説明

タンパク質貯蔵装置および方法

タンパク質(20)を貯蔵する第1の区画(30)と、アルカリ性緩衝液(50)を貯蔵する第2の区画(40)とを備えたタンパク質(20)貯蔵装置であって、第2の区画(40)が第1の区画(30)と流体で連絡されている貯蔵装置が開示される。本発明の優先的な一実施形態では、アルカリ性緩衝液は、タンパク質(20)のゲル化を促進するカルシウムイオンを含む。また、タンパク質(20)の貯蔵方法も開示される。本方法は、タンパク質を第1の貯蔵区画(30)に配置する第1のステップと、タンパク質(20)をアルカリ性緩衝液(50)に曝露する第2のステップと、第1の貯蔵区画(30)においてタンパク質(20)をアルカリ性雰囲気に保持する第3のステップとを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク質貯蔵装置および方法に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質の長期貯蔵に伴う問題の1つは、経時的に分子が分解するに連れて、タンパク質がその生物学的特性を失うことである。この問題を克服するために、タンパク質を貯蔵する先行技術の諸方法が開発されている。
【0003】
例えば、特開昭63−92671(カネボウ)は、フィブロインまたはコラーゲンを水溶液に溶解するタンパク質の貯蔵方法を教示している。この溶液には加水分解酵素が加えられ、次いでキレート剤が加えられる。混合物のpHを4.5〜7.5の範囲に調整し、約1μm以下の孔を有するフィルターで溶液を濾過する。最後に溶液を乾燥すると平均重合度が200〜600の範囲のポリマーが得られる。
【0004】
しかし、タンパク質を、その自然な状態で酵素処理またはキレート剤による処理なしで貯蔵できることが望ましい。
【0005】
自然界では、タンパク質を貯蔵するいくつかの方法が知られている。天然の絹糸類は、カイコBombyx moriおよびその他の無脊椎動物種が、貯蔵されたタンパク質ドープまたは供給原料から作り出す繊細な光沢のあるフィラメントである。絹糸類は、材料の製造に現在用いられている合成ポリマーと比べて優れており、その特性は生物の腺内にタンパク質ドープを長期間貯蔵したことによって実質的に影響を受けていないように見える。例えば、ある種のクモのしおり糸(dragline silks)の引張り強度および靭性は、最も強靱で最も強い人造繊維であるKevlar(商標)繊維のものを超える可能性がある。クモのしおり糸は熱安定性も高い。多くの絹糸類には生分解性もあり、自然環境に残り続けることはない。これらはリサイクル可能であり、水だけを溶媒として非常に効率的な低圧低温プロセスで製造される。天然の紡糸プロセスは、タンパク質の水溶液を強靱で極めて不溶性の材料に変換する点で注目に値する。クモおよびカイコが絹糸類を作り出すプロセスは、VollrathおよびKnightの「Liquid crystalline spinning of spider silk」、Nature、410巻、2001年3月29日、541〜8頁の論文に要点が概説されている。この著者等は、クモおよびカイコがそのタンパク質ドープ分子を貯蔵し、これを強い糸として押出すやり方から知恵を学ぶべきであることを指摘している。この論文では、クモの天然紡糸機構は、紡糸ドープが紡糸管を通過する際に、水素イオンとカリウムイオンの付加ならびにナトリウムイオンの除去を伴うという証拠を綿密に調べている。
【0006】
KnightおよびVollrathによる論文「Biological Liquid Crystal Elastomers」、Trans.Phil.R.Soc.B.357、155−163頁(2002年)で、著者等は、スピドロイン(spidroin)およびフィブロインタンパク質の集合体が強靱な糸を形成するのは、絹糸類の主要な構造タンパク質、即ちカイコのフィブロインおよびクモのスピドロインが、ABAB型の両親媒性の反復ブロック共重合体(ただし、Aは疎水性ブロックを、Bは疎水性がより低いブロックを示す)であるという事実に依存することを指摘している。
【0007】
スピドロインおよびフィブロンは、2つの状態で見出されている。第1の状態は安全な貯蔵状態であり、この状態では著しく長いタンパク質鎖が折り畳まれて、短い、かなり密な棒状の分子になっていると考えられる。この第1の状態におけるフィブロインまたはスピドロインは、主としてランダムなコイルおよび/または螺旋状の2次構造を有する。第2の状態は、主としてβ結晶性の2次構造を有する固体状態である。この第2の状態は、直径約5nmの非常に長いナノフィブリルの高充填部分を含むナノフィブリル複合体である。ナノフィブリルは、強靱な糸の長軸に対して実質的に平行に配向しており、すべてまたは大部分の微細なβ結晶を含んでいると考えられる。微細なβ結晶は、幅が約5nmであり、ナノフィブリルの長軸に対して実質的に平行に配列している。少量の結晶性の低い、より無秩序な材料がナノフィブリル間にマトリックスを形成すると考えられる。
【0008】
第1の貯蔵状態は準安定である。これが第2のナノフィブリル状態へ変換されるには、分子の凝集および2次構造の立体配座の変化の両方を伴うと考えられる。立体配座の変化は、反復ブロック共重合体の「ランダム・コイル」/α螺旋構造からβ結晶性構造へ転移するブロック種のうち最も疎水性のもので起こると考えられる。生体内で強靱な糸を形成する凝集および立体配座の変化には、pHの低下、タンパク質へのカリウムイオンの付加、タンパク質からのナトリウムイオンの除去、水が失われること、および形成される糸に対して機械的な力を加えることの少なくとも5つの因子が関与していると考えられる。さらに、この変換は、ポリオールおよび界面活性剤の分泌によって促進することができる。クモの紡糸管ライニングの最終部分の、低い表面エネルギーを有する細い長手方向の隆起が、タンパク質ドープの固体状の糸への変換を促進させるのに役立っている可能性がある。一旦短いナノフィブリルが形成されると、これがシードとなってその後のタンパク質の凝集および立体配座の変化を開始させ、その結果全体の変化の速度を上昇させている可能性がある。
【0009】
フィブロインまたはスピドロインの第1の貯蔵状態の溶液は、これを処理しないで放置すると不溶性のβ結晶状態に自然に転移して、有用な糸に押出または紡糸することができない不溶性のフロックまたはゲルを形成する。この転移は、通常は完了まで1〜3日かかるが、著しく速くなる可能性がある。これは、絹タンパク質から糸を押出しまたは紡糸する場合に問題になる。細菌によるタンパク質分解が、生体外でのこの転移に一役買っているかもしれない。この分解により、タンパク質は切断されて短いペプチドになり、立体配座の変化または結晶化がより容易になる。あるいは、タンパク質分解により、凝集または立体配座の変化を妨げている保護ドメインが除去されてこの転移が促進されるのかもしれない。天然フィブロインまたはスピドロイン溶液の不溶形態への転移は、既にβ状態に転移した材料をシード添加することによって促進することもできる。天然の溶液を凍結または機械的に剪断することによっても、β結晶性状態への転移が得られる。絹糸類を、臭化リチウム、チオシアン酸リチウム、チオシアン酸ナトリウム、塩化カルシウム、硝酸カルシウムなどのカオトロピック剤に溶かした再生フィブロインまたはスピドロイン溶液も、透析によってカオトロピック剤を除去すると、徐々に同様なフロックまたはゲルを形成する。これもまた、再生絹糸類から材料の紡糸または押出を行おうとするときに問題になる。
【0010】
第1の貯蔵状態は、カイコの腺の後部および中部、ならびにクモの同様なA領域で見出されている。それぞれの腺のこれらの領域では、タンパク質は、著しく高い濃度(20〜40%w/v)で貯蔵されている。クモでは、タンパク質は、絹糸腺管の第1、第2、および第3肢(limb)の大部分を通して、極めて高い粘度の液晶ゾルとして貯蔵されていると考えられる。カイコでは、タンパク質は、新たに脱皮した終齢カイコの絹糸腺の後部および中部内にゲルとして貯蔵されているが、タンパク質が紡糸される直前に管(前部絹糸腺の前方)の内部でゾルに転移する。その後、ゲルからゾルへの転移が分泌経路の後方へ伝播して、中部および後部に貯蔵された材料の前方への流れが可能になり、これを管の前部(末端部)でフィラメントに延伸できるようになる。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の目的は、タンパク質貯蔵装置および方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明のこれらおよび他の目的は、タンパク質を貯蔵する第1の区画と、アルカリ性緩衝液を貯蔵する第2の区画とを備えたタンパク質貯蔵装置を提供することによって解決する。本発明の好ましい実施形態では、第2の区画には、塩化カルシウムを含有するアルカリ性緩衝液を入れる。第2の区画は、第1の区画と流体(即ち、液体または気体)で連絡されている。したがって、第1の区画に貯蔵されているタンパク質は、カルシウムイオンを含んでアルカリ性の状態にある。この条件下で、タンパク質は、生物の腺から直接取り出した、あるいはクモまたはカイコの絹糸をカオトロピック剤に溶かして調製した、未処理のスピドロインまたはフィブロイン溶液と比べて著しく安定化されている。したがって、分解またはβシート型の早過ぎる形成、即ちタンパク質のβ状態の形成は著しく遅延される。
【0013】
本発明の一実施形態では、アルカリ性緩衝液は、アンモニア、酢酸アンモニウム、ギ酸アンモニウム、クエン酸アンモニウム、トリス/HCl、HEPES、PIPES、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、リン酸ナトリウム、リン酸カリウム、またはこれらの混合物からなるアルカリの群から選択される。
【0014】
一実施形態では、アルカリ性緩衝液に加えてアジ化ナトリウムをタンパク質に添加する。あるいは、フェニルチオ尿素、シアン化ナトリウム、またはシアン化カリウムを添加することもできる。
【0015】
さらに、一実施形態では、100〜700mMのカルシウムイオンを、好ましくは塩化物としてアルカリ性緩衝液に添加する。これらの環境下では、アルカリ性緩衝液は炭酸またはリン酸イオンを含まなくてもよい。
【0016】
カルシウムイオンは、アルカリ性緩衝液に添加されると、絹タンパク質またはその類似物の高濃度溶液をゲル化する。こうして生成したゲルは、絹タンパク質のゾル状態の溶液より著しく安定である。こうして誘起されたゲル状態は、絹を押出成形、紡糸、または別の方法で成形する前にゾル状態に再変換することができる。これは、アンモニアまたは水酸化ナトリウム溶液でpH7.0〜7.8に調整した20〜100mMのエチレンジアミン四酢酸(EDTA)溶液を含む透析液に対する透析によって実現することができる。この処理によってカルシウムイオンが除去される。あるいは、脱イオン水に対する透析によってカルシウムイオンを除去することもできる。どちらの場合も、逆透析によってタンパク質濃度を維持または上昇させるために、透析液にポリエチレングリコールまたは別の水溶性高分子を添加することができる。
【0017】
好ましい実施形態では、第1の貯蔵区画の壁部内面の少なくとも一部は、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、シラン、ナイロン、ポリエチレン、またはポリカーボネートなどの表面エネルギーの低い材料で形成されているか、これが塗布されている。これは、タンパク質のβシート型の早過ぎる形成を防止するのにも役立つ。
【0018】
この装置では、アルカリ性緩衝液はガス状または溶液である。アルカリ性緩衝液をガス状で用いる場合は、タンパク質溶液の1つまたは複数の表面に直接適用することができる。あるいは、これを多孔質または半透性表面を通してタンパク質溶液内に拡散させることができる。アルカリ性緩衝液を溶液で用いる場合は、多孔質膜または半透膜によってタンパク質から分離することができる。あるいは、タンパク質溶液の流れに緩衝液を別の流れとして作用させ、その後タンパク質表面から離れるように導くことができる。アルカリ性緩衝液がガス状の場合は、タンパク質溶液の中に直接拡散して、これをアルカリ性にすることができる。アルカリ性緩衝液を多孔質膜または半透膜によってタンパク質から分離する場合は、緩衝液および含まれている可能性があるカルシウムイオンの両方が、前記の膜を通ってタンパク質溶液中へ拡散することができる。
【0019】
本発明の別の実施形態では、タンパク質は、直接アルカリ性溶液と混合される。これはタンパク質をゾル状態に保つのに役立つ。カルシウムイオンは、アルカリ性溶液に直接添加することができる。
【0020】
本発明の好ましい実施形態では、アジ化ナトリウムは、pHが7.4より高く、最終濃度が0.0001Mを超えるように、緩衝液に添加される。
【0021】
貯蔵されるタンパク質は、例えば動物の解体によって得られる天然のタンパク質でも、遺伝子工学によって得られる組換えタンパク質でも、カイコまたは絹繊維をカオトロピック剤(後で透析によって除去する)に溶かした再生絹溶液でも、あるいは上記のタンパク質またはタンパク質類似物の混合物でもよい。本発明は、フィブロインもしくはスピドロインタンパク質、またはその相当物、あるいはフィブロインおよび/もしくはスピドロインの再生溶液の貯蔵に有用であることが見出されている。
【0022】
より一般には、貯蔵されるタンパク質は、反復両親媒性ブロック共重合体タンパク質もしくはタンパク質類似物である。どちらも帯電した基を含んでおり、化学合成または遺伝子工学で調製される。
【0023】
本発明の目的は、第1の貯蔵区画にタンパク質を配置する第1のステップを含むタンパク質の貯蔵方法を提供することによっても解決される。第2のステップでは、一定の時間(好ましくはカルシウムイオンおよびアジ化ナトリウムを含む)アルカリ性緩衝液にタンパク質を曝露する。第3のステップでは、第1の貯蔵区画のアルカリ性環境にタンパク質を保持する。
【0024】
本発明は、絹タンパク質もしくはその類似物および再生絹溶液の長期貯蔵溶液を提供する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
図1は、タンパク質20の貯蔵に適した装置10の第1の実施形態を示す概略図である。装置10は、タンパク質20を入れるタンパク質貯蔵区画30を有する。タンパク質貯蔵区画30は、パイプまたはチューブ35でアルカリ貯蔵区画40に接続されている。アルカリ貯蔵区画40にはアルカリ性溶液50が貯蔵される。タンパク質貯蔵区画30の内壁の好ましくは一部または実質的にすべては、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリエチレン、またはポリカーボネートなどの表面エネルギーの低い材料から作るか、これを塗布する。
【0026】
タンパク質貯蔵区画30内のタンパク質20は、例えば動物の解体によって得られた天然タンパク質とすることができる。こうした天然タンパク質の例としては、それだけに限らないが、Nephila属のクモの主管足瓶嚢腺(major ampullate gland)から得られたスピドロインタンパク質、またはBrombyx moriもしくは他のカイコ種から得られたフィブロインタンパク質が挙げられる。本発明は、これらのタンパク質の相当物または遺伝子工学で得られた組換えタンパク質にも適用することができる。さらに、本発明は、カオトロピック剤を含む溶液に絹糸類を溶かした再生絹溶液にも適用することができる。より一般には、本発明は、反復両親媒性ブロック共重合体であり、帯電した基を含むどんなタンパク質もしくはタンパク質類似物の貯蔵にも適用することができると考えられる。ただし、これらの材料は本発明の限界を示すものではない。
【0027】
アルカリ貯蔵区画40では、いくつかの異なる種類のアルカリ性溶液を使うことができる。例えば、このアルカリは、アンモニア/酢酸、酢酸アンモニウム、アンモニウム/ギ酸、またはギ酸アンモニウムとすることができる。これらの緩衝液は揮発性であり、タンパク質貯蔵区画30内にアルカリ性雰囲気を形成する。トリス/HCl、HEPES、またはPIPESを代わりに使うことができるが、これらの緩衝液は揮発性ではない。本発明の一実施形態では、アルカリ性緩衝液は、アンモニア、酢酸アンモニウム、ギ酸アンモニウム、およびクエン酸アンモニウム緩衝液からなるアルカリの群から選択される。リン酸カリウムおよび炭酸カリウムも適している。本発明の好ましい実施形態では、アルカリ性緩衝液は100〜700mMのカルシウムイオンを含む。好ましくは塩化カルシウムの形で添加する。
【0028】
好ましい実施形態では、アルカリ性緩衝液に加えて、さらにアジ化ナトリウムを、第1の貯蔵区画内のタンパク質20に添加する。本発明の別の実施形態では、タンパク質20に、フェニルチオ尿素、シアン化ナトリウムまたはシアン化カリウムを添加する。
【0029】
図2に示した本発明の他の実施形態では、タンパク質貯蔵区画30は、半透膜または多孔質膜60でアルカリ貯蔵区画40から分離されている。半透膜または多孔質膜60は、イオンを透過させて、タンパク質貯蔵区画30に貯蔵されているタンパク質20のpHを変化させることができる。半透膜を使用した場合は、逆透析によってタンパク質貯蔵区画内のタンパク質溶液から水を除去するために、ポリエチレングリコールを70%w/vまでアルカリ性緩衝液に添加することができる。これらの環境では、使用するポリエチレングリコールの分子量は、半透膜の分画分子量より高くなければならない。水溶性であって、透析膜を通過しない十分な大きさがあれば、他の高分子をこのように使用することもできる。
【0030】
したがって、1分ほどの短い時間、しかし好ましくは少なくとも20分間、第1の区画30内で処理することによって、タンパク質20の早過ぎる凝集を防止することができる。この時間は、タンパク質20の量、その初期pH値、温度、アルカリ性緩衝液にさらされるタンパク質20の表面積、アルカリ性緩衝液が拡散してすべてのタンパク質20に到達するのに要する距離、ならびにタンパク質20およびアルカリ性緩衝液の緩衝能に左右される。
【0031】
本発明の好ましい実施形態では、タンパク質20は、pHが7.4より高く、濃度が0.1M以上の酢酸アンモニウムまたはギ酸アンモニウムなどのアルカリ性緩衝液と混合する。本発明の好ましい実施形態では、アルカリ性緩衝液は、100〜700mMのカルシウムイオン、および0.0001Mを超えるアジ化ナトリウムを含む。
【0032】
タンパク質20の安定性を高める様々なアルカリ性溶液の適合性を2つの方法で評価した。第1に、高濃度タンパク質溶液の少量の液滴を、4週間まで様々なアルカリ性緩衝液に対して透析し、間隔をおいてタンパク質溶液のゲルまたはゾル状態を測定した。代表的な結果を図3に示す。第2に、少量のタンパク質溶液をアルカリ性緩衝液と様々な時間で接触させて貯蔵した後、この溶液から繊維の紡糸を試みることによって本手法の妥当性を確かめた。この第2の手法では、国際公開第01/38614号に記載の、一般タイプの生体模倣紡糸装置を使用した。この公報の教示は、引用により本明細書に加入する。この生体模倣紡糸装置を用いた試験によれば、1Mの水酸化アンモニウム溶液から出た蒸気で飽和した雰囲気と接触して貯蔵されたタンパク質20は、1週間後に紡糸しても糸、繊維またはフィラメントを形成することができることが分かった。タンパク質20にアジ化ナトリウムを添加すると、この貯蔵時間を長くすることができる。
【0033】
この装置および方法は、天然および組換えタンパク質の貯蔵に使用できるだけでなく、フィブロインおよびスピドロインの再生溶液の貯蔵にも用いることができる。これらの溶液は、これらのタンパク質から作られた絹糸類をカオトロピック(水素結合切断)剤を含有する適切な溶液に溶かすことによって調製されたものである。こうしたカオトロピック剤の一例は、飽和臭化リチウムと無水エタノールの50:50v/v混合物である。
【実施例1】
【0034】
貯蔵時間の延長
以下の実施例では、Bombyx moriの絹糸腺から得られたカイコタンパク質を含むタンパク質溶液、再生Bombyx moriフィブロイン溶液、またはNephilaクモの主管足瓶嚢腺から得られた高濃度スピロドイン溶液について、貯蔵時間を延長した。
【0035】
第1のステップでは、タンパク質溶液を透析バッグ(MWCO5〜8kDa)に移し、20%w/vのPEG(MW15〜20kDa)および0.1mMの酢酸アンモニウム緩衝液を含有するpH7.8の溶液への4℃5時間の逆透析によって濃縮した。
【0036】
500mMの塩化カルシウム溶液および0.1mMの酢酸アンモニウム緩衝液を含有するpH7.8の溶液を用いた4℃1時間の透析によって、タンパク質をゲル化させる。細菌の成長を防止するために、アジ化ナトリウムを、最終濃度が0.001mMになるように透析液に添加することができる。
【0037】
得られたゲルは4℃で少なくとも4週間貯蔵することができる。
【0038】
得られたゲルは、目的物を押出成形または別の方法で成形する前に、蒸留水または100mMのエチレンジアミン四酢酸水溶液に対する透析によってゾルに再変換することができる。
【実施例2】
【0039】
Bombyx moriカイコにおける紡糸前に、フィブロインがゲルとして貯蔵されていることの実証
Bombyx moriカイコの絹糸腺の後部、中部、および前部の後方(腺)におけるフィブロインの状態を、カイコの発達の様々な段階で、双眼顕微鏡下で解剖することによって評価した。カイコから手早く取り出された腺を、カイコのリンゲル液(pH7.8)に移して観察した。腺の内腔にある物質は、繭の紡糸が開始される2〜3日前の終齢まで、すべての段階で初めはゾルとして存在し、その後は繭紡糸の初期段階まで、およびこの紡糸中、ゲルとして貯蔵されるように見える。管(前部の前部分)を断面で切断し、フィブロインのドープが流出するかどうかを観察することによって、紡糸の直前および紡糸中、この部分でフィブロインはゾルとして存在することが実証された。一旦紡糸が開始されると、紡糸中絹糸腺の大きさが小さくなるに連れて、ゾルの形成が絹のドープ中を次第に後方に伝播するように見える。これは、絹の安定な貯蔵にはゲルの形成が不可欠であり、絹のドープが管を流れて紡糸されるにはゾルの形成が不可欠であったことを実証している。
【実施例3】
【0040】
貯蔵された天然フィブロインのゾル/ゲル状態に対するカルシウムイオン添加および除去の効果
腺の中部の貯留内容物を、濃アンモニア溶液または酢酸でpH7.8に調整した、10mMのアジ化ナトリウムと100mMのEDTAを含有する100mMの酢酸アンモニウム緩衝液1mlで希釈することによって、フィブロイン・ドープの溶液を得た。この溶液は、このフィブロイン・ドープ溶液1容量に対して1Mの塩化カルシウム1容量を添加することによって、あるいは500nMの塩化カルシウム水溶液に対する透析によって、急速にゲル化させることができた。このタンパク質は、蒸留水または100mMの酢酸アンモニウム緩衝液(pH7.8)に対する透析によって、あるいはより急速には500mMのEDTAを含有する100mMの酢酸アンモニウム緩衝液(pH7.8)に対する透析によって、ゾル状態に戻すことができた。これは、カルシウムイオンの添加によってゾル/ゲル転移を誘起することができること、ならびにカルシウムイオンを除去することによってゲルを再度ゾル状態に戻すことができることを示している。カルシウムが誘起するこの転移は、ゲル状態に何日も、実際上何週間も貯蔵した後でも可逆的であった。
【実施例4】
【0041】
天然フィブロイン溶液の貯蔵に対するカルシウムイオン添加またはその除去の効果
濃縮フィブロイン溶液を調製し、実施例3に記載のように1Mの塩化カルシウムを添加することによってこれをゲル化させた。カルシウムイオンの除去によってゾルに変えることができる状態にゲルを安定的に貯蔵できる時間の長さを試験した。これを行うために、様々な長さの時間4℃の状態に置いたゲルの試料を採取し、500mMのEDTAを含有する100mMの酢酸アンモニウム緩衝液(pH7.8)で直ちに透析した。これらの観察によれば、カルシウム−フィブロインのゲルを、少なくとも4週間貯蔵した後で、安全にゾルに転移させることができることが分かった。これに対して、カルシウムイオンがない状態で形成されたゾルは、4℃で5〜8日しか貯蔵することができず、その後は、さらにEDTAを添加した場合でもゾルに変換できない重合物質を形成した。同様な結果は、デガミングした絹糸を9.6Mの臭化リチウムに溶かし、得られた溶液を低分子量カットの透析バッグ(Spectropor 10KDa)に入れて、100mMのリチウム、20%w/vのポリエチレングリコール(公称分子量15KDa)を含有する溶液に対して透析することによって調製した再生絹溶液を用いても得られた。しかし、この溶液にカルシウムイオンを上述のように添加することによって調製されたゲルは、天然フィブロインをゲル化することによって得られたものより著しく剛性が低かった。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】タンパク質の貯蔵に適した装置の第1の実施形態の概略図を示す。
【図2】タンパク質の貯蔵に適した装置の第2の実施形態の概略図を示す。
【図3】高濃度の自然フィブロイン溶液の貯蔵回数に対する、アルカリ性緩衝液およびアジ化ナトリウムの効果の結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
タンパク質(20)を貯蔵する第1の区画(30)と、アルカリ性緩衝液(50)を貯蔵する第2の区画(40)とを備えたタンパク質(20)貯蔵装置であって、前記第2の区画(40)が前記第1の区画(30)と流体で連絡されている貯蔵装置。
【請求項2】
前記アルカリ性緩衝液(50)がカルシウムイオンを含有する、請求項1に記載の装置。
【請求項3】
前記アルカリ性緩衝液(50)が、アンモニア溶液、酢酸アンモニウム、ギ酸アンモニウム、トリス/HCl、HEPES、PIPES、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、リン酸ナトリウム、リン酸カリウム、またはこれらの混合物を含むアルカリ性緩衝液の群から選択される、請求項1または2に記載の装置。
【請求項4】
前記アルカリ性緩衝液(50)が50〜700mMのカルシウムイオンを含有する、請求項1乃至3のいずれか1項に記載の装置。
【請求項5】
前記アルカリ性緩衝液(50)がアジ化ナトリウムも含有する、請求項1乃至4のいずれか1項に記載の装置。
【請求項6】
第1の区画(30)の内壁面の少なくとも一部は、表面エネルギーの低い材料で形成されているか、または前記材料が塗布されている、請求項1乃至5のいずれか1項に記載の装置。
【請求項7】
前記アルカリ性緩衝液(50)がガス状である、請求項1乃至6のいずれか1項に記載の装置。
【請求項8】
前記アルカリ性緩衝液(50)が透析膜(60)によって前記タンパク質(20)から分離されている、請求項1乃至6のいずれか1項に記載の装置。
【請求項9】
前記タンパク質(20)をアルカリ性溶液と混合する、請求項1乃至8のいずれか1項に記載の装置。
【請求項10】
前記タンパク質(20)を少なくとも1種のアルカリ性緩衝塩と混合する、請求項1乃至9のいずれか1項に記載の装置。
【請求項11】
前記少なくとも1種のアルカリ性緩衝塩が、アジ化ナトリウム、フェニルチオ尿素、シアン化ナトリウム、またはシアン化カリウムも含有する、請求項10に記載の装置。
【請求項12】
前記アルカリ性溶液が、pHが7.4より高い、0.1Mの水酸化アンモニウム、酢酸アンモニウム、ギ酸アンモニウム、クエン酸アンモニウム、トリス/HCl、PIPES、HEPES、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、リン酸ナトリウム、リン酸カリウムの緩衝液、またはこれら緩衝液の混合物である、請求項9乃至11のいずれか一項に記載の装置。
【請求項13】
前記アルカリ性緩衝液(50)のpHが7.4より高い、請求項1乃至13のいずれか1項に記載の装置。
【請求項14】
前記アルカリ性緩衝液(50)または混合緩衝液の濃度が0.025M以上である、請求項1乃至13のいずれか1項に記載の装置。
【請求項15】
前記タンパク質(20)が、天然タンパク質、再生タンパク質もしくは組換えタンパク質、天然タンパク質の混合物、再生タンパク質の混合物または組換えタンパク質の混合物である、請求項1乃至14のいずれか1項に記載の装置。
【請求項16】
前記タンパク質(20)がフィブロインもしくはスピドロイン、またはその相当物である、請求項1乃至15のいずれか1項に記載の装置。
【請求項17】
前記タンパク質(20)が、帯電した基を含み、かつ化学合成または遺伝子工学で調製された、反復両親媒性ブロック共重合体タンパク質またはタンパク質類似物である、請求項1乃至16のいずれか1項に記載の装置。
【請求項18】
タンパク質を第1の貯蔵区画(30)に配置する第1のステップと、
前記タンパク質(20)をアルカリ性緩衝液(50)に曝露する第2のステップと、
前記第1の貯蔵区画(30)において前記タンパク質(20)をアルカリ性雰囲気に保持する第3のステップと
を含む、タンパク質(20)貯蔵方法。
【請求項19】
前記第1の貯蔵区画(30)において前記タンパク質(20)を保持する時間が少なくとも1分である、請求項18に記載の方法。
【請求項20】
前記アルカリ性緩衝液(50)がカルシウムイオンを含有する、請求項18または19に記載の方法。
【請求項21】
前記アルカリ性緩衝液(50)が、アンモニア溶液、酢酸アンモニウム、ギ酸アンモニウム、クエン酸アンモニウム、トリス/HCl、HEPES、PIPES、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、リン酸ナトリウム、リン酸カリウム、またはこれら緩衝液の混合物からなるアルカリ性緩衝液の群から選択される、請求項18乃至20のいずれか1項に記載の方法。
【請求項22】
前記アルカリ性緩衝液が50〜700mMのカルシウムイオンを含有する、請求項18乃至21のいずれか1項に記載の方法。
【請求項23】
前記アルカリ性緩衝液(50)がガス状である、請求項18乃至22のいずれか1項に記載の方法。
【請求項24】
少なくとも1種のアルカリ性緩衝塩を前記タンパク質(20)に加える、請求項18乃至23のいずれか1項に記載の方法。
【請求項25】
前記アルカリ性緩衝塩が、アジ化ナトリウム、フェニルチオ尿素、シアン化ナトリウム、またはシアン化カリウムも含有する、請求項24に記載の方法。
【請求項26】
前記アルカリ性緩衝液(50)が透析膜(60)によって前記タンパク質から分離されている、請求項18乃至25のいずれか1項に記載の方法。
【請求項27】
前記アルカリ性緩衝液(50)のpHが7.4より高い、請求項18乃至26のいずれか1項に記載の方法。
【請求項28】
前記タンパク質(20)を、貯蔵前にアルカリ性溶液(50)と混合する、請求項18乃至27のいずれか1項に記載の方法。
【請求項29】
前記アルカリ性緩衝液(50)または混合緩衝液の濃度が0.025M以上である、請求項18乃至28のいずれか1項に記載の方法。
【請求項30】
前記タンパク質(20)が、天然タンパク質、再生タンパク質もしくは組換えタンパク質、天然タンパク質の混合物、再生タンパク質の混合物または組換えタンパク質の混合物である、請求項18乃至29のいずれか1項に記載の方法。
【請求項31】
前記タンパク質(20)がフィブロインもしくはスピドロイン、またはその相当物である、請求項18乃至30のいずれか1項に記載の方法。
【請求項32】
前記タンパク質(20)が、帯電した基を含み、かつ化学合成または遺伝子工学で調製された、反復両親媒性ブロック共重合体タンパク質またはタンパク質類似物である、請求項18乃至31のいずれか1項に記載の方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公表番号】特表2006−511722(P2006−511722A)
【公表日】平成18年4月6日(2006.4.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−561426(P2004−561426)
【出願日】平成15年12月23日(2003.12.23)
【国際出願番号】PCT/EP2003/014786
【国際公開番号】WO2004/057068
【国際公開日】平成16年7月8日(2004.7.8)
【出願人】(505169101)スピンテック エンジニアリング ジーエムビーエイチ (3)
【氏名又は名称原語表記】Spin’tec Engineering GmbH
【住所又は居所原語表記】Cannstatter Strasse 48,70734 Fellbach,Germany
【Fターム(参考)】