説明

有機化合物の高感度検出方法およびそれに用いる装置

【課題】微量の有機化合物を従来法に比較して高感度かつ迅速に分析する方法を提供すること。
【解決手段】
有機化合物と金属元素含有化合物との結合体を生成する工程と、該結合体を無機分析に供して該結合体に含有される金属元素を分析する工程とを含む、有機化合物の分析方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機化合物の新規高感度検出方法およびそれに用いる装置に関する。より詳細には、検出対象の有機化合物に対する結合能を有する金属含有標識試薬により検出対象の有機化合物を標識し、その標識化有機化合物を無機分析で分析することを含む、有機化合物の高感度検出方法およびそれに用いる装置に関する。
【背景技術】
【0002】
アミノ酸や有機酸などの有機化合物を分析する手法としては、o−フタルアルデヒド(OPA)、ダンシルクロライド、フェニルイソチオシアネート(PITC)といった誘導体化試薬を対象化合物と反応させ、誘導体化試薬の紫外吸収や蛍光を測定することで、間接的に対象化合物の検出や定量を行う方法が一般的である。しかし、これらの手法は対象化合物の種類によって検出感度が大きく異なってしまうため、精製した標準試料がなければ試料中の対象化合物の濃度を比較することも定量することもできない。ところが、アミノ酸や有機酸に代表される代謝物には不安定な物質が多く、種類も非常に多いので、標準試料は大変入手し難い。このような理由により、有機化合物の濃度の比較は極めて困難であった。
【0003】
また、前述したような誘導体化試薬以外で有機化合物を分析する方法としては、他に金属キレート試薬を用いた発光プローブ分析がある。発光プローブ分析は金属を中心に担持するキレート化合物の化学発光を検出することによって、試料中のアミノ酸や有機酸などの化合物を分析することができる。しかし、この手法は検出限界がpmolオーダーであり、細胞内のアミノ酸や有機酸などの代謝物を検出するためには、数十万個の細胞を必要とする。このため、多量のサンプルを採取しなくてはならないため生体に対しての負担が大きく、分析できるものは血液や組織など、サンプルが大量に手に入るものに限られてしまう。その結果、サンプル量の少ないものは分析できず、臨床検査や生体の経時分析に利用することはできなかった。
【0004】
誘導体化試薬を使った有機化合物の検出に関する文献としては、非特許文献1〜4などが挙げられ、これらの文献はいずれも紫外吸収や蛍光など光を検出手段として用いている。
【0005】
特許文献1は、ルテニウム錯体化学発光によるクロマト検出用試薬を記載している。この試薬によれば、カルボン酸、1級アミンおよびアルコールを検出することができるが、検出感度はpmolレベルであり、十分な検出感度が得られているとは言えない。
【0006】
特許文献2は、ベンゾキノリジジン誘導体を含有するカルボン酸のルテニウム錯体化学発光検出用試薬を記載している。この試薬によれば、試料中のカルボン酸を検出することができるが、特許文献1と同様、検出感度はpmolレベルであり、十分な検出感度が得られているとは言えない。
【0007】
非特許文献5は、DNA/RNAアッセイのプローブとして白金錯体を使用している。この文献では、化合物をオリゴヌクレオチドと反応させた場合に生じる発光線を検出している。しかし、この文献に記載の方法は検出感度も低く、また、分離検出を目的とする方法ではないため化合物ごとの検出は不可能である。
【特許文献1】特開平9−318545号公報
【特許文献2】特開平11−230910号公報
【非特許文献1】ロス,エム.(Roth,M.)著,「アナリティカル・ケミストリー(Analytical Chemistry)」,1971年,第43巻,p.880
【非特許文献2】メフィン,ピー.ジェー.(Meffin,P.J.)ら著,「ジャーナル・オブ・ファーマシューティカル・サイエンシーズ(Journal of Pharmaceutical Sciences)」,1977年,第66巻,p.583
【非特許文献3】ケアリー,エム.エー.(Cary,M.A.)およびパーシンジャー,エー.エフ.(Persinger,A.F.)著,「ジャーナル・オブ・クロマトグラフィック・サイエンス(Journal of Chromatographic Science)」,1972年,第10巻,p.537
【非特許文献4】ニューバーグ,シー.(Newberg,C.)ら著,「アナリティカ・キミカ・アクタ(Analytica Chimica Acta),1952年,第7巻,p.238
【非特許文献5】「ヌクレイック・アシズ・リサーチ(Nucleic Acids Research)」,2002年,第30巻,第21号,p.e114
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述したように従来の有機化合物の検出方法は十分な検出感度が得られているとは言えず、より高感度な有機化合物の検出方法の創出が望まれていた。本発明はこのような状況を鑑み、微量の有機化合物を従来法に比較して高感度かつ迅速に分析する方法を提供することを課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の要旨は以下のとおりである。
〔1〕 (1)有機化合物と金属元素含有化合物との結合体を生成する工程と、
(2)該結合体を無機分析に供して該結合体に含有される金属元素を分析する工程と
を含む、有機化合物の分析方法。
〔2〕 前記金属元素含有化合物が、式:
[M(R)(L1)(L2)(L3)(L4)(L5)(L6)
〔式中、
Mは、無機分析で検出可能な金属元素であり、
Rは、Mの多座配位リガンドであり、
L1、L2、L3、L4、L5およびL6はMのリガンドであって、それぞれが同一でも異なっていてもよく、
Sは前記有機化合物と結合可能な反応性部位を有する基であって、R、L1、L2、L3、L4、L5およびL6のうちの1個以上と共有結合しており、
m、t、uおよびvはそれぞれ独立して1以上の整数であり、
n、o、p、q、rおよびsはそれぞれ独立して0または1以上の整数である〕
で表される、上記〔1〕に記載の方法。
〔3〕 Mが、遷移元素である、上記〔2〕に記載の方法。
〔4〕 Mが、ルテニウム、インジウム、テルビウム、ツリウム、ユーロピウム、ロジウムおよび金からなる群から選ばれる、上記〔2〕に記載の方法。
〔5〕 有機化合物と金属元素含有化合物との結合体の生成が、有機化合物に金属元素含有化合物を結合させることによるものである、上記〔1〕に記載の方法。
〔6〕 有機化合物と金属元素含有化合物との結合体の生成が、有機化合物に多座配位子リガンドまたはリガンドを結合させた後に金属元素を結合させることによるものである、上記〔1〕に記載の方法。
〔7〕 前記無機分析が、ICP−MS、ICP−AESまたはAASである、上記〔1〕〜〔6〕のいずれかに記載の方法。
〔8〕 クロマトグラフィー精製工程をさらに含む、上記〔1〕〜〔7〕のいずれかに記載の方法。
〔9〕 有機化合物と金属元素含有化合物との結合体中の金属元素を分析する無機分析手段を備える、有機化合物の分析装置。
〔10〕 有機化合物と金属元素含有化合物との結合体を精製するクロマトグラフィー手段をさらに備える、上記〔9〕に記載の装置。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、従来は分析が困難であった極微量の有機化合物の検出が可能となり、生体内の代謝物分析などの生命科学や医療の分野および環境科学の分野における分析などにおいて、有効な分析手段を提供することが可能となる。また、本発明は、金属元素含有化合物を標識として用いて有機化合物を間接的に分析するので、分析感度が有機化合物の種類に影響されない。さらには、本発明は分析対象の標準品がなくても定量が可能であるため、未知試料の分析を行うことも可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の有機化合物の分析方法は、以下の2つの工程を含む。
(1)対象となる有機化合物と金属元素含有化合物との結合体を生成する工程
(2)該結合体を無機分析に供して該結合体に含有される金属元素を分析する工程
【0012】
本発明は、金属元素含有化合物と有機化合物との結合部となるリガンド部分を適宜選択すればよいため、如何なる有機化合物でも分析可能である。有機化合物と金属含有化合物との結合はいかなる結合であってもよいが、例として、共有結合、イオン結合、配位結合などが挙げられる。
【0013】
本発明における有機化合物と金属元素含有化合物との結合体の生成には、有機化合物に金属元素含有化合物を結合させて結合体を生成する場合のほか、有機化合物に多座配位子リガンド(R)またはリガンド(L1、L2、L3、L4、L5およびL6)を結合させた後に金属元素(M)を結合させて、最終的な形態として有機化合物と金属元素含有化合物とが結合した状態の結合体を生成する場合も含まれる。
【0014】
本発明により特に好適に分析可能な有機化合物としては、アミノ酸、アミン、核酸塩基、ヌクレオシド、ヌクレオチド、有機酸、アルデヒド、ケトン、チオール、ヒドロキシ化合物、ペプチド、ポリペプチド、核酸、およびタンパク質などの高分子化合物が挙げられる。
【0015】
アミノ酸としては、例えば、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、セリン、スレオニン、システイン、シスチン、メチオニン、フェニルアラニン、チロシン、トリプトファン、アスパラギン酸、グルタミン酸、アスパラギン、グルタミン、リシン、アルギニン、ヒスチジン、プロリン、オキシプロリンなどが挙げられる。
【0016】
アミンとしては、例えば、エタンアミン、ベンジルアミン、エチレンジアミン、ジエチルアミン、トリメチルアミン、ジクロロジエチルアミン、N−エチル−N−メチルブタン−1−アミン、ヒドロキシルアミン、ナフチルヒドラジン、ジアゾアミノベンゼンなどが挙げられる。
【0017】
核酸塩基としては、例えば、アデニン、グアニン、シトシン、ウラシル、チミンなどが挙げられる。
【0018】
ヌクレオシドとしては、例えば、アデノシン、グアノシン、シチジン、ウリジン、デオキシアデノシン、デオキシグアノシン、デオキシシチジン、チミジン、イノシン、ニコチンアミド、リボタイド、リボフラビンなどが挙げられる。
【0019】
ヌクレオチドとしては、例えば、アデニル酸、グアニル酸、シチジル酸、ウリジル酸、デオキシアデニル酸、デオキシグアニル酸、デオキシシチジル酸、チミジル酸、イノシン酸、ニコチンアミドモノヌクレオチド、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド、フラビンモノヌクレオチド、フラビンアデニンジヌクレオチドなどが挙げられる。
【0020】
有機酸としては、例えば、ギ酸、酢酸、酢酸エチル、モノクロロ酢酸、ステアリン酸、アクリル酸、オレイン酸、リノレン酸、ピルビン酸、シクロヘキサンカルボン酸、安息香酸、無水マレイン酸、テレフタル酸ジメチル、乳酸、フタル酸などが挙げられる。
【0021】
アルデヒドとしては、例えば、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、ベンズアルデヒド、アルデヒドエーテル、バニリン、パラホルムアルデヒド、アクリルアルデヒド、シトラール、アルドールなどが挙げられる。
【0022】
ケトンとしては、例えば、アセトン、メチルエチルケトン、樟脳、シクロヘキサン、フェニルアセトン、アントラキノン、ホロン、アセトールなどが挙げられる。
【0023】
チオールとしては、例えば、メチルメルカプタン、ブチルメルカプタン、ペンチルメルカプタン、チオフェノールなどが挙げられる。
【0024】
ヒドロキシ化合物としては、例えば、メタノール、プロパノール、ペンタノール、オクタノール、テルペンアルコール、エチレングリコール、ペンタエリトリトール、D−グルシトール、グリセリン、エトクロルビノール、フェノール、キシレノール、ナフトール、ヒドロキノンなどが挙げられる。
【0025】
ペプチドとしては、例えば、グリシン−バリン、フェニルアラニン−グリシン、アラニン−フェニルアラニン、チロシン−ロイシン、グリシン−バリン−フェニルアラニンなどが挙げられる。
【0026】
ポリペプチドとしては、例えば、Arg−Arg−Leu−Ile−Glu−Asp−Ala−Glu−Tyr−Ala−Ala−Arg−Gly(配列番号1)などが挙げられる。
【0027】
核酸としては、例えば、デオキシリボ核酸(DNA)、リボ核酸(RNA)などが挙げられる。
【0028】
タンパク質としては、例えば、アルブミン、グロブリン、ケラチン、コラーゲン、フィブリノーゲンなどが挙げられる。
【0029】
本発明における金属元素含有化合物とは、無機分析で特異的に検出することが可能な、炭素、窒素、酸素、水素以外の金属原子を主とする無機原子を試薬構造に持ち、有機化合物と定量的に結合する能力を備えた物質である。
【0030】
本発明における金属元素含有化合物としては、式:
[M(R)(L1)(L2)(L3)(L4)(L5)(L6)
で表される化合物が好ましい。
【0031】
上記式における各記号の定義は以下のとおりである。
Mは、無機分析で検出可能な金属元素である。そのような金属としては、ルテニウム、金、ユーロピウム、テルビウム、ツリウム、銅、イッテルビウム、インジウム、セレン、スズ、ロジウム、アルミニウム、ヒ素、オスミウム、ガドリニウムなどが例示されるが、なかでも、ルテニウム、インジウム、テルビウム、ツリウム、ユーロピウム、ロジウムおよび金が特に本発明に好適である。
また、Mとしては、周期表の第四周期以降の第3族〜第11族の遷移金属も、2価や3価になりうる金属であり、キレート化合物を作りやすい性質を持つため、好適である。
【0032】
Rは、1種類以上のMの多座配位リガンドである。金属元素含有化合物が2つ以上の多座配位リガンドを有する場合には、複数の多座配位リガンドは互いに同じでも異なっていてもよい。多座配位リガンドは芳香族および脂肪族リガンドを含む。適当な芳香族多座配位リガンドは、窒素、酸素、リン、イオウなどを含む芳香族多座配位リガンドである。好ましい芳香族多座配位リガンドは、例えば、ビピリジル、ビピラジル、テルピリジル、ポルフィリン、カリックスアレーン、およびフェナントロリルなどである。好ましい脂肪族多座配位リガンドは、例えば、エチレンジアミン、ベンジルエチレンジアミン、ジエチレントリアミン、トリエチレンテトラミン、エチレングリコール、ならびにこれらの酢酸類、リン酸類およびメルカプタンなどである。
【0033】
多座配位リガンドは未置換でもよく、または当業者に公知の多数の置換基のいずれかによって置換されていてもよい。適当な置換基の例は、アルキル、置換アルキル、アリール、置換アリール、アラルキル、置換アラルキル、カルボキシレート、カルボキシアルデヒド、カルボキシアミド、シアノ、アミノ、ヒドロキシ、イミノ、ヒドロキシカルボニル、アミノカルボニル、アミジン、グアニジニウム、ウレイド、イオウ含有基、リン含有基およびN−ヒドロキシスクシンイミドのカルボン酸エステルである。
【0034】
金属元素含有化合物は1種類以上の単座配位リガンドを有していてもよい。多数の単座配位リガンドが当業者に公知である。適当な単座配位リガンドには、例えば、一酸化炭素、シアニド、イソシアニド、ハロゲン化物、ならびに、脂肪族、芳香族および複素環ホスフィン、アミン、スチビン、アルシンが挙げられる。
【0035】
RはMの種類により適宜選択すればよい。例えば、Mとして金を用いる場合、Rとして−SHや−S−S−などイオウ原子を含む基を用いれば、イオウ原子の単分子膜自己形成能を用いてRをMと結合させることができる。Mとしてルテニウムを用いる場合は、Rとしてビピリジルを用いれば、ルテニウムとピリジン環の窒素原子との配位結合によりRをMと結合させることができる。Mとしてインジウムを用いる場合は、Rとしてベンジルエチレンジアミンの酢酸類を用いれば、ベンジルエチレンジアミンの酢酸類に含まれる窒素原子やカルボキシル基とインジウムとの配位結合によりRをMと結合させることができる。
【0036】
L1、L2、L3、L4、L5およびL6はMのリガンドであって、それぞれが同一でも異なっていてもよい。L1〜L6の具体例としては、アンモニア、塩素、ビピリジン、アントラセン、エチレンジアミン、ニトリル、オキシム、アセトン、フッ素などが挙げられる。試薬の安定性を向上させるため、または水溶性などの機能を付加するために、金属元素含有化合物がL1〜L6を含んでいることが好ましい。
【0037】
Sは目的の有機化合物と結合可能な反応性部位を有する基であって、R、L1、L2、L3、L4、L5およびL6のうちの1個以上と共有結合している。Sは目的の有機化合物の種類によって適宜変更する必要があるため一概に特定することは困難であるが、例えば、目的の有機化合物がアミノ酸である場合、Sとしてはアミノ基と反応性を有する活性カルバメート基を用いればよい。
【0038】
m、t、uおよびvはそれぞれ独立して1以上の整数であり、好ましくは6以下、さらに好ましくは2以下、より好ましくは1である。
n、o、p、q、rおよびsはそれぞれ独立して0または1以上の整数であり、好ましくは6以下の整数である。
mが1であり、かつ、n、o、p、q、rおよびsの合計が0〜5の整数である化合物が特に好ましい。
vは1以上の整数であり、1〜3の整数が好ましい。
【0039】
特に好ましい金属元素含有化合物の具体例としては、ビス(2,2’−ビピリジン)−4’−メチル−4−カルボキシビピリジン−ルテニウム N−スクシンイミジル エステル−ビス(ヘキサフルオロ−ホスフェート)が挙げられる。本化合物と上記の一般式との対応は以下のとおりである。
【0040】
【化1】

【0041】
特に好ましいもう1つの金属元素含有化合物の具体例としてはまた、1−(4−イソチオシアノベンジル)エチレンジアミン−N,N,N’,N’−四酢酸にインジウムが結合した物質が挙げられる。本化合物と上記の一般式との対応は以下のとおりである。
【0042】
【化2】



【0043】
本発明において使用する無機分析としては、金属元素含有化合物中の金属元素を分離/検出可能な分析法であれば特に限定されない。無機分析としては、例えば、誘導結合プラズマ質量分析(ICP−MS)、誘導結合プラズマ発光分光分析(ICP−AES)、マイクロ波誘導プラズマ質量分析(MIP)、蛍光X線分析(XRF)、グロー放電質量分析(GDMS)、イオン選択性電極、原子吸光分析(AAS)、核磁気共鳴分析(NMR)などが挙げられ、複数の分析法を適宜組み合わせて用いてもよい。なかでも、誘導結合プラズマ質量分析(ICP−MS)、誘導結合プラズマ発光分光分析(ICP−AES)または原子吸光分析(AAS)が好ましい。
また、本発明においては必要に応じてUV検出器など無機分析装置以外の検出器を併用することも可能である。
【0044】
分離/検出能の向上の点から、クロマトグラフィー精製工程を含むことがさらに好ましい。本発明において、このようなクロマログラフィーは、有機化合物と金属元素含有化合物との結合体生成の前に行ってもよいし、結合体を生成した後に行ってもよい。目的の有機化合物が夾雑物を多量に含みそのままでは金属元素含有化合物との結合体生成が困難であると考えられる場合には、有機化合物を粗精製する目的で、金属元素含有化合物との結合体生成前に行うことが好ましい。しかし通常は、結合体を生成し、その後、結合体をクロマトグラフィーにより精製し、その後無機分析に供する方法が簡便である。
使用可能なクロマトグラフィーとしては、薬品分析の分野で慣用されているクロマトグラフィー手段であれば特に限定されず、例えば、ガスクロマトグラフィー、液体クロマトグラフィー、分配クロマトグラフィー、吸着クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、ゲルクロマトグラフィー、ペーパークロマログラフィー、薄層クロマトグラフィー、カラムクロマトグラフィー、キャピラリー電気泳動などが挙げられ、複数のクロマトグラフィーを組み合わせて用いてもよい。
なかでも、簡便さや分離能の面から総合的に判断すると、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)またはキャピラリー電気泳動(CE)が特に好ましい。
【実施例】
【0045】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれにより何ら限定されるものではない。
【0046】
実施例1および2
実施例1および2で使用した機器および試薬は次のとおりである。
【0047】
〈使用機器〉
ICP−MS 横河アナリティカルシステムズ社製HP4500plus環境仕様
Chamber Bergner社製Mini CE Chamber
Nebulizer Bergner社製Ari Mist Nebulizer
HPLC DIONEX社製無機分析システム
AS50 Autosampler
LC30 Chromatography Oven
AD25 Absorbance Detector
GP50 Gradient Pump
カラム
SHISEIDO社製
CAPCELLPACK Phカラム(実施例1)
NOMURA CHEMICAL社製
DEVELOSIL C30カラム(実施例2)
ブロックヒーター PIERCE社製Reacti−Therm Heating
Module
【0048】
〈使用試薬〉
標準溶液 和光純薬社製原子吸光用標準溶液
(各1,000ppmのものを適宜希釈)
超純水 ミリポア社製純水製造装置より採取
DMF(ジメチルホルムアミド) 関東化学社製Ultrapureグレード
アセトニトリル(反応用) 無水高純度試薬
アセトニトリル(移動相用) 和光純薬社製クロマトグラフィー用
アミノ酸 全てシグマアルドリッチ社製アミノ酸試薬を使用
Asp:アスパラギン酸
Gly:グリシン
Tyr:チロシン
Val:バリン
Met:メチオニン
Ile:イソロイシン
Leu:ロイシン
Phe:フェニルアラニン
リン酸二水素ナトリウム 関東化学社製試薬特級
リン酸水素二ナトリウム 関東化学社製試薬特級
炭酸ナトリウム 関東化学社製試薬特級
炭酸水素ナトリウム 関東化学社製試薬特級
Ru(bpy)(mcbpy−O−Su−ester)(PF
ビス(2,2’−ビピリジン)−4’−メチル−4−カルボキシビピリジン−
ルテニウム N−スクシンイミジル エステル−ビス(ヘキサフルオロ−
ホスフェート)、フルカ社製
【0049】
【化3】

【0050】
〈実験手順〉
リン酸緩衝溶液の調製
リン酸二水素ナトリウム50mmolとリン酸水素二ナトリウム50mmolを秤量し、純水にて1Lに定容した。これをろ過して不溶物を除去し、100mM pH6.8のリン酸緩衝溶液とした。
炭酸緩衝溶液の調製
炭酸ナトリウム5mmolと炭酸水素ナトリウム5mmolを秤量し、純水に溶解して塩酸でpH9.0に調整した後、100mLに定容した。これをろ過して不溶物を除去し、100mM pH9.0の炭酸緩衝溶液とした。
アミノ酸と金属含有試薬との反応
アミノ酸を約100μmol秤量し、1mLの純水に溶解してそれぞれのアミノ酸溶液を調製した。金属試薬(Ru(bpy)(mcbpy−O−Su−ester)(PF)は1mgをDMF250μLに溶解して試薬溶液とした。次に反応バイアルに炭酸緩衝溶液を190μL入れ、アミノ酸溶液10μLを加え、さらに試薬溶液50μLを加えて激しく振盪した。反応バイアルをブロックヒーターを用い55℃で一晩加熱した。冷却後、反応溶液を適宜希釈して分析試料とした(実施例1)。また、反応溶液を等量ずつ混合し、適宜希釈して分析試料とした(実施例2)。
アミノ酸反応物の分析
移動相としてA液にリン酸緩衝溶液、B液にアセトニトリル、固定相にPhカラム(実施例1)もしくはC30カラム(実施例2)を使用し、分析試料をHPLC/ICP−MSシステムに導入し、Ruの質量数であるm/z=102を検出した。
【0051】
〈分析結果〉
[実施例1]
HPLCの固定相に1.0×250mmのPhカラムを使用し、アミノ酸反応物の分析を行った。結果を図1に示す。100amolのGlyに相当するピークが検出された。
本発明の方法は、10amolの検出限界を得ることができ、従来の金属プローブ分析の検出限界である10pmolと比較して100万倍の高感度化を達成している。
[実施例2]
HPLCの固定相に1.0×150mmのC30カラムを使用し、アミノ酸反応物の分析を行った。結果を図2に示す。
本発明の方法は、Asp,Gly,Tyr,Val,Met,Ile,Leu,Pheの各アミノ酸に相当するピークを分離/検出することができた。各アミノ酸の検出された量を表1に示した。検出限界は各アミノ酸とも10amolであった。
【0052】
【表1】

【0053】
実施例3
実施例3で使用した機器および試薬は次のとおりである。
【0054】
〈使用機器〉
ICP−MS 横河アナリティカルシステムズ社製HP4500plus環境仕様
Chamber Bergner社製Mini Chamber
Nebulizer 横河アナリティカルシステムズ社製同軸Nebulizer
HPLC DIONEX社製無機分析システム
AS50 Autosampler
LC30 Chromatography Oven
AD25 Absorbance Detector
GP50 Gradient Pump
カラム
GLサイエンス社製
Inertsil ODS C18カラム
ブロックヒーター PIERCE社製Reacti−Therm Heating
Module
【0055】
〈使用試薬〉
超純水 ミリポア社製純水製造装置より採取
アセトニトリル(反応用) 無水高純度試薬
アセトニトリル(移動相用) 和光純薬製クロマトグラフィー用
ロイシン 和光純薬製
フェニルアラニン 和光純薬製
アンジオテンシンII シグマアルドリッチ社製
タフトシン(Thr−Lys−Pro−Arg)
ペプチド研究所製
酢酸アンモニウム 和光純薬製試薬特級
酢酸 関東化学製試薬特級
ホウ酸 和光純薬製試薬特級
水酸化ナトリウム 和光純薬製試薬特級
エチレンジアミン四酢酸ナトリウム(EDTA)
和光純薬製試薬特級
インジウム硝酸溶液 和光純薬製原子吸光分析用(1000ppm)
1−(4−イソチオシアノベンジル)エチレンジアミン−N,N,N’,N’−四酢酸
(イソチオシアノベンジルEDTA)
DOJINDO製
【0056】
【化4】

【0057】
〈実験手順〉
移動相の調製
酢酸アンモニウム100mmolを秤量し、純水にて溶解し、酢酸でpHを5.8に調整してから、アセトニトリルを30mL加えて1Lに定容して100mM pH5.8の3%アセトニトリル/100mM酢酸緩衝溶液とした。次にアセトニトリル600mLに純水を加えて1Lに定容して、60%アセトニトリル溶液とした。EDTAは5mmolを秤量し、100mLの純水で溶解して50mM EDTA溶液とした。
ホウ酸緩衝液の調製
ホウ酸20mmolを秤量し、純水に溶かして水酸化ナトリウムでpHを9.0に調整した後、100mLに定容して200mM pH9.0のホウ酸緩衝溶液とした。
アミノ酸、ペプチドとイソチオシアノベンジルEDTAとの反応
各アミノ酸およびペプチドを約0.1mmol秤量し、0.1N塩酸1mLで溶解し、さらに純水で100倍希釈して1μmol/mLの試料溶液とした。イソチオシアノベンジルEDTAは1μmolを秤量し、20%アセトニトリル溶液500μLで溶解して2μmol/mLの試薬溶液とした。
サンプルチューブに試料溶液10μLを分取して、ホウ酸緩衝液60μLを加えてよく攪拌した。さらにアセトニトリルを20μL加えてから試薬溶液10μLを加えて攪拌し、40℃で4時間加熱した。その後pH5.8の酢酸緩衝液を890μL加えて攪拌し、1000ppmのインジウム溶液10μLを加えて再び攪拌してから4℃で30分間冷却して分析試料とした。
アミノ酸・ペプチド反応物の分析
移動相としてA液に3%アセトニトリル/100mM酢酸緩衝溶液、B液に60%アセトニトリル、C液に50mM EDTA溶液、固定相に1.0×250mmのODSカラムを使用し、分析試料をHPLC/ICP−MSシステムに導入し、インジウムの質量数であるm/z=115を検出した。
【0058】
〈分析結果〉
本発明の方法を用い、アミノ酸およびペプチドに相当するピークが分離/検出された。これにより、試薬内の検出元素の結合様式および検出元素の種類はビピリジン−ルテニウム錯体以外でも可能であることが示された。また、今回はインジウムを検出元素としたが、EDTA化合物は多くの金属とキレート化合物を形成することがよく知られているため、キレート化合物を形成する元素であれば他にも検出元素として選択することができると考えられる。
【0059】
【化5】

【0060】
本発明の方法は、分析対象化合物の種類で検出感度がほとんど変化することがないため、LC−MSのようにイオン化率を気にする必要はなく、実際にロイシン(図3)、フェニルアラニン(図4)、タフトシン(図5)、アンジオテンシンII(図6)のいずれもほぼ同じ検出感度を得ることができた。
今回の実験ではいずれの化合物も検出限界は約1pmol(金属プローブ分析法の約10倍)であったが、反応時に添加した過剰な金属を除去すれば、実施例1および2のようにさらに高感度化が望めると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明によれば、fmolやamolさらにはzmolレベルの従来よりも微量の試料で有機化合物の分析が可能となる。これにより分析による生体や環境に対する影響を大きく軽減することができる。特に有機化合物が代謝物の場合、患者や動物の負担を減らすことができ、様々なものを気軽に分析することができるようになる。例えば、これまでは大量に採血を行う必要があった血液検査も、必要な試料量が微かになるため、注射によりサンプリングする必要もなく、ほんの一滴血液を採取すればよくなる。また肝臓等の臓器に関しても切開して組織を丸ごと取り出すのではなく、キャピラリー等で細胞ひとつを取り出せば、その中の有機化合物を分析して健康状態を解析するといったことが可能になる。さらには、様々な部位から気軽に何回もサンプリングが行えるようになるので、詳細な分析ができるようになり、これまでは見つけることができなかった分析対象の僅かな変化や異常を早期に発見することが可能となる。
また、必要な試薬や溶媒が従来よりも減少することにより化学物質による汚染の危険性を低くすることが可能となるとともに、コスト面の低減も可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】実施例1の結果を示すクロマトグラムである。
【図2】実施例2の結果を示すクロマトグラムである。
【図3】分析対象化合物としてロイシンを用いた場合の実施例3の結果を示すクロマトグラムである。
【図4】分析対象化合物としてフェニルアラニンを用いた場合の実施例3の結果を示すクロマトグラムである。
【図5】分析対象化合物としてタフトシンを用いた場合の実施例3の結果を示すクロマトグラムである。
【図6】分析対象化合物としてアンジオテンシンIIを用いた場合の実施例3の結果を示すクロマトグラムである。
【配列表フリーテキスト】
【0063】
配列番号1:このペプチドはチロシンプロテインキナーゼの基質であり、チロシンプロテインキナーゼの活性を分析するのに有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)有機化合物と金属元素含有化合物との結合体を生成する工程と、
(2)該結合体を無機分析に供して該結合体に含有される金属元素を分析する工程と
を含む、有機化合物の分析方法。
【請求項2】
前記金属元素含有化合物が、式:
[M(R)(L1)(L2)(L3)(L4)(L5)(L6)
〔式中、
Mは、無機分析で検出可能な金属元素であり、
Rは、Mの多座配位リガンドであり、
L1、L2、L3、L4、L5およびL6はMのリガンドであって、それぞれが同一でも異なっていてもよく、
Sは前記有機化合物と結合可能な反応性部位を有する基であって、R、L1、L2、L3、L4、L5およびL6のうちの1個以上と共有結合しており、
m、t、uおよびvはそれぞれ独立して1以上の整数であり、
n、o、p、q、rおよびsはそれぞれ独立して0または1以上の整数である〕
で表される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
Mが、遷移元素である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
Mが、ルテニウム、インジウム、テルビウム、ツリウム、ユーロピウム、ロジウムおよび金からなる群から選ばれる、請求項2に記載の方法。
【請求項5】
有機化合物と金属元素含有化合物との結合体の生成が、有機化合物に金属元素含有化合物を結合させることによるものである、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
有機化合物と金属元素含有化合物との結合体の生成が、有機化合物に多座配位子リガンドまたはリガンドを結合させた後に金属元素を結合させることによるものである、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記無機分析が、ICP−MS、ICP−AESまたはAASである、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
クロマトグラフィー精製工程をさらに含む、請求項1〜7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
有機化合物と金属元素含有化合物との結合体中の金属元素を分析する無機分析手段を備える、有機化合物の分析装置。
【請求項10】
有機化合物と金属元素含有化合物との結合体を精製するクロマトグラフィー手段をさらに備える、請求項9に記載の装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−3347(P2006−3347A)
【公開日】平成18年1月5日(2006.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−144454(P2005−144454)
【出願日】平成17年5月17日(2005.5.17)
【出願人】(000000066)味の素株式会社 (887)
【Fターム(参考)】