説明

塗料組成物

【課題】風力発電機、石油・ガス・化学プラントの備蓄タンク、船舶・港湾施設等の防錆・防食仕上げ塗装に適した無機質系の塗料組成物を提供する。
【解決手段】アルコキシシラン化合物からなる主剤と、有機酸およびアルコール系溶剤を含有する添加剤とからなり、主剤の含有量(X)に対する有機酸の含有量(Y)の割合(Y/X)が4〜9重量%である構成とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主として鉄鋼表面を防錆・防食塗装する際に用いられる塗料組成物に関し、例えば、風力発電機、石油・ガス・化学プラントの備蓄タンク、船舶・港湾施設等の防錆・防食仕上げ塗装や、補修工事の際の錆止め塗装で使用される塗料組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に鉄鋼部材で形成される構造物の表面には必要に応じて錆止め塗装が施される。中でも、特に厳しい環境に曝される大型の風力発電設備や石油備蓄タンク等の構造物の鉄鋼表面に対しては、塗料を通常よりも厚く塗って長期間の防錆、防食を図る、いわゆる重防食塗装が施される。この種の重防食塗装を例えば被塗物である構造物の補修工事において行う場合、一般的には下地調整として2種ケレンまたは3種ケレンにより被塗物表面の錆等をあらかじめ除去した上で塗装(錆止め塗装)を施し、その上から下塗塗装、中塗塗装、上塗塗装(仕上げ塗装)を施していた。
【0003】
このような場合に使用される錆止め用の塗料としては、例えば鉛丹錆止め塗料、亜酸化鉛錆止め塗料、シアナミド鉛錆止め塗料、ジンクリッチペイント(高濃度亜鉛末錆止め塗料)、ジンククロメート錆止め塗料、鉛酸カルシウム錆止め塗料等の無機質系の塗料や、エポキシ樹脂、ポリウレタン樹脂等の樹脂を主体(塗膜形成成分)とする有機質系の塗料などが知られている。
【0004】
一方、本願出願人は、鉄筋等の錆の発生を効果的に防止ないし抑制できる組成物として、ビスフェノールA型エポキシ樹脂(主剤)とアミン系硬化剤とからなる系に、有機酸とリン酸イオンなどを含有した添加剤を所定の割合で配合してなる錆転換型のエポキシ樹脂系組成物を提案した(特許文献1)。これによれば、当該組成物に含まれているリン酸イオンが鉄筋等の表面に作用して、腐食抑制効果のあるリン酸塩系無機皮膜を作るのみならず、同組成物中の有機酸が腐食部分の錆(赤錆:Fe23 )中に浸透して、その錆を黒錆(マグネタイト:Fe34 )等の化学的に安定な化合物に変えてしまうので、鉄筋部分等の腐食を強力に抑制ないし防止することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平10−182796号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記錆転換型のエポキシ樹脂系組成物は、鉄鋼−コンクリート系等の複合系におけるクラック部等の補修剤ないしシール剤を主たる用途としたものであるため、先に述べたような風力発電設備や石油備蓄タンク等の構造物の鉄鋼表面に対する錆止め塗料あるいは防錆・防食仕上げ用の塗料として用いるには、次のような点が問題となっていた。すなわち、(a)紫外線に対する耐候性などが十分でない、(b)主剤と硬化剤の二液混合の熱硬化型であるので可使時間が短い(つまり、二液の混合後、比較的短時間で硬化してしまう)、(c)塗布時に塗料が塗布層の内側から硬化し外側は後から硬化するため垂直面に塗布すると垂れが生じるおそれがある、(d)二液を混合しなければならない分だけ一液タイプのものに比べて手間が掛かる、(e)二液混合硬化型のためスプレーガンの使用が難しい、などの点である。
【0007】
一方、無機質系の錆止め塗料においては、一般に、耐候性、耐熱性、付着性、耐水性、耐海水性などが有機質系のものに比べて優れるという特徴があるが、鉛等の重金属が含まれているため、それらによって作業環境や周辺の環境が汚染されないよう別途対策を施す必要がある。
【0008】
また、塗膜形成成分である樹脂に対する溶解性の強い溶剤を多量に含んだ塗料では、塗膜硬化反応時に溶剤が蒸発して純塗膜分の収縮を起こしたり、溶剤が旧塗膜を溶解させたりしやすいことから、素地と旧塗膜との間の剥離、いわゆるリフティングを招来しやすいという問題があった。もちろん、キシレンやトルエン等の有機溶剤を使用している場合には、この種の有機溶剤によって作業者の健康が害されるおそれもあった。
【0009】
さらに、従来の無機質系あるいは有機質系の錆止め塗料等を用いた重防食塗装での補修工事では、上述したように、所要の防錆・防食効果を得るために比較的多くの作業工程(例えば、2種ケレンまたは3種ケレン→錆止め塗装→下塗塗装→中塗塗装→上塗塗装という工程)を経る必要があった。
【0010】
本発明は、上記のような問題に対処するもので、主として下記のごとき特性を有する防錆・防食用の塗料組成物を提供することを目的とする。
【0011】
(1)上記錆転換型のエポキシ樹脂系組成物(特許文献1)と同様の優れた錆転換機能を有しながらも上述した(a)〜(e)のような弱点が無いこと。
(2)重金属や有機溶剤による作業環境や周辺環境の汚染の心配がないこと。
(3)耐候性、耐熱性、付着性、耐水性、耐海水性等の性能が優れていること。
(4)防錆・防食仕上げ塗装、重防食塗装、補修工事等において作業工程・作業時間の短縮化、ケレン作業の簡素化等が図れること。
(5)塗膜の硬化時に旧塗膜のリフティングを起こさないこと。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的達成のため、本発明に係る防錆・防食用の塗料組成物は、アルコキシシラン化合物からなる主剤と、有機酸およびアルコール系溶剤を含有する添加剤とからなり、主剤の含有量(X)に対する有機酸の含有量(Y)の割合(Y/X)が4.3〜9.0重量%であることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明の塗料組成物によれば、以下のような効果が得られる。
(1)処理対象の鋼材表面にシラン結合を有する無機質系の塗膜、すなわち高耐候性、高耐熱性、付着性、耐薬品性、耐水性、耐塩水性等の塗膜物性に優れた塗膜を形成できる。
【0014】
(2)鋼材表面の錆層に浸透し、その部分の赤錆(Fe23 )を化学的に安定な黒錆(マグネタイト:Fe34 )に変えてしまうので、従来の錆止め塗料と比べて長期にわたって防食機能を発揮しうる塗膜、すなわち防食性能に優れた塗膜を形成できる。
【0015】
(3)簡単なケレン程度で付着性と防錆性を発揮する無機質系の塗膜(シロキサン結合によりポリマー化した塗膜)を形成でき、従来の錆止め塗料等を用いた場合に比べると、より少ない工程で防錆・防食のための塗装作業を完了することができる。
【0016】
(4)成分中に鉛、クロム等の重金属や、キシレン、トルエン等の有機溶剤を含んでいないので、これらによる作業環境の汚染や悪化等を考慮する必要がなく、作業環境を安全に保つことができる。また、下地調整としての錆取り作業も従来よりも簡単化されるので、粉塵の飛散による環境の悪化も回避することができる。
【0017】
(5)従来の有機質系等の塗料は、通常、作業性(ハンドリング)を良くするために樹脂に対する溶解性が強い溶剤を多量に含んでおり、結果的に素地−旧塗膜間のリフティング現象を引き起こしていたが、本発明の塗料組成物はそのような溶剤を含有しないので、リフティング現象を生じさせることがない。
【0018】
(6)塗布手段としてスプレーガンを使用することができるので、スプレーガンの使用が困難な二液硬化型塗料等を用いた場合と比べると塗装作業を効率的に行える。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明を特定する事項等について更に具体的に説明する。
【0020】
(1)主剤
主剤にはアルコキシシラン化合物を使用する。主剤(アルコキシシラン化合物)の含有量(X)は、上述のように有機酸の含有量(Y)との割合(Y/X)が4〜9重量%となる範囲内で、当該塗料組成物全体の78〜92重量%であるのが好ましい。主剤の含有量がこれよりも少ないと、硬化不良が生じたり無機質塗料としての性能が低下したりし、またこれより多いと、錆処理能力が低下するおそれがある。より好ましい主剤の含有量は当該塗料組成物全体の84〜92重量%である。
【0021】
本発明において主剤として使用するアルコキシシラン化合物は、アルコキシシラン(−Si(OR)n、n:1〜3の整数、R:メチル基またはエチル基)を有する化合物である。アルコキシシラン化合物を使用するのは、空気中の水分等により加水分解してシラノール基(−Si(OH)n、n:1〜3の整数)を生成し、このシラノール基の脱水縮合反応によりシロキサン結合(−Si−O−Si−)を形成して、最終的には鋼材表面にポリシロキサンからなる高耐候性塗膜が形成されるからである。
【0022】
アルコキシシラン化合物としては、例えば、メチルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、メチルトリイソプロポキシシラン、エチルトリエトキシシラン、ブチルトリメトキシシラン、ジメチルジメトキシシラン、ジメチルジエトキシシラン、テトラメトキシシラン、テトラエトキシシラン、テトライソプロポキシシランなどが挙げられる。
【0023】
(2)添加剤
添加剤としては、少なくとも有機酸およびアルコール系溶剤を使用する。これ以外にも、必要に応じて下記のようなリン酸イオンやアルコール系溶剤、さらには顔料(例えばアルミニウム粉末)などを使用することができる。
【0024】
《有機酸》
本発明において、有機酸は、鋼材腐食部の錆の成長を止めるべく、赤錆を安定な黒錆に転換する機能をもつとともに、鋼材表面と反応して有機酸−鉄系の皮膜を形成する機能があるという点で、特に重要である。有機酸としてはタンニン酸を使用するのが好ましいが、フィチン酸やカルボン酸(例えば、没食子酸、クエン酸、酒石酸等)も使用可能である。
【0025】
有機酸の含有量(Y)は、主剤(アルコキシシラン化合物)の含有量(X)に対して4.3〜9.0%重量である。これよりも含有量が多いと溶解しにくくなるとともにコストアップとなり、少ないと鋼材表面に対する反応性が低下し、十分な耐候性や付着性を確保できないおそれがある。好ましくは、4.5〜8.5重量%、更に好ましくは5.6〜7.0重量%である。これらの場合において、有機酸の含有量(Y)は、当該塗料組成物全体の4〜7重量%とするのが望ましい。
【0026】
《リン酸イオン》
リン酸イオンは、鋼材表面をエッチングするためのもので、例えば正リン酸や重合リン酸として、あるいはリン酸ナトリウム、リン酸カルシウム、リン酸亜鉛等のリン酸塩の状態で添加することができる。リン酸イオンと鋼材との反応は次の通りである。
Fe+2H3 PO4 →Fe(H2 PO42 +H2
この反応により、鋼材表面と本発明の塗料組成物との界面におけるpHが上昇し、鋼材表面にリン酸塩系無機皮膜が形成される。
【0027】
リン酸イオンの含有量は、当該塗料組成物の全量を100%とした場合に、0.5〜1重量%とするのが良い。これよりも含有量が多すぎると臭いが強くなって作業性が損なわれるおそれがあり、少なすぎると鋼材表面に対する反応性(エッチング効果)が低下する。なお、特にエッチングを必要としない場合にはリン酸イオンは含有させなくてもよい。
【0028】
《アルコール系溶剤》
アルコール系溶剤は、主として、有機酸が主剤(アルコキシシラン化合物)に対して良好に混ざるようにする目的で使用する。アルコール系溶剤としてはイソプロピルアルコールを使用するのが好ましいが、それ以外にも例えばメタノール、エタノール、プロパノール等を用いることができる。アルコール系溶剤の含有量は、上記有機酸の含有量の1〜2倍とするのが良い。これよりもアルコール系溶剤の含有量が多いとその分だけ有機酸あるいは主剤の含有量が少なくなり、少ないと有機酸が溶解しにくくなる。
【0029】
《顔料》
顔料としては、例えばアルミニウム粉末、チタン粉末、酸化亜鉛粉末や、他の着色顔料等を必要に応じて添加することができる。
【0030】
(3)用途
本発明に係る塗料組成物の主な用途を下記に列挙する。
・大型風力発電設備、石油、ガス、化学プラント等の鋼構造物の防食。
・送電用鉄塔や発電所の鋼構造物の防食。
・橋梁、工場、体育館等の金属屋根の防食。
・溶融亜鉛メッキの補修。
・船舶、港湾施設等の塩害からの防食。
・耐候性鋼材の錆安定。
【0031】
例えば、重防食塗装における構造物の補修工事の場合、従来は下地調整として2種ケレンまたは3種ケレンにより被塗物表面の錆等をあらかじめ除去した上で塗装(錆止め塗装)を施し、その上から下塗塗装、中塗塗装、上塗塗装(仕上げ塗装)を施すのが一般的であった。
【0032】
しかし、本発明の塗料組成物を用いれば、まず下地処理として簡単な3種ケレン(全面に工具をあて、劣化塗膜を除去し、鉄素地面の浮き錆はワイヤーブラシで除去する程度とし、油分およびホコリは十分除去する)を行った上で当該塗料組成物を塗布し、その後に上塗塗装を行うだけでよい。すなわち、所要の防錆・防食効果を確保するために従来一般的に必要であった下塗塗装や中塗塗装を省略することができる。これは、上述したように本発明塗料組成物の主剤を構成しているアルコキシシラン化合物が空気中の水分等により加水分解し、その結果生成されるシラノール基の脱水縮合反応によりシロキサン結合(−Si−O−Si−)が形成され、最終的には鋼材表面に無機質系の高耐候性塗膜が形成されること、および、添加剤である有機酸が、鋼材腐食部の錆の成長を止めるべく、赤錆を安定な黒錆に転換し、かつ、鋼材表面と反応して有機酸−鉄系の皮膜を形成することによる。
【0033】
上記は重防食塗装作業の例であるため上塗塗装を行う場合について説明したが、上塗塗装を特に必要としない場合には、これを省略することができる。その場合は、本発明の塗料組成物を被塗部分に一回塗布するだけで、錆の処理から仕上げまでの作業が済むことになる。
【実施例】
【0034】
本発明の実施例および比較例として、表1に示す組成を有する塗料組成物を用いて塗料を作製した。表1中の各成分の数字は重量%を示す。
【0035】
【表1】

【0036】
表面の塗装部分に錆(赤錆:Fe23 )が発生している劣化した鉄鋼部材(溶融亜鉛メッキ鋼材)を試験片として用い、まず下地処理として簡単な3種ケレン程度を行って塗面の浮き錆、油分、ホコリ等を充分に除去した。その上で、試験片の表面に上記塗料を塗布(150g/m2 塗付)し一定時間乾燥させて乾燥膜厚65μmの塗膜を形成した。
【0037】
上記のようにして作製した試験片の塗膜の防食性能を調べるために、JIS K5600に準じて、塩水噴霧を1000時間実施した(塩水噴霧試験)。塩水噴霧750時間後と塩水噴霧1000時間後の2回にわたって試験片の表面状態を目視により調べ、それぞれ、赤錆が全く発生していないものを「◎」、赤錆の発生が認められるもののその比率ないし面積は僅かであるもの「○」、比較的広範囲にわたって赤錆の発生が認められるもの「×」として評価した。評価結果を表1にまとめて示す。
【0038】
表1を見ると、塩水噴霧750時間後の状態では比較例1・5・7の場合しか赤錆が発生していないが、塩水噴霧1000時間後の状態では全ての比較例1〜7において赤錆が比較的多く発生していることがわかる。これに対して、本発明の実施例1〜15によれば、塩水噴霧750時間後の状態ではいずれも赤錆は発生しておらず、塩水噴霧1000時間後においても赤錆の発生が無いか、あっても比較例1〜7に比べて量的に少ないことが分かる。こうして本発明の各実施例に係る塗料組成物によれば、比較的長期にわたって防食機能を発揮しうる塗膜を形成できることが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
主として鉄鋼表面に対する防錆・防食用の塗料組成物であって、
アルコキシシラン化合物からなる主剤と、有機酸およびアルコール系溶剤を含有する添加剤とからなり、
主剤の含有量(X)に対する有機酸の含有量(Y)の割合(Y/X)が4〜9重量%であることを特徴とする塗料組成物。
【請求項2】
有機酸の含有量(Y)は当該塗料組成物全体の4〜7重量%である、請求項1記載の記載の塗料組成物。
【請求項3】
主剤の含有量(X)は当該塗料組成物全体の84〜92重量%である、請求項1記載の記載の塗料組成物。
【請求項4】
有機酸はタンニン酸である、請求項1ないし3のいずれかに記載の塗料組成物。
【請求項5】
前記有機酸およびアルコール系溶剤以外の添加剤成分としてリン酸イオンが含まれており、その含有量が当該塗料組成物全体の0.5〜1.0重量%である、請求項1ないし4のいずれかに記載の塗料組成物。

【公開番号】特開2011−32343(P2011−32343A)
【公開日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−178873(P2009−178873)
【出願日】平成21年7月31日(2009.7.31)
【出願人】(591074390)
【出願人】(505179018)
【出願人】(509218191)
【Fターム(参考)】