説明

マクロファージの浸潤抑制によるインスリン抵抗性改善剤

【課題】生活習慣病を予防又は治療するための、新たな作用機序の薬剤を提供する。
【解決手段】鉄キレート剤が、マクロファージの脂肪組織への浸潤を抑制し、マクロファージからの炎症性サイトカインの産生や活性酸素種の産生を低下させることができ、その結果、インスリン抵抗性が改善できることを見出した。これらのことから、鉄キレート剤を用いて、生活習慣病の新たな作用機序の薬剤を提供できるようになった。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄キレート剤によるマクロファージの浸潤抑制という新たなメカニズムを用いた、生活習慣病の新たな薬剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
糖尿病の発症原因の一つが、栄養過多による肥満であることは良く知られている。また、糖尿病に移行して行くプロセスも、次のように進むことが明らかとなっている。まず、肥満になることにより、脂肪細胞が肥大化し,アディポネクチン(Ad)が低下する。次に、脂肪組織において酸化ストレスが増加するなどしてケモカインであるMCP−1の発現・分泌が増加する。次に、動脈硬化巣と同様に、活性化されたM1マクロファージが肥大化した脂肪細胞に浸潤する。M1マクロファージが脂肪細胞に浸潤することにより、脂肪細胞に炎症が惹起され、M1マクロファージから炎症性サイトカイン(TNF−α等)や、脂肪細胞からFFAなどの悪玉アディポカインの発現・分泌が協調的・統一的に増加する。その結果、善玉アディポカインであるAdの低下と相まってインスリン抵抗性,メタボリックシンドローム(MS),糖尿病,心血管疾患が順次、惹起・増悪されて来ると報告されている(非特許文献1)。
このように、脂肪細胞における酸化ストレスの亢進は、アディポサイトカインの分泌異常を引き起こすことにより、糖尿病発症において重要な役割を担うことが報告されている。即ち、酸化ストレスを改善することが、糖尿病の発症および進展予防につながる可能性があると考えられる。
【0003】
また、酸化ストレスは,血管障害のみならず,神経細胞においてもタンパク質の機能障害,細胞内輸送の障害,ひいてはアポトーシスを引き起こし,糖尿病性神経障害の病態に深くかかわっていることが明らかにされている。特に糖尿病血管障害に関しては,酸化ストレス亢進により血管内皮細胞の機能障害,血栓形成やLDLの酸化変性を促進する一方,細胞内情報伝達系を修飾しサイトカイン,接着因子,増殖因子の発現を増強させて血管病変の進行を促進すると考えられている。また最近では,酸化ストレスがインスリン抵抗性や膵β細胞からのインスリン分泌にも影響することが報告されている(非特許文献2)。
一方、酸化ストレスに最も影響の強い体内因子は鉄イオンであると言われている。即ち、鉄は,酸素の運搬や各種酵素活性などに利用される必須の元素であるが、鉄が過剰に存在するようになると,逆にラジカル産生などを招き,細胞に対して毒性を示すようになる。例えば、鉄の過剰蓄積を引き起こす遺伝性ヘモクロマトーシスという疾患では、50歳前後になると、膵臓ランゲルハンス氏島のβ細胞に鉄が沈着しインスリン分泌が低下するため糖尿病が発症すると報告されている(非特許文献3)。
【0004】
そこで、上記鉄キレート剤を用いて、糖尿病の治療剤として応用することが報告されている(特許文献1、2,3)。更には、糖尿病性腎症の治療剤としての可能性が検討されている(特許文献4)。しかしながら、これらの治療に用いる化合物については、適用の可能性が示されているにすぎず、実現可能なものであるか否かは示されていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2008−500347号公報
【特許文献2】特表2009−518414号公報
【特許文献3】特表2010−526849号公報
【特許文献4】特表2002−529421号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】医学のあゆみ、229巻7号512−518(2009年)
【非特許文献2】日本薬理学雑誌、Vol.125、No.3、125−128(2005)
【非特許文献3】「Iron Overloadと鉄キレート療法」(ノバルテイスHP、http://www.exjade.jp/ironoverload/index.html)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、脂肪細胞へのマクロファージの浸潤抑制による生活習慣病の症状(インスリン抵抗性等)を改善する治療剤を提供することを目的とする。更には、血管内皮細胞での酸化ストレスを低下させて内皮障害を抑制し動脈硬化を改善する治療剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、非特許文献3に指摘されるように、生体における鉄の過剰蓄積により糖尿病を発症するとの知見から、鉄イオンと糖尿病との関係を鋭意研究してきた。即ち、本発明者らは、肥満2型糖尿病モデルマウスである KKAy mice を使用して脂肪細胞における鉄の役割を検討した。
まず、鉄キレート剤であるデフェロキサミン(DFO)を上記モデルマウスに2週間投与することにより、KKAy miceの脂肪の鉄濃度と血清フェリチンが低下することを見出した。更に、このDFO投与により脂肪量と脂肪細胞のサイズが低下することも見出した。
【0009】
そこで、KKAy miceを用いて、脂肪細胞と脂肪組織における鉄キレート剤の影響を詳細に検討したところ、以下のことが見出された。
a)脂肪組織に侵入するマクロファージが減少した。
b)脂肪組織におけるスーパーオキサイド(Superoxide)産生やNADPH oxidase 活性は、尿中の8−ヒドロキシ−2‘−デオキシグアノシン(8−OHdG)排泄と同様に低下した。
c)脂肪細胞でのp22 phox 発現が低下した。
d)脂肪組織における炎症性サイトカインの mRNA 発現が低下した。
e)骨格筋におけるAkt and IRS−1 のリン酸化レベルが増加した。このリン酸化レベルの増加は、全身での糖耐性やインスリン感受性の改善に寄与する。
【0010】
鉄キレート剤のこれらの効果は、血清フェリチンの低下と臓器の鉄の濃度を低下させることにより、脂肪細胞と脂肪組織に対する酸化ストレスとマクロファージの浸潤を抑制することにより、炎症性サイトカインの発生を抑制することができ、脂肪細胞の肥大化を改善できることを見出した。本発明者らは、これらの知見により、本発明を完成した。
【0011】
本発明の要旨は以下の通りである。
(1)鉄キレート剤を有効成分とする、細胞又は組織に対するマクロファージの浸潤抑制剤。
(2)上記細胞又は組織が脂肪細胞である、上記(1)に記載のマクロファージの浸潤抑制剤。
(3)鉄キレート剤が、デフェロキサミン、デフェラシラクス、デフェリプロン、トランスフェリン、ラクトフェリン、ポリフェノールから選択されるものである、上記(1)または(2)のいずれかに記載のマクロファージの浸潤抑制剤。
【0012】
(4)鉄キレート剤を有効成分とする、脂肪細胞または血管内皮細胞の炎症抑制剤。
(5)鉄キレート剤が、デフェロキサミン、デフェラシラクス、デフェリプロン、トランスフェリン、ラクトフェリン、ポリフェノールから選択されるものである、上記(4)に記載の炎症抑制剤。
【0013】
(6)鉄キレート剤を有効成分とする、脂肪細胞へのマクロファージの浸潤抑制によるインスリン抵抗性改善剤。
(7)鉄キレート剤が、デフェロキサミン、デフェラシラクス、デフェリプロン、トランスフェリン、ラクトフェリン、ポリフェノールから選択されるものである、上記(6)に記載のインスリン抵抗性改善剤。
(8)鉄キレート剤を有効成分とする、血管内皮細胞の酸化ストレス抑制と炎症抑制による動脈硬化症の改善剤。
鉄キレート剤が、デフェロキサミン、デフェラシラクス、デフェリプロン、トランスフェリン、ラクトフェリン、ポリフェノールから選択されるものである、上記(7)に記載の動脈硬化症の改善剤。
(9)鉄キレート剤を有効成分とする、生活習慣病予防又は治療剤
(10)鉄キレート剤が、デフェロキサミン、デフェラシラクス、デフェリプロン、トランスフェリン、ラクトフェリン、ポリフェノールから選択されるものである、上記(10)に記載の生活習慣病の予防又は治療剤。
【発明の効果】
【0014】
本発明の鉄キレート剤は、体内環境の鉄イオンを低濃度に維持することにより、脂肪細胞及びそれらの組織へのマイクロファージの浸潤を抑制することができる。その結果、脂肪細胞の肥大化を防ぐことができ、脂肪組織における炎症性サイトカインの発現を抑制することができる。そして、全身での耐糖性とインスリン感受性を改善することができるようになる。更に、血管内皮細胞の酸化ストレスと炎症を抑制し、動脈硬化の進行を改善することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】鉄キレート剤が投与されたKKAy miceの精巣上体、後腹膜、腸管周囲の白色脂肪の重量と、非投与のKKAyマウスの精巣上体、後腹膜、腸管周囲の白色脂肪の重量を比較した図である。鉄キレート剤(DFO)の投与の有無により、精巣上体等の脂肪細胞の重量とサイズが大きく異なっている。
【図2】鉄キレート剤(DFO)の投与の有無により得られる、脂肪細胞のサイズの平均値を示した図(C)と脂肪細胞のサイズの分布を示した図(D)が表わされている。鉄キレート剤(DFO)を投与した方が、脂肪細胞のサイズの平均値、分布の傾向が小さくなる方向にある。
【図3】Eの左図は、脂肪細胞周囲に分布するマクロファージを、マクロファージを認識するF4/80抗体で染色した図である。鉄キレート剤(DFO)の投与により、脂肪細胞の周囲では、脂肪細胞に浸潤するマクロファージの数が低下していた。Eの右図は、脂肪細胞に浸潤するマクロファージの数の平均値を示した図である。鉄キレート剤(DFO)を投与した場合、脂肪細胞に浸潤するマクロファージの数が有意に低下している。
【図4】Aの左図では、尿中8−OHdG排泄量に対する鉄キレート剤の効果を示した図である。鉄キレート剤(DFO)を投与した群では、明らかに尿中8−OHdG排泄量が低下している。Bの右図では、精巣上体周囲の脂肪細胞におけるNADPHオキシダーゼの産生を表わした図である。鉄キレート剤(DFO)の投与によりNADPHオキシダーゼの産生は抑制されている。このことは、鉄キレート剤(DFO)を投与した群では、酸化ストレスが低下している。
【図5】Cの左図は、脂肪組織を蛍光色素のDHEで染色し、活性酸素種の存在を確認した図である。Cの右図の棒グラフは、左図の結果を定量化したものである。
【図6】精巣上体脂肪細胞における、NADPHオキシダーゼのコンポーネント(gp91phox,p67phox,p47phox)の発現を、リアルタイムPCRで評価した図である。鉄キレート剤(DFO)投与の有無で、NADPHオキシダーゼの遺伝子発現に有意差は出なかった。
【図7】Eの左図では、NADPHオキシダーゼのコンポーネントの1つであるp22phoxの発現変化を示した図である。鉄キレート剤(DFO)投与群で、発現が低値を示した。Eの右図には、実際のバンドとβアクチンで補正した定量化した棒グラフを示した。 Fでは、精巣上体脂肪細胞をp22phox抗体で染色した図である。明らかに鉄キレート剤(DFO)投与群で染色性が薄くなっており、p22phoxタンパク質の産生量(NADPHオキシダーゼの産生量)が少ないことを示している。
【図8】精巣上体脂肪組織の連続切片を用いて、マクロファージをF4/80で、NADPHオキシダーゼ(p22phox)を特異的抗体で染色した。図8から、マクロファージの位置と活性酸素種の位置(NADPHオキシダーゼの位置)が同じ位置にあり、重なっていることが示された。
【図9】精巣上体脂肪組織を用いて、炎症性サイトカインであるTNF−α、IL−6、IL−1βの発現量に対する鉄キレート剤の効果を検討した図である。鉄キレート剤(DFO)投与群で、これらの炎症性サイトカインの発生が抑制されることを見出した。また、モノサイト・マクロファージを組織に呼び込む働きをしているMCP−1(Monocyte Chemotactic Protein−1)の発現が肥満と共に増加するが、鉄キレート剤(DFO)投与群では抑制されている。
【図10】Aでは、精巣上体脂肪細胞におけるフェリチンH−subunitの発現(左図)とフェリチンL−subunitの発現(右図)を定量的なリアルタイクPCRで評価した図である。鉄キレート剤(DFO)投与群の場合、フェリチンH−subunit(左図)が有意に低下していた。Bの右図は、精巣上体脂肪細胞においてフェリチンH−subunitの免疫組織化学的染色を行った図である。上段が非投与(Vehicle)群であり、下段が鉄キレート剤(DFO)投与群である。Bに示されるように、明らかにVehicle群がフェリチンH−subunitの染色性が強い。
【図11】Cは、連続切片でフェリチンH−subunitとマクロファージの表面抗原F4/80を染色した結果を表わした図である。フェリチンH−subunitとマクロファージの位置は、一致している。すなわち、フェリチンH−subunitは主に浸潤してきたマクロファージで増加している。
【図12】鉄キレート剤(DFO)の10週間投与後における、脂肪細胞の抗酸化酵素の発現量変化の評価を行った図である。Aに示されるように、GPX−1,CuZn−SOD、カタラーゼ(catalase)の各mRNAの発現を定量的リアルタイムPCRで評価した。その結果によると、鉄キレート剤(DFO)の10週間投与により大きな変化は観察出来なかった。
【図13】Bで示されるように、インスリンシグナルのAkt−IRS−1シグナル経路について検討した。左図の下段は、Aktの活性化の評価結果を表わし、上段は検出されたバンドを示している。活性化されたAktを示すAkt(p−Akt)が、鉄キレート剤(DFO)の10週間投与により増加している。また、右図はIRS−1(インスリン・レセプター・サブストレート−1)のリン酸化(活性化)の評価結果を表わし、上段は検出されたバンドを示している。鉄キレート剤(DFO)投与によりIRS−1が増加している。このことは、鉄キレート剤(DFO)投与により、インスリンシグナルが活性化され、インスリン抵抗性が鉄キレート剤(DFO)投与により改善することが示されている。
【図14】骨格筋におけるNADPHオキシダーゼの発現を、gp91phox,p67phox,p47phox,p22phoxを用いて評価した図である。この結果、脂肪細胞の場合と同様に、p22phoxの発現が鉄キレート剤(DFO)投与により抑制される。
【図15】肝臓におけるNADPHオキシダーゼの発現を、gp91phox,p67phox,p47phox,p22phoxを用いて評価した。その結果、骨格筋の場合とは異なり、鉄キレート剤(DFO)投与による有意な変化は観察されなかった。
【図16】骨格筋における抗酸化酵素(GPX−1,CuZn−SOD、カタラーゼ)のmRNA発現変化を評価した図である。この結果、骨格筋では、GPX−1とCuZn−SODの発現が鉄キレート剤(DFO)投与により抑制されることが示された。
【図17】肝臓における抗酸化酵素(GPX−1,CuZn−SOD、カタラーゼ)のmRNA発現変化を評価した図である。この結果、肝臓組織では、骨格筋とは異なり、鉄キレート剤(DFO)投与により有意な変化は観察されなかった。
【図18】骨格筋におけるAkt−IRS−1シグナルに対する鉄キレート剤の効果を評価した図である。骨格筋では、鉄キレート剤(DFO)投与によりAkt−IRS−1シグナルの活性化が起こる。すなわち、骨格筋においては、鉄キレート剤(DFO)投与により、インスリンシグナルが活性化され、インスリン抵抗性が改善する。
【図19】肝臓におけるAkt−IRS−1シグナルに対する鉄キレート剤の効果を評価した図である。肝臓では、骨格筋の場合と異なり、鉄キレート剤(DFO)投与によりAkt−IRS−1シグナルが変化することはなかった。
【図20】左図は、24時間絶食後のマウスに、グルコース負荷試験(IPGTT)を行い、血糖値の変化を表わした図である。鉄キレート剤(DFO)投与群では、非投与群と比較して、糖負荷後の高血糖の変化が改善している。また、右図は、血糖の曲線下面積を表わした図である。鉄キレート剤(DFO)投与群の方が血糖の曲線下面積が少なくなっている。
【図21】左図は、4時間絶食のマウスに、インスリン負荷試験を行い、血糖値の変化を表わした図である。鉄キレート剤(DFO)投与群は、非投与群と比較して、インスリン負荷後の血糖値が明らかに低下しており、鉄キレート剤(DFO)投与によりインスリン抵抗性が改善したことを示している。また、右図は、血糖の曲線下面積を表わした図である。鉄キレート剤(DFO)投与群の方が血糖の曲線下面積が少なくなっている。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の「鉄キレート剤」とは、生体内の鉄イオンを吸着して除去することのできるキレート剤のことを言う。特に鉄キレート剤としては、公知のものを適宜使用することができる。例えば、デフェロキサミン、デフェラシラクス、デフェリプロン、トランスフェリン、ラクトフェリン、ポリフェノール類を挙げることができる。ポリフェノール類としては、公知のもので、鉄キレート作用のあるものであれば特に限定されるものではない。例えば、カテキン類、スダチチン、ノビレチンなどを挙げることができる。
好ましい鉄キレート剤としては、デフェロキサミン、デフェラシラクス、デフェリプロン、トランスフェリン、ラクトフェリン等を挙げることができる。
【0017】
本発明の「細胞又は組織」とは、生活習慣病の初期において、マクロファージの浸潤を受けやすい細胞又は組織のことを言う。特に、脂肪細胞又は脂肪組織のことを挙げることができる。
本発明の「マクロファージの浸潤抑制」とは、マクロファージが組織等に浸潤する数を抑制することであり、結果として、炎症を抑制することになっている。
【0018】
本発明の鉄キレート剤による脂肪細胞又は脂肪組織へのマクロファージの浸潤抑制剤は、脂肪細胞における慢性炎症を改善し、アディポネクチン産生増強・促進活性を促すと共に、アディポネクチン分泌不全に起因する動脈硬化症、糖尿病及びメタボリック・シンドロームの予防、治療に有用である。更には、本発明の鉄キレート剤による血管内皮細胞に対する酸化ストレスの軽減又は炎症抑制剤は、動脈の肥厚を抑制し、動脈硬化症の症状を改善することが出来る。そのため、生活習慣病に起因する動脈硬化症の治療に有用である。
そのため、本発明の鉄キレート剤は、医薬品、飲食品またはサプリメントとして、そのままであるいはこれらの製品に添加して使用できる。また、他の生活習慣病治療剤などと共に併用しても良い。
【0019】
<医薬品>
本発明の鉄キレート剤は、そのまま、もしくはこれを公知の医薬用担体と共に製剤化することにより医薬品として使用できる。本発明の鉄キレート剤は、例えば、錠剤、顆粒剤、粉剤、シロップ剤などの経口剤、坐剤、外用剤などの非経口剤として製剤化できる。医薬用担体としては、特に制限はなく、例えば、固形担体(デンプン、乳糖、カルボキシメチルセルロースなど)、液体担体(蒸留水、生理食塩水、ブドウ糖水溶液、エタノール、プロピレングリコールなど)、油性担体(各種の動植物油、白色ワセリン、パラフィンなど)が挙げられる。
【0020】
製剤化に関しては、例えばRemington:The Science and Practice of Pharmacy (1995年),9版,Mack Publishing Company, Pennsylvania,USAに具体的に記載されており、その記載は本発明の医薬品の製剤化のために利用することができる。
上記医薬品は、人及び人以外の動物用に使用できる。上記医薬の服用量は、それを使用する患者などの症状、性別、年齢に応じて適宜設定すればよいが、例えば、成人一人当たり一日に一回又は数回投与され、一回0.1〜1000mg程度摂取できるよう服用すればよい。
【0021】
<飲食品、サプリメント>
本発明の鉄キレート剤を飲食品に添加することにより、その飲食品に、鉄イオン軽減効果を付与することができる。添加されるべき飲食品は特に限定されないが、適宜、選択することができる。
また、本発明の鉄キレート剤をサプリメントとして使用するため、その他の食品素材を混合して、顆粒状・粉末状・錠剤状あるいはブロック状などに成形し、食品素材や健康食品などとしてもよい。その他の食品素材とは、例えば、糖類、食用タンパク質、アルコール、ビタミン、増粘多糖類、アミノ酸、カルシウム塩類、色素、香料、保存剤などである。

【実施例】
【0022】
以下、実施例および試験例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれによってなんら限定されるものではない。
【0023】
[実施例1]2型糖尿病モデルマウスであるKKAyマウスにデフェロキサミン(DFO)を投与し、脂肪細胞の変化を評価する試験
(1)試剤:
KKAy/Ta Jelマウス(雄性)を日本CLEAから購入。東洋酵母製の飼料(タイプNMF)を自由に摂取させる。8週令になったマウスを実験に使用する。
デフェロキサミン(DFO)はカルビオケム社より購入。
使用する抗体は市販のものを使用。抗ホスホAkt(Ser473)抗体、抗トータルAkt抗体は、セル シグナリングテクノロジー社製を使用。抗フェリチン重鎖抗体、抗p22phox抗体、抗IRS−1抗体はサンタ クルス バイオテクノロジー社製を使用。抗ホスホチロシン(4G10)抗体は、ミリポア社製を使用。抗ラットF4/80抗体は、AbD セロテック社製を使用。ローデイング指標として用いた抗βアクチン抗体は、セル シグナリングテクノロジー社製である。
【0024】
(2)試験方法:
a)8週令の雄性KKAyマウスを2群に分け、それぞれにDFOを含有する溶液と、含有しない溶液を腹膜内に投与する。DFOの投与量は、100mg/kg・dayで、投与期間は2週間である。
b)血清フェリチン濃度の測定:
血清フェリチン濃度は、マウス フェリチン ELISAキットを使用し、手順書(イムノロジー コンサルタント ラボ)に従い測定した。
c)血中グルコースとインスリンの濃度、インスリン抵抗性指標(HOMA−IR)は、文献(Endcrinology,151:513−519,2010)に記載の方法に従って測定した。
(グルコース負荷試験)
24時間絶食後のマウスに、20%グルコース溶液を腹膜内に投与する(2.0g/kg体重)。血液はマウスの尾静脈から、0、30,60,120,180分後に採取する。血中のグルコース濃度は、ロシュ社製ACCU−CHECK Avivaを使用して測定した。
(インスリン負荷試験)
4時間絶食のマウスに、インスリン(E.リリー社製ヒューマリンR)を腹膜内に投与する(1.0U/kg体重)。血液はマウスの尾静脈から、0、30,60,120,180分後に採取する血中のインスリン濃度は、ロシュ社製ACCU−CHECK Avivaを使用して測定した。
【0025】
d)血清インスリン濃度の測定:
血清インスリン濃度は、マウス インスリン ELISAキットを使用し、手順書(森永バイオサイエンス研究所)に従い測定した。
e)尿中の8−OHdGの分泌量の測定:
尿中クレアチニンと尿中8−OHdGの濃度が、10週令のマウスで測定された。尿サンプルは24時間分が集められた。尿中のクレアチニン濃度は、イムノアッセイ キットを使用し、手順書(クレアチニンテスト和光)に従い測定した。尿中8−OHdGの濃度は、酵素結合の免疫吸着アッセイ キットを使用し、手順書(伏見製薬)に従い測定した。
f)組織解析:
マウスを薬殺(ペンタバルビタール、腹膜内投与)し、精巣上体脂肪の白色脂肪細胞を採取し、4℃のパラホルムアルデヒド中に一夜浸漬して固定する。脱脂後、10μmの厚さの切片に切断し、ヘマトキシリン−エオジンで染色した。脂肪細胞のサイズは、それぞれのサンプルの5箇所の測定平均を取ったものである。
g)精巣上体脂肪組織の全鉄イオン濃度の測定:
鉄濃度の測定方法は、先行文献(Hypertens Res 33:713−721,2010)に記載されている。まず、脂肪細胞を50℃12時間乾燥させ、重量を秤量する。酸洗浄用容器に移し、0.5mlの硝酸を加える。室温で1時間振揺させ、次いで66℃で4時間振揺する。遠心分離を行った後、上清を用いて鉄の分析をおこなった。鉄の濃度は、組織重量で補正し、ng/g組織として表記した。
【0026】
h)mRNAの発現濃度の定量的測定:
精巣上体白色脂肪細胞から、RNAが採取され、先行文献(Mol Endcrinol24:1338−1348,2010)に基いてcDNAが合成された。定量的リアルタイムPCRを行い、プライマーとして次の表のものを使用した。
【0027】
【表1】

【0028】
なお、CuZn−スーパーオキサイド デイスムターゼ(SOD)とカタラーゼのプライマーは、先行文献(Metabolism 58:934−945,2009)に記載のものを使用した。
【0029】
i)ウェスタン・ブロット解析:
Aktの活性化をウェスタン・ブロット解析を用いて評価した。まず、試料からタンパクを抽出する。試料にT−PER試薬(ピアース バイオテクノロジー社製)を用いて均一拡散する。同時に、タンパク分解酵素の阻害剤の混合物とホスファターゼ阻害剤を共存させ、先行文献(Mol Endcrinol24:1338−1348,2010)に準じて行う。免疫反応し発色した箇所の濃度測定分析は、イメージJ ソフトウェアを使用して行なった。
j)免疫沈降試験:
免疫沈降試験については、先行文献(Mol Endcrinol24:1338−1348,2010)に記載している。免疫沈降したタンパクについて、ISR-1に対するチロシン・リン酸化反応を確認するため、ウェスタン・ブロット分析をおこなった。
k)免疫組織化学的染色:
パラフィンで固定した脂肪組織を切断し、パラフィンを除く。抗原を復活させた後、組織片を一次抗体と4℃終夜反応させる。抗体の分布は、ストレプト・アビジン−ビオチン複合体、DAB基質(DAKOジャパン社製)を使用して可視化した。
【0030】
l)系内のスーパーオキサイドの確認試験:
DHE染色法については、先行文献(Mol Endcrinol24:1338−1348,2010)に記載している。採取された脂肪組織をOCT化合物中で凍結させ、切断して、ガラス・スライドに設置する。切片を暗室内でPBS(10mmol/l)中、ジヒドロエチジュウムで処理し、保湿容器中で室温下30分静置する。切片にカバーグラスを掛けて、脂肪組織を蛍光顕微鏡を用いて観察する。
m)NAD(P)Hオキシダーゼ活性の測定:
脂肪組織を溶解緩衝液(20mmol/L KHPO、1mmol/L
EGTA,プロテアーゼ阻害剤、pH7.4)で均一拡散させ、3秒間超音波を掛ける。ルシジェニン−誘導の化学蛍光アッセイが、脂肪組織均一溶液のNAD(P)Hオキシダーゼ活性を測定するために使用される。反応は、NAD(P)H溶液(0.1mM)を、試料(50μl)、ルシジェニン(5μM)、リン酸緩衝液(50mmol/L KHPO、1mmol/L
EGTA,プロテアーゼ阻害剤、pH7.4)からなる分散溶液(250μlの最終容量)に添加することによって開始される。蛍光計で、3分毎に1.8秒、蛍光を測定する。緩衝液のみの場合の蛍光の値を差し引きする。活性は、任意のunits/mgタンパクで表示する。
【0031】
(3)測定結果:
鉄キレート剤(DFO)の投与効果を以下に整理して示す。
イ)脂肪重量と脂肪サイズに対する効果:
鉄キレート剤を投与して、生体内の鉄を低下させた場合、図1のAで示されるように、非投与群と対比して、精巣上体、後腹膜、腸管周囲の白色脂肪の重量が軽く、脂肪が少なくなっている。図1のBで示されるように、鉄キレート剤(DFO)の投与の有無により、精巣上体の脂肪細胞のサイズが大きく異なっている。即ち、ヘマトキシエオジン染色による所見から、明らかに鉄キレート剤(DFO)を投与したマウスの脂肪細胞のサイズが小さくなっている。
図2のCには、鉄キレート剤(DFO)の投与の有無により得られる、脂肪細胞のサイズの平均値が示されている。平均値でも、鉄キレート剤(DFO)を投与したマウスの方が、脂肪サイズが小さくなっている。一般に肥満が進行するとヒトでもマウスでも個々の脂肪のサイズが大きくなることが分かっている。図2のDでは、脂肪細胞のサイズの分布を示している。このDで明らかなように、鉄キレート剤(DFO)を投与したマウスの方が、脂肪細胞のサイズの分布が小さくなる傾向にある。
【0032】
ロ)脂肪細胞周囲に分布するマクロファージへの効果:
図3のEの左図は、脂肪細胞周囲に分布するマクロファージを、マクロファージを認識するF4/80抗体で染色して表わしている。コントロールに比べて、鉄キレート剤(DFO)の投与により生体内の鉄が低下したマウスの場合、脂肪細胞に浸潤するマクロファージの数が低下していた。
一般に、肥満患者の肥大した内臓細胞周囲には活性化したマクロファージが浸潤して各種サイトカインを分泌して脂肪細胞に炎症反応を起こし、脂肪細胞の性格を変えているのではないかと考えられている。このような状況が脂肪細胞での炎症性サイトカインや脂肪から分泌されるサイトカインの悪循環を作り上げていると考えられている。
図3のEの右図は、脂肪細胞に浸潤するマクロファージの数の平均値を示したものであり、鉄キレート剤(DFO)を投与したマウスでは、非投与マウスと対比して脂肪細胞に浸潤するマクロファージの数が有意に低下していることが示されている。
ハ)脂肪細胞に対する酸化ストレスの緩和効果:
図4のAでは、生体の酸化ストレスの指標の1つである尿中8−OHdG排泄量に対する鉄キレート剤の効果を示している。鉄キレート剤(DFO)を投与した群では、明らかに尿中8−OHdG排泄量が低下していることが示された。
前項イ)では、鉄キレート剤の投与により生体内の鉄量を低下させることにより、脂肪細胞周囲のマクロファージの数が減少したが、この事実が酸化ストレスマーカーである尿中8−OHdGの排泄量にも反映している。即ち、鉄キレート剤(DFO)を投与した群では、酸化ストレスが低下して、尿中8−OHdG排泄量が低下している。
図4のBでは、精巣上体周囲の脂肪細胞におけるNADPHオキシダーゼ(組織での活性酸素種生成の中心的酵素、多くの酸化ストレスが増加するときにこの酵素の活性化が起こる)は、鉄キレート剤(DFO)の投与により抑制された。このことは、鉄キレート剤(DFO)を投与した群では、明らかに酸化ストレスが低下していることを示している。
【0033】
ニ)活性酸素種の存在量への低減効果:
図5のCの左図は、脂肪組織を蛍光色素のDHEで染色し、活性酸素種の存在を確認した図である。一般に、肥満に伴い脂肪細胞でも活性酸素種が増加してDHEの染色性が強くなる。本発明の鉄キレート剤(DFO)投与群では、活性酸素種の生成が少なくなっているためにDHEの染色性が弱くなっている。
図5のCの右図の棒グラフは、左図の結果を定量化したものである。
ホ)NADPHオキシダーゼの遺伝子発現に対する効果:
精巣上体脂肪細胞における、NADPHオキシダーゼのコンポーネント(gp91phox,p67phox,p47phox)の発現を、リアルタイムPCRで評価した。図6に示されるように、鉄キレート剤(DFO)投与の有無で、NADPHオキシダーゼ遺伝子発現に対する効果に有意差は無かった。
一方、図7のEで示されるように、NADPHオキシダーゼのコンポーネントの1つであるp22phoxは、鉄キレート剤(DFO)投与群で低値を示した。Eの右図には、実際のバンドとβアクチンで補正した定量化した棒グラフを示した。
図7のFでは、精巣上体脂肪細胞をp22phox抗体で染色した。明らかに鉄キレート剤(DFO)投与群で染色性が薄くなっており、p22phoxタンパク質の産生量(NADPHオキシダーゼの産生量)が少ないことを示している。
ヘ)炎症性サイトカインであるTNF−α、IL−6、IL−1βの発現抑制効果:
精巣上体脂肪組織を用いて、炎症性サイトカインであるTNF−α、IL−6、IL−1βの発現量に対する鉄キレート剤の効果を検討した。まず、TNF−α、IL−6、IL−1βのmRNA量を評価したところ、図9のHに示されるように、鉄キレート剤(DFO)投与群で、これらの炎症性サイトカインの発生が抑制されることを見出した。また、モノサイト・マクロファージを組織に呼び込む働きをしているMCP−1(Monocyte Chemotactic Protein−1)の発現が肥満と共に増加するが、鉄キレート剤(DFO)投与群では抑制されていることを見出した。
【0034】
(4)その他の知見:
a)脂肪細胞におけるマクロファージの影響:
精巣上体脂肪組織を用いて、図8のGで示されるようにマクロファージをF4/80で染色し、NADPHオキシダーゼ(p22phox)を特異抗体で染色した。すなわち、図8から、マクロファージの位置と活性酸素種の位置(NADPHオキシダーゼの位置)が重なっていることが示された。
以上のことから、酸化ストレスの原因となる活性酸素種を産生するのは、脂肪組織に入り込んだマクロファージである可能性が強いと判断された。即ち、脂肪細胞の肥大化を防ぐためには、生体内の鉄を減少させて、脂肪細胞に浸潤するマクロファージの数を抑制し、活性酸素種の量を抑制することが重要であることが示された。
b)脂肪細胞におけるフェリチン発現に対する鉄キレート剤の効果:
図10のAでは、精巣上体脂肪細胞におけるフェリチンH−subunitの発現(左図)とフェリチンL−subunitの発現(右図)を定量的なリアルタイムPCRで評価した。鉄キレート剤(DFO)投与群の場合、フェリチンH−subunit(左図)が有意に低下していた。
また、図10のBは、精巣上体脂肪細胞においてフェリチンH−subunitの免疫組織化学的染色を行った図である。上段が非投与(Vehicle)群であり、下段が鉄キレート剤(DFO)投与群である。図10のBに示されるように、明らかにVehicle群がフェリチンH−subunitの染色性が強いことが示された。
図11のCは、連続切片でのフェリチンH−subunitとマクロファージの表面抗原F4/80の染色結果を表わした図である。フェリチンH−subunitとマクロファージの位置を見ると、染色場所が一致している。すなわち、フェリチンH−subunitは主に浸潤してきたマクロファージで増加していることを示している。すなわち、鉄キレート剤で生体内の鉄を減少させると、マクロファージの細胞内鉄の含量が減少して遊走能やサイトカイン産生能が低下して臓器障害を抑制する可能性が考えられる。
【0035】
c)脂肪細胞における抗酸化酵素とインスリンシグナルの発現に対する効果:
鉄キレート剤(DFO)の10週間投与後における、脂肪細胞の抗酸化酵素の発現量変化の評価を行った。図12のAに示されるように、GPX−1,CuZn−SOD、カタラーゼ(catalase)の各mRNAの発現を定量的リアルタイムPCRで評価した。その結果では、鉄キレート剤(DFO)の10週間投与により大きな変化は観察出来なかった。
図13のBで示されるように、インスリンシグナルのAkt−IRS−1シグナル経路について検討した。左図の下段は、Aktの活性化の評価結果を表わし、上段は検出されたバンドを示している。活性化されたAktを示すAkt(p−Akt)が、鉄キレート剤(DFO)の10週間投与により増加している。また、右図はIRS−1(インスリン・レセプター・サブストレート−1)のリン酸化(活性化)の評価結果を表わし、上段は検出されたバンドを示している。鉄キレート剤(DFO)投与によりIRS−1が増加している。このことは、鉄キレート剤(DFO)投与により、インスリンシグナルが活性化され、インスリン抵抗性が鉄キレート剤(DFO)投与により改善することが示されている。
【0036】
d)骨格筋と肝臓での酸化ストレスに対する鉄キレート剤の効果:
KKAyマウスの骨格筋と肝臓組織における、NADPHオキシダーゼと抗酸化酵素、インスリンシグナルに対する鉄キレート剤の効果を明らかにした。
図14のAに示されるように、骨格筋におけるNADPHオキシダーゼの発現を、gp91phox,p67phox,p47phox,p22phoxを用いて評価した。その結果、脂肪細胞の場合と同様に、p22phoxの発現が鉄キレート剤(DFO)投与により抑制されることが示された。
図15のBでは、肝臓におけるNADPHオキシダーゼの発現を、gp91phox,p67phox,p47phox,p22phoxを用いて評価した。その結果、骨格筋の場合とは異なり、鉄キレート剤(DFO)投与による有意な変化は観察されなかった。
図16のCでは、骨格筋における抗酸化酵素(GPX−1,CuZn−SOD、カタラーゼ)のmRNA発現変化を評価した。その結果、骨格筋では、GPX−1とCuZn−SODの発現が鉄キレート剤(DFO)投与により抑制されることが示された。
図17のDでは、肝臓における抗酸化酵素(GPX−1,CuZn−SOD、カタラーゼ)のmRNA発現変化を評価した。その結果、肝臓組織では、骨格筋とは異なり、鉄キレート剤(DFO)投与により有意な変化は観察されなかった。
e)骨格筋と肝臓でのインスリン抵抗性に対する鉄キレート剤の効果:
図18のEでは、骨格筋におけるAkt−IRS−1シグナルに対する鉄キレート剤の効果を評価した。骨格筋では、鉄キレート剤(DFO)投与によりAkt−IRS−1シグナルの活性化が起こる。すなわち、骨格筋においては、鉄キレート剤(DFO)投与により、インスリンシグナルが活性化され、インスリン抵抗性が改善することが示されている。
図19のFでは、肝臓におけるAkt−IRS−1シグナルに対する鉄キレート剤の効果を評価した。肝臓では、骨格筋の場合と異なり、鉄キレート剤(DFO)投与によりAkt−IRS−1シグナルには影響がなかった。
【0037】
f)グルコール負荷試験とインスリン負荷試験における鉄キレート剤の改善効果:
(グルコール負荷試験)
24時間絶食後のマウスに、20%グルコース溶液を腹膜内に投与する(2.0g/kg体重)。血液はマウスの尾静脈から、0、30,60,120,180分後に採取する。グルコース負荷試験(IPGTT)中の血糖値の変化を表わしたものが図20のAの左図である。鉄キレート剤(DFO)投与群では、非投与群と比較して、糖負荷後の高血糖の変化が改善している。また、右図に示すように、血糖の曲線下面積でも鉄キレート剤(DFO)投与群の方が少なくなっている。
(インスリン負荷試験)
4時間絶食のマウスに、インスリン(E.リリー社製ヒューマリンR)を腹膜内に投与する(1.0U/kg体重)。上記と同様に血液を採取し、血糖値の変化を表わしたものが図21のBの左図である。鉄キレート剤(DFO)投与群では、非投与群と比較して、インスリン負荷後の血糖値が明らかに低下しており、鉄キレート剤(DFO)投与によりインスリン抵抗性が改善したことを示している。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明の鉄キレート剤を含有するマクロファージの脂肪細胞への浸潤抑制剤は、鉄キレート剤の効果によって体内の鉄イオンの濃度をコントロールし、低下させ、その結果、マクロファージの脂肪細胞への浸潤を抑制することが出来、炎症反応を抑制することができる。これにより、肥満を原因とするインスリン抵抗性を改善することができる。更には、糖尿病に起因する動脈硬化を改善することができる。これらのことから、鉄キレート剤を用いた、新たな生活習慣病の予防剤及び/又は治療剤を提供することができるようになる。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄キレート剤を有効成分とする、細胞又は組織に対するマクロファージの浸潤抑制剤。
【請求項2】
上記細胞又は組織が、脂肪細胞又は脂肪組織である、請求項1に記載のマクロファージの浸潤抑制剤。
【請求項3】
鉄キレート剤が、デフェロキサミン、デフェラシラクス、デフェリプロン、トランスフェリン、ラクトフェリン、ポリフェノール類から選択されるものである、請求項1〜3のいずれかに記載のマクロファージの浸潤抑制剤。
【請求項4】
鉄キレート剤を有効成分とする、脂肪細胞の炎症抑制剤。
【請求項5】
鉄キレート剤が、デフェロキサミン、デフェラシラクス、デフェリプロン、トランスフェリン、ラクトフェリン、ポリフェノール類から選択されるものである、請求項4に記載の炎症抑制剤。
【請求項6】
鉄キレート剤を有効成分とする、脂肪細胞へのマクロファージの浸潤抑制によるインスリン抵抗性改善剤。
【請求項7】
鉄キレート剤が、デフェロキサミン、デフェラシラクス、デフェリプロン、トランスフェリン、ラクトフェリン、ポリフェノール類から選択されるものである、請求項6に記載のインスリン抵抗性改善剤。
【請求項8】
鉄キレート剤を有効成分とする、血管内皮細胞の酸化ストレス抑制と炎症抑制による動脈硬化症の改善剤。
【請求項9】
鉄キレート剤が、デフェロキサミン、デフェラシラクス、デフェリプロン、トランスフェリン、ラクトフェリン、ポリフェノール類から選択されるものである、請求項8に記載の動脈硬化症の改善剤。


【図2】
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【図4】
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【図6】
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【図9】
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【図12】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図20】
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【図21】
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【図1】
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【図3】
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【図5】
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【図7】
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【図8】
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【図10】
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【図11】
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【図13】
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【図18】
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【図19】
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【公開番号】特開2013−35788(P2013−35788A)
【公開日】平成25年2月21日(2013.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−174001(P2011−174001)
【出願日】平成23年8月9日(2011.8.9)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 第84回日本内分泌学会学術総会(平成23年4月21〜23日)日本内分泌学会、第75回日本循環器学会総会・学術集会(平成23年8月3〜4日)日本循環器学会
【出願人】(304020292)国立大学法人徳島大学 (307)
【Fターム(参考)】