上昇の程度や、ワイパー材質、当接部材の材質、メカ構成等に応じて適宜設定されるべきものである。
【0075】
このように低温環境下でワイパーのウェット液への当接時間を制御することでウェット液の転写量制御を行うようにしたため、実施例3では、実施例1、実施例2のような稼動部を持たない。従って実施例1、実施例2に対して、メカ的な構成を省略することができコストダウン、及び小型化のメリットがある。
【実施例4】
【0076】
図5は実施例4のワイピング動作を説明するシーケンスフローで、図4に対して210〜215を追加したものである。210〜215はヘッドを退避した状態でワイパーをウェット液当接部に当接する工程で、211でヘッドを退避させ、212でワイパーの移動動作を行い、213の折り返し位置でウェット液転写部に当接し、213aにてウェット液の転写のための転写時間のあいだ停止し、215でワイパーをワイパーのホームポジションに戻すものである。さらに216のLoopにてこの工程を複数回繰り返すようにしても良い。
【0077】
このようにワイピングの直前にウェット液を転写するようにすると、より確実にウェットワイピングの機能を発揮させることができる。またLoop1のように転写工程を複数回繰り替えすようにすることでも、転写量の向上は可能となる。
【0078】
なお本発明のウェットワイピング動作の入るタイミングについては説明してこなかったが、従来から行われているように、記録ヘッドのキャップオープン状態が所定時間継続したときに、吐出口面が乾燥している可能性があるので行うようにした、いわゆるタイマワイピングの入るタイミングや、吐出ドットカウントを行って所定量以上の記録がなされた場合に吐出口面がインクミストで汚れている可能性があるために行う、いわゆるドットカウントワイピングの入るタイミングで本発明のウェットワイピングを行うようにするのが好ましい。
【0079】
あるいはこれも従来から行われているが、キャップクローズの前に記録ヘッドの吐出口面に付着したインクを除去しその後の放置に備えるようにするため、キャップクローズ前のタイミングでも本発明のウェットワイピングを行うことが好ましい。
【0080】
また長期放置後であって、記録ヘッドの吐出口に固着/増粘インクが存在する場合に行われる吸引回復動作後も吐出口面に吸引残りのインクが比較的大量に付着しているため、このインク残りを除去するために吸引後のタイミングでも本発明のウェットワイピングを行うことが好ましい。
【0081】
以上説明してきたように本発明では、温度検出部材により記録装置の置かれている環境を検知し、低温環境下においてウェット液転写部のメカ的な位置を制御したり、ウェット液転写時の転写時間等をシーケンス的に制御することで、低温環境下でのウェット液の増粘による転写量の減少を補正し、所望のウェットワイピングの性能を発揮することができる。結果として、本体耐久中のワイピングによるヘッドフェイス面の状態の変化(撥水性の劣化や、親水性の変化)が少なく、耐久後期まで吐出液滴の着弾精度の劣化のない印字品位の良好なインクジェットプリンタを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0082】
【図1】本発明のインクジェット記録装置の概略構成図である。
【図2】実施例1におけるウェットワイピング機構を説明する図である。
【図3】実施例2におけるウェットワイピング機構を説明する図である。
【図4】実施例3におけるウェットワイピングのシーケンスフローを説明する図である。
【図5】実施例4におけるウェットワイピングのシーケンスフローを説明する図である。
【図6】従来のインクジェット記録装置の回復系の断面構成図である。
【図7】従来のインクジェット記録装置の回復系の別な断面の構成図である。
【図8】従来のウェットワイピング機構を説明する図である。
【図9】グリセリンの温度-粘度曲線の図である。
【符号の説明】
【0083】
1A マットBkヘッド
1B カラーヘッド
2 主走査キャリッジ
3 主走査レール
4A マットBkヘッド用のキャップ(キャッピング手段)
4B カラーヘッド用のキャップ(キャッピング手段)
5A、5B 吸引手段(吸引ポンプ)
9A、9B インク吸収部材
10A マットBkヘッド用のクリーニング部材(クリーニング手段)
10B カラーヘッド用のクリーニング部材(クリーニング手段)
11A、11B クリーナ
1Aa、1Ba 吐出口部(吐出口)
1a、1b 吐出口部(吐出口)
30 被記録材(記録用紙等)
31 給紙ローラ
32 紙送りローラ
35 ヘッド回復装置
36 温度検出部材
20 ウェット液保持部
21 ウェット液伝達部
21a ワイパー当接部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
インクを吐出する吐出口を有する記録ヘッドと、該記録ヘッドの吐出口面を払拭するワイピング手段としてのワイパー部材とを具え、前記記録ヘッドと前記ワイパー部材とが相対的に移動することによって、前記記録ヘッドの吐出口面を払拭するインクジェット記録装置であって、
前記記録ヘッドの吐出口面の状態を維持するための手段として、処理液を蓄える処理液保持部と、前記ワイパーもしくは前記記録ヘッドが前記処理液保持部に直接的に接触することで処理液をワイパーもしくは記録ヘッドに転写する転写手段とを有し、前記処理液が転写された状態で前記記録ヘッドの吐出口面を払拭することにより、吐出口面の状態を維持すると共に、
記録装置の置かれている環境温度を検知するための温度検出部材を有し、環境温度に応じて前記処理液の転写手段を制御することを特徴としたインクジェット記録装置。
【請求項2】
前記温度に応じた転写手段の制御とは、処理液と前記ワイパーもしくは前記記録ヘッドが直接的に接触する時の接触面積、または接触時間、または接触回数の少なくともいずれか一つを制御するようにしたことを特徴とする請求項1に記載のインクジェット記録装置。
【請求項3】
前記温度に応じた転写手段の制御において、低温時に前記接触面積、または接触時間、または接触回数が増加する方向に制御することを特徴とする請求項2に記載のインクジェット記録装置。
【請求項4】
前記接触面積の制御とは、前記ワイパーもしくは前記記録ヘッドと、前記処理液との相対的な位置関係の制御であることを特徴とする請求項3に記載のインクジェット記録装置。
【請求項5】
前記接触時間の制御とは、前記ワイパーもしくは前記記録ヘッドが、前記処理液と当接しながら停止している時間の制御であることを特徴とする請求項3に記載のインクジェット記録装置。
【請求項6】
前記接触回数の制御とは、記録ヘッドの払拭動作の前に、前記ワイパーもしくは前記記録ヘッドが前記処理液と複数回接触するようにした回数の制御であることを特徴とする請求項3に記載のインクジェット記録装置。
【請求項7】
前記処理液がエチレングリコール、ジエチレングリコール、グリセリン、又はポリエチレングリコールの多価アルコール類の単独溶剤または混合溶剤または水溶液であることを特徴とする請求項1〜請求項6のいずれかに記載のインクジェット記録装置。
【請求項8】
前記処理液保持部が、繊維からなる吸収体、もしくは連泡性の発泡体であって、前記ワイパーもしくは前記記録ヘッドとの接触によって処理液を転写することを特徴とする請求項1〜請求項7のいずれかに記載のインクジェット記録装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−101631(P2009−101631A)
【公開日】平成21年5月14日(2009.5.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−276445(P2007−276445)
【出願日】平成19年10月24日(2007.10.24)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】