説明

治療抵抗性統合失調症治療剤のスクリーニング方法

【課題】効率的な治療抵抗性統合失調症治療剤または統合失調症患者の自殺リスク低減薬のスクリーニング方法の提供。該スクリーニング法によって得られたインバースアゴニストを有効成分として含有する治療抵抗性統合失調症治療剤または統合失調症患者の自殺リスク低減薬の提供。
【解決手段】GPCRのG蛋白非依存的な経路の内因性活性、とりわけβアレスチンのリクルート能を阻害するインバースアゴニストを選択することによる治療抵抗性統合失調症治療剤または統合失調症患者の自殺リスク低減薬を取得するためのスクリーニング方法など。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、治療抵抗性統合失調症治療剤のスクリーニング方法などに関する。
【背景技術】
【0002】
統合失調症は陽性症状(妄想、幻覚)、陰性症状(意欲低下、感情鈍磨、思考低下)及び認知機能障害(注意機能の低下、実行機能の低下、作業機能の低下、言語性記憶の低下)を主な特徴とする精神障害である。統合失調症は、思春期以降に発症することが多く、その生涯罹患率は男女とも1 %程度と考えられている(非特許文献1)。また、統合失調症を呈する患者は自殺企図願望が強く、自殺願望を有する患者は50 %に達し、10 %の患者が自殺により死亡すると報告されている(非特許文献2)。そのため、統合失調症の死亡原因の第一位は自殺である。
【0003】
統合失調症の発症メカニズムは、側頭葉の腹側被蓋野におけるドパミンの過剰分泌が陽性症状を惹起し、前頭葉におけるドパミンの分泌低下が陰性症状及び認知機能の低下を惹起していると考えられている。そのため、腹側被蓋野におけるドパミンの過剰分泌の作用を減弱させるセロトニン・ドパミン拮抗薬が標準的な治療法であり、現在、種々の医薬品が治療に使用されている。セロトニン・ドパミン拮抗薬は前頭葉のドパミン分泌を間接的に促進することで、陰性症状及び認知機能の低下を一部回復させると考えられている。しかしながら、セロトニン・ドパミン拮抗薬を服薬している統合失調症患者のうち、20〜30 %は一般的なセロトニン・ドパミン拮抗薬の効果が認められない治療抵抗性の統合失調症患者であると考えられている(非特許文献3)。治療抵抗性統合失調症とは、一般的な抗精神病薬を投与しても陽性症状の改善が認められない統合失調症のことを意味し、難治性統合失調症とも言われている。
【0004】
そのような状況下、治療抵抗性統合失調症の患者に対して、セロトニン・ドパミン拮抗薬の一つであるクロザピンが、現在、唯一の治療薬として使用されている。さらに、クロザピンは統合失調症患者の自殺企図を抑制する唯一の薬剤であることが知られている。クロザピンはドパミンD2、ドパミンD4、セロトニン5-HT2A、セロトニン5-HT1A、ムスカリンM1、アドレナリンα1、ヒスタミンH1受容体に親和性を有し(非特許文献4)、クロザピンは非常に多様な受容体に対して結合することが知られており、その治療抵抗性統合失調症に対する作用メカニズムについて多くの研究がなされてきたが、未だ詳細なメカニズムは解明されていない。
【0005】
クロザピンは、このような高い有効性を示す一方で、重篤な副作用として、血球障害(無顆粒球症、白血球減少症、好中球減少症)や心臓に対する作用(心筋症、心膜炎、心嚢液貯留)などが報告されており、その使用は大幅に制限されている(非特許文献5)。したがって、クロザピンのような、その他の抗精神病薬にはない治療抵抗性統合失調症または自殺企図に有効性を示し、かつ副作用の少ない薬剤が求められている。しかし、簡便で有用な治療抵抗性統合失調症治療薬または統合失調症患者の自殺リスク低減薬に関するスクリーニング方法は知られていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】David A. Lewisら著、Neuron、第28巻、第325-334頁(2000年)
【非特許文献2】Herbert Y. Meltzerら著、Arch Gen Psychiatry、第60巻、第82-91頁(2003年)
【非特許文献3】John Kaneら著、Arch Gen Psychiatry、第45巻、第789-796頁(1988年)
【非特許文献4】HA Nasrallahら著、Molecular Psychiatry、第13巻、第27-35頁(2008年)
【非特許文献5】DD. Miller著、J Clin Psychiatry、第61巻(Suppl.8)、第14-17頁(2000年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明はクロザピンと同様の薬効を示す治療抵抗性統合失調症治療剤または統合失調症患者の自殺リスク低減薬を取得するためのスクリーニング方法などを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、クロザピンの治療抵抗性統合失調症治療剤または統合失調症患者の自殺リスク低減薬としてのメカニズム解明を目指し、GPCRのG蛋白非依存的シグナル伝達の有する内因性の活性、特にβアレスチンのリクルート能に注目し、検討を行った。その結果、一般の統合失調症治療剤がβアレスチンのアゴニストとして作用するのに対し、クロザピンはインバースアゴニストとして作用することを見出した。すなわち、クロザピンの治療抵抗性統合失調症治療剤または統合失調症患者の自殺リスク低減薬としてのメカニズムの一端を明らかにすることに成功した。
本発明者らは、これらの知見に基づいてさらに研究を重ねた結果、以下の本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、
[1]GPCRのG蛋白非依存的な経路の内因性活性を阻害するインバースアゴニストを選択することを特徴とする治療抵抗性統合失調症治療剤または統合失調症患者の自殺リスク低減薬のスクリーニング方法、
[2]G蛋白非依存的な経路の内因性活性がβアレスチンのリクルート能である[1]に記載の方法、
[3]βアレスチンのリクルート能を阻害するインバースアゴニストを選択する工程が以下の工程(1)〜(3)を含む[2]に記載のスクリーニング方法
(1)第1ペプチドフラグメントを付加したGPCR及びその第1ペプチドフラグメントに近接することにより作用を示す第2ペプチドフラグメントを付加したβアレスチンを共に発現する細胞と、被験物質を接触させる工程
(2)さらにその第1ペプチドフラグメントと第2ペプチドフラグメントの作用を検出するための基質を接触させ、βアレスチンのリクルート能を発光量として測定し、該発光量を被験物質と接触させない上記細胞における発光量と比較する工程
(3)(2)の比較結果に基づいて、発光量を減少させる被験物質を選択する工程、
[4]GPCRに付加した第1ペプチドフラグメントがβガラクトシダーゼのスモールフラグメントであり、βアレスチンに付加した第2ペプチドフラグメントがβガラクトシダーゼのラージフラグメントである[3]に記載のスクリーニング方法、
[5]GPCRがドパミンD2、ドパミンD4、セロトニン5-HT2A、セロトニン5-HT1A、ムスカリンM1、アドレナリンα1及びヒスタミンH1受容体からなる群より選ばれる[1]〜[4]に記載のスクリーニング方法、
[6]GPCRがセロトニン5-HT1A受容体である[5]に記載のスクリーニング方法、
[7][1]〜[6]のいずれかに記載の方法で得られるインバースアゴニストを有効成分として含有する治療抵抗性統合失調症治療剤または統合失調症患者の自殺リスク低減薬、
を提供する。
【発明の効果】
【0010】
本発明のスクリーニング方法によれば、治療抵抗性統合失調症治療剤または統合失調症患者の自殺リスク低減薬を効率的に選抜することができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、GPCRのG蛋白非依存的シグナル伝達の有する内因性の活性を低下させるインバースアゴニストを選抜することによる治療抵抗性統合失調症治療剤または統合失調症患者の自殺リスク低減薬を取得するためのスクリーニング方法などを提供する。
【0012】
I.GPCR
GPCR(G protein-coupled receptor)は細胞膜を7回貫通する特徴的な構造を有する受容体である。GPCRは細胞外の神経伝達物質やホルモンなどを受容し、そのシグナルを細胞内に伝達する。そのため、GPCRは薬剤の標的受容体として良く知られている。GPCRのシグナル伝達にはG蛋白依存的な経路並びにG蛋白非依存的な経路が存在し、それぞれ別のシグナルが下流に伝達される。クロザピンが作用するGPCRは、ドパミンD2、ドパミンD4、セロトニン5-HT2A、セロトニン5-HT1A、ムスカリンM1、アドレナリンα1、ヒスタミンH1受容体などが知られているが、これらのGPCRに限定されず、クロザピンが作用すればいかなるGPCRでも構わない。また、以下の方法によりクロザピンがそのGPCRに作用するかどうかを確認できるので、未知のGPCRにも適用できるが、GPCRとして、クロザピンが作用することが知られているドパミンD2、ドパミンD4、セロトニン5-HT2A、セロトニン5-HT1A、ムスカリンM1、アドレナリンα1、ヒスタミンH1受容体を用いることが好ましく、さらにはセロトニン5-HT1Aを用いることがより好ましい。
【0013】
(1)G蛋白依存的経路
G蛋白依存的経路は、G蛋白質にGTPが結合することで、G蛋白質が活性化され、セカンドメッセンジャを介して細胞内にシグナルを伝達する経路である。その詳細は以下のようなものである。リガンドによりGPCRが活性化されると、G蛋白質が受容体と結合し、G蛋白サブユニットの一つであるGαにGTPが結合並びにGγβサブユニットの乖離がおこる。活性化されたGαはアデニル酸シクラーゼの活性化及び抑制を介した細胞内cAMP濃度の調整、ホスホリパーゼCの活性化を介した細胞内カルシウム濃度の調整により、シグナルを細胞内に伝達する。一方、GγβはホスホリパーゼA2を活性化並びに内向き整流性カリウムチャンネルを開口させことにより、シグナルを細胞内に伝達する。
そのためG蛋白依存的経路の活性を測定する方法は、G蛋白に対するGTPの結合量の測定、細胞内cAMP量の測定並びに細胞内カルシウム濃度の測定により行うことが出来る。
【0014】
(2)G蛋白非依存的な経路
G蛋白非依存的な経路は、G蛋白質が関与しない細胞内シグナル伝達経路である。その詳細は以下のようなものである。リガンドにより受容体が活性化されると、GRKSs(G protein coupled receptor kinase)がGPCRをリン酸化し、リン酸化されたGPCRにβアレスチンが結合する。GPCRにβアレスチンが結合すると、MAPKs(mitogen-actiated protein kinases)、AKT、PI3 kinase(Phosphoinositide 3-kinase)並びにNFκ経路が活性化されシグナルを細胞内に伝達する。また、βアレスチンはGPCRと結合することで、GPCRの内在化が起こり、そのためGPCRの脱感作に関わることが知られている。
【0015】
G蛋白質非依存的経路の活性を測定する方法は、βアレスチンのリクルート能を調べること、MAPKs、AKT kinase、PI3 kinaseなど公知のシグナル伝達経路の活性化を調べること及びGPCRの内在化を調べる方法などがある。
【0016】
(a)βアレスチンのリクルート能
ここで言うβアレスチンのリクルート能とはリガンドにより活性化されたGPCRに、βアレスチンがどの程度結合したかを示す指標である。βアレスチンのリクルート能は、以下のように測定することができる。
βアレスチンのリクルート能の評価には、DiscoveRx社のPathHunterや、Life Technologies社のTango SystemやPackard BioScience社のBRET2 Technologyなどが使用できるが、同様の機能を有するものであるならば、これらの方法に限定するものではない。どの方法もGPCRに第1ペプチドフラグメントを付加し、βアレスチンには第2ペプチドフラグメントを付加し、両融合タンパク質を適当な細胞で発現させる。第1ペプチドフラグメントと第2ペプチドフラグメントは近接することによりはじめて作用を示すように設計されており、その作用は蛍光もしくは発光により検出することができる。第1ペプチドフラグメントと第2ペプチドフラグメントとしては、PathHunterではそれぞれβガラクトシダーゼのスモールフラグメント(Small Fragment)とラージフラグメント(Large Fragment)を、Tango Systemではそれぞれプロテアーゼ切断部位につながる転写因子とその切断部位を切断するプロテアーゼを、BRET2 TechnologyではそれぞれRenillaルシフェラーゼとGreen Fluorescent Protein変異体(GFP2)を用いている。GPCRとβアレスチンが近接することにより、第1ペプチドフラグメントと第2ペプチドフラグメントも近接し作用することから、βアレスチンのリクルート能を蛍光もしくは発光により検出することができる。
GPCRは、ヒト及びその他の哺乳動物由来のGPCRであり、そのアミノ酸配列において1もしくは複数のアミノ酸配列が置換、欠失、挿入、付加または修飾されたアミノ酸配列であり、天然GPCRと同じリガンド−レセプター相互作用を示すタンパク質を言う。GPCR及びβアレスチンのcDNAは、その塩基配列情報よりプライマーを設計し、PCR法により得ることができる。そのGPCRのcDNAに第1ペプチドフラグメントのcDNAを付加し、適当なベクターに組み込むことにより、GPCR発現ベクターを作製する。βアレスチンのcDNAに第2ペプチドフラグメントのcDNAを付加し、適当なベクターに組み込むことにより、βアレスチン発現ベクターを作製する。両発現ベクターを適当な細胞に導入し、GPCR及びβアレスチンを共に発現する細胞株を作製する。発現細胞は、CHO細胞、HEK293細胞、Hela細胞などが使用できるが、これらに限るものではない。DiscoveRx社のPathHunter、Life Technologies社のTango System、Packard BioScience社のBRET2 Technologyのいずれにおいても発現ベクター或いは発現細胞株を購入することができるので、それらを用いて目的のGPCRを発現したβアレスチンのリクルート能を測定するための細胞株を得ることができる。
上記GPCR及びβアレスチンを発現する細胞を培養し、培地を交換した状態で、被験物質を適当な濃度で添加し、30分から24時間反応させる。基質を含むバッファーを加え、室温で放置後に、FDSS (Functional Drug Screening System) (浜松フォトニクス社製)などを用いて発光量を測定することによりβアレスチンのリクルート能を測定できる。基質としては、PathHunterではPathHunter Cell Assay Buffer(DiscoveRx社製)を、Tango SystemではLiveBLAze FRET B/G substrate(Invitrogen社製)を、BRET2 TechnologyではDeepBlueC(Packard BioScience社製)を使用できるが、これらに限定されない。
被験物質を添加しない場合の発光量を0%、GPCRのリガンドを添加した場合の発光量を100%として、被験物質を添加した場合の最大活性(Emax)を算出する。Emaxが0%より小さい場合は、インバースアゴニストであると判断できる。
【0017】
(b)MAPKsリン酸化
ここで言うMAPKsのリン酸化能とはMAPキナーゼ経路がどの程度リン酸化されているかを示す指標である。MAPKsとしては、ERK、JNK、p38 MAPK、ERK5及びERK7などが挙げられる。MAPキナーゼ経路のリン酸化は公知のいかなる手法を用いても良く、ウエスタンタンブロティング法、ELISA法、ゲルシフト法、各キナーゼの活性測定法など挙げられるが、これらに限定されない。例えば、(a)の通り作成したGPCR発現細胞に被験物質の存在下及び非存在下で細胞を適当な時間インキュベーションした後、細胞を破砕し、SDS-PAGE、ウエスタンタンブロティングを行い、MAPキナーゼ経路のそれぞれの因子に対するリン酸化抗体を反応させることで、MAPキナーゼ経路のリン酸化状態を測定できる。被験化合物によりMAPキナーゼカスケードのリン酸化が促進されれば、G蛋白非依存的な経路のインバースアゴニストであると判断できる。
【0018】
(c)AKT kinaseリン酸化
(b)と同様にAKTリン酸化抗体を用いたウエスタンブロッティング法、その他公知のいかなる手法を用いても良い。被験化合物によりAKTのリン酸化が促進されれば、G蛋白非依存的な経路のインバースアゴニストであると判断できる。
【0019】
(d)PI3 kinaseリン酸化
(b)(c)と同様にPI3キナーゼのリン酸化抗体を用いたウエスタンブロッティング法、その他公知のいかなる手法を用いても良い。被験化合物によりPI3キナーゼのリン酸化が促進されれば、G蛋白非依存的な経路のインバースアゴニストであると判断できる。
【0020】
(e)GPCR内在化
ここで言うGPCRの内在化とは(a)の通り作成したGPCRがどの程度細胞内に内在化したかを示す指標である。GPCRの内在化は以下の通り測定することができる。
標的GPCRの末端にHA(Human Influenza Hemagglutinin)-TAG、Myc-TAGまたはFlag-TAGを結合させたベクターを作成し、そのベクターを培養細胞に遺伝子導入する。被験物質の存在下及び非存在下で、遺伝子導入した細胞を適当な時間インキュベーションした後、細胞を破砕し、HA-TAG抗体、Myc-TAG抗体又はFlag-TAG抗体を用いて内在化したGPCRを、GPCRに結合した標識Tagを認識する抗体を用いたELISA法により測定することができるが、標識TAGはこれらに限らない。または、GFP(Green Fluorescent Protein)-TAGなど公知の蛍光もしくは発光標識TAGを結合させたGPCRを発現させた培養細胞を作製し、被験物質の存在下及び非存在下で細胞を適当な時間インキュベーションした後、蛍光もしくは発光顕微鏡またはIn cell analyzer(GEヘルスケア社製)を用いて細胞内に取り込まれたGPCRを蛍光もしくは発光強度として測定することができる。被験化合物により内在化したGPCRが認められず、GPCRの内在化が抑制された場合、その化合物はG蛋白非依存的な経路のインバースアゴニストと判断できる。
【0021】
II.治療抵抗性統合失調症、統合失調症患者の自殺企図および双極性障害
(a)治療抵抗性統合失調症
統合失調症は陽性症状(妄想、幻覚)、陰性症状(意欲低下、感情鈍磨、思考低下)及び認知機能障害(注意機能の低下、実行機能の低下、作業機能の低下、言語性記憶の低下)を主な特徴とする精神障害である。セロトニン・ドパミン拮抗薬が標準的な治療法であり、現在、種々の医薬品が治療に使用されている。しかし、セロトニン・ドパミン拮抗薬を服薬している統合失調症患者のうち、20〜30 %は一般的なセロトニン・ドパミン拮抗薬の効果が認められない治療抵抗性の統合失調症患者であると考えられている。治療抵抗性統合失調症とは、一般的な抗精神病薬を投与しても陽性症状の改善が認められない統合失調症のことを意味し、難治性統合失調症とも言われている。そのような状況下、治療抵抗性統合失調症の患者に対して、セロトニン・ドパミン拮抗薬の一つであるクロザピンが、現在、唯一の治療薬として使用されている。そのため、クロザピンと同様な作用機序を持つ薬剤は、治療抵抗性統合失調症治療剤として有効である。
【0022】
(b)統合失調症患者の自殺企図
統合失調症を呈する患者は自殺企図願望が強く、自殺願望を有する患者は50 %に達し、10%の患者が自殺により死亡するため、統合失調症の死亡原因の第一位は自殺である。クロザピンは統合失調症患者の自殺企図を抑制する唯一の薬剤である。そのため、クロザピンと同様な作用機序を持つ薬剤は、統合失調症患者の自殺リスク低減薬としても有効である。
【0023】
(c)双極性障害
気分安定化薬の一種である炭酸リチウムは、双極性障害の躁症状とうつ症状の両方の症状を改善し、かつ双極性障害の再発を予防する。しかしながら、炭酸リチウムの過剰投与は、食欲低下、嘔気、嘔吐、下痢等の消化器症状、振戦、傾眠、錯乱等の中枢神経症状、運動障害、運動失調等の運動機能症状、発熱、発汗等の全身症状を呈し、中毒が進行すると急性腎不全により電解質異常が発現し、全身痙攣、ミオクローヌス等が生じることが知られている。そのため、炭酸リチウムを使用するときには、1週1ないし2回、維持量の投与中には1月1回程度リチウムの血中濃度のモニタリングを行うことが必要不可欠である。さらに、リチウムは腎性尿崩症をおこすことが知られており、腎機能が低下した患者には多大なリスクを伴う薬剤である。このような致命的な副作用があるにもかかわらず、双極性障害の再発予防について他剤では有効な効果が認められないために、炭酸リチウムが双極性障害の治療薬として使用されている。したがって、炭酸リチウムのような有効性を示し、かつ副作用の少ない薬剤が求められている。
【0024】
リチウムの双極性障害治療薬としてのメカニズムの1つに、リチウムがβアレスチンとPP2AおよびAktとの複合体形成を阻害することが知られている(Cell 2008;132, 125-136)。よって、本スクリーニング法により選抜された化合物は、治療抵抗性統合失調症治療薬または統合失調症患者の自殺リスク低減薬としてだけでなく双極性障害治療薬としても有用である。
【0025】
III.薬効の確認方法(in vivo)
上記スクリーニング法により得られた被験物質が、統合失調症に有効であるかどうかは、NMDA受容体拮抗薬による運動量亢進抑制作用試験により確認できる。ラットに被験化合物または溶媒コントロールを投与し、適当な時間の後NMDA拮抗薬MK-801を0.12 mg/kgの用量で皮下投与する。MK-801の投与後、ラットの運動量の測定を行う。測定は小動物行動解析装置(SCANET、メルクエスト社製)にて行うことができるが、これらに限るものではない。被験化合物投与群の運動量の積算値が、溶媒コントロール群に比べ少ないとき、被験化合物は統合失調症に有効だと判断できる。
【0026】
また、上記スクリーニング法により得られた被験物質が、双極性障害のうつ症状に有効であるかどうかは、尾懸垂試験、強制水泳試験などにより確認できる。尾懸垂試験は、マウスに被験化合物または溶媒コントロールを投与し、適当な時間の後、テールサスペンション実験装置によりマウスを吊り下げた状態での無動時間を測定することで行う。被験化合物群の無動時間の積算値が、溶媒コントロール群に比べ少ないとき、被験化合物は双極性障害のうつ症状に有効であると判断できる。また、強制水泳試験は、マウスに被験化合物または溶媒コントロールを投与し、適当な時間の後、小動物行動解析装置(SCANET、メルクエスト社製)によりマウスをプールに入れた状態での無動時間を測定することで行う。被験化合物群の無動時間の積算値が、溶媒コントロール群に比べ、少ないとき、被験化合物は双極性障害のうつ症状に有効であると判断できる。
【0027】
さらに、双極性障害に対する気分安定化作用は、メタンフェタミン及びクロロジアゼポキシド併用投与試験により確認できる。マウスに被験化合物または溶媒コントロールを投与し、投与30分後にメタンフェタミン(4mg/kg)及びクロロジアゼポキシド(10mg/kg)をそれぞれ腹腔内投与する。その後、90分間の運動量の測定を行う。測定は小動物行動解析測定装置(SCANET、メルクエスト社製)にて行うことができるが、これに限るものではない。被験化合物群の運動量の積算値が、溶媒コントロール群に比べ少ないとき、被験化合物は双極性障害に対する気分安定化作用を有していると判断できる。
【0028】
IV.GPCRのG蛋白非依存的な経路の内因性活性を阻害するインバースアゴニストを含有する医薬
上記スクリーニング法により得られたGPCRのG蛋白非依存的な経路の内因性活性を阻害するインバースアゴニストは、治療抵抗性統合失調症治療薬または統合失調症患者の自殺リスク低減薬として使用することができる。上記化合物を含有する医薬は、そのまま液剤として、または適当な剤型の医薬組成物として、ヒトまたは哺乳動物(例、ラット、ウサギ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ネコ、イヌ、サルなど)に対して経口的または非経口的(例、血管内投与、皮下投与など)に投与することができる。
【0029】
上記化合物は、それ自体を投与してもよいし、または適当な医薬組成物として投与してもよい。投与に用いられる医薬組成物としては、上記化合物またはその塩と薬理学的に許容され得る担体、希釈剤もしくは賦形剤とを含むものであってもよい。このような医薬組成物は、経口または非経口投与に適する剤形として提供される。
【0030】
非経口投与のための組成物としては、例えば、注射剤、坐剤等が用いられ、注射剤は静脈注射剤、皮下注射剤、皮内注射剤、筋肉注射剤、点滴注射剤等の剤形を包含しても良い。このような注射剤は、公知の方法に従って調製できる。注射剤の調製方法としては、例えば、上記本発明の化合物もしくはその塩を通常注射剤に用いられる無菌の水性液、または油性液に溶解、懸濁または乳化することによって調製できる。注射用の水性液としては、例えば、生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助薬を含む等張液等が用いられ、適当な溶解補助剤と併用してもよい。調製された注射液は、適当なアンプルに充填されることが好ましい。直腸投与に用いられる坐剤は、通常の坐薬用基剤に混合することによって調製されても良い。
【0031】
経口投与のための組成物としては、固体または液体の剤形、具体的には錠剤(糖衣錠、フィルムコーティング錠を含む)、丸剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤(ソフトカプセル剤を含む)、シロップ剤、乳剤、懸濁剤等が挙げられる。このような組成物は公知の方法によって製造され、製剤分野において通常用いられる担体、希釈剤もしくは賦形剤を含有していても良い。錠剤用の担体、賦形剤としては、例えば、乳糖、でんぷん、蔗糖、ステアリン酸マグネシウムが用いられる。
【0032】
上記の非経口用または経口用医薬組成物は、活性成分の投与量に適合するような投薬単位の剤形に調製されることが好都合である。このような投薬単位の剤形としては、例えば、錠剤、丸剤、カプセル剤、注射剤(アンプル)、坐剤が挙げられる。化合物は、投薬単位剤形当たり通常0.1〜500mg、とりわけ注射剤では5〜100mg、その他の剤形では10〜250mg含有されていることが好ましい。
【0033】
上記化合物またはその塩を含有する上記医薬の投与量は、投与対象、対象疾患、症状、投与ルートなどによっても異なるが、化合物を1回用量として、通常0.01〜20mg/kg体重程度、好ましくは0.1〜10mg/kg体重程度、さらに好ましくは0.1〜5mg/kg体重程度を、1日1〜5回程度、好ましくは1日1〜3回程度、投与するのが好都合である。症状が特に重い場合には、その症状に応じて増量してもよい。
【0034】
なお前記した各組成物は、上記化合物との配合により好ましくない相互作用を生じない限り他の活性成分を含有してもよい。
【実施例】
【0035】
以下において、実施例により本発明をより具体的にするが、この発明はこれらに限定されるものではない。
【0036】
実施例1
5-HT1A受容体のG蛋白非依存的な経路に対する化合物の作用
5-HT1A受容体のG蛋白非依存的な経路に対するクロザピン及び各種化合物の作用を検討した。
【0037】
(方法)
(1)細胞株の樹立
ヒトβアレスチンcDNA 及びヒト5-HT1A受容体cDNAは PCR法により得た。DiscoverRx社のPathHunterを用いて5-HT1A受容体とβガラクトシダーゼのスモールフラグメントの融合蛋白及びβアレスチンとβガラクトシダーゼのラージフラグメントの融合蛋白を発現するプラスミドを作製し、HEK293細胞に導入することにより安定発現株を作製した。その安定発現株に、更にエクオリン遺伝子を常法により導入した。
【0038】
(2)G蛋白依存的な経路の活性測定
G蛋白依存的な経路についてはカルシウムを指標にして以下のとおり測定した。(1)で樹立した細胞株を384穴プレートに播種し、CO2インキュベータ内で37℃、24時間培養した。DMSOに溶解した各種化合物を添加し、直後3分間の発光量の変化をFDSS(浜松フォトニクス社製))で測定した。化合物を添加しないウェルの発光量を0%とし、10 μMセロトニンを添加したウェルの発光量を100 %として、各種化合物の最大活性(Emax)を算出した。
【0039】
(3)G蛋白非依存的な経路の活性測定
G蛋白非依存的な経路についてはβアレスチンのリクルート能を指標にして以下のとおり測定した。(1)で樹立した細胞株を384穴プレートに播種し、CO2インキュベータ内で37℃、24時間培養した。その後、DMSOに溶解した各種化合物を添加し、37℃で90分間放置した。基質を含むバッファー(PathHunter Cell Assay Buffer、DiscoverRx社製)を加え、室温で90分放置した後に、FDSS(浜松フォトニクス社製)にて発光量を測定した。化合物を添加しないウェルの発光量を0%とし、10 μMセロトニンを添加したウェルの発光量を100 %として、各種化合物の最大活性(Emax)を算出した。
【0040】
(結果)
各種化合物のEmaxを表1に示した。一般に用いられている統合失調症治療薬であるジプラシドン、ペロスピロン及びアリピプラゾールは、5-HT1A受容体のG蛋白依存的な経路とG蛋白非依存的な経路の両方においてアゴニストとして作用していた。一方、治療抵抗性統合失調症にも効果のあるクロザピンは、5-HT1A受容体のG蛋白依存的な経路に対してはアゴニストとして作用していたが、5-HT1A受容体のG蛋白非依存的な経路に対してはインバースアゴニストとして作用することがわかった。すなわち、ジプラシドン、ペロスピロン及びアリピプラゾールとクロザピンの作用の違いは、5-HT1A受容体のG蛋白非依存的な経路に対する作用の違いであると考えられた。
また、クロザピンと同様にWAY-100635が5-HT1A受容体のG蛋白非依存的な経路に対してインバースアゴニストとして作用することがわかった。よって、WAY-100635は治療抵抗性統合失調症治療薬または統合失調症患者の自殺リスク低減薬として有用である。
【0041】
【表1】

【0042】
実施例2
ドパミンD2、ドパミンD4、セロトニン5-HT2A、セロトニン5-HT1A、ムスカリンM1、アドレナリンα1またはヒスタミンH1受容体のG蛋白非依存的な経路に対する化合物の作用
実施例1の5-HT1A受容体をドパミンD2、ドパミンD4、セロトニン5-HT2A、セロトニン5-HT1A、ムスカリンM1、アドレナリンα1またはヒスタミンH1受容体に置き換えることにより、それぞれのGPCRのG蛋白非依存的な経路(βアレスチンのリクルート能)に対するクロザピン及び各種化合物の作用を検討する。クロザピンがβアレスチンのリクルート能に対してインバースアゴニストとして作用することが確認できれば、同様にインバースアゴニストとして作用する化合物をスクリーニングすることができる。クロザピンと同様にβアレスチンのリクルート能に対してインバースアゴニストとして作用する化合物は、治療抵抗性統合失調症治療薬または統合失調症患者の自殺リスク低減薬として有用である。

【産業上の利用可能性】
【0043】
本スクリーニング法によれば、GPCRのG蛋白非依存的な経路の内因性活性を阻害するインバースアゴニストを選択することにより、治療抵抗性統合失調症治療剤または統合失調症患者の自殺リスク低減薬をより効率的にスクリーニングすることができる。また、該スクリーニング法により選択された化合物は、治療抵抗性統合失調症治療剤または統合失調症患者の自殺リスク低減薬として利用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
GPCRのG蛋白非依存的な経路の内因性活性を阻害するインバースアゴニストを選択することを特徴とする治療抵抗性統合失調症治療剤または統合失調症患者の自殺リスク低減薬のスクリーニング方法
【請求項2】
G蛋白非依存的な経路の内因性活性がβアレスチンのリクルート能である請求項1に記載の方法
【請求項3】
βアレスチンのリクルート能を阻害するインバースアゴニストを選択する工程が以下の工程(1)〜(3)を含む請求項2に記載のスクリーニング方法
(1)第1ペプチドフラグメントを付加したGPCR及びその第1ペプチドフラグメントに近接することにより作用を示す第2ペプチドフラグメントを付加したβアレスチンを共に発現する細胞と、被験物質を接触させる工程
(2)さらにその第1ペプチドフラグメントと第2ペプチドフラグメントの作用を検出するための基質を接触させ、βアレスチンのリクルート能を発光量として測定し、該発光量を被験物質と接触させない上記細胞における発光量と比較する工程
(3)(2)の比較結果に基づいて、発光量を減少させる被験物質を選択する工程
【請求項4】
GPCRに付加した第1ペプチドフラグメントがβガラクトシダーゼのスモールフラグメントであり、βアレスチンに付加した第2ペプチドフラグメントがβガラクトシダーゼのラージフラグメントである請求項3に記載のスクリーニング方法
【請求項5】
GPCRがドパミンD2、ドパミンD4、セロトニン5-HT2A、セロトニン5-HT1A、ムスカリンM1、アドレナリンα1及びヒスタミンH1受容体からなる群より選ばれる請求項1〜4に記載のスクリーニング方法
【請求項6】
GPCRがセロトニン5-HT1A受容体である請求項5に記載のスクリーニング方法
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の方法で得られるインバースアゴニストを有効成分として含有する治療抵抗性統合失調症治療剤または統合失調症患者の自殺リスク低減薬

【公開番号】特開2013−76594(P2013−76594A)
【公開日】平成25年4月25日(2013.4.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−215858(P2011−215858)
【出願日】平成23年9月30日(2011.9.30)
【出願人】(000002912)大日本住友製薬株式会社 (332)
【Fターム(参考)】