説明

凍結細胞シートの製造方法

【課題】凍結させてもひび割れたり破りたりせず、かつ簡便に凍結保存が可能な凍結細胞シートの製造方法の提供。
【解決手段】細胞浸透性の凍害保護剤を含むガラス化液で被覆された細胞シートを、−20℃〜−269℃の気相雰囲気中で凍結する凍結細胞シートの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、凍結細胞シートの製造方法に関する。より詳しくは、低温領域の雰囲気中で細胞シートを凍結する凍結細胞シートの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞シートは皮膚、循環器、眼、消化器等の再生医療に広く応用されつつある(非特許文献1〜2)。しかし、細胞シートは、生きた細胞で構成されているため、移植等に使用可能な状態を保ちつつ常温で長期間保存することが困難である。このため、細胞シートを使用する予定に合わせて、細胞シートを構成する細胞を培養し、さらに細胞をシート化する等の煩雑な計画を実行しなければならない。この不便さを解消するために、細胞シートを凍結することによって、最適な状態を維持したまま長期間保存する方法の開発が望まれている。
【0003】
従来、細胞シートを構成していない、単なる細胞を生きた状態(解凍後に増殖可能な状態)で凍結保存する方法として、緩慢凍結法とガラス化保存法の二つが知られている。
緩慢凍結法では、緩慢な冷却速度で長時間かけて細胞シートを冷却し、細胞内での氷晶の形成を抑えることによって、凍結による細胞の損傷(凍害)を避けることができるとされている。しかし、凍結が完了するまでに長い時間を必要とし、冷却速度を制御する特殊な機能を備えた高価なフリーザー等を使用する必要があった。
【0004】
緩慢凍結法における欠点を克服する代替方法として、近年、ガラス化保存法が広く用いられている。ガラス化保存法は、ガラス化溶液で処理した細胞を液体窒素で素早く凍結させることで、細胞内外に氷晶を形成させずに凍結する方法である。これは、ガラス化と呼ばれる現象、即ち、溶液を急速に冷却させると、本来の凝固点を素早く通過して過冷却が生じ、氷晶が形成されずに水分子の動きが止まるという現象を利用したものである。この方法は、氷晶の形成による細胞の損傷が生じない点、処理にかかる時間が短い点、及び特別な機器が不要な点において、緩慢凍結法より優れている。
細胞のガラス化保存の具体的方法は多数開発されており、ガラス化保存のための溶液に使用する、化合物等も開発されている(特許文献1〜2)。例えば、凍結保存用の化合物を60%という高濃度とした場合、細胞に損傷をもたらすことから、フラボノイド配糖体を添加することにより、係る凍結保存用の化合物の濃度を45%まで下げることを提案している(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009−219395号公報
【特許文献2】特開2011−30557号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】“細胞シート工学を用いた食道癌内視鏡治療のための再生医療” 私立大学学術研究高度化推進事業 東京女子医科大学ハイテク・リサーチ・センター整備事業 再生医療のための細胞シート工学研究開発プロジェクト研究成果報告書、平成15年度〜平成19年度:106−110,2007
【非特許文献2】“Treatment of oesophageal ulcerations using endoscopic transplantation of tissue‐engineered autologous oral mucosal epithelial cell sheets in a canine model” Gut 2007;56:313‐314
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来の緩慢凍結法及びガラス化保存法の何れにおいても、細胞の体積に比べて多量の保護溶液中に細胞を浸漬した状態で、凍結及び解凍させている。この方法を、細胞同士が寄り集まった脆弱なシート状構造を持つ細胞シートに適用した場合、細胞シートがひび割れたり破れてしまう問題(以下、この問題を凍害と呼ぶことがある。)があった。このような問題が生じた細胞シートを移植等に供することはできない。
【0008】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、凍結させてもひび割れたり破れたりせず、かつ簡便に凍結保存が可能な凍結細胞シートの製造方法の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の請求項1に記載の凍結細胞シートの製造方法は、細胞浸透性の凍害保護剤を含むガラス化液で被覆された細胞シートを、−20℃〜−269℃の気相雰囲気中で凍結することを特徴とする。
本発明の請求項2に記載の凍結細胞シートの製造方法は、請求項1において、前記ガラス化液の被覆は、前記細胞浸透性の凍害保護剤の濃度が15vol%以上30vol%未満である第1のガラス化液に細胞シートを浸漬し、次いで前記細胞浸透性の凍害保護剤の濃度が30vol%以上50vol%未満である第2のガラス化液に前記細胞シートを浸漬することによって行うことを特徴とする。
本発明の請求項3に記載の凍結細胞シートの製造方法は、請求項2において、前記第2のガラス化液が、非細胞浸透性の凍害保護剤を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明の凍結細胞シートの製造方法によれば、凍結の過程で細胞シートがひび割れたり破れたりすることを防止し若しくはその程度を少なくし、且つ高い細胞生存率を保持した状態で細胞シートを凍結できる。この結果、移植等の使用に適した状態の細胞シートを長期間にわたり保存できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】細胞シートを第2のガラス化液と一緒に袋内に入れ、第2のガラス化液を押し出す様子(矢印)を表した模式図である。
【図2】被覆状態の細胞シートがガラス化される前後の様子を示した写真であり、図2(a)は細胞シートの支持体にCell Shifterを使用し、図2(b)は細胞シートの支持体にPVDF膜を使用したものである。
【図3】浸漬状態の細胞シートがガラス化される前後の様子を示した写真であり、図3(a)は細胞シートの支持体にCell Shifterを使用し、図3(b)は細胞シートの支持体にPVDF膜を使用したものである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、好適な実施の形態に基づき、図面を参照して本発明を説明する。
<凍結細胞シートの製造方法>
本発明の凍結細胞シートの製造方法は、細胞浸透性の凍害保護剤を含むガラス化液で被覆された細胞シートを、−20℃〜−269℃の気相雰囲気中で凍結するものである。
【0013】
細胞シートをガラス化液で被覆する場合には、細胞シートを少なくとも前記細胞浸透性の凍害保護剤(以下、単に「凍害保護剤α」と呼ぶことがある。)を含む第1のガラス化液に浸漬する第1のガラス化液処理をしたのちに、前記凍害保護剤αの濃度が前記第1のガラス化液よりも高い第2のガラス化液に浸漬する第2のガラス化液処理をすることが好ましい。ここで、凍害保護剤αは、細胞シートのシート状構造形成を損なうものでなく、細胞内に浸透可能であり、細胞毒性が低く、凍結時に細胞内で氷晶(氷核)が形成されることを抑制若しくは低減できるものであれば特に限定されず、従来の細胞の凍結保存に使用されている凍害保護剤が適用できる。例えば、グリセロール、エチレングリコール、プロピレングリコール、DMSO(ジメチルスルホキシド)、プロパンジオール等が挙げられる。これらの中でも、氷晶形成をより一層抑制し、細胞毒性が低く、細胞シートが移植される人体への毒性が低い、グリセロール、エチレングリコール、プロピレングリコールがより好ましい。
また、凍害保護剤αは一種を単独で用いてもよいし、複数種類を組み合わせて用いてもよい。
【0014】
前記第1のガラス化液に含まれる凍害保護剤αの濃度は、凍害保護剤αの種類や組み合わせによって適宜調整すればよく、15vol%以上30vol%未満であることが好ましい。上記濃度範囲の下限値以上であると、凍結過程で細胞内に氷晶が形成されることを抑制することができる。上記濃度範囲の上限値以下であると、細胞内への凍害保護剤αの急激な浸透による細胞へのダメージを防ぐことができる。
前記第2のガラス化液に含まれる凍害保護剤αの濃度は、凍害保護剤αの種類や組み合わせによって適宜調整すればよく、30vol%以上50vol%未満であることが好ましい。上記濃度範囲の下限値以上であると、凍結過程で細胞内に氷晶が形成されることをより一層抑制することができる。上記濃度範囲の上限値以下であると、過度に細胞内に浸透することを防ぎ、細胞の生存率(viability)に与える影響を少なくできる。
【0015】
なお、上記濃度範囲の単位「vol%」は「v/v%(容量%)」を意味する。上記濃度範囲で使用することが好ましい凍害保護剤αとしては、例えば、エチレングリコール(分子量62)とDMSOを1:1の体積比となるように混合調製したものが挙げられる。
【0016】
このように、細胞シートを構成する細胞内にガラス化液を浸透させる際、凍害保護剤αの濃度が比較的低い第1のガラス化液処理と、凍害保護剤αの濃度が比較的高い第2のガラス化処理とに分けて処理することにより、浸透圧差を少なくして細胞へのダメージを低減することができる。
【0017】
前記第2のガラス化液には、さらに非細胞浸透性の凍害保護剤(以下、単に「凍害保護剤β」と呼ぶことがある。)が含まれている方が凍害防御の観点から特に好ましい。凍害保護剤βが含まれる第2のガラス化液を使用することにより、細胞シートのひび割れを防止することがより容易となる。
また、前記凍害保護剤βは前記第1のガラス化液の粘度が高くなりすぎない範囲で含まれていてもよいが、第2のガラス化液のみに含む方が、製造工程とコストの点から有利である。前記凍害保護剤βの濃度が25wt%以上となると、粘度が高くなりすぎて取り扱いが難しくなるばかりでなく、ガラス化液処理中細胞シートが破れることがある。
ここで、第1のガラス化液と第2のガラス化液とは、組成や各成分の濃度が異なる溶液であることから、細胞シートを前記第2のガラス化液処理する前に、前記第2のガラス化液と同じ組成のガラス化液に短時間浸漬させる濯ぎ処理をすることによって、前記第1のガラス化液処理によって細胞シートに付着した前記第1のガラス化液を希釈除去することが好ましい。この濯ぎ処理は、前記細胞シートに付着している第1のガラス化液を第2のガラス化液に持ち込むことにより、その組成が変化するのを低減すると同時に、組成や各成分の濃度が異なるガラス化液への浸漬によって、細胞シートを構成する細胞が受けるショックを和らげ、第2のガラス化液処理することの所望の目的を完結化させるために行う。
なお、ここでは便宜的に「濯ぎ処理」と「浸漬処理」とを区別して説明したが、使用するガラス化液は同じであるので、「濯ぎ処理」および「浸漬処理」は共に、「第2のガラス化液処理」に含まれる処理である。
【0018】
ここで、凍害保護剤βは、細胞内に実質的に浸透せず、細胞毒性が低く、凍結時に細胞表面を被覆するガラス化液中に氷晶が形成されることを抑制若しくは低減できるものであれば特に制限されず、従来の細胞の凍結保存に使用されている高分子の凍害保護剤が適用できる。例えば、デキストラン、ポリエチレングリコール、スクロース、トレハロース、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ポリリジン、不凍蛋白等は、細胞毒性が低く、細胞シートが移植される人体への毒性も低く、凍結保存や解凍時の細胞シートのひび割れや破れを防げるので好ましい。
本発明において、ポリリジンは、ε−ポリ−L−リジン(PLL)、ε−ポリ−D−リジン、α−ポリ−L−リジン、α−ポリ−D−リジンのいずれであってもよい。
【0019】
これらの凍害保護剤βは高分子化合物であるが、後述する媒体に溶解することが必要であり、溶解したときに極度に粘性が高くなく、細胞シートを被覆できればよい。これらの中でもPLLは氷晶形成をより一層抑制するうえ、凍結保存や解凍時の細胞シートのひび割れや破れをより防げるのでより好ましい。PLLは市販されているものでも良いが、市販されているPLLのアミノ基に結合する水素原子の一部又は全部を、3−カルボキシ−1−オキソプロピル基{−C(=O)−CH−CH−COOH}又はカルボキシル基(−COOH)に置換した置換型PLLが特に好ましい。
【0020】
【化1】

[式中、Rは3−カルボキシ−1−オキソプロピル基{−C(=O)−CH−CH−COOH}又はカルボキシル基(−COOH)を表し、nは重合度を表す。]
【0021】
前記凍害保護剤βの質量平均分子量としては、ガラス化液の粘度が取扱いに支障を来たすほど高くならなければ特に限定されないが、例えば、デキストランであれば20,000〜60,000、ポリエチレングリコールであれば30,000〜70,000、スクロースであれば200〜500、トレハロースであれば200〜500、ポリビニルアルコールであれば2,000〜200,000、ポリビニルピロリドンであれば20,000〜60,000、ポリリジン(PLL)及びその誘導体であれば1,000〜20,000であれば、取扱も容易であり、ガラス化液で細胞シートを十分に被覆できるため好ましい。置換型PLLの構造式中、重合度nは、5〜100が好ましい。
凍害保護剤βは一種を単独で用いてもよいし、複数種類を組み合わせて用いてもよい。
【0022】
第2のガラス化液に含まれる凍害保護剤βの濃度は、凍害保護剤βの種類や組み合わせによって適宜調整すればよく、例えば5〜25wt%が好ましく、6〜20wt%がより好ましく、7〜15wt%がさらに好ましい。
上記濃度範囲の下限値以上であると、凍結過程で細胞表面に被覆されたガラス化液内に氷晶が形成されることをより一層抑制することができる。上記濃度範囲の上限値以下であると、過度に細胞内の水を脱水することを防ぎ、細胞の生存率に与える影響を少なくできる。なお、上記濃度範囲の単位「wt%」は「w/w%(重量%)」を意味する。
【0023】
第1のガラス化液と第2のガラス化液は、少なくとも凍害保護剤αを含み、必要に応じて凍害保護剤βも含むが、細胞シートを被覆するために、これらの凍害保護剤を適度に溶解あるいは希釈するための媒体を用いるのが好ましい。前記媒体は、細胞毒性が低く、凍害保護剤αを溶解できるものであれば特に制限されず、凍害保護剤α及び凍害保護剤βを溶解できるものが好ましい。このような媒体としては、滅菌されたリン酸緩衝生理食塩水等の生理的塩類溶液や細胞培養培地等を好適な例として挙げることができる。
第2のガラス化液においては、凍害保護剤βが高分子であることから高粘度となる傾向がある。したがって、用いる媒体と凍害保護剤βを含む媒質との組み合わせ、被覆のし易さを適宜考慮する必要がある。
【0024】
本発明のガラス化液には、細胞内へ凍害保護剤αの浸透を促進するために、浸透圧調整剤を含むことが好ましい。浸透圧調整剤は、通常、細胞の浸透圧調整のために使用されるものであれば特に制限されないが、スクロース、トレハロース、グルコースが好適に利用できる。
また、前記浸透圧調整剤は前記第1のガラス化液に、第1のガラス化液処理中に過度に細胞の脱水が生じない範囲で含まれていてもよいが、第2のガラス化液のみに含む方が、製造工程とコストの点から有利である。例えば浸透圧調整剤としてスクロースを用いた場合、スクロース濃度が0.25mol/L以下であれば過度に細胞の脱水が生じることがない。
【0025】
本発明のガラス化液には血清又は血清代替物(以下、これらを総称して「血清」と呼ぶことがある。)を含むことが好ましい。前記血清は、通常、細胞培養に使用されるものであれば特に制限されない。通常は細胞シートと同じ動物種の血清又は血清代替物を好適に用いることができる。例えば、入手が容易なウシ胎児血清等が利用できる。
【0026】
第1のガラス化液は、凍結過程において細胞内に氷晶が形成されることを抑制する、若しくは氷晶が形成される程度を低減するものである。
第2のガラス化液は、第1のガラス化液中の凍害保護剤αの配合割合よりも大きい割合で凍害保護剤αを含むことが重要である。第2のガラス化液は、第1のガラス化液よりも氷晶の形成を抑制し、又は氷晶の形成の程度を低減することができる。第2のガラス化液は、さらに凍害保護剤βを含んでいても良い。凍害保護剤βを第2のガラス化液に含有させることにより、凍結過程において細胞内及び細胞表面を被覆する第2のガラス化液中に氷晶が形成されることをさらに抑制する、若しくは氷晶が形成される程度をさらに低減することができる。
第1のガラス化液及び第2のガラス化液は、凍害保護剤αと共に、さらに媒体及び血清を含むものが好ましい。媒体を含ませることにより、ガラス化液の粘度を調整しつつ凍害保護剤αの濃度を調整できる。また、血清を含ませることにより、細胞の生存率をより高められる。
また、細胞シートを第2のガラス化液で十分に被覆するためには、上述したように、細胞シートを第2のガラス化液に浸漬する前に、濯ぎ処理を行うことが好ましい。この濯ぎ処理は、第1のガラス化液に浸漬したのち、第1のガラス化液から第2のガラス化液に近い液に漸次換えながら複数回行ってもよいことはいうまでもない。
【0027】
前記細胞シートを凍結前に予め前記ガラス化液に浸漬することによって、細胞シートを構成する細胞内に凍害保護剤αを浸透させることができる。その浸漬時間は特に制限されず、細胞シートを構成する細胞の種類や細胞シートの大きさ又は凍害保護剤αの種類によって適宜調整すればよく、例えば1分間〜60分間とすればよい。また、この浸漬時の温度は、細胞シートを構成する細胞の生存率(viability)が大きく低下しない温度であれば特に制限されず、例えば15〜39℃の範囲が挙げられる。
上記浸漬時間で第2のガラス化液中に細胞シートを浸漬させることにより、細胞シートを構成する細胞内に凍害保護剤αが充分に浸透して、細胞中の凍害保護剤αの濃度上昇をほぼ頭打ちにすることができる。このように凍害保護剤αを充分に浸透させることにより、凍結時に細胞シートがひび割れたり、細胞生存率が低下することを抑制することができる。
なお、細胞シートの積層枚数(シート状細胞を重ねた枚数)が多いほど、細胞シート全体に凍害保護剤αを浸透させる時間は長くなるので、前記浸漬時間を長くすることが好ましい。
【0028】
細胞シートを第2のガラス化液で被覆する際、前記第1のガラス化液が入った容器に所要時間細胞シートを浸漬後、前記容器内の前記第1のガラス化液を除去して、前記第2のガラス化液に置換してもよい。
【0029】
特許文献1〜2に記載された細胞の凍結方法のように、浸漬状態の細胞シートを液体窒素中や液体窒素蒸気雰囲気中に置いた場合、大量のガラス化液を介して細胞シートを冷却するので、細胞シートの冷却速度が充分でなく、細胞内の水をガラス化させることが困難となり、細胞の生存率が低下する。さらに、ガラス化液が凍結する速度と細胞シートが凍結する速度とが異なるため、ガラス化液が凍結する過程で細胞シートに応力が加わる結果、細胞シートにひび割れや破れを生じさせることがある。また、凍結したガラス化液にクラックが入ると、内部の細胞シートにもひび割れや破れが生じてしまう。
【0030】
これに対して本発明では、予め前記ガラス化液で被覆された細胞シートを、液体窒素蒸気等の気相低温雰囲気中において急速に凍結させる。
ここで、「ガラス化液で被覆された細胞シート」とは、細胞シートをガラス化液中から取り出したときに、細胞シート表面がガラス化液に被覆されており、露出することがない状態をいう。
本発明では細胞シートをガラス化液中から取り出したときにガラス化液で被覆されているので、遜色なく細胞シートを急速に凍結することができるため、細胞内の水をガラス化させて凍結することが容易であり、細胞の生存率を高い水準で維持できる。また、凍結したガラス化液が細胞シートに加える応力は微々たるものであり、細胞シートにひび割れや破れが生じる大きな応力が加わることを防止することができる。このため、細胞シートを無傷の状態で凍結できる。
【0031】
細胞シートをガラス化液で被覆された状態を維持する方法は特に制限されず、例えば、ガラス板、金属板、メッシュ状の網、不織布等の台座の上に、細胞シートを載せて、余分なガラス化液を吸い取る若しくは落とすことによって、当該細胞シートをガラス化液で被覆された状態にできる。
さらに、第2のガラス化液に凍害保護剤βが含まれている場合、第2のガラス化液の粘性があるため、細胞シートを被覆しているガラス化液が必要以上に落ちることを防ぐことができる。
【0032】
また、細胞シートをガラス化液で被覆された状態にする別の方法として、前記第1のガラス化液に浸漬後、前記第2のガラス化液に浸漬した細胞シートを樹脂製あるいは金属薄膜性の袋に入れ、袋内に細胞シートを保持したまま、細胞シートにダメージが加わらない程度に袋を扱いて、余分なガラス化液を袋から押し出す方法が挙げられる。図1は、細胞シート1を前記第2のガラス化液2と一緒に袋3内に入れ、前記第2のガラス化液2を押し出す様子を表したものである。図1中の矢印は、前記第2のガラス化液2が袋3の外に排出されることを表す。
この方法によれば、袋が細胞シートを支持できるので、当該細胞シートの取り扱いが容易になるので好ましい。当該細胞シートを凍結する際は、当該袋と共に凍結してもよいし、当該袋から取り出して当該細胞シートだけを凍らせてもよい。
【0033】
本発明によって凍結される細胞シートを構成する細胞の種類は、シート状に成形しうるものであれば特に制限されない。例えば、軟骨細胞、滑膜細胞、上皮細胞、肝細胞、筋細胞等のヒトを含む動物由来の細胞からなるシートが挙げられる。これらの細胞シートは常法により作製できる。
前記細胞シートの厚さは特に制限されず、通常使用される厚さ(例えば1μm〜1000μm)であれば、本発明によって、ひび割れや破れが無い無傷な状態又は実用上問題ない程度のひび割れが散見される状態で、当該細胞シートを凍結できる。
【0034】
前記ガラス化液で被覆された細胞シートを凍結する方法としては、−20℃〜−269℃の気相雰囲気中に細胞シートを置いて急速に凍結できる方法であれば特に制限されない。例えば、ガラス板、金属板、メッシュ状の網、不織布等の台座(支持体)の上に前記ガラス化液で被覆された細胞シートを載せて、その台座及び細胞シートを液体窒素の液面の上方1cm〜10cm程度に保持することによって、当該細胞シートを急速に凍結する方法が好ましい。この場合、前記台座はメッシュ状の網であることがより好ましい。
細胞シートをメッシュ状の網の上に置くことによって、余分なガラス化液は網下に落ちるので細胞シートには余分なガラス化液が付いておらず、凍結に適した状態の、ガラス化液に被覆された細胞シートを容易に得ることができる。この場合、ガラス化液に浸漬された状態の細胞シートを、細胞シートが破れないように秒速約約5cm以下の速度で引き上げて取り出し、網の上に置いた後、約3〜30秒間保持してから、凍結することが好ましい。
秒速約5cm以下の速度で引き上げることにより、細胞シートが破れることを防ぐことができる。また、約3秒以上で保持することによって余分なガラス化液を落とすことがより確実になり、約30秒以下で保持することによってガラス化液が無くなって細胞シートの表面が露出することを防ぐことができる。
前記網は、耐凍性及び熱伝導性の高い金属製の網であることがより好ましい。液体窒素の液面からの冷気が、前記金属製網の上に載せられた細胞シートに直接伝えられるので、より急速に凍結できる。この凍結方法において、凍結温度は、液体窒素の液面と台座との距離を調整することによって、より好ましい−80℃〜−180℃に制御できる。
また、液体窒素から得られる低温の冷却用のガスを前記台座に載せられた細胞シートに吹き付けることによって、当該細胞シートを前記雰囲気中で急速に凍結させる方法又は前記台座に載せられた細胞シートを冷凍庫内に置いて急速に凍結させる方法も適用可能である。
【0035】
本明細書及び特許請求の範囲において、「凍結する」とは、細胞内に氷晶が形成されないようにガラス化することだけを意味するものではなく、細胞内に少量の氷晶が形成されるように凍らせることも意味する。細胞内に氷晶を形成しないことが、細胞の生存率を高めて細胞シートの破損を防止する観点から好ましいが、細胞内に全く氷晶を形成させないことは実用上困難であることが多い。
【0036】
前記雰囲気を構成する冷却用のガスを得る方法は特に制限されず、例えば、液体窒素(−196℃)、ドライアイス(−79℃)、液体エタン(−175℃)、液体ヘリウム(−269℃)等の冷却体から発せられる冷気又はコンプレッサーで極低温に冷却した空気を、常温の空気と適宜混合して温度調整を行うことにより得る方法が挙げられる。
【0037】
前記雰囲気の温度は、−20℃〜−269℃であれば特に制限されないが、低い温度であるほど細胞シートを凍結する速度が速くなり、細胞内の水をガラス化させ易くなるので好ましい。具体的には、−70℃〜−269℃が好ましく、−80℃〜−180℃がより好ましい。また、冷却コストと冷却効率のバランスを考慮すると、前記温度の下限値は−180℃が好ましい。
【0038】
前記雰囲気に細胞シートを置いて凍結させる時間は、細胞を凍結できる時間以上であれば特に制限されず、通常は1秒間〜10分間で凍結を完了できる。
【0039】
前記台座の厚さは薄いほど熱伝導の効率が高くなり、当該台座に載せた細胞シートをより速く凍結できるので好ましい。具体的には、前記台座の厚さは、その種類にもよるが、0.1mm〜10mmが好ましく、0.1mm〜5mmがより好ましく、0.1mm〜1mmがさらに好ましい。
上記範囲の下限値以上であると、細胞シートの重さを十分に支えることができる。上記範囲の上限値以下であると、細胞シートをより急速に凍結できる。
【0040】
本発明の製造方法で得られた凍結細胞シートは、凍害保護剤αが細胞内部に含浸され、凍害保護剤βが細胞表面に被覆されていることが好ましい。これらの凍害保護剤が凍結細胞シートを構成する細胞の内外を保護しているので、解凍時において、温度上昇に伴う細胞へのダメージを最小限に抑え、細胞の生存率を充分に保ちつつ、細胞シートにひび割れや破れが発生するのを抑制できる。
【0041】
<凍結細胞シートの解凍方法>
本発明の凍結細胞シートの解凍方法は、本発明の凍結細胞シートの製造方法によって得られた凍結細胞シートを気相中で解凍する方法である。
前記解凍する方法としては、凍結細胞シートを気相中で解凍できる方法であれば特に制限されず、例えば加温可能な板の上に凍結された細胞シートを置いて解凍する方法、ドライヤーや赤外線ヒーター等の温風を凍結細胞シートに吹き付けて解凍する方法、室温の空気中に静置する方法等が挙げられる。
一方、本発明の凍結細胞シートを凍結した状態のままで、培養液や生理的塩類溶液中に浸漬してしまうと、当該凍結細胞シートに多くのひび割れや破れが生じてしまう場合がある。
【0042】
凍結細胞シートを解凍する気相の温度は、15〜39℃が好適である。この温度の下限値以上であると、短時間で解凍することができ、解凍プロセスに伴う細胞の生存率の低下を抑制できる。上限値以下であると、細胞にヒートショック・ストレスを与えることなく解凍できる。
【0043】
気相中で完全に解凍した凍結細胞シートは、生理的塩類溶液又は当該細胞シートを構成する細胞に適した培養液中に浸漬し、細胞内に浸透した凍害保護剤αや細胞シートを被覆しているガラス化液を除去する濯ぎ処理を行うことが好ましく、前記濯ぎ処理は、前記培養液に浸透圧調整剤を加え、浸透圧調整剤の濃度を漸次変えながら行うことが好ましい。前記濯ぎ処理後に、細胞シートを移植等の使用に供することができる。
【実施例】
【0044】
以下、本発明を実施例及び比較例によりさらに詳細に説明するが、本発明は、これらの例によってなんら限定されるものではない。
<ウサギ膝軟骨細胞シートの作製方法>
シャーレ形状をしたUp Cell dish(底面の面積約8.8cm,株式会社セルシード製温度感受性培養皿)を使用し、ウサギ膝軟骨の細胞シートを以下のようにして作製した。
(コラーゲン処理)
Cell matrix Type 1−A(新田ゼラチン株式会社製豚腱由来の酸可溶性コラーゲン溶液)に0.02N酢酸溶液を加えコラーゲン濃度が500μg/mLとなるよう希釈した希釈コラーゲン溶液を用いて、前記培養皿の内面にコラーゲン処理を施した。すなわち、前記培養皿中に前記希釈コラーゲン溶液を1mL滴下したのち一面に拡げた。その培養皿を37℃で1時間保持し、培養皿内面に残った希釈コラーゲン溶液を、スポイトを用いて吸出するとともに、吸い出し切れなかった残存希釈コラーゲン溶液をリン酸緩衝生理食塩水(PBS)で2回洗い流すことによってコラーゲン処理された温度感受性培養皿を作製した。
(培養液の調製)
培養液は、下記成分を混合することにより調製した。
RPMI1640培地(GIBCO製):89vol%、
ウシ胎児血清(HyClone社製):10vol%、
抗生物質溶液(5000単位/mLペニシリンGと5mg/mLストレプトマイシンの混合液):1vol%、
アスコルビン酸(和光純薬工業株式会社製):100μM
(培養方法)
前記コラーゲン処理を施した培養皿に、前記培養液を2mL入れてから37℃に保持し、この中に、ウサギ膝軟骨細胞(株式会社プライマリーセル製)を5×10cells/dish播種し、炭酸ガス培養装置中、温度37±1℃、炭酸ガス濃度5±1%、湿度95±5%環境下でウサギ膝軟骨細胞がシート状となるまで約2週間培養した。
なお、培養期間中は、スポイトで培養皿内の培養液を吸出し、次に新しい培養液2mLを補給するという培養液交換を1週間に2回の割合で行った。このようにして得られたウサギ膝軟骨培養細胞を光学顕微鏡で観察したところ、均一なシート状細胞が形成されていることが確認された。
次に、温度感受性培養皿からシート状細胞を剥離しやすくするためにシート状細胞が形成されている培養皿を25℃で30分間静置したのち、培養皿内の培養液をスポイトで吸出し、細胞の乾燥を防ぐため新たな培養液を100μL加えた。
これと同様の工程を経て、全3枚のシート状細胞を用意した。
(シート状細胞の積層方法)
次に、Cell Shifter(細胞シートの運搬補助膜、株式会社セルシード製)を、ピンセットを用いて気泡が入らないようにシート状細胞上に重ね、約5分間静置した。その後、シート状細胞とCell Shifterが密着したこと確認し、ピンセットを用いて前記シート状細胞をCell Shifterと共に取り出し、他の1つの培養皿中のシート状細胞と前記シート状細胞とが当接するように重ね合わせ、さらに同様の手順で残りの培養皿中のシート状細胞と重ね合わせることにより、三層シート構造の細胞を得、これを培養液中で1週間培養して、ウサギ膝軟骨からなる細胞シートとした。
【0045】
<ウサギ滑膜細胞との共培養によるウサギ膝軟骨細胞シートの作製方法>
ウサギ膝軟骨細胞とウサギ滑膜細胞との共培養により、ウサギ膝軟骨細胞を以下のとおり作製した。
(培養方法)
上記培養方法において、ウサギ膝軟骨細胞に代えてウサギ滑膜細胞を使用したこと以外は同様の手順により、ウサギ滑膜細胞を培養皿に1×10cells/cmで播種した。
次に上記コラーゲン処理及び上記培養方法において、温度感受性培養皿に代えて温度応答性インサート(株式会社セルシード製)を使用した以外は同様の手順により、コラーゲン処理を施した温度応答性インサート内に培養液を2mL入れてから37℃に保持し、この中に、ウサギ膝軟骨細胞(株式会社プライマリーセル製)を5×10cells/dish播種した。
その後、前記ウサギ滑膜細胞を播種した培養皿の培養液中に前記培養皿の底面から離間した位置に前記ウサギ膝軟骨細胞を播種した温度応答性インサートを配置し、炭酸ガス培養装置中、温度37±1℃、炭酸ガス濃度5±1%、湿度95±5%環境下で細胞がシート状となるまで約1週間共培養した。この状態で培養することにより、培養皿の底面のウサギ滑膜細胞と、前記温度応答性インサート上のウサギ膝軟骨細胞とは、物理的な接触は無いものの同じ培養液中で培養されているため、各細胞が細胞外に分泌する液性因子によって互いに影響を与えうる。具体的には、両細胞の成長速度(分裂速度)が速まり、シートの形成速度が速めることができた。なお、共培養期間中は、温度応答性インサート内の培養液を吸出し、次に新しい培養液2mLを補給するという培養液交換を1週間に2回の割合で行った。このようにして得られた温度応答性インサート内のウサギ膝軟骨培養細胞を光学顕微鏡で観察したところ、均一なシート状細胞が形成されていることが確認された。
次に前記培養皿を炭酸ガス培養装置から取り出し、25℃で30分間静置した後、温度応答性インサート内の培養液をスポイトで吸出し、細胞の乾燥を防ぐため新たな培養液を温度応答性インサート内に100μL加えた。
これと同様の工程を経て、全3枚のシート状のウサギ膝軟骨細胞を用意した。
(シート状細胞の積層方法)
次に、PVDF膜(細胞シートの運搬補助膜、株式会社セルシード製)を、ピンセットを用いてシート状細胞上に重ね、約5分間静置した。その後、シート状細胞とPVDF膜が密着したこと確認し、ピンセットを用いて前記シート状細胞をPVDF膜と共に取り出し、他の1つの培養皿中のシート状細胞と前記シート状細胞とが当接するように重ね合わせ、さらに同様の手順で残りの培養皿中のシート状細胞と重ね合わせることにより、三層シート構造の細胞を得、これを培養液中で1週間培養して、ウサギ膝軟骨からなる細胞シートとした。
【0046】
以下では、特に区別の必要がない限り、上記ウサギ膝軟骨細胞シートの作製方法又は滑膜細胞との共培養によるウサギ膝軟骨細胞シートの作製方法により作製した、Cell Shifter又はPVDF膜に載置された状態のウサギ膝軟骨からなる細胞シートを、単に「細胞シート」と呼ぶ。
【0047】
<ガラス化液の構成成分>
細胞浸透性の凍害保護剤αとして、エチレングリコール(分子量62)とDMSOを1:1の体積比となるように混合調製したものを用いた。
非細胞浸透性の凍害保護剤βとして、ポリリジン(PLL)をカルボキシル化したもの(分子量1,000〜20,000、PLLのアミノ基の65%をカルボキシル基に置換したもの)を用いた。
浸透圧調整剤として、スクロース(分子生物学用、和光純薬工業株式会社製)を用いた。
血清として、ウシ胎児血清(SAFC社製)を用いた。
前記凍害保護剤α、前記凍害保護剤β、前記浸透圧調整剤及び前記血清を溶解あるいは希釈する媒体(培地)として、TCM199溶液を用いた。
前記TCM199溶液は、以下のようにして調製した。
9.8gの199培地(日水製薬株式会社製、粉末組織培地)
を蒸留水1Lに溶解させ、
5N水酸化ナトリウム水溶液を滴加し、pHを7.2〜7.4に調整したものに、
0.075gのペニシリンGカリウム(Sigma−Aldrich社製)、
0.05gのストレプトマイシン硫酸塩(Sigma−Aldrich社製)、
4.766gのHEPES(4-(2-ヒドロキシエチル)ピペラジン-1-エタンスルホン酸、Sigma−Aldrich社製)、
0.35gの炭酸水素ナトリウム(和光純薬工業株式会社製)
を溶解させ、孔径0.22μmのメンブランフィルター(日本ミリポア株式会社製)を用いて加圧ろ過した。
【0048】
[実施例1]
(ガラス化液の調製)
第1のガラス化液Aは、下記成分を混合することにより、調製した。
細胞浸透性の凍害保護剤α:2.00mL
血清:2.00mL
TCM199溶液:6.00mL
尚、調製した第1のガラス化液A中の凍害保護剤αの濃度は20vol%である。
第2のガラス化液Bは、下記成分を混合することにより、調製した。
細胞浸透性の凍害保護剤α:4.00mL
非細胞浸透性の凍害保護剤β:1.00g
浸透圧調整剤:1.71g
血清:2.00mL
TCM199溶液:4.00mL
尚、調製した第2のガラス化液中Bの凍害保護剤βの濃度は10w/v%である。
【0049】
(細胞シートのガラス化液被覆)
上記第1のガラス化液A(5mL)をシャーレ形状のプラスチックディッシュ(底面の面積約8.8cm)に入れたものを2つ用意した。
同様に、上記第2のガラス化液B(5mL)をシャーレ形状のプラスチックディッシュ(底面の面積約8.8cm)に入れたものを2つ用意した。
ウサギ膝軟骨細胞シートの作製方法によって作製したウサギ膝軟骨の細胞シート(面積約8cm)を、Cell Shifterと共に前記培養皿から取り出し、前記プラスチックディッシュに入れた前記第1のガラス化液A中に、25℃で5分間浸漬して、細胞シートに付着している培養液を希釈した。
次に前記細胞シートを、別途用意した前記プラスチックディッシュに入れたガラス化液A中にCell Shifterと共に移して25℃で15分間浸漬して、第1のガラス化液処理をした。
その後、前記細胞シートをプラスチックディッシュに入れた第2のガラス化液B中にCell Shifterと共に移して4℃で5分間浸漬して、細胞シートに付着している第1のガラス化液Aを希釈除去した。
その後、別途用意したプラスチックディッシュに入れた第2のガラス化液B中にCell Shifterと共に移して4℃で20分間浸漬して、第2のガラス化液処理をした。
この細胞シートをメッシュ状の金属製網の上にCell Shifterが網に面するように載せ、余分なガラス化液を金属製網の下に落として除去し、第2のガラス化液で被覆された細胞シートを得た。
【0050】
(凍結)
続いて、この金属製網を前記細胞シートごと液体窒素500mLが入った容積1L容器内、液体窒素の液面から約1cmの高さで1分間保持した。このときの液体窒素の液面から約1cmの高さの温度を熱電対を用いて測定したところ、約−135〜−105℃の範囲であった。
この結果、液体窒素の冷気によって細胞シートを急速にガラス化させ、凍結細胞シートを得ることができた。この凍結過程において、細胞シートにひび割れや破れは生じなかった。(図2)
【0051】
[実施例2]
下記成分を混合することにより調製した融解後濯ぎ液a(10mL)をシャーレ形状のプラスチックディッシュ(底面の面積約8.8cm)に入れたものを用意した。
・浸透圧調整剤:3.42g
・血清:2.00mL
・TCM199溶液:8.00mL
下記成分を混合することにより調製した融解後濯ぎ液b(10mL)をシャーレ形状のプラスチックディッシュ(底面の面積約8.8cm)に入れたものを用意した。
・浸透圧調整剤:1.71g
・血清:2.00mL
・TCM199溶液:8.00mL
下記成分を混合することにより調製した融解後濯ぎ液c(10mL)をシャーレ形状のプラスチックディッシュ(底面の面積約8.8cm)に入れたものを用意した。
・血清:2.00mL
・TCM199溶液:8.00mL
実施例1で得られた凍結細胞シートを、金属製網ごと38.5℃に加温したステンレス製加温プレート上に移し、約38℃の空気中で1分間静置して急速に解凍した。その後プラスチックディッシュに入れた前記融解後濯ぎ液aに、金属製網に載せた状態の細胞シートを浸し、ピンセットを用いてゆっくりと動かすことにより、細胞シートを被覆していたガラス化液を除去した。その後、細胞シートを前記プラスチックディッシュに入れた前記融解後濯ぎ液bに移し、3分間浸した後、同じ要領でプラスチックディッシュに入れた前記融解後濯ぎ液cに5分間、さらに別途用意したプラスチックディッシュに入れた前記融解後濯ぎ液cに5分間浸し、段階的にガラス化液の濯ぎ処理を行った。この濯ぎ処理を終えた細胞シートにひび割れや破れは生じなかった。
なお、凍結以後の細胞シートには常にCell Shifter又はPVDF膜が付いた状態で処理を行った。
【0052】
得られた細胞シート内の細胞の生存率を調べるため、濯ぎ処理を終えた細胞シートを、さらにリン酸緩衝生理食塩水で2回濯ぎ、融解後濯ぎ液を除去し、さらにピンセットを用いて細胞シートをCell Shifterから剥離させ、それをコラゲナーゼ(新田ゼラチン株式会社製)を培養液に2mg/mLとなるよう混合したコラゲナーゼ溶液に入れて細胞シートを構成する細胞同士を分散させ、その溶液約1mlを、ほぼ同量のトリパンブルーの0.3(w/v)%PBS溶液を用いて染色し、常法により細胞生存率を調べたところ、細胞生存率は90%以上であった。
【0053】
実施例1及び2の再現性を調べるために、同様の方法で、6枚の細胞シートの凍結及び解凍をしたところ、凍結過程及び解凍過程で細胞シートにひび割れや破れは生じず、その細胞生存率は何れも90%以上であった。
また、上記共培養法によって作製したウサギ膝軟骨の細胞シートを用いて、同様に細胞シートの凍結及び解凍を行った場合でも、図2(a)に示すように凍結過程及び解凍過程で細胞シートにひび割れや破れは生じなかった。
【0054】
[比較例1]
実施例1と同様の方法でガラス化液で被覆された細胞シートを、Cell Shifter又はPVDF膜が付いた状態で金属製網の上に置き、液体窒素の液中に投入して、1分間保持した後、取り出した。得られた細胞シートには図3に示すようにひび割れや破れが生じていた。この細胞シートを実施例2と同様の方法で解凍したところ、細胞シートには多数のひび割れや割れが生じており、移植等に使用できない破損状態であった。
凍結時に、液体窒素が沸騰したことによる大量の気泡によって、金属製網へ沸騰の振動が伝わったことから、細胞シートへ物理的な応力が加わって破損したと考えられる。
【0055】
[比較例2]
実施例1と同様の方法で得られた、Cell Shifter又はPVDF膜が付いた状態の凍結細胞シートを、凍結した状態のままで前記プラスチックディッシュに入れた前記融解後濯ぎ液a(37℃)中に投入して解凍した。得られた細胞シートにはひび割れや破れが生じており、移植等に使用できない状態であった。
【0056】
[実施例3]
第2のガラス化液Cは、下記成分を混合することにより、調製した。
細胞浸透性の凍害保護剤α:4.00mL
浸透圧調整剤:1.71g
血清:2.00mL
TCM199溶液:4.00mL
尚、調製した第2のガラス化液C中の凍害保護剤αの濃度は40vol%である。
第2のガラス化液Bに代えて、第2のガラス化液Cを用いた以外は実施例1と同様の方法で、細胞シートをガラス化させた。この凍結過程において、細胞シートには細かいひび割れが少し観察された。
【0057】
[実施例4]
実施例3で得られた、Cell Shifter又はPVDF膜が付いた状態の凍結細胞シートを、実施例2と同様の方法で解凍させた。ガラス化液の濯ぎ処理を終えた細胞シートには細かいひび割れが少し観察されたが、大きな破れは生じなかった。また、その細胞生存率は80〜90%以上であった。
【0058】
[参考例1]
樹脂製の透明なストロー(直径5mm、樹脂厚さ約0.5mm)内に、
細胞浸透性の凍害保護剤α:3.50mL
TCM199溶液:6.50mL
を混合したものを調製することにより得た溶液約0.5mLを吸い込み、前記溶液を吸い込んだストローを液体窒素中に投入し、1分間保持した。この結果、前記溶液は薄く白濁した状態で凍結した。また、凍結した溶液中にはひび割れが見られた。
次に、
細胞浸透性の凍害保護剤α:3.50mL
非細胞浸透性の凍害保護剤β:0.75g
TCM199溶液:6.50mL
を混合したものを調製することにより得た溶液を、同じ要領で液体窒素中に投入し、凍結させた。この結果、前記溶液は殆ど白濁せず、ひび割れも生じずに、ガラス化状態となった。
これらの結果から、凍害保護剤βを含むガラス化液の方が、細胞シートをガラス化するためにより適していることが明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明の凍結細胞シートの製造方法は、再生医療の分野等で広く利用可能である。
【符号の説明】
【0060】
1…細胞シート、2…ガラス化液、3…袋

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞浸透性の凍害保護剤を含むガラス化液で被覆された細胞シートを、−20℃〜−269℃の気相雰囲気中で凍結することを特徴とする凍結細胞シートの製造方法。
【請求項2】
前記ガラス化液の被覆は、前記細胞浸透性の凍害保護剤の濃度が15vol%以上30vol%未満である第1のガラス化液に細胞シートを浸漬し、次いで前記細胞浸透性の凍害保護剤の濃度が30vol%以上50vol%未満である第2のガラス化液に前記細胞シートを浸漬することによって行うことを特徴とする請求項1に記載の凍結細胞シートの製造方法。
【請求項3】
前記第2のガラス化液が、非細胞浸透性の凍害保護剤を含むことを特徴とする請求項2に記載の凍結細胞シートの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−111017(P2013−111017A)
【公開日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−260318(P2011−260318)
【出願日】平成23年11月29日(2011.11.29)
【出願人】(801000027)学校法人明治大学 (161)
【出願人】(000125369)学校法人東海大学 (352)
【出願人】(506224252)株式会社バイオベルデ (12)
【Fターム(参考)】