説明

分析方法および装置

【課題】固体試料中に存在する成分を、良好な検出下限で高い確度および高い精度で定量できるようにする。
【解決手段】ステップS103で、第1測定既知濃度信号に対する第2測定既知濃度信号の関係により第1昇温脱離分析の測定結果に対する第2昇温脱離分析の測定結果の関係を示す感度補正係数を求め、ステップS104で、標準固体試料と同じ材料から構成されて未知の濃度で成分が含まれている測定対象の測定対象固体試料に対して第1昇温脱離分析を行い測定未知濃度信号を得、ステップS105で、測定未知濃度信号と感度補正係数とにより補正未知濃度信号を求める。次に、ステップS106で、第2測定既知濃度信号に対する既知の濃度の関係をもとに、補正未知濃度信号から測定対象固体試料に含まれている成分の濃度を求める。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体材料中の成分を昇温脱離分析により分析する分析方法および装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
固体の試料に存在する成分の中で、気体成分や、高い温度でガスとして脱離する成分を分析する方法として昇温脱離分析法がある。昇温脱離分析法では、昇温脱離分析装置を用い、例えば、真空中で試料を加熱し、この加熱により試料より脱離する気体を質量分析計で検出する。
【0003】
昇温脱離分析法は、元来、半導体材料の表面や内部の汚染気体成分、および吸着した成分を測定する分析法としての活用が主であった。ただし、近年では、鉄鋼材料における水素などの気体成分の侵入量の分析にも活用されている。鉄鋼材料においては、水素などの存在が、機械的特性を損なう場合が多く、水素の侵入量の分析が重要となっている。
【0004】
昇温脱離分析法は、通常、真空中(例えば4×10-7Pa程度)において、一定の速度で固体試料の温度を上昇させ、温度ごとに試料から脱離して真空中に放出される気体成分を、電子衝撃などのイオン法でイオン化し、イオン化した気体成分を質量分析器によって、質量/電荷比ごとに分取(分離)して検出器に導き、イオン化した気体成分の量を電流値として測定する。また、イオン化した気体成分1個1個を電圧パルスとして検出し、これを増幅して計数する。
【0005】
従って、上述したように質量分析によって得られる信号は、気体成分に由来し、特定の質量/電荷比を有するイオンの電流、または計数されたパルスである。昇温脱離分析法では、試料を昇温する過程で発生する気体成分を質量分析しており、質量分析により得られるイオンの強度が加熱の温度とともに変化するスペクトル(昇温脱離スペクトル)として得られる。この昇温脱離スペクトルは、一般に、横軸に温度、縦軸に検出されるイオンの信号強度をとったグラフで示される。この昇温脱離スペクトルから、検出した成分が気体として試料より脱離するためのエネルギーや、この成分の量について知見を得ることができる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】籔本 周邦 著、「昇温脱離分析のシリコン表面評価への応用」、表面技術、vol.46, no.3, pp.249-252, 1995.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、よく知られている昇温脱離分析法では、まず、未知試料中に存在する成分が気体として脱離する昇温脱離スペクトルの測定を行い、当該成分の昇温脱離スペクトルの信号強度を積分して積分信号強度を得る。また、これとは別に、上記成分を既知量含む標準試料について未知試料の測定と同一の測定条件で測定を行い、当該成分の昇温脱離スペクトルの信号強度を積分し、基準となる積分信号強度を得る。このようにして得た、未知試料より得られた積分信号強度と、基準となる積分信号強度との比と、標準試料中の成分の既知量から、未知試料中の上記成分の量の定量を行う。
【0008】
しかしながら、成分を脱離させるという原理上、標準試料は1回の測定で標準試料としての役割を果たさなくなる。従って、標準試料は消耗品であり、いずれ無くなる。成分によっては、1つの標準試料を作製するのが高価である場合もあり、反対に多くの標準試料を比較的廉価に作製できる場合もある。
【0009】
ある元素について未知試料の測定の都度、標準試料を準備する代わりに、予め、成分の間での感度の関係、すなわち相対感度を求めておく方法がある。この方法では、例えば、得られた積分信号強度を対応する成分の量で除した数値を感度と定義する。この定義のもとに、まず、ある既知量C(A)の成分Aを含む標準試料SAと、ある既知量C(B)の成分Bを含む標準試料SBと、を用意して測定を行う。
【0010】
この測定により、標準試料SAより積分信号強度I(A)を得、標準試料SBより積分信号強度I(B)を得る。また、感度K(A)=I(A)/C(A)と感度K(B)=I(B)/C(B)を得ておく。成分Aの感度を1に規格化した場合、成分Bの成分Aを基準とした相対感度としてRA(B)=K(B)/K(A)を得る。
【0011】
相対感度RA(B)が一定の値として得られれば、未知試料Xが含む成分Bの未知量未知量C'(B)は、次のようにすることで求められる。まず、標準試料SAと未知試料Xについて同一の条件で測定を行い、標準試料SAより積分信号強度I'(A)を得、未知試料Xより積分信号強度I'(B)を得る。これらの測定結果より、C(A)/RA(B)とI'(B)/I'(A)の積を求める定量操作によってC'(B)を得る。
【0012】
上記方法を行うにあたって、標準試料SAの作製が廉価で、標準試料SBの作製が高価であるならば、標準試料SBの作製を最小限にし、標準試料SAを定量操作に用いることができる。このことから、大量の定量操作を行っても、費用を廉価に抑えることができる。また、成分A、成分Bに限らず、標準試料の作製と測定が可能な成分全般について、相対感度のリストを作成することができる。
【0013】
しかしながら、現在最も一般的な昇温脱離分析装置は、質量分析器のイオン化部が試料を直接臨む配置となる構成を基本としており、このような装置構成では相対感度が一定の値を示すことは期待できない。ここで、イオン化部が試料を直接臨む配置とは、イオン化部と試料とを結ぶ直線上に、高真空の空間しか存在しない配置であり、この配置をとる構成を第1の装置構成とする。第1の装置構成においては、相対感度が一定の値を示すことが期待できない理由を以下に示す。
【0014】
第1の装置構成においては、イオン化部の大きさおよび形状、イオン化電圧、イオン化電流、試料からイオン化部までの距離など、考え得る装置的要素を規定し、かつ、目的とする成分である原子あるいは分子の種類、試料の大きさおよび形状を規定した場合でも、信号強度は目的とする成分の速度に依存し、この速度は上記原子あるいは分子の有する熱力学的温度と等価である。ここで、上記原子あるいは分子の有する熱力学的温度は、上記原子あるいは分子が試料から飛び出した時点の試料の温度に依存する。結果として、得られる信号強度は、測定時の試料の温度に依存することになる。このため、信号強度の単純な積分によって得られる感度および相対感度は、定量操作を行うため信号強度の積分を行う範囲の試料の温度範囲に依存する。
【0015】
上述したように、第1の装置構成では、信号強度は、この信号強度の測定時の試料の温度に依存する。このため、正確な感度および相対感度は、上記温度範囲における信号強度の単純な積分では得られない。正確な値を得るためには、昇温脱離スペクトルの各点の温度に相当する測定時の試料の各温度において、各温度での感度を得て、各温度での信号強度をこの各温度での感度で除するなどの補正を得て、補正後の信号強度を上記温度範囲で積分する操作が必要になる。
【0016】
ところが、各温度での感度を求めることは不可能である。これは、成分の昇温脱離スペクトルの各点すなわち各温度での成分の脱離量が不明なためである。各温度での上記成分の脱離量は、上記成分の試料の中での化学状態、具体的には結合エネルギーに依存する。言い換えると、各温度での上記成分の脱離量は、試料に依存する。
【0017】
上記補正を不要とするためには、未知試料について、目的とする成分の化学状態が同一で、この成分を既知量含む標準試料を用意する必要があり、現実には不可能である。目的とする成分を規定した場合でも、この成分が異なる化学状態で含まれている未知試料と標準試料との間では、考え得る装置的要素を規定した場合でも、成分の感度または相対感度は異なるため、相対感度を用いる方法によって正確な定量はできない。
【0018】
さらに、試料の大きさおよび形状を規定できない場合には、感度または相対感度がより不確定となる。この理由を以下に説明する。試料はある有限の大きさを有するので、設定(検出)されている温度に対し、試料内において温度分布が生じている。このため、測定対象となる全ての未知試料を標準試料の大きさおよび形状に合わせることができない場合など、試料の大きさおよび形状を規定できない場合には、未知試料と標準試料の間で、異なる温度での信号を含めた信号強度を測定することになる。このように、形状などが規定できない場合、感度または相対感度はさらに不確定となる。
【0019】
一方で、上述した第1の装置構成とは異なる昇温脱離分析装置がある。この昇温脱離分析装置では、質量分析器のイオン化部が試料を直接臨まず、かつ、イオン化部が、試料から放出される原子または分子を排気する排気系の前段に位置する構成となっている(非特許文献1参照)。このような装置構成でのイオン化部は、試料および試料加熱ステージからの輻射熱の影響をあまり受けることなく、場合によっては全く影響を受けず、温度は一定であるとみなせる条件を設定することが可能である。
【0020】
このような構成の昇温脱離分析装置を用いれば、イオン化部の雰囲気の温度を一定とすることができるため、イオン化部における成分の速度も一定とできるため、成分ごとの感度は安定し、相対感度を用いる方法による定量の確度および精度の向上が期待できる。例えば、イオン化を行う排気系の前段における温度を含め、イオン化部の大きさおよび形状、イオン化電圧、イオン化電流、試料からイオン化部までの距離など、考え得る装置的要素を規定し、かつ、目的とする成分である原子あるいは分子の種類、試料の大きさおよび形状を規定すればよい。この昇温脱離分析装置の構成を第2の装置構成とする。
【0021】
しかしながら、第2の装置構成では、次に示す別の問題が生じる。第2の装置構成では、第1の装置構成とは異なり、試料および試料加熱ステージだけではなく、徐々に暖められたチャンバ全体からの低速の成分までもがイオン化部に到達しやすい構成となっている。このため、これらの他の成分がノイズやバックグラウンドとなり、目的の成分の定量操作に際して検出下限を大きく悪化させる。
【0022】
以上のように、公知の技術による昇温脱離分析法および昇温脱離分析装置では、固体試料中に存在する成分を、良好な検出下限で高い確度および高い精度で定量することが容易ではないという問題があった。
【0023】
本発明は、以上のような問題点を解消するためになされたものであり、固体試料中に存在する成分を、良好な検出下限で高い確度および高い精度で定量できるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0024】
本発明に係る分析方法は、既知の濃度で測定対象の成分が含まれている標準固体試料が見込める位置に配置された第1イオン化手段、および第1イオン化手段がイオン化したイオンの質量分析を行う第1質量分析手段により標準固体試料に含まれる測定対象の成分の第1昇温脱離分析を行い第1測定既知濃度信号を得る第1ステップと、標準固体試料が見込めない位置に配置された第2イオン化手段、および第2イオン化手段がイオン化したイオンの質量分析を行う第2質量分析手段により成分の第2昇温脱離分析を行い第2測定既知濃度信号を得る第2ステップと、第1測定既知濃度信号に対する第2測定既知濃度信号の関係により第1昇温脱離分析の測定結果に対する第2昇温脱離分析の測定結果の関係を示す感度補正係数を求める第3ステップと、標準固体試料と同じ材料から構成されて未知の濃度で成分が含まれている測定対象の測定対象固体試料に対して第1昇温脱離分析を行い測定未知濃度信号を得る第4ステップと、測定未知濃度信号と感度補正係数とにより補正未知濃度信号を求める第5ステップと、第2測定既知濃度信号に対する既知の濃度の関係をもとに、補正未知濃度信号から測定対象固体試料に含まれている成分の濃度を求める第6ステップとを少なくとも備える。
【0025】
また、本発明に係る分析装置は、密閉可能なチャンバと、チャンバ内を真空排気する排気手段と、チャンバ内に配置されて測定対象の固体試料を載置して固体試料を加熱可能とされた試料載置台と、試料載置台の試料載置面が見込める位置に配置された第1イオン化手段と、第1イオン化手段がイオン化したイオンの質量分析を行う第1質量分析手段と、試料載置台の試料載置面が見込めない位置に配置された第2イオン化手段と、第2イオン化手段がイオン化したイオンの質量分析を行う第2質量分析手段と、試料載置台による固体試料の加熱温度を制御する試料温度制御手段とを少なくとも備える。
【発明の効果】
【0026】
以上説明したように、本発明によれば、固体試料が見込める位置の第1イオン化手段を用いた第1昇温脱離分析と、固体試料が見込めない位置の第2イオン化手段を用いた第2昇温脱離分析とを用いるようにしたので、固体試料中に存在する成分を、良好な検出下限で高い確度および高い精度で定量できるようになるという優れた効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】図1は、本発明の実施の形態における分析方法を説明するフローチャートである。
【図2】図2は、本発明の実施の形態における分析装置の構成を示す構成図である。
【図3】図3は、本発明の実施の形態における分析方法を適用した実際の分析について説明するフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明の実施の形態について図を参照して説明する。図1は、本発明の実施の形態における分析方法を説明するフローチャートである。まず、ステップS101で、測定対象の成分の濃度が既知の標準固体試料を用意し、この標準固体試料に対して第1昇温脱離分析を行い、含まれている測定対象の成分に対応する第1測定既知濃度信号を得る。第1昇温脱離分析は、固体試料が見込める位置に配置された第1イオン化手段、および第1イオン化手段がイオン化したイオンの質量分析を行う第1質量分析手段により、昇温脱離分析を行うものである。なお、上述した濃度信号は、質量分析により得られるイオンの強度が加熱の温度とともに変化するスペクトル(昇温脱離スペクトル)を、所定の温度範囲で積分して得られる積分信号強度である。後述する濃度信号についても同様である。
【0029】
次に、ステップS102で、上記標準固体試料に対して第2昇温脱離分析を行い、含まれている測定対象の成分に対応する第2測定既知濃度信号を得る。第2昇温脱離分析は、固体試料が見込めない位置に配置された第2イオン化手段、および第2イオン化手段がイオン化したイオンの質量分析を行う第2質量分析手段により昇温脱離分析を行うものである。ここで、ステップS101およびステップS102は、同時に行う必要はない。例えば、同じ標準固体試料を用意し、各々個別に行ってもよい。ただし、同じ装置内で行うことが重要である。
【0030】
次に、ステップS103で、第1測定既知濃度信号に対する第2測定既知濃度信号の関係により第1昇温脱離分析の測定結果に対する第2昇温脱離分析の測定結果の関係を示す感度補正係数を求める。例えば、第1測定既知濃度信号を第2測定既知濃度信号で除した値を感度補正係数とすればよい。
【0031】
次に、ステップS104で、標準固体試料と同じ材料から構成されて未知の濃度で成分が含まれている測定対象の測定対象固体試料に対し、上述した第1昇温脱離分析を行い測定未知濃度信号を得る。
【0032】
次に、ステップS105で、測定未知濃度信号と感度補正係数とにより補正未知濃度信号を求める。例えば、測定未知濃度信号を感度補正係数で除することで、補正未知濃度信号とすればよい。補正未知濃度信号は、上述した第1昇温脱離分析と同等の検出下限とした仮想の第2昇温脱離分析を行った結果に相当する。
【0033】
次に、ステップS106で、第2測定既知濃度信号に対する既知の濃度の関係をもとに、補正未知濃度信号から測定対象固体試料に含まれている成分の濃度を求める。前述したように、補正未知濃度信号は、第2昇温脱離分析による測定の結果とすることができるので、第2測定既知濃度と既知の濃度との関係を反映させれば、補正未知濃度信号より測定対象固体試料における上記成分の濃度とすることができる。
【0034】
上述した本実施の形態における分析方法によれば、第1昇温脱離分析の測定における目的とする成分の感度を、第2昇温脱離分析の測定による目的とする成分の感度で補正することが可能であり、第2昇温脱離分析では検出困難な、少ない未知量の目的とする成分を含む未知試料について、第1昇温脱離分析による測定を行えば、補正による感度補正係数を用いて、良好な検出下限で、かつ、高い確度および高い精度で定量することが可能となる。
【0035】
次に、上述した分析方法を実現するための分析装置について、図2を用いて説明する。図2は、本発明の実施の形態における分析装置の構成を示す構成図である。この分析装置は、密閉可能なチャンバ201と、チャンバ201内を真空排気するターボ分子ポンプ214および予備排気ポンプ215と、チャンバ201内に配置されて測定対象の固体試料202を載置して固体試料202を加熱可能とされた試料載置台204とを備える。
【0036】
試料載置台204は、例えば、赤外線ランプ203により加熱可能とされている。また、試料載置台204は、熱電対205を内蔵し、温度監視部206により温度が監視されている。また、赤外線ランプ203は、温度制御部207により制御されている。温度制御部207は、温度監視部206が監視(検出)している温度が、設定値となるように、赤外線ランプ203の出力を制御する。温度監視部206が検出している温度値と、固体試料202の温度との間に差がある場合は、他の温度測定手段、例えば、熱電対205と同じ他の熱電対を固体試料202に接触させ、他の熱電対を用いた温度測定結果と温度監視部206の検出している温度値との差を求めて構成すればよい。
【0037】
また、この分析装置は、試料載置台204の試料載置面が見込める位置に配置された第1イオン化部208と、第1分離部209と、第1検出部210とを備える。第1分離部209および第1検出部210は、第1イオン化部208がイオン化したイオンの質量分析を行う第1質量分析手段となる。これらの構成により、第1昇温脱離分析が行われる。第1イオン化部208は、例えば、チャンバ201の内部において、試料載置台204の上部に配置している。
【0038】
第1イオン化部208は、例えば、電子衝撃などのイオン法でイオン化する。イオン化した成分(気体成分)は、第1分離部209によって質量/電荷比ごとに分取(分離)され、第1検出部210に導かれる。第1検出部210では、イオン化されて導かれた成分の量を電流値に変換する。また、第1検出部210では、イオン化された成分(イオン)の1個1個を電圧パルスとして検出し、これを増幅して計数する。導かれたイオン(成分)に由来する質量/電荷比を有するイオンの電流ないしは計数されたパルスが信号であり、横軸に時間(開始時刻を0とする経過時間)、縦軸に信号強度をとったグラフが昇温脱離スペクトルの一例となる。
【0039】
また、上記分析装置は、試料載置台204の試料載置面が見込めない位置に配置された第2イオン化部220と、第2分離部221と、第2検出部222とを備える。第2分離部221および第2検出部222は、第2イオン化部220がイオン化したイオンの質量分析を行う第2質量分析手段となる。これらの構成は、前述した第1質量分析手段と同様である。これらの構成により、第2昇温脱離分析が行われる。第2イオン化部220は、例えば、チャンバ201内からこの排気手段となるターボ分子ポンプ214の間の領域に配置するとよい。このようにすることで、より多くの成分を第2イオン化部220に導入することができる。第2イオン化部220は、チャンバ201とターボ分子ポンプ214との間の配管部216の途中に設けた補助イオン化室223に配置すればよい。
【0040】
この分析装置において、情報処理部211は、設定されている温度条件(固体試料加熱条件)となるように温度制御部207を制御する。例えば、現時点を含む、ある時刻の熱温度監視部206における温度の指示値をフィードバックし、次の時刻における固体試料202の温度を、所望の設定温度に制御する場合、比例制御(P制御)、積分制御(I制御)、微分制御(D制御)、また、これらを統合したPID制御などを用いればよい。通常は、これらのうちで最も制御しやすいPID制御を採用する。市販の温度コントローラは、通常、PID制御に対応している。
【0041】
また、情報処理部211は、例えば、CPUと主記憶装置と外部記憶装置とネットワーク接続装置となどを備えたコンピュータ機器とし、主記憶装置に展開されたプログラムによりCPUが動作することで、上述した各機能を実現するようにしてもよい。
【0042】
上述したように温度を制御している状態で、情報処理部211は、第1検出部210で検出されたイオンの強度変化より昇温脱離スペクトルを得る。なお、表示部212に、得られた昇温脱離スペクトル213を表示する。情報処理部211は、得られた昇温脱離スペクトルを所定の温度範囲で積分して得られる積分信号強度を、第1昇温脱離分析による濃度信号として求める。また、情報処理部211は、上記温度制御状態で、第2検出部222で検出されたイオンの強度変化より昇温脱離スペクトルを得て、得られた昇温脱離スペクトルを所定の温度範囲で積分して得られる積分信号強度を、第2昇温脱離分析による濃度信号として求める。
【0043】
また、情報処理部211は、標準固体試料による第1測定既知濃度信号および第2測定既知濃度信号から、感度補正係数を求める。また、情報処理部211は、測定対象固体試料の測定において、得られた測定未知濃度信号と感度補正係数とにより補正未知濃度信号を求める。また、情報処理部211は、第2測定既知濃度信号に対する標準固体試料の既知濃度の関係を求め、この関係をもとに、上記補正未知濃度信号から測定対象固体試料に含まれている成分の濃度を算出する。情報処理部211において、上述した各情報は、磁気記憶手段や半導体記憶装置などの記憶部に記憶される。
【0044】
上述した分析装置では、第1イオン化部208に加え、固体試料202を直接臨まない箇所に配置した第2イオン化部220を備えるところに特徴がある。上述した例では、固体試料202から放出される原子または分子を排気する排気系の前段に第2イオン化部220を配置している。この構成とするために、ターボ分子ポンプ214の前段に配管部216を挿入し、配管部216に第2分離部221につながる第2イオン化部220を接続できるポートを設けた補助イオン化室223を配置している。
【0045】
ターボ分子ポンプ214に直接流れる気体流と、第2イオン化部220を経由して排気される気体流とを分け、配管部216から補助イオン化室223への気体流のコンダクタンスを調整することにより、第2イオン化部220に至る気体流の流速を調節し、第2イオン化部220の真空度を適切に調節する措置を講ずることができる。また、配管部216と補助イオン化室223にヒーター(不図示)を巻きつけて、配管部216と補助イオン化室223の温度を一定にし、固体試料202の温度によらず、第2イオン化部220に至る目的成分である原子または分子の速度を一定にすることができる。
【0046】
第2イオン化部、第2分離部、第2検出器、およびそれらに附帯する電源ケーブルや信号ケーブルなどは、第1イオン化部、第1分離部、第1検出器、およびこれらに附帯する電源ケーブルや信号ケーブルなどと同時に設けてもよい。また、第1イオン化部、第1分離部、第1検出器、およびこれらに附帯する電源ケーブルや信号ケーブルなどを付け替えて、第2イオン化部、第2分離部、第2検出器、およびこれらに附帯する電源ケーブルや信号ケーブルなどとしてもよい。
【0047】
ところで、測定対象の固体試料が十分な量の測定対象成分を含んでいる場合、第2昇温脱離分析のみで、高い確度および高い精度で定量ができる。一方で、測定対象の固体試料に含まれている成分の量が微量であり、第2昇温脱離分析では測定下限値以下となる場合、上述した本発明の分析方法により分析する。このような実際の分析例について図3のフローチャートを用いて説明する。なお、以下では、測定対象となる固体試料中の成分Bの測定を目的とし、第2昇温脱離分析の測定下限より濃度が小さく、また、成分Bについては標準試料の作製が高価であり、この成分Bは標準試料が安価に作製できる成分Aとの間で、第2昇温脱離分析における相対感度が予め得られているものとする。
【0048】
まず、ステップS301で、第2昇温脱離分析で成分Bの測定を行う。次に、ステップS302で、同時に行っている第1昇温脱離分析の結果と、予め得られている感度補正係数とより、補正未知濃度信号を算出し、これを、第2昇温脱離分析を行った結果とする。
【0049】
次に、ステップS303で、最近、成分Bについて、実際に測定対象の固体試料に含まれている成分Bの濃度と第2昇温脱離分析による濃度信号との関係を、標準試料を用いて得ているかどうかを確認する。最近、上記関係を得ている場合、ステップS304で、第2昇温脱離分析の結果としている補正未知濃度信号に、上記関係を適用し、成分Bの濃度を算出する。
【0050】
一方、上記関係が、最近では得られていない場合、ステップS305で、成分Bについて、実際の濃度と第2昇温脱離分析による濃度信号との関係が得られるかどうかを判断する。例えば、対象とする固体試料の標準試料が作製されていれば、上記関係を得ることが可能であり、このような場合、ステップS306で、標準試料を用い、成分Bについて実際の濃度と第2昇温脱離分析による濃度信号との関係を得る。このようにして、上記関係が得られれば、ステップS304で、第2昇温脱離分析の結果としている補正未知濃度信号に、上記関係を適用し、成分Bの濃度を算出する。
【0051】
一方、対象とする固体試料の標準試料がない場合など、上記関係が得られていない場合、成分Bに関する標準試料の作製は高価であるので、ステップS307で、より安価に作成が可能な成分Aについて、標準試料を用いた第2昇温脱離分析により、実際に測定対象の固体試料に含まれている濃度と第2昇温脱離分析による濃度信号との関係が得られるかどうかを判断する(ステップS307)。
【0052】
この関係が得られるものと判断される場合、ステップS308で、作製した成分Aに関する標準試料を用い、第2昇温脱離分析による濃度信号と実際の濃度との関係を得る。次いで、ステップS309で、予め得られている成分Aおよび成分Bに関する相対感度と、上述した成分Aについての測定結果と、補正未知濃度信号とにより、成分Bの濃度を算出する。
【0053】
以上に説明したように、本発明では、固体試料が見込める位置の第1イオン化手段を用いた第1昇温脱離分析と、固体試料が見込めない位置の第2イオン化手段を用いた第2昇温脱離分析とにより、固体試料中に存在する成分を、良好な検出下限で高い確度および高い精度で定量するようにしたところに特徴がある。
【0054】
ここで、上述した分析方法を実現するために、質量分析器のイオン化部が試料を直接臨む配置となる第1昇温脱離分析と、例えば、試料から放出される原子または分子を排気する排気系の前段に配置するなど、質量分析器のイオン化部が試料を直接臨まない配置となる第2昇温脱離分析とを可能にする昇温脱離分析装置は、第1昇温脱離分析を行う昇温脱離分析装置において、試料を直接臨まない箇所に新たにイオン化部を配置して第2昇温脱離分析を行える構成とすればよい。あるいは、第2昇温脱離分析を行う昇温脱離分析装置において、試料を直接臨む位置に新たにイオン化部を配置して、第1昇温脱離分析を行える構成としてもよい。
【0055】
前者は、第1昇温脱離分析の装置の改造による提供であり、後者は、第2昇温脱離分析の装置の改造による提供である。どちらも可能であるが、通常の市販の装置としては第1昇温脱離分析の昇温脱離分析装置が多く、第1昇温脱離分析の装置の改造の方が容易であるので、第1昇温脱離分析の装置の改造による提供について、その一方法を記す。
【0056】
まず、試料を直接臨まず、かつ、試料から放出される原子または分子を排気する排気系の前段にイオン化部をさらに配置する場合について説明する。具体的には、排気系の前段とは、排気系の主要構成要素である真空ポンプの前段であり、試料を直接臨むことはなく、真空ポンプは、通常、真空装置である昇温脱離分析装置では、フランジを介して昇温脱離分析装置の本体チャンバに接続されている。従って、空間的余裕さえあれば、フランジの接続部分の間に、別のフランジを有する配管を挿入し、配管に質量分析器のイオン化部を接続できるポートを設け、この改造により、第1昇温脱離分析と第2昇温脱離分析とを同時に有する昇温脱離分析装置とすることができる。
【0057】
試料を直接臨まず、かつ、試料から放出される原子または分子を排気する排気系の前段にイオン化部を配置する場合、排気系の前段は、試料および試料加熱ステージからの輻射熱の影響を受けづらく、この領域の温度は一定である、とみなせる条件を実現させることができる。また、排気系の前段の位置における温度を一定に保つ措置を講ずることにより、温度を一定とすることができる。このような措置としては、例えば、ヒーターを排気系の前段の位置を構成する装置の部分の外側に配置することが挙げられる。
【0058】
また、真空ポンプに直接流れる気体流と、イオン化部を経由して排気される気体流と、を分け、コンダクタンスを調整することにより、イオン化部に至る気体流の流速を調節し、イオン化部の真空度を調節する措置を講ずることもできる。このような措置による効果は、第2昇温脱離分析においては、試料および試料加熱ステージだけではなく、徐々に暖められたチャンバ全体から発生した原子または分子の全てが排気系に集まるが、イオン化部の真空度が低く(圧力が高く)なりすぎないように調節することが可能となるものである。イオン化部の真空度が低すぎる場合、イオン化部の焼損や、質量分析器の放電による動作不良などの問題が生じる。コンダクタンスを調整する方法としては、イオン化部に流れる気体流が通過する経路に円形の穴の開いたオリフィスを設け、このオリフィスの穴径を調整する方法がある。
【0059】
以上の措置を講じ、イオン化を行う排気系の前段における温度、イオン化部の大きさおよび形状、イオン化電圧、イオン化電流、試料からイオン化部までの距離を規定し、かつ、目的とする成分である原子あるいは分子の種類、試料の大きさおよび形状を規定することで、成分ごとの感度は安定し、第2昇温脱離分析による測定において、相対感度を用いる方法による定量の確度および精度の向上が期待できる。
【0060】
なお、本発明は以上に説明した実施の形態に限定されるものではなく、本発明の技術的思想内で、当分野において通常の知識を有する者により、多くの変形および組み合わせが実施可能であることは明白である。
【符号の説明】
【0061】
201…チャンバ、202…固体試料、203…赤外線ランプ、204…試料載置台、205…熱電対、206…温度監視部、207…温度制御部、208…第1イオン化部、209…第1分離部、210…第1検出部、211…情報処理部、212…表示部、213…昇温脱離スペクトル、214…ターボ分子ポンプ、215…予備排気ポンプ、216…配管部、220…第2イオン化部、221…第2分離部、222…第2検出部、223…補助イオン化室。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
既知の濃度で測定対象の成分が含まれている標準固体試料が見込める位置に配置された第1イオン化手段、および前記第1イオン化手段がイオン化したイオンの質量分析を行う第1質量分析手段により前記標準固体試料に含まれる測定対象の成分の第1昇温脱離分析を行い第1測定既知濃度信号を得る第1ステップと、
前記標準固体試料が見込めない位置に配置された第2イオン化手段、および前記第2イオン化手段がイオン化したイオンの質量分析を行う第2質量分析手段により前記成分の第2昇温脱離分析を行い第2測定既知濃度信号を得る第2ステップと、
前記第1測定既知濃度信号に対する前記第2測定既知濃度信号の関係により前記第1昇温脱離分析の測定結果に対する前記第2昇温脱離分析の測定結果の関係を示す感度補正係数を求める第3ステップと、
前記標準固体試料と同じ材料から構成されて未知の濃度で前記成分が含まれている測定対象の測定対象固体試料に対して前記第1昇温脱離分析を行い測定未知濃度信号を得る第4ステップと、
前記測定未知濃度信号と前記感度補正係数とにより補正未知濃度信号を求める第5ステップと、
前記第2測定既知濃度信号に対する前記既知の濃度の関係をもとに、前記補正未知濃度信号から前記測定対象固体試料に含まれている前記成分の濃度を求める第6ステップと
を少なくとも備えることを特徴とする分析方法。
【請求項2】
密閉可能なチャンバと、
前記チャンバ内を真空排気する排気手段と、
前記チャンバ内に配置されて測定対象の固体試料を載置して前記固体試料を加熱可能とされた試料載置台と、
前記試料載置台の試料載置面が見込める位置に配置された第1イオン化手段と、
前記第1イオン化手段がイオン化したイオンの質量分析を行う第1質量分析手段と、
前記試料載置台の試料載置面が見込めない位置に配置された第2イオン化手段と、
前記第2イオン化手段がイオン化したイオンの質量分析を行う第2質量分析手段と、
前記試料載置台による固体試料の加熱温度を制御する試料温度制御手段と
を少なくとも備えることを特徴とする分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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