説明

湿式抄紙法

【課題】抄紙に要する水量を減じ、水資源の浪費を減少させ、エネルギーの消費を抑えることが可能な湿式抄紙法を提供する。
【解決手段】紙料を水で希釈分散する工程で、水に微細気泡を混入させることとしている。直径5ミクロンメーター以下の微細気泡が、紙料1gに対して合計体積1cc以上、水に混入されるものとすることができる。さらに、微細気泡の混入から抄き上げ工程までの滞留時間が5分以内であるものとすることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、紙や不織布を製造するための湿式抄紙法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
紙や不織布の製造方法としては、パルプや各種繊維、さらに微細片状の有機物、無機物を水中に分散させたうえで、水分を濾過するシートもしくはネット上に抄いて紙層を形成し、その紙層を乾燥させる湿式抄紙法が一般的である(例えば非特許文献1の「ウェブの主な形成方法」「(2)湿式法」参照)。
【0003】
しかし、従来の湿式抄紙技術では、例えば一般的な薄葉紙抄紙機である丸網型抄紙機や長網型抄紙機で100g/m2程度以下の薄い紙や湿式不織布を抄き上げるためには、抄紙条件にもよるが、繊維分散剤を適宜加えた上で、繊維重量が水重量に対して0.5%程度以下としなければ紙料が水中において均一分散せず、良質な製品は得られない。
【0004】
そのため抄紙に使われる多量の上質な水が一部は循環使用されるものの、抄紙の後に排水として棄てられている。しかもこれらの多量の水は、不純物を多く含んだりイオン性が強かったりすると紙層形成に悪影響を及ぼすため、通常事前処理を行って純化する必要があり、また、抄紙後の排水には製紙用の分散剤や強化剤、さらには微小繊維くずなどが含まれるために事後浄化処理を行ってから排水する必要がある。
【0005】
このように、製紙工業は貴重な水資源だけでなくエネルギー多消費型の製造業となっているが、水資源の浪費を減少させ、エネルギーの消費を抑えるためには、抄紙に用いる水分を減少させる必要がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】日本不織布協会、“製造工程の種類”、[平成22年8月5日検索]、インターネット<URL:http://www.anna.gr.jp/manufacturing.php>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで、この発明は、抄紙に要する水量を減じ、水資源の浪費を減少させ、エネルギーの消費を抑えることが可能な湿式抄紙法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するため、この発明は次のような技術的手段を講じている。
【0009】
この発明の湿式抄紙法は、紙料を水で希釈分散する工程で、水に微細気泡を混入させるようにしたものである。
【0010】
直径5ミクロンメーター以下の微細気泡が、紙料1gに対して合計体積1cc以上、水に混入されるものとすることができる。
【0011】
さらに、微細気泡の混入から抄き上げ工程までの滞留時間が5分以内であるものとすることができる。
【発明の効果】
【0012】
この発明の湿式抄紙法は、上述のような構成を有しており、抄紙に要する水量を減じ、水資源の浪費を減少させ、エネルギーの消費を抑えることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】この発明の湿式抄紙法のフローを示す説明図である。
【図2】この発明の湿式抄紙法を実施するための小型抄紙機の構成の説明図である。
【図3】この発明の湿式抄紙法における微細気泡の例の、直径分布測定値を示すグラフである。
【図4】水の使用量を33%削減したときの、この発明の湿式抄紙法における微細気泡の例を使用した場合と、使用しなかった場合の地合い評価の結果を示すグラフ及び表である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、この発明の好適な実施形態を、図面を参照して説明する。
【0015】
この発明は、微細気泡を用いて、紙料(繊維や微小片状の材料)を水中に均一分散させることにより、紙料の均一分散に必要な水分比を下げ、抄紙に要する水量を減じることができるようにしたものである。
【0016】
直径100ミクロン(1ミクロン=10-6m)以下のマイクロバブルもしくはナノバブルと呼ばれる微細気泡は、ストークスの法則に従わない挙動をし、それ以上のサイズの泡と比較して非常に異なった物性を示すことが知られている。たとえば水中での浮上スピードが極端に遅く、直径7〜8ミクロン以下の微細気泡は、極めて浮上しにくくなる、経時的に気泡自体の収縮が起きる、あるいは負の電荷を帯びる、などであり、このような物性を有する微細気泡のさまざまな産業への利用が検討されている。
【0017】
本願発明者は、湿式抄紙法における紙料の希釈分散工程において微細気泡を水中に混入させると、紙料の分散性を向上させ得ることを発見し、以下に述べるように、この性質を利用して、製品の品質を維持しながら抄紙に要する水量を減じることを可能とした。
【0018】
すなわち、本願発明は、図1のフロー図に示すような湿式抄紙法での水中で紙料を希釈分散する工程で、微細気泡を混入させた水を利用するようにしたものである。ここで、図1に示した工程は、基本的には従来の湿式抄紙法の内容と同様であり、図2に示したパルプ水中離解を行うチェスト、分配箱、リフラー、バットから構成される小型抄紙機を利用して実施できるものである。
【0019】
この湿式抄紙法は、従来の方法と比較すると、原料となるパルプをチェストで水中離解し、分配箱で紙料を調成し、リフラーで希釈した後、バットで粘剤を添加し、円網で紙層形成、乾燥、抄き上げを行うようにしている点は同様であるが、リフラーでの希釈分散の工程で、希釈水に微細気泡を添加する点で異なる。この希釈分散の工程では、微細気泡が混入した状態で希釈分散が行われ、そして、紙料と微細気泡が混入した希釈水がバットに移され、紙層形成から抄き上げの工程に至る。
【0020】
このようにして微細気泡を混入させる手段・工程を有する湿式抄紙法によれば、以下に説明するように、分散性、地合いの改善等の優れた効果を得ることができる。
〔分散性〕
前述の通り、良質な製品を得るためには、紙料を均一分散させるために多量の水を必要とするが、この湿式抄紙法によれば、水の使用量を大幅に減じても、紙料の分散性が維持され、来の方法と同様ないしそれ以上の品質の製品を得ることが可能である。
【0021】
特に、直径5ミクロン以下の微細気泡を多量に含む希釈水を用いると、優れた分散性が得られる。例として、図3に示したような、2ミクロン以下の泡が98.5%以上、中央値が1ミクロン程度の微細気泡を用いることによって良好な結果を得ることができる。なお、図3は、株式会社オーラテック製のマイクロバブル発生装置OM4−NPD−1500(O3)により発生させた微細気泡を、株式会社島津製作所製の気泡測定装置ALD7100によって測定したものである。
【0022】
現在の技術では、これ以下の微細な直径の中央値や狭い分布性を持つ気泡の工業的な製法が完成していないため確認していないが、気泡直径と紙料分散の状況から見て、より微細な気泡を使用すればさらに大きな効果が得られることが予測できる。
【0023】
なお、微細気泡の添加から紙層形成(抄き上げ)までの時間的影響については、添加位置やその後の攪拌などの条件を変えて様々なケースの実験を行った結果、微細気泡添加から5分程度までであれば、前述の分散効果が維持されるが、5分以上になると、気泡が収縮消滅して分散効果が減衰する、あるいは微細気泡が集合して大きな気泡に変わり、浮ダネ(紙料を泡が抱いた状態で希釈水面に浮上して抄紙に支障をきたす)を形成するなど、抄紙には適当でない状況になることが確認された。
〔地合い改善〕
この湿式抄紙法によれば、従来の湿式抄紙法に比べて地合いが向上する。湿式抄紙において地合いは紙料繊維の太さや長さ、紙料を含む希釈水内の紙料分散状態や流速、吹き出しノズルの形状や抄き上げのための網の目の状態、分散剤の粘度や濃度など、数多くの要素によって影響を受けるが、この発明の湿式抄紙法を用いれば、微細気泡の効果で分散剤の粘度や濃度が変動しても地合いの乱れが生じにくいことが確認された。
【0024】
また、従来の抄紙法による30〜40g/m2以下の薄い紙や不織布の抄造においては、抄き上げ網の目の乱れや不揃いなどによる地合い不良が問題となるケースもあるが、本発明の湿式抄紙法を用いれば、その影響を低減することが可能である。
【0025】
本発明の湿式抄紙法では、紙料の重量に対し、微細気泡の合計体積が大きいほど概ね良好な結果が得られる。紙料1gに対して合計体積1cc以上10cc以下の範囲では、微細気泡の合計体積が増加するにつれ緩やかに効果の上昇がみられ、10cc程度を超えるあたりから50ccの範囲で、条件により大幅な地合い改善が実現した。現在の工業的微細発泡技術では、紙料1gに対して微細気泡の合計体積を50cc以上にできないため、評価試験を行っていないが、これについても、ある程度までは微細気泡の体積を増やすことにより、分散性の向上を期待することができる。
【0026】
本願発明者の試行錯誤の結果、地合いの向上に関する有意差が認められる微細気泡の合計体積の下限は、紙料1gに対して合計体積1cc付近であることが確認されており、この場合の粘度1〜0.47における地合点数は、図4に示した通りである。これより微細気泡の合計体積が小さくなると、微細気泡を添加しなかった場合との有意差が認められなかった。ここで、図4中の「地合点数」は、「100点」が、一般的な商品化レベルの製品であり紙料繊維がほぼ全面均一に分散して厚薄のばらつきはほとんどないもの、「90点」が、約1割の部分に分散状態の乱れと厚薄の差がみられるもの、「80点」が、2〜3割の部分に分散状態の乱れと厚薄の差がみられるもの、「70点」が、4〜5割程度の部分に分散状態の乱れと厚薄の差がみられるもの、「60点」が、過半が分散不良と厚薄の差の大きいものと評価されるものであり、これ以下のものは、抄紙できるとしても紙または不織布として認めがたい、あるいは抄紙できないというレベルであると評価されるものである。
〔水量削減の効果〕
この湿式抄紙法によれば、従来の湿式抄紙法に比べて少なくとも25%以上、条件によっては50%以上の水量削減を行っても、同品質の製品が得られる。
【0027】
たとえば高知県紙産業技術センターの丸網式小型抄紙機を用いた実験では、紙目標重量20g/m2、抄速10m/分、PEO粘剤添加量0.0002%のもとで、従来は木材パルプ紙料に対して分散のための水量は重量比約2500倍(紙料濃度0.04%)程度でなければ良好な地合いの紙が抄けなかった。しかるに本発明による抄紙法によれば、同条件のもとで水量を33%減じても(重量比1675倍、紙料濃度0.06%)良好な地合いの紙が製造できた。ちなみに、水量を33%減じた上で気泡を用いないで抄紙した場合は、地合いが乱れてしまい、製造品としては不可の評価となった。
【0028】
なお、現在日本では段ボール原紙や板紙を除く薄紙製造量は年間約2千万トン程度であるが、この生産量に対する丸網式、長網式などを合計した抄紙使用水量は年間60億トン程度と考えられ、本発明による抄紙法を用いれば少なくとも良質水の浪費を約20億トン以上削減することが可能となり、この削減可能量だけで東京都の年間水道総使用量をはるかに上回る上質水の浪費が防止できることになる。
〔製紙用水、排水の処理エネルギーの減少〕
本発明による抄紙法によって抄紙使用水量が減少することにより、当然ながらこの減少水量分の使用前、および使用後の水処理に要するエネルギーや薬品類が大幅に低減できるという大きな経済効果が生まれる。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
紙料を水で希釈分散する工程で、水に微細気泡を混入させることを特徴とする湿式抄紙法。
【請求項2】
直径5ミクロンメーター以下の微細気泡が、紙料1gに対して合計体積1cc以上、水に混入される請求項1記載の湿式抄紙法。
【請求項3】
微細気泡の混入から抄き上げ工程までの滞留時間が5分以内である請求項1又は2記載の湿式抄紙法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate