説明

水産系幼生体飼育装置とその方法

【課題】孵化したばかりの水産系幼生体のへい死を防止できる飼育装置とその方法を提供する。
【解決手段】円筒状の水槽2と、この水槽2に収容される飼育用水3と、この水槽2の底面2aの中央部に配設されて酸素含有気体12からなる気泡5を発生させる気泡発生器4とを有し、気泡5の上昇に伴って水槽2の中心軸6に沿って水面3aに向う上昇流7を形成させ、この上昇流により水面3a側に,水槽2の中心軸6を含む垂直断面において,中心軸6を挟んで1対の渦構造をなすフローパターンを形成させるとともに、水槽2の中心軸6を含む垂直断面において,フローパターンの形成位置よりも深い位置に,水槽2の底面2aに向って下降し水槽2の底面2a近傍において水槽2の側壁2bに向って拡散する下降拡散流10aを形成させることを特徴とする水産系幼生体飼育装置1による。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水槽内の水質を悪化させることなく、しかも、新規な設備を何ら追加することなしに孵化したばかりの水産系幼生体(例えば、幼魚や、貝類の幼生など)のへい死を防止することができる水産系幼生体飼育装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、魚類や貝類の種苗生産上の重要な課題は、初期減耗とよばれる卵から孵化した仔魚が稚魚になるまでの、あるいは、孵化したばかりの貝類の幼生体が稚貝になるまでの期間における死亡率である。初期減耗の主要因として、天然水域の場合、飢餓、被食および物理的条件(たとえば、海流による不適切な環境への輸送)が挙げられている。
種苗生産においても物理的な環境の制御は重要な要素であるが、一般に、魚介類の種苗生産水槽では通気装置によって水槽内の流れを制御する方法がとられる。しかしながら、その管理は水の流れを目視で監視するなど五感を活かした飼育技術者の経験と勘に頼ることが多いため、飼育技術者によってそのノウハウが若干異なる。それに加えて通気設定を少しでも誤ると、大量へい死に繋がることも生じ得る。
たとえば、強い通気は早い流速を形成するので仔魚の摂餌を妨げ、定位するためのエネルギーを過剰に要し、結果的にへい死をもたらすことが懸念される。他方、通気が少なすぎると、微弱な水流しか形成されずに、渦中心部に流れがほとんど生じない、いわゆる、死水となり、仔魚飼育に適さないことが報告されている。これらの報告は、水産系幼生体(例えば、幼魚や、貝類の幼生など)の飼育には、適切な水流を形成するための最適な通気量が存在することを示唆している。
【0003】
特許文献1には「飼育水槽、及び当該飼育水槽を用いた飼育方法、並びに水流の予測方法」という名称で気泡及び噴水流を考慮した飼育水槽、当該飼育水槽を用いた飼育方法、及び水流の予測方法に関する発明が開示されている。
特許文献1に開示される飼育水槽は、噴水流の外側に前記噴水流より緩やかな上昇流を形成せしめるように、気泡を発生させることを特徴とするものである。
上述のような特許文献1に開示される発明によれば、これまで初期飼育が困難とされてきた仔魚(マハタも含め)において、従来法と比較して、はるかに安定かつ大量の種苗の初期飼育が可能になる。また、特許文献1に開示される飼育水槽によれば、仔魚、幼生の初期減耗(卵のふ化から10日くらいまでに見られる高い死亡率)を軽減することが可能である。
【0004】
特許文献2には「水産生物の養殖方法及びその装置」という名称で、藻類、貝類、魚類等の養殖、及び水産生物の種苗生産と保存、飼料培養等を効果的に行うための水産生物養殖方法及びその装置に関する発明が開示されている。
特許文献2に開示される水産生物の養殖方法は、上端が水面より上にあり、下端底部が水中にあって、該下端底部中央部に取水排水口が開口している養殖タンク内に、該養殖タンクの前記取水排水口から上方に向けて空気を送ることにより、前記養殖タンク内に水の垂直対流を発生させ、前記取水排水口から水を養殖タンク内に導入すると共に養殖タンク内の水を養殖タンク外に流出させて、養殖タンク内の水を該養殖タンク外の水と交換しながら水産生物を養殖することを特徴とするものである。
上述のような特許文献2に開示される発明によれば、海や湖の水上、水中、或いは陸上に区画された養殖タンク内で、養殖タンク内の水に垂直対流を効率的に発生させて養殖環境を改善でき、且つ赤潮等水面の汚染に影響されることなく、高密度の魚介類、藻類の養殖ができ、且つ種苗保存及び飼料培養ができる。また、養殖タンク内の水を養殖タンク外の深い位置の汚染されていない水と循環しながら養殖することができ、例えば、海での養殖では養殖タンク内に塩分、栄養塩素及び水温の安定した海底の海水を導入できると共に養殖タンク内の汚れた海水を排除することができる。さらに、養殖タンク内に海底の富栄養海水を導入でき餌生物の発生を促進できるので、従来困難であった海上での魚介類、藻類の種苗生産と保存及び飼料培養ができ、管理の省力化が促進できる。水槽内に設置された養殖タンク内の水を浄化しながら、養殖タンク内に還流することにより、内部循環であっても養殖タンク内の水を常にきれいに保つことができ、養殖効率を高めることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−168392号公報
【特許文献2】特開平06−327375号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】宮下 盛、「種苗生産における浮上及び沈降死」、日本水産学会誌、日本、日本水産学会、2006年、Vol.72、No.5、p947−948
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
一般に、人工的な飼育環境化において孵化したばかりの水産性幼生体(例えば、幼魚や、貝類の幼生など)の死因の主なものに浮上死がある。この浮上死は、非特許文献1によると、「浮上死は、仔魚が水面に張り付くように浮き上がってへい死するもので、主に1日齢から4日齢のごろまでの日中に良く観察される。これは照度の上昇に伴って、表層へ移動した仔魚が、飼育水面において空気暴露あるいは表面張力によるストレスのため、体表粘液細胞から過剰に粘液が生じるとともに、魚体水分が低下(乾燥)することなどが一因と考えられている」との記載が認められる。
従って、この浮上死を効果的に防止するためには、孵化したばかりの水産系幼生体が飼育用水槽の水面に送られるのを妨げることが好ましいと推測される。
その一方で、孵化したばかりの水産系幼生体を飼育する飼育用水への主な通気方法は、気泡発生装置による気泡の供給であり、この場合、気泡の自然な上昇に伴って飼育用水中に上昇流が必ず生じるので、泳力の極めて弱い孵化したばかりの水産系幼生体が水面側に送られるのを防止することは、実質的に不可能であった。
また、被飼育対象である水産系幼生体が開鰾魚である場合、仔魚は2日齢目から開鰾(体内の浮袋に空気を取り込んで、浮力の調節を行うこと)を始めるので(非特許文献1を参照)、孵化したばかりの水産系幼生体の水面側への移動を確実に妨げるような手段を講じることは、開鰾魚の開鰾を妨げて沈降死を招く恐れがあり、好ましくなかった。
【0008】
特許文献1,2に開示されるいずれの発明も、飼育用水槽の中央において生じる上昇流と、飼育用水槽の側壁面上において水面から飼育用水槽の底面に向う下降流とを包含する循環流れが生じるよう構成されるものであり、孵化したばかりの水産系幼生体(例えば、幼魚や、貝類の幼生など)が水面近傍に搬送される頻度が高くなることは必至である。
このため、孵化したばかりの水産系幼生体が、飼育用水の水面の表面張力に捕捉される確率を低くするためには、飼育用水への通気量を少なくして循環流れの流速を遅くしてやる必要があるが、この場合、飼育用水に好適に酸素を供給できない恐れがあった。
【0009】
本発明はかかる従来の事情に対処してなされたものでありその目的は、孵化して間もない水産性幼生体が水面近傍に送られる頻度を少なくして、孵化して間もない水産性幼生体の浮上死を特に効果的に防止することができる水産系幼生体飼育装置とその方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するため請求項1記載の発明である水産系幼生体飼育装置は、円筒状の水槽と、この水槽に収容される飼育用水と、水槽の底面の中央部に配設されて酸素含有気体からなる気泡を発生させる気泡発生器とを有し、気泡の上昇に伴って水槽の中心軸に沿って水面に向う上昇流を形成させ、この上昇流により水面側に,水槽の中心軸を含む垂直断面において,中心軸を挟んで1対の渦構造をなすフローパターンを形成させるとともに、水槽の中心軸を含む垂直断面において,フローパターンの形成位置よりも深い位置に,水槽の底面に向って下降し水槽の底面近傍において水槽の側壁に向って拡散する下降拡散流を形成させることを特徴とするものである。
上記構成の発明において、水槽は飼育用水を収容保持するという作用を有する。また、飼育用水は、水産系幼生体(例えば、幼魚や、貝類の幼生など)の生息環境を提供するという作用を有する。さらに、気泡発生器は、水槽の底面の中央において小さい気泡を連続して発生させることで、飼育用水中に酸素を供給するとともに、水槽の中央に水面に向う上昇流を形成させるという作用を有する。そして、水槽の水平断面を円形とし、かつ、気泡発生器を水槽の底面の中央に配置することで、上昇流に連動して生じる水流を、水槽の水平断面における半径方向において均一化するという作用を有する。
また、上昇流により水面側に生じるフローパターンは、水槽の中心軸を含む垂直断面において、水槽の水面側と水槽の中ほどの位置とを循環する循環流れを形成し、水産系幼生体を、水槽の水面近傍と水槽の中ほどの位置との間を循環移動させるという作用を有する。
さらに、請求項1記載の発明において、水槽の水面側に形成されるフローパターンよりも深部に形成される下降拡散流は、上記循環流れに乗って移動する水産系幼生体の一部を、水槽の深部(水槽の底面側)に引き込んで、循環流れによる回遊から離脱させるという作用を有する。そして、この作用により、水産系幼生体が水面の表面張力に捕捉される確率を低減するという作用を有する。
【0011】
請求項2記載の発明である水産系幼生体飼育装置は、円筒状の水槽と、この水槽に収容される飼育用水と、水槽の底面の中央部に配設されて酸素含有気体からなる気泡を発生させる気泡発生器とを有し、気泡の上昇に伴って水槽の中心軸に沿って水面に向う上昇流を形成させ、この上昇流により水面側に,水槽の中心軸を含む垂直断面において,中心軸を挟んで1対の渦構造をなす第1のフローパターンを形成させ、この第1のフローパターンに連動して底面側に,水槽の中心軸を含む垂直断面において,中心軸を挟んで1対の渦構造をなす第2のフローパターンを形成させ、第1のフローパターンは、水槽の中心軸を含む垂直断面において,水面側に向って上昇し水面近傍において水槽の側壁に向って拡散する上昇拡散流と,この上昇拡散流に連続して形成され水槽の底面側に向って下降し中心軸に向って収束する下降収束流と,を形成させ、第2のフローパターンは、水槽の中心軸を含む垂直断面において,底面側に向って下降し底面近傍において水槽の側壁に向って拡散する下降拡散流と,この下降拡散流に連続して形成され水槽の水面側に向って上昇し中心軸に向って収束する上昇収束流と,を形成させることを特徴とするものである。
上記構成の発明において、水槽、飼育用水、気泡発生器、気泡のそれぞれは、請求項1記載の発明における水槽、飼育用水、気泡発生器、気泡の作用と同じである。また、請求項2記載の発明における第1のフローパターンによる作用は、請求項1記載の発明におけるフローパターンの作用と同じである。さらに、請求項2記載の発明における第2のフローパターンは、請求項1記載の発明における下降拡散流を包含するものであり、第1のフローパターンとは別に形成される他のフローパターンである。よって、請求項2記載の発明は、請求項1記載の発明の技術内容をより詳細に記載したものである。
請求項2記載の発明における第2のフローパターンは、水槽の中心軸を含む垂直断面において、水槽の底面近傍と水槽の中ほどの位置とを循環する緩やかな循環流れを形成させるという作用を有する。
すなわち、請求項2記載の発明では、水面近傍と水槽の中ほどの位置とを循環する循環流れに加えて、水槽の底面近傍と水槽の中ほどの位置とを循環する別の循環流れが形成されることになる。このため、請求項2記載の発明においては、第1のフローパターンに乗って水槽内を回遊する水産系幼生体の一部を、水槽の底面側に形成される第2のフローパターンに取り込んで、第1のフローパターンによる回遊から離脱させるという作用を有する。そして、この作用により、水産系幼生体が水流により水面近傍に搬送される頻度を低減して、孵化したばかりの水産系幼生体が水面の表面張力に捕捉される確率(リスク)を低くするという作用を有する。
【0012】
請求項3記載の発明である水産系幼生体飼育装置は、請求項1又は請求項2に記載の水産系幼生体飼育装置であって、水槽に収容される飼育用水の水平断面半径rに対する水深Hの比で表されるアスペクト比AR(AR=H/r)は、1.2〜2の範囲内であることを特徴とするものである。
上記構成の発明は、請求項1又は請求項2記載の発明と同じ作用に加えて、水槽内に収容される飼育用水からなる水柱のアスペクト比ARを1.2〜2の範囲内とすることで、水槽内に形成される上昇流のみにより、また、この上昇流の流速の強弱に関わらず、水槽内に第1のフローパターンに加えて、下降拡散流を、又はこの下降拡散流を包含する第2のフローパターンを確実に形成させるという作用を有する。
【0013】
請求項4記載の発明である水産系幼生体飼育方法は、請求項1又は請求項2に記載される水産系幼生体飼育装置を用いて、前記水槽に収容される前記飼育用水の水平断面半径rに対する水深Hの比で表わされるアスペクト比AR(AR=H/r)を1.2〜2の範囲内に保持して飼育することを特徴とするものである。
上記構成の発明は、請求項3に記載の発明を飼育方法の発明として表現したものであり、その作用は実質的に請求項3に記載の発明と同様である。
【発明の効果】
【0014】
本発明の請求項1又は請求項2に記載の発明によれば、水槽の中心軸を含む垂直断面において、水面近傍と水槽の中ほどの位置とを循環する循環流れ(請求項1記載の発明におけるフローパターン,請求項2記載の発明における第1のフローパターン)に加えて、水槽の中ほどの位置から底面側に向かう下降拡散流,又は,この下降拡散流を包含する第2のフローパターン(水槽の中ほどの位置と底面近傍とを循環する循環流れ)を形成させることができる。
この結果、請求項1又は請求項2に記載の発明では、水産系幼生体の回遊ルートとして、水槽の中心軸を含む垂直断面において、水面近傍と水槽の中ほどの位置とを循環するルートに加えて、水槽の中ほどの位置から底面近傍に向うルートを形成させることができる。
この場合、飼育用水中において飼育される水産系幼生体は、水槽の水面側において、水面近傍と水槽の中ほどの位置とを循環移動するだけでなく、第1のフローパターンよりも水槽の深部に形成される下方拡散流に乗って、水槽の底面側にも容易に移動することが可能になる。
また、この下方拡散流は、第1のフローパターンを形成する水流よりも流れが緩やかであるため、孵化したばかりの水産系幼生体が強い水流に流されて疲弊したり、餌の捕捉が困難になる可能性が低い。
従って、請求項1又は請求項2に記載の発明によれば、孵化したばかりの水産系幼生体が、水流にながされて水面近傍に搬送される頻度を確実に減らすと同時に、水槽の中ほどの位置から底面側の領域に孵化したばかりの水産系幼生体にとって生育に適した安全な場を提供することができる。
この結果、請求項1又は請求項2に記載の発明においては、孵化したばかりの水産系幼生体が水槽の水面において表面張力に捕捉されてへい死する確率を減らすとともに、その他の要因によるへい死も抑制できるので、水産系生物の飼育繁殖を効率的に行うことができる。
【0015】
請求項3記載の発明は請求項1又は請求項2記載の発明と同じ効果を有する。
また、請求項3記載の発明によれば、水槽内に収容される飼育用水からなる水柱のアスペクト比ARを1.2〜2の範囲内に設定することで、水槽内に生じる上昇流の流速に関わらず、より具体的には、水槽内に供給される酸素含有気体の供給量の多少に関わらず、水槽の中心軸を含む垂直断面において、水槽の中ほどの位置から水槽の底面側に向かう下降拡散流を確実に形成させることができる。
これにより、孵化したばかりの水産系幼生体の飼育に適した流速が速い場合でも遅い場合でも、あるいは、孵化したばかりの水産系幼生体が溶存酸素量の多い環境を好んでも好まなくても、水産系幼生体が水流によって水面側に運ばれて表面張力に捕捉される確率を低減することができる。
この結果、請求項3記載の発明によれば、様々な種類の水産系幼生体を飼育繁殖する際に、特に浮上死による初期減耗を効果的に防止することができる。
【0016】
また、請求項4記載の発明は請求項3記載の発明を飼育方法の発明として捉えたものであり、その効果は実質的に請求項3に記載の発明と同様である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の実施の形態に係る水産系幼生体飼育装置の概念図である。
【図2】本試験に用いた試験装置の概念図である。
【図3】本試験において固体トレーサとして使用したアルミ粉の顕微鏡写真である。
【図4】(a)はQ=50mL/min一定におけるAR=0.5の場合の水槽内全域のフローパターンを可視化した画像であり、(b)はこのフローパターンの模式図である。
【図5】(a)はQ=50mL/min一定におけるAR=1.0の場合の水槽内全域のフローパターンを可視化した画像であり、(b)はこのフローパターンを模式化して示した図である。
【図6】(a)はQ=50mL/min一定におけるAR=2.0の場合の水槽内全域のフローパターンを可視化した画像であり、(b)はこのフローパターンの模式図である。
【図7】(a)アスペクト比AR=2.0の水槽における水面から5mm下降した位置の水槽の水平断面における水流を可視化して示した画像であり、(b)は同水槽において水面から195mm下降した位置の水槽の水平断面における水流を可視化して示した画像であり、(c)は同水槽において水面から385mm下降した位置の水槽の水平断面における水流を可視化して示した画像である。
【図8】縦軸にアスペクト比ARの値をとり、横軸の通気量Qを変化させた場合の各渦対系が生じる領域を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の実施の形態に係る水産系幼生体飼育水槽について図1を参照しながら詳細に説明する。
【0019】
本発明の実施の形態に係る水産系幼生体飼育装置について図1を参照しながら説明する。
図1は本発明の実施の形態に係る水産系幼生体飼育装置の概念図である。
図1に示すように、本実施の形態に係る水産系幼生体飼育装置1は、飼育用水3が満たされた円筒状の水槽2内の底面2aの中央部(略中央部の概念も含む)に気泡発生器4を設置し、この気泡発生器4に供給管11を介して供給される酸素含有気体12からなる気泡5の上昇に伴って形成される上昇流7により、水槽2内に水流を生じさせたものである。
より具体的には、本実施の形態に係る水産系幼生体飼育装置1は、水槽2内において、まず、気泡5の水面3aへの上昇を利用して水槽2の中心軸6上に上昇流7を形成させ、次に、この上昇流7を利用して、水槽2の中心軸6を含む垂直断面において、水槽2の水面3a側に中心軸6を挟んで1対の渦構造をなす第1のフローパターン8を形成させたものである。
さらに、本実施の形態に係る水産系幼生体飼育装置1は、この第1のフローパターン8に連動して、水槽2の底面2a側に、水槽2の中ほどの位置から水槽2の底面2aに向って下降し,水槽の底面2a近傍において水槽2の側壁2bに向って拡散する下降拡散流10aを包含する、第2のフローパターン10を形成させたものである。この第2の第2のフローパターン10は、水槽2の中心軸6を含む垂直断面において、中心軸6を挟んで1対の渦構造をなすものである。
なお、図1では供給管11を水槽2の底面2aに貫通して配設する場合を例に挙げて説明しているが、供給管11は気泡5の上昇により形成される上昇流7に沿って、飼育用水3の水面3a側に配設されてもよい。
【0020】
ここで、水槽2内に形成される第1のフローパターン8及び第2のフローパターン10のそれぞれについて詳細に説明する。
第1のフローパターン8は、図1に示すように、水槽2の中心軸6を含む垂直断面の水面3a側に、中心軸6を挟んで形成される1対の渦構造をなすものである。また、この1対の渦構造は、水槽2の中ほどの位置から中心軸6に沿って水面3a側に向って上昇し,水面3aの近傍において水槽2の側壁2bに向って拡散する上昇拡散流8aと、この上昇拡散流8aに連続して形成され、水槽2の底面2aに向って側壁2b近傍を下降し,水槽2の中ほどの位置において中心軸6に向って収束する下降収束流8bを形成させるものである。
そして、第1のフローパターン8は、上述のような上昇拡散流8a及び下降収束流8bが形成されることで、水槽2の中心軸6を含む垂直断面において、中心軸6を挟んだ左右のそれぞれに、水面3a近傍と水槽2の中ほどの位置を循環する循環流れが形成される。
なお、本願明細書に記載する「中ほどの位置」とは、水槽2の鉛直方向中心のみを指し示すのではなく、水槽2を鉛直方向に3分割した際の中間部分の領域全域を含む概念である。
【0021】
さらに、本実施の形態に係る水産系幼生体飼育装置1では、水槽2の中心軸6を含む垂直断面において、第1のフローパターン8が形成されることによる反作用により、水槽2の底面2a側に、やはり中心軸6を挟んで1対の渦構造をなす第2のフローパターン10を形成させることができる。なお、第1のフローパターン8と第2のフローパターン10の境界は、水槽2の中ほどの位置に存在している。
この第2のフローパターン10は、図1に示すように、水槽2の中心軸6を含む垂直断面において、水槽2の中心軸6寄りの中ほどの位置から底面2a側に向って下降し,底面2aの近傍において水槽2の側壁2bに向って拡散する下降拡散流10aと、この下降拡散流10aに連続して形成され、水槽2の水面3a側に向って側壁2b近傍を上昇し,水槽2の中ほどの位置において中心軸6に向って収束する上昇収束流10bを形成させるものである。
そして、第2のフローパターン10は、上述のような下降拡散流10a及び上昇収束流10bが形成されることで、水槽2の中心軸6を含む垂直断面において、中心軸6を挟んだ左右のそれぞれに、底面2a近傍と水槽2の中ほどの位置を循環する循環流れが形成される。
なお、図1に示すように、水槽2の中心軸6を含む垂直断面において、第1のフローパターン8と第2のフローパターン10の間の側壁2bの内側面上には、水流の方向転換が生じる基点であるはく離点9が形成される。
【0022】
ここで、本実施の形態にかかる水産系幼生体飼育装置1の作用、効果について説明する。
従来技術の場合のように、水槽の中心軸を含む垂直断面において、上昇流により水面近傍と水槽の底面近傍とを循環する循環流れのみが形成される場合は、孵化したばかりで泳力の弱い水産系幼生体(例えば、幼魚や、貝類の幼生など)は、この循環流れに流されて、繰り返し水面側に搬送されることを余儀なくされる。この結果、水産系幼生体が水槽の水面に搬送される頻度が高まり、水面の表面張力に水産系幼生体が捕捉されるリスクも高まる。このため、孵化したばかりの水産系幼生体の浮上死が多くなると推測される。
このような従来技術の場合、孵化したばかりの水産系幼生体の浮上死を含むへい死を防止するために何らかの対策を講じる必要があるものの、飼育用水への酸素供給に不可欠な通気をむやみに停止させることはでないので、特に水産系幼生体の浮上死を防止することは極めて困難であるとされてきた。
【0023】
これに対して、本実施の形態に係る水産系幼生体飼育装置1では、先に述べたとおり、水槽2の中心軸6を含む垂直断面に、第1のフローパターン8に加えて、下降拡散流10aを包含する第2のフローパターン10をも形成させることができるので、第1のフローパターン8による回遊を余儀なくされる水産系幼生体の一部を、第1のフローパターン81よりも水槽2の深部に形成される下降拡散流10aにより水槽2の底面2a側に引き込むことができる。これにより、一部の水産系幼生体を第1のフローパターン8による回遊から確実に離脱させることができる。
この結果、水槽2内において飼育される水産系幼生体が、水槽2内に形成される水流により水面3a近傍に搬送される頻度を確実に減らすことができるので、水面3a近傍に搬送された水産系幼生体が水面3aの表面張力に捕捉されるリスクを低減することができる。これにより、孵化したばかりの水産系幼生体が浮上死するリスクを低減することができる。
【0024】
また、本実施の形態に係る水産系幼生体飼育装置1では、第1のフローパターン8の流速よりも、第2のフローパターン10の流速の方が緩やかである。このため、水槽2に第1のフローパターン8しか形成されない場合に比べて、水産系幼生体が強い水流により疲弊してへい死したり、餌の捕捉が困難になるリスクも低減することができる。
さらに、本実施の形態に係る水産系幼生体飼育装置1では、第1のフローパターン8と第2のフローパターン10とを並存させることで、水産系幼生体の水面3aへの移動が妨げられないので、被飼育対象が開鰾魚である場合でも、浮袋への空気の取り込みが容易であり、孵化したばかりの水産系幼生体の沈降死を防止できる可能性が高い。
よって、本実施の形態に係る水産系幼生体飼育装置1によれば、水槽2の中心軸6を含む垂直断面に、第1のフローパターン8に加えて、下降拡散流10aを包含する第2のフローパターン10を形成させることで、孵化したばかりの水産系幼生体がへい死するリスクを低減することができ、これにより、水産系生物を飼育繁殖する際の初期減耗を小さくできる。
【0025】
加えて、本実施の形態に係る水産系幼生体飼育装置1では、図1に示すように、水槽2内に収容される飼育用水3からなる水柱の水平断面半径rに対する水深Hの比で表されるアスペクト比AR(AR=H/r)の値を1.2〜2の範囲内に設定することで、上昇流7のみにより、また、この上昇流の強弱によらず、水槽2の中心軸6を含む垂直断面に、第1のフローパターン8、及び、下降拡散流10aを包含する第2のフローパターン10を確実に形成させることができる。
この場合、本実施の形態に係る水産系幼生体飼育装置1の構成を極めてシンプルにしながら、水産系幼生体の飼育繁殖時における初期減耗を小さくすることができる。
なお、本実施の形態では、水産系幼生体飼育装置として説明したが、この水産系幼生体飼育装置1を用いて、水槽2内の底面2aの略中央部に気泡発生器4を設置して、特に水槽2内の水深をアスペクト比AR1.2〜2に保持するようにしながら、水産系生物の幼生体を飼育、養殖することによれば、孵化したばかりの水産系幼生体がへい死するリスクを低減することができ、著しく初期減耗を小さくできるという優れた効果を発揮することができるのである。
【0026】
以下に、本発明に係る水産系幼生体飼育装置1の水槽2内に形成される水流のフローパターンを調べるために行った試験及びその結果について図2乃至図8を参照しながら説明する。
(1)試験装置
本試験に用いた円筒型飼育水槽は、寸法が内径(2ri=)390mm、外径400mm(厚さ5mm)、高さ590mmであり、材質は透明アクリル樹脂製とした。水槽内の流体はフローパターンの観察のみが目的のため、清水(水道水)を用いた。可視化実験の際、透過光の屈折による歪みを防止するために、円筒型水槽の外側に断面が500mm×500mmで高さ500mmの角形水槽を設置し、その間に水を封入した。本試験に用いた試験装置を図2に示す。
図2は本試験に用いた試験装置の概念図である。
本試験では、水槽内に導入した空気の流量(通気量)Qを10,25および50mL(ミリリットル)/min(分)の3種類とした。通気量Qはエアポンプ(テクノ高槻製、SPP−6GA)から送風される空気量を三方コックで調整し、必要空気量となるように制御した。なお、通気量は1分間当たりの吐出空気量を水槽内でビーカーを用いて直接捕集し、数回の計測の平均値とした。液深は投影断面内AR(=H/ri,Hは液深、riは水槽半径)の値に応じて変化させた。なお、ARは0.5,1.0および2.0に変化させた。実験時の水温はおよそ25℃の一定に調節した。
【0027】
(2)水槽中の水流の可視化方法
水槽中の水流の可視化方法は、細部の状況を詳細に判別できるように懸濁法を用いた。懸濁法とは流れ場中に微小の固体トレーサを直接注入し、水と懸濁させた後、そのトレーサを追跡観察してフローパターンを求める方法である。本試験に用いたトレーサは比重2.7、平均粒径40μmのアルミ粉である。アルミ粉と水との質量比は4.31×10−7に固定して実験した。アルミ粉と水との親和性をよくするため、アルミ粉を一旦アルコールに混ぜてから水面下に注入した。なお、アルミ粉の沈降速度UgをStokesの抵抗法則から評価すると、Ug=1.64mm/sであり、極めて小さいので、沈降速度は無視した。電子顕微鏡で撮影したアルミ粉の拡大写真(500倍)を図3に示す。
図3は本試験において固体トレーサとして使用したアルミ粉の顕微鏡写真である。図3に示されるように、アルミ粉は尖った扁平状で複雑な形状をしており、アルミ粉の姿勢によっては光をよく反射する場合と反射しない場合がある。
可視化に用いた光源はスライドプロジェクター(理化学製、HILUX−HR)を使用した。光源部にスリットを入れたフィルムを挿入し、幅20mmのスリット光源とした。さらに光が水槽に入射する位置に幅10mmのスリットをもつ黒紙を貼り、水槽内には幅10mmのスリット光源のみが入射するように工夫した。可視化画像は光路に対して90°の方向からデジタルカメラ(CANON製、 D70)で撮影した。また、動画はビデオレコーダー(SONY製、HDR−SR12)で撮影するとともに、HDDレコーダー(SONY製、BDZ−T55)にも保存した。ところで、水槽内の鉛直断面(r−z面)全域にわたるフローパターンの可視化において、θ=0°(観察方向に対して鉛直となる面で、スリット光の照射面内)、45°および90°について予備実験をしたところ、θによらずほぼ同様の結果が得られた。したがって、本願明細書ではθ=0°の結果を代表として報告する。
【0028】
(試験結果1)
まず、水槽の中心軸を含む垂直断面におけるフローパターンについて図4乃至図6を参照しながら説明する。
図4(a)はQ=50mL/min一定におけるAR=0.5の場合の水槽内全域のフローパターンを可視化した画像であり、(b)はこのフローパターンの模式図である。図5(a)はQ=50mL/min一定におけるAR=1.0の場合の水槽内全域のフローパターンを可視化した画像であり、(b)はこのフローパターンの模式図である。図6(a)はQ=50mL/min一定におけるAR=2.0の場合の水槽内全域のフローパターンを可視化した画像であり、(b)はこのフローパターンの模式図である。
なお、図4〜6中に示される符号S’は、トポロジー(位相幾何学)における「半鞍点(Half Saddle Point)」示しており、流れが壁面から離れる点である「はく離点」、流れが壁面に付着する点である「再付着点」を総称するものである。通常、渦が存在する壁近傍には必ずこの半鞍点が存在する。また、符号Ntは,水面と水槽側壁との間に生じる渦を、符号Nbは,水槽底面と水槽壁面との間に発生する渦を示している。
【0029】
図4乃至図6では渦構造が判別しにくいが、図4(AR=0.5)および図5(AR=1.0)では水槽内の左右領域に1対、図6(AR=2.0)では左右領域の上段、下段に2対の寸法の大きな渦構造が存在しているのが見られる。
まず、1対の渦構造を示す場合の代表として、図5の循環流れについて結果を述べる。なお、図示していないが動画観察を加えて検討する。水槽底部中央に配置した直径25mmのエアストーンから発生した気泡の上昇にともない、流体(水)は水槽底面付近から水表面に向かい上昇し、水表面付近で向きを半径方向に転じ、円形水槽側面まで輸送される。円形側壁面に到達した水は側壁面に沿うように向きを変え下降し、水槽底面付近でさらにその向きを半径方向中心向きに転じる。この水の水槽内における大循環により大きな渦(N1)構造が形成される(図5(b)を参照)。なお、水表面ではエアストーンからの気泡が一部大気中へ放出されるが、その放出量は水槽内の液深が浅いほど著しい。また、水表面の水は流動が抑制されほとんどよどんいるが、表面パターンを注意深くみると緩やかながら複雑な流動を呈している。一方、水表面の直下すぐ近傍では、かなり大きい速度の流体が中心付近から半径方向放射状に移動している。また、水槽中央部にはエアストーンからの気泡上昇も明白に見られる。なお、図4の可視化写真の渦構造が不鮮明であるが、これは動画観察よると、この条件の場合、液深が浅いため水表面から多量の気泡が抜け、そのため水槽底面から水表面に向かう気泡とともに上昇する液体の速度(アルミ粉の動き)は小さくなり、ひいては渦の循環速度が小さくなったためと思われる。なお、液深と気泡の上昇速度の関係を別途計測(図示していない)しているが、上昇速度は液深が浅いほど緩やかであった。
【0030】
ここで、2つの渦対構造を示したAR=2.0の場合(図6)について、フローパターンを説明する。
図6から明白に見られるように、上半面領域に左右一対の渦(N1)とその下半面領域に左右一対の渦(N1’)が存在している。動画観察によると、上半面側の1対の渦(N1)は断面中心領域で上方に向かう流れであり、一方、下半面側の1対の渦(N1’)は断面中央近くで下方に向かう流れであり、両者の回転方向は反対である。なお、循環する渦構造がもつ速度は直視観察によれば、上半面側の方が大きい。以上に示したフローパターンの傾向は、Q=10〜50mL/minの範囲内ではQにほとんど無関係に、ARのみに依存して変化する。ARが2.0で見られる2対の渦構造フローパターンは従来の研究結果では報告されておらず仔魚飼育技法にとり興味深い結果である。
【0031】
なお、図4〜6中にNt,Nbで示される渦は、水産学上どのような意味合いを持つのかは現時点では明らかになっていない。これらの渦Nt,Nbが水槽内において飼育される水産系幼生体の生存率に対して何らかの影響を及ぼすであろうことは予測されるものの、具体的にどのような影響が及ぼされるかについては未だ実証されていない。
さらに、円柱状の飼育用水内に形成される渦Nt,Nb,N1,N1’の三次元形状はいずれもドーナツ型をなし、水面の動きなどによりドーナツ型の渦の外形が多少歪む場合もあるが、通常、飼育用水からなる円柱の半径方向の垂直断面における流れ構造は金太郎飴のようにどこにおいても同じになる。
例えば、2つの渦対構造を示したAR=2.0の場合は(図6を参照)、水槽の底面側から順にドーナツ型の渦Nb,N1’,N1,Ntのそれぞれが同一の中心軸上に積層されたイメージとなる。
【0032】
(試験結果2)
次に、図2に示す水槽(飼育用水槽15)の水平断面(r−θ面)内フローパターンについて図7を参照しながら説明する。
代表としてQ=50mL/min,AR=2.0(2渦対系の場合)における水表面付近、中央高さ付近および底面付近の可視化結果のみを図7(a)〜(c)に示した。
図7(a)〜(c)はそれぞれ、アスペクト比AR=2.0の水槽(飼育用水槽15)において水面から、−5mm,−195mm,−385mmの位置の水槽の水平断面における水流を可視化して示した画像である。
水槽に収容される水柱の水表面付近(z/r=−0.03)を可視化した画像である図7(a)を見ると、中心付近に気泡の上昇(動画の結果より)している領域が観察され、そこから放射状方向に気泡とアルミ粉とが移動している。また、円形側壁近傍では種々のスケールの渦構造が観察(動画の結果を利用)され(先の図6(b)中のNtを参照)、円周方向に三次元性が見られる。
水槽に収容される水柱の中央高さ付近(z/r=−1.0)の図7(b)を見ると、円形側壁付近ではアルミ粉は複雑な挙動を示しつつ、比較的スケールのそろった渦構造(下半面で見られる規模の大きい循環渦の頭頂部に相当)が見られる。全体のフローパターンは流れが中心向き(写真の矢印)に移動して(動画の結果を利用)いる。
水槽に収容される水柱の底面付近近(z/r=−1.97)の図7(c)を見ると、中心付近を除き、アルミ粉は放射状に外向き(写真の矢印)に向かっており、流れは放射状外向きとなっている。
【0033】
アスペクト比AR=1.0の場合、水面付近のフローパターンは図7(a)と同様である。すなわち、ARの変化によって鉛直断面内のフローパターンは2つに大別できるが、水表面付近のフローパターンは変化しないようである。一方、AR=1.0の底面付近のフローパターンは図7(c)と同様であるが、流動方向は反対である。
なお、本試験条件の通気量Qの範囲内ではエアストーンから放出される気泡上昇によって誘起される水は水槽底部付近から水面付近まで輸送される。しかしながら、通気量Qを極めて少なくすると、水槽底部付近の水は水面付近まで上昇せずに本研究で観察されたフローパターンとは異なる可能性がある。しかしながら、水産系幼生体の飼育時に通気は不可欠であり、通気量Qが極めて少ない状態で水産系幼生体の飼育を行う可能性は極めて低く、通気量Qが極めて少ない状態で、上述のような2対渦系のフローパターンを形成させることができなくとも問題になることはない。
【0034】
さらに、発明者は上述の図2に示す試験装置を用い、エアストーンへの通気量Qと水槽のアスペクト比ARを系統的に変化させ、図6に示されるような2対渦系が形成されるAR値の限界値を求めた。なお、エアストーンへの通気量Qの上限値はQ=100mL/minとした。
図8は縦軸にアスペクト比ARの値をとり、横軸の通気量Qを変化させた場合の各渦対系が生じる領域を示したグラフである。
図8中において境界を示す2本の実線は、得られた実験データを最小二乗法で求めた曲線を示している。図8に示されるように、通気量Q=10〜100mL/minの範囲では、1渦対系および2渦対系を形成するAR値は変化せず、一定であった。
ただし、図8中において境界を示す2本の実線はあくまでも演算により求められた仮想の曲線であるため、実際には、通気量Qが10mL/minを下回り、かつ、Y軸に特に近い領域においては、図8において予測されるようなフローパターンが形成されない可能性もある。しかしながら、上述のとおり、水産系生物の飼育には通気が不可欠であり、通気量Qが極めて少ない状況で水産系幼生体の飼育が行われる可能性は、特殊な場合を除いて、ほとんどないと考えられるため、発明の実施には問題はない。
【0035】
従って、上述の図7に示される試験結果によれば、本実施の形態に係る水産系幼生体飼育装置1において、気泡5に上昇により形成される上昇流7により、水槽2の中心軸6を含む垂直断面に、第1のフローパターン8、及び下降拡散流10aを包含する第2のフローパターン10を形成させるためには、水槽2内の水柱のアスペクト比ARを1.2以上とすることが望ましく、より好ましくは、1.2〜2.0の範囲内にすることが望ましいといえる。
また、本実施の形態に係る水産系幼生体飼育装置1では、気泡発生器4からの通気量に多少にかかわらず、水槽2内の水柱のアスペクト比ARを上記範囲内に設定するだけで、第1のフローパターン8と下降拡散流10aを包含する第2のフローパターン10を同時に形成させることができるといえる。
【0036】
上述の通り、本実施の形態に係る水産系幼生体飼育装置1によれば、孵化したばかりの水産系幼生体(例えば、幼魚や、貝類の幼生など)が図6に示すような2対の渦構造のうちのいずれかに取り込まれて複雑に移動し、その結果として、アスペクト比ARが1.2より小さい水槽を用いる場合に比べて、水産系幼生体の飼育用水表面への接触が減少して浮上死が少なくなると推測される。
近年、ハタ類仔魚に顕著に見られる浮上死に加えて、クロマグロなどで仔魚が夜間に遊泳を停止した際に水槽底に沈みそのままへい死する沈降死現象が大きな問題となっている。そこで、本実施の形態に係る水産系幼生体飼育装置1のようなアスペクト比ARの高い水槽中の異なる渦構造のうち特定の渦流に水産系幼生体(例えば、幼魚や、貝類の幼生など)を留められるように気泡発生器4からの通気量を調整することで、海産仔魚や貝類幼生体の浮上死や沈降死を防除できる可能性が期待できる。
従って、本実施の形態に係る水産系幼生体飼育装置1によれば、シンプルな構造で、かつ、安価に、孵化したばかりの水産系幼生体がへい死し難い飼育装置を提供することができる。
【0037】
なお、上記試験においては、比較的小型の水槽を用いて試験を実施したが、図1に示すような水槽2内に収容される飼育用水3からなる水柱の半径rが、例えば、4mのように大きい場合には、それに併せて、気泡発生器4から供給される酸素含有基体12の供給量Qを、例えば、Q=630mL/minのように大きく設定する必要がある。
しかしながら、上述の試験結果からも明らかなように、水槽2内に図6に示すような2対渦系のフローパターンを形成させる際の、通気量の影響は弱いと考えられるため、水槽2を大型化した場合でも、そのアスペクト比を適切な範囲内に設定することで、確実に2対渦系のフローパターンを形成させることができる可能性は極めて高い。
【産業上の利用可能性】
【0038】
以上説明したように本発明は、シンプルな構成で、かつ、安価に、孵化したばかりの水産系幼生体がへい死し難い飼育装置に関するものであり、魚介類等の水産物の飼育に関する分野において利用可能である。
【符号の説明】
【0039】
1…水産系幼生体飼育水槽 2…水槽 2a…底面 2b…側壁 3…飼育用水 3a…水面 4…気泡発生器 5…気泡 6…中心軸 7…上昇流 8…第1のフローパターン 8a…上昇拡散流 8b…下降収束流 9…はく離点 10…第2のフローパターン 10a…下降拡散流 10b…上昇収束流 11…供給管 12…酸素含有基体 13…エアポンプ 14…三方弁 15…飼育用水槽 16…角型水槽 17…エアストーン 18…撮像装置(デジタルカメラ、ビデオカメラ) 19…プロジェクター 20…光面(スリット光)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
円筒状の水槽と、この水槽に収容される飼育用水と、前記水槽の底面の中央部に配設されて酸素含有気体からなる気泡を発生させる気泡発生器とを有し、
前記気泡の上昇に伴って前記水槽の中心軸に沿って水面に向う上昇流を形成させ、
この上昇流により前記水面側に,前記水槽の前記中心軸を含む垂直断面において,前記中心軸を挟んで1対の渦構造をなすフローパターンを形成させるとともに、
前記水槽の前記中心軸を含む垂直断面において,前記フローパターンの形成位置よりも深い位置に,前記水槽の前記底面に向って下降し前記水槽の前記底面近傍において前記水槽の側壁に向って拡散する下降拡散流を形成させることを特徴とする水産系幼生体飼育装置。
【請求項2】
円筒状の水槽と、この水槽に収容される飼育用水と、前記水槽の底面の中央部に配設されて酸素含有気体からなる気泡を発生させる気泡発生器とを有し、
前記気泡の上昇に伴って前記水槽の中心軸に沿って水面に向う上昇流を形成させ、
この上昇流により前記水面側に,前記水槽の前記中心軸を含む垂直断面において,前記中心軸を挟んで1対の渦構造をなす第1のフローパターンを形成させ、
この第1のフローパターンに連動して前記底面側に,前記水槽の前記中心軸を含む垂直断面において,前記中心軸を挟んで1対の渦構造をなす第2のフローパターンを形成させ、
前記第1のフローパターンは、前記水槽の前記中心軸を含む垂直断面において,前記水面側に向って上昇し前記水面近傍において前記水槽の前記側壁に向って拡散する上昇拡散流と,この上昇拡散流に連続して形成され前記水槽の前記底面側に向って下降し前記中心軸に向って収束する下降収束流と,を形成させ、
前記第2のフローパターンは、前記水槽の前記中心軸を含む垂直断面において,前記底面側に向って下降し前記底面近傍において前記水槽の前記側壁に向って拡散する下降拡散流と,この下降拡散流に連続して形成され前記水槽の前記水面側に向って上昇し前記中心軸に向って収束する上昇収束流と,を形成させることを特徴とする水産系幼生体飼育装置。
【請求項3】
前記水槽に収容される前記飼育用水の水平断面半径rに対する水深Hの比で表されるアスペクト比AR(AR=H/r)は、1.2〜2の範囲内であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の水産系幼生体飼育装置。
【請求項4】
請求項1又は請求項2に記載される水産系幼生体飼育装置を用いて、前記水槽に収容される前記飼育用水の水平断面半径rに対する水深Hの比で表わされるアスペクト比AR(AR=H/r)を1.2〜2の範囲内に保持して飼育することを特徴とする水産系幼生体飼育方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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