説明

バナジウム酸化物蛍光体

【課題】高輝度白色蛍光体AVO3の吸湿性を抑えることによるハンドリングの向上と材料劣化の抑制。
【解決手段】組成式AVO3で示されるバナジウム酸化物蛍光体に対し、Aの量とGeO2の添加量を調整することによって高輝度蛍光と維持しつつ吸湿性が抑制されたバナジウム酸化物蛍光体を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は白色LED等の発光材料に好適な紫外・近紫外域の光を励起光として白色発光する、耐光性の高いバナジウム酸化物蛍光体とそれを用いた表示装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、白色LEDは携帯電話や様々な表示装置に用いられると同時に省エネルギーなどの観点から蛍光灯の代わりの室内照明装置としても注目されている。白色LEDは近紫外や青色LEDを励起光源とし、種々の波長に発光強度を持つ蛍光体を組み合わせて白色光を生み出している。具体的には青色LEDを励起光に黄色や、緑色、赤色蛍光体を発光させて白色光を得るというものである。(特許文献1)
【0003】
しかしながら、複数の蛍光体を組み合わせて得る白色LEDの白色光には色抜けや特定波長のみに強い発光を示すなどの問題点もあり、室内照明として使用するには演色性を向上させるための努力が必要となる。そのため、照明用白色LEDに用いる蛍光体は発光波長が幅広い波長に広がり、特定波長に急峻な発光ピークがなく、さらには出来うる限り少ない蛍光体の組み合わせで白色蛍光を示すことが最も望ましい。近年青色LEDによって励起されるα―サイアロン蛍光体など比較的広い発光波長を持つ蛍光体(特許文献2)が開発されているが、発光スペクトル範囲が充分に広くないために演色性の良い白色とはならず、さらにいくつかの蛍光体との組み合わせで演色性を向上させる必要があった。
このように単一物質で出来るだけ演色性の良い白色蛍光を示すことは困難であった。
本発明者等は、このような問題点を解決するために、鋭意検討した結果、バナジウム酸化物AVO3(AはK、Rb、Csからなる群より選ばれる1種以上であって、Li、Na、NH4からなる群より選ばれる1種以上を含んでいてもよい)が、単一物質でブロードな発光スペクトルを示し、250〜390nmの紫外・近紫外光励起により蛍光スペクトルが490〜495nm付近に極大を持ち390〜680nmの範囲にブロードに広がる白色蛍光を発する蛍光体であることを知見し、先に特許出願した(特許文献3)。
【0004】
この出願発明の蛍光体から発せられる蛍光スペクトルは、現在民生で使われている照明器具、通常の蛍光灯のスペクトルに近い発光スペクトルであることから、そのまま白色LED用の蛍光体として使用することができる。また、発光スペクトルのピークは490〜495nmの範囲にあるため色温度は高いが、長波長側に強い発光を持つ蛍光体と組み合わせることも可能であり、より暖色系の白色が得ることもできる上、水銀や鉛などを含まないため、環境・人体への悪影響も少ないなどの数多くの利点を有するものである。しかし、ここで開示されているバナジウム酸化物蛍光体は、高い吸湿性により粘度の増大や液体への分散性の悪さなど、取扱いに難点があり、吸湿性を抑えた材料の開発が望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平11−31845号公報
【特許文献2】特開2006−257326号公報
【特許文献3】特開2009−57434号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、高輝度白色蛍光体AVO3の問題点である高い吸湿性を改善し、種々の応用におけるハンドリングを容易にするものである。また、吸湿性を抑えながらも内部量子効率を90%以上に保持し高輝度発光を維持することを特徴とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
この出願によれば、以下の発明が提供される。
<1>A(AはK、RbおよびCsから選ばれる1種又は2種以上を示す。)とVとGeで構成され、xAdVO3:yGeO2(0.003≦y/x≦0.04、d=0.99〜1.04)の組成比を持つバナジウム酸化物蛍光体。
<2>気温25℃、湿度60%の条件下30日間の大気暴露後における吸湿による重量増加が2.5%以内で、かつ紫外線照射時の蛍光内部量子効率が90%以上に保持される<1>に記載の蛍光体。
<3>0.004≦y/x≦0.03であり、気温25℃、湿度60%の条件下30日間の大気暴露後における吸湿による重量増加が2.0%以内で、かつ紫外線照射時の蛍光内部量子効率が92%以上に保持される<1>に記載の蛍光体。
<4><1>から<3>のいずれかに記載の蛍光体を用いた400nm以下の紫外線を励起光源とする蛍光表示装置。
<5><1>から<3>のいずれかに記載の蛍光体を用いた電子線を励起光源とするカソードルミネッセンス表示装置。
<6><1>から<3>のいずれかに記載の蛍光体を用いた電場を励起光源とするエレクトロルミネッセンス表示装置。
【発明の効果】
【0008】
本発明の材料を用いれば、吸湿性を抑えることでハンドリングの向上が期待される。また、吸湿抑制のためのドーピング(GeO2添加)を行わないAVO3の母材料と比較して内部量子効率の著しい低下はないため、高い輝度を維持することも可能である。吸湿抑制のためのドーピングに用いる材料は母材料に対して微量であり、作製プロセスも同等の熱処理で可能であるため本発明材料を用いることによるコストの増大の心配はない。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】実施例1で得たCsVO3:xGeO2について、各GeO2添加量(y/x)毎に加熱時の脱水による重量変化を示した図面。
【図2】実施例1で得たxCsVO3:yGeO2について、GeO2添加量(y/x)に対する吸湿由来の重量変化割合wと360nmの励起光下における蛍光の内部量子効率ηとを示した図面。○:吸湿由来の重量増加量、●:360nmの励起光下における蛍光の内部量子効率。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の組成式xAdVO3:yGeO2(0.003≦y/x≦0.04、d=0.99〜1.04)で示されるバナジウム酸化物蛍光体の製造方法は、通常の固相反応法の他ゾルゲルや有機金属を用いる溶液法によっても作製可能であるが、AとVが良く混合されるように出発物質の混合を十分に行う必要がある。固相法においてはA、V、Geに対して各々A2CO3、V25、GeO2のように炭酸塩、酸化物の出発材料を用いれば良い。これら出発物質を良く混合し、300℃で仮焼を行う。室温で取り出したのち、粉砕・混合して再び300℃まで昇温し、300℃から200℃/h以下の昇温スピードで430℃まで昇温し反応を進行させる。最終生成物のdは合成中のAイオンの昇華により仕込み組成より低下する傾向にあり、1.0に近いことが望ましいが、精密な制御には出来るだけ、Aの昇華を抑えてAとVが効率的に反応するために200℃/h以下の昇温スピードに留意して合成を行う必要がある。溶液法においても混合・昇温スピードへの留意は同等である。
【0011】
本発明において得られる組成式xAdVO3:yGeO2(0.003≦y/x≦0.04、d=0.99〜1.04)で示されるバナジウム酸化物蛍光体は、白色LEDの励起光源である紫外・近紫外LEDによって励起出来る250〜390nmの範囲に励起スペクトルを持つ。この励起光によって発せられる蛍光スペクトルは390〜680nmに広がり、白色に発光する。そのため白色LED用の蛍光体として好適である。発光スペクトルのピークは510〜530nmの範囲にあるため比較的色温度は高いが、長波長側に強い発光を持つ蛍光体との組み合わせによって暖色系の白色を得ることもできる。また水銀や鉛などを含まないため、環境・人体への悪影響も少ない。
したがって、本発明のバナジウム酸化物蛍光体は白色LEDとしてきわめて有用なものであり、粘度の増大や液中への分散性低下で示されるハンドリング性の悪化も大きくないので、たとえば白色光を必要とする日常灯等の照明器具や各種表示機器に用いられるバックライト等の表示器具等として利用することができる。
【0012】
本発明のバナジウム酸化物蛍光体は、y/xおよびdを上記範囲内とすることにより、気温約25℃、湿度約60%の条件下30日間の大気暴露による吸湿量を2.5%以内に抑制することができるので、ハンドリング性を大きく悪化させることがないし、内部量子効率を90%以上に保持することができる。
y/xを、0.004≦y/x≦0.03の範囲とすれば、前記大気暴露による吸湿量を2.0%以内に抑制することができ、ハンドリング性の悪化をより有効に防止できるし、内部量子効率を92%以上に保持することができるので好ましい。
y/xを、0.005≦y/x≦0.02の範囲とすれば、前記大気暴露による吸湿量を1.0%以内に抑制することができ、ハンドリング性を良好な状態に維持できるし、内部量子効率を94%以上に保持することができるのでより好ましい。
【0013】
本発明のバナジウム酸化物蛍光体は、上記組成式に含まれる元素のみから構成することが望ましいが、内部量子効率を大幅に低下しない範囲(例えば5.0原子%以内、好ましくは1.0原子%以内、より好ましくは0.1原子%以内の範囲)で他の元素(例えば、Li、Na、NH4等)を含有することも許容される。
【実施例】
【0014】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明は、この実施例に限定されず、本発明の要旨を逸脱しない範囲で適宜材料変更や設定調整等が可能である。尚、蛍光内部量子効率は浜松ホトニクス製絶対PL量子収率測定装置C9920−02を用いて測定を行った。
【0015】
実施例1
固相法を用いてxCsVO3:yGeO2(0.003≦y/x≦0.04)の合成を行った。Cs、V、Geに対して各々Cs2CO3、V25、GeO2を出発材料とし、上記の組成比となるよう秤量し、乳鉢で良く混合した後、300℃で仮焼を行った。室温で取り出したのち、粉砕・混合して再び300℃まで昇温し、300℃から200℃/h以下の昇温スピードで430℃まで昇温し反応を進行させた。得られたxCsVO3:yGeO2は紫外励起による白色蛍光を示した。
得られたxCsVO3:yGeO2について、気温約25℃、湿度約60%の条件下30日間大気暴露した後、各Ge添加量(=y/x)毎の加熱時の脱水による重量変化と、GeO2添加量(=y/x)に対する大気暴露後における吸湿由来の重量変化割合〔w%〕と360nmの励起光下における蛍光の内部量子効率〔η%〕との関係とを調べた。なお、加熱脱水後の重量変化量(=加熱前の重量−加熱後の重量)が大気暴露後における吸湿由来の重量変化量(=大気暴露後の重量−大気暴露前の重量)に相当するとして、吸湿由来の重量変化割合〔w%〕を算出した。図1に、各Ge添加量(=y/x)における加熱時の脱水による重量変化を、図2に、GeO2添加量(=y/x)に対する吸湿由来の重量変化割合w(○)と360nmの励起光下における蛍光の内部量子効率η(●)を示す。0.003≦y/x≦0.04の範囲であれば、大気暴露による吸湿後の重量変化は2.5%以内に留まり、蛍光の内部量子効率も90%以上に維持された。
【0016】
実施例2
固相法を用いてCsdVO3:0.01GeO2(d=0.99〜1.04)の合成を行った。Cs、V、Geに対して各々Cs2CO3、V25、GeO2を出発材料とし、乳鉢で良く混合した後、300℃で仮焼を行った。室温で取り出したのち、粉砕・混合して再び300℃まで昇温し、300℃から200℃/h以下の昇温スピードで430℃まで昇温し反応を進行させた。得られたCsdVO3:0.01GeO2は紫外励起による白色蛍光を示した。得られたxCsVO3:yGeO2について、実施例1と同様にして、吸湿由来の重量変化割合〔w%〕と360nmの励起光下における蛍光の内部量子効率〔η%〕調べた。d=0.99〜1.04の範囲であれば、大気暴露による吸湿後の重量変化は1%以内に留まり、蛍光の内部量子効率も94%以上に維持された。
【0017】
比較例1
固相法を用いてxCsVO3:yGeO2(0.003>y/x、0.04<y/x)の合成を行った。Cs、V、Geに対して各々Cs2CO3、V25、GeOを出発材料とし、上記の組成比となるよう秤量し、乳鉢で良く混合した後、300℃で仮焼を行った。室温で取り出したのち、粉砕・混合して再び300℃まで昇温し、300℃から200℃/h以下の昇温スピードで430℃まで昇温し反応を進行させた。得られたxCsVO3:yGeO2は紫外励起による白色蛍光を示した。得られたxCsVO3:yGeO2について、実施例1と同様にして、吸湿由来の重量変化割合〔w%〕と360nmの励起光下における蛍光の内部量子効率〔η%〕調べた。大気暴露による吸湿後の重量変化は2.5%超となり、特に0.04<y/xでは蛍光の内部量子効率が90%未満に抑制された(図2参照)。
【0018】
比較例2
固相法を用いてCsdVO3:0.01GeO2(d<0.99、d>1.04)の合成を行った。Cs、V、Geに対して各々Cs2CO3、V25、GeO2を出発材料とし、乳鉢で良く混合した後、300℃で仮焼を行った。室温で取り出したのち、粉砕・混合して再び300℃まで昇温し、300℃から200℃/h以下の昇温スピードで430℃まで昇温し反応を進行させた。得られたCsdVO3:0.01GeO2はd>1.04の場合紫外励起による白色蛍光を示すものの吸湿性が強く、d<0.99の場合はCs種の昇華が大きく、未反応のV25が不純物相として確認され、強い白色蛍光は観測されなくなった。
【産業上の利用可能性】
【0019】
本発明の材料を用いれば、吸湿性を抑えることでハンドリングの向上が期待される。また、吸湿抑制のためのドーピングを行わないAVO3の母材料と比較して内部量子効率の著しい低下はないため、高い輝度を維持することも可能である。吸湿抑制のためのドーピングに用いる材料は母材料に対して微量であり、作製プロセスも同等の熱処理で可能であるため本発明材料を用いることによるコストの増大の心配はない。
また、本発明において得られる組成式AVO3で示されるバナジウム酸化物蛍光体薄膜は白色LEDの励起光源である紫外・近紫外LEDによって励起出来る250〜390nmの範囲に励起スペクトルを持つ。この励起光によって発せられる蛍光スペクトルは390〜680nmに広がり、白色に発光する。そのため白色LED用の蛍光体として好適である。発光スペクトルのピークは510〜530nmの範囲にあるため比較的色温度は高いが、長波長側に強い発光を持つ蛍光体との組み合わせによって暖色系の白色を得ることもできる。また水銀や鉛などを含まないため、環境・人体への悪影響も少ない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
A(AはK、RbおよびCsから選ばれる1種又は2種以上を示す。)とVとGeで構成され、xAdVO3:yGeO2(0.003≦y/x≦0.04、d=0.99〜1.04)の組成比を持つバナジウム酸化物蛍光体。
【請求項2】
気温25℃、湿度60%の条件下30日間の大気暴露後における吸湿による重量増加が2.5%以内で、かつ紫外線照射時の蛍光内部量子効率が90%以上に保持される請求項1に記載の蛍光体。
【請求項3】
0.004≦y/x≦0.03であり、気温25℃、湿度60%の条件下30日間の大気暴露後における吸湿による重量増加が2.0%以内で、かつ紫外線照射時の蛍光内部量子効率が92%以上に保持される請求項1に記載の蛍光体。
【請求項4】
請求項1から3のいずれかに記載の蛍光体を用いた400nm以下の紫外線を励起光源とする蛍光表示装置。
【請求項5】
請求項1から3のいずれかに記載の蛍光体を用いた電子線を励起光源とするカソードルミネッセンス表示装置。
【請求項6】
請求項1から3のいずれかに記載の蛍光体を用いた電場を励起光源とするエレクトロルミネッセンス表示装置。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2013−107947(P2013−107947A)
【公開日】平成25年6月6日(2013.6.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−252197(P2011−252197)
【出願日】平成23年11月18日(2011.11.18)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】