説明

慢性腎臓病判定用血清マーカー、及び、その検出方法、装置

【課題】尿検査を行わず、血液検査のみで、慢性腎臓病の初期ステージの患者のスクリーニングを可能とする。
【解決手段】血液サンプル中に含まれる、グルタミン酸、グルタミン、オルニチン、アスパラギン酸、ヒドロキシプロリン、タウリン、ヒポタウリン、アデノシン、ヒポキサンチン、乳酸の少なくともいずれか一つを、慢性腎臓病の初期ステージを健常者と識別可能な慢性腎臓病判定用血清マーカーとして用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、慢性腎臓病判定用血清マーカー、及び、その検出方法、装置に係り、特に、慢性腎臓病(Chronic Kidney Disease:CKD)の初期ステージ1〜2を健常者と識別してスクリーニング可能な慢性腎臓病判定用血清マーカー、及び、その検出方法、装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、末期腎不全(End-Stage Kidney Disease:ESKD)による透析や移植を必要とするESKD患者数が世界中で増加しており、医療経済上も大きな問題になっている。これに伴い、CKDも、ESKDの予備軍として注目されている。更に、CKDは、心筋梗塞や脳卒中といった心血管疾患の重大な危険因子ともなっているので、CKD患者の早期発見が望まれている。
【0003】
CKDは、次の1、2のいずれか、又は、両方が、3ヶ月間以上持続する状態を指す。
1.腎障害の存在が明らか
(1)蛋白尿の存在、または
(2)蛋白尿以外の異常
病理、画像診断、検査(検尿/血液)等、で腎障害の存在が明らか
2.糸球体濾過量(Glomerular Filtration Rate:GFR)<60(ml/min/1.73m2
【0004】
CKDは、進行性・不可逆性の疾患であり、図1に示す如く、その進行度によりステージ1〜5に分類されている(非特許文献1)。
【0005】
このうち、GFR59以下の進行したステージ3〜5のCKD患者に対しては、血清BUN(Blood Urea Nitrogen)、クレアチニン、シスタチンC等の血清マーカーを用いて健常者と識別が可能である(非特許文献2、非特許文献3参照)。
【0006】
他方、キャピラリー電気泳動-質量分析装置(CE−MS)による試料中の代謝物質測定法による細胞内の代謝物質の網羅的な測定方法(例えば、非特許文献4参照)は、ヒトまたは動物の身体の状態をモニタリングするために、該ヒトまたは動物の身体由来の液体サンプルの低分子化合物(代謝物質)パターンおよび/またはペプチドパターンを、定性的かつ/または定量的に決定する方法であって、ここで、該液体サンプルの代謝物質およびペプチドは、キャピラリー電気泳動により分離され、次いで直接イオン化され、そしてオンラインでインターフェースを介して、接続された質量分析計で検出される。長期間にわたって該ヒトまたは動物の身体の状態をモニタリングするために、該状態を示す参照値およびサンプル値、ならびに該値から導かれた偏差および対応は、自動的にデータベースに記憶される。キャピラリー電気泳動と質量分析を組合せて陰イオン性化合物を分離分析する場合は、キャピラリーの内表面が予め陽イオン性にコーティングされたコーティングキャピラリーを用いて、電気浸透流を反転することを特徴とする陰イオン性化合物の分離分析方法(例えば、特許文献1参照)が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第3341765号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Am J Kidney Dis 39:S1−S266,2002
【非特許文献2】Swan SK. The search continues - an ideal marker of GFR. Clinical Chemistry 43:913−914, 1997
【非特許文献3】O'Riordan S, Ouldred E, Brice S, Jackson SHD, Swift CG. Serum cystatin C is not a better marker of creatinine or digoxin clearance than serumcreatinine. Br J Clin Pharmacol 53:398-402, 2002.
【非特許文献4】Soga, T., Ohashi, Y.,Ueno, Y. , Naraoka, H. ,Tomita, M., and Nishioka, T. ,“Quantitative Metabolome Analysis Using Capillary Electrophoresis Mass Spectrometry”, J. Proteome Res .2. 488-494, 2003.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、ステージ3〜5の進行したCKD患者に対して用いられている血清BUN、クレアチニン、シスタチンC等の血清マーカーは、GFR60以上のステージ1〜2の初期のCKD患者では変化しないことから、初期のCKD患者のマーカーとしては用いることができなかった。現在、ステージ1〜2のCKD患者は、日本で232万人(成人人口の2.3%)と推定されているが、これらの初期のCKD患者と健常者を識別するのに有用な血清マーカーは存在しなかった。
【0010】
尚、尿検査を行うことによってステージ1〜2の初期のCKD患者と健常者を識別することは可能であるが、健常者と初期のCKD患者のスクリーニングに際して、検尿を行うことなく、血液検査のみで識別することが可能な血清マーカーが求められていた。
【0011】
本発明は、前記従来の問題点を解消するためになされたもので、ステージ1〜2の早期のCKDでも健常者と識別可能な慢性腎臓病判定用血清マーカーを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、非特許文献4や特許文献1に記載したような、CE−MSによる血清中の代謝物質の測定結果に基づいてなされたものである。
【0013】
即ち、前記CE−MSを用いてステージ1〜2の初期のCKD患者の血液サンプル(サンプル数は15)と、健常者の血液サンプル(サンプル数は7)を分析したところ、図2に示す如く、グルタミン酸、グルタミン、オルニチン、アスパラギン酸、ヒドロキシプロリン、タウリン、ヒポタウリン、アデノシン、ヒポキサンチン、乳酸について、健常者Cと初期のCKD患者Pの間で有意の差が得られた。図2において、*印は、2群の平均値の差に関するMann−Whitney検定のp値<0.05、**印は同じくp値<0.01を示す。
【0014】
各物質のアミノ酸代謝経路中の位置づけを図3及び図4に、核酸代謝経路中の位置づけを図5及び図6に、糖質代謝経路中の位置づけを図7に示す。
【0015】
このうち、図4に示したアミノ酸代謝経路中のタウリン、ヒポタウリンの増加は、腎臓が高度な酸化ストレスにさらされている可能性を示す。
【0016】
又、図6に示した核酸代謝経路中のアデノシンの減少、ヒポキサンチンの上昇は、CKD患者におけるプリン体分解の亢進の可能性を示す。又、図5に示した同じく核酸代謝経路中のグルタミン酸の上昇は、核酸の合成にも変化が生じている可能性を示す。
【0017】
又、図7に示した糖質代謝経路中の乳酸の上昇は、CKD患者における好気性解糖の低下、嫌気性解糖の上昇の可能性を示す。その理由は明らかでないが、解糖系の途中から核酸の合成への経路が亢進しているため、好気性解糖が低下している可能性が考えられる。又、TCA回路の代謝の低下により、アスパラギン酸やグルタミン酸が蓄積して上昇している可能性もある。
【0018】
本発明は、上記知見に基づいてなされたもので、血液サンプル中に含まれる、グルタミン酸、グルタミン、オルニチン、アスパラギン酸、ヒドロキシプロリン、タウリン、ヒポタウリン、アデノシン、ヒポキサンチン、乳酸の少なくともいずれか一つでなる、慢性腎臓病の初期ステージを健常者と識別可能な慢性腎臓病判定用血清マーカーにより、前記課題を解決したものである。
【0019】
本発明は、又、慢性腎臓病の初期ステージを健常者と識別可能な血清マーカーとして、血液サンプル中のグルタミン酸、グルタミン、オルニチン、アスパラギン酸、ヒドロキシプロリン、タウリン、ヒポタウリン、アデノシン、ヒポキサンチン、乳酸の少なくともいずれか一つを検出することを特徴とする慢性腎臓病判定用血清マーカーの検出方法を提供するものである。
【0020】
ここで、前記血液サンプル中の血清マーカーを、キャピラリー電気泳動−質量分析装置を用いて検出することができる。
【0021】
本発明は、又、血液サンプルから分析に適した試料を作成する手段と、試料中のグルタミン酸、グルタミン、オルニチン、アスパラギン酸、ヒドロキシプロリン、タウリン、ヒポタウリン、アデノシン、ヒポキサンチン、乳酸の少なくともいずれか一つを、慢性腎臓病の初期ステージを健常者と識別可能な血清マーカーとして検出するための分析手段と、を備えたことを特徴とする慢性腎臓病判定用血清マーカーの検出装置を提供するものである。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、被験者の血液サンプル中の血清マーカーの濃度を測定することにより、ステージ1〜2の早期のCKDの有無を健常者と識別するスクリーニングマーカーとして用いることができる。
【0023】
従って、尿検査等を行わずに、血液検査のみで、ステージ1〜2の早期のCKDを検出でき、被験者の負担や検査の労力・費用を少なくできる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】CKDの病期(ステージ)分類を示す図
【図2】本発明による慢性腎臓病判定用血清マーカーの健常者とCKDの初期ステージの患者の網羅的メタボローム解析結果を比較して示す図
【図3】アミノ酸代謝経路の一部を示す図
【図4】アミノ酸代謝経路の他の一部を示す図
【図5】核酸代謝経路の一部を示す図
【図6】核酸代謝経路の他の一部を示す図
【図7】糖質代謝経路を示す図
【図8】本発明の実施形態における処理手順を示す図
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下図面を参照して、本発明の実施の形態を詳細に説明する。
【0026】
本実施形態の処理手順を図8に示す。
【0027】
ステージ1〜2のCKD患者の血液サンプルと、健常者の血液サンプルを、3,000rpmで10分間、遠心した上澄みを、それぞれ血清サンプルとして採取した。サンプル数は、CKD患者15検体、健常者7検体である。
【0028】
1.血清から代謝物質の抽出
血清200μlを内部標準物質入りのメタノール1.8mlに入れて(ステップ100)攪拌し、酵素を不活性化した後、800μlの純水および2mlのクロロホルムを加えて(ステップ110)燐脂質を除去し、4℃で5分間、5000rpmで遠心した(ステップ120)。静置後、分離した水−メタノール相800μlを分画分子量5kDaの遠心限外ろ過フィルターを通過し、除タンパクした(ステップ130)。ろ液を凍結乾燥後(ステップ140)、Milli−Q水50μlを加えて水中で溶解し(ステップ150)、それをCE−MS(CE−TOFMS)測定に用いた(ステップ160)。
【0029】
2.キャピラリー電気泳動−飛行時間型質量分析装置(CE−TOFMS)による試料中の代謝物質測定
CE−TOFMSを用いて陽イオン測定条件および陰イオン測定条件で質量数1000
以下の代謝物質を網羅的に測定した。
【0030】
(1)陽イオン性代謝物質測定条件
1)キャピラリー電気泳動(CE)の分析条件
キャピラリーには、フューズドシリカキャピラリー(内径50μm、外径350μm、全長100cm)を用いた。緩衝液には、1Mギ酸(pH約1.8)を用いた。印加電圧は、+30kV、キャピラリー温度は20℃で測定した。試料は、加圧法を用いて50mbarで3秒間注入した。
2)飛行時間型質量分析計(TOFMS)の分析条件
正イオンモードを用い、イオン化電圧は4kV、フラグメンター電圧は75V、スキマー電圧は50V、OctRFV電圧は125Vに設定した。乾燥ガスには窒素を使用し、温度300℃、圧力10psigに設定した。シース液は50%メタノール溶液を用い、質量較正用にレゼルピン(m/z 609.2807)を0.5μMとなるよう混入し10μ/minで送液した。レゼルピン(m/z 609.2807)とメタノールのアダクトイオン(m/z 83.0703)の質量数を用いて得られた全てのデータを自動較正した。
【0031】
(2)陰イオン性代謝物質測定条件
1)キャピラリー電気泳動(CE)の分析条件
キャピラリーには、SMILE(+)キャピラリー(内径50μm、外径350μm、全長100cm)を用いた。緩衝液には、50mM酢酸アンモニウム(pH8.5)を用いた。印加電圧は、−30kV、キャピラリー温度は20℃で測定した。試料は、加圧法を用いて50mbarで30秒間注入した。
2)飛行時間型質量分析計(TOFMS)の分析条件
負イオンモードを用い、イオン化電圧は3.5kV、フラグメンター電圧は100V、スキマー電圧は50V、OctRFV電圧は200Vに設定した。乾燥ガスには窒素を使用し、温度300℃、圧力10psigに設定した。シース液は5mM酢酸アンモニウム−50%メタノール溶液を用い、質量較正用に20μMPIPESおよび1μMレゼルピン(m/z 609.2807)を加え10μ/minで送液した。レゼルピン(m/z 609.2807)とPIPESの1価(m/z 301.0534)と2価(m/z 150.0230)の質量数を用いて得られた全てのデータを自動較正した。
【0032】
これにより、前出図2に示す様な結果が得られた。
【0033】
本実施形態においては、CE−TOFMSを分析に用いているので、全マーカーのデータを網羅的に得ることができ、高精度の判定を行うことができる。
【0034】
なお、分析手段はCE−TOFMSに限定されず、TOF以外のCE−MSやマイクロチップ型CE−MS、CE−MS以外の高速液体クロマトグラフィー−質量分析計(LC−MS)、ガスクロマトグラフィー−質量分析計(GC−MS)、マイクロチップ型を含む単体のCE、LC、GC、MS、核磁共鳴装置(NMR)、比色分析計等のマーカーの一部を検出する分析手段を用いても良い。
【符号の説明】
【0035】
C…健常者
P…ステージ1〜2の初期のCKD患者

【特許請求の範囲】
【請求項1】
血液サンプル中に含まれる、グルタミン酸、グルタミン、オルニチン、アスパラギン酸、ヒドロキシプロリン、タウリン、ヒポタウリン、アデノシン、ヒポキサンチン、乳酸の少なくともいずれか一つでなる、慢性腎臓病の初期ステージを健常者と識別可能な慢性腎臓病判定用血清マーカー。
【請求項2】
慢性腎臓病の初期ステージを健常者と識別可能な血清マーカーとして、血液サンプル中のグルタミン酸、グルタミン、オルニチン、アスパラギン酸、ヒドロキシプロリン、タウリン、ヒポタウリン、アデノシン、ヒポキサンチン、乳酸の少なくともいずれか一つを検出することを特徴とする慢性腎臓病判定用血清マーカーの検出方法。
【請求項3】
前記血液サンプル中の血清マーカーを、キャピラリー電気泳動−質量分析装置を用いて検出することを特徴とする請求項2に記載の慢性腎臓病判定用血清マーカーの検出方法。
【請求項4】
血液サンプルから分析に適した試料を作成する手段と、
試料中のグルタミン酸、グルタミン、オルニチン、アスパラギン酸、ヒドロキシプロリン、タウリン、ヒポタウリン、アデノシン、ヒポキサンチン、乳酸の少なくともいずれか一つを、慢性腎臓病の初期ステージを健常者と識別可能な血清マーカーとして検出するための分析手段と、
を備えたことを特徴とする慢性腎臓病判定用血清マーカーの検出装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−58863(P2011−58863A)
【公開日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−206717(P2009−206717)
【出願日】平成21年9月8日(2009.9.8)
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【Fターム(参考)】