説明

培養器に付着する細胞の分離装置および分離方法

【課題】 目的とする動植物や微生物の細胞を効率よく分離して捕捉することができる、培養器に付着する細胞の分離装置および分離方法を提供することを目的とする。
【解決手段】 XYZテーブル1に支持された培養器2に付着する細胞群から所望の細胞を分離して採取するに際し、培養器2内へキレート剤溶液を加えて細胞の培養器2への付着力を弱めた後に、所望の細胞に光ピンセット用レーザ装置16のレーザ光を集光しトラップしてマイクロピペット22先端の吸引孔まで移動させ、供給・吸引・採取装置7に採取する。これにより、培養器に付着する細胞を破壊することなく効率よく細胞を分離して採取することができる。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、生化学分野等で行われる動植物や微生物の細胞の培養実験において、該細胞を培養器から分離する培養器に付着する細胞の分離装置および分離方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】生化学分野等で行われる動植物や微生物の細胞の培養実験においては、培養後に所望の細胞のみを分離して採取する必要がある。近年、細胞のような微細物体を取り扱う実験作業において、レーザ光を培養溶液中に浮遊している対象となる細胞に照射し光圧によりこの細胞をトラップして捕捉する光ピンセットが用いられるようになっている。特に、特定波長域のレーザを使用すると細胞にダメージを与えることなくトラップできることが知られている。
【0003】ところで、動植物や微生物の細胞の種類によっては培養溶液中に細胞が浮遊した状態ではなく、培養器に付着した状態で液体培地を使用して培養が行われるものがある。このような細胞は培養器に強く付着しているため、上述の光ピンセットの力のみでは培養器から剥離させることができず、捕捉することができない。このため従来は、培養器にトリプシンなどの酵素溶液を加えて細胞を培養器から剥離させ浮遊状態にした後に光ピンセットによる操作を行う方法などが用いられていた。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】しかしながら、トリプシンなどの酵素溶液を用いる方法では、処理のために時間を要する上、酵素の作用によって細胞にダメージを与えてしまい所望の細胞の採取率が低下するなどの問題があった。さらに培養器から剥離した細胞は培養溶液中を浮遊しているが、この浮遊している複数の細胞の中から所望の細胞を探し出して光ピンセットで捕捉する作業は非常に面倒であり、多数の細胞が浮遊していると所望の細胞のみを選択的に捕捉するということも困難になるという問題があった。
【0005】そこで本発明は、培養器に付着する細胞にダメージを与えることなく培養器から効率よく分離することができる培養器に付着する細胞の分離装置および分離方法を提供することを目的とする。
【0006】
【課題を解決するための手段】請求項1記載の培養器に付着する細胞の分離装置は、細胞が付着した培養器を支持する支持手段と、前記培養器に付着する細胞を捕捉する光ピンセット手段と、この光ピンセット手段からの捕捉光を前記培養器に対して相対的に移動させる移動手段とを備えた。
【0007】請求項2記載の培養器に付着する細胞の分離装置は、請求項1記載の培養器に付着する細胞の分離装置であって、前記培養器から分離された細胞を採取する採取手段を備えた。
【0008】請求項3記載の培養器に付着する細胞の分離方法は、培養器に付着する細胞の付着力を弱める処理を行う工程と、光ピンセット手段の光によって前記細胞を捕捉する工程と、この光ピンセット手段からの捕捉光を前記培養器に対して相対的に移動させることにより、前記細胞を培養器から剥離する工程とを含む。
【0009】請求項4記載の培養器に付着する細胞の分離方法は、請求項3記載の培養器に付着する細胞の分離方法であって、前記細胞の付着力を弱める工程において、キレート剤処理を行うようにした。
【0010】請求項5記載の培養器に付着する細胞の分離方法は、請求項4記載の培養器に付着する細胞の分離方法であって、前記キレート剤として、EDTAおよびEGTAから選ばれる少なくとも1種を用いるようにした。
【0011】
【発明の実施の形態】請求項1記載の培養器に付着する細胞の分離装置は、細胞が付着した培養器を支持する支持手段と、前記培養器に付着する細胞を捕捉する光ピンセット手段と、この光ピンセット手段からの捕捉光を前記培養器に対して相対的に移動させる移動手段とを備えたものであり、細胞を培養器から分離し光ピンセット手段でこの細胞を捕捉するという作用を有する。
【0012】請求項2記載の培養器に付着する細胞の分離装置は、請求項1記載の培養器に付着する細胞の分離装置であって、培養器から分離された細胞を採取する採取手段を備えたものであり、光ピンセット手段で捕捉した細胞を採取するといった作用を有する。
【0013】請求項3記載の培養器に付着する細胞の分離方法は、培養器に付着する細胞の付着力を弱める処理を行う工程と、光ピンセット手段の光によって前記細胞を捕捉する工程と、この光ピンセット手段からの捕捉光を前記培養器に対して相対的に移動させることにより、前記細胞を培養器から剥離するといった作用を有する。
【0014】請求項4記載の培養器に付着する細胞の分離方法は、請求項3記載の培養器に付着する細胞を培養器から分離する分離方法であって、前記細胞の付着力を弱める工程においてキレート剤処理を行うものであり、培養器からの細胞の分離を容易にするといった作用を有する。
【0015】請求項5記載の培養器に付着する細胞の分離方法は、請求項4記載の培養器に付着する細胞を培養器から分離する分離方法であって、前記キレート剤として、EDTAおよびEGTAから選ばれる少なくとも1種を用いるものであり、培養器からの細胞の分離を容易にするといった作用を有する。
【0016】次に本発明の実施の形態を図面を参照して説明する。図1は本発明の一実施の形態の培養器に付着する細胞の分離装置の構成を示すブロック図、図2(a)は同培養器の平面図、図2(b)、図3(a),(b)は同培養器の断面図である。
【0017】まず図1を参照して培養器に付着する細胞の分離装置について説明する。図1において、支持手段としてのXYZステージ1のアーム1a上には透光性を有する培養器2が載置されている。XYZステージ1を駆動することにより、培養器2はX方向、Y方向、Z方向に移動する。培養器2の内部には図2(b)に示すように、下層から、培養器2に付着して培養された細胞群4およびこれらを覆う溶液3が存在する。細胞群4には各種の細胞が混在しており、これらの中から所望の細胞23a(図2(a)参照)を分離して採取する必要がある。
【0018】培養器2の溶液層3にはマイクロピペット22の先端が導設されている。マイクロピペット22は、培養器2中への試料溶液の供給および培養器2から分離され、溶液内に浮遊する細胞の吸引・採取を行うようになっている。マイクロピペット22は、供給・吸引・採取装置7に接続されている。すなわちマイクロピペット22および供給・吸引・採取装置7は細胞を採取する採取手段となっている。培養器2の上方には照明装置6が配設されており、培養器2を以下に説明するカメラで撮像する際に、上方から照明光を照射する。
【0019】培養器2の下方には、集光レンズを含む光学系10が配設されており、光学系10のさらに下方にはハーフミラー12,13およびカメラ11が配設されている。光学系10の光軸と直交して光ピンセット用レーザ装置16および加工用レーザ装置17が配設されている。光ピンセット用レーザ装置16を駆動すると、レーザ光(捕捉光)が照射され、走査光学系14を介してハーフミラー12によって上方に反射され、光学系10を経て下方から培養器2に入射する。
【0020】光ピンセット用レーザ装置16から照射されるレーザ光を、走査光学系14によって培養器2内の溶液中の特定の細胞に導き、また光学系10でレーザ光を集光することにより、当該細胞はレーザ光の光圧によりトラップされる。そして走査光学系14によってレーザ光を移動することにより、トラップされた細胞を捕捉して移動することができる。すなわち、光学系10および光ピンセット用レーザ装置16は、細胞を光圧によりトラップする光ピンセット手段となっている。
【0021】加工用レーザ装置17から照射されるレーザ光を、走査光学系15を介してハーフミラー13により上方に反射させ、光学系10を経て培養器2に下方から入射させることにより、所望の細胞23aを周囲の細胞23から分離もしくは周囲の細胞23を破壊することができる。この加工用レーザ装置17のレーザ光は、光学系10によって培養器2に付着した細胞23の付近に集光される。これにより、集光された部分の細胞は局部的に破壊され、所望の細胞を周囲の細胞から切り離す加工が行われる。したがって、光学系1および加工用レーザ装置17は、加工用レーザ手段となっている。
【0022】カメラ11は画像認識部18と接続されており、画像認識部18はカメラ11によって撮像された培養器2内の細胞群4の細胞23の画像を認識する。認識結果は制御部19に送られ、制御部19は認識された細胞が記憶部20に記憶された探索条件に該当するか否かを判断することにより、認識された細胞23を特定する。探索条件としては、特定細胞を表す基準画像との一致度に基づくものや、色、形状、寸法など各種の探索条件が用いられる。
【0023】制御部19は、上記の探索条件との適否の判断のほか、光ピンセット用レーザ装置16、走査光学系14、加工用レーザ装置17、走査光学系15を制御する。したがって、制御部19によって加工用レーザ装置17、走査光学系15を制御することにより、探索条件に基づいて探索され識別された細胞の周囲で、加工用レーザ装置17のレーザ光を走査光学系15によって走査させることができ、探索対象の特定の細胞23aを該細胞を取り囲む細胞群から分離させることができる。
【0024】また、制御部19によって画像認識部18、光ピンセット用レーザ装置16、走査光学系14を制御することにより、特定の細胞23aを画像認識部18により認識し、この認識結果に基づいて光ピンセット用レーザ装置16から照射されるレーザ光を走査光学系14によって走査させて当該細胞23aに照射し、光ピンセットによって捕捉する。そして当該細胞23aを捕捉した状態でXYZステージ1駆動して培養器2を光ピンセット用レーザ光の集光点に対して相対的に移動させることにより、捕捉した当該細胞を培養器2の表面から剥離させる作用を及ぼす。XYステージ1は光ピンセット手段の光を培養器2に対して相対的に移動させる移動手段となっている。そして、当該細胞23aをトラップした光ピンセット用レーザを走査光学系14によって走査させることにより、当該細胞23aを培養器2内の溶液中を水平方向へ移動させることができる。表示部21は撮像された培養器2内の細胞の画像を表示する。
【0025】この培養器に付着した細胞の分離装置は上記のように構成されており、以下動作について説明する。まず溶液3を、細胞が培養された培養器2内の液体培地から、0.001〜0.5%、好ましくは0.01〜0.05%、特に好ましくは0.02%のキレート剤、例えば、EDTA(Ethylenediaminetetraacetic acid)EGTA(Ethylene glycol−bis(β−aminoethyl ether)−N,N,N’N’−tetraacetic acid)等を含むリン酸緩衝食塩水PBS(Phosphate buffered saline)に入れ換えて5分〜10分間放置する(キレート剤処理)。PBSとしては、例えばNaCl 8g/L、KCl 0.2g/L、Na2HPO4(無水)1.15g/L、KH2PO4 0.2g/Lの緩衝液を用いることができる。このキレート剤により、細胞と培養器2の付着力を、光ピンセットで剥離可能な付着力に弱める。キレート剤処理は、トリプシンを用いた処理に比べて細胞に与えるダメージが少ない。
【0026】次にキレート剤処理を行った培養器2を、図1のアーム1a上に載置する。そしてこの培養器2の細胞の中から所望の細胞23aの採取が行われる。この時溶液3はキレート剤を含んだPBSのままである。そこで、まずXYZステージ1を駆動して培養器2を光学系10の光軸に位置合わせし、照明装置6を点灯してカメラ11により培養器2を下方から撮像する。得られた撮像データは画像認識部18によって認識され、認識結果に基づいて制御部19によって所望の細胞23aの特定が行われる。画像認識では、培養器2の底に付着する細胞を2次元的にサーチして所望の細胞23aを特定するのであるが、溶液3には浮遊する細胞がほとんどないので画像認識の妨げや誤認識を起こす可能性が極めて少なくなっている。
【0027】画像上で所望の細胞23aが特定されたならば、この細胞23aの周囲に加工用レーザ光を照射して、図2(a)に示すように細胞23aに付着している可能性のある細胞23bを破壊もしくは切断する。次いで図3(a)に示すように光ピンセットによる細胞23aの捕捉が行われる。光ピンセット用レーザ光16aを細胞23a付近に集光させることにより、細胞23aはレーザ光によりトラップされる。そしてXYZステージ1を駆動して、光ピンセット用レーザ光の集光点を培養器2に対して上下方向へ相対的に移動させることにより、図3(b)に示すようにトラップされた細胞23aは培養器2から剥離する。このとき、キレート剤処理によって細胞23aの培養器2に対する付着力は弱められているので、所望の細胞23aにダメージを与えることなく培養器2の表面から剥離させることができる。
【0028】この後、細胞23aをトラップした光ピンセット用レーザ光を培養器2に対して相対的に移動させることにより、分離された細胞23aはマイクロピペット22の吸入口付近まで移動し(図3(b)参照)、マイクロピペット22に吸入されて供給・吸引・採取装置7に採取される。この間、溶液3には光ピンセット用レーザ光による細胞の操作や捕捉を妨害するような細胞がほとんど存在しないので、光ピンセット用レーザ光による各種操作を効率よく行うことが出来る。
【0029】なお本発明は上記実施の形態には限定されず、例えば本実施の形態では記憶部20に記憶された探索条件に従って自動的に探索・採取を行う例を示しているが、カメラで撮像した細胞の画像を表示部に表示させ、この画像中からオペレータが目視により探索対象の細胞を識別し、識別された細胞を手動操作によって採取する態様であってもよい。さらに、本実施の形態では、XYステージ1が光ピンセット手段の光を培養器2に対して相対的に移動させる移動手段となっているが、光ピンセット用のレーザ光の走査を行う走査光学系14を移動手段としてもよい。要は移動手段としては、光ピンセット手段のレーザ光の集光点を培養器2に対して相対的に移動させるものであればよく、本実施の形態に限定されるものではない。
【0030】
【発明の効果】本発明によれば、細胞を捕捉する光ピンセット手段と、この光ピンセット手段からの光を培養器に対して相対的に移動させる移動手段とを備えるようにしたので、培養器に付着する所望の細胞を破壊することなく、効率よく細胞を分離することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の一実施の形態の培養器に付着する細胞の分離装置の構成を示すブロック図
【図2】(a)本発明の一実施の形態の培養器の平面図
(b)本発明の一実施の形態の培養器の断面図
【図3】(a)本発明の一実施の形態の培養器の断面図
(b)本発明の一実施の形態の培養器の断面図
【符号の説明】
1 XYZステージ(移動手段)
2 培養器
3 溶液層
4 細胞群
7 供給・吸引・採取装置
11 カメラ
14,15 走査光学系
16 光ピンセット用レーザ装置
17 加工用レーザ装置
18 画像認識部
19 制御部
22 マイクロピペット
23,23a 細胞

【特許請求の範囲】
【請求項1】細胞が付着した培養器を支持する支持手段と、前記培養器に付着する細胞を捕捉する光ピンセット手段と、この光ピンセット手段からの捕捉光を前記培養器に対して相対的に移動させる移動手段とを備えたことを特徴とする培養器に付着する細胞の分離装置。
【請求項2】前記培養器から分離された細胞を採取する採取手段を備えたことを特徴とする請求項1記載の培養器に付着する細胞の分離装置。
【請求項3】培養器に付着する細胞の付着力を弱める処理を行う工程と、光ピンセット手段の光によって前記細胞を捕捉する工程と、この光ピンセット手段からの捕捉光を前記培養器に対して相対的に移動させることにより、前記細胞を培養器から剥離する工程とを含むことを特徴とする培養器に付着する細胞の分離方法。
【請求項4】前記細胞の付着力を弱める工程において、キレート剤処理を行うことを特徴とする請求項3記載の培養器に付着する細胞の分離方法。
【請求項5】キレート剤がEDTA(Ethylenediaminetetraacetic acid)およびEGTA(Ethylene glycol−bis(β−aminoethyl ether)−N,N,N’N’−tetraacetic acid)から選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする請求項4記載の培養器に付着する細胞の分離方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2000−232873(P2000−232873A)
【公開日】平成12年8月29日(2000.8.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願平11−38251
【出願日】平成11年2月17日(1999.2.17)
【出願人】(000001029)協和醗酵工業株式会社 (276)
【出願人】(000005821)松下電器産業株式会社 (73,050)
【Fターム(参考)】