説明

嗅覚機能改善剤

【課題】新規の嗅覚機能改善剤の提供。
【解決手段】セージ類の精油、特にクラリセージの精油を有効成分とする嗅覚機能改善剤の提供。嗅覚機能改善剤の投与対象は健康対象であってもよく、疾病にかかっている対象であってもよい。嗅覚機能改善剤は認知症患者に対してよく奏功し、患者のQOLを向上させることができる。認知症にはアルツハイマー病、パーキンソン病、前頭側頭型認知症、ピック病、レビー小体病、ハンチントン病、進行性核上性麻痺などの変性性認知症、クロイツフェルト・ヤコブ病やHIVなどの感染症に関連した認知症などが含まれる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、嗅覚機能改善剤に関する。詳細には、本発明は、クラリセージ精油を有効成分とする嗅覚機能改善剤に関する。
【背景技術】
【0002】
セージ類はシソ科サルビア属の植物であり、古くからハーブとして用いられ、料理の風味付けのみならず様々な症状を緩和するための治療にも用いられてきた(非特許文献1参照)。セージ類の効能としては、ストレス解消、風邪の予防、消化不良の改善、抗痙攣、末梢血管拡張、抗鬱、エストロゲン刺激作用などが知られている。近年では、アロマセラピーに関心が持たれるようになり、セージ類の精油がアロマセラピーに頻繁に使用されている。さらに医療現場においてもセージ類などのハーブの効果が注目されている。
【0003】
上述のように、セージ類は様々な作用を有するが、さらなる未知の作用について探索が行われている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】『ハーブ事典 ハーブを知りつくすA to Z』レスリー・ブレムネス著 樋口あやこ訳(文化出版局)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の解決課題は、セージ類の未知なる作用を探索し、その効果を確認することであった。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は上記課題を解決せんと鋭意研究を重ね、セージ類、特にクラリセージ(Salvia sclarea)の精油が嗅覚機能改善効果を有することを見出し、本発明を完成するに至った。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、セージ類、特にクラリセージの精油を吸入することにより、嗅覚機能の改善が行われる。このような療法は患者にとって負担や副作用が少ないことも特徴である。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】本発明の嗅覚機能改善剤を投与したアルツハイマー病(AD)患者におけるOSIT−Jの評点の推移を示すグラフである。
【図2】本発明の嗅覚機能改善剤を投与しなかったアルツハイマー病(AD)患者におけるOSIT−Jの評点の推移を示すグラフである。
【図3】本発明の嗅覚機能改善剤を投与した場合のアルツハイマー病患者の血中エストロゲン量の推移を示すグラフである。図中n.p.は有意差が無かったことを示す。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明は、セージ類、特にクラリセージの精油を吸入することにより、嗅覚機能の改善が行われることを見出したことに基づく。したがって、本発明は、セージ精油を有効成分として含む嗅覚機能改善剤を提供するものである。
【0010】
セージ類はシソ科サルビア属の植物であり、セージ類の植物に含まれる成分が共通あるいは類似しているので、本発明の嗅覚機能改善剤の有効成分に用いられるセージはいずれの種類のセージであってもよい。セージ精油にはリナロール、酢酸リナリル、ゲルマクレンD、スクラレオールなどが主成分として含まれ、エストロゲン類似物質やテルペン類などが含まれている。本発明の嗅覚機能改善剤の有効成分としてのセージ精油は、コモンセージ(salvia officinalis)、クラリセージ(Salvia sclarea)、チェリーセージ(Salvia microphylla, Salvia greggii, Salvia jamensis)、パイナップルセージ(Salvia elegans)、メキシカンブッシュセージ(Salvia Leucantha)、スパニッシュセージ(Salvia lavandulifolia)、パープルセージ(Salvia officinalis purpurascens)、ゴールデンセージ(Salvia officinalis icterina)、トリカラーセージ(Salvia officinalis tricolor)、ラベンダーセージ(Salvia cv. Indigo Spires)、メドーセージ(Salvia guaranitica)、ポックセージ(Salvia uliginosa)などのセージから得られるものが例示されるが、これらのセージ由来の精油に限定されない。本発明に用いるセージ精油はクラリセージ由来のものが好ましい。
【0011】
本発明の嗅覚機能改善剤に用いるセージ精油はハーブの精油成分を得るための公知の方法により得ることができる。一般的には、セージ精油はセージの花、葉、茎あるいは全草から水蒸気蒸留により得ることができるが、花、葉、茎あるいは全草を切り刻んだもの、あるいはすりつぶしたものを有機溶媒により抽出し、次いで有機溶媒を除去することによっても得ることができる。セージ精油の製造方法は上記方法に限定されないことはいうまでもない。
【0012】
本発明の嗅覚機能改善剤の投与対象は健康対象であってもよく、疾病にかかっている対象であってもよい。本発明の嗅覚機能改善剤は認知症患者に対してよく奏功し、患者のQOLを向上させることができる。認知症にはアルツハイマー病、パーキンソン病、前頭側頭型認知症、ピック病、レビー小体病、ハンチントン病、進行性核上性麻痺などの変性性認知症、クロイツフェルト・ヤコブ病やHIVなどの感染症に関連した認知症などが含まれる。
【0013】
本発明の嗅覚機能改善剤の対象への投与方法は経鼻的であればよく、公知のいずれの方法で行ってもよい。一般的には、セージ精油をエタノールまたは植物油などで適当に希釈し、ディフューザーを用いて霧化させたものを対象に吸入させる。霧化物の吸入は、マスクなどを用いて対象への投与漏れを少なくしてもよく、あるいは霧化物が部屋全体に行き渡るようにしてもよい。また、セージ精油またはそれを希釈したものをフェルトなどに染みこませたものを対象が嗅ぐようにしてもよい。あるいはアロマセラピーと同じく、セージ精油またはそれを希釈したものを加熱により蒸散させたものを対象が嗅ぐようにしてもよい。本発明の嗅覚機能改善剤の対象への投与方法は上記のものに限定されないことはいうまでもない。
【0014】
本発明の嗅覚機能改善剤の対象への投与量は、対象の血中エストロゲン量が有意に変化するなどの副作用を生じさせない量であればよい。対象の血中エストロゲン量を有意に変化させないとは、対象の血中エストロゲン量の変化が10%以下であることをいい、好ましくは5%以下であることをいう。そのような投与量は有効成分であるセージ精油として通常は1日に約0.05mg〜約0.5mg、好ましくは約0.1mg〜約0.2mgであり、1日1回〜数回、例えば1回〜3回投与することができる。ただし、本発明の本発明の嗅覚機能改善剤の対象への投与量、投与回数、投与方法は上記量に限定されず、医師が対象の嗅覚改善の程度、血中エストロゲン量、対象の状態、例えば他の疾病の様子などを見ながら適宜判断して決定できることはいうまでもない。血中エストロゲンの定量方法は公知であり、いずれの方法を用いてもよい。
【0015】
本発明の嗅覚機能改善剤に含まれるセージ精油は1種類であってもよく、複数種類であってもよい。また、本発明の嗅覚機能改善剤は、他のハーブの精油を1種類または複数種類含んでいてもよい。さらに本発明の嗅覚機能改善剤は、吸入用製剤に通常使用される他の成分も適宜含んでいてもよい。
【0016】
嗅覚機能改善とは、においを感知する能力および/またはにおいを識別する能力が向上することをいう。嗅覚機能を調べる方法は公知であり、いずれの方法を用いてもよい。例えばスティック型嗅覚検査法(Odor Stick Identification Test, OSIT)法やその日本人向けの変法であるOSIT−J(Odor Stick Identification Test for Japanese)法を用いてもよい。OSIT法およびOSIT−J法は公知である。OSIT−J法に関しては、例えば第一薬品産業株式会社のホームページ(http://www.j-ichiyaku.com/general/stick.html)に解説されている。
【0017】
特に説明しないかぎり、本明細書中の用語は医学分野やアロマセラピーの分野において一般的に理解されている意味に解される。
【0018】
以下に実施例を示して本発明をより詳細かつ具体的に説明するが、実施例は本発明を限定するものと解してはならない。
【実施例1】
【0019】
アルツハイマー病患者に対する本発明の嗅覚機能改善剤の効果を、OSIT−J法にて調べた。
【0020】
本発明の嗅覚機能改善剤を14名のアルツハイマー病(AD)患者(年齢77.14±8.35歳、男性6名、女性8名)に投与した。アルツハイマー患者14名のうち10名(年齢75.8±8.82歳、男性5名、女性5名)はTDASが13以下であった。対照実験として、同様の構成のアルツハイマー病患者群に本発明の嗅覚機能改善剤を投与しなかった。TDASは認知症介入評価プログラムの1つであり、タッチパネル式コンピューターを用いた方法である(例えば、特開2003−079631、特開2009−089800参照)。
【0021】
本発明の嗅覚機能改善剤を以下のようにして調製し、投与した。クラリセージの花および葉を集めて水蒸気蒸留して得られたクラリセージ精油(ハイパープランツ株式会社製 商品名「オーガニックエッセンシャルオイル クラリセージ」)を原液とし、70%エタノールにて20倍に希釈したものを、1日あたり約15分間ディフューザーを用いて対象に投与した(15分で原液0.15mgに相当)。ディフューザーに風防を設置して、投与の際にできるだけ霧化物の漏れがないようにした。投与を6ヶ月間継続し、投与開始前、投与3ヶ月後、投与6ヶ月後にOSIT−J法にて嗅覚機能を評価した。
【0022】
図1に示すように、本発明の嗅覚機能改善剤を投与したアルツハイマー病患者の嗅覚機能が経時的に改善され、6ヶ月の投与期間でOSIT−J評点が2ポイント以上増加した。一方、図2に示すように、本発明の嗅覚機能改善剤を投与しなかったアルツハイマー病患者の嗅覚機能の改善は見られなかった。さらに、図3に示すように、上記の投与量で本発明の嗅覚機能改善剤を6ヶ月間投与しても、血中エストロゲン量は有意に変化しないことが確認された。この結果から、クラリセージの投与は内因性エストロゲン量を増減させないことがわかる。よってクラリセージは副作用としてエストロゲン過多状態を生じないといえる。また、本発明の嗅覚機能改善剤の投与により、対象の気分がリフレッシュされる等の効果も見られた。
【産業上の利用可能性】
【0023】
本発明は、医薬品、アロマセラピー用品、芳香剤、介護用品などの分野において利用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
セージ精油を有効成分として含む嗅覚機能改善剤。
【請求項2】
セージがクラリセージである請求項1に記載の嗅覚機能改善剤。
【請求項3】
投与対象が認知症患者である請求項1または2に記載の嗅覚機能改善剤。
【請求項4】
対象の血中エストロゲン濃度が有意に変化しない量で投与される請求項1〜3のいずれかに記載の嗅覚機能改善剤。
【請求項5】
1日のセージ精油の投与量が0.1mg〜0.2mgである請求項1〜4のいずれかに記載の嗅覚機能改善剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−14537(P2013−14537A)
【公開日】平成25年1月24日(2013.1.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−148131(P2011−148131)
【出願日】平成23年7月4日(2011.7.4)
【出願人】(504150461)国立大学法人鳥取大学 (271)
【Fターム(参考)】