説明

合成スカッシュ型プロテイナーゼインヒビター

【目的】 低分子で選択性のあるスカッシュ型合成プロテイナーゼインヒビターを提供する。
【構成】 式1:
【化1】


[式中、X1がGly、Ala、Ile、LeuまたはValであるアミノ酸を示すときX2はArgまたはLysを、X1がArg、LysまたはHisであるアミノ酸を示すときX2はAsnまたはGlnを示し、実線はジスルフィド結合を示す]で示されるアミノ酸配列を有する合成スカッシュ型プロテイナーゼインヒビター。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明はプロテイナーゼの活性を阻害し、プロテイナーゼ活性に由来する様々な疾患の治療薬となる合成プロテイナーゼインヒビターに関する。
【0002】
【従来の技術】生体内には消化酵素の他、タンパク質の限定分解過程においてタンパク質の活性化、不活化、修飾等を行う、あるいは血栓溶解作用または血液凝固作用を引き起こす様々なプロテイナーゼが存在する。このため、プロテイナーゼインヒビターを例えば治療薬として生体に用いる場合には、目的とするプロテイナーゼのみを特異的に阻害しないと他の代謝系に悪影響を及ぼす。現在プロテイナーゼインヒビターとしては、アミノ酸残基およそ180個からなる大豆トリプシンインヒビターに代表されるタンパク質性のプロテイナーゼインヒビターが主体である。しかし、高分子のタンパク質であるため免疫原性の問題がある。また天然物由来であるため、抽出、精製に手間および経費がかかるばかりでなく、ロット差が大きく安定供給性にも問題がある。
【0003】スカッシュ型プロテイナーゼインヒビターはウリ科植物種子中に存在し、3個のS−S結合を含む28〜30残基のアミノ酸で構成されている。現在までに多くのウリ科植物種子から多数のプロテイナーゼインヒビターが単離され、そのアミノ酸配列が決定されている。これらのアミノ酸配列は相同性が高く、各インヒビター間のアミノ酸配列の相違は数残基に過ぎないが、この数残基のアミノ酸の違いによってインヒビターのプロテイナーゼに対する阻害機能は大きく変化する。一般に、インヒビターの阻害特異性は、阻害反応部位P1位のアミノ酸残基によって定まることが多い。すなわち、インヒビターのP1位のアミノ酸残基と酵素の特異性が一致すればインヒビターはその酵素を阻害する。例えば、P1位がアルギニンまたはリジンであればこのインヒビターはトリプシン様酵素(トリプシンをはじめ血液凝固系酵素や線溶系酵素など)と結合してその活性を押える。ところがP1位以外の部分のアミノ酸配列が異なっていると、各酵素に対する阻害の強さは全く異なったものになる。また逆に、P1位のアミノ酸配列が酵素の基質特異性と一致していても、P1位以外のアミノ酸配列によっては全く阻害しないこともある。このように、インヒビターのアミノ酸配列によって阻害機序は様々に変化する。
【0004】スカッシュ型インヒビターの構成アミノ酸残基数は高々30残基であるので、天然のインヒビターのアミノ酸配列を参考にしてさまざまなアミノ酸配列を有するインヒビターを合成することができる。このようにして合成されたインヒビターは、様々な酵素に対して様々な阻害活性を示すはずであるとの考えに立脚して、本発明の酵素のデザインを行った。
【0005】公知のスカッシュ型プロテイナーゼインヒビターとしてP1位がArgであってトリプシン様酵素を阻害する2つのインヒビター;S−MCTI−I(X1,X2)=(Arg,Arg)および、S−MCTI−III(X1,X2)=(Gly,Gln)がある。この2つのインヒビターのアミノ酸配列は配列表に示す通りであるが、両者の配列はほとんど同じであり、わずかに3位と13位のアミノ酸が異なっているのみである。このような配列のわずかな違いによって両者のいくつかのプロテイナーゼに対する特異性が異なっていることから、3位および13位のアミノ酸がインヒビターの選択性に大きく影響を及ぼすと考え本発明に至った。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】すなわち本発明は、低分子で選択性のあるスカッシュ型合成プロテイナーゼインヒビターを提供することを目的とする。
【0007】
【課題を解決する手段】
式I(配列番号1)
【化3】


[式I中、X1およびX2は(X1、X2)=(Arg,Arg)(X1,X2)=(Gly,Gln)以外のアミノ酸を示し、実線はジスルフィド結合を示す]で示されるアミノ酸配列を有する合成スカッシュ型プロテイナーゼインヒビターに関する。
【0008】天然のスカッシュ型プロテイナーゼとしては式I中(X1、X2)=(Arg,Arg)および(X1,X2)=(Gly,Gln)であるものが発見されているが、この2つは活性部位と異なる箇所のアミノ酸のみが違っているにもかかわらず各種プロテイナーゼに対する反応性が異なる(表4参照)。本発明のプロテイナーゼインヒビターはこの3位と13位を他のアミノ酸で変換したものであり、いくつかの同族のプロテイナーゼに対してそれぞれ異なった強さの阻害作用を示す。
【0009】本発明のプロテイナーゼインヒビターの3位のX1としては疎水性のGly、Ala、Val、Leu、Ile、塩基性のLysまたはArg、あるいはアミドのGlnが好ましい。13位のX2としては塩基性のArgまたはLys、あるいはアミドのGlnまたはAsnが好ましい。X1とX2の組合せは、X1が疎水性の残基である場合にはX2は塩基性の残基である方が好ましく、X1が塩基性の場合にはX2がアミドであるものがよい。好ましいX1とX2の組合せとは、X1がGly、Ala、Ile、LeuまたはValであるときX2がArgまたはLys、X1がArg、LysまたはHisであるときX2がAsnまたはGlnである。
【0010】本発明の合成スカッシュ型プロテイナーゼインヒビターは各構成アミノ酸より合成する。合成方法はペプチド合成方法として従来用いられている固相法、液相法のいずれを用いてもよい。ペプチド合成を行った後、合成されたペプチドは高速液体クロマトグラフィーやカラムクロマトグラフィーを用いる常套の精製方法で精製する。
【0011】本発明の合成スカッシュ型プロテイナーゼインヒビターは精製されたアミノ酸より合成することから、従来の天然物由来のプロテイナーゼインヒビターの抽出、精製にかかる経費を削減することができる。また、天然物由来につきもののロット差のないプロテイナーゼインヒビターを安定に供給することができる。本発明の合成スカッシュ型プロテイナーゼインヒビターはアミノ酸残基が30個と、比較的低分子であるため免疫原生発生の問題も非常に低い。なお本明細書においては、簡略化のためアミノ酸は表1に示す略号を用いて表した。
【0012】
【表1】


【0013】その他の略号は以下の通りである:Boc:t−ブチルオキシカルボニルMCA:4−メチル−クマリル−7−アミドBzl:ベンジルSuc:スクシニル
【0014】本発明の合成スカッシュ型プロテイナーゼインヒビターは、トリプシン様プロテイナーゼを1対1のモル比で阻害する。その効力は、ウシトリプシン、ヒトXIIa因子、ヒトXa因子、プラスミン、カテプシンG等、異なる種類のトリプシン様プロテイナーゼに対してそれぞれ異なった活性を有する。
【0015】
【実施例】
実施例1、2および比較例1、21. インヒビターの合成比較例1:配列番号2(X1,X2)=(Arg,Arg)(S-MCTI-I)
比較例2:配列番号5(X1,X2)=(Gly,Gln)(S-MCTI-III)
実施例1:配列番号3(X1、X2)=(Gly,Arg)(S-MCTI-I(3G))
実施例2:配列番号4(X1、X2)=(Arg,Gln)(S-MCTI-I(13Q))
のアミノ酸配列を有するインヒビター4種の合成は、ベガ社製ペプチドシンセサイザー(PEPTICOUPLER 2200)を用い、固相法により行った。得られたペプチド樹脂は無水フッ化水素処理により樹脂からの切り出しおよび脱保護を行い、引き続き空気酸化法によりS−S結合を形成させ、高速液体クロマトグラフィーで精製して活性インヒビターを得た。得られたインヒビターを以下の方法で確認した。各インヒビターの配列を以下に示す。
【0016】
【化4】


[式中実線はジスルフィド結合を示す]
【0017】アミノ酸組成各インヒビターのアミノ酸組成は、合成したインヒビターを真空封管中0.2%の3−(2−アミノエチル)−インドールを含有する4Mメタンスルホン酸で109℃、24時間加水分解し、アミノ酸分析した。各インヒビターのアミノ酸組成を表2に示す。
【0018】
【表2】


【0019】アミノ酸配列得られたインヒビターのアミノ酸配列をエドマン分解法を用いて決定した結果、目的とするアミノ酸配列を有するインヒビターが得られていることを確認した。
【0020】S−S結合の位置各インヒビターを化学的および酵素的方法により切断し、高速液体クロマトグラフィーによりシスチンを含むペプチドを精製した。これらのペプチドのアミノ酸配列分析によりCys(4)とCys(21)、Cys(11)とCys(23)、Cys(17)とCys(29)がそれぞれS−S結合を結んでいることを確認した。
【0021】分子量マススペクトル法により、各インヒビターの分子量を表3に示す通り決定した。この値は上記により解析したアミノ酸配列と矛盾しないものであった。
【0022】
【表3】


【0023】紫外吸収スペクトル各比較例および実施例のインヒビターの紫外吸収スペクトルを図1および図2に示す。上記のごとく合成した各インヒビターを用い、いくつかのプロテイナーゼ阻害作用を調べた。
【0024】
2.内因系血液凝固時間(APTT)の遅延トロンビンの生成速度から調べた。ヒト血漿、合成インヒビター、エラジン酸、セファリンをトリスー塩酸緩衝液(pH8.0)に加え、37℃で5分間加温した後、生成したトロンビン量を基質Boc-Val-Pro-Arg-MCAを用いて測定した。図3に示すように、S-MCTI-IおよびS-MCTI-I(13Q)はトロンビンの生成すなわち血液凝固時間を強く遅延させ、S-MCTI-IIIにも若干の遅延が認められた。しかしS-MCTI-I(3G)には血液凝固時間の遅延は認められなかった。
【0025】3.外因系血液凝固時間(PT)ヒト血漿、インヒビター、セファリンとトロンボレルをトリス−塩酸緩衝液中で混合し、37℃で5分間加温して反応させた。その後基質としてBoc-Val-Pro-Arg-MCAを加え、生成したトロンビン量を測定した。いずれのインヒビターも血液凝固時間を遅延させず、抗外因系血液凝固活性は認められなかった。
【0026】4.酵素阻害1)ウシ・トリプシントリプシンは膵臓で分泌される消化酵素である。膵炎患者においては過剰に分泌されるため、トリプシンインヒビターは主に膵炎治療薬として有用である。適当量のインヒビターおよび一定量のウシ・トリプシンをトリス−塩酸緩衝液中(pH8.0)で混合し、37℃で5分間加温して反応させた。その後、基質としてBoc-Phe-Ser-Arg-MCAを加えて残存酵素量を測定した。各インヒビターはウシ・トリプシンとのモル比が1対1の時にウシ・トリプシンの活性を100%阻害した。1分子のインヒビターが1分子のウシ・トリプシンを阻害することが明らかとなった。ウシ・トリプシンに対する各インヒビターの阻害の強さをディクソン・プロット法によって求めた。酵素−インヒビター複合体の解離定数(Ki(M))を表4に示した。Kiの小さいものほど阻害が強いことを示す。
【0027】2)ヒト血液凝固系XIIa因子ヒト血液凝固系XIIa因子は、内因系の血液凝固作用に関与するプロテイナーゼである。適当量の合成インヒビターおよび一定量のヒト血液凝固系XIIa因子をトリス−塩酸緩衝液(pH8.0)中で混合し、37℃で5分間加温して反応させた。その後、基質としてBoc-Glu-Gly-Arg-MCAを加えて残存酵素量を測定した。どのインヒビターもヒト血液凝固系XIIa因子と1対1のモル比の時に活性を100%阻害し、1分子のインヒビターが1分子のヒト血液凝固系XIIa因子を阻害することが明らかとなった。ヒト血液凝固系XIIa因子に対する各インヒビターの阻害の強さをディクソン・プロット法によって求めた。酵素−インヒビター複合体の解離定数(Ki(M))を表4に示した。
【0028】3)ヒト血液凝固系Xa因子ヒト血液凝固系Xa因子は外因系の血液凝固作用に関与するプロテイナーゼである。適当量のインヒビターおよび一定量のヒト血液凝固系Xa因子をトリス−塩酸緩衝液(pH8.0)中で混合し、37℃15分間加温反応させた。その後、基質としてBoc-Glu(OBzl)-Ala-Arg-MCAを加えて残存酵素量を測定した。どのインヒビターもヒト血液凝固系Xa因子と1対1のモル比の時に活性を100%阻害し、1分子のインヒビターが1分子のヒト血液凝固系Xa因子を阻害することが明らかとなった。ヒト血液凝固系Xa因子に対する各インヒビターの阻害の強さをディクソン・プロット法によって求めた。酵素−インヒビター複合体の解離定数(Ki(M))を表4に示した。
【0029】4)ヒト・プラスミンヒト・プラスミンは血栓溶解作用に関与するプロテイナーゼである。適当量のインヒビターおよび一定量のヒト・プラスミンをトリス−塩酸緩衝液(pH8.0)中で混合し、37℃で10分間加温して反応させた。その後、基質としてBoc-Val-Leu-Lys-MCAを加えて残存酵素量を測定した。どのインヒビターもヒト・プラスミンと1対1のモル比の時に活性を100%阻害し、1分子のインヒビターが1分子のヒト・プラスミンを阻害することが明らかとなった。ヒト・プラスミンに対する各インヒビターの阻害の強さをディクソン・プロット法によって求めた。酵素−インヒビター−複合体の解離定数(Ki(M))を表4に示した。
【0030】5)ヒト・カテプシンGヒト・カテプシンGは芳香族アミノ酸残基のC末端側のペプチド結合を特異的に切断するプロテイナーゼである。適当量のインヒビターおよび一定量のヒト・カテプシンGをトリス−塩酸緩衝液(pH8.0)中で混合し、37℃で10分間加温して反応させた。その後基質としてSuc-Ala-Ala-Pro-Phe-MCAを加えて残存酵素量を測定した。どのインヒビターもヒト・カテプシンGと1対1のモル比の時に活性を100%阻害し、1分子のインヒビターが1分子のヒト・プラスミンを阻害することが明らかとなった。ヒト・カテプシンGに対する各インヒビターの阻害の強さをディクソン・プロット法によって求めた。酵素−インヒビター複合体の解離定数(Ki(M))を表4に示した。
【0031】
【表4】


【0032】
【発明の効果】本発明の合成スカッシュ型プロテイナーゼインヒビターはアミノ酸残基数30個のスカッシュ型プロテイナーゼインヒビターの天然由来のアミノ酸配列中、1ないし2個のアミノ酸を交換することによって得られた、選択性の異なるプロテイナーゼインヒビターである。分子量が小さいため、免疫原性が生じず、抽出等の作業も必要ないため安定に合成、安価に供給ができる。
【0033】
【配列表】
【0034】配列番号:1配列数:30配列の型:アミノ酸トポロジー:環状配列の種類:ペプチド配列Xaa Arg Xaa Cys Pro Arg Ile Leu Lys Gln Cys Lys Xaa Asp Ser Asp1 5 10 15Cys Pro Gly Glu Cys Ile Cys Met Ala His Gly Phe Cys Gly 20 25 30
【0035】配列番号:2配列数:30配列の型:アミノ酸トポロジー:環状配列の種類:ペプチド配列Xaa Arg Arg Cys Pro Arg Ile Leu Lys Gln Cys Lys Arg Asp Ser Asp1 5 10 15Cys Pro Gly Glu Cys Ile Cys Met Ala His Gly Phe Cys Gly 20 25 30
【0036】配列番号:3配列数:30配列の型:アミノ酸トポロジー:環状配列の種類:ペプチド配列Xaa Arg Gly Cys Pro Arg Ile Leu Lys Gln Cys Lys Arg Asp Ser Asp1 5 10 15Cys Pro Gly Glu Cys Ile Cys Met Ala His Gly Phe Cys Gly 20 25 30
【0037】配列番号:4配列数:30配列の型:アミノ酸トポロジー:環状配列の種類:ペプチド配列Xaa Arg Arg Cys Pro Arg Ile Leu Lys Gln Cys Lys Gln Asp Ser Asp1 5 10 15Cys Pro Gly Glu Cys Ile Cys Met Ala His Gly Phe Cys Gly 20 25 30
【0038】配列番号:5配列数:30配列の型:アミノ酸トポロジー:環状配列の種類:ペプチド配列Xaa Arg Gly Cys Pro Arg Ile Leu Lys Gln Cys Lys Gln Asp Ser Asp1 5 10 15Cys Pro Gly Glu Cys Ile Cys Met Ala His Gly Phe Cys Gly 20 25 30
【図面の簡単な説明】
【図1】 本発明の比較例の合成スカッシュ型プロテイナーゼインヒビターの紫外吸収スペクトルを示す。
【図2】 本発明の実施例の合成スカッシュ型プロテイナーゼインヒビターの紫外吸収スペクトルを示す。
【図3】 実施例および比較例の合成スカッシュ型プロテイナーゼインヒビターによる内因系血液凝固時間(APTT)の遅延を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 式I:
【化1】


[式中、X1がGly、Ala、Ile、LeuまたはValであるアミノ酸を示すときX2はArgまたはLysを、X1がArg、LysまたはHisであるアミノ酸を示すときX2はAsnまたはGlnを示し、実線はジスルフィド結合を示す]で示されるアミノ酸配列を有する合成スカッシュ型プロテイナーゼインヒビター。
【請求項2】 (X1,X2)=(Gly,Arg)または(X1,X2)=(Arg,Gln)である請求項1記載の合成スカッシュ型プロテイナーゼインヒビター。
【請求項3】 式I
【化2】


で示されるアミノ酸配列を有する合成スカッシュ型プロテイナーゼインヒビターにおいて、X1およびX2のアミノ酸を変換してプロテイナーゼに対する選択性を得る合成スカッシュ型プロテイナーゼインヒビターに選択性を付与する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開平6−72894
【公開日】平成6年(1994)3月15日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平4−228407
【出願日】平成4年(1992)8月27日
【出願人】(000001096)倉敷紡績株式会社 (296)