説明

クロムめっき皮膜の防錆用浸漬処理液及び防錆処理方法

【課題】3価クロムめっき皮膜のみならず、6価クロムめっき皮膜に対しても耐食性を大きく向上させることができ、しかも環境上の悪影響の少ない、6価クロム化合物を含有しない新規な防錆処理液及び処理方法を提供する。
【解決手段】リン酸クロムを含有する水溶液からなる、クロムめっき皮膜の防錆用浸漬処理液、及び該処理液中にクロムめっき皮膜を有する物品を浸漬し、更に、必要に応じて、水溶性3価クロム化合物を含有する水溶液中で電解処理を行うことを特徴とする、クロムめっき皮膜の防錆処理方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クロムめっき皮膜の防錆用浸漬処理液、及び該処理液を用いるクロムめっき皮膜の防錆処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
クロムめっきは、装飾用、工業用など各種の分野で広く利用されており、主として、クロム成分として6価クロムを多量に含有するクロムめっき浴を用いてめっき処理が行われている。
【0003】
しかしながら、6価クロムを含有するめっき浴を用いる場合には、めっき時に発生する6価クロムを含有するミストの有害性が問題となっており、作業環境の改善や廃水処理の効率などを考慮して、毒性の少ない3価クロム化合物を用いた3価めっき浴が普及してきている(下記非特許文献1参照)。
【0004】
しかしながら、3価クロムめっき浴から得られるクロムめっき皮膜(3価クロムめっき皮膜)は、従来の6価クロムを含むめっき浴から得られるクロムめっき皮膜(6価クロムめっき皮膜)と比較した場合、耐食性については一般的にやや劣ることが知られている(下記特許文献1参照)。また、3価クロムめっき浴は、それ自身にクロメート皮膜を形成する働きがないため、パイプ内部などクロムめっきが析出しない部分の耐食性が6価クロムめっきに比較して劣るという問題点がある(下記非特許文献1参照)。
【0005】
このため,現状では、3価クロムめっき皮膜の耐食性を向上させる目的で、クロメート皮膜を形成する働きを有する6価のクロム塩であるクロム酸(CrO3)水溶液への浸漬処理や重クロム酸(K2Cr2O7)水溶液中での陰極電解処理(電解クロメート)等を行なうことが多い。
【0006】
しかしながら、これらの処理方法を採用する場合には、3価クロムを含むめっき液を用いてめっき皮膜を形成した場合であっても、後処理工程において6価クロムを含む処理液を用いるために、作業環境上の問題を解消することはできない。
【0007】
また、6価クロムめっき皮膜については、3価クロムめっき皮膜と比較すると耐食性に優れているものの、より耐食性を向上させることが要求される場合がある。
【0008】
このため、3価クロムめっき皮膜のみならず、6価クロムめっき皮膜についても、耐食性を向上させることができる新規な処理方法が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2002−285375号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】表面技術Vol.56,No.6,2005 302p「クロムめっきの発展と環境問題」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、上記した従来技術の問題点に鑑みてなされてものであり、その主な目的は、3価クロムめっき皮膜のみならず、6価クロムめっき皮膜に対しても耐食性を大きく向上させることができ、しかも環境上の悪影響の少ない、6価クロム化合物を含有しない新規な防錆処理液及び処理方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、上記した目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、リン酸クロム(III)を含有する水溶液を処理液として用いる場合には、該水溶液中にクロムめっき皮膜を有する物品を浸漬するという簡単な方法によって、クロムめっき皮膜の耐食性を大きく向上させることができることを見出した。更に、本発明者は、上記したリン酸クロムを含有する水溶液による浸漬処理を行うことに加えて、その処理の前又は後に、水溶性3価クロム化合物を含有する水溶液中で電解処理を行うことによって、クロムめっき皮膜の耐食性をより一層向上させることが可能となることを見出した。本発明は、これらの知見に基づいて研究を重ねた結果完成されたものである。
【0013】
即ち、本発明は、下記のクロムめっき皮膜の防錆用浸漬処理液、及び防錆処理方法を提供するものである。
1. リン酸クロムを含有する水溶液からなる、クロムめっき皮膜の防錆用浸漬処理液。
2. リン酸クロムを3価クロムイオン濃度として1〜50g/l含有するpH1〜3の水溶液である請求項1に記載のクロムめっき皮膜の防錆用浸漬処理液。
3. 更に、pH緩衝能力を有する化合物を含有することを特徴とする上記項1又は2に記載のクロムめっき皮膜の防錆用浸漬処理液。
4. pH緩衝能力を有する化合物が水溶性脂肪族カルボン酸類である上記項3に記載のクロムめっき皮膜の防錆用浸漬処理液。
5. 更に、複数の価数を持つ遷移金属元素であって、価数が高い状態にある遷移金属元素を含む化合物を含有する上記項1〜4のいずれかに記載のクロムめっき皮膜の防錆用浸漬処理液。
6. 上記項1〜5のいずれかに記載のクロムめっき皮膜の防錆用浸漬処理液中にクロムめっき皮膜を有する物品を浸漬することを特徴とする、クロムめっき皮膜の防錆処理方法。
7. 上記項6に記載の方法による浸漬処理を行う前又は後に、水溶性3価クロム化合物を含有する水溶液からなる電解液中において、クロムめっき皮膜を有する物品を陰極電解することを特徴とするクロムめっき皮膜の防錆処理方法。
8. 電解液が水溶性3価クロム化合物を3価クロムイオン濃度として5〜50g/L含有するpH2〜8の水溶液である、上記項7に記載の防錆処理方法。
9. 電解液が、更に、pH緩衝能力を有する化合物を含有する水溶液である上記項8に記載の防錆処理方法。
【0014】
以下、本発明のクロムめっき皮膜の防錆用浸漬処理液及び防錆処理方法について具体的に説明する。
【0015】
防錆用浸漬処理液
本発明のクロムめっきの防錆用浸漬処理液は、リン酸クロム(III)を有効成分とする水溶液である。
【0016】
本発明の防錆用浸漬処理液では、リン酸クロムの濃度は、3価クロムイオンの濃度として、1〜50g/L程度とすることが好ましく、2〜30g/L程度とすることがより好ましい。リン酸クロムイオン濃度が低すぎる場合には、後述する条件で浸漬処理を行った場合であってもクロムめっき皮膜の耐食性を十分に向上させることができない。また、リン酸クロムイオン濃度を高くすることにより、浸漬処理によって良好な耐食性を付与することが可能となるが、濃度が高すぎると、クロムめっき皮膜の表面が黄色の変色が生じて外観が損なわれることがある。
【0017】
本発明の防錆用浸漬処理液は、pHが1〜3程度の範囲内であることが好ましく、pHが1〜1.5の範囲であることがより好ましい。pHがこの範囲内にある場合には、後述する条件で浸漬処理を行うことによって、めっき皮膜の外観などを損なうことなく、良好な耐食性を付与できる。これに対して、pHが低すぎると、クロムめっき皮膜、特に3価クロムめっき皮膜が処理液中に溶解する可能性があるので好ましくない。一方、pHが高すぎる場合には、処理液中においてリン酸クロムの沈殿が起こるため、やはり好ましくない。
【0018】
本発明の防錆用浸漬処理液には、必要に応じて、上記したpH範囲においてpH緩衝能力を有する化合物を添加しても良い。pH緩衝能力を有する化合物としては、水溶性脂肪族カルボン酸類、ホウ酸,硼砂、リン酸、リン酸2水素カリウム、グリシン、酒石酸、フタル酸等を例示できる。特に、水溶性脂肪族カルボン酸類は、pH緩衝剤としての作用と同時に、3価クロムイオンの錯化剤として作用してpH調整の際に起こる水酸化物の生成を抑制できる。この様な脂肪族カルボン酸類としては、例えばギ酸,酢酸などの脂肪族モノカルボン酸;シュウ酸、マロン酸、コハク酸などの脂肪族ジカルボン酸;グルコン酸などの脂肪族ヒドロキシモノカルボン酸;リンゴ酸などの脂肪族ヒドロキシジカルボン酸;クエン酸などの脂肪族ヒドロキシトリカルボン酸などのカルボン酸;これらカルボン酸の水溶性塩、例えばナトリウム塩、カリウム塩などを例示できる。これらのpH緩衝能力を有する化合物は、一種単独又は二種以上混合して用いることができる。
【0019】
pH緩衝能力を有する化合物の添加量については特に限定的ではないが、通常、10〜100g/L程度とすることができ、20〜50g/L程度とすることが好ましい。
【0020】
本発明の防錆用浸漬処理液には、更に必要に応じて、複数の価数を持つ遷移金属元素であって、価数が高い状態にある遷移金属元素を含む化合物(以下、「高価数遷移金属化合物」ということがある)を添加することができる。高価数遷移金属化合物を添加することによって、本発明の防錆用浸漬処理液による防錆効果をより向上させることができる。また、リン酸クロムイオン濃度が比較的低い場合にも良好な耐食性を付与できるので、コスト的にも有利となる。
【0021】
高価数遷移金属化合物に含まれる金属元素については、特に限定的ではないが、例えば、Ce(IV),Sm(III),V(V),Fe(III),Co(III),Mn(VII)などを例示できる。これらの金属元素を含む高価数遷移金属化合物は、水溶性の化合物であれば良く、例えば、硝酸塩、硫酸塩、塩酸塩,アンモニウム塩、オキソ酸塩等を用いることができる
高価数遷移金属化合物の添加量は特に限定されないが、十分な添加効果を発揮させるためには、例えば、処理液中に含まれる三価クロム1モルに対して、高価数の遷移金属元素の量を0.0005〜0.1モル程度とすることが好ましく、0.001〜0.05モル程度とすることがより好ましい。この様な微量の高価数遷移金属化合物を添加することによって、リン酸を主成分とする防錆皮膜の形成が促進されて防錆皮膜の厚みが増加し、これにより防錆性能が向上するものと考えられる。添加量がこの範囲を下回ると、高価数遷移金属化合物を添加することによる防錆効果の向上が十分には認められず、添加量がこの範囲を上回っても防錆効果がより向上することがないので、コスト的に不利である。
【0022】
防錆処理方法
本発明の防錆処理方法では、被処理物は、クロムめっき皮膜を有する物品である。クロムめっき皮膜の種類については、特に限定はなく、6価クロムを含有するクロムめっき浴から形成されたクロムめっき皮膜(6価クロムめっき皮膜)、3価クロムを含有するクロムめっき浴から形成されたクロムめっき皮膜(3価クロムめっき皮膜)のいずれであってもよい。特に、3価クロムを含有するクロムめっき浴から形成された3価クロムめっき皮膜に対する防錆処理に本発明の処理液を用いる場合には、6価クロムを含有する処理液を全く用いることなく、6価クロムフリーのプロセスによって耐食性に優れたクロムめっき処理品を得ることが可能となり、作業環境、廃水処理上等で非常に有利である。
【0023】
処理対象の物品にクロムめっき皮膜を形成するために用いる3価クロムめっき液としては、クロム成分として3価クロム化合物を含むクロムめっき浴であればよく、具体的な組成については特に限定はない。3価クロムめっき浴の一例を挙げると、クロム成分として、硫酸クロム、塩基性硫酸クロム、塩化クロム、酢酸クロムなどの水溶液3価クロム化合物を含み、電導性塩として、硫酸ナトリウム、硫酸カリウム、硫酸アンモニウム、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化アンモニウムなどを含み、錯化剤として、ギ酸、酢酸等のモノカルボン酸又はその塩,シュウ酸、マロン酸、マレイン酸等のジカルボン酸、クエン酸、リンゴ酸、グリコール酸などのヒドロキシカルボン酸又はその塩等、尿素、チオシアン、シアン酸などの無機化合物等を含むめっき浴を例示できる。更に、pH緩衝剤として、ホウ酸、ホウ酸ナトリウム、塩化アルミニウムなどを含んでいても良い。これらの各成分の濃度については、特に限定的ではないが、例えば、3価クロム化合物については、10〜100g/L程度、電導性塩については、30〜300g/L程度、錯化剤については、5〜50g/L程度、pH緩衝剤については、10〜100g/L 程度の3価クロムめっき浴を例示できる。クロムめっき皮膜を形成する条件についても特に限定はなく、使用する3価クロムめっき液に応じてめっき条件を決めればよい。
【0024】
また、6価クロムめっき浴についても、クロム成分として6価クロム化合物を含むクロムめっき浴であればよく、具体的な組成については特に限定はない。6価クロムめっき浴の一例として、無水クロム酸を100g/L〜500g/L程度と、無水クロム酸の約1/100程度の濃度の硫酸を含むクロム酸-硫酸浴(サージェント浴);無水クロム酸250〜400g/L程度、硫酸クロム1.5〜4g/L程度、及びフッ化アンモニウム1〜4g/L程度を含むフッ化アンモン浴;無水クロム酸250〜400g/L程度、硫酸0.5〜1.5g/L程度、及びケイフッ酸2〜10g/L程度を含むケイフッ化浴;重クロム酸ソーダ250g/L程度、無水クロム酸150g/L程度、及びホウフッ化クロム9g/L程度を含むホウフッ化浴等を挙げることができる。6価クロムめっき皮膜を形成する条件についても特に限定はなく、公知のめっき条件の範囲において、使用する6価クロムめっき液に応じて適宜めっき条件を決めればよい。
【0025】
本発明の防錆処理方法では、上記した3価クロムめっき液又は6価クロムめっき液から形成されたクロムめっき皮膜を有する物品を被処理物として用い、前述した本発明の防錆用浸漬処理液中に被処理物を浸漬すればよい。これにより、被処理物のクロムめっき皮膜の耐食性を大きく向上させることができる。
【0026】
浸漬処理温度については特に限定されないが、浴温が高い場合には処理液中でリン酸クロムの沈殿,ゲル化が起こるため、20℃〜50℃程度の温度範囲とすることが好ましい。
【0027】
浸漬処理時間については、処理時間が極端に短い場合には十分な耐食性の向上が認められない。また,処理時間が必要以上に長い場合には、クロムめっき皮膜表面に黄色い膜が形成されて皮膜外観を損なうことがあるので好ましくない。このため、通常は、10秒〜5分程度の浸漬時間とすればよく、30秒〜2分程度の浸漬処理時間とすることが好ましい。
【0028】
電解処理
更に、本発明では、上記した浸漬処理に加えて、浸漬処理の前処理又は後処理として、水溶性3価クロム化合物を含有する水溶液中で、クロムめっき皮膜を有する物品を陰極として電解処理を行うことによって、クロムめっき皮膜の耐食性をより一層向上させることができる。以下、電解処理の内容について具体的に説明する。
【0029】
(1)電解処理液
電解処理液としては、水溶性3価クロム化合物を含有する水溶液を用いる。水溶性3価クロム化合物としては、クロム成分として3価クロムを含む水溶液化合物であれば特に限定なく使用できる。このような 水溶液3価クロム化合物としては、硫酸クロム、塩基性硫酸クロム、硝酸クロム、酢酸クロム、塩化クロム、リン酸クロムなどを例示できる。これらの水溶性3価クロム化合物は、一種単独または二種以上混合して用いることができる。
【0030】
本発明で用いる電解処理液では、3価クロムイオン濃度が低すぎる場合には、クロムめっき皮膜の耐食性を十分に向上させることができない。また、3価クロムイオン濃度を高くすることにより、電解処理によって良好な耐食性を付与することが可能となるが、濃度が高すぎると、クロムめっき皮膜の表面が黄色の変色が生じて外観が損なわれることがある。よって、この様な観点から、水溶性3価クロム化合物の濃度は、3価クロムイオンの濃度として、5〜50g/L程度とすることが好ましく、10〜30g/L程度とすることがより好ましい。
【0031】
電解処理液のpHは、2〜8程度の範囲内にあることが好ましい。pHがこの範囲内にある場合には、後述する条件で陰極電解処理を行うことによって、めっき皮膜の外観などを損なうことなく、耐食性を大きく向上できる。これに対して、pHが低すぎると、クロムめっき皮膜が処理液中に溶解する可能性があるので好ましくない。一方、pHが高すぎる場合には、陰極電解によって被処理物の表面に緑色のクロム酸化物が付着することがあるので、やはり好ましくない。
【0032】
上記電解処理液には、必要に応じて、所定のpH範囲においてpH緩衝能力を有する化合物を添加することによって、電解処理液のpH変動を抑制することができる。この様なpH緩衝能力を有する化合物としては、水溶性脂肪族カルボン酸、ホウ酸、硼砂、リン酸、リン酸2水素カリウム、グリシン、酒石酸、フタル酸等を例示できる。特に、水溶性脂肪族カルボン酸類は、pH緩衝剤としての作用と同時に、3価クロムイオンの錯化剤として作用してpH調整の際の水酸化物の生成を抑制できる。この様な脂肪族カルボン酸類としては、例えばギ酸,酢酸などの脂肪族モノカルボン酸;シュウ酸、マロン酸、コハク酸などの脂肪族ジカルボン酸;グルコン酸などの脂肪族ヒドロキシモノカルボン酸;リンゴ酸などの脂肪族ヒドロキシジカルボン酸;クエン酸などの脂肪族ヒドロキシトリカルボン酸などのカルボン酸;これらカルボン酸の水溶性塩、例えばナトリウム塩、カリウム塩などを例示できる。これらの水溶液脂肪族カルボン酸類は、一種単独又は二種以上混合して用いることができる。
【0033】
pH緩衝能力を有する化合物の添加量については特に限定的ではないが、通常、5〜200g/L程度とすることができ、10〜100g/L程度とすることが好ましい。
【0034】
また、上記電解処理液は、弱酸性領域(pHが2.0〜8.0の範囲)で陰極電解を行うことから、浴電圧の上昇を抑制するために、電導性塩、例えば硫酸ナトリウム、硫酸カリウム、塩化カリウム、塩化ナトリウム、硫酸アンモニウムなどを添加してもよい。これらの導電性塩の添加量については、特に限定的ではないが、通常、5〜100g/L程度とすることが好ましく、10〜50g/L程度とすることがより好ましい。
【0035】
(2)電解処理方法
上記した電解処理液を用いる電解処理は、防錆用浸漬処理液中への浸漬処理を行う前又は後に行うことができる。特に、浸漬処理を行った後、電解処理を行うことが好ましい。尚、通常、浸漬処理と電解処理の間には水洗処理を行なう。
【0036】
電解処理方法としては、クロムめっき皮膜を有する物品を電解処理液中に浸漬し、該物品を陰極として電解処理を行えばよい。これにより、被処理物のクロムめっき皮膜の耐食性を大きく向上させることができる。
【0037】
電解条件については特に限定されないが、電解処理液中から金属クロムが析出しない電流密度あるいは電位を適用することが望ましい。また、金属クロムが析出しない電流密度範囲であっても、電流密度が高すぎると被処理物表面に黄色の皮膜が形成され外観が損なわれることがある。このため、陰極電流密度は、0.1〜5A/dm程度とすることが好ましく、0.3〜2A/dm程度とすることがより好ましい。
【0038】
電解処理温度については特に限定されないが、例えば、20℃〜60℃程度の温度範囲とすればよい。
【0039】
電解処理時間については、処理時間が極端に短い場合には十分な耐食性の向上が認められない。また,処理時間が必要以上に長い場合には、クロムめっき皮膜表面に黄色い膜が形成されて皮膜外観を損なうことがあるので好ましくない。このため、通常は、10秒〜10分程度の電解処理時間とすればよく、30秒〜2分程度の電解処理時間とすることが好ましい。
【0040】
電解処理に用いるアノードについては特に限定されないが、ステンレス鋼などを用いると、長期間の電解処理により電解処理液中に金属成分(Fe,Ni,Crなど)の溶出が起こることがある。溶出した各種金属成分(特にFe,Ni)は、クロムより貴な金属であるため、電解処理時にカソード側の3価クロムめっき皮膜表面への析出が懸念される。このことから、アノードとしては、不溶解性アノードの使用が望ましく、例えば、カーボン、Ti-Pt、DSA電極(Ru酸化物系,Ir酸化物系)等の不溶性電極を用いることが好ましい。
【0041】
尚、陰極電解処理を行うことにより、処理液のpHが低下する傾向がある。このため、連続的に電解処理を行う場合には、電解処理液のpHが2〜8の範囲内となるようにpHを管理することが必要となる。この場合、pHの調整には、NaOH等のアルカリ水溶液を用いることができるが、アルカリ水溶液を添加する際に、クロムの水酸化物生成を抑制できるように徐々に添加することが必要である。
【発明の効果】
【0042】
本発明の防錆用浸漬処理液は、6価クロム化合物を含まない処理液であって、3価クロムめっき皮膜、6価クロムめっき皮膜などのクロムめっき皮膜に対して、外観を損なうことなく、良好な耐食性を付与できる。
【0043】
特に、3価クロムめっき液から形成されたクロムめっき皮膜に対して、本発明の処理液を用いて防錆処理を行うことによって、6価クロムフリーのめっきプロセスによって、外観及び耐食性に優れたクロムめっき皮膜を形成することが可能となる。
【0044】
また、浸漬処理の前処理又は後処理として、水溶性3価クロム化合物を含有する水溶液中で電解処理を行うことによって、クロムめっき皮膜の耐食性をより一層向上させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0045】
以下、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明する。
【0046】
実施例1〜4
膜厚5μmの光沢ニッケルめっき皮膜を形成した真鍮板に、市販の3価クロムめっき液(商標名:トップファインクロム、奥野製薬工業(株)製)を用いて、液温45℃、電流密度8A/dmの条件で膜厚約0.1μmの3価クロムめっき皮膜を形成した。
【0047】
上記した方法で3価クロムめっき皮膜を形成した試料を試験片として、下記表1に記載した組成を有する実施例1〜4の各防錆用浸漬処理液を用いて表1に記載の条件で浸漬処理を行った。尚、表中に記載した各浸漬処理液は、日本化学工業(株)製の2mol/Lのリン酸クロム水溶液を水に溶解して調製した。
【0048】
浸漬処理後の各試験片について、JIS 2371に従った塩水噴霧試験法によって耐食性試験を行い、白サビ発生までの時間により耐食性を評価した。
【0049】
また、目視により浸漬処理後のクロムめっき皮膜の外観を評価した。めっきした状態と変化のない試験片を○、浸漬処理後に僅かに黄色く変色した試験片を△、浸漬処理後に茶色く変色した試験片を×で示す。
【0050】
以上の結果を下記表1に記載する。表中には、比較例1として、本発明の処理液による浸漬処理を行っていない試験片についての結果も記載する。
【0051】
【表1】

【0052】
以上の結果から明らかなように、実施例1〜4の防錆用浸漬処理液を用いて浸漬処理を行った場合には、塩水噴霧試験法によって白サビが発生するまでの時間が120時間以上となった。これに対して、浸漬処理を行わなかった場合には、塩水噴霧試験開始後72時間程度で3価クロムめっき皮膜に白サビが発生しており、本発明の処理液を用いて浸漬処理を行うことによって3価クロムめっき皮膜の耐食性を大きく向上できることが確認できた。
【0053】
また、処理液中のクロム濃度を高く,浸漬処理時間を延長した実施例3及び4では、白サビ発生までの時間は216時間となり、耐食性を更に大幅に延長できることが確認できた。
【0054】
また、実施例1〜4では、いずれも浸漬処理後の皮膜外観は良好であった。
【0055】
よって、本発明のクロムめっき皮膜の防錆用浸漬処理液を用いて浸漬処理を行うことによって、3価クロムめっき皮膜の外観を低下させることなく、耐食性を大きく向上できることが明らかである。
【0056】
実施例5
膜厚5μmの光沢ニッケルめっき皮膜を形成した真鍮板に、クロム酸 250g/L、98%硫酸2.5g/Lを含む6価クロムめっき浴を用いて、浴温:40℃、電流密度:15A/dm2、製膜時間:3分間の条件で、膜厚約0.2μmの6価クロムめっき皮膜を形成した。
【0057】
上記した方法で6価クロムめっき皮膜を形成した試料と、実施例1〜4と同様の条件で膜厚約0.1μmの3価クロムめっき皮膜を形成した試料について、リン酸クロム(2M)水溶液150g/L(3価クロムイオン濃度10g/L)、及び89%リン酸20ml/Lを含むpH1.3の浸漬処理液中に、25℃で2分間浸漬して防錆処理を行った。
【0058】
上記した防錆処理後の各試料と、防錆処理を行っていない試料について、下記の方法で耐塩害性試験を行った。結果を下記表2に示す。
(実験方法)
(1)飽和塩化カルシウム溶液50mlをカオリン30gと混合する。
(2)各試料に上記(1)で得た混合物を均一に塗布する。
(3)60℃の恒温槽に入れて保持する。
(4)24時間経過後に水洗してさび発生面積を測定する。
【0059】
【表2】

【0060】
以上の結果から明らかなように、3価クロムめっき皮膜及び6価クロムめっき皮膜の何れについても、本発明の防錆用浸漬処理液を用いて浸漬処理を行うことによって、耐食性を大きく向上できることが明らかである。
【0061】
実施例6〜11
実施例1〜4と同様の方法によって3価クロムめっき皮膜を形成した試料を試験片として、下記表3に記載した組成を有する実施例6〜11の各防錆用浸漬処理液を用いて表3に記載の条件で浸漬処理を行った。尚、表中に記載した各浸漬処理液は、日本化学工業(株)製の2mol/Lのリン酸クロム水溶液を水に溶解して調製した。
【0062】
浸漬処理後の各試験片について、実施例1〜4と同様にして、塩水噴霧試験法による耐食性試験と、クロムめっき皮膜の外観評価を行い、実施例5と同様にして耐塩害性を
評価した。結果を下記表3に示す。
【0063】
【表3】

【0064】
以上の結果から明らかなように、高価数遷移金属化合物を含む実施例6〜11の防錆用浸漬処理液を用いて浸漬処理を行う場合には、塩水噴霧試験法による白サビが発生までの時間が250時間を上回る長時間となり、防錆性能の向上が認められた。尚、これらの各試料についてXPS測定を行った結果、実施例1〜4で得られた試料と比較してリン酸を主成分とする防錆皮膜の厚みが増加していることが確認できた。
【0065】
また、高価数遷移金属化合物を添加した処理液によれば、良好な耐塩害性が確認できた。特に、高価数遷移金属化合物の添加量を増加させた処理液を用いた実施例9〜10については、耐塩害性が大きく向上することが認められた。
【0066】
実施例12〜15
実施例1〜4と同様の方法によって3価クロムめっき皮膜を形成した試料を試験片として、下記表4の浸漬処理の欄に記載した実施例12〜15の各防錆用浸漬処理液を用いて表4に記載の条件で浸漬処理を行った後、水洗を行い、引き続き表4の電解処理の欄に記載した電解処理液を用いて、表4に記載の条件で浸漬処理を行った。尚、表中に記載した各浸漬処理液は、日本化学工業(株)製の2mol/Lのリン酸クロム水溶液を水に溶解して調製した。
【0067】
上記した浸漬処理及び電解処理を行った各試験片について、塩水噴霧試験法による耐食性試験(JIS Z2371)と、CASS試験法による耐食性試験(JIS H8502)を行い、白サビ発生までの時間によって耐食性を評価した。結果を下記表4に示す。
【0068】
【表4】

【0069】
以上の結果から明らかなように、浸漬処理を行った後、電解処理を行う方法によれば、塩水噴霧試験による白サビ発生までの時間が230時間を上回る長時間となり、浸漬処理のみを行った実施例1〜4で得られた試料と比較して、防錆性能のより一層の向上が認められた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リン酸クロムを含有する水溶液からなる、クロムめっき皮膜の防錆用浸漬処理液。
【請求項2】
リン酸クロムを3価クロムイオン濃度として1〜50g/l含有するpH1〜3の水溶液である請求項1に記載のクロムめっき皮膜の防錆用浸漬処理液。
【請求項3】
更に、pH緩衝能力を有する化合物を含有することを特徴とする請求項1又は2に記載のクロムめっき皮膜の防錆用浸漬処理液。
【請求項4】
pH緩衝能力を有する化合物が水溶性脂肪族カルボン酸類である請求項3に記載のクロムめっき皮膜の防錆用浸漬処理液。
【請求項5】
更に、複数の価数を持つ遷移金属元素であって、価数が高い状態にある遷移金属元素を含む化合物を含有する請求項1〜4のいずれかに記載のクロムめっき皮膜の防錆用浸漬処理液。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載のクロムめっき皮膜の防錆用浸漬処理液中にクロムめっき皮膜を有する物品を浸漬することを特徴とする、クロムめっき皮膜の防錆処理方法。
【請求項7】
請求項6に記載の方法による浸漬処理を行う前又は後に、水溶性3価クロム化合物を含有する水溶液からなる電解液中において、クロムめっき皮膜を有する物品を陰極電解することを特徴とするクロムめっき皮膜の防錆処理方法。
【請求項8】
電解液が水溶性3価クロム化合物を3価クロムイオン濃度として5〜50g/L含有するpH2〜8の水溶液である、請求項7に記載の防錆処理方法。
【請求項9】
電解液が、更に、pH緩衝能力を有する化合物を含有する水溶液である請求項8に記載の防錆処理方法。

【公開番号】特開2010−209456(P2010−209456A)
【公開日】平成22年9月24日(2010.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−139490(P2009−139490)
【出願日】平成21年6月10日(2009.6.10)
【出願人】(591021028)奥野製薬工業株式会社 (132)
【Fターム(参考)】