エナメル質再生液及びエナメル質再生キット
【課題】生体内においてもエナメル質の再石灰化を生じさせ、初期齲蝕の治療や齲蝕予防に有用なエナメル質再生液及びエナメル質再生キットを提供する。
【解決手段】エナメル質再生液は、アメロゲニン、カルシウムイオン及びリン酸イオンを含有する。また、エナメル質再生キットは、カルシウムイオンを含有する第1の溶液と、アメロゲニン及びリン酸イオンを含有する第2の溶液と、を備える。アメロゲニンがエナメル質表面に集積して空間を形成し、この空間にカルシウムイオン及びリン酸イオンの集積が生じ、局所的に過飽和になることでカルシウムイオンとリン酸イオンの反応を促しハイドロキシアパタイト結晶が成長する。
【解決手段】エナメル質再生液は、アメロゲニン、カルシウムイオン及びリン酸イオンを含有する。また、エナメル質再生キットは、カルシウムイオンを含有する第1の溶液と、アメロゲニン及びリン酸イオンを含有する第2の溶液と、を備える。アメロゲニンがエナメル質表面に集積して空間を形成し、この空間にカルシウムイオン及びリン酸イオンの集積が生じ、局所的に過飽和になることでカルシウムイオンとリン酸イオンの反応を促しハイドロキシアパタイト結晶が成長する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エナメル質再生液及びエナメル質再生キットに関する。
【背景技術】
【0002】
歯科診療の現場では、齲蝕の程度は、C0、C1、C2、C3、C4に区分され、C0に区分される初期齲蝕は、エナメル質の脱灰とこれに伴うエナメル質表面の粗造化を特徴としている。脱灰は、齲蝕原因菌が産生する酸による溶解反応であり、以下の化学反応式で示される。
【化1】
【0003】
初期齲蝕は、歯の実質欠損が極めて小さいため、齲蝕の通常の治療法である罹患歯質の除去と人工材料の充填は行われないが、初期齲蝕を放置すると、より重篤な齲蝕へと進行するリスクが高いため、一般的に、以下の治療が行われている。
(1)除菌を目的とする治療法(ブラッシング、Professional Tooth Cleaning(PMTC)、オゾンによる殺菌等)
(2)患部の保護を目的とする治療法(シーラント等)
(3)イオンの供給を目的とする治療法(フッ化物塗布、CPP−ACPの適用等)
【0004】
これらの治療法の応用により、脱灰したエナメル質の再石灰化が促進されるとされている。再石灰化は、エナメル質を構成する主要無機成分であるハイドロキシアパタイト結晶の再石灰化を意味する。
【0005】
また、エナメル質の主成分はハイドロキシアパタイト結晶であることから、ハイドロキシアパタイト結晶、或いは、ハイドロキシアパタイト結晶を形成し得るリン酸塩及びカルシウム塩を含有する齲蝕治療キットなどが開示されている(例えば、特許文献1)。
【0006】
特許文献1には、ハイドロキシアパタイト粒子含有組成物およびリン酸化糖カルシウム含有組成物を備えており、該齲蝕がC1期またはC2期の齲蝕および根面齲蝕であり、該リン酸化糖カルシウムが、糖部分とリン酸基のカルシウム塩とからなり、該糖部分が重合度2〜8のグルカンであり、該リン酸基の数が1〜2個である、キットおよび組成物が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2009−167135号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
再石灰化の条件は明確ではなく、生体内の環境では上述の治療法や特許文献1のキットを用いても、再石灰化を確実に達成させられるとはいえない。再石灰化は、生体に本来備わった歯の修復機能ともいえるが、環境要因に大きく左右され、いつでも生じるわけではない。
【0009】
本発明は上記事項に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、生体内においてもエナメル質の再石灰化を生じさせ、初期齲蝕の治療や齲蝕予防に有用なエナメル質再生液及びエナメル質再生キットを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の第一の観点に係るエナメル質再生液は、
アメロゲニン、カルシウムイオン及びリン酸イオンを含有する、
ことを特徴とする。
【0011】
また、前記アメロゲニンの濃度が1.6〜5.0mg/mL、前記カルシウムイオンの濃度が0.25〜4.0mM、前記リン酸イオン濃度が0.125〜4.0mMであることが望ましい。
【0012】
また、前記アメロゲニンの濃度が2.0〜3.0mg/mLであることが望ましい。
【0013】
また、イオン安定化剤を含有することが望ましい。
【0014】
また、増粘剤を含有することが望ましい。
【0015】
また、pHを中性付近に保つpH調整剤を含有することが望ましい。
【0016】
本発明の第二の観点に係るエナメル質再生キットは、
カルシウムイオンを含有する第1の溶液と、
アメロゲニン及びリン酸イオンを含有する第2の溶液と、を備える、
ことを特徴とする。
【0017】
また、前記第1の溶液と前記第2の溶液との総量に対して前記アメロゲニンを1.6〜5.0mg/mL、前記カルシウムイオンを0.25〜4.0mM、前記リン酸イオンを0.125〜4.0mM含有することが望ましい。
【0018】
また、前記第1の溶液と前記第2の溶液との総量に対して前記アメロゲニンを2.0〜3.0mg/mL含有することが望ましい。
【0019】
また、前記第1の溶液はイオン安定化剤を含有することが望ましい。
【0020】
また、前記第2の溶液は増粘剤を含有することが望ましい。
【0021】
また、前記第1の溶液及び前記第2の溶液はそれぞれpHを中性付近に保つpH調整剤を含有することが望ましい。
【0022】
また、前記第1の溶液及び前記第2の溶液を混合して得られるエナメル質再生液を歯のエナメル質表面に保持する被覆材を備えていてもよい。
【発明の効果】
【0023】
本発明に係るエナメル質再生液は、アメロゲニンがエナメル質表面に集積して空間を形成する。この空間にカルシウムイオン及びリン酸イオンの集積が生じ、局所的に過飽和になることでカルシウムイオンとリン酸イオンの反応を促しハイドロキシアパタイト結晶が成長する。このように、アメロゲニンの作用により、生体内においても、エナメル質表面上からエナメル質の再石灰化を生じさせることができるので、初期齲蝕の治療や齲蝕の予防に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】(A)、(B)はそれぞれ天然エナメル質(ハイドロキシアパタイト結晶)の写真(出典:J Tissue Eng Regen Med. 2007 May-Jun;1(3):185-91. New observations of the hierarchical structure of human enamel, from nanoscale to microscale.Cui FZ, Ge J.)である。
【図2】(A)、(B)は人工のハイドロキシアパタイト結晶の写真(出典:Biomaterials. 2004 May;25(12):2331-9. CaO--P2O5--Na2O-based sintering additives for hydroxyapatite (HAp) ceramics. Kalita SJ, Bose S, Hosick HL, Bandyopadhyay A.)である。
【図3】(A)は、シェル形状の被覆材の斜視図であり、(B)は、シェル形状の被覆材で歯のエナメル質表面を被覆した状態を示す模式図である。
【図4】歯全体を覆う被覆材で歯のエナメル質表面を被覆した状態を示す模式図である。
【図5】(A)は、膜状の被覆材の斜視図であり、(B)は、膜状の被覆材で歯のエナメル質表面を被覆した状態を示す模式図である。
【図6】実験例1における天然エナメル質サンプルの表面粗さ(Ra)の測定結果を示すグラフである。
【図7】(A)、(B)、(C)は、それぞれ実験例1における天然エナメル質サンプルの表面の原子間力顕微鏡(AFM)画像である。
【図8】実験例1における酸処理後エナメル質サンプルの表面粗さの測定結果を示すグラフである。
【図9】(A)、(B)、(C)は、それぞれ実験例1における酸処理後エナメル質サンプルの表面のAFM画像である。
【図10】参考例のAFM画像であり、(A)はCa/P:2.0、Ca2+濃度:2mM、(B)はCa/P:1.67、Ca2+濃度:2mM、(C)はCa/P:1、Ca2+濃度:2mM、(D)はCa/P:0.5、Ca2+濃度:2mM、(E)はCa/P:0.25、Ca2+濃度:0.5mM、(F)はCa/P:0.125、Ca2+濃度:0.25mMのAFM画像である。
【図11】実施例1のAFM画像であり、(A)はCa/P:2.0、Ca2+濃度:2mM、(B)はCa/P:1.67、Ca2+濃度:2mM、(C)はCa/P:1、Ca2+濃度:2mM、(D)はCa/P:0.5、Ca2+濃度:2mM、(E)はCa/P:0.25、Ca2+濃度:0.5mM、(F)はCa/P:0.125、Ca2+濃度:0.25mMのAFM画像である。
【図12】実施例1における表面粗さ(Ra)の測定結果を示すグラフであり、(A)はCa/Pが2.0のグラフ、(B)はCa/Pが1.67のグラフ、(C)はCa/Pが1.0のグラフ、(D)はCa/Pが0.5のグラフ、(E)はCa/Pが0.25のグラフ、(F)はCa/Pが0.125のグラフである。
【図13】実施例2におけるエナメル質のデジタル実体顕微鏡画像であり、(A)は処理前の250倍の画像、(B)は処理前の1250倍の画像、(C)は8時間処理後の250倍の画像、(D)は8時間処理後の1250倍の画像、(E)は16時間処理後の250倍の画像、(F)は16時間処理後の1250倍の画像である。
【図14】実施例3におけるAFM画像であり、(A)は処理前、(B)は酸処理後、(C)は反応後のAFM画像である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本実施の形態に係るエナメル質再生液並びにエナメル質再生キットについて、以下詳細に説明する。
【0026】
本実施の形態に係るエナメル質再生液は、アメロゲニン、カルシウムイオン及びリン酸イオンを含有する。エナメル質再生液を歯のエナメル質に処置すると、アメロゲニンの作用により、カルシウムイオンとリン酸イオンとが集積、結合してエナメル質の主成分であるハイドロキシアパタイトの結晶生成、すなわち、再石灰化が誘導される。
【0027】
アメロゲニンは、生体の歯の形成期に分泌される重要なエナメル蛋白のうち、もっとも多量に存在するエナメル蛋白であり、エナメル質の主成分であるハイドロキシアパタイトの結晶を誘導する機能を備える。アメロゲニン等の特殊蛋白による生体内での硬組織形成をバイオミネラリゼーションと呼ぶ。
【0028】
エナメル質形成におけるバイオミネラリゼーション過程の詳細は不明であるが、以下のように考えられる。アメロゲニンはN末端側に疎水性領域、C末端側に親水性領域があり、典型的な両親媒性蛋白のアミノ酸配列を有していることから、水溶液中では一定の条件においてナノスケールの凝集体を形成する。アメロゲニンが歯のエナメル質表面に集積してエナメル質の形態が作られ、その空間にカルシウムイオン及びリン酸イオンが集積して過飽和になり反応することで、エナメル質の主成分であるハイドロキシアパタイト結晶が成長すると考えられている。
【0029】
このように、アメロゲニンがカルシウムイオンとリン酸イオンとの化学反応を仲介することにより、常温、常圧下の生体内の穏やかな条件でハイドロキシアパタイト結晶生成を達成し、更に、アメロゲニンの作用により、結晶形態をも制御していると考えられる。
【0030】
図1にヒト天然歯のエナメル質の結晶(ハイドロキシアパタイト結晶)、図2に人工のハイドロキシアパタイト結晶を示しているが、エナメル質のバイオミネラリゼーション過程においては、アメロゲニン等のエナメル蛋白によるハイドロキシアパタイト結晶成長速度、形態、成長方向の制御がなされ、人工のハイドロキシアパタイト結晶とは全く異なる歯のエナメル質独特の微細結晶構造が構築されると考えられる。
【0031】
すなわち、本実施の形態に係るエナメル質再生液では、エナメル蛋白であるアメロゲニンを含有していることから、アメロゲニンの作用により、エナメル質表面上から天然のエナメル質のハイドロキシアパタイト結晶同様の結晶構造が成長するようになる。
【0032】
アメロゲニンとして、種々のアメロゲニンが用いられ、例えば、リコンビナントヒトアメロゲニンが挙げられる。リコンビナントヒトアメロゲニンは、後述の実施例に記したように調製して用いることができる。両親媒性でありハイドロキシアパタイト結晶の成長に関与可能なアメロゲニンとして約6.8kDa(LRAP(Leucin−rich amelogenin protein))〜約20kDa(完全長アメロゲニン)の様々な分子量のアメロゲニンがあるが、なかでも分子量の大きいものを含有していることが好ましい。また、アメロゲニンは、1.6〜5.0mg/mL含有していることが好ましい。1.6mg/mLよりも濃度が低い場合、エナメル質の再生に時間を要する。また、5.0mg/mLよりも濃度が高いと溶解が困難である。
【0033】
カルシウムイオン及びリン酸イオンは、比較的低い過飽和度で含有していることが望ましい。過飽和のカルシウムイオン及びリン酸イオンを含有する水溶液では、溶解している物質の化学ポテンシャルが高いことから、容易に結晶核の形成による析出が生じる一方、均一核生成によって溶液中に多数の結晶核が形成され、溶解している物質成分がアモルファス析出物として粒子状に沈殿してしまう。また、過飽和のカルシウムイオン及びリン酸イオンを含有する水溶液に、蛋白やペプチドなどを混入すると、共沈により結晶が生じてしまう。
【0034】
カルシウムイオン及びリン酸イオンを比較的低い過飽和度で含有し、更にアメロゲニンを含有していると、カルシウムイオン及びリン酸イオンがエナメル質表面に限局して集積することになるので、エナメル質表面上からハイドロキシアパタイト結晶を成長させることが可能になる。上記理由から、カルシウムイオンは、0.25〜4.0mM含有していることが好ましい。また、リン酸イオンは、0.125〜4.0mM含有していることが好ましい。
【0035】
また、イオン安定化剤を含有していることが好ましい。カルシウムイオンとリン酸イオンとが不要に反応して析出することが抑制され、カルシウムイオン及びリン酸イオンが安定して解離状態を保つ。
【0036】
イオン安定化剤として、カルシウムイオン及びリン酸イオンが溶液中に安定して解離した状態を保ち、且つ、エナメル質再生液の効能を阻害しない限り、いずれを含有していてもよく、一例として、塩化カリウム(KCl)、塩化ナトリウム(NaCl)、塩化マグネシウム(MgCl2)、炭酸水素ナトリウム(NaHCO3)、炭酸カリウム(K2CO3)等が挙げられる。
【0037】
また、溶液のpHを中性付近に保つため、pH調整剤を含有していることが好ましい。アメロゲニンは、中性付近で良好に集積し、さらに大きな立体構造(nanosphere)を構築し、nanosphereの機能がエナメル質形成機構における重要因子である可能性が高く、エナメル質の形成が促進されるからである。pH調整剤は、エナメル質再生液のpHを中性付近(pH6.0〜8.0)に保ち、且つ、エナメル質再生液の効能を阻害しない限り、いずれを含有していてもよく、一例として、Tris−HClが挙げられる。
【0038】
また、増粘剤を含有していることが好ましい。増粘剤により、エナメル質再生液は粘性が増すので、エナメル質再生液が歯のエナメル質表面に留まりやすくなる。増粘剤として、エナメル質再生液の効能を阻害しない限り、いずれを含有していてもよく、例えば、アルギン酸プロピレングリセロール(PEG)やヒアルロン酸(HA)が挙げられる。また、増粘剤が多量に添加されてゲル状になった形態でもよい。
【0039】
エナメル質再生液は、水(純水)に、カルシウム塩、リン酸塩、アメロゲニンを添加することにより得られる。カルシウム塩として、硝酸カルシウム、水酸化カルシウム、酢酸カルシウム、炭酸カルシウム、塩化カルシウム、クエン酸カルシウム、乳酸カルシウム等のカルシウム塩等の一般的なカルシウム塩が挙げられる。また、リン酸塩として、リン酸水素カリウム、リン酸、リン酸アンモニウム、リン酸ナトリウム、リン酸カリウム等の一般的なリン酸塩が挙げられる。更に、上述のイオン安定化剤、イオン安定化剤、pH調整剤、増粘剤を添加してもよい。
【0040】
また、上述のエナメル質再生液は、それぞれ異なる成分を含有する2以上の溶液に分けた調製したエナメル質再生キットとしておき、エナメル質の再石灰化を行う前にそれぞれの溶液を混合して得られるエナメル質再生液を歯のエナメル質に処置する形態であってもよい。以下、エナメル質再生キットについて説明する。
【0041】
エナメル質再生キットは、カルシウムイオンを含有する溶液(以下、溶液Caと記す)と、リン酸イオン及びアメロゲニンを含有する溶液(以下、溶液Pと記す)とを備える。
【0042】
溶液Caと溶液Pは、再石灰化を行う前に、混合して使用される。カルシウムイオンとリン酸イオンとが別々に保管された状態であるため、使用前に生じる不要なハイドロキシアパタイト結晶の析出が抑制される。
【0043】
溶液Ca中のカルシウムイオンは、溶液Pと混合した際に、0.25〜4.0mMになるよう含有されていることが好ましい。また、溶液P中のリン酸イオンは、溶液Caと混合した際に、0.125〜4.0mMになるよう含有されていることが好ましい。また、溶液P中のアメロゲニンは、溶液Caと混合した際に、1.6〜5.0mg/mLになるよう含有されていることが好ましい。
【0044】
また、溶液Ca及び溶液Pは、それぞれpHを中性付近に保つpH調整剤を含有していてもよい。また、溶液Caは、イオン安定化剤を含有していることが好ましい。更に、溶液Pは、増粘剤を含有していることが好ましい。
【0045】
イオン安定化剤及び増粘剤については、上記エナメル質再生液と同様であるため、説明を省略する。
【0046】
更に、エナメル質再生キットは、上述した溶液Ca及び溶液Pを混合して得られるエナメル質再生液を歯のエナメル質表面に保持させる被覆材を備えていてもよい。
【0047】
例えば、図3(A)に示すように、シェル形状の被覆材10が挙げられる。被覆材10は、内部にエナメル質再生液を充填可能な凹部10aと、歯に接着させる部位である辺縁部10bを備える。
【0048】
図3(B)に示すように、溶液Ca及び溶液Pを混合して得られるエナメル質再生液20を凹部10a内部に充填し、そして、歯科用接着材料等を用いて被覆材10の辺縁部10bを歯のエナメル質表面30に接着して封鎖すればよい。これにより、エナメル質再生液20がエナメル質表面30に保持されるので、エナメル質の再石灰化を効率的に行うことができる。
【0049】
被覆材10は、ポリカーボネート等、人体に害を与えない素材であることが好ましい。また、辺縁部10bとエナメル質表面30との接着に関し、辺縁部10bを軟性材料や収縮性材料から構成して封鎖することも可能である。
【0050】
また、図4に示すように、歯全体を覆う形態の被覆材11であってもよい。
【0051】
更には、図5(A)に示す一方の面が接着性を有する膜状の被覆材12であってもよい。図5(B)に示すように、ゲル状にしてシート状にしたエナメル質再生液21で、歯30の表面を覆い、更にその上から膜状の被覆材12で覆うことで、エナメル質再生液を歯30の表面に保持することができる。
【0052】
(実験1)
(エナメル質の齲蝕前後の表面粗さの検証)
【0053】
まず、ヒト抜去歯の歯冠中央よりエナメル質を2×2mm四方で切削した。以下、これを天然エナメル質サンプルと記す。用いた天然エナメル質サンプルの条件を以下に記す。
1)健全歯であって、肉眼的に齲蝕や着色、著明な傷が認められないもの。
2)デジタル実体顕微鏡により、1250倍拡大して観察し、エナメル質表面に異常が認められないもの。
【0054】
天然エナメル質サンプルを水洗、乾燥させた後、原子間力顕微鏡(AFM:KEYENCE, VN−8000)により、任意の領域(10μm×12μm)のスキャンを行った。なお、検査部位は、天然エナメル質サンプルのほぼ中央部とした。
【0055】
1つの天然エナメル質サンプルあたり、3カ所のAFM検査を行った。得られた3次元画像に対し、専用の観察アプリケーションソフトウエア(VN Viewer,KEYENCE)を用いて表面粗さ(表面の平均粗さ(Ra値))を測定した。測定は、スキャン領域中の任意の3カ所の横断面について行い、その平均値を測定データとした。表面粗さは、対象天然エナメル質サンプルからランダムにAFM検査を行った各部分の算術平均粗さ(Ra)を計測した。
【0056】
また、軽度の齲蝕をできるだけ均一に模倣することを目的に、天然エナメル質サンプルの表面に対して酸処理を行った。65%リン酸(サンメディカル社)をエナメル質サンプル表面全体に均一に塗布し、1回60秒で3回の処理を行った。これを、以下、酸処理後エナメル質サンプルと記す。
【0057】
その後、上記天然エナメル質サンプルと同様にして、酸処理後エナメル質サンプルのAFM検査を行い、表面粗さを計測した。
【0058】
健全な天然エナメル質サンプル(サンプル数86)では、図6に示すように、表面粗さ(Ra)は44.1±52.9nmであった。この中で、計測値が1SD以内(Ra値0〜97.1nm)のものは、78サンプルで全体の90.7%を占めていた。計測値が1SD以上のサンプルであっても、臨床的には健全歯であり、エナメル質表面の傷や微細な亀裂などが原因で大きな数値が検出されたものと考えられるが、実験条件を均一にするため、これらを除外した。
【0059】
AFM画像による天然エナメル質サンプル表面の観察では、図7(A)、(B)、(C)に示すように、肉眼あるいは実体顕微鏡観察で滑沢に見える歯面においても、微細な小孔や起伏が確認される。さらに、エナメル質を構成するハイドロキシアパタイト結晶の小柱構造が認められる。
【0060】
一方、酸処理後エナメル質サンプル(サンプル数86)のAFM検査では、図8に示すように、表面粗さ(Ra)は266.8±103.8nmであった。この中で、計測値が1SD以内(Ra値163.0〜370.7nm)のものは、61サンプルで全体の70.9%を占めていた。計測値が1SDを越えるものの中には、酸処理前の1SD以内(Ra値0〜97.1nm)のものも若干含まれていたが、これは酸に対する感受性において個体差があったものと考えられた。
【0061】
AFM画像において、酸処理により、ハイドロキシアパタイト結晶の一部が溶解し、エナメル質に特有のエナメル小柱末端の陥凹や周波条様構造などが明瞭に確認された(図9(A)、(B)、(C))。
【0062】
(実施例1)
上記実験1の酸処理後エナメル質サンプルをエナメル質再生液で処理し、エナメル質の再石灰化を検証した。
【0063】
(用いた酸処理後エナメル質サンプル)
実験1の結果より、以下の基準を満たす酸処理後エナメル質サンプルを実施例1に用いた。
(1)酸処理前で計測値が1SD以内(Ra値0〜97.1nm)
(2)酸処理後に計測値が1SD以内(Ra値163.0〜370.7nm)
【0064】
(用いたヒトリコンビナントアメロゲニン、及び、溶液の調製)
まず、用いたヒトリコンビナントアメロゲニンの作製は、DenBestenらの方法(DenBesten PK,et al.(2002).Arch Oral Biol 47(11): 763−70.)に準じて行った。すなわち、アメロゲニンcDNA(Gl:6715562 in Genebank)を、ベクターを用いて大腸菌(BL21−competent E.coli)に導入し、蛋白を発現させた後、精製を行った。細胞の破砕後、アメロゲニン蛋白成分を20%硫酸アンモニウム沈殿、及び、C4固定相を用いて分離した。アメロゲニン蛋白は、凍結乾燥させたものを冷凍保存し、実験の際に純水に溶解させて使用した。
【0065】
また、3種類の溶液(溶液(1)、溶液(2)、溶液(3))を調製し準備した。各溶液の組成は、以下の通りである。
溶液(1):1〜128mM(溶液(1)〜(3)を混合した際の最終濃度0.25〜4mM)硝酸カルシウム[Ca(NO3)2・4H2O]、及び、1200mM(溶液(1)〜(3)を混合した際の最終濃度150mM)塩化カリウム[KCl]を、200mM,pH7.4に調整したトリスバッファー[Tris−HCl,pH7.4]に溶解。
溶液(2):4mg/mL(溶液(1)〜(3)を混合した際の最終濃度3mg/mL)ヒトリコンビナントアメロゲニン溶液を、純水に溶解。
溶液(3):1〜256mM(溶液(1)〜(3)を混合した際の最終濃度0.125〜32mM)リン酸カリウム[KH2PO4]を200mM,pH7.4に調整したトリスバッファー[Tris−HCl,pH7.4]に溶解。
【0066】
まず、酸処理後エナメル質サンプルを純水で水洗し、乾燥した後、96−well培用容器にエナメル質表面を上にして静置した。
【0067】
これに、溶液(1)を25μL酸処理後エナメル質サンプルのエナメル質上に滴下した。
【0068】
続いて、溶液(2)を150μL添加した。
【0069】
続いて、溶液(3)を25μL添加した。
【0070】
そして、37℃のインキュベータ内に16時間静置した。
【0071】
静置後、酸処理後エナメル質サンプルを純水で水洗し、乾燥した後、実験例1と同様にAFM検査及び表面粗さの測定を行った。
【0072】
なお、カルシウムイオン/リン酸イオンの最終濃度の割合(以下、Ca/Pと記す)を種々組み合わせて行った。実験に供したエナメル質再生液のCa/P、カルシウムイオン濃度及びリン酸イオン濃度の組み合わせは以下の通りである。
【0073】
【表1】
【0074】
また、参考例として、溶液(2)に代えて同量の純水を添加した以外、上記と同様に行った。
【0075】
(AFM画像の検証)
アメロゲニンを含まない参考例では、図10(A)〜(F)に示すように、AFM画像において酸処理により粗造となったエナメル質表層の構造が変化することなく明瞭に確認された。すなわち、エナメル質に特有のエナメル小柱末端の陥凹や周波条様構造などがそのまま見られ、新たなハイドロキシアパタイト結晶の生成、及び、エナメル質表面構造の変化は、どのカルシウムイオン濃度及びリン酸イオン濃度の組み合わせにおいても認められなかった。
【0076】
一方、アメロゲニンを含む実施例1では、図11(A)〜(F)に示すように、エナメル質表面の周波条様構造がわずかに確認できるものの、陥凹がハイドロキシアパタイト結晶様の構造物で満たされ、表面の粗造な状態の改善が認められた。また、図7(A)〜(C)に示した酸処理前の天然エナメル質表面に類似した構造が認められた。
【0077】
(表面粗さ(Ra)の検証)
用いた全サンプル(全60サンプル(実施例1:30サンプル+参考例:30サンプル))の処理前のRa値は281.6±69.0nmであった。
【0078】
参考例では、処理前に比較してRa値に著明な変化は認められなかった。また、カルシウムイオン濃度およびCa/P比を変えた各条件において、Ra値に対照群と比較して有意な変化(p<0.01)は認められなかった。全条件を合わせた処理後のRa値は296.7±33.8nmであった。
【0079】
一方、アメロゲニンを添加した実施例1では、参考例に比較して、カルシウムイオン濃度及びリン酸イオン濃度依存性のRa値の低下傾向が認められた。カルシウムイオンおよびリン酸イオン濃度条件を変えた検討では、それぞれの濃度及び比率(Ca/P比)がRa値に変化を及ぼすことが明らかとなった。最もRa値の低下が得られたのは、2mMのカルシウムイオンと2mMのリン酸イオン(Ca/P比1.0)であった。Ca/P比1.0を維持した場合、他の濃度条件でも低いRa値が見られたが、Ca濃度がこれより高くても低くてもRa値が上昇する傾向が認められた。
【0080】
また、カルシウムイオン濃度が高すぎるとRa値に有意な変化が生じなくなる。また、カルシウムイオン濃度の限界値は、リン酸イオン濃度すなわち、Ca/P比によっても変動する。Ca/P比が1.0あるいは0.5であればカルシウムイオン濃度4mM以上ではRa値は有意に変化しない。また、Ca/P比が0.25であればカルシウムイオン濃度2mM以上ではRa値は有意に変化しない。さらに、Ca/P比が0.125になると、カルシウムイオン濃度0.5mM以上でRa値は有意に変化しなくなる。
【0081】
一方、Ra値に有意な変化が生じなくなるカルシウムイオン濃度の正確な限界値は、この実験条件では明確ではない。特に、Ca/P比が1.67以下では、カルシウムイオン濃度0.25mM以下でも有意な治療結果が得られる可能性が高い。Ca/P比が2.0では、有意差はあるものの、Ra値の変化は小さく、さらにカルシウムイオン濃度を低下させた場合、差が無くなる可能性が高い。
【0082】
以上の検討をまとめると、本実施例におけるカルシウムイオン濃度とリン酸イオン濃度の至適条件としては、以下のようになる。
Ca/P:0.125〜0.25の場合:カルシウムイオン濃度0.25mM、リン酸イオン濃度1〜2mM
Ca/P:0.25〜0.5の場合:カルシウムイオン濃度0.25〜1mM、リン酸イオン濃度0.5〜4mM
Ca/P:0.5〜1の場合:カルシウムイオン濃度0.25〜2mM、リン酸イオン濃度0.25〜4mM
Ca/P:1〜2の場合:カルシウムイオン濃度0.25〜4mM、リン酸イオン濃度0.125〜4mM
このうち、最も有効性が高いのは、Ca/P:1〜2でカルシウムイオン濃度2mM、リン酸イオン濃度1〜2mMである。
【0083】
(実施例2)
(抜去歯を用いたエナメル質の再生実験)
ヒト抜去歯エナメル質を用いて、初期齲蝕のエナメル質の再生実験を行った。
【0084】
処理前のヒト抜去歯エナメル質(以下、処理前サンプルと記す)の表面について、デジタル実体顕微鏡を用い、表面観察を行った。
【0085】
続いて、処理前サンプルを洗浄した後に、エナメル質再生液に浸漬して、ハイドロキシアパタイト結晶の誘導を行った。37℃で8時間反応させた。用いたエナメル質再生液の組成を以下に示す。
硝酸カルシウム 1.8mM
リン酸水素カリウム 8.3mM
塩化カリウム 150mM
Tris−HCl,pH7.4 50mM
ヒトリコンビナントアメロゲニン 2.0mg/mL
アルギン酸プロピレングリセロール 1mg/mL
【0086】
その後、純水にて十分に洗浄し、常温で完全に乾燥させた。以下、これを8時間処理サンプルと記す。この8時間処理サンプルについて、デジタル実体顕微鏡を用い、処理前サンプルと同一箇所の表面観察を行った。
【0087】
表面観察した8時間処理サンプルを、更に、上記組成の新しいエナメル質再生液に浸漬し、37℃で8時間反応させた。反応後、純水にて十分に洗浄し、常温で完全に乾燥させた。以下、これを16時間処理サンプルと記す。この16時間処理サンプルについて、デジタル実体顕微鏡を用い、処理前サンプルと同一箇所の表面観察を行った。
【0088】
図13(A)、(B)に示す処理前サンプルに比べ、図13(C)、(D)に示す8時間処理後サンプルでは、エナメル質表面の傷やへこみが軽減されていることがわかる。更に8時間の処理を追加した16時間処理サンプルでは、図13(E)、(F)に示すように、ほぼ均一な表面になっていることがわかる。エナメル質再生液の処理により、エナメル質の再石灰化が生じたことがわかる。
【0089】
(実施例3)
(ビーグル犬を用いたエナメル質の再生実験)
実施例1及び実施例2では、抜去歯について検証したが、生体内においてもエナメル質の再生が可能であることを検証した。
【0090】
8ヶ月齢雌ビーグル犬の上顎犬歯を対象に、エナメル質の再生実験を行った。まず、対象の上顎犬歯について原子間力顕微鏡(AFM)を用いて観察を行った。
【0091】
続いて、初期齲蝕を再現するため、エナメル質に対して酸処理を行った。酸処理の条件は実験例1と同様である。酸処理後、AFMを用いて観察を行った。
【0092】
反応空間を作るため、歯科用熱可塑性ポリカーボネートを歯に合わせて成形した被覆材を用意した。この被覆材にエナメル質再生液を入れ、上顎犬歯に装着した後に、歯科用接着剤で上顎犬歯に固定するとともに辺縁を封鎖した。用いたエナメル質再生液の組成は実施例2と同様である。
【0093】
そして、16時間生体内で反応させた。その後、上顎犬歯を抜去し、十分に水洗、乾燥させた後に、AFMを用いて観察を行った。
【0094】
図14(A)、(B)、(C)に、処理前、酸処理後、反応後のエナメル質表面の状態を示す。酸処理によって粗造となり、凹凸の激しいエナメル質表面形態が、エナメル質再生液によって、凸凹の少ない滑らかな面に変化していることがわかる。したがって、エナメル質再生液は生体内においてもエナメル質の再石灰化を生じさせることを立証できた。
【産業上の利用可能性】
【0095】
エナメル質再生液及びエナメル質再生キットは、アメロゲニンの作用により、生体内においてエナメル質の再石灰化を生じさせるため、初期齲蝕等の治療が可能である。また、エナメル質の層を厚くすることも可能なので、齲蝕予防にも有効である。したがって、歯科医療産業における利用が期待される。
【符号の説明】
【0096】
10 被覆材
10a 凹部
10b 辺縁部
11 被覆材
12 被覆材
20 エナメル質再生液
30 エナメル質表面
【技術分野】
【0001】
本発明は、エナメル質再生液及びエナメル質再生キットに関する。
【背景技術】
【0002】
歯科診療の現場では、齲蝕の程度は、C0、C1、C2、C3、C4に区分され、C0に区分される初期齲蝕は、エナメル質の脱灰とこれに伴うエナメル質表面の粗造化を特徴としている。脱灰は、齲蝕原因菌が産生する酸による溶解反応であり、以下の化学反応式で示される。
【化1】
【0003】
初期齲蝕は、歯の実質欠損が極めて小さいため、齲蝕の通常の治療法である罹患歯質の除去と人工材料の充填は行われないが、初期齲蝕を放置すると、より重篤な齲蝕へと進行するリスクが高いため、一般的に、以下の治療が行われている。
(1)除菌を目的とする治療法(ブラッシング、Professional Tooth Cleaning(PMTC)、オゾンによる殺菌等)
(2)患部の保護を目的とする治療法(シーラント等)
(3)イオンの供給を目的とする治療法(フッ化物塗布、CPP−ACPの適用等)
【0004】
これらの治療法の応用により、脱灰したエナメル質の再石灰化が促進されるとされている。再石灰化は、エナメル質を構成する主要無機成分であるハイドロキシアパタイト結晶の再石灰化を意味する。
【0005】
また、エナメル質の主成分はハイドロキシアパタイト結晶であることから、ハイドロキシアパタイト結晶、或いは、ハイドロキシアパタイト結晶を形成し得るリン酸塩及びカルシウム塩を含有する齲蝕治療キットなどが開示されている(例えば、特許文献1)。
【0006】
特許文献1には、ハイドロキシアパタイト粒子含有組成物およびリン酸化糖カルシウム含有組成物を備えており、該齲蝕がC1期またはC2期の齲蝕および根面齲蝕であり、該リン酸化糖カルシウムが、糖部分とリン酸基のカルシウム塩とからなり、該糖部分が重合度2〜8のグルカンであり、該リン酸基の数が1〜2個である、キットおよび組成物が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2009−167135号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
再石灰化の条件は明確ではなく、生体内の環境では上述の治療法や特許文献1のキットを用いても、再石灰化を確実に達成させられるとはいえない。再石灰化は、生体に本来備わった歯の修復機能ともいえるが、環境要因に大きく左右され、いつでも生じるわけではない。
【0009】
本発明は上記事項に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、生体内においてもエナメル質の再石灰化を生じさせ、初期齲蝕の治療や齲蝕予防に有用なエナメル質再生液及びエナメル質再生キットを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の第一の観点に係るエナメル質再生液は、
アメロゲニン、カルシウムイオン及びリン酸イオンを含有する、
ことを特徴とする。
【0011】
また、前記アメロゲニンの濃度が1.6〜5.0mg/mL、前記カルシウムイオンの濃度が0.25〜4.0mM、前記リン酸イオン濃度が0.125〜4.0mMであることが望ましい。
【0012】
また、前記アメロゲニンの濃度が2.0〜3.0mg/mLであることが望ましい。
【0013】
また、イオン安定化剤を含有することが望ましい。
【0014】
また、増粘剤を含有することが望ましい。
【0015】
また、pHを中性付近に保つpH調整剤を含有することが望ましい。
【0016】
本発明の第二の観点に係るエナメル質再生キットは、
カルシウムイオンを含有する第1の溶液と、
アメロゲニン及びリン酸イオンを含有する第2の溶液と、を備える、
ことを特徴とする。
【0017】
また、前記第1の溶液と前記第2の溶液との総量に対して前記アメロゲニンを1.6〜5.0mg/mL、前記カルシウムイオンを0.25〜4.0mM、前記リン酸イオンを0.125〜4.0mM含有することが望ましい。
【0018】
また、前記第1の溶液と前記第2の溶液との総量に対して前記アメロゲニンを2.0〜3.0mg/mL含有することが望ましい。
【0019】
また、前記第1の溶液はイオン安定化剤を含有することが望ましい。
【0020】
また、前記第2の溶液は増粘剤を含有することが望ましい。
【0021】
また、前記第1の溶液及び前記第2の溶液はそれぞれpHを中性付近に保つpH調整剤を含有することが望ましい。
【0022】
また、前記第1の溶液及び前記第2の溶液を混合して得られるエナメル質再生液を歯のエナメル質表面に保持する被覆材を備えていてもよい。
【発明の効果】
【0023】
本発明に係るエナメル質再生液は、アメロゲニンがエナメル質表面に集積して空間を形成する。この空間にカルシウムイオン及びリン酸イオンの集積が生じ、局所的に過飽和になることでカルシウムイオンとリン酸イオンの反応を促しハイドロキシアパタイト結晶が成長する。このように、アメロゲニンの作用により、生体内においても、エナメル質表面上からエナメル質の再石灰化を生じさせることができるので、初期齲蝕の治療や齲蝕の予防に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】(A)、(B)はそれぞれ天然エナメル質(ハイドロキシアパタイト結晶)の写真(出典:J Tissue Eng Regen Med. 2007 May-Jun;1(3):185-91. New observations of the hierarchical structure of human enamel, from nanoscale to microscale.Cui FZ, Ge J.)である。
【図2】(A)、(B)は人工のハイドロキシアパタイト結晶の写真(出典:Biomaterials. 2004 May;25(12):2331-9. CaO--P2O5--Na2O-based sintering additives for hydroxyapatite (HAp) ceramics. Kalita SJ, Bose S, Hosick HL, Bandyopadhyay A.)である。
【図3】(A)は、シェル形状の被覆材の斜視図であり、(B)は、シェル形状の被覆材で歯のエナメル質表面を被覆した状態を示す模式図である。
【図4】歯全体を覆う被覆材で歯のエナメル質表面を被覆した状態を示す模式図である。
【図5】(A)は、膜状の被覆材の斜視図であり、(B)は、膜状の被覆材で歯のエナメル質表面を被覆した状態を示す模式図である。
【図6】実験例1における天然エナメル質サンプルの表面粗さ(Ra)の測定結果を示すグラフである。
【図7】(A)、(B)、(C)は、それぞれ実験例1における天然エナメル質サンプルの表面の原子間力顕微鏡(AFM)画像である。
【図8】実験例1における酸処理後エナメル質サンプルの表面粗さの測定結果を示すグラフである。
【図9】(A)、(B)、(C)は、それぞれ実験例1における酸処理後エナメル質サンプルの表面のAFM画像である。
【図10】参考例のAFM画像であり、(A)はCa/P:2.0、Ca2+濃度:2mM、(B)はCa/P:1.67、Ca2+濃度:2mM、(C)はCa/P:1、Ca2+濃度:2mM、(D)はCa/P:0.5、Ca2+濃度:2mM、(E)はCa/P:0.25、Ca2+濃度:0.5mM、(F)はCa/P:0.125、Ca2+濃度:0.25mMのAFM画像である。
【図11】実施例1のAFM画像であり、(A)はCa/P:2.0、Ca2+濃度:2mM、(B)はCa/P:1.67、Ca2+濃度:2mM、(C)はCa/P:1、Ca2+濃度:2mM、(D)はCa/P:0.5、Ca2+濃度:2mM、(E)はCa/P:0.25、Ca2+濃度:0.5mM、(F)はCa/P:0.125、Ca2+濃度:0.25mMのAFM画像である。
【図12】実施例1における表面粗さ(Ra)の測定結果を示すグラフであり、(A)はCa/Pが2.0のグラフ、(B)はCa/Pが1.67のグラフ、(C)はCa/Pが1.0のグラフ、(D)はCa/Pが0.5のグラフ、(E)はCa/Pが0.25のグラフ、(F)はCa/Pが0.125のグラフである。
【図13】実施例2におけるエナメル質のデジタル実体顕微鏡画像であり、(A)は処理前の250倍の画像、(B)は処理前の1250倍の画像、(C)は8時間処理後の250倍の画像、(D)は8時間処理後の1250倍の画像、(E)は16時間処理後の250倍の画像、(F)は16時間処理後の1250倍の画像である。
【図14】実施例3におけるAFM画像であり、(A)は処理前、(B)は酸処理後、(C)は反応後のAFM画像である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本実施の形態に係るエナメル質再生液並びにエナメル質再生キットについて、以下詳細に説明する。
【0026】
本実施の形態に係るエナメル質再生液は、アメロゲニン、カルシウムイオン及びリン酸イオンを含有する。エナメル質再生液を歯のエナメル質に処置すると、アメロゲニンの作用により、カルシウムイオンとリン酸イオンとが集積、結合してエナメル質の主成分であるハイドロキシアパタイトの結晶生成、すなわち、再石灰化が誘導される。
【0027】
アメロゲニンは、生体の歯の形成期に分泌される重要なエナメル蛋白のうち、もっとも多量に存在するエナメル蛋白であり、エナメル質の主成分であるハイドロキシアパタイトの結晶を誘導する機能を備える。アメロゲニン等の特殊蛋白による生体内での硬組織形成をバイオミネラリゼーションと呼ぶ。
【0028】
エナメル質形成におけるバイオミネラリゼーション過程の詳細は不明であるが、以下のように考えられる。アメロゲニンはN末端側に疎水性領域、C末端側に親水性領域があり、典型的な両親媒性蛋白のアミノ酸配列を有していることから、水溶液中では一定の条件においてナノスケールの凝集体を形成する。アメロゲニンが歯のエナメル質表面に集積してエナメル質の形態が作られ、その空間にカルシウムイオン及びリン酸イオンが集積して過飽和になり反応することで、エナメル質の主成分であるハイドロキシアパタイト結晶が成長すると考えられている。
【0029】
このように、アメロゲニンがカルシウムイオンとリン酸イオンとの化学反応を仲介することにより、常温、常圧下の生体内の穏やかな条件でハイドロキシアパタイト結晶生成を達成し、更に、アメロゲニンの作用により、結晶形態をも制御していると考えられる。
【0030】
図1にヒト天然歯のエナメル質の結晶(ハイドロキシアパタイト結晶)、図2に人工のハイドロキシアパタイト結晶を示しているが、エナメル質のバイオミネラリゼーション過程においては、アメロゲニン等のエナメル蛋白によるハイドロキシアパタイト結晶成長速度、形態、成長方向の制御がなされ、人工のハイドロキシアパタイト結晶とは全く異なる歯のエナメル質独特の微細結晶構造が構築されると考えられる。
【0031】
すなわち、本実施の形態に係るエナメル質再生液では、エナメル蛋白であるアメロゲニンを含有していることから、アメロゲニンの作用により、エナメル質表面上から天然のエナメル質のハイドロキシアパタイト結晶同様の結晶構造が成長するようになる。
【0032】
アメロゲニンとして、種々のアメロゲニンが用いられ、例えば、リコンビナントヒトアメロゲニンが挙げられる。リコンビナントヒトアメロゲニンは、後述の実施例に記したように調製して用いることができる。両親媒性でありハイドロキシアパタイト結晶の成長に関与可能なアメロゲニンとして約6.8kDa(LRAP(Leucin−rich amelogenin protein))〜約20kDa(完全長アメロゲニン)の様々な分子量のアメロゲニンがあるが、なかでも分子量の大きいものを含有していることが好ましい。また、アメロゲニンは、1.6〜5.0mg/mL含有していることが好ましい。1.6mg/mLよりも濃度が低い場合、エナメル質の再生に時間を要する。また、5.0mg/mLよりも濃度が高いと溶解が困難である。
【0033】
カルシウムイオン及びリン酸イオンは、比較的低い過飽和度で含有していることが望ましい。過飽和のカルシウムイオン及びリン酸イオンを含有する水溶液では、溶解している物質の化学ポテンシャルが高いことから、容易に結晶核の形成による析出が生じる一方、均一核生成によって溶液中に多数の結晶核が形成され、溶解している物質成分がアモルファス析出物として粒子状に沈殿してしまう。また、過飽和のカルシウムイオン及びリン酸イオンを含有する水溶液に、蛋白やペプチドなどを混入すると、共沈により結晶が生じてしまう。
【0034】
カルシウムイオン及びリン酸イオンを比較的低い過飽和度で含有し、更にアメロゲニンを含有していると、カルシウムイオン及びリン酸イオンがエナメル質表面に限局して集積することになるので、エナメル質表面上からハイドロキシアパタイト結晶を成長させることが可能になる。上記理由から、カルシウムイオンは、0.25〜4.0mM含有していることが好ましい。また、リン酸イオンは、0.125〜4.0mM含有していることが好ましい。
【0035】
また、イオン安定化剤を含有していることが好ましい。カルシウムイオンとリン酸イオンとが不要に反応して析出することが抑制され、カルシウムイオン及びリン酸イオンが安定して解離状態を保つ。
【0036】
イオン安定化剤として、カルシウムイオン及びリン酸イオンが溶液中に安定して解離した状態を保ち、且つ、エナメル質再生液の効能を阻害しない限り、いずれを含有していてもよく、一例として、塩化カリウム(KCl)、塩化ナトリウム(NaCl)、塩化マグネシウム(MgCl2)、炭酸水素ナトリウム(NaHCO3)、炭酸カリウム(K2CO3)等が挙げられる。
【0037】
また、溶液のpHを中性付近に保つため、pH調整剤を含有していることが好ましい。アメロゲニンは、中性付近で良好に集積し、さらに大きな立体構造(nanosphere)を構築し、nanosphereの機能がエナメル質形成機構における重要因子である可能性が高く、エナメル質の形成が促進されるからである。pH調整剤は、エナメル質再生液のpHを中性付近(pH6.0〜8.0)に保ち、且つ、エナメル質再生液の効能を阻害しない限り、いずれを含有していてもよく、一例として、Tris−HClが挙げられる。
【0038】
また、増粘剤を含有していることが好ましい。増粘剤により、エナメル質再生液は粘性が増すので、エナメル質再生液が歯のエナメル質表面に留まりやすくなる。増粘剤として、エナメル質再生液の効能を阻害しない限り、いずれを含有していてもよく、例えば、アルギン酸プロピレングリセロール(PEG)やヒアルロン酸(HA)が挙げられる。また、増粘剤が多量に添加されてゲル状になった形態でもよい。
【0039】
エナメル質再生液は、水(純水)に、カルシウム塩、リン酸塩、アメロゲニンを添加することにより得られる。カルシウム塩として、硝酸カルシウム、水酸化カルシウム、酢酸カルシウム、炭酸カルシウム、塩化カルシウム、クエン酸カルシウム、乳酸カルシウム等のカルシウム塩等の一般的なカルシウム塩が挙げられる。また、リン酸塩として、リン酸水素カリウム、リン酸、リン酸アンモニウム、リン酸ナトリウム、リン酸カリウム等の一般的なリン酸塩が挙げられる。更に、上述のイオン安定化剤、イオン安定化剤、pH調整剤、増粘剤を添加してもよい。
【0040】
また、上述のエナメル質再生液は、それぞれ異なる成分を含有する2以上の溶液に分けた調製したエナメル質再生キットとしておき、エナメル質の再石灰化を行う前にそれぞれの溶液を混合して得られるエナメル質再生液を歯のエナメル質に処置する形態であってもよい。以下、エナメル質再生キットについて説明する。
【0041】
エナメル質再生キットは、カルシウムイオンを含有する溶液(以下、溶液Caと記す)と、リン酸イオン及びアメロゲニンを含有する溶液(以下、溶液Pと記す)とを備える。
【0042】
溶液Caと溶液Pは、再石灰化を行う前に、混合して使用される。カルシウムイオンとリン酸イオンとが別々に保管された状態であるため、使用前に生じる不要なハイドロキシアパタイト結晶の析出が抑制される。
【0043】
溶液Ca中のカルシウムイオンは、溶液Pと混合した際に、0.25〜4.0mMになるよう含有されていることが好ましい。また、溶液P中のリン酸イオンは、溶液Caと混合した際に、0.125〜4.0mMになるよう含有されていることが好ましい。また、溶液P中のアメロゲニンは、溶液Caと混合した際に、1.6〜5.0mg/mLになるよう含有されていることが好ましい。
【0044】
また、溶液Ca及び溶液Pは、それぞれpHを中性付近に保つpH調整剤を含有していてもよい。また、溶液Caは、イオン安定化剤を含有していることが好ましい。更に、溶液Pは、増粘剤を含有していることが好ましい。
【0045】
イオン安定化剤及び増粘剤については、上記エナメル質再生液と同様であるため、説明を省略する。
【0046】
更に、エナメル質再生キットは、上述した溶液Ca及び溶液Pを混合して得られるエナメル質再生液を歯のエナメル質表面に保持させる被覆材を備えていてもよい。
【0047】
例えば、図3(A)に示すように、シェル形状の被覆材10が挙げられる。被覆材10は、内部にエナメル質再生液を充填可能な凹部10aと、歯に接着させる部位である辺縁部10bを備える。
【0048】
図3(B)に示すように、溶液Ca及び溶液Pを混合して得られるエナメル質再生液20を凹部10a内部に充填し、そして、歯科用接着材料等を用いて被覆材10の辺縁部10bを歯のエナメル質表面30に接着して封鎖すればよい。これにより、エナメル質再生液20がエナメル質表面30に保持されるので、エナメル質の再石灰化を効率的に行うことができる。
【0049】
被覆材10は、ポリカーボネート等、人体に害を与えない素材であることが好ましい。また、辺縁部10bとエナメル質表面30との接着に関し、辺縁部10bを軟性材料や収縮性材料から構成して封鎖することも可能である。
【0050】
また、図4に示すように、歯全体を覆う形態の被覆材11であってもよい。
【0051】
更には、図5(A)に示す一方の面が接着性を有する膜状の被覆材12であってもよい。図5(B)に示すように、ゲル状にしてシート状にしたエナメル質再生液21で、歯30の表面を覆い、更にその上から膜状の被覆材12で覆うことで、エナメル質再生液を歯30の表面に保持することができる。
【0052】
(実験1)
(エナメル質の齲蝕前後の表面粗さの検証)
【0053】
まず、ヒト抜去歯の歯冠中央よりエナメル質を2×2mm四方で切削した。以下、これを天然エナメル質サンプルと記す。用いた天然エナメル質サンプルの条件を以下に記す。
1)健全歯であって、肉眼的に齲蝕や着色、著明な傷が認められないもの。
2)デジタル実体顕微鏡により、1250倍拡大して観察し、エナメル質表面に異常が認められないもの。
【0054】
天然エナメル質サンプルを水洗、乾燥させた後、原子間力顕微鏡(AFM:KEYENCE, VN−8000)により、任意の領域(10μm×12μm)のスキャンを行った。なお、検査部位は、天然エナメル質サンプルのほぼ中央部とした。
【0055】
1つの天然エナメル質サンプルあたり、3カ所のAFM検査を行った。得られた3次元画像に対し、専用の観察アプリケーションソフトウエア(VN Viewer,KEYENCE)を用いて表面粗さ(表面の平均粗さ(Ra値))を測定した。測定は、スキャン領域中の任意の3カ所の横断面について行い、その平均値を測定データとした。表面粗さは、対象天然エナメル質サンプルからランダムにAFM検査を行った各部分の算術平均粗さ(Ra)を計測した。
【0056】
また、軽度の齲蝕をできるだけ均一に模倣することを目的に、天然エナメル質サンプルの表面に対して酸処理を行った。65%リン酸(サンメディカル社)をエナメル質サンプル表面全体に均一に塗布し、1回60秒で3回の処理を行った。これを、以下、酸処理後エナメル質サンプルと記す。
【0057】
その後、上記天然エナメル質サンプルと同様にして、酸処理後エナメル質サンプルのAFM検査を行い、表面粗さを計測した。
【0058】
健全な天然エナメル質サンプル(サンプル数86)では、図6に示すように、表面粗さ(Ra)は44.1±52.9nmであった。この中で、計測値が1SD以内(Ra値0〜97.1nm)のものは、78サンプルで全体の90.7%を占めていた。計測値が1SD以上のサンプルであっても、臨床的には健全歯であり、エナメル質表面の傷や微細な亀裂などが原因で大きな数値が検出されたものと考えられるが、実験条件を均一にするため、これらを除外した。
【0059】
AFM画像による天然エナメル質サンプル表面の観察では、図7(A)、(B)、(C)に示すように、肉眼あるいは実体顕微鏡観察で滑沢に見える歯面においても、微細な小孔や起伏が確認される。さらに、エナメル質を構成するハイドロキシアパタイト結晶の小柱構造が認められる。
【0060】
一方、酸処理後エナメル質サンプル(サンプル数86)のAFM検査では、図8に示すように、表面粗さ(Ra)は266.8±103.8nmであった。この中で、計測値が1SD以内(Ra値163.0〜370.7nm)のものは、61サンプルで全体の70.9%を占めていた。計測値が1SDを越えるものの中には、酸処理前の1SD以内(Ra値0〜97.1nm)のものも若干含まれていたが、これは酸に対する感受性において個体差があったものと考えられた。
【0061】
AFM画像において、酸処理により、ハイドロキシアパタイト結晶の一部が溶解し、エナメル質に特有のエナメル小柱末端の陥凹や周波条様構造などが明瞭に確認された(図9(A)、(B)、(C))。
【0062】
(実施例1)
上記実験1の酸処理後エナメル質サンプルをエナメル質再生液で処理し、エナメル質の再石灰化を検証した。
【0063】
(用いた酸処理後エナメル質サンプル)
実験1の結果より、以下の基準を満たす酸処理後エナメル質サンプルを実施例1に用いた。
(1)酸処理前で計測値が1SD以内(Ra値0〜97.1nm)
(2)酸処理後に計測値が1SD以内(Ra値163.0〜370.7nm)
【0064】
(用いたヒトリコンビナントアメロゲニン、及び、溶液の調製)
まず、用いたヒトリコンビナントアメロゲニンの作製は、DenBestenらの方法(DenBesten PK,et al.(2002).Arch Oral Biol 47(11): 763−70.)に準じて行った。すなわち、アメロゲニンcDNA(Gl:6715562 in Genebank)を、ベクターを用いて大腸菌(BL21−competent E.coli)に導入し、蛋白を発現させた後、精製を行った。細胞の破砕後、アメロゲニン蛋白成分を20%硫酸アンモニウム沈殿、及び、C4固定相を用いて分離した。アメロゲニン蛋白は、凍結乾燥させたものを冷凍保存し、実験の際に純水に溶解させて使用した。
【0065】
また、3種類の溶液(溶液(1)、溶液(2)、溶液(3))を調製し準備した。各溶液の組成は、以下の通りである。
溶液(1):1〜128mM(溶液(1)〜(3)を混合した際の最終濃度0.25〜4mM)硝酸カルシウム[Ca(NO3)2・4H2O]、及び、1200mM(溶液(1)〜(3)を混合した際の最終濃度150mM)塩化カリウム[KCl]を、200mM,pH7.4に調整したトリスバッファー[Tris−HCl,pH7.4]に溶解。
溶液(2):4mg/mL(溶液(1)〜(3)を混合した際の最終濃度3mg/mL)ヒトリコンビナントアメロゲニン溶液を、純水に溶解。
溶液(3):1〜256mM(溶液(1)〜(3)を混合した際の最終濃度0.125〜32mM)リン酸カリウム[KH2PO4]を200mM,pH7.4に調整したトリスバッファー[Tris−HCl,pH7.4]に溶解。
【0066】
まず、酸処理後エナメル質サンプルを純水で水洗し、乾燥した後、96−well培用容器にエナメル質表面を上にして静置した。
【0067】
これに、溶液(1)を25μL酸処理後エナメル質サンプルのエナメル質上に滴下した。
【0068】
続いて、溶液(2)を150μL添加した。
【0069】
続いて、溶液(3)を25μL添加した。
【0070】
そして、37℃のインキュベータ内に16時間静置した。
【0071】
静置後、酸処理後エナメル質サンプルを純水で水洗し、乾燥した後、実験例1と同様にAFM検査及び表面粗さの測定を行った。
【0072】
なお、カルシウムイオン/リン酸イオンの最終濃度の割合(以下、Ca/Pと記す)を種々組み合わせて行った。実験に供したエナメル質再生液のCa/P、カルシウムイオン濃度及びリン酸イオン濃度の組み合わせは以下の通りである。
【0073】
【表1】
【0074】
また、参考例として、溶液(2)に代えて同量の純水を添加した以外、上記と同様に行った。
【0075】
(AFM画像の検証)
アメロゲニンを含まない参考例では、図10(A)〜(F)に示すように、AFM画像において酸処理により粗造となったエナメル質表層の構造が変化することなく明瞭に確認された。すなわち、エナメル質に特有のエナメル小柱末端の陥凹や周波条様構造などがそのまま見られ、新たなハイドロキシアパタイト結晶の生成、及び、エナメル質表面構造の変化は、どのカルシウムイオン濃度及びリン酸イオン濃度の組み合わせにおいても認められなかった。
【0076】
一方、アメロゲニンを含む実施例1では、図11(A)〜(F)に示すように、エナメル質表面の周波条様構造がわずかに確認できるものの、陥凹がハイドロキシアパタイト結晶様の構造物で満たされ、表面の粗造な状態の改善が認められた。また、図7(A)〜(C)に示した酸処理前の天然エナメル質表面に類似した構造が認められた。
【0077】
(表面粗さ(Ra)の検証)
用いた全サンプル(全60サンプル(実施例1:30サンプル+参考例:30サンプル))の処理前のRa値は281.6±69.0nmであった。
【0078】
参考例では、処理前に比較してRa値に著明な変化は認められなかった。また、カルシウムイオン濃度およびCa/P比を変えた各条件において、Ra値に対照群と比較して有意な変化(p<0.01)は認められなかった。全条件を合わせた処理後のRa値は296.7±33.8nmであった。
【0079】
一方、アメロゲニンを添加した実施例1では、参考例に比較して、カルシウムイオン濃度及びリン酸イオン濃度依存性のRa値の低下傾向が認められた。カルシウムイオンおよびリン酸イオン濃度条件を変えた検討では、それぞれの濃度及び比率(Ca/P比)がRa値に変化を及ぼすことが明らかとなった。最もRa値の低下が得られたのは、2mMのカルシウムイオンと2mMのリン酸イオン(Ca/P比1.0)であった。Ca/P比1.0を維持した場合、他の濃度条件でも低いRa値が見られたが、Ca濃度がこれより高くても低くてもRa値が上昇する傾向が認められた。
【0080】
また、カルシウムイオン濃度が高すぎるとRa値に有意な変化が生じなくなる。また、カルシウムイオン濃度の限界値は、リン酸イオン濃度すなわち、Ca/P比によっても変動する。Ca/P比が1.0あるいは0.5であればカルシウムイオン濃度4mM以上ではRa値は有意に変化しない。また、Ca/P比が0.25であればカルシウムイオン濃度2mM以上ではRa値は有意に変化しない。さらに、Ca/P比が0.125になると、カルシウムイオン濃度0.5mM以上でRa値は有意に変化しなくなる。
【0081】
一方、Ra値に有意な変化が生じなくなるカルシウムイオン濃度の正確な限界値は、この実験条件では明確ではない。特に、Ca/P比が1.67以下では、カルシウムイオン濃度0.25mM以下でも有意な治療結果が得られる可能性が高い。Ca/P比が2.0では、有意差はあるものの、Ra値の変化は小さく、さらにカルシウムイオン濃度を低下させた場合、差が無くなる可能性が高い。
【0082】
以上の検討をまとめると、本実施例におけるカルシウムイオン濃度とリン酸イオン濃度の至適条件としては、以下のようになる。
Ca/P:0.125〜0.25の場合:カルシウムイオン濃度0.25mM、リン酸イオン濃度1〜2mM
Ca/P:0.25〜0.5の場合:カルシウムイオン濃度0.25〜1mM、リン酸イオン濃度0.5〜4mM
Ca/P:0.5〜1の場合:カルシウムイオン濃度0.25〜2mM、リン酸イオン濃度0.25〜4mM
Ca/P:1〜2の場合:カルシウムイオン濃度0.25〜4mM、リン酸イオン濃度0.125〜4mM
このうち、最も有効性が高いのは、Ca/P:1〜2でカルシウムイオン濃度2mM、リン酸イオン濃度1〜2mMである。
【0083】
(実施例2)
(抜去歯を用いたエナメル質の再生実験)
ヒト抜去歯エナメル質を用いて、初期齲蝕のエナメル質の再生実験を行った。
【0084】
処理前のヒト抜去歯エナメル質(以下、処理前サンプルと記す)の表面について、デジタル実体顕微鏡を用い、表面観察を行った。
【0085】
続いて、処理前サンプルを洗浄した後に、エナメル質再生液に浸漬して、ハイドロキシアパタイト結晶の誘導を行った。37℃で8時間反応させた。用いたエナメル質再生液の組成を以下に示す。
硝酸カルシウム 1.8mM
リン酸水素カリウム 8.3mM
塩化カリウム 150mM
Tris−HCl,pH7.4 50mM
ヒトリコンビナントアメロゲニン 2.0mg/mL
アルギン酸プロピレングリセロール 1mg/mL
【0086】
その後、純水にて十分に洗浄し、常温で完全に乾燥させた。以下、これを8時間処理サンプルと記す。この8時間処理サンプルについて、デジタル実体顕微鏡を用い、処理前サンプルと同一箇所の表面観察を行った。
【0087】
表面観察した8時間処理サンプルを、更に、上記組成の新しいエナメル質再生液に浸漬し、37℃で8時間反応させた。反応後、純水にて十分に洗浄し、常温で完全に乾燥させた。以下、これを16時間処理サンプルと記す。この16時間処理サンプルについて、デジタル実体顕微鏡を用い、処理前サンプルと同一箇所の表面観察を行った。
【0088】
図13(A)、(B)に示す処理前サンプルに比べ、図13(C)、(D)に示す8時間処理後サンプルでは、エナメル質表面の傷やへこみが軽減されていることがわかる。更に8時間の処理を追加した16時間処理サンプルでは、図13(E)、(F)に示すように、ほぼ均一な表面になっていることがわかる。エナメル質再生液の処理により、エナメル質の再石灰化が生じたことがわかる。
【0089】
(実施例3)
(ビーグル犬を用いたエナメル質の再生実験)
実施例1及び実施例2では、抜去歯について検証したが、生体内においてもエナメル質の再生が可能であることを検証した。
【0090】
8ヶ月齢雌ビーグル犬の上顎犬歯を対象に、エナメル質の再生実験を行った。まず、対象の上顎犬歯について原子間力顕微鏡(AFM)を用いて観察を行った。
【0091】
続いて、初期齲蝕を再現するため、エナメル質に対して酸処理を行った。酸処理の条件は実験例1と同様である。酸処理後、AFMを用いて観察を行った。
【0092】
反応空間を作るため、歯科用熱可塑性ポリカーボネートを歯に合わせて成形した被覆材を用意した。この被覆材にエナメル質再生液を入れ、上顎犬歯に装着した後に、歯科用接着剤で上顎犬歯に固定するとともに辺縁を封鎖した。用いたエナメル質再生液の組成は実施例2と同様である。
【0093】
そして、16時間生体内で反応させた。その後、上顎犬歯を抜去し、十分に水洗、乾燥させた後に、AFMを用いて観察を行った。
【0094】
図14(A)、(B)、(C)に、処理前、酸処理後、反応後のエナメル質表面の状態を示す。酸処理によって粗造となり、凹凸の激しいエナメル質表面形態が、エナメル質再生液によって、凸凹の少ない滑らかな面に変化していることがわかる。したがって、エナメル質再生液は生体内においてもエナメル質の再石灰化を生じさせることを立証できた。
【産業上の利用可能性】
【0095】
エナメル質再生液及びエナメル質再生キットは、アメロゲニンの作用により、生体内においてエナメル質の再石灰化を生じさせるため、初期齲蝕等の治療が可能である。また、エナメル質の層を厚くすることも可能なので、齲蝕予防にも有効である。したがって、歯科医療産業における利用が期待される。
【符号の説明】
【0096】
10 被覆材
10a 凹部
10b 辺縁部
11 被覆材
12 被覆材
20 エナメル質再生液
30 エナメル質表面
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アメロゲニン、カルシウムイオン及びリン酸イオンを含有する、
ことを特徴とするエナメル質再生液。
【請求項2】
前記アメロゲニンの濃度が1.6〜5.0mg/mL、前記カルシウムイオンの濃度が0.25〜4.0mM、前記リン酸イオン濃度が0.125〜4.0mMである、
ことを特徴とする請求項1に記載のエナメル質再生液。
【請求項3】
前記アメロゲニンの濃度が2.0〜3.0mg/mLである、
ことを特徴とする請求項2に記載のエナメル質再生液。
【請求項4】
イオン安定化剤を含有する、
ことを特徴とする請求項1乃至3のいずれか一項に記載のエナメル質再生液。
【請求項5】
増粘剤を含有する、
ことを特徴とする請求項1乃至4のいずれか一項に記載のエナメル質再生液。
【請求項6】
pHを中性付近に保つpH調整剤を含有する、
ことを特徴とする請求項1乃至5のいずれか一項に記載のエナメル質再生液。
【請求項7】
カルシウムイオンを含有する第1の溶液と、
アメロゲニン及びリン酸イオンを含有する第2の溶液と、を備える、
ことを特徴とするエナメル質再生キット。
【請求項8】
前記第1の溶液と前記第2の溶液との総量に対して前記アメロゲニンを1.6〜5.0mg/mL、前記カルシウムイオンを0.25〜4.0mM、前記リン酸イオンを0.125〜4.0mM含有する、
ことを特徴とする請求項7に記載のエナメル質再生キット。
【請求項9】
前記第1の溶液と前記第2の溶液との総量に対して前記アメロゲニンを2.0〜3.0mg/mL含有する、
ことを特徴とする請求項8に記載のエナメル質再生キット。
【請求項10】
前記第1の溶液はイオン安定化剤を含有する、
ことを特徴とする請求項7乃至9のいずれか一項に記載のエナメル質再生キット。
【請求項11】
前記第2の溶液は増粘剤を含有する、
ことを特徴とする請求項7乃至10のいずれか一項に記載のエナメル質再生キット。
【請求項12】
前記第1の溶液及び前記第2の溶液はそれぞれpHを中性付近に保つpH調整剤を含有する、
ことを特徴とする請求項7乃至11のいずれか一項に記載のエナメル質再生キット。
【請求項13】
前記第1の溶液及び前記第2の溶液を混合して得られるエナメル質再生液を歯のエナメル質表面に保持する被覆材を備える、
ことを特徴とする請求項7乃至12のいずれか一項に記載のエナメル質再生キット。
【請求項1】
アメロゲニン、カルシウムイオン及びリン酸イオンを含有する、
ことを特徴とするエナメル質再生液。
【請求項2】
前記アメロゲニンの濃度が1.6〜5.0mg/mL、前記カルシウムイオンの濃度が0.25〜4.0mM、前記リン酸イオン濃度が0.125〜4.0mMである、
ことを特徴とする請求項1に記載のエナメル質再生液。
【請求項3】
前記アメロゲニンの濃度が2.0〜3.0mg/mLである、
ことを特徴とする請求項2に記載のエナメル質再生液。
【請求項4】
イオン安定化剤を含有する、
ことを特徴とする請求項1乃至3のいずれか一項に記載のエナメル質再生液。
【請求項5】
増粘剤を含有する、
ことを特徴とする請求項1乃至4のいずれか一項に記載のエナメル質再生液。
【請求項6】
pHを中性付近に保つpH調整剤を含有する、
ことを特徴とする請求項1乃至5のいずれか一項に記載のエナメル質再生液。
【請求項7】
カルシウムイオンを含有する第1の溶液と、
アメロゲニン及びリン酸イオンを含有する第2の溶液と、を備える、
ことを特徴とするエナメル質再生キット。
【請求項8】
前記第1の溶液と前記第2の溶液との総量に対して前記アメロゲニンを1.6〜5.0mg/mL、前記カルシウムイオンを0.25〜4.0mM、前記リン酸イオンを0.125〜4.0mM含有する、
ことを特徴とする請求項7に記載のエナメル質再生キット。
【請求項9】
前記第1の溶液と前記第2の溶液との総量に対して前記アメロゲニンを2.0〜3.0mg/mL含有する、
ことを特徴とする請求項8に記載のエナメル質再生キット。
【請求項10】
前記第1の溶液はイオン安定化剤を含有する、
ことを特徴とする請求項7乃至9のいずれか一項に記載のエナメル質再生キット。
【請求項11】
前記第2の溶液は増粘剤を含有する、
ことを特徴とする請求項7乃至10のいずれか一項に記載のエナメル質再生キット。
【請求項12】
前記第1の溶液及び前記第2の溶液はそれぞれpHを中性付近に保つpH調整剤を含有する、
ことを特徴とする請求項7乃至11のいずれか一項に記載のエナメル質再生キット。
【請求項13】
前記第1の溶液及び前記第2の溶液を混合して得られるエナメル質再生液を歯のエナメル質表面に保持する被覆材を備える、
ことを特徴とする請求項7乃至12のいずれか一項に記載のエナメル質再生キット。
【図3】
【図4】
【図5】
【図1】
【図2】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図4】
【図5】
【図1】
【図2】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2012−167040(P2012−167040A)
【公開日】平成24年9月6日(2012.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−27923(P2011−27923)
【出願日】平成23年2月10日(2011.2.10)
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年9月6日(2012.9.6)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年2月10日(2011.2.10)
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【Fターム(参考)】
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