説明

バイオフィルム形成抑制剤

【課題】本発明の課題はバイオフィルムの形成を抑制する新規なバイオフィルム形成抑制剤を提供することである。
【解決手段】その解決手段はラクトフェリンを有効成分として含有するバイオフィルム形成抑制剤である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バイオフィルム(biofilm)の形成を抑制するためのバイオフィルム形成抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
バイオフィルムとは、その名前が示すように生物を包むフィルムであり、生物膜やスライムとも呼ばれる。その成分は細菌が菌体の周囲に産生する菌体外多糖(glycocalyx)から成っている(非特許文献1)。バイオフィルムが形成する粘液層は、菌を取り巻くように細胞壁の周りに存在し、細菌の増殖過程で重要な役割を担っている。すなわち、(1)増殖の足場となる場所に付着し、(2)増殖した菌体同士が離れないように接着し、(3)形成された菌塊を覆い、外部環境からの攻撃を防ぐことである。このため、菌が生体の感染防御機構や薬剤にさらされた場合でも、粘液層が接着力を増し、菌体を頑強に覆うことによって攻撃を防いでいると考えられている。
【0003】
バイオフィルムを形成する細菌は広範囲に渡り、細菌の存在する様々な場所に発生する。例えば、流しの三角コーナーにできるぬめりや、水道管の壁面や水槽に付着したこけはバイオフィルムである。人間の体内に生じるものとしては、口腔内のデンタルプラーク(歯垢)がバイオフィルムである。また、入れ歯やコンタクトレンズ、カテーテル等の医療材料にバイオフィルムが形成されることがある。
【0004】
バイオフィルムは細菌が繁殖したものであるから多くの場合好ましいものではなく、完全に除去されることが望ましい。例えば家庭の台所や食品工場の配管等にバイオフィルムが繁殖すると、食品への細菌混入による汚染などのおそれがある。また、デンタルプラークは悪化すると歯周病の原因になる。コンタクトレンズやカテーテルへのバイオフィルムの発生は直接人体に接触することから感染症等の疾患に罹患しやすくなり、ハイリスクである。
【0005】
バイオフィルムの形成抑制に関しては、以下の報告が知られている。
例えば、バイオフィルムの形成阻害作用及び破壊作用を有するヒグロマイシン及び/又はエピヒグロマイシンをピリドンカルボン酸等の抗菌剤と配合した抗菌組成物が開示されている(特許文献1)。また、プロテアーゼ類を使用したバイオフィルムを抑制または除去する方法が開示されている(特許文献2)。その他、特定構造を有するチオール類、カルボン酸エステル類及びアミン類から選ばれる1種以上の化合物と特定の酵素類とを含有するバイオフィルム制御剤組成物が開示されている(特許文献3)。
【0006】
口腔内に発生するバイオフィルムの形成抑制に注目したものとして、以下の報告が知られている。
例えば、糖アルコールおよび/またはアミノ酸を含むバイオフィルム形成阻害用組成物(特許文献4)が開示されており、糖アルコールの含有量は10〜50質量%が特に好ましいこと、アミノ酸の含有量は0.1〜2質量%が特に好ましいことが記載されている。また、実施例として歯磨剤が挙げられている。
【0007】
また、オルトリン酸、ピロリン酸、ソルビトール、カルシウム塩を含有する水含有口腔用ゲル組成物(特許文献5)が開示されており、有効成分について、A:オルトリン酸として0.25〜3質量%を与える、オルトリン酸又はその塩、B:ピロリン酸として0.3〜2質量%を与える、ピロリン酸又はその塩、C:20〜60質量%のソルビトール、D:カルシウムとして0.15〜1質量%を与えるカルシウム塩、を含有し、歯垢で産生される酸を直ちに中和することを特徴とする。また、実施例として歯磨剤や塗布剤が挙げられている。
【0008】
さらには、エピガロカテキン−3−ガレートを有効成分とするバイオフィルム抑制剤が開示されている(特許文献6)。本抑制剤は、口腔内細菌のEikenella corrodensによって形成されるバイオフィルムの抑制効果について、有効量が少なくとも0.4mM以上で用いるのが好ましいことが記載されている。また、実施例としては、歯科用薬剤が挙げられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平11−246419
【特許文献2】特開平6−262165
【特許文献3】特開2008−137917
【特許文献4】特開2005−29484
【特許文献5】特開2006−182667
【特許文献6】特開2008−13458
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】あたらしい眼科、メディカル葵出版、第17巻(臨時増刊号)、2000年、p.15−17
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
このように、バイオフィルムを形成抑制する手段が求められていた。従って、本発明の目的は、新規なバイオフィルム形成抑制剤を提供することにある。
【0012】
さらに、上述のように、バイオフィルムを形成抑制する方法としては、物理的に擦り落として除去する方法と、強力な殺菌剤の塗布や噴霧によって菌を死滅させる方法が一般的であった。例えば、口腔内細菌産生バイオフィルムの形成抑制剤として知られているものは、多くは細菌の増殖抑制作用や死滅(殺菌)作用に基づいて形成抑制効果を発揮するものであった。物理的な除去は、それが可能な場合が限られており、口腔内のように入り組んでいて物理的に擦り落とす器具が到達し難い部分が多数あり、しかもその表面が傷つきやすかったりする場合には、必ずしも有効でない。また、強力な殺菌剤の使用は、口腔内のような部位に日常的に行うには不安が残り、さらに、このような強力な殺菌剤の使用を、食品、医薬品、飼料、農薬等の多様な製品へ適用するには未だ多くの課題が残る。
【0013】
従って、本発明の目的は、強力な殺菌作用によらずに、バイオフィルムを形成抑制可能な、新規なバイオフィルム形成抑制剤を提供することにもある。
【0014】
さらに、本発明は、代表的な口腔内細菌であるポルフィロモナス・ジンジバリス(Porphyromonas gingivalis)の産生するバイオフィルムに好適なバイオフィルム形成抑制剤を提供することにもある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、従来、効果の知られていなかった低濃度のラクトフェリンが、バイオフィルムの形成を抑制することを見出し、本発明を完成させた。
【0016】
本課題を解決する発明は、ラクトフェリンを有効成分とするバイオフィルム形成抑制剤である。
本発明は、ラクトフェリンを8〜2000μg/mlの濃度で含有することが好ましい。また、本発明は、ラクトフェリンがアポラクトフェリン、天然型ラクトフェリンまたはホロラクトフェリンであることが好ましい。
さらに、バイオフィルムが、口腔内細菌のポルフィロモナス・ジンジバリス産生バイオフィルムであることが好ましく、トローチ剤の形態であることが好ましい。
【0017】
従って、本発明は、次の[1]〜[7]にある。
[1] ラクトフェリンを有効成分として含有するバイオフィルム形成抑制剤。
[2] ラクトフェリンを8〜2000μg/mlの濃度で含有する[1]に記載のバイオフィルム形成抑制剤。
[3] バイオフィルムが、ポルフィロモナス・ジンジバリス産生バイオフィルムである[1]又は[2]に記載のバイオフィルム形成抑制剤。
[4] バイオフィルム形成抑制がバイオフィルムの量の増大の抑制又はバイオフィルムの量の減少である[1]〜[3]の何れかに記載のバイオフィルム形成抑制剤。
[5] トローチ剤の形態である[1]に記載のバイオフィルム形成抑制剤。
[6] トローチ剤の総質量に対するラクトフェリンの含有量が10〜30%である[5]に記載のバイオフィルム形成抑制剤。
[7] [1]〜[6]の何れかに記載のバイオフィルム形成抑制剤を含有する抗生物質の抗菌補助剤。
【0018】
さらに、本発明は、次の[8]〜[13]にもある。
[8] ラクトフェリンを有効成分として含んでなる、バイオフィルム形成抑制用医薬組成物。
[9] 有効成分としてのラクトフェリン、及び薬学上許容される担体を含んでなる、バイオフィルム形成抑制用医薬組成物。
[10] ラクトフェリンを有効成分として含んでなる、バイオフィルム形成抑制剤。
[11] ラクトフェリンを投与して、バイオフィルムを形成抑制する方法。
[12] バイオフィルムを形成抑制するための、ラクトフェリンの使用。
[13] バイオフィルム形成抑制剤を製造するための、ラクトフェリンの使用。
【0019】
さらに、本発明は、次の[14]〜[25]にもある。
[14] ラクトフェリンを有効成分として含んでなる、抗菌作用増強用医薬組成物。
[15] 有効成分としてのラクトフェリン、及び薬学上許容される担体を含んでなる、抗菌作用増強用医薬組成物。
[16] ラクトフェリンを有効成分として含んでなる、抗菌作用増強剤。
[17] ラクトフェリンを有効成分として含んでなる、抗菌作用増強用添加剤。
[18] ラクトフェリンを抗菌剤と共に投与して、抗菌剤の抗菌作用を増強する方法。
[19] 抗菌作用増強のための、ラクトフェリンの使用。
[20] 抗菌作用増強剤を製造するための、ラクトフェリンの使用。
[21] 抗菌作用増強用の有効成分としてのラクトフェリンと、抗菌成分とを含んでなる、抗菌用医薬組成物。
[22] 抗菌作用増強用の有効成分としてのラクトフェリン、抗菌成分、及び薬学上許容される担体を含んでなる、抗菌用医薬組成物。
[23] 抗菌作用増強用の有効成分としてのラクトフェリンと、抗菌成分とを含んでなる、抗菌剤。
[24] 抗菌作用が増強された抗菌剤を製造するための、ラクトフェリンの使用。
[25] 抗菌成分に、ラクトフェリンを添加する工程、を含む、抗菌剤の製造方法。
【0020】
さらに、本発明は、次の[26]〜[29]にもある。
[26] [1]〜[6]の何れかに記載のバイオフィルム形成抑制剤を含んでなる、抗菌作用増強剤。
[27] [1]〜[6]の何れかに記載のバイオフィルム形成抑制剤と、抗菌成分とを含んでなる、抗菌剤。
[28] 抗菌成分に、[1]〜[6]の何れかに記載のバイオフィルム形成抑制剤を添加する工程、を含む、抗菌剤の製造方法。
[29] ラクトフェリンと抗菌成分とを有効成分として含有するバイオフィルム形成菌用抗菌剤。
【0021】
本発明によれば、ラクトフェリンは、従来知られていなかった低濃度で、バイオフィルム形成抑制剤、及び抗菌作用増強剤として、有効な効果を示す。その作用時のラクトフェリンの濃度とは、例えば、8〜2000μg/ml(0.008〜2mg/ml)の範囲、好ましくは31〜2000μg/mlの範囲、さらに好ましくは50〜2000μg/mlの範囲、あるいは例えば、8〜1000μg/ml、好ましくは31〜1000μg/ml、さらに好ましくは130〜1000μg/mlの範囲、あるいは例えば、8〜500μg/ml、好ましくは31〜500μg/ml、さらに好ましくは130〜500μg/mlの範囲の濃度を挙げることができる。
ここで、作用時の濃度とは、本発明のバイオフィルム形成抑制剤、及び抗菌作用増強剤の効果が発揮される濃度をいう。
すなわち、口腔内バイオフィルムに作用する場合においては投与時の濃度、あるいは摂取時の濃度に相当し、流しの三角コーナーにできるぬめりや、水道管の壁面や水槽に付着したこけなどのバイオフィルムに作用する場合には、使用時の濃度に相当する。
すなわち、本発明は、このような範囲の濃度でラクトフェリンが投与される、医薬組成物、抗菌補助剤、バイオフィルム形成抑制剤、抗菌作用増強剤、抗菌作用増強用添加剤、及び抗菌剤にもあり、このような範囲の濃度でラクトフェリンを含有する、医薬組成物、抗菌補助剤、バイオフィルム形成抑制剤、抗菌作用増強剤、抗菌作用増強用添加剤、及び抗菌剤にもあり、このような範囲の濃度でラクトフェリンを投与するラクトフェリンの使用にもあり、このような範囲の濃度でラクトフェリンを投与する方法にもある。また、このような低濃度での投与は、ヒトの口腔内に対して適しているので、本発明は、口腔内用の、医薬組成物、抗菌補助剤、バイオフィルム形成抑制剤、抗菌作用増強剤、抗菌作用増強用添加剤、及び抗菌剤にもあり、口腔内へ投与する方法にもあり、口腔内へ投与するラクトフェリンの使用にもある。なお、濃度の単位については水の比重が1g/mlであることから、例えばラクトフェリン濃度8μg/mlは、8μg/gと言い換えることができる。
また、本発明による抗菌作用増強は、バイオフィルムを形成する菌に対する抗菌作用を好適に増強するので、本発明は、バイオフィルム形成菌用の、医薬組成物、抗菌補助剤、バイオフィルム形成抑制剤、抗菌作用増強剤、抗菌作用増強用添加剤、及び抗菌剤にもあり、バイオフィルム形成菌に投与する方法にもあり、バイオフィルム形成菌へ投与するラクトフェリンの使用にもある。
【0022】
本発明の好適な実施の一態様において、有効成分としてのラクトフェリンに加えて、ラクトパーオキシダーゼシステムの成分(ラクトパーオキシダーゼ、グルコースオキシダーゼ、グルコース)を添加して、バイオフィルム形成抑制作用を十分に発揮させることができる。従って、本発明は、次の[30]〜[36]にもある。
[30] 有効成分としてラクトフェリン、ラクトパーオキシダーゼ、グルコースオキシダーゼ、及びグルコースを含有するバイオフィルム形成抑制剤。
[31] バイオフィルムが、ポルフィロモナス・ジンジバリス産生バイオフィルムである[30]に記載のバイオフィルム形成抑制剤。
[32] [30]〜[31]の何れかに記載のバイオフィルム形成抑制剤を含有する抗生物質の抗菌補助剤。
[33] 有効成分としてのラクトフェリン、ラクトパーオキシダーゼ、グルコースオキシダーゼ、グルコース、及び薬学上許容される担体を含んでなる、バイオフィルム形成抑制用医薬組成物。
[34] ラクトフェリン、ラクトパーオキシダーゼ、グルコースオキシダーゼ、及びグルコースを投与して、バイオフィルムを形成抑制する方法。
[35] 有効成分としてのラクトフェリン、ラクトパーオキシダーゼ、グルコースオキシダーゼ、グルコースを含んでなる、抗菌剤。
[36] 有効成分としてのラクトフェリン、ラクトパーオキシダーゼ、グルコースオキシダーゼ、グルコースを含んでなる、バイオフィルム形成菌用抗菌剤。
【0023】
さらに、本発明は、次の[37]〜[57]にもある。
[37] ラクトフェリンを有効成分として含有するバイオフィルム形成抑制剤。
[38] ラクトフェリンを8〜2000μg/mlの濃度で含有する[37]に記載のバイオフィルム形成抑制剤。
[39] ラクトフェリンが、アポラクトフェリン、天然型ラクトフェリン、またはホロラクトフェリンからなる群より選択された1種または2種以上である、[37]〜[38]の何れかに記載のバイオフィルム形成抑制剤。
[40] バイオフィルムがポルフィロモナス・ジンジバリス産生バイオフィルムである、[37]〜[39]の何れかに記載のバイオフィルム形成抑制剤。
[41] トローチ剤の形態である[37]に記載のバイオフィルム形成抑制剤。
[42] トローチ剤の総質量に対するラクトフェリンの含有量が10〜30%である[41]に記載のバイオフィルム形成抑制剤。
[43] 有効成分としてラクトフェリン、さらにラクトパーオキシダーゼ、グルコースオキシダーゼ、及びグルコースを含有する、[37]〜[42]の何れかに記載のバイオフィルム形成抑制剤。
[44] ラクトフェリンを投与して、バイオフィルムを形成抑制する方法。
[45] バイオフィルムを形成抑制するための、ラクトフェリンの使用。
[46] バイオフィルム形成抑制剤を製造するための、ラクトフェリンの使用。
[47] ラクトフェリンと抗菌成分とを有効成分として含有するバイオフィルム形成菌用抗菌剤。
[48] ラクトフェリンが、アポラクトフェリン、天然型ラクトフェリン、またはホロラクトフェリンからなる群より選択された1種または2種以上である、[47]に記載のバイオフィルム形成菌用抗菌剤。
[49] [47]〜[48]の何れかに記載のバイオフィルム形成菌用抗菌剤を投与して、バイオフィルム形成菌を殺菌する方法。
[50] 抗菌成分を含有させる工程、
ラクトフェリンを含有させる工程、
を含む、バイオフィルム形成菌用抗菌剤の製造方法。
[51] ラクトフェリンを有効成分として含んでなる、抗菌作用増強剤。
[52] ラクトフェリンが、アポラクトフェリン、天然型ラクトフェリン、またはホロラクトフェリンからなる群より選択された1種または2種以上である、[51]に記載の抗菌作用増強剤。
[53] 抗菌作用が、バイオフィルム形成菌に対する抗菌作用である、[51]〜[52]の何れかに記載の抗菌作用増強剤。
[54] 抗菌成分の投与と同時にまたは前後して、ラクトフェリンを投与する工程、を含んでなる、抗菌成分の抗菌作用を増強する方法。
[55] 抗菌成分が、バイオフィルム形成菌に作用する抗菌成分である、[54]に記載の抗菌作用増強剤。
[56] 抗菌成分の抗菌作用を増強するための、ラクトフェリンの使用。
[57] 抗菌作用増強剤を製造するための、ラクトフェリンの使用。
【発明の効果】
【0024】
本発明によって奏される効果は下記の通りである。
1.本発明によれば、バイオフィルムの形成を抑制すること(バイオフィルムの形成抑制)ができる。バイオフィルムの形成抑制とは、バイオフィルムの新たな形成を阻害してバイオフィルムの量の増大を抑制すること、及びいったん形成されたバイオフィルムの除去を促進してバイオフィルムの量を減少させることの両方を含む。これによっていわゆる細菌の巣を破壊して、細菌の付着や凝集などを抑制することができる。
2.口腔内で形成されるバイオフィルムに対しては、経口摂取するだけで効果の得られる簡便な方法である。
3.ラクトフェリンを低濃度で使用できることから、経口摂取の際、口腔内への付着や風味の問題は全くなく、しかも経済的である。また、ラクトフェリンを低濃度で使用できることから製品組成の自由度が高く、多様な形態で本発明品を提供することができる。
4.強力な殺菌剤によってバイオフィルムを破壊しようとする場合と比較すれば、ヒトの体内に摂取した場合、抗生物質や消毒剤の投与による副作用や、耐性菌、宿主に有益な微生物の死滅等の問題を回避できる。
5.抗菌剤、特に抗生物質の抗菌補助剤(抗菌作用増強剤)として使用することにより、抗菌剤の抗菌効果を増強させることができる。これによって、少量の抗菌剤で同等の殺菌効果を得ることができるために、抗菌剤(特に抗生物質)の使用量を低減させることができる。
6.ラクトフェリンと抗生物質によるバイオフィルム形成菌用抗菌剤として使用することにより、抗生物質の使用量を低減することができる。これにより、抗生物質の使用による副作用が起こりにくくなり、耐性菌の出現が抑制される。
7.ラクトフェリンは、乳由来の成分であってヒトの母乳にも含まれ、また家畜の獣乳として、歴史的な年月の間、ヒトによって摂取されていたものであるので、ヒトに対する安全性が極めて高い。そのために、本発明に係るバイオフィルム形成抑制剤、及び抗菌補助剤(抗菌作用増強剤)は、ヒトの口腔内に対しても、安心して使用することができ、長期にわたる日常的な投与を行った場合にも、全く不安がない。ヒトの口腔内で使用される器具、例えば入れ歯などに対しても、安心して使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】図1はラクトフェリンによるバイオフィルム形成抑制効果を示す図である。
【図2】図2はラクトフェリンによるバイオフィルムの量の減少を示す図である。
【図3】図3はラクトフェリンによる抗菌活性が見られないことを示す図である。
【図4】図4はラクトフェリン併用によるミノサイクリンの抗菌作用増強の効果を示す図である。
【図5】図5はラクトフェリンとラクトパーオキシダーゼシステムによるバイオフィルム形成抑制効果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
次に、本発明の好ましい実施形態について詳細に説明する。ただし、本発明は以下の好ましい実施形態に限定されず、本発明の範囲内で自由に変更することができる。尚、本明細書において百分率は特に断りのない限り質量による表示である。
【0027】
[バイオフィルム]
細菌は、自らの生存環境を整えるために、菌体の周囲に物質を分泌して、いわば細菌の巣を形成する。本発明のバイオフィルムは、細菌が菌体の周囲に産生する多糖物質を主要成分とすることから、菌体外多糖物質と言われる物質である。このために、本明細書において、バイオフィルムは菌体外多糖と言い換えることができる。
【0028】
本発明のバイオフィルムは、流しの三角コーナーにできるぬめり、水道管の壁面や水槽に付着したこけ、口腔内のデンタルプラーク(歯垢)、歯と歯ぐきの間(歯周ポケット内プラーク)や舌の表面に生じるもの(舌苔)、入れ歯やコンタクトレンズ、カテーテル等の医療材料に発生するぬめり等を含んでいる。
【0029】
[細菌]
本発明での細菌は、バイオフィルムを形成する細菌であれば特に制限されるものではないが、口腔内でバイオフィルムを形成するグラム陰性嫌気性桿菌が好ましい。中でも、ポルフィロモナス・ジンジバリス(Porphyromonas gingivalis)、プレボテラ・インターメディア(Prevotera intermedia)、プレボテラ・ニグレセンス(Prevotera nigrescens)、タネレラ・フォルシセンシス(Tannerella forsythensis)、アグリガチバクター・アクチノミセテムコミタンス(Aggregatibacter actinomycetemcomitans)、フソバクテリウム・ヌクレアトゥム(Fusobacterium nucleatum)が好ましく、ポルフィロモナス・ジンジバリス(Porphyromonas gingivalis)が特に好ましい。
【0030】
[バイオフィルム形成抑制剤]
本発明のバイオフィルム形成抑制剤によれば、歯面や歯周ポケット、舌や頬におけるバイオフィルムの形成を抑制することによって、これらの部位への歯周病原細菌の付着や凝集を防止することができる。
【0031】
本発明におけるバイオフィルムの形成抑制とは、具体的には、バイオフィルムと呼ばれる菌体外多糖の量(特に質量)の増大を抑制すること、あるいは菌体外多糖の量(特に質量)を減少させることをいう。
【0032】
本発明のバイオフィルム形成抑制剤は非常に低い濃度において有効であり、ラクトフェリンについて殺菌作用も含めた如何なる作用効果も知られていないほどの低濃度において、バイオフィルム形成抑制効果を有効に発揮する。バイオフィルム形成抑制剤の投与時のラクトフェリン濃度として、ラクトフェリンを8〜2000μg/ml(0.008〜2mg/ml)の濃度で含有することが好ましく、31〜2000μg/mlの濃度で含有することがより好ましく、50〜2000μg/mlの濃度で含有することがさらに好ましい。好適な実施の一態様において、例えば、8〜1000μg/ml、好ましくは31〜1000μg/ml、さらに好ましくは130〜1000μg/mlの範囲の濃度で使用することができ、あるいは例えば、8〜500μg/ml、好ましくは31〜500μg/ml、さらに好ましくは130〜500μg/mlの範囲の濃度で使用することができる。
【0033】
このため本発明のバイオフィルム形成抑制剤は、有効量を投与する場合の濃度が非常に低く、ラクトフェリンの安全性に加えて、この低濃度の観点からもまた副作用のおそれがなく、長期にわたる日常的な投与を行ったとしても、ヒトに対して安全性の不安は全くない。そのため、さらに、本発明の抑制剤は、ヒトに投与する場合に、年齢や性別に関係なく使用することができ、口腔内に付着することもなく、風味に関する問題が全くない。また、本発明の抑制剤は非常に安価に使用することができ、ヒトの口腔内に投与すれば、歯科医院での治療費の軽減も可能である。
【0034】
本発明のバイオフィルム形成抑制剤は、ラクトフェリンについて殺菌作用も含めた如何なる作用効果も知られていないほどの低濃度において、バイオフィルム形成抑制効果を有効に発揮する。すなわち、従来の知見からも、本発明のバイオフィルム形成抑制の効果は、ラクトフェリンの殺菌作用に基づくものではない。また、後述のように、本発明によれば、金属飽和してキレート能を有しないホロラクトフェリンによっても、バイオフィルム形成抑制効果が有効に発揮されていることからも、本発明のバイオフィルム形成抑制の効果は、ラクトフェリンの殺菌作用に基づくものではない。すなわち、本発明のバイオフィルム形成抑制剤は、ラクトフェリンの未知の性質を発見することによって、得られたものである。
【0035】
[ラクトフェリン]
本発明の有効成分であるラクトフェリンは市販品の他、哺乳類(例えば、ヒト、ウシ、水牛、ウマ、ヤギ、ヒツジ等)の初乳、移行乳、常乳、末期乳等、これらの処理物である脱脂乳、ホエー等からイオン交換クロマトグラフィー等の常法により分離したラクトフェリン、ラクトフェリンから常法により鉄を除去したアポラクトフェリン、アポラクトフェリンに鉄、銅、亜鉛、マンガン等の金属を一部キレートさせた金属結合ラクトフェリン、または前記金属を完全にキレートさせた金属飽和ラクトフェリンを使用することができる。
特にウシ由来のラクトフェリンが好ましい。
【0036】
また、組換えDNA技術により得られる組換え真菌、組換え乳牛(トランスジェニック・カウ)等により生産されるヒト・ラクトフェリン等も、同様に本発明に使用することができる。
本発明で使用するラクトフェリンは、アポラクトフェリン、天然型ラクトフェリンまたはホロラクトフェリンが好ましく、天然型ラクトフェリンまたはホロラクトフェリンがより好ましく、ホロラクトフェリンがさらに好ましい。
【0037】
本発明のバイオフィルム形成抑制剤は、公知の方法により種々の態様に製剤化して投与することができ、好適な実施の態様において経口投与することができる。
【0038】
本発明のバイオフィルム形成抑制剤に含有されるラクトフェリンは、非常に低い濃度において有効であり、ラクトフェリンについて殺菌作用も含めた如何なる作用効果も知られていないほどの低濃度において、バイオフィルム形成抑制効果を有効に発揮する。バイオフィルム形成抑制剤の投与時のラクトフェリン濃度として、ラクトフェリンを8〜2000μg/ml(0.008〜2mg/ml)の濃度で含有することが好ましく、31〜2000μg/mlの含有量で含有することがより好ましく、50〜2000μg/mlの含有量で含有することがさらに好ましい。好適な実施の一態様において、例えば、8〜1000μg/ml、好ましくは31〜1000μg/ml、さらに好ましくは130〜1000μg/mlの範囲の含有量で使用することができ、あるいは例えば、8〜500μg/ml、好ましくは31〜500μg/ml、さらに好ましくは130〜500μg/mlの範囲の濃度で使用することができる。
【0039】
本発明のバイオフィルム形成抑制剤は、ラクトフェリンを薬学的に許容され得る賦形剤等の任意の添加剤を用いて製剤化することにより製造できる。製剤化にあたっては、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、安定剤、矯味矯臭剤、希釈剤、注射剤用溶剤等の添加剤を使用できる。具体的製剤として、錠剤(糖衣錠、腸溶性コーティング錠、バッカル錠を含む。)、散剤、カプセル剤(腸溶性カプセル、ソフトカプセルを含む。)、顆粒剤(コーティングしたものを含む。)、丸剤、トローチ剤、封入リポソーム剤、液剤、又はこれらの製剤学的に許容され得る徐放製剤等を例示することができる。
【0040】
本発明のバイオフィルム形成抑制剤は、一定濃度のラクトフェリンを口腔内に保持することによって効果を発揮することから、トローチ剤の形態が特に好ましい。
本発明のバイオフィルム形成抑制剤がトローチ剤である場合、ラクトフェリンが口腔内に8〜2000μg/mlの濃度で1時間以上残存することが好ましく、ラクトフェリンが口腔内に31〜2000μg/mlの濃度で1時間以上残存することがより好ましく、ラクトフェリンが口腔内に130〜2000μg/mlの濃度で1時間以上残存することがさらに好ましい。よって、該条件を満たすように、トローチ剤の大きさ、質量、硬度等の物性やラクトフェリンの配合量、使用する添加剤の種類や配合量等を調整することができる。
トローチ剤中のラクトフェリンの含有量は、当該トローチ剤の総質量に対し、10〜30%であることが好ましく、15〜25%であることがより好ましい。
【0041】
製剤に用いる担体及び賦形剤としては、乳糖、ブドウ糖、白糖、マンニトール、馬鈴薯澱粉、トウモロコシ澱粉、炭酸カルシウム、リン酸カルシウム、硫酸カルシウム、結晶セルロース、カンゾウ末、ゲンチアナ末など、結合剤としては例えば澱粉、ゼラチン、シロップ、ポリビニルアルコール、ポリビニルエーテル、ポリビニルピロリドン、ヒドロキシプロピルセルロース、エチルセルロース、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース等を例示することができる。
【0042】
また、崩壊剤としては、澱粉、寒天、ゼラチン末、カルボキシメチルセルロースナトリウム、カルボキシメチルセルロースカルシウム、結晶セルロース、炭酸カルシウム、炭酸水素ナトリウム、及びアルギン酸ナトリウム等を、それぞれ例示することができる。
【0043】
更に、滑沢剤としては、ステアリン酸マグネシウム、水素添加植物油、及びマクロゴール等、着色剤としては医薬品に添加することが許容されている赤色2号、黄色4号、及び
青色1号等を、それぞれ例示することができる。
【0044】
錠剤及び顆粒剤は、必要に応じ白糖、ヒドロキシプロピルセルロース、精製セラック、ゼラチン、ソルビトール、グリセリン、エチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルピロリドン、フタル酸セルロースアセテート、ヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート、メチルメタクリレート、及びメタアクリル酸重合体等により被膜することもできる。
【0045】
本発明の薬剤は単独で使用してもよいが、その他のバイオフィルム形成抑制に効果を有する医薬組成物と併用してもよい。併用によって、バイオフィルム形成抑制効果を高めることができるからである。
併用する医薬組成物は本発明の薬剤中に有効成分として含有させてもよいし、本発明の薬剤中には含有させずに別個の薬剤として組み合わせて商品化してもよい。
【0046】
本発明の好適な実施の一態様において、有効成分としてのラクトフェリンに加えて、ラクトパーオキシダーゼシステムの成分(ラクトパーオキシダーゼ、グルコースオキシダーゼ、グルコース)を添加して、バイオフィルム形成抑制作用を十分に発揮させることができる。
【0047】
ラクトパーオキシダーゼは、ほ乳類の乳等から得ることができ、例えば、ヒト、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ等の乳等から得ることができる。例えば、特開平5−41981公報(発明の名称:生菌含有液状組成物)に開示された方法のように、乳等未加熱のホエーまたは脱脂乳から、常法(例えば、イオン交換クロマトグラフィー等)に従って工業的に製造することが好ましく、更に、市販の天然物由来のラクトパーオキシダーゼ(例えばDMV社製等)、又は組換え型ラクトパーオキシダーゼ〔例えば、シンらの方法[バイオケミカル・アンド・バイオフィジカル・リサーチ・コミュニュケーションズ(Biochemical and Biophysical Research Communications)、第271巻、2000年、p.831−836]によって発現・精製された組換え型ラクトパーオキシダーゼ、又は市販の組換え型ラクトパーオキシダーゼ〕を使用することも可能である。ラクトパーオキシダーゼは、ほ乳類の乳に由来するものを好適に使用可能である。食品添加剤、医薬組成物に使用する場合には、その乳が伝統的に飲食用に用いられている牛、羊、山羊などの乳に由来するラクトパーオキシダーゼが好ましく、特に牛乳由来のものが好ましい。これらは歴史的な年月の間、ヒトの飲食に使用されていたために、ヒトに対する安全性が極めて高い水準で担保されているからである。牛乳由来の未加熱のホエーは、乳製品製造の副産物として安定して大量に得ることができるために、本発明に使用するラクトパーオキシダーゼの原料として、特に好適である。
【0048】
グルコースオキシダーゼとしては、例えば、アスペルギルス・ニガー(Aspergillus niger)、ペニシリウム・クリソゲナム(Penicillium chrysogenum)等の微生物の産生す
る酵素である市販品のグルコースオキシダーゼ(例えば、新日本化学工業社製等)を使用することができる。グルコースとしては、例えば、市販品の食品添加物用のグルコース(例えば、日本食品化工社製等)を使用することができる。これらのグルコースオキシダーゼ、グルコースはいずれも食品添加物として広く利用されており、また市販されており容易に入手可能である。
【0049】
有効成分としてのラクトフェリンに加えて、ラクトパーオキシダーゼシステムの成分(ラクトパーオキシダーゼ、グルコースオキシダーゼ、グルコース)を含有してなる、バイオフィルム形成抑制剤もまた、上述したように、製剤化し、製造し、使用することができる。
【0050】
[バイオフィルム形成菌用抗菌剤]
本発明のバイオフィルム形成菌用抗菌剤は、少なくともラクトフェリン及び抗菌成分(抗菌剤)を含有する。抗菌成分としては、抗生物質が好ましい。
本発明のバイオフィルム形成菌用抗菌剤は、バイオフィルムを形成する菌体であって、バイオフィルムに覆われた菌体を殺菌するために好適に用いることができる。
通常、菌体はバイオフィルムと一体化した状態で存在していることから、バイオフィルム産生細菌を、細菌及びバイオフィルム複合体ととらえることもできる。従って、本発明のバイオフィルム形成菌用抗菌剤は、「細菌及びバイオフィルム複合体の形成抑制用の医薬組成物。」と言い換えることができる。
本発明のバイオフィルム形成菌用抗菌剤は、ラクトフェリンと抗菌成分、好ましくは抗生物質の異なる働きにより、バイオフィルム産生細菌(バイオフィルム形成菌)を効果的に抗菌することができる。
【0051】
本発明のバイオフィルム形成菌用抗菌剤として使用できる抗菌成分(抗菌剤)としては、対象の菌に対して抗菌効果を有する抗菌成分(抗菌剤)であれば特に制限されるものではないが、好適に使用可能な抗菌成分(抗菌剤)として、例えば抗生物質を挙げることができ、抗生物質としては例えば、アンピシリン、シプロフロキサシン、クラリスロマイシン、ミノサイクリンを挙げることができ、ミノサイクリンが特に好ましい。
【0052】
本発明のバイオフィルム形成菌用抗菌剤中のラクトフェリンは、バイオフィルム形成抑制剤において上述したように、ラクトフェリンについて殺菌作用も含めた如何なる作用効果も知られていないほどの低濃度において効果を発揮し、この効果はバイオフィルム形成抑制の作用を介して発揮されるものと本発明者は考えている。
具体的には、バイオフィルム形成菌用抗菌剤中のラクトフェリン濃度として、ラクトフェリンを8〜2000μg/ml(0.008〜2mg/ml)の濃度で含有することが好ましく、31〜2000μg/mlの含有量で含有することがより好ましく、50〜2000μg/mlの含有量で含有することがさらに好ましい。好適な実施の一態様において、例えば、8〜1000μg/ml、好ましくは31〜1000μg/ml、さらに好ましくは130〜1000μg/mlの範囲の含有量で使用することができ、あるいは例えば、8〜500μg/ml、好ましくは31〜500μg/ml、さらに好ましくは130〜500μg/mlの範囲の濃度で使用することができる。
従って、ラクトフェリンの殺菌作用を介することなく本発明の抗菌作用増強の効果が発揮されていること、そのためにヒトに対する高い安全性を有することについても、バイオフィルム形成抑制剤において上述した通りである。さらに、抗菌補助剤及び抗菌作用増強剤の投与時のラクトフェリン濃度としては、バイオフィルム形成抑制剤において上述した通りであり、バイオフィルム形成抑制剤において上述したように製剤化することができる。
【0053】
本発明のバイオフィルム形成菌用抗菌剤は、抗菌成分(抗菌剤)に対して、バイオフィルム形成抑制剤の有効成分であるラクトフェリンを添加して、上記及び公知の方法によって製剤化して得られる。
なお、本発明のバイオフィルム形成菌用抗菌剤におけるラクトフェリンの濃度は、ラクトフェリンとしてバイオフィルム形成抑制作用に必要な濃度を含有することが好ましい。
また、本発明のバイオフィルム形成菌用抗菌剤におけるラクトフェリンと抗菌成分の混合比(質量比)は、ラクトフェリン:抗菌成分=5000:1〜1:1であることが好ましい。
すなわち、抗菌成分の量はラクトフェリンに対して5000分の1という極めて少量であっても、バイオフィルム形成菌に対して本発明における抗菌成分が十分に抗菌活性を示すので、抗菌成分としての抗生物質の使用量を低減させることができ、抗生物質に対する耐性菌の出現を効果的に抑制、削減することができるという効果も兼ね備えている。
本発明のバイオフィルム形成菌用抗菌剤では、ラクトフェリンが先に作用すると考えられることから、例えばトローチ剤や錠剤の場合はラクトフェリンを薬剤の表層付近に分散させておくと抗菌成分よりも先に口腔内で分散し、バイオフィルムに作用しやすく好ましい。
【0054】
[抗菌補助剤/抗菌作用増強剤]
本発明の抗菌補助剤及び抗菌作用増強剤は、バイオフィルムに覆われた菌体を殺菌するために抗菌成分(抗菌剤)、例えば抗生物質と併用することで、抗菌成分(抗菌剤)、特に抗生物質の抗菌効果を増強することができる。本発明の抗菌補助剤及び抗菌作用増強剤は、抗菌成分(抗菌剤)の抗菌作用の増強という、ラクトフェリンの未知の性質を発見することによって、得られたものである。従って、本発明の抗菌補助剤及び抗菌作用増強剤は、上記バイオフィルム形成抑制剤が使用可能なバイオフィルムに覆われた細菌(菌体)に対して、好適に使用することができる。対象とする細菌は、バイオフィルム形成抑制剤において上述した通りである。
【0055】
本発明によって抗菌作用の増強を受ける抗菌成分(抗菌剤)としては、対象の菌に対して抗菌効果を有する抗菌成分(抗菌剤)であれば特に制限されるものではないが、好適に使用可能な抗菌成分(抗菌剤)として、例えば抗生物質を挙げることができ、抗生物質としては例えば、アンピシリン、シプロフロキサシン、クラリスロマイシン、ミノサイクリンを挙げることができ、ミノサイクリンが特に好ましい。
【0056】
本発明の抗菌補助剤及び抗菌作用増強剤は、バイオフィルム形成抑制剤において上述したように、ラクトフェリンについて殺菌作用も含めた如何なる作用効果も知られていないほどの低濃度において、抗菌作用増強効果を有効に発揮する。本発明の抗菌作用増強の効果は、バイオフィルム形成抑制の作用を介して、発揮されるものと本発明者は考えている。従って、ラクトフェリンの殺菌作用を介することなく本発明の抗菌作用増強の効果が発揮されていること、そのためにヒトに対する高い安全性を有することについても、バイオフィルム形成抑制剤において上述した通りである。さらに、抗菌補助剤及び抗菌作用増強剤の投与時のラクトフェリン濃度としては、バイオフィルム形成抑制剤において上述した通りであり、バイオフィルム形成抑制剤において上述したように製剤化することができる。
【0057】
また、本発明は、抗菌作用増強の有効成分であるラクトフェリンを上記のように製剤化した抗菌補助剤又は抗菌作用増強剤にもあるが、抗菌成分(抗菌剤)に対して、抗菌作用増強の有効成分であるラクトフェリンを添加して、上記及び公知の方法によって製剤化して得られる、抗菌作用が増強された抗菌剤にもある。
【0058】
次に、実施例を示して本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0059】
[製造例1]
ラクトフェリン(森永乳業社製、鉄飽和度15%)300g、還元麦芽糖水飴(東和化成社製)810g、粉あめ(昭和産業社製)172.5g、コーンスターチ(三栄源エフ・エフ・アイ社製)1.5g、ヨーグルト香料(長谷川香料社製)6g、及びグリセリン脂肪酸エステル(三栄源エフ・エフ・アイ社製)45gを均一に混合して混合粉末を得た。
この混合粉末を、打錠機(畑鉄工所社製)を使用して、1錠当り1.5g、12錠/分の打錠速度で連続的に打錠し、硬度7.3kgのトローチ剤900錠(約1350g)を製造した。得られたトローチ剤1錠中のラクトフェリン含量は0.3gである。
【実施例2】
【0060】
[製造例2]
ラクトフェリン(森永乳業社製、鉄飽和度20%)250g、マルツデキストリン(松谷化学工業社製)635g、脱脂粉乳(森永乳業社製)85g、ステビア甘味料(三栄源エフ・エフ・アイ社製)1g、ヨーグルト・フレーバー(三栄源エフ・エフ・アイ社製)5g、及びグリセリン脂肪酸エステル(理研ビタミン社製)24gを均一に混合して混合粉末を得た。
この混合粉末を、打錠機(畑鉄工所社製)を使用して、1錠当り1.5g、12錠/分の打錠速度で連続的に打錠し、硬度8.5kgのトローチ剤600錠(約900g)を製造した。得られたトローチ剤1錠中のラクトフェリンの含有量は0.3gである。
【実施例3】
【0061】
[製造例3]
ラクトフェリン(森永乳業社製、鉄飽和度20%)683.7g、還元麦芽糖液糖(東和化成工業社製)2214.5g、キシリトール(東和化成工業社製)461.5g、エリスリトール微粉(三菱化学フーズ社製)1846.0g、クエン酸三ナトリウム微粉(三栄源エフ・エフ・アイ社製)213.3g、クエン酸(無水)(三栄源エフ・エフ・アイ社製)96.4g、無水結晶ブドウ糖(日本食品化工社製)184.6gを均一に混合して一次混合粉末5700.0gを得た。
一次混合粉末1389.5g、ラクトパーオキシダーゼ(DMV社製)3.0g、グルコースオキシダーゼ(新日本化学工業社製)40.0g、レモンフレーバーMN−42135−H(長谷川香料社製)4.5g、メントール(長谷川香料社製)3.0g、リョートーシュガーエステルS−1170F(三菱化学フーズ社製)30.0g、ポエムRJ−38(理研ビタミン社製)30.0gを均一に混合して、ラクトフェリン及びラクトパーオキシダーゼシステム含有組成物1500.0gを得た。
【実施例4】
【0062】
[製造例4]
ラクトフェリン(森永乳業社製、鉄飽和度20%)683.7g、還元麦芽糖液糖(東和化成工業社製)2214.5g、キシリトール(東和化成工業社製)461.5g、エリスリトール微粉(三菱化学フーズ社製)1846.0g、クエン酸三ナトリウム微粉(三栄源エフ・エフ・アイ社製)213.3g、クエン酸(無水)(三栄源エフ・エフ・アイ社製)96.4g、無水結晶ブドウ糖(日本食品化工社製)184.6gを均一に混合して一次混合粉末5700.0gを得た。
一次混合粉末1389.5g、還元麦芽糖液糖(東和化成工業社製)17.0g、ラクトパーオキシダーゼ(DMV社製)2.0g、グルコースオキシダーゼ(新日本化学工業社製)24.0g、レモンフレーバーMN−42135−H(長谷川香料社製)4.5g、メントール(長谷川香料社製)3.0g、リョートーシュガーエステルS−1170F(三菱化学フーズ社製)30.0g、ポエムRJ−38(理研ビタミン社製)30.0gを均一に混合して、製造例3に対してラクトパーオキシダーゼとグルコースオキシダーゼ含量の低い、ラクトフェリンとラクトパーオキシダーゼシステム入り組成物1500.0gを得た。
【実施例5】
【0063】
[製造例5]
ラクトフェリン(森永乳業社製、鉄飽和度20%)683.7g、還元麦芽糖液糖(東和化成工業社製)2214.5g、キシリトール(東和化成工業社製)461.5g、エリスリトール微粉(三菱化学フーズ社製)1846.0g、クエン酸三ナトリウム微粉(三栄源エフ・エフ・アイ社製)213.3g、クエン酸(無水)(三栄源エフ・エフ・アイ社製)96.4g、無水結晶ブドウ糖(日本食品化工社製)184.6gを均一に混合して一次混合粉末5700.0gを得た。
一次混合粉末277.9g、レモンフレーバーMN−42135−H(長谷川香料社製)0.9g、メントール(長谷川香料社製)0.6g、リョートーシュガーエステルS−1170F(三菱化学フーズ社製)6.0g、ポエムRJ−38(理研ビタミン社製)6.0gを均一に混合して、製造例3の組成物に対してラクトパーオキシダーゼとグルコースオキシダーゼを添加していない、ラクトフェリン含有組成物291.4gを得た。
【0064】
次に試験例を示して本発明を詳細に説明する。
[試験例1]
本試験は、ラクトフェリンによるバイオフィルム形成抑制効果のうち、バイオフィルムの増大を抑制する効果を確認することを目的として行った。すなわち、菌体によって産生され蓄積されるバイオフィルムの量の増大を抑制する効果(バイオフィルムの新たな形成を阻害する効果)を確認することを目的として行った。
【0065】
(1)試料の調製
ラクトフェリン試料として、10%飽和量の鉄を結合した天然型ラクトフェリン(森永乳業社製)、鉄を全く結合していないアポラクトフェリン、鉄を飽和量結合したホロラクトフェリンを使用した。天然型ラクトフェリンは牛乳から精製したものを用いた。アポラクトフェリン及びホロラクトフェリンは、天然型ラクトフェリン(森永乳業社製)を原料として使用し、インオーガニカ・シミカ・アクタ(Inorganica Chimica Acta、スイス、1979年、第33巻、p.149−153)の方法に従ってそれぞれ製造した。
【0066】
バイオフィルムを形成する細菌として、ポルフィロモナス・ジンジバリス(ATCC33277)をアメリカン・タイプ・カルチャー・コレクションから入手した。この菌を5%羊血液、ヘミン(5μg/ml,シグマ・アルドリッチ・ジャパン社製)、ビタミンK1(0.5μg/ml,シグマ・アルドリッチ・ジャパン社製)、イーストエクストラクト(10mg/ml,日本ベクトン・ディッキンソン社製)を添加したトリプチケイス・ソイ寒天培地(日本ベクトン・ディッキンソン社製)上で、コイ・モデル2000インキュベーター(コイ・ラボラトリー・プロダクツ社製)内、嫌気性大気(二酸化炭素10%、水素5%、窒素85%)中で培養し、維持した。
【0067】
試験用菌液は、ポルフィロモナス・ジンジバリスをヘミン(5μg/ml)、ビタミンK1(5μg/ml)、イーストエクストラクト(1mg/ml)を添加したトリプチケイス・ソイ液体培地(日本ベクトン・ディッキンソン社製)中で、37℃で培養することで調製し、バイオフィルム形成試験及び発育抑制試験に用いた。
【0068】
(2)試験方法
バイオフィルム形成量の測定は、カレント・プロトコルズ・イン・マイクロバイオロジー(Current Protocols in Microbiology、アメリカ合衆国、2005年、p.1B.1.1−1B.1.17)に記載の方法に従い、マイクロタイタープレート・バイオフィルム・アッセイによって測定した。ポリ塩化ビニル製の96穴マイクロタイタープレート(日本ベクトン・ディッキンソン社製)のウェルに、0mg/ml(コントロール)、0.008mg/ml、0.031mg/ml、0.13mg/ml、0.5mg/ml、及び2mg/mlの4倍希釈系列の試験試料と、ヘミン(5μg/ml)、ビタミンK1(5μg/ml)、イーストエクストラクト(1mg/ml)を加えたトリプチケイス・ソイ液体培地100μlを添加し、約107/mlの試験菌を24時間培養した。試験試料として、アポラクトフェリン、天然型ラクトフェリン、ホロラクトフェリンを用いた。
【0069】
24時間の培養の後に、浮遊細菌を水で洗い流し、各ウェルを0.1%クリスタル・バイオレット液125μlで10分間インキュベートして、バイオフィルムに色素を吸着させた。水で洗浄後、空気中で乾燥し、それぞれのウェルを95%エタノール150μlで10分間インキュベートし、色素を抽出した。色素を抽出した溶液から125μlをポリスチレン製の96穴マイクロタイタープレート(日本ベクトン・ディッキンソン社製)に移し、マイクロプレート・リーダーMTP-32(コロナ電気社製)で550nmの吸光度を測定し、バイオフィルム形成量とした。各サンプル3検体についてバイオフィルム形成量を測定し、平均値を求めた。
【0070】
(3)試験結果
ラクトフェリン類によるポルフィロモナス・ジンジバリスのバイオフィルム形成量の結果を図1に示す。縦軸は24時間後のバイオフィルム形成量を示し、横軸は各ラクトフェリン(LF)試料の濃度を示す。統計解析はt検定に従ってコントロールと比較した。表中「*」は有意差p<0.05を示し、「**」は有意差p<0.001を示す。ホロLFを0.008mg/ml加えた試料のみ、有意差はp<0.05であった。それ以外の条件において、有意差はp<0.001であった。
【0071】
すなわち、いずれのラクトフェリン類も0.008mg/ml〜2mg/ml(8μg/ml〜2000μg/ml)の濃度においてバイオフィルムを効果的に形成抑制することが明らかとなった。また、このバイオフィルム形成抑制の効果は、ラクトフェリンを最小の濃度で投与した場合にも十分に有意なものであり、ラクトフェリンの濃度を増大させるにつれて、その効果はさらに顕著なものとなった。また、ホロラクトフェリンにおいても他のラクトフェリンと同様に十分に有意なバイオフィルム形成抑制の効果が見られたことから、このバイオフィルム形成抑制の効果が、ラクトフェリンの殺菌作用を介した効果ではないことがわかった。
【0072】
[試験例2]
本試験は、ラクトフェリンによるバイオフィルム形成抑制効果のうち、バイオフィルムの量を減少させる効果を確認することを目的として行った。すなわち、菌体によっていったん産生されて蓄積されたバイオフィルムの量を減少させる効果(既に形成されたバイオフィルムの量を減少させる効果)を確認することを目的として行った。
【0073】
(1)試料の調整
ラクトフェリン試料として、10%飽和量の鉄を結合した天然型ラクトフェリン(森永乳業社製)、鉄を全く結合していないアポラクトフェリン、鉄を飽和量結合したホロラクトフェリンを使用した。天然型ラクトフェリンは牛乳から精製したものを用いた。アポラクトフェリン及びホロラクトフェリンは、天然型ラクトフェリン(森永乳業社製)を原料として使用し、インオーガニカ・シミカ・アクタ(Inorganica Chimica Acta、スイス、1979年、第33巻、p.149−153)の方法に従ってそれぞれ製造した。
【0074】
バイオフィルムを形成する細菌として、ポルフィロモナス・ジンジバリス(ATCC33277)をアメリカン・タイプ・カルチャー・コレクションから入手した。この菌を5%羊血液、ヘミン(シグマ・アルドリッチ・ジャパン社製)5μg/ml、ビタミンK1(シグマ・アルドリッチ・ジャパン社製)0.5μg/ml、イーストエクストラクト (日本ベクトン・ディッキンソン社製)10mg/mlを添加したトリプチケイス・ソイ寒天培地(日本ベクトン・ディッキンソン社製)上で、コイ・モデル2000インキュベーター(コイ・ラボラトリー・プロダクツ社製)内、嫌気性大気(二酸化炭素10%、水素5%、窒素85%)中で培養し、これを維持した。
【0075】
試験用菌液は、ポルフィロモナス・ジンジバリスをヘミン5μg/ml、ビタミンK1 5μg/ml、イーストエクストラクト1mg/mlを添加したトリプチケイス・ソイ液体培地(日本ベクトン・ディッキンソン社製)中で、37℃で培養することにより調製した。
【0076】
(2)試験方法
バイオフィルム残存量の測定は、カレント・プロトコルズ・イン・マイクロバイオロジー(Current Protocols in Microbiology、アメリカ合衆国、2005年、p.1B.1.1−1B.1.17)に記載の方法に従い、マイクロタイタープレート・バイオフィルム・アッセイによって測定した。ポリ塩化ビニル製の96穴マイクロタイタープレート(日本ベクトン・ディッキンソン社製)のウェルに、ヘミン5μg/ml、ビタミンK1 5μg/ml、イーストエクストラクト1mg/mlを加えたトリプチケイス・ソイ液体培地100μlを添加し、約107/mlの試験菌を24時間培養した。
【0077】
24時間の培養の後に、バイオフィルムが形成されたのを確認後、浮遊細胞を除去し、生理食塩水(0.85%NaCl(和光純薬社製)を使用)で洗浄し、バイオフィルムの増殖を停止させた後、生理食塩水に溶解したラクトフェリンを添加して5時間培養した。
【0078】
ラクトフェリン試料の添加量は、0mg/ml(コントロール)、0.008mg/ml、0.031mg/ml、0.13mg/ml、0.5mg/ml、及び2mg/mlの4倍希釈系列である。ラクトフェリン試料を添加して5時間経過後にバイオフィルムの残存量を確認した。
【0079】
5時間経過後、浮遊細菌を水で洗い流し、各ウェルを0.1%クリスタル・バイオレット液125μlで10分間インキュベートして、バイオフィルムに色素を吸着させた。水で洗浄後、空気中で乾燥し、それぞれのウェルを95%エタノール150μlで10分間インキュベートし、色素を抽出した。色素を抽出した溶液から125μlをポリスチレン製の96穴マイクロタイタープレート(日本ベクトン・ディッキンソン社製)に移し、マイクロプレート・リーダーMTP-32(コロナ電気社製)で550nmの吸光度を測定し、バイオフィルム残存量とした。各サンプル3検体についてバイオフィルム残存量を測定し、平均値を求めた。
【0080】
(3)試験結果
各ラクトフェリンを使用したときのバイオフィルム残存量を図2に示す。縦軸は、5時間後のバイオフィルム残存量を示し、横軸は各ラクトフェリン試料を濃度順に並べたものを示す。横軸の単位はmg/mlである。統計解析はt検定に従ってコントロールと比較し、図に結果を示した。表中「*」は有意差p<0.05を示し、「**」は有意差p<0.001を示す。
【0081】
いずれのラクトフェリンも、いったん形成されたバイオフィルムの量を減少させる効果を十分に有意に示した。この効果は、ラクトフェリンを最小の濃度で投与した場合にも十分に有意なものであり、ラクトフェリンの濃度を増大させるにつれて、その効果はさらに顕著なものとなった。ホロラクトフェリンにおいても他のラクトフェリンと同様に十分に有意な効果が見られた。アポラクトフェリン及び天然型ラクトフェリンでは、その効果はさらに優れていた。
【0082】
本試験の結果から、ラクトフェリンにはバイオフィルムの新たな形成を阻害してその量の増大を抑制するだけでなく、既に形成されたバイオフィルムの量を減少させる効果を有することが判明した。また、いったん形成されたバイオフィルムの量の減少は、たとえ菌体を殺菌できたとしても説明できるものではない。すなわち、本発明によるバイオフィルム形成抑制は、殺菌作用とは異なった未知のメカニズムによるものであることがわかった。
【0083】
[試験例3]
本試験は、バイオフィルム形成抑制効果を示す濃度における、ラクトフェリンの歯周病原細菌に対する抗菌作用の検討を目的として行った。
【0084】
(1)試料の調製及び試験方法
試験例1と同様の方法にて、ラクトフェリン試料と歯周病原細菌を調製した。ポリ塩化ビニル製の96穴マイクロタイタープレート(日本ベクトン・ディッキンソン社製)のウェルに、0(コントロール)、0.13、0.5、2及び8mg/mlの4倍希釈系列のラクトフェリン試料と、ヘミン(5μg/ml)、ビタミンK1(5μg/ml)、イーストエクストラクト(1mg/ml)を加えたトリプチケイス・ソイ液体培地150μlを添加し、約107/mlの歯周病原細菌を8時間または24時間培養した。100μlの培養液をポリスチレン製の96穴マイクロタイタープレート(日本ベクトン・ディッキンソン社製)に移し、マイクロプレート・リーダーMTP−32(コロナ電気社製)で630nmの吸光度を測定し、細菌発育量とした。
【0085】
(2)結果
ポルフィロモナス・ジンジバリスに0.13〜8mg/mlのアポラクトフェリン、天然型ラクトフェリン、ホロラクトフェリンを添加して8時間培養したときの結果を図3に示す。ラクトフェリン類を含まないコントロールの発育量に対して、ほぼ同程度の結果となり、抗菌活性は全くみられなかった。
【0086】
すなわち、アポラクトフェリン、天然型ラクトフェリン、及びホロラクトフェリンはいずれも、0.13〜8mg/mlの濃度範囲において、ポルフィロモナス・ジンジバリスに対する抗菌効果を示さないことが明らかになった。
【0087】
このように、ラクトフェリンはバイオフィルム形成抑制効果を示す濃度において、バイオフィルムの形成に関与する細菌の増殖を抑制せず、殺菌作用を全く発揮していなかった。このようにラクトフェリンが殺菌作用を発揮しない濃度で効果的にバイオフィルムの形成抑制の効果を発揮するという点で、従来から知られているような細菌の増殖抑制効果や死滅させる効果(殺菌効果)に基づいたメカニズム以外のメカニズムによって、バイオフィルムの形成を抑制するという効果が発揮されていることが明らかとなった。
【0088】
[試験例4]
本試験では、ラクトフェリンが抗菌成分である抗生物質と組み合わせることにより、バイオフィルム形成菌用抗菌剤としての効果を有することを確認することを目的として行った。
【0089】
(1)試料の調製
ラクトフェリン試料として天然型ラクトフェリンを使用した。抗生物質としてミノサイクリン(シグマ社製)を使用した。
【0090】
バイオフィルムを形成する細菌として、ポルフィロモナス・ジンジバリス(ATCC33277)をアメリカン・タイプ・カルチャー・コレクションから入手した。この菌を5%羊血液、ヘミン(シグマ・アルドリッチ・ジャパン社製)5μg/ml、ビタミンK1(シグマ・アルドリッチ・ジャパン社製)0.5μg/ml、イーストエクストラクト(日本ベクトン・ディッキンソン社製)10mg/mlを添加したトリプチケイス・ソイ寒天培地(日本ベクトン・ディッキンソン社製)上で、コイ・モデル2000インキュベーター(コイ・ラボラトリー・プロダクツ社製)内、嫌気性大気(二酸化炭素10%、水素5%、窒素85%)中で培養し、維持した。
【0091】
(2)試験方法
バイオフィルムの形成実験は、カレント・プロトコルズ・イン・マイクロバイオロジー(Current Protocols in Microbiology、アメリカ合衆国、2005年、p.1B.1.1−1B.1.17)に記載の方法に従った。ポリ塩化ビニル製の96穴マイクロタイタープレート(日本ベクトン・ディッキンソン社製)のウェルに、ヘミン5μg/ml、ビタミンK1 5μg/ml、イーストエクストラクト1mg/mlを加えたトリプチケイス・ソイ液体培地100μlを添加し、約107/mlの試験菌を24時間培養した。
【0092】
24時間培養の後に、バイオフィルムの形成を確認後、浮遊細胞を除去し、生理食塩水(0.85%NaCl(和光純薬社製)を使用)で洗浄し、バイオフィルムの増殖を停止した後、生理食塩水中に溶解したラクトフェリンとミノサイクリンを添加し、24時間反応させた。
【0093】
ラクトフェリンの添加量は、0mg/ml(コントロール)、0.031mg/ml、0.5mg/mlであり、ミノサイクリンの添加量は、0.1μg/ml、1μg/ml、10μg/mlである。
【0094】
ラクトフェリンとミノサイクリンを添加してから24時間経過後、浮遊細胞を除去し、さらに生理食塩水100μlを添加、攪拌後に除去する方法で洗浄した。BacTiter-Glo Microbial Cell Viability Assay(プロメガ社製)100μlを添加、攪拌後、15分静
置した。このうち80μlを別の96穴白色プレート(グライナー社製)に移し、発光量をVeritas Microplate Luminometer(プロメガ社製)で測定し、RLU(相対的発光単位、以下RLUと略記する)を比較した。なお、RLU値は、ATP量を表すもので生存菌数が多いほど数値が高くなり、菌の発育が良好であるほど数値が高くなるので、菌の生存能力を表すものとして定義することが可能である。
【0095】
(3)試験結果
結果を図4に示す。縦軸は、24時間後のバイオフィルム中のポルフィロモナス・ジンジバリスの生存量(RLU)を示し、横軸はラクトフェリン及びミノサイクリンの組み合わせを濃度順に並べたものを示す。横軸の単位はラクトフェリンがmg/ml、ミノサイクリンがμg/mlである。図の横軸において、MINOはミノサイクリンを示し、0.1、1、10はそれぞれその濃度μg/mlを示し、No antibioticはミノサイクリンの添加が無いことを示す。図の横軸において、LFはラクトフェリンを示し、0.031、0.5はそれぞれその濃度mg/mlを示し、LFなしはラクトフェリンの添加が無いことを示す。
【0096】
ラクトフェリンを添加せずにミノサイクリンのみを添加した場合(図4において、MINO0.1〜10、LFなしの場合)には、抗菌活性が見られなかった。すなわち、バイオフィルムに覆われた菌に対し、ミノサイクリン単独では抗菌活性が認められなかった。

【0097】
一方、ラクトフェリンのみを添加してミノサイクリンを添加しない場合(図4のNo antibiotic、LF0.031〜0.5の場合)にも、抗菌活性が見られなかった。すなわち、
ラクトフェリン単独では抗菌活性が認められなかった。
【0098】
ところが、ラクトフェリンとミノサイクリンを共に添加した場合では、菌の生存量(RLU)が顕著に減少した。ラクトフェリンとミノサイクリンを共に添加した場合には、ラクトフェリンが0.031mg/mlまたは0.5mg/mlのいずれであっても、また、ミノサイクリンの添加量が0.1μg/ml、1μg/ml、10μg/mlのいずれであっても、ラクトフェリン又はミノサイクリンを単独に添加した場合と比較して、RLUの顕著な減少、すなわち顕著な抗菌効果が見られた。
この結果より、ラクトフェリンとミノサイクリンの混合比(質量比)は、ラクトフェリン:ミノサイクリン=5000:1〜3:1が好ましく、5000:1〜31:1がより好ましく、5000:1〜310:1がさらに好ましい範囲ということができる。また、好適な実施の一態様として、例えば、ラクトフェリン:ミノサイクリン=500:1〜3.1:1、好ましくは500:1〜31:1、より好ましくは500:1〜310:1の範囲で使用することができる。あるいは例えば、ラクトフェリン:ミノサイクリン=50:1〜3.1:1が好ましく、50:1〜31:1がより好ましい範囲として使用することができる。
このように、抗菌成分であるミノサイクリンに、ラクトフェリンを併用することによって、それぞれを単独で添加した場合には見ることができない顕著な抗菌効果が相乗効果として確認された。
【0099】
以上の結果から、バイオフィルムを形成してバイオフィルム中に存在している細菌に対して、抗菌成分を投与する場合に、ラクトフェリンを併用して投与すると、ラクトフェリンが、バイオフィルム形成抑制効果に基づいて抗菌成分を補助し、抗菌成分の抗菌作用が増強されて、抗菌成分単独の投与では到底達成できないほどの顕著な抗菌効果を生じさせ
ることが明らかとなった。
【0100】
[試験例5]
本試験は、ラクトフェリンと併用してラクトパーオキシダーゼシステムを投与した場合のバイオフィルム形成抑制効果、すなわち、ラクトフェリン及びラクトパーオキシダーゼシステム含有組成物によるバイオフィルム形成抑制効果を確認することを目的とした。
【0101】
(1)試料の調製
ラクトフェリン及びラクトパーオキシダーゼシステム含有組成物として、製造例3の方法で製造した組成物を用いた。また、ラクトフェリン及びラクトパーオキシダーゼシステム含有組成物からラクトパーオキシダーゼとグルコースオキシダーゼとを抜いた組成物、すなわちラクトフェリン含有組成物として、製造例5の方法で製造した組成物を用いた。
【0102】
バイオフィルムを形成する細菌として、ポルフィロモナス・ジンジバリス(ATCC33277)をアメリカン・タイプ・カルチャー・コレクションから入手した。この菌を5%羊血液、ヘミン(5μg/ml、シグマ・アルドリッチ・ジャパン社製)、ビタミンK1(0.5μg/ml、シグマ・アルドリッチ・ジャパン社製)、イーストエクストラクト(10mg/ml、日本ベクトン・ディッキンソン社製)を添加したトリプチケイス・ソイ寒天培地(日本ベクトン・ディッキンソン社製)上で、コイ・モデル2000インキュベーター(コイ・ラボラトリー・プロダクツ社製)内、嫌気性大気(二酸化炭素10%、水素5%、窒素85%)中で培養し、維持した。
【0103】
試験用菌液は、ポルフィロモナス・ジンジバリスをヘミン(5μg/ml)、ビタミンK1(5μg/ml)、イーストエクストラクト(1mg/ml)を添加したトリプチケイス・ソイ液体培地(日本ベクトン・ディッキンソン社製)中で、37℃で培養することで調製した。
【0104】
(2)試験方法
バイオフィルム形成量の測定は、カレント・プロトコルズ・イン・マイクロバイオロジー(Current Protocols in Microbiology、アメリカ合衆国、2005年、p.1B.1.1−1B.1.17)に記載の方法に従い、ポリ塩化ビニル製の96穴マイクロタイタープレート(日本ベクトン・ディッキンソン社製)のウェルに、0%または0.032%の試験試料、ラクトパーオキシダーゼシステムを働かせるための唾液成分チオシアン酸ナトリウム0.5mM、ヘミン(5μg/ml)、ビタミンK1(5μg/ml)、イーストエクストラクト(1mg/ml)を加えたトリプチケイス・ソイ液体培地100μlを添加し、約107/mlの試験菌を24時間培養した。試験試料として、ラクトフェリンとラクトパーオキシダーゼシステム含有組成物とラクトフェリン含有組成物を用いた。
【0105】
浮遊細菌を水で洗い流し、各ウェルを0.1%クリスタル・バイオレット液125μlで10分間インキュベートして、バイオフィルムに色素を吸着させた。水で洗浄後、空気中で乾燥し、それぞれのウェルを95%エタノール150μlで10分間インキュベートし、色素を抽出した。色素を抽出した溶液から125μlをポリスチレン製の96穴マイクロタイタープレート(日本ベクトン・ディッキンソン社製)に移し、マイクロプレート・リーダーMTP-32(コロナ電気社製)で550nmの吸光度を測定し、バイオフィルム形成量とした。各サンプル3検体についてバイオフィルム形成量を測定し、平均値を求めた。
【0106】
(3)試験結果
ラクトフェリン(LF)及びラクトパーオキシダーゼ(LPO)システム含有組成物、及びラクトフェリン(LF)含有組成物存在下でのポルフィロモナス・ジンジバリスのバイオフィルム形成量を図5に示す。縦軸は、24時間後のバイオフィルム形成量を示し、横軸は各試験試料を示す。統計解析はT検定に従って2群間を比較し、図5に結果を示した。LF含有組成物と、LF及びLPO含有組成物は、いずれの組成物もコントロールに対してp<0.01と有意にバイオフィルム形成を抑制した。さらに、ラクトフェリン及びラクトパーオキシダーゼシステム含有組成物は、ラクトフェリン含有組成物に対してp<0.10と形成抑制効果はさらに強くなる傾向を示し、バイオフィルム形成量はほぼ0となった。
すなわち、ラクトフェリン含有組成物はバイオフィルムを効果的に形成抑制するが、ラクトパーオキシダーゼシステムを併用することでさらに効果が増強されることが明らかとなった。このように有効成分としてラクトフェリンに加えて、ラクトパーオキシダーゼシステムの成分(ラクトパーオキシダーゼ、グルコースオキシダーゼ、グルコース)を含有するバイオフィルム形成抑制剤も、十分な抑制効果を示すことがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0107】
本発明のバイオフィルム形成抑制剤によれば、細菌由来のバイオフィルム形成を抑制する効果が得られ、歯周病を未然に防ぐことができる。
また、本発明のバイオフィルム形成抑制剤は、食品成分の一つであるラクトフェリンを有効成分とするものであり、低濃度で有効であることから様々な形態で使用可能であり、ヒトに対する安全性も高く、飲食品、農薬、飼料、医薬品等に広く適用することが可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
8〜2000μg/mlのラクトフェリン、ラクトパーオキシダーゼ、グルコースオキシダーゼ、及びグルコースを有効成分として含有するポルフィロモナス・ジンジバリス産生バイオフィルム形成抑制剤。
【請求項2】
ラクトフェリンが、アポラクトフェリン、天然型ラクトフェリン、またはホロラクトフェリンからなる群より選択された1種または2種以上である、請求項1に記載のバイオフィルム形成抑制剤。
【請求項3】
トローチ剤の形態である請求項1に記載のバイオフィルム形成抑制剤。
【請求項4】
トローチ剤の総質量に対するラクトフェリンの含有量が10〜30%である請求項3に記載のバイオフィルム形成抑制剤。
【請求項5】
ポルフィロモナス・ジンジバリス産生バイオフィルム形成抑制剤を製造するための、8〜2000μg/mlのラクトフェリン、ラクトパーオキシダーゼ、グルコースオキシダーゼ、及びグルコースの使用。
【請求項6】
8〜2000μg/mlのラクトフェリン、ラクトパーオキシダーゼ、グルコースオキシダーゼ、及びグルコースと抗菌成分とを有効成分として含有するポルフィロモナス・ジンジバリス用抗菌剤。
【請求項7】
ラクトフェリンが、アポラクトフェリン、天然型ラクトフェリン、またはホロラクトフェリンからなる群より選択された1種または2種以上である、請求項6に記載の抗菌剤。
【請求項8】
抗菌成分を含有させる工程、
8〜2000μg/mlのラクトフェリンを含有させる工程、
ラクトパーオキシダーゼ、グルコースオキシダーゼ、及びグルコースを含有させる工程、
を含む、ポルフィロモナス・ジンジバリス用抗菌剤の製造方法。
【請求項9】
8〜2000μg/mlのラクトフェリン、ラクトパーオキシダーゼ、グルコースオキシダーゼ、及びグルコースを有効成分として含んでなる、ポルフィロモナス・ジンジバリスに対する抗菌作用増強剤。
【請求項10】
ラクトフェリンが、アポラクトフェリン、天然型ラクトフェリン、またはホロラクトフェリンからなる群より選択された1種または2種以上である、請求項9に記載の抗菌作用増強剤。
【請求項11】
ポルフィロモナス・ジンジバリスに対する抗菌作用増強剤を製造するための、8〜2000μg/mlのラクトフェリン、ラクトパーオキシダーゼ、グルコースオキシダーゼ、及びグルコースの使用。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−75927(P2013−75927A)
【公開日】平成25年4月25日(2013.4.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2013−17557(P2013−17557)
【出願日】平成25年1月31日(2013.1.31)
【分割の表示】特願2010−509607(P2010−509607)の分割
【原出願日】平成21年10月2日(2009.10.2)
【出願人】(000006127)森永乳業株式会社 (269)
【Fターム(参考)】