説明

放射能汚染防除方法及び放射線吸収性資材

【課題】放射能汚染を防除する新規な方法、特に、栽培中に農作物が放射性物質に汚染されないように、放射能汚染を防除する簡便な方法、及びそれに用いる放射線吸収性資材を提供する。
【解決手段】光変換能のある蛍光色素を含有し、放射線を含む低波長域の電磁波を吸収して長波長域の電磁波を放射する樹脂成形体を用いて、放射線を該樹脂成形体に吸収させることにより放射能汚染を防除する。この樹脂成形体は例えばシート状体又はネット状体であり、栽培中の農作物を該シート状体及び/又は該ネット状体で覆うことにより、農作物を放射能汚染から防除することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、放射能汚染防除方法、特に栽培中に農作物を放射能汚染から防御する方法、及び放射線吸収性資材に関する。
【背景技術】
【0002】
2011年3月11日の東日本大震災によって、福島第一原子力発電所が被災し、その結果、放射性物質が飛散して、その結果、野菜等の農産物から放射性物質が検出され、人体への影響が懸念されて出荷できない事態が生じている。
検出された放射性物質は、セシウム134、セシウム137、ヨウ素131等の人体への影響が極めて大きい同位体であり、これらの物質は放射線の中でも波長が約10pm以下のγ線のような、波長の極めて短い電磁波を発生するものである。
【0003】
このような事態に鑑み、特に、農作物を栽培するに際して、放射性物質から発生する放射線、特にγ線を吸収して、栽培中の農作物を放射性物質の汚染から防除する方法であって特に簡便な方法の出現が望まれているが、従来技術には皆無である。
【0004】
例えば、特許文献1には、紫外線吸収能を長期にわたり維持可能な、酸化セリウム微粉末及び珪素化合物を含有してなるフッ素樹脂フィルムの少なくとも1面を親水性モノマー等によりグラフト重合で改質させた農業用フッ素樹脂フィルムが提案されている。しかしながら、該農業用フッ素樹脂フィルムは、波長280〜320nmの紫外線の吸収を狙いとしたものであり、波長の極めて短い放射線を対象としたものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2000−287559号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、このような問題を解決し、放射能汚染を防除する新規な方法、特に、栽培中に農作物が放射性物質に汚染されないように、放射能汚染を防除する簡便な方法、及びそれに用いる放射線吸収性資材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく鋭意検討した結果、本発明者らが先に発明し提案した光合成促進に極めて有効な蛍光放射性農業資材(特開2007−135583号公報及び特開2010−115193号公報)が、放射線のような波長の極めて短い電磁波を吸収又は減衰する性質(以下、吸収性と総称する)を有するものであることを確認し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、(1)光変換性能を有する蛍光色素を含有し、放射線を含む低波長域の電磁波を吸収して長波長域の電磁波を放射する樹脂成形体を用いた放射能汚染防除方法である。
また、本発明は、(2)上記樹脂成形体がシート状体又はネット状体であり、栽培中の農作物を該シート状体及び/又は該ネット状体で覆って農作物を放射能汚染から防除する上記(1)に記載の放射能汚染防除方法である。
【0009】
また、本発明は、(3)上記樹脂成形体がシート状体又はネット状体であり、屋根部及び壁部の少なくとも一部が該シート状体及び/又は該ネット状体で構成されたハウス内で農作物を栽培し、農作物を放射能汚染から防除する上記(1)に記載の放射能汚染防除方法である。
また、本発明は、(4)上記樹脂成形体が剛性板状体であり、屋根部及び壁部の少なくとも一部が該剛性板状体で構成されたハウス内で農作物を栽培し、農作物を放射能汚染から防除する上記(1)に記載の放射能汚染防除方法である。
【0010】
また、本発明は、(5)上記樹脂成形体から放射される電磁波が光合成促進に有効な450〜700nmの蛍光であることを特徴とする上記(1)乃至(4)のいずれかに記載の放射能汚染防除方法である。
また、本発明は、(6)上記蛍光色素がペリレン系色素である上記(1)乃至(5)のいずれかに記載の放射能汚染防除方法である。
【0011】
また、本発明は、(7)光変換性能を有する蛍光色素を含有し、放射線を含む低波長域の電磁波を吸収して長波長域の電磁波を放射する樹脂成形体からなることを特徴とする放射線吸収性資材である。
また、本発明は、(8)上記蛍光色素がペリレン系色素であることを特徴とする上記(7)に記載の放射線吸収性資材である。
【0012】
また、本発明は、(9)上記蛍光色素が放射線を含む低波長域の電磁波を吸収して450〜700nmの波長域の蛍光を放射するものであることを特徴とする上記(7)又は(8)に記載の放射線吸収性資材である。
また、本発明は、(10)上記樹脂成形体がシート状体又はネット状体であることを特徴とする上記(7)乃至(9)のいずれかに記載の放射線吸収性資材である。
【0013】
また、本発明は、(11)上記樹脂成形体が剛性板状体であることを特徴とする上記(7)乃至(9)のいずれかに記載の放射線吸収性資材である。
また、本発明は、(12)上記(7)乃至(11)のいずれかに記載の放射線吸収性資材からなる農作物育成用資材である。
また、本発明は、(13)屋根部及び/又は壁部の少なくとも一部が上記(7)乃至(11)のいずれかに記載の放射線吸収性資材から構成されるハウスからなる農作物育成用資材である。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、光変換能を有する蛍光色素を含有し、放射線を含む低波長域の電磁波を吸収して長波長域の電磁波を放射する樹脂成形体が放射線吸収能を有するため、例えば、該樹脂成形体がシート状体又はネット状体の場合に、これらを農産物育成用資材として農作物を覆うようにして用いると、これらの資材が放射線を吸収して、栽培中の農作物を放射能汚染から防除することができる。
なお、本発明における樹脂成形体が放射する蛍光は、各種の野菜、果物、花類等の農作物の光合成を促進する効果を併せ持つものである。樹脂成形体から放射される電磁波が450〜700nmの波長域の蛍光であることが光合成促進に特に好ましい。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。
本発明で用いられる、光電変換能を有する蛍光色素を含有する樹脂成形体は、紫外線を含む低波長域の電磁波を吸収して長波長域の電磁波を放射し、波長が約10pm以下のγ線のような極めて低波長域の電磁波を吸収する機能を有するものである。以下では、この吸収される電磁波を放射線と総称する。
【0016】
本発明で用いられる樹脂成形体は、具体的には、例えば、放射線吸収性シート、放射線吸収性ネット、放射線吸収性剛性板状体にして用いられる。
剛性板状体とは、多少厚手の蛍光色素を含むプラスチック板を意味するが、例えば、ポリカーボネート樹脂やアクリル系樹脂等の樹脂を押し出し成形又は液状の注入成形によって作製される平板あるいは波板等を挙げることができる。
これらの樹脂成形体の用途としては、放射線吸収能を有するものであるために、農作物の栽培用に限らず、放射線の防除が必要な様々な目的、例えば放射線含有物質の保管、放射性廃棄物の保管等に用いることができる。
【0017】
農作物の栽培用に放射線吸収性シート及び/又は放射線吸収性ネットを用いる場合には、農作物を覆う状態で用いるが、その覆う態様としては特に限定されず、特開2007−135583号公報及び特開2010−115193号公報に記載される、光合成促進用の蛍光放射性農業資材としての使用態様全てを適用することができる。
農作物を放射能汚染から防除するために、例えば、露地栽培の場合には、栽培中の農作物に上記放射線吸収性ネット及び/又は上記放射線吸収性ネットを直接覆ってもよいし、また、農作物を跨ぐように設置したドーム型支持体の上から覆ってもよい。
また、農作物栽培用のハウスの場合には、その屋根部や壁部等に設置する外壁用部材の少なくとも一部を、上記放射線吸収性シート、放射線吸収性ネット、及び/又は放射線吸収性剛性板状体で構成し、内部で栽培する農作物を放射能汚染から防除する。
さらに、農作物が果実のような玉状の場合には、上記放射線吸収性シート又は上記放射線吸収性ネットを袋状に加工したものを成長中の果実に被せることにより、放射能汚染から防除することができる。
【0018】
樹脂成形体に含有させる蛍光色素としては、非イオン性の蛍光色素、例えば、ビオラントロン系色素、ビラントロン系色素、フラバントロン系色素、ペリレン系色素及びピレン系色素等の多環系色素、キサンテン系色素、チオキサンテン系色素、ナフタルイミド色素、ナフトラクタム色素、アントラキノン色素、ベンゾアントロン色素、クマリン色素等の中から、樹脂成形体に放射線吸収能をもたらすものを選定すればよい。さらに、光合成促進機能を併せ持たせるためには、ペリレン系色素、ナフタルイミド系色素が好ましく、特にペリレン系色素を用いることが好ましい。
【0019】
上記ペリレン系色素としては、例えば、ビーエーエスエフ アクチェンゲゼルシャフト社製の商品名Lumogen FシリーズのYellow 083、Orange 240、Red 305等が挙げられる。
【0020】
また、ナフタルイミド系色素としては、例えば、ビーエーエスエフ アクチェンゲゼルシャフト社製の商品名Lumogen FシリーズのViolet 570、Blue 650等が挙げられる。
【0021】
上記樹脂成形体を特に農作物栽培用として、放射線吸収機能及び光合成促進効果を発揮させるためには、風雨、気温変化等に対する長期間安定なものであることが必要であり、そのために、上記樹脂成形体を構成する樹脂と蛍光色素との分散性及び相溶性が良く、成形体からの蛍光色素の離出のないことが望ましい。
【0022】
上記樹脂成形体を構成する樹脂としては、熱可塑性樹脂(具体例については後述する)、あるいはエポキシ樹脂やそのハイブリットエポキシ樹脂のような熱硬化性樹脂を用いることができる。この中でも、蛍光色素との相溶性等から、熱可塑性樹脂を用いることが好ましい。
熱可塑性樹脂としては、ポリエステル、ナイロン、ポリカーボネート、ポリアクリレート、ポリメタクリレート、ポリオレフィン、ポリ塩化ビニル等が挙げられるが、上記の観点からは、上記の熱可塑性樹脂のうち、ポリエステル、ナイロン、ポリオレフィン系樹脂が好ましく使用され、ポリエステルが特に好ましく使用される。
一般的なビニールハウスの外壁材料には、熱可塑性樹脂としてポリオレフィン系樹脂、ポリ塩化ビニル、フッ素樹脂等が使用されるが、本発明のような蛍光色素を含有する樹脂成形体の場合には、上記のように、熱可塑性樹脂と蛍光色素との分散性及び相溶性を検討した上で、適宜選択する必要がある。
【0023】
ポリエステルについては、ポリエステルを構成する酸成分とグリコール成分とを上記目的のために適宜選択して合成したものを使用することが望ましい。
【0024】
ポリエステルとしては、テレフタル酸、イソフタル酸、コハク酸、アジピン酸、2,6−ナフタレンジカルボン酸等の酸成分と、エチレングリコール、1,4−ブタンジオール、1,6−ヘキサンジオール、1,4−シクロヘキサンジメタノール、シクロヘキサンジオール等のグリコール成分とを縮合重合させて得られる重合体や、その酸成分及び/又はグリコール成分の一部を共重合成分で置き換えた共重合体が例示される。具体的には、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレートが好ましい材料として例示される。
【0025】
また、ナイロンとしては、ナイロン6、ナイロン6,6、ナイロン6,10、ナイロン11、ナイロン12、ナイロン6/11、ナイロン6/12等が例示される。
【0026】
さらに、ポリオレフィンとしては、高密度ポリエチレン、中密度ポリエチレン、分岐状低密度ポリエチレン、直鎖状低密度ポリエチレン、メタロセン触媒を用いて製造されたエチレン・α−オレフィン共重合体等のポリエチレン系樹脂や、プロピレン単独重合体、エチレン−プロピレンブロック共重合体、エチレン−プロピレンランダム共重合体等のポリプロピレン系樹脂等が例示される。
上記熱可塑性樹脂は、生分解性の樹脂であってもよい。
【0027】
上記樹脂成形体には、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において、退色防止剤及び/又は耐光性添加剤を含有させることができる。また、酸化防止剤、分散剤、滑剤、帯電防止剤、顔料、無機充填剤、架橋剤、発泡剤、核剤等の通常用いられる添加剤を配合することができる。
【0028】
上記樹脂成形体に含まれる上記蛍光色素の濃度は、樹脂成形体を構成する熱可塑性樹脂に対して、0.001〜0.03質量%であることが好ましく、0.015〜0.02質量%であればより好ましい。
蛍光色素の含有量が不十分な場合には、放射線吸収機能が低下し、また、光合成にとっては太陽光等の光の吸収量が少なくなるのに伴って放射(蛍光)光量が少なくなるので好ましくない。また、蛍光色素の含有量が過剰である場合には、樹脂との分散性及び相溶性が悪くなって、成形体からの蛍光色素が離出する場合が生じるため好ましくない。
【0029】
上記放射線吸収性シート、上記放射線吸収性ネットは、光合成促進用の農作物育成資材として有効なものであり、特開2007−135583号公報及び特開2010−115193号公報において蛍光放射性シート、蛍光放射性ネットとして表現されるとおりである。
すなわち、これらの蛍光放射性資材を用いると、自然光あるいは人工光と蛍光とがバランス良く農作物に照射されると共に、特に蛍光が農作物に一方向からではなく可能な限り複数方向からかつ多量に照射され、光合成を活性化し、各種の野菜、果物、花類等の農作物の成長と重量を高め、果物であれば甘味が増す等の利点があるので、新規な農法として期待されている。
また、上記放射線吸収性樹脂成形体は、有害な紫外線を有用な可視光線に変換する機能を有するものであり、250〜650nmの波長域の光を吸収し、かつ450〜700nmの波長域の蛍光を放射するものであるため、各種農作物の成長の他に、殺虫効果がある。さらに、蛍光放射性の上記放射線吸収性シート及び/又は上記放射線吸収性ネットを外壁材に用いたハウスの場合には、ハウス内の保温性が高く、また夏季にはハウス内の温度を外部に比して低温化する効果をもたらすものである。
【0030】
上記放射線吸収性シート、上記放射線吸収性ネット、及び/又は上記放射線吸収性剛性板状体を農作物育成資材として用いる場合に、農作物を放射能汚染から防除する目的から、その設置場所に制限はなく、例えば、農地、温室(ハウスを含む)、植物工場の他、照明付きインキュベータ(植物栽培容器)の内部等が挙げられる。
ここで、温室とは、一般的な意味としては、植物の栽培を目的とし、骨組みした外側をガラスやプラスチック、ビニールシート等で覆ってある建物であるが、本発明においては、これらのガラス、プラスチック、ビニールシートに適宜換えて、放射線吸収性シート、放射線吸収性ネット、及び/又は放射線吸収性剛性板状体を使用することができる。
【0031】
上記放射線吸収性資材を用いた農作物栽培方法について説明する。
本発明の第一の実施態様を説明する。
該第一の実施態様は、農作物を栽培する農地に光反射性資材としての光反射性シートを敷き、かつ、該農作物を覆うように放射線吸収性シート又は放射線吸収性ネットを設置する方法である。
なお、本発明における「農地」とは、農作物の苗が植えられている農地、農作物の種が蒔かれている農地、果物の実がなる木が植えられている農地等を含み、何らかの農作物が栽培されていれば農地に該当するものとする。
【0032】
上記放射線吸収性シートや上記放射線吸収性ネットは、蛍光発光という形で自然光や人工光を構成する光の一部を、植物が光合成に利用可能な光に変換する。したがって、シートやネットを通過した光は、植物の光合成にとって好ましいスペクトルバランスを有することになる。上記放射線吸収性シートや上記放射線吸収性ネットは、このように植物の光合成にとって好ましいスペクトルバランスを有する光を反射して、農作物に光を再度供給するものである。
したがって、光反射性シートと蛍光放射性の放射線吸収性シート又は放射線吸収性ネットとを組み合わせた場合は、放射線吸収性シート又は放射線吸収性ネットを使用せずに光反射性シートのみを用いて農地に敷いた場合、あるいは光反射性シートを農地に敷かずに、放射線吸収性シート又は放射線吸収性ネットで農作物を覆った場合に比較して、格段に光合成の効率を高めることができる。
【0033】
また、上記光反射性シートは、農地の表面に設置されるので、農作物の下方に位置することになる。このため、光反射性シートは、上記のように農作物に照射されなかった未利用光を上方に反射して、その反射光を農作物に照射させることができる。このため、農作物に降り注いだ光の利用率を向上させることができるので、農作物の光合成を活発化させて、農作物の収量の増加をもたらす。また、実をつける農作物にあっては、実の重量を増大させ、糖度や栄養分を増加させることができる。
【0034】
次に、本発明の第一の実施態様の他の例を説明する。
この例は、農作物を栽培する農地に放射線吸収性シート又は放射線吸収性ネットを敷き、かつ、該農作物を覆うのに用いる資材としても、蛍光放射性の放射線吸収性シート又は放射線吸収性ネットを使用する。この実施態様は、蛍光放射性の放射線吸収性シート又は放射線吸収性ネットが光を受けて放射される蛍光と農作物を覆う放射線吸収性シート又は放射線吸収性ネットを透過する光とを、農作物に直接照射させると共に、透過する光が放射線吸収性シート又は放射線吸収性ネットを照射し放射される蛍光を農作物に照射するようにした方法である。
【0035】
農作物を覆う資材として放射線吸収性ネットを使用し、農地に敷く資材として放射線吸収性シートを使用した具体例について説明する。
放射線吸収性ネットに光が照射されると、該ネットから蛍光が放射され、ネットの空隙を通過した光と共に農作物を照射する。さらに該ネットから放射され農作物を照射しない蛍光と、ネットの空隙部を通過した太陽光とが放射線吸収性シートに到達すると、放射線吸収性シートが太陽光を波長変換して新たな蛍光を放射し、該蛍光が農作物を照射する。
したがって、農作物は、2方向からの蛍光と放射線吸収性ネットの空隙部を通過した太陽光とを受けて、光合成が活性化される。さらに、放射線吸収性ネットから放射され、農作物を照射しない蛍光が、農地に敷かれた放射線吸収性シートに到達した後に反射して農作物を照射することも可能性として考えられる。
【0036】
本発明で使用可能な放射線吸収性シートは、詳しくは後述するが、所定量の蛍光色素を含有する熱可塑性樹脂をシート状に成形したものであるので、自然光や人工光が照射されると光合成に適した波長域の蛍光を放射することができる。このため、農地の表面に放射線吸収性シートを設置すると、農作物の上方に位置するネットの空隙部を通過し波長変換されていない透過光が未利用光として農地の表面まで到達した場合に、そのような未利用光を農地の表面に存在する放射線吸収性シートが吸収し、吸収された未利用光は、再度蛍光として上方に放射され、農作物に照射される。したがって、農作物に降り注いだ光の利用率を向上させることができるので、農作物の光合成が活発化され農作物の収量の増加がもたらされる。
【0037】
次に、本発明の第一の実施態様のさらなる他の例を説明する。
この例は光反射性シートの上に蛍光放射性の放射線吸収性シートを敷いたケースである。この場合、上述したように、光反射性シートによる光の有効活用効果と、放射線吸収性シートによる光の有効活用効果を併せて享受することができる。また、該放射線吸収性シートの替わりに放射線吸収性ネットを使用してもよい。
【0038】
蛍光放射性の放射線吸収性シート又は放射線吸収性ネットが農作物を覆うように設置する方法としては、農作物の上部を覆うようにシート又はネットを農作物に直接掛ける方法、農作物を覆うように設置されたドーム型支持体にシート又はネットを支持させる方法等が例示されるが、特に限定されない。なお、ドーム型支持体にシート又はネットを支持させるには、農作物が植えられている畝を跨ぐようなアーチ状の支持体を離間して複数設置し、それらの支持体にシート又はネットを被せる態様が例示される。このような態様では、畝の全体がトンネル状のシート又はネットに覆われた状態となる。この場合、シート又はネットで形成されたトンネル内の農作物に均等に光が当たるように、トンネルの長手方向が南北方向と一致することが好ましい。このためには、ドーム型支持体の長手方向が南北方向と一致するように設置されることが好ましい。
また、放射線吸収性シート又は放射線吸収性ネットは、一枚のみで使用されてもよいし、複数枚を重ねて使用されてもよい。
【0039】
次に、本発明の農作物栽培方法の第二の実施態様について説明する。
第二の実施態様は、蛍光放射性の放射線吸収性シート又は放射線吸収性ネットを素材とする円筒状又は袋状の資材(袋状資材と総称する)を用い、該袋状資材を生育途上の実あるいは果物に被せて、実あるいは果物が周囲から蛍光を受けるようにした栽培方法であり、さらに、放射線吸収性シートを素材としてなる傘状資材を用い、前記袋状資材を被せた実あるいは果物の上方に上記傘状資材を取付けて行う栽培方法である。
トマト、スイカ、キュウリ等の野菜の実や、リンゴ、桃、杏、葡萄、梨等の果物の実は、赤色帯の光が照射されると結実が向上し、実の重量、実の糖度、実に含まれる栄養分等を増加させることができると一般に言われており、本発明の栽培方法は、このような目的に対しても有効である。特に、例えば、トマト、スイカ、ピンクグレープフルーツのような赤色系の野菜や果物の栽培においてこのような袋状資材を使用することにより、これらの野菜や果物に含まれる抗酸化成分のリコピンを増加させることができるので、これらの野菜や果物の付加価値を高めることができる。
【0040】
さらに、本発明の農作物栽培方法の第三の実施態様について説明する。
第三の実施態様は、蛍光放射性の放射線吸収性ネット及び/叉は放射線吸収性シートを用いたハウス栽培である。
その一具体例として、放射線吸収性シート及び/又は放射線吸収性ネットを外壁材料として屋根部や壁面に設置したハウスを用いる方法が挙げられる。
本実施形態におけるハウスの躯体としては、亜鉛メッキが施されたパイプ等が例示されるが、特に限定されない。また、ハウスの構造、大きさ、形状等についても、特に限定されず、従来のビニールハウスに使用されているものを使用できる。
本発明のハウスの屋根部や壁面を構成する外壁材料として、放射線吸収性シートと放射線吸収性ネットとのいずれを使用するかについては、環境、農作物の種類等に応じて、適宜選択することができる。
例えば、屋根部の材料として、雨雪を避けるためには空隙のないシートが適当であるが、空隙率の低いネットを選択することもできる。このような例としては、ハウス内の通気性を考慮してネットを使用する場合が挙げられる。
このようなハウス内に設けた農地には、蛍光放射性の放射線吸収性資材から放射される蛍光が屋根部や壁面の多方向から照射され、かつ太陽光もバランス良く照射されるため、光合成が活性化されて、所期の農産物を栽培することができる。
ハウス内の農地表面には、第一の実施態様と同様な効果を得るために、光反射性シートあるいは蛍光放射性の資材を敷くこともできる。
【0041】
第三の実施態様である、ハウスを用いた栽培に関する他の具体例を説明する。
この具体例は、従来のビニールハウスを使用し、その中で栽培される農作物あるいは農地を覆うように、蛍光放射性の放射線吸収性資材を設置して行う栽培方法である。
この栽培方法は、第一の実施態様に類似するが、ハウス内に入る太陽光は、外壁のビニールを透過したものであるため、そうでない場合に較べて光量が低くなり、それに伴って、太陽光の照射によって蛍光放射性の放射線吸収性資材から放射されて農作物に到達する蛍光や、放射線吸収性資材を透過して農作物に到達する太陽光の量も総じて弱くなる。
したがって、放射線吸収性シート、放射線吸収性ネットを選択するにも、この点を考慮し、さらに、放射線吸収性資材から放射される蛍光を最大限に有効に活かして、農作物に可能な限り多方向から蛍光が照射されるように、放射線吸収性資材を設置することが必要である。
例えば、大面積の放射線吸収性資材を折った上で農作物に向けて設置したり、複数枚の放射線吸収性資材を農作物に向けて設置したりするように、放射線吸収性材に角度を付けて設置することが好ましい。
【0042】
次に、本発明で使用される蛍光放射性の放射線吸収性シート及び放射線吸収性ネットについて説明する。本発明に用いる放射線吸収性シート及び放射線吸収性ネットとしては、太陽光等の光が照射されると、特に有害な紫外線や青色光領域の光を吸収して有用な可視光線に変換する機能を有するもの、すなわち植物の光合成反応に特に利用される帯域の光を蛍光として放射するものが必要であり、このために、250〜650nmの波長域の光を吸収して、波長域450〜700nmの蛍光を発するものが好ましい。
【0043】
また、本発明者らは、(1)従来のビニールハウスと、(2)本発明に用いる放射線吸収性シートで屋根部と壁面の全てを構成するハウスを用いて、ハウス内の温度を測定したところ、外気温度が約30℃、太陽の日射強度が約800W/mの場合、(1)の場合には約35℃になったのに対して、(2)の場合には約27℃であった。
これは、本発明に用いる放射線吸収性シートが短波長領域の光を減衰するために、ハウス内に取り込むエネルギーを大幅に減少させていることが考えられ、約30〜40%のエネルギーが減少されるものと推察される。
【0044】
さらに、本発明に用いる蛍光放射性の放射線吸収性資材は、光が照射されると、表面から光合成に有効な450〜700nmの蛍光ばかりでなく、実際にはさらに長波長の遠赤外線も発する。このことから、本発明に用いる放射線吸収性資材は、遠赤外線に対する内側表面の反射率が高く、逆に遠赤外線を外部に放射する放射率は小さいものと考えられる。したがって、特に放射線吸収性シートで構成されるハウスの場合には、この特性によって、従来のビニールハウスに較べて、高い保温性を有するものと推察される。
さらに、本発明に使用される放射線吸収性シートや放射線吸収性ネットは、防虫(害虫駆除)効果をも有するものである。
【0045】
本発明で使用される蛍光放射性の放射線吸収性資材は、それらを構成する素材の内部で発生した蛍光を効率良く外部に放出させるために、表面が光学的に平滑ではなく微細な凹凸状態を有する粗表面を形成していることが好ましい。表面がこのような粗表面であることにより、素材の内部で発生した蛍光が粗表面で乱反射し、その乱反射によって素材の外部に放射される蛍光の光量が増加するので、本発明の目的とする効果を一層高めることができる。
本発明で使用される放射線吸収性資材は、後述するように、薄い又は細い素材であるので、元から表面には微細な凹凸が存在するものであるが、蛍光をさらに効率良く外部に取り出すために、意図的にこれらを構成する素材の表面に凹凸を設けてもよい。
【0046】
本発明で使用される蛍光放射性の放射線吸収性資材は、自然光や人工光を吸収して、波長変換された蛍光を上面(表面)及び下面(裏面)から放射して光合成促進効果をもたらすものである。ここで、蛍光放射性の放射線吸収性ネットのような織編布を使用した場合、織編布は横糸と縦糸とを隙間(空隙部という)を空けて編まれているため、照射された光を全て蛍光に変換するわけではない。そのため、この空隙部から光合成に必要な光を通過させ、また、この空隙部が通気性を確保して、過剰な湿気を放出するなど、農作物の生育に寄与する。
【0047】
本発明における蛍光放射性の放射線吸収性ネットの空隙率について説明する。
空隙率とは、ネット全体の面積に占める空隙部の面積の割合をいう。
空隙率を小さくして、すなわちネットの網目を狭めてネット素材量を多くすれば、放射線の通過量が少なくなり、かつ放射される蛍光量が多くなるので好ましいが、光合成促進の面からネットを透過する自然光あるいは人工光の量が少なくなるため、調整することが好ましい。
【0048】
本発明で使用される蛍光放射性の放射線吸収性資材は、必要に応じて複数枚重ねて使用することができる。ネットの場合には、ネットの空隙率を調整することができるので、農作物に合わせて、ネットを透過する光と波長変換された蛍光とのバランスを調整することができる。
【0049】
本発明で使用される放射線吸収性ネットは、少なくとも熱可塑性樹脂と蛍光色素とから構成される組成物を原材料として作製され、例えば、このような組成物を成形することによって得られるフィルムを裁断及び加工して得られるフラットヤーン、モノフィラメント、複合モノフィラメント等を素材として作製された織編布が挙げられる。このような織編布としては、特に限定されないが、ネット(網)を例示することができる。
【0050】
本発明に使用される放射線吸収性ネットを作製するための上記素材のうち、フラットヤーンについては、厚みが5〜150μm程度であることが好ましく、10〜100μm程度であることがより好ましい。また、モノフィラメントについては、繊維径が140〜1000μmであることが好ましく、220〜700μm程度であることがより好ましい。なお、フラットヤーンの素材として用いるフィルムの厚みは、0.2〜0.7mm程度であることが好ましく、0.1〜0.5mm程度であることがより好ましい。
【0051】
一方、本発明に用いられる放射線吸収性シート及び放射線吸収性ネットを構成するフィルムは、少なくとも熱可塑性樹脂と蛍光色素とから構成される組成物を原材料として、例えば成形することによって得られるが、放射線吸収性の剛性板状体も同様である。
成形法としては、特に限定されないが、押し出し成形、射出成形、圧縮成形等を使用することができ、特に押し出し成形が好ましく使用される。シートの厚みとしては、0.2〜0.7mm程度が例示されるがこれに限定されるものではなく、必要とされる強度やコスト等といった要素を考慮して適宜決定すればよい。
【0052】
本発明に用いられる放射線吸収性ネット、放射線吸収性シート、及び放射線吸収性の剛性板状体に使用される蛍光色素は、これらの資材に太陽光等の光が照射されると、放射線を吸収し、かつ発生する放射光(蛍光)が光合成促進効果を呈することが必要であり、これらの条件を満たしさえすれば特に限定されない。
【0053】
したがって、放射光として黄色系、オレンジ系及び赤色系のいずれもが所望される場合には、光吸収波長領域が好ましくは400〜600nm、より好ましくは470〜600nmに存在し、かつ太陽光等の光を照射したときに発生する放射光の波長領域が450〜700nmに存在するような蛍光色素が光合成促進効果を得るのに好ましく使用される。また、そのような蛍光色素を使用することにより、上記の様々な効果を得ることもできる。
【0054】
また、放射光として赤色系が所望される場合には、光吸収波長領域が好ましくは250〜650nmに存在し、かつ太陽光等の光を照射したときに発生する放射光の波長領域が450〜700nmに存在するような蛍光色素が好ましく使用される。
【0055】
なお、本発明で使用される放射線吸収性シートや放射線吸収性ネットには、一種類の蛍光色素を含有させることが好ましい。複数の蛍光色素を含有させた場合には、相互に吸収光を分割し蛍光量が減じる傾向にあるため好ましくない。そのため、複数の蛍光色素を含有させる必要がある場合には、複数の放射線吸収性シートや放射線吸収性ネットを使用し、それぞれに異種の蛍光色素を含有させればよい。
【0056】
本発明者らは、上記蛍光放射性の放射線吸収性シート又は放射線吸収性ネットを繰り返し使用すると蛍光色素がこれらから徐々に溶出して、放射(蛍光)強度が減少し、短期間のうちに所期の効果が消失してしまう現象を確認した。このような現象が起こる原因は、熱可塑性樹脂と蛍光色素との相溶性、あるいは蛍光色素の分散性が不足するためと推測されるため、熱可塑性樹脂と蛍光色素との組み合わせとして相溶性の良いものを選択することが好ましい。
【0057】
次に、本発明に用いる放射線吸収性資材のうち、蛍光放射性の放射線吸収性織編布、特に放射線吸収性ネットについて詳述する。
【0058】
放射線吸収性ネットを製造するのに用いられる原料糸としては、各種成形機によって作製されたフィルムをスリットした後、延伸して得られるフラットヤーン、フラットヤーンを割繊したスプリットヤーン、円形又は異形ノズルから押し出したフィラメントを延伸したモノフィラメント若しくは低繊度フィラメントを集束したマルチフィラメント等の単層型、多層型、芯鞘型、並列型等の複合糸条等、制限なく使用できる。
【0059】
また、上記フィルムをスリットして得られた長尺フィルムから、直径約0.3〜0.5mmの縒り糸を作り、この縒り糸を3〜5本束ねて、蛍光放射性のネットを製造するための素材とすることもできる。
【0060】
フラットヤーンを作製するために用いられるフィルムは、熱可塑性樹脂に所定割合の蛍光色素を予めヘンシェルミキサー等の混合機を用いて混合して得られた混合物を押出機に供給して混練し、又は所定割合の熱可塑性樹脂と蛍光色素とをそれぞれ直接押出機に供給して混練した後、押出成形法、射出成形法、圧縮成形法等のような公知の方法を使用して作製することができる。他に、ベースとなる熱可塑性樹脂と同種又は同系の樹脂に予め高濃度の蛍光色素を含有させたマスターバッチを作製し、フィルム成形時に蛍光色素が所定の含有量になるように調整してフィルム成形を行う、いわゆるマスターバッチ法を採用してもよい。
【0061】
押出成形法によって得られたフィルムを用いる場合を例にとって説明すると、フラットヤーンは、例えば、ポリオレフィン、ポリエステル又はナイロン等のような上記熱可塑性樹脂と、蛍光色素とからなる混練物を押出機に投入して、Tダイ法又はインフレーション法により無定形状態で押出した後冷却固化し、得られたフィルムを約2〜50mm、好ましくは約5〜30mm幅にスリットした後延伸し、次いで熱処理して作製される。この際の延伸処理は、高融点の熱可塑性樹脂の融点以下又は低融点の熱可塑性樹脂の軟化点以上の温度にて行われるが、加熱法としては、熱ロール式、熱板式、熱風式等いずれの方法を採用してもよい。
【0062】
スリットされた熱可塑性フィルムは、加熱され、前後ロールの間で周速度差を有するロールにより延伸されることにより、延伸糸とされる。延伸倍率は、3〜15倍の範囲が好ましく、4〜12倍の範囲がより好ましく、5〜10倍の範囲が最も好ましい。延伸倍率が3倍以上であればフラットヤーンの十分な強度が得られる。また、延伸倍率が15倍以下であれば延伸方向の配向が強すぎることによるフラットヤーンの割れを防止することができる。また、延伸糸の単糸繊度は、通常200〜10000デシテクス(以下、dtと略す)、好ましくは500〜5000dtの範囲内である。
【0063】
織編布の作製には、縦糸用及び横糸用の少なくとも2種類の材料が使用される。このような材料としては、例えば、長尺フィルム、フラットヤーン、モノフィラメント等、及びそれらの二次加工体の中から選択されるが、2種類の材料は同種のものであってもよいし、異種のものであってもよい。したがって、本発明で使用される織編布には、縦糸及び横糸に異種の材料を使用して織られたものが含まれる。
【0064】
また、縦糸及び横糸に用いる2種類の素材がそれぞれ同じ発光波長範囲を有する蛍光色素を含有してもよいし、異なる発光波長範囲を有する蛍光色素を含有してもよい。異なる発光波長範囲を有する蛍光色素としては、置換基が異なるのみで同じ色素骨格を有する同系統の蛍光色素や、異なる色素骨格を有する異系統の蛍光色素が例示される。
しかしながら、異なる蛍光色素のうち少なくとも一方は、放射線吸収性であることが必要である。
【実施例】
【0065】
以下、本発明を実施例によってより具体的に説明するが、本発明は、下記実施例に限定されるものではない。
【0066】
<放射線吸収性ネットAの作製>
(1)放射線吸収性ネットの素材となるフィルムの作製
熱可塑性樹脂として、グリコール成分としてエチレングリコール/1,4−シクロヘキサンジメタノール=60/40(質量比)と、酸性分としてテレフタル酸とを縮重合させて得られるポリエステル樹脂(SK Chemicals社製、商品名:PET−G、銘柄:S2008)を用意した。このポリエステル樹脂に、蛍光色素としてペリレン系色素(ビーエーエスエフ アクチェンゲゼルシャフト社製、商品名:Lumogen F Red305)をポリエステル樹脂に対して0.02質量%配合し、ヘンシェルミキサーで混練して樹脂組成物を作製した。次いで、65mmφ押出機を用いて、Tダイ法(溶融温度260℃)により得られた樹脂組成物をフィルム状に成形し、30℃にて冷却固化して厚さ60μmのフィルムを作製した。なお、使用したペリレン系蛍光色素は、約520〜約590nmの波長領域の光を吸収し(最大吸収波長は578nm)、約600〜約680nmの波長領域の蛍光を発するものである(最大蛍光波長は613nm)。
【0067】
(2)放射線吸収性ネットAの作製
上記(1)のフィルムをスリットして得られた長尺フィルムから、直径約0.4mmの縒り糸を作製し、この縒り糸を3本束ねたものをネット作製用の素材とした。次に、この素材を縦糸と横糸として用いて、ラッセル編機により、網目が1.5cm×1.5cm(空隙率約83%)である放射線吸収性ネットAを作製した。
【0068】
<放射線吸収性ネットBの作製>
上記(1)と同様にして作製したフィルムから、上記(2)と同様にして、網目が0.5cm×0.5cmの放射線吸収性ネットB(空隙率約40%)を作製した。
【0069】
<放射線吸収性ネットCの作製>
蛍光色素としてペリレン系色素(ビーエーエスエフ アクチェンゲゼルシャフト社製、商品名:Lumogen F Red300)を用いる以外、上記(1)と同様にして作製したフィルムから、上記(2)と同様にして、網目が0.5cm×0.5cmの放射線吸収性ネットC(空隙率約40%)を作製した。
【0070】
<放射線吸収性シートの作製>
ポリエステル樹脂として東洋紡社製のバイロンSI−173を用い、これに蛍光色素として放射線吸収性ネットA及び放射線吸収性ネットBの作製に用いたペリレン系色素(ビーエーエスエフ アクチェンゲゼルシャフト社製、商品名:Lumogen F Red305)を0.02質量%配合した後、インフレーション成形法によってフィルム化し、放射線吸収性シートを作製した。この放射線吸収性シートの光透過率は約85%であった。
【0071】
<実施例1>
(放射線吸収性シートを用いたほうれん草のハウス栽培試験)
長野県茅野市泉野地区の農地に設置した、東西方向約5.4m、南北方向約30m、高さ約3.0mのドーム型パイプハウスを放射線吸収性シートで覆い、さらにその上に保温目的に通常のビニールシート(MKVプラスチック(株)製、商品名:アグリスター)を覆った。その後、南北方向約30m、東西方向約130cm、高さ約15cmの畝をつくって、さらにその上に保温目的に通常のビニールシート(MKVプラスチック(株)製、商品名:アグリスター)を覆い、次に平成22年12月1日にほうれん草を播種し、3月に収穫予定で栽培試験を開始した。なお、ほうれん草の種は、トキタ種苗(株)製の「スパイダー」であった。
【0072】
<実施例2>
(放射線吸収性ネットAを用いたほうれん草の栽培試験)
実施例1で設置したハウスの入り口付近に、南北方向約130cm、東西方向約30m、高さ約15cmの畝をつくり、平成22年12月1日にほうれん草を播種した。その後直ぐに、複数本のトンネル支柱を、その両端が畝を跨ぐようにして、畝表面からの高さが約40cm、固定部間の長さが約150cmにして南北方向に地中に固定した。次に、幅が約1.6mの放射線吸収性ネットAで支柱の上から覆い、ほうれん草の栽培試験を3月の収穫予定で開始した。なお、ほうれん草の種は、トキタ種苗(株)製の「スパイダー」であった。
【0073】
<ほうれん草の放射能測定>
実施例1及び実施例2で栽培したほうれん草を、それぞれ平成23年3月25日に無作為に抜いて、可食部200gずつを分析試料として、財団法人日本分析センター(千葉県千葉市稲毛区山王町)に放射能測定を依頼した。
その測定結果を示す「分析結果報告書」の内容を以下に記載する。
【0074】
<分析結果報告書>
1.契約件名:環境試料の放射能測定
2.分析項目:γ線スペクトロメトリーによる、セシウム134、セシウム137及びヨウ素131の定量
3.分析方法:分析試料をU−8容器に詰めて、測定試料とした。
4.測定方法
(1)測定
ゲルマニウム半導体検出器を用いて、測定試料を1800秒間測定し、放射濃度を算出した。なお該データは原則としてAtomic Data and Nuclear Data Tables(1983年)に従った。
(2)測定機器
ゲルマニウム半導体検出器(ORTEC社製、GEM−50195S他)
5.分析結果を表1に示す。
【表1】

注)1.分析結果は、計数値がその計数誤差の3倍を超えるものについては有効数字2桁で表し、それ以下のものについては※※で示した。
2.誤差は計数誤差のみを示した。
3.測定結果については、減衰補正を行っていない結果である。
6所見:
原子力安全委員会により示された「飲食物摂取制限に関する指標」未満であった。
【0075】
表1から、検出されたヨウ素131の放射線量を表すベクレル値は、実施例1の放射線吸収性シートを使用した場合が13±3.7ベクレルで、実施例2の放射線吸収性ネットを使用した場合は17±4.6ベクレルであり、後者の方が4ベクレル程度高い値を示していることが分かる。
これは、放射線吸収性ネットAは、1.5cm×1.5cmの網目(空隙率約83%)があって放射線が網目を通過してしまうため、網目のない放射線吸収性シートの場合よりも、ほうれん草のベクレル値が高くなるものと推察される。換言すれば、このベクレル値の差は、放射線吸収性シートが放射線の通過しやすい網目のないだけ、放射線吸収性ネットよりも多量の放射線を吸収し、樹脂成形体が放射線吸収性であることを実証している。
【0076】
また、2011年4月9日付長野日報(新聞)で公表された、4月6日に長野県各地で採取したほうれん草について、長野県が行った放射性物質検査の結果を表2に示す。
【0077】
【表2】

【0078】
原子力安全委員会により示されている「飲食物摂取制限に関する指標」は、(1)放射性ヨウ素(131)については、野菜類(根菜、芋類を除く)に関し2000Bq/Kg、(2)放射性セシウムについては、野菜類に関し500Bq/Kgである。
したがって、表1に示される本発明の測定結果と表2に示される長野県の測定結果は、いずれも上記指標以下のベクレル値で、人体に影響を及ぼすものではない。
【0079】
しかしながら、両者の測定結果を比較すると、(1)放射性ヨウ素(131)については、本発明の場合に対して長野県の場合は2〜7倍の値を示し、また(2)放射性セシウムについては、本発明の場合はほとんど検出されていないのに対して、長野県の場合は3箇所のいずれでも検出され、特に長野市の370ベクトルは指標に近い高い値である。
これは、本発明の場合には放射線吸収性資材を用いた効果を顕著に示しているが、長野県の場合はおそらくこのような資材を用いない従来の栽培法による結果であると考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光変換性能を有する蛍光色素を含有し、放射線を含む低波長域の電磁波を吸収して長波長域の電磁波を放射する樹脂成形体を用いた放射能汚染防除方法。
【請求項2】
前記樹脂成形体がシート状体又はネット状体であり、栽培中の農作物を該シート状体及び/又は該ネット状体で覆って農作物を放射能汚染から防除する請求項1に記載の放射能汚染防除方法。
【請求項3】
前記樹脂成形体がシート状体又はネット状体であり、屋根部及び壁部の少なくとも一部が該シート状体及び/又は該ネット状体で構成されたハウス内で農作物を栽培し、農作物を放射能汚染から防除する請求項1に記載の放射能汚染防除方法。
【請求項4】
前記樹脂成形体が剛性板状体であり、屋根部及び壁部の少なくとも一部が該剛性板状体で構成されたハウス内で農作物を栽培し、農作物を放射能汚染から防除する請求項1に記載の放射能汚染防除方法。
【請求項5】
前記樹脂成形体から放射される電磁波が光合成促進に有効な450〜700nmの蛍光であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載の放射能汚染防除方法。
【請求項6】
前記蛍光色素がペリレン系色素である請求項1乃至5のいずれかに記載の放射能汚染防除方法。
【請求項7】
光変換性能を有する蛍光色素を含有し、放射線を含む低波長域の電磁波を吸収して長波長域の電磁波を放射する樹脂成形体からなることを特徴とする放射線吸収性資材。
【請求項8】
前記蛍光色素がペリレン系色素であることを特徴とする請求項7に記載の放射線吸収性資材。
【請求項9】
前記蛍光色素が放射線を含む低波長域の電磁波を吸収して450〜700nmの波長域の蛍光を放射するものであることを特徴とする請求項7又は8に記載の放射線吸収性資材。
【請求項10】
前記樹脂成形体がシート状体又はネット状体であることを特徴とする請求項7乃至9のいずれかに記載の放射線吸収性資材。
【請求項11】
前記樹脂成形体が剛性板状体であることを特徴とする請求項7乃至9のいずれかに記載の放射線吸収性資材。
【請求項12】
請求項7乃至11のいずれかに記載の放射線吸収性資材からなる農作物育成用資材。
【請求項13】
屋根部及び/又は壁部の少なくとも一部が請求項7乃至11のいずれかに記載の放射線吸収性資材から構成されるハウスからなる農作物育成用資材。

【公開番号】特開2013−6(P2013−6A)
【公開日】平成25年1月7日(2013.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−131268(P2011−131268)
【出願日】平成23年6月13日(2011.6.13)
【出願人】(591161346)マテリアルサイエンス株式会社 (5)
【Fターム(参考)】