説明

化学物質探知装置及び化学物質探知方法

【課題】 高感度で選択性の高い化学物質探知装置を提供する。
【解決手段】 有機酸又は有機酸塩を用いて有機酸ガス発生器3から有機酸ガスを発生させ、試料ガスと混合させてイオン源4に導入し、イオン化を行い、質量分析部5で質量スペクトルを得る。データ処理部6は、得られた質量スペクトルに基づいて、探知対象の目的化学物質から生成される固有のm/zをもつ分子に有機酸から生成される分子が付加された固有の有機酸付加イオンのm/zの検出の有無を判定する。有機酸付加イオンのm/zのイオンピークがあった場合、探知対象の目的化学物質が存在すると判断して警報を鳴らす。
【効果】 誤探知を防ぐことが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、環境物質、有害化学物質、麻薬、爆発物等の化学物質探知技術に係わり、特に質量分析計を用いた化学物質探知装置に関する。
【背景技術】
【0002】
麻薬や爆発物を探知する探知技術には、X線透視装置のように物体の形状や密度から判別する、いわゆるバルク検出と、検査対象に付着した極微量の化学物質を検出する、いわゆるトレース検出に大別される。トレース検出において、爆発物を探知する技術には化学発光方式、イオン移動度方式、質量分析方式などがある。
【0003】
化学発光方式では、採取した試料をガスクロマトグラフィで分離し、発光試薬と反応させて発光を検出することで、化学物質の同定を行ない爆薬の探知を行なう(従来技術1:特許文献1を参照)。採取物質をあらかじめガスクロマトグラフで分離するため、特定の探知対象物質に対して極めて感度が高く、物質を見分ける能力(以下、選択性と呼ぶ)が高い。
【0004】
イオン移動度方式では、採取した試料を加熱蒸気化し、ガス状の試料を放射線を用いたイオン源でイオン化する。このイオンを電界により大気中をドリフトさせ、移動度を測定することで化学物質の同定を行ない、爆薬の探知を行なう(従来技術2:特許文献2を参照)。
【0005】
また、イオン移動度方式では、イオン化を行なう際に塩素又は塩素化合物(以下、塩素ドーパントと呼ぶ)を導入することで、爆薬分子と塩素イオンが反応し、爆薬分子に塩素イオンが付加された付加イオンを生成する。この付加イオンを検出することで爆薬の探知を行なう。(従来技術3:特許文献3を参照)。塩素イオンの付加イオンを検出する方法では、付加イオンの生成効率が高いので、観測される信号強度は高くなり、探知する際の感度が高くなる。また、探知対象物質が本来のイオン化過程を経てイオン化されたイオンも、塩素による付加イオンと同時に観測されるため、信号の数が増え、選択性が高まる。
【0006】
質量分析方式を用いた探知装置として、大気圧化学イオン化法を用いた方法が知られている(従来技術4:特許文献4を参照)。この方法は大気圧化で化学反応により爆薬分子をイオン化し、生成したイオンの質量分析を行なうことで、物質の同定および爆薬の探知を行なう。採取物質を直接大気圧化のイオン源に導入し、質量分析を行なうため濃縮や分離と言った前処理が必要とせず、連続かつスピーディな探知が可能である。さらに、負の大気圧化学イオン化法は、電子親和力の高いニトロ化合物を選択的にイオン化する特徴を持っており、夾雑物の影響を受けにくいうえ、信号強度が高いので感度が高い。また、検出部は四重極質量分析計やイオントラップ質量分析計などの精密化学分析に使用される質量分析計を用いているため、分子量1の差を見分けられるため、選択性が高い。このため、実運用においても、夾雑成分と探知対象物質を見分けることが可能である。
【0007】
また、質量分析方式においても塩素ドーパントを用いて爆薬分子に対して塩素イオンが付加した付加イオンを検出する方法も提案されている(従来技術5:非特許文献1を参照)。
【0008】
また、有機極性化合物の質量分析法において、水酸基またはカルボキシル基を含む有機極性化合物をハロゲン化合物と混合させてハロゲン化合物のイオン化に利用している(従来技術6:特許文献5を参照)。
【0009】
質量分析方式を用いた化学物質のモニタにおいて、測定すべき分子種が複数ある場合に同時にタンデム質量分析を行う方法が開示されている。(従来技術7:特許文献6を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】米国特許5092155号明細書
【特許文献2】特開平5−264505号公報
【特許文献3】特開平7−6729号公報
【特許文献4】特開2000−28579号公報
【特許文献5】特許2667576号公報
【特許文献6】特開2000−162189号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】7th International Symposium on Analysis and Detection of Explosives, 2001, Samantha L.Richards et al, The Detection of Explosive Residues from Boarding Passes, PP.60
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
従来技術1の方法では、採取物質を濃縮したり、ガスクロマトグラフで分離したりする前処理が必要なため、探知までに時間がかかる。このため、空港の手荷物検査などの様に膨大な数の検査を行う場合には向いていない。
【0013】
従来技術2の方法では、短時間での探知は可能であるが探知対象物質に対して十分な信号強度が得られにくく感度が低い。また、衝突の多い大気圧条件でドリフトさせるので、分離が悪く、選択性が低い。選択性が低いと、必然的に誤報が多いと言う課題がある。
【0014】
従来技術3では、従来技術2の感度と選択性の課題を解決するため、低濃度の塩素ドーパントを導入する。しかしながら、クリーンな環境下での検出では感度が高いと言えるが、実運用では検出するもの以外の妨害物質が多く存在しており、その妨害物質環境下での運用では、十分な感度や選択性が得られているとは言えない。この妨害成分は、以下では夾雑成分と呼び、例えばカバンの拭き取り試験を考えると、カバン由来の成分(カバンそのものの素材の匂いなど)や、カバンの表面に付着した汚れ、油、化粧品等が該当する。つまり、探知対象物質以外の夾雑成分を誤って判定したり、似た複数の探知対象物質を誤って判定する誤探知が多い。また、ドーパント原料として塩素化合物を用いているため人体や環境に影響が出る可能性がある。さらに、イオン源には放射性同位体を用いているため使用や保管に許可が必要であり、運用面の制約となる。
【0015】
従来技術4では、採取物質を直接大気圧化のイオン源に導入し、質量分析を行なうが、さらに感度や選択性の向上が望まれていた。
【0016】
従来技術5では、質量分析方式において更なる感度向上、選択性向上を得るために、従来技術3と同様に、塩素ドーパントを導入して探知対象物質に塩素イオンが付加された塩素付加イオンを検出する方法を行っている。しかしながら、塩素化合物を用いているため、人体や環境に影響が出る可能性がある。
【0017】
なお、従来技術6では、ハロゲン化物の検出に対して有効な方法であるが、爆薬の多くが含まれるニトロ化合物に対しては効果が少なかった。
従来技術7では、夾雑成分の排除にタンデム質量分析を有効に利用しているが、爆薬の探知などのような極微量成分の検出のためには、更なる工夫が必要である。
【0018】
本発明の目的は、スピード・感度・選択性に優れた危険物探知装置を提供することである。本発明の他の目的は、放射性同位体やハロゲン化物などの、人体や環境への影響が懸念される物質を使用しない高性能の探知機を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明は、負の大気圧化学イオン化法において、ニトロ化合物に代表される爆薬分子に有機酸のような比較的分子量の大きな物質が付加したイオンが生成されることを新たに発見したことに基づいてなされた。
【0020】
本発明の化学物質探知装置では、有機酸ガスを発生させる発生器から有機酸又は有機酸塩(以下、これら全てを有機酸と記し、有機酸ガスを有機酸ドーパントと記す)のガスを発生させ、試料ガスと混合させてイオン源に導入し、イオン化を行う。このイオンを質量分析部で分析し、質量スペクトルを得る。データ処理装置では質量スペクトルと探知のデータベースと比較する。データ処理装置が、探知対象とする目的化学物質から生成される分子に有機酸から生成された分子(有機酸、あるいは、有機酸が分解して生成された分子、有機酸が他の分子と反応し生成した分子の総称で、以下では有機酸分子と記す)が付加された付加イオン(以下、有機酸付加イオンと記す)の検出の有無を判定する。この固有のm/zを有する有機酸付加イオンが検出された場合、探知対象の目的化学物質が存在すると判断して警報を鳴らす。
【0021】
本発明の化学物質探知装置をより詳細に以下に説明する。
【0022】
本発明の化学物質探知装置は、イオン源、分析部、データ処理装置(データ処理部)から構成される。試料はイオン源でイオン化され、分析部で試料のイオン種を測定する。データ処理装置は、検査対象とする目的化学物質の試料中での存在の有無を判定する。データ処理装置は、目的化学物質の分子と、質量数が40以上400以下の有機酸又は有機酸塩の分子との反応により生じた生成イオンの検出の有無を判定する。この判定の結果、有りと判定された場合には警報が鳴らされる。
【0023】
分析部ではイオン種の分析を行なうが、四重極質量分析装置、イオントラップ質量分析装置、イオン移動度を分析する装置等から選ばれる。例えば、分析部として、試料のイオンの質量スペクトルを取得する質量分析部を用いる。
【0024】
有機酸又は有機酸塩は、水酸基又はカルボキシル基を有する有機酸又は有機酸塩であり、代表的に、乳酸又は乳酸塩をもちいる。
【0025】
データ処理装置は、(1)上記生成イオンの検出の有無、あるいは、有機酸又は有機酸塩から生成した分子と目的化学物質の分子との反応により生じた生成イオンの検出の有無を判定し、(2)目的化学物質から生成したイオンの検出の有無、上記生成イオンの検出の有無、及び、有機酸又は有機酸塩から生成した分子と目的化学物質の分子との反応により生成したイオンの検出の有無の、いずれか一つ以上の検出の有無を判定し、目的化学物質の存在の有無を判定する。
【0026】
本発明の化学物質探知装置では、タンデム質量分析を行なう。
【0027】
(1)上記生成イオンに対してタンデム質量分析を行なう。データ処理装置は、上記生成イオンの分解イオンの検出の有無を判定し、目的化学物質の存在の有無を判定する。
【0028】
(2)有機酸又は有機酸塩から生成した分子と目的化学物質の分子との反応により生成したイオンに対してタンデム質量分析を行なう。データ処理装置は、生成したイオンの分解イオンの検出の有無を判定し、目的化学物質の存在の有無を判定する。
【0029】
(3)目的化学物質から生成したイオン、上記生成イオン、及び、有機酸又は有機酸塩から生成した分子と目的化学物質の分子との反応により生成したイオンのいずれか一つ以上のイオンに対して同時にタンデム質量分析を行なう。データ処理装置は、目的化学物質から生成したイオンの分解イオンの検出の有無、上記生成イオンの分解イオンの検出の有無を判定し、目的化学物質の存在の有無を判定する。
【0030】
本発明の化学物質探知装置の構成例では、試料のガスを生成する加熱部と、質量数が40以上400以下の有機酸又は有機酸塩のガスを発生させるガス発生器と、加熱部で生成された試料のガスに、有機酸又は有機酸塩のガスを混合させ混合ガスを生成するガス混合部と、混合ガスのイオンの質量スペクトルを取得する質量分析部と、質量スペクトルに基づいて、検査対象とする目的化学物質の試料中での存在の有無を判定するデータ処理装置とを有する。
【0031】
本発明の化学物質探知装置の他の構成例では、試料ガスを吸引する吸引部と、質量数が40以上400以下の有機酸又は有機酸塩のガスを発生させるガス発生器と、吸引部で吸引された試料ガスに、有機酸又は有機酸塩のガスを混合させ混合ガスを生成するガス混合部と、混合ガスのイオンの質量スペクトルを取得する質量分析部と、質量スペクトルに基づいて、検査対象とする目的化学物質の試料ガス中での存在の有無を判定するデータ処理装置とを有する。
【0032】
本発明の化学物質探知装置の他の構成例では、質量数が40以上400以下の有機酸又は有機酸塩が含浸され、検査対象から試料を採取する拭き取り部材と、拭き取り部材を加熱して試料のガスと有機酸又は有機酸塩のガスが混合された混合ガスを生成する加熱部と、混合ガスのイオンの質量スペクトルを取得する質量分析部と、質量スペクトルに基づいて、検査対象とする目的化学物質の試料中での存在の有無を判定するデータ処理装置とを有する。
【0033】
なお、上記構成例において、データ処理装置は、目的化学物質の分子と、有機酸又は有機酸塩の分子との反応により生じた生成イオンの検出の有無を判定し、目的化学物質の存在の有無を判定する。
【0034】
本発明の化学物質探知方法では、試料をイオン化する工程と、試料のイオン種を分析する工程と、イオン種の分析結果に基づいて、目的化学物質の分子と、質量数が40以上400以下の有機酸又は有機酸塩の分子との反応により生じた生成イオンの検出の有無を判定し、目的化学物質の存在の有無を判定する工程とを有することに特徴がある。
【0035】
また、本発明の化学物質探知方法では、試料ガスを生成する工程と、試料ガスに、質量数が40以上400以下の有機酸又は有機酸塩のガスを混合させ混合ガスを生成する工程と、混合ガスをイオン化する工程と、混合ガスのイオンの質量スペクトルを取得する工程と、目的化学物質の分子と、有機酸又は有機酸塩の分子との反応により生じた生成イオンの検出の有無を判定し、目的化学物質の存在の有無を判定する工程とを有することに特徴がある。
【発明の効果】
【0036】
本発明によれば、有機酸を添加することにより従来の塩素ドーパントよりも少ない消費量で検出感度を高めることができる。また、有機酸は負イオンになりやすく、かつ爆薬分子と容易に付加イオンを生成するので、爆発物探知装置に適している。また、塩素付加イオンより高い質量数に有機酸付加イオンが検出されるため、探知対象物質から生成された分子イオンとの見分けが容易になり選択性が向上する。この結果、誤探知を防ぐことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】本発明の実施例1の爆発物探知装置の構成例を示す図。
【図2】本発明の実施例1におけるイオン源及び分析部の一例を示す図である。
【図3】従来の爆発物探知装置で得られる、塩素付加イオンの質量スペクトルの一例を示す図。
【図4】本発明の実施例の爆発物探知装置により得られる、有機酸付加イオンの質量スペクトルの一例を示す図。
【図5】従来の質量分析計による爆発物探知装置において得られる、爆薬RDXのみの質量スペクトルを示す図。
【図6】本発明の実施例1において、有機酸ドーパントとして乳酸を用いた場合に得られる、爆薬RDXの質量スペクトルを示す図。
【図7】本発明の実施例1の爆発物探知装置における、爆発物の探知フローチャートの一例を示す図。
【図8】本発明の実施例1の爆発物探知装置において、塩素ドーパントを用いた場合の、塩素濃度に対する塩素付加イオンの信号強度の変化を示す図。
【図9】本発明の実施例1の爆発物探知装置において、乳酸ドーパントを用いた場合の、乳酸濃度に対する乳酸付加イオンの信号強度の変化を示す図。
【図10】本発明の実施例2において、RDX乳酸付加イオンのタンデム質量分析によるフラグメント質量スペクトルを示す図。
【図11】本発明の実施例4の爆発物探知装置の構成例を示す図。
【図12】本発明の実施例5の爆発物探知装置の構成例を示す図。
【図13】本発明の実施例6において、こはく酸をドーパントとして用いた場合に得られる、爆薬RDXの質量スペクトルを示す図。
【図14】本発明の実施例6において、酪酸をドーパントとして用いた場合に得られる、爆薬RDXの質量スペクトルを示す図。
【図15】本発明の実施例6において、乳酸ナトリウムをドーパントとして用いた場合に得られる、爆薬RDXの質量スペクトルを示す図。
【発明を実施するための形態】
【0038】
以下、本発明の実施の形態について、図を用いて詳細に説明する。
【0039】
なお、以下で説明する、図3、図4、図5、図6、図10、図13、図14、図15において、横軸はm/zであり、縦軸は信号強度を示す。
【0040】
本発明の化学物質探知装置では、有機酸又は有機酸塩から生成される分子と反応し生成されるイオンを検出することにより、環境物質、有害化学物質、麻薬、爆発物の探知を行なうことが可能である。
【0041】
以下の説明では、化学物質探知装置の一例として爆発物探知装置をとって説明する。爆薬の例としてRDXを使用したが、これに限定されるものではない。
【0042】
まず、本発明の対比として、参考のため塩素ドーパントを用いる従来方法により得られる質量スペクトルを説明する。
【0043】
図3を用いて塩素ドーパントを導入した場合の質量スペクトルを説明する。通常、塩素ドーパントを導入しない場合は、探知対象物質の分子イオン((M)-)のイオンピーク、及び探知対象物質から生成した固有の特定分子脱離イオン((M1-)又は特定分子付加イオン((M-)が検出される。塩素ドーパントを導入することで塩素イオン((Cl)-)のイオンピークが検出される。また、探知対象物質に塩素イオンが付加した塩素付加イオン((M+Cl)-)が検出される。適量の塩素ドーパントを導入すると、塩素付加イオンが効率よく生成されるため、塩素を導入しないときの探知対象物質から生成した固有のイオンピーク、すなわち(M)-、(M1-や(M-の信号強度よりも塩素付加イオンの強度の方が強い。つまり、探知対象物質の量が少なくても塩素付加イオンのイオンピークの信号が強く観測されるため、感度が高くなり、極微量の試料でも検出できるようになる。また、探知対象物質のイオンピークと共に、塩素付加イオンのイオンピークが塩素(質量数35と37)の分だけ高い質量数の位置に検出されるため、複数のイオンピークでの検出および判定を行うことが可能になり、選択性が向上する。
図4は、本発明の実施例の爆発物探知装置により得られる、有機酸付加イオンの質量スペクトルの一例を示す図である。
図4を用い、本発明の有機酸ドーパントを用いた場合に得られる質量スペクトルを説明する。通常、有機酸ドーパントを導入しない場合は、探知対象物質から生成される分子イオン((M)-)のイオンピーク、探知対象物質から特定分子が脱離した特定分子脱離イオン((M1-)、又は付加された特定分子付加イオン((M-)が検出される。有機酸ドーパントを導入することで有機酸分子から生成されるイオン((D)-)が検出される。また、有機酸分子イオンが付加した有機酸付加イオン((M+D)-)が検出される。
有機酸と検出対象とする爆薬の種類によっては、水素が脱離した(M+D-H)-や、水素が付加した(M+D+H)-が検出される場合もある。また、有機酸から生成されるイオンは複数種類得られる場合があるので、有機酸付加イオンも複数種類得られる場合もある。検出対象とする爆薬は様々な種類があり、さらに爆薬と有機酸から生成されるイオンとの付加反応は複雑であるため、どの様な付加イオンが得られるかを予め予測することは難しい。そこで、実験に基づき探知データベースを取得しておく事は重要であり、データ処理装置に格納された探知データベースに基づき対象物質の有無を判定する。
【実施例1】
【0044】
図1は、本発明の実施例1の爆発物探知装置の構成例を示す図である。実施例1の化学物質探知装置では、有機酸ガス発生器を用いたワイプ方式の装置構成とする。
【0045】
図1に示すように、装置は、吸引部1(上部加熱ヒータ)及び下部加熱ヒータを備えた加熱器2、有機酸ガス発生器3、イオン源4、質量分析部5、データ処理部6で構成される。有機酸ガス発生器3には、有機酸の一例である乳酸を約400μL(マイクロリットル)入れ、発生器ヒータ9で約40°Cに加熱し、乳酸蒸気を発生させる。さらに、押出ポンプ7及び押出マスフローコントローラ8で約0.1L(リットル)/分の流量でイオン源4に導入する。その際、押出流量は吸引部1側に逆流しない流量であれば良い。
【0046】
イオン源4には、吸引部1から蒸気又は微粒子を吸引するために、吸気ポンプ10及び吸気マスフローコントローラ11で約0.5L/分の流量でガスが引き込まれる。イオン源4では試料のイオン化が行われる。イオン源4で生成されたイオンは、内径0.2mm程度の細孔を介して、真空に排気された質量分析部5に取り込まれる。細孔からは、約0.5L/分で質量分析部5側にガスが引き込まれるので、吸引部1から吸引された試料ガスの流量は約0.9L/分になる。
【0047】
検査は、手荷物などをワイプ材12で拭取り、極微量の爆薬成分を採取する。このワイプ材12を吸引部1(上部加熱ヒータ)及び下部加熱ヒータで構成される加熱器2に挿入する。吸引部1(上部加熱ヒータ)と加熱器2は採取試料が蒸発する温度に保持されていれば良い。今回は、共に210°Cで加熱した。
【0048】
ワイプ材12が挿入されると、加熱器2が上昇し、ワイプ材12を挟み込むことで加熱して爆薬試料を蒸発させる。蒸発した試料は、加熱されたフィルタ13(例えば、210°Cで加熱されている)及び配管ヒータ15で加熱された配管14(例えば、180°Cで加熱されている)を通って、有機酸ガス発生装置3で発生した乳酸蒸気と混合部16で混合され、イオン源4に導入される。フィルタ13は、埃などが吸引されることを防止するために設けられている。イオン源4では混合ガスをイオン化し、質量分析部5で質量分析を行なう。
次に、イオン源及び質量分析の詳細を説明する。
図2は、本発明の実施例1の化学物質探知装置における、イオン源及び分析部の一例を示す図である。
【0049】
イオン源は、試料のイオン種を生成できるものであれば良い。例えば、放射線源や電子線、光、レーザー、コロナ放電などを用いることができる。分析部はイオン種の分析ができるものであれば良く、必ずしも質量分析でなくとも、例えば、イオン移動度方式でも良い。
図2ではイオン源に大気圧イオン化法を用い、イオン種の分析にイオントラップ質量分析計を用いた構成を示した。このイオン源では、大気中のコロナ放電を利用して一次イオンを生成し、この一次イオンと試料分子との化学反応を利用して試料分子をイオン化する。イオン源には針電極17が配置され、対向電極18との間に高電圧が印加され、針電極先端付近にコロナ放電が発生する。このコロナ放電により、空気中の窒素、酸素、水蒸気などがイオン化され、一次イオンとなる。
【0050】
生成された一次イオンは電界により細孔付電極(第一細孔)19側に移動する。配管を介して吸引された被検出物質が含まれた試料の蒸気又は微粒子は、対向電極18の開口部を通って針電極17側に流れ込む。その際、一次イオンと反応することで、蒸気又は微粒子はイオン化される。針電極17に負の高電圧を印加して負イオンを生成する負イオン化モードの場合、一次イオンは酸素分子イオンである場合が多い。試料分子(M)における代表的な負イオン化反応を以下に示す。
【0051】
M+(O2)−→M−+O2
生成された試料分子イオンは、対向電極18と細孔付電極(第一細孔)19間に1kV程度の電位差があるため、細孔付電極側(第一細孔)19に移動し、第一細孔20を介して差動排気部21に入る。差動排気部21では断熱膨張が起こり、イオンに溶媒分子が付着するクラスタリングが発生する。このクラスタリングを軽減させるために細孔付電極(第一細孔)19をヒータなどで加熱することが望ましい。
【0052】
図2の構造のイオン源を用いた場合、コロナ放電で生成された一次イオンは、対向電極18から細孔付電極(第一細孔)19の方向に移動する。一方、試料分子が含まれた蒸気や微粒子のガスは、対向電極18と細孔付電極(第一細孔)19の間に供給され、一次イオンとイオン化反応を起こす。この時、コロナ放電で生じた中性の一酸化窒素(NO)などのイオン化反応を阻害する中性分子は、ガスが対向電極18から針電極17の方向に流れているため、試料分子と一次イオンがイオン化反応する領域から除去される。このようにコロナ放電による一次イオン生成領域と、一次イオンと試料分子とのイオン化反応領域が分離されるため、放電で生成される一酸化窒素(NO)と、試料由来の一酸化窒素(NO)の識別が可能になった。
【0053】
生成された試料分子イオンは、細孔付電極(第一細孔)19に開口された第一細孔20、第一排気系24で排気された差動排気部21、細孔付電極(第二細孔)22に開口された第二細孔23を経由して、第二排気系25で排気された真空部26に導入される。
【0054】
細孔付電極(第一細孔)19と細孔付電極(第二細孔)22との間には、ドリフト電圧と呼ばれる電圧が印加される。ドリフト電圧には、差動排気部21に取り込まれたイオンを第二細孔23の方向にドリフトさせることで、第二細孔23のイオン透過率を向上させる効果と、差動排気部21に残留するガス分子との衝突でイオンに付着した水などの溶媒分子を脱離させる効果がある。
【0055】
さらに、細孔付電極(第二細孔)22に加速電圧を印加させ、エンドキャップ電極27、28及びリング電極29などで構成されたイオントラップ部へ、試料分子イオンを導入する。その際、加速電圧によりイオントラップへの入射エネルギーが変化するため、イオントラップへのイオンの閉じ込め効率が変化する。そのため閉じ込め効率が高くなるように加速電圧を設定する。
【0056】
真空部26に導入されたイオンは、イオン収束レンズ30で収束された後、イオントラップ部に導入される。イオントラップ部は、エンドキャップ電極27、28及びリング電極29、石英リング31で構成されており、ガス供給器32からガス導入管33を介してヘリウムなどの衝突ガスが導入される。石英リング31は、エンドキャップ電極27、28及びリング電極29との間の電気絶縁を維持する。ゲート電極34は、イオントラップ部に捕捉したイオンを分析するタイミングにおいて、外部から新たにイオンがイオントラップ内に導入されないよう制御する役目をする。
【0057】
イオントラップ内部に導入されたイオンはヘリウムなどの衝突ガスとの衝突で軌道が小さくなった後、エンドキャップ電極27、28とリング電極29間に印加された高周波電圧を走査することで、質量数毎にイオンがイオントラップ外に排出される。この排出されたイオンを、変換電極34、シンチレータ35、フォトマルチプライヤ36で構成される検出部で検出する。イオンは、加速する電圧が印加された変換電極34に衝突し、表面から荷電粒子が放出される。この荷電粒子をシンチレータ35で検知し、フォトマルチプライヤ36で増幅する。検出された信号はデータ処理部37に送られる。データ処理部37で得られた質量スペクトルについて以下に詳細を説明する。
【0058】
図5は、従来の質量分析計による爆発物探知装置を用いて得られた爆薬RDXの質量スペクトルを示す図である。RDXはプラスチック爆薬の主剤としてよく用いられる爆薬である。
【0059】
図5に示すように、m/z=46、267に、爆薬RDXから生成された固有のm/zの分子イオン(RDX由来イオン)がイオンピークとして検出される。m/z=267は(M+NO、46は(NOだと推定される。従来の爆発物探知装置では、この爆薬から生成された固有のm/zの分子イオンのイオンピークを検出対象として探知を行なっている。
【0060】
図6は、本発明の実施例1において、有機酸ドーパントとして乳酸を用いた場合に得られる、爆薬RDXの質量スペクトルを示す図である。
【0061】
図6に示すように、ドーパントである乳酸から生成された分子イオン(乳酸由来イオン)が、m/z=89にイオンピークとして検出される。m/z=89は乳酸から水素が脱離したイオンと推定される。図5と同様に、爆薬RDXから生成された固有のm/zの分子イオン(RDX由来イオン)が、m/z=46、267にイオンピークとして検出されている。
また、爆薬RDXから生成された固有のm/zのイオンピーク以外に、m/z=310に爆薬RDXに乳酸から生成された分子が付加された分子イオン(RDX乳酸由来付加イオン)のイオンピークが検出される。これは爆薬RDX(質量数222)に乳酸分子(質量数89)が付加され、水素(質量数1)が脱離したものである。そこで、この爆薬分子に乳酸から生成された分子が付加した固有のm/zのイオンピーク(RDXの場合、310)を検出することでRDXを探知することができる。
【0062】
図7は、本発明の実施例1の爆発物探知装置における、爆発物の探知フローチャートの一例を示す図である。
【0063】
図7に示すように、検査が開始され質量スペクトル測定が行われ、図1のデータ処理部に送られる。図1のデータ処理部に送られた質量スペクトルから、検出しようとしていた探知対象物質から生成される固有のm/zのイオンピークの存在の有無を判断し、検出された場合には警報を鳴らす。さらに、探知対象物質から生成される固有のm/zのイオンピークが検出されなくても、乳酸から生成される分子が付加した固有のm/zのイオンピークの有無を判定して、検出された場合には警報を鳴らす。
【0064】
つまり、探知対象物質から生成された分子のm/zのイオンピークと、探知対象物質に乳酸から生成された分子が付加された固有のm/zのイオンピークのどちらかが検出された場合、警報を鳴らしても良い。これらの作業を繰り返すことで爆発物探知装置として機能させる。
【0065】
また、探知対象物質から生成された固有のm/zのイオンピークと、探知対象物質乳酸から生成された分子が付加された固有のm/zのイオンピークの両方が検出した場合のように、複数のイオンピークの有無で判定する場合は、単体のイオンピークで判定するより確実性が高まり、誤報が低減できる効果がある。このように、有機酸ドーパントを用いることにより、本来の爆薬由来の信号と爆薬分子に有機酸から生成されたイオンが付加した付加イオンの2種類以上のイオンを検出対象とするため、探知の選択性が向上する。
【0066】
これらの探知に使う探知対象物質から生成された固有のm/zのイオンピーク、または、探知対象物質に乳酸から生成された分子が付加した固有のm/zのイオンピークの情報は予めデータ処理部又は外部にあるデータベースに登録されており、今回のRDX以外の爆薬についても、探知対象物質から生成された固有のm/zのイオンピーク、または、探知対象物質に乳酸から生成された分子が付加した固有のm/zのイオンピークの情報は、データベースに登録することで探知対象物質の数を増やしている。
【0067】
図8は、本発明の実施例1の爆発物探知装置において、塩素ドーパントを用いた場合の、塩素濃度(横軸)に対する塩素付加イオンの信号強度(縦軸)の変化を示す図である。
【0068】
図9は、本発明の実施例1の爆発物探知装置において、乳酸ドーパントを用いた場合の、乳酸濃度(横軸)に対する乳酸付加イオンの信号強度(縦軸)の変化を示す図である。乳酸ドーパントとは、装置に導入する乳酸を意味する。
【0069】
図8に示すように、塩素ドーパントを装置に導入した場合、塩素付加イオン(RDX+Cl)の信号が、1.0E+7Counts以上の信号強度を得るには、塩素濃度100ppmが必要である。
【0070】
図9に示すように、乳酸ドーパントの場合には、乳酸付加イオン(RDX+La)の信号が、乳酸濃度10ppmで1.0E+7Counts以上の信号強度が得られる。よって乳酸ドーパントの方が、塩素ドーパントに比べて少ない量で効果がある。従って、乳酸ドーパントの方が消費量が少なく、ドーパント剤の補充等の作業も少なくてすむ。また、塩素ドーパントより乳酸ドーパントの方が、環境や人体に影響を与える心配が少ない。
【0071】
また、塩素イオン(質量数35と37)の質量数に対して、乳酸から生成された分子イオン(質量数89)の質量数が大きく、さらに、爆薬に付加しやすい特定分子である(NO(質量数46)や(NO(質量数62)よりも質量数が大きいため、爆薬に付加した場合、他の付加しやすい特定分子より高い質量数に付加イオンピークが検出される。これは、塩素付加イオンピークより、特定分子が付加したイオンピークと乳酸付加イオンピークとの分離が容易になるため、イオン移動度方式などのように選択性が低い検出法を用いた場合でも誤探知が少なくなるという利点がある。
【実施例2】
【0072】
実施例2では、爆薬乳酸付加イオンをタンデム質量分析し、解離した特有のフラグメントイオンを検出対象とする爆発物探知装置について説明する。
【0073】
質量分析装置において選択性を高める方法として、タンデム質量分析法が知られている。このタンデム質量分析法を実施する装置として、三連四重極質量分析計や四重極イオントラップ質量分析計などがある。タンデム分析法では、2段階で質量分析を行なう。一段目の質量分析としてイオン源で生成されたイオンのm/zを測定する。様々なm/zを有するイオンの中から特定のm/zを有するイオンを選択する。
【0074】
選択されたイオン(プリカーサーイオン)を中性ガスなどとの衝突により解離させ、分解物イオン(フラグメントイオン)を生成する。二段目の質量分析としてフラグメントイオンの質量分析を行なう。プリカーサーイオンが解離する場合、分子中のどの部位が切れるかは部位ごとの化学結合の強さに依存する。従って、フラグメントイオンを分析するとプリカーサーイオンの分子構造の情報を含んだ質量スペクトルが得られる。
【0075】
つまり、イオン源で生成されたイオンのm/zが偶然同じでも、フラグメントイオンの質量スペクトルを調べることで、探知の対象物が含まれているか否か判別できる。三連四重極質量分析計や四重極イオントラップ質量分析計を用いたタンデム質量分析法は広く知られているので、詳しい説明は省略する。
【0076】
代表的な爆薬の一種であるRDXにおいてタンデム質量分析を行なった詳細を説明する。プリカーサーイオンとしてm/z=310のRDX乳酸付加イオンを選択してそれ以外のイオンを排除する。さらに、このプリカーサーイオンに対してエネルギーを与えて解離させ、フラグメントイオンの質量スペクトルを得る。
【0077】
図10は、本発明の実施例2において、RDX乳酸付加イオンのタンデム質量分析によるフラグメント質量スペクトルを示す図である。図10は、乳酸ドーパントを装置に導入した場合、爆薬RDX乳酸付加イオン(m/z=310)のプリカーサーイオンに対してタンデム質量分析を行なったフラグメント質量スペクトルの一例を示す図である。
【0078】
爆薬RDXから解離分解され生成された特有のフラグメントイオンが、m/z=46及び92にイオンピークとして検出される。これらはRDXから分解され生成されたフラグメントイオン(RDX由来フラグメントイオン)である。
【0079】
さらに、フラグメントイオンとしてm/z=89、135にイオンピークが検出される。これらは乳酸から生成されたフラグメントイオン(乳酸由来フラグメントイオン)である。図10に示すフラグメントイオンを検出対象とし、モニタすることで爆発物探知装置として運用する。
また、m/z=267の様な爆薬だけから生成されるイオンに対してタンデム質量分析を行ない、乳酸付加イオンのタンデム質量分析の結果と組み合わせて、判定し、探知の精度を更に高めても良い。
また、爆薬によっては乳酸付加イオンをタンデム質量分析した場合、乳酸から生成される固有のフラグメントイオンと、爆薬から生成されるフラグメントイオンの信号が共に強く得られる場合がある、その場合は、爆薬から生成されるフラグメントイオンを検出対象とした方が、爆薬の分子構造の特徴を良くあらわしているので好適である。あるいは乳酸から生成された分子のフラグメントイオン及び爆薬から生成された分子のフラグメントイオンの両方を検出対象としても良い。
【実施例3】
【0080】
実施例3では、爆薬から生成されるイオンと爆薬に乳酸から生成される分子が付加したイオンを同時にタンデム質量分析して解離分解し、爆薬のフラグメントイオン又は乳酸から生成された分子のフラグメントイオンを検出対象とする爆発物探知装置について説明する。
【0081】
通常のタンデム質量分析の場合、一つのプリカーサーイオンに対して分析を行なうが、実施例3では、二つ以上のプリカーサーイオンに対してタンデム質量分析を同時に行なった。爆薬から生成されるイオンは複数のイオンピークとして検出される。また、同様に、爆薬に乳酸から生成された分子が付加したイオンピークも複数検出される場合もある。これら多くのイオンピークの中から幾つかをプリカーサーイオンとして選択し、解離させる。この方法は、爆薬から生成されるイオンと、乳酸付加イオンとで、同じフラグメントイオンを生成する場合があるが、そのような場合には特に有効である。複数のイオンピークから解離されたフラグメントイオンが同じm/zを有する場合、複数のイオンピーク全てを同時にタンデム質量分析を行なった場合、検出されるフラグメントイオンのm/zは同一であるため、積算されたイオンピークとして検出される。つまり、単独でタンデム質量分析を行なった場合より信号強度が高くなり、検出感度が向上する。
【0082】
RDXの場合について説明する。RDXの場合、爆薬から生成されるイオンとしてm/z=267がある。これをタンデム質量分析した場合、m/z=46及び92にフラグメントイオンが検出される。また、乳酸付加イオンとしてm/z=310に対してもタンデム質量分析を行なった場合、m/z=46及び92に爆薬から生成されるフラグメントイオンと、m/z=89及び135に乳酸から生成されたフラグメントイオンが検出される。m/z=267とm/z=310を同時にタンデム質量分析を行なえば、爆薬から生成されるm/z=46及び92のフラグメントイオンは、それぞれ単独で行なった場合のものが積算されたイオンピーク信号として検出される。つまり、単独でタンデム質量分析を行なった場合より信号強度が高くなり、検出感度が向上する。
【0083】
なお、実施例3で得られたフラグメント質量スペクトル(図示せず)は、図10に示すフラグメント質量スペクトルと同じパターンであるが、m/z=46及び92の信号強度は高くなっていた。
【実施例4】
【0084】
実施例4では、乳酸を含浸させたワイプ材を使用した爆発物探知装置について説明する。
【0085】
図11は、本発明の実施例4の爆発物探知装置の構成例を示す図である。図11に示す装置では、含浸ワイプ材を用いた。
【0086】
図11に示すように、装置は吸引部1(上部加熱ヒータ)及び下部加熱ヒータを備えた加熱器2、イオン源4、質量分析部5、データ処理部6で構成される。イオン源4では吸引部1から導入される試料の蒸気又は微粒子を吸引するために、吸気ポンプ10及び吸気マスフローコントローラ11で約0.5L/分を吸引する。
【0087】
含浸ワイプ材38には、予め、例えば、0.1μgの乳酸を含ませている。この乳酸の量は乳酸付加イオンが検出されるのに十分な乳酸ガスを発生させられる量であれば良い。また、乳酸を含浸させなくとも材料に乳酸を含んだワイプ材を使用しても良い。例えば、コットンなどには天然のセルロースを使用しているため、微量の乳酸を含んでいる。これらのワイプ材の素材に含まれる乳酸を利用しても良い。
【0088】
また、乳酸を全く含ませないワイプ材を使用しても、手荷物等を拭き取った場合、手荷物に付着した微量の乳酸が拭き取られる場合がある。これは、多くの化粧品には乳酸が使われていることが多く、この化粧品の成分や人体からの乳酸成分が手荷物に付着し、ワイプ材でふき取ることにより、ワイプ材に転写され、乳酸を含浸させた状態と同じになる。
【0089】
検査は、手荷物を含浸ワイプ材38で拭取り、極微量の爆薬成分を採取する。この含浸ワイプ材38を吸引部1(上部加熱ヒータ)及び下部加熱ヒータで構成される加熱器2に挿入する。上部加熱ヒータ及び下部加熱ヒータは採取試料が蒸発する温度に保持されていればよく、例えば、上部及び下部加熱ヒータの両方210°Cで加熱した。ワイプ材12が挿入されることにより下部加熱ヒータが上昇し、ワイプ材12を加熱して爆薬試料を蒸発させる。その際、含浸ワイプ材に含まれた乳酸がガス化され、試料ガスと混合され、混合ガスとなる。混合ガスは、加熱されたフィルタ13(例えば、210°Cで加熱されている)及び配管ヒータ15で加熱された配管14(例えば、180°Cで加熱されている)を通って、イオン源4に導入される。イオン源4では、混合ガスをイオン化し、質量分析部5で質量分析を行なう。
【0090】
得られた質量スペクトルはデータ処理部6に送られ、検出しようとしていた探知対象物質から生成される固有のm/zのイオンピークの存在の有無を判断し、検出された場合には警報を鳴らす。さらに、探知対象物質から生成される固有のm/zのイオンピークが検出されなくても、乳酸から生成される分子が付加した固有のm/zのイオンピークの有無を判定して、検出された場合には警報を鳴らす。
【0091】
つまり、探知対象物質から生成された分子のm/zのイオンピークと、探知対象物質に乳酸から生成された分子が付加された固有のm/zのイオンピークのどちらかが検出された場合、警報を鳴らしても良い。これらの作業を繰り返すことで爆発物探知装置として機能させる。
【実施例5】
【0092】
実施例5では、有機酸ガス発生器を用いた吸引法による爆発物探知装置について説明する。
【0093】
図12は、本発明の実施例5の爆発物探知装置の構成例を示す図である。図12に示す装置では、試料の吸引法により採取し、有機酸ガス発生器を用いた。
【0094】
図12に示すように、装置は、吸引口39、有機酸ガス発生器3、イオン源4、質量分析部5、データ処理部6で構成される。有機酸ガス発生器3に有機酸の一例である乳酸を約400μL入れ、発生器ヒータ9で約40°Cに加熱し、乳酸蒸気を発生させる。さらに、押出ポンプ7及び押出マスフローコントローラ8で約0.1L/分の流量でイオン源4に導入する。その際、押出流量は吸引部側に逆流しない流量であれば良い。イオン源4では吸引口39から挿入される試料の蒸気又は微粒子を吸引するために、吸気ポンプ10及び吸気マスフローコントローラ11で約0.5L/分を排気する。イオン源4と質量分析部5の間にはイオンが通る細孔があり、約0.5L/分で質量分析部5の真空ポンプで排気されているため、吸引部1に吸引された試料ガスは約0.9L/分で吸引されていることになる。
【0095】
検査は、吸引口39から人体や手荷物等に付着した爆薬の微粒子や蒸気を吸引する。その際、爆薬の微粒子や蒸気はエアーなどの吹き付けガスで飛ばしたものを吸引しても良い。また、吸引口には、フィルタなどの濃縮器を備え付けて、一度、爆薬の微粒子や蒸気を捕捉し、それを加熱して蒸発させる機構を備えても良い。吸気ポンプ10とは別に吸引口の濃縮器には大容量のポンプを備えて、一度に爆薬の微粒子や蒸気を捕捉させる機構を備えても良い。
【0096】
吸引口39は、採取試料が蒸発する温度に保持されていればよく、例えば、210°Cで加熱した。また、人体や手荷物などに直接、加熱部が接触させないように距離を保つ機構を備える。吸引した試料は、加熱されたフィルタ13(例えば、210°Cで加熱されている)及び配管ヒータ15で加熱された配管14(例えば、180°Cで加熱されている)を通って、有機酸ガス発生装置3で発生した乳酸蒸気と混合部16で混合ガスされ、イオン源4に導入される。イオン源4では、混合ガスをイオン化し、質量分析部5で質量分析を行なう。
【0097】
得られた質量スペクトルは、データ処理部6に送られ、検出しようとしていた探知対象物質から生成される固有のm/zのイオンピークの存在の有無を判断し、検出された場合には警報を鳴らす。さらに、探知対象物質から生成される固有のm/zのイオンピークが検出されなくても、乳酸から生成される分子が付加した固有のm/zのイオンピークの有無を判定して、検出された場合には警報を鳴らす。
【0098】
つまり、探知対象物質から生成された分子のm/zのイオンピークと、探知対象物質に乳酸から生成された分子が付加された固有のm/zのイオンピークのどちらかが検出された場合、警報を鳴らしても良い。これらの作業を繰り返すことで爆発物探知装置として機能させる。
【実施例6】
【0099】
以上の各実施例では、有機酸ドーパントとして乳酸を使用したが、実施例6では、他の有機酸又は有機酸塩をドーパントとして使用した結果について説明する。
【0100】
まず、こはく酸を有機酸ドーパントとして用いた実施例を説明する。
【0101】
図13は、本発明の実施例6において、こはく酸をドーパントとして装置に導入した場合に得られる、爆薬RDXの質量スペクトルを示す図である。
【0102】
こはく酸は、乳酸と同じような水酸基及びカルボキシル基を含む有機酸である。さらに、乳酸(質量数90)よりこはく酸(質量数118)の質量数が大きい特徴がある。こはく酸を、有機酸ガス発生器3に約400μL入れて、こはく酸ガスを発生させた。爆薬RDX50ngをワイプ材に滴下し、加熱器2に挿入した。こはく酸から生成された固有の分子イオン(こはく酸由来イオン)がm/z=117に検出された。これは、こはく酸の水素脱離イオンと推定される。
【0103】
さらに、RDXにこはく酸から生成された分子が付加した、こはく酸付加イオン(RDXこはく酸由来付加イオン)がm/z=338に検出される。このm/z=338を検出対象とする。従って、乳酸より質量数の大きい有機酸においても有機酸付加イオンが生成される。また、主な爆薬の質量数はおおむね400以下であることから、有機酸の質量数40から400程度のものを利用したほうが良い。有機酸の分子量が大きすぎると、蒸気圧が下がりガスを発生させにくくなるほか、大き過ぎる分子イオンは爆薬との付加イオンを生成しにくくなるためである。
【0104】
次に、酪酸を有機酸ドーパントとして用いた実施例を説明する。
【0105】
図14は、本発明の実施例6において、酪酸をドーパントとして装置に導入した場合に得られる、爆薬RDXの質量スペクトルを示す図である。
【0106】
酪酸は、乳酸と同じように水酸基及びカルボキシル基を含む有機酸である。また、乳酸(質量数90)と酪酸(質量数89)の質量数は、ほぼ同じである。酪酸を有機酸ガス発生器3に約400μL入れて、酪酸ガスを発生させた。爆薬RDX50ngをワイプ材に滴下し、加熱器2に挿入した。酪酸から生成された固有の分子イオン(酪酸由来イオン)がm/z=89に検出された。さらに、RDXに酪酸から生成された分子が付加した酪酸付加イオン(RDX酪酸由来付加イオン)がm/z=310に検出される。このm/z=310を検出対象とする。
【0107】
次に、有機酸塩の一例として乳酸が塩となった乳酸ナトリウムを有機酸ドーパントとして用いた実施例を説明する。
【0108】
図15は、本発明の実施例6において、乳酸ナトリウムをドーパントとして装置に導入した場合に得られる、爆薬RDXの質量スペクトルを示す図である。
【0109】
乳酸ナトリウムの質量数は112であり、乳酸(質量数90)より質量数は大きい。乳酸ナトリウムを有機酸ガス発生器3に約400μL入れて、乳酸ナトリウムガスを発生させた。爆薬RDX50ngをワイプ材に滴下し、加熱器2に挿入した。乳酸ナトリウムから生成された固有の分子イオン(乳酸ナトリウム由来イオン)がm/z=89に検出された。
【0110】
さらに、RDXに乳酸ナトリウムから生成された分子が付加したこ乳酸ナトリウム付加イオン(RDX乳酸ナトリウム由来付加イオン)がm/z=310に検出される。このm/z=310を検出対象とする。これは乳酸ナトリウムが加熱により熱分解して乳酸ガスになった可能性もある。従って、分子量が40から400までの有機酸又は有機酸塩を使用しても、有機酸又は有機酸塩は熱分解を起こしたりして有機酸分子が探知対象物質の付加イオンを生成する。
【産業上の利用可能性】
【0111】
本発明の化学物質探知装置によれば、有機酸又は有機酸塩から生成される分子と反応し生成されるイオンを検出することにより、環境物質、有害化学物質、麻薬、爆発物の探知を行なうことが可能である
【符号の説明】
【0112】
1…吸引部(上部加熱ヒータ)、2…加熱器、3…有機酸ガス発生器、4…イオン源、5…質量分析部、6…データ処理部、7…押出ポンプ、8…押出マスフローコントローラ、9…発生器ヒータ、10…吸気ポンプ、11…吸気マスフローコントローラ、12…ワイプ材、13…フィルタ、14…配管、15…配管ヒータ、16…混合部、17…針電極、18…対向電極、19…細孔付電極(第一細孔)、20…第一細孔、21…差動排気部、22…細孔付電極(第二細孔)、23…第二細孔、24…第一排気系、25…第二排気系、26…真空部、27…エンドキャップ電極a、28…エンドキャップ電極b、29…リング電極、30…イオン収束レンズ、31…石英リング、32…ガス供給器、33…ガス導入管、34…変換電極、35…シンチレータ、36…フォトマルチプライヤ、37…データ処理部、38…含浸ワイプ材、39…吸引口。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料のガスを生成する加熱部と、
質量数が40以上400以下の有機酸又は有機酸塩を有する有機酸源と、
前記有機酸源から前記有機酸又は有機酸塩のガスを発生させるガス発生器と、
前記加熱部で生成された前記試料のガスに、前記有機酸又は前記有機酸塩のガスを混合させ混合ガスを生成するガス混合部とを有し、
前記混合ガスから、前記試料の分子に対し、前記有機酸又は前記有機酸塩由来の分子が付加されたイオンを生成することを特徴とするイオン源。
【請求項2】
請求項1に記載のイオン源において、前記有機酸又は前記有機酸塩が、水酸基又はカルボキシル基を有する有機酸又は有機酸塩、あるいは、乳酸又は乳酸塩であることを特徴とするイオン源。
【請求項3】
請求項1に記載のイオン源において、前記有機酸源は、前記有機酸又は有機酸塩が含浸された拭き取り部材であることを特徴とするイオン源。
【請求項4】
試料をイオン化する工程と、
前記試料のイオンを分析する工程と、
前記分析により、前記目的化学物質の分子に対し質量数が40以上400以下の有機酸又は有機酸塩由来の分子が付加された生成イオンを検出する工程を有することを特徴とする化学物質探知方法。
【請求項5】
請求項4に記載の化学物質探知方法において、前記試料のイオンをイオンの質量スペクトルにより分析することを特徴とする化学物質探知方法。
【請求項6】
請求項4に記載の化学物質探知方法において、前記試料のイオンをイオンの移動度により分析することを特徴とする化学物質探知方法。
【請求項7】
請求項4に記載の化学物質探知方法において、前記有機酸又は有機酸塩由来のイオンを検出することを特徴とする化学物質探知方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2009−103711(P2009−103711A)
【公開日】平成21年5月14日(2009.5.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−25508(P2009−25508)
【出願日】平成21年2月6日(2009.2.6)
【分割の表示】特願2003−329294(P2003−329294)の分割
【原出願日】平成15年9月22日(2003.9.22)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】