説明

免疫増強剤

【課題】腸管免疫系に対して作用する免疫増強剤を提供する。
【解決手段】パルミチン酸、生理学的に許容されるその塩、又はそのエステルを有効成分として含む免疫増強剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は免疫増強剤に関する。より具体的には、本発明は、パルミチン酸を有効成分として含み、特に腸管における免疫を増強する作用を有する免疫増強剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
腸管粘膜上皮は多くの腸内細菌や食餌性成分に接しており、抗原が最初に侵入する場となることから、腸管には生体中で最も多くのリンパ球が集まり、大量の免疫グロブリンA(IgA)を産生できるように進化している(以下、この免疫系を「腸管免疫系」と呼ぶことがある)。腸管免疫系には、脾臓などの全身系免疫系と共通の性質を示す免疫担当細胞に加えて、腸管免疫系に特有の免疫担当細胞が配備されている。これまでの研究から、腸管免疫系では生体内における細胞間相互作用に加え、腸管に存在する腸内細菌や食餌性成分などの腸内環境因子との相互作用を介して免疫制御を行っていることが示唆されており、その分子基盤が徐々に明らかとなりつつある。
【0003】
例えば、生体調節に関わり、食餌性脂質を供給源の一つとしている脂質メディエーターのうちスフィンゴシン1リン酸が腸管IgAの産生や上皮細胞間リンパ球の遊走制御に関わっていることが明らかにされている(J. Immunol., 180, pp.5335-5343, 2008; Blood, 109, pp.3749-3756, 2007; Blood, 111, pp.4646-4652, 2008; J. Exp. Med., 204, pp.2335-2348, 2007; J. Immunol., 179, pp.1577-1585, 2007)。
【0004】
一方、食餌性脂質であるリノール酸とリノレン酸のバランスが炎症反応を始めとする免疫応答に影響を与えることが示唆されているが(Biotechnol. J., 1, pp. 420-439, 2006)、その他の食餌性脂質の免疫学的影響についてはほとんど解明されていない。特に腸管における生体防御分子である分泌型IgAの産生を制御する脂質については全く解明されていないのが現状である。
【0005】
なお、スフィンゴシン1リン酸の主要産生経路としては、C16の飽和直鎖脂肪酸であるパルミチン酸からパルミトイルCoAが誘導され、パルミトイルCoA及びセリンから産生されるスフィンガニンがセラミド及びスフィンゴシンに順次変換されてスフィンゴシン1リン酸が産生される経路が解明されているが、パルミチン酸が免疫系、特に腸管免疫系を制御する作用を有することについては従来報告がない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】J. Immunol., 180, pp.5335-5343, 2008
【非特許文献2】Blood, 109, pp.3749-3756, 2007
【非特許文献3】Blood, 111, pp.4646-4652, 2008
【非特許文献4】J. Exp. Med., 204, pp.2335-2348, 2007
【非特許文献5】J. Immunol., 179, pp.1577-1585, 2007
【非特許文献6】Biotechnol. J., 1, pp. 420-439, 2006
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は免疫増強剤を提供することにあり、より具体的には、特に腸管免疫系に対して作用する免疫増強剤を提供することが本発明の課題である。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは上記の課題を解決すべく、食餌性油に含まれる脂肪酸の免疫制御効果を検討して免疫制御機能を有する脂質を同定することを目的として鋭意研究を行った。その結果、食餌性油であるパルミチン酸が腸管IgA産生増強作用を有しており、腸管免疫活性増強剤として有用であることを見出した。本発明は上記の知見を基にして完成されたものである。
【0009】
すなわち、本発明により、パルミチン酸、生理学的に許容されるその塩、又はそのエステルを有効成分として含む免疫増強剤が提供される。
この発明の好ましい態様によれば、パルミチン酸、生理学的に許容されるその塩、又はそのエステルを有効成分として含む腸管免疫増強剤が提供される。
【0010】
別の好ましい態様によれば、パルミチン酸のエステルとしてパーム油を用いる上記の免疫増強剤;腸管感染症の予防及び/又は治療に用いる上記の免疫増強剤;経口ワクチンの接種時に免疫アジュバントとして用いる上記の免疫増強剤が提供される。
【0011】
別の観点からは、本発明により、ヒトを含む哺乳類動物において免疫、好ましくは腸管免疫を増強する方法であって、パルミチン酸、生理学的に許容されるその塩、又はそのエステルの必要量を投与する工程を含む方法が提供される。
さらに別の観点からは、上記の免疫増強剤の製造のためのパルミチン酸、生理学的に許容されるその塩、又はそのエステルの使用が本発明により提供される。
【発明の効果】
【0012】
本発明により提供される免疫増強剤は、特に腸管免疫系に作用して腸管内、好ましくは大腸内のIgA産生を増強する作用を有している。本発明の免疫増強剤は、腸管内IgAの量を増加させることから腸管免疫系を介して生体防御機能を増強することができる。また、この免疫増強作用は特に大腸において強く発揮されることから、O-157のような病原性大腸菌のほか、サルモネラ、コレラ、ロタウイルス、又はノロウイルスなどの腸管感染症に対する経口投与用ワクチンにおける腸管内免疫アジュバントとしても有用である。さらには、粘膜免疫システムが有するcommon mucosal immune system (CMIS: 経口免疫で誘導された免疫応答が呼吸器や泌尿器などの他の粘膜組織でも増強される現象)により、パルミチン酸を含む本発明の免疫増強剤は、インフルエンザウイルスや肺炎双球菌などの呼吸器感染症、さらにはHIVやクラミジアなどの生殖器感染症に対する経口ワクチンのための免疫アジュバントしても有用である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】4%大豆油(Soybean)に1.5%パルミチン酸(PA)を添加した飼料(PA餌)で飼育したマウスの糞便中IgA量をELISA法にて測定した結果を示した図である。Mockは対照、PAはPA餌で飼育した場合の結果を示す。
【図2】腸管のFACS解析像(上段は小腸、下段は大腸)を示した図である。
【図3】4%亜麻仁油(Linseed)に1.5%のパルミチン酸を加えた飼料で飼育したマウスの糞便中IgA量をELISA法で測定した結果を示した図である。Mockは対照、PAはパルミチン酸添加飼料で飼育した場合の結果を示す。
【図4】パーム油を4%含む飼料で飼育したマウスの糞便中IgA量をELISA法で測定した結果を示した図である。Soyは大豆油のみを用いた対照、Palmはパーム油を含む飼料で飼育した場合の結果を示す。
【図5】PA餌で飼育したマウスにニワトリ卵白アルブミンとコレラトキシンで経口免疫し、ELISA法でOVA特異的IgA抗体価を測定した結果(左図)、及びELISPOT法でOVA特異的IgA産生細胞数を測定した結果(右図)を示した図である。Mockは対照、PAはPA餌で飼育した場合の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の免疫増強剤は有効成分としてパルミチン酸、生理学的に許容されるその塩、又はそのエステルを有効成分として含むことを特徴としている。本明細書において用いられる「免疫増強剤」という用語は、ヒトを含む哺乳類動物において免疫を増強する作用を有し、ヒトを含む哺乳類動物の病気、例えば腸管感染症などの予防及び/又は治療に有用な医薬を意味しているが、本明細書において用いられる医薬の用語には、例えば、健康の維持及び増進に科学的根拠に基づく有効性があるとして厚生労働省が許可する特定保健用食品なども包含される。本明細書において用いられる「免疫増強剤」又は「医薬」の用語は最も広義に解釈すべきであり、いかなる意味においても限定的に解釈してはならない。
【0015】
パルミチン酸(ヘキサデカン酸)は炭素数16の直鎖飽和脂肪酸であり、容易に入手可能な物質である。パルミチン酸としては、例えば50%以上、好ましくは70%以上、さらに好ましくは80%以上、特に好ましくは90%以上の純度に精製された形態のパルミチン酸を用いることができるが、他の脂肪酸との混合物を本発明の免疫増強剤の有効成分として用いることもできる。パルミチン酸の生理学的に許容される塩としては、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩などの金属塩を用いることができるが、これらに限定されることはない。
【0016】
パルミチン酸のエステルとしては、モノアルコール化合物とのエステル、ジオール化合物とのエステル、又はトリオール化合物とのエステルなどを用いることができる。より具体的には、パルミチン酸メチルなどのアルキルエステル類やパルミチン酸ステロールなどのステロールエステル類;少なくとも1個のパルミトイル基を含むモノアシルグリコール又はジアシルグリコールなどのグリコールエステル類;又は少なくとも1個のパルミトイル基を含むモノアシルグリセロール、ジアシルグリセロール、又はトリアシルグリセロールなどのグリセロールエステル類などを挙げることができるが、これらに限定されることはない。少なくとも1個のパルミトイル基を含むグリコールエステル類やグリセロールエステル類を用いる場合には、パルミトイル基以外のアシル残基を含んでいてもよい。この場合に、該アシル残基は直鎖状若しくは分枝鎖状アシル基であってもよく、及び/又は飽和若しくは不飽和アシル基であってもよい。
【0017】
グリセロールエステルとしては、例えば、単純脂質に分類される物質を用いることができる。精製された単一物質としての単純脂質を用いてもよいが、例えば、数種のグリセロールエステルの混合物を用いることもできる。このような混合物として、トリアシルグリセロールを構成する脂肪酸としてパルミチン酸を含む食用油を用いることもできる。例えば、パーム油はパルミチン酸を構成脂質とするトリアシルグリセロールが多量に含まれているので、パーム油をパルミチン酸のエステルとして用いることも好ましい。これらのエステルは、腸管内でリパーゼなどの酵素により速やかに加水分解されて、遊離のパルミチン酸を放出することができ、放出されたパルミチン酸が免疫増強剤として作用する。
【0018】
本発明の免疫増強剤は、腸管免疫系に作用して腸管内におけるIgA産生を増強する作用を有している。本発明の免疫増強剤は、腸管における生体防御機構、特に大腸における生体防御機構を増強するほか、例えば病原性大腸菌、サルモネラ菌、コレラ菌、ロタウイルス、又はノロウイルスなどに対して有効な経口ワクチンの接種時に免疫アジュバントとして使用することにより、高いワクチン誘導効果を達成することができる。このようなアジュバントとして使用も本発明の免疫増強剤の一態様であることは言うまでもない。本発明の免疫増強剤を用いて腸管免疫を増強することにより、腸内細菌叢からの感染に対する防御作用を高めることができ、腸管感染症の予防及び/又は治療を達成することも可能である。例えば、病原性大腸菌O-157やノロウイルスなどに対する感染防御作用を期待して予防的に投与することもできる。
【0019】
本発明の免疫増強剤としては、有効成分であるパルミチン酸、生理学的に許容されるその塩、又はそのエステルをそのまま用いてもよいが、適宜の製剤用添加物、例えば賦形剤、安定化剤、抗酸化剤、防腐剤、溶解補助剤、油性溶媒などを1種又は2種以上用いて組成物の形態として調製して投与することが好ましい。本発明の免疫増強剤の投与形態は特に限定されないが、通常は経口的に投与することが望ましい。例えば、硬カプセル剤、軟カプセル剤、錠剤、顆粒剤、散剤などの形態の経口投与用の製剤として調製することができるが、これらに限定されることはない。パルミチン酸エステルとしてパーム油などを用いる場合には、例えば、軟カプセル剤として調製して投与することもできる。また、例えば健康食品として提供する場合には、例えば、食用油(例えば、大豆油、菜種油、コーン油、綿実油、ごま油、オリーブ油、やし油などの植物油のほか、ジグリセリドや中鎖脂肪酸トリグリセリドなどの食用油などにパルミチン酸、生理学的に許容されるその塩、又はそのエステル(例えばパーム油など)を添加することもできる。
【0020】
本発明の免疫増強剤の投与量は特に限定されないが、例えば、成人一日あたり1 mg〜10 g程度の範囲から適宜選択可能であり、感染防御又はアジュバント作用などの目的や体重、年齢、性別、基礎疾患の有無などの条件に応じて適宜増減することができる。一日あたり数回の投与を行ってもよい。
【実施例】
【0021】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は以下の実施例に限定されることはない。
例1
大豆油を4%含む餌にパルミチン酸(遊離形態の脂肪酸、和光純薬工業株式会社)1.5%を加えた飼料(PA餌)で6週間マウス(雌性Balb/cマウス、6週齢、平均体重 15 g)を飼育し、糞便中IgA量をELISA法にて測定した。結果を図1に示す。PA餌の摂取により糞便中IgA量が約3倍に増加した。図2に腸管のFACS解析像(上段は小腸、下段は大腸)を示す。PA餌を6週間摂取したマウスの大腸ではIgA+及びCD138+のIgA産生細胞(CD138陽性IgA形質細胞)が増加していた。この糞便中IgAの産生増強効果は亜麻仁油に1.5%のパルミチン酸を加えた場合にも認められた(図3)。
【0022】
例2
大豆油に代えて脂質構成成分としてパルミチン酸を多く含むパーム油(カネダ株式会社)を4%含む飼料を調製し、例1と同様にしてマウスを6週間飼育した。その結果、例1においてパルミチン酸を1.5%加えたときと同様に糞便中IgAの産生増強が観察された。結果を図4に示す。
【0023】
例3
PA餌で6週間飼育したマウスに対してニワトリ卵白アルブミン(OVA、1 mg)を粘膜アジュバントであるコレラトキシン(10 μg)と共に週3回経口免疫した。最終免疫の1週間後に糞便を回収し、ELISA法にてOVA特異的IgA抗体価を測定した(図5、左図)。同時に小腸と大腸から単核球を回収し、ELISPOT法にてOVA特異的IgA産生細胞数を測定した(図5、右図)。その結果、PA餌を摂取したマウスでは糞便中OVA特異的IgAの産生増強及び大腸でのOVA特異的IgA産生細胞の増加が認められた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
パルミチン酸、生理学的に許容されるその塩、又はそのエステルを有効成分として含む免疫増強剤。
【請求項2】
腸管免疫増強剤である請求項1に記載の免疫増強剤。
【請求項3】
パルミチン酸のエステルとしてパーム油を用いる請求項1又は2に記載の免疫増強剤。
【請求項4】
腸管感染症の予防及び/又は治療に用いる請求項1ないし3のいずれか1項に記載の免疫増強剤。
【請求項5】
経口ワクチンの接種時に免疫アジュバントとして用いる請求項1ないし3のいずれか1項に記載の免疫増強剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−20978(P2011−20978A)
【公開日】平成23年2月3日(2011.2.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−169720(P2009−169720)
【出願日】平成21年7月21日(2009.7.21)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度 厚生労働省「免疫アレルギー疾患等予防・治療研究」事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】