説明

カルシウムチャンネル阻害剤

【課題】 天然物由来のカルシウムチャンネル阻害ないし抑制剤及び同含有物質を開発する。
【解決手段】 天然ジペプチドVal−Tyr(VY)又はそれを含有する物質を有効成分とするカルシウムチャンネル阻害ないし抑制剤。VY含有物質としては、イワシ等の魚肉の加水分解物(サーデンペプチド)等が挙げられ、VY又はVY含有物質は、医薬のほか飲食品としても使用できる。本発明によって、血圧降下において、VYがACE阻害のほかにカルシウムチャンネル阻害の2つの作用を有することが明らかにされた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カルシウムチャンネル阻害剤に関するものであり、更に詳細には、特定の天然ジペプチド及び/又はその含有物を有効成分とする新規にして有用なカルシウムチャンネル阻害剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
先に、本発明者らは、魚肉を熱変性処理し、自己消化酵素を失活させ、蛋白分解酵素で加水分解し、酵素を失活せしめた後、分離処理することによってACE(Angiotensin I−converting enzyme:アンジオテンシンI変換酵素)阻害活性を有する新規ペプチドα−1000を開発するのに成功し、既に特許権を得ている(特許文献1参照)。
【0003】
一方、本発明は、天然ペプチド、特に天然由来の特定のジペプチド(Val−Tyr)がカルシウムチャンネル阻害作用を有することをはじめて見出し、この有用新知見に基づいてなされたものであるが、本ジペプチドがこのようなすぐれた生理作用を有することは従来全く知られていない。
【特許文献1】特許第3117779号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、特に安全性の観点から、天然物由来の薬剤、機能性食品の開発を目的としてなされたものであって、先に本発明者らが開発するのに成功した魚肉由来ペプチドα−1000のすぐれた生理作用に再度着目し、すぐれた生理作用を有する新規ペプチドを新たに開発する目的でなされたものである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、上記目的を達成するために各方面から検討を行い、魚肉由来ペプチドに着目してその生理活性機能について研究した結果、魚肉由来ペプチドがすぐれた血圧上昇抑制作用を有することを見出した。そしてこの作用は、主として、血管収縮作用を示すアンジオテンシンII(Ang II)のアンジオテンシン I(Ang I)からの産生を触媒するアンジオテンシンI変換酵素(ACE)に対する阻害によるものであることを確認したが、その研究の過程においてACE阻害作用のみでは説明できない現象がin vivo試験で認められた。
【0006】
そこで本発明者らは、ACE阻害作用とは別の降圧機構が魚肉由来ペプチドには存在するのではないかという新規着想を得、各方面から検討の結果、魚肉由来ペプチドによるACE阻害作用とは別の降圧機構として、カルシウムチャンネルの阻害ないし抑制作用にはじめて着目した。カルシウムは細胞の生育に必要ではあるが、カルシウムチャンネルを介してカルシウムが過度に血管細胞に取り込まれると血管の柔軟性が低下し、血圧が上昇するため、カルシウムチャンネルを適宜閉じてカルシウムの吸収を防止(阻害)する必要がある。
【0007】
本発明者らは、魚肉由来ペプチドを分画し、得られた各種分画画分について、その生理活性の解明を目的として、正常ヒト大動脈血管平滑筋細胞(VSMC)を用いて検討した結果、ジペプチドVal−Tyr(バリル−チロシン(Valyl−Tyrosine)、以下VYということもある)がカルシウムチャンネルを阻害ないし抑制する作用を有することをはじめて見出した。
【0008】
また、単離したVYだけでなく、VYを含有する物質のスクリーニング、VY高含有成分の分離、取得法についても検討を行い、これらのVY含有物もすぐれたカルシウムチャンネル阻害(ないし抑制)作用を有することもはじめて確認し、これらの有用新知見に基づいて各種研究の結果、遂に本発明の完成に至ったものである。
【0009】
すなわち本発明は、ジペプチドVYについてカルシウムチャンネル阻害(ないし抑制)作用という新しい生理作用(ACE阻害作用とは別の新しい血圧降下作用)をはじめて発見したことに基づくものであって、VY及び/又はVY含有物を有効成分とするカルシウムチャンネル阻害(ないし抑制)用のあるいは予防用の薬剤または同飲食品に関するものであり、これらの薬剤及び/又は飲食品は、例えば血圧を降下させたり、予防的に血圧の上昇を抑制したりするのに有用である。
【0010】
本発明においては、有効成分としてジペプチドVYを使用するものであるが、VYとしては、精製、単離したものが使用できるほか、VYを含有する組成物、特に天然物由来物質も各種使用することができる。該物質としては、本発明者らの研究の結果、例えば魚肉処理物が好適であることが見出された。
【0011】
ここに処理物とは、アミノ酸、ペプチド、蛋白質等天然物の分離、精製に常用される各種処理の1種又は2種以上によって得られたものをいい、処理としては下記の処理が例示される:透析、酵素加水分解、酸加水分解、脱脂、イオン交換樹脂、クロマトグラフィーその他。
【0012】
本発明においては、有効成分として天然物由来のVY含有物質も使用することができ、例えば該物質としては小麦胚芽処理物や魚肉処理物が挙げられ、小麦胚芽由来のペプチドや魚肉由来のペプチドα−1000、Y−2、SY、SY−MD等が有利に使用される。そして所望する場合にはクロマトグラフィー処理等の分離精製手段をくり返したり適宜組み合わせたりして、VY濃度を高めたり、VY画分を分画したりすることも可能である。
VY含有物質の1例としての魚肉処理物について以下に述べる。
【0013】
本発明者らは、各方面から研究を続けた結果、先に本発明者らが開発した魚肉由来ペプチドα−1000を疎水性吸着樹脂ODSカラムに供した後、10%エタノール水溶液で溶出した画分にVYが高濃度に含まれていることをはじめて見出し、鋭意研究の結果、VY含量の高い魚肉処理物(ペプチドY−2)を開発するのに成功し、また、別の処理による魚肉処理物(ペプチドSY、SY−MD等)にもVYが高濃度に含まれていることも確認し、魚肉由来ペプチドの面からの発明を完成するのにも成功した。
【0014】
例えば、ペプチドY−2は次のようにして製造することができる。ペプチド原液つまりペプチドY−2の原料としては、魚肉由来ペプチドを用い、これを疎水性吸着樹脂に供した後、5〜20、好ましくは8〜17、更に好ましくは約15V/V%エタノール水溶液で溶出することにより、ペプチドY−2が得られる。また、エタノール水溶液で溶出する前に水で溶出し次にエタノール水溶液で溶出してもよい。このようにして得られた溶出画分にはVYが含まれており、この画分(ペプチドY−2)は、本発明における有効成分として有利に使用することができる。
【0015】
ペプチドY−2のほかSYやSY−MDの原料ないし起源、つまりペプチド原液としては、例えばペプチドα−1000の水溶液が使用できる。
ペプチドα−1000は、魚肉を熱変性した後、中性ないしアルカリプロテアーゼ処理して加水分解し、次いで加熱等常法にしたがって酵素を失活せしめた後、分離処理して製造することができる。その詳細を以下に述べる。
【0016】
ペプチドα−1000は、魚介類を原料として製造するものであって、例えば特許第3117779号にしたがって製造することができ、先ず、魚介類を採肉機、デボーナー等によって処理して魚肉質を分離する。原料は出来る限り新鮮なものが好ましい。分離した魚肉は、10kg程度のすり身に分割し、このまま次の処理に使用してもよいが、−20〜−50℃、例えば−30℃程度の冷気を吹き付けて急速凍結し、−20〜−25℃に保存しておき、必要に応じてこれを適宜使用することにしてもよい。
【0017】
魚介類としては、イワシ、アジ、マグロ、カツオ、サンマ、サバ等赤身魚;ヒラメ、タイ、キス、コノシロ、タラ、ニシン、ブリ等白身魚;サメ、エイ等軟骨魚肉;ワカサギ、コイ、イワナ、ヤマメ等淡水魚肉;アイザメ、アンコウ等深海魚肉のほか、エビ、カニ、タコ、アミ類等も適宜使用できる。
【0018】
採肉した後、粉砕機等によって魚介類を粉砕し、原料重量に対して1/2量〜20倍量、好ましくは等量〜10倍量の加水を行った後、加熱処理し、もって、自己消化酵素を失活させ、且つ細菌を死滅させるとともに、タンパク質を熱変性させて後に行う酵素反応効率を上昇せしめる。加熱条件としては、このような作用が奏される条件であればすべての条件が利用できるが、例えば65℃以上、2〜60分、好ましくは80℃以上、5〜30分とするのがよい。
【0019】
次いで、アンモニア水か、水酸化ナトリウム(カリウム)水溶液等アルカリ剤を加えて、使用する蛋白分解酵素の適値にpHを調整し、(例えばアルカリプロテアーゼの場合は、pH7.5以上、好ましくは8以上)、温度も酵素適温(使用酵素によって異なるが、20〜65℃、アルカリプロテアーゼの場合は35〜60℃、好ましくは40〜55℃)に加温し、蛋白分解酵素を加えて30分〜30時間(アルカリプロテアーゼの場合は30分〜25時間、好ましくは1〜17時間)処理する。
【0020】
蛋白分解酵素としては、中性又はアルカリ性条件下で蛋白質を分解し得る酵素であればすべての酵素が単独で又は混合して使用し得る。その起源は、動植物のほかに微生物にも求めることができ、ペプシン、レニン、トリプシン、キモトリプシン、パパイン、ブロメラインのほか、細菌プロテアーゼ、糸状菌プロテアーゼ、放線菌プロテアーゼ等も広く利用できる。これらの酵素は、通常、市販されているものが使用されるが、未精製の酵素、酵素を含有した培養液、麹といった固体又は液体の酵素含有物も、目的により必要に応じて使用することができる。酵素の添加量としては0.1%〜5.0%程度でもよい。
【0021】
次いで必要あれば中和処理を行った後、70℃(好適には80℃)以上の温度に2〜60分間(好適には5〜30分間)保持し、酵素を失活させるとともに後に行う分離を良好ならしめる。加熱失活処理後、バイブスクリーン等によって粗分離し、必要によりジエクター処理した後、超遠心分離処理して、浮遊物、沈殿物を除去する。
【0022】
次に、ケイソウ土等濾過助剤(例えばセライト)を用いて濾過し、濾液を活性炭処理(0.05〜20W/V%、好ましくは0.1〜10W/V%使用、20〜65℃、好ましくは25〜60℃、15分〜4時間、好ましくは30分〜2時間)して、脱臭、脱色、精製する。
【0023】
これを減圧濃縮(0〜50℃)その他常法にしたがって濃縮(Bx30程度にまで)した後、必要あれば再度(超)遠心分離又は濾過してペプチド原液を得る。このようにして得たペプチド原液は、殺菌(UHTSTその他常法による)した後、容器に充填した製品(α−1000(液体))とする。また、希望するのであれば、更に濃縮したりあるいは逆に希釈したり、また、噴霧乾燥、凍結乾燥等の常法によって60メッシュ程度に粉末化し、これを袋等の容器に充填して製品(α−1000(粉末))とすることもできる。これらの製品は、液体は冷蔵ないし冷凍保管、粉末は乾燥冷暗所保管する。
【0024】
このようにして得た、液状、ペースト状ないし粉末状のペプチドがα−1000である。
【0025】
ペプチドα−1000(スプレードライ粉末)の物理化学的性質は、下記に示すとおりである。
【0026】
ペプチドα−1000(粉末)の物理化学的性質
(A)分子量;
200〜10,000(セファデックスG−25カラムクロマトグラフィーによる)
(B)融点;119℃で着色(分解点)
(C)比旋光度
〔α〕D20=−22°
(D)溶剤に対する溶解性;
水に易溶;エタノール、アセトン、ヘキサンにはほとんど溶解しない。
(E)酸性、中性、塩基性の区別;
中性 pH6.0〜8.0(10%溶液)
(F)外観、成分;
白色粉末;水分5.14%(減圧加熱乾燥法);蛋白質87.5%(ケルダール法、窒素・蛋白質換算係数6.25);脂質0%(ソックスレー抽出法);灰分5.0%(直接灰化法)。
(G)特 性;
魚肉由来であり、加熱によって自己消化酵素を失活させ、蛋白分解酵素で加水分解して得たペプチドである。
ジペプチドVal−Tyrを含有し、カルシウムチャンネル阻害(ないし抑制)作用を有する。
(H)赤外線吸収スペクトル:図1
(I)紫外線吸収スペクトル:図2
(J)アミノ酸組成;
下記に示すとおり。
【0027】
(表1)
ペプチドα−1000(粉末)のアミノ酸組成
―――――――――――――――――
分析試験項目 結果(%)
―――――――――――――――――
全アミノ酸
アルギニン 3.34
リジン 6.86
ヒスチジン 3.34
フェニルアラニン 2.33
チロシン 2.01
ロイシン 6.35
イソロイシン 3.27
メチオニン 2.26
バリン 4.16
アラニン 5.17
グリシン 3.59
プロリン 2.15
グルタミン酸 12.35
セリン 3.30
スレオニン 3.70
アスパラギン酸 8.36
トリプトファン 0.32
シスチン 0.47
全量 73.33
―――――――――――――――――
分析方法:アミノ酸自動分析法による(但し、シスチンは、過ギ酸酸化処理後、塩酸加水分解し測定した。トリプトファンは、高速液体クロマトグラフ法を用いた。)
【0028】
このようにして調製したペプチドα−1000は、本発明において有効成分として利用できるが、更に処理してもよく、例えば液状の場合はそのまま、粉末の場合は加水した後、これをODS樹脂その他疎水性吸着性樹脂に通し、水で溶出した後、ひき続き、5〜20%、好ましくは11〜19%、更に好ましくは13〜18%エタノール水溶液を加えてエタノール水溶液での溶出を行い、ペプチドY−2を得る。なお、樹脂としては、疎水性吸着性樹脂であればすべての樹脂が使用可能であり、既述した市販の樹脂も適宜使用可能である。
【0029】
このようにして得た魚肉精製ペプチドのY−2画分(つまり、ペプチドY−2)には、VYが多く含有されており、事実、イワシ魚肉を0.7%アルカラーゼで17.5時間処理して得た水解物をODSカラムに供し、水溶出画分の後半部分と15%エタノール溶出画分を合わせたY−2画分(すなわち、イワシ魚肉由来酵素分解精製物であるサーデンペプチドY−2)には、高速液体クロマトグラフィーによる解析の結果、VYが約150mg/100g含有されていることが確認された。
【0030】
本発明において有効成分として使用するペプチドY−2の理化学的性質は、次に示される。
(ペプチドY−2の理化学的性質)
(A)分子量:200〜10,000(ASAHIPAK GS−320高速液体クロマトグラフィーによる)(図3)
(B)融点:138℃で着色、分解する。
(C)比旋光度〔α〕D20=−40°
(D)溶剤に対する溶解性:水に易溶であるが、エタノール、アセトン、ヘキサンにほとんど溶解しない。
(E)酸性、中性、塩基性の区別:中性 pH5.0〜8.0(10%溶液)
(F)物質の外観:白色〜淡黄色粉末。
(G)成分:水分2.72%(常圧加熱乾燥法);蛋白質87.25%(ケルダール法、窒素・蛋白質換算係数6.25);脂質0%(ソックスレー抽出法);灰分0.20%(直接灰化法)
(H)生理的性質:ジペプチドVal−Tyrを含有し、カルシウムチャンネル阻害ないし抑制作用を有する。
(I)赤外線吸収スペクトル:図4
(J)紫外線吸収スペクトル:図5
(K)アミノ酸組成:下記の表2に示すとおり。分析方法はアミノ酸自動分析法(島津LC−6Aシステム)による。
【0031】
(表2)
ペプチドY−2のアミノ酸組成
―――――――――――――――――
アミノ酸 分析値(%)
―――――――――――――――――
アスパラギン酸 10.97
スレオニン 4.10
セリン 2.90
グルタミン酸 12.52
グリシン 4.91
アラニン 5.06
バリン 6.20
メチオニン 2.55
イソロイシン 5.55
ロイシン 9.47
チロシン 2.96
フェニルアラニン 4.75
ヒスチジン 2.83
リジン 10.07
アルギニン 7.50
―――――――――――――――――
【0032】
そして更に、本発明者らは、上記したペプチドY−2の有用性に改めて着目し、魚肉を蛋白分解酵素で処理して得たペプチド(例えば、ペプチドα−1000)について研究を行い、この魚肉由来ペプチドを疎水性吸着樹脂(例えば、ODS樹脂)処理し、水溶出、エタノール水溶出、水溶出の三段階溶出を行ったところ、最初の水溶出の後画分、11〜18V/V%エタノール水溶液溶出画分及び最後の水溶出画分に、魚肉ペプチド中のVYが多量に回収されているという有用新知見を得た。
このように、最初の水溶出の後画分、11〜18V/V%エタノール水溶液溶出画分及び最後の水溶出画分の混合物はVY含量が高いだけでなく、苦味が少なく、呈味性にすぐれ、安定性にもすぐれており、全く新規な機能性ペプチドであることを確認し、これを新規ペプチドと同定して、ここに、ベプチドSYと命名した。
更に、本発明において、上記の11〜18V/V%エタノール水溶液溶出画分のみを単離して調べたところ、Na含量が0.1〜0.2%程度(ペプチドSYでは、Naは1〜3%程度)と極めてNa含量の少ない新たなペプチドが得られたので、この画分をペプチドSY−MDと命名した。
【0033】
本発明においては、ペプチドα−1000を原料として、できるだけ多くのVal−Tyrを含むペプチドを連続的に回収することを目的に研究を行った。
その結果、α−1000をODS樹脂に吸着せしめた後、水を加えて水で溶出する画分の一部(後の方の画分)を得た後、ひき続き、連続してエタノール水溶液を加えてエタノール水溶液で溶出する画分を得るのであるが、その際、水溶出(1)に使用した水が一部残っているために、エタノール濃度は11〜18V/V%、好ましくは14〜16V/V%程度が好適であることをつきとめた。
【0034】
そして更に、ペプチドSYを取得するに当り、目的とする水溶出(1)の後画分を分取する際の分取開始点の設定、その終了点(即ち、エタノール溶出の開始点)、その終了点(水溶出(2)の開始点)、その終了点について、分画時間、塩分濃度、Bx、波長280nmのUV吸収の測定、モニタリングによってそれぞれ特定ないし判断して、一種の連続システムによるペプチドSYの製造法も確立し、これらの有用新知見に基づき、更に研究の結果、遂に本発明の完成に至ったものである。
【0035】
すなわち本発明は、ジペプチドVYを含有してなるペプチドSY又はSY−MDを有効成分としてなること、を特徴とするカルシウムチャンネル阻害ないし抑制剤に関するものであって、その理化学的性質は次のとおりである。
【0036】
(ペプチドSYの理化学的性質)
(A)分子量:200〜10,000(ASAHIPAK GS−320高速液体クロマトグラフィーによる);図6
(B)融点:138±3℃で着色、分解する。
(C)溶剤に対する溶解性:水に易溶であるが、エタノール、アセトン、ヘキサンにほとんど溶解しない。
(D)外観性状:白色〜淡黄色粉末
(E)液性(pH):4.0〜6.0
(F)成分:水分1〜5W/W%(常圧加熱乾燥法)
;蛋白質84〜94W/W%(ミクロケルダール法)
;脂質0.5W/W%以下(ソックスレー抽出法)
;灰分4±2W/W%(直接灰化法)
;Na 1〜3W/W%(原子吸光光度法)
(G)生理的性質:ジペプチドVal−Tyrを含有し、血管平滑筋細胞増殖抑制作用を有する。
(H)赤外線吸収スペクトル:図7
(I)紫外線吸収スペクトル:図8
(J)比旋光度:〔α〕D20=−40°〜−51°
【0037】
(K)主要なアミノ酸組成:下記表3のとおり、分析方法はアミノ酸自動分析法(島津LC−6Aシステム)による。
【0038】
(表3)
ペプチドSYのアミノ酸組成
――――――――――――――――――――
アミノ酸 分析値(%)
――――――――――――――――――――
アスパラギン酸 8.0〜9.2
グルタミン酸 9.5〜12.0
バリン 4.5〜5.5
メチオニン 2.5〜3.8
イソロイシン 4.5〜5.2
ロイシン 7.3〜8.5
チロシン 3.4〜4.8
フェニルアラニン 4.5〜5.5
ヒスチジン 3.0〜3.8
リジン 6.5〜7.8
アルギニン 5.0〜6.0
――――――――――――――――――――
【0039】
(ペプチドSY−MDの理化学的性質)
(A)分子量:200〜10,000
(B)融点:138±3℃で着色、分解する。
(C)溶剤に対する溶解性:水に易溶であるが、エタノール、アセトン、ヘキサンにほとんど溶解しない。
(D)外観性状:白色〜淡黄色粉末
(E)液性(pH):4.0〜6.0
(F)成分:水分 2〜6W/W%(常圧加熱乾燥法)
;蛋白質 90〜98W/W%(ミクロケルダール法)
;脂質 0.5W/W%(ソックスレー抽出法)
;灰分 3.0W/W%以下(直接灰化法)
;Na 0.1〜0.2W/W%(原子吸光光度法)
(G)生理的性質:ジペプチドVal−Tyrを含有し、血管平滑筋細胞増殖抑制活性を有する。
(H)赤外線吸収スペクトル:図9
(I)紫外線吸収スペクトル:図10
【0040】
ペプチドSYは次のようにして製造することができる。すなわち、ペプチド原液、つまりペプチドSYの原料となる魚肉の酵素処理物(例えば、ペプチドα−1000)を、液状の場合はそのまま、粉末の場合は加水した後、ODS樹脂その他疎水性吸着性樹脂に通し、図11の「原液負荷」を行い、製造プロセスを開始する。
【0041】
即ち、ペプチド原液を疎水性吸着樹脂による溶出分画処理により得られるペプチド成分であって、該溶出分画処理が展開溶液として水、エタノール水溶液及び水の順に用い、図11で例示する溶出パターンにおいて、それぞれの展開溶液により得られる下記で規定される水溶出(1)の後画分、11〜18V/V%エタノール溶出画分(図11では15%エタノールでの溶出を示す)及び水溶出(2)画分を分取混合してペプチドSYは製造される。
(1)水溶出(1)の後画分:展開液として水を用い、水溶出(1)のペプチド(ペプチドSY)におけるナトリウム(Na)の量が1〜3g/100gとなる時点から、ナトリウムの量が実質的に0g/100gとなる水溶出(1)の後画分の最終分取点までの画分。
(2)11〜18V/V%エタノール溶出画分:次に、11〜18V/V%濃度のエタノール水溶液を展開液としてペプチドの溶出量がピークを過ぎてピークの半量程度に低減するまでに得られる画分。(この画分のみを単離したものをペプチドSY−MDとした。)
(3)水溶出(2)画分:次に、展開液として水を用い、溶出分画処理が終点となる迄に得られる画分。
【0042】
そして上記したように、(2)において、エタノール水溶液を展開液としてペプチドの溶出量がピークを過ぎてピークの半量程度に低減するまでに得られる画分のみを単離分取することにより、ジペプチドVal−Tyrを含有してなるペプチドSY−MDを得ることができ、また、上記(2)、又は、上記(2)及び(1)からペプチドY−2を得ることもできる。
【0043】
これらのペプチドの製法を、図11を参照しながら、以下に詳述する。すなわち、ペプチドSYは、上記した溶出画分から分取、製造することができる。各種溶出液の溶出パターンの1例を図11に示す。
本発明に係るペプチドSYは、図11に示す如く、疎水性吸着樹脂に、例えばα−1000を加え(原液負荷)、次いで水で溶出し(水溶出(1))、その水溶出(1)の後画分、と、11〜18V/V%エタノール溶液で溶出する11〜18V/V%エタノール溶出画分、と、更に水で溶出する水溶出(2)画分を混合することにより製造することができる。ペプチドSY画分の分取スタート時点の設定、溶出液の切り変え時期の設定等は、Bx、塩分、UV(280nm吸収)、Naの少なくともひとつの測定値に基づき、あるいは分画時間に基づいて適宜決定すればよく、これらの項目をリアルタイム等適宜モニターして、コンピュータによって実施することも可能である。
【0044】
例えば、図11の溶出パターンにおいてペプチドSYの水溶出(2)の後画分の分画スタート時点は、塩分値を測定し、次のようにしてこれを決定することができる。
i)水溶出開始後0分時点から取ると、Na含量が4g/100g以上となってしまうので、高Na素材となり血圧を上昇させる場合があるため、好ましくない。
ii)分取開始時間が水溶出開始後20分の時は、Na含量として1〜3g/100gで許容範囲である。
iii)これ以降の分取開始とすると、更にNa含量は少なくなるが、今度は塩分含量が少なすぎるため濃縮時にペプチドSYに含まれるグアニンが析出しやすくなりオリが発生することがあって好ましくない。
iv)したがって分取開始時間を水溶出開始後20分とし、Na量を1〜3g/100g付近とした。
また、水溶出(1)画分の最終分取点はNa量が実質的に0g/100gとなる点とした。
【0045】
次に、この点から水にかえて11〜18V/V%エタノール水溶液が添加され、ペプチドの溶出量がピークを過ぎてピークの半量程度に低減するところでエタノール水溶液の添加を止め、ここに得られる画分を11〜18V/V%エタノール溶出画分とした。(この11〜18V/V%エタノール溶出画分のみを単離したものがNaをほとんど含まないペプチドSY−MDとなる。)
【0046】
11〜18V/V%エタノール水溶液の添加を停止し、水の添加に切り換える時期は、水溶出(2)のスタート時点でもあるが、ペプチド量を示す波長280nmのUV吸収値が急激に低下しはじめ、ピークの半分程度になった時期とし、エンドポイントは、UV吸収値がゼロになって定常状態に入った時期とすればよい。ここに得られた画分を水溶出(2)画分とした。
【0047】
ここに得られる(1)水溶出(1)の後画分、(2)11〜18V/V%エタノール溶出画分、(3)水溶出(2)画分を、各別に又は連続して分取混合したものが本発明のペプチドSYである。
このようにして、水溶出(1)画分の途中からの後画分から、11〜18V/V%エタノール溶出画分を経て、水溶出(2)画分までの画分を、本発明に係るペプチドSYとして得ることができる(図11においては、サーデンペプチドSYと表示)。
また、図11において「15%エタノール溶出」としたところが、「ペプチドSY−MD」に相当する。
【0048】
ペプチドSY、SY−MD、Y−2、α−1000は、本発明者らによってカルシウムチャンネル阻害ないし抑制ペプチドの本体のひとつとしてはじめて確認されたジペプチド(バリル−チロシン:Val−Tyr又はVY)を高濃度に含有しており、特にペプチドSY−MDは、水溶出(1)の後画分を含まないので少し苦みは残るが呈味性が大幅に改良されているだけでなく、Naをほとんど含まないので、Na摂取不可の人にとっては非常に有用である。
【0049】
すなわち、「原液負荷」部分は呈味性は強いが、原料由来の魚臭も幾分含まれており、Na含量も多い。これに対して、水溶出(1)の後画分は原料由来の魚臭が少なく、味も非常に良好である。
従って水溶出(1)の後画分を組み入れることによって、ペプチドSY−MDより、VYを多量に回収でき、かつ呈味性と安定性に優れたペプチド素材「ペプチドSY」が得られることになるのである。
【0050】
本発明に係るペプチドα−1000、Y−2、SY、SY−MDは、いずれもジペプチドVYを含有する天然物由来物質であって、すぐれたカルシウムチャンネル阻害ないし抑制作用を示し、しかも安全性についても問題はないので、カルシウムチャンネル阻害ないし抑制剤ないし該抑制を目的として特定保健用食品向けペプチドとしても使用することができる。したがって本ペプチドは、調味料、栄養強化用食品といった食品ないしは動物飼料添加剤として使用されるほか、上記した独特の生理活性の故に、血管性疾病の予防、ある場合には治療のために、医薬として、または輸液、健康食品、臨床栄養食品等としても巾広く使用することができる。
【0051】
なお本発明において、カルシウムチャンネル阻害とは、カルシウムチャンネルを完全に阻害する場合だけでなく、一部阻害、すなわち抑制する場合も広く包含するものであるが、これらを含めて、以降、カルシウムチャンネル阻害ということにする。
【0052】
食品として使用する場合には、ペプチドをそのまま添加したり、他の食品ないしは食品成分と併用したりして適宜常法にしたがって使用できる。また、医薬として使用する場合には、経口又は非経口投与することができる。経口投与の場合には、例えば常法にしたがい、錠剤、顆粒剤、粉末剤、カプセル剤、散剤、ドリンク剤とすることができ、又、非経口投与の揚合には、例えば注射薬製剤、点滴剤、坐剤等として使用することができる。もちろん、精製したジペプチドVYについても上記と同様に、医薬、食品(本発明においては飲料も包含する)とすることができることはいうまでもない。
【発明の効果】
【0053】
本発明によってはじめてVYが正常ヒト大動脈血管平滑筋細胞(VSMC)においてそのカルシウムチャンネルを阻害することが確認され、VYを有効成分とするカルシウムチャンネル阻害剤が開発された。更にまた、VYを含有する物質(例えば、魚肉由来のペプチド、サーデンペプチド、ペプチドα−1000、Y−2、SY、SY−MD等)も有効であることも確認され、これらのペプチドを有効成分とするカルシウムチャンネル阻害剤もはじめて開発された。
【0054】
本発明は、VYにACE阻害作用とは全く別のカルシウムチャンネル阻害作用という全く新規な作用を見出したものであって、いわゆる第2薬効の新規開発に成功したものである。また、本発明は、VYによる血圧降下機構において、ACE阻害のほかにカルシウムチャンネル阻害の2つの作用があることをはじめて確認したものであって、まさに画期的な新発見であり、カルシウムチャンネル阻害ルートによる降圧剤の開発等、新しい展開も期待できるものである。
【0055】
VY、及びそれを含有する物質(例えば上記した各種ペプチド)は、いずれも安全性には問題がなく(現に、ラットに対して500mg/日を強制的に経口投与したけれども、10日間経過後において急性毒性は認められなかった。)、薬効はもとより呈味性にもすぐれているので、同阻害剤のほか、同阻害を目的とした特定保健用食品向けペプチド等食品としても使用することができる。
【0056】
また、VY、それを含有する物質は、すぐれたカルシウムチャンネル阻害作用を有するので、脳梗塞性疾患、偏頭痛疾患、てんかん性疾患、精神病疾患、疼痛性疾患、高血圧症、狭心症、不整脈、心筋症、脳虚血、心不全、虚血性冠動脈心疾患等の予防及び/又は治療用の薬剤や飲食品としての利用が可能であり、また、腹痛抑制、シワ・コジワの低減、動脈硬化予防等にも有効性が充分に期待される。
【実施例】
【0057】
以下、本発明の実施例について述べるが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0058】
(実施例1:ペプチドα−1000の製造)
新鮮イワシをデボーナーで処理して採肉した。採肉した魚肉質を10kgのすり身に分割し、これを−30℃以下で急速凍結した後、粉砕機で粉砕した後等量の水を加え、これをタンクに送り、100℃で10分間加熱して自己消化酵素を失活させ、熱変性させた。次いでアンモニア水を加えてpHを9.5に調整した。
これに市販のアルカリプロテアーゼ製品の0.1%液を加え、50℃に17.5時間保持して酵素分解を行った。次いで15分間煮沸して酵素を失活せしめた。
これをバイブスクリーン(150メッシュ)に通し5000rpmでジェクター処理した後、シャープレス遠心分離機で処理し(15000rpm)、ケイソウ土を濾過助剤として用い、濾過処理したものをペプチド原液とした。
【0059】
上記で得たペプチド原液に活性炭を1%W/V加え、30℃で60分間攪拌した後濾過して濾液を得た。これを常法にしたがって減圧濃縮(20℃)した後、常法にしたがってUHTST殺菌を行って、α−1000(液体)製品を得、これを更に常法にしたがって噴霧乾燥して粒径60メッシュのα−1000(粉末)製品を得、それぞれこれらの製品は冷凍保管した。
【0060】
(実施例2:ペプチドY−2の製造1)
イワシ肉を0.7%アルカラーゼで17.5時間分解処理し、得られた水解物をODSカラムに供し、水溶出画分の後半部分と次に行った15%エタノール溶出画分とを合し、この画分をペプチドY−2とした。ペプチドY−2にはVYが150mg/100g含有されていた。
【0061】
(実施例3:ペプチドY−2の製造2)
実施例1で製造したイワシペプチドα−1000(液体)800ml(Brix45、たんぱく質含量29.6%)に26.2Lの脱イオン水を加え、これをODS樹脂(YMC ODS−AQ120−S50)カラム(1.5×50cm)に流してペプチドを吸着させ、脱イオン水で洗滌し、次に、0%、10%、25%、50%、99.5%のエタノール水溶液27Lを用いて順次溶出してそれぞれY−1、Y−2、Y−3、Y−4、Y−5の画分を得た。このうちY−2画分を、40℃で濃縮してエタノールを除去し、凍結乾燥してイワシ精製ペプチド(Y−2)を得た。このY−2画分にはVYがα−1000の約2〜3倍含有されていた。
【0062】
(実施例4:ペプチドSYの製造)
実施例1で製造したイワシペプチドα−1000(粉末)5gを500mlの脱イオン水で溶解して原液とし、疎水性吸着樹脂SEPABEADS SP207(三菱化学(株)製)カラム(3.5×13cm)に流してカラムをα−1000溶液で満たし(原液負荷)、次に、図11の溶出パターンにしたがい、水、15%エタノール水溶液、次いで水、各500mlを加えて、図11におけるサーデンペプチドSYの全画分、即ち、水溶出(1)の後画分、15%エタノール溶出画分、水溶出(2)画分を分取混合し、凍結乾燥し、ペプチドSY(粉末)2.1gを得た。ペプチドSYのNa含量は1.45W/W%であった。(原子吸光光度法による)
【0063】
(実施例5:ペプチドSY−MDの製造)
実施例1で得られたペプチドα−1000(粉末)5gを500mlの脱イオン水で溶解して原液とし、疎水性吸着樹脂SEPABEADS SP207(三菱化学(株)製)カラム(3.5×13cm)に流してカラムをα−1000溶液で満たし(原液負荷)、図11の溶出パターンに示されたサーデンペプチドSYの全画分のうち、15%エタノール溶出画分のみを単離分取し、これを凍結乾燥し、ペプチドSY−MD(粉末)1.7gを得た。ペプチドSY−MDのNa含量は0.124W/W%であった。(原子吸光光度法による)
【0064】
(実施例6:ドリンクの製造)
―――――――――――――――――――――――
100mlドリンク配合表
―――――――――――――――――――――――
果糖ブドウ糖液糖 4.5g
糖アルコール 1g
酸味料 0.2g
香料 0.13g
甘味料(ステビア) 0.03g
カラメル色素 0.02g
ペプチドSY(粉末) 0.5g
(実施例4で得た)
精製水 全量を100mlに定容
―――――――――――――――――――――――
50mlドリンク配合表
―――――――――――――――――――――――
果糖ブドウ糖液糖 10g
香料 0.3g
酸味料 0.16g
甘味料(ステビア) 0.015g
ペプチドSY(粉末) 0.5g
(実施例4で得た)
精製水 全量を50mlに定容
―――――――――――――――――――――――
30mlドリンク配合表
―――――――――――――――――――――――
果糖ブドウ糖液糖 5g
香料 0.25g
酸味料 0.1g
甘味料(ステビア) 0.015g
ペプチドSY(粉末) 0.5g
(実施例4で得た)
精製水 全量を30mlに定容
―――――――――――――――――――――――
【0065】
上記配合を60℃で混合溶解した後、128℃、10秒のプレート殺菌をした。次いでこれを充分に洗浄した100ml、50ml、30mlの各容量褐色ビンに90℃で充填し、室温で放冷後、流水水槽中で急冷し、ドリンクを製造した。
【0066】
(実施例7:錠剤の製造)
次の配合により錠剤を製造した。
実施例4で得たペプチドSY(粉末)500g、還元麦芽糖水飴356g、結晶セルロース100g、ショ糖脂肪酸エステル40g、甘味料(ステビア)4gを混合し、この混合物を圧縮錠剤機により圧縮して素錠(250mg×4000個)を作製した。この素錠に、1錠当たり7.5mgのセラック溶液をコーティングし、4錠当たりペプチドSY(粉末)を500mg含有する錠剤4000個を製造した。
【0067】
上記と同様にして、実施例1で得たペプチドα−1000、実施例2、3で得たペプチドY−2、実施例5で得たペプチドSY−MDを用い、ドリンク及び錠剤を製造した。
【0068】
(実施例8:カルシウムチャンネル阻害試験)
細胞としては、正常ヒト大動脈血管平滑筋細胞(VSMC、Cryo AOSMC:三光純薬(株))を用い、VYとしては化学合成したバリル−チロシンを用いて、VYによるカルシウムチャンネル阻害作用を確認した。
【0069】
i)VSMCに対するVYの影響
1×105 cells/mlのVSMCを無血清培地で24時間前培養し、5%FBS、1%hEGF、1%hEGF−βを含む培地に移してVYを0、50、100μM濃度となるように添加し、CO2インキュベータ内、37℃で5日間培養した。これをTrypan blueで染色して血球計測盤にて生細胞を数えた。結果をグラフ化したものが図12(5%FBS存在下におけるVYの添加効果)である。その結果、添加するVY濃度に比例して細胞増殖が抑制されることがわかった。
【0070】
そこで、VYの毒性をチェックするために、VSMCを無血清培地で24時間96wellプレートで前培養し、そこにVYを0mM、1mM添加し48時間培養した。そこに10μM WST−8(2−(2−methoxy−4−nitrophenyl)−3−(4−nitrophenyl)−5(2,4−disulfophenyl)−2H−tetrazolium)を含む溶液(Cell Counting Kit−8、同人化学(株))を加えてCO2インキュベータ内、37℃で3時間の呈色反応により生じた水溶性ホルマザン量を450nmの吸光度で測定して、DNA合成量から細胞増殖を測定した。結果をグラフ化したものが図13(VY毒性試験)である。その結果、それぞれの細胞増殖に差はなく、VYには毒性がないことが示された。
【0071】
ii)Ang II刺激に対するVYの影響
VSMCはその培養液にAng IIを添加することにより、細胞増殖が促進される。これは、Ang IIがVSMC表面に存在するAT1レセプターに結合し、その結合シグナルが細胞内を流れ、結果的にカルシウムチャンネルが開きカルシウムイオンが細胞内に流入するためであることが知られている。この仕組みを利用し以下の試験を実施した。
【0072】
VSMCを無血清培地で24時間96wellプレートで前培養し、コントロールとして添加無し、Ang IIのみを1μM濃度に添加(Ang II(+))、Ang II 1μMとVY 1mM(Ang II(+)VY(+))濃度に添加した3種を48時間培養した。そこに10μM WST−8を加えてCO2インキュベータ内、37℃で3時間の呈色反応により生じた水溶性ホルマザン量を450nmの吸光度で測定して、DNA合成量から細胞増殖を測定した。結果をグラフ化したものが図14(Ang II刺激に対するVYの効果)である。その結果、Ang II(+)で増殖が強く促進され、Ang II(+)VY(+)では細胞増殖が促進されず、VYがAng II刺激によるVSMC増殖に対する抑制効果を有することが示された。
【0073】
また、同じ方法で添加するVYの濃度を、0μM、1μM、10μM、100μM、1mMとしたときの細胞増殖を測定した。すなわちVSMCを無血清培地で24時間96wellプレートで前培養し、コントロールとして添加無し、Ang IIを1μM濃度に添加し、さらにVYを0μm、1μM、10μM、100μM、1mM濃度に添加した計6種を48時間培養した。そこに10μM WST−8を加えてCO2インキュベータ内、37℃で3時間の呈色反応により生じた水溶性ホルマザン量を450nmの吸光度で測定して、DNA合成量から細胞増殖を測定した。結果をグラフ化したものが図15(Ang II刺激によるVSMC増殖に対するVY濃度依存性)である。その結果、VYは濃度依存的にAng II刺激によるVSMC増殖に対する抑制効果を有することが示された。
【0074】
VSMCを無血清培地で24時間96wellプレートで前培養し、そこにACE阻害薬であるcaptoprilを1μM添加し48時間培養した。そこに10μM WST−8を加えて3時間の呈色反応により生じた水溶性ホルマザン量を450nmの吸光度で測定して、DNA合成量から細胞増殖を測定した。結果をグラフ化したものが図16(Ang II刺激に対するACE阻害薬の影響)である。その結果、CaptoprilはAng II刺激抑制効果を示さなかった。
【0075】
これらの結果から、VYが示すAng II刺激抑制効果はACE阻害活性によるものではないことが明らかとなった。
【0076】
iii)Ang IIレセプターに対するVYの影響
VSMCの表面に存在するAng IIレセプターAT1に対するVYの影響を検討した。すなわち、VSMCを無血清培地で24時間96wellプレートで前培養し、Ang IIを1μM濃度に添加、またはAng IIアンタゴニストであるsaralasinを10μM濃度に添加、またはAng IIとsaralasinをそれぞれ1μM濃度に添加、またはAng IIとsaralasinをそれぞれ1μMとVYを1mM濃度に添加し、48時間培養した。そこに10μM WST−8を加えてCO2インキュベータ内、37℃で3時間の呈色反応により生じた水溶性ホルマザン量を450nmの吸光度で測定して、DNA合成量から細胞増殖を測定した。結果をグラフ化したものが図17 (Ang II刺激に対するVY及びsaralasin(Ang IIアンタゴニスト)の影響)である。その結果、saralasinを添加した場合でも、Ang IIほどではないが細胞増殖を促進し、Ang IIとsaralasin両方を添加した場合はsaralasinが競合阻害作用を示してsaralasin単独の場合より増殖促進効果が弱まっていた。そしてAng II及びsaralasin及びVYを培養液に添加すると増殖促進効果は見られず、VYの示すAng II刺激抑制効果はAng IIのレセプターに対する阻害でないこともわかった。
【0077】
iv)カルシウムチャンネルアゴニスト刺激に対するVYの影響
細胞増殖促進効果を示すAng II刺激の下流になるカルシウムイオンの流入について検討した。すなわち、VSMCを無血清培地で24時間96wellプレートで前培養し、カルシウムチャンネルアゴニストであるBay K 8644を1μM濃度に添加、またはBay K 8644とカルシウムチャンネル阻害剤であるVerapamilそれぞれを1μM濃度に添加、またはBay K 8644を1μMとVYを1mM濃度に添加し、48時間培養した。そこに10μM WST−8を加えてCO2インキュベータ内、37℃で3時間の呈色反応により生じた水溶性ホルマザン量を450nmの吸光度で測定して、DNA合成量から細胞増殖を測定した。結果をグラフ化したものが図18(Bay K 8644(Ca++チャンネルアゴニスト)刺激に対するVYの影響)である。その結果、Bay K 8644により細胞増殖は促進され、Bay K 8644とVerapamilをそれぞれ添加すると細胞増殖促進活性が抑制され、そしてBay K 8644とVYを添加するとVerapamil添加時と同様に細胞増殖促進活性が抑制されることが示された。
【0078】
また、同じ方法でBay K 8644を1μMと同時に添加するVYの濃度0、10μM、100μM、1mMとしたときの細胞増殖を測定した。すなわち、VSMCを無血清培地で24時間96wellプレートで前培養し、コントロールとして添加無し、Bay K 8644を1μMと同時にVYを0、10μM、100μM、1mM濃度になるように添加し、48時間培養した。そこに10μM WST−8を加えてCO2インキュベータ内、37℃で3時間の呈色反応により生じた水溶性ホルマザン量を450nmの吸光度で測定して、DNA合成量から細胞増殖を測定した。結果をグラフ化したものが図19(Bay K 8644刺激に対するVYの濃度依存性)である。その結果、VYは濃度依存的にBay K 8644刺激によるVSMC増殖に対する抑制効果を持つカルシウムチャンネル阻害剤であることが示された。
【0079】
v)結論
よって、VYが示すAng II刺激によるVSMC増殖に対する抑制効果はカルシウムチャンネル阻害によるものであることが明らかとなった。
【図面の簡単な説明】
【0080】
【図1】ペプチドα−1000の赤外線吸収スペクトルを示す。
【図2】ペプチドα−1000の紫外線吸収スペクトルを示す。
【図3】ペプチドY−2のゲル濾過による分子量分布を示す。
【図4】ペプチドY−2の赤外線吸収スペクトルを示す。
【図5】ペプチドY−2の紫外線吸収スペクトルを示す。
【図6】ペプチドSYの分子量を示す。
【図7】ペプチドSYの赤外線吸収スペクトルを示す。
【図8】ペプチドSYの紫外線吸収スペクトルを示す。
【図9】ペプチドSY−MDの赤外線吸収スペクトルを示す。
【図10】ペプチドSY−MDの紫外線吸収スペクトルを示す。
【図11】ペプチドSY、SY−MDの溶出パターンのグラフである。
【図12】5%FBS存在下におけるVYの添加効果を示す。
【図13】VY毒性試験の結果を示す。
【図14】Ang II刺激に対するVYの効果を示す。
【図15】Ang II刺激に対するVSMC増殖に対するVY濃度依存性を示す。
【図16】Ang II刺激に対するACE阻害薬の影響を示す。
【図17】Ang II刺激に対するVY及びsaralasin(Ang IIアンタゴニスト)の影響を示す。
【図18】Bay K 8644(Ca++チャンネルアゴニスト)刺激に対するVYの影響を示す。
【図19】Bay K 8644刺激に対するVYの濃度依存性を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジペプチドVal−Tyr又はジペプチドVal−Tyr含有物を有効成分としてなること、を特徴とするカルシウムチャンネル阻害剤。
【請求項2】
ジペプチドVal−Tyr含有物が魚肉由来ペプチドであること、を特徴とする請求項1に記載のカルシウムチャンネル阻害剤。
【請求項3】
魚肉由来ペプチドが下記(イ)〜(ニ)に示されるペプチドα−1000、Y−2、SY、SY−MDの少なくともひとつであること、を特徴とする請求項2に記載のカルシウムチャンネル阻害剤。
(イ)魚肉を熱変性した後、中性ないしアルカリプロテアーゼ処理して加水分解し、酵素を失活せしめた後、分離処理して得たペプチドα−1000。
(ロ)ペプチドα−1000の水溶液をペプチド原液とし、これをペプチド吸着樹脂に吸着せしめた後、8〜17V/V%エタノール水溶液で溶出した画分からなるペプチドY−2。
(ハ)ペプチド原液をペプチド吸着樹脂に吸着せしめた後、水、エタノール水溶液、水の順に溶出し、各溶出画分の少なくとも一部を混合してなるペプチドSY。
(ニ)前記(ロ)におけるエタノール水溶液溶出画分を処理して得たペプチドSY−MD。
【請求項4】
魚肉を熱変性した後、中性ないしアルカリプロテアーゼ処理して加水分解し、酵素を失活せしめた後、分離処理して得たペプチドであって、ジペプチドVal−Tyrを含有してなるペプチドα−1000を有効成分としてなること、を特徴とするカルシウムチャンネル阻害剤。
【請求項5】
下記の理化学的性質を有するα−1000を有効成分としてなること、を特徴とするカルシウムチャンネル阻害剤。
(ペプチドα−1000の理化学的性質)
(A)分子量:
200〜10,000(セファデックスG−25カラムクロマトグラフィーによる)
(B)融点:119℃で着色(分解点)
(C)比旋光度:
〔α〕D20=−22°
(D)溶剤に対する溶解性:
水に易溶;エタノール、アセトン、ヘキサンにはほとんど溶解しない。
(E)酸性、中性、塩基性の区別
中性
(F)外観、成分:
白色粉末:水分5.14%(減圧加熱乾燥法);蛋白質87.5%(ケルダール法、窒素・蛋白質換算係数6.25);脂質0%(ソックスレー抽出法);灰分5.0%(直接灰化法)。
(G)特性:
魚肉由来であり、加熱によって自己消化酵素を失活させ、蛋白分解酵素で加水分解して得たペプチドである。ジペプチドVal−Tyrを含有し、カルシウムチャンネル阻害ないし抑制作用を有する。
(H)赤外線吸収スペクトル:図1
(I)紫外線吸収スペクトル:図2
【請求項6】
請求項4又は5に記載のペプチドα−1000の水溶液をペプチド原液とし、これをペプチド吸着樹脂に吸着せしめた後、8〜17V/V%エタノール水溶液で溶出した画分であって、ジペプチドVal−Tyrを含有してなるペプチドY−2を有効成分としてなること、を特徴とするカルシウムチャンネル阻害剤。
【請求項7】
下記の理化学的性質を有するペプチドY−2を有効成分としてなること、を特徴とするカルシウムチャンネル阻害剤。
(ペプチドY−2の理化学的性質)
(A)分子量:200〜10,000(ASAHIPAK GS−320高速液体クロマトグラフィーによる)
(B)融点:138℃で着色、分解する。
(C)比旋光度〔α〕D20=−40°
(D)溶剤に対する溶解性:水に易溶であるが、エタノール、アセトン、ヘキサンにほとんど溶解しない。
(E)酸性、中性、塩基性の区別:中性 pH5.0〜8.0(10%溶液)
(F)物質の外観:白色〜淡黄色粉末。
(G)成分:水分2.72%(常圧加熱乾燥法);蛋白質87.25%(ケルダール法、窒素・蛋白質換算係数6.25);脂質0%(ソックスレー抽出法);灰分0.20%(直接灰化法)
(H)生理的性質:ジペプチドVal−Tyrを含有し、カルシウムチャンネル阻害ないし抑制作用を有する。
(I)赤外線吸収スペクトル:図4
(J)紫外線吸収スペクトル:図5
【請求項8】
請求項4又は5に記載のペプチドα−1000の水溶液を原液とし、これをペプチド吸着樹脂に吸着せしめた後、これを溶出分画処理して得られるペプチド成分であって、該溶出分画処理が展開溶液として水、エタノール水溶液及び水の順に用い、図11の溶出パターンにおいて、それぞれの展開溶液により得られる下記で規定される水溶出(1)の後画分、11〜18V/V%エタノール溶出画分及び水溶出(2)画分を分取混合してなり、ジペプチドVal−Tyrを含有してなるペプチドSYを有効成分とすること、を特徴とするカルシウムチャンネル阻害剤。
(1)水溶出(1)の後画分:展開液として水を用い、溶出ペプチド画分全体(ペプチドSY)におけるナトリウム(Na)の量が1〜3g/100gとなる時点から、ナトリウムの量が実質的に0g/100gとなる水溶出(1)の後画分の最終分取点までの画分。
(2)エタノール溶出画分:次に、11〜18V/V%濃度のエタノール水溶液を展開液としてペプチドの溶出量がピークを過ぎてピークの半量程度に低減するまでに得られる画分。
(3)水溶出(2)画分:次に、展開液として水を用い、溶出分画処理が終点となるまでに得られる画分。
【請求項9】
下記の理化学的性質を有するペプチドSYを有効成分としてなること、を特徴とするカルシウムチャンネル阻害剤。
(ペプチドSYの理化学的性質)
(A)分子量:200〜10,000(ASAHIPAK GS−320高速液体クロマトグラフィーによる)
(B)融点:138±3℃で着色、分解する。
(C)溶剤に対する溶解性:水に易溶であるが、エタノール、アセトン、ヘキサンにほとんど溶解しない。
(D)外観性状:白色〜淡黄色粉末
(E)液性(pH):4.0〜6.0
(F)成分:水分1〜5W/W%(常圧加熱乾燥法)
;蛋白質84〜94%W/W%(ミクロケルダール法)
;脂質0.5%(ソックスレー抽出法)
;灰分4±2%(直接灰化法)
;Na 1〜3W/W%(原子吸光光度法)
(G)生理的性質:ジペプチドVal−Tyrを含有し、カルシウムチャンネル阻害ないし抑制作用を有する。
(H)赤外線吸収スペクトル:図7
(I)紫外線吸収スペクトル:図8
【請求項10】
請求項8の(2)におけるエタノール水溶液を展開液としてペプチドの溶出量がピークを過ぎてピークの半量程度に低減するまでに得られる画分のみを単離分取してなり、ジペプチドVal−Tyrを含有してなるペプチドSY−MDを有効成分としてなること、を特徴とするカルシウムチャンネル阻害剤。
【請求項11】
下記の理化学的性質を有するペプチドSY−MDを有効成分としてなること、を特徴とするカルシウムチャンネル阻害剤。
(ペプチドSY−MDの理化学的性質)
(A)分子量:200〜10,000
(B)融点:138±3℃で着色、分解する。
(C)溶剤に対する溶解性:水に易溶であるが、エタノール、アセトン、ヘキサンにほとんど溶解しない。
(D)外観性状:白色〜淡黄色粉末
(E)液性(pH):4.0〜6.0
(F)成分:水分 2〜6W/W%(常圧加熱乾燥法)
;蛋白質 90〜98W/W%(ミクロケルダール法)
;脂質 0.5W/W%(ソックスレー抽出法)
;灰分 3.0W/W%(直接灰化法)
;Na 0.1〜0.2W/W%(原子吸光光度法)
(G)生理的性質;ジペプチドVal−Tyrを含有し、カルシウムチャンネル阻害ないし抑制活性を有する。
(H)赤外線吸収スペクトル;図9
(I)紫外線吸収スペクトル;図10
【請求項12】
天然物由来で、ジペプチドVal−Tyrを含有する物質を有効成分とすること、を特徴とするカルシウムチャンネル阻害ないし抑制用食品。
【請求項13】
請求項5に記載のペプチドα−1000、請求項7に記載のペプチドY−2、請求項9に記載のペプチドSY、請求項11に記載のペプチドSY−MDから選ばれる少なくともひとつのペプチド自体からなること、あるいはこれらのペプチドから選ばれる少なくともひとつのペプチドを含有してなること、を特徴とするカルシウムチャンネル阻害ないし抑制用食品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【公開番号】特開2006−56805(P2006−56805A)
【公開日】平成18年3月2日(2006.3.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−238461(P2004−238461)
【出願日】平成16年8月18日(2004.8.18)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成16年3月8日 社団法人日本薬理学会主催の「第77回 社団法人日本薬理学会年会」において文書をもって発表
【出願人】(591141050)仙味エキス株式会社 (4)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【Fターム(参考)】