説明

カビの生理活性調整剤およびその利用方法

【課題】カビの胞子形成およびコロニー様形成誘導の調整剤を提供する。
【解決手段】希少糖を含有し、カビのコロニー様の生育誘導および/またはカビの胞子形成の阻害およびを示すカビの生理活性調整剤およびその醗酵工業への応用。
【効果】醸造産業、微生物による薬品製造、や遺伝子工学的操作や細胞工学的操作において新しい側面に応用されることが期待される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、希少糖を含有し、カビの胞子形成の阻害およびカビのコロニー様の生育誘導作用を示すカビの生理活性調整剤およびその利用方法に関し、カビを利用した微生物関連技術分野において有用な生理活性調整剤を提供するものである。本発明は、カビの変異株や遺伝子導入した場合に、カビを単一のコロニーに分離させて目的の変異株や遺伝子導入株を簡便に単離することができる手法を提供し、また、胞子をまき散らすことによりカビが広く拡散し、醗酵工業における作業環境の汚染、醗酵菌の汚染などのさまざまな弊害が発生することを予防することができるものであり、これからの微生物利用の技術分野において新しい展開が期待される有用技術を提供するものである。
【背景技術】
【0002】
カビは微生物の一種であり「真菌」と呼ばれ、古くから酒、醤油、味噌、チーズなどの製造に利用されてきた。現在、実用面では、発酵工業として醸造食品、抗生物質、調味料などの食品製造工業や薬品類の製造に生かされている。「カビ」には、例えば、糸状菌(カビ菌糸という糸状の細胞で枝分かれしながら成長し、その先端に胞子を作り、胞子を飛散させて繁殖する。)、キノコ(菌糸が集中して笠状の子実体を作る。)、酵母(単細胞で主に出芽や分裂で増殖し、糖類、炭酸ガス、アルコールに分解する発酵作用を有し、酒の醸造やパンの製造に欠かすことができない微生物である。)などが属している。
【0003】
カビは、種々の食品の製造に利用されている。例えば、溜醤油は脱脂加工大豆や丸大豆の蛋白質原料を主体として製造され、この溜醤油の製造工程中で、製麹装置を使用して麹を製造する工程では糸状菌の胞子が着生する。溜醤油用の製麹はよく知られた技術であり例えば、非特許文献1などに詳細に記載されているところである。製菊工程においては、大気中に開放されたベルトコンベヤの投入部位や排出部位における麹の落下移動に伴い、多量の胞子が空気中に飛散することがある。そこで、従来、飛散した胞子を除去する方法として、大型換気扇での換気による室外への排出や集塵機を用いた回収など、胞子を空気と共に排除する装置を設けて実施していた。また、未然に胞子を飛散させない方法として製菊装置から次の工程の設備へ胞子が着生した麹を搬送する際に、搬送装置を密閉式スクリューコンベアとし、密閉式スクリューコンベアのケーシング内に液体を散布するノズルを設けた胞子飛散防止麹搬送装置が提案された(特許文献1)。
【0004】
また、多量の胞子が空気中に飛散した場合、作業環境を悪化させ、胞子が作業者の体内に入るとアレルギーを引き起こす原因物質となるため大きな問題となることがある。そのため、飛散した胞子を完全に除去することは不可能であり、設備の導入や運転には余分な費用が必要であった。胞子は菌体に比べはるかに飛散しやすい上、栄養細胞が容易に死滅するような条件下でも生存できる能力があるため、培養、精製工程、製品の微生物汚染源となりやすい。耐熱性胞子を形成する微生物に汚染された食品等を、その品質劣化の要因となる通常の高温滅菌条件を避け、低温殺菌程度の処理により殺菌、保存を可能にする胞子形成阻害及び胞子発芽阻害剤として、1,5−アンヒドロフルクトースを含有する有胞子細菌の胞子形成および発芽阻害剤が提案されている(特許文献2)。
【0005】
また、カビは遺伝子工学的な実験操作や細胞工学的な操作において用いられており、菌糸の伸長を抑制してコロニー状態を形成させることが実験上重要となる。微生物を分離取得するには、プレート上に形成されたコロニーを単離する方法により、単離した微生物コロニーの中から目的にかなった微生物が単離される。例えば、ビオチン生合成に関与する酵素をコードする遺伝子群の遺伝子が導入されたプラスミドで形質転換されたピメリン酸からビオチン産生能を有するコリネ型細菌を、ピメリン酸を含有しビオチンを含有しない平板培地上で培養し、該培地上に生育したコロニーの大きさによって選別してビオチン高産生能コリネ型細菌を単離する(特許文献3)。また、微生物をスクリーニングするにあたり、コロニーの位置検出などを自動的に行うスクリーニング装置(特許文4)が提案されているように、コロニーの形成は、微生物のスクリーニングに当たり不可欠の要素となっている。
【0006】
糸状のコロニー様生育誘導に関してはL-ソルボースによる効果が報告されている(非特許文献2)。種々のプレーティング培地で、改善された宿主株を選択する為に用いられる培地において、ソルボースを培地に添加することによりNeurosporaがシングルコロニーとして増殖することを可能となる実例が開示されている(特許文献5)。また、コロニー形成用培地の一例としては、4×Frie培地原液50ml、ソルボース10g、しょ糖2g、寒天12g、水750gからなる培地が知られている。こうした微生物の選択法は、変異誘発後に多数のクローン性コロニーをスクリーニングスすることをも可能にしている。
【0007】
一方、希少糖などの単糖を含む低分子有機物は生理活性を持たないと考えられ、単糖は、エネルギー源となるか甘みのもとになることは知られていても、それ以上の働きはないとされていたが、植物の全身獲得抵抗性の誘導効果を利用した農薬などの提供、植物病原菌だけでなく、有害微生物の増殖抑制剤としての利用などが提案されるなど(特許文献6)様々な用途の開発が行われてきた。
例えば、D-プシコースが、ラットの膵臓β細胞(インシュリンを分泌する細胞株)からのインシュリン分泌を促進する、その結果D-プシコースによるインシュリン依存性の糖尿病への治療の可能性が示され、また、ラットを用いた動物実験においても、D-プシコースの血糖降下作用が認められ、希少糖の生理活性とその有効性が示された。
しかしながら、希少糖の微生物に対する生理活性についてはいまだ詳しくは知られていないので、希少糖の微生物に対する新たな展開が求められてきた。上記のようなソルボースのカビに対する生理作用の発現については公知であったが、他の希少糖に関しては今までに生理活性については詳細な報告は知られていない。
【0008】
【特許文献1】特開2006-304627号公報
【特許文献2】特開2004−113181号公報
【特許文献3】特開平07−87963号公報
【特許文献4】特開平08−205852号公報
【特許文献5】特表11−510065号公報
【特許文献6】特開2006−8669号公報
【非特許文献1】栃倉辰六郎編著「醤油の科学と技術」(財)日本醸造協会、P.400-402(1994)
【非特許文献2】MichaelH. Gold and Therese M. Cheng,Induction of colonial growth and replica platingof the white rot basidiomycete Phanerochaete chrysosporium,Applied and Environmental Micribioligy, Vol.35, No.6,1223-1225(1978).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
このような状況の中で、本発明者らは上記の従来技術に鑑みて、希少糖の微生物に対する生理活性を微生物応用技術に応用した新しい技術の開発を目標として鋭意努力を積み重ねる中で、希少糖がカビの胞子形成の阻害やカビのコロニー様の生育誘導に有効であることを見出し、さらに研究を重ねることにより本発明を完成するに至った。
【0010】
本発明は、希少糖を含有し、カビの胞子形成の阻害およびカビのコロニー様の生育誘導を呈するカビの生理活性調整剤およびその利用技術を提供するものであり、遺伝子工学的操作や細胞工学的操作において有用な新規技術を提供するものである。例えば、従来、カビの変異株や遺伝子導入した場合に目的の変位株を取り出すに際し、微生物に単一のコロニーを形成させ、その中から目的の変異株や遺伝子導入株を分離採取することが行われているが、本発明により目的とするカビの分離採取をきわめて容易となすことができる。また、少量の希少糖を培地に添加するという簡便な方法によりコロニー様の生育誘導を達成できることはカビを利用した上記工学的手法の応用範囲を広げることとなる。
【0011】
また、カビを利用した醗酵工業において、カビは胞子をまき散らすことで広く拡散し、いろいろの悪影響が広がることがある。カビの汚染により醗酵工程が目的とする物質を生成することができなかったり、環境を汚染する、従業員の健康被害が発生するなどの問題を本発明は解決することができる。本発明により、カビの胞子の生成を抑制できるということが新たにプシコースやアリトールなどで認められたことから、醗酵により食品類の製造、例えば、味噌、醤油、酒類を製造する工程および醗酵により医薬品類、例えば、抗生物質の製造工程などでの希少糖の利用が広がることにより、今後の微生物利用工業の新しい展開が期待できる。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するための本発明は次のカビの生理活性調整剤を要旨とするものである。
(1)希少糖を含有し、カビのコロニー様の生育誘導および/またはカビの胞子形成の阻害を呈することを特徴とするカビの生理活性調整剤。
(2)希少糖の濃度が、0.2〜5.0重量%である上記(1)に記載のカビの生理活性調整剤。
(3)希少糖が、D-プシコース、L-プシコース、L-タガトース、アリトールおよびそれらの組み合わせから選ばれる上記(1)または(2)に記載のカビの生理活性調整剤。
(4)上記希少糖と希少糖以外の糖を含有する上記(1)から(3)のいずれかに記載のカビの生理活性調整剤。
(5)D-プシコースがD-プシコースとD-フラクトースの混合物である上記(1)から(4)のいずれかに記載のカビの生理活性調整剤。
(6)カビが、糸状菌、子嚢菌、担子菌、接合菌、または不完全菌である上記(1)から(5)のいずれかに記載のカビの生理活性調整剤。
(7)カビが、アスペルギルス・ニガー(Aspergillus niger)、アスペルギルス・オリゼー(Aspergillus oryzae)、しいたけ菌(Lentinula edodes)、エノキダケ菌(Flammulina velutipes)、ひらたけ菌(Pleurotus ostreatusu)から選ばれる上記(6)に記載のカビの生理活性調整剤。
(8)希少糖とデオキシコール酸塩を含有する上記(1)から(7)のいずれかに記載のカビの生理活性調整剤。
(9)アリトール、D-プシコースまたはL-プシコースを含有し、カビの胞子形成の阻害を呈する上記(1)から(8)のいずれかに記載のカビの生理活性調整剤。
(10)D-プシコース、L-プシコースまたはL-タガトースを含有しコロニー様生育誘導を呈する上記(1)から(9)のいずれかに記載のカビの生理活性調整剤。
【0013】
また、本発明は次の微生物の培養方法および環境汚染保護方法を要旨とするものである。
(11)上記(1)から(10)のいずれかに記載のカビの生理活性調整剤の存在下に微生物の培養工程を実施することを特徴とする微生物の培養方法。
(12)上記(1)から(10)のいずれかに記載のカビの生理活性調整剤を使用してカビの胞子形成およびコロニー様の生育誘導を制御することを特徴とする微生物の培養方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明により以下の効果が奏される。
(1)希少糖を含有し、カビの胞子形成の阻害およびカビのコロニー様の生育誘導作用を示すカビの生理活性調整剤を提供することができる。
(2)本発明のカビの生理活性調整剤の存在下に微生物の培養工程を実施することによりカビの胞子形成を阻害したカビの培養方法を提供することができる。
(3)本発明のカビの生理活性調整剤の存在下に微生物の培養工程を実施することによりカビのコロニー様の生育を誘導したカビの培養方法が可能となる。
(4)本発明の生理活性調整剤の存在下に製麹を行なうことにより麹を用いる食品製造における環境をカビの胞子による汚染から保護することができる。
(5)本発明のカビの生理活性調整剤を使用してカビの胞子形成を制御したカビの胞子形成調整方法を提供することができる。
(6)遺伝子工学的操作や細胞工学的操作において微生物の培養技術を改善し、微生物関連技術の開発を促進することを可能とする。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明は、胞子形成能を有する微生物を用いた場合、培養、精製工程での微生物汚染源となりやすい、例えば、製麹装置から次工程の設備へ胞子が着生した麹を搬送する際に、胞子が空気中に飛散することを防止するカビの胞子形成阻害剤として希少糖を適用したものであり、また、カビの遺伝子工学的な実験においては、菌糸の伸長を抑制してコロニー状態にすることが実験上重要な操作であり、こうした操作に希少糖を適用したことに特徴を有するものである。
糸状のコロニー様生育誘導に関しては、L-ソルボースのPhanerochaete chrysosporium(担子菌)に対する作用が1例報告されているのみである。L-ソルボースは単糖類に属するものではあるが、希少糖には分類されない糖である。本発明は、生理活性がないとされていた希少糖の微生物に対する生理活性を立証した画期的なものである。特に、D-プシコースのコロニー様誘導作用は、L-ソルボースを上回ることが明らかとなった、また、L-プシコース、L-タガトースもD-プシコースほどではないが、コロニー様生育の誘導作用を示すことが判明した。
【0016】
カビ胞子の形成に関しては、希少糖を含め他の糖類において阻害作用を発揮することについては、これまでに報告された例はなく、今回、本発明者らが初めて希少糖の胞子形成阻害作用を見出し、本発明を完成したものである。特に、D-プシコース、L-プシコースとアリトールは微生物の胞子形成阻害作用が優れていることが判明した。
【0017】
本発明における「希少糖」とは、自然界に微量にしか存在しない単糖と定義づけることができる。自然化に多量に存在する単糖としては、例えば、D-グルコース、D-フラクトース、D-ガラクトース、D-マンノース、D-リボース、D-キシロース、L-アラビノースの7種類を挙げることができ、それ以外の単糖は自然界における存在量が少なく希少糖に分類することができる。
また、本発明において「コロニー様」とは、固体培地上でのカビの生育において、菌糸伸長が制限されることにより、菌糸が拡散せずにドット状に(細菌や酵母が形成するコロニーの様に)生育するということを意味する用語である。
「生理活性」とは、カビに対する特定の生理的調節機能に対して作用する性質のことであり、本発明においては、カビの胞子形成機能の阻害およびカビのコロニー様の生育機能の誘導を含む用語である。
【0018】
希少糖は単糖類として周知あり、比較的容易に入手可能な糖である。希少糖の製造方法の一例をD-プシコースを例として次に説明する。
D-プシコースの製造は、例えば、酵素(DTE・D−タガトースエピメラーゼ)を産製する微生物を、まず寒天培地培養し、これを種として大型ジャーファーメンター中で大量に培養する。培養液中に得られた微生物は非常に小さいため、高速冷却連続遠心器で毎分約1万回以上の高速回転遠心分離して培養液中の菌体を集め回収する。回収した微生物を高圧ホモジナイザーで破砕し、菌体中に含有される酵素(DTE・D−タガトースエピメラーゼ)を回収する。回収された酵素をバイオリアクターの担体に固定し、D-プシコースの原料である果糖およびD-フラクトースを、バイオリアクター内の固定担体を有するカラムを通過させることにより、カラム中で、果糖およびD-フラクトースがD-プシコースに変換される。生産されたD-シコースは不純物を含有しているため疑似移動クロマト分離装置により分離精製され、次いで濃縮されて純度の高いD-プシコースを得ることができる。また、他のプシコースの製造方法としては、コーヒー製造工程で破棄されるコーヒー豆のハスクおよびシルバースキンを原料としてこれらを焙煎し、抽出することによりプシコースを大量に調製する方法が提案されている(特開2004−143062号公報参照)。
このようにして製造されたD-プシコースを動物に対して一度に大量投与した実験、および比較的少量を数週間に亘り反復して投与した実験の結果から、D-プシコースの安全性は高いことが確認されている。
【0019】
本発明で使用する「カビ」は、微生物の一種であり「真菌」と呼ばれ、古くから酒、醤油、味噌、チーズなどの製造に利用されてきた。現在、実用面では、発酵工業として醸造食品、抗生物質、調味料などの製造に生かされている。「カビ」には、例えば、糸状菌(カビ菌糸という糸状の細胞で枝分かれしながら成長し、その先端に胞子を作り、胞子を飛散させて繁殖する。)、キノコ(菌糸が集中して笠状の子実体を作る。)、酵母(単細胞で主に出芽や分裂で増殖し、糖類、炭酸ガス、アルコールに分解する発酵作用を有し、酒の醸造やパンの製造に欠かすことができない微生物である。)などが属している。
そのなかで、アスペルギルス (Aspergillus)はコウジカビとも呼ばれ、自然界において最も普通に見られるカビの一種である。麹菌は麹から分離された有用なカビの総称である。日本の麹に一番多く使用されている麹菌はアスペルギルス オリゼー(Aspergillus oryzae)と呼ばれるカビであり、清酒や味噌に使用される麹菌はすべて、アスペルギルス オリゼーに分類される。さらに、醤油製造に使用される麹菌の90%以上もアスペルギルス オリゼーに分類される麹菌である。[アスペルギルス・ニガー(Aspergillus niger)]は、ブドウ糖からクエン酸を生成する能力にすぐれているため、糖蜜などを原料とするクエン酸の製造に利用されている。アスペルギルス・ニガーから得られるペクチン分解酵素(ペクチナーゼ)は、果汁や果実種の清澄化に利用されている。また、しいたけ菌(Lentinula edodes)、エノキダケ菌(Flammulina velutipes)、ひらたけ菌(Pleurotus ostreatusu)なども希少糖により生理活性を調整される。
【0020】
次の8種類のケトヘキソース(6種類が希少糖)を用いて、実験を行った結果、希少糖がカビ(Aspergillus nigeroryzae)のコロニー様生育と胞子形成抑制を誘起することを見出した。実施した実験条件の一例を以下に示す。
使用した単糖:D-プシコース、L-プシコース、D-フルクトース、L-フルクトース、D-タガトース、L-タガトース、D-ソルボース、L-ソルボース
供試菌株:Aspergillus niger NBRC 6341、Aspergillus oryzae NBRC 4134
使用培地:各単糖1%、酵母エキス0.1%、寒天2%
培養方法:各菌の胞子懸濁液を調製し、これらを上記組成の寒天平板培地上に接種した後、 28℃で培養を行った。
【0021】
希少糖は生理活性調整作用を示したが、特に、D-プシコース、L-プシコース、L−タガトース、アリトールおよびそれらを組み合わせた糖類の作用が特に顕著であった。
コロニー様生育の誘導に関しては、Aspergillus niger において、D-プシコースがコロニー様生育を誘起した(図1)。現在のところ、糸状のコロニー様生育誘導に関しては、L-ソルボースのPhanerochaete chrysosporium(担子菌)に対する作用が1例報告されているのみであるが、D-プシコースの効果は、L-ソルボースを上回ることがこの実験により明らかとなった。L-プシコース、L-タガトースもD-プシコースほどではないが、コロニー様生育の誘導効果を示した。
Aspergillus oryzae に関しては、L-ソルボースの効果にはやや劣るものの、L-プシコースおよびD-プシコースがコロニー様生育を誘導することが明らかとなった(図3参照)。また、D-プシコースとL-プシコースが胞子形成抑制効果を示した。
【0022】
胞子形成阻害に関しては、 Aspergillus oryzae において、希少糖の中では、特にD-プシコースが胞子形成を顕著に阻害することが認められ、特に、3%D-プシコース存在下では、胞子は全く形成されなかった。さらに、アリトールも胞子形成を顕著に阻害し、1%アリトール存在下で胞子形成は全く認められなかった。
また、Aspergillus niger においても同様に希少糖による胞子形成の阻害が確認された。また、アリトールがデオキシコール酸ナトリウム存在下では、胞子形成を顕著に阻害することが明らかとなった。
【0023】
希少糖がカビの培養においてコロニー様生育誘導および胞子形成阻害を呈するには、希少糖の濃度が0.2〜5.0wt%の範囲であることが好ましく、さらに0.5〜4wt%の範囲であることがより好ましい。この範囲の下限以下となると希少糖による作用効果の発現の程度が僅かで実用的ではなくなり、この範囲を超えると経済的な理由により実用的ではなく、また、多量の希少糖による弊害が発生することがある。
【0024】
カビを培養する培地に、デオキシコール酸塩、例えばナトリウム塩を0.001〜0.10wt%添加することにより、希少糖による生理活性の調整作用を増幅させることができる。図1にはデオキシコール酸ナトリウムを含有しない培地、図2にはデオキシコール酸ナトリウムを0.01wt%含有する培地を用いてAspergillus nigerを培養した試験結果を示したものであり、デオキシコール酸ナトリウムによりコロニー様生育の誘導がより促進されていることが分かる。Aspergillus oryzaeにおいても同様の結果が得られたことは図3と図4を対比することにより明らかである。
【0025】
希少糖の中で、アリトールは、カビの胞子形成の阻害作用を顕著に示し、0.2〜3wt%を培地に添加すると胞子の形成は阻害されるが、特に、0.8wt%以上の濃度になるように添加すると胞子の形成は完全に阻止される。D-プシコースとL-プシコースではアリトールには若干劣るものの同様な阻害作用を示す。例えば、D-プシコースを3wt%添加した培地はカビの胞子形成を完全に阻止することができる。
【0026】
上記で示したような希少糖のカビの生理活性調節作用は、カビを利用した遺伝子工学的操作や細胞工学的な操作、例えば、カビを利用した醸造工業、醗酵による医薬の製造において有用である。カビの胞子の飛散を防御するという意味では、醸造産業などの微生物産業において胞子の飛散による醗酵工程の汚染を防止することが可能となり、醗酵工程が大きく改善され、醗酵工程の環境汚染、醗酵に従事する人々の健康管理という面でも改善効果が大きく、食品、医薬の製造を含む醗酵工業新しい側面に応用される。
次に本発明の詳細を実施例により説明するが、本発明はこれらの実施例によってなんら限定されるものではない。
【実施例1】
【0027】
本実施例では、代表的なカビであるAspergillus nigerの生育に希少糖が及ぼす影響、特に、コロニー様生育の誘導への影響について検討した。
単糖類から次の8種類のケトヘキソースを選び、各糖類を1wt%含有する培地を調製した。
D-グルコース、D-フルクトース、L-ソルボース、D-ソルボース、L-プシコース、D-プシコース、L-タガトース、およびD-タガトース
各単糖を1%、酵母エキス0.1%、寒天2%を含有する培地を8個用意した。供試菌株としてAspergillus niger IFO 6341の胞子懸濁液を調製し、これを各寒天平板培地上に接種した後、28℃で6日間培養した後のコロニー様の誘導状態を観察した。試験結果を図1の写真にコロニー様の形成状態を示す。
図1の写真から、D-プシコース、L-プシコース、L-タガトースが、Aspergillus niger IFO 6341のコロニー様生育の誘導作用を有することが実証された。また、図1に同時に示したL-ソルボースの試験結果と対比すると、これら3種の希少糖のコロニー様生育の誘導作用は、L-ソルボースに劣らない結果を示したのみならず、D−プシコースでは公知のL-ソルボースを上回る作用効果を示すことが判明した。
【実施例2】
【0028】
倍地中に±デオキシコール酸ナトリウムを0.01wt%さらに添加した以外は、実施例1と同様にしてAspergillus niger IFO 6341を6日間培養しその結果を図2の写真に示した。その結果、D-プシコース、L-プシコース、L-タガトースにAspergillus niger のコロニー様生育の誘導作用を有することが明らかとなった。±デオキシコール酸ナトリウムを添加することにより、コロニー様の径は小さく、その周囲はより明確となりコロニー様生育の誘導効果が増進したことが判明した。
【実施例3】
【0029】
実施例1と同様にして、Aspergillus oryzae IFO 4134の培養を行い、希少糖のコロニー様生育の誘導効果を試験した。その結果を、図3に示す。L-ソルボースの作用効果にはやや劣るものの、L-プシコース、D-プシコース、L-タガトース、D-タガトースがコロニー様生育の誘導作用を有することが明らかとなった。
【実施例4】
【0030】
倍地中に±デオキシコール酸ナトリウムを0.01wt%さらに添加した以外は、実施例3と同様にしてAspergillus oryzae IFO 4134の培養を行い、希少糖のコロニー様生育の誘導効果を試験した。その結果を図4に示す。±デオキシコール酸ナトリウムを添加したことによりコロニー用生育の誘導効果は増進することが判明した。
【実施例5】
【0031】
実施例1と同様にしてAspergillus niger IFO 6341およびAspergillus oryzae IFO 4134を、D-グルコース、D-フルクトース、L-ソルボース、L-プシコース、D-プシコースおよびアリトールをそれぞれ含有する培地で培養し、胞子形成阻害の状態を試験した。その結果以下の状況が判明した。
Aspergillus oryzae IFO 4134において、D-プシコースが本菌の胞子形成を顕著に阻害することが認められ、特に、3%D-プシコース存在下では、胞子は全く形成されなかった。さらに、アリトールも本菌の胞子形成を顕著に阻害し、1%アリトール存在下でも胞子形成は全く認められなかった。
また、Aspergillus niger IFO 6341においては、D-プシコースが本菌の胞子形成を阻害するが、1%D-プシコース+デオキシコール酸ナトリウム存在下において、胞子形成がさらに顕著に阻害された。アリトールが本菌の胞子形成を阻害するが、アリトールとデオキシコール酸ナトリウム存在下では、本菌の胞子形成を顕著に阻害することが明らかとなった。
このように、D-プシコース、L-プシコースは、上記のカビに対して、胞子の形成を阻止する作用を示すことが明らかとなった。この成果は、カビの胞子の飛散を防御するという意味で、醸造産業などの微生物産業において新しい側面に応用されることが期待される。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明は、希少糖を含有し、カビの胞子形成の阻害およびカビのコロニー様の生育誘導をなすことを特徴とするカビの生理活性調整剤および、このカビの生理活性調整剤を使用した発酵方法、麹を用いる食品製造における環境をカビの胞子による汚染からの保護方法、カビの胞子形成調整方法に係るものである。
本発明の試験結果は、特に、D-プシコースがC. cinereusの細胞分化・成熟機構に大きく影響を及ぼしていることを示唆するものであり、その分子メカニズムを詳細に解析することは、希少糖研究、あるいはその応用に新たな一面を加えることにつながるものと期待される。
【0033】
また、希少糖が、代表的なカビである、Aspergillus niger及びAspergillus oryzaeの生育に及ぼす影響、特に、コロニー様生育の誘導と胞子形成への影響について検討した結果、D-プシコースが上記のカビに対して、コロニー様生育を誘導することを見出した。カビを対象とした遺伝子工学的操作や細胞工学的操作の過程においては、カビをコロニー様に生育させることが重要であり、現在はその目的に、L-ソルボースが用いられているが、本発明によりD-プシコースなどの希少糖がL-ソルボースの代替物として有用であることが示され、遺伝子工学、細胞工学的な操作に新しい展開がなされることが可能となった。
さらに、希少糖の中でも、特にD-プシコースとアリトールが上記のカビに対して、胞子形成阻害活性を有することが明らかとなった。この成果は、カビの胞子の飛散を防御するという意味で、醸造産業などの微生物産業において新しい側面に応用されることが期待される。このように、本発明は希少糖の新たな展開と新しい技術の開発に有用な技術を提供するものである。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】希少糖を含む培地でAspergillus nigerを培養した際のコロニー様生育状況を示す写真。
【図2】希少糖とデオキシコール酸ナトリウムを含む培地でAspergillus nigerを培養した際のコロニー様生育状況を示す写真。
【図3】希少糖を含む培地でAspergillus oryzae を培養した際のコロニー様生育状況を示す写真。
【図4】希少糖とデオキシコール酸ナトリウムを含む培地でAspergillus oryzaeを培養した際のコロニー様生育状況を示す写真。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
希少糖を含有し、カビのコロニー様の生育誘導および/またはカビの胞子形成の阻害を呈することを特徴とするカビの生理活性調整剤。
【請求項2】
希少糖の濃度が、0.2〜5.0重量%である請求項1に記載のカビの生理活性調整剤。
【請求項3】
希少糖が、D-プシコース、L-プシコース、L-タガトース、アリトールおよびそれらの組み合わせから選ばれる請求項1または2に記載のカビの生理活性調整剤。
【請求項4】
上記希少糖と希少糖以外の糖を含有する請求項1から3のいずれかに記載のカビの生理活性調整剤。
【請求項5】
D-プシコースがD-プシコースとD-フラクトースの混合物である請求項1から4のいずれかに記載のカビの生理活性調整剤。
【請求項6】
カビが、糸状菌、子嚢菌、担子菌、接合菌、または不完全菌である請求項1から5のいずれかに記載のカビの生理活性調整剤。
【請求項7】
カビが、アスペルギルス・ニガー(Aspergillus niger)、アスペルギルス・オリゼー(Aspergillus oryzae)、しいたけ菌(Lentinula edodes)、エノキダケ菌(Flammulina velutipes)、ひらたけ菌(Pleurotus ostreatusu)から選ばれる請求項6に記載のカビの生理活性調整剤。
【請求項8】
希少糖とデオキシコール酸塩を含有する請求項1から7のいずれかに記載のカビの生理活性調整剤。
【請求項9】
アリトール、D-プシコースまたはL-プシコースを含有し、カビの胞子形成の阻害を呈する請求項1から8のいずれかに記載のカビの生理活性調整剤。
【請求項10】
D-プシコース、L-プシコースまたはL-タガトースを含有しコロニー様生育誘導を呈する請求項1から9のいずれかに記載のカビの生理活性調整剤。
【請求項11】
請求項1から10のいずれかに記載のカビの生理活性調整剤の存在下に微生物の培養工程を実施することを特徴とする微生物の培養方法。
【請求項12】
請求項1から10のいずれかに記載のカビの生理活性調整剤を使用してカビの胞子形成およびコロニー様の生育誘導を制御することを特徴とする微生物の培養方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−119335(P2010−119335A)
【公開日】平成22年6月3日(2010.6.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−295653(P2008−295653)
【出願日】平成20年11月19日(2008.11.19)
【出願人】(304028346)国立大学法人 香川大学 (285)
【出願人】(506388060)合同会社希少糖生産技術研究所 (18)
【Fターム(参考)】