説明

弾性境界波装置

【課題】所望でないスプリアスを効果的に抑圧することができ、良好な共振特性やフィルタ特性を得ることを可能とするSHタイプの弾性境界波を利用した弾性境界波装置を提供する。
【解決手段】第1の媒質層2と、第1の媒質層2に積層された第2の媒質層6との境界に、インターデジタル電極3、反射器4,5を含む電極が形成されており、第1の媒質層2及び/または第2の媒質層6の境界面とは反対側の面において変位を有し、弾性境界波装置の反共振周波数よりも高域側もしくは通過帯域よりも高域側に現れる、スプリアスとなるモードを減衰させる吸音層7が設けられている、弾性境界波装置1。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、SHタイプの弾性境界波を利用した弾性境界波装置に関し、より詳細には、圧電体と、誘電体との境界に電極が配置された構造の弾性境界波装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、携帯電話用のRFフィルタ及びIFフィルタ、並びにVCO用共振子及びテレビジョン用VIFフィルタなどに、各種弾性表面波装置が用いられている。弾性表面波装置は、媒質表面を伝搬するレイリー波や第1漏洩波などの弾性表面波を利用している。
【0003】
弾性表面波は、媒質表面を伝搬するため、媒質の表面状態の変化に敏感である。従って、媒質の弾性表面波伝搬面を保護するために、該伝搬面に臨む空洞を設けたパッケージに弾性表面波素子が気密封止されていた。このような空洞を有するパッケージが用いられていたため、弾性表面波装置のコストは高くならざるを得なかった。また、パッケージの寸法は、弾性表面波素子の寸法よりも大幅に大きくなるため、弾性表面波装置は大きくならざるを得なかった。
【0004】
他方、弾性波の中には、上記弾性表面波以外に、固体間の境界を伝搬する弾性境界波が存在する。
【0005】
このような弾性境界波を利用した弾性境界波装置の一例が下記の非特許文献1に開示されている。従来の弾性境界波装置の構造を図32を参照して説明する。
【0006】
弾性境界波装置201は、第1の媒質層202と、第2の媒質層203との間の境界に電極204を配置した構造を有する。ここでは、電極204に交流電界を印加することにより、媒質層202と媒質層203との境界面や境界面付近にエネルギーが集中しつつ伝播する弾性境界波が励振される。非特許文献1では、126°回転Y板X伝搬のLiTaO基板上にIDTが形成されており、IDTとLiTaO基板上にSiO膜が所定の厚みに形成されている弾性境界波装置が開示されている。ここでは、ストンリー波と称されているSV+P型の弾性境界波が伝搬することが示されている。なお、非特許文献1では、上記SiO膜の膜厚を1.0λ(λは弾性境界波の波長)とした場合、電気機械結合係数は2%になることが示されている。
【0007】
弾性境界波は、固体間の境界部分にエネルギーが集中した状態で伝搬する。従って、上記LiTaO基板の底面及びSiO膜の表面にはエネルギーがほとんど存在しないため、基板や薄膜の表面状態の変化により特性が変化しない。従って、空洞形成パッケージを省略することができ、弾性波装置のサイズを低減することができる。
【0008】
また、下記の非特許文献2には、[001]−Si(110)/SiO/YカットX伝搬LiNbO構造を伝搬するSH型境界波が示されている。このSH型境界波は、上記ストンリー波と比べて、電気機械結合係数kが大きいという特徴を有する。また、SH型境界波においても、ストンリー波の場合と同様に、空洞形成パッケージを省略することができる。さらに、SH型境界波は、SH型の波動であるため、IDTや反射器を構成するストリップの反射係数がストンリー波の場合に比べて大きいことが予想される。従って、例えば共振子や共振器型フィルタを構成した場合、SH型境界波を利用することにより、小型化を図ることができ、かつより急峻な特性の得られることが期待される。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】「Piezoelectric Acoustic Boundary Waves Propagating Along theInterface Between SiO2 and LiTaO3」IEEE Trans.Sonics andultrason.,VOL.SU−25,No.6,1978 IEEE
【非特許文献2】「Si/SiO2/LiNbO3構造を伝搬する高圧電性境界波」(第26回EMシンポジウム,H9年5月,pp53−58)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
弾性境界波装置では、第1,第2の媒質層間の境界及び境界付近にエネルギーが集中して伝搬する弾性境界波が用いられている。この場合、第1の媒質層及び第2の媒質層の厚みは無限大であることが望ましい。しかしながら、実際の弾性境界波装置では、第1,第2の媒質層の厚みは有限である。
【0011】
そして、上述した非特許文献1や非特許文献2に記載の内容に従って弾性境界波装置を構成した場合、共振特性やフィルタ特性に所望でないスプリアスが生じるという問題があった。すなわち、弾性境界波共振子を構成した場合には、共振周波数よりも高周波側に無視できない複数のスプリアス応答が発生しがちであった。また、従来の弾性境界波共振子を複数個組み合わせて構成されたフィルタ、例えばラダー型フィルタなどでは、通過帯域よりも高周波側に複数のスプリアスが発生し、帯域外減衰量が劣化するという問題があった。
【0012】
これを、図33〜図36を参照して説明する。第1の媒質層としての15°YカットX伝搬のLiNbO基板上に、0.05λの膜厚となるようにAuからなる電極を形成し、さらに、第2の媒質層として、厚さ2λの厚みとなるようにSiO膜をRFマグネトロンスパッタによりウエハー加熱温度200℃で成膜した。このようにして、弾性境界波共振子を構成した。なお、形成した電極204は、図33に示すように、IDT204Aと、反射器204B,204Cとを有する。このようにして構成された弾性境界波共振子のインピーダンス−周波数特性及び位相−周波数特性を図34に示す。図34に矢印A1〜A3で示すように、反共振周波数よりも高域側に大きな複数のスプリアスが現れていた。
【0013】
また、上記と同様にして構成された複数の弾性境界波共振子を用いて図35に示すラダー型回路を構成し、このようにして得られたラダー型フィルタの周波数特性を測定した。結果を図36に示す。なお、図35の並列腕共振子P1,P3は、IDTの電極指の対数を50.5対及び開口長を30λとして構成した。また、直列腕共振子S1,S2は、並列腕共振子P1,P3を構成するのに用いた弾性境界波共振子2個を直列接続することによりそれぞれ構成した。並列腕共振子P2は、IDTの電極指の対数を100.5対、開口長を30λとして構成した。また、並列腕共振子P1〜P3のIDT及び反射器におけるλは3.0μmとし、直列腕共振子におけるλは、並列腕共振子P1の反共振周波数と並列腕共振子の共振周波数が重なるように配置した。IDT及び反射器デューティ比をいずれも0.58、電極はAuにより構成し、その膜厚は0.05λ、SiO膜の膜厚は2.5λとした。
【0014】
図36から明らかなように、矢印B1〜B3などで示す複数の大きなスプリアスが通過帯域よりも高域側に現れていることがわかる。
【0015】
本発明の目的は、上述した従来技術の現状に鑑み、共振周波数や通過帯域よりも高域側における複数のスプリアス応答を効果的に抑圧することが可能とされており、良好な周波数特性を有する弾性境界波装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明は、第1の媒質層と第2の媒質層との境界を伝搬する弾性境界波を利用した弾性境界波装置であって、第1の媒質層と、前記第1の媒質層に積層された第2の媒質層と、前記第1,第2の媒質層の境界に設けられた電極と、前記第1及び/または第2の媒質層の境界面とは反対側の面に、前記第1及び/または第2の媒質層の境界面とは反対側の面において変位を有し、弾性境界波装置の反共振周波数よりも高域側もしくは通過帯域よりも高域側に現れる、スプリアスとなるモードを減衰させる吸音層とをさらに備えることを特徴とする。
【0017】
本発明に係る弾性境界波装置のある特定の局面では、前記吸音層における横波の音速が、前記吸音層が積層されている第1及び/または第2の媒質層の横波の音速よりも低速である。
【0018】
本発明に係る弾性境界波装置のさらに他の特定の局面では、前記吸音層における縦波の音速が、前記吸音層が積層されている第1及び/または第2の媒質層における縦波の音速よりも低速である。
【0019】
本発明に係る弾性境界波装置では、好ましくは、前記吸音層の横波の音速が、前記吸音層が積層されている第1及び/または第2の媒質層における横波の音速の0.13倍以上、1.23倍以下の範囲にある。
【0020】
本発明に係る弾性境界波装置では、より好ましくは、前記吸音層における音響インピーダンスが、前記吸音層が積層されている第1及び/または第2の媒質層の音響インピーダンスの0.20倍〜5.30倍の範囲にある。
【0021】
本発明に係る弾性境界波装置のさらに別の特定の局面では、前記吸音層が、樹脂、ガラス、セラミックス及び金属からなる群から選択された少なくとも1種により構成されている。
【0022】
本発明に係る弾性境界波装置では、好ましくは、吸音層が積層構造を有する。
【0023】
本発明に係る弾性境界波装置のさらに別の特定の局面では、吸音層が複数の吸音材料層を積層してなる積層構造を有し、第2の媒質層に近い側の吸音材料層の音響特性インピーダンスが、該吸音材料層よりも第2の媒質層から隔てられた吸音材料層の音響インピーダンスと、第2の媒質層の音響インピーダンスとの間の中間の値を有する。
【発明の効果】
【0024】
本発明に係る弾性境界波装置では、第1の媒質層の第2の媒質層の境界に電極が設けられており、さらに第1及び/または第2の媒質層の境界面とは反対側の面である外側面にスプリアスとなるモードを減衰させる吸音層が備えられている。従って、後述の実験例から明らかなように、吸音層の存在により、共振周波数よりも高域側や通過帯域の高域側における複数のスプリアス応答を効果的に抑圧することができる。従って、共振特性やフィルタ特性の良好な弾性境界波装置を提供することが可能となる。
【0025】
吸音層における横波の音速が、吸音層が積層されている第1及び/または第2の媒質層の横波の音速よりも低速である場合には、横波によるスプリアス応答を効果的に抑圧することができる。
【0026】
吸音層における縦波の音速が、吸音層が積層されている第1及び/または第2の媒質層における縦波の音速よりも低速である場合には、縦波による所望でないスプリアス応答を効果的に抑圧することができる。
【0027】
特に、吸音層の横波の音速が、吸音層が積層されている第1及び/または第2の媒質層における横波の音速の0.13倍以上、1.23倍以下の範囲にある場合には、横波による所望でないスプリアス応答を効果的に抑圧することができる。
【0028】
また、吸音層における音響インピーダンスが、第1及び/または第2の媒質層の音響インピーダンスの0.2〜5.3倍の範囲にある場合には、上記所望でない複数のスプリアス応答を効果的に抑圧することができる。
【0029】
本発明においては、吸音層は様々な材料で構成されるが、樹脂、ガラス、セラミックス及び金属からなる群から選択された少なくとも1種により構成されている場合には、十分な吸音性をもつものを有し、かつ比較的硬いため、所望でないスプリアスを効果的に抑圧することができ、かつ強度に優れた弾性境界波装置を提供することができる。上記吸音層は単一材料で形成される必要は必ずしもない。また、樹脂材料は減衰定数の大きい材料が多く、炭素やシリカ、タングステンなどのセラミックスや金属等をフィラーとして加えることにより、様々な音速や音響特性インピーダンスをもつ吸音媒質を構成することができる。例えば、エポキシ系樹脂などの樹脂材料に、上記のようなフィラーを含有させることにより、音速や音響特性インピーダンスを調整し得るだけでなく、弾性波を散乱させることにより、減衰定数の増大効果を得ることもできる。
【0030】
吸音層が積層構造を有する場合には、吸音層を構成する各層の厚み及び材料を選択することにより、所望とする性能を有する吸音層を容易に構成することができる。
【0031】
吸音層が複数の材料層を有する積層構造を有し、第2の媒質層に近い側の吸音材料層の音響特性インピーダンスが、該吸音材料層よりも第2の媒質層から隔てられた吸音材料層の音響インピーダンスと、第2の媒質層の音響インピーダンスとの中間の値を有する場合には、第2の媒質層と、外側の吸音材料層との音響インピーダンスの整合性を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】図1(a)及び(b)は、本発明の一実施形態に係る弾性境界波装置の正面断面図及び模式的斜視図である。
【図2】図2は、SiO/Au/LiNbO構造において、Auの厚みを0.05λ、SiO膜の厚みを1.5λとした時のメインモードである弾性境界波の変位分布を示す図である。
【図3】図3(a)及び(b)は、図2と同じ条件における各スプリアスモードの変位分布を示す図である。
【図4】図4(a)及び(b)は、図2と同じ条件における各スプリアスモードの変位分布を示す図である。
【図5】図5(a)及び(b)は、図2と同じ条件における各スプリアスモードの変位分布を示す図である。
【図6】図6(a)及び(b)は、図2と同じ条件における各スプリアスモードの変位分布を示す図である。
【図7】図7は、図2に示した場合と同一条件におけるその他のスプリアスモードの変位分布を示す図である。
【図8】図8は、図1に示した弾性境界波装置のインピーダンス−周波数特性及び位相−周波数特性を示す図である。
【図9】図9(a)及び(b)は、吸音層の密度ρが変化した場合のSH型境界波、ストンリー波及び様々なスプリアスモードの音速の変化及び減衰定数の変化を示す各図である。
【図10】図10(a)及び(b)は、吸音層の横波音速Vsが変化した場合のSH型境界波、ストンリー波及び様々なスプリアスモードの音速の変化及び減衰定数の変化を示す各図である。
【図11】図11(a)及び(b)は、吸音層の音響特性インピーダンスZsを固定した条件で吸音層の横波音速Vsを変化させた場合のSH型の弾性境界波、ストンリー波及び様々なスプリアスモードの音速の変化及び減衰定数の変化を示す各図である。
【図12】図12(a)及び(b)は、吸音層の横波音速を固定した条件で、吸音層の音響特性インピーダンスZsが変化した場合のSH型境界波、ストンリー波及び様々なスプリアスモードの音速の変化及び減衰定数の変化を示す各図である。
【図13】図13は、SiO膜の膜厚を変化させた場合の横波音速の比と、スプリアスモードのインピーダンス比との関係を示す図である。
【図14】図14は、Sio2膜の膜圧を変化させた場合の音響インピーダンスの比と、スプリアスモードのインピーダンス比との関係を示す図である。
【図15】図15は、本実施形態の弾性境界波共振子のインピーダンス及び位相−周波数特性を示す図である。
【図16】図16、本発明の実施形態に係る弾性境界波フィルタの減衰量−周波数特性を示す図である。
【図17】図17は、本発明に係る弾性境界波装置の変形例を示す部分切欠正面断面図である。
【図18】図18は、本発明に係る弾性境界波装置の他の変形例を示す部分切欠正面断面図である。
【図19】図19は、本発明に係る弾性境界波装置のさらに他の変形例を示す部分切欠正面断面図である。
【図20】図20は、本発明に係る弾性境界波装置のさらに他の変形例を示す部分切欠正面断面図である。
【図21】図21は、本発明に係る弾性境界波装置のさらに他の実施形態を説明するための部分切欠正面断面図である。
【図22】図22は、本発明に係る弾性境界波装置の他の実施形態を説明するための部分切欠正面断面図である。
【図23】図23は、図22に示した弾性境界波装置の要部を示す斜視図である。
【図24】図24は、本発明の弾性境界波装置のさらに別の実施形態を示す正面断面図である。
【図25】図25は、本発明の弾性境界波装置のさらに他の実施形態を示す正面断面図である。
【図26】図26は、本発明の弾性境界波装置のさらに別の実施形態を示す正面断面図である。
【図27】図27は、(a)〜(g)は、本発明の弾性境界波装置の製造方法の一例を説明するための正面断面図である。
【図28】図28(a)〜(f)は、本発明の弾性境界波装置の製造方法の他の例を説明するための各正面断面図である。
【図29】図29(a)〜(h)は、本発明の弾性境界波装置の製造方法のさらに他の例を説明するための正面断面図である。
【図30】図30(a)〜(f)は、本発明の弾性境界波装置の製造方法のさらに別の例を説明するための各正面断面図である。
【図31】図31は、本発明に係る弾性境界波装置のさらに他の実施形態を説明するための部分切欠正面断面図である。
【図32】図32は、従来の弾性境界波装置を説明するための正面断面図である。
【図33】図33は、従来の弾性境界波装置として形成した1ポート型弾性境界波共振子の電極構造を模式的平面図である。
【図34】図34は、従来の弾性境界波装置のインピーダンス−周波数特性上に現れるスプリアスモードを説明するための図である。
【図35】図35は、従来の弾性境界波装置を複数用いて構成されたラダー型回路の回路図である。
【図36】図36は、従来の弾性境界波素子を複数用いて構成されたラダー型フィルタの減衰量周波数特性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下、図面を参照しつつ本発明の具体的な実施形態を説明することにより、本発明を明らかにする。
【0034】
本願発明者らは、上記スプリアスの原因を調べるため、数値解析を行った。この数値解析は、文献「A method for estimating optimal cuts and propagation directions for excitation and propagation directions for excitation of piezoelectric surface waves」(J
.J.Campvell and W.R.Jones,IEEE Trans.Sonics and Ultrason.,Vol.SU−15(1968)pp.209−217)に開示されている方法を元に行ったものである。ここでは、SiOとAuとの境界及びAuとLiNbOとの境界における変位と上下方向の応力を連続とし、短絡境界であるため電位を0とし、SiOの厚みを所定の値とし、15°Y−X伝搬のLiNbOの厚みを無限大として、境界波の変位分布とスプリアスモードの変位分布を求めた。
【0035】
図2は、Auの厚みを0.05λ、SiOの厚みを1.5λとした時のメインモードである弾性境界波の変位分布を示す。
【0036】
また、図3(a)〜図7は、図2と同一条件における各スプリアスモードの変位分布を示す図である。また、図2に示されている変位分布を示す境界波と、図3(a)〜図7に示す各変位分布が示されているスプリアスモードは、応答周波数が低い順から並べられている。すなわち、図2に示す境界波の周波数が最も低く、図7に示すスプリアスモードの周波数が最も高い。また、λは、メインモードである境界波の波長である。
【0037】
また、図2〜図7において、実線はU1成分(変位のX方向成分)、破線はU2成分(変位のX方向成分)、一点鎖線U3成分(変位のX方向成分)を示す。
【0038】
上記X方向とは、境界面において境界波が伝搬する方向をいうものとし、X方向とは、境界面に含まれる方向であって、かつX方向と直交する方向であり、X方向とは、境界面と直交する方向である。
【0039】
一般に、弾性波には、U1成分で構成されるP波、U2成分で構成されるSH波及びU3成分で構成されるSV波が存在する。弾性境界波や上記スプリアスモードは、部分波であるP波、SH波及びSV波の組み合わせによるモードである。なお、図3(b)〜図7では、Au層の位置のみを示し、SiO層及びLiNbO層の表示は図示を容易とするために省略している。
【0040】
図2から明らかなように、メインモードである境界波では、U2成分が主体であるSH型の境界波であることがわかる。
【0041】
そして、図3(a)〜図7から明らかなように、スプリアスモードはU2成分主体のスプリアスモードと、U1及びU3成分主体のスプリアスモードと、U1成分主体のスプリアスモードの3種類に大別されることがわかる。この3種類のスプリアスモードは、第2の媒質層であるSiO膜の表面と境界層に配置されたAuからなる電極との間でエネルギーの多くを閉じ込められて伝搬する。そして、3種類のスプリアスモードが発生するため、上述した図34及び36に示した複数の高域側のスプリアス応答が生じたと考えられる。
【0042】
なお、図3(a)〜図7に示したスプリアスモードの他に、U1及びU3成分主体のストンリー波と類似したモード(以下、ストンリー波と総称する)も伝搬するが、SiO/Au(0.05λ)/15°Y−X伝搬LiNbO構造では、ストンリー波の電気機械結合係数はほぼ0であり、ストンリー波は励振されない。
【0043】
本願発明者らは、上記図2〜図7に示した結果を考慮し、第2の媒質層にエネルギーが閉じ込められて伝搬するモードを抑制すれば、上述した高域側の複数のスプリアス応答を抑制し得ると考え、本発明をなすに至った。
【0044】
図1(a)及び(b)は、本発明の第1の実施形態に係る弾性境界波装置を示す正面断面図及び模式的斜視図である。
【0045】
弾性境界波装置1は、第1の媒質層2を有する。第1の媒質層2は、15°Y−X伝搬のLiNbO単結晶基板により構成されている。もっとも、本発明において、第1の媒質層2は、他の単結晶基板、例えば他の結晶核のLiNbO圧電単結晶基板などにより構成されていてもよく、LiTaOなどの他の圧電単結晶により構成されていてもよい。
【0046】
第1の媒質層2の上面には、IDT3及び反射器4,5が形成されている。本実施形態では、IDT3の両側にグレーティング反射器4,5が配置されて、1ポート型弾性境界波素子が構成されている。
【0047】
上記IDT3及び反射器4,5を覆うように第2の媒質層6が形成されている。第2の媒質層6は、本実施形態では、SiO膜により構成されている。
【0048】
そして、第2の媒質層6の上面に、吸音層7が形成されている。吸音層7は、弾性波の減衰定数が第2の媒質層6よりも大きな樹脂により構成されている。本実施形態では、上記IDT3及び反射器4,5は、厚さ0.003λのNiCrからなる密着層上に、厚さ0.05λのAuからなる主電極層を積層することにより構成した。そして、IDTには、図34に示した特性を得た弾性境界波素子の場合と同様に、交叉幅重み付けを施し、電極指の対数は50対、対向するバスバー間の距離は30.5λ、IDT3を構成する電極指のデューティ比は0.55とした。また、反射器4,5の電極指の本数はそれぞれ50本とした。さらにIDTの電極指の電極指先端間距離は0.25λ、最大交差幅は30λとした。IDT3と反射器4,5のλは一致させ、IDT3と反射器4,5との電極指中心間距離は0.5λとした。さらに、SiO膜の厚みは2λとし、図34に示した特性の比較例の場合と同様に、RFマグネトロンスパッタによりウエハー加熱温度200℃で成膜を行った。
【0049】
従って、弾性境界波装置1は、吸音層7が設けられていることを除いては、上記した比較例と同様に構成されている。
【0050】
そして、吸音層7は、硬度調整したエポキシ系樹脂により構成されており、5λ以上の厚みを有する。吸音層7の形成は、第2の媒質層6上にエポキシ系樹脂を塗布し、硬化することにより行った。
【0051】
弾性境界波装置1のインピーダンス−周波数特性及び位相−周波数特性を図8に示す。
【0052】
図8を、図34と比較すれば明らかなように、1700MHz付近のスプリアス応答のインピーダンス比(共振周波数と反共振周波数におけるインピーダンスの比)は、図34では29.3dBであったのに対し、本時実施形態では7.1dBと著しく小さくなっていることがわかる。すなわち、吸音層7の形成により、高域側の所望でないスプリアス応答を効果的に抑圧し得ることがわかる。
【0053】
もっとも、図8に示した周波数特性では、1700MHz付近のスプリアスを完全に抑圧することはできていない。
【0054】
本願発明者の知見によれば、音速の遅い層と音速の速い層が混在する積層構造を伝搬する弾性波は、音速の遅い層にエネルギーを集中させて伝搬することがわかっている。従って、第2の媒質層の表面に配置される吸音層7は、弾性波の音速が遅い材料で構成し、吸音層7/第2の媒質層/電極/第1の媒質層2の積層構造を用いることにより、第2の媒質層から吸音層7にスプリアスとなるモードのエネルギーを移行させ得ることがわかる。
【0055】
すなわち、吸音層7は、吸音媒質として作用し、吸音層7に移行したスプリアスモードのエネルギーは再度第2の媒質層6には戻らないことになる。この場合、弾性境界波装置1の主応答である弾性境界波は境界面近傍にエネルギーを集中して伝搬しているため、弾性境界波自体のエネルギーの劣化は生じ難い。
【0056】
図2〜図7に示した上述した解析結果では、SV波が主成分とするスプリアスモード、SH波が主成分となるスプリアスモード及びP波が主成分となるスプリアスモードの3種類のスプリアスモードが確認された。
【0057】
従って、SH波とSV波が主成分となるスプリアスモードを抑制するには、第2の媒質層における横波の音速よりも、吸音層7の横波の音速を遅くすれば強く抑制し得ることがわかる。また、P波が主成分となるスプリアスモードを効果的に抑制するには、第2の媒質層における縦波の音速よりも吸音層7の縦波の音速を遅くすればよいことがわかる。
【0058】
他方、第2の媒質層6から吸音層7に移行するモードのエネルギーTは、第2の媒質層6の音響特性インピーダンスをZ、吸音層7の音響特性インピーダンスをZとすると、T−4Z/(Z+Zで表される。
【0059】
上記式から明らかなように、第2の媒質層6の音響特性インピーダンスZと吸音層7の音響特性インピーダンスZとが近いほど、第2の媒質層6から吸音層7に移行するエネルギー量Tが増加し、スプリアスモードを効率良く抑制し得ることがわかる。
【0060】
従って、SH波とSV波を主成分とするスプリアスモードを抑制するには、第2の媒質層6と吸音層7の横波の音響特性インピーダンスを整合、すなわち近接させることが望ましい。また、P波を主成分とするスプリアスモードを抑制するには、第2の媒質層6と吸音層7における縦波の音響インピーダンスを整合させることが望ましい。
【0061】
よって、第2の媒質層よりも低速であり、音響整合性が高く、吸音効果の高い材料により吸音層7を構成することが望ましい。
【0062】
また、上記検討結果を確かめるために、図1に示した弾性境界波装置1における解析を行った。この解析においては、第1の媒質層2は、厚み無限大の15°Y−X LiNbO基板からなり、第2の媒質層6が厚さ1.5λのSiO膜、IDTが厚さ0.05λのAu膜とした。吸音層7とSiO膜との境界、SiO膜とAuとの境界及びAuとLiNbOとの境界における変位と上下方向の応力を連続とし、SiOとAuとの境界及びAuとLiNbOの境界は短絡境界であるため、電位を0とした。吸音層7は等方体として扱い、厚さを無限とし、SiO膜から吸音層7に通過した波が吸収される様子を模した。この構造において、境界波とスプリアスモードの音速と伝搬損失を求めた。
【0063】
等方体を伝搬する縦波と横波の音速と音響特性インピーダンスにつき説明する。等方体の弾性スチフネス係数C11,C12と、密度ρより、横波の音速をVs、縦波の音速をVp、横波の音響特性インピーダンスをZs、縦波の音響特性インピーダンスをZpとした時、Vs、Vpは以下の式で表される。
【0064】
【数1】

【0065】
図9(a)〜図10(b)は、上記弾性境界波装置において、吸音層の密度ρを様々に変化させたことを除いては、上記と同様に構成された弾性境界波装置における吸音層の密度ρと、横波音速Vsと、伝搬する境界波、U2成分主体のスプリアスモード及びU3成分主体のスプリアスモードの各音速及び減衰定数との関係を示す各図である。
【0066】
なお、図9から後述の図12までにおいて、U2成分主体のスプリアスモードとしては、U2成分主体の次数の低いスプリアスモード、すなわちU2高次−1モードと、U2成分主体の次数の高いスプリアスモード、すなわちU2高次−2モードが示されている。また、U3成分主体のスプリアスモードとしては、U3成分主体の次数の低いU3高次−1モードと、次数の高いU3高次−2モードとが示されている。
【0067】
SiOの横波音速は3757m/秒であり、密度は2210kg/mであるため、吸音層の横波音速は3757m/秒、密度が2210kg/mでスプリアスモードの減衰定数が極大となり、スプリアスが抑圧される。他方、SH型境界波とストンリー波は全く減衰しない。なお、ここで計算した構成では、ストンリー波の電気機械結合係数は前述したようにほぼ0となるため、ストンリー波は伝搬可能であるが、励振されないため、スプリアスとはならない。
【0068】
図9(a)〜図10(b)では、吸音層の密度を変化させただけであるため、吸音層の横波音速と横波の音響特性インピーダンスによる効果を評価することはできない。そこで、吸音層における横波の音響特性インピーダンスZsを、SiOの横波の音響特性インピーダンスである8.30×10kg/m・秒に固定し、下記の関係式を用いて定数を決定し、吸音層の横波音速Vsを変化させ、SH型の弾性境界波と、U2成分主体のスプリアスモード及びU3成分主体のスプリアスモードの各音速及び減衰定数との関係を求めた。図11(a)及び(b)に結果を示す。
【0069】
C11=C12+2Zs/ρ
【0070】
次に、吸音層の横波音速Vsを3757m/秒に固定し、下記の関係式を用いて定数を決定し、音響特性インピーダンスZsを変化させ、SH型境界波、U2成分主体のスプリアスモード及びU3成分主体のスプリアスモードの各音速及び減衰定数との関係を求めた。図12(a)及び(b)に結果を示す。
【0071】
C11=C12+2ρVs
【0072】
図11(a)及び(b)から、吸音層の横波音速VsがSiOの音速3757m/秒に近いほど、スプリアスモードの減衰定数が大きくなり、かつSiOの音速よりも低音速の場合に減衰定数が大きいことがわかる。弾性境界波装置に用いられるIDTの電極指の対数は通常10〜50対であり、伝搬波長に対して10λ〜50λの範囲とされている。計算で求められた減衰定数αは±X方向のエネルギーの放射を表す。スプリアスモードが減衰定数が0.5dB/λであれば10λで例えば5dB減衰し、50λでは例えば25dB減衰する。この減衰は、吸音層側に弾性波が放射することによる減衰である。
【0073】
さらに、吸音層自体の吸音効果による減衰も加わる。従って、十分なスプリアス抑制効果が得られる。スプリアスモードの減衰定数が1.0〜1.5dB/λ以上であれば、さらに優れたスプリアス抑制効果が得られる。
【0074】
吸音層の横波音速Vsは、より好ましくは、SiOの横波音速の0.13〜1.23倍の範囲で、U2成分主体及びU3成分主体の次数の高いスプリアスモード、すなわちU2高次−2モード及びU3高次−2モードが1.5dB/λ以上減衰し、またU2成分主体の次数の低いスプリアスモードすなわちU2高次−1が0.5dB/λ以上減衰することが確認できた。さらに好ましくは、吸音層の横波音速Vsが、SiOの横波音速の0.6〜1.00倍の範囲で、U3成分主体の次数が低いスプリアスモード、すなわちU3高次モードが0.5dB以上減衰する。同一の部分波成分を主体とするモードの場合、次数が低いモードほど電気機械結合係数が大きい傾向があり、大きなスプリアスとなりやすい。
【0075】
なお、U2成分主体の2つ目の高次スプリアスモードであるU2高次−2と表記されているスプリアスモードは、吸音層の横波音速Vsが5000m/秒以上であっても、0.003dB/λの減衰定数を有する。また、U3成分主体の2つ目の高次スプリアスモード(U3高次−2)も、吸音層の横波音速Vsが5000m/秒以上であっても、0.477dB/λの減衰定数を持つ。これらの減衰定数は、スプリアスモードの音速が、LiNbO単結晶基板のSH波の音速またはSV波の音速よりも速いため、単結晶基板側にエネルギーを放射するために発生する。
【0076】
また、図12(a)及び(b)から、吸音層の音響特性インピーダンスZsがSiOの音響特性インピーダンスである8.30×10kg/m・秒に近いほどスプリアスモードの減衰定数が大きいことがわかる。U2高次−1と表記されているスプリアスモードは、吸音層の音響特性インピーダンスZsが、SiOの音響特性インピーダンスの0.45倍〜3.61倍で0.5dB/λ以上減衰し、0.75倍〜1.99倍で1.0dB/λ以上減衰し望ましく、0.89倍〜1.48倍で1.5dB/λ以上減衰しさらに望ましい。
【0077】
また、U2高次−2で表されるスプリアスモードは、吸音層の音響特性インピーダンスがSiOの音響特性インピーダンスの0.20倍〜5.30倍で0.5dB/λ以上減衰し、0.41倍〜3.25倍で1.0dB以上減衰し望ましく、0.57倍〜1.88倍で1.5dB/λ以上減衰しさらに望ましい。
【0078】
また、U3高次−1で表されているスプリアスモードは、吸音層の音響特性インピーダンスZsがSiOの音響特性インピーダンスの0.84倍〜1.29倍以上で0.5dB/λ以上減衰し、0.96倍〜1.08倍で1.0dB/λ以上減衰し望ましく、0.99倍〜1.02倍で1.5dB以上減衰しさらに望ましい。
【0079】
さらに、U3高次−2と表されているスプリアスモードは、吸音層の音響特性インピーダンスZsがSiOの音響特性インピーダンスの0.71倍以上で0.5dB/λ以上減衰し、0.76倍〜1.98倍で1.0dB/λ以上減衰し望ましく、0.89倍〜1.47倍で1.5dB/λ以上減衰しさらに望ましい。
【0080】
計算結果を実証するために、実験を行った。図34に示した特性を有する比較例の弾性境界波共振子のSiO表面に、種々の吸音層を密着形成し、図1に示した実施形態の弾性境界波装置1を構成した。図13は吸音層の横波音速をSiOの横波音速で除算することにより得られた横波音速比(Vs比)と、スプリアスモードのインピーダンス比の関係を示し、図14は、吸音層の横波の音響インピーダンスをSiOの横波の音響インピーダンスで除算して得られた音響インピーダンス比(Zs比)と、スプリアスモードのインピーダンス比との関係を示す。なお、スプリアスモードのインピーダンス比とは、スプリアスモードの共振周波数と反共振周波数のインピーダンスの比が、最も大きいスプリアスモードのインピーダンスの比をいうものとする。
【0081】
上記弾性境界波装置においては、Vs比を0.273及びZs比を0.127とした場合、スプリアスモードのインピーダンス比は7.1dB以上であるが、吸音層のZs比を0.393以上とすると、スプリアスモードのインピーダンス比は3.9dB以下となり、Zs比が1に近づくほどスプリアスモードのインピーダンス比が小さくなる。また、Vs比を0.488以上とすれば、スプリアスモードのインピーダンス比は3.9dB以下となり、Vs比が1に近づくほど、スプリアスモードのインピーダンス比は小さくなる。
【0082】
図15は、SiO膜の表面に、Vs比0.633及びZs比0.547の吸音層を形成した場合の弾性境界波共振子の共振特性を示し、図16は、上記弾性境界波共振子を用いて構成されたラダー型フィルタのフィルタ特性を示す。
【0083】
前述した図7では、吸音層の吸音効果による横波の減衰定数は7.1dB/λであったのに対し、図15及び図16に示した特性で得られた構成では、吸音層の横波の減衰定数は1.75dB/λであった。この結果から、吸音層は、減衰定数が大きいのみでは、スプリアスモードを十分に抑圧できず、音響インピーダンスを整合させることにより、スプリアスモードをより一層効果的に抑圧し得ることがわかる。
【0084】
なお、本発明においては、吸音層は、第2の媒質層と同種類の材料により構成されてもよい。その場合であっても、主応答である弾性境界波のエネルギーが存在する領域においてのみ減衰定数を小さくし、その外側の減衰定数を大きくすればよい。なお、「同種の材料」とは、必ずしも全く同一であることを意味せず、例えば、以下に述べる例のように、SiO膜であっても、成膜方法の相違により特性が異なるものとなる。このように、製法が異なる2種のSiO膜のような組み合わせが、上記同種の材料の表現に含まれるものである。第2の媒質層をスパッタ膜などで構成する場合、一般に減衰定数の大きな低品位な膜は高速で成膜でき、かつ安価であるのに対し、減衰定数の小さな高品位の膜では、低速成膜でありかつ高価である。例えば、SiO膜/Al電極/Au電極/LiNbOからなる弾性境界波装置において、吸音層として、SiO膜の上方に、第2のSiO膜を形成してもよい。この場合、第2の媒質層を構成するSiO膜については、減衰定数が小さく高品位なSiO膜で構成し、厚さを0.5λ程度とし、吸音層を構成する第2のSiO膜は、減衰定数の大きな低品位なSiO膜により、例えば厚み1.0λ程度に形成すればよい。このような構成では、弾性境界波装置の性能をほとんど劣化させず、安価にスプリアス応答を抑制することができる。この場合、高品位のSiO膜と、低品位のSiOの弾性定数や密度は近い値であるため、主モードである弾性境界波の深さ方向の変位分布はほとんど変化しない。低品位の膜は、高品位の膜と同一の装置で連続的に成膜することができるが、後述の工程で製造されてもよい。すなわち、高品位の膜及び低品位の膜の一方をスパッタリング、スピンコート法、スクリーン印刷及びCVDのいずれかにより、他方他のいずれかにより形成してもよい。
【0085】
また、第1,第2の媒質層は、それぞれ、第1の材料層で構成されている必要は必ずしもない。例えば、第2の媒質層は、複数の媒質材料層を積層した積層構造を有していてもよい。図17は、第2の媒質層が積層構造を有する変形例の弾性境界波装置の部分切欠正面断面図である。この弾性境界波装置21では、第1の媒質層22上にIDT23が形成されており、IDT23を覆うように、第2の媒質層26が形成されている。ここでは、第2の媒質層26は、媒質材料層26a上に、媒質材料層26bを積層した構造を有する。また、第2の媒質層26上に、吸音層27が形成されている。
【0086】
媒質材料層26a,26bは、適宜の材料により構成される。例えば、媒質材料層26aはSiOにより、媒質材料層はSiNにより構成されることができる。3以上の媒質材料層を積層し、それによって第2の媒質層を構成してもよい。
【0087】
さらに、減衰定数が大きい媒質材料層と、減衰定数が小さい媒質材料層とを積層した構造としてもよく、減衰定数が大きい媒質材料層と、減衰定数が小さい媒質材料層とを交互に積層してもよい。減衰定数の小さい媒質材料層は緻密性に優れていることが多く、従って、境界面に対して外側に配置することにより、境界面付近の耐湿性を高めることができる。
【0088】
また、本発明においては、第1の媒質層も、積層構造を有していてもよい。本発明は、境界波が伝搬する境界面及びその近傍における境界波伝搬材料の減衰定数を小さくし、かつ外側の少なくとも一部の層に吸音層を構成することによりスプリアスモードを抑制したことに特徴を有する。さらに、吸音層により吸音効率を高めるために、上記のように吸音層と境界波伝搬媒質層の音響特性インピーダンスが整合されたり、吸音層が低音速化されて、スプリアスモードを漏洩モードとし、スプリアスを効果的に抑圧したことに特徴を有する。従って、吸音層の弾性波の減衰定数は、第1,第2の媒質層の減衰定数よりも大きいことが望ましい。
【0089】
本発明において用いられる上記吸音層を構成する材料は、第1,第2の媒質層に比べて、弾性波の減衰定数が大きければ特に限定されない。吸音層を構成する材料の例としては、例えば、エポキシ、フェノール、アクリレート、ポリエステル、シリコーン、ウレタン、ポリイミドなどの各種樹脂、低融点ガラスや水ガラスなどの各種ガラス、アルミナセラミックスや金属膜なども利用できる。
【0090】
特に樹脂材料は減衰定数が大きい材料が多く、その組成を容易に調製することができる。従って、様々な音速や音響特性インピーダンスを有する吸音層を構成することができるため、吸音層は、好ましくは樹脂材料により構成される。
【0091】
吸音層も複数の吸音材料層を積層してなる積層構造を有していてもよい。例えば、図18に示す変形例の弾性境界波装置31では、第2の媒質層6の上面に、第1の吸音材料層7aと、第2の吸音材料層7bとが積層された吸音層7が構成されている。ここでは、吸音材料層7aの音響特性インピーダンスが、好ましくは、第2の媒質層6の音響特性インピーダンスと、第2の吸音材料層7bの音響特性インピーダンスの中間の値とされ、それによって音響特性インピーダンスの整合状態が高められる。この場合、吸音材料層7aは、第2の媒質層6と吸音材料層7bの音響整合を図るために設けられているものであるため、吸音材料層7aは、媒質層6よりも減衰定数が大きいことが望ましいが、必ずしも減衰定数が媒質層6の減衰定数よりも大きい必要はない。
【0092】
本発明に係る弾性境界波装置では、図19に示すように、吸音層7の下方に導体層41が形成されていてもよい。また、図20に示すように、吸音層7の上面に導体層42が設けられていてもよい。このように、本発明においては、吸音層の上面及び下面の少なくとも一方に導体層が備えられていてもよく、それによって、例えばフィルタを構成した場合には入出力端子間の直達電磁波による減衰量の劣化を抑制することができる。好ましくは、上記導体層41,42は、IDTや反射器が設けられている領域と、媒質層を介して対向している領域に形成されていることが望ましく、それによって減衰量の劣化を抑制する効果を高めることができる。
【0093】
さらに、入力側IDTと出力側IDTとを含む場合には、入力側IDTと媒質層を介して対向される導体層と、出力側IDTと媒質層を介して対向される導体層とが分割されていることが望ましく、かつそれぞれの導体層が別の配線電極によりグラウンド電位に接続されることが望ましい。それによって、減衰量劣化抑制効果をより一層高めることができる。
【0094】
また、本発明に係る弾性境界波装置では、上記吸音層7は、樹脂系接着剤などの樹脂材料により構成することが望ましい。しかし、内部にガスが残留していると、リフロー半田時に割れが発生したり、経時的な脱気によりチップ応力の変化が生じ、周波数特性の経時変化が生じるおそれがある。これを防止するには、吸音層を樹脂材料により形成する工程において、すなわち例えば室温で吸音層を塗布した後、真空中で脱気することが望ましい。この場合、真空中で加熱し、吸音材料層を硬化すればよい。
【0095】
本発明に係る弾性境界波装置では、第2の媒質層や吸音層の上面に引き回しなどのために、配線電極を形成してもよい。例えば、図21に示す変形例の弾性境界波装置51では、吸音層7の上面に、配線電極52が形成されている。配線電極52の一端が、スルーホール電極53、スルーホール電極54及び配線電極55を介してIDT3に電気的に接続されている。ここで、スルーホール電極53は、吸音層7に設けられており、スルーホール電極54は第2の媒質層6に設けられている。
【0096】
例えば、第1の媒質層2がLiNbO基板、第2の媒質層6がSiOで構成されている場合、第1の媒質層2の誘電率が相対的に高く、第2の媒質層6の誘電率が相対的に低くなる。このような場合には、第2の媒質層6の上面に前記各種電極間を電気的に接続するための引き回し等のための配線電極52等を形成することが望ましく、それによって引き回し配線による寄生容量を抑制することができる。また、例えば、第1の媒質層2がガラス基板、第2の媒質層6がZnO薄膜、吸音層7が低誘電率の誘電体により構成されている場合には、第2の媒質層6の誘電率が相対的に高く、吸音層7の誘電率が相対的に低くなる。このような場合には、吸音層7の上面に引き回し等のための配線電極等を形成することが望ましく、それによって引き回し配線による寄生容量を抑制することができる。従って、弾性境界波装置において、フィルタ特性や共振特性の劣化を抑制することができる。寄生容量が存在すると、減衰量が劣化したり、フィルタや共振子の帯域が狭くなったりし、望ましくない。
【0097】
また、上記のように、IDT3が配置されている部分と、配線電極52とが異なる層に配置されている場合、層間の接続はスルーホール電極53,54を用いることが望ましい。また、弾性境界波が伝搬する際には、IDT3の形成されている領域のみではなく、電極から僅かに滲み出しながら伝搬する。そのため、スルーホール電極53,54、特にスルーホール電極54内が空洞の場合、空洞部と媒質層6との音響インピーダンス差が大きくなり、スルーホール部における反射係数が大きくなる。従って、スルーホール電極54の形成位置によっては、弾性境界波を反射もしくは散乱したり、共振を生じたりするおそれがある。そのため、スプリアスや減衰量の劣化などの問題を生じるおそれがある。そこで、好ましくは、スルーホール電極54内には、弾性体が充填され、それによって上記音響インピーダンスの差を低減することが望ましい。なお、スルーホール電極53についても同様に弾性体を充填することが望ましい。
【0098】
また、IDT3の形成は、通常フォトリソグラフィーで行われるが、スルーホール電極54内が空洞である場合、レジストのコーティングやウエハーの真空宮中などにより不具合を生じるおそれがある。従って、このような不具合を防止するためによも、スルーホール電極53,54内に、弾性体を充填することが望ましい。また、上記弾性体として、Cuなどの導電材を用いた場合には、配線抵抗を低める効果も期待できる。
【0099】
スルーホール電極53,54内が弾性体で充填されていない場合には、外部からガスが弾性境界波装置の深部まで流入しやすくなり、腐食性ガスによる性能劣化を生じるおそれがある。また、スルーホール電極53,54内が弾性体で充填されている場合においても、該弾性体と弾性境界波装置の第2の媒質層6などとの熱膨張率や弾性率が異なり、応力が発生し、クラックなどが入りやすくなる。従って、外部からの腐食性ガスの侵入に対して脆弱となるおそれがある。特に、弾性境界波装置の一部の層がSiOなどの非晶体やZnOなどの多結晶体で形成されている場合、上記クラックにより膜内部に腐食性ガスが侵入、電極の腐食等を引き起こすおそれがある。
【0100】
そこで、上記のように、複数のスルーホール電極53,54が形成されている構造では、図21に示されているように、スルーホール電極53とスルーホール電極54とが弾性境界波装置内において厚み方向に連続していないことが望ましい。図21では、スルーホール電極53,54は、平面視した場合に異なる位置に配置され、接続電極56により接続されている。それによって、弾性境界波装置の深部への腐食性ガスの侵入を抑制することができる。
【0101】
上記スルーホール電極による層間結線は、配線の自由度が高いため、弾性境界波装置のチップサイズを縮小することができる。しかしながら、弾性境界波装置の第1,第2の媒質層等に単結晶材料を用いた場合には、スルーホール形成が困難となることがある。すなわち、ArとCF混合ガスによる反応性イオンエッチングなどによりスルーホールが形成され得るが、弾性境界波装置の媒質層の厚みが厚い場合には、スルーホール側壁の垂直性を確保することが困難となったり、加工時間が長くなったりするという問題がある。また、穴あけ加工により、媒質層の強度が低下したり、回路基板への実装時や環境温度の変化により、チップ割れが生じたりするおそれがある。さらにスルーホール部分での弾性境界波の反射や散乱が生じたり、腐食性ガスによる問題が生じるおそれもある。これらの問題は、スルーホール電極を用いずに、弾性境界波装置の外表面に設けられた配線電極により結線を行うことにより解決することができる。
【0102】
図22は、外表面に配線電極が形成されている変形例の弾性境界波装置を示す模式的部分切欠断面図である。
【0103】
弾性境界波装置61では、第1の媒質層2上にIDT63と反射器(図示せず)が形成されている。IDT63及び反射器を覆うように第2の媒質層66が積層されている。第1の媒質層2と第2の媒質層66との境界面において、IDT63に接続されるように接続電極67が形成されている。接続電極67は、弾性境界波装置61の外表面に引き出されている。そして、第2の媒質層66の上面に、第3の媒質層68が積層されている。第2の媒質層66と第3の媒質層68との間の境界に、配線電極69が形成されている。配線電極69もまた、弾性境界波装置61の外側面に引き出されている。
【0104】
なお、第1,第2の媒質層2,66は、第1の実施形態の弾性境界波装置の第1,第2の媒質層2,6と同様に構成され得る。第3の媒質層68は、第2の媒質層66と同種の材料で構成されている。すなわち、本実施形態では、第2の媒質層66と第3の媒質層68とを有する積層構造により、境界面の上方の媒質層が構成されている。もっとも、第3の媒質層68は、第2の媒質層66と異種の材料で構成されていてもよい。
【0105】
第3の媒質層68の上面には、吸音層7が形成されている。吸音層7は、第1の実施形態における吸音層7と同様の材料で構成され得る。
【0106】
第3の媒質層68と吸音層7との間の界面に、配線電極71が形成されている。配線電極71もまた、弾性境界波装置61の外表面に引き出されている。
【0107】
そして、弾性境界波装置61の外側面には、配線電極72が形成されている。配線電極72は、接続電極67、配線電極69,71を弾性境界波装置61の外表面において電気的に接続している。
【0108】
また、弾性境界波装置61では、吸音層7の上面に外部接続電極73が形成されており、外部接続電極73に配線電極72が接続されている。また、弾性境界波装置61では、第2の媒質層66、第3の媒質層68及び吸音層7が積層されている構造の外表面が、外部接続電極73が設けられている部分を除いて保護膜74により被覆されている。保護膜74は、適宜の絶縁性樹脂、例えばエポキシ樹脂などにより構成され得る。保護膜74の形成により、弾性境界波装置61の耐湿性などの耐環境特性を高めることができる。
【0109】
図23は、図22に示す弾性境界波装置61において、上記保護膜74及び外部接続電極73とを除去した構造を模式的に示す斜視図である。図22及び図23から明らかなように、弾性境界波装置61では、上記第2の媒質層66、第3の媒質層68及び吸音層7が、配線電極72が設けられている外側面部分において段差を有するように積層されている。言い換えれば、第2の媒質層66、第3の媒質層68及び吸音層7の、配線電極72が設けられている外側面部分がこの順序で中央寄りに位置している。また、接続電極67、及び配線69,71は、該段差部に引き出されている。そのため、配線電極72は、接続電極67及び配線69,71と大きな面積で確実に電気的に接続されている。
【0110】
上記段差部を有する弾性境界波装置61の製造に際しては、マザーのウエハー段階で多数の弾性境界波装置61を構成し、しかる後フォトリソグラフィー、スクリーン印刷またはめっきなどにより、一括して外部接続電極73を形成した後、配線電極72を形成した後、個々の弾性境界波装置61単位にマザーのウエハーを分割することにより得られる。従って、層間結線を効率良くかつ安価に行うことができる。
【0111】
図24は、本発明のさらに他の実施形態に係る弾性境界波装置を示す模式的正面断面図である。本実施形態の弾性境界波装置81では、LiNbOからなる第1の媒質層2上にIDT3及び反射器4,5が形成されている。そして、IDT3及び反射器4,5を含む電極構造を被覆するように第2の媒質層6が形成されている。第2の媒質層6は、SiO膜により形成されている。
【0112】
そして、第2の媒質層6の上面には、LiNbO基板よりも線膨張係数が小さく、熱伝導率が大きい熱伝導性材料層82が積層されている。熱伝導性材料層82は、本実施形態では、ダイヤモンドライクカーボン薄膜により形成されている。熱伝導性材料層82の上面には、吸音層7が積層されている。吸音層7は、第1の実施形態の吸音層7と同様の材料で構成され得る。
【0113】
また、吸音層7の上面には、エポキシ樹脂層83が形成されている。エポキシ樹脂層83の上面には、配線電極84,85が形成されている。そして、配線電極84,85を覆うように保護膜86が形成されている。エポキシ樹脂層83、配線電極84,85及び保護膜86は、弾性境界波装置81において、上方に配線回路部分を構成するために設けられている。
【0114】
保護膜86は、前述した保護膜74と同様に、エポキシ樹脂などからなり、弾性境界波装置81の上方部分において耐湿性等を高めるために設けられている。
【0115】
本実施形態の弾性境界波装置81では、第2の媒質層6の上面に熱伝導性材料層82が設けられているため、放熱効果が高められ、大電力投入時の温度上昇を抑制することができる。従って、弾性境界波装置の耐電力性を高めることができる。
【0116】
加えて、吸音層7が設けられているため、第1の実施形態の弾性境界波装置と同様に、不要スプリアスを効果的に抑圧することができる。
【0117】
また、熱伝導性材料層82を構成する材料としては、上記のように第1の媒質層2を構成している基板材料よりも熱膨張係数が小さく、熱伝導率が高い適宜の材料を用いることができる。
【0118】
なお、本発明に係る弾性境界波装置の温度変化による特性の変化量は、単位温度あたりの音速変化量と、単位温度あたりの伝搬方向の基板の長さ変化量により決定される。従って、温度による基板の伸縮を抑制できれば、温度変化による周波数変動を小さくすることができる。そこで、線膨張係数が弾性境界波伝搬基体にある第1の媒質層よりも小さい線膨張係数材料層を第1,第2の媒質層間や、第1または第2の媒質層の表面に配置すればよい。それによって第1及び/または第2の媒質層の伸縮を抑制し、温度変化による特性変化を小さくすることができる。上記のような低線膨張係数材料層を構成する材料としては、例えば前述したダイヤモンドライクカーボン薄膜などを挙げることができる。
【0119】
また、弾性境界波装置の境界面と平行な方向における熱膨張を抑制することにより、熱膨張係数の小さなセラミック基板からなる実装基板に実装された際の熱膨張係数差により生じる応力を軽減することができ、該応力による破壊を抑制することができる。なお、線膨張係数の極性が、第1,第2の媒質層と逆である層を同様に第1及び/または第2の媒質層表面に形成した場合においても、同様に、熱膨張係数差により生じる応力を破壊することにより、弾性境界波装置の破壊や実装構造の破壊を抑制することができる。
【0120】
すなわち、図24に示した熱伝導性材料層82の代わりに、上記のように、低線膨張係数材料層や、極性が逆の線膨張係数を有する材料層を配置することにより、実装された際の実装構造の温度変化による破壊を抑制することができる。
【0121】
また、図24に示した弾性境界波装置81では、上記配線電極84,85により配線回路が構成されている。この場合、配線電極84,85が構成されている配線回路において、インダクタンス素子、キャパシタンス素子、レジスタンス素子、ストリップライン、あるいはスタブやストリップラインで構成されたマイクロストリップフィルタもしくはミキサーなどを構成してもよい。すなわち、このような様々な電極や回路素子部分を上記エポキシ樹脂層83の上面に形成し、様々な整合回路などを内蔵した弾性境界波装置81を構成することができる。このような回路を内蔵させた場合には、インピーダンス整合回路や変調回路などの外部回路を省略することができる。
【0122】
もっとも、配線電極84,85を含む上記回路部分は、エポキシ樹脂層83の上面に形成される必要は必ずしもなく、例えば第2の媒質層6の境界面とは反対側の面、あるいは吸音層7の少なくとも片面に形成されていてもよい。すなわち、エポキシ樹脂層83及び保護膜86を有しない弾性境界波装置においても、図24に示した弾性境界波装置81の場合と同様に様々な回路を内蔵させることができる。
【0123】
また、弾性境界波装置81にワイヤボンディングやバンプボンドを接合した場合、数十〜数百μmの線路が外部に存在することが多い。これらの線路の特性インピーダンスは、弾性境界波装置の入出力インピーダンスと通常ずれている。従って、インピーダンスミスマッチングによる反射損失などの劣化を生じるおそれがある。従って、弾性境界波装置の内部に、配線電極84,85などを含む回路層を形成した場合には、上述したような長い経路の線路を省略することができ、上記反射損失を低減することができる。特に、1GHzを超える周波数帯では、経路の短縮により、特性を効果的に改善することができる。
【0124】
なお、前記配線電極や回路素子、外部接続電極は、IDTや反射器と厚さ方向に重ねて配置してもよい。このように配置することで、弾性境界波装置チップの面積を小型化できる。
【0125】
なお、本発明に係る弾性境界波装置では、弾性境界波は第1,第2の媒質層間の境界を伝搬するため、ケースにパッケージングされずとも、伝搬特性はさほど劣化しない。そのため、短期的な使用目的に用いられる場合には、弾性境界波装置のパッケージングは必ずしも必要ではない。
【0126】
しかしながら、例えば携帯電話機などに組み込まれる用途などのように、長期的に用いられる場合には、弾性境界波装置の外表面に、例えば図22に示した保護膜74を形成することが望ましい。保護膜74は、耐環境特性や耐湿性を高めるために設けられる。従って、保護膜は、IDTや反射器などの腐食に弱い電極、またはスルーホール周辺などのクラックの入りやすい箇所を覆うように配されることが望ましい。保護膜74の形成により、吸音層を構成しているSiO膜の腐食を抑制したり、腐食性ガスによる電極の腐食を抑制したり、耐湿性を高めたりすることができる。
【0127】
上記保護膜としては、例えば、金属材料層及び合成樹脂層を積層した構造、合成樹脂層、あるいは金属材料層などで構成され得る。一例を挙げると、Au層、Ni層、Al合金層もしくはAu層、Ni層/AlN層からなる金属材料層を形成し、さらにその表面を合成樹脂で被覆することにより保護膜が形成され得る。
【0128】
また、厚膜形成法により形成された金属材料層上に、合成樹脂層を形成することにより保護膜を構成してもよい。
【0129】
図25は、本発明のさらに他の実施形態に係る弾性境界波装置の正面断面図である。弾性境界波装置90では、弾性境界波装置チップ91の下面に、電極91a,91bが設けられている。弾性境界波装置チップ91は、これまで説明してきた各弾性表面波装置と同様にして構成されており、図25では、ハッチングをして略図的に示されている。
【0130】
電極91a,91bが、Auからなるバンプ92a,92bにより、セラミック基板93上の電極93a,93bに接合されている。バンプ92a,92bは、電極91a,91b上に超音波接合により接合されている。上記バンプ92a,92bを接合した後に、樹脂からなる保護膜94により弾性境界波91が被覆されている。このように、保護膜94の形成は、弾性境界波装置チップ91をセラミック基板93上に実装した後に行われてもよい。この場合には、保護膜94により、セラミック基板93から弾性境界波装置チップに加わる応力の緩和も期待され得る。
【0131】
セラミック基板93は、弾性境界波装置チップ91よりも固い材料により構成されている。より具体的には、弾性境界波装置チップ91を構成している媒質層及び誘電体層を積層した構造よりも固い材料で構成されている。電極93a,93bは、下面に設けられた端子93c,93dに電気的に接続されている。ここで、電極93aは、基板93の側面を経て下面に延長され、下面の外部端子93cに電気的に接続されている。他方、電極93bは、スルーホール電極93eにより下面の外部端子93dに接続されている。このように、基板93の下面の外部端子と上面の電極との接続は、スルーホール電極を用いてもよい。
【0132】
本実施例形態の弾性境界波装置90では、セラミック基板93にAuからなるバンプ92a,92bを用いて、弾性境界波装置チップ91が接合されている。
【0133】
従って、弾性境界波装置90は、外部端子93c,93dを利用してプリント回路基板などに表面実装され得る。この場合、プリント回路基板が温度変化等により曲がったりしたとしても、該プリント回路基板からの応力がセラミック基板93により受け止められ、弾性境界波装置チップ91へ該応力が伝わることが抑制される。従って、弾性境界波装置チップ91における周波数特性の劣化が生じ難く、またチップの割れも生じ難い。
【0134】
なお、上記電極91a,91bは、例えば、Au、Ni、及びAlなどの適宜の金属から構成されることができ、またこれらの金属からなる複数の電極層が積層されたものであってもよい。
【0135】
図26は、本発明のさらに他の実施形態に係る弾性境界波装置の正面断面図である。弾性境界波装置96では、弾性境界波装置チップ91の下面に電極91a,91bが設けられている。ここまでは、弾性境界波装置96は、弾性境界波装置90と同様に構成されている。異なるところは、弾性境界波装置チップ91の下面において、電極91a,91b上に、導電ペースト97a,97bを介して外部端子98a,98bが接合されていること、並びにこの導電ペースト97a,97bが設けられている部分において、補強樹脂層99が設けられていることにある。
【0136】
導電ペースト97a,97bは、樹脂系接着剤中に導電性粉末を添加した構成を有する。従って、硬化後においても、比較的柔らかい。よって、外部端子98a,98b側からプリント回路基板などに実装した場合、プリント回路基板側から伝わる応力が導電ペースト97a,97bにおいて緩和される。すなわち、応力緩和層として、導電ペースト97a,97bが機能する。そのため、弾性境界波装置チップ91における特性の劣化や割れが生じ難い。
【0137】
なお、上記導電ペースト97a,97bが比較的柔らかい場合には、好ましくは、図26に示されている補強樹脂層99を設けることが望ましい。補強樹脂層99は、導電ペースト97a,97bの硬化後の強度が十分な場合であり、かつ応力緩和機能を有する場合には必ずしも設けられずともよい。補強樹脂層99は、例えばエポキシ系接着剤などにより構成され得る。
【0138】
なお、本発明に係る弾性境界波装置では、第1,第2の媒質層間の境界を弾性境界波は伝搬するものであるため、該境界波はモードがチップ表面に達することがほとんどない。従って、パッケージングに際して空洞の形成は不要である。すなわち、弾性境界波装置や圧電フィルタでは、振動を妨げないための空隙を有するようにパッケージングを構成しなければならなかった。これに対して、本発明に係る弾性境界波装置では、空隙の形成が不要であるため、パッケージングを施した場合であっても、小型化を進めることができる。
【0139】
図27(a)〜(g)は、本発明に係る弾性境界波装置の製造方法の一例を示す正面断面図である。
【0140】
本実施形態では、まず、マザーのウエハー101が用意される。ウエハー101は、3〜4インチのLiNbO基板により構成されており、第1の媒質層を構成するために用意されている。
【0141】
ウエハー101の上面に、IDT102、反射器103,104及び配線電極105,106などを含む電極構造が形成される。電極構造は、フォトリソグラフィー−リフトオフ法などの適宜の方法により形成され得る。
【0142】
図27(b)に示すように、第2の媒質層107が電極構造を覆うように形成される。第2の媒質層107は、本実施形態では、SiO薄膜をスパッタリングにより成膜することにより形成されている。
【0143】
しかる後、図27(c)に示すように、外部接続部分である配線電極105,106を露出するように、第2の媒質層107がエッチングされる。
【0144】
しかる後、図27(d)に示すように、接続電極108が配線電極106に電気的に接続されるように形成される。接続電極108は、第2の媒質層107の上面107a上に至るように形成されている。
【0145】
しかる後、感光性樹脂をスピンコートすることにより、吸音層109が形成される。吸音層109の上面に、保護膜として、SiN膜110がスパッタリングにより成膜される。
【0146】
しかる後、図27(e)に示すように、フォトリソグラフィー−エッチングにより、配線電極105と、配線電極108を露出するための開口部111,112が形成される。この開口部111,112内に、外部端子113,114がスクリーン印刷により付与される。外部端子113,114は、配線電極105及び接続電極108に電気的に接続されている。
【0147】
このようにして、外部端子113,114が形成された多数の弾性境界波装置が、図27(f)に示すように、マザーのウエハー101において多数構成される。そして、図27(g)に示すように、マザーのウエハー101を分割することにより、多数の弾性境界波装置115を得ることができる。
【0148】
本実施形態の製造方法では、上記のようにマザーのウエハー101の段階で一括して吸音層109が形成される。従って、多数の弾性境界波装置115において、吸音層109のばらつきを低減することができる。また、吸音層109が、感光性樹脂を用いて構成されているので、吸音層109のパターニングを高精度にかつ容易に行うことができる。さらに、保護膜として、SiN膜110の形成により、耐湿性に優れた弾性境界波装置を提供することができる。
【0149】
図28(a)〜(f)は、本発明の弾性境界波装置の製造方法の他の実施形態を説明するための各正面断面図である。
【0150】
本実施形態では、第2の媒質層107の形成工程が異なることを除いては、図27に示した製造方法と同様である。すなわち、図28(a)に示すように、ウエハー101上に図27(a)と同様の電極構造を形成する。しかる後、ウエハー101上において、スパッタ粒子をマスキングしながら外部端子が形成される部分を除いて上記電極構造を覆うように第2の媒質層107を構成する薄膜をスパッタリング法により形成する。このようにして、開口部111,112(図27(e))に相当する開口部が設けられるようにパターニングされた第2の媒質層107が形成される。
【0151】
以下、図28(c)〜(e)に示す各工程は、図27(d)〜(g)に示す工程と同様にして行われる。
【0152】
本実施形態では、第2の媒質層107がエッチングにより除去されにくい材料で構成されていた場合であっても、上記のように第2の媒質層107を外部端子が設けられている開口部を有するように高精度に形成することができる。
【0153】
図29(a)〜(h)は、本発明の弾性境界波装置の製造方法のさらに他の実施形態を説明するための正面断面図である。
【0154】
本実施形態では、マザーのウエハー101上に、第4の媒質層121が形成される(図29(a))。次に、上記第4の媒質層121をパターニングする。図29(b)に示されているように、パターニングされた第4の媒質層121Aでは、後述の電極構造が形成される部分が開口部とされている。
【0155】
しかる後、図29(c)に示すように、上記開口部に開口部の深さと同じか、開口部の深さよりも僅かに薄い厚みとなるように電極構造をフォトリソグラフィー法により形成する。この電極構造では、IDT102、反射器103,104及び配線電極105,106などが形成される。
【0156】
しかる後、図29(c)に示す第2の媒質層107が形成される。本実施形態では、第2の媒質層は第4の媒質層と同じ材料であるが、別の材料でもよい。
【0157】
次に、図29(d)に示すように、第2の媒質層107上に、第3の媒質層122が形成される。そして、図29(e)に示すように、第3の媒質層122上に吸音層123が成膜される。
【0158】
第3の媒質層122は、Si単結晶からなる基板により構成されており、該基板を第2の媒質層107に貼り合わせることにより、図29(d)に示す構造が得られている。
【0159】
次に、感光性樹脂からなる吸音層123をフォトリソグラフィー法によりエッチングし、図29(f)に示されている開口部124,125を形成する。開口部124,125は、配線電極105,106を露出するように設けられる。そして、この開口部124,125に、外部接続端子126,127が設けられる。しかる後、図29(g)に示すように、上記弾性境界波装置が多数形成されたマザーのウエハー101を分割し、図29(h)に示すように、多数の弾性境界波装置を得ることができる。
【0160】
図30(a)〜(f)は、本発明に係る弾性境界波装置のさらに他の製造方法を説明するための断面図である。
【0161】
本実施形態では、図27(a)〜(c)に示す工程と同様の工程を、図30(a)〜(c)に示すように実施する。このようにして、マザーのウエハー101上において、複数の弾性境界波装置のIDT102、反射器103,104及び配線電極105,106が形成され、かつ第2の媒質層107がパターニングされた状態で形成される。
【0162】
本実施形態では、図30(d)に示すように、上記第2の媒質層107のパターニングが完了した段階で、図30(d)に示すように、マザーのウエハー101を個々の弾性境界波装置単位にダイシングにより分割する。しかる後、図30(f)に示す弾性境界波装置131を得るために、個々の弾性境界波チップ段階で外部接続端子132,133及び吸音層134が設けられる。ここで、吸音層134は、本実施形態では、第2の媒質層における横波の音速より、横波の音速が低速となるように組成を調整したエポキシ樹脂により個々の弾性境界波装置を外部接続端子132,133の露出部分を除くように被覆することにより形成される。すなわち、樹脂モールド法により吸音層134が設けられている。
【0163】
このように、吸音層を形成する工程は、マザーのウエハーを個々の弾性境界波装置単位に分割した後に行われてもよい。また、吸音層は、外部接続端子を除く部分をモールドするように形成されてもよく、それによって、弾性境界波装置の耐環境特性をより一層高めることができる。
【0164】
図31は、本発明に係る弾性境界波装置のさらに他の変形例を説明するための正面断面図である。
【0165】
図31に示す弾性境界波装置では、第1の媒質層2の下面に第2の吸音層151が設けられている。その他の構造は、図1に示した弾性境界波装置1と同様である。このように、吸音層は、第2の媒質層の境界面とは反対側の面だけでなく、第1の媒質層の境界面と反対側の面にも設けられてもよい。
【0166】
さらに、吸音層は、第2の媒質層の表面ではなく、第1の媒質層の表面にのみ設けられてもよい。
【符号の説明】
【0167】
1…弾性境界波装置
2…第1の媒質層
3…IDT
4,5…反射器
6…第2の媒質層
7…吸音層
7a…第1の吸音材料層
7b…第2の吸音材料層
21…弾性境界波装置
22…第1の媒質層
23…IDT
26…第2の媒質層
26a,26b…媒質材料層
31…弾性境界波装置
41,42…導体層
51…弾性境界波装置
52…配線電極
53,54…スルーホール電極
55…配線電極
61…弾性境界波装置
63…IDT
66…第2の媒質層
67…接続電極
68…第3の媒質層
69…配線電極
71…配線電極
72…配線電極
73…外部接続電極
74…保護膜
81…弾性境界波装置
82…熱伝導性材料層
83…エポキシ樹脂層
84,85…配線電極
86…保護膜
90…弾性境界波装置
91…弾性境界波装置チップ
91a,91b…電極
92a,92b…バンプ
93…セラミック基板
93a,93b…電極
94…保護膜
96…弾性境界波装置
97a,97b…導電ペースト
98a,98b…外部端子
99…補強樹脂層
101…ウエハー
102…IDT
103,104…反射器
105,106…配線電極
107…第2の媒質層
107a…上面
108…配線電極
109…吸音層
110…SiN膜
111,112…開口部
113,114…外部端子
121…第4の媒質層
121A…パターニングされた感光性樹脂薄膜
123…吸音層
124,125…開口部
126,127…外部接続端子
132,133…外部接続端子
134…吸音層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の媒質層と第2の媒質層との境界を伝搬する弾性境界波を利用した弾性境界波装置であって、
第1の媒質層と、
前記第1の媒質層に積層された第2の媒質層と、
前記第1,第2の媒質層の境界に設けられた電極と、
前記第1及び/または第2の媒質層の境界面とは反対側の面に、前記第1及び/または第2の媒質層の境界面とは反対側の面において変位を有し、弾性境界波装置の反共振周波数よりも高域側もしくは通過帯域よりも高域側に現れる、スプリアスとなるモードを減衰させる吸音層とをさらに備えることを特徴とする、弾性境界波装置。
【請求項2】
前記吸音層における横波の音速が、前記吸音層が積層されている第1及び/または第2の媒質層の横波の音速よりも低速である、請求項1に記載の弾性境界波装置。
【請求項3】
前記吸音層における縦波の音速が、前記吸音層が積層されている第1及び/または第2の媒質層における縦波の音速よりも低速である、請求項1に記載の弾性境界波装置。
【請求項4】
前記吸音層の横波の音速が、前記吸音層が積層されている第1及び/または第2の媒質層における横波の音速の0.13倍以上、1.23倍以下の範囲にある、請求項1に記載の弾性境界波装置。
【請求項5】
前記吸音層における音響インピーダンスが、前記吸音層が積層されている第1及び/または第2の媒質層の音響インピーダンスの0.20倍〜5.30倍の範囲にある、請求項1〜4のいずれか1項に記載の弾性境界波装置。
【請求項6】
前記吸音層が、樹脂、ガラス、セラミックス及び金属からなる群から選択された少なくとも1種により構成されている、請求項1〜5のいずれか1項に記載の弾性境界波装置。
【請求項7】
前記吸音層が積層構造を有する、請求項1〜6のいずれか1項に記載の弾性境界波装置。
【請求項8】
吸音層が複数の吸音材料層を積層してなる積層構造を有し、第2の媒質層に近い側の吸音材料層の音響特性インピーダンスが、該吸音材料層よりも第2の媒質層から隔てられた吸音材料層の音響インピーダンスと、第2の媒質層の音響インピーダンスとの間の中間の値を有する、請求項7に記載の弾性境界波装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【図27】
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【図28】
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【図29】
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【図30】
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【図31】
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【図32】
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【図33】
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【図34】
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【図35】
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【図36】
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【公開番号】特開2009−225476(P2009−225476A)
【公開日】平成21年10月1日(2009.10.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−160341(P2009−160341)
【出願日】平成21年7月7日(2009.7.7)
【分割の表示】特願2005−517006(P2005−517006)の分割
【原出願日】平成17年1月5日(2005.1.5)
【出願人】(000006231)株式会社村田製作所 (3,635)
【Fターム(参考)】