説明

唐辛子の摘果方法

【課題】 手作業での唐辛子の摘果作業は、極めて効率が低いものである。また、植物ホルモンの利用や機械的な摘み取り技術が種々検討されているものの、実用に値する開発に至っていない。したがって、本発明の解決しようとする課題は、唐辛子を効率よく摘果することができる方法を提供することである。
【解決手段】 本発明者は上記の課題を解決するために鋭意検討を重ねたところ、唐辛子植物体を適切な条件でエチレンガス雰囲気下に置くことにより、植物体から果実の離脱促進を図ることができ、容易に摘み取りができることを見出し、本発明を完成させた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、果実を有する唐辛子植物体から果実を容易に摘み取ることができる方法に関する。さらに詳しくは、成熟した唐辛子を加工する前工程において、唐辛子植物体から成熟した果実を容易に摘み取ることができる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
唐辛子の果実は幅広い食品に利用される香辛料である。生唐辛子は各種料理の材料として利用され、乾燥唐辛子は着色料や辛味料として利用される。例えば、ソース、ピックルス、カレー粉等への利用が挙げられる。また、唐辛子は食欲増進、殺菌作用、防虫効果等の機能を有する。
生唐辛子又は乾燥唐辛子は、そのまま、粉砕又はスモーク等をして利用されている。これらの唐辛子を工業的に利用する場合、植物体から唐辛子果実を摘み取る必要があり、機械化の試みはあるものの、現状は人の手で行う手作業となっており、唐辛子産業にとって効率化が求められている。
【0003】
エチレンは植物ホルモンとして知られており、極微量で作用し、追熟着色又は熟期促進性を有しており、バナナ、洋ナシ、キウイフルーツの追熟、甘橘の摘果、追熟着色等の目的で産業利用されている。例えば、特許文献1には、「追熟せしめられた柑橘果実をエチレンガス又はエチレン混合ガス下に置いて柑橘果実のへたの離脱促進を図ることを特徴とする柑橘果実のへたの除去方法」が開示され、処理するガス濃度は8ppm〜15ppmの範囲であることが開示されている。
また、植物生長調節剤としてエテホン液剤が甘橘、柿、おうとう等の多くの作物を対象として熟期促進、摘果等に利用されている。エテホン液の成分2−クロロエチルスルホン酸は散布後1〜2日のうちに植物体内で分解し、エチレンを発生し、効果を発現することが知られている。例えば、特許文献2には、「作物の花または果実に、天然型アブシジン酸およびエテホンを散布処理して、花または果実の落下を促進することを特徴とする作物の花または果実の落下促進方法」が開示され、散布液中のアブシジン酸濃度およびエテホン濃度は、各々通常1ppm〜500ppmであることが開示されている。しかし、適用作物としては、リンゴ、カキ、ナシ、ミカン、ナッツ等の果実類、コメ、ムギなどの穀類や豆類が例示されているが、唐辛子に施用した場合の効果については開示されていない。
また、例えば、非特許文献1には、市場価値のあるパプリカの割合を増加させるために収穫前にエテホンを散布して未熟果等を予め離脱させた後に機械収穫する方法が開示されている。
また、例えば、非特許文献2には、収穫前の唐辛子に種々のエチレン濃度及び温度でエチレン処理して花、葉、未熟果及び成熟果の離脱について検討しているが、成熟果の離脱度合いは実用上不十分である。
植物ホルモンの生理作用は幅広いため、当業者といえども従来技術から容易にその効果を類推することは困難であり、さらに、産業上利用する場合においては、植物の種類、用途、条件等について検討しなければ実用に供することは困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009−011196号公報
【特許文献2】特開平06−100407号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Hortscience,32(2),251−255(1997)
【非特許文献2】Hortscience,23(4),742−744(1988)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のとおり、手作業での唐辛子の摘果作業は、極めて効率が低いものである。また、植物ホルモンの利用や機械的な摘み取り技術が種々検討されているものの、実用に値する開発に至っていない。したがって、本発明の解決しようとする課題は、唐辛子を効率よく摘果することができる方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は上記の課題を解決するために鋭意検討を重ねたところ、唐辛子植物体を適切な条件でエチレンガス雰囲気下に置くことにより、植物体から果実の離脱促進を図ることができ、容易に摘み取りができることを見出し、本発明を完成させた。
【0008】
本発明には、下記の態様が含まれる。
項(1)
収穫後の果実を有する唐辛子植物体をエチレンガス雰囲気下に置くことにより、その植物体からの果実の離脱促進を図ることを特徴とする唐辛子の摘果方法。
項(2)
エチレンガス雰囲気下のエチレンガス濃度が0.1ppmから10000ppmの範囲であることを特徴とする項(1)記載の唐辛子の摘果方法。
項(3)
エチレンガス雰囲気下に置く時間が0.5時間から96時間の範囲であることを特徴とする項(1)記載の唐辛子の摘果方法。
項(4)
エチレンガスガス雰囲気下に置く温度が5℃から40℃の範囲であることを特徴とする項(1)記載の唐辛子の摘果方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の唐辛子の摘果方法を用いることにより、植物体からの果実の離脱促進を図ることができ、容易に短時間で摘果することができ、従来の手作業による摘み取りに比べ作業効率が格段に向上することができる。さらに、本発明の方法により得られる唐辛子果実の外観性状等の品質は、従来の方法である手摘みの唐辛子果実と同等又はそれ以上であり、各種の唐辛子加工品に利用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明は、果実を有する唐辛子植物体をエチレンガス雰囲気下に置くことにより、その植物体からの果実の離脱促進を図ることを特徴とする唐辛子の摘果方法である。
【0011】
唐辛子は、ナス科Capsicum属に分類される植物であり、日本で栽培されているもののほとんどがCapsicum annuumであるが、タバスコ種に代表されるCapsicum frutescensやCapsicum baccatum等も含まれ、辛味の無いパプリカ等も同属であり、青唐辛子、黄唐辛子、赤唐辛子等があり、特に限定するものではない。
【0012】
エチレンは化学式Cで表示される化合物であり、エチレンガスを利用することができ、市販されているエチレンガス発生剤を用いて発生させたエチレンガスを利用することもできる。
【0013】
果実を有する唐辛子植物体とは、少なくとも果実を有する唐辛子であればよく、特に限定されないが、例えば、緑色の唐辛子、着色した唐辛子又は成熟した唐辛子を有する全草を根付きで抜き取ったもの、果実を有する唐辛子植物体の地上部を刈り取ったもの等である。
果実を有する唐辛子植物体は、好ましくは成熟した果実を有する収穫後の唐辛子植物体である。
果実を有する唐辛子植物体を根付きで抜き取り、あるいは地上部を刈り取ったもの等をエチレンガス雰囲気下に置くまでの時間は特に制限されないが、できる限り速やかであることが望ましい。
【0014】
唐辛子をエチレンガス雰囲気下に置く方法としては、少なくとも果実を有する唐辛子植物体をエチレンガスに曝露させればよく、例えば、前記唐辛子植物体を、甘橘類やバナナの追熟施設等専用の室に入れ一定濃度のエチレンガスに曝露させる方法、籠に入れその籠を並べた上にシート類で覆いをしてエチレンガスを注入して曝露させる方法、袋にエチレン発生剤とともに入れてエチレンガスに曝露させる方法等を挙げることができる。酸素濃度、窒素濃度又は炭酸ガス濃度を変化させた空気にエチレンガスを加えて用いてもよいが、呼吸を妨げる酸素濃度は好ましくない。エチレンガス雰囲気において、湿度条件も特に制限されないが、過湿となることは好ましくない。
【0015】
本発明において用いるエチレンガス雰囲気下のエチレンガス濃度は、少なくともエチレンガスが存在していればよいが、エチレンガス濃度が低いと処理に長時間を要し、エチレンガス濃度が高すぎると老化促進等が起こり、品質劣化が引き起こされるため、0.1ppmから10000ppmの範囲であり、好ましくは2ppmから1000ppmの範囲であり、より好ましくは100ppmから1000ppmの範囲である。
【0016】
本発明において、果実を有する唐辛子植物体は、少なくともエチレンガス雰囲気下に置けばよく、果実を有する唐辛子植物体をエチレンガス雰囲気下に置く時間はエチレンガス濃度に応じて曝露時間を設定すればよいが、長時間であると作業効率が低下するため、一般に1週間以内であり、好ましくは0.5時間から96時間、より好ましくは16時間から72時間、特に好ましくは24時間から72時間である。
【0017】
本発明において、果実を有する唐辛子植物体をエチレンガス雰囲気下に置く温度は、エチレンガスが有効に作用する温度であればよく、一般に0℃以上であり、好ましくは5℃から40℃の範囲、より好ましくは10℃から35℃、特に好ましくは15℃から35℃である。
【0018】
上記のとおり、エチレンガス雰囲気下に置かれた果実を有する唐辛子植物体は、エチレンガス曝露処理後直ちに又は一定時間経過後、手動又は機械等によりその植物体を振動させることにより、植物体から果実、葉等を容易に離脱させることができる。
また、離脱した果実、葉又はその他の夾雑物から果実のみを分離し、必要に応じて果実のヘタ部分を除き、生唐辛子として利用することができる。また、さらに乾燥して乾燥唐辛子として利用することができる。
本発明の方法による唐辛子果実の外観性状等の品質は、従来の方法である手摘みの唐辛子果実と同等又はそれ以上であり、各種の唐辛子加工品に利用することができる。
【実施例】
【0019】
以下、本発明の実施の形態を具体的な実施例に基づいて説明するが、本発明は、本実施例に限定されるものではない。なお、エチレンガス濃度はガス検知管で測定した。
【0020】
[実施例1]
2011年9月14日に収穫した、唐辛子果実を有する根付きの植物体(品種名:やまと紅とうがらし(M型)(中原採種場株式会社)、草丈約70〜100cm)各3株を各ポリエチレン袋(縦80cm×横50cm×厚さ0.07mm)に入れ、そこにエチレンガスを表1に示すそれぞれの濃度になるように注入して密封した。対照は、該植物体3株をポリエチレン袋に入れエチレンガスを注入せずに密封したものとした。室温(25〜28℃)で48時間静置後袋を開封し、さらに2日間静置後、各植物体の株元を手で持ち、ゆるやかに振り、植物体から果実を離脱させた。離脱した果実と植物体に残存した果実の個数を計測し、次式により離脱率を求めた。なお、果実のうち、未熟果実(果実長35mm以下)、過熟果実(割れ、軟化、変色)、及び虫食い果実は、離脱率を求める対象から除いた。結果を表1に示す。
【0021】
【数1】

【0022】
【表1】

【0023】
表1に示すとおり、エチレンガス雰囲気下のエチレンガス濃度が0.1ppmにおける離脱率は、20.3%であり、エチレンガス雰囲気下に置かなかった対照の離脱率10.3%よりも高い数字を示した。エチレンガス雰囲気下のエチレンガス濃度が2ppmにおける離脱率は66.6%であり、エチレンガス雰囲気下のエチレンガス濃度が10ppm以上において離脱率は80%以上であり、エチレンガス雰囲気下のエチレンガス濃度が100ppm以上において離脱率は90%以上の顕著な効果を示した。なお、エチレンガス雰囲気下のエチレンガス濃度が10000ppmにおいては、一部の果実で軟化が進む傾向を示した。
【0024】
[実施例2]
2011年9月22日に収穫した、すなわち、唐辛子果実を有する地際から刈り取った植物体(品種名:やまと紅とうがらし(M型)(中原採種場株式会社)、草丈約50〜70cm)を、ポリエチレン袋(縦80cm×横50cm×厚さ0.07mm)に3株ずつ入れ、さらにエチレンガスを注入し密封した各袋を室温(25〜28℃)に静置した。このときの各袋のエチレンガス濃度は300ppm〜500ppmであった。表2に示したそれぞれの時間ごとに袋を開封し1日経過後に、各植物体の株元を手で持ち、ゆるやかに振り、植物体から果実を離脱させた。離脱率は、実施例1と同様に求めた。対照は、該植物体3株をエチレンガス雰囲気下に置かずそのまま室温に96時間静置後、同様にして離脱率を求めた。結果を表2に示す。
【0025】
【表2】

【0026】
表2に示すとおり、エチレンガス雰囲気下に0.5時間曝露における離脱率は13.0%であり、エチレンガス雰囲気下に置かなかった対照の離脱率4.1%よりも高い数字を示した。エチレンガス雰囲気下に24〜96時間曝露において離脱率は80%以上であり、エチレンガス雰囲気下に48時間以上曝露において離脱率は90%以上の顕著な効果を示した。なお、エチレンガス雰囲気下に96時間曝露においては、過湿により植物体の濡れが著しかった。
【0027】
[実施例3]
2011年9月14日に収穫した、唐辛子果実を有する根付きの植物体(品種名:やまと紅とうがらし(M型)(中原採種場株式会社)、草丈約50〜70cm)各3株をポリエチレン袋(縦80cm×横50cm×厚さ0.07mm)に入れ、さらにエチレンガスを注入し密封した各袋を、表3に示すそれぞれの温度で48時間静置した。このときの各袋のエチレンガス濃度は300ppm〜500ppmであった。48時間後にすべてを開封し、各植物体の株元を手で持ち、ゆるやかに振り、植物体から果実を離脱させた。離脱率は、実施例1と同様に求めた。対照は、該植物体3株をエチレンガス雰囲気下に置かずそのまま30℃で72時間静置後、同様にして離脱率を求めた。結果を表3に示す。
【0028】
【表3】

【0029】
表3に示すとおり、エチレンガス雰囲気下に5℃曝露における離脱率は11.8%であり、エチレンガス雰囲気下に置かなかった対照の離脱率の7.8%よりも高い数字を示した。エチレンガス雰囲気下に15℃以上曝露において離脱率は50%以上であり、エチレンガス雰囲気下に30〜40℃曝露において離脱率は90%以上の顕著な効果を示した。なお、エチレンガス雰囲気下に40℃曝露においては、過湿により離脱した葉の一部が軟化していた。
【0030】
[実施例4]
2011年9月20日に収穫した、すなわち、赤く着色した唐辛子果実を有する地際から刈り取った植物体(品種名:タカノツメ(タキイ種苗株式会社))を、プラスチックコンテナ(縦700mm×横500mm×高さ410mm、容量100L)に3株ずつ入れ、それを24籠並べ、ポリエチレンシート(厚さ0.1mm)で覆い密封状態とし、そこにエチレンガス雰囲気下のエチレンガス濃度が300ppmになるようエチレンガスを注入し、気温20〜31℃の屋内に48時間静置した。一方、同様に刈り取った該植物体3株をプラスチックコンテナに入れ、エチレンガス雰囲気下に置かず、気温20〜31℃の屋内に48時間静置し、対照区とした。
48時間後に、シートを開封しエチレンガス曝露を解除した。本発明による1籠及び対照区の1籠について、各植物体の株元を手で持ち、ゆるやかに振り、植物体から果実を離脱させた。離脱率は、実施例1と同様に求めた。なお、この場合の未熟果実は、果実長25mm以下を除いた。
48時間後のシート内のエチレンガス濃度は30ppmであった。
さらに、植物体から離脱させた果実、葉、茎の混合物を風力選別で分離して果実のみを得た後、水洗し、乾燥した乾燥唐辛子の辛味成分含量を常法により高速液体クロマトグラフィーで測定し、唐辛子の着色度として色素成分含量を常法により抽出後吸光度測定し、それぞれ対照区を100として比較した。結果を表4に示す。
【0031】
【表4】

【0032】
表4に示すとおり、本発明による離脱率は92%であり、対照区の離脱率の4%に比べ顕著な効果を示した。また、本発明は対照区と比して辛味成分および着色度が増加し、本発明により唐辛子果実の品質的劣化が生じていないというよりもむしろ向上していて、本発明が唐辛子果実の品質に悪影響を及ぼすことがなく、実用に十分に供することができることを示した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
果実を有する唐辛子植物体をエチレンガス雰囲気下に置くことにより、その植物体からの果実の離脱促進を図ることを特徴とする唐辛子の摘果方法。
【請求項2】
エチレンガス雰囲気下のエチレンガス濃度が0.1ppmから10000ppmの範囲であることを特徴とする請求項1記載の唐辛子の摘果方法。
【請求項3】
エチレンガス雰囲気下に置く時間が0.5時間から96時間の範囲であることを特徴とする請求項1記載の唐辛子の摘果方法。
【請求項4】
エチレンガスガス雰囲気下に置く温度が5℃から40℃の範囲であることを特徴とする請求項1記載の唐辛子の摘果方法。

【公開番号】特開2013−111050(P2013−111050A)
【公開日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−262256(P2011−262256)
【出願日】平成23年11月30日(2011.11.30)
【出願人】(000210067)池田食研株式会社 (35)
【Fターム(参考)】