説明

セダネノライドの製造方法

【課題】 ラセミ体または光学活性セダネノライドを好収率且つ高純度で得ることができる簡便な方法を提供すること。
【解決手段】 下記式
【化1】


で表される1−エチニルペンチル 2,4−ペンタジエノエートを加熱して閉環し、次いで異性化することにより下記式
【化2】


で表されるセダネノライドを製造する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、3−ブチル−4,5−ジヒドロフタライド(慣用名:セダネノライド)のラセミ体または光学活性体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
セダネノライドは、セロリやセンキュウなどのセリ科の植物中に広く存在している成分であり、皮膚美白作用、動脈平滑筋細胞増殖抑制作用などの活性を有しており(非特許文献1、特許文献1参照)、また、セロリの特徴ある香気に大きく寄与している成分であることが報告されている(非特許文献2、非特許文献3参照)。
【0003】
ラセミ体のセダネノライドの合成法については既に報告されているが、反応操作の煩雑さなどの点で問題がある(非特許文献4参照)。
【0004】
また、セダネノライドは、分子内に不斉中心があるため、2種の光学異性体が存在するが、光学異性体の合成法はまだ報告されていない。
【特許文献1】特開2004−149505号公報
【非特許文献1】Japanese J.Pharmacol.,1993年,Vol.63,P.353−359.
【非特許文献2】J.Food Sci.,1987年,Vol.52,P.658−660
【非特許文献3】Phytochemistry,1989年,Vol.28,P.1817−1824
【非特許文献4】Gaodeng Xuexiao Huaxue Xuebao 1995年,Vol.16,P.1420−1422.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、ラセミ体または光学活性なセダネノライドを好収率且つ高純度で製造することのできる簡便な方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記の目的を達成すべく鋭意検討した結果、今回、1−ヘプチン−3−オールを2,4−ペンタジエン酸と縮合させることにより得られるエステル化合物を加熱して閉環し、次いで異性化することにより、セダネノライドが良好な収率で得られること、また、光学活性1−ヘプチン−3−オールを同様な反応工程に付すことにより、光学活性なセダネノライドが良好な収率で得られることを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0007】
かくして、本発明は、下記式(3)
【0008】
【化1】

で表される1−エチニルペンチル 2,4−ペンタジエノエートを加熱して閉環し、次いで異性化することを特徴とする下記式(1)
【0009】
【化2】

で表される3−ブチル−4,5−ジヒドロフタライド(セダネノライド)の製造方法を提供するものである。
【0010】
本発明は、また、下記式(3’)
【0011】
【化3】

[式中、*は不斉炭素原子を示す]
で表される光学活性1−エチニルペンチル 2,4−ペンタジエノエートを加熱して閉環し、次いで異性化することを特徴とする下記式(1’)
【0012】
【化4】

[式中、*は不斉炭素原子を示す]
で表される光学活性3−ブチル−4,5−ジヒドロフタライド(光学活性セダネノライド)の製造方法を提供するものである。
【0013】
本発明は、さらに、新規な中間体化合物である前記式(3)または(3’)で表される1−エチニルペンチル 2,4−ペンタジエノエートまたは光学活性1−エチニルペンチル 2,4−ペンタジエノエートを提供するものである。
【0014】
本発明は、さらに、下記式(2)
【0015】
【化5】

で表される1−ヘプチン−3−オールを2,4−ペンタジエン酸と縮合させることを特徴とする前記式(3)で表される1−エチニルペンチル 2,4−ペンタジエノエートの製
造方法を提供するものである。
【0016】
本発明は、さらにまた、下記式(2’)
【0017】
【化6】

[式中、*は不斉炭素原子を示す]
で表される光学活性1−ヘプチン−3−オールを2,4−ペンタジエン酸と縮合させることを特徴とする前記式(3’)で表される光学活性1−エチニルペンチル 2,4−ペンタジエノエートの製造方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0018】
本発明の方法によれば、医薬品として、また香料として有用なセダネノライドのラセミ体または光学活性体を好収率且つ高純度で簡便に製造することができる。
【0019】
以下、本発明のセダネノライドの製造方法についてさらに詳細に説明する。
【0020】
セダネノライド(ラセミ体)の合成
本発明に従うセダネノライド(ラセミ体)の合成工程を示せば下記反応式Aのとおりである。
【0021】
【化7】

【0022】
(第一工程)
式(3)の1−エチニルペンチル 2,4−ペンタジエノエートは、第一工程に従い、式(2)の1−ヘプチン−3−オールを2,4−ペンタジエン酸と縮合させることにより容易に製造することができる。
【0023】
出発物質である式(2)の1−ヘプチン−3−オールは、それ自体既知の化合物であり、例えば、文献(J.Org.Chem.,1998年,Vol.63,P.5283−5287)記載の方法でバレルアルデヒドのグリニャール反応により容易に合成することができる。また、式(2)の1−ヘプチン−3−オールと反応せしめられる2,4−ペンタジエン酸は市販品として容易に入手することができ、あるいは、例えば、文献(J.Asian Natural Products Research.,2003年,Vol.5,P.165−169)記載の方法に従いマロン酸をアクロレインと反応させることにより容易に合成することができる。
【0024】
式(2)の化合物と2,4−ペンタジエン酸とのエステル化反応は、特に限定されるものではなく、それ自体既知の方法に従い、例えば、文献(日本化学会編「第4版 実験化
学講座」,第22巻,有機合成IV,P.43−51頁)に記載のいくつかの方法で行うことができる。例えば、式(2)の化合物を酸触媒の存在下で2,4−ペンタジエン酸と脱水縮合させる方法;2,4−ペンタジエン酸をジシクロヘキシルカルボジイミド(DCC)等の縮合剤を用いて活性エステルに誘導することによりカルボキシル基を活性化し、これを式(2)の化合物と反応させる方法;2,4−ペンタジエン酸を対応する酸ハロゲン化物に誘導し、これを式(2)の化合物と反応させる方法;DEAD(ジエチルアゾジカルボキシレート)等の縮合剤を用いて式(2)の化合物を活性化し、これと2,4−ペンタジエン酸を反応させる方法;2,4−ペンタジエン酸を酸無水物に誘導し、これを式(2)の化合物と反応させる方法を挙げることができる。これらのエステル化反応において、2,4−ペンタジエン酸は、式(2)の化合物1モルに対して、通常1〜10モル、好ましくは1〜3モルの割合で使用することができる。
【0025】
生成する式(3)の化合物は、反応終了後、所望により、例えば、蒸留、シリカゲルカラムクロマトグラフィー等により精製することができるが、粗製のものをそのまま次の第二工程に供することもできる。なお、第一工程に従って得られる式(3)の化合物は、従来文献未記載の新規な化合物である。
【0026】
(第二工程)
上記第一工程で得られる式(3)の1−エチニルペンチル 2,4−ペンタジエノエートを、溶媒の存在下または不存在下に、必要に応じて触媒量の抗酸化剤を添加し、加熱することにより、式(1)のラセミ体のセダネノライドを製造することができる。
【0027】
式(3)の化合物の加熱反応は、有機溶媒の存在下または不存在下、好ましくは有機溶媒の存在下に、通常約100℃〜約300℃、好ましくは約200℃〜約250℃の温度において、1〜24時間程度、大気圧下でまたは耐圧容器中にて0.05〜10MPa、好ましくは0.1〜0.5MPaの加圧下で、撹拌しながら行うことができる。ここで使用しうる有機溶媒としては、例えば、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジオキサン等のエーテル系溶媒;トルエン、ヘキサン、キシレン等の炭化水素系溶媒;クロロホルム、塩化メチレン、四塩化炭素等のハロゲン系溶媒;エタノール、メタノール、プロパノール等のアルコール系溶媒;アセトン、メチルエチルケトン等のケトン系溶媒;アセトニトリル、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド等の非プロトン系極性溶媒;酢酸エチル、酢酸メチル等のエステル系溶媒をそれぞれ単独でまたは2種もしくはそれ以上混合して使用することができる。その使用量は、式(3)の化合物の重量を基準にして、通常0.5〜100倍量、好ましくは1〜10倍量であることができる。
【0028】
上記反応は、必要に応じて抗酸化剤を添加して行うことができる。該抗酸化剤としては、例えば、BHT(2,6−ジ−t−ブチル−p−クレゾール)、BHA(ブチルヒドロキシアニソール)、4,4’−チオビス(6−t−ブチル−m−クレゾール)等を挙げることができ、その使用量は、式(3)の化合物を基準にして0.01〜10モル%、好ましくは0.1〜3モル%であることができる。
【0029】
以上述べた如くして得られる式(1)の化合物は、それ自体既知の方法、例えば、蒸留、シリカゲルカラムクロマトグラフィーなどにより、反応混合物から分離し、精製することができる。
【0030】
セダネノライド(光学活性体)の合成
本発明に従う光学活性セダネノライドの合成工程を示せば下記反応式Bのとおりである。
【0031】
【化8】

[式中、*は不斉炭素原子を示す]
【0032】
(第一工程)
式(2’)の化合物と2,4−ペンタジエン酸の反応による式(3’)の化合物の製造は、前記の反応式Aにおける第一工程と同様にして行うことができる。出発物質である式(2’)の光学活性1−ヘプチン−3−オールは、それ自体既知の化合物であり、例えば、文献(J.Org.Chem.,2004年,Vol.69,P.7108−7113)記載の方法により合成することができる。なお、第一工程に従って得られる式(3’)の化合物は、従来文献未記載の新規な化合物である。
【0033】
(第二工程)
上記第一工程で得られる式(3’)の化合物を、前記の反応式Aにおける第二工程と同様にして加熱することにより、式(1’)の光学活性セダネノライドを製造することができる。
【0034】
以上述べた如くして得られる式(1’)の化合物は、それ自体既知の方法、例えば、蒸留、シリカゲルカラムクロマトグラフィーなどにより、反応混合物から分離し、精製することができる。
【0035】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。
【実施例】
【0036】
実施例1:(±)−1−エチニルペンチル 2,4−ペンタジエノエートの合成
30mLフラスコに、2,4−ペンタジエン酸(602mg,6.1mmol)及びトルエン(3mL)を仕込み、水冷下撹拌する。それに塩化ベンゾイル(863mg,6.1mmol)及びトリエチルアミン(620mg,6.1mmol)のトルエン(3mL)溶液を添加する。室温下0.5時間撹拌後、生成した結晶物をろ別し、得られるろ液を減圧濃縮し、ポンプアップすると、粗製の混合酸無水物(1.36g)が得られる。
【0037】
次に、30mLフラスコに、上記の混合酸無水物(1.36g)をテトラヒドロフラン(3mL)と共に仕込み、水冷下撹拌する。それに(±)−1−ヘプチン−3−オール(300mg,2.7mmol)、トリエチルアミン(270mg,2.7mmol)、触媒量のN,N−ジメチルアミノピリジン及びテトラヒドロフラン(3mL)の混合物を滴下する。室温下0.5時間撹拌後、エーテルで希釈し、希塩酸、重曹水、ブラインにて順次洗浄する。無水硫酸マグネシウムで乾燥後、減圧濃縮し、ポンプアップし、得られる残渣(1.17g)をシリカゲルカラムクロマトグラフィーにより精製すると、(±)−1−エチニルペンチル 2,4−ペンタジエノエート(480mg)が淡黄色油状物として得られる。収率92%。
【0038】
NMR(H,400MHz,CDCl):δ 0.92(t,3H,J=7.1Hz),1.31−1.50(m,4H),1.78−1.83(m,2H),2.45(
d,1H,J=2.3Hz),5.43(dt,1H,J=2.0,6.7Hz),5.51(d,1H,J=9.6Hz),5.63(d,1H,J=17.0Hz),5.92(d,1H,J=15.1Hz),6.46(dt,1H,J=10.6,17.0Hz),7.30(dd,1H,J=11.0,15.6Hz)。
NMR(13C,100MHz,CDCl):δ 13.87,22.19,26.99,34.34,63.76,73.39,81.35,121.53,126.06,134.62,145.53,165.68。
IR (film) νmax cm−1:2958,1716,1599,1304,1265,1198,1140,1006,866。
【0039】
実施例2:(±)−セダネノライドの合成
100mL耐圧容器に実施例1で製造した(±)−1−エチニルペンチル 2,4−ペンタジエノエート(400mg,2.0mmol)、トルエン(40mL)及び触媒量のBHT(2,6−ジ−t−ブチル−p−クレゾール)を仕込み、アルゴン封入する。それを220℃で9時間加熱撹拌する。得られる反応物を減圧濃縮し、ポンプアップし、得られる残渣(415mg)をシリカゲルカラムクロマトグラフィーにより精製すると、(±)−セダネノライド(191mg)が淡黄色油状物として得られる。収率50%。
【0040】
NMR(H,400MHz,CDCl):δ 0.90(t,3H,J=7.1Hz),1.29−1.44(m,4H),1.48−1.58(m,1H),1.83−1.92(m,1H),2.43−2.52(m,4H),4.92(dd,1H,J=3.7,7.8Hz),5.89−5.92(m,1H),6.20(d,1H,J=9.6Hz)。
NMR(13C,100MHz,CDCl):δ 13.83,20.77,22.27,22.42,26.70,31.88,82.48,116.87,124.49,128.28,161.37,171.24。
IR (film) νmax cm−1:2932,1750,1655,1435,1335,1273,1045,1006,963,715。
MS:192(13,[M]),135(4),107(100),91(4),85(8),77(27),57(7),51(6),41(4)。
【0041】
実施例3:(S)−1−エチニルペンチル 2,4−ペンタジエノエートの合成
(±)−1−ヘプチン−3−オールの代わりに、(S)−1−ヘプチン−3−オール(99%e.e.)を用いる以外は実施例1と同様に操作することにより、(S)−1−エチニルペンチル 2,4−ペンタジエノエート(467mg)が得られる。収率90%。
【0042】
[α]20:−62.9(CHCl,c=1.015)
【0043】
実施例4:(S)−セダネノライドの合成
(±)−1−エチニルペンチル 2,4−ペンタジエノエートの代わりに、実施例3で製造した(S)−1−エチニルペンチル 2,4−ペンタジエノエートを用いる以外は実施例2と同様に操作することにより、(S)−セダネノライド(181mg)が得られる。収率47%。光学異性体分離カラムを用いたガスクロマトグラフによる分析で光学純度を求めたところ、98.0%e.e.であった。
【0044】
[α]20:−133.5(CHCl,c=1.040)。
【0045】
光学活性カラムを用いたガスクロマトグラフによる光学純度の測定は以下の装置及び条件で行った。
機器:Agilent 6890N
カラム:CHIRAMIX(0.25mmI.D.×50m、長谷川香料株式会社製)
オーブン温度:40〜180℃(+0.7℃/min)
キャリアガス:窒素(0.7mL/min)
【0046】
実施例5:(R)−1−エチニルペンチル 2,4−ペンタジエノエートの合成
(±)−1−ヘプチン−3−オールの代わりに、(R)−1−ヘプチン−3−オール(97%e.e.)を用いる以外は実施例1と同様に操作することにより、(R)−1−エチニルペンチル 2,4−ペンタジエノエート(457mg)が得られる。収率88%。
【0047】
[α]20:+60.3(CHCl,c=1.035)。
【0048】
実施例6:(R)−セダネノライドの合成
(±)−1−エチニルペンチル 2,4−ペンタジエノエートの代わりに、実施例5で製造した(R)−1−エチニルペンチル 2,4−ペンタジエノエートを用いる以外は実施例2と同様に操作することにより、(R)−セダネノライド(204mg)が得られる。収率53%。光学異性体分離カラムを用いたガスクロマトグラフによる分析で光学純度を求めたところ、96.2%e.e.であった。
【0049】
[α]20:+120.7(CHCl,c=1.015)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(3)
【化1】

で表される1−エチニルペンチル 2,4−ペンタジエノエートを加熱して閉環し、次いで異性化することを特徴とする下記式(1)
【化2】

で表される3−ブチル−4,5−ジヒドロフタライドの製造方法。
【請求項2】
下記式(3’)
【化3】

[式中、*は不斉炭素原子を示す]
で表される光学活性1−エチニルペンチル 2,4−ペンタジエノエートを加熱して閉環し、次いで異性化することを特徴とする下記式(1’)
【化4】

[式中、*は不斉炭素原子を示す]
で表される光学活性3−ブチル−4,5−ジヒドロフタライドの製造方法。
【請求項3】
下記式(3)
【化5】

で表される1−エチニルペンチル 2,4−ペンタジエノエート。
【請求項4】
下記式(3’)
【化6】

[式中、*は不斉炭素原子を示す]
で表される光学活性1−エチニルペンチル 2,4−ペンタジエノエート。
【請求項5】
下記式(2)
【化7】

で表される1−ヘプチン−3−オールを2,4−ペンタジエン酸と縮合させることを特徴とする下記式(3)
【化8】

で表される1−エチニルペンチル 2,4−ペンタジエノエートの製造方法。
【請求項6】
下記式(2’)
【化9】

で表される光学活性1−ヘプチン−3−オールを2,4−ペンタジエン酸と縮合させることを特徴とする下記式(3’)
【化10】

[式中、*は不斉炭素原子を示す]
で表される光学活性1−エチニルペンチル 2,4−ペンタジエノエートの製造方法。

【公開番号】特開2008−94807(P2008−94807A)
【公開日】平成20年4月24日(2008.4.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−281467(P2006−281467)
【出願日】平成18年10月16日(2006.10.16)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【出願人】(000214537)長谷川香料株式会社 (176)
【Fターム(参考)】