説明

時間的に切迫した課題に対する能力連動型難易度自動調節機構

【課題】
時間的に切迫した課題(以下、時間的切迫課題という)を含め、一般的に課題を実施する場合、目的に応じた十分な効果を得るためには難易度が適切に設定されていることが必要であるが、その選択に手間がかかったり、選択が外れた場合には十分な効果が得られなかったりといった問題がある。特に時間的切迫課題のドライビングシミュレータでは、難易度が高すぎると被験者が低過ぎる速度で走行してしまうことがあり、車同士の関係が崩れてうまく課題を提示できなくなる。

【解決手段】
時間的切迫課題を実施するシステムに対し、課題の遂行状態から被験者の能力と課題の難易度の不適合を感知し、難易度を自動的かつ動的に調整する機構を付加する。ドライビングシミュレータの場合は、被験者の走行状態に合わせて、設定速度の引き下げや引き上げを行う。また、この機能は、仮想空間内の時間の進行速度を操作することにより、簡便に実現可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、対話型コンピュータシステムによる時間的に切迫した課題(以下、時間的切迫課題という)の実行方法に係り、特に被験者の能力に連動させて課題の難易度を動的に自動調節する機構に関する。
【背景技術】
【0002】
時間的切迫課題とは、紙に印刷された問題にじっくりと取り組むといった静的な課題とは対照的に、動的に実施される課題で、被験者に対し、課題の提示後、設定されたある一定の時間(余裕時間)以内に、もしくはできるだけ短い時間で、正確な判断や行動を行うことを要求する。
【0003】
自動車の運転において、時間的切迫課題にあてはまる要素は多く、例えば、目の前に障害物が現れ、衝突する前に回避しなければならない場合などは、すなわち余裕時間以内に正確な判断と行動を行うことが求められる時間的切迫課題の状況に合致する。
【0004】
よって、運転の能力の判断には、紙等による静的な課題ではなく、時間的切迫課題による評価が必要である。さらに、その評価はなるべく実際に近い状況で実施することが望ましいと考えられ、その有効な実施手段に運転シミュレータによる模擬運転がある。現在、検査、実験における運転能力の測定や、トレーニング、娯楽等の用途を目的とした運転シミュレータが実用化されている。
【0005】
運転シミュレータは、運転者の前方に設置したスクリーンに、コンピュータグラフィックス等によりリアルタイムに作成した運転席から見た映像を映写し、自動車を模擬したハンドル、アクセル、ブレーキ等の操縦装置の操作に連動させて映像を制御することにより、室内において実際の道路での走行を模擬した視覚・聴覚および装置によっては加速度や振動等の体感を模擬的に運転者に提示する装置である。これにより、仮に事故を起こしたとしても、仮想的な空間の中であるので身体的な傷害を受けることがなく、かつ再現的に実施することも可能なため、実際の車では困難な走行も可能となる。
【0006】
上記した運転シミュレータを用いて運転能力を測定することは、実際の運転状況に近い映像や操作デバイスを用いて評価が行われることに加え、実際の運転中には滅多に起こらない状況であっても選択的にあるいは繰り返し発生させることが可能であることから、検査、トレーニング、実験、娯楽等における、意図に基づいて設計された課題を効率よく実施することに有効である。さらには、コンピュータグラフィックスによる仮想空間であることから衝突の危険があるような切羽詰る状況を課題に用いても安全に実施することができ、なおかつ課題が多数の車両等が関係するような状況であっても、例えば実際の車両やテストドライバーを用意する必要がないなど、課題の設定が自由に行えること、課題が複雑化しても費用への影響が少ないことにおいて、実車よりも優れている。
【0007】
ところで、時間的切迫課題の難易度を決定する要素のひとつに、余裕時間の長さがあり、一般的に余裕時間と難易度は逆相関の関係にある。
【0008】
これを運転にあてはめて考えると、速度は間接的に難易度に対応するパラメータであると考えられる。例えば、同じ距離にある障害物を回避する場合に、速度が高ければより短い時間で避けることが必要となり、また、同じ道路であっても走行する速度が高い場合にはより機敏なハンドル操作が必要になるといった点においても速度と難易度の関連は大きい。なお、前の車に追従して走行する際、運転者は、速度が高い場合や危険を感じる場合には、一般的に車間距離を広く取ろうとする特性が知られる。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明が対象とする時間的切迫課題を含めて、課題を実施する目的は、検査、トレーニング、実験、娯楽等と様々であるが、いずれも十分な効果を期待するためには、課題の難易度が適切であることが必要である。その最も原始的な方法としては、予め難易度の異なる複数の課題を用意し、被験者の能力に合うと思われる課題を選択する方法があるが、適切な選択のためには予備的な検査を行う等の手間がかかり、これを省略してでたらめな選択を行った場合には、十分な効果が得られない等が懸念される。
【0010】
特に運転シミュレータの場合には、課題の作成時に想定した被験者の走行速度(以下、設定速度という)に対して、実際の被験者が課題の実行や運転に困難や危険を感じる等のために、より低い速度で走行してしまうことがある。その場合、例えば、複数の車が関連するような交通場面を用いた課題では、先行車両との車間距離があきすぎてしまう、周囲の車がどんどん先に行ってしまうなどとなり、車同士の位置関係が崩れて課題をうまく提示できなくなる。そのため、難易度を適切に設定する必要性が極めて高い。
【0011】
被験者の状態に合わせて課題の難易度を調節する先行の発明には特許文献1があるが、眼の瞬きの頻度等、カメラ等で被験者の外観を観測して難易度の適合判断をするシステムであることから、そのためのセンサー類の追加が必要となるほか、映像処理等や被験者の状態推定の複雑な処理も要するため、実施のコストが増加する。
【0012】
【特許文献1】特開2008−43760号公報
【課題を解決するための手段】
【0013】
以上の課題を解決するため、上記に例示した運転シミュレータによる運転能力の測定のための課題をはじめとした時間的切迫課題を実施するシステムに対し、被験者の能力と課題の難易度との不適合を課題の遂行状態より検出し、自動的かつ動的に課題の難易度を調整する機能を付加する機構を考案した。
【0014】
この機構の処理内容は、被験者がほとんどの課題に対して余裕時間以内に回答の行動を起こさなかったり、誤った選択を行ったり、そもそも課題を実施する体勢を作れなかったりなど、遂行状態が著しく悪い場合には、課題の難易度が高すぎて適合していないものと判断して、課題の難易度を引き下げ、逆にほとんどの課題に非常に短時間で正しく答えられるなど、遂行状態が極度に良い場合には、余力がある、すなわち課題の難易度が低すぎて適合していないものと判断して、課題の難易度を引き上げるものである。
【0015】
なお、特許文献1の方式では、被験者の様子を観察するためのカメラなど、付加的なセンサー類が必要になることに対し、本発明は被験者の能力と課題の難易度の適合判断を課題の遂行状態というシステムの内部状態を用いて行うため、装置の追加を必要としない。
【0016】
本発明を運転シミュレータに応用する場合は、被験者にとって難易度が高すぎて設定速度よりも低い速度でしか走らないようであれば設定速度を引き下げる方向に、逆に難易度が低すぎれば設定速度を引き上げる方向に、難易度の切り替えを自動的に行えばよい。
【0017】
より具体的に、先行車両に追従する課題での処理内容を例示するならば、被験者の走行速度が設定速度よりも低ければ車間距離は広がる方向に、高ければ車間距離は狭まる方向に変化することから、システムは被験者の走行速度や車間距離を監視し、それらを課題難易度の適合度合いの指標として、関数や対応表等の予め用意した判断基準に従って、車間距離の広すぎる被験者対して、すなわち実際の速度が低すぎる場合には設定速度の引き下げ、車間距離の狭すぎる被験者対して、すなわち実際の速度が高すぎる場合には設定速度の引き上げを行うといったように、難易度を動的に変更することが挙げられる。
【0018】
一般的に設定速度は規制速度や実勢速度を想定して決定されることから、同じ道路を走る他の車両の速度も基本的には設定速度と無関係ではない。また、先行車両に追従させる課題で設定速度のみを引き下げても先行車両の速度がそのままならば、先行車両に引き離されて追従することができないため、先行車両の速度も同様に引き下げる必要があるといったように、設定速度が変更されれば他車両の速度もそれに連動して変化させた方が都合の良いものが多く、そうすることにより設定速度を先行車両との車間距離をはじめとした車同士の位置関係を維持して課題状況からの逸脱を抑制するための、フィードバック系の制御パラメータとして機能させることができる。
【0019】
ここで、難易度を離散値等で段階的に変更すると、設定速度が頻繁に切り替わるなど、動作が振動的になる可能性があるが、連続値によるなめらかな調整や、難易度の選択基準にヒステリシス性を持たせるなどによる安定化の工夫が考えられる。
【0020】
なお、本発明を運転シミュレータに応用する場合の具体的な設定速度の変更方法については、全ての他車両に対して個別に速度の変更を行う手法に加えて、仮想空間内の時間の進行速度を操作する手法もあり、後者は全ての他車両の速度が時間の進行速度に連動するため、本発明の機能を簡便に実現可能である。
【0021】
これについて具体的な数値を用いて例示すれば、車両位置等を演算して映像を更新するサイクルを秒間60回で行う場合、仮に仮想空間内の時間の進み具合を1サイクルあたり90分の1秒と実時間よりも遅らせたものを用いれば、設定速度および他車両などの速度は全て0.67倍とゆっくりとしたものになり、余裕時間については1.5倍に延伸して、難易度は引き下げられる。反対に、仮想空間内の時間の進み具合を1サイクル当たり40分の1秒と実時間よりも早めたものを用いれば、設定速度および他車両などの速度は全て1.5倍と速いものとなり、余裕時間は0.67倍に短縮して、難易度は引き上げられる。
【発明の効果】
【0022】
従来、課題の難易度を適切に設定することは容易ではなかったが、時間的切迫課題において難易度の選択を自動的にシステムが行う本発明の難易度自動調節機構により、簡便かつ確実に最適な難易度を維持できるようになる。
【0023】
また、手作業で難易度の設定を行う場合、通常は予め用意した有限個の選択肢からの選択となり、例えば運転シミュレータの場合には運転の開始から終了までなど、課題が一段落つくまでは、終始難易度を固定して実施されるが、本発明の難易度自動調節機構を用いた場合には、その途中であっても動的かつ連続値によるきめ細かな調整が可能となるため、検査、実験、トレーニング、娯楽等において、実施効率や性能を格段に向上することができる。
【0024】
加えて、難易度の変更を仮想空間内の時間の進行速度の操作で実施する手法を用いることにより、唯一のパラメータの調整で、他車両等の全ての登場物の変更が行われることから、課題作成のコストを大幅に軽減できる。
【0025】
さらに、この方式を採用した場合は、難易度の変更にかかわらず登場物の位置関係について同一の状態を再現できる利点がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
以下、本発明の実施の形態を図1〜図7に基づいて説明する。
【0027】
本発明で提案する、システムが被験者の能力と時間的切迫課題の難易度の不適合を感知して、難易度を自動的に調整する機構は、運転シミュレータを用いて行う運転能力の測定を目的とした課題において特に有効と考えられる。例えば、先行車に追従走行する課題において、被験者とシステムの特性が図1に示すグラフであるとすると、システムは車間距離を用いて図中の点線のように設定速度の調節を行い、この例では2本のグラフの交点、速度およそ90km/h、車間距離およそ60mで安定する。なお、本発明を用いない場合は、被験者の走り方、ここでの場合は車間距離にかかわらず設定速度は固定であるので、縦軸(速度)を設定速度とした水平の線と被験者の特性グラフ上の交点から垂線を下ろした横軸の値が、被験者に選択される車間距離となる。設定速度が高過ぎてグラフとの交点が出来ない場合には、先行車両にどんどんと引き離されて車間距離は無限大となる。
【0028】
別の被験者が運転する、被験者の状態が変わる、場面が複雑な状況に変わる等により、被験者のグラフ(実線)が下方にシフトした場合は、被験者とシステムの特性は図1から図2のように変化する。本発明の機構を用いずに設定速度が固定であるならば、車間距離の変化は水平方向右向きの矢印のように大幅な拡大となるが、本発明の機構により右下向きの矢印の先の交点のように、車間距離の拡大幅でみた変化は大幅に縮小されたものとなる。
【0029】
以上のように、本発明では、特許文献1の方式のように、被験者の外観を観察して難易度の適合判断を行うといった複雑で不確実な判断プロセスを必要とせず、単純かつ明快なルールのみで実現できる。
【実施例】
【0030】
本発明が有効な実施例は、図3、4に示すように、前方の風景とミラーに写った風景を表示する運転シミュレータで、図5〜7に示した周囲の車の配置を注意して障害物を回避する課題を行う場合が挙げられる。
【0031】
この課題のように、周囲に他の車両が走行する場面において、課題の難易度が高いために被験者が先行車両に追従できずに取り残されたり車間距離を広く取りすぎたりすれば、課題を正常に実施できない。被験者に先行車両との車間距離を一定範囲に保つような追従を走行させ、障害物の相対的な出現位置を統一するには、本発明の使用が有効であり、特に、周囲に走行する車両の数が多い場合には、前述の仮想空間内の時間の進行速度を操作する手法を用いることにより、難易度の調整が簡便に行える。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本実施例において、ある被験者が選択する車間距離と速度の対応(実線)と、車間距離に対する速度のシステムの設計値(点線)を重ねた模式的なグラフ。縦軸の速度は課題の難易度に対応し、点線は横軸の車間距離が増加するにつれて難易度が低下するシステムの設計であることを示している。本発明の機構を用いれば、2本のグラフの交点の座標が被験者の走行速度と車間距離の値となる。
【図2】別の被験者が運転する、被験者の状態が変わる、環境が変わる等により、図1において、被験者の車間距離-速度グラフが下方にシフトした場合。
【図3】本発明の実施形態に例を挙げる運転シミュレータの模式図。
【図4】図3に示した運転シミュレータを運転席の右斜め後方から見た様子。
【図5】通常の走行時の様子について前方および各ミラーの表示を模式的に示した図。
【図6】図5の状態に引き続いて、課題開始時の様子について前方および各ミラーの表示を模式的に示した図。先行車両のブレーキランプが点灯している。
【図7】図6の状態に引き続いて、課題実行時の様子について前方および各ミラーの表示を模式的に示した図。先行車両が左右どちらか(本図の例では右側)に車線変更した陰から障害物が現れ、被験者も自分の周りの車の配置を確認して回避方法を判断し、回避を実行する。本図の例では、左側の車線が広く空いているので、左側に車線変更して回避することが、この課題の正答となる。
【符号の説明】
【0033】
1 運転席の前方を模した映像を映写するためのスクリーン。
2 ドアミラーを模した映像を表示するための小型液晶モニタ。図2中の2-a 、2-bの様に左右それぞれに設置する。
3 映像生成用コンピュータ。
4 1のスクリーンに映写するためのプロジェクタ。
5 運転台。ハンドルやアクセル、ブレーキ等自動車を模擬した操作入力デバイスを備える。
6 動揺装置。加速度を体感させる機構を持たない運転シミュレータの場合は省略される。
7 ルームミラーを模した映像を表示する領域。本実施例では1のスクリーンに映写する前方映像中に3の映像生成用コンピュータで予めはめ込み処理を行う。



【特許請求の範囲】
【請求項1】
時間的に切迫した課題において、課題の遂行状態から難易度の不適合を検出し、被験者の能力に連動して難易度を動的に自動調節する機構。
【請求項2】
請求項1を用い、運転者の走行状態に対応して他の車両の速度を調節する機構を備えた運転シミュレータ。
【請求項3】
請求項2の運転シミュレータを、仮想空間内の時間の進行速度を調整することにより実現する手法。




【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−122477(P2010−122477A)
【公開日】平成22年6月3日(2010.6.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−296247(P2008−296247)
【出願日】平成20年11月20日(2008.11.20)
【出願人】(592083915)警察庁科学警察研究所長 (23)