説明

子宮体癌の診断方法

【課題】正常子宮内膜 、並びに子宮体癌(高分化型・低分化型)を対象として糖蛋白糖鎖発現を網羅的に分析し、それぞれに特徴的に発現する糖鎖を探索し、細胞表層に存在する特定の糖蛋白糖鎖の発現を分析することによる子宮体癌の診断方法を提供すること。
【解決手段】試料中の糖蛋白糖鎖の構造を指標として、子宮体癌を診断又は判定する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、子宮体癌の診断方法に関する。より詳細には、本発明は、細胞表層に存在する特定の糖蛋白糖鎖の発現を分析することによる子宮体癌の診断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞表層に存在する糖鎖は、発生・分化・再生・免疫・感染など様々な生命現象に関与している。さらに糖鎖の構造多様性や特定の糖鎖の発現比率は、発生段階の分化の程度に応じて変化することが知られている。糖鎖プロファイリング技術により、あらゆる細胞の糖鎖構造の差異や、変動過程を比較定量的にモニタリングすることができれば、上記生命現象のメカニズムの解明を通じて、基礎研究分野への一助となる。また癌化などの疾病に伴う糖鎖構造変化も多く報じられている。このような糖鎖の構造変化を見出し、変化した糖鎖・糖タンパク質を同定することができれば、診断マーカー(糖鎖マーカー)の探索の糸口となりうる。また、薬物投与における糖鎖関連マーカーの発現変動をモニタリングすることによって、薬効を査定できる可能性もある。この技術は糖鎖生物学や細胞生物学などの基礎研究分野への利用に留まらず、創薬研究への応用展開も期待できる。
【0003】
一方、レクチンは、糖鎖を認識して結合するタンパク質の総称である。レクチンは、動植物から細菌まで広く分布している。糖鎖の構造解析のための手法としては、質量分析や液体クロマトグラフィーのほか、レクチンを利用した糖鎖プロファイリングが使用されている。レクチンを利用した糖鎖プロファイリングでは、糖鎖に結合するレクチンの種類を分析することによって、糖鎖の構造上の特徴を分析することができる。例えば、複数種のレクチンを担体上に固定したレクチンアレイに、蛍光標識した糖蛋白質をスポットし、レクチンアレイと糖蛋白質を相互作用させると、糖鎖が結合したレクチンが発光するので、この画像を解析することにより、糖蛋白質の構造を分析することができる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Kuno A et al(2005) Evanescent-field fluorescence-assisted lectin microarray: a new strategy for glycan profiling. Nat Methods 2:851-856.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
細胞膜上を覆っている糖蛋白糖鎖あるいは糖脂質糖鎖は細胞相互の認識や分化などの機能に関与し、生殖医学や腫瘍学においても注目を集めている物質である。本発明者らは、これまでに、子宮体癌の糖脂質を分析し、高分化型体癌で硫酸化糖脂質が特徴的に発現しており、癌の分化に関与している可能性を調べてきた。本発明では、正常子宮内膜 、並びに子宮体癌(高分化型・低分化型)を対象として糖蛋白糖鎖発現を網羅的に分析し、それぞれに特徴的に発現する糖鎖を探索し、細胞表層に存在する特定の糖蛋白糖鎖の発現を分析することによる子宮体癌の診断方法を提供することを解決すべき課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討し、材料として体癌由来培養細胞、摘出標本から採取した子宮内膜、体癌組織を使用し、上記培養細胞及び組織より抽出した膜蛋白質を蛍光標識し糖鎖を認識するレクチン40種類を固層化したレクチンアレイを用いて糖鎖プロファイルの解析を行い、体癌由来培養細胞(高分化型・低分化型)、正常子宮内膜及び体癌(高分化型・低分化型)での比較を行った。その結果、UEA-1(αFucose認識)、SSAとSNA(シアル酸認識)、BPLとACA(βGalac tose認識)にて認識される糖蛋白質発現に関して高分化型体癌由来細胞と低分化型細胞の間で違いが認められ、同レクチンを用いることで正常子宮内膜、体癌(高分化型・低分化型)を識別することが可能であることを見出した。本発明はこれらの知見に基づいて完成したものである。
【0007】
即ち、本発明によれば、以下の発明が提供される。
(1) 試料中の糖蛋白糖鎖の構造を指標として、子宮体癌を診断又は判定する方法。
(2) 試料中の糖蛋白糖鎖の構造を、レクチンとの結合性に基づいて解析する、(1)に記載の方法。
(3) レクチンが、UEA-1(αFucose認識)、SSA及び/又はSNA(シアル酸認識)、並びにBPL及び/又はACA(βGalac tose認識)である、(2)に記載の方法。
(4) UEA-1(αFucose認識)、又はBPL及び/又はACA(βGalac tose認識)との結合性を指標とし、UEA-1(αFucose認識)、又はBPL及び/又はACA(βGalac tose認識)との結合性が基準より高い場合には子宮体癌と診断又は判定し、上記結合性が基準より低い場合には正常と診断又は判定する、(1)から(3)の何れか1項に記載の方法。
(5) UEA-1(αFucose認識)、又はBPL及び/又はACA(βGalac tose認識)との結合性を指標とし、UEA-1(αFucose認識)との結合性が中程度であり、BPL及び/又はACA(βGalac tose認識)との結合性が高程度である場合に高分化型(G1)子宮体癌であると判定し、UEA-1(αFucose認識)との結合性が高程度であり、BPL及び/又はACA(βGalac tose認識)との結合性が中程度である場合に低分化型(G3)子宮体癌であると判定する、(1)から(3)の何れか1項に記載の方法。
(6) DBA(GalNAc認識)、ACA(Gal認識)、VVA(GalNAc認識)、LTL(Fuc認識)、SBA(GalNAc認識)、BPL(Gal認識)、HPA、ECA(Lac認識)、又はAOL(Fuc認識)から選択される1以上のレクチンとの結合性を指標にして、ステージI期の子宮体癌とステージIII期又はIV期の子宮体癌とを判定する、(1)から(3)の何れか1項に記載の方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、細胞膜の表面糖鎖が、子宮内膜の癌化、癌の分化によって変化していること が明らかとなった。子宮体癌の細胞膜表面糖鎖のプロファイルをレクチンアレイで検討することで、癌の性格(悪性度、抗がん剤感受性、放射線感受性、転移能、浸潤能)を診断することが可能である。本発明によれば、糖鎖構造解析技術を活用することにより、子宮癌の早期診断や治療法の選択に応用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】図1は、レクチンアレイを用いて糖鎖プロファイルの解析を行い、UEA-1(αFucose認識)、SSAとSNA(シアル酸認識)、BPLとACA(βGalac tose認識)にて認識される糖蛋白質発現に関して、正常細胞、高分化型体癌由来細胞、及び低分化型細胞について分析した結果を示す。
【図2】図2は、UEA-1(αFucose認識)、SSAとSNA(シアル酸認識)、BPLとACA(βGalac tose認識)にて認識される糖蛋白質発現に関して、高分化型体癌と低分化型体癌についての実験を示す。
【図3】図3は、UEA-1(αFucose認識)、SSAとSNA(シアル酸認識)、BPLとACA(βGalac tose認識)にて認識される糖蛋白質発現に関して、低分化型体癌のみ集めて解析をし、進行期に着目した分析の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
本発明による子宮体癌を診断又は判定する方法においては、試料中の糖蛋白糖鎖の構造を指標として子宮体癌を診断又は判定する。
試料としては、ヒトや動物から採取した生体試料(例えば、子宮体組織、血液、尿など)、あるいはこれらの生体試料から樹立した初代培養細胞又は細胞株などを用いることができる。
【0011】
本発明においては、糖蛋白糖鎖の構造を指標として子宮体癌を診断又は判定するが、好ましくは、糖蛋白糖鎖の構造を、レクチンとの結合性に基づいて解析することができる。レクチンを利用した糖鎖プロファイリングでは、糖鎖に結合するレクチンの種類を分析することによって、糖鎖の構造を分析することができる。例えば、複数種のレクチンを担体上に固定したレクチンアレイに、蛍光標識した糖蛋白質をスポットし、レクチンアレイと糖蛋白質を相互作用させると、糖鎖が結合したレクチンが発光するので、この画像を解析することにより、糖蛋白質の構造を分析することができる。
【0012】
本発明において用いるレクチンの種類は特に限定されず、特定の糖鎖構造を認識することが知られているレクチンを使用することができる。レクチンとして好ましくは、αFucoseを認識するUEA-1(Ulex europaeus agglutinin-1)、シアル酸を認識するSSA(Sambucus sieboldiana lectin)及び/又はSNA(Sambucus nigra agglutinin)、並びにβGalactoseを認識するBPL(Bauhinia purpurea lectin)及び/又はACA(Amaranthus caudatus Lectin)を使用することができる。あるいは、DBA(GalNAc認識)、ACA(Gal認識)、VVA(GalNAc認識)、LTL(Fuc認識)、SBA(GalNAc認識)、BPL(Gal認識)、HPA、ECA(Lac認識)、又はAOL(Fuc認識)から選択される1以上のレクチンとの結合性を指標にして、ステージI期の子宮体癌とステージIII期又はIV期の子宮体癌とを判定することもできる。
【0013】
本発明においては、レクチンを担体上に固定したレクチンアレイに、蛍光標識した糖蛋白質をスポットして分析を行うことができる。蛍光標識の種類は特に限定されないが、例えば、Cy3、Cy5、FITC、ローダミンなどの標識を使用することができる。蛍光標識の代わりに、例えば、西洋ワサビペルオキシダーゼやアルカリフォスファターゼなどの酵素標識を使用し、さらに適当な発色基質を用いて分析を行うこともできる。
【0014】
レクチンを固定する担体としては、ELISAプレート、マイクロアレイ、クロマトグラフィ用カラムなどを使用することができる。上記の中でも、多数のサンプルを簡便かつ迅速に検出することが可能であるという点で、ELISAプレートまたはマイクロアレイが好ましい。レクチンの担体への固定化は、常法に従って行うことができる。例えば、ELISAプレートなどにビオチン化レクチンを添加し、一晩放置して、レクチンを固相化させ、その後にウェルをPBSで洗い、BSA/PBSを加え、室温でブロッキングすればよい。なお、レクチンが固相化用担体に結合したかどうかを確認するために、予めレクチンをビオチンなどで標識しておくことができる。
【0015】
本発明では、UEA-1(αFucose認識)、SSA及び/又はSNA(シアル酸認識)、並びにBPL及び/又はACA(βGalac tose認識)などのレクチンを固定化したレクチン固相化担体と、試料中の糖蛋白糖鎖とを接触させる。具体的には、レクチン固相化担体に、蛍光標識などで標識した糖蛋白糖鎖を加えて、反応させる。反応後、適当な蛍光検出装置で蛍光強度を測定することができる。
【0016】
本発明においては、例えば、UEA-1(αFucose認識)、又はBPL及び/又はACA(βGalac tose認識)との結合性を指標とし、UEA-1(αFucose認識)、又はBPL及び/又はACA(βGalac tose認識)との結合性が基準より高い場合には子宮体癌と診断又は判定し、上記結合性が基準より低い場合には正常と診断又は判定することができる。また、UEA-1(αFucose認識)、又はBPL及び/又はACA(βGalac tose認識)との結合性を指標とし、UEA-1(αFucose認識)との結合性が中程度であり、BPL及び/又はACA(βGalac tose認識)との結合性が高程度である場合に高分化型(G1)子宮体癌であると判定し、UEA-1(αFucose認識)との結合性が高程度であり、BPL及び/又はACA(βGalac tose認識)との結合性が中程度である場合に低分化型(G3)子宮体癌であると判定することができる。
【0017】
以下の実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は実施例によって限定されるものではない。
【実施例】
【0018】
(1)材料及び方法
材料は、体癌由来培養細胞、摘出標本から採取した子宮内膜、体癌組織を用いた(倫理委員会承認、患者から同意書取得)。培養細胞、組織より抽出した膜蛋白質を蛍光標識し糖鎖を認識するレクチン40種類を固層化したレクチンアレイを用いて糖鎖プロファイルの解析を行い、体癌由来培養細胞(高分化型・低分化型)、正常子宮内膜及び体癌(高分化型・低分化型)での比較を行った。
【0019】
手術室にて標本が出たら、癌の部位を切りとりエッペン(1.5mlで十分)に入れ、−80℃で保存した。検体の処理に際し、解凍し組織を細かく裁断。その後CelLyticTM MEM Protein Extraction kit(SIGMA)を用いて膜タンパク質を抽出した。Micro BCATM Protein Assay kit(Thermo)を用いてタンパク質定量を行い、タンパク質定量の結果をもとに、Cy3 Mono-Reactive Dye(Amersham Biosciences)を用いてサンプルを蛍光色素でラベル化した。ラベル化ではまず、乾燥させたCy3末にPBSを10μl入れておく。次にサンプルの膜蛋白質抽出液とPBSTを混ぜtotalで10μlとしそれをCy3末溶液に追加しtotal20μlとする。次に遠心、ろ過を行う。抽出液にProbing Bufferを加えtotalで100μlにした。その後遮光にて約1時間incubateした。Cy3ラベル-糖たんぱく質溶液15μl+Probing Buffer45μlをLecChip(GP BioSCIENCES)にアプライした。Glycostation TM Reader1200(MORITEX)でスキャンを行うとそれぞれの糖鎖構造を特徴ずけるシグナルがそれらに対応するレクチンスポットとして現れてくる。そのシグナルパターンから糖鎖構造をプロファイルする。シグナルデータをArray-ProTM Analyzer(Media Cybernetics, Inc)を用いて数値化した。
数値化したデータをNIA Array Analysisにて統計解析をする。
【0020】
(2)結果及び考察
以前子宮体癌の細胞株で解析を行った際に高分化型と低分化型を分けた有意差のある6個のレクチンを使用し統計解析(clustering analysis, PCA analysis) を行った。UEA-1(αFucose認識)、SSAとSNA(シアル酸認識)、BPLとACA(βGalac tose認識)にて認識される糖蛋白質発現に関して高分化型体癌由来細胞と低分化型細胞の間で違いが認められた(図1)。上記レクチンを用いることで正常子宮内膜、体癌(高分化型・低分化型)を識別することが可能であった(図1)。再現性を見る実験を試みた。今回は40種類のレクチンを用いて統計解析を行ったところ高分化型体癌と低分化型体癌で識別することが可能であった(図2)。低分化型体癌のみ集めて40種類のレクチンを用いて解析をした。進行期に着目してみるとstageI期のものとIII期以上のadvance stageで選別することが可能であった。さらに統計処理を行いI期とIII期以上のstageを分ける有意差のあるレクチンを抽出した。DBA(GalNAc認識)、ACA(Gal認識)、VVA(GalNAc認識)、LTL(Fuc認識)、SBA(GalNAc認識)、BPL(Gal認識)、HPA、ECA(Lac認識)、AOL(Fuc認識) にて認識される糖蛋白質発現に関してstageI期のものと、III期以上の進行癌に関して有意な違いが認められた。これら8つのレクチンで解析をしてみてもきれいに選別することができた(図3)。
【0021】
上記の結果から、レクチンアレイを用いることにより病理学的診断を実施可能であることが示され、さらにはレクチンアレイによって癌細胞の生物学的特性を規定できることが示された。本発明によれば、細胞膜の表面糖鎖が、子宮内膜の癌化、癌の分化によって変化していることが明らかとなった。各種婦人科癌の細胞膜表面糖鎖のプロファイルをレクチンアレイで検討することで、癌の性格(悪性度、抗がん剤感受性、放射線感受性、転移能、浸潤能)を推定・診断することが可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料中の糖蛋白糖鎖の構造を指標として、子宮体癌を診断又は判定する方法。
【請求項2】
試料中の糖蛋白糖鎖の構造を、レクチンとの結合性に基づいて解析する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
レクチンが、UEA-1(αFucose認識)、SSA及び/又はSNA(シアル酸認識)、並びにBPL及び/又はACA(βGalac tose認識)である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
UEA-1(αFucose認識)、又はBPL及び/又はACA(βGalac tose認識)との結合性を指標とし、UEA-1(αFucose認識)、又はBPL及び/又はACA(βGalac tose認識)との結合性が基準より高い場合には子宮体癌と診断又は判定し、上記結合性が基準より低い場合には正常と診断又は判定する、請求項1から3の何れか1項に記載の方法。
【請求項5】
UEA-1(αFucose認識)、又はBPL及び/又はACA(βGalac tose認識)との結合性を指標とし、UEA-1(αFucose認識)との結合性が中程度であり、BPL及び/又はACA(βGalac tose認識)との結合性が高程度である場合に高分化型(G1)子宮体癌であると判定し、UEA-1(αFucose認識)との結合性が高程度であり、BPL及び/又はACA(βGalac tose認識)との結合性が中程度である場合に低分化型(G3)子宮体癌であると判定する、請求項1から3の何れか1項に記載の方法。
【請求項6】
DBA(GalNAc認識)、ACA(Gal認識)、VVA(GalNAc認識)、LTL(Fuc認識)、SBA(GalNAc認識)、BPL(Gal認識)、HPA、ECA(Lac認識)、又はAOL(Fuc認識)から選択される1以上のレクチンとの結合性を指標にして、ステージI期の子宮体癌とステージIII期又はIV期の子宮体癌とを判定する、請求項1から3の何れか1項に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−21830(P2012−21830A)
【公開日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−158575(P2010−158575)
【出願日】平成22年7月13日(2010.7.13)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成22年2月1日 日本産科婦人科学会雑誌Vol.62 No.2第62回学術講演会 抄録にて発表
【出願人】(000125369)学校法人東海大学 (352)