説明

ファスコラークトバクテリウム属細菌の新規用途

【課題】ファスコラークトバクテリウム属細菌の新菌種の新規用途を見出し、技術を豊富化する。
【解決手段】コハク酸を20mM含有する培養培地で12時間培養したときに、プロピオン酸を10mM以上産生するファスコラークトバクテリウム(Phascolarctobacterium)属細菌を含有することを特徴とする飲食品、下痢予防・防止剤、脂質代謝改善剤、プロピオン酸産生促進剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ファスコラークトバクテリウム属細菌を利用した新規用途に関し、更に詳細には、ファスコラークトバクテリウム属細菌を利用した飲食品、下痢予防・防止剤、脂質代謝改善剤、プロピオン酸産生促進剤、プロピオン酸の製造方法、下痢予防・防止方法、脂質代謝改善方法に関する。
【背景技術】
【0002】
本願出願人は、腸内フローラの構造・機能をより深く解析するために、また、新たなプロバイオティクスの可能性を探るため、未知の腸内フローラ構成菌を分離・同定・収集する研究を行ってきた。
【0003】
そして、上記研究において、ヒトの糞便から抗生物質または胆汁酸または食塩を含有する培地を用いたスクリーニングにより、17株の新菌種を分離したことを報告している(非特許文献1〜10)。
【0004】
これら分離した新菌種のうち、ファスコラークトバクテリウム(Phascolarctobacterium)属細菌の新菌種にコハク酸をプロピオン酸に変換する能力が、従来より知られているコアラの糞便由来のファスコラークトバクテリウム・ファエシウム(Phascolarctobacterium faecium)(非特許文献11)よりも高いことがわかった。
【0005】
しかしながら、このファスコラークトバクテリウム属細菌は、従来の乳酸菌やビフィズス菌等のように乳を発酵する能力や糖の資化性がないため、何の用途も見つかっていなかったのが実情であった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Int. J. Syst. Evol. Microbiol. 58, 970-975 (2008).
【非特許文献2】Int. J. Syst. Evol. Microbiol. 58, 2716-2720 (2008).
【非特許文献3】Int. J. Syst. Evol. Microbiol. 59, 1793-1797 (2009).
【非特許文献4】Int. J. Syst. Evol. Microbiol. 59, 1895-1900 (2009).
【非特許文献5】Int. J. Syst. Evol. Microbiol. 60, 1296-1302 (2010).
【非特許文献6】Int. J. Syst. Evol. Microbiol. 60, 1788-1793 (2010).
【非特許文献7】Int. J. Syst. Evol. Microbiol. 60, 1864-1869 (2010).
【非特許文献8】Int. J. Syst. Evol. Microbiol. 60, 2639-2646 (2010).
【非特許文献9】Int. J. Syst. Evol. Microbiol. 61, 637-643 (2011).
【非特許文献10】Int. J. Syst. Evol. Microbiol. in press. (Christensenella minuta gen. nov., sp. nov., isolated from human faeces that forms a distinct branch in the order Clostridiales, and proposal of Christensenellaceae fam. nov.)
【非特許文献11】Syst. Appl. Microbiol. 16, 380-384(1993).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従って、本発明はファスコラークトバクテリウム属細菌の新菌種の新規用途を見出し、技術を豊富化することを課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、上記課題を解決するために鋭意研究した結果、ファスコラークトバクテリウム属細菌の新菌種は、飲食品、下痢予防・防止剤、脂質代謝改善剤、プロピオン酸産生促進剤、プロピオン酸の製造方法、下痢予防・防止方法、脂質代謝改善方法に利用できることを見出し、本発明を完成させた。
【0009】
すなわち、本発明は次の(1)〜(8)である。
(1)コハク酸を20mM含有する培養培地で12時間培養したときに、プロピオン酸を10mM以上産生するファスコラークトバクテリウム属細菌を含有することを特徴とする飲食品。
(2)コハク酸を20mM含有する培養培地で12時間培養したときに、プロピオン酸を10mM以上産生するファスコラークトバクテリウム属細菌を含有することを特徴とする下痢予防・防止剤。
(3)コハク酸を20mM含有する培養培地で12時間培養したときに、プロピオン酸を10mM以上産生するファスコラークトバクテリウム属細菌を含有することを特徴とする脂質代謝改善剤。
(4)コハク酸を20mM含有する培養培地で12時間培養したときに、プロピオン酸を10mM以上産生するファスコラークトバクテリウム属細菌を含有することを特徴とするプロピオン酸産生促進剤。
(5)コハク酸を20mM含有する培養培地で12時間培養したときに、プロピオン酸を10mM以上産生するファスコラークトバクテリウム属細菌を、コハク酸を含有する培養培地で培養することを特徴とするプロピオン酸の製造方法。
(6)コハク酸を20mM含有する培養培地で12時間培養したときに、プロピオン酸を10mM以上産生するファスコラークトバクテリウム属細菌と、コハク酸を産生する細菌とを、コハク酸を産生する細菌がコハク酸を産生し得る原料を含有する培養培地で培養することを特徴とするプロピオン酸の製造方法。
(7)コハク酸を20mM含有する培養培地で12時間培養したときに、プロピオン酸を10mM以上産生するファスコラークトバクテリウム属細菌を、ヒトを除く哺乳動物に投与することを特徴とする下痢予防・防止方法。
(8)コハク酸を20mM含有する培養培地で12時間培養したときに、プロピオン酸を10mM以上産生するファスコラークトバクテリウム属細菌を、ヒトを除く哺乳動物に投与することを特徴とする脂質代謝改善方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の飲食品は、これに含有されるファスコラークトバクテリウム属細菌が、コハク酸をプロピオン酸に変換する能力があるため、摂取後に腸内等でプロピオン酸が産生される。そのため、本発明の飲食品を摂取するとプロピオン酸が有する各種効果を得ることができる。
【0011】
また、本発明の下痢予防・防止剤は、これに含有されるファスコラークトバクテリウム属細菌が、下痢の原因となるコハク酸をプロピオン酸に変換する能力があるため、下痢を予防・防止することができる。
【0012】
更に、本発明の脂質代謝改善剤は、これに含有されるファスコラークトバクテリウム属細菌が、肝臓におけるコレステロールやトリグリセリドの合成を抑制するプロピオン酸を産生することから、脂質代謝を改善することができる。
【0013】
また更に、本発明のプロピオン酸産生促進剤は、これに含有されるファスコラークトバクテリウム属細菌が、コハク酸をプロピオン酸に変換する能力があるため、プロピオン酸の産生が促進される。そのため、本発明のプロピオン酸産生促進剤はプロピオン酸が有する各種効果を得ることができる。
【0014】
更にまた、本発明のプロピオン酸の製造方法は、これに利用するファスコラークトバクテリウム属細菌が従来より知られているファスコラークトバクテリウム属細菌よりもコハク酸をプロピオン酸に変換する能力が高いため、コハク酸からプロピオン酸を効率良く製造することができる。また、上記製造において、コハク酸に代えてコハク酸を産生する細菌と、コハク酸を産生する細菌がコハク酸を産生し得る原料を用いることにより、廉価な原料を用いてプロピオン酸を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】図1は、本発明で用いられるファスコラークトバクテリウム属細菌(YIT12067およびYIT12068)の近隣結合法による系統解析の結果である(系統樹にはブートストラップ値が50%以上のものを記した。また、系統樹中、●を記入した分岐点は、最尤法および最大節約法でも同一の結果が得られたことを示している。括弧内の文字は系統解析に用いた配列のアクセッション番号である。)
【図2】図2は、本発明で用いられるファスコラークトバクテリウム属細菌(YIT12067およびYIT12068)と、ファスコラークトバクテリウム・ファエシウムのコハク酸からプロピオン酸を産生する能力を比較した結果である。
【図3】図3は、本発明で用いられるファスコラークトバクテリウム属細菌(YIT12067およびYIT12068)と、コハク酸を産生する細菌と、シラカバ由来のキシランを含有する培養培地で培養した際の培養培地中のコハク酸、酢酸、プロピオン酸の濃度を測定した結果である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明で用いられるファスコラークトバクテリウム(Phascolarctobacterium)属細菌(以下、「本発明細菌」ということもある)は、コハク酸を20mM含有する培養培地で、培地中の初発菌数が2.5×10cfu/ml、37℃で12時間培養したときにプロピオン酸を10mM以上、好ましくは15mM以上、より好ましくは18mM〜30mM産生するものである。また、本発明細菌の上記培養培地における培養開始から培養10時間後までのプロピオン酸産生速度は0.4mM/h以上、好ましくは0.6mM/h以上、より好ましくは0.8〜2.0mM/hである。
【0017】
なお、上記で用いる培養培地としては、嫌気性腸内細菌の培養において従来より用いられてきた液体培地であれば特に制限されないが、例えば、PY培地(Holdeman, L. V., Cato, E. P. and Moore, W. E. C., Anaerobe Laboratory 308 Manual 4th edn. (1977))、変法GAM培地(日水製薬株式会社)等が挙げられる。
【0018】
また、この培養の際に、培養培地に接種される本発明細菌の菌数は1〜5×10cfu/mlである。更に、この培養は、嫌気条件下、好ましくは気相を窒素ガス、炭酸ガス、3種混合ガス(窒素(88質量%(以下、単に「%」という))・水素(7%)・二酸化炭素(5%))の何れかで置換した嫌気条件下、35〜39℃で行う。
【0019】
本発明細菌は、上記性質の他に、配列番号1または配列番号2に記載の16SrDNA配列と97%以上、好ましくは98.7%以上の配列相同性を有するものである。なお、本明細書において、配列相同性は、EzTaxonプログラム(http://147.47.212.35:8080/)で計算された値に基づくものである。
【0020】
更に、本発明細菌は、以下の生化学性状を有するものである。
【0021】
(1)表現型
分離源:ヒト糞便
形態:長く、節の多い桿状体
DNA G+C含量(mol%):46〜48
主要細胞脂肪酸:C14:0 dimethyl acetalおよびsummed
feature 4 (C15:2および/またはC15:1ω8cおよび/または
脂肪酸炭素鎖値14.762の脂肪酸)
20%胆汁での生育:生育しない
【0022】
(2)資化性
グルコース、D−マンニトール、ラクトース、スクロース、マルトース、サリシン、D
−キシロース、L−アラビノース、D−セロビオース、D−マンノース、グリセロール
、D−メレチトース、D−ラフィノース、D−ソルビトール、ラムノース、D−トレハ
ロース、エスクリン:全て−
※+:資化性あり
−:資化性なし
【0023】
(3)酵素活性
インドール産生、ウレアーゼ、プロテアーゼ、カタラーゼ、アルギニンジヒドロラーゼ
、α−ガラクトシダーゼ、β−ガラクトシダーゼ、6−フォスフォ−β−ガラクトシダ
ーゼ、α−グルコシダーゼ、β−グルコシダーゼ、α−アラビノシダーゼ、β−グルク
ロニダーゼ、N−アセチル−β−グルコサミニダーゼ、グルタミン酸デカルボキシラー
ゼ、α−フッコシダーゼ、アルカリフォスファターゼ、アラニンアリルアミダーゼ、ア
ルギニンアリルアミダーゼ、プロリンアリルアミダーゼ、ロイシルグリシンアリルアミ
ダーゼ、フェニルアラニンアリルアミダーゼ、ロイシンアリルアミダーゼ、ピログルタ
ミン酸アリルアミダーゼ、チロシンアリルアミダーゼ、グリシンアリルアミダーゼ、ヒ
スチジンアリルアミダーゼ、グルタミルグルタミン酸アリルアミダーゼ、セリンアリル
アミダーゼ、エステラーゼ(C4)、エステラーゼリパーゼ(C8)、リパーゼ(C1
4)、バリンアリルアミダーゼ、シスチンアリルアミダーゼ、トリプシン、α−キモト
リプシン、酸性フォスファターゼ、ナフトール−AS−BI−フォスフォヒドロラーゼ
、α−マンノシダーゼ、硝酸塩還元、オキシダーゼ:全て−
※+:活性あり
−:活性なし
【0024】
上記のような性質を有する本発明細菌は、例えば、以下の方法によって得ることができる。
【0025】
健康成人の糞便を希釈し、バンコマイシン(20μgmL−1)またはオキサシリン(4 μgmL−1)を添加した変法GAM寒天培地に塗抹後、混合ガス(窒素(88%)・水素(7%)・二酸化炭素(5%))を充満させたグローブボックス内にて5日間、37℃で培養する。その後、増殖したコロニーを実体顕微鏡にて観察し、形態の異なるコロニーを釣菌し継代し、変法GAM寒天培地にて嫌気培養を繰り返すことにより、本発明細菌を分離できる。
【0026】
具体的に、上記性質を全て有する細菌としては、本発明者らがヒト糞便から上記方法で分離したファスコラークトバクテリウム・エスピーYIT12067およびファスコラークトバクテリウム・エスピーYIT12068が挙げられる。これらは独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センター(茨城県つくば市東1丁目1番地1中央第6)に2011年11月11日付で、それぞれ受託番号FERM AP−22198およびFERM AP−22199で寄託した。
【0027】
これらファスコラークトバクテリウム・エスピーYIT12067またはファスコラークトバクテリウム・エスピーYIT12068は、ファスコラークトバクテリウム・ファエシウムと、16SrDNAの配列相同性が91.4%および91.5%(両者間は99.9%の配列相同性)であること、20%胆汁中で生育しないこと、コハク酸からのプロピオン酸変換能が高いことから、これらの細菌は、従来公知のファスコラークトバクテリウム属の細菌と異なり、新菌種であると判断される。なお、ファスコラークトバクテリウム・エスピーYIT12067の16SrDNA(配列番号1)はDDBJ(http://www.ddbj.nig.ac.jp/index-j.html)にAB490811として登録され、ファスコラークトバクテリウム・エスピーYIT12068の16SrDNA(配列番号2)はDDBJにAB490812として登録されている。
【0028】
本発明細菌は、これをそのまま生菌または死菌として、あるいは凍結乾燥体、培養上清等の培養物、菌体処理物等として各種飲食品に含有させることができるが、プロピオン酸変換能は細菌由来の酵素により発揮されると考えられるので、酵素の活性を失活させない状態で含有させることが好ましい。本発明細菌を含有させることのできる飲食品としては、例えば、果汁飲料、茶飲料、コーヒー飲料、野菜飲料、発酵乳飲料等の飲料、タブレット状、粉末状の食品、ハム、ソーセージ等の食肉加工食品、かまぼこ、ちくわ等の水産加工食品、パン、菓子、発酵乳等が挙げられる。これらの飲食品には、本発明細菌を、例えば、1×102〜14cfu/ml(g)、好ましくは1×104〜12cfu/ml(g)で含有させればよい。
【0029】
これら飲食品は、これに含有されるファスコラークトバクテリウム属細菌が、コハク酸をプロピオン酸に変換する能力があるため、摂取後に腸内等でプロピオン酸が産生される。そのため、本発明の飲食品はプロピオン酸が有する各種効果を得ることができる。
【0030】
また、本発明細菌は、下痢の原因となるコハク酸をプロピオン酸に変換する能力を有するため、これを有効成分すれば下痢予防・防止剤とすることができる。なお、下痢とコハク酸の関連は文献(腸内細菌学雑誌19:1669−177,2005、J. Gen. Appl. Microbiol., 48, 143-154(2002))で報告されている。
【0031】
更に、本発明細菌は、肝臓におけるコレステロールやトリグリセリドの合成を抑制するプロピオン酸を産生することから、これを有効成分とすれば脂質代謝改善剤とすることができる。なお、脂質代謝とプロピオン酸との関連は文献(Proc. Soc. Exp. Biol. Med., 1990 Oct;195(1):26-9.)で報告されている。
【0032】
また更に、本発明細菌は、コハク酸をプロピオン酸に変換する能力があるため、プロピオン酸の産生が促進されることから、これを有効成分とすればプロピオン酸産生促進剤とすることができる。
【0033】
上記した、本発明細菌を有効成分とする下痢予防・防止剤、脂質代謝改善剤またはプロピオン酸産生促進剤は、飲食品の形態とすることができ、また、本発明細菌と、固体または液体の公知の医薬用無毒性担体等と混合等して公知の医薬品製剤の形態にすることもできる。上記の医薬用無毒性担体としては、例えば、澱粉、デキストリン、脂肪酸グリセリド、ポリエチレングルコール、ヒドロキシエチルデンプン、エチレングリコール、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、アミノ酸、ゼラチン、アルブミン、水、生理食塩水等が挙げられる。また、必要に応じて、安定化剤、湿潤剤、乳化剤、結合剤、等張化剤、賦形剤等の慣用の添加剤を適宜添加することもできる。また、本発明の下痢予防・防止剤、脂質代謝改善剤またはプロピオン酸産生促進剤には、本発明細菌を、例えば、1×102〜14cfu/ml(g)、好ましくは1×104〜12cfu/ml(g)で含有させればよい。
【0034】
これら本発明細菌を有効成分とする下痢予防・防止剤、脂質代謝改善剤またはプロピオン酸産生促進剤は、ヒトに投与することができ、その投与間隔および投与期間は特に制限されるものではないが、1日〜2日間隔で、約1ヶ月間投与することが好ましい。
【0035】
なお、本発明の下痢予防・防止剤、脂質代謝改善剤またはプロピオン酸産生促進剤はヒトを除く哺乳動物、好ましくは牛、豚等の草食動物に投与することもできる。この場合、その投与間隔および投与期間は特に制限されるものではないが、1日〜2日間隔で、約1ヶ月間投与することが好ましい。
【0036】
本発明細菌は、コハク酸をプロピオン酸に変換する能力を有するため、この能力を利用してコハク酸からプロピオン酸を製造することができる。本発明細菌を用いてコハク酸からプロピオン酸を製造する方法としては、例えば、本発明細菌を、コハク酸を含有する培養培地で培養する方法が挙げられる。
【0037】
具体的に、この方法でコハク酸からプロピオン酸を製造するには、PY培地または変法GAM培地にコハク酸を20〜80mM添加して培養培地を調製し、この培養培地に前培養した本発明細菌を1〜5×10cfu/mlとなるように接種し、気相を嫌気条件下、好ましくは気相を窒素ガス、炭酸ガス、3種混合ガス(窒素(88%)・水素(7%)・二酸化炭素(5%))の何れかで置換した嫌気条件下、37℃で1〜3日間培養すればよい。この培養により培養培地中にプロピオン酸が製造される。培養後、イオン交換膜等の公知の分離手段で培養培地からプロピオン酸を精製してもよい。
【0038】
また、コハク酸からプロピオン酸を製造する別の方法としては、本発明細菌とコハク酸を産生する細菌とを、コハク酸を産生する細菌がコハク酸を産生し得る原料を含有する培養培地で培養する方法が挙げられる。
【0039】
この方法に用いられるコハク酸を産生する細菌としては、例えば、パラプレボテラ・キシラニフィラ(Paraprevotella xylaniphila)、バクテロイデス・フラジリス (Bacteroides fragilis)等が挙げられる。また、前記細菌がコハク酸を産生し得る原料としては、コハク酸を産生する細菌がパラプレボテラ・キシラニフィラであればグルコース、キシラン等が挙げられ、好ましくはキシランであり、コハク酸を産生する細菌がバクテロイデス・フラジリスであれば、グルコース等が挙げられる。
【0040】
また、この方法で用いられる培養培地は、コハク酸を含有する培養培地で培養する方法に用いられる培養培地のコハク酸の代わりにコハク酸を産生する細菌がコハク酸を産生しうる原料を1〜5%(重量比)添加すればよい。また、この方法においてコハク酸を産生する細菌は、1〜5×10cfu/ml程度で培養培地に接種すればよい。それ以外の培養条件はコハク酸を含有する培養培地で培養する方法と同じでよい。
【実施例】
【0041】
以下、実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に何ら限定されるものではない。
【0042】
参 考 例 1
ファスコラークトバクテリウムの取得:
(1)健康成人の糞便を10倍に希釈し、バンコマイシンを20μg/ml含有させた変法GAM寒天培地の平板培地に塗沫後、グローブボックスにて5日間、37℃で培養した。増殖したコロニーを実体顕微鏡にて観察し、形態の異なるコロニーを釣菌した。その後、気相を3種混合ガス(窒素(88%)・水素(7%)・二酸化炭素(5%))で置換した嫌気条件下、変法GAM寒天培地にて培養を繰り返して細菌Aを単離した。
【0043】
この細菌Aの遺伝子解析を行ったところ、16SrDNA配列がファスコラークトバクテリウム・ファエシウムACM3679(以下、「ACM3679」という)の16SrDNA配列と91.4%の配列相同性を有していた。この細菌Aはファスコラークトバクテリウム属の新種であることがわかった。本発明者らはこの細菌Aをファスコラークトバクテリウム・エスピーYIT12067(以下、「YIT12067」という)と名付けた。
【0044】
(2)上記(1)で変法GAM寒天培地の平板培地に含有させたバンコマイシン20μg/mlを、オキサシリン4μg/mlに代える以外は、参考例1と同様にして細菌Bを単離した。
【0045】
この細菌Bの遺伝子解析を行ったところ、16SrDNA配列がファスコラークトバクテリウム・ファエシウムACM3679の16SrDNA配列と91.5%の配列相同性を有していた。この細菌Bはファスコラークトバクテリウム属の新種であることがわかった。本発明者らはこの細菌Bをファスコラークトバクテリウム・エスピーYIT12068(以下、「YIT12068」という)と名付けた。
【0046】
また、YIT12068の16SrDNA配列は、YIT12067の16SrDNA配列と99.9%の配列相同性を有していた。
【0047】
YIT12067およびYIT12068の16SrDNAに基づく系統樹を図1に示した。
【0048】
参 考 例 2
YIT12067およびYIT12068の性状:
参考例1で得られたYIT12067およびYIT12068の表現型を公知の方法で調べた。また、生化学性状を市販のAPIキット(日本ビオメリューバイテック社製)を用いて調べた。それら結果を以下に示した。
【0049】
(1)主な表現型
【表1】

【0050】
(2)生化学性状
(資化性)
+:資化性あり
−:資化性なし
(酵素活性)
+:活性あり
−:活性なし
<API ケンキによる性状試験結果>
【表2】

【0051】
<API Rapidによる性状試験結果>
【表3】

【0052】
<API ZYMによる性状試験結果>
【表4】

【0053】
実 施 例 1
コハク酸存在下での培養試験(1):
<前培養>
上記参考例で得られたYIT12067およびYIT12068をそれぞれ20mMのコハク酸を添加したPY培地(以下、これを「PYS培地」という)に植菌し、気相を窒素ガスで置換した嫌気条件下、37℃で36時間培養した。また、比較としてACM3679を同様に培養した。
【0054】
<本培養>
上記の培養で得られた前培養培地の50μlを、3mlのPYS培地に植菌し(培地中の生菌数は2.5×10cfu/ml)、気相を窒素ガスで置換した嫌気条件下、37℃で培養した。
【0055】
<サンプリング>
培養開始前と、培養開始から10、12および13時間後に、培養培地からサンプルを少量採取し、HPLC(アライアンス2695:日本ウオーターズ製)で培養培地中のプロピオン酸濃度とコハク酸濃度を測定した。培養開始前と、培養開始から10、12および13時間後の培養培地中のプロピオン酸濃度を図2に示した。
【0056】
<結果>
全ての培養時間においてYIT12067およびYIT12068の培養培地中のプロピオン酸濃度はACM3679よりも高かった。また、本培養12時間後のプロピオン酸濃度はYIT12067およびYIT12068がそれぞれ21.03mMおよび19.75mMであったのに対し、ACM3679は7.17mMであった。更に、培養培地中のコハク酸濃度は培養時間の経過と共に減少しており、その量はプロピオン酸の増加量とほぼ同量であった。また更に、本培養10時間後のプロピオン酸濃度の数値を元に、各菌株のプロピオン酸産生速度を算出したところ、YIT12067およびYIT12068は、ACM3679と比べて、それぞれ5.8倍および3.0倍であった(表5)。
【0057】
【表5】

【0058】
実 施 例 2
コハク酸存在下での培養試験(2):
実施例1と同様にして前培養を行ったYIT12067およびYIT12068の前培養培地50μlを80mMのコハク酸を添加した3mlのPY培地に植菌し(培地中の生菌数は2.5×10cfu/ml)、気相を窒素ガスで置換した嫌気条件下、37℃で1週間培養した。
【0059】
培養後、YIT12067およびYIT12068の培養培地中のプロピオン酸の濃度は、それぞれ80.81mMおよび84.19mMであった。
【0060】
実 施 例 3
コハク酸産生細菌との共培養:
キシランからコハク酸と酢酸を産生する微生物であるパラプレボテラ・キシラニフィラの基準株(DSM19681)であるYIT11841(以下、「YIT11841」という)の前培養培地50μl、YIT12067またはYIT12068の前培養培地50μlを、シラカバ由来のキシランを1%添加した3mlのPY培地に、それぞれ同時に添加し(いずれの菌株も、培地中の生菌数は2.5×10cfu/ml)、気相を窒素ガスで置換した嫌気条件下、37℃で72時間共培養させた。培養後、HPLCでコハク酸、酢酸およびプロピオン酸の量を測定した。また、比較としてそれぞれを単独で培養し、同様の測定をした。各培養におけるコハク酸、酢酸およびプロピオン酸の濃度を図3に示した。
【0061】
YIT11841とYIT12067またはYIT12068を組み合わせることによりキシランからプロピオン酸を効率良く得られることがわかった。
【0062】
実 施 例 4
タブレット:
下記の処方で各種成分を混合して造粒・乾燥・整粒した後に、打錠してタブレットを製造した。
(成分) (含有量)
YIT12067の菌体乾燥物1) 10mg
微結晶セルロース 100mg
トレハロース 15mg
ステアリン酸マグネシウム 0.5mg
メチルセルロース 12mg
1)YIT12067の生菌体を凍結乾燥して製造した(生菌体1×1010cfu/gを含む)。
【0063】
実 施 例 5
清涼飲料:
下記の処方で、常法に従って各成分を配合し、均質化して清涼飲料を得た。得られた清涼飲料は褐色瓶に充填後、アルミキャップにて封印し、加熱処理を施した。
(成分) (含有量)
YIT12067の菌体乾燥物1) 0.5g
香料 0.8g
クエン酸 0.2g
エリスリトール 2.5g
ラクチトール 2.5g
水 93.5g
1)YIT12067の生菌体を凍結乾燥して製造した(生菌体1×1010cfu/gを含む)。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明の飲食品、下痢予防・防止剤、脂質代謝改善剤、プロピオン酸産生促進剤、プロピオン酸の製造方法、下痢予防・防止方法、脂質代謝改善方法は各種健康の増進に利用できる。
以 上

【特許請求の範囲】
【請求項1】
コハク酸を20mM含有する培養培地で12時間培養したときに、プロピオン酸を10mM以上産生するファスコラークトバクテリウム(Phascolarctobacterium)属細菌を含有することを特徴とする飲食品。
【請求項2】
ファスコラークトバクテリウム属細菌が、配列番号1または配列番号2に記載の16SrDNA配列と97%以上の配列相同性を有するものである請求項1記載の飲食品。
【請求項3】
ファスコラークトバクテリウム属細菌が、FERM AP−22198のファスコラークトバクテリウム・エスピーYIT12067またはFERM AP−22199のファスコラークトバクテリウム・エスピーYIT12068である請求項1または2記載の飲食品。
【請求項4】
コハク酸を20mM含有する培養培地で12時間培養したときに、プロピオン酸を10mM以上産生するファスコラークトバクテリウム属細菌を含有することを特徴とする下痢予防・防止剤。
【請求項5】
ファスコラークトバクテリウム属細菌が、配列番号1または配列番号2に記載の16SrDNA配列と97%以上の配列相同性を有するものである請求項4記載の下痢予防・防止剤。
【請求項6】
ファスコラークトバクテリウム属細菌が、FERM AP−22198のファスコラークトバクテリウム・エスピーYIT12067またはFERM AP−22199のファスコラークトバクテリウム・エスピーYIT12068である請求項4または5記載の下痢予防・防止剤。
【請求項7】
コハク酸を20mM含有する培養培地で12時間培養したときに、プロピオン酸を10mM以上産生するファスコラークトバクテリウム属細菌を含有することを特徴とする脂質代謝改善剤。
【請求項8】
ファスコラークトバクテリウム属細菌が、配列番号1または配列番号2に記載の16SrDNA配列と97%以上の配列相同性を有するものである請求項7記載の脂質代謝改善剤。
【請求項9】
ファスコラークトバクテリウム属細菌が、FERM AP−22198のファスコラークトバクテリウム・エスピーYIT12067またはFERM AP−22199のファスコラークトバクテリウム・エスピーYIT12068である請求項7または8記載の脂質代謝改善剤。
【請求項10】
コハク酸を20mM含有する培養培地で12時間培養したときに、プロピオン酸を10mM以上産生するファスコラークトバクテリウム属細菌を含有することを特徴とするプロピオン酸産生促進剤。
【請求項11】
ファスコラークトバクテリウム属細菌が、配列番号1または配列番号2に記載の16SrDNA配列と97%以上の配列相同性を有するものである請求項10記載のプロピオン酸産生促進剤。
【請求項12】
ファスコラークトバクテリウム属細菌が、FERM AP−22198のファスコラークトバクテリウム・エスピーYIT12067またはFERM AP−22199のファスコラークトバクテリウム・エスピーYIT12068である請求項10または11記載のプロピオン酸産生促進剤。
【請求項13】
コハク酸を20mM含有する培養培地で12時間培養したときに、プロピオン酸を10mM以上産生するファスコラークトバクテリウム属細菌を、コハク酸を含有する培養培地で培養することを特徴とするプロピオン酸の製造方法。
【請求項14】
ファスコラークトバクテリウム属細菌が、配列番号1または配列番号2に記載の16SrDNA配列と97%以上の配列相同性を有するものである請求項13記載のプロピオン酸の製造方法。
【請求項15】
ファスコラークトバクテリウム属細菌が、FERM AP−22198のファスコラークトバクテリウム・エスピーYIT12067またはFERM AP−22199のファスコラークトバクテリウム・エスピーYIT12068である請求項13または14記載のプロピオン酸の製造方法。
【請求項16】
コハク酸を20mM含有する培養培地で12時間培養したときに、プロピオン酸を10mM以上産生するファスコラークトバクテリウム属細菌と、コハク酸を産生する細菌とを、コハク酸を産生する細菌がコハク酸を産生し得る原料を含有する培養培地で培養することを特徴とするプロピオン酸の製造方法。
【請求項17】
ファスコラークトバクテリウム属細菌が、配列番号1または配列番号2に記載の16SrDNA配列と97%以上の配列相同性を有するものである請求項16記載のプロピオン酸の製造方法。
【請求項18】
ファスコラークトバクテリウム属細菌が、FERM AP−22198のファスコラークトバクテリウム・エスピーYIT12067またはFERM AP−22199のファスコラークトバクテリウム・エスピーYIT12068である請求項16または17記載のプロピオン酸の製造方法。
【請求項19】
コハク酸を産生する細菌が、パラプレボテラ・キシラニフィラ(Paraprevotella xylaniphila)であり、コハク酸を産生する細菌がコハク酸を産生し得る原料がキシランである請求項16〜18の何れかに記載のプロピオン酸の製造方法。
【請求項20】
コハク酸を20mM含有する培養培地で12時間培養したときに、プロピオン酸を10mM以上産生するファスコラークトバクテリウム属細菌を、ヒトを除く哺乳動物に投与することを特徴とする下痢予防・防止方法。
【請求項21】
ファスコラークトバクテリウム属細菌が、配列番号1または配列番号2に記載の16SrDNA配列と97%以上の配列相同性を有するものである請求項20記載の下痢予防・防止方法。
【請求項22】
ファスコラークトバクテリウム属細菌が、FERM AP−22198のファスコラークトバクテリウム・エスピーYIT12067またはFERM AP−22199のファスコラークトバクテリウム・エスピーYIT12068である請求項20または21記載の下痢予防・防止方法。
【請求項23】
ヒトを除く哺乳動物が草食動物である請求項20〜22の何れかに記載の下痢予防・防止方法。
【請求項24】
コハク酸を20mM含有する培養培地で12時間培養したときに、プロピオン酸を10mM以上産生するファスコラークトバクテリウム属細菌を、ヒトを除く哺乳動物に投与することを特徴とする脂質代謝改善方法。
【請求項25】
ファスコラークトバクテリウム属細菌が、配列番号1または配列番号2に記載の16SrDNA配列と97%以上の配列相同性を有するものである請求項24記載の脂質代謝改善方法。
【請求項26】
ファスコラークトバクテリウム属細菌が、FERM AP−22198のファスコラークトバクテリウム・エスピーYIT12067またはFERM AP−22199のファスコラークトバクテリウム・エスピーYIT12068である請求項24または25記載の脂質代謝改善方法。
【請求項27】
ヒトを除く哺乳動物が草食動物である請求項24〜26の何れかに記載の脂質代謝改善方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−102714(P2013−102714A)
【公開日】平成25年5月30日(2013.5.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−247707(P2011−247707)
【出願日】平成23年11月11日(2011.11.11)
【出願人】(000006884)株式会社ヤクルト本社 (132)
【Fターム(参考)】