説明

リグニンの定量方法

【課題】 鉛蓄電池の負極板活物質中のリグニンを、正確に定量することができる分析方法を提供する。
【解決手段】 負極板の活物質を粉砕し、酢酸と過酸化水素水とを加えて溶解し、硫酸を加え、遠心分離法で硫酸鉛を沈殿させる。鉛元素を除去した上澄み溶液に、水酸化ナトリウム水溶液と二酸化マンガンとを加えて過酸化水素を分解し、ろ過して、ろ液を作製する。作製したろ液を、紫外可視分光光度計を用い、292nm付近の吸収波長で吸光度を測定し、測定値と検量線とを比較をして、リグニン量を定量する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉛蓄電池の負極板の活物質中にエキスパンダとして使用されている、リグニンの定量方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
鉛蓄電池は、コストや信頼性の面で優れていることから、無停電電源装置、自動車用バッテリ、電気自動車などの幅広い分野で使用されている。最近、これらに用いられる鉛蓄電池の長寿命化が強く望まれている。
【0003】
鉛蓄電池を長寿命化させるには、負極板活物質の微細化をしたり、多孔質化をすることによって、電極反応面積を大きくするとともに、活物質の微細化をしたり、多孔質化をした状態を長期間にわたって保持する必要がある。なお、負極板活物質の微細化をしたり、多孔質化をしたりするための負極用のエキスパンダとしては、従来から、リグニンが知られており、負極板の活物質中に添加をして使用されている。
【0004】
ここで、リグニンは、木材を構成している天然の高分子化合物である。なお、工業用のリグニンは、木材から製紙用として亜硫酸パルプの製造時に、副産物として生産される蒸解溶出液を原料としたリグニンスルホン酸塩が主に用いられており、いろいろな種類の製品が市販されている。これら工業用のリグニンは、鉛蓄電池用エキスパンダ以外にも、薬剤や染料などの分散剤や分散助剤、カーボンブラックなどの分散剤、メッキ浴助剤及び工業用洗浄剤などの多くの用途に用いられている。
【0005】
このような用途にリグニンスルホン酸塩が使用されている理由は、リグニンスルホン酸塩は、スルホン基、カルボキシル基、フェノール性水酸基などの多数の官能基を有しているためである。そして、これらの官能基は、酸塩基反応を起こすことができる電解質であるために、種々の粒子に吸着して親水性を付与したり、正又は負の極性に帯電をさせたりすることによって、それぞれの粒子の分散性の向上に寄与をしているためと考えられている。
【0006】
ここで、上述したように、リグニンは高分子化合物であるために、その定量分析をするのが難しいという問題点があり、詳細な分析方法に関する報告は少ない。なお、それぞれの種類の工業用のリグニンについて、定性的な分析方法としては、電位差滴定をする分析手法がすでに開示されている(例えば、特許文献1参照。)。
【0007】
【特許文献1】特開2003−090814号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上述した特許文献1の方法では、工業用として生産されているリグニン単体の定性的な相違については分析できるものの、その定量分析、例えば、実際に鉛蓄電池の負極板として、ある程度の時間にわたって使用をされた後に、どの程度の量が残存しているかを正確に定量分析をすることは難しいという問題点があった。
【0009】
本発明の目的は、鉛蓄電池用の負極板として、ある程度の時間にわたって使用された後において、負極板活物質中のリグニンの残存量を、正確に定量することができる分析方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上述した課題を解決するために、本発明では、負極板から活物質を取り出し、溶解・沈殿等の処理をして、不要な物質を除去し、リグニンが溶解している水溶液を作成する。その後に、得られた水溶液を、紫外可視分光光度計を用いて吸光度を測定し、別途、あらかじめ測定されている検量線と比較をすることによって、活物質中のリグニン残存量を定量することを特徴としている。なお、この手法の分析方法は、一般的には簡略化されて、UV測定又はUV測定法と呼ばれている。
【0011】
すなわち、請求項1の発明は、負極板の活物質に、酢酸と過酸化水素水とを加えて溶解し、
硫酸を加えて硫酸鉛を沈殿させて、鉛元素を除去した溶液に、
アルカリ性水溶液と金属酸化物とを加えて前記過酸化水素を分解し、ろ過して、ろ液を作製し、
該ろ液を、紫外可視分光光度計を用いて吸光度を測定し、該測定値とあらかじめ測定されている検量線とを比較をして、
前記活物質中のリグニンを定量することを特徴としている。
【0012】
請求項2の発明は、請求項1記載の発明において、前記硫酸鉛の除去は、遠心分離法を使用することを特徴としている。
【0013】
請求項3の発明は、請求項1又は請求項2記載の発明において、前記アルカリ性水溶液として、水酸化ナトリウム水溶液を使用することを特徴としている。
【0014】
請求項4の発明は、請求項1、請求項2又は請求項3記載の発明において、前記金属酸化物として、二酸化マンガンを使用することを特徴としている。
【発明の効果】
【0015】
本発明を用いると、鉛蓄電池用負極板の活物質中におけるリグニンの残存量を、正確に定量が可能な分析方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下において、本発明品を実施するための最良の形態について、図1、図2を用いて詳細に説明をする。
1.本発明におけるリグニンの定量分析方法の概要
日本製紙製のリグニン(商品名:バニレックスN)を用い、(a)希硫酸(比重が1.050)を用いた酸性水溶液、(b)蒸留水を用いた中性水溶液、及び、(c)1Nの水酸化ナトリウムを用いたアルカリ性水溶液にそれぞれ溶解し、UV測定法で得た波長(nm)と吸光度(abs)についてのUVスペクトルを図2に示す。
【0017】
図2より、酸性や中性の水溶液では、リグニンのUVスペクトルは、波長が280nm付近にその基本骨格であるフェニルプロパンの吸収極大を示すことがわかる。しかしながら、酸性水溶液を用いると、酸の濃度によって吸光度が変化するという問題点が明らかになった。
【0018】
一方、アルカリ性の水溶液では、リグニンのUVスペクトルは、波長が292nm付近にその基本骨格であるフェニルプロパンの吸収極大を示すようにシフトをしている。この理由は、フェノール性水酸基のイオン化による深色効果によるためと考えられている。なお、アルカリ性水溶液を用いた場合には、アルカリの濃度が変化しても、吸光度にほとんど影響がないことが明らかになった。これらの結果から、アルカリ性の水溶液を用い、吸収波長光として292nmでリグニン量の分析を行うことにした。
2.負極板の活物質の溶解実験
鉛蓄電池の負極板の活物質中のリグニンを定量するには、あらかじめ酸で、前記活物質を溶解させておく必要がある。今回は、(1)10%硝酸水溶液、(2)氷酢酸と過酸化水素水を9:1で混合した水溶液、(3)塩酸と過酸化水素水を4:1で混合した水溶液、(4)60質量%の過塩素酸水溶液の四種類の酸を用いて活物質の溶解実験をした。
【0019】
その結果、負極板の活物質は、(1)10%硝酸水溶液 (2)氷酢酸と過酸化水素水を9:1で混合した水溶液を用いると、完全に溶解させることができることがわかった。一方、(3)塩酸と過酸化水素水を4:1で混合した水溶液、及び、(4)60質量%の過塩素酸水溶液では、完全に溶解させることができなかった。
【0020】
しかしながら、10%硝酸水溶液を用いると、硝酸イオンがリグニンのUVスペクトルに悪影響を与えて、リグニンの定量を行うことが難しいことがわかった。加えて、硝酸イオンを除去することは容易ではないことも、一般的に知られている。
【0021】
以上の結果から、(2)氷酢酸と過酸化水素水を9:1で混合した水溶液を用いて、負極板の活物質を溶解させてから、リグニンの定量分析をすることにした。
3.本発明に係わるリグニンの定量分析方法
上述した結果を基にして、本発明に係わるリグニンの定量分析方法について、以下において、図1を用いて詳細に説明する。
【0022】
鉛蓄電池の負極板から活物質を取り出し、乳鉢で粉砕をして粉末状にする。粉砕した粉末2.0gをビーカに入れ、氷酢酸と過酸化水素水を9:1で混合した水溶液を20ml加えて攪拌して溶解させる。上述したように、この手法を用いると、負極板の活物質を構成する硫酸鉛などの鉛化合物や、リグニンを完全に溶解させることができる。
【0023】
この溶液に、比重が1.20の希硫酸を5ml加えて、溶液中の鉛元素を硫酸鉛として沈殿をさせる。ここで、硫酸鉛を完全に沈殿をさせるには時間がかかるために、遠心分離器を用いることにした。遠心分離法を用いると、微細な硫酸鉛を短時間に沈殿させることができる。そして、遠心分離後の上澄み液を2ml採取し、5Nの水酸化ナトリウムを10ml加えて、上述したようにアルカリ性の水溶液にする。
【0024】
ここで、この上澄み液をアルカリ性化したものを、そのままUV測定法で分析すると、正確なリグニン量の分析ができないことが明らかになった。詳細な原因は不明であるが、上述した過酸化水素水が影響していることが明らかになった。
【0025】
そこで、アルカリ化した上澄み液に、金属酸化物触媒として、安価で入手が容易な二酸化マンガンを加え、酸素の気泡が出なくなるまで放置をしてからUV測定をするようにした。そして、二酸化マンガンを加えた後に、ろ過を行って二酸化マンガンを除去し、得られた「ろ液」を用い、292nm付近の吸収波長でUV測定を行い、吸光度を測定し、得られた測定値を記録するようにした。
【0026】
なお、過酸化水素を分解する触媒として二酸化マンガンを使用し、その一部が還元されて水溶液中に溶解をしたような場合でも、測定に使用する吸収波長では、吸光度に影響を与えないために、金属酸化物の中でも好ましいことがわかった。
【0027】
次に、既知のリグニン水溶液について、あらかじめ吸光度をUV測定し、通常の手法で検量線を得ておく必要がある。すなわち、1Nの水酸化ナトリウム水溶液中に、例えば、5種類の異なる質量のリグニンを溶解させておく。これらの5種類の水溶液を使用して、292nm付近の吸収波長を用いてUV測定を行い、検量線を得ておくようにした。そして、通常の手法で、上述した手法で記録された測定値と、検量線とを対応・比較させて、負極板の活物質中のリグニン量を定量するようにした。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明に係わる分析方法は、鉛蓄電池の寿命に影響する負極板活物質中のリグニン量の定量に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明に係わるリグニンの定量分析方法の概略図である。
【図2】バニレックスNのUVスペクトルである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
負極板の活物質に、酢酸と過酸化水素水とを加えて溶解し、
硫酸を加えて硫酸鉛を沈殿させて、鉛元素を除去した溶液に、
アルカリ性水溶液と金属酸化物とを加えて前記過酸化水素を分解し、ろ過して、ろ液を作製し、
該ろ液を、紫外可視分光光度計を用いて吸光度を測定し、該測定値とあらかじめ測定されている検量線とを比較をして、
前記活物質中のリグニンを定量することを特徴とするリグニンの定量方法。
【請求項2】
前記硫酸鉛の除去は、遠心分離法を使用することを特徴とする請求項1記載のリグニンの定量方法。
【請求項3】
前記アルカリ性水溶液として、水酸化ナトリウム水溶液を使用することを特徴とする請求項1又は請求項2記載のリグニンの定量方法。
【請求項4】
前記金属酸化物として、二酸化マンガンを使用することを特徴とする請求項1、請求項2又は請求項3記載のリグニンの定量方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−351254(P2006−351254A)
【公開日】平成18年12月28日(2006.12.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−173089(P2005−173089)
【出願日】平成17年6月14日(2005.6.14)
【出願人】(000001203)新神戸電機株式会社 (518)
【Fターム(参考)】