説明

射出成形品の製造方法

【課題】結晶性熱可塑性樹脂から構成される樹脂成形品に対して、予め熱処理を施さなくても、使用環境下での寸法変化を充分に抑える技術を提供する。
【解決手段】金型内表面に断熱層が形成された金型を用い、結晶性熱可塑性樹脂から構成される樹脂組成物を、射出成形する。本発明においては、溶射法で形成された多孔質ジルコニアから構成され、熱伝導率が2W/m・K以下であり、厚みが200μm以上である断熱層が形成された金型の使用が好ましい。本発明の製造方法で得られる射出成形品は、射出成形時の金型温度が、結晶性熱可塑性樹脂のガラス転移温度(Tg)+30℃以上、Tg+80℃以下であり、射出成形時の金型温度+20℃の環境で2時間放置した際の成形品の寸法変化率が0.2%以下になる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、射出成形品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
結晶性熱可塑性樹脂は、その優れた耐薬品性、耐熱性、電気的特性、機械的特性等から、電気・電子分野や自動車分野等を中心として、幅広い産業分野で使用されている。
【0003】
結晶性熱可塑性樹脂から構成される樹脂成形品の結晶化度が、成形時に充分に高められていない場合、使用環境下で樹脂成形品にかかる熱によって、樹脂成形品に含まれる結晶性熱可塑性樹脂の結晶化が進む。この結晶化により、樹脂成形品の寸法が変化する。
【0004】
上記のような樹脂成形品の寸法変化は、電気部品、電子部品、自動車用部品等の多くの用途で問題となる。
【0005】
このような使用環境下での樹脂成形品の寸法変化を抑える方法の一つとして、使用前に樹脂成形品に対して熱処理を施し、樹脂成形品の結晶化度を予め高めておく方法(例えば、特許文献1参照)が挙げられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2010−110892号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、射出成形後の樹脂成形品に対して熱処理を施すことで、使用環境下で樹脂成形品の寸法変化を抑える方法の場合、この熱処理を行なう分だけ成形品の生産性は低下する。また、このような樹脂成形品の生産性の低下の問題のみならず、熱処理による寸法変化を高い精度で予測することが困難であり、樹脂成形品の寸法管理が非常に難しいという問題もある。
【0008】
本発明は、以上の課題を解決するためになされたものであり、その目的は、結晶性熱可塑性樹脂から構成される樹脂成形品に対して、予め熱処理を施さなくても、使用環境下での寸法変化を充分に抑える技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、金型内表面に断熱層が形成された金型を用い、結晶性熱可塑性樹脂から構成される樹脂組成物を、射出成形することで、上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。より具体的には、本発明は以下のものを提供する。
【0010】
(1) 結晶性熱可塑性樹脂から構成される樹脂組成物を射出成形した際の金型温度+20℃の環境で2時間放置したときの射出成形品の寸法変化率が0.2%以下の射出成形品を製造する方法であって、金型内表面に断熱層が形成された金型を用い、前記金型温度を、前記結晶性熱可塑性樹脂のガラス転移温度(Tg)+30℃以上Tg+80℃以下とし、前記樹脂組成物を射出成形する射出成形品の製造方法。
【0011】
(2) 前記金型温度+20℃が、160℃であり、前記結晶性熱可塑性樹脂が、ポリアリーレンサルファイド樹脂である(1)に記載の射出成形品の製造方法。
【0012】
(3) 前記断熱層は、多孔質ジルコニアから構成される(1)又は(2)に記載の射出成形品の製造方法。
【0013】
(4) 前記断熱層は、熱伝導率が2W/m・K以下である(1)から(3)のいずれかに記載の射出成形品の製造方法。
【0014】
(5) 前記断熱層は、溶射法で形成された(1)から(4)のいずれかに記載の射出成形品の製造方法。
【0015】
(6) 前記断熱層は、厚みが200μm以上である(1)から(5)のいずれかに記載の射出成形品の製造方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、結晶性熱可塑性樹脂から構成される樹脂成形品に対して、予め熱処理を施さなくても、使用環境下での寸法変化を充分に抑えることができる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施形態についてさらに説明する。なお、本発明は以下の実施形態に限定されない。
【0018】
<樹脂組成物>
樹脂組成物は、射出成形品の原料であり、結晶性熱可塑性樹脂を含む。結晶性熱可塑性樹脂とは、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリ塩化ビニル樹脂、ポリアミド樹脂、ポリアセタール樹脂、ポリアリーレンサルファイド樹脂、液晶性ポリエステル樹脂、ポリイミド樹脂、シンジオタクチックポリスチレン樹脂等をあげることができる。なお、樹脂組成物は2種以上の結晶性熱可塑性樹脂を含んでもよい。
【0019】
上記の結晶性熱可塑性樹脂の中でも、ポリアリーレンサルファイド樹脂は、結晶化速度が遅く、樹脂組成物が金型内で充分に結晶化する前に固化してしましやすい。したがって、これらの樹脂から構成される樹脂組成物を成形してなる射出成形品の場合には、特に使用環境下での寸法変化が問題となりやすい。
【0020】
本発明によれば、ポリアリーレンサルファイド樹脂を含む射出成形品であっても、充分に使用環境下での射出成形品の寸法変化を小さくすることができる。
【0021】
ポリアリーレンサルファイド樹脂は、繰り返し単位として、−(Ar−S)−(Arはアリーレン基)を主として構成されたものである。本発明では一般的に知られている分子構造のPAS樹脂を使用することができる。
【0022】
アリーレン基は特に限定されないが、例えばp−フェニレン基、m−フェニレン基、o−フェニレン基、置換フェニレン基、p,p’−ジフェニレンスルフォン基、p,p’−ビフェニレン基、p,p’−ジフェニレンエーテル基、p,p’−ジフェニレンカルボニル基、ナフタレン基等が挙げられる。上記アリーレン基から構成されるアリーレンサルファイド基の中で、同一の繰り返し単位を用いたホモポリマーの他、用途によっては異種のアリーレンサルファイド基の繰り返しを含んだポリマーが好ましい。
【0023】
用途にもよるが、ホモポリマーとしては、アリーレン基としてp−フェニレンサルファイド基を繰り返し単位とするものが好ましい。p−フェニレンサルファイド基を繰り返し単位とするホモポリマーは極めて高い耐熱性を持ち、広範な温度領域で高強度、高剛性、さらに高い寸法安定性を示すからである。このようなホモポリマーを用いることで非常に優れた物性を備える成形品を得ることができる。
【0024】
コポリマーとしては、上記のアリーレン基を含むアリーレンサルファイド基の中で相異なる2種以上のアリーレンサルファイド基の組み合わせが使用できる。これらの中では、p−フェニレンサルファイド基とm−フェニレンサルファイド基を含む組み合わせが、耐熱性、成形性、機械的特性等の高い物性を備える成形品を得るという観点から好ましい。p−フェニレンサルファイド基を70mol%以上含むポリマーがより好ましく、80mol%以上含むポリマーがさらに好ましい。
【0025】
上記のようなp−フェニレンサルファイド基、m−フェニレンサルファイド基を繰り返し単位として有するPAS樹脂は、特に、成形品の結晶化度の向上等が求められている材料である。本願発明の射出成形品の製造方法を用いることで、成形品の高結晶化度を実現できる。また、本願発明の射出成形品の製造方法は、作業性、生産性の問題も無い。なお、フェニレンサルファイド基を有するPAS樹脂はPPS(ポリフェニレンサルファイド)樹脂である。
【0026】
本発明で用いる樹脂組成物は、本発明の効果を害さない範囲で他の樹脂を含んでもよい。また、成形品に所望の特性を付与するために、核剤、カーボンブラック、ガラス繊維等の無機充填剤、無機焼成顔料等の顔料、酸化防止剤、安定剤、可塑剤、滑剤、離型剤及び難燃剤等の添加剤を添加して、所望の特性を付与した組成物も本発明で用いる樹脂組成物に含まれる。
【0027】
<金型>
本発明の製造方法に用いる金型は、金型内表面に断熱層が形成されている。断熱層が形成されているため、金型内に流れ込んだ樹脂組成物の持つ熱が金型外に放出されにくくなる。その結果、金型の内表面に接する樹脂組成物が急冷されにくくなり、成形品表面の結晶化度も充分に高めることができる。
【0028】
断熱層としては、熱伝導率が低く、高温の樹脂組成物が接しても不具合を生じない程度の耐熱性を有するものであればよく、断熱層を構成する材料は特に限定されない。
【0029】
射出成形品の表面の結晶化度の低下は、上記表面のいずれの位置においても生じる可能性があるから、金型内表面全体に断熱層が形成されていることが好ましい。なお、本発明の効果を害さない範囲であれば、断熱層が形成されていない部分があってもよい。また、射出成形品に、結晶化度を特に高める必要が無い部分がある場合には、成形時にその部分と接する金型の内表面には、断熱層を形成する必要は無い。
【0030】
断熱層に求められる耐熱性及び熱伝導率を満たす材料としては、ポリイミド樹脂等の耐熱性が高く熱伝導率が低い樹脂、多孔質ジルコニア等の多孔質セラミックを挙げることができる。以下、これらの材料について説明する。
【0031】
ポリイミド樹脂の具体例としては、ピロメリット酸(PMDA)系ポリイミド、ビフェニルテトラカルボン酸系ポリイミド、トリメリット酸を用いたポリアミドイミド、ビスマレイミド系樹脂(ビスマレイミド/トリアジン系等)、ベンゾフェノンテトラカルボン酸系ポリイミド、アセチレン末端ポリイミド、熱可塑性ポリイミド等が挙げられる。なお、ポリイミド樹脂から構成される断熱層であることが特に好ましい。ポリイミド樹脂以外の好ましい材料としては、例えば、テトラフルオロエチレン樹脂等が挙げられる。また、断熱層は、本発明の効果を害さない範囲で、ポリイミド樹脂、テトラフルオロエチレン樹脂以外の樹脂、添加剤等を含んでもよい。
【0032】
金型の内表面に断熱層を形成する方法は、特に限定されない。例えば、以下の方法で断熱層を金型の内表面に形成することが好ましい。
【0033】
高分子断熱層を形成しうるポリイミド前駆体等のポリマー前駆体の溶液を金型表面に塗布し、加熱して溶媒を蒸発させ、さらに過熱してポリマー化することによりポリイミド膜等の断熱層を形成する方法、耐熱性高分子のモノマー、例えばピロメリット酸無水物と4,4−ジアミノジフェニルエーテルを蒸着重合させる方法、又は、平面形状の金型に関しては、高分子断熱フィルムを用い適切な接着方法又は粘着テープ状の高分子断熱フィルムを用いて金型の所望部分に貼付し断熱層を形成する方法が挙げられる。また、ポリイミド膜を形成させ、さらにその表面に金属系硬膜としてのクローム(Cr)膜や窒化チタン(TiN)膜を形成させることも可能である。
【0034】
上記のような樹脂から構成される断熱層に求められる熱伝導率は、用途等によっても異なるが、2W/m・K以下であることが特に好ましい。断熱層の熱伝導率を上記の範囲に調整することで、結晶化度の非常に高い射出成形品がさらに得られやすくなる。なお、上記熱伝導率は実施例に記載の方法で測定した熱伝導率を指す。
【0035】
断熱層の厚みは、特に限定されず、使用する材料、成形品の形状等によって適宜好ましい厚みに設定することができる。断熱層がポリイミド樹脂から構成される場合、断熱層の厚みが、20μm以上であれば、充分高い断熱効果が得られるため好ましい。上記金型内表面に形成される断熱層の厚みは均一でもよいし、厚みの異なる箇所を含むものであってもよい。
【0036】
多孔質ジルコニアに含まれるジルコニアとしては、特に限定されず、安定化ジルコニア、部分安定化ジルコニア、未安定化ジルコニアのいずれでもよい。安定化ジルコニアとは、立方晶ジルコニアが室温でも安定化されているものであり、強度及び靱性等の機械的特性や耐磨耗性に優れている。また、部分安定化ジルコニアとは、正方晶ジルコニアが室温でも一部残存した状態を指し、外部応力を受けると正方晶から単斜晶へのマルテンサイト変態が生じ、特に引張応力の作用によって進展する亀裂の成長を抑制し、高い破壊靭性を持つ。また、未安定化ジルコニアとは安定化剤で安定化されていないジルコニアを指す。なお、安定化ジルコニア、部分安定化ジルコニア、及び未安定化ジルコニアから選択される少なくとも2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0037】
安定化ジルコニア、部分安定化ジルコニアに含まれる安定化剤としては、従来公知の一般的なものを採用することができる。例えば、イットリア,セリア,マグネシア等が挙げられる。安定化剤の使用量も特に限定されず、その使用量は、用途、使用材料等に応じて適宜設定できる。
【0038】
なお、多孔質ジルコニア以外の多孔質セラミックも使用することができるが、多孔質ジルコニアはその他の多孔質セラミックと比較して耐久性が高い。このため、多孔質ジルコニアから構成される断熱層を形成した金型を用いれば、断熱層の変形等の不具合が生じ難いため、連続して成形できる成形品の数が多く、成形品の生産性が非常に高まる。
【0039】
断熱層を形成するための原料は、本発明の効果を害さない範囲で、上記のジルコニア、安定化剤以外に従来公知の添加剤等をさらに含んでもよい。
【0040】
上記の原料を用いて断熱層を形成する方法は特に限定されないが、溶射法を採用することが好ましい。溶射法を採用することで、多孔質ジルコニアの熱伝導率は所望の範囲に調整されやすくなる。また、多孔質ジルコニアの内部に気泡が形成され過ぎることにより断熱層の機械的強度が大幅に低下する等の問題も生じない。このように溶射により断熱層を形成することで、断熱層の構造は本発明の用途に適したものになる。
【0041】
溶射による断熱層の形成は、例えば以下のようにして行なうことができる。先ず、原料を溶融させて液体とする。この液体を加速させキャビティの内表面に衝突させる。最後に、キャビティの内表面に衝突し付着した原料を固化させる。このようにすることで、非常に薄い断熱層が金型の内表面に形成される。この非常に薄い断熱層上にさらに溶融した原料を衝突させ固化させることで、断熱層の厚みを調整することができる。なお、原料を固化させる方法は、従来公知の冷却手段を用いてもよいし、単に放置することで固化させてもよい。なお、溶射方法は特に限定されず、アーク溶射、プラズマ溶射、フレーム溶射等の従来公知の方法から好ましい方法を適宜選択することができる。
【0042】
多孔質セラミックから構成される断熱層の熱伝導率は、成形品の用途、PAS系樹脂の種類等に応じて適宜調整可能である。本発明においては、2W/m・K以下であることが好ましく、より好ましくは0.3W/m・K以上2W/m・K以下である。熱伝導率が2W/m・K以下であれば、100℃以下の金型温度で射出成形品を成形しても、結晶化度の高い射出成形品が得られやすい傾向にあるため好ましい。熱伝導率が0.3W/m・K以上であれば、断熱層内の気泡が多くなり過ぎることによる断熱層の強度の低下によって、射出成形品の生産性を大きく低下させることがほとんど無いため好ましい。特に、断熱層の熱伝導率が0.7W/m・K以上であれば、断熱層内の気泡が多くなり過ぎることによる断熱層の強度の低下を非常に小さい範囲に抑えられる傾向にあるため好ましい。なお、上記熱伝導率は実施例に記載の測定方法で得られた値を採用する。
【0043】
断熱層が多孔質ジルコニアから構成される場合の、断熱層の厚みは特に限定されないが200μm以上であることが好ましく、より好ましくは500μm以上1000μm以下である。500μm以上であれば、ジルコニア断熱層の強度が高くなるという理由で好ましい。また、断熱層の厚みが1000μm以下であれば、成形サイクルが長くならないという理由で好ましい。
【0044】
<射出成形品の製造方法>
本発明の製造方法で得られる射出成形品は、射出成形時の金型温度がTg+30℃以上、Tg+80℃以下であり、射出成形時の金型温度+20℃の環境で2時間放置した際の成形品の寸法変化率が0.2%以下である。結晶性熱可塑性樹脂がポリアリーレンサルファイド系樹脂の場合には、射出成形時の金型温度+20℃は、およそ160℃である。したがって、ポリアリーレンサルファイド系樹脂を用いる場合には、160℃の環境下に2時間曝した射出成形品の寸法変化率を基準とすればよい。
【0045】
上記のような寸法変化率の小さな射出成形品は、断熱層が内表面に形成された金型を用いることで得られやすくなる。その理由は以下の通りである。
【0046】
金型内に流れ込んだ樹脂組成物の持つ熱が、断熱層の存在により、金型内に放出されにくい。このため、樹脂組成物が金型内で冷却されるまでの時間が長くなり、結晶化しにくい結晶性熱可塑性樹脂を含む樹脂組成物、結晶化速度が遅い結晶性熱可塑性樹脂を含む樹脂組成物を原料とする場合であっても、射出成形品に含まれる結晶性熱可塑性樹脂の結晶化度を充分に高めることができる。
【0047】
上記の点から、金型内に流れ込んだ樹脂組成物が金型内で、結晶性熱可塑性樹脂の結晶化に必要な温度以上の状態にある時間が長ければ、射出成形品に含まれる結晶性熱可塑性樹脂の結晶化度を充分に高めることができると考えられる。ここで、「結晶性熱可塑性樹脂の結晶化に必要な温度以上」とは、樹脂の種類等により異なるが、およそ樹脂組成物に含まれる結晶性熱可塑性樹脂のガラス転移温度(Tg)+30℃以上である。Tgは、DSC法(JIS K7121記載の方法)によって昇温速度10℃/分の条件で測定した値を採用する。
【0048】
また、断熱層の熱伝導率が0ではないため、金型内に流れ込んだ樹脂組成物の熱は金型外に少しずつ放出される。このとき、金型の温度が高ければ樹脂組成物の持つ熱が金型外に放出されにくい。したがって、金型温度の条件も、金型内の樹脂組成物が一定の温度以上を維持することに影響する。そして、この金型温度の条件は射出成形品に含まれる熱可塑性樹脂の結晶化度を高めることに大きく影響する。射出成形品の結晶化度を高め、寸法変化率を小さくするために必要な金型温度の条件は、樹脂の種類によって異なるが、例えば、Tg+30℃以上Tg+80℃以下である。Tg+30℃以上であれば、射出成形品に含まれる結晶性熱可塑性樹脂の結晶化度を充分に高めることができるため好ましく、Tg+80℃以下であれば、成形サイクルが長くならないという理由で好ましい。より好ましくはTg+50℃以上Tg+70℃以下である。
【0049】
特に、使用する結晶性熱可塑性樹脂がポリアリーレンサルファイド樹脂の場合には、金型温度を140℃以上160℃以下の条件に設定することが好ましい。140℃以上であれば、射出成形品に含まれる結晶性熱可塑性樹脂の結晶化度を高めることができるため好ましい。160℃以下であれば離型時の変形が起きず、成形サイクルが長くならないため好ましい。
【0050】
<射出成形品>
上述の通り、本発明の製造方法で得られる射出成形品は、射出成形時の金型温度がTg+30℃以上、Tg+80℃以下であり、射出成形時の金型温度+20℃の環境で2時間放置した際の成形品の寸法変化率が0.2%以下である。用途に応じて使用環境が異なるものの、上記の過酷な環境での射出成形品の寸法変化率が0.2%以下であることから、本発明の製造方法で得られる射出成形品は、高温環境下で使用される部品として好ましく使用できる。高温環境下とは、例えば、ポリアリーレンサルファイド樹脂の場合は温度80℃以上140℃以下の環境である。
【0051】
本発明の製造方法で得られた射出成形品は、結晶化度が高い。ここで、「結晶化度が高い」とは、断熱層が形成されていない金型を用い、金型温度をTg+55℃として、結晶性熱可塑性樹脂を成形してなる成形品の結晶化度を100としたときに、結晶化度(相対結晶化度)が101以上であることを指す。
【実施例】
【0052】
以下に、実施例に基づいて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0053】
<材料>
PAS樹脂組成物:ポリフェニレンサルファイド樹脂組成物(「フォートロン1140A64」、ポリプラスチックス社製)、ISO11443に準拠して測定した溶融粘度230Pa・S、DSCにて10℃/minで測定したガラス転移温度85℃
断熱層の原料:多孔質ジルコニア、ポリイミド
金型:幅40mm×長さ40mm×厚さ2mmの平板成形用金型
【0054】
<断熱層の形成>
主としてジルコニアから構成される原料を、溶射法にて上記金型の内表面に溶射した。断熱層の表面は密度が高くなるように調整し、多層構造の断熱層を金型内表面に形成した。断熱層の厚みが500μmになるまで溶射を続け金型1を作製した。また、上記金型の内表面にポリイミド前駆体を塗布し加熱固化させ断熱層の厚みを150μmとし金型2を作製した。このようにして、実施例の製造方法で用いる金型が得られた。
【0055】
<断熱層の熱伝導率の算出方法>
断熱層の熱伝導率はレーザーフラッシュ法にて熱拡散率、DSCにて比熱、水中置換法(JIS Z8807固体比重測定方法に準拠)にて比重を測定し、[熱伝導率]=[熱拡散率×比熱×比重]により算出した。熱伝導率の値は表1に示した。なお、多層構造の断熱層の熱伝導率(λ)は密度の低い層と高い層のそれぞれの熱伝導率を求め、密度の低い層の熱伝導率(λl)、密度の高い層の熱伝導率(λh)、断熱層全体の厚さに対する密度の低い層の厚さ割合(t)とした場合、[1/λ]=[t/λl]+[(1−t)/λh]の式を用い計算により求めた。
【0056】
<実施例1>
成形用材料としてPAS樹脂組成物を用い、金型1を用い下記の成形条件で射出成形品を製造した。
[成形条件]
スクリュー回転数:100rpm
射出速度:100mm/sec
金型温度:140℃
樹脂温度:320℃
【0057】
<実施例2>
金型2を用いた以外は実施例1と同様の成形条件で射出成形品を作製した。
【0058】
<比較例1>
金型温度を80℃に変更した以外は実施例2と同様の条件で射出成形品を作製した。
【0059】
<比較例2>
断熱層を有する金型を、断熱層を有さない金型に変更した以外は、実施例1と同様の条件で射出成形品を作製した。
【0060】
<参考例1>
射出成形品に対して、160℃、2時間の条件で熱処理を施した以外は比較例2と同様の方法で射出成形品を製造した。
【0061】
<寸法安定性の評価>
実施例、比較例、参考例の射出成形品を160℃、2時間の条件で加熱し、加熱後の射出成形品の流動直角方向、流動方向を測定し、流動直角方向、流動方向のそれぞれについて寸法変化率を測定した。寸法変化率の結果を表1に示した。
【0062】
<結晶化度の評価>
実施例、比較例、参考例に含まれるPPS樹脂の結晶化度を、X線回折法を用いて測定した。また、比較例2の結晶化度を100として、実施例1及び2、比較例1、参考例1の結晶化度を算出した。算出結果は表1に示した。
【0063】
なお、X線回折法による結晶化度の測定は、広角X線回折(反射法)を用いて行なった。具体的には、Ruland法により結晶化度を求めた。
【表1】

【0064】
表1の実施例1及び2の結果と比較例2の結果とから、断熱層が形成された金型を用いることで、成形後の射出成形品に対して加熱処理を行わなくても、高温環境下での寸法変化が小さくなることが確認された。そして、表1の実施例1及び2の結果と参考例1の結果とから、この寸法変化は、成形後の射出成形品に対して熱処理を行った場合と同等であることが確認された。
【0065】
また、表1の実施例1及び2の結果と参考例1の結果とから、断熱金型を用いれば、射出成形品に含まれる結晶性熱可塑性樹脂の結晶化度が大幅に向上することが確認された。
【0066】
また、実施例2と比較例1との結果から、断熱層が形成された金型を使用しても、金型温度が低い条件では、結晶化度が向上せず、高温環境下での寸法変化も大きいことが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
結晶性熱可塑性樹脂から構成される樹脂組成物を射出成形した際の金型温度+20℃の環境で2時間放置したときの射出成形品の寸法変化率が0.2%以下の射出成形品を製造する方法であって、
金型内表面に断熱層が形成された金型を用い、
前記金型温度を、前記結晶性熱可塑性樹脂のガラス転移温度(Tg)+30℃以上Tg+80℃以下とし、前記樹脂組成物を射出成形する射出成形品の製造方法。
【請求項2】
前記金型温度+20℃が、160℃であり、
前記結晶性熱可塑性樹脂が、ポリアリーレンサルファイド樹脂である請求項1に記載の射出成形品の製造方法。
【請求項3】
前記断熱層は、多孔質ジルコニアから構成される請求項1又は2に記載の射出成形品の製造方法。
【請求項4】
前記断熱層は、熱伝導率が2W/m・K以下である請求項1から3のいずれかに記載の射出成形品の製造方法。
【請求項5】
前記断熱層は、溶射法で形成された請求項1から4のいずれかに記載の射出成形品の製造方法。
【請求項6】
前記断熱層は、厚みが200μm以上である請求項1から5のいずれかに記載の射出成形品の製造方法。

【公開番号】特開2012−187729(P2012−187729A)
【公開日】平成24年10月4日(2012.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−50886(P2011−50886)
【出願日】平成23年3月8日(2011.3.8)
【出願人】(390006323)ポリプラスチックス株式会社 (302)
【Fターム(参考)】