説明

タンパク質蓄積性筋疾患を治療するための医薬

【課題】タンパク質蓄積性筋疾患の予防又は改善に有用な化合物の利用及びその化合物のスクリーニング方法を提供すること。
【解決手段】ゲルダナマイシンは、タンパク質蓄積性筋疾患の予防/治療薬、又は筋線維内におけるタンパク質の蓄積などの抑制剤として有用である。そして、ゲルダナマイシンをリード化合物としたゲルダナマイシン誘導体を用いることによりタンパク質蓄積性筋疾患に有効な治療薬のスクリーニングが容易になる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク質蓄積性筋疾患に有効な化合物の利用及びその化合物のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
筋線維内に、タンパク質封入体の形成、様々なタンパク質の蓄積などが認められるタンパク質蓄積性疾患としては、従来、縁取り空胞を伴う遠位型ミオパチー(DMRV/hIBM/IBM2/Nonaka Myopathy)、ミオフィブラーミオパチー(MFM)、還元小体ミオパチー(RBM)などの遺伝性筋疾患;あるいは封入体筋炎(sIBM)などの非遺伝性筋疾患などが知られている。タンパク質蓄積性筋疾患の治療剤、特に縁取り空胞を伴う遠位型ミオパチー等のGNE遺伝子の変異に起因する疾患の治療用医薬として、例えば、N−アセチルノイラミン酸やその誘導体等を含有する治療剤などが開発されている(特許文献1)。
一方、ゲルダナマイシンやその誘導体は、従来、癌に対して効果があることが報告されていたが、近年、遺伝性の神経変性疾患であるポリグルタミン病にも有用であることが報告されている(特許文献2、並びに非特許文献1及び2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】国際公開第2010/131712号パンフレット
【特許文献2】特開2006−232705号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Waza M et al., 17-AAG, an Hsp90 inhibitor, ameliorates polyglutamine-mediated motor neuron degeneration. Nat Med. 11, 1088-1095. 2005.
【非特許文献2】Tokui K et al., 17-DMAG ameliorates polyglutamine-mediated motor neuron degeneration through well-preserved proteasome function in an SBMA model mouse. Hum Mol Genet. 18, 898-910, 2009.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、タンパク質蓄積性筋疾患の予防又は改善に有用な化合物の利用、及びその化合物のスクリーニング方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を行った結果、ゲルダナマイシンやその誘導体をタンパク質蓄積性筋疾患モデル動物に投与したところ、タンパク質蓄積性筋疾患が改善したこと、及び、筋線維内におけるタンパク質蓄積が抑制されたことを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明は、
(1) ゲルダナマイシンを有効成分として含有するタンパク質蓄積性筋疾患を治療するための治療剤;
(2) 前記タンパク質蓄積性筋疾患が、縁取り空胞を伴うものであることを特徴とする、上記(1)に記載の治療剤;
(3) 前記タンパク質蓄積性筋疾患が、遠位型ミオパチーであることを特徴とする、上記(1)または(2)に記載の治療剤;
(4) ゲルダナマイシンを有効成分として含有する筋線維内におけるタンパク質の蓄積抑制剤;
(5) ゲルダナマイシンをリード化合物として作製されたゲルダナマイシン誘導体を、タンパク質蓄積性筋疾患に羅患した動物に投与する工程と、前記ゲルダナマイシン誘導体の投与により、タンパク質蓄積性筋疾患またはその進行を予防できるか、あるいは、タンパク質蓄積性筋疾患を治療できるかを評価する工程と、を含むタンパク質蓄積性筋疾患の治療のための医薬のスクリーニング方法;
(6) 前記タンパク質蓄積性筋疾患が、縁取り空胞を伴うものであることを特徴とする、上記(5)に記載のスクリーニング方法;
(7) 前記タンパク質蓄積性筋疾患が、遠位型ミオパチーであることを特徴とする、上記(5)または(6)に記載のスクリーニング方法;
(8) タンパク質蓄積性筋疾患を治療するための治療剤を製造するためのゲルダナマイシンの使用;
(9) 前記タンパク質蓄積性筋疾患が、縁取り空胞を伴うものであることを特徴とする、上記(8)に記載の使用;
(10) 前記タンパク質蓄積性筋疾患が、遠位型ミオパチーであることを特徴とする、上記(8)または(9)に記載の使用;
(11) 筋線維内におけるタンパク質の蓄積抑制剤を製造するためのゲルダナマイシンの使用;
(12) タンパク質蓄積性筋疾患を治療するためのゲルダナマイシン;
(13) 前記タンパク質蓄積性筋疾患が、縁取り空胞を伴うものであることを特徴とする、上記(12)に記載のゲルダナマイシン;
(14) 前記タンパク質蓄積性筋疾患が、遠位型ミオパチーであることを特徴とする、上記(12)または(13)に記載のゲルダナマイシン;
(15) 筋線維内におけるタンパク質の蓄積を抑制するためのゲルダナマイシン;
(16) ゲルダナマイシンを投与する工程を含む、タンパク質蓄積性筋疾患の治療方法;
(17) 前記タンパク質蓄積性筋疾患が、縁取り空胞を伴うものであることを特徴とする、上記(16)に記載の治療方法;
(18) 前記タンパク質蓄積性筋疾患が、遠位型ミオパチーであることを特徴とする、上記(16)または(17)に記載の治療方法;
(19) 筋線維内においてタンパク質が蓄積する動物に対してゲルダナマイシンを投与する工程を含む、筋線維内におけるタンパク質の蓄積を抑制する方法などである。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、タンパク質蓄積性筋疾患の予防又は改善に有用な化合物の利用、及びその化合物のスクリーニング方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明の一実施例において、17−アリルアミノ−17−デメトキシゲルダナマイシン(17-AAG)投与によるDMRVマウスの生存率の変化を調べた結果を示す図である。
【図2】本発明の一実施例において、17-AAG投与によるDMRVマウスの運動能力の変化を調べた結果を示す図である。
【図3】本発明の一実施例において、17-AAG投与によるDMRVマウスの骨格筋重量および横断面断面積の変化を調べた結果を示す図である。
【図4】本発明の一実施例において、17-AAG投与によるDMRVマウス腓腹筋の収縮力の変化を調べた結果を示す図である。
【図5】本発明の一実施例において、17−(2−ジメチルアミノエチル)アミノ−17−デメトキシゲルダナマイシン(17-DMAG)投与によるDMRVマウスの生存率の変化を調べた結果を示す図である。
【図6】本発明の一実施例において、17-DMAG投与によるDMRVマウスの運動能力の変化を調べた結果を示す図である。
【図7】本発明の一実施例において、17-DMAG投与によるDMRVマウスの骨格筋重量および横断面断面積の変化を調べた結果を示す図である。
【図8】本発明の一実施例において、17-DMAG投与によるDMRVマウス腓腹筋の収縮力の変化を調べた結果を示す図である。
【図9】本発明の一実施例において、17-DMAG投与によるDMRVマウスの筋線維内における、縁取り空胞の形成、リソソームの蓄積、及びタンパク質の蓄積の変化を調べた結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、上記知見に基づき完成した本発明の実施の形態を、実施例を挙げながら詳細に説明する。実施例において特に説明がない場合には、市販の試薬キットや測定装置はそれらに添付のプロトコールを用いる。
なお、本発明の目的、特徴、利点、及びそのアイデアは、本明細書の記載により、当業者には明らかであり、本明細書の記載から、当業者であれば、容易に本発明を再現できる。以下に記載された発明の実施の形態及び具体的な実施例などは、本発明の好ましい実施態様を示すものであり、例示又は説明のために示されているのであって、本発明をそれらに限定するものではない。本明細書で開示されている本発明の意図並びに範囲内で、本明細書の記載に基づき、様々な改変並びに修飾ができることは、当業者にとって明らかである。
【0011】
==ゲルダナマイシンの薬理作用==
ゲルダナマイシンは、タンパク質蓄積性筋疾患に羅患した動物の延命化、該動物の運動能力や持久力の改善、腓腹筋の単収縮及び強縮の改善などを図ることができることから、タンパク質蓄積性筋疾患の治療に有用である。
また、ゲルダナマイシンは、タンパク質蓄積性筋疾患に羅患した動物の筋線維内におけるタンパク質の蓄積などを抑制する作用を有することから、タンパク質蓄積抑制剤などとして有用である。
治療対象とするタンパク質蓄積性筋疾患としては、筋線維内に、タンパク質封入体の形成、あるいは、遺伝子変異したタンパク質産物のほか、その結合タンパク質やアミロイド等の様々なタンパク質の蓄積が認められる疾患であって、縁取り空胞を検出するための、当業者に周知の方法(例えば、Malicdan M.C, Noguchi S, Nishino I. Monitoring autophagy in muscle diseases. Methods Enzymol. 453, 379-96, 2009.参照)によって骨格筋組織を固定せずに凍結切片を作製し染色した際、縁取り空胞の形成を認める疾患であれば特に制限されるものではなく、遺伝性筋疾患であっても、非遺伝性筋疾患であってもかまわない。具体的には、例えば、βアミロイド等のタンパク質蓄積が認められる縁取り空胞を伴う遠位型ミオパチー(DMRV/hIBM/IBM2/Nonaka Myopathy);デスミン、αB−クリスタリン、ミオチリン、ジストロフィン、ゲルソリン、アクチン等のタンパク質蓄積が認められるミオフィブラーミオパチー(MFM);FHL1(Four-and-a-half LIM protein 1)等のタンパク質蓄積が認められる還元小体ミオパチー(RBM);ミオシン等のタンパク質蓄積が認められるミオシン蓄積性ミオパチー(MSM);変異valosin-containing protein(VCP)によるユビキチン化タンパク質等のタンパク質蓄積が認められる骨パジェット病と前側頭葉型痴呆を伴う遺伝性封入体筋炎(IBMPFD);βアミロイド等のタンパク質蓄積が認められる封入体筋炎(sIBM);変異PABPN1による異常タンパク質の蓄積が認められる眼咽頭型筋ジストロフィー(OMPD);ポリユビキチン化タンパク質、βアミロイド等のタンパク質蓄積が認められるベッカー型筋ジストロフィー(BMD);デスミン等のタンパク質蓄積が認められる不整脈源性右室心筋症(Myofibrillar myopathy with arrhythmogenic right ventricular cardiomyopathy :)などを挙げることができる。
【0012】
==ゲルダナマイシンの利用==
本発明では、ゲルダナマイシンは、タンパク質蓄積性筋疾患の改善、あるいは筋線維内のタンパク質蓄積抑制を目的とする。ゲルダナマイシンは、タンパク質蓄積性筋疾患に羅患したヒトやヒト以外の脊椎動物に投与されるが、経口投与してもよいし、腹腔内や静脈内への注射や点滴により非経口投与してもよい。その際、ゲルダナマイシンは、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、シロップ剤、注射剤、坐剤、液剤などの剤形にしてもよい。また、これらの薬剤は、固形、液状、ゲル状、粉末状、ゼリー状、油状、ペースト状、泡状、クリーム状などの形状にしてもよい。各薬剤の製剤化は、従来使用されている製剤添加物を用いて、常法で行うことができる。製剤添加物としては、例えば、賦形剤、結合剤、滑沢剤、崩壊剤、矯味矯臭剤、溶剤、安定剤、基剤、湿潤剤、保存剤などの既存の添加物を用いることができる。
【0013】
本願明細書においてゲルダナマイシンとは、例えば、(4E,6Z,8S,9S,10E,12S,13R,14S,16R)-13-hydroxy-8,14,19-trimethoxy-4,10,12,16-tetramethyl-3,20,22-trioxo-2-azabicyclo[16.3.1]docosa-1(21),4,6,10,18-pentaen-9-yl carbamate、17−アリルアミノ−17−デメトキシゲルダナマイシン(17-AAG)、17−(2−ジメチルアミノエチル)アミノ−17−デメトキシゲルダナマイシン(17-DMAG)、17−(4−(ジメチルアミノ)ブチル)アミノ−17−デメトキシゲルダナマイシン、17−(2−(カルボキシ)エチル)アミノ−17−デメトキシゲルダナマイシン、17−(2−(N−メチルエチルアミノ)エチル)アミノ−17−デメトキシゲルダナマイシン、17−(2−(ピロリジン−1−イル)エチル)アミノ−17−デメトキシゲルダナマイシン、17−(2−(ピペラジン−1−イル)エチル)アミノ−デメトキシゲルダナマイシン、及び17−(4−(ジメチルアミノ)ブチル)アミノ−17−デメトキシゲルダナマイシンを含む。ゲルダナマイシンとしては、17-DMAGなどの水溶性の化合物が好ましい。なお、これらのゲルダナマイシンは、常法(例えば、特開2006−232705号公報に記載の方法)に従って製造することができる。ゲルダナマイシンは、塩の形態であってもよい。塩の例としては、ハロゲン化水素酸塩(具体的にはフッ化水素酸塩、塩酸塩、臭化水素酸塩、ヨウ化水素酸塩等)、無機酸塩(具体的には硫酸塩、硝酸塩、過塩素酸塩、リン酸塩、炭酸塩、重炭酸塩等)、有機カルボン酸塩(具体的には酢酸塩、トリフルオロ酢酸塩、シュウ酸塩、マレイン酸塩、酒石酸塩、フマル酸塩、クエン酸塩等)、有機スルホン酸塩(具体的にはメタンスルホン酸塩、トリフルオロメタンスルホン酸塩、エタンスルホン酸塩、ベンゼンスルホン酸塩、トルエンスルホン酸塩、カンファースルホン酸塩等)、アミノ酸塩(具体的にはアスパラギン酸塩、グルタミン酸塩等)、四級アミン塩、アルカリ金属塩(具体的にはナトリウム塩、カリウム塩等)、アルカリ土類金属塩(具体的にはマグネシウム塩、カルシウム塩等)を挙げることができるが、上記動物に投与する場合、安全性の面から薬理学的に許容される塩を用いることが好ましい。これらの塩は、常法に従って製造することができる。
【0014】
タンパク質蓄積性筋疾患に羅患したヒト以外の動物としては、例えば、マウス、ラットなどを挙げることができるが、これらに限定されるものではない。タンパク質蓄積性筋疾患に羅患したマウスとしては、例えば、DMEV/hIBMモデルマウス(例えば、特開2007-312641号、Hum Mol Genet. 16(22), 2669-2682, 2007参照)、MSMモデルマウス(MuRF1-/-MuRF3-/-ダブル変異(DKO)マウス:J Clin Invest. 117(9), 2486-2495, 2007)、IBMPFD モデルマウス(valosin-containing protein (VCP=p97蛋白質)の変異マウス)、sIBMモデル(骨格筋特異的変異アミロイド発現マウス:Proc Natl Acad Sci U S A. 99(9):6334-6339, 2002)などを用いてもよい。
【0015】
==タンパク質蓄積性筋疾患を治療するための薬剤のスクリーニング方法==
タンパク質蓄積性筋疾患を治療するための薬剤のスクリーニング方法は、ゲルダナマイシン、例えば17−アリルアミノ−17−デメトキシゲルダナマイシン(17-AAG)、17−(2−ジメチルアミノエチル)アミノ−17−デメトキシゲルダナマイシン(17-DMAG)をリード化合物としてそれらの誘導体を作製し、その誘導体が、タンパク質蓄積性筋疾患に羅患した動物において当該疾患またはその進行を予防できるかどうか、あるいは当該疾患を治療できるかどうかを評価することにより行うことができる。ゲルダナマイシンはタンパク質蓄積性筋疾患を治療するための薬剤として有効であるので、ゲルダナマイシンの誘導体を候補物質としてスクリーニングすることによって、ランダムに化合物を試すより、はるかに容易にタンパク質蓄積性筋疾患に有効な薬剤を得ることが可能になる。なお、ゲルダナマイシンの誘導体は、当業者に公知の方法で作製することができる。
具体的には、例えば、候補物質であるゲルダナマイシンの誘導体の投与により、タンパク質蓄積性筋疾患に羅患した動物において、生存率を改善できるかどうか(延命化が可能かどうか)、運動能力や持久力を改善できるかどうか、腓腹筋の収縮力を改善できるかどうか、筋病理に改善が認められるのかどうか、などを指標に、骨格筋症状を改善できるかどうかを測定することにより、タンパク質蓄積性筋疾患に有効な薬剤の同定及びスクリーニングを行うことができる。なお、タンパク質蓄積性筋疾患に対する治療効果は、これら以外の既存の評価方法によって行ってもよい。
【実施例】
【0016】
以下、本発明を実施例及び図を用いてより具体的に説明する。
<実施例1>
ジメチルスルホキシド(DMSO)に溶解した17-AAG(AAG)を、DMRVマウス(n=7)および同腹仔のヘテロ接合マウス(コントロール)(n=4)に対して、25mg/kg体重(投与容量50μl)にて、1週間に3回、腹腔内投与した。プラセボとしてDMRVマウス(n=6)および同腹仔のヘテロ接合マウス(コントロール)(n=5)に溶媒(DMSO)のみを同容量投与した。32−40週齢より投与を開始し、57−61週齢まで投与を続けた。投与の結果、17-AAG投与DMRVマウスは4匹、17-AAG投与ヘテロ接合マウスは4匹、DMSO投与DMRVマウスは2匹、DMSO投与ヘテロ接合マウスは4匹がそれぞれ生存した。
図1に示すように、17-AAGを投与したDMRVマウス群(AAG DMRV)は、溶媒のみを投与したDMRVマウス群(DMSO DMRV)に比べ、高い生存率を示した。このように、17-AAGは、DMRVに対し、延命効果を有する。
【0017】
<実施例2>
実施例1において17-AAG又はDMSOの投与が終了した57−61週齢のマウスの運動能力と持久力を測定した(各3回測定)。測定の前に、あらかじめ、勾配7度にて、10m/分、15m/分、20m/分で各10分ずつのトレーニング運動を1週間行った。運動能力テストの測定は、トレッドミル(室町機械製;MK-680)の速度を20m/分からスタートし、その後毎分10m/分ずつ上げていき、走行不能になるまでの各群マウスの積算走行距離を算出することにより行った。走行不能の判断は、トレッドミル後方の刺激装置上にマウスが10秒以上滞在した時とした。持久力テストの測定は、上記トレーニング運動後のマウスを、勾配7度にて30m/分の速度で60分間走行させた後、さらに3分間走行させてトレッドミル後方の刺激装置に触れた回数を計測することにより行った。その結果を図2に示す。なお、図2中の「$」は、同一条件においてDMRVマウス群とヘテロ接合マウス(コントロール)群で有意差(one way ANOVA with Bonferronis multiple comparison test, p<0.05)があることを示す。また、「*」は、17-AAG投与DMRVマウス群とDMSO投与DMRVマウス群の間で有意差(one way ANOVA, p<0.05)があることを示す。
図2に示すように、17-AAGを投与したDMRVマウス群は、53〜59週齢での運動能力(左図)、持久力(右図)において、17-AAGを投与したヘテロ接合マウス(コントロール)群と同レベル近くまで著しい改善が認められた。統計学的には、持久力(p < 0.001:右図)には17-AAG投与DMRVマウス群とDMSO投与DMRVマウス群との間で有意な改善が見られ、運動能力には17-AAG投与DMRVマウス群と17-AAG投与ヘテロ接合体マウス(コントロール)群の間の有意差が見られなくなった。このように、17-AAGは、DMRVに対し、治療効果を有する。
【0018】
<実施例3>
実施例1において17-AAG又はDMSOの投与が終了した57−61週齢のマウスの骨格筋重量および筋横断面積を測定した。測定筋としては腓腹筋を用いた。骨格筋重量は、上部腱から下部腱における腓腹筋を単離後、湿重量を測定することにより求めた。筋横断面積は最大収縮を示す筋長を求め、筋重量と骨格筋平均密度1.066mg/mm3を用いて算出した。その結果を図3に示す。なお、図3中の「$」は同一条件においてDMRVマウスとヘテロ接合マウス(コントロール)で有意差(one way ANOVA with Bonferronis multiple comparison test, p<0.05)があることを示す。
図3に示すように、骨格筋重量、筋横断面積ともに、17-AAG投与DMRVマウス群とDMSO投与DMRVマウス群との間に有意差は見られなかった(骨格筋重量、筋横断面積ともに、p>0.05)。このことは、17-AAGのDMRVに対する治療効果が、筋細胞の増量によるものではないことを示す。
【0019】
<実施例4>
実施例3に記載のように、骨に固定された状態の腓腹筋を単離し、上下腱に糸をつないだ後、リンゲル液を満たしたチャンバー内に移し、上部糸をトランスデューサーに連絡した。最大収縮を示す筋長において0.2ミリ秒で電気刺激を与えることで単収縮を、3ミリ秒の単刺激を10-200Hzのパルス刺激で600ミリ秒間与えることで強縮力を、それぞれ測定した。その結果を図4に示す。なお、図4中の「$」は、同一条件においてDMRVマウス群とヘテロ接合マウス(コントロール)群で有意差(one way ANOVA with Bonferronis multiple comparison test, p<0.05)があることを示す。また、「ns」は有意差がないことを、「*」は17-AAG投与DMRVマウス群とDMSO投与DMRVマウス群の間で有意差(one way ANOVA, p<0.05)があることをそれぞれ示す。
図4に示すように、単離した腓腹筋での収縮力測定では、総(絶対)収縮力において、17-AAGを投与したDMRVマウス群の強縮力(左上)には、有意な改善が認められた(p<0.05)が、17-AAG投与ヘテロ接合マウス(コントロール)群と同レベルには至らなかった。しかしながら、断面積あたりの比強縮力(左下)においては、17-AAG投与DMRVマウス群は、17-AAG投与ヘテロ接合マウス(コントロール)を上回るレベルまで改善が認められた(p<0.05)。一方、単収縮力でも、17-AAG投与DMRVマウス群では、総(絶対)収縮力においてDMSO投与DMRVマウス群に比較し有意な改善が見られた(p<0.05)が、17-AAG投与ヘテロ接合マウス(コントロール)まで至らなかった(右上)。しかしながら、比単収縮力では17-AAG投与DMRVマウスは、ほぼ17-AAG投与同腹仔ヘテロ接合マウス(コントロール)群のレベルまで収縮力は改善した(右下)。このように、17-AAGのDMRVに対する治療効果は、筋細胞当たりの収縮力の改善によるものである。
【0020】
<実施例5>
飲水に溶解した17-DMAGを、DMRVマウスに対して、25mg/kg体重(n=7)および2.5mg/kg体重(n=8)(投与容量200μl)にて、1週間に3回、胃内に投与した。コントロールには、同腹仔のヘテロ接合マウスを用い、同様に25mg/kg体重(n=6)および2.5mg/kg体重(n=5)を投与した。プラセボとしてDMRVマウス(n=7)および同腹仔のヘテロ接合マウス(コントロール)(n=3)に飲水のみを同容量投与した。35−42週齢より17-DMAG投与を開始し、55−61週齢まで投与を続けた。投与の結果、25mg/kg 17-DMAG投与DMRVマウスは7匹、2.5mg/kg 17-DMAG投与DMRVマウスは7匹、25mg/kg 17-DMAG投与ヘテロ接合マウスは6匹、2.5mg/kg 17-DMAG投与ヘテロ接合マウスは5匹、プラセボとして用いたDMRVマウスは3匹、プラセボとして用いたヘテロ接合マウスは3匹がそれぞれ生存した。
図5に示すように、17-DMAG投与DMRVマウス群は、飲水投与DMRVマウス群に比べ、高い生存率を示しただけではなく、生存率の改善は投与容量依存性を示した。このように、17-DMAGは、少なくとも2.5mg/kg〜25mg/kg体重の範囲において、投与容量依存的に生存率改善効果を有する。
【0021】
<実施例6>
実験例2に示した方法と同様に、実施例5において17-DMAG又は飲水のみの投与が終了した55−61週齢のマウスの運動能力と持久力を測定した。なお、実施例6〜8に用いたマウス数は以下の通りである;25mg/kg 17-DMAG投与DMRVマウス:n=7、25mg/kg 17-DMAG投与コントロール:n=5、2.5mg/kg 17-DMAG投与DMRVマウス:n=5、2.5mg/kg 17-DMAG投与コントロール:n=4、非投与DMRVマウス(プラセボ):n=3、非投与コントロール(プラセボ):n=3。その結果を図6に示す。なお、図6中の点線は、非投与DMRVマウスの値を示す。また、図6中の「*」は、投与DMRVマウスと非投与DMRVマウス間で有意差 (one way ANOVA, p<0.05) があることを示す。
図6に示すように、17-DMAG投与DMRVマウスは、55〜60週齢での運動能力、持久力において、投与容量依存的にかなりの改善が認められた。この改善後の測定値には非投与DMRVマウスと比較して有意差が見られた(p<0.05)。このように、17-DMAGは、少なくとも2.5mg/kg〜25mg/kgの範囲において、投与容量依存的に、筋力低下に対する改善効果を有する。
【0022】
<実施例7>
実験例3に示した方法と同様に、実施例5において17-DMAG又は飲水のみの投与が終了した55−61週齢のマウスの腓腹筋筋重量および筋横断断面積を測定した。その結果を図7に示す。なお、図7中の「$」は、同一条件においてDMRVマウスとヘテロ接合マウス(コントロール)で有意差(one way ANOVA with Bonferronis multiple comparison test, p<0.05)があることを示す。
図7に示すように、骨格筋重量および筋横断断面積において、17-DMAG投与DMRVマウス群と非投与DMRVマウス群との間に有意差は見られなかった。また17-DMAGを投与したDMRVマウス群とヘテロ接合マウス(コントロール)群との間には依然として有意差が見られた。DMRVマウスの骨格筋に見られる筋萎縮には17-DMAG投与による改善は認められなかった。このことは、17-AAGと同様に、17-DMAGのDMRVに対する治療効果が、骨格筋の筋萎縮抑制効果によるものではないことを示す。
【0023】
<実施例8>
実験例3に示した方法と同様に、実施例5において17-DMAG又は飲水のみの投与が終了した55−61週齢のマウスの腓腹筋を骨に固定された状態で単離し、収縮力を測定した。その結果を図8に示す。なお、図8中の「$」は、同一条件においてDMRVマウス群とヘテロ接合マウス(コントロール)群で有意差(one way ANOVA with Bonferronis multiple comparison test, p<0.05)があることを示す。また、「ns」は有意差がないことを、「*」は17-DMAG投与DMRVマウス群と非投与DMRVマウス(プラセボ)群間で有意差(one way ANOVA, p<0.05)があることをそれぞれ示す。
図8に示すように、単離した腓腹筋での収縮力測定では、25mg/kg体重での17-DMAG投与および2.5mg/kg体重での17-DMAG投与DMRVマウス群において、単収縮(右上図)、強縮(左上図)ともに、非投与DMRVマウス群に比べ有意に改善が見られた(p<0.05)。さらに、断面積あたりの比収縮力(下図)においても、17-DMAG投与DMRVマウス群において、非投与DMRVマウス群に比べ有意に改善が見られた(p<0.05)。特に、17-DMAG投与DMRVマウス群の比強縮力では、コントロールを上回る改善が認められた。このように、17-AAGと同様に、17-DMAGのDMRVに対する治療効果は、筋線維自体の収縮能力の改善によるものであるが、その効果は17-AAGよりも高い効果である。
【0024】
<実施例9>
実施例5において17-DMAG又は飲水のみの投与が終了した55−61週齢のマウスの腓腹筋の筋病理観察を行った。
マウス腓腹筋の新鮮凍結切片(厚さ6μm)を作製し、上記文献(Malicdan MC、 Noguchi S、Nishino I. Monitoring autophagy in muscle diseases. Methods Enzymol. 453, 379-96, 2009)の方法に従って、ヘマトキシリン−エオジン染色、改良ゴモリトリクローム染色、リソソームのマーカーである酸フォスファターゼの活性染色をそれぞれ行った。
図9に示すように、筋病理観察において非投与DMRVマウス群では特異的な筋線維内での縁取り空胞やリソソーム酵素活性の亢進(矢印)およびタンパク質の蓄積(鏃)が認められるが、17-DMAG投与DMRVマウス群においては、これらの構造およびリソソーム酵素活性はほとんど認められなかった。このように、ゲルダナマイシンはタンパク質蓄積性筋疾患の病理変化も改善することが示され、治療薬として有効に作用する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゲルダナマイシンを有効成分として含有するタンパク質蓄積性筋疾患を治療するための治療剤。
【請求項2】
前記タンパク質蓄積性筋疾患が、縁取り空胞を伴うものであることを特徴とする、請求項1に記載の治療剤。
【請求項3】
前記タンパク質蓄積性筋疾患が、遠位型ミオパチーであることを特徴とする、請求項1または2に記載の治療剤。
【請求項4】
ゲルダナマイシンを有効成分として含有する筋線維内におけるタンパク質の蓄積抑制剤。
【請求項5】
タンパク質蓄積性筋疾患の治療のための医薬のスクリーニング方法であって、
ゲルダナマイシンをリード化合物として作製されたゲルダナマイシン誘導体を、タンパク質蓄積性筋疾患に羅患した動物に投与する工程と、
前記ゲルダナマイシン誘導体の投与により、タンパク質蓄積性筋疾患またはその進行を予防できるか、あるいは、タンパク質蓄積性筋疾患を治療できるかを評価する工程と、
を含むことを特徴とするスクリーニング方法。
【請求項6】
前記タンパク質蓄積性筋疾患が、縁取り空胞を伴うものであることを特徴とする、請求項5に記載のスクリーニング方法。
【請求項7】
前記タンパク質蓄積性筋疾患が、遠位型ミオパチーであることを特徴とする、請求項5または6に記載のスクリーニング方法。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図1】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−180291(P2012−180291A)
【公開日】平成24年9月20日(2012.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−42435(P2011−42435)
【出願日】平成23年2月28日(2011.2.28)
【出願人】(511053849)
【Fターム(参考)】