説明

残留農薬抽出液、残留農薬測定用キット及び残留農薬測定方法

【課題】 本発明は、安全性及び取扱性に優れる上、良好な抽出効率が得られる新規な残留濃抽出用抽出液、残留農薬測定用キット、及び残留農薬測定方法を提供することを目的とする。
【解決手段】 農作物中の各種残留農薬を、残留農薬抽出液で抽出することによって測定溶液を得る抽出工程と、測定溶液をイムノアッセイに供し、測定溶液中に抽出された各種残留農薬のうちの測定対象農薬を測定する測定工程とを具備する残留農薬測定方法において、ポリオキシアルキレンベンジル化フェニルエーテルを0.01〜2重量%含有する水溶液を残留農薬抽出液として用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、農作物中の各種残留農薬を測定するために用いられる残留農薬抽出液、残留農薬測定用キット、及び農作物中の各種残留農薬を測定する残留農薬測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
最近、農作物中の各種残留農薬を測定する手段として、イムノアッセイ(免疫化学的測定方法)が利用されている(例えば、下記特許文献1、2及び非特許文献1参照)。これは、農作物中の各種残留農薬を、抽出液を用いて抽出することによって測定溶液を得、測定溶液中の測定対象農薬を特異的に認識する抗体との抗原抗体反応に基づいて、測定対象農薬を測定するものであり、精度、簡便性、迅速性、経済性に優れた測定手段として大きな注目を集めている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2001‐139552号公報
【特許文献2】特開2000‐236875号公報
【非特許文献1】岐阜県保健環境研究処方 第15号(2007)、P16〜20
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、農作物中の残留農薬を抽出するための抽出液としては、現在、メタノールが主に用いられている。
【0005】
しかしながら、メタノールは、毒物及び劇物取締法において劇物と定められていることから、その販売には免許が必要であり、購入の際には、毒劇物譲受書への署名捺印が必要となる。又、メタノールは危険物第四類アルコール類に指定される引火性の高い揮発性の液体であり、しかも、吸引によって重篤な中毒症状を起こさせることから、保管時、取扱時、及び廃液処理時において、厳格な注意が必要となる。
【0006】
更に、メタノールを抽出液として用いるイムノアッセイにおいては、磨砕された農作物と高濃度のメタノールとを混合することによって各種残留農薬を抽出した後、これを希釈することによって、測定溶液中のメタノール濃度を10%以下に調製する必要があった。これは、低濃度のメタノールでは十分に農作物から残留農薬を抽出することが困難である一方、高濃度のメタノールは、イムノアッセイにおける抗原抗体反応を阻害するためである。
【0007】
しかしながら、残留農薬の測定作業を行う作業者は必ずしも分析技術に優れた専門家でない場合が多く、測定溶液を希釈する際にミスがあれば、当然、正確な測定結果を得ることはできない。
【0008】
本発明は、前記技術的課題を解決するために開発されたものであり、安全性及び取扱性に優れる上、良好な抽出効率が得られる新規な残留農薬抽出液、残留農薬測定用キット、及び残留農薬測定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の残留農薬抽出液は、農作物中の各種残留農薬を、残留農薬抽出液で抽出することによって測定溶液を得る抽出工程と、測定溶液をイムノアッセイに供し、測定溶液中に抽出された各種残留農薬のうちの測定対象農薬を測定する工程と、を具備する残留農薬測定方法において用いられる残留農薬抽出液であって、この残留農薬抽出液は、下記一般式(1)に示すポリオキシアルキレンベンジル化フェニルエーテルを0.01〜2重量%含有する水溶液であることを特徴とする(以下、「本発明抽出液」と称する。)。
【0010】
【化1】

【0011】
なお、前記一般式(1)中、R1及びR2は、水素基若しくは炭素数1〜3のアルキル基、Aはエチル基若しくはプロピル基、nは、フェニル基に対するベンジル基の置換数(1〜3)、mは、ポリオキシアルキレン鎖におけるアルコキシドの付加モル数(3〜20)を意味する。
【0012】
ポリオキシアルキレン鎖を親水基とするエーテル型の非イオン系界面活性剤は、非イオン系界面活性剤の中で最も一般的な構造のものであり、現在、様々な疎水基と組み合わされた多岐の構造のものが製造、市販されている。
【0013】
一般式(1)に示すポリオキシアルキレンベンジル化フェニルエーテルも、ポリオキシアルキレン鎖とフェニル基とをエーテル結合させた構造を有する非イオン系界面活性剤の一種であり、特に、ベンジル基を基本骨格とするアリール基が1〜3個結合したフェニル基を疎水基とするものである。
【0014】
本発明抽出液は、特定の濃度範囲のポリオキシアルキレンベンジル化フェニルエーテルの水溶液が、農作物中の残留農薬の抽出能に優れ、しかもイムノアッセイにおける抗原抗体反応を阻害し難いといった性質を有することを見出し、完成されたものである。
【0015】
このメカニズムについて詳細は確認されていないが、ポリオキシアルキレンベンジル化フェニルエーテルに類似した構造を有するポリオキシアルキル化フェニルエーテル(アルキル基が結合したフェニル基を疎水基とするエーテル型の非イオン系界面活性剤)や、ポリオキシエチレンナフチルフェニルエーテル(ナフチル基を疎水基とするエーテル型の非イオン系界面活性剤)と比較した結果から考察すれば、おそらくポリオキシアルキレンベンジル化フェニルエーテルの疎水基に存するベンジル基によって、農作物中の各種農薬に対する親和性が高くなる一方で、ベンジル基の嵩高さと疎水性の強さによって、抗体における抗原認識部位であるパラトープへの非特異的な吸着がなされ難くなっているものと予想される。
【0016】
なお、ポリオキシアルキレンベンジル化フェニルエーテルには、モノベンジル化物、ジベンジル化物、及びトリベンジル化物があるが、本発明抽出液においては、より嵩高い疎水基を有する、ポリオキシアルキレンジベンジル化フェニルエーテル、及びポリオキシアルキレントリベンジル化フェニルエーテルのいずれか一方又は両方を含む水溶液とすることが好ましい。
【0017】
この種のポリオキシアルキレンベンジル化フェニルエーテルの具体例としては、ポリオキシアルキレンモノベンジル化フェニルエーテル、ポリオキシアルキレンジベンジル化フェニルエーテル、ポリオキシアルキレントリベンジル化フェニルエーテル等のベンジル化物、ポリオキシアルキレンモノスチレン化フェニルエーテル、ポリオキシアルキレンジスチレン化フェニルエーテル、ポリオキシアルキレントリスチレン化フェニルエーテル等のスチリル化物、ポリオキシアルキレンモノクミル化フェニルエーテル、ポリオキシアルキレンジクミル化フェニルエーテル、ポリオキシアルキレントリクミル化エーテル等のクミル化物を挙げることができる。本発明抽出液においては、これらのポリオキシアルキレンベンジル化フェニルエーテルから選択された少なくとも一種以上を適宜選択して用いることができる。
【0018】
なお、ポリオキシアルキレンベンジル化フェニルエーテルの親水基であるポリオキシアルキレン鎖としては、エチレンオキシドの重合体からなるポリオキシエチレン鎖とプロピレンオキシドの重合体からなるポリオキシプロピレン鎖の二種類があるが、ポリオキシエチレン鎖が一般的である。
【0019】
親水基としてのポリオキシアルキレン鎖は、直接的には、各種農薬に対する親和性に寄与していないと考えられる。
【0020】
従って、ポリオキシアルキレンベンジル化フェニルエーテルにおけるポリオキシアルキレン鎖の長さ(アルコキシドの付加モル数=m)については、一般的な非イオン系界面活性剤におけるアルコキシドの付加モル数に準じて、3〜20程度とすれば良い。
【0021】
なお、ポリオキシアルキレン鎖の長さが長くなれば、ポリオキシアルキレンベンジル化フェニルエーテルの親水性(HLB)は高くなる。本発明抽出液において、ポリオキシアルキレンベンジル化フェニルエーテルのHLBとしては、特に限定されるものではないが、通常、10〜18の範囲内のHLBを有するものが用いられる。
【0022】
このポリオキシアルキレンベンジル化フェニルエーテルの市販例としては、第一工業製薬株式会社製ノイゲンEAシリーズ(ノイゲンEA‐137、ノイゲンEA‐157及びノイゲンEA‐177等)、日本乳化剤株式会社製ニューコールCMPシリーズ(ニューコールCMP‐6、ニューコールCMP‐8及びニューコールCMP‐11等)、花王株式会社製エマルゲンシリーズ(エマルゲンA‐60、エマルゲンA‐90、エマルゲンA‐500、及びエマルゲンB‐66等)等を挙げることができる。
【0023】
本発明抽出液における、ポリオキシアルキレンベンジル化フェニルエーテルの濃度「0.01〜2重量%」は、ポリオキシアルキレンベンジル化フェニルエーテルの濃度が0.01重量%未満となると農作物中の残留農薬の抽出能が劣る一方で、濃度が2重量%を超えると、イムノアッセイにおける抗原抗体反応を阻害する点に鑑みて設定された濃度範囲である。本発明抽出液の濃度は、農作物の種類、抽出工程における農作物の状態(有姿、或いは磨砕)、測定対象農薬の種類等に応じて、0.01〜2重量%の範囲内(好ましくは、0.05〜1重量%の範囲内)で適宜設定される。
【0024】
本発明抽出液は、水又は緩衝液で希釈される。本発明抽出液は水のみで希釈しても良いが、農薬の中には、pHの変化に対して分解し易い性質を有するものがあり、緩衝液で希釈された本発明抽出液を用いれば、抽出工程時における本発明抽出液のpHの変化、及び抽出工程によって得られた測定溶液のpHの変化が緩慢となり、農薬が分解し難くなる。
【0025】
緩衝液としては、測定対象農薬が分解し難いpH領域に緩衝能を有する緩衝液を適宜選択して用いることができる。具体例としては、酢酸緩衝液、リン酸緩衝液、クエン酸緩衝液、ホウ酸緩衝液、酒石酸緩衝液及びトリス緩衝液等を挙げることができる。緩衝液の濃度としては、特に限定されるものではないが、10〜1000mM程度とすることが一般的である。
【0026】
本発明の残留農薬測定用キットは、前記本発明抽出液、若しくは希釈されることによって前記本発明抽出液をなす抽出濃液を具備することを特徴とする(以下、「本発明キット」と称する。)。
【0027】
即ち、本発明キットは、農作物中の残留農薬をイムノアッセイに基づく測定手段を用いて分析するためのキットであり、キットの構成品として少なくとも本発明抽出液、又は本発明抽出液の濃縮液を具備するものである。
【0028】
本発明キットには、イムノアッセイによる測定を実行する際に使用されるその他の試薬又は器具が必要に応じて付帯される。本発明キットに付帯されるその他の試薬としては、特に限定されるものではなく、具体例としては、標準農薬、標識抗原、標識抗体、緩衝液、洗浄液、発色試薬等を挙げることができる。本発明キットに付帯される物品としても、特に限定されるものではなく、具体例としては、抗体若しくは抗原が固着されたプレート、ピペット、メスフラスコ、試験管、各種バイアル、有姿抽出用の袋材等を挙げることができる。
【0029】
希釈されることによって本発明抽出液をなす「本発明抽出液の濃縮液」は、ポリオキシアルキレンベンジル化フェニルエーテルの原液、若しくはキット毎に設定された本発明抽出液の濃度(設定濃度)より高濃度のポリオキシアルキレンベンジル化フェニルエーテルが含有された水溶液である。この濃縮液の濃度としては特に限定されるものではないが、通常、設定濃度に対し、2〜100倍の濃度とされる。濃縮液の濃度を、設定濃度に対して整数倍の濃度、特に、2倍、5倍、10倍、20倍、50倍、又は100倍の濃度とすれば、希釈作業が簡便且つ正確となる。なお、前記濃縮液が具備された本発明キットにおいては、濃縮液を水又は緩衝液で希釈することによって、設定濃度に調整する。
【0030】
本発明抽出液を具備する本発明キットは、希釈する作業を要することなく、そのままの状態で抽出工程に供することができる利点を有する。一方、本発明抽出液の濃縮液が具備された本発明キットは、容器等の容積を小さくできる利点を有する。
【0031】
本発明の残留農薬測定方法は、前記本発明抽出液を用いて、農作物中の各種残留農薬を磨砕抽出、若しくは有姿抽出することによって測定溶液を得る抽出工程と、測定溶液を希釈することなくイムノアッセイに供し、測定溶液中に抽出された各種残留農薬のうちの測定対象農薬を測定する測定工程と、を具備することを特徴とする(以下、「本発明方法」と称する。)。
【0032】
本発明方法においては、残留農薬抽出液として、農作物中の残留農薬の抽出能に優れ、しかもイムノアッセイにおける抗原抗体反応を阻害し難いといった性質を有する本発明抽出液を用いるから、抽出工程において得られた測定溶液を希釈することなく、そのままの状態でイムノアッセイに供することができる。
【0033】
本発明方法を適用し得る「農作物」としては、特に限定されるものではない。具体例としては、米、小麦、とうもろこし等の穀物類、人参、キュウリ、大根、かぼちゃ、ナス、トマト、キャベツ、ジャガイモ、白菜、春菊、小松菜、ピーマン、ねぎ、玉葱、レタス、生姜、ニンニク、きのこ等の野菜類、柿、梨、ミカン、ブドウ、リンゴ、桃、苺等の果物類、大豆、ゴマ、落花生等の豆類等を挙げることができる。
【0034】
本発明方法において、「農薬」とは、農業の効率化、あるいは農作物の保存に使用される薬剤を意味する。より具体的には、殺菌剤、殺虫剤、除草剤及び植物成長調整剤等を意味する。又、「各種残留農薬」とは、収穫時や流通時における農作物の内部又は表面に残留している一ないし複数種の農薬を意味する。
【0035】
本発明方法において、「測定対象農薬」とは、前記各種残留農薬に含まれる農薬のうち、イムノアッセイによって分析される農薬のことを意味する。この測定対象農薬については、当該農薬に対して特異的に反応し得る抗体が製造可能なもの(将来的に抗体が製造されるものも含む。)であれば特に限定されるものではない。具体例としては、イプロジオン等のジカルボキシイミド系農薬、イソプロチオラン等のジチオラン系農薬、フルトラニル等の酸アミド系農薬、ミクロブタニル及びビテルタノール等のトリアゾール系農薬、イマザリル及びトリフルミゾール等のイミダゾール系農薬、クロロフェナピル及びクロロタロニル等の有機ハロゲン系農薬、カルバリル等のカーバメート系農薬、エマメクチン等のマクロライド系農薬、イミダクロプリド、アセタミプリド、クロチアニジン、ジノテフラン、チアメトキサム及びニテンピラム等のネオニコチノイド系農薬、マラチオン、イソキサチオン及びフェニトロチオン等の有機リン系農薬等を挙げることができる。
【0036】
本発明方法によって農作物の表面に付着している農薬を測定する場合にあっては、抽出工程において必ずしも農作物を磨砕する(すりつぶす)必要はない。
【0037】
一方、本発明方法によって農作物内部に存する農薬を測定する場合にあっては、磨砕された農作物に対して抽出(磨砕抽出)を行うことが好ましい。
【0038】
なお、抽出工程において用いられる本発明抽出液の量としては、農作物の種類や測定対象農薬の種類などによって適宜決定すれば良く、特に限定されるものではない。通常、農作物の単位質量に対し、1〜5倍量程度(好ましくは1〜3倍量程度)の本発明抽出液が用いられる。
【0039】
測定工程において用いられるイムノアッセイについては、測定溶液中の測定対象農薬を特異的に認識する抗体との抗原抗体反応に基づいて、測定溶液中の測定対象農薬を測定(定量分析又は定性分析等)し得るものであれば特に限定されるものではない。
【0040】
イムノアッセイは大きく分けて、沈降性の抗原抗体結合物を濁度、光散乱、沈降線の有無などによって検出する非標識法と、標識された抗原抗体結合物(又は標識体)を測定する標識法がある。本発明方法においては、非標識法及び標識法の何れを用いても良いが、非標識法は、多くの成分が共存している測定溶液中に存する測定対象農薬を高感度に測定することが困難な場合があるため、本発明方法においては、標識法に基づくイムノアッセイを用いることが好ましい。
【0041】
標識法の具体例としては、測定対象農薬に特異的に結合する一次抗体を担体に固定し、この抗体に対し、測定対象農薬及び標識抗原(標識された測定対象農薬)を競争反応させる直接競合法、或いは、測定対象農薬と蛋白質との結合体を担体に固定し、これに測定溶液中の測定対象農薬と一次抗体を反応させ、更に、一次抗体に特異的に結合する標識された二次抗体を結合させる間接競合法などを挙げることができる。なお、間接競合法においては、標識された一次抗体を用いて直接競合法化することもできる。
【0042】
又、抗体や抗原を標識する標識物としては、3H、14C、125Iなどのラジオアイソトープ、酵素、補酵素、酵素活性修飾物質、蛍光物質、化学発光物質、生物発光物質、遊離ラジカル物質、金属原子、金属イオン或いは金属コロイド粒子等を挙げることができる。これらの標識物の内、酵素は、酵素反応による増幅効果と検出法の組み合わせで高感度化できることから、本発明方法においては、酵素を標識とするイムノアッセイ(ELISA)を測定工程に用いることが好ましい。
【0043】
標識物としての酵素は、特に限定されるものではないが、一般的には、ペルオキシダーゼ、β‐D‐ガラクトシダーゼ、アルカリ性フォスファターゼ、リンゴ酸脱水素酵素、グルコース‐6‐リン酸脱水素酵素等を挙げることができる。
【0044】
酵素活性を測定するための基質としては、ペルオキシダーゼに対しては、3,3´,5,5´‐テトラメチルベンチジン、o‐フェニレンジアミン、ABTS(2,2´‐アジノ‐ビス(3‐エチル‐ベンズチアゾリンスルホン酸))、p‐ヒドロキシフェニルプロピオン酸等が一般的に用いられる。β‐D‐ガラクトシダーゼに対しては、o‐ニトロフェニル‐β‐D‐ガラクトシド、4‐メチルウンベリフェリル‐β‐D‐ガラクトシド等が一般的な基質として用いられる。アルカリ性フォスファターゼに対しては、p‐ニトロフェノールリン酸、4‐メチルウンベリフェリルリン酸、CSPD(ジソディウム‐3‐(4‐メトキシスピロ{1,2´‐(5´‐クロロ)トリシクロ[3,3,1,13,7]デカン}‐4‐イル)フェニルフォスフェート)等が一般的な基質として用いられる。リンゴ酸脱水素酵素に対しては、リンゴ酸と補酵素としてのNAD+(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)が基質として用いられる。グルコース‐6‐リン酸脱水素酵素に対しては、グルコース‐6‐リン酸と補酵素としてのNAD+が基質として用いられる。
【0045】
本発明方法においては、測定対象農薬を各種濃度に調製した標準溶液をイムノアッセイに供することによって、検量線を作成する工程を更に具備することが好ましい。測定毎に検量線を作成すれば、測定環境の変化や人的作業に起因する測定誤差が小さくなる。標準溶液は水で希釈することによって調製しても良いが、水に替えて本発明抽出液で希釈すれば、バックグラウンドの影響が殆どない、より精確な測定結果を得ることができる。
【発明の効果】
【0046】
本発明抽出液、本発明キット及び本発明方法によれば、イムノアッセイを利用した農作物中の残留農薬の測定における安全性及び取扱性を向上することができる上、良好な抽出効率を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】図1(a)〜(d)は、イムノアッセイによる測定工程の一実施形態を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0048】
以下、本発明の一実施形態を説明するが、本発明はこの実施形態に限定されるものではない。
【0049】
<残留農薬抽出液>
本実施形態においては、残留農薬抽出液として、ポリオキシアルキレンベンジル化フェニルエーテルを0.01〜2重量%含有する水溶液(本発明抽出液)を用いる。
【0050】
<残留農薬測定用キット>
本実施形態は、株式会社堀場製作所製、残留農薬測定ELISAキット(SmartAssayシリーズ)を利用して行った。この残留農薬測定ELISAキット(以下、「ELISAキット」と称する。)は、直接競合ELISA法に基づく測定キットであり、8ウェル×12列の合計96ウェルを有するマイクロタイタープレートに抗体が固定された抗体プレート、高濃度及び低濃度の標準溶液、酵素標識物、発色液、反応停止液、及び洗浄液等を具備する。
【0051】
このELISAキットは、抽出用の溶媒としてメタノールの使用を前提とするものであるが、本実施形態においては、メタノールに替えて、前記本発明抽出液をELISAキットに適用し、もって本発明キットとする。
【0052】
<残留農薬測定方法>
‐前処理工程‐
収穫された農作物に土等の付着物がついている場合は水洗いによって洗浄する。農作物は、そのままの状態で検体としても良く、又、へたや果梗、種子、外皮、変質葉などの非可食部を取り除いて切断片にすることによって検体としても良い。更に、磨砕することによって検体としても良い。
【0053】
‐抽出工程‐
所定量の検体を試験管などの適当な容器(検体が有姿の場合は、抽出用の袋材を用いることが好ましい。)に投入し、投入された検体の質量に対し、1〜5倍量の本発明抽出液を加えることによって、検体中に含まれる各種残留農薬を抽出する。この際、振とう機などを用いて振とうすれば、より効率良く抽出することができる。
【0054】
抽出に要する時間は、検体の種類や量、温度などに応じて適宜設定すれば良く、特に限定されるものではないが、通常、30分以内に完了する。抽出の後、各種残留農薬を含有する本発明抽出液が不溶物を多く含む場合は、濾紙などを用いて濾過することによって測定溶液を得る。
【0055】
‐測定工程及び検量線作成工程‐
測定工程においては、ELISAキットに付帯の酵素標識物(標識物としての酵素:ペルオキシダーゼ)を溶解し、酵素標識溶液を調整する。
【0056】
次いで、この酵素標識溶液を、測定溶液に一定量(1:1(v/v))添加することによって、試料混合液を得る。又、酵素標識溶液を、標準溶液に一定量(1:1(v/v))添加することによって、標準混合液を得る。
【0057】
図1(a)は、抗体4が固定化された担体(抗体プレート)1を拡大して示す模式図である。
【0058】
試料混合液を、担体1上に所定量(100μl)投入すると(図1(b)参照)、試料混合液中の測定対象農薬2及び酵素標識物3は、抗体4に対して競争的に反応し、試料混合液中に存するそれぞれの農薬濃度に依存した割合で各々抗体4と結合する(図1(c)参照)。即ち、試料混合液中に存在する測定対象農薬2が少なければ、抗体4に結合する酵素標識物3が多くなり、試料混合液中に存在する測定対象農薬2が多ければ、抗体4に結合する酵素標識物3が少なくなる。
【0059】
室温下、60分間のインキュベートの後、担体1を洗浄液(150mMNaClを添加した10mMリン酸緩衝液)で洗浄し、担体1上に発色試薬(0.1w/v%の3,3´,5,5´‐テトラメチルベンジシン)Sを所定量(100μl)滴下すれば、標識酵素Eとの酵素反応によって発色が生じる(図1(d)参照)。
【0060】
所定の反応時間(10分)の経過後、酵素反応を停止する停止試薬(0.5M硫酸)を所定量(100μl)添加し、450nmの波長に対する吸光度を測定する。吸光度は、担体1上の抗体4と結合している測定対象農薬2の割合が少ないほど(言い換えれば、酵素標識物3の割合が多いほど)大きくなる。これによって、試料混合液中の測定対象農薬2の濃度に応じた吸光度が得られる。
【0061】
標準混合液についても同様の測定作業を行えば、標準混合液の濃度に応じた吸光度が得られる。標準混合液の濃度に応じて得られた吸光度をグラフ上にプロットすることによって、検量線を作成し、試料混合液の吸光度を検量線と比較することにより、試料混合液中の測定対象農薬の濃度を測定することができる。
【0062】
‐実施例1‐
第一工業製薬株式会社製、ノイゲンEA‐137(ポリオキシエチレンスチレン化フェニルエーテル(モノスチレン化物、ジスチレン化物、及びトリスチレン化物の混合物)、HLB13.0)を用い、これを精製水で希釈することによって本発明抽出液(0.1重量%)を得た。
【0063】
‐実施例2‐
第一工業製薬株式会社製、ノイゲンEA‐157(ポリオキシエチレンスチレン化フェニルエーテル(モノスチレン化物、ジスチレン化物、及びトリスチレン化物の混合物)、HLB15.0)を用い、これを精製水で希釈することによって本発明抽出液(0.1重量%)を得た。
【0064】
‐実施例3‐
第一工業製薬株式会社製、ノイゲンEA‐177(ポリオキシエチレンスチレン化フェニルエーテル(モノスチレン化物、ジスチレン化物、及びトリスチレン化物の混合物)、HLB17.0)を用い、これを精製水で希釈することによって本発明抽出液(0.1重量%)を得た。
【0065】
‐比較例1‐
アルドリッチ社製、Triton‐X100(ポリオキシエチレンイソオクチル化フェニルエーテル、HLB13.4)を用い、これを精製水で希釈することによって抽出用水溶液(0.1重量%)を得た。
【0066】
‐比較例2‐
第一工業製薬株式会社製、ノイゲンBN‐1390(ポリオキシエチレンナフチルエーテル、HLB不明)を用い、これを精製水で希釈することによって抽出用水溶液(0.1重量%)を得た。
【0067】
‐比較例3‐
第一工業製薬株式会社製、ノイゲンTDS‐80(ポリオキシエチレントリデシルエーテル、HLB13.3)を用い、これを精製水で希釈することによって抽出用水溶液(0.1重量%)を得た。
【0068】
‐比較例4‐
キシダ化学株式会社製、Brij‐35(ポリオキシエチレンラウリルエーテル、HLB16.9)を用い、これを精製水で希釈することによって抽出用水溶液(0.1重量%)を得た。
【0069】
‐比較例5‐
東京化成工業株式会社製、Tween‐20(ポリオキシエチレンソルビタンラウリルエーテル、HLB16.7)を用い、これを精製水で希釈することによって抽出用水溶液(0.1重量%)を得た。
【0070】
‐比較例6‐
和光純薬工業株式会社製、SLS(ラウリル硫酸ナトリウム、HLB20)を用い、これを精製水で希釈することによって抽出用水溶液(0.1重量%)を得た。
【0071】
‐比較例7
同仁化学研究所社製、オクチル‐β‐D‐チオグルコピラノシド(HLB19)を用い、これを精製水で希釈することによって抽出用水溶液(0.1重量%)を得た。
【0072】
<吸光度に与える影響>
ホウレン草からひげ根及び変質葉を除去し、このホウレン草20gと、実施例1〜3、で得られた各本発明抽出液(40g)、又は比較例1〜7において得られた各抽出用水溶液(40g)とを有姿抽出用の袋材に投入し、振とう機にて30分間振とうすることによって、ホウレン草中の残留農薬を抽出(有姿抽出)した。袋材中の上澄みを採取し、濾過することによって測定溶液を得た。得られた測定溶液を、それぞれELISAキットに供することによって吸光度を測定した。
【0073】
なお、測定対象農薬としては、マラチオン、イプロジオン、イミダクロプリド、アセタミプリド及びクロロタロニルを選択した。この結果を表1に示す。なお、表中の数値は、従来法(メタノールを用いた抽出)によって測定された吸光度を1.00とした場合の相対的評価である。
【0074】
【表1】

【0075】
表1の結果から、実施例1〜3において得られた本発明抽出液によって抽出された測定溶液をELISAキットで測定した値(吸光度)は、従来法とほぼ同等の値を示すことが確認された。
【0076】
一方、比較例1〜7において得られた抽出用水溶液によって抽出された測定溶液をELISAキットで測定した値(吸光度)は、測定対象農薬によって従来法で測定した吸光度より著しく小さくなったり、測定できなかったりする場合があることが確認された。
【0077】
<ELISAキットのIC50値に与える影響>
実施例1〜3で得られた本発明抽出液、及び比較例1、3、5で得られた抽出用水溶液につき、ELISAキットのIC50値に与える影響を測定した結果を表2に示す。
【0078】
なお、IC(Inhibition concentration)とは、ゼロ標準の測定信号(吸光度)を減少させる分析対象成分(測定対象農薬)の濃度のことをいい、IC50値とは、ゼロ標準の測定信号を50%に減少させる分析対象成分の濃度を意味する。
【0079】
【表2】

【0080】
表2の結果から、実施例1〜3において得られた本発明抽出液がELISAキットのIC50値に与える影響は、従来法(10%メタノール)とほぼ同等の値を示すことが確認された。
【0081】
<抽出効率の比較>
ホウレン草からひげ根及び変質葉を除去し、このホウレン草20gと、実施例1及び2で得られた各本発明抽出液(40g)、又は比較例1において得られた抽出用水溶液(40g)とを有姿抽出用の袋材に投入し、振とう機にて30分間振とうすることによって、ホウレン草中の残留農薬を抽出(有姿抽出)した。袋材中の上澄みを採取し、濾過することによって測定溶液を得た。
【0082】
又、同じホウレン草20gを磨砕したものと、実施例1及び2において得られた各本発明抽出液(40g)、又は比較例1において得られた抽出用水溶液(40g)とを混合し、ホモジナイズすることによって、ホウレン草に含まれた各種農薬を抽出(磨砕抽出)し、これを濾過することによって測定溶液を得た。
【0083】
得られた測定溶液を、それぞれELISAキットに供することによって吸光度を測定した。なお、測定対象農薬としては、マラチオン、イミダクロプリド、アセタミプリド、及びクロロフェナピルを選択した。この結果を表3及び表4に示す。なお、表中の数値は、従来法(メタノールを用いた抽出)による抽出効率を100%とした場合の相対的評価である。
【0084】
【表3】

【0085】
【表4】

【0086】
表3に示す結果から、実施例1及び2において得られた本発明抽出液は、クロロフェナピル以外の農薬に対しては、有姿抽出によって十分な抽出効率(90%以上)が得られることが認められた。
【0087】
又、表4に示す結果から、実施例1及び2において得られた本発明抽出液は、有姿抽出では抽出が困難な疎水性の高いクロロフェナピルに対しても、磨砕抽出によって十分な抽出効率(90%以上)を示すことが認められた。
【0088】
なお、上記各実施例においては、抽出用水溶液に含まれるポリオキシアルキレンベンジル化フェニルエーテルの濃度を0.1重量%に統一して比較試験を行っているが、抽出用水溶液に含まれるポリオキシアルキレンベンジル化フェニルエーテルの濃度を0.01〜2重量%に変化させて同様の試験を行ってもほぼ同様の結果が得られることが確認されている。
【産業上の利用可能性】
【0089】
本発明は、農作物中の残留農薬を測定対象としているが、将来的には、土壌や加工食品等に含まれる物質の測定についても応用が可能と考えられる。
【符号の説明】
【0090】
1 担体
2 測定対象農薬
3 酵素標識物
4 抗体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
農作物中の各種残留農薬を、残留農薬抽出液で抽出することによって測定溶液を得る抽出工程と、
測定溶液をイムノアッセイに供し、測定溶液中に抽出された各種残留農薬のうちの測定対象農薬を測定する測定工程と、
を具備する残留農薬測定方法において用いられる残留農薬抽出液であって、
この残留農薬抽出液は、
下記一般式(1)で示すポリオキシアルキレンベンジル化フェニルエーテルを0.01〜2重量%含有する水溶液であることを特徴とする残留農薬抽出液(式中R1及びR2は、水素基若しくは炭素数1〜3のアルキル基、Aはエチル基又はプロピル基、n=1〜3、m=3〜20を意味する。)。
【化2】

【請求項2】
請求項1に記載の残留農薬抽出液において、
ポリオキシアルキレンベンジル化フェニルエーテルが、10〜18の範囲のHLBを有する残留農薬抽出液。
【請求項3】
請求項1又は2のいずれか1項に記載の残留農薬抽出液において、
残留農薬抽出液が、ポリオキシアルキレンジベンジル化フェニルエーテル、及びポリオキシアルキレントリベンジル化フェニルエーテルのいずれか少なくとも一方又は両方を含む水溶液である残留農薬抽出液。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれか1項に記載の残留農薬抽出液において、
残留農薬抽出液は、水又は緩衝液で希釈されたものである残留農薬抽出液。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれか1項に記載の残留農薬抽出液、又は、希釈されることによって、請求項1ないし4のいずれか1項に記載の残留農薬抽出液となす残留農薬抽出液の濃縮液を具備することを特徴とする残留農薬測定用キット。
【請求項6】
請求項1ないし4のいずれか1項に記載の残留農薬抽出液を用いて、農作物中の各種残留農薬を磨砕抽出、若しくは有姿抽出することによって測定溶液を得る抽出工程と、
測定溶液を希釈することなくイムノアッセイに供し、測定溶液中に抽出された各種残留農薬のうちの測定対象農薬を測定する測定工程と、
を具備することを特徴とする残留農薬測定方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−141179(P2012−141179A)
【公開日】平成24年7月26日(2012.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−292804(P2010−292804)
【出願日】平成22年12月28日(2010.12.28)
【出願人】(000155023)株式会社堀場製作所 (638)
【Fターム(参考)】