培養細胞シート、製造方法及びその利用した組織修復方法
【課題】 本発明は、良好な組織付着性、柔軟性を有する気漏抑止用に使用される培養細胞シートを提供することを課題とする。
【解決手段】
被覆量が、0.5〜5.0μg/cm2の範囲となるようにポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)で基材表面を被覆した細胞培養支持体上で細胞をサーファクタントタンパク質、又は架橋阻害剤と共に培養し、培養液温度を上限臨界溶解温度以上または下限臨界溶解温度以下とすることで剥離させ気漏抑止用培養細胞シートを製造することにより、上記課題を解決することができる。
【解決手段】
被覆量が、0.5〜5.0μg/cm2の範囲となるようにポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)で基材表面を被覆した細胞培養支持体上で細胞をサーファクタントタンパク質、又は架橋阻害剤と共に培養し、培養液温度を上限臨界溶解温度以上または下限臨界溶解温度以下とすることで剥離させ気漏抑止用培養細胞シートを製造することにより、上記課題を解決することができる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、生物学、医学等の分野における培養細胞シート、製造方法及びそれを利用した組織修復方法に関する。
【背景技術】
日本は高齢化社会を迎え、平均寿命は世界最高となっている。人々の希望は単なる延命よりも、より良く生きるというクオリティー・オブ・ライフ(QOL)に重点が置かれるようになってきた。そのような中で医療技術も飛躍的に向上し、疾患や外傷で失った臓器の再建技術も著しく向上している。そして、近年、培養細胞を用いて培養系で臓器組織を再構築し、これを移植するという再生医療が大きな注目を集めている。
そのような治療を実施するためには、組織接着剤が必要不可欠である。現在、臨床的に用いられている組織接着剤はシアノアクリレート系接着剤、ゼラチン−アルデヒド系接着剤、フィブリングル−系接着剤に大別される。シアノアクリレート系接着剤とは、シアノアクリレートモノマーの重合反応を利用した接着剤で、接着強度が強く、しかも接着速度が速い点で優れている。しかしながら、シアノアクリレート系接着剤とはもともと生体内に存在しない合成接着剤であり、硬化したポリマーの加水分解によってホルムアルデヒドが生成され、生体に対して大きな毒性を示し、治癒を阻害する。そのため、適応箇所に制約があり、中枢神経や血管に直接触れる部位には使用できない問題点があった。ゼラチン−アルデヒド系接着剤とは、生体高分子であるコラーゲンが変性したゼラチンとホルムアルデヒドやグルタルアルデヒドとの架橋反応を利用した接着剤であり、これらのものに関しても生体内に存在しない合成接着剤である。この接着剤についても接着強度は十分に高いが、有害なアルデヒド化合物を架橋剤として用いているため生体毒性を示す問題点があった。一方で、フィブリングルー系接着剤とは、血液が凝固する反応を利用した接着剤で生体由来の物質である。このものは上述したような合成接着剤ほど毒性は認められないものの、接着力が弱く、またフィブリングルー自身が生体内で代謝されるため大量に使用しなくはならない問題があった。さらに、最近になってフィブリングルーがどの生物から採られ生成されたものなのか、あるいは、そのメカニズムが血液が凝固する反応であり、従って接着剤使用部に局部的に炎症反応が起きる等の問題点も指摘されつつある。
このような中、十分に基底膜様タンパク質を有した細胞シートを提供する技術が提案されている。細胞の培養は、通常、ガラス表面上あるいは種々の処理を行った合成高分子の表面上で行われる。この目的に、例えば、ポリスチレンを材料とする表面処理、例えばγ線照射、シリコーンコーティング等を行った種々の容器等が細胞培養用容器として普及している。このような細胞培養用容器を用いて培養・増殖した細胞は、トリプシンのようなタンパク質分解酵素や化学薬品により処理することで容器表面から剥離・回収される。しかし、上述のような化学薬品処理を施して増殖した細胞を回収する場合、処理工程が煩雑になり、不純物混入の可能性が多くなること、及び増殖した細胞が化学的処理により変成若しくは損傷し細胞本来の機能が損なわれる例があること等の欠点が指摘されていた。
かかる欠点を克服するために、これまでいくつかの技術が提案されている。その中で、特に特願2001−226141号(特開2003−38170号公報)では、水に対する上限もしくは下限臨界溶解温度が0〜80℃である温度応答性ポリマーを基材表面に被覆又は補填した細胞培養培養基材上で前眼部関連細胞を培養し、必要に応じて常法により培養細胞層を重層化させ、培養基材の温度を変えるだけで培養した細胞シートを剥離させることで、十分な強度を持った細胞シートの作製が可能となった。また、この細胞シートには基底膜様タンパク質も保持しており、上述したディスパーゼ処理したものに比べ、組織への生着性も明らかに改善されている。また、国際出願公開公報WO02/08387号では温度応答性ポリマーで基材表面を被覆又は補填した細胞培養培養基材上で心筋組織の細胞を培養し、心筋様細胞シートを得、その後、培養液温度を上限臨界溶解温度以上又は下限臨界溶解温度以下とし、培養した重層化細胞シートを高分子膜に密着させ、そのまま高分子膜と共に剥離させること、及びそれを所定の方法で3次元構造化させることにより、構造欠陥の少ない、in vitroでの心筋様組織として幾つかの機能を備えた細胞シート、及び3次元構造が構築されることを見いだした。しかしながら、いずれの方法においても、細胞シートに柔軟性を付与させる検討、さらには臓器表層から漏出する空気又は血液又は体液を抑止する組織修復材としての検討は行われていなかった。このような培養細胞シートを組織接着剤として利用できれば、組織修復を受ける患者本人の細胞を利用することができ安全性も極めて高いものと考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【特許文献1】特開2003−38170号公報
【特許文献2】国際出願公開WO02/08387号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、上記のような従来技術の問題点を解決することを意図してなされたものである。すなわち、本発明は、良好な組織付着性を有し、柔軟性に富んだ培養細胞シートを提供することを目的とする。また、本発明は、その製造法、並びに臓器表層から漏出する空気又は血液又は体液を抑止する組織修復材としての利用方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、上記課題を解決するために、種々の角度から検討を加えて、研究開発を行った。その結果、温度応答性ポリマーで基材表面を被覆した細胞培養培養基材上で、線維芽細胞、肺胞組織細胞、心筋組織細胞等の細胞を培養し、その後、培養液温度を上限臨界溶解温度以上または下限臨界溶解温度以下として、培養した培養細胞シートを剥離することにより、臓器表面の空気又は血液又は体液漏出部に極めて付着性の良い高生着性培養細胞シートが得られることを見いだした。本発明はかかる知見に基づいて完成されたものである。
すなわち、本発明は、臓器表面の漏出部表面への付着性が良好な、柔軟性に富んだ高生着性培養細胞シートを提供する。
本発明の培養細胞シートは、水に対する上限もしくは下限臨界溶解温度が0〜80℃である温度応答性ポリマーで基材表面を被覆した細胞培養培養基材上で、線維芽細胞、肺胞組織細胞、心筋組織細胞、肝臓組織細胞、血管組織細胞、間葉系幹細胞、脂肪由来細胞から選択される1種類またはそれ以上の種類の細胞を培養し、その後、培養液温度を上限臨界溶解温度以上または下限臨界溶解温度以下として剥離することを特徴とする高生着性培養細胞シートの製造方法を提供する。このようにして得られた培養細胞シートは、臓器表面の漏出部表面への付着性が良好であるという特徴を有しており、本発明においては、このような付着性が良好な培養細胞シートのことを、高生着性培養細胞シートと呼ぶ場合がある。
加えて、本発明は、臓器表層から漏出する空気又は血液又は体液を抑止する治療のための培養細胞シートを提供する。
更に加えて、本発明は、肺胞組織からの気漏、肝臓組織や血管組織からの血液流出に対し、上記高生着性培養細胞シートを移植することを特徴とする治療方法を提供する。
【発明の効果】
本発明で得られる高生着性培養細胞シートは、臓器表面の漏出部表面への生着性が極めて高く、柔軟性の高いものである。本発明の培養細胞シートを用いることにより臓器表層から漏出する空気又は血液又は体液を抑止することができるようになる。したがって、本発明は細胞工学、医用工学、などの医学、生物学等の分野における極めて有用な発明である。
【図面の簡単な説明】
【図1】図1は、実施例2に示す培養10日後の肺胞細胞の培養細胞シートのようすを示すものである。
【図2】図2は、実施例2に示す気漏モデルのようすを示す写真である。
【図3】図3は、実施例2に示す気漏部位に培養細胞シートを接着させているようすを示す写真である。
【図4】図4は、実施例2に示す培養細胞シートが気漏を閉鎖したようすを示す写真である。
【図5】図5は、実施例2で気漏部位を閉鎖した際の組織を切片をHE染色して検討した結果を示す写真である。
【図6】図6は、実施例2で気漏部位を閉鎖した際の組織を切片をAzan染色して検討した結果を示す写真である。
【図7】図7は、実施例4に示す出血モデルのようすを示す写真である。
【図8】図8は、実施例4に示す培養細胞シートが出血部位を閉鎖したようすを示す写真である。
【図9】図9は、実施例4で出血部位を閉鎖した際の移植4週後の肝臓出血部の組織を切片をHE染色して検討した結果を示す写真である。
【図10】図10は、実施例4で出血部位を閉鎖した際の移植4週後の肝臓出血部の組織を切片をAzan染色して検討した結果を示す写真である。
【図11】図11は、実施例5に示す出血モデルのようすを示す写真である。
【図12】図12は、実施例5に示す培養細胞シートが出血部位を閉鎖したようすを示す写真である。
【発明を実施するための形態】
本発明は、臓器表層に対する付着性が良好でしかも柔軟性に富んだ培養細胞シートを提供する。本発明の培養細胞シートの作製に使用される好適な細胞として線維芽細胞、肺胞組織細胞、心筋組織細胞、肝臓組織細胞、血管組織細胞、間葉系幹細胞、脂肪由来細胞のいずれか1種、もしくは2種以上の細胞が混合されたものが挙げられるが、その種類は、何ら制約されるものではない。本発明において、高生着性培養細胞シートとは、上記した各種細胞が培養基材上で単層状に培養され、その後、基材より剥離されたシートを意味する。得られた細胞シートは培養時に培養基材に接していた下側面とそれとは反対側の上側面を有する。細胞を培養する際、本発明で示す水に対する上限もしくは下限臨界溶解温度が0〜80℃である温度応答性ポリマーで基材表面を被覆又は補填した細胞培養培養基材を利用すれば、細胞シート下側面に細胞が培養時に自ら産生した接着性タンパク質が豊富に存在している。
本発明における培養細胞シートは、培養細胞が産生したもの以外のコラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン等のスキャホールドを含んでいても、含まなくても良く、特に制約されるものではない。
本発明の高生着性培養細胞シートは、線維芽細胞、肺胞組織細胞、心筋組織細胞、肝臓組織細胞、血管組織細胞、間葉系幹細胞、脂肪由来細胞のいずれか1種、もしくは2種以上の細胞が混合された細胞から構成されることを特徴とする。これらの細胞は、上述した様な軟骨様組織としての形質発現を行うことができる細胞である。
本発明における高生着性培養細胞シートは、生体組織である臓器表面の漏出部表面に極めて良好に生着する。培養細胞シートの高生着性は、培養基材表面から剥離させた培養細胞シート自体が有する柔軟性および当該培養細胞シートの収縮を抑えることにより、実現される。
本発明の示すところの柔軟性とは、培養細胞シートを組織に被覆させた後、当該培養細胞シートが組織全体の動作を20%以上妨げない状態であれば良く、好ましくは10%以下、さらに好ましくは8%以下が良い。本発明における高生着性培養細胞シートは生体組織である臓器表面の漏出部表面に極めて良好に生着する。被覆する培養細胞シートが硬直な場合、組織全体の動作が20%を越え、臓器本来の機能を発揮できなくなる。
培養細胞シートの収縮の抑制に関しては、培養基材表面から剥離させた際、剥離させる培養細胞シートの収縮率はシート内の何れの方向における長さにおいても20%以下であることが望ましく、好ましくは10%以下、さらに好ましくは5%以下であることが好ましい。シートの何れかの方向の長さにおいて20%以上となると、剥離した細胞シートはたるんでしまい、その状態で生体組織に付着させても組織に密着させられず、本発明で示すところの高生着性は望めない。
培養細胞シートを収縮させない方法は、細胞シートを収縮させない限りにおいて何ら制約されるものではないが、例えば、培養基材から培養細胞シートを剥離させる際、これらの細胞シートに中心部を切り抜いたリング状のキャリアなどを密着させ、そのキャリアごと細胞シートを剥離する方法などが挙げられる。
高生着性培養細胞シートを密着させる際に使用するキャリアは、本発明の細胞シートが収縮しないように保持するための構造物であり、例えば高分子膜または高分子膜から成型された構造物、金属性治具などを使用することができる。例えば、キャリアの材質として高分子を使用する場合、その具体的な材質としてはポリビニリデンジフルオライド(PVDF)、ポリプロピレン、ポリエチレン、セルロース及びその誘導体、紙類、キチン、キトサン、コラーゲン、ウレタン等を挙げることができる。
本発明において密着という場合、細胞シートが収縮しないように、細胞シートとキャリアとの境界面において、キャリア上で細胞シートがずれたり移動したりしない状態のことをいい、物理的に結合することにより密着していても、両者のあいだに存在する液体(例えば培養液、その他の等張液)を介して密着していてもよい。
キャリアの形状は、特に限定されるものではないが、例えば得られた高生着性培養細胞シートを移植する際に、キャリアの一部に移植部位と同程度もしくは移植部位より大きく切り抜いたものを利用すると、細胞シートは切り抜かれた周囲の部分だけが固定され、切り抜かれた部分にある細胞シートを移植部位に当てるだけで移植でき、好都合である。
本発明の高生着性培養細胞シートは、単層状のシートであっても良く、またそれを積層化したシートでも良い。ここで積層化シートとは、その高生着性培養細胞シートが単独若しくは別の細胞からなるシートと組み合わされた状態でも良く、例えば、上述した線維芽細胞シートと線維芽細胞シートを重ね合わせたもの、線維芽細胞細胞シートにそれ以外の細胞由来の細胞シート(例えば肺胞組織細胞シート)を重ね合わせたもの等が挙げられるが、特にこれらに限定されるものではない。その際、2種以上の異なる細胞を利用すると異なる細胞間で相互作用し合い、より高い活性の細胞シートが得られるという特徴を有する。また、その積層する位置、順番、積層回数は特に制約されるものではないが、被覆される組織に応じ、接着性の強い細胞シートを最上層に使用すること等で、積層化シートの構成を適宜変えられる。また、積層回数は10回以下が良く、好ましくは8回以下、さらに好ましくは4回以下が良い。軟骨細胞は元来栄養供給が満たされた環境でなくても生存する。しかしながら10回より多くなると積層化した中心部の細胞シートに酸素、栄養分が行き届き難くなり好ましくない。
例えば、本発明における積層化シートは、その積層方法は特に限定されるものではないが、上述したキャリアに密着した高生着性培養細胞シートを、以下のような方法:
(1)キャリアと密着した細胞シートを細胞培養培養基材に付着させ、その後培地を加えることでキャリアを細胞シートからはがし、そして更に別のキャリアと密着した細胞シートを付着させることを繰り返すことで細胞シートを重層化させる方法;
(2)キャリアと密着した細胞シートを反転させ細胞培養培養基材上でキャリア側で固定させ、細胞シート側に別の細胞シートを付着させ、その後培地を加えることでキャリアを細胞シートからはがし、再び別の細胞シートを付着させる操作を繰り返すことで細胞シートを重層化させる方法;
(3)キャリアと密着した細胞シート同士を細胞シート側で密着させる方法;
(4)キャリアと密着した細胞シートを生体の患部に当て、細胞シートを生体組織に付着させた後、キャリアをはがし、再び別の細胞シートを重ねていく方法;
などの方法を用いて作成することができる。
本発明の高生着性培養細胞シートは、移植時に、培養時に形成される細胞−基材間の基底膜様タンパク質が、ディスパーゼ、トリプシン等で代表されるタンパク質分解酵素などの酵素による破壊を受けていないことを特徴とする。このような特徴を有する培養細胞シートを作製するため、細胞の培養は温度応答性ポリマーで被覆された細胞培養基材上で行われる。
細胞培養基材の被覆に用いられる温度応答性ポリマーは、水中で上限臨界溶解温度または下限臨界溶解温度0℃〜80℃、より好ましくは20℃〜50℃を有する。上限臨界溶解温度または下限臨界溶解温度が80℃を越えると細胞が死滅する可能性があるので好ましくない。また、上限臨界溶解温度または下限臨界溶解温度が0℃より低いと一般に細胞増殖速度が極度に低下するか、または細胞が死滅してしまうため、やはり好ましくない。
本発明に用いる温度応答性ポリマーはホモポリマー、コポリマーのいずれであってもよい。このようなポリマーとしては、例えば、特開平2−211865号公報に記載されているポリマーが挙げられる。具体的には、例えば、以下のモノマーの単独重合または共重合によって得られる。使用し得るモノマーとしては、例えば、(メタ)アクリルアミド化合物、N−(若しくはN,N−ジ)アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体、またはビニルエーテル誘導体が挙げられ、コポリマーの場合は、これらの中で任意の2種以上を使用することができる。更には、上記モノマー以外のモノマー類との共重合、ポリマー同士のグラフトまたは共重合、あるいはポリマー、コポリマーの混合物を用いてもよい。また、ポリマー本来の性質を損なわない範囲で架橋することも可能である。
被覆を施される基材としては、通常の細胞培養に用いられるガラス、改質ガラス、ポリスチレン、ポリメチルメタクリレート等の化合物を初めとして、一般に形態付与が可能である物質、例えば、上記以外の高分子化合物、セラミックス類など全て用いることができる。
温度応答性ポリマーの培養基材への被覆方法は、特に制限されないが、例えば、特開平2−211865号公報に記載されている方法に従ってよい。すなわち、かかる被覆は、基材と上記モノマーまたはポリマーを、電子線照射(EB)、γ線照射、紫外線照射、プラズマ処理、コロナ処理、有機重合反応のいずれかにより、または塗布、混練等の物理的吸着等により行うことができる。
温度応答性ポリマーの被覆量は、0.5〜5.0μg/cm2の範囲が良く、好ましくは1.0〜4.0μg/cm2であり、さらに好ましくは1.2〜3.5μg/cm2である。0.5μg/cm2より少ない被覆量のとき、刺激を与えても当該ポリマー上の細胞は剥離し難く、作業効率が著しく悪くなり好ましくない。逆に5.0μg/cm2以上であると、その領域に細胞が付着し難く、細胞を十分に付着させることが困難となる。本発明における培養基材の形態は特に制約されるものではないが、例えばディッシュ、マルチプレート、フラスコ、セルインサートなどが挙げられる。
本発明における上述した細胞を培養するための培地組成は特に限定されるものではなく、これらの細胞を培養する際に通常使われているもので良い。例えば、線維芽細胞、肺胞組織細胞、心筋組織細胞、肝臓組織細胞、血管組織細胞、間葉系幹細胞、脂肪由来細胞を培養する際の培地として、α−MEM培地、F−12培地、DMEM培地、あるいはそれらの混合物に10%〜20%ウシ血清を混合したもの、あるいはそのものにさらに50μg/ml濃度でアスコルビン酸2リン酸を加えたものでも良い。
また、本発明における培養細胞シートは柔軟性に富んだものであり、この柔軟性は特定の培養条件下で細胞を培養することにより実現される。その方法としては特に限定されるものではないが、例えば培養中にサーファクタントタンパク質を添加する方法、サーファクタントタンパク質を産生する肺胞細胞を共培養させる方法、β−アミノプロピルニトリルを添加する方法、あるいはその他のコラーゲン架橋阻害剤を添加する方法が挙げられる。サーファクタントタンパク質、β−アミノプロピルニトリル、あるいはその他のコラーゲン架橋阻害剤を添加する方法の場合、その添加濃度は培地に対し10μM以上が良く、好ましくは100μM以上が良く、さらに好ましくは200μM以上が良い。10μM以下であると細胞シートに柔軟性を付与させられず、また500μM以上であると細胞シートがもはやシートの形態を保てず好ましくない。
培地温度は、基材表面に被覆された前記ポリマーが上限臨界溶解温度を有する場合はその温度以下、また前記ポリマーが下限臨界溶解温度を有する場合はその温度以上であれば特に制限されない。しかし、培養細胞が増殖しないような低温域、あるいは培養細胞が死滅するような高温域における培養が不適切であることは言うまでもない。温度以外の培養条件は、常法に従えばよく、特に制限されるものではない。例えば、使用する培地については、公知のウシ胎児血清(FCS)等の血清が添加されている培地でもよく、また、このような血清が添加されていない無血清培地でもよい。
本発明の方法において、培養した細胞を培養基材材料から剥離回収するには、培養された高生着性培養細胞シートをキャリアに密着させ、細胞の付着した培養基材の温度を培養基材の被覆ポリマーの上限臨界溶解温度以上若しくは下限臨界溶解温度以下にして、培養基材表面の被覆ポリマーの親水性の程度を増大させ、培養基材と培養細胞シートとの接着を弱めることによって、培養細胞シートをキャリアとともに剥離することができる。なお、シートを剥離することは細胞を培養していた培養液中において行うことも、その他の等張液中において行うことも可能であり、目的に合わせて選択することができる。
高生着性培養細胞シートを高収率で剥離、回収する目的で、細胞培養培養基材を軽くたたいたり、ゆらしたりする方法、更にはピペットを用いて培地を撹拌する方法等を単独で、あるいは併用して用いてもよい。加えて、必要に応じて培養細胞は等張液等で洗浄して剥離回収してもよい。
このようにして回収された本発明における高生着性培養細胞シートは、培養時から細胞シートの剥離時にディスパーゼ、トリプシン等で代表されるタンパク質分解酵素による損傷を受けていないものである。そのため、基材から剥離された高生着性培養細胞シートは、細胞−細胞間のデスモソーム構造が保持され、構造的欠陥が少なく、強度の高いものである。また、本発明のシートは培養時に形成される細胞−基材間の基底膜様タンパク質も酵素による破壊を受けていない。このことにより、移植時において患部組織と良好に接着することができ、効率良い治療を実施することができるようになる。以上のことを具体的に説明すると、トリプシン等の通常のタンパク質分解酵素を使用した場合、細胞−細胞間のデスモソーム構造及び細胞、基材間の基底膜様タンパク質等は殆ど保持されておらず、従って、細胞は個々に分かれた状態となって剥離される。その中で、タンパク質分解酵素であるディスパーゼに関しては、細胞−細胞間のデスモソーム構造については10〜60%保持した状態で剥離させることができることで知られているが、細胞−基材間の基底膜様タンパク質等を殆ど破壊してしまうため、得られる細胞シートは強度の弱いものである。これに対して、本発明の細胞シートは、デスモソーム構造、基底膜様タンパク質共に80%以上残存された状態のものであり、上述したような種々の効果を得ることができるものである。
本発明の臓器表面の漏出部表面とは、臓器表面から空気又は血液又は体液が漏出している部位であれば特に限定されるものではないが、例えば肺組織の気漏部位、肝臓組織や血管組織の血液流出部位等が挙げられる。このような臓器表面の漏出部表面に対し、例えば、本発明の高生着性培養細胞シートを被覆することにより臓器表面からの漏出を阻止することができる。その際、培養細胞シートを患部の大きさ、形状に沿って適宜切断しても良い。このように、本発明の高生着性培養細胞シートとは、生体組織である臓器表面の漏出部表面に極めて良好に付着できるものであり、従来技術からでは全く得られなかったものである。
本発明の高生着性培養細胞シートの臓器表面に対する固定方法は、特に限定されるものではなく、細胞シートと生体組織を生体内で使用可能な接着剤による接合、縫合しても良く、あるいは本発明の高生着性培養細胞シートは生体組織と速やかに生着するという特性を生かし、患部に付着させるだけでも良い。
本発明に示される高生着性培養細胞シートは、その治療対象に関して何ら制約されるものではないが、例えば肺胞組織からの気漏、肝臓組織や血管組織からの血液流出等の治療に有効である。
本発明の培養細胞シートを臓器表面への移植に使用する場合、培養細胞シートを患部に当てた後、細胞シートをキャリアからはがすことにより行うことができる。そのはがし方は、何ら制約されるものではないが、例えば、キャリアを濡らしてキャリアと細胞シートの密着性を弱めてはがす方法、あるいはメス、はさみ、レーザー光、プラズマ波などの治具を用いて培養細胞シートを切断する方法などを使用することができる。例えば上述したような一部を切り抜いたキャリアに密着した細胞シートを用いた場合、レーザー光などを用いて患部の境界線に沿って切断すると、患部以外の余計なところへの培養細胞シートの付着を避けられるため好都合である。
上述の方法により得られた高生着性培養細胞シートは、従来の方法により得られたものに比べて、剥離の際の培養細胞シートへの非侵襲性の点で極めて優れており、移植用臓器表面の漏出部膜等として臨床応用が強く期待される。特に、本発明の高生着性培養細胞シートは従来の移植シートとは異なり、生体組織との高い生着性を有するため、極めて速く生体組織に生着する。この細胞シートを用いることにより非常に高密度に標的細胞を移植することができるようになる。
また、自己の細胞を用いることから抗原性・感染性の問題を解決できる。この培養細胞の臓器表面の漏出部面への定着においては、培養細胞シートの分泌した接着分子をふくむ細胞外基質を細胞シートと同時に非侵襲的に回収して移植するため、移植細胞の臓器表面の漏出部面への早期定着にも有利に働く。以上より、本発明は患部の治療効率の向上、更には患者の負担の軽減もはかられ極めて有効な技術である。
【実施例】
以下に、本発明を実施例に基づいて更に詳しく説明するが、これらは本発明を何ら限定するものではない。
実施例1、2
市販の3.5cmφ培養皿(ベクトン・ディッキンソン・ラブウェア(Becton Dickinson Labware)社製ファルコン(FALCON)3001)上に、N−イソプロピルアクリルアミドモノマーを53%(実施例1)、54%(実施例2)になるようにイソプロピルアルコールに溶解させたものを0.07ml塗布した。0.25MGyの強度の電子線を照射し、培養皿表面にN−イソプロピルアクリルアミドポリマー(PIPAAm)を培養皿上に固定化した。照射後、イオン交換水により培養皿を洗浄し、残存モノマーおよび培養皿に結合していないPIPAAmを取り除き、クリーンベンチ内で乾燥し、エチレンオキサイドガスで滅菌することで、温度応答性ポリマーで被覆した細胞培養培養基材材料を得た。
基材表面における温度応答性ポリマー量を測定したところ、それぞれ1.7μg/cm2(実施例1)、1.9μg/cm2(実施例2)被覆されていることが分かった。GFPトランスジェニック新生仔ラットより肺を摘出し、コラゲナーゼにより細胞を分離した。培養開始3日目に上述した細胞培養培養基材材料に継代し、継代4代目に培養器材を20℃で30分間冷却することで細胞シートとして回収した。その際の培養細胞のようすを図1に示す。
回収した細胞シートを積層し、気漏閉鎖に供した。8週齢のF−344ヌードラットを腹腔内麻酔下気管内挿管後、人工呼吸器管理下に、左後側方切開、第4肋間開胸にて、肺−胸膜を約3cm切除し、分時換気量400ccで気漏を確認し、気漏モデルとした。気漏部位に2枚積層した培養細胞シートを被覆し、呼吸停止5分後に人工呼吸器を再開し、5分ごとに100cc増量し、1000ccまで増量し、細胞シートの接着程度、気漏の有無を評価した。
その結果、上記培養細胞シートは気漏部に接着し、人工呼吸器に同調して伸縮し、気漏を閉鎖していた。その際のようすを図2〜4に示す(それぞれ、図2:気漏モデルのようす、図3:気漏部位に培養細胞シートを接着させているようす、図4:培養細胞シートが気漏を閉鎖したようすをそれぞれ示す)。また、気漏部位を閉鎖した際の組織を切片化しHE及びAzan染色により組織学的評価も実施した。得られた結果を図5(HE染色)、図6(Azan染色)に示す。
いずれの結果からも被覆された培養細胞シートは気漏部組織と密着していることが分かった。培養細胞シートの組織修復材としての有用性を確認することができた。
実施例3
実施例2において培養開始3日目に細胞培養培養基材材料上で継代培養開始の際、β−アミノプロピルニトリルを250μM添加すること以外は、実施例2と同様な操作で検討進めた。β−アミノプロピルニトリルを使用した培養細胞シートは力学的に柔軟なものであった。気漏部位は閉鎖されており、培養細胞シート被覆部の拘縮も認められなかった。柔軟化させた培養細胞シートの組織修復材としての有用性を確認することができた。
実施例4
実施例2と同様に、GFPトランスジェニック新生仔ラットより肺を摘出し、コラゲナーゼにより細胞を分離した。培養開始3日目に上述した細胞培養培養基材材料に継代し、継代4代目に培養器材を20℃で30分間冷却することで細胞シートとして回収した。
回収した細胞シートを積層し、肝臓出血部の閉鎖に供した。8週齢のF−344ヌードラットを腹腔内麻酔下気管内挿管後、人工呼吸器管理下に、腹部切開、肝臓表層を約2mm切除し、出血を確認し、肝臓出血部モデルとした。出血部位に2枚積層した培養細胞シートを被覆し、細胞シートの接着程度、出血の有無を評価した。
その結果、上記培養細胞シートは肝臓出血部に接着し、出血部を閉鎖していた。その際のようすを図7、8に示す(それぞれ、図7:出血モデルのようす、図8:出血部位に培養細胞シートを接着させているようすをそれぞれ示す)。また、出血部位を閉鎖した際の移植4週後の肝臓出血部の組織を切片化しHE及びAzan染色により組織学的評価も実施した。得られた結果を図9(HE染色)、図10(Azan染色)に示す。
いずれの結果からも被覆された培養細胞シートは出血部組織と密着していることが分かった。培養細胞シートの組織修復材としての有用性を確認することができた。
実施例5
実施例1と同様に、GFPトランスジェニック新生仔ラットより肺を摘出し、コラゲナーゼにより細胞を分離した。培養開始3日目に上述した細胞培養培養基材材料に継代し、継代4代目に培養器材を20℃で30分間冷却することで細胞シートとして回収した。
回収した細胞シートを積層し、血管出血部の閉鎖に供した。8週齢のF−344ヌードラットを腹腔内麻酔下気管内挿管後、人工呼吸器管理下に、腹部切開、血管を縫合針で切除し、出血を確認し、血管出血部モデルとした。出血部位に2枚積層した培養細胞シートを被覆し、細胞シートの接着程度、出血の有無を評価した。
その結果、上記培養細胞シートは血管出血部に接着し、出血部を閉鎖していた。その際のようすを図11、12に示す(それぞれ、図11:出血モデルのようす、図12:出血部位に培養細胞シートを接着させているようすをそれぞれ示す)。
以上の結果から被覆された培養細胞シートは血管出血部組織と密着していることが分かった。培養細胞シートの組織修復材としての有用性を確認することができた。
【産業上の利用可能性】
本発明で得られる高生着性培養細胞シートは臓器表面の漏出部表面への生着性が極めて高く、柔軟性の高いものである。本発明の培養細胞シートを用いることにより臓器表層から漏出する空気又は血液又は体液を抑止することができるようなる。本発明は、肺胞組織からの気漏、肝臓組織や血管組織からの血液流出等の臨床応用が強く期待される。したがって、本発明は細胞工学、医用工学、などの医学、生物学等の分野における極めて有用な発明である。
【技術分野】
本発明は、生物学、医学等の分野における培養細胞シート、製造方法及びそれを利用した組織修復方法に関する。
【背景技術】
日本は高齢化社会を迎え、平均寿命は世界最高となっている。人々の希望は単なる延命よりも、より良く生きるというクオリティー・オブ・ライフ(QOL)に重点が置かれるようになってきた。そのような中で医療技術も飛躍的に向上し、疾患や外傷で失った臓器の再建技術も著しく向上している。そして、近年、培養細胞を用いて培養系で臓器組織を再構築し、これを移植するという再生医療が大きな注目を集めている。
そのような治療を実施するためには、組織接着剤が必要不可欠である。現在、臨床的に用いられている組織接着剤はシアノアクリレート系接着剤、ゼラチン−アルデヒド系接着剤、フィブリングル−系接着剤に大別される。シアノアクリレート系接着剤とは、シアノアクリレートモノマーの重合反応を利用した接着剤で、接着強度が強く、しかも接着速度が速い点で優れている。しかしながら、シアノアクリレート系接着剤とはもともと生体内に存在しない合成接着剤であり、硬化したポリマーの加水分解によってホルムアルデヒドが生成され、生体に対して大きな毒性を示し、治癒を阻害する。そのため、適応箇所に制約があり、中枢神経や血管に直接触れる部位には使用できない問題点があった。ゼラチン−アルデヒド系接着剤とは、生体高分子であるコラーゲンが変性したゼラチンとホルムアルデヒドやグルタルアルデヒドとの架橋反応を利用した接着剤であり、これらのものに関しても生体内に存在しない合成接着剤である。この接着剤についても接着強度は十分に高いが、有害なアルデヒド化合物を架橋剤として用いているため生体毒性を示す問題点があった。一方で、フィブリングルー系接着剤とは、血液が凝固する反応を利用した接着剤で生体由来の物質である。このものは上述したような合成接着剤ほど毒性は認められないものの、接着力が弱く、またフィブリングルー自身が生体内で代謝されるため大量に使用しなくはならない問題があった。さらに、最近になってフィブリングルーがどの生物から採られ生成されたものなのか、あるいは、そのメカニズムが血液が凝固する反応であり、従って接着剤使用部に局部的に炎症反応が起きる等の問題点も指摘されつつある。
このような中、十分に基底膜様タンパク質を有した細胞シートを提供する技術が提案されている。細胞の培養は、通常、ガラス表面上あるいは種々の処理を行った合成高分子の表面上で行われる。この目的に、例えば、ポリスチレンを材料とする表面処理、例えばγ線照射、シリコーンコーティング等を行った種々の容器等が細胞培養用容器として普及している。このような細胞培養用容器を用いて培養・増殖した細胞は、トリプシンのようなタンパク質分解酵素や化学薬品により処理することで容器表面から剥離・回収される。しかし、上述のような化学薬品処理を施して増殖した細胞を回収する場合、処理工程が煩雑になり、不純物混入の可能性が多くなること、及び増殖した細胞が化学的処理により変成若しくは損傷し細胞本来の機能が損なわれる例があること等の欠点が指摘されていた。
かかる欠点を克服するために、これまでいくつかの技術が提案されている。その中で、特に特願2001−226141号(特開2003−38170号公報)では、水に対する上限もしくは下限臨界溶解温度が0〜80℃である温度応答性ポリマーを基材表面に被覆又は補填した細胞培養培養基材上で前眼部関連細胞を培養し、必要に応じて常法により培養細胞層を重層化させ、培養基材の温度を変えるだけで培養した細胞シートを剥離させることで、十分な強度を持った細胞シートの作製が可能となった。また、この細胞シートには基底膜様タンパク質も保持しており、上述したディスパーゼ処理したものに比べ、組織への生着性も明らかに改善されている。また、国際出願公開公報WO02/08387号では温度応答性ポリマーで基材表面を被覆又は補填した細胞培養培養基材上で心筋組織の細胞を培養し、心筋様細胞シートを得、その後、培養液温度を上限臨界溶解温度以上又は下限臨界溶解温度以下とし、培養した重層化細胞シートを高分子膜に密着させ、そのまま高分子膜と共に剥離させること、及びそれを所定の方法で3次元構造化させることにより、構造欠陥の少ない、in vitroでの心筋様組織として幾つかの機能を備えた細胞シート、及び3次元構造が構築されることを見いだした。しかしながら、いずれの方法においても、細胞シートに柔軟性を付与させる検討、さらには臓器表層から漏出する空気又は血液又は体液を抑止する組織修復材としての検討は行われていなかった。このような培養細胞シートを組織接着剤として利用できれば、組織修復を受ける患者本人の細胞を利用することができ安全性も極めて高いものと考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【特許文献1】特開2003−38170号公報
【特許文献2】国際出願公開WO02/08387号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、上記のような従来技術の問題点を解決することを意図してなされたものである。すなわち、本発明は、良好な組織付着性を有し、柔軟性に富んだ培養細胞シートを提供することを目的とする。また、本発明は、その製造法、並びに臓器表層から漏出する空気又は血液又は体液を抑止する組織修復材としての利用方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、上記課題を解決するために、種々の角度から検討を加えて、研究開発を行った。その結果、温度応答性ポリマーで基材表面を被覆した細胞培養培養基材上で、線維芽細胞、肺胞組織細胞、心筋組織細胞等の細胞を培養し、その後、培養液温度を上限臨界溶解温度以上または下限臨界溶解温度以下として、培養した培養細胞シートを剥離することにより、臓器表面の空気又は血液又は体液漏出部に極めて付着性の良い高生着性培養細胞シートが得られることを見いだした。本発明はかかる知見に基づいて完成されたものである。
すなわち、本発明は、臓器表面の漏出部表面への付着性が良好な、柔軟性に富んだ高生着性培養細胞シートを提供する。
本発明の培養細胞シートは、水に対する上限もしくは下限臨界溶解温度が0〜80℃である温度応答性ポリマーで基材表面を被覆した細胞培養培養基材上で、線維芽細胞、肺胞組織細胞、心筋組織細胞、肝臓組織細胞、血管組織細胞、間葉系幹細胞、脂肪由来細胞から選択される1種類またはそれ以上の種類の細胞を培養し、その後、培養液温度を上限臨界溶解温度以上または下限臨界溶解温度以下として剥離することを特徴とする高生着性培養細胞シートの製造方法を提供する。このようにして得られた培養細胞シートは、臓器表面の漏出部表面への付着性が良好であるという特徴を有しており、本発明においては、このような付着性が良好な培養細胞シートのことを、高生着性培養細胞シートと呼ぶ場合がある。
加えて、本発明は、臓器表層から漏出する空気又は血液又は体液を抑止する治療のための培養細胞シートを提供する。
更に加えて、本発明は、肺胞組織からの気漏、肝臓組織や血管組織からの血液流出に対し、上記高生着性培養細胞シートを移植することを特徴とする治療方法を提供する。
【発明の効果】
本発明で得られる高生着性培養細胞シートは、臓器表面の漏出部表面への生着性が極めて高く、柔軟性の高いものである。本発明の培養細胞シートを用いることにより臓器表層から漏出する空気又は血液又は体液を抑止することができるようになる。したがって、本発明は細胞工学、医用工学、などの医学、生物学等の分野における極めて有用な発明である。
【図面の簡単な説明】
【図1】図1は、実施例2に示す培養10日後の肺胞細胞の培養細胞シートのようすを示すものである。
【図2】図2は、実施例2に示す気漏モデルのようすを示す写真である。
【図3】図3は、実施例2に示す気漏部位に培養細胞シートを接着させているようすを示す写真である。
【図4】図4は、実施例2に示す培養細胞シートが気漏を閉鎖したようすを示す写真である。
【図5】図5は、実施例2で気漏部位を閉鎖した際の組織を切片をHE染色して検討した結果を示す写真である。
【図6】図6は、実施例2で気漏部位を閉鎖した際の組織を切片をAzan染色して検討した結果を示す写真である。
【図7】図7は、実施例4に示す出血モデルのようすを示す写真である。
【図8】図8は、実施例4に示す培養細胞シートが出血部位を閉鎖したようすを示す写真である。
【図9】図9は、実施例4で出血部位を閉鎖した際の移植4週後の肝臓出血部の組織を切片をHE染色して検討した結果を示す写真である。
【図10】図10は、実施例4で出血部位を閉鎖した際の移植4週後の肝臓出血部の組織を切片をAzan染色して検討した結果を示す写真である。
【図11】図11は、実施例5に示す出血モデルのようすを示す写真である。
【図12】図12は、実施例5に示す培養細胞シートが出血部位を閉鎖したようすを示す写真である。
【発明を実施するための形態】
本発明は、臓器表層に対する付着性が良好でしかも柔軟性に富んだ培養細胞シートを提供する。本発明の培養細胞シートの作製に使用される好適な細胞として線維芽細胞、肺胞組織細胞、心筋組織細胞、肝臓組織細胞、血管組織細胞、間葉系幹細胞、脂肪由来細胞のいずれか1種、もしくは2種以上の細胞が混合されたものが挙げられるが、その種類は、何ら制約されるものではない。本発明において、高生着性培養細胞シートとは、上記した各種細胞が培養基材上で単層状に培養され、その後、基材より剥離されたシートを意味する。得られた細胞シートは培養時に培養基材に接していた下側面とそれとは反対側の上側面を有する。細胞を培養する際、本発明で示す水に対する上限もしくは下限臨界溶解温度が0〜80℃である温度応答性ポリマーで基材表面を被覆又は補填した細胞培養培養基材を利用すれば、細胞シート下側面に細胞が培養時に自ら産生した接着性タンパク質が豊富に存在している。
本発明における培養細胞シートは、培養細胞が産生したもの以外のコラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン等のスキャホールドを含んでいても、含まなくても良く、特に制約されるものではない。
本発明の高生着性培養細胞シートは、線維芽細胞、肺胞組織細胞、心筋組織細胞、肝臓組織細胞、血管組織細胞、間葉系幹細胞、脂肪由来細胞のいずれか1種、もしくは2種以上の細胞が混合された細胞から構成されることを特徴とする。これらの細胞は、上述した様な軟骨様組織としての形質発現を行うことができる細胞である。
本発明における高生着性培養細胞シートは、生体組織である臓器表面の漏出部表面に極めて良好に生着する。培養細胞シートの高生着性は、培養基材表面から剥離させた培養細胞シート自体が有する柔軟性および当該培養細胞シートの収縮を抑えることにより、実現される。
本発明の示すところの柔軟性とは、培養細胞シートを組織に被覆させた後、当該培養細胞シートが組織全体の動作を20%以上妨げない状態であれば良く、好ましくは10%以下、さらに好ましくは8%以下が良い。本発明における高生着性培養細胞シートは生体組織である臓器表面の漏出部表面に極めて良好に生着する。被覆する培養細胞シートが硬直な場合、組織全体の動作が20%を越え、臓器本来の機能を発揮できなくなる。
培養細胞シートの収縮の抑制に関しては、培養基材表面から剥離させた際、剥離させる培養細胞シートの収縮率はシート内の何れの方向における長さにおいても20%以下であることが望ましく、好ましくは10%以下、さらに好ましくは5%以下であることが好ましい。シートの何れかの方向の長さにおいて20%以上となると、剥離した細胞シートはたるんでしまい、その状態で生体組織に付着させても組織に密着させられず、本発明で示すところの高生着性は望めない。
培養細胞シートを収縮させない方法は、細胞シートを収縮させない限りにおいて何ら制約されるものではないが、例えば、培養基材から培養細胞シートを剥離させる際、これらの細胞シートに中心部を切り抜いたリング状のキャリアなどを密着させ、そのキャリアごと細胞シートを剥離する方法などが挙げられる。
高生着性培養細胞シートを密着させる際に使用するキャリアは、本発明の細胞シートが収縮しないように保持するための構造物であり、例えば高分子膜または高分子膜から成型された構造物、金属性治具などを使用することができる。例えば、キャリアの材質として高分子を使用する場合、その具体的な材質としてはポリビニリデンジフルオライド(PVDF)、ポリプロピレン、ポリエチレン、セルロース及びその誘導体、紙類、キチン、キトサン、コラーゲン、ウレタン等を挙げることができる。
本発明において密着という場合、細胞シートが収縮しないように、細胞シートとキャリアとの境界面において、キャリア上で細胞シートがずれたり移動したりしない状態のことをいい、物理的に結合することにより密着していても、両者のあいだに存在する液体(例えば培養液、その他の等張液)を介して密着していてもよい。
キャリアの形状は、特に限定されるものではないが、例えば得られた高生着性培養細胞シートを移植する際に、キャリアの一部に移植部位と同程度もしくは移植部位より大きく切り抜いたものを利用すると、細胞シートは切り抜かれた周囲の部分だけが固定され、切り抜かれた部分にある細胞シートを移植部位に当てるだけで移植でき、好都合である。
本発明の高生着性培養細胞シートは、単層状のシートであっても良く、またそれを積層化したシートでも良い。ここで積層化シートとは、その高生着性培養細胞シートが単独若しくは別の細胞からなるシートと組み合わされた状態でも良く、例えば、上述した線維芽細胞シートと線維芽細胞シートを重ね合わせたもの、線維芽細胞細胞シートにそれ以外の細胞由来の細胞シート(例えば肺胞組織細胞シート)を重ね合わせたもの等が挙げられるが、特にこれらに限定されるものではない。その際、2種以上の異なる細胞を利用すると異なる細胞間で相互作用し合い、より高い活性の細胞シートが得られるという特徴を有する。また、その積層する位置、順番、積層回数は特に制約されるものではないが、被覆される組織に応じ、接着性の強い細胞シートを最上層に使用すること等で、積層化シートの構成を適宜変えられる。また、積層回数は10回以下が良く、好ましくは8回以下、さらに好ましくは4回以下が良い。軟骨細胞は元来栄養供給が満たされた環境でなくても生存する。しかしながら10回より多くなると積層化した中心部の細胞シートに酸素、栄養分が行き届き難くなり好ましくない。
例えば、本発明における積層化シートは、その積層方法は特に限定されるものではないが、上述したキャリアに密着した高生着性培養細胞シートを、以下のような方法:
(1)キャリアと密着した細胞シートを細胞培養培養基材に付着させ、その後培地を加えることでキャリアを細胞シートからはがし、そして更に別のキャリアと密着した細胞シートを付着させることを繰り返すことで細胞シートを重層化させる方法;
(2)キャリアと密着した細胞シートを反転させ細胞培養培養基材上でキャリア側で固定させ、細胞シート側に別の細胞シートを付着させ、その後培地を加えることでキャリアを細胞シートからはがし、再び別の細胞シートを付着させる操作を繰り返すことで細胞シートを重層化させる方法;
(3)キャリアと密着した細胞シート同士を細胞シート側で密着させる方法;
(4)キャリアと密着した細胞シートを生体の患部に当て、細胞シートを生体組織に付着させた後、キャリアをはがし、再び別の細胞シートを重ねていく方法;
などの方法を用いて作成することができる。
本発明の高生着性培養細胞シートは、移植時に、培養時に形成される細胞−基材間の基底膜様タンパク質が、ディスパーゼ、トリプシン等で代表されるタンパク質分解酵素などの酵素による破壊を受けていないことを特徴とする。このような特徴を有する培養細胞シートを作製するため、細胞の培養は温度応答性ポリマーで被覆された細胞培養基材上で行われる。
細胞培養基材の被覆に用いられる温度応答性ポリマーは、水中で上限臨界溶解温度または下限臨界溶解温度0℃〜80℃、より好ましくは20℃〜50℃を有する。上限臨界溶解温度または下限臨界溶解温度が80℃を越えると細胞が死滅する可能性があるので好ましくない。また、上限臨界溶解温度または下限臨界溶解温度が0℃より低いと一般に細胞増殖速度が極度に低下するか、または細胞が死滅してしまうため、やはり好ましくない。
本発明に用いる温度応答性ポリマーはホモポリマー、コポリマーのいずれであってもよい。このようなポリマーとしては、例えば、特開平2−211865号公報に記載されているポリマーが挙げられる。具体的には、例えば、以下のモノマーの単独重合または共重合によって得られる。使用し得るモノマーとしては、例えば、(メタ)アクリルアミド化合物、N−(若しくはN,N−ジ)アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体、またはビニルエーテル誘導体が挙げられ、コポリマーの場合は、これらの中で任意の2種以上を使用することができる。更には、上記モノマー以外のモノマー類との共重合、ポリマー同士のグラフトまたは共重合、あるいはポリマー、コポリマーの混合物を用いてもよい。また、ポリマー本来の性質を損なわない範囲で架橋することも可能である。
被覆を施される基材としては、通常の細胞培養に用いられるガラス、改質ガラス、ポリスチレン、ポリメチルメタクリレート等の化合物を初めとして、一般に形態付与が可能である物質、例えば、上記以外の高分子化合物、セラミックス類など全て用いることができる。
温度応答性ポリマーの培養基材への被覆方法は、特に制限されないが、例えば、特開平2−211865号公報に記載されている方法に従ってよい。すなわち、かかる被覆は、基材と上記モノマーまたはポリマーを、電子線照射(EB)、γ線照射、紫外線照射、プラズマ処理、コロナ処理、有機重合反応のいずれかにより、または塗布、混練等の物理的吸着等により行うことができる。
温度応答性ポリマーの被覆量は、0.5〜5.0μg/cm2の範囲が良く、好ましくは1.0〜4.0μg/cm2であり、さらに好ましくは1.2〜3.5μg/cm2である。0.5μg/cm2より少ない被覆量のとき、刺激を与えても当該ポリマー上の細胞は剥離し難く、作業効率が著しく悪くなり好ましくない。逆に5.0μg/cm2以上であると、その領域に細胞が付着し難く、細胞を十分に付着させることが困難となる。本発明における培養基材の形態は特に制約されるものではないが、例えばディッシュ、マルチプレート、フラスコ、セルインサートなどが挙げられる。
本発明における上述した細胞を培養するための培地組成は特に限定されるものではなく、これらの細胞を培養する際に通常使われているもので良い。例えば、線維芽細胞、肺胞組織細胞、心筋組織細胞、肝臓組織細胞、血管組織細胞、間葉系幹細胞、脂肪由来細胞を培養する際の培地として、α−MEM培地、F−12培地、DMEM培地、あるいはそれらの混合物に10%〜20%ウシ血清を混合したもの、あるいはそのものにさらに50μg/ml濃度でアスコルビン酸2リン酸を加えたものでも良い。
また、本発明における培養細胞シートは柔軟性に富んだものであり、この柔軟性は特定の培養条件下で細胞を培養することにより実現される。その方法としては特に限定されるものではないが、例えば培養中にサーファクタントタンパク質を添加する方法、サーファクタントタンパク質を産生する肺胞細胞を共培養させる方法、β−アミノプロピルニトリルを添加する方法、あるいはその他のコラーゲン架橋阻害剤を添加する方法が挙げられる。サーファクタントタンパク質、β−アミノプロピルニトリル、あるいはその他のコラーゲン架橋阻害剤を添加する方法の場合、その添加濃度は培地に対し10μM以上が良く、好ましくは100μM以上が良く、さらに好ましくは200μM以上が良い。10μM以下であると細胞シートに柔軟性を付与させられず、また500μM以上であると細胞シートがもはやシートの形態を保てず好ましくない。
培地温度は、基材表面に被覆された前記ポリマーが上限臨界溶解温度を有する場合はその温度以下、また前記ポリマーが下限臨界溶解温度を有する場合はその温度以上であれば特に制限されない。しかし、培養細胞が増殖しないような低温域、あるいは培養細胞が死滅するような高温域における培養が不適切であることは言うまでもない。温度以外の培養条件は、常法に従えばよく、特に制限されるものではない。例えば、使用する培地については、公知のウシ胎児血清(FCS)等の血清が添加されている培地でもよく、また、このような血清が添加されていない無血清培地でもよい。
本発明の方法において、培養した細胞を培養基材材料から剥離回収するには、培養された高生着性培養細胞シートをキャリアに密着させ、細胞の付着した培養基材の温度を培養基材の被覆ポリマーの上限臨界溶解温度以上若しくは下限臨界溶解温度以下にして、培養基材表面の被覆ポリマーの親水性の程度を増大させ、培養基材と培養細胞シートとの接着を弱めることによって、培養細胞シートをキャリアとともに剥離することができる。なお、シートを剥離することは細胞を培養していた培養液中において行うことも、その他の等張液中において行うことも可能であり、目的に合わせて選択することができる。
高生着性培養細胞シートを高収率で剥離、回収する目的で、細胞培養培養基材を軽くたたいたり、ゆらしたりする方法、更にはピペットを用いて培地を撹拌する方法等を単独で、あるいは併用して用いてもよい。加えて、必要に応じて培養細胞は等張液等で洗浄して剥離回収してもよい。
このようにして回収された本発明における高生着性培養細胞シートは、培養時から細胞シートの剥離時にディスパーゼ、トリプシン等で代表されるタンパク質分解酵素による損傷を受けていないものである。そのため、基材から剥離された高生着性培養細胞シートは、細胞−細胞間のデスモソーム構造が保持され、構造的欠陥が少なく、強度の高いものである。また、本発明のシートは培養時に形成される細胞−基材間の基底膜様タンパク質も酵素による破壊を受けていない。このことにより、移植時において患部組織と良好に接着することができ、効率良い治療を実施することができるようになる。以上のことを具体的に説明すると、トリプシン等の通常のタンパク質分解酵素を使用した場合、細胞−細胞間のデスモソーム構造及び細胞、基材間の基底膜様タンパク質等は殆ど保持されておらず、従って、細胞は個々に分かれた状態となって剥離される。その中で、タンパク質分解酵素であるディスパーゼに関しては、細胞−細胞間のデスモソーム構造については10〜60%保持した状態で剥離させることができることで知られているが、細胞−基材間の基底膜様タンパク質等を殆ど破壊してしまうため、得られる細胞シートは強度の弱いものである。これに対して、本発明の細胞シートは、デスモソーム構造、基底膜様タンパク質共に80%以上残存された状態のものであり、上述したような種々の効果を得ることができるものである。
本発明の臓器表面の漏出部表面とは、臓器表面から空気又は血液又は体液が漏出している部位であれば特に限定されるものではないが、例えば肺組織の気漏部位、肝臓組織や血管組織の血液流出部位等が挙げられる。このような臓器表面の漏出部表面に対し、例えば、本発明の高生着性培養細胞シートを被覆することにより臓器表面からの漏出を阻止することができる。その際、培養細胞シートを患部の大きさ、形状に沿って適宜切断しても良い。このように、本発明の高生着性培養細胞シートとは、生体組織である臓器表面の漏出部表面に極めて良好に付着できるものであり、従来技術からでは全く得られなかったものである。
本発明の高生着性培養細胞シートの臓器表面に対する固定方法は、特に限定されるものではなく、細胞シートと生体組織を生体内で使用可能な接着剤による接合、縫合しても良く、あるいは本発明の高生着性培養細胞シートは生体組織と速やかに生着するという特性を生かし、患部に付着させるだけでも良い。
本発明に示される高生着性培養細胞シートは、その治療対象に関して何ら制約されるものではないが、例えば肺胞組織からの気漏、肝臓組織や血管組織からの血液流出等の治療に有効である。
本発明の培養細胞シートを臓器表面への移植に使用する場合、培養細胞シートを患部に当てた後、細胞シートをキャリアからはがすことにより行うことができる。そのはがし方は、何ら制約されるものではないが、例えば、キャリアを濡らしてキャリアと細胞シートの密着性を弱めてはがす方法、あるいはメス、はさみ、レーザー光、プラズマ波などの治具を用いて培養細胞シートを切断する方法などを使用することができる。例えば上述したような一部を切り抜いたキャリアに密着した細胞シートを用いた場合、レーザー光などを用いて患部の境界線に沿って切断すると、患部以外の余計なところへの培養細胞シートの付着を避けられるため好都合である。
上述の方法により得られた高生着性培養細胞シートは、従来の方法により得られたものに比べて、剥離の際の培養細胞シートへの非侵襲性の点で極めて優れており、移植用臓器表面の漏出部膜等として臨床応用が強く期待される。特に、本発明の高生着性培養細胞シートは従来の移植シートとは異なり、生体組織との高い生着性を有するため、極めて速く生体組織に生着する。この細胞シートを用いることにより非常に高密度に標的細胞を移植することができるようになる。
また、自己の細胞を用いることから抗原性・感染性の問題を解決できる。この培養細胞の臓器表面の漏出部面への定着においては、培養細胞シートの分泌した接着分子をふくむ細胞外基質を細胞シートと同時に非侵襲的に回収して移植するため、移植細胞の臓器表面の漏出部面への早期定着にも有利に働く。以上より、本発明は患部の治療効率の向上、更には患者の負担の軽減もはかられ極めて有効な技術である。
【実施例】
以下に、本発明を実施例に基づいて更に詳しく説明するが、これらは本発明を何ら限定するものではない。
実施例1、2
市販の3.5cmφ培養皿(ベクトン・ディッキンソン・ラブウェア(Becton Dickinson Labware)社製ファルコン(FALCON)3001)上に、N−イソプロピルアクリルアミドモノマーを53%(実施例1)、54%(実施例2)になるようにイソプロピルアルコールに溶解させたものを0.07ml塗布した。0.25MGyの強度の電子線を照射し、培養皿表面にN−イソプロピルアクリルアミドポリマー(PIPAAm)を培養皿上に固定化した。照射後、イオン交換水により培養皿を洗浄し、残存モノマーおよび培養皿に結合していないPIPAAmを取り除き、クリーンベンチ内で乾燥し、エチレンオキサイドガスで滅菌することで、温度応答性ポリマーで被覆した細胞培養培養基材材料を得た。
基材表面における温度応答性ポリマー量を測定したところ、それぞれ1.7μg/cm2(実施例1)、1.9μg/cm2(実施例2)被覆されていることが分かった。GFPトランスジェニック新生仔ラットより肺を摘出し、コラゲナーゼにより細胞を分離した。培養開始3日目に上述した細胞培養培養基材材料に継代し、継代4代目に培養器材を20℃で30分間冷却することで細胞シートとして回収した。その際の培養細胞のようすを図1に示す。
回収した細胞シートを積層し、気漏閉鎖に供した。8週齢のF−344ヌードラットを腹腔内麻酔下気管内挿管後、人工呼吸器管理下に、左後側方切開、第4肋間開胸にて、肺−胸膜を約3cm切除し、分時換気量400ccで気漏を確認し、気漏モデルとした。気漏部位に2枚積層した培養細胞シートを被覆し、呼吸停止5分後に人工呼吸器を再開し、5分ごとに100cc増量し、1000ccまで増量し、細胞シートの接着程度、気漏の有無を評価した。
その結果、上記培養細胞シートは気漏部に接着し、人工呼吸器に同調して伸縮し、気漏を閉鎖していた。その際のようすを図2〜4に示す(それぞれ、図2:気漏モデルのようす、図3:気漏部位に培養細胞シートを接着させているようす、図4:培養細胞シートが気漏を閉鎖したようすをそれぞれ示す)。また、気漏部位を閉鎖した際の組織を切片化しHE及びAzan染色により組織学的評価も実施した。得られた結果を図5(HE染色)、図6(Azan染色)に示す。
いずれの結果からも被覆された培養細胞シートは気漏部組織と密着していることが分かった。培養細胞シートの組織修復材としての有用性を確認することができた。
実施例3
実施例2において培養開始3日目に細胞培養培養基材材料上で継代培養開始の際、β−アミノプロピルニトリルを250μM添加すること以外は、実施例2と同様な操作で検討進めた。β−アミノプロピルニトリルを使用した培養細胞シートは力学的に柔軟なものであった。気漏部位は閉鎖されており、培養細胞シート被覆部の拘縮も認められなかった。柔軟化させた培養細胞シートの組織修復材としての有用性を確認することができた。
実施例4
実施例2と同様に、GFPトランスジェニック新生仔ラットより肺を摘出し、コラゲナーゼにより細胞を分離した。培養開始3日目に上述した細胞培養培養基材材料に継代し、継代4代目に培養器材を20℃で30分間冷却することで細胞シートとして回収した。
回収した細胞シートを積層し、肝臓出血部の閉鎖に供した。8週齢のF−344ヌードラットを腹腔内麻酔下気管内挿管後、人工呼吸器管理下に、腹部切開、肝臓表層を約2mm切除し、出血を確認し、肝臓出血部モデルとした。出血部位に2枚積層した培養細胞シートを被覆し、細胞シートの接着程度、出血の有無を評価した。
その結果、上記培養細胞シートは肝臓出血部に接着し、出血部を閉鎖していた。その際のようすを図7、8に示す(それぞれ、図7:出血モデルのようす、図8:出血部位に培養細胞シートを接着させているようすをそれぞれ示す)。また、出血部位を閉鎖した際の移植4週後の肝臓出血部の組織を切片化しHE及びAzan染色により組織学的評価も実施した。得られた結果を図9(HE染色)、図10(Azan染色)に示す。
いずれの結果からも被覆された培養細胞シートは出血部組織と密着していることが分かった。培養細胞シートの組織修復材としての有用性を確認することができた。
実施例5
実施例1と同様に、GFPトランスジェニック新生仔ラットより肺を摘出し、コラゲナーゼにより細胞を分離した。培養開始3日目に上述した細胞培養培養基材材料に継代し、継代4代目に培養器材を20℃で30分間冷却することで細胞シートとして回収した。
回収した細胞シートを積層し、血管出血部の閉鎖に供した。8週齢のF−344ヌードラットを腹腔内麻酔下気管内挿管後、人工呼吸器管理下に、腹部切開、血管を縫合針で切除し、出血を確認し、血管出血部モデルとした。出血部位に2枚積層した培養細胞シートを被覆し、細胞シートの接着程度、出血の有無を評価した。
その結果、上記培養細胞シートは血管出血部に接着し、出血部を閉鎖していた。その際のようすを図11、12に示す(それぞれ、図11:出血モデルのようす、図12:出血部位に培養細胞シートを接着させているようすをそれぞれ示す)。
以上の結果から被覆された培養細胞シートは血管出血部組織と密着していることが分かった。培養細胞シートの組織修復材としての有用性を確認することができた。
【産業上の利用可能性】
本発明で得られる高生着性培養細胞シートは臓器表面の漏出部表面への生着性が極めて高く、柔軟性の高いものである。本発明の培養細胞シートを用いることにより臓器表層から漏出する空気又は血液又は体液を抑止することができるようなる。本発明は、肺胞組織からの気漏、肝臓組織や血管組織からの血液流出等の臨床応用が強く期待される。したがって、本発明は細胞工学、医用工学、などの医学、生物学等の分野における極めて有用な発明である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
β−アミノプロピルニトリルを用いずに製造された、気漏部組織表面への良好な付着性を有し、柔軟性に富んだ培養細胞シートであって、当該培養細胞シートは線維芽細胞、肺胞組織細胞、心筋組織細胞、肝臓組織細胞、血管組織細胞、間葉系幹細胞、脂肪由来細胞のいずれか1種、もしくは2種以上の細胞が混合されたものからなり、かつ、当該培養細胞シートは臓器表層を拘縮させることなく気漏抑止用に使用される、前記培養細胞シート。
【請求項2】
培養細胞シートが積層化されたものである、請求項1記載の培養細胞シート。
【請求項3】
柔軟性が、培養細胞シートを組織に被覆させた後、当該培養細胞シートが組織全体の動作を20%以上妨げないものである、請求項1または2記載の培養細胞シート。
【請求項4】
柔軟性がサーファクタントタンパク質によるものである、請求項1〜3のいずれか1項記載の培養細胞シート。
【請求項5】
治療が当該培養細胞シートを気漏部組織表面に対し被覆することを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項記載の培養細胞シート。
【請求項6】
治療が気漏である、請求項1〜5のいずれか1項記載の培養細胞シート。
【請求項7】
患部表面に被覆する際、患部の大きさ、形状に沿って切断された、請求項1〜6のいずれか1項記載の培養細胞シート。
【請求項8】
水に対する上限もしくは下限臨界溶解温度が0〜80℃である温度応答性ポリマーで基材表面を被覆した細胞培養支持体上で線維芽細胞、肺胞組織細胞、心筋組織細胞、肝臓組織細胞、血管組織細胞、間葉系幹細胞、脂肪由来細胞のいずれか1種、もしくは2種以上の細胞が混合されたものをβ−アミノプロピルニトリルを使用せずに培養し、
(1)培養液温度を上限臨界溶解温度以上または下限臨界溶解温度以下とし、
(2)培養した培養細胞を1枚のシートとして剥離する
ことを特徴とする、臓器表層を拘縮させることなく気漏抑止用に使用される培養細胞シートの製造方法。
【請求項9】
当該培養細胞シートを積層化することを特徴とする、請求項8記載の培養細胞シートの製造方法。
【請求項10】
温度応答性ポリマーが、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)である、請求項8、9のいずれか1項記載の培養細胞シートの製造方法。
【請求項11】
剥離がタンパク質分解酵素による処理が施されていない、請求項8〜10のいずれか1項記載の培養細胞シートの製造方法。
【請求項12】
空気が漏出するヒト以外の動物の臓器表層患部に対する移植用の、請求項1〜7のいずれか1項記載の培養細胞シート。
【請求項13】
移植方法が臓器患部表層に対し被覆することを特徴とする、請求項12記載の培養細胞シート。
【請求項14】
臓器患部表層に被覆する際、当該培養細胞シートを患部の大きさ、形状に沿って切断することを特徴とする、請求項12または13記載の培養細胞シート。
【請求項15】
治療が肺胞組織からの気漏であることを特徴とする、請求項12〜14のいずれか1項に記載の培養細胞シート。
【請求項1】
β−アミノプロピルニトリルを用いずに製造された、気漏部組織表面への良好な付着性を有し、柔軟性に富んだ培養細胞シートであって、当該培養細胞シートは線維芽細胞、肺胞組織細胞、心筋組織細胞、肝臓組織細胞、血管組織細胞、間葉系幹細胞、脂肪由来細胞のいずれか1種、もしくは2種以上の細胞が混合されたものからなり、かつ、当該培養細胞シートは臓器表層を拘縮させることなく気漏抑止用に使用される、前記培養細胞シート。
【請求項2】
培養細胞シートが積層化されたものである、請求項1記載の培養細胞シート。
【請求項3】
柔軟性が、培養細胞シートを組織に被覆させた後、当該培養細胞シートが組織全体の動作を20%以上妨げないものである、請求項1または2記載の培養細胞シート。
【請求項4】
柔軟性がサーファクタントタンパク質によるものである、請求項1〜3のいずれか1項記載の培養細胞シート。
【請求項5】
治療が当該培養細胞シートを気漏部組織表面に対し被覆することを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項記載の培養細胞シート。
【請求項6】
治療が気漏である、請求項1〜5のいずれか1項記載の培養細胞シート。
【請求項7】
患部表面に被覆する際、患部の大きさ、形状に沿って切断された、請求項1〜6のいずれか1項記載の培養細胞シート。
【請求項8】
水に対する上限もしくは下限臨界溶解温度が0〜80℃である温度応答性ポリマーで基材表面を被覆した細胞培養支持体上で線維芽細胞、肺胞組織細胞、心筋組織細胞、肝臓組織細胞、血管組織細胞、間葉系幹細胞、脂肪由来細胞のいずれか1種、もしくは2種以上の細胞が混合されたものをβ−アミノプロピルニトリルを使用せずに培養し、
(1)培養液温度を上限臨界溶解温度以上または下限臨界溶解温度以下とし、
(2)培養した培養細胞を1枚のシートとして剥離する
ことを特徴とする、臓器表層を拘縮させることなく気漏抑止用に使用される培養細胞シートの製造方法。
【請求項9】
当該培養細胞シートを積層化することを特徴とする、請求項8記載の培養細胞シートの製造方法。
【請求項10】
温度応答性ポリマーが、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)である、請求項8、9のいずれか1項記載の培養細胞シートの製造方法。
【請求項11】
剥離がタンパク質分解酵素による処理が施されていない、請求項8〜10のいずれか1項記載の培養細胞シートの製造方法。
【請求項12】
空気が漏出するヒト以外の動物の臓器表層患部に対する移植用の、請求項1〜7のいずれか1項記載の培養細胞シート。
【請求項13】
移植方法が臓器患部表層に対し被覆することを特徴とする、請求項12記載の培養細胞シート。
【請求項14】
臓器患部表層に被覆する際、当該培養細胞シートを患部の大きさ、形状に沿って切断することを特徴とする、請求項12または13記載の培養細胞シート。
【請求項15】
治療が肺胞組織からの気漏であることを特徴とする、請求項12〜14のいずれか1項に記載の培養細胞シート。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2013−81791(P2013−81791A)
【公開日】平成25年5月9日(2013.5.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−268765(P2012−268765)
【出願日】平成24年11月20日(2012.11.20)
【分割の表示】特願2007−505958(P2007−505958)の分割
【原出願日】平成18年2月28日(2006.2.28)
【出願人】(501345220)株式会社セルシード (39)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年5月9日(2013.5.9)
【国際特許分類】
【出願日】平成24年11月20日(2012.11.20)
【分割の表示】特願2007−505958(P2007−505958)の分割
【原出願日】平成18年2月28日(2006.2.28)
【出願人】(501345220)株式会社セルシード (39)
【Fターム(参考)】
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