説明

化学剤検出・定量方法

【課題】化学剤を高い信頼性で検出並びに定量する方法を実現する。
【解決手段】ガスクロマトグラフィー質量分析により化学剤の検出並びに定量を行う方法において、ガスクロマトグラフ質量分析計について化学剤の分析に関わる性能を事前に検査し(202-205)、前記検査に合格したガスクロマトグラフ質量分析計で試料を分析する(207-208)。性能検査は、ガスクロマトグラフ質量分析計に非化学剤の既知の化合物を分析させてその結果を判定することにより行われる。化学剤の検出・定量には、化学剤についてのデータベースが利用される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、化学剤検出・定量方法に関し、特に、ガスクロマトグラフィー質量分析により化学剤の検出並びに定量を行う方法に関する。
【背景技術】
【0002】
テロ等に使用された化学剤の検出・定量を行うときは、現場で採集した試料を質量分析計で分析し、分析結果をデータベースに基づいて解析して、化学剤の種類の特定(検出)と濃度測定(定量)を行う(例えば、特許文献1,2参照)。
【0003】
質量分析計として、前段にガスクロマトグラフを有するガスクロマトグラフ質量分析計(GC-MS)を用いる場合は、ガスクロマトグラフで試料をクロマトグラム化してから、質量分析計で質量分析を行う(たとえば、特許文献3参照)。
【特許文献1】特開2006−322899号公報(段落番号0020−0021、0026、0039−0040、図1−4)
【特許文献2】特開2003−139755号公報(段落番号0014−0019、図1)
【特許文献3】特開2005−77094号公報(段落番号0013−0014、図1)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ガスクロマトグラフ質量分析計において、試料注入部、分離カラム部、ガスクロマトグラフ部と質量分析部の間のインターフェース部、質量分析部等が汚染されていると、それら汚染部分で化学剤が吸着あるいは分解され、正しい検出・定量を行うことができず、たとえ、ある程度検出・定量できたとしてもその信頼性は低い。
【0005】
そこで、本発明の目的は、化学剤を高い信頼性で検出並びに定量する方法を実現することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
課題を解決するための手段としての請求項1に係る発明は、ガスクロマトグラフィー質量分析により化学剤の検出並びに定量を行う方法であって、ガスクロマトグラフ質量分析計について化学剤の分析に関わる性能を事前に検査し、前記検査に合格したガスクロマトグラフ質量分析計で試料を分析することにより化学剤の検出並びに定量を行うことを特徴とする化学剤検出・定量方法である。
【0007】
課題を解決するための手段としての請求項2に係る発明は、前記検査は、ガスクロマトグラフ質量分析計に非化学剤の既知の化合物を分析させてその結果を判定することにより行われることを特徴とする請求項1に記載の化学剤検出・定量方法である。
【0008】
課題を解決するための手段としての請求項3に係る発明は、前記判定には、前記非化学剤の既知の化合物についてのデータベースが利用されることを特徴とする請求項2に記載の化学剤検出・定量方法である。
【0009】
課題を解決するための手段としての請求項4に係る発明は、前記検出並びに定量には、化学剤についてのデータベースが利用されることを特徴とする請求項1に記載の化学剤検出・定量方法である。
【0010】
課題を解決するための手段としての請求項5に係る発明は、前記データベースは、少なくとも化学剤についての保持時間、2つのフラグメントイオンおよびマススペクトルに関するデータを有することを特徴とする請求項4に記載の化学剤検出・定量方法である。
【0011】
課題を解決するための手段としての請求項6に係る発明は、前記2つのフラグメントイオンは、保持時間が近似しかつ2つのフラグメントイオンが共通する非化学剤から化学剤を弁別するのに利用されることを特徴とする請求項5に記載の化学剤検出・定量方法である。
【発明の効果】
【0012】
請求項1に係る発明によれば、ガスクロマトグラフィー質量分析により化学剤の検出並びに定量を行う方法において、ガスクロマトグラフ質量分析計について化学剤の分析に関わる性能を事前に検査し、前記検査に合格したガスクロマトグラフ質量分析計で試料を分析することにより化学剤の検出並びに定量を行うので、化学剤を高い信頼性で検出並びに定量する方法を実現することができる。
【0013】
請求項2に係る発明によれば、前記検査は、ガスクロマトグラフ質量分析計に非化学剤の既知の化合物を分析させてその結果を判定することにより行われるので、化学剤の分析に関わる性能を適切に検査することができる。
【0014】
請求項3に係る発明によれば、前記判定には、前記非化学剤の既知の化合物についてのデータベースが利用されるので、判定の基準が明確化される。
請求項4に係る発明によれば、前記検出並びに定量には、化学剤についてのデータベースが利用されるので、化学剤を適切に検出・定量することができる。
【0015】
請求項5に係る発明によれば、前記データベースは、少なくとも化学剤についての保持時間、2つのフラグメントイオンおよびマススペクトルに関するデータを有するので、質量分析の結果を適切に解析することができる。
【0016】
請求項6に係る発明によれば、前記2つのフラグメントイオンは、保持時間が近似しかつ2つのフラグメントイオンが共通する非化学剤から化学剤を弁別するのに利用されるので、化学剤のみを適切に検出することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、図面を参照して発明を実施するための最良の形態を詳細に説明する。なお、本発明は、発明を実施するための最良の形態に限定されるものではない。
図1に、ガスクロマトグラフ質量分析計1の構成を模式的に示す。図1に示すように、ガスクロマトグラフ質量分析計1は、ガスクロマトグラフ部10、質量分析部20、データ処理部30、データベース40および表示部50を有する。
【0018】
ガスクロマトグラフ部10は、試料注入部102、分離カラム部104およびインターフェース部106を有し、インターフェース部106を介して質量分析部20に接続される。以下、ガスクロマトグラフ質量分析計をGC-MSといい、ガスクロマトグラフ部をGCといい、質量分析部をMSといい、インターフェース部をIFという。
【0019】
GC10は、試料注入部102から注入された試料を分離カラム部104で成分に分離してクロマトグラム化する。クロマトグラム化された試料は、IF106を通じてMS20に入力される。MS20は、入力されたクロマトグラムを質量分析し、マスクロマトグラムないしマススペクトルを表す出力信号を発生する。以下、マスクロマトグラムないしマススペクトルを表す出力信号を、単にマスクロマトグラムという。
【0020】
MSから出力されたマスクロマトグラムは、データ処理部30によって解析される。データ処理部30は、データベース40を参照してマスクロマトグラムを解析し、試料に含まれた目的化学剤の検出・定量を行う。検出・定量の結果は表示部50で表示される。
【0021】
データベース40には、検出・定量対象の複数の化学剤に関するデータが予め登録されている。複数の化学剤は、例えば、サリン(GB)、タブン(GA)、ソマン(GD)、VX等の神経ガス、マスタードガス(HD)、ルイサイト1(L1)、窒素マスタード等のびらん剤、ジフェニルクロロアルシン(DA)やジフェニルシアノアルシン(DC)などのくしゃみ剤、2-クロロアセトフェノン(CN)、o-クロロベンジリデンマロノニトリル(CS)、カプサイシン(OC)などの催涙剤である。登録されるデータは、各化学剤の、例えば、保持時間、保持指標、主要なフラグメントイオンとその強度、マススペクトル、内標準法による検量線等である。データベース40には、後述のシステム評価サンプルに関するデータも登録されている。以下、データベースをDBという。
【0022】
図2に、GC-MS1の動作のフローチャートを示す。本フローチャートで表されたGC-MS1の動作は、発明を実施するための最良の形態の一例である。本動作によって、化学剤検出・定量方法に関する発明を実施するための最良の形態の一例が示される。
【0023】
図2に示すように、ステップ201でGC-MS立上げを行い、ステップ202で、DFTPPチューニングを行う。DFTPPチューニングにより、測定システムが最適化される。なお、測定システムの最適化は、DFTPPチューニングに限らず、それと同等な適宜の精密チューニングであってよい。
【0024】
ステップ203で、システム評価サンプル測定を行う。システム評価サンプルは、複数の既知の化合物を所定の濃度で含むものであり、そのようなシステム評価サンプルについて、GC-MS1による測定が行われる。
【0025】
複数の既知の化合物は、非化学剤であって、化学剤と同様に測定システムの内部汚染に敏感な化合物である。そのような化合物として、例えば、イソキサチオン、カプタホル、2,4-ジニトロアニリン、ペンタクロロフェノール、シマジン、フェニトロチオン、クロルピリホスメチル等が採用される。これら化合物の濃度は、いずれも例えば1ppmである。
【0026】
ステップ204で、システム評価を行う。システム評価は、システム評価サンプルの測定結果をDB40のデータと対比することによって行われる。システム評価サンプルの測定結果は、システム評価サンプルを構成する各化合物のマスクロマトグラムの実測値であり、DB40のデータは、システム評価サンプルを構成する各化合物のマスクロマトグラムの標準値である。なお、各化合物のマスクロマトグラムの標準値は、測定システムに汚染あるいは不具合がないことが確認済の特定のGC-MSで、各化合物を予め測定することによって求められる。
【0027】
実測値が標準値に対して所定の許容範囲内にあるとき、システムは合格と評価され、それ以外は不合格と評価される。合格と評価されたものは測定システムが正常かつ清浄であり、化学剤を正しく検出・定量する性能を有する。これに対して、不合格と評価されたものは測定システムが汚染もしくは不具合があり、化学剤を正しく検出・定量する性能を有しない。
【0028】
ステップ205で、評価結果を判定する。判定が「不合格」の場合は、ステップ206で、クリーニングまたは部品交換を行う。これによって、測定システムの汚染が除去される。
【0029】
クリーニングまたは部品交換済みのGC-MS1について、再度、ステップ202−205で、DFTPPチューニング、システム評価サンプル測定、システム評価および合否判定を行う。ここでも不合格なときは、再度、ステップ206でクリーニングまたは部品効果を行う。ステップ202−206のループは、システム評価に合格するまで繰り返し実行される。
【0030】
システム評価に合格したとき、ステップ207で、試料測定を行う。すなわち、テロ等の発生現場から採集した試料に内標準物質を添加したものについて、GC-MS1による測定が行われる。試料測定は、トータルイオンモニタリング (TIM) モードで行われる。これによって、試料のマスクロマトグラムの実測値が得られる。
【0031】
ステップ208で、化学剤検出・定量を行う。化学剤検出・定量は、試料のマスクロマトグラムの実測値を、DB40のデータに基づいて解析することによって行われる。DB40には、前述のように複数の化学剤についてのデータが予め登録されている。なお、それらのデータは、測定システムに汚染等がないことが確認済の特定のGC-MSで、各化学剤を予め測定することにより得られる。
【0032】
実測値の解析は、例えば、次のようなステップで行われる。
a) 登録された保持時間を中心としその前後(±0.2分程度)のトータルイオンクロマ トグラムを取り出す。
【0033】
b) 取り出されたトータルイオンクロマトグラムから、登録された主要な2つのフラグ メントイオンを用いて、マスクロマトグラムをそれぞれ取り出す。
c) 2つのマスクロマトグラムをそれぞれ積分し、各保持時間および面積をそれぞれに ついて求める。この場合、非化学剤で同一のフラグメントイオンを持つ化合物の ピークが複数積分される場合がある。
【0034】
d) 各保持時間とデータベースに登録された化学剤の保持時間との差を求める。
e) 2つのマスクロマトグラムの面積比を求める。
f) 片方のマスクロマトグラム上のピークからマススペクトルを取り出す。
【0035】
g) ステップcでピークが複数積分された場合には、ステップdで得た保持時間の差、ス テップeで得た面積比、ステップfで取り出したマススペクトルの3種類の情報か らトータルスコアを求め、データベースに登録された化学剤のデータとスコアが最 も近いピークを化学剤のピークと認識し、化学剤を決定(検出)する。
【0036】
h) ステップcで得られたピーク面積と試料に添加した内標準物質のピーク面積の比を 求める。
i) ピーク面積の比とデータベースに登録された内標準法の検量線とを用いた計算によ り、化学剤の濃度を決定(定量)する。
【0037】
j) ステップa-iを、データベースに登録された化学剤の数だけ繰り返し、登録された すべての化学剤について逐一検出・定量を行う。
このようにして、試料の含まれた化学剤が検出並びに定量される。検出・定量の結果は、ステップ209で、表示部50に表示される。
【0038】
化学剤の検出・定量を行うGC-MS1は、内部汚染による性能低下の有無が事前に検査され(ステップ202−205)、検査合格後に試料測定を行う(ステップ207−208)ので、化学剤を高い信頼性で検出並びに定量することができる。その際、化学剤は、保持時間が近似しかつ2つのフラグメントイオンが共通する非化学剤から弁別して検出・定量することができる。
【0039】
また、データベースを利用して化学剤を検出・定量するので、現場から採取した試料と化学剤標準物質を相前後して測定する必要がなく、したがって、化学剤標準物質の調達が不可能ないし困難なサイトでも、迅速に化学剤の検出・定量を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】ガスクロマトグラフ質量分析計の構成を模式的に示す図である。
【図2】ガスクロマトグラフ質量分析計の動作のフローチャートを示す図である。
【符号の説明】
【0041】
1 : ガスクロマトグラフ質量分析計
10 : ガスクロマトグラフ部
20 : 質量分析部
30 : データ処理部
40 : データベース
50 : 表示部
102 : 試料注入部
104 : 分離カラム部
106 : インターフェース部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガスクロマトグラフィー質量分析により化学剤の検出並びに定量を行う方法であって、
ガスクロマトグラフ質量分析計について化学剤の分析に関わる性能を事前に検査し、
前記検査に合格したガスクロマトグラフ質量分析計で試料を分析することにより化学剤の検出並びに定量を行う
ことを特徴とする化学剤検出・定量方法。
【請求項2】
前記検査は、ガスクロマトグラフ質量分析計に非化学剤の既知の化合物を分析させてその結果を判定することにより行われる
ことを特徴とする請求項1に記載の化学剤検出・定量方法。
【請求項3】
前記判定には、前記非化学剤の既知の化合物についてのデータベースが利用される
ことを特徴とする請求項2に記載の化学剤検出・定量方法。
【請求項4】
前記検出並びに定量には、化学剤についてのデータベースが利用される
ことを特徴とする請求項1に記載の化学剤検出・定量方法。
【請求項5】
前記データベースは、少なくとも化学剤についての保持時間、2つのフラグメントイオンおよびマススペクトルに関するデータを有する
ことを特徴とする請求項4に記載の化学剤検出・定量方法。
【請求項6】
前記2つのフラグメントイオンは、保持時間が近似しかつ2つのフラグメントイオンが共通する非化学剤から化学剤を弁別するのに利用される
ことを特徴とする請求項5に記載の化学剤検出・定量方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2010−48556(P2010−48556A)
【公開日】平成22年3月4日(2010.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−210242(P2008−210242)
【出願日】平成20年8月19日(2008.8.19)
【出願人】(392036027)西川計測株式会社 (3)
【出願人】(592083915)警察庁科学警察研究所長 (23)
【Fターム(参考)】