説明

撥液膜

【課題】撥液性および耐久性に優れる撥液膜を提供すること。
【解決手段】本発明の撥液膜は、基材の表面に、少なくとも表面付近がフッ素原子とシリコン原子とを含む化合物を主材料として構成される撥液性粒子を用いて形成されるものであり、この撥液性粒子は、その表面をX線光電子分光分析法で測定したとき、得られたスペクトルにおいて、92〜110eVの範囲で、かつ、87eVでの値と115eVでの値とを結ぶ第1のベースラインより上の範囲の面積をXとし、680〜695eVの範囲で、かつ、675eVでの値と700eVでの値とを結ぶ第2のベースラインより上の範囲の面積をYとしたとき、Y/Xが1/50〜1なる関係を満足するものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、撥液膜に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、基材の表面に撥液性を付与する方法として各種の方法が提案されている。
例えば、特許文献1には、基材の表面に、ポリテトラフルオロエチレンのような撥液性を示す有機物質を用いて撥液膜を成膜する方法が開示されている。
ところが、この撥液膜は、有機物質により構成されるため、十分な膜強度が得られず、耐久性に劣るという問題がある。
【0003】
【特許文献1】特開平7−228822号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、撥液性および耐久性に優れる撥液膜を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
このような目的は、下記の本発明により達成される。
本発明の撥液膜は、基材の表面に、少なくとも表面付近がフッ素原子とシリコン原子とを含む化合物を主材料として構成される撥液性粒子を用いて形成された撥液膜であって、
前記撥液性粒子は、その表面をX線光電子分光分析法で測定したとき、得られたスペクトルにおいて、92〜110eVの範囲で、かつ、87eVでの値と115eVでの値とを結ぶ第1のベースラインより上の範囲の面積をXとし、680〜695eVの範囲で、かつ、675eVでの値と700eVでの値とを結ぶ第2のベースラインより上の範囲の面積をYとしたとき、Y/Xが1/50〜1なる関係を満足するものであることを特徴とする。
かかる関係を満足する撥液膜は、優れた撥液性および耐久性の双方を発揮するものとなる。
【0006】
本発明の撥液膜では、前記撥液性粒子は、その表面をフーリエ変換赤外吸収スペクトル法で測定したとき、得られたスペクトルにおいて、950〜1000cm−1の範囲に、シリコン原子とフッ素原子との結合に由来するピークが観察されるものであることが好ましい。
このような撥液膜は、優れた撥液性および耐久性の双方を確実に発揮するものとなる。
【0007】
本発明の撥液膜では、前記撥液性粒子は、その平均粒径が0.1〜1000μmのものであることが好ましい。
これにより、撥液膜中において、緻密かつ均一に撥液性粒子を分散させることができる。
本発明の撥液膜では、前記撥液性粒子は、水を主成分とする液体に対する濡れ性が低いものであることが好ましい。
これにより、形成された撥液膜は、水を主成分とする液体に対して優れた撥液性を発揮するものとなる。
【0008】
本発明の撥液膜では、前記撥液性粒子は、少なくとも表面付近がシリコン原子を主材料として構成された粒子の表面に、フッ化水素を含有する処理液を接触させることにより製造されたものであることが好ましい。
これにより、優れた撥液性と高い強度とを発揮する撥液性粒子を製造することができる。
【0009】
本発明の撥液膜では、前記撥液性粒子は、前記粒子を前記処理液に浸漬させて、前記粒子の表面に前記処理液を接触させることにより製造されたものであることが好ましい。
これにより、前記表面にフッ素原子を均一に結合させた撥液性粒子を製造することができる。
本発明の撥液膜では、前記撥液性粒子は、前記処理液に超音波を付与した状態で、前記粒子を浸漬することにより製造されたものであることが好ましい。
これにより、シリコン原子とフッ化水素との反応をより迅速かつ確実に進行させて撥液性粒子を製造することができる。
【0010】
本発明の撥液膜では、前記撥液膜は、メッキ液に含まれる金属を前記基材の表面に析出させるとともに、析出した金属により前記撥液性粒子を保持させることにより形成されたものであることが好ましい。
これにより、優れた撥液性および耐久性を発揮する撥液膜を形成することができる。
本発明の撥液膜では、前記金属は、前記基材の構成材料と同一または相溶性が高いものであることが好ましい。
これにより、基材と撥液膜との密着性をより高めることができる。
【0011】
本発明の撥液膜では、前記撥液膜は、前記撥液性粒子と有機バインダまたはその前駆体とを含有する撥液膜形成材料を、前記基材の表面に供給した後、前記有機バインダを硬化させることにより形成されたものであることが好ましい。
これにより、優れた撥液性および耐久性を発揮する撥液膜を形成することができる。
本発明の撥液膜では、前記有機バインダは、前記基材の構成材料と同一または相溶性が高いものであることが好ましい。
これにより、基材と撥液膜との密着性をより高めることができる。
【0012】
本発明の撥液膜では、前記撥液膜は、溶融または軟化状態の前記撥液性粒子をガス流に乗せて、前記基材の表面に供給することにより形成されたものであることが好ましい。
これにより、優れた撥液性および耐久性を発揮する撥液膜を形成することができる。
本発明の撥液膜では、前記撥液膜は、撥液性粒子の集合体をターゲットに用いて、該ターゲットから発生したスパッタ粒子を前記基材の表面に飛来させることにより形成されたものであることが好ましい。
これにより、優れた撥液性および耐久性を発揮する撥液膜を形成することができる。
本発明の撥液膜では、前記基材は、シリコン系材料、金属系材料、酸化物系材料、プラスチック系材料および炭素系材料のうちの少なくとも1種を主材料として構成されることが好ましい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明者は、前述したような問題点に鑑み、鋭意検討を重ねた結果、撥液膜に十分な耐久性を付与するためには、撥液性を有し、有機物質よりも強度に優れる無機物質(以下、単に「撥液性無機物質」という。)を用いて撥液膜を形成するのがよいと考えた。
そして、さらに検討を重ねた結果、撥液性無機物質の中でも、フッ素原子とシリコン原子とを含有する物質を用いて撥液膜を形成することにより、撥液膜に特に高い膜強度を付与できることを見出した。
【0014】
また、このような物質を用いて撥液膜を形成することにより、アルカリ性を示すインクのような溶液に対する耐性(耐薬品性)の向上を図ることができることをも見出した。
本発明は、かかる知見に基づいてなされるものである。すなわち、本発明の撥液膜は、少なくとも表面付近がフッ素原子とシリコン原子とを含む物質を主材料として構成される撥液性粒子を用いて形成されるものである。
【0015】
以下、本発明の撥液膜を添付図面に示す好適実施形態に基づいて詳細に説明する。
なお、以下では、本発明の撥液膜をインクジェット式記録ヘッドが備えるノズルプレートの表面に形成した場合を代表にして説明する。
図1は、本発明の撥液膜を備えるノズルプレートを有するインクジェット式記録ヘッドの実施形態を示す分解斜視図であり、図2は、図1に示すインクジェット式記録ヘッドを備えるインクジェットプリンタの実施形態を示す概略図である。なお、図1は、通常使用される状態とは、上下逆に示されている。
【0016】
図1に示すインクジェット式記録ヘッド1(以下、単に「ヘッド1」と言う。)は、図2に示すようなインクジェットプリンタ9に搭載されている。
図2に示すインクジェットプリンタ9は、装置本体92を備えており、上部後方に記録用紙Pを設置するトレイ921と、下部前方に記録用紙Pを排出する排紙口922と、上部面に操作パネル97とが設けられている。
【0017】
操作パネル97は、例えば、液晶ディスプレイ、有機ELディスプレイ、LEDランプ等で構成され、エラーメッセージ等を表示する表示部(図示せず)と、各種スイッチ等で構成される操作部(図示せず)とを備えている。
また、装置本体92の内部には、主に、往復動するヘッドユニット93を備える印刷装置(印刷手段)94と、記録用紙Pを1枚ずつ印刷装置94に送り込む給紙装置(給紙手段)95と、印刷装置94および給紙装置95を制御する制御部(制御手段)96とを有している。
【0018】
制御部96の制御により、給紙装置95は、記録用紙Pを一枚ずつ間欠送りする。この記録用紙Pは、ヘッドユニット93の下部近傍を通過する。このとき、ヘッドユニット93が記録用紙Pの送り方向とほぼ直交する方向に往復移動して、記録用紙Pへの印刷が行なわれる。すなわち、ヘッドユニット93の往復動と記録用紙Pの間欠送りとが、印刷における主走査および副走査となって、インクジェット方式の印刷が行なわれる。
【0019】
印刷装置94は、ヘッドユニット93と、ヘッドユニット93の駆動源となるキャリッジモータ941と、キャリッジモータ941の回転を受けて、ヘッドユニット93を往復動させる往復動機構942とを備えている。
ヘッドユニット93は、その下部に、多数のノズル孔111を備えるヘッド1と、ヘッド1にインクを供給するインクカートリッジ931と、ヘッド1およびインクカートリッジ931を搭載したキャリッジ932とを有している。
【0020】
なお、インクカートリッジ931として、イエロー、シアン、マゼンタ、ブラック(黒)の4色のインクを充填したものを用いることにより、フルカラー印刷が可能となる。
往復動機構942は、その両端をフレーム(図示せず)に支持されたキャリッジガイド軸943と、キャリッジガイド軸943と平行に延在するタイミングベルト944とを有している。
【0021】
キャリッジ932は、キャリッジガイド軸943に往復動自在に支持されるとともに、タイミングベルト944の一部に固定されている。
キャリッジモータ941の作動により、プーリを介してタイミングベルト944を正逆走行させると、キャリッジガイド軸943に案内されて、ヘッドユニット93が往復動する。そして、この往復動の際に、ヘッド1から適宜インクが吐出され、記録用紙Pへの印刷が行われる。
【0022】
給紙装置95は、その駆動源となる給紙モータ951と、給紙モータ951の作動により回転する給紙ローラ952とを有している。
給紙ローラ952は、記録用紙Pの送り経路(記録用紙P)を挟んで上下に対向する従動ローラ952aと駆動ローラ952bとで構成され、駆動ローラ952bは給紙モータ951に連結されている。これにより、給紙ローラ952は、トレイ921に設置した多数枚の記録用紙Pを、印刷装置94に向かって1枚ずつ送り込めるようになっている。なお、トレイ921に代えて、記録用紙Pを収容する給紙カセットを着脱自在に装着し得るような構成であってもよい。
【0023】
制御部96は、例えばパーソナルコンピュータやディジタルカメラ等のホストコンピュータから入力された印刷データに基づいて、印刷装置94や給紙装置95等を制御することにより印刷を行うものである。
制御部96は、いずれも図示しないが、主に、各部を制御する制御プログラム等を記憶するメモリ、圧電素子(振動源)14を駆動して、インクの吐出タイミングを制御する圧電素子駆動回路、印刷装置94(キャリッジモータ941)を駆動する駆動回路、給紙装置95(給紙モータ951)を駆動する駆動回路、および、ホストコンピュータからの印刷データを入手する通信回路と、これらに電気的に接続され、各部での各種制御を行うCPUとを備えている。
【0024】
また、CPUには、例えば、インクカートリッジ931のインク残量、ヘッドユニット93の位置等を検出可能な各種センサ等が、それぞれ電気的に接続されている。
制御部96は、通信回路を介して、印刷データを入手してメモリに格納する。CPUは、この印刷データを処理して、この処理データおよび各種センサからの入力データに基づいて、各駆動回路に駆動信号を出力する。この駆動信号により圧電素子14、印刷装置94および給紙装置95は、それぞれ作動する。これにより、記録用紙Pに印刷が行われる。
【0025】
以下、ヘッド1について、図1を参照しつつ詳述する。
ヘッド1は、ノズルプレート11と、インク室基板12と、振動板13と、振動板13に接合された圧電素子(振動源)14とを備えている。なお、このヘッド1は、オンデマンド形のピエゾジェット式ヘッドを構成する。
ノズルプレート11は、基材112と、基材112のインク滴を吐出する側の面に設けられた本発明の撥液膜113とで構成されている。
【0026】
また、このノズルプレート11には、インク滴を吐出するための多数のノズル孔111が形成されている。これらのノズル孔111間のピッチは、印刷精度に応じて適宜設定される。
さらに、ノズルプレート11所定位置には、ノズルプレート11の厚さ方向に貫通して連通孔131が形成されている。この連通孔131を介して、前述したインクカートリッジ931からリザーバ室123に、インクが供給可能となっている。
【0027】
基材112は、例えば、Si、SiO、SiN、石英ガラスのようなシリコン系材料、Ti、Co、Au、Al、Fe、Ni、Cr、Cu、Sn、Znまたはこれらを含む、ステンレス鋼(SUS)、Sn−Cu−P合金(リン青銅)、Cu−Zn合金等の合金のような金属系材料、アルミナ、酸化鉄、酸化スズ、インジウムティンオキサイド(ITO)、アンチモンティンオキサイド(ATO)、インジウムジンクオキサイド(IZO)のような酸化物系材料、ポリエチレンテレフタレート、ポリイミド、ポリスチレン、アクリロニトリルブタジエンスチレン共重合体(ABS樹脂)、ポリアセタール、ポリカーボネイト、ポリサルフォンのようなプラスチック系材料、カーボンブラック、グラファイトのような炭素系材料等の構成材料により構成される。
また、本発明の撥液膜113は、少なくとも表面付近がフッ素原子とシリコン原子とを含む化合物を主材料として構成される撥液性粒子を用いて形成されるものである。
【0028】
この撥液性粒子は、その表面をX線光電子分光分析法(XPS法)で測定したとき、得られたスペクトルにおいて、92〜110eVの範囲で、かつ、87eVでの値と115eVでの値とを結ぶ第1のベースラインより上の範囲の面積をXとし、680〜695eVの範囲で、かつ、675eVでの値と700eVでの値とを結ぶ第2のベースラインより上の範囲の面積をYとしたとき、Y/Xが1/50〜1なる関係を満足するものである。
【0029】
ここで、XPS法とは、固体試料の表面から数nmの深さ領域における原子または化学結合の分析に用いられるものである。
すなわち、XPS法では、高真空中で固体試料の表面に特定エネルギーのX線を照射し、光電効果により個体試料の表面から放出された電子(光電子)を、各電子が有する運動エネルギーの大きさごとに分けて検出する。
【0030】
そして、固体試料の表面から放出された電子が有する運動エネルギーの値に基づいて、電子の結合エネルギーの値を求めることが可能である。一方、固体試料を構成する各種原子が有する電子(内殻電子)は、固有の値の結合エネルギーを有することから、求められた結合エネルギーの値に応じて固体試料の表面を構成する原子の種類を特定することができる。
【0031】
さらに、各種原子に由来するスペクトルのピーク(山)の面積を比較することにより、固体試料の表面に存在する原子の比率を求めることができる。
ここで、本発明の撥液性粒子の表面を、XPS法で測定すると、例えば、図3および図4に示すようなスペクトルが得られる。
本発明者は、この得られたスペクトルについて、さらに検討を重ねた結果、シリコン原子およびフッ素原子に由来するピーク(山)の大きさ、すなわち、それらのピークの面積に一定の相関性があることを見出した。
【0032】
ここで、シリコン原子(シリコン2p軌道)に由来するピークは、図3に示したスペクトルにおいて、概ね92〜110eVの範囲に現れる。
なお、このスペクトルにおいて、105eV付近に現れるピーク(山)は、主にシリコン原子とフッ素原子との結合に由来し、100eV付近に現れるピークは、主にシリコン原子とシリコン原子との結合に由来するが、これらのピーク(山)中には、例えば、シリコン原子と酸素原子との結合に由来するものも含まれる。これらのピークの高さは、前者が小さく、後者が大きい。
【0033】
ここで、本発明者は、シリコン原子に由来する大小2つピーク(山)の大きさ、すなわち、これらの面積Xを定める方法を模索した。
そして、この面積Xを定める方法を模索した結果、面積Xを定めるには、横軸方向に対する範囲と、ベースライン(第1のベースライン)とを規定する必要があることが判った。
【0034】
そこで、横軸方向に対する範囲を、シリコン原子に由来する大小2つピークが概ね包含される、前述した92〜110eVの範囲に一致させた。横軸方向に対する範囲を、かかる範囲に規定することにより、シリコン原子に由来する強度を過不足なく反映させることができる。
一方、第1のベースラインは、92〜110eVの範囲の上限および下限から、それぞれ5eVずつ外側にずらしたスペクトル上での位置(値)、すなわち、87eVおよび115eVでのスペクトル上での位置を結ぶ線分とした。これにより、オフセット値(不偏的な基準値)が設定され、大小2つの山における第1のベースラインより下の部分(領域)を取り除くことができる。これにより、測定機器や測定条件等によらず、一定の適正な面積Xを得ることができる。
【0035】
さらに、第1のベースラインの両端を、92〜110eVの範囲の上限および下限から、それぞれ5eVずつ外側にずらした理由は、次の通りである。
例えば、このベースラインの両端を、92eVおよび110eVでのスペクトル上の位置(値)とした場合には、シリコン原子に由来する大小2つの山の裾に近いことから、得られるベースラインは、シリコン原子に起因するノイズの影響を受けやすい。これに対して、これらの位置から、さらに5eVずつ外側にずらすことにより得られたベースライン(第1のベースライン)では、このノイズの影響がより少なくなる。その結果、第1のベースラインを用いて得られた面積Xは、より適正なものとなる。
【0036】
なお、山の裾から外側にずらす距離が大きくなり過ぎると、それぞれの位置(値)におけるオフセット値のズレにより、得られるベースラインにズレが生じるおそれがある。そのため、92〜110eVの範囲の上限および下限から、それぞれ外側にずらす大きさを、5eVとした。
以上のことより、得られたスペクトルにおいて、92〜110eVの範囲で、かつ、第1のベースラインよりも上の範囲の面積、すなわち、図3に示す斜線を施した範囲が、面積X、すなわち、シリコン原子に由来する実際の強度となる。
【0037】
このように、第1のベースラインを規定して、シリコン原子に由来するピークからこのベースラインよりも下の範囲の面積を取り除くことにより、測定機器や測定条件等による、ばらつきをも取り除くことができ、シリコン原子に由来する強度を面積Xとして的確に反映させることができる。
また、フッ素原子(フッ素1s軌道)に由来するピーク(山)、すなわち、フッ素原子とシリコン原子との結合に由来するピークは、図4に示したスペクトルにおいて、概ね680〜695eVの範囲に現れる。
【0038】
ここで、本発明者は、フッ素原子に由来するピークの大きさ、すなわち、この面積Yを定める方法を、前記面積Xを定める方法と同様に、模索した。
その結果、横軸方向に対する範囲と、ベースライン(第2のベースライン)とを規定する必要があることが判った。
そこで、横軸方向に対する範囲を、フッ素原子に由来するピークが概ね包含される、前述した680〜695eVの範囲に一致させた。横軸方向に対する範囲を、かかる範囲に規定することにより、フッ素原子に由来する強度を過不足なく反映させることができる。
【0039】
一方、第2のベースラインは、680〜695eVの範囲の上限および下限から、それぞれ5eVずつ外側にずらしたスペクトル上での位置(値)、すなわち、675eVおよび700eVでの位置を結ぶ線分とした。これにより、第1のベースラインと同様に、オフセット値が設定され、測定機器や測定条件等によらず、一定の適正な面積Yを得ることができる。
【0040】
さらに、第2のベースラインの起点を、680〜695eVの範囲の上限および下限から、それぞれ5eVずつ外側にずらすのは、第1のベースラインを設定した際と同様の理由によるものである。
以上のことより、得られたスペクトルにおいて、680〜695eVの範囲で、かつ、第2のベースラインよりも上の範囲の面積、すなわち、図4に示す斜線を施した範囲が、面積Y、すなわち、フッ素原子に由来する実際の強度となる。
【0041】
このように、第2のベースラインを規定して、フッ素原子に由来するピークからこのベースラインよりも下の範囲の面積を取り除くことにより、測定機器や測定条件等による、ばらつきをも取り除くことができ、フッ素原子に由来する強度を面積Yとして的確に反映することができる。
以上のようにして、面積Xと面積Yとが得られたわけであるが、これらの面積比Y/Xは、撥液性粒子の表面における、シリコン原子とフッ素原子との量に対応する比率を表すこととなる。
【0042】
ここで、前述したように面積Xおよび面積Yの値は、それぞれ、第1および第2のベースラインを設けて求めたものであることから、シリコン原子およびフッ素原子に由来する強度を的確に反映するものとなる。したがって、これらの値から求められるY/Xは、XとYと同様に的確な値となり、測定機器や測定条件等によらず、シリコン原子とフッ素原子との比率を求めるための不偏的な指標となる。
【0043】
このようにして見出した面積比Y/X、すなわち、シリコン原子とフッ素原子との比率は、少なくとも撥液性粒子の表面付近において、1/50〜1なる関係を満足する。
かかる関係を満足する撥液性粒子は、高い強度と優れた耐薬品性とを維持しつつ、水や、例えば、メタノール、エタノール、イソプロパノールのような単価アルコール類、エチレングリコール、グリセリンのような多価アルコール類、アセトンのようなケトン類、酢酸エチルのようなエステル類等の水系溶媒と水との混合液を主成分とする液体等に対して優れた撥液性を発揮する。換言すれば、この粒子は、水及び水を含有する溶液(水溶液)に対して高い撥水性を示す撥水性粒子ということができる。
このような撥液性粒子を用いて撥液膜を形成することにより、得られた撥液膜は、水や前述したような混合液を主材料とする液体等に対して優れた撥液性、耐薬品性および耐久性を発揮するものとなる。
【0044】
なお、面積比Y/Xは、1/50〜1なる関係を満足すればよいが、1/30〜1/2なる関係を満足するのが好ましく、1/7〜1/3なる関係を満足するのがより好ましい。面積比Y/Xが、前記下限値未満の撥液性粒子では、撥液膜113を形成する際の成膜方法等によっては、十分な撥液性を撥液膜113に付与できないおそれがある。一方、面積比Y/Xを、前記上限値を超えて大きくしても、得られる撥液性粒子における撥液性の増大が期待できない。また、面積比Y/Xが大きくなり過ぎること、すなわち、シリコン原子が存在する量に対してフッ素原子が存在する量が増加し過ぎることにより、撥液性粒子の表面におけるフッ素原子とシリコン原子との結合が不安定になるおそれがあり、好ましくない。
【0045】
また、撥液性粒子の表面を、フーリエ変換赤外吸収スペクトル法で測定したとき、得られたスペクトルにおいて、950〜1000cm−1の範囲に、シリコン原子とフッ素原子との結合に由来するピークが観察されるのが好ましい。
ここで、ある波数における吸光度は、入射光強度をI、透過光強度をIとしたときに、log(I/I)で表される値である。
【0046】
そのため、得られたスペクトルは、撥液性粒子中に存在する特定の構造に応じて横軸が変化し、その特定の構造の量に応じて縦軸が変化する。
そこで、粒子の表面に存在しているシリコン原子にフッ素原子が結合しているような撥液性粒子では、シリコン原子とフッ素原子との結合に由来するピークが950〜1000cm−1の範囲に観察されることとなる。
【0047】
そこで、950〜1000cm−1の範囲にピークが観察できれば、十分な量のフッ素原子が撥液性粒子の表面に存在していることとなる。そのため、このような撥液性粒子は、高い強度および優れた耐薬品性を維持しつつ、より優れた撥液性を発揮するものとなる。
このような撥液性粒子を用いて撥液膜113を形成することにより、得られた撥液膜113は、優れた撥液性、耐薬品性および耐久性を確実に発揮するものとなる。
【0048】
また、このような撥液性粒子の平均粒径は、特に限定されないが、0.1〜1000μmであるのが好ましく、0.1〜100μmであるのがより好ましい。これにより、得られる撥液膜113中に、緻密かつ均一に撥液性粒子を分散させることができる。
また、かかる範囲内の平均粒径の撥液性粒子を用いることにより得られる撥液膜113には、その表面に、撥液性粒子の形状に起因する凹凸が形成されることとなる。すなわち、撥液膜113の表面に粗さが付与されることとなる。
【0049】
ここで、適度な粗さが付与された表面を有する撥液膜113は、表面が平坦な撥液膜113と比較して、より高い撥液性を発揮することから、前述したような平均粒径の撥液性粒子を用いて撥液膜113を形成することにより、得られる撥液膜113は、特に高い撥液性を発揮することとなる。
なお、撥液性粒子は、中心部を除く表面付近がフッ素原子とシリコン原子とを含む物質を主材料として構成されるものであってもよく、その全体が前記物質を主材料として構成されるものであってもよい。
【0050】
このような撥液性粒子は、例えば、少なくとも表面付近がシリコン原子を主材料として構成された粒子(原料粒子)の表面に、フッ化水素を含有する処理液を接触させる方法等により、製造することができる。
フッ化水素を含有する処理液としては、フッ化水素の水溶液(フッ化水素酸)の他、例えば、塩酸、硫酸、蟻酸および酢酸等のうちの少なくとも1種とフッ化水素酸との混合液を用いることができる。このような処理液を用いることにより、粒子の表面に存在するシリコン原子とフッ化水素とが反応して、確実にシリコン原子とフッ素原子との結合を形成することができる。
【0051】
また、前記処理液の調製に用いる溶媒としては、粒子が実質的に変質・劣化しないものであればよく、特に限定されないが、水の他、例えば、メタノール、エタノール、イソプロパノールのような単価アルコール類、エチレングリコール、グリセリンのような多価アルコール類、アセトンのようなケトン類、酢酸エチルのようなエステル類等の水系溶媒が挙げられ、これらを単独または混合液として用いることができる。
【0052】
処理液を粒子の表面に接触させる方法としては、各種の方法を用いることができるが、例えば、処理液に粒子を浸漬する方法(浸漬法)、粒子に処理液を噴霧(シャワー)する方法(噴霧法)によって行うことができるが、これらの中でも、浸漬法を用いるのが好ましい。
浸漬法によれば、一度に大量の粒子を処理することができ、粒子の表面(シリコン原子)に均一にフッ素原子を結合させることができる。
【0053】
以下では、浸漬法によって粒子の表面に存在するシリコン原子とフッ素原子とを結合(反応)させる場合について説明する。
処理液中におけるフッ化水素の含有量は、特に限定されないが、1〜50wt%程度であるのが好ましく、5〜30wt%程度であるのがより好ましい。
また、処理液に粒子を浸漬する際の処理液の温度は、5〜100℃程度であるのが好ましく、15〜35℃程度であるのがより好ましい。
【0054】
処理液に粒子を浸漬する浸漬時間は、0.5〜90分程度であるのが好ましく、5〜30分程度であるのがより好ましい。
処理液中におけるフッ化水素の含有量、処理液の温度および浸漬時間をかかる範囲内とすることにより、粒子の表面に存在するシリコン原子とフッ素原子とをより確実に結合させることができる。
【0055】
また、粒子の処理液への浸漬は、この処理液に超音波を付与しつつ行うのが好ましい。これにより、シリコン原子とフッ化水素との反応をより迅速かつ確実に進行させることができる。
付与する超音波の周波数は、粒子の粒径、フッ化水素の含有量等に応じて適宜設定され、特に限定されないが、1〜1×10kHz程度であるのが好ましく、10〜1×10kHz程度であるのがより好ましい。これにより、シリコン原子とフッ化水素との反応を、より迅速かつ確実に進行させることができる。
【0056】
なお、処理液中におけるフッ化水素の含有量、処理液の温度、浸漬時間および超音波の周波数等を適宜設定することにより、粒子の表面に存在するシリコン原子と結合するフッ素原子の量を調節することができる。
このようなノズルプレート11には、インク室基板12が固着(固定)されている。
このインク室基板12には、ノズルプレート11、側壁(隔壁)122および後述する振動板13により、複数のインク室(キャビティ、圧力室)121と、インクカートリッジ931から供給されるインクを一時的に貯留するリザーバ室123と、リザーバ室123から各インク室121に、それぞれインクを供給する供給口124とが区画形成されている。
【0057】
各インク室121は、それぞれ短冊状(直方体状)に形成され、各ノズル孔111に対応して配設されている。各インク室121は、後述する振動板13の振動により容積可変であり、この容積変化により、ヘッド1は、インクを吐出するよう構成されている。
インク室基板12を得るための母材としては、例えば、シリコン単結晶基板、各種ガラス基板、各種プラスチック基板等を用いることができる。これらの基板は、いずれも汎用的な基板であるので、これらの基板を用いることにより、ヘッド1の製造コストを低減することができる。
【0058】
また、これらの中でも、母材としては、面方位(110)のシリコン単結晶基板を用いるのが好ましい。このシリコン単結晶基板は、異方性エッチングに適しているのでインク室基板12を、容易かつ確実に形成することができる。
インク室基板12の平均厚さは、特に限定されないが、10〜1000μm程度とするのが好ましく、100〜500μm程度とするのがより好ましい。
【0059】
また、インク室121の容積も、特に限定されないが、0.1〜100nL程度とするのが好ましく、0.1〜10nL程度とするのがより好ましい。
一方、インク室基板12のノズルプレート11と反対側には、振動板13が接合され、さらに振動板13のインク室基板12と反対側には、複数の圧電素子14が設けられている。
【0060】
各圧電素子14は、それぞれ、一対の電極間に圧電体層を介挿してなり、各インク室121のほぼ中央部に対応して配設されている。各圧電素子14は、圧電素子駆動回路に電気的に接続され、圧電素子駆動回路の信号に基づいて作動(振動、変形)するよう構成されている。
各圧電素子14は、それぞれ、振動源として機能し、振動板13は、圧電素子14の振動により振動し、インク室121の内部圧力を瞬間的に高めるよう機能する。
【0061】
このようなヘッド1は、圧電素子駆動回路を介して所定の吐出信号が入力されていない状態、すなわち、圧電素子14の一対の電極間に電圧が印加されていない状態では、圧電体層に変形が生じない。このため、振動板13にも変形が生じず、インク室121には容積変化が生じない。したがって、ノズル孔111からインク滴は吐出されない。
一方、圧電素子駆動回路を介して所定の吐出信号が入力された状態、すなわち、圧電素子14の一対の電極間に一定電圧が印加された状態では、圧電体層に変形が生じる。これにより、振動板13が大きくたわみ、インク室121の容積変化が生じる。このとき、インク室121内の圧力が瞬間的に高まり、ノズル孔111からインク滴が吐出される。
【0062】
1回のインクの吐出が終了すると、圧電素子駆動回路は、一対の電極間への電圧の印加を停止する。これにより、圧電素子14は、ほぼ元の形状に戻り、インク室121の容積が増大する。なお、このとき、インクには、前述したインクカートリッジ931からノズル孔111へ向かう圧力(正方向への圧力)が作用している。このため、空気がノズル孔111からインク室121へ入り込むことが防止され、インクの吐出量に見合った量のインクがインクカートリッジ931(リザーバ室123)からインク室121へ供給される。
このようにして、ヘッド1において、印刷させたい位置の圧電素子14に、圧電素子駆動回路を介して吐出信号を順次入力することにより、任意の(所望の)文字や図形等を印刷することができる。
【0063】
前述したような撥液膜113の形成方法としては、例えば、メッキ液に含まれる金属を基材112の表面に析出させるとともに、析出した金属により撥液性粒子を保持(担持)させることにより形成する共析メッキ法、撥液性粒子と有機バインダまたはその前駆体とを含有する撥液膜形成材料を、基材112の表面に供給した後、この有機バインダを硬化させることにより形成する方法(以下、単に「撥液膜形成材料を供給する方法」という。)、溶融または軟化状態の撥液性粒子をガス流に乗せて、基材112の表面に供給することにより形成する溶射法、撥液性粒子の集合体をターゲットに用いて、このターゲットから発生したスパッタ粒子を基材112の表面に供給することにより形成するスパッタリング法、静電場電着法、溶液分散型電着法のような電着塗装法、イオンプレーティング法、等が挙げられるが、これらの中でも、共析メッキ法、撥液膜形成材料を供給する方法、溶射法またはスパッタリング法を用いるのが好ましい。これらの方法によれば、比較的容易に撥液膜113を形成することができる。また、これらの方法により形成された撥液膜113は、優れた撥液性および耐久性を発揮するものとなる。
なお、これらの方法は、用いる基材112の構成材料等に応じて適宜選択するようにすればよい。これにより、基材112に対して密着性の高い撥液膜113を形成することができる。
【0064】
[1]共析メッキ法
まず、ノズル孔111が形成された基材112を用意する。
ここで、用いる基材112は、前述したような構成材料により構成される基材のうち導電性を有するものが選択される。
次に、撥液性粒子を分散させたメッキ液中に基材112を浸漬しつつ、基材112を陰極として電圧を印加する。これにより、図1に示すように、基材112のインク滴を吐出する側の面(以下、「インク吐出面」という。)(表面)に、撥液膜113が形成される。
【0065】
ここで、共析メッキ法によれば、メッキ液中に含まれる金属イオン(金属塩)が、陰極(基材112)に供給された電子により還元されて、基材112上に金属が析出することにより、この金属による膜(撥液膜113)が形成される。この際、メッキ液中に分散する撥液性粒子が、膜中に取り込まれる(保持される)こととなる。
換言すれば、撥液膜113は、撥液性粒子と、撥液性粒子を保持(担持)するためのバインダとして機能する金属とで構成されることとなる。このため、撥液膜113において、撥液性粒子が金属により保持されることから、このような撥液膜113は、特に高い膜強度を有することとなり、優れた耐久性を発揮するものとなる。
【0066】
撥液膜113中における撥液性粒子の含有率は、5〜60vol%程度であるのが好ましく、20〜50vol%程度であるのがより好ましい。撥液性粒子の含有率が少な過ぎると、撥液膜113に撥液性が十分に付与されないおそれがある。一方、撥液性粒子の含有率を前記上限値を超えて多くすると、撥液膜113の膜強度が低下するおそれがある。
金属としては、いかなるものも用いることができるが、これらの中でも、基材112の構成材料と同一または相溶性が高いものであるのが好ましく、同一であるのがより好ましい。これにより、基材112と撥液膜113との密着性をより高めることができる。
【0067】
また、メッキ液中における金属塩としては、例えば、硫酸塩、スルファミン酸塩、塩酸塩、硝酸塩等が好適に用いられる。
メッキ液における金属塩の含有量(溶媒への金属塩の添加量)は、30〜500g/L程度であるのが好ましく、50〜300g/L程度であるのがより好ましい。金属塩の含有量が少な過ぎると、撥液膜113を形成するのに長時間を要するおそれがある。一方、金属塩の含有量を前記上限値を超えて多くしても、それ以上の効果の増大が期待できない。
【0068】
また、メッキ液における撥液性粒子の含有量(溶媒への撥液性粒子の添加量)は、10〜100g/L程度であるのが好ましく、20〜80g/L程度であるのがより好ましい。撥液性粒子の含有量が少な過ぎると、形成される撥液膜113に撥液性が十分に付与されないおそれがある。一方、撥液性粒子の含有量を前記上限値を超えて多くすると、金属によるバインダが機能せずに、撥液膜113中に撥液性粒子が保持されないおそれがある。
【0069】
このようなメッキ液には、さらにpH調整剤(pH緩衝剤)を混合(添加)するようにしてもよい。これにより、共析メッキの進行に伴って、メッキ液のpHが低下するのを防止または抑制することができ、その結果、成膜速度の低下や、撥液膜113の組成、性状の変化を効果的に防止することができる。
メッキ液への浸漬の際のメッキ液のpHは、4〜10程度であるのが好ましく、4〜7程度であるのがより好ましい。
【0070】
また、メッキ処理の際のメッキ液の温度は、30〜90℃程度であるのが好ましく、40〜80℃程度であるのがより好ましい。
メッキ液のpHおよび温度を、それぞれ前記範囲とすることにより、成膜速度が特に適正なものとなり、均一な膜厚の撥液膜113を高い精度で形成することができる。
なお、作業温度(メッキ液の温度)、作業時間(メッキ時間)、メッキ液の量、メッキ液のpH、メッキ回数(ターン数)等のメッキ条件を設定することにより、形成される撥液膜113の厚さを調整することができる。
【0071】
[2]撥液膜形成材料を供給する方法
まず、ノズル孔111が形成された基材112を用意する。
次に、撥液性粒子と有機バインダまたはその前駆体とを含有する撥液膜形成材料を、基材112のインク吐出面(表面)に供給した後、この有機バインダを硬化させることにより、図1に示すように、撥液膜113を形成する。
【0072】
以下、撥液性粒子と有機バインダ前駆体とを含有する撥液膜形成材料を用いて、撥液膜113を形成する場合を一例に説明する。
撥液性粒子と、光照射、加熱または嫌気等の所定処理を施すことにより硬化する硬化性樹脂前駆体(有機バインダ前駆体)とを含有する撥液膜形成材料を基材112のインク吐出面(表面)に塗布(供給)する。そして、この撥液膜形成材料に所定処理を施すと、硬化性樹脂前駆体が重合反応により硬化性樹脂に変化して硬化する。その結果、硬化性樹脂(有機バインダ)により、撥液性粒子が保持(担持)される。これにより、インク吐出面に撥液膜113が形成される。このような撥液膜113においては、撥液性粒子が有機バインダにより保持されていることから、この撥液膜113は、特に高い膜強度を有することとなり、優れた耐久性を発揮するものとなる。
【0073】
撥液膜113中における撥液性粒子の含有率は、5〜60vol%程度であるのが好ましく、10〜50vol%程度であるのがより好ましい。撥液性粒子の含有率が少な過ぎると、撥液膜113に撥液性が十分に付与されないおそれがある。一方、撥液性粒子の含有率を前記上限値を超えて多くすると、撥液膜113の膜強度が低下するおそれがある。
この塗布には、スピンコート法、キャスティング法、マイクログラビアコート法、グラビアコート法、バーコート法、ロールコート法、ワイヤーバーコート法、ディップコート法、スプレーコート法、スクリーン印刷法、フレキソ印刷法、オフセット印刷法、インクジェット印刷法等の各種塗布法を用いることができる。かかる塗布法によれば、撥液膜形成材料を比較的容易にインク吐出面上に供給することができる。
【0074】
硬化性樹脂としては、例えば、エポキシ樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、フェノール樹脂、ユリア・メラミン樹脂、ポリウレタン樹脂およびシリコーン樹脂等の熱硬化性樹脂、エステル(メタ)アクリレート系樹脂、ウレタン(メタ)アクリレート系樹脂、エポキシ(メタ)アクリレート系樹脂、メラミン(メタ)アクリレート系樹脂、アクリル樹脂アクリレート系樹脂、不飽和ポリエステル系樹脂のような光ラジカル重合系樹脂、エポキシ系樹脂のような光カチオン重合系樹脂等の光硬化性樹脂、および、嫌気硬化性樹脂等のうちの少なくとも1種を用いることができるが、これらの中でも、基材112の構成材料と同一または相溶性が高いものを用いるのが好ましく、基材112の構成材料と同一のものを用いるのがより好ましい。これにより、基材112と撥液膜113との密着性をより高めることができる。
【0075】
なお、撥液膜形成材料には、必要に応じて重合開始剤を添加するようにしてもよい。これにより、前記所定処理を施す際に、硬化性樹脂前駆体の硬化(重合反応)を促進させることができる。
重合開始剤としては、特に限定されないが、例えば、光カチオン重合開始剤や光ラジカル重合開始剤のような光重合開始剤、熱重合開始剤および嫌気重合開始剤等を、撥液膜形成材料に含まれる硬化性樹脂前駆体の種類等に応じて適宜選択するようにすればよい。
さらに、重合開始剤として光重合開始剤を用いる場合には、光重合開始剤に適した増感剤を撥液膜形成材料に添加してもよい。
【0076】
撥液膜形成材料に用いる溶液(溶媒または分散媒)としては、例えば、硝酸、硫酸、アンモニア、過酸化水素、水、二硫化炭素、四塩化炭素、エチレンカーボネイト等の無機溶媒や、メチルエチルケトン(MEK)、アセトン等のケトン系溶媒、メタノール、エタノール、エチレングリコール、グリセリン等のアルコール系溶媒、ジエチルエーテル、ジエチレングリコールエチルエーテル(カルビトール)等のエーテル系溶媒、メチルセロソルブ、エチルセロソルブ等のセロソルブ系溶媒、ヘキサン、ペンタン等の脂肪族炭化水素系溶媒、トルエン、キシレン、ベンゼン等の芳香族炭化水素系溶媒、ピリジン、ピラジン、フラン等の芳香族複素環化合物系溶媒、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)、N,N−ジメチルアセトアミド(DMA)等のアミド系溶媒、ジクロロメタン、クロロホルム、1,2−ジクロロエタン等のハロゲン化合物系溶媒、酢酸エチル、酢酸メチル等のエステル系溶媒、ジメチルスルホキシド(DMSO)、スルホラン等の硫黄化合物系溶媒、アセトニトリル、アクリロニトリル等のニトリル系溶媒、ギ酸、酢酸、トリクロロ酢酸、トリフルオロ酢酸等の有機酸系溶媒のような各種有機溶媒、または、これらを含む混合溶媒等が挙げられる。
【0077】
[3]溶射法
まず、ノズル孔111が形成された基材112を用意する。
次に、基材112のインク吐出面(表面)に対して、溶融または軟化状態の撥液性粒子をガス流に乗せる溶射により供給して、図1に示すように、撥液膜113を形成する。
溶射の方法としては、フレーム溶射、爆発溶射等のガス式溶射、アーク溶射、プラズマ溶射、線爆溶射等の電気式溶射等が挙げられる。
【0078】
以下、撥液膜113を、フレーム溶射法を用いて形成する場合を一例に説明する。
フレーム溶射法は、溶射ガンを備えたフレーム溶射装置を用いて行うものである。
すなわち、フレーム溶射法は、燃焼ガスによりフレーム(火炎状のガス流)を発生させ、所定距離を離間したインク吐出面に向かって、このフレームに乗せて撥液性粒子を溶融または軟化させた状態で溶射ガンから噴出させる。そして、この撥液性粒子をインク吐出面に衝突させた後、固着させることにより、インク吐出面上に撥液膜113を形成させるものである。これにより、主として撥液性粒子で構成される撥液膜113が形成されることから、この撥液膜113は、特に優れた撥液性を発揮するものとなる。
【0079】
フレームを発生させる燃焼ガスとしては、酸素を含有するものであれば、特に限定されないが、例えば、プロパン、プロピレン、天然ガス、エチレン、灯油および水素のうちの少なくとも1種と、酸素とを含有する混合ガスを用いることができる。これにより、特に高温なフレームを発生させることができる。
撥液性粒子を噴出する際のフレーム速度は、1000〜2500m/秒程度であるのが好ましく、1500〜2000m/秒程度であるのがより好ましい。
【0080】
フレーム温度は、2200〜3000℃程度であるのが好ましく、2500〜2800℃程度であるのがより好ましい。
溶射ガンと基材112との離間距離は、150〜400mm程度であるのが好ましく、200〜300mm程度であるのがより好ましい。
フレーム速度、フレーム温度、溶射ガンと基材112との離間距離を上記範囲内に設定することにより、撥液性の低下を防止しつつ、密着性の高い撥液膜113をインク吐出面に形成することができる。
【0081】
なお、基材112に撥液性粒子を溶射するのに先立って、インク吐出面に対して、粗面処理を施すようにするのが好ましい。これにより、インク吐出面に粗さが付与されることから、基材112と形成される撥液膜113との密着性をより向上させることができる。
粗面処理としては、例えば、サンドブラスト処理、ショットブラスト処理のようなブラスト処理、酸処理およびアルカリ処理等が挙げられる。
また、粗面処理が施された基材112の表面粗さRaは、5〜20μm程度であるのが好ましく、7〜15μm程度であるのがより好ましい。
【0082】
[4]スパッタリング法
まず、ノズル孔111が形成された基材112を用意する。
次に、撥液性粒子の集合体をターゲットに用いて、このターゲットから発生したスパッタ粒子(撥液性粒子やその分解物)を、基材112のインク吐出面(表面)に飛来させる(供給する)ことにより、図1に示すように、撥液膜113を形成する。
スパッタリングとしては、直流(DC)スパッタリングや高周波(RF)スパッタリングのような2極スパッタリング、マグネトロンスパッタリング、対向ターゲットスパッタリング、電子サイクロトロン共鳴(ECR)スパッタリングおよびイオンビームスパッタリング等が挙げられる。
【0083】
[4−1]DCスパッタリング法
DCスパッタリング法は、チャンバーと、チャンバー内に放電ガスを導入するための導入バルブと、チャンバー内に対向するように設けられた陰極と陽極とを備えたDCスパッタリング装置を用いて行うものである。
すなわち、DCスパッタリング法は、陰極にターゲットとして撥液性粒子の集合体を、陽極にインク吐出面が陰極と対向するように基材112を、それぞれ設置し、チャンバー内を減圧する。そして、放電ガスをチャンバー内に導入しつつ、陰極と陽極との間に直流電圧を印加することによりグロー放電を発生させるものである。その結果、このグロー放電により、放電ガスの陽イオンが発生し、この陽イオンが電界によりターゲット(陰極)に向かって加速されることとなる。そして、この陽イオンがターゲットの表面に衝突して、スパッタ粒子(撥液性粒子やその分解物)が叩き出だされる。その結果、叩き出されたスパッタ粒子が、インク吐出面に到達して堆積することにより、撥液膜113が形成される。これにより、主としてスパッタ粒子(撥液性粒子やその分解物)で構成される撥液膜113が形成されることから、この撥液膜113は、特に優れた撥液性を発揮するものとなる。
【0084】
放電ガスとしては、例えば、アルゴン、ヘリウム、ネオン、クリプトン、キセノンのような各種希ガスおよびこれらの混合ガスを用いることができるが、これらの中でも、アルゴンを用いるのが好ましい。アルゴンは、比較的安価であり、希ガスとして汎用的に用いられているものである。
放電ガスを導入した際のチャンバー内の圧力は、1×10−3〜1×10−2Torr程度であるのが好ましく、1×10−3〜7×10−3Torr程度であるのがより好ましい。
【0085】
陽極と陰極との間に印加する直流電圧は、1〜7kV程度であるのが好ましく、3〜5kV程度であるのがより好ましい。
ターゲット(陰極)と基材112(陽極)との離間距離は、50〜200mm程度であるのが好ましく、70〜150mm程度であるのがより好ましい。
チャンバー内の圧力、印加する直流電圧、ターゲットと基材112との離間距離を上記範囲内に設定することにより、撥液性の低下を防止しつつ、密着性の高い撥液膜113をインク吐出面に形成することができる。
【0086】
[4−2]RFスパッタリング法
RFスパッタリング法は、DCスパッタリング法では、一対の電極間に直流電圧を印加するのに対して、一対の電極間に高周波電圧を印加する点が異なり、それ以外は、DCスパッタリング法と同様であるので、DCスパッタリング法との相違点を説明する。
高周波電圧の周波数としては、0.3〜60MHz程度であるのが好ましく、1〜15MHz程度であるのがより好ましい。これにより、密着性の高い撥液膜113をインク吐出面に確実に形成することができる。
以上、本発明の撥液膜について説明したが、本発明は、これらに限定されるものではない。
【0087】
また、本発明は、上述したような工程に、必要に応じて、1または2以上の任意の目的の工程を追加することもできる。
また、前記実施形態では、本発明の撥液膜をインクジェット式記録ヘッドが備えるノズルプレートの表面に形成する場合を代表に説明したが、本発明の撥液膜は、これに限定されず、例えば、風雨または水等に晒される、建築用または車輌用窓材、建築用壁材および浴室の床材等の表面や、成膜材料の液滴が付着するチャンバー内の内壁等に形成することができる。
【実施例】
【0088】
次に、本発明の具体的実施例について説明する。
まず、撥液性粒子を製造し、得られた撥液性粒子をXPS法とFT−IR法とで測定を行った。
1.撥液性粒子の製造およびXPS法とFT−IR法とによる測定
1−1.撥液性粒子の製造
【0089】
<1> まず、テフロン(「テフロン」は登録商標)製容器中の50wt%フッ化水素酸(ステラケミファ社製)を純水で希釈して、10wt%フッ化水素酸を調製した。
<2> 次に、この10wt%フッ化水素酸に、超音波を付与した状態で、平均粒径10μmのシリコン粒子(高純度化学研究所製、「SIE17PB」)を浸漬させた。
なお、フッ化水素酸中にシリコン粒子を浸漬した際の処理条件は、以下に示す通りである。
・シリコン粒子の浸漬時間:10分間
・フッ化水素酸の温度 :25℃
・超音波の周波数 :40kHz
<3> 次に、フッ化水素酸による処理が施されたシリコン粒子を、純水で洗浄した後、高純度窒素ガス置換グローブボックスを用いて窒素ガス存在下で乾燥させることにより撥液性粒子を得た。
【0090】
1−2.X線光電子分光分析法による測定
得られた撥液性粒子について、X線光電子分光分析法により、92〜110eV(Si2p)および680〜695eV(F1s)におけるスペクトルを測定した。
なお、X線光電子分光分析法による測定条件は、以下の通りである。
・XPS装置 :PHI社製、「Quantera SXM」
・励起X線 :monochromatic AlKα1,2線(1486.6eV)
・X線径 :200μm
・光電子脱出角度:45°
・検出深さ :数nm
その結果、撥液性粒子の異なる5つのサンプルにおけるスペクトルのY/Xの平均値は、0.21であった。
また、92〜110eV(Si2p)および680〜695eV(F1s)において得られたスペクトルの一例を、図5に示す。
【0091】
1−3.フーリエ変換赤外吸収スペクトル法による測定
得られた撥液性粒子について、多重反射ATR法(フーリエ変換赤外吸収スペクトル法)により、500〜3500cm−1におけるスペクトルを測定した。
なお、多重反射ATR法による測定条件は、以下の通りである。
・FT−IR装置:Bio−Rad Diglab社製、「FTS−60A/896」
・光源 :特殊セラミックス
・X線径 :200μm
・検出器 :DTGS(重水素化三硫酸グリシン)
・分解能 :4cm−1
・積算回数 :512回
・付属装置 :拡散反射測定付属装置
・参照資料 :金蒸着膜、KBr粉末
・入射角 :45°
図6に示すように、得られたスペクトルにおいて、シリコン原子とフッ素原子との結合に由来するピークが、950〜1000cm−1において認められた。
【0092】
2.撥液膜の形成および評価
2−1.撥液膜の形成
次に、以下に示す通りにして、各実施例および各比較例の撥液膜を基板上に形成した。
(実施例1)
Ni製の基板(基材)をメッキ液中に浸漬して、共析メッキ法により撥液膜をNi基板の表面上に形成した。
なお、メッキ液の組成および撥液膜形成時の処理条件は、以下に示す通りである。
【0093】
<メッキ液組成>
・硫酸ニッケル(NiSO・6HO):240g/L
・塩化ニッケル(NiCl・6HO):45g/L
・ほう酸(HBO) :35g/L
・撥液性粒子 :50g/L
【0094】
<処理条件>
・pH :4.0〜4.5
・メッキ液温度:60℃
・陰極電流密度:3A/dm
・攪拌方法 :ゆるやかな機械攪拌
これにより、Ni基板上に、膜厚100μmの撥液膜を形成した。
なお、得られた撥液膜を、XPS法により測定したところ、92〜110eVの範囲には、シリコン原子に由来するピークが、また680〜695eVの範囲には、フッ素原子に由来するピークが認められ、撥液膜中に撥液性粒子が含まれていることを確認した。
【0095】
(実施例2)
Sn−Cu−P合金(リン青銅)製の基板をメッキ液中に浸漬して、共析メッキ法により撥液膜をSn−Cu−P合金基板の表面上に形成した。
なお、メッキ液の組成および撥液膜形成時の処理条件は、以下に示す通りである。
<メッキ液組成>
・スルファミン酸ニッケル(Ni(NHSO):70g/L
・ほう酸(HBO) :30g/L
・撥液性粒子 :55g/L
【0096】
<処理条件>
・pH :4.0〜4.5
・メッキ液温度:50℃
・陰極電流密度:3A/dm
・攪拌方法 :ゆるやかな機械攪拌
これにより、Sn−Cu−P合金基板上に、膜厚80μmの撥液膜を形成した。
なお、得られた撥液膜を、XPS法により測定したところ、92〜110eVの範囲には、シリコン原子に由来するピークが、また680〜695eVの範囲には、フッ素原子に由来するピークが認められ、撥液膜中に撥液性粒子が含まれていることを確認した。
【0097】
(実施例3)
まず、基板表面が親水性を示すフロートガラス基板を超純水で洗浄した。
次に、有機バインダ前駆体としてポリエステルアクリレート化合物を用い、撥液性粒子と、ポリエステルアクリレート化合物(東亞合成社製、「アロニックス M−8030」)と、ラジカル重合開始剤(長瀬産業社製、「イルガキュア 651」)とを重量比で85:10:5の比率でジクロロエタンに溶解分散させて、撥液膜形成材料を得た。
【0098】
次に、フロートガラス基板上に、前記撥液膜形成材料を、スピンコート法により塗布した。
その後、水銀ランプ(ウシオ電機社製、「UM−452型式」)にフィルターを用いて照射波長を調節することにより、有機バインダ前駆体を硬化(重合反応)させた。
これにより、フロートガラス基板上に、膜厚100μmの撥液膜を形成した。
なお、得られた撥液膜を、XPS法により測定したところ、92〜110eVの範囲には、シリコン原子に由来するピークが、また680〜695eVの範囲には、フッ素原子に由来するピークが認められ、撥液膜中に撥液性粒子が含まれていることを確認した。
【0099】
(実施例4)
基板としてポリイミド製の基板を用いた以外は、前記実施例3と同様にして、撥液膜形成材料を供給する方法により、撥液膜をポリイミド基板の表面上に形成した。
これにより、ポリイミド基板上に、膜厚110μmの撥液膜を形成した。
なお、得られた撥液膜を、XPS法により測定したところ、92〜110eVの範囲には、シリコン原子に由来するピークが、また680〜695eVの範囲には、フッ素原子に由来するピークが認められ、撥液膜中に撥液性粒子が含まれていることを確認した。
【0100】
(実施例5)
基板としてグラファイト製の基板を用いた以外は、前記実施例3と同様にして、撥液膜形成材料を供給する方法により、撥液膜をグラファイト基板の表面上に形成した。
これにより、グラファイト基板上に、膜厚110μmの撥液膜を形成した。
なお、得られた撥液膜を、XPS法により測定したところ、92〜110eVの範囲には、シリコン原子に由来するピークが、また680〜695eVの範囲には、フッ素原子に由来するピークが認められ、撥液膜中に撥液性粒子が含まれていることを確認した。
【0101】
(実施例6)
まず、ステンレス鋼(SUS304)製の基板の撥液膜を形成する側の面に対して、ブラスト処理(研磨処理)を施して、その表面粗さRaを7μmとした。
次に、ブラスト処理が施されたステンレス鋼製の基板に対して、フレーム溶射法により撥液性粒子を供給することにより、撥液膜をステンレス鋼基板の表面上に形成した。
【0102】
なお、フレーム溶射法による成膜条件は、以下の通りである。
・フレーム溶射装置 :日本ユテク社製、「HVOF TJ−4000」
・フレーム速度 :1000m/秒
・基板温度 :180℃
これにより、ステンレス鋼基板上に、膜厚40μmの撥液膜を形成した。
なお、得られた撥液膜を、XPS法により測定したところ、92〜110eVの範囲には、シリコン原子に由来するピークが、また680〜695eVの範囲には、フッ素原子に由来するピークが認められ、撥液膜中に撥液性粒子が含まれていることを確認した。
【0103】
(実施例7)
基板としてアルミナ製の基板を用いた以外は、前記実施例6と同様にして、フレーム溶射法により、撥液膜をアルミナ基板の表面上に形成した。
これにより、アルミナ基板上に、膜厚50μmの撥液膜を形成した。
なお、得られた撥液膜を、XPS法により測定したところ、92〜110eVの範囲には、シリコン原子に由来するピークが、また680〜695eVの範囲には、フッ素原子に由来するピークが認められ、撥液膜中に撥液性粒子が含まれていることを確認した。
【0104】
(実施例8)
まず、基板表面が親水性を示すフロートガラス基板を超純水で洗浄した。
次に、チャンバー内に、膜形成面を鉛直下方とした陽極にフロートガラス基板を、陰極に撥液性粒子(膜材料)で構成されたターゲットを、それぞれセットし、チャンバー内の圧力を6×10−6Torrとした。
【0105】
そして、放電ガスとしてアルゴンを用い、RFスパッタリング法によりフロートガラス基板に撥液性粒子を供給した。
なお、RFスパッタリング法によりフロートガラス基板に撥液性粒子を供給した際の各種条件は、以下に示すとおりである。
・アルゴンガスの流入量 :100sccm
・アルゴンガス流入時のチャンバー内の圧力:3×10−3Torr
・陽極と陰極との間に印加した直流電圧 :3kV
・高周波電圧の周波数 :13.56MHz
・陽極と陰極との離間距離 :80mm
・成膜時間 :10分
これにより、フロートガラス基板上に、膜厚110μmの撥液膜を形成した。
なお、得られた撥液膜を、XPS法により測定したところ、92〜110eVの範囲には、シリコン原子に由来するピークが、また680〜695eVの範囲には、フッ素原子に由来するピークが認められ、撥液膜中に撥液性粒子が含まれていることを確認した。
【0106】
(実施例9)
基板としてSiO製の基板を用いた以外は、前記実施例8と同様にして、RFスパッタリング法により、撥液膜をSiO基板の表面上に形成した。
これにより、SiO基板上に、膜厚100μmの撥液膜を形成した。
なお、得られた撥液膜を、XPS法により測定したところ、92〜110eVの範囲には、シリコン原子に由来するピークが、また680〜695eVの範囲には、フッ素原子に由来するピークが認められ、撥液膜中に撥液性粒子が含まれていることを確認した。
【0107】
(比較例1)
撥液性粒子に代えてポリテトラフルオロエチレンからなる粒子(平均粒径10μm)を用いた以外は、前記実施例1と同様にした。
これにより、ステンレス鋼基板上に、膜厚110μmの撥液膜を形成した。
(比較例2)
撥液性粒子に代えてポリテトラフルオロエチレンからなる粒子(平均粒径10μm)を用いた以外は、前記実施例3と同様にした。
これにより、フロートガラス基板上に、膜厚110μmの撥液膜を形成した。
【0108】
(比較例3)
ポリテトラフルオロエチレンからなる粒子(平均粒径0.17μm)を含む水性分散液を、ステンレス鋼(SUS304)製の基板上に噴霧法により供給した。
次に、120℃で20分間乾燥した後、350で20分間熱処理を施すことにより、膜厚60μmの撥液膜をNi基板の表面上に形成した。
【0109】
2−2.評価
各実施例および各比較例で形成した撥液膜を有する基板に対して、それぞれ、以下に示す初期試験ワイピング試験、および浸漬試験を実施した。
2−2−1.初期試験
初期試験では、基板上の撥液膜に、10mmの間隔を設けた状態で、φ2mmの水滴(液滴)を滴下し、接触角測定装置(協和界面科学社製、「CA−D」)を用いて、基板上に形成された液滴の接触角を測定した。
【0110】
また、各実施例および各比較例の接触角の値は、いずれの、5つの撥液膜の平均値を求めた。
そして、得られた接触角の平均値を、それぞれ、以下の4段階の基準に従って評価した。
◎:接触角110°以上の液滴が形成された。
○:接触角100°以上、110°未満の液滴が形成された。
△:接触角90°以上、100°未満の液滴が形成された。
×:接触角90°以上の液滴が形成されない。
【0111】
2−2−2.ワイピング試験
ワイピング試験では、布製ワイパーにより基板上を摩擦するワイピング操作を、10000回、30000または50000回繰り返して行った後に、前記初期試験と同様にして、基板上に形成された液滴の接触角を測定した。
2−2−3.浸漬試験
浸漬試験では、撥液膜を有する基板をアルカリ溶液中に浸漬した後に、前記初期試験と同様にして、基板上に形成された液滴の接触角を測定した。
【0112】
なお、浸漬試験における各条件は、以下に示す通りである。
・アルカリ溶液 :1NのNaOH水溶液(pH:10)
・アルカリ溶液の温度:70℃
・浸漬時間 :20日間
これらの初期試験、ワイピング試験および浸漬試験の結果を、以下の表1に示す。
【0113】
【表1】

【0114】
表1に示すように、各実施例で形成された撥液膜は、いずれも、初期試験、ワイピング試験および浸漬試験ともに、高い撥液性を発揮した。
これにより、本発明の撥液性粒子を用いて形成した撥液膜は、優れた撥液性、耐薬品性および耐久性を発揮することが明らかとなった。
また、実施例1〜5の撥液膜は、実施例6〜9の撥液膜と比較して、特に優れた耐久性を発揮した。これは、実施例1〜5の撥液膜では、撥液性粒子が金属または有機物(樹脂)によるバインダにより保持されていることにより、高い膜強度が付与されたことによるものと推察される。
これに対し、各比較例で形成された撥液膜は、いずれも、初期試験では、優れた撥液性を有するものの、ワイピング試験では、明らかな撥液性の低下を認め、浸漬試験でも同様の傾向を示した。
【図面の簡単な説明】
【0115】
【図1】本発明の撥液膜を備えるノズルプレートを有するインクジェット式記録ヘッドの実施形態を示す分解斜視図ある。
【図2】インクジェットプリンタの実施形態を示す概略図である。
【図3】シリコン原子とフッ素原子とを含む物質を主材料として構成される撥液性粒子の表面を、XPS法で測定した場合に得られるスペクトルの一例を示す図である。
【図4】シリコン原子とフッ素原子とを含む物質を主材料として構成される撥液性粒子の表面を、XPS法で測定した場合に得られるスペクトルの一例を示す図である。
【図5】実施例1の撥液性粒子においてXPS法を用いて測定されたスペクトルを示す図である。
【図6】実施例1の撥液性粒子において測定された赤外吸収スペクトルを示す図である。
【符号の説明】
【0116】
1……インクジェット式記録ヘッド 11……ノズルプレート 111……ノズル孔 112……基材 113……撥液膜 12……インク室基板 121……インク室 122……側壁 123……リザーバ室 124……供給口 13……振動板 131……連通孔 14……圧電素子 9……インクジェットプリンタ 92……装置本体 921……トレイ 922……排紙口 93……ヘッドユニット 931……インクカートリッジ 932……キャリッジ 94……印刷装置 941……キャリッジモータ 942……往復動機構 943……キャリッジガイド軸 944……タイミングベルト 95……給紙装置 951……給紙モータ 952……給紙ローラ 952a……従動ローラ 952b……駆動ローラ 96……制御部 97……操作パネル P……記録用紙

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の表面に、少なくとも表面付近がフッ素原子とシリコン原子とを含む化合物を主材料として構成される撥液性粒子を用いて形成された撥液膜であって、
前記撥液性粒子は、その表面をX線光電子分光分析法で測定したとき、得られたスペクトルにおいて、92〜110eVの範囲で、かつ、87eVでの値と115eVでの値とを結ぶ第1のベースラインより上の範囲の面積をXとし、680〜695eVの範囲で、かつ、675eVでの値と700eVでの値とを結ぶ第2のベースラインより上の範囲の面積をYとしたとき、Y/Xが1/50〜1なる関係を満足するものであることを特徴とする撥液膜。
【請求項2】
前記撥液性粒子は、その表面をフーリエ変換赤外吸収スペクトル法で測定したとき、得られたスペクトルにおいて、950〜1000cm−1の範囲に、シリコン原子とフッ素原子との結合に由来するピークが観察されるものである請求項1に記載の撥液膜。
【請求項3】
前記撥液性粒子は、その平均粒径が0.1〜1000μmのものである請求項1または2に記載の撥液膜。
【請求項4】
前記撥液性粒子は、水を主成分とする液体に対する濡れ性が低いものである請求項1ないし3のいずれかに記載の撥液膜。
【請求項5】
前記撥液性粒子は、少なくとも表面付近がシリコン原子を主材料として構成された粒子の表面に、フッ化水素を含有する処理液を接触させることにより製造されたものである請求項1ないし4のいずれかに記載の撥液膜。
【請求項6】
前記撥液性粒子は、前記粒子を前記処理液に浸漬させて、前記粒子の表面に前記処理液を接触させることにより製造されたものである請求項5に記載の撥液膜。
【請求項7】
前記撥液性粒子は、前記処理液に超音波を付与した状態で、前記粒子を浸漬することにより製造されたものである請求項6に記載の撥液膜。
【請求項8】
前記撥液膜は、メッキ液に含まれる金属を前記基材の表面に析出させるとともに、析出した金属により前記撥液性粒子を保持させることにより形成されたものである請求項1ないし7のいずれかに記載の撥液膜。
【請求項9】
前記金属は、前記基材の構成材料と同一または相溶性が高いものである請求項8に記載の撥液膜。
【請求項10】
前記撥液膜は、前記撥液性粒子と有機バインダまたはその前駆体とを含有する撥液膜形成材料を、前記基材の表面に供給した後、前記有機バインダを硬化させることにより形成されたものである請求項1ないし7のいずれかに記載の撥液膜。
【請求項11】
前記有機バインダは、前記基材の構成材料と同一または相溶性が高いものである請求項10に記載の撥液膜。
【請求項12】
前記撥液膜は、溶融または軟化状態の前記撥液性粒子をガス流に乗せて、前記基材の表面に供給することにより形成されたものである請求項1ないし7のいずれかに記載の撥液膜。
【請求項13】
前記撥液膜は、撥液性粒子の集合体をターゲットに用いて、該ターゲットから発生したスパッタ粒子を前記基材の表面に飛来させることにより形成されたものである請求項1ないし7のいずれかに記載の撥液膜。
【請求項14】
前記基材は、シリコン系材料、金属系材料、酸化物系材料、プラスチック系材料および炭素系材料のうちの少なくとも1種を主材料として構成される請求項1ないし13のいずれかに記載の撥液膜。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2006−82363(P2006−82363A)
【公開日】平成18年3月30日(2006.3.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−268945(P2004−268945)
【出願日】平成16年9月15日(2004.9.15)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】