説明

マグ溶接用シールドガス,マグ溶接方法,および溶接構造物

【課題】狭開先溶接での品質の向上を図った,マグ溶接用シールドガス,マグ溶接方法,および溶接構造物を提供する。
【解決手段】マグ溶接用シールドガスが,8重量%以上,13重量%以下のCrを含有する高Cr鋼を,8重量%以上,13重量%以下のCrを含有するソリッドワイヤを用いて,1層1パスで狭開先溶接するためのマグ溶接用シールドガスであって,5容量%以上,17容量%以下の炭酸ガス,30容量%以上,80容量%以下のヘリウムガス,残部がアルゴンガスの3種混合ガスからなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,高Cr鋼のマグ溶接用シールドガス,マグ溶接方法,および溶接構造物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年,発電用タービン,ボイラ等の発電機器は,熱効率の向上のため,高温・高圧下で使用される傾向にある。このため,発電機器の構成材料として,高温での強度に優れた高Cr鋼(例えば,9Cr鋼,12Cr鋼)が開発されている。
そして,発電機器の製造に溶接が有用であることから,高Cr鋼の溶接技術が開発されている。例えば,高Cr鋼をマグ溶接するための溶接材料に希土類金属を含有させることで,溶接時のアークの安定性を向上させる技術が開示されている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2001−219292号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし,上述の溶接材料は,好適な希土類金属含有量での製造が必ずしも容易ではなく,一般的な高Cr鋼マグ溶接材料と比較し,高コストとなる上,狭開先溶接での品質の確保が困難である。
本発明は,狭開先溶接での品質の向上を図った,マグ溶接用シールドガス,マグ溶接方法,および溶接構造物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の一態様に係るマグ溶接用シールドガスは,8重量%以上,13重量%以下のCrを含有する高Cr鋼を,8重量%以上,13重量%以下のCrを含有するソリッドワイヤを用いて,1層1パスで狭開先溶接するためのマグ溶接用シールドガスであって,5容量%以上,17容量%以下の炭酸ガス,30容量%以上,80容量%以下のヘリウムガス,残部がアルゴンガスの3種混合ガスからなる。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば,狭開先溶接での品質の向上を図った,マグ溶接用シールドガス,マグ溶接方法,および溶接構造物を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】狭開先の形状の一例を表す断面図である。
【図2】一般開先の形状の一例を表す断面図である。
【図3】狭開先での溶接状態を表す断面図である。
【図4】本発明の実施例3(He−Ar−COの3元系シールドガスで溶接)の試験体の断面を表す写真である。
【図5】本発明の比較例1(Ar−COの2元系シールドガスで溶接)の試験体の断面を表す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下,本発明の実施形態を説明する。
本発明者らは,高Cr鋼のマグ溶接用シールドガスについて,検討を行った。その結果,He−Ar−COの3元系のシールドガスを用いることで,狭開先内においてもアーク安定性,溶接金属の濡れ性,開先端部の溶け込みに優れるマグ溶接が可能となることが判った。
【0009】
マグ溶接は,アーク溶接の一種である。アーク溶接では,母材と電極(溶接ワイヤ)間でアーク放電を発生させて,アークの高温によって母材と溶接ワイヤを溶解させて接合する。マグ溶接では,電極(溶接ワイヤ)から発生させたアークを不活性ガスと炭酸ガスを混合したシールドガスで覆う。この結果、アークが安定され、かつ溶融金属への大気の混入が防止される。
【0010】
狭開先(ナロウギャップ)溶接は,例えば,厚板の端部を板厚に比し小さな間隔で,対向または接触させた小さい角度を有する間隙(開先)をアーク溶接することをいう。ここでは,特に,狹開先を各層1パスで多層溶接することを考える。なお,多層溶接(多層肉盛溶接)は、複数層の溶接ビードを重ねてゆく溶接である。
【0011】
図1は,狭開先の形状の一例を表す断面図である。厚板等の母材11,12の端面が間隙(開先(ギャップ))13を有して,下端が接触するように配置される。母材11,12の厚さH1(例えば,50mm)に対して,間隙13の底部での母材11,12の間隔W1(例えば,20mm以下)が小さい(W1<H1)。
また,間隙13の壁面(母材11,12の端面)のなす角度θ1は小さく,例えば,10°以下とする。
【0012】
図2は,一般開先の形状の一例を表す断面図である。厚板等の母材21,22の端面が間隙(ギャップ)23を有して,対向するように配置される。この例では,間隙23の壁面(母材21,22の端面)のなす角度はθ21,θ22と2段階に変化している。
【0013】
ここでは,図1において,母材11,12の厚さH1と間隔W1の比(W1/H1)が0.4以下,角度θ1が10°以下のものを狭開先と呼ぶこととする。
また,これに加えて,厚さH1と間隔W1が次の条件も満たしても良い。
H1≦200mmの場合,W1≦20mm
H1>200mmの場合,W1≦30mm
【0014】
なお,図2に示すように,角度θ1が一定でない場合(例えば,複数段階で変化する場合),実質的に最大の角度を角度θ1とする。なお,図1では,母材11,12の下端が接触しているが,母材11,12の下端が接触していなくても狭開先として差し支えない。
【0015】
図3は,狭開先での溶接状態を表す断面図である。厚板等の母材31,32の端面が間隙(開先(ギャップ))33を有して,配置される。母材31,32の下部に裏当て板34が配置される。間隙33内に溶接ビード41〜44が配置される。溶接ビード41〜44が1層に1つ(紙面上下方向に)配置されていることから,この溶接は各層1パスの3層溶接である。
【0016】
母材31,32の間隔W30に対して,ビード41〜44の幅W31が十分大きければ,母材31,32での溶接の溶け込み深さが十分であると考えられる。
【0017】
高Cr鋼は,鉄を主成分とし,比較的高濃度(8〜13質量%)のCrを含む合金材料である。Crは,金属材料の耐食性,耐酸化性及びクリープ強度を向上させるために重要な元素である。8重量%未満のCrでは耐食性等への効果が少ない。また,13重量%以上のCrを含有させた場合,δフェライトが晶出し,強度,脆性が低下する。故に,発電機器(発電用ボイラ,タービン部品)等の高温,高圧下で使用される高Cr鋼は,一般に,8〜13重量%のCrを含有する。
【0018】
なお,高Cr鋼として,より望ましいCr含有量は8.5〜11重量%である。後述する本実施形態に係るマグ溶接用シールドガスは,8.5〜11重量%のCrを含有する高Cr鋼でのマグ溶接に好ましく適用できる。
【0019】
高Cr鋼の溶接に,共金(同種の金属)である8〜13重量%(あるいは,8.5〜11重量%)のCrを含有するワイヤ(溶接用ワイヤ)が用いられる(共金溶接)。
【0020】
しかしながら,低炭素鋼等と比較して,高Cr鋼の溶接は必ずしも容易ではなく,狭開先溶接(特に,狭開先での多層(肉盛)溶接)が困難である。一般的なマグ溶接用シールドガス(アルゴンガスに炭酸ガスを20容量%含有した混合ガス)を用いて,高Cr鋼を狭開先溶接することを考える。この場合,高Cr鋼のスラグが硬く,開先端部でのスラグ除去が困難であるため,次パス溶接時にスラグが浮上せず,開先端部でのスラグ巻き込みが発生し易い。また,ビードの濡れ性が悪いため,凸ビードになりやすく,融合不良等の溶接欠陥が発生し易い。
【0021】
本実施形態に係るマグ溶接用シールドガスは,5容量%以上,17容量%以下の炭酸ガス,30容量%以上,80容量%以下のヘリウムガス,残部がアルゴンガスの3種混合ガスからなる。
以下,マグ溶接用シールドガスの成分限定理由を述べる。
【0022】
マグ溶接のアーク安定性において,酸素または炭酸ガスといった酸化性ガスがシールドガス中に含まれることが重要である。マグ溶接においてアークが安定するためには,アークの陰極点が安定的に形成されることが重要であるが,陰極側に酸化物が存在すると,陰極点がより生成され易くなる。シールドガスがアルゴンガスもしくはヘリウムガスなどの不活性ガスのみで構成されている場合,陰極側雰囲気中に酸化性ガスが無いため,溶融池表面およびその近傍において酸化物の生成が乏しく,陰極点が安定し難い。その結果,アークが過剰に広がったり,ふらついたりする等のアーク不安定挙動が生じる。特に,狭開先では,アークの過剰な広がりや開先壁へのアークのはい上がりが生じ,アークが不安定になり易い。アークが不安定になることで,開先端部の融合不良,ビード形状不良,スパッタ発生などといった溶接欠陥や不具合を生じることとなる。
【0023】
シールドガスが炭酸ガスを含有することで,炭酸ガスの酸化力により,陰極点の元となる酸化物が生成し,陰極点は安定する。また炭酸ガスを含有することで,アーク自体が熱的ピンチ効果により緊縮し,アークの硬直性,指向性も向上する。従って,シールドガスが炭酸ガスを含有することで,アークの安定性が向上し,スパッタの発生が低減するとともに,開先端部を効果的に溶融できるようになる。
【0024】
炭酸ガス濃度は5容量%未満ではアーク安定性が十分ではなく,17容量%を超えるとスパッタが増加するので好ましくない。即ち,炭酸ガスの含有量が多すぎると,アークの緊縮が過剰となり,溶接ワイヤからの溶滴の離脱が阻害されて,アークが不安定となり,スパッタが増加する。本実施形態に係るシールドガスは,一般的なマグ溶接用シールドガス(アルゴンガスに炭酸ガスを20容量%含有した混合ガス)と比較して,炭酸ガスの含有量が少ない。このため,シールドガスの酸化力が若干弱くなり,ビードの酸化およびビード表面でのスラグの発生が低減する。
【0025】
なお,酸化性ガスに酸素を用いると,その酸化力が過剰であり,溶接の外観,母材への溶け込みが必ずしも良くない。このため,本実施形態に係るマグ溶接用シールドガスの酸化性ガスとして酸素を採用していない。
【0026】
ヘリウムガスはアルゴンガスと比較して電位傾度が大きいため,溶接時のアーク電圧が高くなり,アークによる発熱が増加する。その結果,母材への入熱が大きくなるため,母材の溶融が促進され,母材の溶融量が増加し,溶け込みも深くなる。狭開先の場合,開先端部も,十分に溶融することが可能となり,十分な溶け込みが得られ,融合不良が減少する。また母材の溶融量が増加することで,溶融池からのアーク安定性向上に有効な金属蒸気の発生も促進されるから,アーク安定性もやや向上する。また,アークによる発熱が増加することで,熱伝導によっても母材は加熱され,さらにヘリウムガスの密度が小さいことによるアーク時のガス圧低下も作用し,溶接金属(ビード)の濡れ性が向上する。
【0027】
ヘリウムガスの濃度が30容量%未満では溶け込み増加,濡れ性向上が十分ではない。一方,ヘリウムガスの濃度が80容量%を超えると,溶接開始時にアークが発生し難くなる(アークスタート性の悪化)とともに,ヘリウムガスが低密度であることに起因して,大気からのシールド性が劣化する(溶融金属に大気が混入し易くなる)。
【0028】
以上のように,高Cr鋼を狭開先溶接するためのシールドガスとしては,5容量%から17容量%の炭酸ガス,30容量%から80容量%のヘリウムガス,残部がアルゴンガスからなる3種混合ガスが適している。
【0029】
この3種混合ガスを用いて,高Cr鋼を狭開先マグ溶接することができる。
このとき,ピーク電流が350〜500A,ベース電流が40〜100A,パルス周波数が100〜400Hzの溶接条件にてパルスマグ溶接することが好ましい。パルスマグ溶接を使用することで,スパッタ及びヒュームを低減できる。
【0030】
ピーク電流は,電磁ピンチ力を確保し,溶接用ワイヤからの溶滴の離脱に寄与する。ピーク電流が350A未満であると,電磁ピンチ力が弱いため,溶滴が大塊となるまで溶接用ワイヤから離脱し難くなる。この結果,1パルス1溶滴移行から外れ,スパッタ及びヒュームが多量発生する可能性がある。また,ピーク電流が500Aを超えると,溶滴を押し上げるアーク力が強くなりすぎ,溶接用ワイヤからの規則的な溶滴離脱が困難となり,1パルス複数溶滴移行となる。
【0031】
ベース電流は,アークを継続させ,溶滴の安定整形に寄与する。ベース電流が40A未満であると,アーク切れ,短絡が発生しやすくなる。また,ベース電流が100Aを超えると,溶滴の移行に寄与するアーク力が大きくなり,溶滴がふらつき,溶滴の安定整形が困難となる。
【0032】
パルス周波数は,1パルスあたりの溶滴の大きさ及びパルスと溶滴移行との同期率に影響を与える。パルス周波数が100Hz未満であると,1パルスあたりの溶滴が大きくなりすぎ,溶滴と溶融池との間で短絡が発生しやすくなる。また,パルス周波数が400Hzを超えると,1パルス1溶滴移行から外れ,パルスに同期しない溶滴移行となる。
【0033】
パルス溶接条件は,溶滴移行形態,ひいては,スパッタ及びヒュームの発生,溶接欠陥の発生に影響を与える。すなわち,平均電流が小さすぎると,狭開先溶接において,開先端部の溶け込みが甘くなり,融合不良等が発生する。また,平均電流が大きすぎると,溶融池の冷却速度が遅くなり,高温割れが発生する。
【0034】
以上のように,高Cr鋼のパルスマグ溶接条件としては,ピーク電流が350〜500A,ベース電流が40〜100A,パルス周波数が100〜400Hzが適している。
【0035】
ここで,3種混合ガスを用いることで,高Cr鋼のマグ溶接において,溶接姿勢を全姿勢とすることが容易となる。全姿勢は,下向姿勢、横向姿勢、立向姿勢、上向姿勢の全ての総称である。
一般に,横向姿勢,立向姿勢,上向姿勢,特に,上向姿勢では,溶融池が重力により垂れ,濡れ性が悪化し,ビードの形状が凸型になりやすい。多層盛溶接の場合,凸型のビードの上に溶接すると,融合不良等の溶接欠陥の発生を誘発する。そこで,3種混合ガスを用いることで,全姿勢溶接においても,溶接金属の濡れ性を損なう事無く溶接することが可能となる。
【0036】
以上のように,8〜13重量%のCrを含有する高Cr鋼を,8〜13重量%のCrを含有するソリッドワイヤを用いて,1層1パスで狭開先溶接する場合,5〜17容量%の炭酸ガス,30容量%〜80容量%のヘリウムガス,残部がアルゴンガスからなる3種混合ガスをシールドガスとして用いることが好ましい。狭開先内においてもアーク安定性,溶接金属の濡れ性,開先端部の溶け込みに優れた溶接施工が可能となる。
【実施例1】
【0037】
本実施形態に係る高Cr鋼のマグ溶接用に適したシールドガスについて,実施例を説明する。
【0038】
[実施例1]
本実施形態に係るシールドガスの特徴・効果を確認するため,各種特性の確認試験を行った。
9Cr鋼板を用いて,狭開先内でマグ溶接を行った。このとき,シールドガスとして,Heガス,COガス及びArガスの3種混合ガスを用い,その組成(容量%)を変化させた。アーク安定性,酸化の度合い,スラグ発生量,濡れ性,スパッタ発生量,溶け込み深さを評価した。
本試験での溶接条件は以下の通りである。
【0039】
<溶接条件>
・溶接方法:狭開先マグ溶接 1pass/layer
・溶接母材:A182 F91相当品(ASTM)
・溶接ワイヤ:AWS A5.28 ER90S−B9相当品,φ1.2
・ピーク電流:400〜500A
・ベース電流:50〜70A
・パルス周波数:100〜200Hz
・溶接電圧:28〜32V
【0040】
本実施形態に係るシールドガスによるマグ溶接で得られる特性を明確にするため,比較例として,従来マグ溶接のシールドガスとして用いられているArガスベースにCOガス20容量%含有した混合ガス及びAr−Heの2元系混合ガスを用いて溶接を行った。
【0041】
次のように,各試験項目を評価し,極めて良好(「◎」),良好(「○」),どうにか良(「△」),悪い(「×」)の4段階に区分した。
【0042】
(1)アーク安定性
溶接時にアークを目視観察し,アークの時間的変化状態から判定した。
(2)酸化の度合い
溶接後のビード外観を目視観察し,ビードの変色の程度から判定した。
(3)スラグ発生量
溶接後のビード外観を目視観察し,ビードに対しスラグの占める面積から判定した。
(4)濡れ性
溶接後のビード外観を目視観察し,開先内でのビードの形状から判定した。ビードが凹形状であれば,開先内でのビードの濡れ性は良く,ビードが凸形状(凸ビード)であれば,開先内でのビードの濡れ性は良く無い。
(5)スパッタ発生量
溶接後のビード外観を目視観察し,ビードに対しスパッタの占める面積から判定した。
(6)溶け込み深さ
図3での母材31,32の間隔W30に対する,ビード41〜44の幅W31の比(W31/W30)の比に基づいて,溶け込み深さを4段階に評価した。幅W31は,ビード41,42の境界の水平方向の幅とした。
以上の結果を表1に表す。
【0043】
【表1】

【0044】
本実施形態に係るHe−Ar−COの3元系シールドガスの方が,Ar−Heの2元系シールドガスよりも炭酸ガスを添加している分,アークの安定性が向上した。Ar−Heの2元系シールドガスは,酸化性ガスを含まないため酸化の度合い,スラグ発生量は良好であるが,陰極点が不安定となり,アークが安定性せず,スパッタも著しく多い。
【0045】
3容量%程度の炭酸ガスではアーク安定性が不十分であり,5容量%以上の炭酸ガスでアーク安定性は良好となった。また,本実施形態に係るHe−Ar−COの3元系シールドガスは炭酸ガスの含有量が15容量%以下であり,80容量%Ar−20容量%COのシールドガスに比較して酸素量が少なく,酸化の度合い,スラグ発生量,スパッタ発生量が低減した。スパッタ発生量が多い状態では,品質が悪いのみならず,コンタクトチップやシールドガスノズル等の消耗が激しく,交換頻度が増加し,製造上好ましくない。
【0046】
さらに,Heは不活性ガスのため,溶接金属の機械的性質に与える影響は小さく,溶接金属の引張強度は80容量%Ar−20容量%COガスで施工したものと同等であり,本実施形態に係るHe−Ar−COの3元系シールドガスの方が,酸素量が少ない分,一般的に靭性は向上すると言える。
【0047】
図4,図5はそれぞれ,本発明の実施例3(He−Ar−COの3元系シールドガス)と比較例1(Ar−COの2元系シールドガス)で溶接した試験体の断面を表す写真である。実施例3および比較例1それぞれで,1層1パスで3層のビードB01〜B03,B11〜B13が形成されている。
【0048】
図4に示すように,実施例3では,濡れ性が良好であり(ビードB03の形状が上に凹),スラグ巻き込みが見あたらず,溶け込み深さも良好である。図5から,比較例1では,濡れ性が不良であり(ビードB13の形状が上に凸型),開先端部にスラグ巻き込みの溶接欠陥S1,S2が発生し,開先の溶け込みも良好とは言えない。図5のようにビードの形状が凸であると(濡れ性が良くないと),ビートの外周部A1に凹みが形成され,スラグ巻き込み等の溶接不良の要因となる。これに対して,図4のようにビードの形状が凹であると(濡れ性が良いと),ビートの外周部A0に凹みが形成され難く,スラグ巻き込み等の溶接欠陥が生じ難い。
【0049】
[実施例2]
次に,本実施形態に係るHe−Ar−COの3元系シールドガスを用いて,発電用ボイラ及びタービンを代表とする構造物の溶接施工の実施例を示す。
近年,発電用タービン,ボイラ等の発電機器は,熱効率の向上のため,高温・高圧下で使用される傾向にある。このため,発電機器の構成材料として,高温での強度に優れた高Cr鋼(例えば,9Cr鋼,12Cr鋼)が開発されている。発電機器の構成部材の代表例として,ボイラで発生した高温・高圧の蒸気の通路となるタービン配管,バルブ類,及びタービンノズル等が挙げられる。
【0050】
従来,これらの高Cr鋼製溶接構造物は,工場製造時,現地据付時含め,溶接作業性及び品質の良好な被覆アーク溶接やティグ溶接にて施工される事が多いが,これらの溶接方法はマグ溶接に比べ,溶接効率が劣る。そこで,本実施形態に係るHe−Ar−COの3元系シールドガスを用いることで,これらの高Cr鋼製構造物を溶接作業性及び品質の良好なマグ溶接で施工することが可能となり,製造コストを削減することができる。また,さらに開先を狭開先設計として,製造コストをさらに削減できる。
【0051】
製造コスト削減の定量的評価として,タービン配管の全姿勢溶接を例にとり提示する。溶接プロセスは,被覆アーク溶接,自動ティグ溶接及び本実施形態に係るHe−Ar−COの3元系シールドガスを用いた自動マグ溶接を選定し,これら3プロセスでの比較をした。タービン配管のサイズは,主蒸気リード管等で用いられる500A,肉厚50tとした。表2に,溶接施工時間算出に用いたパラメータ値を示す。
【0052】
【表2】

【0053】
この実施例における狭開先,一般開先はそれぞれ,図1,図2において,角度θ1=1〜6°,θ21=60〜90°,θ22=10〜30°,間隔W1=4〜12mm,W2=2〜6mm,厚さH1=H2=50mmとした。狭開先(図1),一般開先(図2)それぞれでの開先断面積は,約500mm,約1500mmである。
【0054】
ティグ溶接においては,全姿勢自動ティグ配管溶接において広く用いられている狭開先を選定した。また,マグ溶接においても,ティグ溶接同様の狭開先を選定した(従来,高Cr鋼の狭開先での全姿勢自動溶接は,濡れ性,開先端部の溶け込みが不良となるため,困難を極めたが,本実施形態に係るHe−Ar−COの3元系シールドガスを用いることで,狭開先溶接が可能となる)。被覆アーク溶接の開先断面積は,狭開先断面積の3倍とした。また,溶着量,溶着効率及びアークタイム率は,本溶接施工での各溶接プロセスにおける一般的な値を選定した。
【0055】
表3に,表2のパラメータを用いて算出した溶接施工時間を示す。必要溶接量mmを算出する際に用いた溶接線長は,約800mmとした。
【0056】
【表3】

【0057】
表3に示すように、本実施形態に係るHe−Ar−COの3元系シールドガスを用いた自動マグ溶接の適用により、被覆アーク溶接の約13分の1、ティグ溶接の約4分の1の時間での溶接施工が可能となる。
【0058】
(その他の実施形態)
本発明の実施形態は上記の実施形態に限られず拡張,変更可能であり,拡張,変更した実施形態も本発明の技術的範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0059】
11,12 母材
13 間隙
31,32 母材
33 間隙
34 裏当て板
41-44 溶接ビード

【特許請求の範囲】
【請求項1】
8重量%以上,13重量%以下のCrを含有する高Cr鋼を,8重量%以上,13重量%以下のCrを含有するソリッドワイヤを用いて,1層1パスで狭開先溶接するためのマグ溶接用シールドガスであって,
5容量%以上,17容量%以下の炭酸ガス,30容量%以上,80容量%以下のヘリウムガス,残部がアルゴンガスの3種混合ガスからなる
ことを特徴とするマグ溶接用シールドガス。
【請求項2】
5容量%以上,17容量%以下の炭酸ガス,30容量%以上,80容量%以下のヘリウムガス,残部がアルゴンガスの3種混合ガスからなるシールドガス,および8重量%以上,13重量%以下のCrを含有するソリッドワイヤを用いて,8重量%以上,13重量%以下のCrを含有する高Cr鋼を狭開先溶接する
ことを特徴とするマグ溶接方法。
【請求項3】
1層1パスで多層肉盛溶接する
ことを特徴とする請求項2記載のマグ溶接方法。
【請求項4】
350A以上,500A以下のピーク電流,40A以上,100A以下のベース電流,100Hz以上,400Hz以下のパルス周波数の溶接条件でパルスマグ溶接する
ことを特徴とする請求項2または3に記載のマグ溶接方法。
【請求項5】
溶接姿勢が,全姿勢である
ことを特徴とする請求項2乃至4のいずれか1項に記載のマグ溶接方法。
【請求項6】
請求項1に記載のマグ溶接用シールドガスまたは請求項2乃至6のいずれか1項に記載のマグ溶接方法を用いて作製された溶接構造物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−218412(P2011−218412A)
【公開日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−90731(P2010−90731)
【出願日】平成22年4月9日(2010.4.9)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【出願人】(000231235)大陽日酸株式会社 (642)
【Fターム(参考)】