説明

マイクロ流体デバイスおよび、これを用いたマイクロ流体装置

【課題】マイクロ流路と同一の基体に配置した抵抗体を加熱し、抵抗体の抵抗値変化によって、マイクロ流路内の温度を制御するマイクロ流体デバイスにおいて、流路内の流体に温度分布が生じてしまうこと。
【解決手段】基体内部に設けられた流体を流通させる流路と、前記流路内の流体を主として加熱するための第一の抵抗体とが配置されたマイクロ流体デバイスにおいて、前記第一の抵抗体と異なる位置に配置された、前記流路内の流体を補助的に加熱するための第二の抵抗体を複数個配置する。このマイクロ流体デバイスを動作させるマイクロ流体装置は、前記流路内の流体の温度と前記第一の抵抗体の抵抗値との関係式と、前記第一の抵抗体に投入する熱エネルギーと前記第二の抵抗体に投入する熱エネルギーとの比の固定値と、記憶し、前記関係式と前記固定値とに従い、前記流路内の流体の温度を制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微小な流路を持つマイクロ流体デバイスにおいて、化学、生化学、物理化学反応などにより、化学合成、遺伝子検査などを行うためのマイクロ流体デバイス、およびそれを用いたマイクロ流体装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、マイクロ流体デバイスにおいて、マイクロ流路内の流体を加熱するために、流路と同一の基体内にヒーターを配置したものが開示されている(例えば、特許文献1)。また、ヒーターを制御する手段として、ヒーターとは独立した、温度センサーを配置したマイクロリアクタが開示されている(例えば、特許文献2)。また、マイクロ流体デバイスの技術分野ではないが、ヒーターである抵抗体の抵抗値が温度によって変化することを利用し、ヒーターに温度センサーとしての機能を兼ねさせた気流検知センサーが開示されている(例えば、特許文献3)。同様に、マイクロ流体デバイスの技術分野ではないが、ウェハを加熱アニールする装置において、ウェハの周辺部の温度が低下することを抑制するために、ウェハの周辺部を加熱する補助ヒーターが配置されているものが開示されている(例えば、特許文献4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008−238090号公報
【特許文献2】特開2004−33907号公報
【特許文献3】特開2009−162603号公報
【特許文献4】特開平6−232138号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1および2のように、マイクロ流路内の流体を、流路と同一の基体内に配置されたヒーターで加熱しようとした場合、ヒーターの中央から遠ざかるにつれて基体の温度は低下するため、ヒーターから離れた場所の流路内の流体温度は低くなってしまう。つまり、ヒーターと流路との位置関係によっては、流路内の流体に温度分布が生じてしまう。
【0005】
この現象を、図5を用いて説明する。図5(a)はマイクロ流体デバイスの斜視図であり、図5(b)は平面図であり、図5(c)は図5(b)のA−A断面図である。図5(d)は、図5(c)のB領域の拡大図であり、Dは流路およびヒーターの幅の中央を、Eは流路の幅を示している。11はマイクロ流路基体、12は流路、13は流入口、14は流出口、15は第一の抵抗体であるヒーター、17は第一の抵抗体の電極配線、19は絶縁層である。図8は、ヒーターによってマイクロ流路内の流体を加熱し、94℃にしようとしたときの、図5(d)のC−Cラインの温度分布を示したものであり、図5(d)と同様に、Dは流路およびヒーターの幅の中央を、Eは流路の幅をそれぞれ示している。図8で示すように、ヒーターから遠い位置の流体温度ほど低くなってしまう。マイクロ流体デバイスを用いて行われる遺伝子検査などでは、わずかな温度差でも無視できない検査エラーが生じることがあり、こうした温度分布が課題であった。
【0006】
流路内の流体の温度分布を改善する手段として、流路の厚さ方向の断面積に対して、ヒーターの面積が十分大きいデバイス構造とする手段が考えられる。しかしながら、特許文献3のように、ヒーターにセンサーとしての機能を兼ねさせた場合、ヒーターの面積が大きくなると、流路から離れたヒーター部分は、マイクロ流体デバイスの周辺の温度のような外乱影響をうける場合がある。外乱影響によって温度が変化すると、ヒーターの抵抗値が変化するため、装置の温度制御系は、流路内の流体の温度が変化したと誤認識し、結果として流体温度の誤制御という課題が生じる。
【0007】
特許文献4は、加熱対象物の温度分布を改善する効果はあるが、温度をリアルタイムに計測し制御する機能を有しておらず、マイクロ流体デバイスを用いて行われる遺伝子検査のような高精度な温度制御が必要なデバイスに適応するには不十分であった。
【0008】
そこで、本発明の目的は、マイクロ流体デバイスの流路内の流体の温度を均一にし、かつその温度を高精度に制御するためのマイクロ流体デバイス、およびこれを用いたマイクロ流体装置を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一態様によれば、基体内部に設けられた流体を流通させる流路と、前記流路内の流体を主として加熱するための第一の抵抗体とが配置されたマイクロ流体デバイスにおいて、前記第一の抵抗体と異なる位置に配置された、前記流路内の流体を補助的に加熱するための第二の抵抗体が複数個配置されていることを特徴とするマイクロ流体デバイスが提供される。
【0010】
また、本発明の他の態様によれば、基体内部に設けられた流体を流通させる複数の並行した流路、および前記流路内の流体を主として加熱するための、それぞれ独立した、第一の抵抗体が各流路に対応した数だけ配置された、マイクロ流体デバイスにおいて、前記第一の抵抗体のうち、基体の最も外側に配置された第一の抵抗体のさらに基体の外側の領域に、前記第一の抵抗体と電気的に独立した、前記流路内の流体を補助的に加熱するための第二の抵抗体が配置されていることを特徴とするマイクロ流体デバイスが提供される。
【0011】
また、本発明の他の態様によれば、上記のマイクロ流体デバイスを用い、上記第一の抵抗体の抵抗値から、上記流路内の流体の温度を計測し、上記第一の抵抗体に投入する熱エネルギーを調整することで流路内の流体の温度を制御するマイクロ流体装置において、前記流路内の流体の温度と前記第一の抵抗体の抵抗値との関係式と、前記第一の抵抗体に投入する熱エネルギーと第二の抵抗体に投入する熱エネルギーとの比の固定値と、を記憶し、前記関係式と固定値とに従い、前記流路内の流体の温度を制御することを特徴とするマイクロ流体装置が提供される。
【0012】
さらに、本発明の他の態様によれば、上記第一の抵抗体に投入する熱エネルギーと第二の抵抗体に投入する熱エネルギーとの比の固定値を計算するための演算装置を持ち、マイクロ流体デバイスの寸法と装置の環境条件とを入力パラメータとし、前記演算装置により前記固定値を算出するマイクロ流体装置が提供される。
【発明の効果】
【0013】
本発明のマイクロ流体デバイスは、流路内の流体を主として加熱するための第一の抵抗体の他に、第一の抵抗体と異なる位置に配置された、流路内の流体を補助的に加熱するための第二の抵抗体が配置されているため、流路の温度分布が改善する効果がある。
【0014】
また、上記マイクロ流体デバイスを用いた、本発明のマイクロ流体装置は、前記流路内の流体の温度と前記第一の抵抗体の抵抗値との関係式と、前記第一の抵抗体に投入する熱エネルギーと前記第二の抵抗体に投入する熱エネルギーとの比の固定値と、を記憶しており、前記関係式と前記固定値とに従い、前記流路内の流体の温度を制御するため、流路内の流体の温度を高精度に制御でき、かつ温度分布が改善する効果がある。
【0015】
さらに、本発明のマイクロ流体装置は、上記第一の抵抗体に投入する熱エネルギーと第二の抵抗体に投入する熱エネルギーとの比の固定値を計算するための演算装置を持ち、マイクロ流体デバイスの寸法と装置の環境条件とを入力パラメータとし、前記演算装置により前記固定値を算出できるため、マイクロ流体デバイスの温度分布が改善する。さらに、流路内温度を実測して、最適な固定値を求める必要がないため、マイクロ流体デバイスを短時間で作動させることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明のマイクロ流体デバイスの実施の形態の一例を示す(a)斜視図、(b)平面図、(c)同図(b)のA−A断面図、(d)同図(c)のB領域の拡大図である。
【図2】本発明のマイクロ流体デバイスの実施の形態の他の例を示す(a)斜視図、(b)平面図、(c)同図(b)のA−A断面図である。
【図3】本発明のマイクロ流体デバイスの実施の形態の他の例を示す(a)斜視図、(b)平面図、(c)同図(b)のA−A断面図である。
【図4】本発明のマイクロ流体デバイスの実施の形態の一例示す図1の分解図であり、(a)流路が形成された基体、(b)絶縁層、(c)第一および第二の抵抗体と第一の抵抗体および第二の抵抗体の電極配線とが形成された層、(d)支持基体、の斜視図である。
【図5】本発明と比較するための、マイクロ流体デバイスを表す(a)斜視図、(b)平面図、(c)同図(b)のA−A断面図、(d)同図(c)のB領域の拡大図である。
【図6】本発明のマイクロ流体装置のブロック図である。
【図7】本発明と比較するための、マイクロ流体デバイスを示す図5の分解図の斜視図である。(a)は流路が形成された基体、(b)は絶縁層、(c)は抵抗体と電極配線が形成された層、(d)は支持基体である。
【図8】本発明と比較するための、マイクロ流体デバイスとマイクロ流体装置の比較例における、流路内の流体の温度分布を示す図である。
【図9】本発明のマイクロ流体デバイスとマイクロ流体装置の実施例1における、流路内の流体の温度分布を示す図である。
【図10】本発明のマイクロ流体デバイスとマイクロ流体装置の実施例2における、流路内の流体の温度分布を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
[マイクロ流体デバイスの構造]
以下、本発明のマイクロ流体デバイスについて説明する。
図1(a)は本発明のマイクロ流体デバイスの実施の形態の一例を示す斜視図、図1(b)は平面図、図1(c)は図1(b)のA−A断面図、図1(d)は図1(c)のB領域の拡大図である。図2、および図3は、本発明のマイクロ流体デバイスの実施の形態の他の例を示す図である。これらの図において、1はマイクロ流路基体(以下、支持基体ともいう))、2は流路、3は流入口、4は流出口、5は流路内の流体を主として加熱するための第一の抵抗体、6は流路内の流体を補助的に加熱するための第二の抵抗体であり、第一の抵抗体5と異なる位置に配置される。7は第一の抵抗体の電極配線であり、8は第二の抵抗体の電極配線であり、9は絶縁層である。第一の抵抗体5は流路2内に配置され、第二の抵抗体6は流路から離れて配置されている。
【0018】
図1、図2、図3のそれぞれにおいて、基体内部に設けられた流路および流路内の流体を主として加熱するための第一の抵抗体は、それらの長手方向に平行に配置されている。図1では、流路が1本、第一の抵抗体が1個、第二の抵抗体が第一の抵抗体を挟んで対称に2個配置されている。
図2は、流路が1本、第一の抵抗体が1個、第二の抵抗体が4個配置されており、第二の抵抗体は、流路の長手方向の同一直線上に、第一の抵抗体を挟んで2個、第一の抵抗体の長手方向に平行に、第一の抵抗体を挟んで2個、それぞれ配置されている。
図3は、複数の並行した流路(ここでは3本)が配置されており、それぞれ独立して各流路に対応した数だけ第一の抵抗体が配置される。また、第二の抵抗体は、基体の最も外側に配置された第一の抵抗体のさらに基体の外側の領域に、第一の抵抗体の長手方向と平行に配置されている。
【0019】
図4は、図1の分解図である。図4(a)は流路が形成された基体、図4(b)は絶縁層、図4(c)は第一および第二の抵抗体と第一の抵抗体および第二の抵抗体の電極配線とが形成された層、図4(d)は支持基体である。絶縁層は、抵抗体、電極配線と、流路とを絶縁するために配置されている。この絶縁層はあってもなくてもよい。
【0020】
マイクロ流体デバイスの支持基体としては、おもに石英のようなガラス材料が用いられるが、シリコンやセラミックスのようなガラス以外の材料が用いられる場合もある。抵抗体には、白金のような金属や酸化ルテニウムのような酸化物が用いられる。電極配線には、金やアルミニウムのような金属が用いられる。絶縁層には、酸化シリコンや窒化シリコンのような絶縁性の材料が用いられる。
【0021】
本発明においては、第一の抵抗体と第二の抵抗体とが、互いに別の電圧供給系によってエネルギーが供給される。すなわち、第一の抵抗体と第二の抵抗体とは互いに電気的に独立していることが好ましい。流体内の流体を補助的に加熱する第二の抵抗体は、流路部の温度分布の均一化に貢献するが、その発熱量が増えすぎると逆に温度分布の均一化の悪化の原因となる。この発熱量を、第二の抵抗体に投入する電流の量で制御する系が、温度制御の観点では好ましい。この場合、仮にデバイスにおける製造工程上のバラツキ(例えば接着材の厚さなど)などによって、流路内の流体の温度制御に関する最適値が変わっても、その最適化が容易になるという効果がある。また、それぞれの抵抗体の周囲環境が異なっていても、同じ厚みと幅を有する同一形状の抵抗体を用いて、電圧値または電流量によって抵抗体の発熱量を制御することができるので、デバイスの製造工程を簡略化することができる。なお、周囲環境とは、第一の抵抗体近傍のみに流路の空洞が存在すること、接着材が積層されている厚み、などが挙げられる。
しかし、第一の抵抗体と第二の抵抗体とを共通の配線で接続しても良い。この場合は、第一の抵抗体と第二の抵抗体とは位置的に独立しており、それぞれの周囲環境が異なっている。このため、熱拡散シミュレーション計算などを行い、第二の抵抗体の寸法、および第一の抵抗体との位置関係を適宜設定して配置すれば良い。
【0022】
[マイクロ流体装置の構造]
以下、本発明のマイクロ流体装置について説明する。
図1に示すマイクロ流体デバイスの、流体の流入口3および流出口4には、インターフェース用のチューブが接続され、外部ポンプにより流体が流入および流出される。基体内部に設けられた流体を流通させる流路内の流体は、抵抗体に電圧を印加することで発生したジュール熱の、熱伝導によって加熱される。白金などの抵抗体は、温度によって、抵抗値が変化するため、温度センサーとしての機能も兼ねることができる。抵抗体の抵抗値の変化から流体の温度を計測し、目標の温度になるように、PID制御のような制御方法で抵抗体に投入する熱エネルギーを調整する。
【0023】
第一の抵抗体と独立した、流路内の流体を補助的に加熱するためのヒーターである第二の抵抗体に投入する熱エネルギーは、流路内の流体を主として加熱するための第一の抵抗体に投入する調整された熱エネルギーと同量でも、流体の温度分布を改善する効果がある。しかしながら、より高い効果を得るためには、マイクロ流体デバイスの構造によって、最適な比で熱エネルギーを投入する必要がある。流路内の流体の温度分布と、第一の抵抗体および第二の抵抗体に投入する熱エネルギーの比との関係を、デバイスの実動作前に、あらかじめキャリブレーションすることで、流路内の流体の温度分布が最適になるようにマイクロ流体デバイスを動作させることができる。
【0024】
キャリブレーションにおいて、流路内の流体の温度分布は、放射温度計のような計測器を用いて間接的に測定できる。放射温度計は、流路内の流体の温度を直接計測することはできないが、マイクロ流体デバイスの基体表面の温度は計測できる。有限要素法のような物理的な数値シミュレーションによって、あらかじめ基体表面の温度分布と流路内の流体の温度分布との関係を求めておくことで、実測した基体表面の温度分布から流路内の流体の温度分布を間接的に測定することができる。
上記キャリブレーションを実施した、マイクロ流体デバイス装置は、流路内の流体の温度と第一の抵抗体の抵抗値との関係式と、第一の抵抗体および第二の抵抗体に投入する熱エネルギーの比の固定値とを記憶している。これら上記関係式と固定値とに従い、流路内の流体の温度が制御される。
【0025】
しかしながら、上記キャリブレーション操作を、各マイクロ流体デバイスで実施すると、実動作を開始するまでに時間がかかってしまう。本発明のマイクロ流体装置は、上記第一の抵抗体に投入する熱エネルギーと第二の抵抗体に投入する熱エネルギーとの比の固定値を計算するための演算装置を持っており、簡易的に上記値を求めることができる。こうして、マイクロ流体デバイスを短時間で動作させることが可能である。
【0026】
演算装置には、マイクロ流体デバイスの寸法および装置の環境条件を入力する。マイクロ流体デバイスの寸法とは、基体のサイズ、抵抗体のサイズと配置位置、配線電極のサイズと配置位置、流路のサイズと配置位置のような要素である。装置の環境条件とは、装置が設置されている場所の温度、デバイスの熱が空気中に伝わる熱伝達係数のような要素である。
演算装置には、物理的なシミュレーションを行うための数値計算プログラムと、実際に計算を実施するための計算機とから構成されている。
演算装置で実施される計算は、入力パラメータを用い、実際に物理的なシミュレーションが実施される場合と、あらかじめシミュレーション結果をデーターベースとして記憶しており、データーベースから、簡易的に計算される場合とがある。
【0027】
上記演算装置によって、マイクロ流体デバイス装置は、流路内の流体の温度と第一の抵抗体の抵抗値との関係式と、第一の抵抗体および第二の抵抗体に投入する熱エネルギー比を計算して算出した固定値とが記憶される。上記熱エネルギーの比の固定値と、上記流路内の流体の温度および第一の抵抗体の抵抗値の関係とから流路内の流体温度が制御される。
【0028】
図6に本発明のマイクロ流体装置のブロック図を示す。図6を用いて、上記マイクロ流体装置の入出力の流れを示す。
30はマイクロ流体デバイスであり、40は装置環境を測定する装置環境計測装置である。マイクロ流体デバイスの寸法データ28と、装置の環境条件のパラメータ29とが、演算装置35に渡される。36、38は計算機であり、39は数値計算プログラムであり、37はシミュレーション結果27をデーターベースとして保存するデーターベースの記憶領域である。26は演算装置35によって求められた第一の抵抗体と第二の抵抗体とに投入する熱エネルギー比の値である。計算機38で計算された結果が、直接に熱エネルギー比の固定値を記憶する記憶領域33に渡される場合もあり、データーベースの記憶領域37から計算機36で簡易的に計算された値が渡される場合もある。34は放射温度計のような温度分布を測定する温度分布計測装置である。放射温度計34で測定された温度分布、および、そのときの第一の抵抗体と第二の抵抗体とに投入した熱エネルギー比の値である25が、演算装置35へ渡され、また、第一の抵抗体と第二の抵抗体とに投入する熱エネルギー比の値が計算される場合もある。32は流路内の流体温度と第一の抵抗体の抵抗値との関係式を記憶している記憶領域である。マイクロ流体デバイス30から第一の抵抗体の抵抗値22が出力制御装置31に渡される。流路内の流体温度と第一の抵抗体の抵抗値との関係式23と、第一の抵抗体と第二の抵抗体とに投入する熱エネルギー比の固定値24とから、抵抗体に投入する熱エネルギーが計算される。そして、抵抗体を加熱するための熱エネルギーの出力値21がマイクロ流体デバイス30に出力される。
【実施例】
【0029】
以下、実施例を示し、本発明をさらに具体的に説明する。なお、以下の実施例は本発明をより詳細に説明するための例であって、実施形態は以下の実施例のみに限定されない。
【0030】
[実施例1]
図1に、本発明の実施例1で用いたマイクロ流体デバイスを示す、以下に示される比較例に対し、実施例1のマイクロ流体デバイスでは、第一の抵抗体と独立した、流路内の流体を補助的に加熱するための第二の抵抗体6とその配線電極8が追加で形成されている。流路内の流体を主として加熱するための第一の抵抗体の端部と第二の抵抗体の端部との距離は100umとした。マイクロ流体デバイスは、比較例と同様の方法で作製し、比較例と同じくPCR反応を実施した。各第二の抵抗体には、第一の抵抗体と同じ熱エネルギーが投入された。
【0031】
図9に、図1のマイクロ流体デバイスを用いて、94℃まで流路内の流体温度を加熱しようとしたときの図1(d)のC−Cラインの温度分布を示す。比較例に比べて、流路内の流体の端部の温度低下が小さくなり、温度分布が改善された。
実施例1では、PCR収率が期待された量の80%程度であった。PCR収率が向上した理由は、流路内の流体の温度分布が改善したことによって、PCRサイクルのかかる領域が増加したためである。
【0032】
[実施例2]
実施例2では、実施例1と同様に図1に示すマイクロ流体デバイスを用いた。実施例1と同じくPCR反応を実施した。実施例2では、実動作の前に、流路内の流体の温度分布が最適となる第一の抵抗体と第二の抵抗体とに投入する熱エネルギーの比を求めるために、キャリブレーションを実施した。キャリブレーションは、放射温度計を用いて行った。放射温度計で、マイクロ流体デバイスの基体の表面の温度分布を測定し、あらかじめ有限要素法の物理シミュレーションによって求めておいた、マイクロ流体デバイスの基体の表面温度と流路内の流体温度分布との関係から、流路内の流体温度を予測した。上記抵抗体に投入する熱エネルギーの比を変化させ、最適な温度分布となる値を求めた。本実施例で用いたマイクロ流体デバイスでは、第一の抵抗体に対して、第二の抵抗体に投入する熱エネルギーが、1.5倍〜2.5倍程度のとき、最適な温度分布となった。
【0033】
図1のマイクロ流体デバイスを用いて、94℃まで流路内の流体温度を加熱しようとしたときの図1(d)のC−Cラインの温度分布を図10に示す。このとき、第一の抵抗体に対して、第二の抵抗体に投入する熱エネルギーを2倍とし、この値と、流路内の流体の温度および第一の抵抗体の抵抗値の関係式に従い抵抗体に投入する熱エネルギー量とを制御した。実施例1に比べて、流路内の流体の端部の温度低下がさらに小さくなり、温度分布が改善された。
実施例2では、PCR収率が期待された量の95%程度であった。
【0034】
[実施例3]
実施例3では、実施例1、2と同様に図1に示すマイクロ流体デバイスを用いた。実施例1、2と同じくPCR反応を実施した。第一の抵抗体と第二の抵抗体とに投入する熱エネルギーの比は、演算装置によって求めた。
【0035】
演算装置には入力パラメータを入力した。入力パラメータとして、マイクロ流体デバイスの基体のサイズ、抵抗体のサイズと配置位置、配線電極のサイズと配置位置、流路のサイズと配置位置、装置を設置している場所の温度、およびデバイスの熱が空気中に伝わる熱伝達係数を入力した。上記入力パラメータを用い、演算装置内に記憶されているデーターベースから、流路内の流体の温度分布が最適となる、第一の抵抗体と第二の抵抗体とに投入する熱エネルギーの比を計算した。実施例2と同じく、上記熱エネルギーの比の値が1.5倍〜2.5倍程度のとき、最適な温度分布となった。実施例2と比べ、キャリブレーション作業を省くことができたため、デバイスの実動作開始までの時間が短縮された。
【0036】
[比較例]
比較例において用いたマイクロ流体デバイスについて説明する。図5に比較例で用いたマイクロ流体デバイスの構造を示す。図7は、図5のマイクロ流体デバイスの分解図である。図7(a)は、流路が形成された基体、図7(d)は支持基体であり、材料は熱伝導率が20℃で1.4W/m/K程度である合成石英基板を用いた。図7(a)の基体内部に設けられた流体を流通させる流路は、サンドブラストによって、幅200um、深さ50um程度に形成した。図7(d)の支持基体には、第一の抵抗体として、スパッタリング法によって白金を厚さ100nm程度成膜し、フォトリソグラフィー法によって幅300um程度に形成した。電極配線としてチタン−金−チタンを連続的に、スパッタリング法によって300nm程度成膜し、フォトリソグラフィー法によって形成した。さらに絶縁層として酸化シリコンを1um程度成膜し、最後に、接着剤によって、図7(a)の基体と接合した。
【0037】
本比較例では、遺伝子の増幅反応であるポリメラーゼ連鎖反応(PCR:polymerase chain reaction)を実施した。PCRとは、ある特定領域のDNAを増幅させる方法である。マイクロ流体装置でのPCR反応は、PCR溶液をマイクロ流路デバイスの流路に導入し、流路内の流体に温度サイクルをかけることで実施される。PCR溶液には、増幅対象DNA、プライマー、DNAポリメラーゼ、バッファー溶液のような成分が含まれている。まず、反応液を94℃程度に加熱し、2本鎖DNAを1本鎖に分かれさせる。次に、50℃程度にまで急速冷却し、その1本鎖DNAにプライマーを結合させる、アニーリングを行う。最後に、70℃まで加熱し、DNAポリメラーゼを反応させ、DNAを伸長させる。このサイクルを繰り返すことで、DNAは増幅し、一般にn回のサイクルで2倍に増幅すると言われている。
【0038】
図8に、図5のマイクロ流体デバイスを用いて、94℃まで流路内の流体温度を加熱しようとしたときの図5(d)のC−Cラインの温度分布を示す。流路内の流体の端部では、温度が94℃よりも数℃低くなった。
この比較例では、温度分布が大きいために、PCR収率が期待された値の30%程度であった。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明は、加熱または冷却工程を伴う、化学合成、環境分析、臨床検体分析を実施するための、マイクロ流体デバイスに利用することができる。
【符号の説明】
【0040】
1、11 マイクロ流路基体
2、12 流路
3、13 流入口
4、14 流出口
5、15 第一の抵抗体
6 第二の抵抗体
7、17 第一の抵抗体の配線電極
8 第二の抵抗体の配線電極
9、19 絶縁層
21 出力値
22 第一の抵抗体の抵抗値
23 流路内の流体温度と第一の抵抗体の抵抗値との関係式
24 第一の抵抗体と第二の抵抗体とに投入する熱エネルギー比の固定値
25 温度分布、および、第一の抵抗体と第二の抵抗体とに投入した熱エネルギー比
26 第一の抵抗体と第二の抵抗体とに投入する熱エネルギー比の値
27 シミュレーション結果
28 マイクロ流体デバイスの寸法データ
29 装置環境のパラメータ
30 マイクロ流体デバイス
31 出力制御装置
32 記憶領域
33 記憶領域
34 温度分布計測装置
35 演算装置
36 計算機
37 データーベースの記憶領域
38 計算機
39 数値計算プログラム
40 装置環境計測装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基体内部に設けられた流体を流通させる流路と、前記流路内の流体を主として加熱するための第一の抵抗体とが配置されたマイクロ流体デバイスにおいて、前記第一の抵抗体と異なる位置に配置された、前記流路内の流体を補助的に加熱するための第二の抵抗体が配置されていることを特徴とするマイクロ流体デバイス。
【請求項2】
前記第一の抵抗体と前記第二の抵抗体とが、互いに電気的に独立している請求項1に記載のマイクロ流体デバイス。
【請求項3】
基体内部に設けられた流体を流通させる複数の並行した流路、および前記流路内の流体を主として加熱するための、それぞれ独立した、第一の抵抗体が各流路に対応した数だけ配置された、マイクロ流体デバイスにおいて、前記第一の抵抗体のうち、基体の最も外側に配置された第一の抵抗体のさらに基体の外側の領域に、前記第一の抵抗体と電気的に独立した、前記流路内の流体を補助的に加熱するための第二の抵抗体が配置されていることを特徴とするマイクロ流体デバイス。
【請求項4】
前記第一の抵抗体が、前記流路内に配置され、前記第二の抵抗体が、前記流路から離れて配置されている請求項1から3のいずれか1項に記載のマイクロ流体デバイス。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか1項に記載のマイクロ流体デバイスを用い、前記第一の抵抗体の抵抗値から前記流路内の流体の温度を計測し、前記第一の抵抗体に投入する熱エネルギーを調整することで前記流路内の流体の温度を制御するマイクロ流体装置において、前記流路内の流体の温度と前記第一の抵抗体の抵抗値との関係式と、前記第一の抵抗体に投入する熱エネルギーと前記第二の抵抗体に投入する熱エネルギーとの比の固定値と、を記憶し、前記関係式と前記固定値とに従い、前記流路内の流体の温度を制御することを特徴とするマイクロ流体装置。
【請求項6】
前記第一の抵抗体に投入する熱エネルギーと前記第二の抵抗体に投入する熱エネルギーとの比の前記固定値を計算するための演算装置を持ち、マイクロ流体デバイスの寸法と装置の環境条件とを入力パラメータとし、前記演算装置により前記固定値を算出する請求項5に記載のマイクロ流体装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−236179(P2012−236179A)
【公開日】平成24年12月6日(2012.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−108345(P2011−108345)
【出願日】平成23年5月13日(2011.5.13)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】