説明

円盤型分析チップ

【課題】生化学検査(とりわけELISA法)に好適に適用できる検査精度の高い分析チップを提供する。
【解決手段】内部空間(流体回路)を備えており、遠心力印加により内部空間内に存在する液体を所望の位置に移動させる分析チップであり、該内部空間が、第1液体を収容するための第1槽;第1槽よりも分析チップ外周部側に設けられる第2および第3槽;第2および第3槽よりも分析チップ外周部側に設けられる、第2、第3、第4液体をそれぞれ収容する第4、第5および第6槽;第4、第5および第6槽よりも分析チップ外周部側に設けられる第7槽;第7槽よりも分析チップ外周部側に設けられる第8槽;および、これらの槽を適切に接続する第1〜8流路を含む円盤型分析チップである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ELISA法等の各種生化学検査に好適に用いることができる分析チップに関し、より詳しくは、ターンテーブルなどの遠心装置上に載置し、該遠心装置の回転による遠心力を利用して検体と試薬とを反応させた後、光学測定などにより目的物質の検出または定量などを行なうことができる円盤型分析チップに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、医療や健康、食品、創薬などの分野で、DNA、酵素、抗原、抗体、タンパク質、ウィルスおよび細胞などの生体物質を検出または定量する重要性が増してきており、それらを簡便に測定できる様々な分析チップが提案されている。分析チップは、実験室で行なっている一連の検出または定量操作を、小さなチップ内で行なえることから、検体および試薬が微量で済み、コストが安く、反応速度が速く、ハイスループットな検査ができ、検体を採取した現場で直ちに検査結果を得ることができるなど多くの利点を有している。
【0003】
分析チップとしては、たとえばコンパクトディスクのような円盤型の基板に多数のリザーバ(槽)およびこれらを接続する微細流路が形成された分析チップ〔以下、分析チップの基板に形成される各種リザーバおよびこれらを接続する流路から構成される回路(パターン)全体を総称して「流体回路」ともいう。〕であって、円盤の中心を遠心中心とする回転による遠心力を利用してリザーバ中の液体(検体や試薬など)を移動させ所定の反応などを行なう分析チップが従来公知である(たとえば非特許文献1)。このような円盤型分析チップもまた、上述のような多くの利点を有しており、さらには遠心力を利用するために、ポンプやバルブなどの周辺機器を必要とせず、分析システム全体を小型化できるという大きな利点を兼ね備えている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】中嶋秀、「コンパクトディスク型マイクロチップを用いる流れ分析法」、「ぶんせき」社団法人日本分析化学会、2009年7月、p.381−382
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
分析チップは、様々な検査・分析法への展開(様々な種類の反応系への適用)が期待されており、このようなものとしては、生化学検査でよく用いられているELISA(Enzyme−Linked Immunosorbent Assay)法が挙げられる。ELISA法とは、検体中に含まれる微量の目的物質(検査対象物質)を、酵素反応を利用して定量的に検出する手法の1つであり、目的物質を高感度で検出することができ、定量性にも優れているといった有利な特徴を有する。
【0006】
ELISA法では、たとえば、1)目的物質を含む検体、2)目的物質に特異的に結合する抗体で修飾されたビーズ等の固相、および、3)目的物質と抗体で修飾されたビーズとの結合体に特異的に結合する抗体であって、酵素で標識された抗体〔以下、「酵素標識抗体」という。〕の1)〜3)を混合して抗原抗体反応を行ない、未反応の検体(目的物質以外の成分)および未反応の酵素標識抗体を洗浄除去した後、基質溶液との酵素反応を行なって、生じた蛍光物質を検出することにより、目的物質を定量することができる。
【0007】
本発明者らは、ELISA法を実施可能な円盤型分析チップとして、すでに図1に示されるような流体回路構造を有する分析チップを創出している。図1に示される流体回路は、円盤型の基板上に溝パターンとして形成されたものである。図1の上方向が円盤型基板の中心方向であり、図1の下方向が円盤型基板の外周部方向である。
【0008】
図1に示される流体回路は、第1液体(たとえば、目的物質を含む検体および酵素標識抗体を含む液)を収容するための槽20(目的物質を含む検体および酵素標識抗体を導入するための導入口20aを有している);第2液体(たとえば、抗体で修飾されたビーズ〔抗体修飾ビーズ〕を含有する液)を収容するための槽30(抗体修飾ビーズを含有する液を導入するための導入口30aを有している);第3液体(たとえば、洗浄液)を収容するための槽40(洗浄液を導入するための導入口40aを有している);第4液体(たとえば、基質溶液)を収容するための槽50(基質溶液を導入するための導入口50aを有している);槽20,30,40および50よりも分析チップの外周部側に設けられる槽60;槽60よりも分析チップの外周部側に設けられる槽70(空気穴70aを有している);槽40と槽60との間に設けられる槽80(空気穴80aを有している)および槽90;槽20と槽60とを接続する流路26;槽30と槽60とを接続する流路36;槽50と槽60とを接続する流路56;槽60と槽70とを接続する流路67;槽40と槽80とを接続する流路48;槽60と槽80とを接続する流路68;槽40と槽90とを接続する流路49;槽60と槽90とを接続する流路69から構成されている。
【0009】
流路の各断面積は、流路49=(または≒)流路26=(または≒)流路36=(または≒)流路56>流路67>流路69=(または≒)流路48=(または≒)流路68となるように設計されている。また、流路67の断面のうち少なくとも1辺は、抗体修飾ビーズのサイズよりも小さい。
【0010】
なお、上記溝パターン(流体回路)が形成された円盤型の基板上には、流体回路からの液の漏れ出しを防止するために、流体回路を覆う基板や貼着シールなどの積層部材が積層される。この積層部材には、上述のような検体および酵素標識抗体を導入するための導入口20a、抗体修飾ビーズを含有する液を導入するための導入口30a、洗浄液を導入するための導入口40a、ならびに基質溶液を導入するための導入口50aが設けられる。これらの導入口は、積層部材を厚み方向に貫通する貫通口である。また、空気穴70a,80aは、流体回路と分析チップ外部とを連通させる穴であり、円盤型の基板上に形成された溝と、円盤型の基板上に積層される積層部材に形成される、該溝に連通する貫通口とによって構成できる。
【0011】
図1に示される流体回路を有する分析チップによれば、遠心力を利用して次の手順でELISA法による検査を実施し得る。
【0012】
まず、槽20に目的物質を含む検体および酵素標識抗体を含む液(第1の液体)を収容し、槽30に抗体修飾ビーズを含有する液(第2の液体)を収容し、槽40に洗浄液(第3の液体)を収容する。次に、分析チップの中心を回転中心とする分析チップの回転により、図示される方向であって適宜定められる大きさの遠心力aを分析チップに印加することにより、目的物質を含む検体および酵素標識抗体を含む液(第1の液体)、ならびに抗体修飾ビーズを含有する液(第2の液体)を槽60に導入、混合して抗原抗体反応を行なう。遠心力aは、槽60内の液が流路67を介して槽70に流出しない程度の大きさである。
【0013】
ついで、図示される方向であって適宜定められる大きさの遠心力b(ただし、この遠心力は遠心力aより大きい)を印加することにより、槽60内の液を槽70へ移動させ、廃液を行なうとともに、槽40内の洗浄液(第3の液体)の一部を、流路49→槽90→流路69の経路1および流路48→槽80→流路68の経路2から槽60に導入して、槽60内の目的物質と抗体修飾ビーズと酵素標識抗体との結合体を洗浄するとともに、洗浄後の洗浄液を槽70へ移動させる。遠心力bの印加および停止を繰り返し行なうことによってこの洗浄工程を複数回行ない、多段階洗浄を行なう。この洗浄工程によって未反応の検体および未反応の酵素標識抗体が除去される。なお、槽40内の洗浄液の液面が、流路49と槽40との接続位置より下(分析チップの外周部側)となった後は、槽40内の洗浄液は経路2からのみ槽60に導入される。
【0014】
次に、槽50に基質溶液を収容した後、図示される方向であって適宜定められる大きさの遠心力c(この遠心力は遠心力aと同程度の大きさであってよい)を印加することにより、槽50内の基質溶液を槽60に導入して酵素反応を行なう。遠心力cは、槽60内の液が流路67を介して槽70に流出しない程度の大きさである。最後に、酵素反応によって槽60内で生じた蛍光物質を検出し(槽60に検出光を照射する)、目的物質を定量する。
【0015】
上記のように、図1に示される流体回路を有する分析チップによれば、抗原抗体反応を行なった後、ついで洗浄液を導入して洗浄を行ない、その後酵素反応を行なうという逐次的操作が一方向の遠心力の印加により可能となっている。
【0016】
しかしながら、次の点で改善の余地があった。すなわち、第1および第2の液体を槽60に導入した後の工程での遠心力の印加により、槽20および30内の微量の残存液体が槽60へ流出し、目的物質の定量精度に悪影響を与えることがあった。
【0017】
そこで本発明は、生化学検査(とりわけELISA法)に好適に適用できる、検査精度の高い分析チップを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明は、内部空間(流体回路)を備えており、遠心力の印加により該内部空間内に存在する液体を該内部空間内の所望の位置に移動させる円盤型の分析チップに関する。本発明の円盤型分析チップにおいて該内部空間(流体回路)は、第1液体を収容するための第1槽;第1槽よりも分析チップの外周部側に設けられる第2槽および第3槽;第2槽および第3槽よりも分析チップの外周部側に設けられる、第2液体を収容するための第4槽、第3液体を収容するための第5槽および第4液体を収容するための第6槽;第4槽、第5槽および第6槽よりも分析チップの外周部側に設けられる第7槽;第7槽よりも分析チップの外周部側に設けられる第8槽;第1槽と第2槽とを接続する第1流路;第1槽と第3槽とを接続する第2流路;第2槽と第4槽とを接続する第3流路;第3槽と第5槽とを接続する第4流路;第4槽と第7槽とを接続する第5流路;第5槽と第7槽とを接続する第6流路;第6槽と第7槽とを接続する第7流路;第7槽と第8槽とを接続する第8流路を含む。
【0019】
該内部空間(流体回路)は、第1槽よりも分析チップの外周部側に設けられ、第9流路によって第1槽に接続されるとともに、第10流路によって第6槽に接続される第9槽、および、第1槽よりも分析チップの外周部側に設けられ、第11流路によって第1槽に接続されるとともに、第12流路によって第7槽に接続される第10槽をさらに含むことが好ましい。
【0020】
好ましくは、第1流路、第2流路、第5流路、第6流路、第7流路および第9流路の断面積は、前記第8流路の断面積より大きく、かつ、第8流路の断面積は、第3流路、第4流路、第10流路、第11流路および第12流路の断面積より大きい。
【0021】
第7槽の容積は、好ましくは第2槽、第3槽、第9槽および第10槽の合計容積と同じか、または該合計容積よりも小さい。
【0022】
第4槽、第5槽、第6槽は、それぞれ第2液体、第3液体、第4液体を槽内に導入するための、分析チップ外部に連通する第1導入口、第2導入口、第3導入口を有することができる。第1導入口、第2導入口、第3導入口は、それぞれ第3流路と第4槽との接続点、第4流路と第5槽との接続点、第10流路と第6槽との接続点から上記遠心力の方向に延びる直線上とは異なる位置に配置されることが好ましい。
【0023】
前記第11流路と前記第1槽との接続点は、前記第9流路、前記第2流路および前記第1流路と前記第1槽との接続点よりも分析チップの外周部側に位置することが好ましい。
【0024】
好ましくは、第5流路、第6流路および第7流路は、第7槽における第1槽側の領域に接続され、第12流路は、第7槽における第8槽側の領域に接続される。
【0025】
本発明の分析チップは、一方の表面に溝を有する第1の基板と、該第1の基板の溝形成面上に積層される第2の基板とからなることができる。この場合、上記内部空間(流体回路)は、上記溝と、第2の基板における第1の基板側表面とによって構成される。
【0026】
第4槽、第5槽、第6槽、第1槽は、それぞれ第2液体、第3液体、第4液体、第1液体を槽内に導入するための、分析チップ外部に連通する第1導入口、第2導入口、第3導入口、第4導入口を有することができ、分析チップが上記のように第1の基板と第2の基板とからなる場合、第1導入口、第2導入口、第3導入口および第4導入口の少なくとも1つ(好ましくはすべて)は、第2の基板を厚み方向に貫通する貫通口からなることができる。
【0027】
上記記貫通口は、第1の基板方向に進むに従いその口径が小さくなるようなテーパー形状を有することが好ましい。この場合、貫通口は、第2の基板の表面に対して垂直方向に延びていてもよく、あるいは、第1の基板方向に進むに従い分析チップの外周部により近づくように、第2の基板の表面に対して傾斜して延びていてもよい。
【0028】
本発明はまた、上記分析チップの使用方法を提供する。本発明の分析チップの使用方法は、第1液体としての洗浄液を第1槽に収容し、第2液体としての分析対象である検体および酵素で標識された抗体を含む液体を第4槽に収容し、第3液体としての抗体で修飾されたビーズを含有する液体を第5槽に収容する第1液体収容工程と、第1遠心力の印加により、前記第5流路を通して第2液体を第7槽に導入するとともに、第6流路を通して第3液体を第7槽に導入して、第2液体と第3液体とを反応させる第1反応工程と、第1遠心力よりも大きい第2遠心力の印加により、第1液体を第7槽に導入し、反応後の前記ビーズを洗浄するとともに、前記第8流路を通して洗浄後の第1液体を第8槽に移動させる洗浄工程と、第4液体としての基質溶液を第6槽に収容する第2液体収容工程と、第3遠心力の印加により、第7流路を通して第4液体を第7槽に導入し、洗浄後の前記ビーズとの反応を行なう第2反応工程とをこの順で備える。
【0029】
ここで、上記洗浄工程は、第1槽内の第1液体が下記経路(1)〜(4):
(1)第9流路、第9槽、第10流路、第6槽および第7流路をこの順に通過する経路、
(2)第2流路、第3槽、第4流路、第5槽および第6流路をこの順に通過する経路、
(3)第1流路、第2槽、第3流路、第4槽および第5流路をこの順に通過する経路、ならびに
(4)第11流路、第10槽および第12流路をこの順に通過する経路
のすべてを通って第7槽に導入される工程を含む。
【発明の効果】
【0030】
本発明の円盤型分析チップによれば、洗浄工程において第2液体、第3液体をそれぞれ収容していた第4槽、第5槽内の洗浄がなされるため、残存していた第2液体、第3液体が洗浄工程よりも後の工程で流出するという不具合の発生を防止することができ、もって検査精度を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】ELISA法を実施し得る分析チップの流体回路構造を示す概略上面図である。
【図2】本発明の円盤型分析チップの一例を示す概略上面図である。
【図3】本発明の円盤型分析チップが有する流体回路構造の好ましい一例を示す概略上面図である。
【図4】図3に示される流体回路を有する本発明の円盤型分析チップを用いてELISA法を実施したときの、第1液体収容工程における液体の状態を示す概略上面図である。
【図5】図3に示される流体回路を有する本発明の円盤型分析チップを用いてELISA法を実施したときの、第1反応工程における液体の状態を示す概略上面図である。
【図6】図3に示される流体回路を有する本発明の円盤型分析チップを用いてELISA法を実施したときの、洗浄工程における液体の状態を示す概略上面図である。
【図7】図3に示される流体回路を有する本発明の円盤型分析チップを用いてELISA法を実施したときの、第2液体収容工程における液体の状態を示す概略上面図である。
【図8】図3に示される流体回路を有する本発明の円盤型分析チップを用いてELISA法を実施したときの、第2反応工程における液体の状態を示す概略上面図である。
【図9】円盤型分析チップを回転させるための回転装置および光学測定を行なうための装置を示す概略図である。
【図10】本発明の円盤型分析チップの好ましい例を模式的に示す断面図であり、第1槽が形成されている部分の拡大図である。
【図11】本発明の円盤型分析チップの好ましい例を模式的に示す断面図であり、第1槽が形成されている部分の拡大図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
<円盤型分析チップ>
図2は、本発明の円盤型分析チップの一例を示す概略上面図である。図2に示される円盤型分析チップ100は、各種槽(リザーバ)およびこれらの槽を接続する微細流路から主に構成される流体回路10を内部に有しており、図示されるような矢印の向き(もしくはその逆向き)に分析チップを適切な回転速度で回転させ、適切な大きさの遠心力を付与することにより、流体回路10内の液体(検体、試薬、洗浄液、廃液など)を流体回路10内の所望の位置(槽)に移動させることができる。図2に示される例において円盤型分析チップ100は、同じ形状(パターン)の流体回路10を8個有しており、8個の検査・分析を同時並行に実施することができるようになっている。8個の流体回路10は、円盤の径方向(すなわち、円盤の中心を遠心中心として分析チップを回転させたときの遠心力方向)に沿うように配列されている。なお、図2に示される例において流体回路10の数は8個であるが、これに限定されるものではなく、8個より少なくてもよいし、多くてもよい。
【0033】
流体回路10は、円盤型分析チップ100の内部に形成された空間である。このような流体回路10を有する円盤型分析チップ100は、円盤型の第1の基板上に流体回路構造に応じた溝パターンを形成し、当該第1の基板の溝形成面上に第2の基板を積層、接合することにより作製することができる。積層させる第2の基板にも流体回路を構成する溝パターンが形成されていてもよい。また、第2の基板を用いる代わりに、貼着シール(貼着ラベル)などの他の積層部材を第1の基板の溝形成面上に積層することにより円盤型分析チップを作製してもよい。
【0034】
円盤型分析チップ100を構成する基板材料は特に限定されず、たとえば、ポリメタクリル酸メチル樹脂(PMMA)、ポリジメチルシロキサン(PDMS)、ガラス、シクロオレフィンポリマー(COP)、シクロオレフィンコポリマー(COC)、ポリエチレンテレフタラート(PET)、ポリスチレン(PS)、ポリプロピレン(PP)が挙げることができる。工業的な生産性の観点から、PMMA、PET、COP、COCを用いることが好ましい。円盤型分析チップを分析において蛍光測定が行なわれる場合、基板材料は蛍光を生じにくい材料であることが好ましい。蛍光を生じにくい材料は、好ましくは(メタ)アクリル系樹脂、シクロオレフィン系樹脂であり、具体的にはPMMA、COP、COCが挙げられる。
【0035】
円盤型分析チップ100の厚さは特に限定されないが、0.1〜100mmであることが好ましく、より好ましくは2〜3mmである。円盤型分析チップ100の基板に溝パターンを形成する方法は特に限定されず、機械加工、サンドブラスト加工、射出成形などが挙げられる。基板同士の接合方法としては、少なくとも一方の基板の貼り合わせ面を融解させて溶着させる方法(溶着法)、接着剤を用いて接着させる方法などを挙げることができる。溶着法としては、基板を加熱して溶着させる方法;レーザー等の光を照射して、光吸収時に発生する熱により溶着する方法(レーザー溶着);超音波を用いて溶着する方法などを挙げることができる。なかでもレーザー溶着法が好ましく用いられる。
【0036】
次に、本発明の円盤型分析チップが有する流体回路の構造について、実施の形態を示してより詳細に説明する。図3は、本発明の円盤型分析チップが有する流体回路の構造の好ましい一例を示す概略上面図であり、図2に示される円盤型分析チップ100が有する流体回路10を拡大して示したものである。円盤型分析チップ100が有する流体回路10は、ELISA法などの検査法に好適に適用できる構造を有している。
【0037】
図3に示されるように流体回路10は、第1液体を収容するための第1槽101;第1槽101よりも分析チップの外周部側に設けられる第2槽102および第3槽103;第2槽102および第3槽103よりも分析チップの外周部側に設けられる、第2液体を収容するための第4槽104、第3液体を収容するための第5槽105および第4液体を収容するための第6槽106;第4槽104、第5槽105および第6槽106よりも分析チップの外周部側に設けられる第7槽107;第7槽107よりも分析チップの外周部側に設けられる第8槽108;第1槽101と第2槽102とを接続する第1流路201;第1槽101と第3槽103とを接続する第2流路202;第2槽102と第4槽104とを接続する第3流路203;第3槽103と第5槽105とを接続する第4流路204;第4槽104と第7槽107とを接続する第5流路205;第5槽105と第7槽107とを接続する第6流路206;第6槽106と第7槽107とを接続する第7流路207;第7槽107と第8槽108とを接続する第8流路208;第1槽101よりも分析チップの外周部側に設けられ、第9流路209によって第1槽101に接続されるとともに、第10流路210によって第6槽106に接続される第9槽109;および、第1槽101よりも分析チップの外周部側に設けられ、第11流路211によって第1槽101に接続されるとともに、第12流路212によって第7槽107に接続される第10槽110を含む。
【0038】
第1槽101は、第1液体を排出するための4つの流路、すなわち、第9流路209、第2流路202、第1流路201、第11流路211が接続されており、各流路と第1槽101との接続点の位置は、分析チップの径方向(遠心力方向)に関してそれぞれ異なっている。特に第11流路211と第1槽101との接続点は、第1槽101に凸部を設けることにより、他の流路の接続点よりも顕著に分析チップの外周部側に位置している。
【0039】
第2槽102、第3槽103、第9槽109および第10槽110は、第1槽101から第7槽107に至る経路の途中に介在する、第1液体を一時的に収容するバッファ槽として機能しており、このようなバッファ槽の介在により、第1槽101内の第1液体を第7槽107へ分割導入(多段階導入)することが可能となっている。
【0040】
第4槽104、第5槽105、第6槽106は、それぞれ第2液体、第3液体、第4液体を槽内に導入するための、分析チップ外部に連通する第1導入口104a、第2導入口105a、第3導入口106aを有する。同様に、第1槽101は、第1液体を槽内に導入するための、分析チップ外部に連通する第4導入口101aを有する。これらの導入口は、第1の基板上に積層される第2の基板または貼着シール(貼着ラベル)などに形成される、厚み方向に貫通する貫通口である。また、これらの貫通口は後述する空気穴と同様の役割も果たし得る。
【0041】
図3に示されるように、第1導入口104a、第2導入口105a、第3導入口106aは、それぞれ第3流路203と第4槽104との接続点、第4流路204と第5槽105との接続点、第10流路210と第6槽106との接続点から遠心力の方向に延びる直線上とは異なる位置に配置されることが好ましい。これにより、第1槽101内の第1液体が、第4槽104、第5槽105、第6槽106に導入される際に、これらの導入口から第1液体が漏洩することを防止することができる。
【0042】
第8槽108および第10槽110にはそれぞれ、分析チップ外部に連通する第1空気穴108a、第2空気穴110aが接続されている。これらの空気穴は、遠心力による流体回路10内の液体移動を円滑に行なわせる役割を果たし、たとえば、第1の基板上に形成された溝と、第1の基板上に積層される第2の基板または貼着シール(貼着ラベル)などに形成される、上記溝に連通する貫通口とによって構成することができる。これらの空気穴は、導入された液体が空気穴から漏洩することを防止するため、接続される槽よりも分析チップの中心部側(遠心力方向の上流側)に設けられる。なお、空気穴は適宜の位置に設けることができ、第8槽108および第10槽110以外の他の槽に設けてもよいし、第8槽108および/または第10槽110に加えて、他の槽に設けることもできる。
【0043】
流体回路10において各流路の断面積は、流体回路10内の液体を所望の槽まで移動させることができ、かつ所望の槽の遠心力方向下流側に接続される槽への液体の流出を防止できるよう、下記関係式〔I〕および〔II〕:
第1流路201、第2流路202、第5流路205、第6流路206、第7流路207および第9流路209の断面積 > 第8流路208の断面積 〔I〕
第8流路208の断面積 > 第3流路203、第4流路204、第10流路210、第11流路211および第12流路212の断面積 〔II〕
を満たしている。
【0044】
具体的には、本実施形態の流体回路10では、第1流路201、第2流路202、第5流路205、第6流路206、第7流路207および第9流路209の幅および深さをそれぞれ600μm、800μmとし、第8流路208の幅および深さをそれぞれ100μm、50μmとし、第3流路203、第4流路204、第10流路210、第11流路211および第12流路212の幅および深さをそれぞれ100μm、30μmとしている。
【0045】
ただし、各流路の幅および深さは、上記断面積の関係を満たす限り特に制限されず、たとえば数μmまたは数十μm〜数百μm(千μm程度であってもよい)の範囲の幅および深さを有することができる。抗体修飾ビーズを用いてELISA法などの検査法を実施する場合、抗体修飾ビーズの第8槽108への流出を防止するために、第8流路208の断面のうち少なくとも1辺は、抗体修飾ビーズのサイズよりも小さくされることが必要である。
【0046】
また、流体回路10において第7槽107は、その容積が第2槽102、第3槽103、第9槽109および第10槽110の合計容積よりも小さくなるように設計されている。第7槽107の容積は、該合計容積と同じであってもよい。
【0047】
第7槽107は、その底部(分析チップ外周部側、遠心力方向下流側)に、膨らんだ形状を有する被洗浄物収容部107aを備える。図3に示される方向の遠心力を印加することにより被洗浄物〔たとえば、ELISA法におけるビーズ(目的物質と抗体修飾ビーズと酵素標識抗体との結合体)〕を被洗浄物収容部107a内にトラップし、被洗浄物収容部107aに直接的に第1液体が導入される経路を設けることにより洗浄効果を高めることができる。本実施形態の円盤型分析チップ100において、このような経路は、第11流路211、第10槽110および第12流路212をこの順に通過する経路である(図3)。
【0048】
たとえば、本実施形態の円盤型分析チップ100を用いてELISA法による検査を行なう場合、第1液体は洗浄液であり、第2液体は分析対象である目的物質を含む検体および酵素標識抗体を含む液体であり、第3液体は抗体修飾ビーズを含有する液体であり、第4液体は基質溶液であることができる。抗体修飾ビーズの粒径は特に制限されず、たとえば粒径75μmのものなど従来公知のものを用いることができる。
【0049】
以上のような構造の流体回路10を有する本実施形態の円盤型分析チップ100によれば、たとえばELISA法による検査を実施する場合、第1槽101内の第1液体(洗浄液)を第7槽107に導入する洗浄工程において第4槽104および第5槽105の洗浄が可能になる。すなわち、該洗浄工程において第1槽101内の第1液体の一部は、第1流路201、第2槽102、第3流路203、第4槽104および第5流路205をこの順に通って第7槽107に導入されるとともに、第2流路202、第3槽103、第4流路204、第5槽105および第6流路206をこの順に通って第7槽107に導入されるので、第4槽104、第5槽105内の第2液体、第3液体を第7槽107に導入した後に残存している第4槽104、第5槽105内の微量の第2液体、第3液体は、第1液体によって効果的に洗浄除去される。したがって、残存していた第2液体、第3液体が当該洗浄工程よりも後の工程で流出するという不具合を防止することができ、これにより検査精度を高めることができる。
【0050】
また、本実施形態の流体回路10の構造は、第2液体および第3液体を第7槽107に導入する工程の後に行なう上述の洗浄工程における第7槽107内のビーズ(目的物質と抗体修飾ビーズと酵素標識抗体との結合体)の洗浄効果を高めるうえでも極めて有利である。すなわち、後でも述べるように当該洗浄工程は、遠心力の印加および停止を繰り返し行なうことによって第1槽101内の第1液体の一部を第7槽107に導入して第7槽107内のビーズを洗浄する工程を複数回含む多段階洗浄であることができるが、この多段階洗浄の少なくとも初期においては、第1槽101内の第1液体は、下記経路(1)〜(4):
(1)第9流路209、第9槽109、第10流路210、第6槽106および第7流路207をこの順に通過する経路、
(2)第2流路202、第3槽103、第4流路204、第5槽105および第6流路206をこの順に通過する経路、
(3)第1流路201、第2槽102、第3流路203、第4槽104および第5流路205をこの順に通過する経路、ならびに
(4)第11流路211、第10槽110および第12流路212をこの順に通過する経路のすべてを通って第7槽107に導入されることとなり、多方向から第7槽107内のビーズを洗浄することができるようになるため、洗浄効果を向上させることができる。このような洗浄効果の向上もまた、検査精度の向上に寄与する。
【0051】
多方向から第7槽107内のビーズを洗浄することができるようにし、洗浄効果を向上させるためには、図3に示されるように、第5流路205、第6流路206および第7流路207を第7槽107における第1槽101側の領域に接続し、一方、第12流路212を第7槽107における第8槽108側の領域に接続することが好ましい。これにより、第7槽107内のビーズを上方向(第1槽101側)および下方向(第8槽108側)の双方から洗浄液に接触させることが可能となり、これにより該ビーズをより効果的に洗浄することができる。また上述のように、第12流路212を被洗浄物収容部107aに直接接続しているので、この点でも洗浄効果が高められている。
【0052】
また、第11流路211と第1槽101との接続点が、第9流路209、第2流路202および第1流路201と第1槽101との接続点より分析チップの外周部側に位置するように構成されているため、上述の多段階洗浄においては、被洗浄物収容部107aに直接的に第1液体が導入される経路である上記経路(4)からの第1液体導入によるビーズの洗浄が常に行なわれる。このこともまた、洗浄効果を高めるうえで有利である。
【0053】
さらに本実施形態のように、第7槽107の容積を第2槽102、第3槽103、第9槽109および第10槽110の合計容積と同じか、または該合計容積よりも小さくすることによっても第7槽107内のビーズの洗浄効果を高めることができる。すなわち、上述の洗浄工程における多段階洗浄の少なくとも初期においては、第2槽102、第3槽103、第9槽109および第10槽110のすべてのバッファ槽に第1液体が一時的にほぼ満たされ、これらの第1液体がすべて第7槽107に導入されることになるが、上記のような容積の関係を満たすことにより、第7槽107全体が第1液体で満たされることになるため、第7槽107内全体を効果的に洗浄することができる。
【0054】
流体回路10の構造は、必要に応じて種々の変形が可能である。たとえば、流体回路10は、上記経路(1)を形成する第9流路209、第9槽109および第10流路210を有していなくてもよく、また上記経路(4)を形成する第11流路211、第10槽110および第12流路212を有していなくてもよい。ただし、洗浄効果の向上の観点からは、図3に示されるように、これらの槽および流路を有していることが好ましい。
【0055】
また第10流路210は、図1に示される流体回路のように、第6槽106に接続するのではなく、直接第7槽107に接続するようにしてもよい。ただし、第2液体および第3液体を第7槽107に導入する工程において第7流路207に侵入し得る第2液体および第3液体を洗浄工程において洗浄除去でき、これにより検査精度をより高めることができることから、図3に示されるように、第10流路210は第6槽106に接続されることが好ましい。
【0056】
上述のように、本発明の円盤型分析チップは、流体回路(内部空間)構造に応じた溝パターンが一方の表面に形成された第1の基板の溝形成面上に、第2の基板を積層、接合することにより作製することができ、第1導入口104a、第2導入口105a、第3導入口106aおよび第4導入口101aの少なくとも1つ(好ましくはすべて)は、第2の基板を厚み方向に貫通する貫通口であることができる。
【0057】
図10および図11は、分析チップの第1槽101が形成されている部分を拡大して示す断面模式図である。図10および図11において、円盤型分析チップは第1の基板1と第2の基板との積層体であり、第1の基板1の一方の表面に形成された溝と、第2の基板2における第1の基板1側表面とによって、第1槽101を含む流体回路(内部空間)が形成されている。第4導入口101aは、第2の基板2を厚み方向に貫通する貫通口からなる。
【0058】
図10および図11に示されるように、第4導入口101a(他の導入口についても同様)を構成する貫通口は、第1の基板方向に進むに従いその口径が小さくなるようなテーパー形状を有することが好ましい。各槽への液体の注入はピペットを用いて行なうことができるが、このようなテーパー形状とすることにより、導入口の位置が見やすくなるとともに、ピペットチップ500の先端をガイドする役割を果たし、ピペットチップ500の先端を貫通口の奥まで容易に誘導することができるようになる。
【0059】
貫通口は、図10に示されるように、第2の基板2の表面に対して垂直方向に延びるものであることができる。これにより、ピペットチップ500を、第2の基板2の表面に対して垂直方向に容易に挿入することができる。図10に示される例において、テーパー角aおよびbは等しい。テーパー角aおよびbは、たとえば10〜80度であり、好ましくは20〜70度である。
【0060】
また貫通口は、図11に示されるように、第1の基板1方向に進むに従い分析チップの外周部(図11における第1槽101の出口101b)により近づくように(すなわち、遠心力のより下流側に進むように)、第2の基板2の表面に対して傾斜して延びていてもよい。これにより、液体注入時に貫通口内に液体が含まれている場合であっても、遠心力印加時に、貫通口内の液体は第1槽101内に導入されるため、第1の基板1の外面側に漏れ出すことを防止できる。
【0061】
図11に示される例においては、テーパー角cは、たとえば10〜80度であり、好ましくは20〜70度である。テーパー角dは、たとえば100〜170度であり、好ましくは110〜160度である。
【0062】
<円盤型分析チップの使用方法>
以下、図4〜図8に基づき、本実施形態の円盤型分析チップ100を用いてELISA法による検査を行なう実施態様(円盤型分析チップの使用方法の実施態様)について説明する。図4〜図8は、図3に示される流体回路10を有する本実施形態の円盤型分析チップ100を用いてELISA法を実施したときの、各工程における液体の状態を示す概略上面図である。
【0063】
まず、第1液体としての洗浄液Aを第1槽101に収容し、第2液体としての分析対象である検体および酵素標識抗体を含む液体Bを第4槽104に収容し、第3液体としての抗体修飾ビーズを含有する液体Cを第5槽105に収容する〔第1液体収容工程、図4〕。これらの洗浄液Aおよび液体B〜Cの収容は、各槽の導入口(第4導入口101a、第1導入口104a、第2導入口105a)からのピペット等を用いた注入により行なうことができる。
【0064】
次に、図5を参照して、分析チップの中心を回転中心とする分析チップの回転により、図5に示される方向であって適宜定められる大きさの第1遠心力を分析チップに印加することにより、第5流路205を通して液体Bを第7槽107に導入するとともに、第6流路206を通して液体Cを第7槽107に導入、混合して、液体Bと液体Cとの間で抗原抗体反応を行なう〔第1反応工程〕。第1遠心力は、液体Bおよび液体Cが第8流路208を介して第8槽108に流出しない程度の大きさである。この第1遠心力の印加により、バッファ槽である第2槽102、第3槽103および第9槽109に洗浄液Aが導入されるが、第1遠心力は液体Bおよび液体Cが第8流路208を介して第8槽108に流出しない程度の大きさであるので、洗浄液Aが第8流路208より断面積の小さい第3流路203、第4流路204および第10流路210に流出することはない。
【0065】
次に、図6を参照して、図6に示される方向であって適宜定められる大きさの第2遠心力を分析チップに印加することにより、洗浄液Aを第7槽107に導入して、反応後のビーズを洗浄するとともに、第8流路208を通して洗浄後の洗浄液Aを第8槽108へ移動させ、廃液を行なう〔洗浄工程〕。この洗浄工程によって未反応の検体および未反応の酵素標識抗体が除去される。第2遠心力は上記液体移動が可能な程度に大きい必要があり、少なくとも上記第1遠心力より大きい。なお、洗浄液Aは、第8流路208よりも断面積が小さい流路を通って第7槽107に導入されるため、第1反応工程後における第7槽107内の反応液中の液分が第8槽108へ排出された後、洗浄液Aが第7槽107に導入されることになる。
【0066】
本洗浄工程は、第1槽101内の洗浄液Aの一部を第7槽107に導入して第7槽107内のビーズを洗浄し、洗浄後の洗浄液Aを第8槽108に排出する工程を複数回含むことができる。すなわち、第1槽101から第7槽107に至る経路中にバッファ槽(第2槽102、第3槽103、第9槽109および第10槽110)を介在させることにより、洗浄液Aを第7槽107へ分割導入(多段階導入)することが可能となっている。分割導入が可能となるのは、第2遠心力を印加している間は、液体はバッファ槽を連続的に通過するが、遠心力を停止すると、バッファ槽内で液体が分断されることによる。したがって、第7槽107内のビーズの多段階洗浄は、第2遠心力の印加および停止を繰り返し行なうことで実施することができる。
【0067】
上述のように、多段階洗浄の少なくとも初期においては、第1槽101内の洗浄液Aは、上記経路(1)〜(4)のすべてを通って第7槽107に導入される(図6参照)。これにより、多方向からの第7槽107内のビーズの洗浄が可能になるとともに、第1槽101から第7槽107に至る経路中の、第4槽104および第5槽105を含むあらゆる槽および流路の洗浄が実施される。また、多段階洗浄の少なくとも初期においては、上述のように、第7槽107全体が洗浄液Aで満たされることになるため、第7槽107内全体を効果的に洗浄することができる。
【0068】
多段階洗浄の進行とともに、第1槽101内の洗浄液Aの液面が下がっていくため、洗浄液Aの供給経路は、上記の4つの経路(1)〜(4)から段階的に絞られていき、最終的には、経路(4)のみから洗浄液Aが第7槽107に導入される。洗浄工程は通常、第1槽101内の洗浄液Aがすべて消費され、第8槽108に排出されるまで行なわれる。
【0069】
次に、第4液体としての基質溶液Dを第6槽106に収容した後〔第2液体収容工程、図7〕、図8に示される方向であって適宜定められる大きさの第3遠心力を分析チップに印加することにより、第7流路207を通して基質溶液Dを第7槽107に導入し、洗浄後のビーズとの間で酵素反応を行なう〔第2反応工程、図8〕。第3遠心力は、上記第1遠心力と同程度の大きさであることができるが、第7槽107内の液が第8流路208を介して第8槽108に流出しない程度の大きさである。
【0070】
最後に、酵素反応によって第7槽107内で生じた蛍光物質を、たとえば第7槽107に検出光を照射するなどの光学測定を行なうことにより検出し、目的物質を定量する〔検出工程〕。
【0071】
なお、分析チップの回転および上記検出工程における光学測定は、図9のような装置を用いて行なうことができる。図9に示される回転装置は、ターンテーブル301とターンテーブル301を回転させるためのモータ302とを備える。ターンテーブル301上に円盤型分析チップ100を載置し、モータ302によりターンテーブル301を回転させることにより、分析チップ外周部方向への遠心力を付与することができる。遠心力の大きさはターンテーブル301の回転速度により制御される。
【0072】
また、図9に示される光学測定装置は、流体回路の所定の部位(上記の実施形態では第7槽107)に検出光を照射するための光源401と、蛍光物質から発せられた蛍光などを検出するための光検出器402とから構成されている。光源401としては、LED(発光ダイオード)、LD(レーザーダイオード)などを用いることができ、光検出器402としては、PD(フォトダイオード)、APD(アバランシェ・フォトダイオード)、PM(フォトマル)などを用いることができる。
【実施例】
【0073】
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0074】
<実施例1>
図2に示される直径12cm、厚み2mmの円盤型分析チップを作製した。ただし、流体回路10を合計16個有している。この円盤型分析チップは、流体回路10を構成する溝パターンを形成したPMMA樹脂からなる第1の基板上に貼着ラベルを積層したものである。流体回路10の構造は図3に示されるとおりであり、第1流路201、第2流路202、第5流路205、第6流路206、第7流路207および第9流路209の幅および深さはそれぞれ600μm、800μm、第8流路208の幅および深さはそれぞれ100μm、50μm、第3流路203、第4流路204、第10流路210、第11流路211および第12流路212の幅および深さはそれぞれ100μm、30μmである。
【0075】
2重量%PBS(ウシ血清アルブミン)のPBS溶液(0.05重量%の界面活性剤を含有)からなるブロッキング剤を、流体回路10全体を満たすように注入し、温度37℃で30分間ブロッキングを行なった。
【0076】
<参考例1>
流体回路の構造が図1に示されるとおりであること以外は実施例1と同様の円盤型分析チップを作製した。また、実施例1と同様にして流体回路のブロッキングを行なった。
【0077】
〔洗浄効果の評価〕
(1)実施例1の分析チップの第4槽104に、濃度200ng/mLの酵素標識抗体溶液(0.2重量%のBSAおよび0.05重量%の界面活性剤を含有)を注入した後、分析チップの回転により遠心力を印加して酵素標識抗体溶液を第7槽107に導入し、室温で30分間静置することにより非特異吸着を生じさせた。その後、遠心力の印加により酵素標識抗体溶液を第8槽108に排出した。ついで、第1槽101にPBS(リン酸緩衝生理食塩水)を100μL注入し、遠心力の印加および停止を繰り返し行なうことによって、第7槽107内の多段階洗浄を行なった。次に、第6槽106に基質溶液を注入し、遠心力の印加によりこれを第7槽107に導入し、10分間酵素反応を行ない、生じた蛍光の強度を測定した。
【0078】
上記の洗浄実験を合計5回行なった。これらを洗浄実験1〜5とし、結果を表1に示す。各洗浄実験における「蛍光強度の平均値」とは、分析チップが有する16個の流体回路の中から任意で選択した8個の流体回路についての蛍光強度(a.u.)の平均値を意味する(以下に示す洗浄実験についても同じ)。表1中のカッコ内の数値はCV(変動係数%)である。また、表1中の「洗浄実験1〜5のトータル」とは、流体回路8個×実験回数5回=40点についての蛍光強度の平均値およびCVを意味する(表2についても同様である)。
【0079】
(2)参考例1の分析チップについて、上記(1)と同様の洗浄試験を行なった。すなわち、参考例1の分析チップの槽20に、上記と同じ酵素標識抗体溶液を注入した後、遠心力を印加して酵素標識抗体溶液を槽60に導入し、室温で30分間静置することにより非特異吸着を生じさせた。その後、遠心力の印加により酵素標識抗体溶液を槽70に排出した。ついで、槽40にPBSを80μL注入し、遠心力の印加および停止を繰り返し行なうことによって、槽60内の多段階洗浄を行なった。次に、槽50に基質溶液を注入し、遠心力の印加によりこれを槽60に導入し、10分間酵素反応を行ない、生じた蛍光の強度を測定した。上記の洗浄実験を合計2回行なった。これらを洗浄実験6〜7とし、結果を表1に示す。
【0080】
(3)参考例1の分析チップについて次の洗浄実験を行なった。酵素標識抗体溶液を槽70に排出する工程までは上記(2)と同じである。次に、1)槽40にPBSを80μL注入し、遠心力の印加および停止を繰り返し行なうことによる槽60内の多段階洗浄、2)槽20にPBSを5μL注入し、遠心力の印加によりPBSを槽60に導入することによる槽60内の洗浄、および、3)槽50にPBSを10μL注入し、遠心力の印加によりPBSを槽60に導入することによる槽60内の洗浄の1)〜3)を1セットとし、これを合計3セット行なった。これ以降は上記(2)と同様にして蛍光強度を測定した。この洗浄試験は1回のみ行なった。これを洗浄実験8とし、結果を表1に示す。
【0081】
表1に示されるとおり、実施例1の分析チップは極めて良好な洗浄効果を示した。酵素標識抗体溶液およびPBSを第7槽107に導入することなく、基質溶液のみを第7槽107に導入したときの蛍光強度(バックグラウンド)は22〜23程度であり、実施例1の分析チップによれば、上記(1)のような洗浄実験では、多段階洗浄により蛍光強度がバックグラウンドと同等になる程度にまで第7槽107内の洗浄を行なうことができる。
【0082】
これに対して参考例1の分析チップでは、多段階洗浄を行なっても〔洗浄実験(2)〕、比較的高い蛍光強度を示した。これは、槽20を洗浄できないために、洗浄工程よりも後の工程で槽20内に残存していた微量の酵素標識抗体溶液が槽60に流出することが原因であると考えられる。槽20および槽50に直接PBSを注入してこれらの槽を洗浄する操作を加えた洗浄〔洗浄実験(3)〕によっても、実施例1の分析チップほどの洗浄効果は得られなかった。
【0083】
【表1】

【0084】
(4)実施例1の分析チップについて、ELISA法に適用する場合のようにビーズを流体回路に導入したときの洗浄効果を評価した。まず、実施例1の分析チップの第4槽104に、ブロッキング済ビーズ(粒径80μm)0.25μgおよび濃度200ng/mLの酵素標識抗体溶液(0.2重量%のBSAおよび0.05重量%の界面活性剤を含有)を注入した後、分析チップの回転により遠心力を印加して、これらを第7槽107に導入し、室温で30分間静置することにより非特異吸着を生じさせた。その後、遠心力の印加により第7槽107内の液を第8槽108に排出した。ついで、第1槽101にPBS(リン酸緩衝生理食塩水)を100μL注入し、遠心力の印加および停止を繰り返し行なうことによって、ビーズの多段階洗浄を行なった。次に、第6槽106に基質溶液を注入し、遠心力の印加によりこれを第7槽107に導入し、10分間酵素反応を行ない、生じた蛍光の強度を測定した。上記の洗浄実験を合計7回行なった。これらを洗浄実験9〜15とし、結果を表2に示す。
【0085】
【表2】

【符号の説明】
【0086】
1 第1の基板、2 第2の基板、10 流体回路、100 円盤型分析チップ、101 第1槽、101a 第4導入口、101b 第1槽の出口、102 第2槽、103 第3槽、104 第4槽、104a 第1導入口、105 第5槽、105a 第2導入口、106 第6槽、106a 第3導入口、107 第7槽、107a 被洗浄物収容部、108 第8槽、108a 第1空気穴、109 第9槽、110 第10槽、110a 第2空気穴、201 第1流路、202 第2流路、203 第3流路、204 第4流路、205 第5流路、206 第6流路、207 第7流路、208 第8流路、209 第9流路、210 第10流路、211 第11流路、212 第12流路、301 ターンテーブル、302 モータ、401 光源、402 光検出器、500 ピペットチップ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内部空間を備えており、遠心力の印加により前記内部空間内に存在する液体を前記内部空間内の所望の位置に移動させる円盤型の分析チップであって、
前記内部空間は、
第1液体を収容するための第1槽と、
前記第1槽よりも分析チップの外周部側に設けられる第2槽および第3槽と、
前記第2槽および前記第3槽よりも分析チップの外周部側に設けられる、第2液体を収容するための第4槽、第3液体を収容するための第5槽および第4液体を収容するための第6槽と、
前記第4槽、前記第5槽および前記第6槽よりも分析チップの外周部側に設けられる第7槽と、
前記第7槽よりも分析チップの外周部側に設けられる第8槽と、
前記第1槽と前記第2槽とを接続する第1流路と、
前記第1槽と前記第3槽とを接続する第2流路と、
前記第2槽と前記第4槽とを接続する第3流路と、
前記第3槽と前記第5槽とを接続する第4流路と、
前記第4槽と前記第7槽とを接続する第5流路と、
前記第5槽と前記第7槽とを接続する第6流路と、
前記第6槽と前記第7槽とを接続する第7流路と、
前記第7槽と前記第8槽とを接続する第8流路と、
を含む分析チップ。
【請求項2】
前記第1槽よりも分析チップの外周部側に設けられ、第9流路によって前記第1槽に接続されるとともに、第10流路によって前記第6槽に接続される第9槽と、
前記第1槽よりも分析チップの外周部側に設けられ、第11流路によって前記第1槽に接続されるとともに、第12流路によって前記第7槽に接続される第10槽と、
をさらに含む請求項1に記載の分析チップ。
【請求項3】
前記第1流路、前記第2流路、前記第5流路、前記第6流路、前記第7流路および前記第9流路の断面積は、前記第8流路の断面積より大きく、かつ、前記第8流路の断面積は、前記第3流路、前記第4流路、前記第10流路、前記第11流路および前記第12流路の断面積より大きい請求項2に記載の分析チップ。
【請求項4】
前記第7槽の容積は、前記第2槽、前記第3槽、前記第9槽および前記第10槽の合計容積と同じか、または該合計容積よりも小さい請求項2に記載の分析チップ。
【請求項5】
前記第4槽、前記第5槽、前記第6槽は、それぞれ前記第2液体、前記第3液体、前記第4液体を槽内に導入するための、分析チップ外部に連通する第1導入口、第2導入口、第3導入口を有しており、
前記第1導入口、前記第2導入口、前記第3導入口は、それぞれ前記第3流路と前記第4槽との接続点、前記第4流路と前記第5槽との接続点、前記第10流路と前記第6槽との接続点から前記遠心力の方向に延びる直線上とは異なる位置に配置される請求項2に記載の分析チップ。
【請求項6】
前記第11流路と前記第1槽との接続点が、前記第9流路、前記第2流路および前記第1流路と前記第1槽との接続点よりも分析チップの外周部側に位置する請求項2に記載の分析チップ。
【請求項7】
前記第5流路、前記第6流路および前記第7流路は、前記第7槽における前記第1槽側の領域に接続され、
前記第12流路は、前記第7槽における前記第8槽側の領域に接続される請求項2に記載の分析チップ。
【請求項8】
一方の表面に溝を有する第1の基板と、前記第1の基板の溝形成面上に積層される第2の基板とからなり、
前記内部空間は、前記溝と、前記第2の基板における前記第1の基板側表面とによって構成されている請求項1に記載の分析チップ。
【請求項9】
前記第4槽、前記第5槽、前記第6槽、前記第1槽は、それぞれ前記第2液体、前記第3液体、前記第4液体、前記第1液体を槽内に導入するための、分析チップ外部に連通する第1導入口、第2導入口、第3導入口、第4導入口を有しており、
前記第1導入口、前記第2導入口、前記第3導入口および前記第4導入口の少なくとも1つは、前記第2の基板を厚み方向に貫通する貫通口からなる請求項8に記載の分析チップ。
【請求項10】
前記貫通口は、前記第1の基板方向に進むに従いその口径が小さくなるようなテーパー形状を有する請求項9に記載の分析チップ。
【請求項11】
前記貫通口は、前記第2の基板の表面に対して垂直方向に延びている請求項10に記載の分析チップ。
【請求項12】
前記貫通口は、前記第1の基板方向に進むに従い分析チップの外周部により近づくように、前記第2の基板の表面に対して傾斜して延びている請求項10に記載の分析チップ。
【請求項13】
前記第1液体としての洗浄液を前記第1槽に収容し、前記第2液体としての分析対象である検体および酵素で標識された抗体を含む液体を前記第4槽に収容し、前記第3液体としての抗体で修飾されたビーズを含有する液体を前記第5槽に収容する第1液体収容工程と、
第1遠心力の印加により、前記第5流路を通して前記第2液体を前記第7槽に導入するとともに、前記第6流路を通して前記第3液体を前記第7槽に導入して、前記第2液体と前記第3液体とを反応させる第1反応工程と、
前記第1遠心力よりも大きい第2遠心力の印加により、前記第1液体を前記第7槽に導入し、反応後の前記ビーズを洗浄するとともに、前記第8流路を通して洗浄後の前記第1液体を前記第8槽に移動させる洗浄工程と、
前記第4液体としての基質溶液を前記第6槽に収容する第2液体収容工程と、
第3遠心力の印加により、前記第7流路を通して前記第4液体を前記第7槽に導入し、洗浄後の前記ビーズとの反応を行なう第2反応工程と、
をこの順で備え、
前記洗浄工程は、前記第1槽内の前記第1液体が下記経路(1)〜(4):
(1)前記第9流路、前記第9槽、前記第10流路、前記第6槽および前記第7流路をこの順に通過する経路、
(2)前記第2流路、前記第3槽、前記第4流路、前記第5槽および前記第6流路をこの順に通過する経路、
(3)前記第1流路、前記第2槽、前記第3流路、前記第4槽および前記第5流路をこの順に通過する経路、ならびに
(4)前記第11流路、前記第10槽および前記第12流路をこの順に通過する経路
のすべてを通って前記第7槽に導入される工程を含む請求項2に記載の分析チップの使用方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2013−50435(P2013−50435A)
【公開日】平成25年3月14日(2013.3.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−1165(P2012−1165)
【出願日】平成24年1月6日(2012.1.6)
【出願人】(000116024)ローム株式会社 (3,539)
【Fターム(参考)】