説明

炭素繊維束及び炭素繊維束の製造方法

【課題】本発明の目的は、複合材料とした際に、界面接着性が均一であり、応力や衝撃に対する耐性が高い炭素繊維束を提供することにある。
【解決手段】本発明の炭素繊維束は、繊維束表面のサイジング剤付着量の、繊維束内部のサイジング剤付着量に対する比が0.5〜2.0である炭素繊維束である。本発明の炭素繊維束の製造方法は、炭素繊維束にサイジング剤溶液を付与した後、3μm以上の波長を持つ電磁波を用いて加熱乾燥させる炭素繊維束の製造方法である。電磁波の中でも、サイジング剤樹脂の吸収波長である3〜30μmの波長の赤外線を用いることが好ましい。本発明で用いるサイジング剤溶液としては、サイジング剤樹脂を、サイジング剤樹脂の質量に対して5〜20質量%の非イオン系界面活性剤で乳化した、エマルジョン水溶液が好ましい。また、電磁波を用いた加熱乾燥は、2段階以上の温度で行う多段処理であることが好ましく、温度範囲80〜120℃で加熱した後、さらに温度範囲150〜250℃で加熱する多段処理であることがさらに好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複合材料としての使用に適した炭素繊維束および炭素繊維束の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維は、優れた比強度及び比弾性率を有し、軽量性に優れるため、熱硬化性及び熱可塑性樹脂の強化繊維として、従来のスポーツ・一般産業用途だけでなく、航空・宇宙用途、自動車用途など広く利用されている。そして、このような用途の拡大とともに、炭素繊維複合材料には、さらなる高性能化が求められている。
【0003】
炭素繊維複合材料の性能は、使用する炭素繊維とマトリクス樹脂の力学的特性の違いはもちろんのこと、炭素繊維と樹脂との界面の特性、特に繊維と樹脂の接着性の違いにも大きく影響される。炭素繊維と樹脂の接着性を制御するために、一般的に、炭素繊維の製造工程において、炭素繊維束に表面酸化処理とサイジング剤付与処理(サイジング処理)が施される。サイジング剤は、繊維束の毛羽立ちを抑制し、収束性を与えると同時に、複合材料とした際には、繊維とマトリクス樹脂をつなぎ、接着性を高める役割を果たす。従来、サイジング処理は、炭素繊維束にサイジング剤溶液を付与した後、熱風乾燥方式または加熱ローラー方式で加熱乾燥させ、炭素繊維束にサイジング剤を付着させていた。
【0004】
ところで、複合材料において繊維と樹脂の接着性は、部材全体に渡って均一であることが望ましい。繊維と樹脂の接着性にばらつきがある場合、複合材料に応力や衝撃が与えられた際に、接着が弱い部分で繊維‐樹脂間の剥離が発生し、生じた亀裂が伸張することで、部材の破断に至ってしまうためである。繊維と樹脂の接着性を均一にすることを目的に、サイジング剤は繊維表面にムラ無く均一に付着させるよう、さまざまな改善策が検討されてきた。
【0005】
例えば特許文献1では、低濃度のサイジング剤溶液を用いて複数回サイジング処理をすることで、サイジング剤を均一に付着させる方法が提案されている。しかし、特許文献1では、サイジング剤溶液を付与した後、熱風循環方式で乾燥を行っているため、繊維束内外に温度ムラが生じる。そのため、繊維束外表面の乾燥が先行し、繊維束内側に残ったサイジング剤溶液が外側に拡散する。その結果、内側の付着量が低くなりやすく、繊維束内外の付着量にムラが生じるという問題がある。
【0006】
炭素繊維束のサイジング剤乾燥方式としては、熱風循環方式の他に加熱ローラー方式が一般的に用いられている。(例えば、特許文献2)しかし、加熱ローラー方式では、繊維束外表面の付着量が低下しやすいという問題がある。サイジング剤の乾燥に加熱ローラー方式を用いると、接触方式であるために、繊維束外表面のサイジング剤樹脂がローラー上に付着し、繊維束外表面の付着量が低下しやすい。そのため、繊維束内外の付着量にムラができやすくなってしまう。また加熱ローラー上にサイジング剤が付着し、ローラーと繊維の間の摩擦力が変化し、工程張力が一定にならないため、乾燥途中の繊維束からのサイジング剤溶液の染み出しが一定にならず、付着量にムラが生じやすい。
上記のように、炭素繊維束に均一にサイジング剤を付着させること、特に繊維束の外表面と内側で付着を均一にすることは困難であり、さらなる改善が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2009−242964号公報
【特許文献2】特開平1−292038号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、複合材料とした際に、界面接着性が均一であり、応力や衝撃に対する耐性が高い炭素繊維束、及び、かかる炭素繊維束を得るための炭素繊維束の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の炭素繊維束は、繊維束の内外でサイジング剤が均一に付着した炭素繊維束である。具体的には、炭素繊維から構成された炭素繊維束であって、繊維束表面のサイジング剤付着量の、繊維束内部のサイジング剤付着量に対する比が0.5〜2.0である炭素繊維束である。
【0010】
また、本発明の炭素繊維束の製造方法は、炭素繊維から構成された炭素繊維束にサイジング剤溶液を付与した後、3μm以上の波長を持つ電磁波を用いて加熱乾燥させる炭素繊維束の製造方法である。電磁波の中でも、サイジング剤樹脂の吸収波長である3〜30μmの波長の赤外線を用いることが好ましい。本発明で用いるサイジング剤溶液としては、サイジング剤樹脂を、サイジング剤樹脂の質量に対して5〜20質量%の非イオン系界面活性剤で乳化した、エマルジョン水溶液が好ましい。また、電磁波を用いた加熱乾燥は、2段階以上の温度範囲で行う多段処理であることが好ましく、温度範囲80〜120℃で加熱した後、さらに温度範囲150〜250℃で加熱する多段処理であることがさらに好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明の炭素繊維束は、繊維束の内外で、サイジング剤が均一に付着されているため、複合材料とした場合に、繊維と樹脂の接着性が均一である。このため、本発明の炭素繊維束とマトリクス樹脂からなる複合材料は、応力集中や、繊維と樹脂の界面剥離が起こり難く、炭素繊維複合材料としての物性が向上する。
本発明の炭素繊維束の製造方法によれば、サイジング剤の付着ムラを抑制でき、繊維束の内外でサイジング剤が均一に付着した本発明の炭素繊維束を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の炭素繊維束は、繊維束表面のサイジング剤付着量の、繊維束内部のサイジング剤付着量に対する比が0.5〜2.0である炭素繊維束である。
本発明の炭素繊維束は、繊維束の内外で、サイジング剤が均一に付着されている。そのため、複合材料とした場合に、繊維と樹脂の接着性が均一であり、炭素繊維の単繊維がマトリクス樹脂に分散しやすい。このため、本発明の炭素繊維束とマトリクス樹脂からなる複合材料に負荷が与えられても、応力集中が起こり難く、また、繊維と樹脂の界面剥離も起こり難くなる。その結果、炭素繊維複合材料としての物性が向上し、かつ、物性のばらつきも低減される。
【0013】
炭素繊維に付着しているサイジング剤の量は、蛍光電子顕微鏡を用いて、サイジング剤に含まれる蛍光物質の発光量として測定できる。そのため、炭素繊維束の外表面に位置する炭素繊維と、繊維束を中央で分割し露出させた繊維束内部の炭素繊維の発光量を、それぞれ繊維束表面のサイジング剤付着量、繊維束内部のサイジング剤付着量として、炭素繊維束外表面の発光量の、炭素繊維束内部の発光量に対する比(炭素繊維束外表面の発光量/炭素繊維束内部の発光量)を求めることで、炭素繊維束内外のサイジング剤の付着ムラを評価することができる。
【0014】
繊維束表面のサイジング剤付着量の、繊維束内部のサイジング剤付着量に対する比が1に近いほどサイズ剤の付着ムラが少ない。
付着量の比が0.5〜2.0の範囲にあれば、サイジング剤が繊維束の内外で均一に付着されているため、複合材料とした場合に、応力集中や界面剥離が起こり難くなり、炭素繊維複合材料としての物性が向上する。さらに、物性のばらつきも低減される。しかし、付着量の比が2.0を超えると、炭素繊維内部のサイジング剤の付着量が少ないため、繊維と樹脂との接着性が低くなり、複合材料物性が低くなる。一方、付着量の比が0.5未満であると、炭素繊維束表面のサイジング剤の付着量が少なすぎるため、複合材料物性が低くなり、また繊維束の耐擦過性も低くなる。
【0015】
炭素繊維束に対するサイジング剤の付着量は適時変更可能であるが、付着量が3.0質量%を超えると、炭素繊維束の開繊性が低下し、マトリクス樹脂の繊維束内部への含浸不良を引き起こしやすい傾向がある。サイジング剤の付着量が少ないと、繊維の収束性や耐擦過性が低下しやすい傾向があるため、0.05質量%以上付着していることが好ましい。このことから、付着量は0.05〜3.0質量%が好ましく、さらに好ましくは0.1〜1.5質量%である。
【0016】
本発明の炭素繊維束を構成する炭素繊維は特に制限が無く、ピッチ系、レーヨン系、ポリアクリロニトリル(PAN)系等何れの炭素繊維も使用できるが、操作性、工程通過性、及び機械強度等を鑑みるとPAN系が好ましい。炭素繊維の繊度、強度等の特性も特に制限が無く、公知の何れの炭素繊維も制限無く使用できる。
本発明で用いる炭素繊維束の繊度は、特に制限されるものではないが、単繊維繊度が0.5〜1.0dtexであることが好ましく、炭素繊維束の総繊度が50〜5000texであることが好ましい。
【0017】
本発明で用いる炭素繊維束のフィラメント数は、好ましくは1000〜100000本、さらに好ましくは3000〜50000本である。また、製造効率の面からは、12000本以上がより好ましく、24000本以上がさらに好ましい。また、単位幅当たりのフィラメント数は5000本/mm以下であることが好ましく、3000本/mm以下がさらに好ましい。5000本/mmを超えると、サイズ剤付与のバラツキが大きくなる傾向がある。
【0018】
本発明で用いる炭素繊維束の強度は好ましくは1000〜10000MPa、さらに好ましくは2000〜7000MPaであり、弾性率は好ましくは100〜1000GPa、さらに好ましく200〜600GPaである。
本発明で言う炭素繊維には、炭化繊維と黒鉛化繊維が含まれるが、元素分析により求められる炭素含有量が95質量%以上であることが好ましく、さらに好ましくは97質量%以上である。
PAN系の炭素繊維は、例えば、以下の方法により製造することができる。
【0019】
<前駆体繊維>
アクリロニトリルを95質量%以上含有する単量体を重合して得られる紡糸溶液を、凝固液中で紡糸した後、水洗・乾燥・延伸して得られるポリアクリルニトリル繊維が前駆体繊維として用いられる。前駆体繊維のフィラメント数は、製造効率の面では1000本以上が好ましく、12000本以上がより好ましく、24000本以上がさらに好ましい。
【0020】
<耐炎化処理>
得られた前駆体繊維を、加熱空気中200〜300℃で10〜100分間不融化処理する。不融化処理では、前駆体繊維を延伸倍率0.90〜1.20の範囲で繊維を延伸処理することが好ましい。
【0021】
<炭素化処理>
不融化処理した前駆体繊維を、300〜2000℃で炭素化することで炭素繊維が得られる。より引張強度の高い緻密な内部構造をもつ炭素繊維束を得るためには、300℃〜1000℃で低温炭素化した後、1000〜2000℃で高温炭素化する二段階の炭素化工程を経て、炭素化処理を行うことが好ましい。より高い弾性率が求められる場合は、さらに2000〜3000℃の高温で黒鉛化処理を行ってもよい。
【0022】
<表面処理>
上記の炭素繊維束について、サイジング剤及びマトリクスとなる樹脂との濡れ性を改善するために、表面処理を行う。表面処理は、従来公知のいずれの方法でも行うことができるが、装置が簡便であり、工程での管理が容易であることから、工業的には電解酸化を用いることが一般的である。
本発明の炭素繊維束は、例えばこのようにして得られた炭素繊維束に、以下に述べる炭素繊維束の製造方法を用いて、サイジング処理を行うことで、製造することが出来る。
【0023】
もう一つの本発明である炭素繊維束の製造方法は、炭素繊維から構成された炭素繊維束にサイジング剤溶液を付与した後、サイズジング剤溶液から溶媒を加熱乾燥させ、繊維表面にサイジング剤樹脂を定着させる際に、3μm以上の波長を持つ電磁波を用いて加熱処理を行う炭素繊維束の製造方法である。
【0024】
本発明者は、鋭意検討の結果、サイジング剤溶液の乾燥を、電磁波、特に赤外線を用いて行うことで、繊維束内外の付着ムラを低減でき、特に繊維束の内外でサイジング剤の付着ムラが大きくなりやすい炭素繊維束のフィラメント数が多い場合でさえ、サイジング剤を均一に付着させることが出来ることを見出した。
【0025】
電磁波を用いた加熱方式は、加熱媒体を使用する熱風循環方式とは異なり、直接加熱であるため、被処理繊維のフィラメント数や、走行ストランドの充填密度、工程張力等の条件によらず、均一に繊維を加熱することができる。このため、繊維束の外表面と内部の間でも、均一な温度で乾燥を行うことができ、繊維束内外での乾燥速度の差が生じにくい。その結果、乾燥途中でエマルジョン溶液が拡散することに起因するサイジング剤の付着ムラを抑制でき、繊維束内外での付着量の差を抑制できる。
【0026】
また、電磁波による乾燥は、被加熱物であるサイジング剤樹脂を直接高温に加熱するだけでなく、被処理繊維自体を発熱させ、繊維内部を加熱することができるため、繊維束の内外での温度ムラが発生しにくい。特に、炭素含有量が95質量%以上の炭素繊維は電磁波による発熱効率が高いため、多大な効果を得ることが出来る。
【0027】
さらに、接触式である加熱ローラー方式と異なり、非接触式の乾燥方法であるため、ローラー上に付着した樹脂のべたつきや工程張力等に起因する乾燥条件の変動を抑えることができる。また、電磁波は物質に吸収されると直ちに熱エネルギーに変換されるため、電磁波照射と同時に加熱がスタートし、加熱効率が高い。このため、乾燥途中でのエマルジョンの繊維束からの染み出しを原因とする付着ムラも出来難く、サイジング剤を均一に付着させることができる。
【0028】
一方、従来の方法である熱風循環方式及び加熱ローラー方式で加熱した場合、繊維束表面から内部への熱の伝播は伝熱に拠るため、繊維内部まで加熱しようとすると、繊維束表面が過度に加熱されてしまう。この結果、繊維束表面では急速な乾燥が起こり、サイジング剤樹脂が十分に繊維表面を被膜することができない。
【0029】
本発明で使用する電磁波は、サイジング剤樹脂を加熱することができる、3μm以上の波長を持つ電磁波であり、なかでも3〜30μmの波長の赤外線がサイジング剤樹脂を加熱する効果が高いため好ましい。
【0030】
本発明で用いるサイジング剤溶液に使用するサイジング剤樹脂は、特に限定されず、例えば、エポキシ樹脂、ウレタン樹脂、ポリエステル樹脂、ビニルエステル樹脂、ポリアミド樹脂、ポリエーテル樹脂、アクリル樹脂、ポリオレフィン樹脂、ポリイミド樹脂やその変性物が挙げられ、複合材料のマトリックス樹脂に応じ、適したサイズ剤を適宜選択することができる。また、このサイジング剤樹脂は二種類以上を組み合わせて使用することも可能である。また、炭素繊維の取扱性や、耐擦過性、耐毛羽性、含浸性を向上させるため、分散剤、界面活性剤等の補助成分をサイジング剤に添加しても良い。
【0031】
本発明で使用されるサイズ剤の溶媒としては、サイジング剤樹脂が可溶な通常の溶媒、例えば、水、エタノール、アセトン、メチルエチルケトン、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、N−メチルピロリドン、トルエンおよびスチレンなどが挙げられる。これらの溶媒は、1種単独でも、2種類以上併用することもできる。とりわけ、取り扱い性および安全性の面から水溶媒が好適であり、水溶媒に難溶解のサイズ剤は、適宜、界面活性剤などを添加してエマルジョン水溶液として付与することが好適である。サイジング剤溶液のサイジング剤樹脂濃度は、目的とするサイジング剤の付着量にあわせ適時変更すればよく、1.0〜10質量%が好ましい。
【0032】
本発明の製造方法において、より付着の均一性を高めるために、サイジング剤溶液は、サイジング剤樹脂の質量に対して5〜20質量%の非イオン性界面活性剤を用いてサイジング剤樹脂を乳化させたエマルジョン水溶液として調整し、繊維束に付与させることが好ましい。非イオン界面活性剤としては、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンスチレン化フェニルエーテル、ポリエチレングリコール脂肪族エステルなどが、陰イオン界面活性剤としてはアルキルベンゼンスルホン酸アンモニウム塩、ポリオキシエチレンスチレン化フェニルエーテル硫酸エステルアンモニウム塩などが挙げられる。
【0033】
本発明の製造方法において、炭素繊維へのサイジング剤溶液の付与方法は、特に限定されないが、ローラーサイジング法、ローラー浸漬法、スプレー法およびその他公知の方法を用いることができる。中でも、一束あたりの単繊維数が多い炭素繊維束についても、サイジング剤溶液を均一に付与しやすい、ローラー浸漬法が好ましく用いられる。サイズジング剤溶液の液温は、溶媒蒸発によるサイジング剤濃度変動を抑えるため10〜50℃の範囲が好ましい。また、サイジング剤溶液を付与した後に、余剰のサイジング剤を絞り取る絞り量の調整することでも、サイジング剤の付着量を調整できる。
【0034】
サイジング剤溶液の乾燥は、溶媒の蒸発に十分な任意の温度で行うことができるが、特にサイジング剤をエマルジョン水溶液として用いる場合には、2段階以上の温度範囲で加熱乾燥を行う多段処理であることが好ましい。
【0035】
温度範囲を多段階に設定して加熱乾燥を行う場合には、80〜120℃で1〜10分加熱した後、150〜250℃で1〜10分加熱することが好ましい。80〜120℃の温度範囲は一般的な界面活性剤の曇点の温度である。サイジング剤をエマルジョン水溶液として用いている場合、80〜120℃の温度範囲で水と樹脂の相分離が起こる。この際、界面活性剤がネットワークを形成しようとして、繊維表面に樹脂を拡散させるため、サイジング剤樹脂を繊維表面に均一付着させることが出来る。一方、150〜250℃の温度範囲は、サイジング剤樹脂が軟化する温度である。サイジング剤樹脂の軟化点で加熱することで、サイジング剤樹脂が繊維上にさらに拡散し、均一な樹脂膜を形成する。そのため、80〜120℃で一定時間加熱した後、150〜250℃でさらに加熱を行うことで、サイジング剤樹脂をより均一に繊維表面に付着させることが出来る。より均一に繊維表面に付着させるために、加熱乾燥を行う際の工程張力は、被処理繊維1texあたり1〜10gであることが好ましい。
【0036】
本発明の製造方法に好ましく用いられる炭素繊維束のフィラメント数は、製造効率の面からは、12000本以上がより好ましく、24000本以上がさらに好ましい。また、単位幅当たりのフィラメント数は5000本/mm以下であることが好ましく、3000本/mm以下がさらに好ましい。5000本/mmを超えると、サイズ剤付与のバラツキが大きくなる傾向がある。
【0037】
このようにして本発明の炭素繊維束は製造することが出来る。そしてこの本発明の炭素繊維束を用い、マトリックス樹脂と組み合わせ、例えば、オートクレーブ成形、プレス成形、樹脂トランスファー成形、フィラメントワインディング成形など、公知の手段・方法により複合材料を得ることが出来る。
炭素繊維は、通常、シート状の強化繊維材料として用いられる。シート状の材料とは、繊維材料を一方向にシート状に引き揃えたもの、繊維材料を織編物や不織布等の布帛に成形したもの、多軸織物等が挙げられる。
【0038】
マトリックス樹脂としては、熱硬化性樹脂又は熱可塑性樹脂が用いられる。熱硬化性マトリックス樹脂の具体例として、エポキシ樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、フェノール樹脂、ビニルエステル樹脂、シアン酸エステル樹脂、ウレタンアクリレート樹脂、フェノキシ樹脂、アルキド樹脂、ウレタン樹脂、マレイミド樹脂とシアン酸エステル樹脂の予備重合樹脂、ビスマレイミド樹脂、アセチレン末端を有するポリイミド樹脂及びポリイソイミド樹脂、ナジック酸末端を有するポリイミド樹脂等を挙げることができる。これらは1種又は2種以上の混合物として用いることもできる。中でも、耐熱性、弾性率、耐薬品性に優れたエポキシ樹脂やビニルエステル樹脂が、特に好ましい。これらの熱硬化性樹脂には、硬化剤、硬化促進剤以外に、通常用いられる着色剤や各種添加剤等が含まれていてもよい。
【0039】
熱可塑性樹脂としては、例えば、ポリプロピレン、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン、芳香族ポリアミド、芳香族ポリエステル、芳香族ポリカーボネート、ポリエーテルイミド、ポリアリーレンオキシド、熱可塑性ポリイミド、ポリアミド、ポリアミドイミド、ポリアセタール、ポリフェニレンオキシド、ポリフェニレンスルフィド、ポリアリレート、ポリアクリロニトリル、ポリアラミド、ポリベンズイミダゾール等が挙げられる。
【0040】
複合材料中に占める樹脂組成物の含有率は、10〜90質量%、好ましくは20〜60質量%、更に好ましくは25〜45質量%である。
このような炭素繊維複合材料は、機械物性に優れ、そのばらつきも小さいため、スポーツ用途、レジャー用途、一般産業用途、航空・宇宙用途、自動車用途などに広く利用できる。
【実施例】
【0041】
以下、本発明を実施例及び比較例により具体的に説明する。また、各実施例及び比較例における繊維および複合材料の物性の評価は、以下の方法により実施した。
【0042】
<ストランド引張強度、弾性率>
JIS R−7608に準じてエポキシ樹脂含浸ストランドの引張強度および引張弾性率を測定した。
【0043】
<サイジング剤付着量>
炭素繊維束10gを取り出し、溶剤としてアセトンを用い、JIS R7604 A法(溶剤抽出法)に基づいてサイジング剤の付着量を求めた。
【0044】
<繊維束内外のサイジング剤付着量均一性評価>
炭素繊維をカーボンテープ上に固定し、分析カラー蛍光電子顕微鏡CLEM(トプコン社製)を用いて、サイジング剤に由来する蛍光物質の発光量を測定した。測定は、12μm×9μmの視野で、1試料あたり5箇所行い、画像計測した発光面積の平均値をサイジング剤の付着量とした。繊維束表面のサイジング剤付着量は、炭素繊維束の外表面に位置する炭素繊維を、繊維束内部のサイジング剤付着量は、繊維束を中央で分割し露出させた繊維束内部の炭素繊維をそれぞれ試料として用いた。繊維束表面のサイジング剤付着量を、繊維束内部のサイジング剤付着量で除した値を、サイジング剤の付着均一性を示す指標として用いた。
【0045】
<炭素含有量>
FISONS Instruments社製元素分析装置を用い、燃焼管1000℃、還元管650℃で元素分析し、炭素含有量を算出した。
【0046】
<プリプレグの作製方法>
得られた炭素繊維束を一方向に引き揃えて並べ、炭素繊維シート(目付け190g/m)をとした。液状ビスフェノール型エポキシ樹脂“jER 828”(三菱化学社製)、多官能エポキシ樹脂“jER 604”(三菱化学社製)と、芳香族アミン系硬化剤である4,4’−ジアミノジフェニルスルホン(和歌山精化社製)を混練し、プリプレグ用エポキシ樹脂組成物を作成した。得られたエポキシ樹脂組成物を、ナイフコーターを用いて離型紙上に塗布し、樹脂フィルムを作成した。次に前記炭素繊維シートに樹脂フィルム2枚を炭素繊維の両面から重ね、90度で加熱加圧して樹脂組成物を含浸させ、一方向プリプレグ(硬化温度180℃、樹脂含有率33%)を作製した。
【0047】
<0°引張試験>
作製した一方向プリプレグを、成型後の厚みが1mmになるように積層した後、180℃で硬化させ、炭素繊維の体積含有率が60%であるコンポジットを得た。これをASTM D 303に準拠し、室温で繊維に対して0°の方向に引張試験を行い、0°引張強度(0TS)および0°引張弾性率(0TM)を測定した。
【0048】
<面内せん断応力(IPSS)>
作製した一方向プリプレグ8枚を、繊維の方向が、[+45°/−45°/−45°/+45°/+45°/−45°/−45°/+45°]となるように積層した後、180℃で硬化させ、炭素繊維の体積含有率が60%であるコンポジットを得た。これを、JIS K 7079に記載の±45°方向引張法に従って、面内せん断応力(IPSS)を測定した。
【0049】
[実施例1]
前駆体繊維であるPAN繊維(単繊維繊度0.7dtex、フィラメント数24000)を、空気中250℃で、繊維比重1.35になるまで耐炎化処理を行い、次いで窒素ガス雰囲気下、最高温度650℃で低温炭素化させた。その後、窒素雰囲気下1500℃で高温炭素化させて製造した炭素繊維を、10.0質量%の硫酸アンモニウム水溶液を用い、電解溶液温度40℃、20C/gの電気量で電解酸化により表面処理を行い、未サイジング処理炭素繊維束(引張強度5880MPa、引張弾性率310MPa、炭素含有量98質量%、フィラメント数24000、総繊度800tex、繊維束の幅8mm)を得た。
得られた未サイジング処理炭素繊維束を、サイジング剤樹脂濃度4質量%のサイジング剤溶液に浸漬した後、電磁波による加熱装置として、波長4μmに最大エネルギー強度を有する反射板付遠赤外線ヒーターを備えた乾燥機を2台用いて、被処理繊維に対して2.5g/texの張力を付与しながら、第1乾燥として乾燥温度100℃で5分間加熱し、続いて第2乾燥として乾燥温度200℃で5分間加熱乾燥させ、サイジング処理を行った。サイジング剤溶液として、サイジング剤樹脂の質量に対して10質量%の非イオン性界面活性剤を用いて、サイジング剤樹脂を乳化させたエマルジョン水溶液を使用した。サイジング剤樹脂としてはビスフェノールA系エポキシ樹脂を、非イオン性界面活性剤としてはポリオキシエチレンアルキルエーテルを用いた。
このようにして得られた炭素繊維束は、サイジング剤付着量1.0質量%、炭素繊維束外表面のサイジング剤付着量の、炭素繊維束内部の付着量に対する比(表面の付着量/内部の付着量)が1.0であるサイジング剤の付着均一性が高い炭素繊維束であった。この炭素繊維束及び、この炭素繊維束を用いて作製した複合材料の物性を表1に示した。
本発明の炭素繊維束の製造方法により、繊維束内外の付着均一性が高い本発明の炭素繊維を得ることが出来きた。本発明の炭素繊維束は優れた複合材料物性を示した。
【0050】
[実施例2、3]
サイジング剤溶液の濃度を変更し、サイジング剤の付着量を変更した以外は実施例1と同様にしてサイジング溶液として、炭素繊維束得た。この炭素繊維束及び、この炭素繊維束を用いて作製した複合材料の物性を表1に示した。
本発明の方法を用いれば、サイジング剤の付着量にかかわらず、繊維束内外の付着均一性が高い本発明の炭素繊維を得ることが出来きた。また、この炭素繊維束を用いて作製した複合材料の物性は、何れも優れたものであった。
【0051】
[比較例1]
サイジング剤の乾燥方法を、電磁波を用いた加熱から、150℃の熱風循環炉に変更した以外は、実施例1と同様にして炭素繊維束を得た。この炭素繊維束及び、この炭素繊維束を用いて作製した複合材料の物性を表1に示した。
サイジングの付着量は実施例1と同程度であるが、通常の乾燥方法である熱風循環方式で乾燥さており、サイジング剤の付着均一性は2.2と繊維束外表面の付着量が高かった。また、十分な複合材料物性が得られなかった。
【0052】
[比較例2]
サイジング剤の乾燥方法を、電磁波を用いた加熱から、150℃の加熱ローラーに変更した以外は、実施例1と同様にして炭素繊維束を得た。この炭素繊維束及び、この炭素繊維束を用いて作製した複合材料の物性を表1に示した。
比較例2では通常の乾燥方法である加熱ローラーで乾燥させており、サイジング剤の付着均一性は0.4と繊維束外表面の付着量が繊維内部に比べ低かった。また、十分な複合材料物性が得られなかった。
【0053】
[実施例4〜6]
サイジング剤の乾燥温度を表1に記載の温度に変更した以外は、実施例1と同様にして炭素繊維束を得た。この炭素繊維束及び、この炭素繊維束を用いて作製した複合材料の物性を表1に示した。
実施例4は第1乾燥温度を70℃と実施例1と比較して低い温度で行った。実施例1と比較して付着均一性はやや低下したものの、複合材料物性としては十分なものが得られた。
実施例5は第2乾燥温度を100℃と実施例1と比較して低い温度で行った。実施例1と比較して付着均一性はやや低下したものの、複合材料物性としては十分なものが得られた。
実施例6は、第1乾燥温度、第2乾燥温度乾燥温度ともに150℃と比較例1と同様にした。遠赤外線方式で乾燥を行ったため、比較例1と比較して、付着均一性は1.2と良いものであり、十分な複合材料物性が得られた。
【0054】
【表1】

【0055】
[実施例7、8]
繊維束のフィラメント数を、実施例1の24000本から表2記載の本数に変更した以外は、実施例1と同様にしてサイジング処理を施し炭素繊維束を得た。これらの炭素繊維束及び、この炭素繊維束を用いて作製した複合材料の物性を表2に示した。
実施例7は実施例1と比べ、被処理繊維のフィラメント数を減らして炭素繊維束を製造した。実施例1と同程度の付着均一性が得られ、複合材料物性は十分なものであった。
実施例8は実施例1と比べ、被処理繊維のフィラメント数を増やして炭素繊維束を製造した。本発明の炭素繊維束の製造方法を用いると、フィラメント数が増加しても、付着均一性に優れた炭素繊維が得られた。得られた炭素繊維の複合材料物性は十分なものであった。
【0056】
[比較例3、4]
繊維束のフィラメント数を、24000本から表2記載の本数に変更した以外は、比較例1と同様にしてサイジング処理を施し炭素繊維束を得た。これらの炭素繊維束及び、この炭素繊維束を用いて作製した複合材料の物性を表2に示した。
比較例3は比較例1と比べ、被処理繊維のフィラメント数を減らして炭素繊維束を製造した。比較例1と比較して付着均一性はやや改善されたものの、実施例と比較すると不十分であり、十分な複合材料物性は得られなかった。
比較例4は比較例1と比べ、被処理繊維のフィラメント数を増やして炭素繊維束を製造した。フィラメント数が増加したため、比較例1と比較して付着均一性はさらに低下した。
【0057】
[比較例5]
繊維束のフィラメント数を、24000本から48000本に変更した以外は、比較例2と同様にしてサイジング処理を施し炭素繊維束を得た。これらの炭素繊維束及び、この炭素繊維束を用いて作製した複合材料の物性を表2に示した。
比較例5は比較例2と比べ、被処理繊維のフィラメント数を増やして炭素繊維束を製造した。フィラメント数が増加したため、比較例2と比較して付着均一性はさらに低下した。
【0058】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素繊維から構成された炭素繊維束であって、繊維束表面のサイジング剤付着量の、繊維束内部のサイジング剤付着量に対する比が0.5〜2.0であることを特徴とする炭素繊維束。
【請求項2】
炭素繊維から構成された炭素繊維束にサイジング剤溶液を付与した後、3μm以上の波長をもつ電磁波を用いて加熱乾燥させることを特徴とする炭素繊維束の製造方法。
【請求項3】
電磁波が、3〜30μmの波長の赤外線である請求項2に記載の炭素繊維束の製造方法。
【請求項4】
サイジング剤溶液が、サイジング剤樹脂の質量に対して非イオン系界面活性剤を5〜20質量%含むエマルジョン水溶液である請求項2または3に記載の炭素繊維束の製造方法。
【請求項5】
電磁波を用いた加熱乾燥が、少なくとも2段階以上の温度範囲で加熱乾燥を行う多段処理である請求項2〜4のいずれか1項に記載の炭素繊維束の製造方法。
【請求項6】
電磁波を用いた加熱乾燥が、少なくとも、温度範囲80〜120℃で加熱した後、さらに温度範囲150〜250℃で加熱する多段処理である請求項5に記載の炭素繊維束の製造方法。

【公開番号】特開2013−57140(P2013−57140A)
【公開日】平成25年3月28日(2013.3.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−196066(P2011−196066)
【出願日】平成23年9月8日(2011.9.8)
【出願人】(000003090)東邦テナックス株式会社 (246)
【Fターム(参考)】