説明

プラスチック材質判別装置及び方法

【課題】簡便で高精度にプラスチック材質を判別する。
【解決手段】プラスチック材質判別において、プラスチック材からなる物品の遠紫外スペクトルを測定し、次に、遠紫外スペクトルの吸収バンドの吸収端近傍のスペクトル特性より上記物品の材質を分別する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プラスチックの分光分析に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球規模での環境変化や資源不足が懸念されており、生活用品のリサイクル利用の必要性が増している。廃棄されたプラスチック材を再利用するには、プラスチック材を材質別に分別して回収しなければならない。その1つの方法では、プラスチック材に近赤外領域の光を照射し、プラスチック材からの反射光または透過光を分光分析して材質を判別する(たとえば、特開2002−214136号公報と特開2002−267601号公報)。
【0003】
プラスチックボトルやシートとして用いられているプラスチック材としては、ポリスチレン、ポリエチレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニルなどがある。これらの近赤外領域における吸収スペクトルは、特開平9−89768号公報の図3や特開2002−214136号公報の図3に示されるようにそれぞれ異なってはいるが、プラスチック材はいずれも基本的に炭化水素系の高分子であるため、スペクトルが類似している。特に市販の製品には加工性や耐久性の関係で、製品ごとに様々な添加物が混入しており、その判別を困難にしている。誤判定を軽減するために、主成分分析などの多変量解析やニューラルネットワークなどの手法が用いられるが、それでも判別が難しい場合が少なくない。したがって、プラスチック分別回収現場においてプラスチック材質判別の精度を向上させることが望まれている。
【0004】
ところで、本発明は紫外領域での分光測定に関するものであるが、一般に有機物質について紫外領域で電子遷移による吸収が起こることはよく知られている。しかし、これまで、紫外領域でのプラスチック材質の吸収スペクトルを比較測定し、そのスペクトルの特性の違いをプラスチック材質の特定や判別に利用しようという試みはなされていなかった。特に真空紫外領域といわれる200nm以下の波長領域では、空気中の酸素の紫外吸収が大きいため、測定環境を真空とするか、あるいは、その波長領域でも紫外吸収のない不活性なガス(窒素やアルゴンなど)で置換する必要があるため、紫外分光は一般的に産業上での利用が敬遠されてきた。このように、遠紫外分光の応用は、酸素の強い吸収により測定環境が制限されていたため、一般的でなかったが、近年は、真空排気の代わりに窒素パージを用いることにより遠紫外分光測定がより容易になってきた。しかし、遠紫外分光はなお解析方法としてあまり注目されていない。
【0005】
遠紫外分光を用いた分析について従来の技術を調べると、特開平11−51751号公報には、紫外スペクトルを用いて、スチレンやブタジエンのラテックスの紙へのコーティングに伴う塗工量を測定することが記載されている。ここで、赤外領域より吸収の大きい紫外領域でスペクトルを測定し、特定波長(たとえば220nmと260nm)での反射率からコーティング重量を得ている。
【特許文献1】特開2002−214136号公報
【特許文献2】特開2002−267601号公報
【特許文献3】特開平9−89768号公報
【特許文献4】特開平11−51751号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、簡便で高精度なプラスチック材質の判別方法及び装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係るプラスチック材質判別方法では、プラスチック材からなる物品の紫外スペクトルを測定し、次に、紫外スペクトルの吸収バンドの吸収端近傍のスペクトル特性より上記物品の材質を分別する。上記吸収端近傍のスペクトル特性は、たとえば、カットオフ波長である。上記材質は、たとえば、ポリスチレン、ポリエチレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニルの中の少なくとも1つを含む。
【0008】
本発明に係るプラスチック材質判別装置は、プラスチック材からなる物品を測定対象として載置可能な紫外光透過性の板部材と、紫外光を発生する光源と、入射する紫外光を検出する紫外光検出器と、酸素ガスを含まない環境の中にあって、上記光源により発生された紫外光を分光して上記板部材に案内し、板部材の上の物品からの反射光を上記紫外光検出器に案内する光学系と、上記紫外光検出器から入力された信号から上記物品の材質を判別する信号処理部とからなる。上記プラスチック材質判別装置において、上記板部材は、たとえば、入射光を屈折する窓板である。または、上記板部材は、たとえば、入射光を全反射する全反射減衰光学プローブである。好ましくは、さらに、上記信号処理部による判別結果を表示する表示装置を備える。
【発明の効果】
【0009】
プラスチック材質の紫外領域に現れる分光スペクトルを利用することによって、従来の近赤外領域での分光スペクトルを用いるより格段に正確な材質判別を行える。分光測定と解析が容易であり、定性分析が高感度で高選択性に行える。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、添付の図面を参照して発明の実施の形態を説明する。
プラスチック材質などの有機化合物の材質の判別のため、350nm以下の紫外波長領域でのスペクトルが測定される。これらの材質は、C−C結合のσ−σ遷移により遠紫外光を吸収するが、その高波長側の吸収端付近のスペクトル形状は材質ごとに変化するので、材質はスペクトルデータを基に高感度で明確に判別できる。以下にさらに詳しく説明する。
【0011】
図1は、1例として、6種の市販の食品包装用ラップフィルムの120〜300nmの紫外波長領域における透過率を示す。ここで、サンプル1,2は、ポリビニリデン(PVDC)を主成分とするフィルムであり、サンプル3は、ポリ塩化ビニル(PVC)を主成分とするフィルムであり、サンプル4,5,6はポリエチレン(PE)を主成分とするフィルムである。これらのサンプルはそれぞれ異なる会社で製造されている。サンプルの厚さは約10μmである。図1から分かるように、これらのサンプルのスペクトルにおいて、吸収は、幅広い。ポリエチレンフィルム(サンプル4,5,6)は、170nmより短い波長で幅広く吸収される。また、PVCフィルム(サンプル3)のスペクトルは、PEより高い波長からで幅広い吸収を生じ、PVDフィルム(サンプル1,2)は、さらに高波長から幅広い吸収を生じる。これらの吸収は、C−C結合のσ−σ遷移によるものである。
【0012】
図1に示す6種のプラスチックサンプルは一般に市販されているフィルム製品であり、製造過程で様々な添加物が加味されているはずであるが、それにもかかわらず各材質の吸収端特性には添加物による大きな違いは現れない。一般にポリエチレン樹脂はその硬さや伸縮性を制御するために炭素の結合に側鎖を持たせることが知られているが、サンプル4〜6の185nm付近の小さな吸収スペクトルの変化はこの側鎖の種類や数の違いによって生じていると考えられる。そのような製品ごとの違いがあっても、主成分が共通する材質では、吸収バンドの高波長側の吸収端近傍の基本的なスペクトル形状はよく一致する。
【0013】
このように吸収端近傍のスペクトル形状は主成分により決まるので、スペクトルの生データを見るだけで、プラスチック材質を判別できる。図1に示す6つのサンプルでは、120〜300nmの領域での生データのみで、吸収端近傍のスペクトル形状が互いに異なる3つのグループに明らかに分類できる。吸収端近傍のスペクトル形状を表す量として、たとえば、カットオフ波長を用いればよい。カットオフ波長は、たとえば透過率が5%の波長として定義される。
【0014】
また、図2は、市販されている主なプラスチック製品の材質の150〜450nmの波長領域での透過率を示す。ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)およびポリ塩化ビニル(PVC)のサンプルの厚さは約10μmであり、ポリスチレン(PS)およびポリエチレンテレフタレート(PET)のサンプルの厚さは約30μmである。これらの材質は、図1の例と同様に、吸収端近傍のスペクトル形状が互いに異なるので、150〜350nmの領域での生データのみで、吸収端近傍のスペクトル形状により材質が判別できる。
【0015】
比較のために説明すると、従来の近赤外領域のスペクトルでは、これらの材質の吸収バンドは、吸光度が小さいうえ、吸収バンドのオーバーラップが多い。このため分光スペクトルを単純に測定しただけでは材質の判別が難しかった。図3は、特開2002−214136号公報の図3の各種プラスチックの基準近赤外スペクトルを示す。この近赤外スペクトルを紫外スペクトルに比べると、紫外スペクトルでは、近赤外スペクトルでは区別しにくかった材質も、吸収端近傍のスペクトル形状により、明確に区別できることが分かる。
【0016】
有機化合物に紫外領域の光を当てると、単結合の場合、基底状態(σ軌道)にある電子は高エネルギー状態(σ軌道)に遷移する。有機化合物におけるC−C結合の結合エネルギーは、C原子での置換基により変わる。このため、σ−σ遷移は置換基に非常に敏感であり、有機化合物の遠紫外スペクトルは、置換が行われると置換基の種類と数により変わる。図4はポリエチレン(PE)、ポリ塩化ビニル(PVC)およびポリ塩化ビニリデン(PVDC)の炭素の架橋構造を示すが、PE、PVC、PVDCの順にプラスチック材質中の炭化水素の結合の一部が塩素に置き換わっている。したがって、それぞれのプラスチック材質の紫外吸収スペクトルでは、PE(サンプル4,5,6)、PVC(サンプル3)、PVDC(サンプル1,2)と、炭化水素の結合が塩素に置換されるごとに、吸収バンドのカットオフ波長が長波長側に変位している。
【0017】
上述の測定例が示すように、プラスチックの紫外領域の吸収スペクトルは、炭化水素等の架橋構造が変化するとそれに追随して大きな変化を示す。図1や図2に示すプラスチックは、160〜260nmの波長領域で大きなスペクトルの違いを示しているが、この違いは、置換基によるC−C結合の結合エネルギーの差によるものである。C−C結合のσ−σ遷移による吸収バンドの吸収端近傍のスペクトル形状は、プラスチックの組成に非常に敏感であり、高選択性があるので、プラスチック材の分類に使用できる。したがって、プラスチック材質の紫外領域に現れるこのような性質の分光スペクトルを利用することによって、従来の近赤外領域での分光スペクトルを用いるより格段に正確な材質判別を行うことが可能となる。
【0018】
次に、具体的なプラスチック判別装置の構成について説明する。本実施形態ではプラスチック材質を160〜350nmの紫外領域で分光分析するが、その際に200nm以下の短波長の光が空気中の酸素によって吸収されるため、測定環境を真空あるいは窒素などの不活性ガスで置換する必要がある。図5は装置構成の1例を示す。上述の測定例では、酸素を含まない環境にサンプルをおいて透過率を測定している。しかし、プラスチック分別回収の現場では、空気中のサンプルを判別できることが望ましい。そこで、サンプルからの反射光を測定して、分別を行う。
【0019】
図5は紫外分光装置の1例を示す。紫外分光装置は、酸素を含まないNパージエリア10と通常の空気中にある非パージエリア30からなる。Nパージエリア10の中に配置されている紫外光の光路では、窒素ガス、アルゴンガスなどのパージにより内部の空気が除去されている。また、真空に排気されていてもよい。Nパージエリア10の外にある測定サンプル40は、空気中にあり、サファイアの窓板16に接するように載置される。非パージエリア30に設けられた紫外光源(たとえば重水素ランプ)32から発生された紫外光は、ただちにNパージエリア10内に入り、単色分光器であるグレーティング12をとおり、ミラー14で反射されて、サファイアの窓板16に入射し、窓板16を透過してサンプルに当たる。入射角は適当に設定する。グレーティング12を制御することにより波長が変化される。なお、窓板16の材料は、サファイアの代わりに、紫外透過特性がよい合成石英や、フッ化マグネシウム、フッ化カルシウムなどでもよい。窓板16の上に隔離されている測定サンプル40からの反射光は、窓板16に入射し、ミラー18により反射されて紫外光検出器20に入射して検出される。紫外光検出器20で検出されたスペクトルのデータは、非パージエリア30内の信号処理部34で処理される。測定波長は、たとえば160〜210nmである。このような装置では、測定サンプル40は通常の空気環境下にありながら、分光測定は酸素を除去した真空紫外環境で実施することができるので、非常に簡便に高精度なプラスチック材質の判別が非破壊で可能となる。この装置をたとえばプラスチック分別回収現場において使用すると、従来の赤外分光に比べてプラスチック材質判別の精度を向上できる。
【0020】
また、図6に示すように、窓板16の代わりに、サファイアや合成石英を材質とする減衰全反射型光学プローブ16’を設置してもよい。全反射減衰吸光法は、非常に吸収が大きい物質の吸収スペクトルを測定するために用いられ、光が光学プローブの表面で全反射する際に形成される波長オーダーの光の浸みだし(エバネッセント波)によるサンプル内での光吸収量を測定する。入射光は、光学プローブ16’に、全反射を生じる入射角で入射し全反射される。このとき、減衰全反射型光学プローブ16’に接しているサンプルには、サンプルと接する全反射面で生じた波長オーダーの光の浸みだしが入り込み、その後で反射される。この反射光は紫外光検出器20により検出される。これにより、サンプルによる紫外光の吸収が測定される。
【0021】
信号処理部34は、全体を制御するCPUを備え、グレーティング12を制御して紫外光の波長を設定し、また、紫外光センサ20から測定信号を入力する。こうして得られた信号対波長のグラフは表示装置36に表示できる。また、材質の判別結果を表示装置36に表示するようにしてもよい。図示しないが、プリンタに判別結果を印刷してもよい。
【0022】
図7は、信号処理部34における材質判定のフローチャートを示す。信号処理部34内の記憶装置に、あらかじめ測定対象の材質について遠紫外光の吸収端特性のテーブルを記憶しておく(S10)。まず、グレーティング12と紫外光検出器20を制御して、測定波長範囲における紫外光センサ20の検出値を記録する(S12)。得られた測定データから吸収端特性(たとえばカットオフ波長)を求め(S14)、吸収端特性のテーブルを参照して材質を特定し(S16)、判別結果を表示または印刷する(S18)。未測定サンプルが残っていれば(S20でYES)、ステップS12に戻り、上述の判定処理を繰り返す。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】6つの市販の食品包装用ラップフィルムの遠紫外スペクトルのグラフ
【図2】5種のプラスチックの遠紫外スペクトルのグラフ
【図3】比較のための従来の近赤外領域での各種プラスチックのスペクトルのグラフ
【図4】ポリエチレン(PE)、ポリ塩化ビニル(PVC)およびポリ塩化ビニリデン(PVDC)の炭素の架橋構造を示す図
【図5】紫外分光装置の図
【図6】紫外分光装置の変形例の図
【図7】材質判定のフローチャート
【符号の説明】
【0024】
10 Nパージエリア、 12 グレーティング、 16 窓板、 16’ 減衰全反射型光学プローブ、 30 非パージエリア、 32 紫外光源、 34 信号処理部、 36 表示装置。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プラスチック材からなる物品の紫外スペクトルを測定し、
紫外スペクトルの吸収バンドの吸収端近傍のスペクトル特性より上記物品の材質を分別する
プラスチック材質判別方法。
【請求項2】
上記吸収端近傍のスペクトル特性は、カットオフ波長であることを特徴とする請求項1に記載されたプラスチック材質判別方法。
【請求項3】
上記材質は、ポリスチレン、ポリエチレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニルの中の少なくとも1つを含むことを特徴とする請求項1に記載されたプラスチック材質判別方法。
【請求項4】
プラスチック材からなる物品を測定対象として載置可能な紫外光透過性の板部材と、
紫外光を発生する光源と、
入射する紫外光を検出する紫外光検出器と、
酸素ガスを含まない環境の中にあって、上記光源により発生された紫外光を分光して上記板部材に案内し、板部材の上の物品からの反射光を上記紫外光検出器に案内する光学系と、
上記紫外光検出器から入力された信号から上記物品の材質を判別する信号処理部と
からなるプラスチック材質判別装置。
【請求項5】
上記板部材は、入射光を屈折する窓板であることを特徴とする請求項4に記載されたプラスチック材質判別装置。
【請求項6】
上記板部材は、入射光を全反射する全反射減衰光学プローブであることを特徴とする請求項4に記載されたプラスチック材質判別装置。
【請求項7】
さらに、上記信号処理部による判別結果を表示する表示装置を備えることを特徴とする請求項4から6のいずれかに記載されたプラスチック材質判別装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−292300(P2008−292300A)
【公開日】平成20年12月4日(2008.12.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−138022(P2007−138022)
【出願日】平成19年5月24日(2007.5.24)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2007年 5月 5日 社団法人日本分析化学会発行の「第68回分析化学討論会講演要旨集」で発表
【出願人】(000001096)倉敷紡績株式会社 (296)
【出願人】(503092180)学校法人関西学院 (71)
【Fターム(参考)】