説明

有機EL素子

【課題】共振器構造を有する有機EL素子において、発光スペクトルを十分鋭くすることができる有機EL素子を提供する。
【解決手段】透明基板1上に半透明反射膜2、透明電極層3、正孔注入層4、正孔輸送層5、発光層6、電子輸送層7、電子注入層8、電極層9が積層されている。金属からなる電極層9と半透明反射膜2との間で光共振器を構成している。特に正孔注入層4は、発光層6から放射される光のスペクトル領域に光吸収がない材料で形成されている。これにより、上記光共振器による発光スペクトル幅を狭くする効果が十分に得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光共振器構造を備えた有機EL素子に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、有機エレクトロルミネセンス素子(有機EL素子)の発光は、発光層の発光材料に依存するために、発光スペクトルがブロードなものとなっている。一般的に、発光層としてホスト材料に蛍光色素を有するゲスト材料をドーピングした材料を用いることにより有色の発光が得られる。
【0003】
発光スペクトルの半値幅が広く、スペクトル分布の裾野部分の広がりが大きいと、用途は表示パネル等に限られ、プリンター用ヘッド等に用いた場合は、混色を生じさせる原因にもなっていた。そこで、共振器構造を用いてスペクトル幅と発光特性を改善した有機EL素子が提案されている(例えば、特許文献1及び特許文献2参照)。図5に共振器構造を有する有機EL素子を示す。
【0004】
透明基板21上に、TiO膜とSiO膜とを積層した半透明反射膜22が形成されている。この半透明反射膜22上に、ITO膜等の透明電極23を形成し、その上に正孔注入層24、正孔輸送層25、発光層26、電子輸送層27、金属からなる陰極28が順次形成されている。
【0005】
電子輸送層27は、電子を円滑に発光層26に移動させ、発光層26に入った正孔が電子輸送層27に移動してくることを阻止するために用いられる。逆に、正孔輸送層25は、正孔を円滑に発光層26に移動させ、発光層26に入った電子が正孔輸送層25に移動してくることを阻止するために用いられる。
【0006】
また、正孔注入層24は、透明電極23との電位障壁を大きくして正孔を発光層25側へ注入しやすくするために設けられており、正孔注入層24に用いる材料としては、CuPc(銅フタロシアニン)が良く知られている。
【0007】
図5の有機EL素子では、半透明反射膜22と陰極28との間で共振器構造が構成され、この共振器で光を共振させて特定の波長の光を図5の矢印方向に取り出すものである。
【特許文献1】特開平10−177896号公報
【特許文献2】特開平9−180883号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記従来の有機EL素子では、光共振器構造が構成されていても、光共振器構造内に発光層26以外の有機層で発光層26の発光スペクトル領域で光吸収域を持つ層が形成されていると、発光吸収により、スペクトルをシャープにすることができないという問題があった。
【0009】
例えば、正孔注入層23の材料として、銅フタロシアニン(CuPc)を用いた場合、可視光領域において所定の吸収係数を持っていることが知られている。フタロシアニン類は、芳香族性を担うπ電子と呼ばれる電子が可視光を吸収する(Q帯)特性を有するが、このQ帯(吸収帯)の波長はフタロシアニン(Pc)と結合する金属を選択することで変化する。
【0010】
CuPc膜の吸収係数の各波長に対する分布(吸光度分布)を示すのが、図7である。600nm〜650nmの間に吸収のピークが存在していることがわかる。
【0011】
吸収係数をα、CuPc膜厚をt、CuPc膜への入射光強度をI、CuPc膜からの出射光強度をIとすると、I=Iexp(−αt)となる。図7のCuPc膜による光の吸収帯域は、図6に示す緑色の発光スペクトルの分布帯域と重なりがあるので、緑色の発光は吸収される。
【0012】
図7のような吸光度分布を有するCuPc膜を正孔注入層に用いた場合、発光層から緑色の発光が生じた場合の、共振器構造を備えている場合と備えていない場合との発光スペクトル分布の比較例を示すのが図6である。実線は、図5の構成で半透明反射膜22を除外して光共振器構造が構成されていない場合の発光スペクトルを示し、破線は、図5の構成通り共振器構造が構成されている場合の発光スペクトル分布を示す。この図からもわかるように、共振器構造を有する有機EL素子の発光スペクトルの改善は、ほとんどみられない。
【0013】
本発明は、上述した課題を解決するために創案されたものであり、共振器構造を有する有機EL素子において、発光スペクトルを十分鋭くすることができる有機EL素子を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記目的を達成するために、請求項1記載の発明は、発光層と有機層を挟んで金属電極又は反射膜とこれに対向する半透明反射膜とで構成された光共振器構造を有する有機EL素子において、前記有機層が、前記発光層の発光スペクトル領域では光吸収の発生が起こらない材料で構成されていることを特徴とする有機EL素子である。
【0015】
また、請求項2記載の発明は、前記有機層は、正孔注入層であることを特徴とする請求項1の有機EL素子である。
【0016】
また、請求項3記載の発明は、前記正孔注入層は、PEDOT−PSS又はスターバースト型化合物で構成されていることを特徴とする請求項2記載の有機EL素子である。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、共振器構造内の発光層以外の有機層は、発光層から発生する光の発光スペクトル分布内には、光吸収帯域を有さない材料で構成するようにしているので、発光スペクトルの吸収が防がれることによって、光共振器構造の作用を十分に発揮することができ、発光スペクトルをシャープにすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、図面を参照して本発明の一実施形態を説明する。図1は本発明による有機EL素子の断面構造を示す。
【0019】
透明基板1上に半透明反射膜2、透明電極層3、正孔注入層4、正孔輸送層5、発光層6、電子輸送層7、電子注入層8、電極層9が積層されている。発光層6は例えば発光材料(ホスト材料)に蛍光色素をドーピングする等により可視光領域(400nm〜750nm)において特定の色を発光するように構成されている。例えば、青色を発光させるためには、発光層6としてDPVBi に、BCzVBi をドープした発光材料等が用いられ、また、緑色を発光させるためには、発光層6としてアルミニウム錯体に、クマリンC545Tまたはキナクリドンをドープした発光材料等が用いられる。また、電極層9は陰極に相当し、透明電極層3は陽極に相当する。
【0020】
電子輸送層7にはアルミニウム錯体やオキサジアゾール類等が、電子注入層8にはリチウム錯体やリチウム等のアルカリ金属などが用いられ、電極層9は、アルミニウム等の金属で構成される。正孔輸送層5はナフテル・フェニル・ベンチジン(NPB)、TPD(トリフェルアミン誘導体)やNPD等により構成される。
【0021】
また、図の矢印方向に光を取り出すようにしており、透明電極層3はITO等で、透明基板1はガラス等で構成される。半透明反射膜2は、屈折率の異なる2種類の酸化物、窒化物の層を交互に積層した誘電体多層膜であり、その組み合わせとして、TiOとSiO、SiNとSiO等がある。
【0022】
正孔注入層4は、例えば、高分子系材料のスターバースト化合物や酸により化学ドーピングされた導電性ポリマー(PEDOT−PSS)等を用いる。
【0023】
製造方法については、透明基板1上に、真空蒸着装置で、半透明反射膜2、透明電極層3、正孔注入層4、正孔輸送層5、発光層6、電子輸送層7、電子注入層8、電極層9を順に成膜するという既知の工程により製造される。
【0024】
なお、図1の半透明反射膜2と透明電極層3の順序を入れ替えて、透明基板1、透明電極層3、半透明反射膜2の順に構成するようにしても良い。この場合は、共振器内には、透明電極層3は含まれないことになる。
【0025】
また、発光層6を挟む有機層として、最大の層構造を示しているが、必要に応じて、各有機層を減らすことも可能であり、例えば、電子注入層8が取り除かれた構成とすることもできる。
【0026】
図1の構成において、金属からなる電極層9と半透明反射膜2との間で光共振器を構成している。電極層9は金属ミラーとしても機能し、発光層5からの光を反射する。また、発光層5からの光は半透明反射膜2によっても反射されて、発光層6から放射された光のうち、特定波長のものが共振して強められる。この作用により、発光スペクトルの半値幅の狭い、鋭いピークを取り出そうとするものである。なお、電極層9の内側にAg等からなる反射膜を形成し、この反射膜と半透明反射膜2とで共振器構造を構成するようにしても良い。
【0027】
また、透明電極層3、正孔注入層4、正孔輸送層5、発光層6、電子輸送層7、電子注入層8のそれぞれの膜厚と屈折率との積から得られる光学的距離の和は、発光層6から放射される光のピーク波長と一致させる。これによって共振器が有効に作用する。
【0028】
ところで、従来のように、正孔注入層4にCuPcを用いると、図7のような吸光度特性を有するので、図6に示すように、発光スペクトルがほとんどシャープにならず、共振器の機能を十分に発揮することができない。
【0029】
しかし、本発明では、上述したように正孔注入層4に例えば、酸により化学ドーピングされた導電性ポリマー(PEDOT−PSS)を用いる。PEDOT−PSSは、図2に示す構造式を有しており、導電性高分子であり、高透明性、耐熱性が高い等の特性がある。また、導電性ポリマー(PEDOT)だけでも、導電性があるが、さらに導電性を上げるために酸(PSS)により化学ドーピングされている。
【0030】
また、別の材料として正孔注入層4にスターバースト型化合物(m−MTDATA)を用いる。スターバースト型化合物は、図3に示す構造式を有している。スターバースト分子は有機アモルファス材料として合成された分子群で、アモルファス性のため、均一な膜を形成できる。また、素子駆動時に発生する熱による結晶化などの膜構造の変化が発生しにくいなどの特徴を有する。
【0031】
以上の正孔注入層材料は、可視光領域に光吸収帯を持たないので、発光層6から放射された可視光が正孔注入層4を通過しても、光の吸収が起きない。また、発光層6及び正孔注入層4以外の有機層、すなわち、正孔輸送層5、電子輸送層7、電子注入層8の各層において、可視光領域では、光吸収帯が存在しないとすれば、光共振器構造内では、可視光の吸収が発生しないことになる。
【0032】
そこで、図7のような吸光度分布を有するCuPc膜を正孔注入層4に用い、発光層6に緑色を発光させるような材料を用い、かつ図1の構成から半透明反射膜2を除外して光共振器構造が構成されていない場合の発光スペクトルを破線で描き、図1のような共振器構造を有する有機EL素子で、共振器構造内の正孔注入層4が、上記実施例のように可視光領域では光吸収が発生しない材料を用いた場合、すなわち改善された共振器構造を備えた場合の発光スペクトルを実線で描いたのが図4である。図4の縦軸は、EL強度を示し、発光ピークの強度を1として正規化して表したものである。
【0033】
この図からわかるように、可視光領域に吸収帯がない材料を用いた場合の方が、発光スペクトルの半値幅が狭くなり、発光スペクトル分布の裾野部分もかなり減少してシャープになっていることがわかる。このように、発光層から放射される光の発光スペクトルの分布域に吸収帯が存在しないような材料を共振器構造内の有機層に用いることで、共振器の作用が十分発揮される。
【0034】
上記実施例では、正孔注入層4について、発光層5が放射する光の発光スペクトル領域で吸収が発生しない材料を用いるようにしているが、共振器構造内の他の有機層、例えば、正孔輸送層5、電子輸送層7、電子注入層8の各層についても、発光層5が放射する光の発光スペクトル領域で吸収帯を持たない材料を使用することで、上記同様、共振器の効果を十分に発揮させることができる。

【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明の有機EL素子の断面構造を示す図である。
【図2】PEDOT−PSSの構造式を示す図である。
【図3】スターバースト型化合物の構造式を示す図である。
【図4】共振器構造を備えていない場合と本発明にかかる共振器構造を備えている場合の各発光スペクトルを示す図である。
【図5】従来の共振器構造を有する有機EL素子の断面構造を示す図である。
【図6】共振器構造を備えていない場合と従来の共振器構造を備えた場合の発光スペクトルを示す図である。
【図7】銅フタロシアニンの吸光度特性を示す図である。
【符号の説明】
【0036】
1 透明基板
2 半透明反射膜
3 透明電極層
4 正孔注入層
5 正孔輸送層
6 発光層
7 電子輸送層
8 電子注入層
9 電極層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
発光層と有機層を挟んで金属電極又は反射膜とこれに対向する半透明反射膜とで構成された光共振器構造を有する有機EL素子において、
前記有機層が、前記発光層の発光スペクトル領域では光吸収の発生が起こらない材料で構成されていることを特徴とする有機EL素子。
【請求項2】
前記有機層は、正孔注入層であることを特徴とする請求項1の有機EL素子。
【請求項3】
前記正孔注入層は、PEDOT−PSS又はスターバースト型化合物で構成されていることを特徴とする請求項2記載の有機EL素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−188965(P2007−188965A)
【公開日】平成19年7月26日(2007.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−3942(P2006−3942)
【出願日】平成18年1月11日(2006.1.11)
【出願人】(000116024)ローム株式会社 (3,539)
【Fターム(参考)】