説明

メタボリックシンドロームの診断および予防

【課題】 メタボリックシンドロームの発症との関連のある遺伝子の多型を同定し、メタボリックシンドロームの発症または発症可能性を判定(診断)する方法および予防を提供することにある。さらに、メタボリックシンドロームの発症に対する有効な予防方法および予防薬剤などを提供する。
【解決手段】 本発明においては、アンギオポエチン−1遺伝子またはその翻訳産物であるタンパク質の多型がメタボリックシンドロームの発症の一要因であることを明らかにした。この知見をもとに、上記アンギオポエチン−1遺伝子またはアンギオポエチン−1タンパク質の多型を利用したメタボリックシンドロームの発症またはその発症可能性を簡便に判定する方法などを確立した。本発明によれば、メタボリックシンドロームの発症または発症可能性を、簡便かつ正確に判定することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、メタボリックシンドロームの診断および予防に関するものであって、特に、メタボリックシンドロームの発症に関連する遺伝子またはその翻訳産物たるタンパク質の多型を用いたメタボリックシンドロームの診断および予防に関するものである。
【背景技術】
【0002】
メタボリックシンドローム(代謝症候群、metabolic syndrome、以下「MS」ともいう)は、内臓に脂肪が蓄積することによって、血糖を下げるホルモンであるインスリンの効果が弱くなり(すなわち、インスリン抵抗性が高まり)、糖や脂質の代謝の異常が起こった病態を表すものである。MSでは、動脈硬化の危険因子である「内臓脂肪型肥満」、「高血圧症」、「耐糖能異常(高血糖)」、および「高脂血症」を重複して発症していることが多い。これらの症状は、いずれも動脈硬化を引き起こす要因と考えられているものである。動脈硬化は、現在わが国の死亡原因の第2位、3位で、国民の死因の約3分の1を占める心疾患および脳血管疾患の原因である心脳血管障害を引き起こすと考えられている。したがって、高血圧や糖尿病、脂質代謝異常、肥満といった複数の危険因子が重複する病態であるMSは、直接的な死亡要因とはならないが、MSが長期に及ぶと、死亡率の高い疾患を引き起こす疾患といえる。
【0003】
しかし、MSは、軽症の場合、運動療法および/または食事療法により、症状の改善が期待できる。そのため、MSを早期発見し、早期治療することが、健康寿命をのばすためにも、高齢者の生活の質(QOL)を高めるためにもきわめて重要である。
【0004】
このようなMSの診断は、例えば、米国高脂血症治療ガイドラインに基づき行われる。上記米国高脂血症治療ガイドラインでは、(a)ウエスト(腹囲)が男性で102cm以上、女性で88cm以上、(b)中性脂肪が150mg/dl以上、(c)HDLコレステロールが男性で40mg/dl未満、女性で50mg/dl未満、(d)血圧が最大血圧で130mmHg以上または最小血圧で85mmHg以上、(e)空腹時血糖値が110mg/dl以上、の5つの項目のうち、少なくとも3項目が該当する場合、MSであると診断される。
【0005】
また、長年、日本では、診断基準が設けられていなかったが、2005年に、日本内科学会において、MSの診断基準がわが国でも初めて示された。そのMSの診断基準によれば、ウエストが規定値(男性で85センチ、女性で90センチ)以上であり、かつ、(a)最高血圧が130以上か、最低血圧が85以上、(b)空腹時の血糖値が110以上、(c)中性脂肪が150以上、またはHDL−コレステロールが40未満、の3項目のうち、2項目以上当てはまる場合に、MSであると診断される。また、MSの診断基準は、これ以外にも世界保健機構(WHO)による診断基準などが存在する。
【0006】
上記の診断基準は、あくまでも、MSを発症した後に、MSであることを診断するためのものであるが、MSは、生活習慣の改善により、発症を未然に防ぐことが可能な疾患である。つまり、MSを発症する前に、将来的にMSとなる可能性を判定することができれば、その判定結果を受けて、生活習慣の改善を図り、MSの発症を未然に防ぐことができる。
【0007】
そこで、将来、MSになる可能性を判定する方法の開発が求められており、これまでに例えば、クロトー(Kloth、クロソともいう)遺伝子中の多型を検出する方法が提案されている(特許文献1を参照)。具体的には、特許文献1では、クロトー遺伝子の遺伝子型を決定し、当該遺伝子型がリスク遺伝子型を含むかどうかを決定することにより、MSの素因を診断する方法が開示されている。
【特許文献1】特表2003−514513号公報(平成15(2003)年4月22日公開)
【非特許文献1】Kuro-o et al. Nature, 390, 45-51 (1997)
【非特許文献2】Christopher D. Kontos et al., Tyrosine 1101 of Tie2 is the major site of association of p85 and is required for activation of phosphatidylinositol 3-kinase and Akt, Molecular and Cellular Biology, 18, 4131-4140 (1998)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
MSの発症、または将来的に発症する可能性を判定する方法として、特許文献1に開示されているような分子生物学的手法を用いれば、迅速に、正確な診断を行うことができる。しかしながら、特許文献1に開示されるクロトー遺伝子は、マウスにおいて、いくつかの加齢表現型の抑制に関与している遺伝子として同定されたものである(非特許文献1を参照)。さらに、ヒトクロトー遺伝子についても、閉経後女性における老人性骨粗鬆症の進行に関わっていることが示唆されている(特許文献1を参照)。つまり、クロトー遺伝子はMSとの直接的な因果関係が科学的に証明された遺伝子ではないため、これを指標とするのみでは、MSの発症可能性を診断するのは十分とはいえない。
【0009】
また、一般的に、疾患は、原因遺伝子が単一であることは少なく、複数の原因遺伝子が複雑に絡み合って発症することが多いため、遺伝子の多型を用いて疾患の発症もしくは発症可能性を判定するには、複数の遺伝子の多型を指標とすることが有効であると考えられている。そこで、MSについても、発症もしくは発症可能性を判定(診断)するための新たな遺伝子の多型を同定することが求められている。
【0010】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、MSの発症との関連のある遺伝子の多型を同定し、MSの診断および予防を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題に鑑み鋭意検討した結果、アンギオポエチン−1遺伝子(以下、「Ang−1遺伝子」ともいう)の遺伝子型により、MSを発症する頻度が異なることを独自に見出し、本発明を完成させるに至った。
【0012】
すなわち、本発明にかかるMSの発症または発症可能性の判定方法は、生体から分離された試料を用いて、配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるアンギオポエチン−1タンパク質(以下、「Ang−1タンパク質」ともいう)をコードする遺伝子において、上記アンギオポエチン−1の第269番目のアミノ酸にあたるグリシンをコードする3塩基の挿入の有無を決定する工程を含むことを特徴としている。
【0013】
また、本発明にかかるMSの発症または発症可能性の判定方法は、生体から分離された試料を用いて、配列番号2に示される塩基配列をオープンリーディングフレーム(open reading frame;以下、「ORF」ともいう)領域として有するAng−1遺伝子の上記塩基配列中第805〜807番目の塩基にあたる「GGT」(GおよびTは、それぞれ、グアニンおよびチミンを表す)の3塩基の挿入の有無を決定する工程を含むことを特徴としている。
【0014】
さらに、本発明にかかるMSの発症または発症可能性の判定方法は、Ang−1タンパク質の多型を検出する工程を含むことを特徴としている。
【0015】
本発明にかかるMSの発症または発症可能性の判定キットは、(a)配列番号2に示される塩基配列をオープンリーディングフレーム領域として有する遺伝子の上記塩基配列中第805〜807番目にあたる塩基を含む領域を増幅するためのプライマー、(b)配列番号2に示される塩基配列をオープンリーディングフレーム領域として有する遺伝子の上記塩基配列中第805〜807番目にあたる塩基を含む領域に結合するプローブ、および、(c)配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質、または、当該タンパク質の第269番目のアミノ酸にあたるグリシンが欠失したタンパク質のいずれか一方のみを認識する抗体のうち、少なくとも1つを含み、かつ、上記メタボリックシンドロームの発症または発症可能性の判定方法のいずれかを利用することを特徴としている。
【0016】
本発明にかかるMSの予防薬剤は、配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質を有する者を投与対象とし、上記タンパク質の第269番目のアミノ酸にあたるグリシンが欠失したタンパク質もしくは当該タンパク質をコードするDNA、当該タンパク質がリガンドとなるレセプタータンパク質のアゴニストとしての低分子化合物、またはAng−1遺伝子のモジュレーターを含有することを特徴としている。
【発明の効果】
【0017】
以上のように、本発明によれば、Ang−1遺伝子またはその翻訳産物であるタンパク質の多型と、MS発症との因果関係を利用して、MSの発症または発症可能性を判定することができる。それゆえ、MSの発症または発症可能性を簡便かつ高精度に判定することができるという効果を奏する。さらに、Ang−1遺伝子またはその翻訳産物であるタンパク質の多型のうち、MS発症のリスクの少ない型のAng−1遺伝子またはその翻訳産物であるタンパク質を用いることにより、MSの予防方法や予防薬剤の開発への応用も可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明の実施形態について、説明すると以下の通りであるが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0019】
なお、本明細書において、特に断らない限り、A、C、GおよびTは、アデニン、シトシン、グアニンおよびチミンの各塩基を示す。また、アミノ酸およびアミノ酸残基は、IUPACおよびIUBの定める1文字表記または3文字表記を使用する。
【0020】
<1.アンギオポエチン−1遺伝子およびアンギオポエチン−1タンパク質>
本明細書において、「Ang−1遺伝子」および「Ang−1タンパク質」とは、塩基配列データベース上でアンギオポエチン−1遺伝子として公開されている塩基配列を有する遺伝子、および該遺伝子の翻訳産物であるタンパク質の総称である。また、Ang−1タンパク質には、各種データベース上でアンギオポエチン−1タンパク質としてアミノ酸配列が公開されているタンパク質が含まれる。
【0021】
例えば、(a)配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質、NCBIアクセション番号BAB91325およびNP_001137に登録されるアミノ酸配列からなるタンパク質、並びにこれらのタンパク質をコードする遺伝子が挙げられる。
【0022】
配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質は、その配列中第269番目のアミノ酸としてグリシンをもったタンパク質である。一方、NCBIアクセション番号BAB91325に登録されるアミノ酸配列からなるタンパク質は、当該グリシンを有さないタンパク質である。
【0023】
また、配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質は、配列番号2に示される塩基配列をORF領域として有する遺伝子にコードされている。なお、本明細書において、「ORF領域」とは、開始コドンから終始コドンまでの領域、またはその一部を指す。上記遺伝子は、配列番号2に示される塩基配列中、第805〜807番目の塩基として「GGT」の3塩基をもっている。この3塩基が、配列番号1に示されるアミノ酸配列中、第269番目のアミノ酸であるグリシンをコードする塩基に相当する。配列番号2に示される塩基配列をORF領域として有する遺伝子としては、Ang−1遺伝子のcDNAとしてGenBankに登録されている塩基配列(アクセッション番号:U83508)が該当する。なお、上記配列番号2中の第805〜807番目の塩基は、上記塩基配列(アクセッション番号:U83508)の第1114〜1116番目の塩基に相当する。
【0024】
NCBIアクセション番号BAB91325に登録されるアミノ酸配列からなるタンパク質は、GenBankに登録されている塩基配列(アクセッション番号:AB084454)をORF領域として有する遺伝子にコードされている。当該遺伝子は、上記配列番号2に示される塩基配列中、第805〜807番目の塩基にあたる「GGT」の3塩基が欠失している。その結果、その翻訳産物であるタンパク質は、上記配列番号1に示されるアミノ酸配列の第269番目のアミノ酸にあたるグリシンが欠失している。
【0025】
さらに、本発明にかかるAng−1遺伝子およびAng−1タンパク質として、(b)配列番号1のアミノ酸配列、もしくはNCBIアクセション番号BAB91325およびNP_001137に登録されるアミノ酸配列において、1個または数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列からなり、かつAng−1の機能を有するタンパク質、および該タンパク質をコードする遺伝子が挙げられる。
【0026】
上記「1個または数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加された」とは、(1)天然において、1個または数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたとの意味と、(2)部位特異的突然変異誘発法等の公知の変異ペプチド作製法により置換、欠失、挿入、および/または付加できる程度の数(好ましくは10個以下、より好ましくは7個以下、さらに好ましくは5個以下)のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたとの意味との両方を表すものである。つまり、上記(b)のタンパク質は、上記(a)のタンパク質の変異タンパク質と考えることもできるし、また、上記(a)のタンパク質の多型と考えることもできる。
【0027】
また、本発明にかかるAng−1遺伝子は、塩基配列(アクセッション番号:AB084454)、および上記配列番号2に示される塩基配列の一部に、1個または複数の塩基が挿入、置換、および/または欠失された塩基配列をOFR領域として有する遺伝子であってもよい。ここにおいても、「1個または複数の塩基が挿入、置換、および/または欠失された塩基配列」は、天然に生じてもよいし、人為的な変異導入により生じてもよい。
【0028】
さらに、本発明にかかるAng−1遺伝子として、配列番号2に示される塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントなハイブリダイゼーション条件下でハイブリダイズし、かつAng−1の機能を有するタンパク質をコードする遺伝子が挙げられる。
【0029】
上記「ストリンジェントなハイブリダイゼーション条件下でハイブリダイズ」するとは、少なくとも90%の同一性、好ましくは少なくとも95%の同一性、最も好ましくは少なくとも97%の同一性が配列間に存在するときにのみハイブリダイゼーションが起こることを意味する。「ストリンジェントなハイブリダイゼーション条件」の具体的な例として、例えば、ハイブリダイゼーション溶液(50%ホルムアミド、5×SSC(150mMのNaCl、15mMのクエン酸三ナトリウム)、50mMのリン酸ナトリウム(pH7.6)、5×デンハート液、10%硫酸デキストラン、および20μg/mlの変性剪断サケ精子DNAを含む)中にて42℃で一晩インキュベーションした後、約65℃にて0.1×SSC中でフィルターを洗浄する条件を挙げることができる。また、上記ハイブリダイゼーションは、J.Sambrook et al. Molecular Cloning,A Laboratory Manual,2d Ed.,Cold Spring Harbor Laboratory(1989)に記載されている方法等、従来公知の方法で行うことができ、特に限定されるものではない。通常、温度が高いほど、塩濃度が低いほどストリンジェンシーは高くなる(ハイブリダイズし難くなる)。
【0030】
なお、本明細書において、「遺伝子」とは、「ポリヌクレオチド」、「核酸」または「核酸分子」と交換可能に使用される。「ポリヌクレオチド」はヌクレオチドの重合体を意味する。したがって、本明細書での用語「遺伝子」には、2本鎖DNAのみならず、それを構成するセンス鎖およびアンチセンス鎖といった各1本鎖DNAやRNA(mRNA等)を包含する。アンチセンス鎖は、プローブとしてまたはアンチセンス薬剤として利用できる。「DNA」には、例えばクローニングや化学合成技術、またはそれらの組み合わせで得られるようなcDNAやゲノムDNA等が含まれる。すなわち、DNAとは、ゲノム中に含まれる形態であるイントロンなどの非コード配列を含む「ゲノム」型DNAであってもよいし、また逆転写酵素やポリメラーゼを用いてmRNAを経て得られるcDNA、すなわちイントロンなどの非コード配列を含まない「転写」型DNAであってもよい。さらに、本発明にかわる遺伝子は、上記(a)または(b)に記載のアミノ酸配列をコードする塩基配列以外に、非翻訳領域(UTR)の配列やベクター配列(発現ベクター配列を含む)などの配列を含むものであってもよい。また、これらのmRNAまたはcDNAの翻訳領域の末端および/または内部に調節配列やポリアデニル配列等の任意のポリヌクレオチドが含まれていてもよい。なお、本明細書において、「核酸」なる語には、任意の単純ヌクレオチドおよび/または修飾ヌクレオチドからなるポリヌクレオチド、例えばcDNA、mRNA、全RNA、およびhnRNA等が含まれる。「修飾ヌクレオチド」には、イノシン、アセチルシチジン、メチルシチジン、メチルアデノシン、メチルグアノシンを含むリン酸エステルの他、紫外線や化学物質の作用で後天的に発生し得るヌクレオチドも含まれる。
【0031】
また、本明細書において、「塩基配列」とは、「核酸配列」と交換可能に使用され、デオキシリボヌクレオチドの配列として示される。また、ポリヌクレオチドまたはポリヌクレオチドの「塩基配列」は、DNA分子またはポリヌクレオチドに対してのデオキシリボヌクレオチドの配列を意図し、そしてRNA分子またはポリヌクレオチドに対してのリボヌクレオチドの対応する配列(ここで特定されるデオキシヌクレオチド配列における各チミジンデオキシヌクレオチド(T)は、リボヌクレオチドのウリジン(U)によって置き換えられる)を意図する。
【0032】
例えば、デオキシリボヌクレオチドの略語を用いて示される「配列番号2または4の配列を有するRNA分子」とは、配列番号2または4の各デオキシヌクレオチドA、GまたはCが、対応するリボヌクレオチドA、GまたはCによって置換され、そしてデオキシヌクレオチドTが、リボヌクレオチドUによって置き換えられる配列を有するRNA分子を示すことを意図する。また、「配列番号2または4に示される塩基配列を含むポリヌクレオチドまたはそのフラグメント」とは、配列番号2または4の各デオキシヌクレオチドA、G、Cおよび/またはTによって示される配列を含むポリヌクレオチドまたはその断片部分を意図する。
【0033】
<2.MSの発症または発症可能性の判定方法>
本発明にかかるMSの発症または発症可能性の判定方法(換言すれば、MSの診断方法)は、Ang−1タンパク質における特定のアミノ酸の有無、または、Ang−1タンパク質をコードする遺伝子もしくはAng−1遺伝子における特定の塩基の有無を決定し、当該アミノ酸または塩基の有無に基づき、MSの発症または発症可能性を判定する方法であればよく、その他の具体的な構成については、特に限定されない。例えば、以下に示す方法が挙げられる。
【0034】
(I)Ang−1タンパク質をコードする遺伝子において、配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質の第269番目のアミノ酸にあたるグリシンをコードする3塩基の挿入の有無を決定する工程を含む方法。
【0035】
(II)Ang−1遺伝子において、配列番号2に示される塩基配列をORF領域として有する遺伝子の上記塩基配列中第805〜807番目の塩基にあたる「GGT」の3塩基の挿入の有無を決定する工程を含む方法。
【0036】
(III)Ang−1タンパク質において、配列番号1示されるアミノ酸配列からなるタンパク質の第269番目のアミノ酸にあたるグリシンの挿入の有無を決定する工程を含む方法。
【0037】
上記(I)〜(III)の方法は、さらに、Ang−1タンパク質をコードする遺伝子の遺伝子型を決定する工程、Ang−1遺伝子の遺伝子型を決定する工程、およびAng−1タンパク質の多型を検出する工程をそれぞれ含むことが好ましい。
【0038】
これらの工程を備えることによって、より精度よく、MSの発症または発症可能性を判定することができる。
【0039】
なお、本明細書において、「遺伝子の多型」とは、同じ遺伝子の塩基配列にいくつかの型があることを意味する。また、「タンパク質の多型」とは、同じタンパク質のアミノ酸配列にいくつかの型があることを意味する。
【0040】
以下、上記(I)〜(III)の方法について、詳細に説明する。なお、上記Ang−1タンパク質およびAng−1遺伝子については、上記<1>項で詳述したので、ここでは、その説明を省略する。
【0041】
〔方法(I)〕
Ang−1タンパク質をコードする遺伝子において、配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質の第269番目のアミノ酸にあたるグリシンをコードする3塩基の挿入の有無を決定する方法は、特に限定されるものでなく、従来公知の方法を用いることができる。具体的には、(A)ゲノムDNAを用いる方法、(B)mRNA(cDNA)を用いる方法を用いることができる。
【0042】
(A)ゲノムDNAを用いる方法
被験者のゲノムは、常法により人体の全ての細胞より得ることが可能であるが、例えば、毛髪、各臓器、末梢リンパ球、滑膜細胞などから得ることができる。また、得られた細胞を培養し、増殖したものから得ることもできる。さらに、末梢血から得ることも可能である。
【0043】
得られたゲノムは、例えば、PCR(Polymerase Chain Reaction)法、NASBA(Nucleic acid sequence based amplification)法、TMA(Transcription-mediated amplification)法およびSDA(Strand Displacement Amplification)法などの通常行われる遺伝子増幅法により増幅して用いることができる。
【0044】
ゲノムDNAを用いて遺伝子型を決定する方法としては、特に限定されるものではないが、例えば、アリル特異的オリゴヌクレオチドプローブ法、オリゴヌクレオチドライゲーションアッセイ(Oligonucleotide Ligation Assay)法、PCR−SSCP法、PCR−CFLP法、PCR−HPFA法、インベーダー法、RCA(Rolling Circle Amplification)法、プライマーオリゴベースエクステンション(Primer Oligo Base Extension)法、タイリング・アレイ法、および変性勾配ゲル電気泳動法などが挙げられる。
【0045】
具体的には、ゲノムから、Ang−1タンパク質をコードする遺伝子における特定領域(例えば、配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質の第269番目のアミノ酸にあたるグリシンをコードする3塩基を含む領域)を増幅後、得られるPCR産物をダイレクトシークエンスすることによって、または、サブクローニングしたのち、当該PCR産物部分をシークエンスすることによって、当該遺伝子の特定領域の塩基配列を決定することができる。すなわち、本実施形態における配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質の第269番目のアミノ酸にあたるグリシンをコードする3塩基の有無を決定することができる。
【0046】
また、上記特定領域をオリゴヌクレオチドプローブに用いることによって、上記特定領域の塩基配列の相違を検出することができる。すなわち、本実施形態における配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質の第269番目のアミノ酸にあたるグリシンをコードする3塩基の有無を決定することができる。このようにプローブに用いる場合としては、例えば、Ang−1遺伝子の特定領域の塩基配列からなるオリゴヌクレオチドをチップ上に固定してDNAチップを構成し、当該DNAチップを遺伝子型解析用に用いるような場合が挙げられる。この場合、オリゴヌクレオチドプローブの長さとしては、上記Ang−1遺伝子の多型領域を含む7〜50ヌクレオチド、あるいは10〜30ヌクレオチドが好ましく、15〜25ヌクレオチドがより好ましい。
【0047】
(B)mRNA(cDNA)を用いる方法
mRNAを利用する場合、例えば、被験者の細胞より抽出したmRNAから逆転写反応によってcDNAを作製し、上記遺伝子の領域を増幅後、上記(A)と同様、増幅断片の塩基配列を直接シークエンスすることにより、またはDNAチップを用いることにより、あるいはRFLP(Restriction Fragment Length Polymorphism)法を用いることにより、遺伝子型を決定できる。
【0048】
上記遺伝子の特定領域(例えば、配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質の第269番目のアミノ酸にあたるグリシンをコードする3塩基を含む領域)の増幅に用いるプライマーとしては、特に限定されるものではないが、例えば、以下のプライマーの組み合わせによりcDNAを鋳型とした増幅反応が可能である。
センスプライマー1:5’-CCACCAACAACAGTGTCCTT-3’(配列番号3)
センスプライマー2:5’-CAACCTTGTCAATCTTTGC-3’(配列番号4)
センスプライマー3:5’-GCTGGCAGTACAATGACAG-3’(配列番号5)
アンチセンスプライマー1:5’-TCAAAAATCTAAAGGTCGAAT-3’(配列番号6)
アンチセンスプライマー2:5’-CAGCTTGATATACATCTGCACAG-3’(配列番号7)
なお、本発明において使用されるプライマーおよびプローブは、常法により、DNAシンセサイザーなどにより作製することができる。
【0049】
また、配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質の第269番目のアミノ酸にあたるグリシンをコードする3塩基の有無は、上記の増幅断片、またはゲノムDNAを適当な制限酵素を使用し、切断されるゲノム断片のサイズの違いをサザンブロッティングなどで検出することによっても決定することができる。
【0050】
本発明にかかるMSの発症または発症可能性の判定方法においては、決定した上記3塩基の有無によって、当該3塩基を有する遺伝子を有する者では、MSを発症しやすく、逆に、当該3塩基を欠失する遺伝子を有する者では、MSを発症しにくいと判定することができる(後述の実施例を参照)。
【0051】
また、上記Ang−1タンパク質をコードする遺伝子の遺伝子型を決定する工程では、配列番号1示されるアミノ酸配列からなるタンパク質の第269番目のアミノ酸にあたるグリシンをコードする3塩基が欠失した遺伝子を、ホモで有するか、ヘテロで有するか、それとも有さないかを決定する。なお、Ang−1タンパク質をコードする遺伝子の遺伝子型は、上記3塩基の有無を決定する方法を用いることにより決定することができる。この場合、上記「Ang−1タンパク質をコードする遺伝子における特定領域」を「Ang−1タンパク質をコードする遺伝子における多型領域」と読み替えればよい。また、本明細書において、上記「多型領域」とは、当該遺伝子の多様性が出現する座または位置を含む領域を意味するものである。
【0052】
当該工程を備えることにより、MSの発症または発症可能性の判定精度をより高めることができる。具体的には、Ang−1遺伝子の遺伝子型が、当該3塩基を欠失するAng−1遺伝子(以下、「3塩基欠失型Ang−1遺伝子」ともいう)をホモで有する遺伝子型の場合、MSを発症している可能性または将来発症する可能性は低いと判定することができる。一方、3塩基挿入型Ang−1遺伝子をホモで有する遺伝子型である場合には、MSを発症している可能性または将来発症する可能性が高いと判定することができる。また、当該3塩基を有するAng−1遺伝子(以下、「3塩基挿入型Ang−1遺伝子」ともいう)と3塩基欠失型Ang−1遺伝子とをヘテロで有する遺伝子型の場合は、MSを発症している可能性または将来発症する可能性が中程度と判定することができる。
【0053】
このように、本構成によれば、被験者のMSの診断(発症または発症可能性の判定)を正確かつ簡便に行うことができる。
【0054】
〔方法(II)〕
Ang−1遺伝子において、配列番号2に示される塩基配列をORF領域として有する遺伝子の上記塩基配列中第805〜807番目の塩基にあたる「GGT」の3塩基の挿入の有無を決定する方法は特に限定されるものではない。例えば、上記方法(I)における3塩基の挿入の有無を決定する方法と同様の方法を用いることができる。上記方法(I)の説明したところの、「Ang−1タンパク質をコードする遺伝子の特定領域」は、本実施形態においては、Ang−1遺伝子の特定領域と読み替えばよい。本発明において、Ang−1タンパク質をコードする遺伝子の特定領域は、配列番号2に示される塩基配列をORF領域として有する遺伝子の上記塩基配列中第805〜807番目の塩基にあたる「GGT」の3塩基を含む領域であることが好ましい。
【0055】
本発明にかかるMSの発症または発症可能性の判定方法においては、決定した上記3塩基の有無によって、当該3塩基を有する遺伝子を有する者では、MSを発症しやすく、逆に、当該3塩基を欠失する遺伝子を有する者では、MSを発症しにくいと判定することができる(後述の実施例を参照)。
【0056】
また、上記Ang−1遺伝子の遺伝子型を決定する工程では、配列番号2に示される塩基配列をORF領域として有する遺伝子の上記塩基配列中第805〜807番目の塩基にあたる「GGT」の3塩基を欠失する遺伝子をホモで有するか、ヘテロで有するか、それとも有さないかを決定する。なお、Ang−1遺伝子の遺伝子型は、上記3塩基の有無を決定する方法を用いることにより決定することができる。この場合、上記「Ang−1タンパク質をコードする遺伝子における特定領域」を「Ang−1遺伝子における多型領域」と読み替えればよい。
【0057】
上記Ang−1遺伝子の遺伝子型を決定する工程を備えることにより、MSの発症または発症可能性の判定精度をより高めることができる。具体的には、Ang−1遺伝子の遺伝子型が、当該3塩基を欠失するAng−1遺伝子(以下、「3塩基欠失型Ang−1遺伝子」ともいう)をホモで有する遺伝子型の場合、MSを発症している可能性または将来発症する可能性は低いと判定することができる。一方、当該3塩基を有するAng−1遺伝子(以下、「3塩基挿入型Ang−1遺伝子」ともいう)をホモで有する遺伝子型である場合には、MSを発症している可能性または将来発症する可能性が高いと判定することができる。また、3塩基挿入型Ang−1遺伝子と3塩基欠失型Ang−1遺伝子とをヘテロで有する遺伝子型の場合は、MSを発症している可能性または将来発症する可能性が中程度と判定することができる。なお、上記「中程度」とは、3塩基欠失型Ang−1遺伝子をホモで有する遺伝子型の場合の可能性と3塩基挿入型Ang−1遺伝子をホモで有する遺伝子型の場合の可能性との間との意味である。
【0058】
このように、本構成によれば、被験者のMSの診断(発症または発症可能性の判定)を正確かつ簡便に行うことができる。
【0059】
〔方法(III)〕
上記のAng−1タンパク質において、配列番号1示されるアミノ酸配列からなるタンパク質の第269番目のアミノ酸にあたるグリシンの挿入の有無を決定する方法についても特に限定されるものではなく、従来公知の方法を用いることができる。
【0060】
例えば、被験者の細胞より調製したタンパク質を利用する場合、一般的なタンパク質のシークエンス方法に準じ、Ang−1タンパク質のアミノ酸配列を決定し、そのアミノ酸配列をもとに、上記グリシンの有無を検出することができる。また、上記グリシンを有するAng−1タンパク質または上記グリシンを有さないAng−1タンパク質のみを認識する抗体を作製し、ELISA法やウェスタンブロット法などの免疫化学的手法を用いて検出する方法を用いることができる。さらに、タンパク質を単離し、直接または必要に応じ、酵素等で切断し、プロテインシークエンサーを利用して検出する方法、アミノ酸の等電点を指標に検出する方法および質量分析により測定される質量の差から検出する方法を用いることができる。これら例示した方法のうち、簡便で、精度が高いことから、特定のAng−1タンパク質のみを認識する抗体、特に、配列番号1示されるアミノ酸配列からなるタンパク質の第269番目のアミノ酸にあたるグリシンの有無を検出する抗体を作製し、ELISA法でAng−1タンパク質の当該グリシンの有無を検出する方法が好ましい。
【0061】
本発明にかかるMSの発症または発症可能性の判定方法においては、決定した上記グリシンの有無によって、当該グリシンを有するタンパク質を有する者では、MSを発症しやすく、逆に、当該グリシンを欠失するタンパク質を有する者では、MSを発症しにくいと判定することができる。
【0062】
また、上記Ang−1タンパク質の多型を検出する工程では、被験者が、上記グリシンを有さないAng−1タンパク質のみを有するのか、上記グリシンを有するAng−1タンパク質のみを有するのか、それとも上記グリシンを有するAng−1タンパク質と上記グリシンを有さないAng−1タンパク質との両方を有するのかを判別する。
【0063】
上記Ang−1タンパク質の多型を検出する方法は、特に限定されるものではない。例えば、上記グリシンを有するAng−1タンパク質のみを認識する抗体と、上記グリシンを有さないAng−1タンパク質のみを認識する抗体とを用いて、上記例示したような免疫化学的手法により、上記多型を検出することができる。また、質量分析法により、上記タンパク質の多型を検出することができる。
【0064】
上記Ang−1タンパク質の多型を検出する工程を備えることにより、MSの発症または発症可能性の判定精度をより高めることができる。具体的には、上記グリシンが欠失した型のAng−1タンパク質(以下、「グリシン欠失型Ang−1タンパク質」ともいう)しか検出されなかった場合は、MSを発症している可能性または将来発症する可能性は低いと判定することができる。一方、上記グリシンが挿入された型のAng−1タンパク質(以下、「グリシン挿入型Ang−1タンパク質」ともいう)のみが検出された場合は、MSを発症している可能性または将来発症する可能性は高いと判定することができる。また、上記グリシンを挿入された型と欠失した型との両方の型のAng−1タンパク質が検出された場合には、MSを発症している可能性または将来発症する可能性が中程度と判定することができる。
【0065】
このように、上記構成によれば、MSの診断(発症またはその発症可能性の判定)を正確かつ簡便に行うことができる。
【0066】
なお、上記タンパク質の調製方法は、特に限定されず、被験者のあらゆる組織、細胞などから従来公知の方法で調製することができる。特に、Ang−1タンパク質の含有量が多い組織から調製することが好ましい。
【0067】
また、上記(I)〜(III)のいずれの方法においても、上記被験者は、特に限定されるものではないが、内臓脂肪型肥満の者、または耐糖能異常、高中性脂肪血症、もしくは高血圧症のいずれかを患っている者、あるいはMSを発症している者が好ましい。
【0068】
さらに、本発明にかかるMSの発症またはその発症の可能性の判定方法が適用されるサンプルは、人体等の生体から分離された試料であればよく、上記例示されたものに限定されるものではない。
【0069】
また、本発明にかかるMSの発症または発症可能性の判定方法は、MSの発症または発症可能性を判定する方法としてだけではなく、MSを発症している患者に適用することによって、その予後を判定(予測)する方法として用いることもできる。具体的には、Ang−1遺伝子の遺伝子型が、3塩基欠失型Ang−1遺伝子をホモで有する遺伝子型の場合、MSの予後がよいと判定することができる。一方、3塩基挿入型Ang−1遺伝子をホモで有する遺伝子型である場合には、MSの予後が悪いと判定することができる。また、3塩基挿入型Ang−1遺伝子と3塩基欠失型Ang−1遺伝子とをヘテロで有する遺伝子型の場合は、MSの予後は、3塩基挿入型Ang−1遺伝子をホモで有する遺伝子型である場合と3塩基欠失型Ang−1遺伝子をホモで有する遺伝子型の場合との間(中程度)と判定することができる。
【0070】
一方、タンパク質を用いる方法(上記方法(III))では、グリシン欠失型Ang−1タンパク質しか検出されなかった場合は、MSの予後はよいと判定することができる。一方、グリシン挿入型Ang−1タンパク質のみが検出された場合は、MSの予後は悪いと判定することができる。また、上記グリシンを挿入された型と欠失した型との両方の型のAng−1タンパク質が検出された場合には、MSの予後は、中程度と判定することができる。
【0071】
<3.MSの発症またはその発症可能性の判定キット>
本発明にかかるMSの発症または発症可能性の判定キット(換言すれば、MSの診断キット)は、上記の遺伝子またはタンパク質における特定の塩基またはアミノ酸の有無、より好ましくは上記の遺伝子またはタンパク質の多型、を検出できる試薬を少なくとも含んでいればよく、その他の構成は特に限定されるものではない。そのような試薬としては、例えば、プライマー、プローブ、および抗体などを挙げることができる。これらの試薬は、単独で含まれてもよく、また、複数の組み合わせで含まれていてもよい。さらに、上記判定キットは、上記例示する試薬に加えて、その他の試薬を組み合わせることによっても得ることができる。
【0072】
具体的には、ゲノムDNAまたはmRNA(cDNA)を用いた遺伝子における特定の塩基の有無、好ましくは遺伝子の多型、を検出するキットとしては、当該遺伝子の特定領域、好ましくは多型領域、を増幅できるように設計されたプライマーを含み、さらに、特定の塩基、好ましくは多型、を検出できるように設計されたプローブ、制限酵素、マクサムギルバート法およびサンガー法などの塩基配列決定法に利用される試薬など、特定の塩基、好ましくは多型、を検出するために必要な試薬を1つ以上組み合わせたキットが挙げられる。なお、かかる試薬は、採用される検出方法に応じて適宜選択採用されるが、例えば、dATP、dUTP、dTTP、dGTP、DNA合成酵素、RNA合成酵素、プローブなど標識するために使用する試薬(例えば、標識がビオチンの場合には、アビジン酵素結合物および酵素基質および発色団)等を挙げることができる。さらに、多型の検出の妨げとならない適当な緩衝液および洗浄液等が含まれていてもよい。
【0073】
プライマーを含むキットの場合、プライマーは、標的遺伝子(例えば、本実施形態におけるAng−1遺伝子)の特定の領域、好ましくは多型領域、を増幅できるものであれば特に限定されるものではなく、例えば上記配列番号3〜7に示されるプライマーから選択して用いることができる。
【0074】
また、プローブを含むキットの場合、プローブは、標的遺伝子(例えば、本実施形態におけるAng−1遺伝子)の特定の領域、好ましくは多型領域、に結合できるものであれば、特に限定されるものではない。
【0075】
さらに、タンパク質のおける特定のアミノ酸の有無、好ましくはタンパク質の多型、を検出するキットとしては、例えば、本発明にかかるタンパク質のうち、特定の型のみを認識する抗体を含み、さらに、当該抗体を用いて、本発明にかかるタンパク質における特定のアミノ酸の有無、好ましくは当該タンパク質の多型を検出するために用いる試薬や器具、例えば、抗体を標識するために使用する試薬(例えば、標識がビオチンの場合には、アビジン酵素結合物および酵素基質および発色団)、上記抗体を1次抗体として用いる場合、それに対応する2次抗体、ブロッキング試薬、タイタープレート、緩衝液や洗浄液などを含むキットなどが挙げられる。上記抗体としては、上記<2>項で例示した抗体を用いることができる。
【0076】
これらの判定キットを使用することにより、上記<2>の項で述べたように、MSの診断(発症またはその発症可能性の判定)を正確かつ簡便に行うことができる
また、本発明にかかるMSの発症またはその発症可能性の判定キットが適用される被験者は特に限定されるものではないが、内臓脂肪型肥満の者、または耐糖能異常、高中性脂肪血症、もしくは高血圧症のいずれかを患っている者、あるいはMSを発症している者が好ましい。
【0077】
さらに、本発明にかかるMSの発症または発症可能性の判定キットは、上述のMSの発症または発症可能性の判定方法のように、MSを発症している患者に適用すれば、MSの予後の判定キット(換言すれば、MSの予後診断キット)として、用いることができる。
【0078】
<4.MSの発症の予防方法および予防薬剤>
後述する実施例に示すように、Ang−1タンパク質には、MSを発症しやすい型のAng−1タンパク質とMSを発症しにくい型のAng−1タンパク質とが存在する。そのうち、後述の実施例に示す3塩基挿入型Ang−1遺伝子の翻訳産物であるタンパク質、すなわち、グリシン挿入型Ang−1タンパク質は、MSの発症の一要因となるタンパク質である。一方、3塩基欠失型Ang−1遺伝子の翻訳産物であるタンパク質、すなわちグリシン欠失型Ang−1タンパク質は、MSの発症を抑制する効果をもつ。したがって、本発明にかかるタンパク質の多型を利用することにより、MSの発症を予防することができる。すなわち、本発明は、(A)MSの予防方法、および(B)MSの予防薬剤を提供する。
【0079】
(A)MSの予防方法
本発明にかかるMSの予防方法は、MSを発症しやすい型のAng−1タンパク質、例えば、グリシン挿入型Ang−1タンパク質を有する者に、MSの予防、発症時期の遅延または発症したときの症状の緩和を目的として適用するものである。具体的には、例えば、グリシン欠失型Ang−1タンパク質もしくは当該タンパク質をコードするDNA、または、当該グリシン欠失型Ang−1タンパク質がリガンドとなるレセプタータンパク質のアゴニストとしての低分子化合物を補完する方法が挙げられる。また、本発明にかかる遺伝子のモジュレーターを投与する方法を用いることもできる。
【0080】
上記本発明にかかる遺伝子のモジュレーターの例には、遺伝子発現ならびに発現遺伝子産物の活性および/または量に影響をおよぼす化合物および物質が含まれるが、これらに限定されるものではない。本発明における使用に適した一般的なモジュレーターには、例えば、本発明にかかる遺伝子またはその遺伝子産物のいずれかのアゴニストおよび/またはアンタゴニスト;本発明にかかる遺伝子の発現もしくは機能に対する高分子または低分子阻害剤;本発明にかかる遺伝子または転写物に対するアンチセンスオリゴヌクレオチドを含むアンチセンス配列;抗体;オリゴマー形成に関与する本発明にかかる遺伝子産物のドミナント・ネガティブ体を含む本発明にかかる遺伝子産物の結合蛋白質;および本発明にかかる遺伝子産物のキナーゼ、またはそれらの断片、変異体および誘導体が含まれる。
【0081】
また、本発明にかかるモジュレーターとして、本発明にかかる遺伝子のmRNAに結合し、その転写を妨げる、または低下させるアンチセンスオリゴヌクレオチドを用いることができる。上記アンチセンスオリゴヌクレオチドは、例えば、細胞によって産生された本発明にかかる遺伝子のmRNAと混合して、2重鎖を形成する。これらの2重鎖は、その後、そのmRNAのそれ以上の転写およびその翻訳のいずれをもブロックできる。それゆえ、本発明にかかるタンパク質の活性および/または量を低下させることができる。
【0082】
上記のタンパク質、DNA、低分子化合物、およびモジュレーターは、予防的、すなわちMSと診断される前に投与されてもよいし、MSであると診断された後に投与されてもよい。また、投与経路は、特に限定されるものではないが、一般的な投与経路として、経口、直腸、静脈内、非経口、筋肉内および皮下経路が挙げられる。また、DNAまたはRNAのいずれかとして投与される場合、すなわち遺伝子治療の形態で投与される場合、リポゾーム、ウイルスベクターまたは被覆粒子(遺伝子銃)など従来公知の方法を用いて、直接的に細胞中に運搬できる。
【0083】
(B)MSの予防薬剤
本発明にかかるMSの予防薬剤は、MSを発症しやすい型のAng−1タンパク質、例えば、グリシン挿入型Ang−1タンパク質を有する者に、MSの予防、発症時期の遅延または発症したときの症状の緩和を目的として用いられる予防薬剤である。例えば、グリシン欠失型Ang−1タンパク質または当該グリシン欠失型Ang−1タンパク質をコードするDNA、あるいは、当該グリシン欠失型Ang−1タンパク質がリガンドとなるレセプタータンパク質のアゴニストとしての低分子化合物を含有する薬剤や、上記「(A)MSの予防方法」で例示した本発明にかかる遺伝子のモジュレーターを含有する薬剤が挙げられる。これら薬剤の投与方法は、特に限定されるものではなく、上記「(A)MSの予防方法」で例示した方法を用いることができる。
【0084】
また、本発明にかかるタンパク質がリガンドとなるレセプタータンパク質としては、例えば、Tie−2受容体が挙げられる。Ang−1タンパク質がTie−2受容体のリガンドであることは、例えば、非特許文献2などに開示されている。したがって、このTie−2受容体のアゴニストとして作用する低分子化合物を経口または静注などによって体内に投与することは、MSの予防方法として有効であると考えられる。なお、ここでいう低分子化合物とは、ペプチドなどのタンパク質をも含むものである。
【0085】
また、グリシン欠失型Ang−1タンパク質または当該グリシン欠失型Ang−1タンパク質をコードするDNAと、上記レセプタータンパク質のアゴニストとしての低分子化合物とは、予防薬剤として択一的に使用されるだけでなく、組み合わせて使用することも可能である。
【0086】
また、本発明にかかるMSの発症に対する予防方法もしくは予防薬剤が適用される被験者は特に限定されるものではないが、MSであると診断された者、MSの可能性があると診断された者、または本発明にかかる判別方法によってMSを発症する可能性が高い遺伝子型であると判定された者であることが好ましい。
【0087】
なお本発明は、以上例示した各構成に限定されるものではなく、特許請求の範囲に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術範囲に含まれる。
【実施例】
【0088】
本発明について、実施例および図1〜8に基づいてより具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。当業者は本発明の範囲を逸脱することなく、種々の変更、修正、および改変を行うことができる。なお、以下の実施例におけるAng−1遺伝子の遺伝子型は次のようにして評価した。
【0089】
〔Ang−1遺伝子の遺伝子型の評価方法〕
(1)配列分析
被験者の末梢血を、公知の方法によりEDTA採血した。採血した上記末梢血からRNA isolation kit (GENTRA SYSTEMS, MN)を用いて、トータルRNAを単離した。単離した上記トータルRNAから公知の方法により、Oligo dTプライマーによる逆転写反応を行い、cDNAを合成した。そして、Ang−1遺伝子のエクソン4から5にかけて設定したプライマーを用いて、RT−PCR法により増幅断片を得た。なお、上記の反応に使用したプライマーは、以下に示すとおりである。
センスプライマーF2−2:5’-CCACCAACAACAGTGTCCTT-3’(配列番号3)
センスプライマーF2−4:5’-CAACCTTGTCAATCTTTGC-3’(配列番号4)
アンチセンスプライマーR1186:5’-CAGCTTGATATACATCTGCACAG-3’(配列番号7)
また、上記センスプライマーF2−2およびF2−4、ならびに上記アンチセンスプライマーR1186の設定位置については、図1に示すとおりである。
【0090】
さらに、上記RT−PCRにおける増幅条件は以下の通りである。まず、上記合成cDNAを鋳型に、上記センスプライマーF2−2およびアンチセンスプライマーR1186をプライマーに用いて、RT−PCRによる断片増幅を行った。
【0091】
上記RT−PCRにおける反応液は、cDNA、1×PCR−Buffer II(Applied Biosystems)、1.5mM MgCl、0.2mM のdATP、dTTP、dGTPおよびdCTP、200nM のそれぞれのプライマー、2.5UのAmpliTaq Gold DNA-Polymerase (Applied Biosystems)を含むように調製した。
【0092】
さらに、上記RT−PCRの反応条件は、95℃で12分の行程を1サイクル、94℃で30秒、50℃で30秒および72℃で1分の行程を30サイクルとした。
【0093】
以上の条件によりRT−PCRを行った後、得られたPCR産物1μlを鋳型とし、プライマーに上記センスプライマーF2−4およびアンチセンスプライマーR1186を用いて、上記の反応液組成および反応条件でPCRを行い、増幅断片を得た。
【0094】
その結果、得られた増幅断片をエタノール沈殿により精製した。次に、上記センスプライマーF2−4とBigDye Terminator(Applied Biosystems, CA)とを用いたダイターミネーター法によって、精製した増幅断片から配列分析用の試料を調製した。その後、蛍光DNAシークエンサー(ABI377、Applied Biosystems)にて、その試料の配列分析を行った。配列解析により決定した上記増幅断片の配列を、配列番号1に示される塩基配列と比較することにより、Ang−1遺伝子の遺伝子型を評価することとした(図2右側パネルを参照)。塩基番号805からシークエンスフェログラム(波形シグナル)の重複が認められる場合、3塩基挿入型Ang−1遺伝子と3塩基欠失型Ang−1遺伝子とがヘテロで存在すると判定することとした(図2右側パネル下段を参照)。
【0095】
なお、図2中、「−/−」、「+/+」、および「+/−」は、それぞれ、3塩基欠失型Ang−1遺伝子がホモで検出された場合、3塩基挿入型Ang−1遺伝子がホモで検出された場合、および3塩基欠失型Ang−1遺伝子と3塩基挿入型Ang−1遺伝子とがヘテロで検出された場合を意味する。
【0096】
(2)鎖長分析
上記の配列分析の場合と同様の方法で増幅断片を得た。ただし、鎖長分析では、上記センスプライマーF2−4はTET蛍光標識したものを用いた。最終PCR反応産物を10倍に希釈した上記増幅断片を含む溶液を用いて、鎖長分析を行った。鎖長分析は上記の希釈された増幅断片を含む溶液を1μl、5mg/ml Blue Dextran、2.5mM EDTA、分子量マーカーGS500 TAMRA(Applied Biosystems)0.3μlを含むホルムアミド液3μlを試料とし、蛍光DNAシークエンサーを用いて行った。
【0097】
鎖長分析では、101塩基もしくは98塩基のピークのいずれが出現するかにより、Ang−1遺伝子の遺伝子型を判定することとした(図2左側パネルを参照)。また、101塩基と98塩基との両方のピークが出現する場合には、ヘテロであると判定することとした(図2左側パネル下段を参照)。
【0098】
〔実施例1〕
MS患者から上記の方法で採血した末梢血を用いて、上記の配列分析および鎖長分析を行った。図3は、配列分析によるAng−1遺伝子の多型解析の結果を示す図である。図3に示すように、Ang−1遺伝子においては、3塩基挿入型および3塩基欠失型の2つの多型が存在することが見出された。なお、同図(左)が3塩基挿入型の解析結果であり、同図(右)が3塩基欠失型の解析結果である。つまり、3塩基挿入型では、「GGT」の3塩基挿入が生じていることが確認でき(図3(左)を参照)、3塩基欠失型では、この3塩基が欠失していることが確認できた(図3(右)を参照)。
【0099】
なお、配列番号2には、このうち3塩基挿入型の遺伝子配列が示されている。この3塩基挿入型では、配列番号2に示されるように、その配列中第805〜807番目の塩基として「GGT」の3塩基が挿入されている。
【0100】
また、上記3塩基挿入型遺伝子の翻訳産物であるタンパク質は、配列番号1に示されるように、そのアミノ酸配列中第269番目のアミノ酸としてグリシンが挿入されている。一方、上記3塩基欠失型遺伝子の翻訳産物であるタンパク質においては、この第269番目のグリシンが欠落している。
【0101】
〔実施例2〕
関節リウマチ(以下、「RA」ともいう)患者、糖尿病性網膜症(以下、「DR」ともいう)患者、混合性結合組織病(以下、「MCTD」ともいう)および健常者から採血した末梢血を用いて、上記方法により、Ang−1遺伝子の遺伝子型を調べた結果を図4に示す。
【0102】
なお、図4において、nは各種被験者の全体数を示し、3塩基欠失型Ang−1遺伝子をホモで有する患者群(図中および以下、「−/−」と示す)、3塩基欠失型Ang−1遺伝子と3塩基挿入型Ang−1遺伝子とをヘテロで有する患者群(図中および以下、「+/−」と示す)、3塩基挿入型Ang−1遺伝子をホモで有する患者群(図中および以下、「+/+」と示す)の数をそれぞれの欄に示している。さらに、括弧内には、各種被験者における上記それぞれの者の割合を示す。
【0103】
図4に示すように、健常者では、「−/−」は11.9%、「+/−」は78.0%、「+/+」は10.1%であった。RA患者では、「−/−」は5.1%、「+/−」は79.0%、「+/+」は24.5%であった。また、DR患者では、「−/−」は25.8%、「+/−」は36.5%、「+/+」は37.9%であった。さらに、MCTD患者では、「−/−」は10.5%、「+/−」は34.2%、「+/+」は55.3%であった。さらに、3塩基挿入型Ang−1遺伝子をホモで有する者について、健常者群と、RA患者群およびDR患者群との間の有意差をカイ2乗検定により解析した。その結果、健常者群とRA患者群との間のP値は10−2、健常者群とDR患者群との間のP値は10−4、健常者群とMCTD患者群との間のP値は10−6であった。
【0104】
〔実施例3〕
DR患者について、年齢、ヘモグロビンA1c(HbA1c)、空腹時血糖(FBS)、および羅病期間を調べた。なお、HbA1c、FBSは、空腹時採血サンプルを用いて、定法に従い、測定した。その結果、各測定項目とも、Ang−1遺伝子の遺伝子型による相違は見られなかった。
【0105】
なお、図5において、3塩基欠失型Ang−1遺伝子をホモで有する患者群(図中および以下、「−/−」と示す)、3塩基欠失型Ang−1遺伝子と3塩基挿入型Ang−1遺伝子とをヘテロで有する患者群(図中および以下、「+/−」と示す)、3塩基挿入型Ang−1遺伝子をホモで有する患者群(図中および以下、「+/+」と示す)における、上記各種測定項目の測定結果をそれぞれの欄に示している。
【0106】
〔実施例4〕
DR患者をさらに、進行度に従い、単純型DR、前増殖型DR、および増殖型DRに分類し、それぞれの進行段階にある患者において、Ang−1遺伝子の遺伝子型を調べた。また、糖尿病であるとの診断を受けた患者であって、合併症としてDRを発症していない患者についても、Ang−1遺伝子の遺伝子型を調べた。その結果を、図6に示す。なお、図6において、SDRは、単純型DR患者を、PPDRは、前増殖型DR患者を、PDRは、増殖型DR患者をそれぞれ表し、さらに、DR(−)は、糖尿病であるとの診断を受けた患者であって、合併症としてDRを発症していない患者を表している。
【0107】
〔実施例5〕
DR患者について、総コレステロール(T−Cho)、HDLコレステロール(HDL−C)、トリグリセリド(TG)、および高血圧症の有無を調べた。なお、総コレステロール(T−Cho)、HDLコレステロール(HDL−Cho)、およびトリグリセリド(TG)は、空腹時採血サンプルを用いて、定法に従い、測定した。その結果を図7に示す。なお、図7において、3塩基欠失型Ang−1遺伝子をホモで有する患者群(図中および以下、「−/−」と示す)、3塩基欠失型Ang−1遺伝子と3塩基挿入型Ang−1遺伝子とをヘテロで有する患者群(図中および以下、「+/−」と示す)、3塩基挿入型Ang−1遺伝子をホモで有する患者群(図中および以下、「+/+」と示す)における、上記各種測定項目の測定結果をそれぞれの欄に示している。図7に示すように、HDL−Cho値は、「−/−」の患者群では、67.9±3.9mg/dl、「+/−」の患者群では、55.1±6.5mg/dl、「+/+」の患者では、56.3±12.7mg/dlであった。また、HDL−Cho値について、「−/−」の患者群と、「+/−」の患者群および「+/+」の患者群との間の有意差をカイ2乗検定により解析した。その結果、「−/−」の患者群と「+/−」の患者群との間のP値は0.039、「−/−」の患者群と「+/+」の患者群との間のP値は0.024であった。このことから、「−/−」の患者群では、「+/−」の患者群および「+/+」の患者群に比べて、HDL−Cho値が有意に高いことが分かった。
【0108】
また、TG値は、「−/−」の患者群では、148.6±43.1mg/dl、「+/−」の患者群では、182.6±87.4mg/dl、「+/+」の患者では、193.6±68.2mg/dlであった。また、TG値について、「−/−」の患者群と「+/+」の患者群との間の有意差をカイ2乗検定により解析した。その結果、「−/−」の患者群と「+/+」の患者群との間のP値は0.047であった。このことから、「−/−」の患者群では、「+/+」の患者群に比べて、TG値が有意に低いことが分かった。
【0109】
以上の結果から、3塩基欠失型Ang−1遺伝子を有することが、MSなどに見られるヒト脂質代謝異常を改善することが明らかとなった。
【0110】
〔実施例6〕
米国高脂血症治療ガイドラインに基づくMSの診断基準のうち、高TG血症、HDLコレステロール血症、高血圧症の3項目のうち、2項目以上に該当する者について、Ang−1遺伝子の遺伝子型を調べた(図8を参照)。その結果を図8中の表に示す。図8中の表に示されるように、上記3項目のうち、2項目以上に該当する者は、「−/−」では、15.4%、「+/−」では、26.1%、「+/+」では、40.0%であった。このことから、3塩基欠失型Ang−1遺伝子を有する者のほうが3塩基欠失型Ang−1遺伝子を有さない者よりも、MSになりにくいことが明らかとなった。
【0111】
なお、本発明は、以上説示した各構成に限定されるものではなく、特許請求の範囲に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態や実施例にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態や実施例についても本発明の技術範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された学術文献および特許文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。
【産業上の利用可能性】
【0112】
以上のように、本発明では、Ang−1タンパク質、もしくはAng−1遺伝子の多型を利用することにより、MSの発症の可能性を予測することができる。それゆえ、MSの発症または発症可能性の判定方法や判定キットに代表される診断医療の分野だけでなく、保健医学分野に広く利用することができる。さらには、MSを発症しにくい型のAng−1タンパク質、もしくはAng−1遺伝子を用いることにより、MSの発症の予防方法や予防薬剤に利用することができる。さらに、本発明にかかる遺伝子およびタンパク質は、MSを発症した後の、MSの症状の緩和、すなわち治療にも用いることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0113】
【図1】本発明にかかるAng−1遺伝子のcDNAの一部を模式的に示した概略図である。
【図2】本実施例において、Ang−1遺伝子の多型解析(配列解析および鎖長解析)を示す図である。
【図3】本実施例において、配列分析によるAng−1遺伝子の多型解析の結果を示す図である。
【図4】本実施例において、RA患者、DR患者、MCTD患者、および健常者におけるAng−1遺伝子の遺伝子型を調べた結果を示す表である。
【図5】本実施例において、DR患者について、年齢、HbA1c、FBS、および羅病期間を調べた結果を示す表である。
【図6】本実施例において、DRの進行度とAng−1遺伝子の遺伝子型との関係を調べた結果を示す表である。
【図7】本実施例において、DR患者について、T−Cho、HDL−Cho、TG、および高血圧症の有無を調べた結果を示す表である。
【図8】本実施例において、米国高脂血症治療ガイドラインに基づくMSの診断基準と、当該診断基準においてMSと診断された患者について、Ang−1遺伝子の遺伝子型を調べた結果とを示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体から分離された試料を用いて、配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるアンギオポエチン−1タンパク質をコードする遺伝子において、上記アンギオポエチン−1タンパク質の第269番目のアミノ酸にあたるグリシンをコードする3塩基の挿入の有無を決定する工程を含むことを特徴とするメタボリックシンドロームの発症または発症可能性の判定方法。
【請求項2】
生体から分離された試料を用いて、配列番号2に示される塩基配列をオープンリーディングフレーム領域として有するアンギオポエチン−1遺伝子の上記塩基配列中第805〜807番目の塩基にあたる「GGT」(GおよびTは、それぞれ、グアニンおよびチミンを表す)の3塩基の挿入の有無を決定する工程を含むことを特徴とするメタボリックシンドロームの発症または発症可能性の判定方法。
【請求項3】
アンギオポエチン−1タンパク質の多型を検出する工程を含むことを特徴とするメタボリックシンドロームの発症または発症可能性の判定方法。
【請求項4】
(a)配列番号2に示される塩基配列をオープンリーディングフレーム領域として有する遺伝子の上記塩基配列中第805〜807番目にあたる塩基を含む領域を増幅するためのプライマー、
(b)配列番号2に示される塩基配列をオープンリーディングフレーム領域として有する遺伝子の上記塩基配列中第805〜807番目にあたる塩基を含む領域に結合するプローブ、および、
(c)配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質、または、当該タンパク質の第269番目のアミノ酸にあたるグリシンが欠失したタンパク質のいずれか一方のみを認識する抗体のうち、少なくとも1つを含み、かつ、
請求項1〜3のいずれか1項に記載のメタボリックシンドロームの発症または発症可能性の判定方法を利用することを特徴とするメタボリックシンドロームの発症または発症可能性の判定キット。
【請求項5】
配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質を有する者を投与対象とし、
上記タンパク質の第269番目のアミノ酸にあたるグリシンが欠落したタンパク質もしくは当該タンパク質をコードするDNA、当該タンパク質がリガンドとなるレセプタータンパク質のアゴニストとしての低分子化合物、またはアンギオポエチン−1遺伝子のモジュレーターを含有することを特徴とするメタボリックシンドロームの予防薬剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2007−54002(P2007−54002A)
【公開日】平成19年3月8日(2007.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−245028(P2005−245028)
【出願日】平成17年8月25日(2005.8.25)
【出願人】(504156706)株式会社膠原病研究所 (13)
【Fターム(参考)】