説明

揮発性有機物の分析方法及び博物館用収蔵庫の清浄化方法

【課題】異なる沸点を有する複数種類の揮発性有機物の分析方法及び博物館用収蔵庫の清浄化方法を提供すること。
【解決手段】上流側の吸着剤として沸点120℃以上の揮発性有機物の吸着性に優れる吸着剤(グラファイトカーボン系吸着剤を除く)を、下流側の吸着剤としてグラファイトカーボン系吸着剤を、1本の捕集管に合計量として1g以下充填するか、または、各々の吸着剤を別々の捕集管にそれぞれ1g以下充填することで配し、これらの吸着剤を充填した捕集管に対して揮発性有機物を含む試料ガスを通過させて沸点120℃以上の揮発性有機物を上流側の吸着剤に吸着させるとともに、沸点120℃未満の揮発性有機物を少なくとも下流側のグラファイトカーボン系吸着剤に吸着させた後、吸着剤に吸着した揮発性有機物を加熱脱離させ、その定性・定量分析を行うことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、異なる沸点を有する複数種類の揮発性有機物の分析方法及び博物館用収蔵庫の清浄化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
絵画等の文化財は、その劣化を防止するために博物館用収蔵庫に保存されることが多い。しかし、従来、収蔵庫の室内は温湿度こそ管理されているものの、空気清浄はされていないと言わざるを得ないのが普通であった。本発明者等は、これまでに文化財を劣化させる物質として、収蔵庫の構成木材として用いられるベイスギから発生する沸点120℃以上の揮発性有機物であるヒノキチオールを突き止め、非特許文献1にその報告を行っている。
【0003】
文化財の劣化を防止するためには、劣化の原因となるヒノキチオールをはじめとする揮発性有機物の分析を精密に行って、文化財を保存する収蔵庫の室内空気を清浄化する必要がある。この場合、揮発性有機物の分析は、先ず、室内空気中の揮発性有機物を吸着剤が充填された捕集管に捕集し、次に、この捕集管から揮発性有機物を脱離させ、脱離した揮発性有機物をガスクロマトグラフ−質量分析計に導入して分析を行うのが一般的である。
【0004】
このような分析に用いる吸着剤としては、例えばTenax−GR(Enka research Institute Arnhem社の商品名)が広く使用されている。また、吸着剤として、Tenax−TA(同)も一般的に使用されている。Tenax−TAは、2,6−ジフェニル−p−フェニレンオキシド(2,6−Diphenyl−p−Phenylene Oxide)をベースにした弱極性のポーラスポリマービーズからなる吸着剤であり、Tenax−GRは、Tenax−TAを構成するビーズにグラファイトカーボンを配合して吸着効果を改良したグラファイトカーボン系吸着剤で、沸点120℃未満の揮発性有機物から沸点120℃以上の揮発性有機物まで優れた吸着特性を有している。例えば特許文献1には、これらの吸着剤を充填した捕集管として、ガラス管の上流側にTenax−TAを充填し、下流側にTenax−GRを充填して、出口側から入口側にかけて有機物の吸着率が低くなるようにした捕集管が記載されている。
【0005】
【特許文献1】特開2004−53268号公報
【非特許文献1】Tadashi Oikawa, Toshiya Matsui, Yasunori Matsuda, Teruko Takayama, Hitoshi Niinuma, Yasuyo Nishida, Kazuo Hoshi, Mitsuyoshi Yatagai;Volatile organic compounds from wood and their influences on museum artifact materials I: differences in wood species and analyses of causal substances of deterioration;Journal of Wood Science, Volume 51, Number 4 (2005) 363-369
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、これらの吸着剤を用いてヒノキチオールを含む揮発性有機物の分析を行った報告はない。また、Tenax−GRは、上記の通り、グラファイトカーボンを配合したものであるため、揮発性有機物の吸着特性には優れるが、通常の加熱脱離温度である300℃でも沸点120℃以上の揮発性有機物を脱離しにくく、沸点120℃以上の揮発性有機物の精度の高い分析を行うことができないという特性を有する。加熱脱離温度を300℃を超えるようにすれば、沸点120℃以上の揮発性有機物を吸着剤から全て脱離させることはできるが、あまりに高温のために吸着剤自体が破壊されて吸着剤から揮発性有機物が発生してしまうので望ましくない。また、Tenax−TAは、沸点120℃以上の揮発性有機物は吸着や加熱脱離しやすいが、沸点120℃未満の揮発性有機物を吸着しにくく、沸点120℃未満の揮発性有機物の分析精度が低いという特性を有する。従って、これらの吸着剤を使用して異なる沸点を有する複数種類の揮発性有機物を分析する際には吸着剤の特性に十分配慮する必要がある。博物館用収蔵庫の室内空気中には、ヒノキチオールの他にも文化財を劣化させる原因となるトルエンのような沸点120℃未満の揮発性有機物も混在している。従って、これらの揮発性有機物について精密な分析を行うためには、それぞれの揮発性有機物を確実に吸着剤に吸着させ、吸着したものを完全に脱離させて分析を行う必要がある。
そこで、本発明は、異なる沸点を有する複数種類の揮発性有機物の分析方法及び博物館用収蔵庫の清浄化方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の揮発性有機物の分析方法は、請求項1記載の通り、上流側の吸着剤として沸点120℃以上の揮発性有機物の吸着性に優れる吸着剤(グラファイトカーボン系吸着剤を除く)を、下流側の吸着剤としてグラファイトカーボン系吸着剤を、1本の捕集管に合計量として1g以下充填するか、または、各々の吸着剤を別々の捕集管にそれぞれ1g以下充填することで配し、これらの吸着剤を充填した捕集管に対して揮発性有機物を含む試料ガスを通過させて沸点120℃以上の揮発性有機物を上流側の吸着剤に吸着させるとともに、沸点120℃未満の揮発性有機物を少なくとも下流側のグラファイトカーボン系吸着剤に吸着させた後、吸着剤に吸着した揮発性有機物を加熱脱離させ、その定性・定量分析を行うことを特徴とする。
また、請求項2記載の揮発性有機物の分析方法は、請求項1記載の揮発性有機物の分析方法において、上流側の吸着剤のトルエン破過容量が600g/g未満であり、下流側の吸着剤のトルエン破過容量が600g/g以上であることを特徴とする。
また、請求項3記載の揮発性有機物の分析方法は、請求項1または2記載の揮発性有機物の分析方法において、上流側の吸着剤と下流側の吸着剤を1本の捕集管に充填したことを特徴とする。
また、請求項4記載の揮発性有機物の分析方法は、請求項1または2記載の揮発性有機物の分析方法上流側の吸着剤と下流側の吸着剤を各々別々の捕集管に充填したことを特徴とする。
また、請求項5記載の揮発性有機物の分析方法は、請求項1乃至4のいずれかに記載の揮発性有機物の分析方法において、上流側の吸着剤が2,6−ジフェニル−p−フェニレンオキシドをベースにした弱極性のポーラスポリマービーズであり、下流側のグラファイトカーボン系吸着剤が2,6−ジフェニル−p−フェニレンオキシドをベースにした弱極性のポーラスポリマービーズに粒子径0.5μmのグラファイトカーボンを23%配合したもの、または、グラファイトカーボン自体であることを特徴とする。
また、請求項6記載の揮発性有機物の分析方法は、請求項1乃至5のいずれかに記載の揮発性有機物の分析方法において、試料ガスが沸点120℃以上の揮発性有機物としてヒノキチオールを含むことを特徴とする。
また、本発明の博物館用収蔵庫の清浄化方法は、請求項7記載の通り、請求項6記載の揮発性有機物の分析方法により博物館用収蔵庫の室内のヒノキチオールの濃度を分析し、分析結果から判明したヒノキチオール濃度を1μg/m3以下に清浄化しうるにたるケミカルフィルタを空気調和装置に内蔵し、この空気調和装置により室内空気を循環して清浄化することを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明の揮発性有機物の分析方法によれば、上流側の吸着剤で沸点120℃以上の揮発性有機物を吸着させ、沸点120℃未満の揮発性有機物は、少なくとも下流側のグラファイトカーボン系吸着剤で吸着させることから、試料ガスに異なる沸点を有する複数種類の揮発性有機物が含まれる場合であっても、これらの分析を精度よく行うことができる。
上流側の吸着剤のトルエン破過容量(吸着剤1gが破過せずに吸着できるトルエンの質量を意味する)が600g/g未満である場合は、例えばヒノキチオールのような沸点120℃以上の揮発性有機物を吸着させやすく脱離させやすい。また、下流側の吸着剤のトルエン破過容量が600g/g以上である場合は、例えばトルエンのような沸点120℃未満の揮発性有機物を吸着させやすい。従って、異なる沸点を有する複数種類の揮発性有機物を精度よく分析することができる。
また、室内空気中の揮発性有機物の濃度が薄い場合は、上流側の吸着剤と下流側の吸着剤を1本の捕集管に充填して分析を行うことが効率的である。
また、上流側の吸着剤と下流側の吸着剤を各々別々の捕集管に充填することで、室内空気中の揮発性有機物の濃度に応じて、上流側の吸着剤を充填した捕集管と下流側の吸着剤を充填した捕集管を任意の本数用いて分析ができるので、室内空気中の揮発性有機物の濃度が高い場合であっても、室内空気中の揮発性有機物を全て捕集管に捕集して、精密な分析を行うことができる。
また、本発明の博物館用収蔵庫の清浄化方法によれば、文化財を劣化させるヒノキチオールを排して最適な環境で文化財を保存することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明の揮発性有機物の分析方法は、上流側の吸着剤として沸点120℃以上の揮発性有機物の吸着性に優れる吸着剤(グラファイトカーボン系吸着剤を除く)を、下流側の吸着剤としてグラファイトカーボン系吸着剤を、1本の捕集管に合計量として1g以下充填するか、または、各々の吸着剤を別々の捕集管にそれぞれ1g以下充填することで配し、これらの吸着剤を充填した捕集管に対して揮発性有機物を含む試料ガスを通過させて沸点120℃以上の揮発性有機物を上流側の吸着剤に吸着させるとともに、沸点120℃未満の揮発性有機物を少なくとも下流側のグラファイトカーボン系吸着剤に吸着させた後、吸着剤に吸着した揮発性有機物を加熱脱離させ、その定性・定量分析を行うことを特徴とするものである。
【0010】
上流側の吸着剤は、沸点120℃以上の揮発性有機物の吸着特性と脱離特性に優れたトルエン破過容量が600g/g未満のものが好ましい。このような吸着剤としては、2,6−ジフェニル−p−フェニレンオキシドをベースにした弱極性のポーラスポリマービーズ、市販品として前述のTenax−TAが挙げられる。
【0011】
下流側の吸着剤は、グラファイトカーボン系吸着剤である。グラファイトカーボン系吸着剤とは、吸着剤としてグラファイトカーボンを含むものを意味する。グラファイトカーボン系吸着剤は、沸点120℃未満の揮発性有機物を吸着させやすいトルエン破過容量が600g/g以上のものが好ましい。このような吸着剤としては、2,6−ジフェニル−p−フェニレンオキシドをベースにした弱極性のポーラスポリマービーズに粒子径0.5μmのグラファイトカーボンを23%配合したもの、市販品として前述のTenax−GRが挙げられる。このTenax−GRは、グラファイトカーボンが配合されていることで、トルエン破過容量がTenax−TAのそれの約3倍となっている。なお、グラファイトカーボン系吸着剤は、グラファイトカーボン自体であってもよい。
【0012】
捕集管への吸着剤の充填量を1g以下とするのは、1gを超えると吸着剤に吸着した揮発性有機物を加熱脱離させることが困難である場合があるからである。なお、捕集管への吸着剤の充填量の下限値は特に限定されるものではなく、例えば0.75gである。
【0013】
次に、本発明の揮発性有機物の分析方法を図面に基づき説明する。
図1に示す室内空気中の揮発性有機物を捕集するサンプリング装置4は、上流側の捕集管1に沸点120℃以上の揮発性有機物の吸着性に優れる吸着剤Aとして例えばTenax−TAが1g以下充填され、下流側の捕集管2にグラファイトカーボン系吸着剤Bとして例えばTenax−GRが1g以下充填され、この下流側に吸引ポンプ3が連結されているものである。そして、このサンプリング装置4を博物館の収蔵庫に設置して、例えば流量1L/minで2時間運転し、室内空気中の揮発性有機物を捕集する。
【0014】
なお、上流側の吸着剤と下流側の吸着剤は1本の捕集管に充填してもよい。
【0015】
次に、例えば図2に示すような熱脱着型のガスクロマトグラフ−質量分析計によって、捕集管に捕集された揮発性有機物を分析する。分析は例えば次のようにして行う。先ず、上流側の捕集管1を加熱脱離装置5の加熱部6に設置し、捕集管1を270℃に加熱して、吸着した揮発性有機物を捕集管1から脱離させる。この脱離した揮発性有機物を−100℃に冷却されたトラップ管7に一時的に保持し、濃縮させる。次に、このトラップ管7を瞬時に270℃に加熱し、濃縮された揮発性有機物をガス化させ、ガスクロマトグラフ(GC)8の分離カラム9で成分ごとに分離する。そして、分離された個々の揮発性有機物の定性・定量分析を質量分析器(MS)10で行う。個々の揮発性有機物の定量は、各揮発性有機物の検量線に基づいて行い、この数値を捕集管に捕集した採気量で除すことで、各揮発性有機物の濃度を算出することができる。なお、捕集管2に捕集した揮発性有機物についても同様に揮発性有機物の定性・定量分析を行う。
なお、汎用されている熱脱着型のガスクロマトグラフ−質量分析計は、加熱部6の形態が、1gの吸着剤が充填された捕集管に捕集された揮発性有機物の加熱脱離を行うのに適した形態となっている。このため、1gを超える量の吸着剤が捕集管に充填されていると、全ての吸着剤が加熱部6で加熱されにくくなり、その結果、加熱されにくい部分に位置する吸着剤に吸着した揮発性有機物の加熱脱離が行われにくくなり、精密な分析を行うことが困難となる。一般的な熱脱着型のガスクロマトグラフ−質量分析計での分析に用いる捕集管は、1本の捕集管に1g以下の吸着剤が充填されている。
【0016】
本発明の揮発性有機物の分析方法によって、例えば、博物館用収蔵庫の室内のヒノキチオールの濃度を分析し、分析結果から判明したヒノキチオール濃度を1μg/m3以下に清浄化しうるにたるケミカルフィルタを空気調和装置に内蔵し、この空気調和装置により室内空気を循環して収蔵庫室内の清浄化ができる。また、美術館、資料館、歴史館、図書館等の文化財を展示・保存する室内や展示ケース内の清浄化もできる。
【0017】
図3は、博物館用収蔵庫に設置する空気調和装置11の一実施の形態である。図3に示すように、空気調和装置11は、架台12上のケーシング13内に第一のケミカルフィルタ14と第二のケミカルフィルタ15を設けている。このケーシング13の最上段には送風機16を設け、ケーシング13の底部には流入口17を設け、天井部には流出口18を設けている。そして、流入口17から室内空気を取り入れて、第一と第二のケミカルフィルタ14,15を通じて、清浄化した空気を流出口18から流出させ、室内空気を循環して清浄化するようにしている。なお、架台12の脚部にはキャスター19を設け、移動可能としてある。
【0018】
ケミカルフィルタとしては、例えば、ヒノキチオールを吸着できる吸着剤を不織布等に挟んだシート状ろ材をジグザグ状に折り畳んだものを用いることができる。このようなケミカルフィルタは、吸着剤の使用量を調節することによって、ヒノキチオールの吸着容量を増減させることができ、本発明の分析結果に基づく収蔵庫室内のヒノキチオール濃度に応じて、吸着剤の使用量を決定することができるので好ましい。
【0019】
ケミカルフィルタに使用する吸着剤としては、ヒノキチオールをはじめとする揮発性有機物、即ち、付着(吸着)性の大きい炭化水素(H.C.)、例えば−CO−基や−COO−基を有する炭化水素(例えば酢酸、蟻酸、ヒノキチオール等)を効率良く捕集・除去できるもの、例えば、活性炭、ゼオライト、アルミナ、シリカゲル、ガラス、フッ素化合物、金属、高分子化合物(スチレン系重合金)等が挙げられるが、これらの吸着剤のうち、活性炭は、炭化水素等の揮発性有機物の吸着効果が大きいため吸着剤として好ましい。活性炭を用いた場合は、活性炭を吸着剤として使用していないケミカルフィルタと比較して、揮発性有機物のうち、ヒノキチオールを約100%、全有機炭素量(TOC)を約90%除去することができる。活性炭は、粒状、繊維状、網状、ハニカム状等の形状のものを使用することが可能である。なお、ケミカルフィルタに使用する吸着剤は、性能(吸着力及び吸着剤の寿命)向上のため、予め水分の除去(除湿)が行われていることが好ましい。
【実施例】
【0020】
次に、本発明の分析方法によって室内空気中の揮発性有機物を測定した結果を示す。
【0021】
(実施例1)
トルエン破過容量が600g/g未満のTenax−TAを1g充填した捕集管と、沸トルエン破過容量が600g/g以上のTenax−GRを1g充填した捕集管を準備した。図1に示したサンプリング装置の構成と同様に、Tenax−TAを充填した捕集管を上流側に、Tenax−GRを充填した捕集管を下流側にして2本の捕集管を連結し、この2本の捕集管の下流側に吸引ポンプに連結した。このサンプリング装置を、空気中にヒノキチオールとトルエンを含む室内に設置した。そして室内空気を流量1L/minで、2時間、吸引ポンプで吸引し、捕集管にこれらの揮発性有機物を捕集した。
次に、図2に示したガスクロマトグラフ−質量分析計によって、捕集された揮発性有機物の濃度を分析した。具体的には、ガスクロマトグラフ−質量分析計の加熱脱離装置で、順次それぞれの捕集管を270℃に加熱し、吸着剤に吸着した揮発性有機物を捕集管から加熱脱離させ、吸着剤から脱離した揮発性有機物を−100℃に冷却されたトラップ管に一時的に保持して濃縮した。このトラップ管を瞬時に270℃で加熱し、濃縮された揮発性有機物をガス化し、ガスクロマトグラフ(GC)の分離カラムで分離した。その後、分離された揮発性有機物の定性・定量分析を質量分析器(MS)で行った。
【0022】
(実施例2)
実施例1の2本の捕集管の下流側に、さらに、市販のDNPH(2,4−ジニトロフェニルヒドラゾン)充填捕集管を1本連結したこと以外は、実施例1と同様にして、室内空気中の揮発性有機物を捕集し、捕集した揮発性有機物の定性・定量分析を行った。
【0023】
(実施例3)
捕集管として、1本の捕集管の上流側にTenax−TAを0.75g、下流側にTenax−GRを0.25g充填したものを用いたこと以外は、実施例1と同様にして、室内空気中の揮発性有機物を捕集し、捕集した揮発性有機物の定性・定量分析を行った。
【0024】
(実施例4)
捕集管として、1本の捕集管の上流側にTenax−TAを0.5g、下流側にTenax−GRを0.5g充填したものを用いたこと以外は、実施例1と同様にして、室内空気中の揮発性有機物を捕集し、捕集した揮発性有機物の定性・定量分析を行った。
【0025】
(比較例)
捕集管として、1本の捕集管の上流側にTenax−TAを1.0g、下流側にTenax−GRを0.25g充填したものを用いたこと以外は、実施例1と同様にして、室内空気中の揮発性有機物を捕集し、捕集した揮発性有機物の定性・定量分析を行った。
【0026】
(従来例1)
捕集管として、1本の捕集管にTenax−TAを1.0g充填したものを用いたこと以外は、実施例1と同様にして、室内空気中の揮発性有機物を捕集し、捕集した揮発性有機物の定性・定量分析を行った。
【0027】
(従来例2)
捕集管として、1本の捕集管にTenax−GRを1.0g充填したものを用いたこと以外は、実施例1と同様にして、室内空気中の揮発性有機物を捕集し、捕集した揮発性有機物の定性・定量分析を行った。
【0028】
結果を表1に示す。
【0029】
【表1】

【0030】
表1に示すとおり、実施例1では、室内空気中の沸点120℃以上の揮発性有機物であるヒノキチオールも沸点120℃未満の揮発性有機物であるトルエンも両方とも分析することができた。さらに、実施例2のようにDNPHを充填した捕集管を下流側に設けることによって、沸点50℃以下の高揮発性有機物であるアルデヒドも分析することができた。また、実施例3のように1本の捕集管に上流側の吸着剤と下流側の吸着剤を合計量として1g充填した場合であっても、両方の揮発性有機物を実施例1及び実施例2と同じ濃度で分析することができた。実施例4では、室内空気中のヒノキチオール濃度に対して、捕集管に充填した沸点120℃以上の揮発性有機物を吸着する吸着剤の量が少ないので、分析できたヒノキチオールの濃度は実施例1〜3よりも低かった。
また、比較例のように、1本の捕集管に上流側の吸着剤と下流側の吸着剤を合計量として1gを超えて充填した場合は、分析できたトルエンの濃度は実施例よりも低かった。これは、捕集管の内部の加熱が十分に行われなかったことで、下流側の吸着剤からのトルエンの加熱脱離が十分に行われなかったためであると推測される。
従来例1のように、Tenax−TAだけを充填した捕集管を用いると、沸点120℃以上のヒノキチオールは実施例1〜3と同じ濃度で分析することができたものの、沸点120℃未満のトルエンは分析することができなかった。また、従来例2のように、Tenax−GRだけを充填した捕集管を用いると、沸点120℃未満のトルエンは実施例と同じ濃度で分析することができたものの、沸点120℃以上のヒノキチオールは分析することができなかった。
【0031】
次に、本発明の揮発性有機物の分析方法により博物館用収蔵庫の室内のヒノキチオールの濃度を分析し、分析結果から判明したヒノキチオール濃度に基づいて博物館用収蔵庫の清浄化を行う方法を説明する。
【0032】
容積200m3の博物館用収蔵庫の室内空気中のヒノキチオール濃度を実施例1の態様で分析したところ100μg/m3であった。なお、この博物館用収蔵庫の室内空気中のアンモニア濃度は1μg/m3であった。また、博物館用収蔵庫の室内空気は酸性であった。
この博物館用収蔵庫の室内空気中のヒノキチオール濃度が1μg/m3を超えないように清浄化しうるにたるケミカルフィルタを内蔵した図3に示した構成を有する空気調和装置を収蔵庫の室内に1台設置し、処理風量が30m3/minとなるようにして室内の清浄化を行った。その結果、空気調和装置に通風してから1.5時間で室内空気中のヒノキチオール濃度を0.7μg/m3にすることができた。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明は、異なる沸点を有する複数種類の揮発性有機物の分析方法及び博物館用収蔵庫の清浄化方法を提供することができる点において、産業上の利用可能性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明の揮発性有機物の分析方法を実施するためのサンプリング装置の一実施の形態の概略図。
【図2】ガスクロマトグラフ−質量分析計の一実施の形態の概略図。
【図3】空気調和装置の一実施の形態の概略図。
【符号の説明】
【0035】
1 上流側の捕集管
2 下流側の捕集管
3 吸引ポンプ
4 サンプリング装置
5 加熱脱離装置
6 加熱部
7 トラップ管
8 ガスクロマトグラフ(GC)
9 分離カラム
10 質量分析器(MS)
11 空気調和装置
12 架台
13 ケーシング
14 第一のケミカルフィルタ
15 第二のケミカルフィルタ
16 送風機
17 流入口
18 流出口
19 キャスター

【特許請求の範囲】
【請求項1】
上流側の吸着剤として沸点120℃以上の揮発性有機物の吸着性に優れる吸着剤(グラファイトカーボン系吸着剤を除く)を、下流側の吸着剤としてグラファイトカーボン系吸着剤を、1本の捕集管に合計量として1g以下充填するか、または、各々の吸着剤を別々の捕集管にそれぞれ1g以下充填することで配し、これらの吸着剤を充填した捕集管に対して揮発性有機物を含む試料ガスを通過させて沸点120℃以上の揮発性有機物を上流側の吸着剤に吸着させるとともに、沸点120℃未満の揮発性有機物を少なくとも下流側のグラファイトカーボン系吸着剤に吸着させた後、吸着剤に吸着した揮発性有機物を加熱脱離させ、その定性・定量分析を行うことを特徴とする揮発性有機物の分析方法。
【請求項2】
上流側の吸着剤のトルエン破過容量が600g/g未満であり、下流側の吸着剤のトルエン破過容量が600g/g以上であることを特徴とする請求項1記載の揮発性有機物の分析方法。
【請求項3】
上流側の吸着剤と下流側の吸着剤を1本の捕集管に充填したことを特徴とする請求項1または2記載の揮発性有機物の分析方法。
【請求項4】
上流側の吸着剤と下流側の吸着剤を各々別々の捕集管に充填したことを特徴とする請求項1または2記載の揮発性有機物の分析方法。
【請求項5】
上流側の吸着剤が2,6−ジフェニル−p−フェニレンオキシドをベースにした弱極性のポーラスポリマービーズであり、下流側のグラファイトカーボン系吸着剤が2,6−ジフェニル−p−フェニレンオキシドをベースにした弱極性のポーラスポリマービーズに粒子径0.5μmのグラファイトカーボンを23%配合したもの、または、グラファイトカーボン自体であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載の揮発性有機物の分析方法。
【請求項6】
試料ガスが沸点120℃以上の揮発性有機物としてヒノキチオールを含むことを特徴とする請求項1乃至5のいずれかに記載の揮発性有機物の分析方法。
【請求項7】
請求項6記載の揮発性有機物の分析方法により博物館用収蔵庫の室内のヒノキチオールの濃度を分析し、分析結果から判明したヒノキチオール濃度を1μg/m3以下に清浄化しうるにたるケミカルフィルタを空気調和装置に内蔵し、この空気調和装置により室内空気を循環して清浄化することを特徴とする博物館用収蔵庫の清浄化方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−187532(P2007−187532A)
【公開日】平成19年7月26日(2007.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−5400(P2006−5400)
【出願日】平成18年1月12日(2006.1.12)
【出願人】(000232760)日本無機株式会社 (104)
【Fターム(参考)】