説明

油の鹸化価・酸価測定方法

【課題】本発明は、油の鹸化価・酸価の測定を容易に実施でき、かつ有害試薬を用いない方法を提供する。
【解決手段】水分に被測定油が懸濁した被測定試料から、超臨界流体を用いて被測定油のみを抽出し、抽出物を分取、或いは超臨界流体に溶解したままの状態で赤外線吸収を測定することにより、四塩化炭素の様な有害な試薬を用いず、かつ水による赤外線吸収の妨害なしに容易な鹸化価・酸価の迅速同時分析を可能とする。人体や環境に有害な試薬を用いることなく容易に圧延油等の管理を実施でき、鋼板汚れやメッキ不良等が減少し、かつ潤滑を適正に管理することにより摩擦・摩耗を抑制し省エネルギーを実現することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、油の鹸化価・酸価測定方法に関し、特に、水に界面活性剤等により被測定油がエマルジョン等懸濁した状態(例えば冷間圧延油等)や、金属粉等の不純物と共に被測定油が金属等の固体表面に付着している状態(例えば軸受け油、機械加工油等)から被測定油のみを抽出し、鹸化価・酸価を測定することにより被測定油の品質に関する知見を得る方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
油の鹸化とは、一般に油脂を加水分解してグリセリンと脂肪酸に分解する反応であり、鹸化価とは、試料1gを鹸化する水酸化カリウムのミリグラム数である。また、油の酸価とは、遊離脂肪酸を中和する水酸化カリウムのミリグラム数のことであり、鹸化価・酸価とも、油の潤滑性や金属等への付着性を判断するための重要な指標である。油分の酸化は、境界潤滑性に影響し、例えば、金属板を圧延する際の圧延油として用いた場合、その表面品質に大きく影響する他、ロール圧を適正に保つための指標にもなる。その酸化の度合いを示すのが酸価である。また、同様に、油分の鹸化も潤滑性に影響し、その鹸化の度合いを示すのが鹸化価である。金属板表面品質の確保とロール圧適正化の観点からの省エネルギーを実現するため、酸価と鹸化価を測定することにより、油分の劣化の度合いを監視したり、あるいは機械油等のトランプオイル等が外部から混入していないか管理したりすることが重要である。
【0003】
従来、油の鹸化価・酸価は、定義通りに指示薬滴定法により測定されている。しかし、滴定法は個人の技量に負うところが大きく、技術の習熟度により分析結果に誤差を生じることがある。また、鹸化価と酸価をそれぞれ別の方法で滴定せねばならず、作業に時間がかかる等の欠点がある。
【0004】
鹸化価・酸価を測定する方法としては、水に懸濁した被測定油であれば、分析に妨害を及ぼす水マトリクスから分離するため、エバポレータ等を用いた前処理を行い、液体クロマトグラフで潤滑油の成分を分離し、赤外分光検出器によって波数を1740カイザー(cm−1)に固定してカルボニル基の特性吸収を測定し、分離された各成分の量を求め、これらの量から計算によって鹸化価・酸価を求めるという方法がある(特許文献1)。この方法は、本来、鹸化価・酸価だけを求めるものではないため、エバポレータで抽出したり、液体クロマトグラフで分離したりするといった一連の手順が極めて煩雑であり、簡便な測定方法とは言えず、またクロマトグラフに用いる分離カラムのランニングコストがかかる。
【0005】
また、フーリエ変換赤外分光光度計で鹸化価・酸価を測定する方法としては、被測定試料中の油分だけを分析に妨害を及ぼす水マトリクスから分離するため、C−H結合を含まず測定波長域に影響の出ない溶剤、即ち、四塩化炭素等の特定フロン系溶媒に抽出し、フーリエ変換赤外分光光度計で1600〜3200cm−1の赤外線吸収を測定し、炭化水素とカルボニル基の特性吸収を利用して鹸化価・酸価を定量する方法がある(特許文献2)。この方法は、個人技術による測定値のバラツキを避けることができ、また、測定時間の短縮や作業性の向上をもたらす画期的な方法であったが、水に溶解した被測定油を抽出するのに、四塩化炭素等の特定フロン系溶媒という有害な試薬を用いざるを得ないという問題がある。
【0006】
ここで、有害な試薬について説明する。非特許文献1(オゾン層を破壊する物質に関するモントリオール議定書)では、ウィーン条約に基づき、オゾン層を破壊する恐れのある物質を特定し、該当する物質の生産、消費及び貿易を規制することを狙いとしており、四塩化炭素を含む特定フロン系溶媒等が1996年以降全廃され、世界的に規制強化が図られている。また、生態リスクも問題視されており、非特許文献2により、労働者がこれらの物質に長期間暴露された場合に将来においてがん等の重篤な健康障害を生ずる可能性が否定できないことから、四塩化炭素は、同指針において他の8物質と共に有害物質として指定されている。以上の理由により、有害な試薬を用いる必要のある特許文献2は、有効な手法でありながらその適用が困難な状態にある。
【0007】
他方、超臨界流体を用いた抽出技術について説明する。超臨界流体抽出法とは、気体や液体を、臨界温度、臨界圧力(例えば、二酸化炭素であれば、温度31.1℃、圧力7.38MPa)以上に昇温・加圧し、気体と液体の特徴を兼ね備えた超臨界状態に変化させ、高い浸透力(粘性は液体と比べて極めて低い)と高い溶媒強度(化合物を溶解する力)により、目的物質を抽出する方法である。二酸化炭素を超臨界流体として用いる場合は、有害な試薬を含む有機溶媒を用いる抽出法に比べて、安全に目的物質を抽出できる。
【0008】
この超臨界流体抽出法とクロマトグラフィーを組み合わせて、液化ガスから生成した超臨界流体を含む移動相に試料を注入し、この移動相をカラムに通し、所望の物質を含む移動相を溶媒とガスとに分離して、溶媒から所望の物質を分離する方法が提案されている(例えば、特許文献3)。
【0009】
この抽出分離方法を用いれば、試料中に含有する目的物質を分離カラムで分離することが可能となる。しかし、この方法は、油分の分離、及びその油分中の脂肪酸分やエステル分等、酸化成分や鹸化成分の分離のためだけの手法ではないこともあり、試料マトリクスや試料の含まれる油分の組成、超臨界抽出時の分離条件によっては、目的物質のクロマトグラフィーのピーク面積や形状が変化し、クロマトグラムの解析が複雑で手間がかかること、また、特許文献1の問題と同様、分離カラムを選択する必要があり、このためのコストがかかること等の問題がある。
【0010】
【特許文献1】特開昭59−219598号公報
【特許文献2】特開平6−102177号公報
【特許文献3】特開2005−195398号公報
【非特許文献1】モントリオール議定書(Montreal Protocol on Substances that Deplete the Ozone Layer)
【非特許文献2】厚生労働省告示第6号、健康障害を防止するための指針公示第13号、平成14年1月21日付官報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、上記の従来技術の問題を解決し、迅速、簡便で、有害な試薬を用いない油の鹸化価・酸価の測定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の要旨は、超臨界流体を用いて、水溶液に被測定油が懸濁した状態、あるいは、金属粉等の不純物と共に金属板等の固体表面に被測定油が付着した状態の試料から、所定範囲の圧力・温度範囲に保った無極性でC−H結合を持たない超臨界流体により目的物質である油分のみを抽出した後、大気開放により超臨界流体を放散してから、あるいは、超臨界流体に溶解したままの状態で、赤外線吸収を測定し、炭化水素の特性吸収とカルボニル基の特性吸収の吸光度比より鹸化価を定量し、脂肪酸のカルボニル基の特性吸収がカルボニル基の特性吸収に占める割合より酸価を定量する又は炭化水素の特性吸収と脂肪酸の特性吸収の吸光度比より酸価を定量することを特徴とする油の鹸化価・酸価測定方法である。また、前記超臨界流体は、二酸化炭素であってもよい。また、前記圧力は、10MPa〜30MPaであってもよい。また、前記温度は、40℃〜80℃であってもよい。また、前記測定する赤外線吸収の波数範囲は、1600cm−1〜3200cm−1であってもよい。また、前記被測定油は、潤滑油であってもよい。
【0013】
まず、鹸化価及び酸価を定義する。鹸化価とは、試料1gを鹸化するために要する水酸化カリウムのミリグラム数のことであり、酸価とは、試料1gに含まれる遊離脂肪酸を中和するために要する水酸化カリウムのミリグラム数のことである。これら鹸化価および酸値は、潤滑油の劣化等、状態の推移を観察するのに重要な指標であり、一般には水酸化カリウムを用いた滴定法により分析される。
【0014】
次に、重要技術である特許文献2について説明する。この手法は、水酸化カリウムと反応するエステル及び脂肪酸等の官能基(カルボニル基)を赤外線の吸光度より測定し、炭化水素の吸光度より試料量を測定することによって、間接的に鹸化価・酸価を求めるものである。従来の滴定法で「鹸化価=(消費された水酸化カリウム量)/(試料の採取量)」で算出していた値を、(カルボニル基)/(炭化水素)の吸収強度の比より求め、さらに、従来の滴定法で「酸価=(脂肪酸により消費された水酸化カリウム量)/(試料の採取量)」で算出していた値を、(脂肪酸のカルボニル基)/(トータルのカルボニル基)の吸光強度の比、又は、(脂肪酸のカルボニル基)/(炭化水素)の吸光強度の比より求めることができるとした考えに基づき、なされたものである。
【0015】
しかし、この手法は、前処理としてC−H結合を含まない有機溶媒による油分の抽出が必要である。従来は、C−H結合を含まない四塩化炭素や、それに類似するハロゲン化物質が抽出溶媒として主に用いられていたが、これらの抽出溶媒は、前述の通り、地球環境にとっても人体にとっても望ましい物質ではないため、使用することが出来ない。
【0016】
そこで、我々は、超臨界流体の特性に注目した。例えば、二酸化炭素の分子構造はO=C=Oであり、分子構造は直線状で極性を持たない。その二酸化炭素の超臨界流体であれば、無極性溶媒と同様の抽出挙動を示すと推定されることから、極性物質である水中に懸濁・溶解している比較的無極性である油分を抽出するのに適していると考えた。また、二酸化炭素の分子構造はC−H結合を含まないため、フーリエ変換赤外分光光度計による分析を妨げず、かつ、常温で気体の物質であれば大気圧に戻した場合に気化するため、目的の物質(油分)だけを得ることができる。
【0017】
油分の抽出に効果的である物質は、C−H結合を含まず、無極性の物質である。そのうち、二酸化炭素や一酸化二窒素は、一酸化二窒素であれば、温度が36.5℃、圧力が7.26MPa以上で超臨界流体となり、二酸化炭素は、臨界温度が31.1℃、臨界圧力が7.38MPaで超臨界流体となる等、臨界温度及び臨界圧力が比較的低いため、制御が容易である。しかも、特に、二酸化炭素は、不活性ガスであり、爆発性、化学反応性、毒性がなく、安価であることから、抽出溶媒として適当である。更に、近年問題となっている地球温暖化現象の原因物質の一つとされる二酸化炭素の有効な利用用途の一つになり得るとも言える。
【0018】
超臨界流体は、その溶解特性を制御するため、しばしばエントレーナやモディファイアと呼ばれる抽出補助剤を用いる。抽出補助剤は、通常抽出前に超臨界流体と混合されて抽出セルに送られ、超臨界流体と共に試料中の目的成分を抽出したり、また、超臨界流体の極性を制御して抽出効率を向上させたりするためのものであり、油分抽出の率割合や速度も同様に向上させる可能性がある。一般的に抽出補助剤に用いられるものは、水、酸類、アルコール類、ベンゼン類、エーテル類、ジオキサン、アセトニトリル、テトラヒドロフラン、及び、ケトン類の1種又は2種以上からなるものであるが、これらの多くはC−H結合を含んでおり、後のフーリエ変換赤外分光光度計による分析を妨げるか、或いは、抽出した油分の組成を化学変化させてしまう物質である等、好ましくない影響の方が大きいため、添加しない方が良い。
【発明の効果】
【0019】
本発明により、迅速、簡便、かつ有害な試薬を用いずに潤滑油を測定することができる。抽出操作が自動的であるため、特別な技術の習得を必要とせず、個人の技術による分析値のばらつきもない。また、本発明方法を用いて、潤滑油を管理することにより、潤滑異常による焼き付きやスリップ、疵等のトラブル防止や省エネルギー操業にも繋がる。更に、有害な試薬を必要としないため、人体、あるいは環境に対する負荷がない。以上による本発明の社会的及び産業上の貢献は多大なものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明の詳細について説明する。
【0021】
一般に、潤滑油にはエステル類(動、植物油脂・合成エステル等)や脂肪酸類等のカルボニル基を持つ化合物が含まれており、金属板圧延時には圧延ロールと金属板界面で生じる摩擦熱の冷却のため、クーラントとして水に界面活性剤等を用いて懸濁・溶解させた状態で用いられる。また、使用に伴い、金属石鹸や、切削された金属粉等を含む状態となる場合もある。
【0022】
本発明では、超臨界流体を連続的に供給するフローシステム型の分析装置を用いて、複数の物質が混ざり合った試料から目的物質である油分のみを超臨界流体中に連続的に抽出し、目的物質を含んだ超臨界流体を大気開放することにより油分のみを得た後、抽出した油分をフーリエ変換赤外分光光度計により測定して油分量、酸価及び鹸価化等の情報を得るか、もしくは、目的物質を含んだ超臨界流体のまま耐圧フローセルを用いてフーリエ変換赤外分光光度計で連続的に測定することにより油分量、酸価及び鹸価化等の情報を得ることを特徴とする。
【0023】
超臨界流体は、例えば、液体状の二酸化炭素から液化炭酸ガス加圧送液ポンプにより生成され、連続流れ方式で試料を入れた抽出容器に搬送され、試料を入れた抽出セルを経由した後、背圧調整弁によって大気に放出される。系内の圧力は、この背圧調整弁により一定に保たれる。
【0024】
本発明においては、超臨界流体による目的物質の抽出効率を最大限に向上させる、或いは、目的物質の抽出率を一定に保持するために、超臨界流体の温度及び圧力を制御できる機能を有するポンプを用いる。超臨界流体は、温度及び圧力に依存して抽出能力を変化させることができるため、目的物質の抽出条件に適した条件で抽出する。本発明においては、例えば、温度を40℃〜80℃まで、圧力を10MPa〜30MPaまでで固定することにより、試料から安定して油分のみを抽出できる。なお、温度や圧力の上限に関しては、80℃超に加熱したり、30MPa超に加圧しても、同様の効果が得られるが、あまり高温・高圧にすると、試料の取出し等の操作性が悪化したり、より高価な耐圧装置を必要としたり、配管や継手の破損等の危険が伴う恐れあるため、40℃、30MPa程度に加圧するのが適当である。
【0025】
試料から抽出された油分は、超臨界流体を背圧調整弁で大気開放する際に、背圧調整弁後に設けた捕集管により捕集される。超臨界流体に二酸化炭素を用いた場合、大気圧は二酸化炭素の臨界温度・臨界圧力以下であるので、油分を含む超臨界流体は、常温で大気開放された際に、溶媒である超臨界流体は気化するが油分は気化しないため、捕集できる。この場合、抽出された油分をフーリエ変換赤外分光光度計で測定するため、取り出して吸光セルに入れ、分析に供する。抽出された油分量が吸光セルに入れるのに少ない場合は、定容した二硫化炭素で希釈しても良い。
【0026】
もしくは、耐圧の赤外フローセルを用いて、二酸化炭素に油分を含んだまま、超臨界状態を保って連続的にフーリエ変換赤外分光光度計に導入し、測定することも可能である。二酸化炭素は、赤外吸収を有するが、油分のC−H結合やカルボニル基の吸収にはあまり影響を及ぼさない。この手法を用いれば、測定を完全自動化することができ、個人の分析技量によらないスキルフリーな分析を実現できる。この場合、背圧調整弁は、フーリエ変換赤外分光光度計の耐圧フローセルの後に設置する。
【0027】
フーリエ変換赤外分光光度計での測定データの解釈に関して、説明する。まず、1600〜3200cm−1の範囲で吸光度を測定する。そのうち、炭化水素のC−H結合の吸収強度は油分量に相当するので、炭化水素のC−H結合の吸収強度を1とした時のカルボニル基の吸光度の面積比あるいはピーク高さ比の値は、一定量の油分の持つ、水酸化カリウムと反応し得る官能基の量と相関関係を持つ。この比の値を測定することによって、鹸化価を定量することができる。また、酸価については、脂肪酸のカルボニル基の吸収が、カルボニル基の吸収のうちどれだけを占めているかを、脂肪酸のカルボニル基とカルボニル基の吸収全体の吸光強度の比より定量を行う方法か、一定量の油分の持つ水酸化カリウムと反応し得る脂肪酸の量、即ち、脂肪酸のカルボニル基と炭化水素の吸光強度の比より定量を行う方法により、分析することが出来る。また、耐圧の赤外フローセルを用いて、二酸化炭素に油分を含んだまま、超臨界状態を保って連続的にフーリエ変換赤外分光光度計に導入し、測定した場合は、抽出開始から1600cm−1〜3200cm−1の範囲でフーリエ変換赤外分光光度計により連続的に吸光度を測定し、抽出が完了した時点で得られた必要な波数の吸収スペクトルを積算し、上記の定量方法により酸価・鹸化価を分析できる。
【0028】
また、抽出を二酸化炭素のみで行うことから、分析廃液も油分と油分抽出後の水であるため、潤滑プロセスに容易に再利用でき、特別な廃液処理を行う必要がない。
【0029】
以下、具体的な測定方法を記述する。
【0030】
まず、被測定油を含む水溶液試料、又は、被測定油を付着した固体試料を採取し、耐圧の抽出セルに入れる。抽出セルは、抽出効率を上げるため、試料と超臨界流体の接触面積や接触時間が大きくなるようなジャマ板を設けたり、試料が水溶液の場合はグラスウール等に浸透させたりしても良い。また、試料は、水溶液の場合であれば挿入した量を、固体試料であれば試料表面の面積を測定しておけば、後に抽出された量から油分量を計算することが出来る。
【0031】
サイフォン式二酸化炭素ボンベから汲み上げた液体の二酸化炭素を、液化炭酸ガス加圧送液ポンプを用いて30MPa程度に加圧する。
【0032】
試料を測り取り、抽出セルに挿入する。抽出セルに余り多量に試料を導入すると、抽出が不十分となったり、試料の一部が超臨界流体に巻き込まれて、抽出された油分と共に回収されたりしてしまい、分析に誤差を与える原因となるため、注意を要する。試料量は抽出する油分量に応じて測り取るが、例えば5%の油分を含んでいる試料の場合、50mlの内容積の抽出セルに10〜20ml測り取るのが適当である。
【0033】
超臨界流体は、耐圧SUS管もしくは耐圧キャピラリチューブ等、耐圧で内部の流体に対し不活性の配管により、抽出セルに搬送される。また、抽出された油分を含んだ超臨界流体も、同様の配管により抽出物の受器まで搬送される。
【0034】
抽出セルは、抽出を安定して行うため、40℃程度で恒温となるよう加熱する。
【0035】
抽出物の受器の手前に背圧弁を配置し、系内の圧力を一定に保てるようにする。受器は、抽出した油分を回収するための容器であり、汚染等、分析に影響を及ぼさないものであれば何でも良い。ただし、抽出した油分をロスなく回収でき、かつ後に分析する際に取出し易い、例えば、一方を塞いだガラス管のような構造が望ましい。また、背圧弁にて超臨界流体が圧力を開放され気化するのに際し、ジュール・トムソン効果に基づいた気体の冷却のため、受器部分において大気中の水分が結露し、抽出した試料にその水分が混入して分析誤差を与えないようにするため、受器を恒温槽等によって結露を生じない温度に加熱し、結露を抑止できる工夫が必要である。
【0036】
例えば、5%の油分を含んだ試料を50mlの内容積の抽出セルに20ml測り取った場合であれば、60分程度で抽出が完了する。抽出の完了は、抽出受器を目視で確認するか、背圧弁手前に紫外検出器を設け、この検出器で、例えば、油分のような有機物が吸収する200nmの波長の光の吸光度を観察し、油分抽出に伴って吸光度が増大し、抽出が完了すると吸光度が低下するのを観察することにより確認できる。
【0037】
抽出された油分量を確認するため、秤量操作を行う。油分は受器に捕集するが、前もって受器の乾燥質量を測定しておき、捕集後に試料が付着した状態で再度受器の質量を測定し、捕集前後の質量を差分することで、抽出された油分量を求めることができる。
【0038】
抽出された油分に対し、フーリエ変換赤外分光光度計により1600cm−1〜3200cm−1の波長域の吸光度を測定する。利用する吸収の測定には、予めブランク測定をしておく。2750〜3100cm−1付近のC−H結合と1670〜1800cm−1付近のカルボニル基の吸収スペクトルの面積強度の比、或いは、ピーク高さの比を測定し、別途作成した検量線より鹸化価を定量する。
【0039】
酸価については、1718cm−1付近の脂肪酸の吸収と1742cm−1付近のエステルの吸収から、面積強度或いはピーク高さ強度を測定し、別途作成した検量線よりカルボニル基の吸収のうちの何%が遊離脂肪酸に起因するものであるかを定量する。この値は、同赤外スペクトルより求めた鹸化価のうちの何%が脂肪酸の中和、即ち、酸価に相当するかを表すものである。したがって、この脂肪酸の割合を上記方法で求めた鹸化価にかけることで、酸価を定量することができる。または、2750〜3100cm−1付近のC−H結合と1718cm−1付近の脂肪酸の吸収との面積強度の比、或いはピーク高さの比を測定し、別途作成した検量線より酸価を定量する。
【0040】
また、この酸価定量法で脂肪酸金属の測定も可能である。金属の冷間圧延等に使用された潤滑油中には油と金属が反応して脂肪酸金属が生成している場合が多いが、酸分解することで脂肪酸金属は遊離脂肪酸となるため、脂肪酸のカルボニル基の吸光度が増加し、酸価が上昇する。酸分解前の酸価と比べ、この増加分から計算によって脂肪酸鉄を定量する。
【0041】
また、自動的な分析を行うため、フーリエ変換赤外分光光度計を組み込む方法も有効である。フーリエ変換赤外分光光度計のフローセルとして、超臨界流体の圧力に耐え、かつ1600〜3200cm−1の波数範囲で妨害しない素材を窓材として用いた耐圧フローセルを用い、これを抽出セルと背圧弁の間に配置し、時々刻々と抽出される油分の赤外吸収をリアルタイムに観察し、抽出開始から抽出終了までの所定の波数における赤外吸収を積分することによって、抽出された油分量、エステル、脂肪酸の生成量を測定し、酸価、鹸化価を測定することが出来る。
【実施例】
【0042】
(実施例1)
以下に、本発明の効果を、実施例を用いて説明する。
図1に示す分析システムを用いて、本発明の油分抽出分析を実施した。
【0043】
1のサイフォン式液体二酸化炭素ボンベより液体二酸化炭素を供給し、2の液化炭酸ガス加圧送液ポンプを用いて液体二酸化炭素を30MPaに加圧し、流速3ml/minで送液した。3のアナログ圧力計は安全対策の為設置し、系内の圧力を監視した。5の抽出セル(SUS製:内容積50ml)には、前以って2ml計り取った鉄鋼の冷間圧延に使用したエマルジョン状態のクーラントを、特に脱水処理等を施すことなく入れ、圧力リークが無いよう密閉した。4の抽出セル用恒温槽で、抽出セルの温度を40℃一定に保った。抽出セル下流には6の可視−紫外検出器を取り付け、抽出の状況を確認した。装置全体の圧力制御は7の背圧弁にて行い、圧開放時に殆どの二酸化炭素は系外に放出され、抽出物は8の受器に回収した。受器を常温のままにすると結露が生じ、抽出油分に大気中の水分が混入し、分析を妨害するため、結露抑止のために、9の抽出物受器用恒温槽で受器を60℃に保った。
【0044】
抽出の状況は、6の可視−紫外検出器により、抽出油分を含む超臨界流体の波長200nmの吸収を観察することにより確認した。抽出物を8の受器から回収し、角セルに入れてフーリエ変換赤外分光光度計で測定し、クーラント中の鹸化価・酸価を求めることが出来る。エステルと脂肪酸の赤外吸収ピークの例を図2に示す。エステルの吸収ピークは約1742cm−1、脂肪酸の吸収ピークは約1718cm−1である。供した試料は、鋼板圧延用クーラントで、約1%の油分を含んでいる。試料1は未使用のもので、試料2は7日間ほど鋼板の圧延に循環使用したものである。分析した結果、試料1は劣化しておらず、脂肪酸の生成量が少ないが、試料2はある程度劣化が進んでおり、脂肪酸が生成していることが分かった。
【0045】
また、液体二酸化炭素を10MPaに加圧した条件や、抽出セルの温度を80℃一定に保った条件でも同様の分析を行なったが、いずれの条件でも、図2に示した赤外吸収ピークと同様の吸収ピークが得られ、脂肪酸の生成を確認できた。
【0046】
(実施例2)
図1において、6の可視−紫外検出器の代わりに、サファイア製ウィンドウを用いて、内部圧力が30MPaまで耐え得るフローセルを用いたフーリエ変換赤外分光光度計をインラインで組み込んだシステムを用い、実施例1と同様の条件で、実施例1で用いた試料2に含まれる油分を抽出し、抽出開始から抽出完了までの赤外吸収をリアルタイムに観察した。図3に、エステルの吸収ピーク(1742cm−1)と脂肪酸の吸収ピーク(1718cm−1)に関し、抽出開始から抽出完了までの時間によるピーク高さの推移を示す。このプロファイルのそれぞれの面積を求めることにより、試料に含まれる油分中の全エステル分、全脂肪酸分を求めることができ、これから容易に酸価・鹸化価を計算することができた。
【0047】
また、2750〜3100cm−1のC−H結合のピーク面積を抽出開始から完了まで積分することにより、検量線を用いて試料中の油分量を測定することが出来た。この方法は、試料を抽出セルに入れ、セットするだけで油分量、酸価、鹸化価を自動的に求めることが可能であり、極めて簡便でスキルフリーに油分を分析することが出来た。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】分析における、超臨界流体を用いた油分抽出システムを示す図である。
【図2】実施例1における超臨界流体により抽出された油分の赤外吸収スペクトルを示す図である。
【図3】実施例2における超臨界抽出開始から完了までの脂肪酸とエステルの赤外吸収を示す図である。
【符号の説明】
【0049】
1 サイフォン式液体二酸化炭素ボンベ
2 液化炭酸ガス加圧送液ポンプ
3 圧力計
4 抽出セル用恒温槽
5 抽出セル
6 可視−紫外検出器
7 背圧弁
8 抽出物受器
9 抽出物受器用恒温槽

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水溶液に被測定油が懸濁した状態、あるいは、固体表面に不純物と共に被測定油が付着した状態である被測定試料から、所定範囲の圧力および温度に保った無極性でC−H結合を持たない超臨界流体により前記被測定油のみを抽出した後、大気開放により前記超臨界流体を放散してから、回収した前記被測定油の全部又は一部を分取して赤外線吸収を測定することにより、前記被測定油に由来する特定の赤外吸収ピークの赤外線吸光度から鹸化価及び酸価を定量することを特徴とする、油の鹸化価・酸価測定方法。
【請求項2】
水溶液に被測定油が懸濁した状態、あるいは、固体表面に不純物と共に被測定油が付着した状態である被測定試料から、所定範囲の圧力および温度に保った無極性でC−H結合を持たない超臨界流体により前記被測定油のみを抽出し、前記超臨界流体に溶解したままで連続的に前記被測定油の赤外線吸収を測定し、測定した前記赤外線吸収における特定波数の吸光度を抽出開始から抽出終了までの時間で積分することにより、前記被測定油に由来する特定の赤外吸収ピークの赤外線吸光度から鹸化価及び酸価を定量することを特徴とする、油の鹸化価・酸価測定方法。
【請求項3】
前記超臨界流体は、二酸化炭素であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の油の鹸化価・酸価測定方法。
【請求項4】
前記圧力は、10MPa〜30MPaであることを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載の油の鹸化価・酸価測定方法。
【請求項5】
前記温度は、40℃〜80℃であることを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載の油の鹸化価・酸価測定方法。
【請求項6】
前記測定する赤外線吸収の波数範囲は、1600cm−1〜3200cm−1であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の鹸化価・酸価測定方法。
【請求項7】
前記被測定油は、潤滑油であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の油の鹸化価・酸価測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−196863(P2008−196863A)
【公開日】平成20年8月28日(2008.8.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−29452(P2007−29452)
【出願日】平成19年2月8日(2007.2.8)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】