説明

癌の処置のためのチゲサイクリンの使用

癌幹細胞は他の癌細胞とは異なる代謝特性を示し、従って、従来の化学療法薬を用いた処置に容易に応答しない。本明細書に開示されている研究は、現在のところ、グリシルサイクリン系抗生物質チゲサイクリン(テトラサイクリン誘導体)が癌幹細胞に対する活性を含む抗癌活性を示すことを実証する。この抗新生物活性は癌細胞におけるミトコンドリアタンパク質合成の阻害によるものと思われる。好ましい実施形態では、処置される癌は、白血病、リンパ腫または骨髄腫などの血液癌である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本出願は、対応する2010年3月10日出願の米国仮特許出願第61/312,410号の優先権に基づき米国特許法第119条の利益を主張するものであり、その全内容は引用することにより本明細書の一部とされる。
【0002】
本開示は、癌の処置のための方法および組成物、特に、急性骨髄性白血病(AML)などの白血病の処置のためのチゲサイクリンを含んでなる方法および組成物に関する。
【背景技術】
【0003】
癌幹細胞
現在最も挑戦的な癌治療の側面はおそらく癌幹細胞(CSC)であろう。幹細胞は1961年Till and McCullochによって初めて記載され、一般にそれらの自己再生能と多様な細胞種への分化能のよって定義される。腫瘍の微量成分を含んでなる癌幹細胞は腫瘍形成プロセスを誘発して持続させる能力を有すると考えられる。治療中に癌幹細胞を完全に根絶するのは困難であることから、それらは癌治療の注目される標的となっている。
【0004】
この癌幹細胞という仮説の証拠の多くは造血器悪性腫瘍の研究に端を発する。Dickおよび共同研究者らによる研究では、急性骨髄性白血病(AML)患者に関して末梢血由来の小コンパートメントにおいて白血病幹細胞(LSC)が発見された。彼らはその後、非肥満性糖尿病−重症複合免疫不全症(NOD−SCID)マウスの骨髄にこれらのLSCを移植することに成功し、これらのヒト細胞が増殖し、元の患者と同様の表現型が広がった。その結果、現在のLSCの機能的標準はNOD−SCIDマウスへの良好な生着となっている。
【0005】
LSCは自己再生能と分化能を有するが実質的な数のLSCは静止中のG期に見られる。このことが、化学療法薬は一般に周期の急速な集団を標的とするので化学療法薬がLSCを排除できないという理由となっている可能性がある。LSCが薬剤および毒素に耐性があるという他の理由は、ATP関連輸送体の発現およびアポトーシス刺激に対する耐性である可能性がある。従って、白血病幹細胞の生存に直接影響を及ぼす新規な治療化合物を発見することが有益であろう。
【発明の概要】
【0006】
本開示の一側面は、癌細胞において細胞傷害性を誘導する方法であって、細胞をグリシルサイクリンと接触させることを含んでなる方法を含む。
【0007】
本開示のもう1つの側面は、それを必要とする被験体に有効量のチゲサイクリンなどのグリシルサイクリンを投与することを含んでなる癌の処置方法を含む。
【0008】
本開示のさらなる側面は、癌を処置するためのチゲサイクリンなどのグリシルサイクリン(glyclycycline)の使用を含む。
【0009】
ある態様では、グリシルサイクリンはチゲサイクリンを含んでなる。
【0010】
ある態様では、癌は血液癌または固形癌である。
【0011】
ある態様は、血液癌は白血病である。さらなる態様では、白血病は急性骨髄性白血病(AML)である。
【0012】
本開示のその他の特徴および利点は以下の詳細な説明から明らかになる。しかしながら、本開示の趣旨および範囲内の変形および改変はこの詳細な説明から当業者には明らかとなるので、詳細な説明および特定の実施例は本開示の好ましい態様を示すものであって例を示すに過ぎないと理解されるべきである。
【図面の簡単な説明】
【0013】
以下、本開示の態様を図面に関して説明する。
【図1】TEX細胞およびM9−ENL−1細胞のスクリーニングは、新規な抗白血病活性を有するチゲサイクリンを示す。(A)TEX細胞および(B)M9−ENL1細胞を96ウェルプレートに播種し、各ウェルに薬剤(5μL/ウェル)を終濃度10μΜ(示されている)および1μΜとなるように加えた。細胞増殖および生存率を48時間目(M9−ENL−1)および72時間目(TEX)にMTSアッセイによって測定した。細胞生存率は各化合物に関してDMSO単独で処理した細胞に対するパーセンテージとして示す。(C)白血病、(D)骨髄腫、および(E)固形腫瘍細胞系統を96ウェルプレートに播種した後、漸増濃度のチゲサイクリンで処理した。細胞増殖および生存率を72時間目にMTSアッセイによって測定した。細胞生存率はビヒクル処理細胞に対する平均パーセンテージ±SD(n=3)として表す。(F)チゲサイクリンは、アネキシンVにより標識された細胞に対するパーセンテージとしてフローサイトメトリーによって求められ、TEX細胞のアポトーシスに時間依存的増加を示す。(G)TEX細胞を96ウェルプレートに播種した後、漸増濃度のチゲサイクリン、ミノサイクリンおよびテトラサイクリンで処理した。細胞生存率を72時間目にMTSアッセイによって測定した。細胞生存率はビヒクル処理細胞に対する平均パーセンテージ±SD(n=3)として表す。
【図2】チゲサイクリンは正常造血細胞よりも優先的に原発性AML細胞において細胞死を誘導し、クローン性増殖を阻害する。白血病患者(芽細胞総数>80%)および正常なG−CSF増殖ドナーの末梢血からの単核細胞を漸増濃度のチゲサイクリンで48時間処理した。細胞生存率をアネキシン−PIフローサイトメトリー染色によって測定した。細胞生存率はDMSO処理細胞に対する平均パーセンテージ±SD(n=3)として表す。原発性AML患者サンプル(A、B)および正常末梢血細胞(C)からの単核細胞を5μΜのチゲサイクリンを含むメチルセルロース(methylcelluose)に播種した。(D)播種後7日目(AML)および14日目(正常)にコロニー形成単位を数えた。DMSO処理した播種細胞に対するコロニー形成率%を表す。
【図3】チゲサイクリンはイン・ビボにおいて抗白血病活性を有する(A、B)。ヒト白血病(OCI−AML2)をSCIDマウスの側腹部に皮下注射した。注射7日後に腫瘍が触知可能となったところで、マウスをチゲサイクリン(50mg/kgまたは100mg/kg、i.p.注射により1日2回)またはビヒクル対照で処置した(n=10/群)。細胞を注射してから14日後にマウスを犠牲にし、腫瘍を摘出し、腫瘍の体積と質量を測定した。腫瘍質量および平均体積+SDを示す。腫瘍の体積および質量の違いを対応のないt検定によって分析した:*p<0.001。(C)2匹の対照マウスおよび3匹のチゲサイクリン処置マウスから処置5日後に腫瘍を摘出し、全タンパク質を抽出し、Cox−1、Cox−2、Cox−4およびチューブリンに関してウエスタンブロット法により分析した。(D)3人のAML患者からの原発性細胞を致死量以下の照射を行ったNOD/SCID雌マウスの右大腿に大腿内注射した。注射3週間後にマウスをチゲサイクリン(毎日100mg/kg、i.p.注射)またはビヒクル対照で3週間処置した(n=10/群)。処置後、注射した右大腿のヒト白血病細胞の生着を、ヒトCD45CD19CD33細胞に関するFACS分析によって測定した。データは生着したヒト細胞の平均値±SDに相当する。1人の患者の試験からの細胞を用いて、第二世代のNOD/SCIDマウスにおける二次的生着を評価した。対照マウスおよびチゲサイクリン処置マウスの骨髄からの活性のある白血病細胞を同数、チゲサイクリンで処置しなかった照射済みNOD/SCIDマウスに注射した。6週間後、右大腿に注射されたヒト白血病細胞の生着を、ヒトCD45CD19CD33細胞に関するFACS分析によって測定した(*p<0.005、スチューデントのt検定)。
【図4】チゲサイクリンはTEX細胞においてミトコンドリアCox−1タンパク質レベルを低下させる。(A)TEX、OCI−AML2および2人の原発性AML患者からの細胞を漸増濃度(2.5μΜおよび5μΜ)のチゲサイクリンで36時間および48時間処理した。全タンパク質を抽出し、Cox−1、Cox−2、Cox−4、grp78、XIAP、アクチンおよびチューブリンに関するウエスタンブロット法によって分析した。(B)TEXおよびAML患者の細胞を漸増濃度(2.5μΜおよび5μΜ)のチゲサイクリンで処理した。18Sと比較したCox−1、Cox−2およびCox−4 mRNA発現を定量的RT−PCRにより測定した。データは平均値±SDとして示す。(C)TEX細胞を漸増濃度のチゲサイクリンおよびクロラムフェニコール(CAP)で72時間処理した。クエン酸シンターゼ活性と比較した複合体I、IIおよびIVの酵素活性を材料及び方法に記載されているように測定した。(D)TEX、原発性AML患者および正常ドナーからの細胞を漸増濃度のチゲサイクリンで処理した。ミトコンドリア膜電位(Δψ)は、細胞をJC−1色素で染色し、フローサイトメトリー分析(赤/緑比)により測定した。反応性酸素種(ROS)の生成は、h2−DCFDAおよびジヒドロエチジウム(DHE)で染色することにより測定した。
【図5】急性骨髄性白血病細胞のミトコンドリアの特徴。(A)ミトコンドリアDNAコピー数を原発性AMLおよび正常G−CSF動員ドナーの末梢血からの単核細胞において求めた。細胞からDNAを抽出し、ミトコンドリアND1に関してヒトグロブリン(HGB)と比較してリアルタイムPCRを行った。ND1/HGB比を正常G−CSF動員ドナーからの細胞と比較して示す。(B)ミトコンドリア質量をAML塊状芽細胞およびCD45+/CD34+細胞において評価し、正常G−CSF動員個体からのCD45+/CD34+細胞と比較した。ミトコンドリア質量は、細胞をMitotracker Green FM色素とともにインキュベートした後にフローサイトメトリーを行うことによって測定した。中央値蛍光強度を1人の正常G−CSF動員ドナーと比較して示す。(C)ミトコンドリア質量を11人のAML患者からの芽細胞においてMitotracker Green FM法を用いて測定した。次に、細胞を漸増濃度のチゲサイクリンとともに48時間インキュベートした。生存率をアネキシン−V/PI染色とその後のフローサイトメトリーにより評価した。ベースラインミトコンドリア質量と5μΜおよび10μΜ用量のチゲサイクリン感受性との間の相関を示す。
【発明の具体的な説明】
【0014】
I.定義
本明細書において「グリシルサイクリン」とは、任意のテトラサイクリンの任意のグリシル誘導体、例えば、tert−ブチル−グリシルアミド誘導体を意味し、任意の薬学上許容される塩などの任意の塩形態、鏡像異性体、立体異性体(stereiosomer)、溶媒和物、プロドラッグまたはそれらの混合物を含む。例えば、参照文献6,7を参照。ある態様では、グリシル誘導体は、グリシル基が4環構造の9位に結合しているテトラサイクリンである。
【0015】
本明細書において「グリシル」とは、式:
【化1】

(式中、R’およびR”は基H、C1−20アルキル、C6−10アリールおよびC3−10シクロアルキルから独立に選択されるか、またはR’およびR”はそれらが結合している窒素と一緒に連結して3〜10員環を形成する)
の基を意味する。ある態様では、R’およびR”の一方はHであり、R’およびR”の他方はC1−6アルキル(分岐または非分岐)である。
【0016】
本明細書において「チゲサイクリン」とは、構造:
【化2】

を有する化合物またはその薬学上許容される塩、溶媒和物またはプロドラッグならびにそれらの混合物を意味する。チゲサイクリンは、例えば”Tigecycline compositions and methods of preparation”と題された米国特許公開第2006−0247181号明細書、および”Manufacturing process for tigecycline”と題された同第2007−0026080号明細書に記載されているような当技術分野で公知の方法に従って製造することができる。
【0017】
本明細書において「混合物」とは、2種類以上の化合物を含んでなる組成物を意味する。ある態様では、混合物は2種類以上の異なる化合物の混合物である。さらなる態様では、化合物が「混合物」と呼ばれる場合には、それが塩、溶媒和物、プロドラッグまたは適用可能であればその化合物の任意の比率の立体異性体など、化合物の2種類以上の形態を含んでなり得ることを意味する。当業者ならば、混合物中の化合物は形態の混合物としても存在し得ることを理解するであろう。例えば、化合物は塩の水和物として、または化合物のプロドラッグの塩の水和物としても存在し得る。本明細書に開示される化合物のあらゆる形態が本開示の範囲内にある。
【0018】
本明細書において「癌」とは、転移性および/または非転移性癌を意味し、原発性癌および続発性癌を含む。癌に対する言及には癌細胞に対する言及が含まれる。
【0019】
本明細書において「血液癌」とは、白血病、多発性骨髄腫およびリンパ腫などの血液および骨髄の癌を意味し、原発性癌および続発性癌を含む。血液癌に対する言及には血液癌細胞に対する言及が含まれる。
【0020】
本明細書において「白血病」とは、造血系組織、その他の器官および通常には血液中に見られる増加した数の異常な白血球の進行性の増殖を伴う任意の疾患を意味する。白血病には、限定されるものではないが、急性骨髄性白血病(AML)、急性リンパ性白血病(ALL)、慢性リンパ性白血病(CLL)および慢性骨髄性白血病(CML)が含まれる。
【0021】
本明細書において「骨髄腫」および/または「多発性骨髄腫」とは、骨髄の造血系組織に由来する細胞から構成される任意の腫瘍または癌を意味する。多発性骨髄腫はまたMMおよび/または形質細胞性骨髄腫としても知られる。
【0022】
本明細書において「リンパ腫」とは、異常なリンパ細胞の進行性の増殖を伴う任意の疾患を意味する。例えば、リンパ腫としては、マントル細胞リンパ腫、非ホジキンリンパ腫、およびホジキンリンパ腫が挙げられる。非ホジキンリンパ腫としては緩徐進行性(indolent)および急速進行性(aggressive)非ホジキンリンパ腫が挙げられる。急速進行性非ホジキンリンパ腫としては、中悪性度および高悪性度リンパ腫が挙げられる。緩徐進行性非ホジキンリンパ腫としては低悪性度リンパ腫が挙げられる。
【0023】
本明細書において「固形腫瘍癌」とは、癌細胞から構成される1以上の固形腫瘍をもたらす癌を意味し、例えば、肺癌、脳癌(神経膠芽腫、髄芽細胞腫、星状細胞腫、乏突起神経膠腫、脳室上衣細胞腫)、肝臓癌、甲状腺癌、骨癌、副腎癌、脾臓癌、腎臓癌、リンパ節癌、小腸癌、膵臓癌、結腸癌、胃癌、乳癌、子宮内膜癌、前立腺癌、精巣癌、卵巣癌、皮膚癌、頭頸部癌および食道癌が挙げられる。
【0024】
「薬学上許容される」とは、動物、特にヒトの処置に適合することを意味する。
【0025】
「薬学上許容される塩」とは、患者の処置に好適な、または適合する酸付加塩を意味する。
【0026】
本明細書において「薬学上許容される酸付加塩」とは、任意の塩基性化合物の無毒な有機塩または無機塩を意味する。酸付加塩を形成する塩基性化合物としては、例えば、アミン基を含んでなる化合物が挙げられる。好適な塩を形成する例示的無機酸としては、塩酸、臭化水素酸、硫酸およびリン酸、ならびに一水素ナトリウム、オルトリン酸塩および硫酸水素カリウムなどの金属塩が挙げられる。好適な塩を形成する例示的有機酸としては、グリコール酸、乳酸、ピルビン酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、フマル酸、リンゴ酸、酒石酸、クエン酸、アスコルビン酸、マレイン酸、安息香酸、フェニル酢酸、桂皮酸およびサリチル酸などの一、二および三カルボン酸、ならびにp−トルエンスルホン酸およびメタンスルホン酸などのスルホン酸が挙げられる。一酸塩または二酸塩のいずれかが形成可能であり、このような塩は水和物形態、溶媒和物形態または実質的に無水の形態で存在し得る。一般に、酸付加塩はそれらの遊離塩基形態に比べて水および種々の親水性有機溶媒に可溶性が高く、一般により高い融点を示す。適当な塩の選択は当業者に公知である。
【0027】
本明細書において「薬学上許容される塩基付加塩」とは、任意の酸性化合物の任意の無毒な有機または無機塩基付加塩を意味する。塩基付加塩を形成する酸性化合物としては、例えば、カルボン酸基を含んでなる化合物が挙げられる。好適な塩を形成する例示的無機塩基としては、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、水酸化マグネシウムまたは水酸化バリウムが挙げられる。好適な塩を形成する例示的有機塩基としては、脂肪族、脂環式または芳香族有機アミン(メチルアミン、トリメチルアミンおよびピコリンなど)、アルキルアンモニアまたはアンモニアが挙げられる。適当な塩の選択は当業者に公知である。
【0028】
所望の化合物塩の形成は標準的な技術を用いて達成される。例えば、中性化合物を好適な溶媒中、酸または塩基で処理し、形成された塩を濾過、抽出または他の任意の好適な方法によって単離する。
【0029】
本明細書において「プロドラッグ」とは、被験体に投与された際に誘導体が徐々に活性型へと変換されてより良い治療応答、および/または低い毒性レベルをもたらす、既知の活性型化合物または組成物の誘導体を意味する。一般に、プロドラッグは、概念的に由来する化合物にin vivoで容易に変換可能な、本明細書に開示されている化合物の機能的誘導体である。プロドラッグとしては、限定されるものではないが、アシルエステル、カルボネート、フォスフェートおよびウレタンが挙げられる。これらの群は例であって網羅するものではなく、当業者ならば他の既知のプロドラッグ種を作製することができる。プロドラッグは例えば、利用可能なヒドロキシ、チオール、アミノまたはカルボキシル基を伴って形成可能である。例えば、本開示の化合物の利用可能なOHおよび/またはNHを、塩基の存在下で活性化酸を用い(不活性溶媒(例えば、ピリジン中の酸塩化物)中でもよい)、アシル化すればよい。プロドラッグとして利用されてきた一般的なエステルをいくつか挙げると、フェニルエステル、脂肪族(C−C24)エステル、アシルオキシメチルエステル、カルバメートおよびアミノ酸エステルである。特定の場合では、本開示の化合物のプロドラッグは、化合物のヒドロキシ基および/またはアミノ基が、イン・ビボでヒドロキシ基および/またはアミノ基に変換され得る基としてマスクされているものである。好適なプロドラッグを選択および作製するための従来の手法は、例えば、"Design of Prodrugs" H. Bundgaard編, Elsevier, 1985に記載されている。
【0030】
本開示による化合物が1または複数の不斉中心を有する場合、それらは鏡像異性体およびジアステレオマーなどの「立体異性体」として存在し得る。このような立体異性体および任意の比率のその混合物は総て本開示の範囲に包含されると理解すべきである。本開示の化合物の立体化学は本明細書に示されているあるいずれかの化合物に関して提供されるものであり得るが、このような化合物は、別の立体化学を有する一定量(例えば、20%未満、10%未満、5%未満)の化合物も含み得る。
【0031】
本明細書において「溶媒和物」とは、好適な溶媒の分子が結晶格子に組み込まれている化合物またはその薬学上許容される塩を意味する。好適な溶媒は投与される用量において生理学的に容認できるものである。好適な溶媒の例は、エタノール、水などである。水が溶媒である場合、その分子は「水和物」と呼ばれる。溶媒和物の形成は化合物および溶媒和物によって異なる。一般に、溶媒和物は化合物を適当な溶媒に溶解させ、冷却によるかまたは貧溶媒を用いて溶媒和物を単離することによって形成される。溶媒和物は一般に周囲条件下で乾燥または共沸させる。
【0032】
本明細書において「被験体」とは、哺乳類を含む動物界のあらゆるメンバーを含み、好適にはヒトを意味する。
【0033】
本明細書において「細胞において細胞傷害性を誘導する」とは、細胞死が起こる細胞傷害を引き起こすことを意味する。
【0034】
本明細書において「細胞死」とは、壊死およびアポトーシスを含め、あらゆる形態の細胞死を含む。
【0035】
本明細書において「処置する」または「処置」とは、当技術分野で十分理解されているように、臨床結果を含む有益なまたは所望の結果を得るための手法を意味する。有益なまたは所望の臨床結果としては、限定されるものではないが、検出可能であるか検出不能であるかにかかわらず、1以上の症候または症状の緩和または改善、疾患の程度の軽減、疾患の安定(すなわち、悪化しない)状態、疾患の拡散の防止、疾患の進行の遅延または緩徐化、疾患の状態の改善または一時的緩和、疾患の再発の軽減、および緩解(部分的または全面的)が挙げられる。「処置する」および「処置」とはまた、処置を受けない場合に予測される生存に比べて生存を延長することも意味し得る。本明細書において「処置する」および「処置」は、予防的処置も含む。例えば、初期の白血病を有する被験体は進行もしくは転移を防止するために処置することができ、あるいはまた、緩解中の被験体は再発を防止するために本明細書に記載の化合物または組成物で処置することができる。処置方法は被験体に治療上有効な量の本明細書に記載の化合物を投与することを含んでなり、単回の投与からなってもよいし、あるいはまた一連の適用を含んでなってもよい。例えば、本明細書に記載の化合物は少なくとも1週間に1回投与し得る。しかしながら、別の態様では、本化合物は所与の処置に関して約3週間に1回、または約1週間に1回から約1日に1回、被験体に投与することができる。別の態様では、化合物は1日に2回投与される。処置期間の長さは疾患の重篤度、患者の年齢、本明細書に記載の化合物の濃度、活性、および/またはそれらの組合せなどの種々の因子によって異なる。また、処置または予防に用いる化合物の有効な用量は特定の処置または予防計画よりも増やしたり減らしたりしてもよいと考えられる。用量の変化は結果であり、当技術分野で公知の標準的な診断アッセイにより明らかとなり得る。場合によっては、慢性投与が必要となることもある。例えば、本化合物は患者を処置するのに十分な量および期間で被験体に投与される。
【0036】
本明細書において「投与形」とは、例えば、本開示の化合物を含んでなる物理的投与形を意味し、限定されるものではないが、液体および固体投与形(例えば、腸溶被覆錠を含む錠剤、カプレット剤、ゲルキャップ剤、カプセル剤、内服錠、バッカル錠、トローチ剤、エリキシル剤、懸濁液、シロップ剤、ウエハース、再懸濁可能な粉末、液体、溶液を含む)ならびに注射用に適宜処方された注射投与形(例えば、無菌溶液および再構成用無菌粉末を含む)などを含む。
【0037】
本明細書において「有効量」または「治療上有効な量」とは、所望の結果を達成するのに必要な用量および期間で有効な量を意味する。例えば、本明細書または造血器悪性腫瘍の処置において、有効量はその化合物を投与しない場合に見られる応答に比べて、例えば、緩解を誘導する、腫瘍量を軽減する、および/または腫瘍の拡散もしくは増殖を防ぐ量である。有効量は病態、被験体の年齢、性別、体重などの因子によって異なる。このような量に相当するある特定の化合物の量は、ある特定の薬剤または化合物、医薬製剤、投与経路、疾患または障害のタイプ、処置される被験体または宿主の特性などの種々の因子によって異なるが、やはり当業者によって慣例的に決定することができる。
【0038】
本明細書において「投与される」とは、細胞培養または患者のいずれかにおいて細胞に治療上有効な用量の本開示の化合物または組成物を投与することを意味する。
【0039】
本明細書において「ミトコンドリア翻訳ポリペプチド」とは、ミトコンドリアに存在するリボソームによってもっぱら翻訳されるポリペプチドを意味する。
【0040】
本明細書において「ミトコンドリア質量」とは、一細胞またはある細胞数におけるミトコンドリアの総数および/または重量を意味する。ミトコンドリア質量は、例えば、細胞をMitotracker Green FM色素とともにインキュベートした後にフローサイトメトリーを行い、細胞の中央蛍光強度を測定することによって測定または特性決定することができる。ミトコンドリア質量はまた、細胞をMitotracker Green FM色素とともにインキュベートした後に共焦点走査レーザー顕微鏡観察を行い、画像ソフトウエア、例えば、ImageJ(例えば、Agnello et al. A method for measuring mitochondrial mass and activity. Cytotechnology Vol 56(3): 145-149参照)を用いて蛍光レベルを定量することによって測定または特性決定することもできる。例えば、癌を有する被験体から採取したサンプルにおける一細胞のミトコンドリア質量またはある数の細胞の平均ミトコンドリア質量は、例えば対照被験体から採取したサンプルの対照の一細胞またはある数の細胞のミトコンドリア質量と比較することができる。
【0041】
本明細書において「対照」とは、癌被験体、癌被験体由来のサンプル(例えば試験サンプル)細胞もしくは複数の細胞と比較するための非癌性被験体、このような被験体由来の血液サンプル、一細胞もしくは複数の細胞といった好適な比較被験体、サンプル、一細胞もしくは複数の細胞;または文脈に従って処置された被験体、一細胞もしくは複数の細胞と比較するための処置されていない被験体、一細胞もしくは複数の細胞を意味する。例えば、ミトコンドリア質量を比較するための対照には、例えば、例えば、低いおよび/またはほぼ正常のミトコンドリア質量を有することが知られている癌および/または癌細胞を持たない対照被験体から採取した血液サンプル中の非癌性細胞(正常CD34+造血系細胞など)が含まれる。対照はまた、対照被験体、一細胞および/または複数の細胞および/または被験体集団の代表的な値、例えば、正常ミトコンドリア質量の代表的な値を意味する場合もある。
【0042】
本明細書において「サンプル」とは、ミトコンドリア質量が調べられる被験体、例えば癌を有する被験体などの供試被験体由来のサンプル(すなわち、試験サンプル)(ここで、この試験サンプルは癌細胞を含んでなる)、ならびにミトコンドリア質量が調べられる対照被験体(例えば、癌を持たない被験体)由来の対照サンプルを含む、被験体由来の細胞、細胞サンプルまたは組織サンプルを含んでなる任意の体液を意味する。例えば、サンプルは、血液サンプル、例えば、末梢血サンプル、分画血液サンプル、骨髄サンプル、生検材料、凍結組織サンプル、新鮮組織検体、細胞サンプルおよび/またはパラフィン包埋切片を含んでなり得る。一例として、癌がAMLである場合、サンプルは単核細胞を含んでなる。
【0043】
本明細書において「細胞において哺乳類ミトコンドリアリボソームを阻害する」とは、非処理細胞に比べて、例えば、定常状態レベルまたはある期間にわたって生成される翻訳産物の量に反映されるmRNAのミトコンドリアポリペプチド翻訳への干渉を軽減することを意味する。
【0044】
本開示の範囲を理解する際に、本明細書において「を含んでなる」およびその派生表現は、記載されている特徴、要素、成分、群、整数および/または工程の存在を特定するが、記載されていない他の特徴、要素、成分、群、整数および/または工程の存在を排除するものではない、オープンエンド型の用語であるものとする。以上のことは、「含む」、「有する」およびそれらの派生表現などの類似の意味を有する言葉にも当てはまる。
【0045】
本明細書において「からなる」およびその派生表現は、記載されている特徴、要素、成分、群、整数および/または工程の存在を特定し、かつ、記載されていない他の特徴、要素、成分、群、整数および/または工程の存在を排除するクローズエンド型の用語であるものとする。
【0046】
さらに、本明細書において「実質的に」、「約」および「およそ」などの程度を表す用語は、最終的な結果が有意に変化しないようなこの修飾される用語の合理的な偏差量を意味する。これらの程度を表す用語は、この偏差がそれが修飾する言葉の意味を否定しない限り、修飾される用語の少なくとも±5%の偏差を含むものと解釈されるべきである。
【0047】
より具体的には、「約」とは、参照される数値の±0.1〜50%、5〜50%または10〜40%、10〜20%、10%〜15%、好ましくは、5〜10%、最も好ましくは、約5%を意味する。
【0048】
本明細書および添付の特許請求の範囲において用いられているように、単数形「a」、「an」および「the」は、文脈が明らかにそうではないことを示さない限り、複数のものを含む。従って、例えば、「1つの化合物」を含有する組成物は2以上の化合物の混合物を含む。また、「または」とは一般に、文脈が明らかにそうではないことを示さない限り、その意味に「および/または」を含めて用いられることに留意すべきである。
【0049】
特定の節に記載されている定義および態様は、当業者が理解しているように好適である本明細書に記載の他の態様に適用可能であるものとされる。
【0050】
本明細書において終点による数値範囲の記載は、その範囲内に包含されるあらゆる数値および部分を含む(例えば、1〜5は1、1.5、2、2.75、3、3.90、4および5を含む)。また、「約」という用語で修飾されるべき、あらゆる数値およびその分数が包含されるとも理解されるべきである。
【0051】
さらに、記載されている定義および態様は、当業者が理解しているように好適である本明細書に記載の他の態様に適用可能であるものとされる。例えば、上記の下りで、本発明の種々の側面がより詳しく定義される。そのように定義された各側面は、そうではないことが明示されない限り、他の任意の1または複数の側面と組み合わせることができる。特に、好ましいまたは有利であると示されている特徴はいずれも、好ましいまたは有利であると示されている他の任意の1つまたは複数の特徴と組み合わせることができる。
【0052】
II.方法および組成物
例えば、チゲサイクリンは、ブランド名チガシル(Tygacil)(登録商標)として販売されているが、ある種の感染の処置に現在用いられている。本明細書では、薬理学的に達成可能なチゲサイクリンの濃度は癌および特に白血病の処置に有用であることが示される。
【0053】
よって、本開示の一側面は、癌を処置する方法であって、それを必要とする被験体に有効量のチゲサイクリンなどのグリシルサイクリンを投与することを含んでなる方法を含む。もう1つの側面において、本開示は癌を処置するためのチゲサイクリンなどのグリシルサイクリンの使用を含む。別の側面は、癌の処置のための薬剤の製造のためのチゲサイクリンなどのグリシルサイクリンの使用を含む。なおさらなる側面では、本開示は癌の処置において用いるためのチゲサイクリンなどのグリシルサイクリンを含む。
【0054】
また本明細書では、チゲサイクリンにより誘導される細胞傷害性はAMLサンプル中のミトコンドリア質量の増大と相関することも示される。例えば、図5は、AML細胞は正常細胞に比べて高いミトコンドリア質量を有すること、およびミトコンドリア質量の高いAML細胞はミトコンドリア質量の低い細胞に比べてチゲサイクリンに対する感受性が高いことを示している。
【0055】
また、図5Aでは、AMLサンプルがヒトグロビンDNAに比べて高いミトコンドリアDNAコピー数のND1を有することも示される。図5Aでは、ミトコンドリアDNAコピー数は原発性AMLおよび正常G−CSF動員ドナーの末梢血に由来する単核細胞で測定した。細胞からDNAを抽出し、ヒトグロブリン(HGB)と比較してミトコンドリアND1に関するリアルタイムPCRを行った。AMLサンプルではND1/HGB比が有意に高い。
【0056】
よって、ある側面では、本開示はグリシルサイクリンの投与から利益を受け得る被験体を同定する方法であって、a)被験体から癌細胞を含んでなる試験サンプルを得ること;b)試験サンプルのミトコンドリアDNAコピー数および/またはミトコンドリア質量を測定すること;c)試験サンプルのミトコンドリアDNAコピー数および/またはミトコンドリア質量を対照のミトコンドリアDNAコピー数および/またはミトコンドリア質量と比較することを含んでなり、該被験体は、試験サンプルが対照に比べて少なくとも2倍高いミトコンドリアDNAコピー数および/またはミトコンドリア質量を有する場合にグリシルサイクリン(glycylcyline)の投与から利益を受け得ると同定される、方法を含む。もう1つの側面では、本開示は癌を処置する方法であって、a)被験体から癌細胞を含んでなる試験サンプルを得ること;b)試験サンプルのミトコンドリアDNAコピー数および/またはミトコンドリア質量を測定すること;c)試験サンプルのミトコンドリアDNAコピー数および/またはミトコンドリア質量を対照のミトコンドリアDNAコピー数および/またはミトコンドリア質量と比較すること;およびd)試験サンプルのミトコンドリアDNAコピー数および/またはミトコンドリア質量が対照のミトコンドリアDNAコピー数および/またはミトコンドリア質量に比べて少なくとも2倍高い場合に被験体にグリシルサイクリン(glycylcline)を投与することを含んでなる方法を含む。
【0057】
ある態様では、投与されるグリシルサイクリン(gylcyl cyckine)がチゲサイクリンである。
【0058】
ある態様では、試験サンプルのミトコンドリアDNAコピー数は、ND1などのミトコンドリア遺伝子のDNAレベルおよび内部対照として用いられるヒトグロブリン(HGB)などの非ミトコンドリア遺伝子(すなわち、核遺伝子)のDNAレベルを定量し、ミトコンドリア遺伝子のDNAレベルの非ミトコンドリア遺伝子に対する比率を試験サンプルと対照とで比較することによって測定される。ある態様では、この方法は例えばリアルタイムPCRなどのPCRを使用することを含む。当業者ならば、ミトコンドリアゲノムによってコードされるいずれの遺伝子のDNAレベルも認識するであろう。また、非ミトコンドリア遺伝子は、限定されるものではないが、β−グロビン、18SおよびGAPDHなどの好適ないずれの核遺伝子であってもよい。
【0059】
さらなる側面は、対照に比べて少なくとも2倍高いミトコンドリアDNAコピー数および/またはミトコンドリア質量を有する癌を処置する方法であって、それを必要とする被験体に有効量のチゲサイクリンなどのグリシルサイクリンを投与することを含んでなる方法を含む。
【0060】
さらなる側面は、対照に比べて少なくとも2倍高いミトコンドリアDNAコピー数および/またはミトコンドリア質量を有する癌を処置するためのチゲサイクリン(tigecyline)などのグリシルサイクリン(gylcylcyline)の使用を含む。もう1つの側面は、対照に比べて少なくとも2倍高いミトコンドリアDNAコピー数および/またはミトコンドリア質量を有する癌を処置するための薬剤の製造のためのチゲサイクリンなどのグリシルサイクリン(gylcylcyline)の使用を含む。さらに別の側面は、対照に比べて少なくとも2倍高いミトコンドリアDNAコピー数および/またはミトコンドリア質量を有する癌を処置するためのチゲサイクリンなどのグリシルサイクリン(gylcylcyline)を含む。例えば、癌または細胞ミトコンドリア質量は、被験体から生検サンプル(例えば試験サンプル)を採取すること、および例えば本明細書に記載の方法を用いて試験サンプル癌細胞のミトコンドリア質量を測定することによって評価される。
【0061】
ある態様では、癌および/または癌細胞は対照に比べて少なくとも3倍高い、少なくとも4倍高い、および/または少なくとも5倍高いミトコンドリアDNAコピー数および/またはミトコンドリア質量を有する。
【0062】
別の側面では、本開示は癌細胞において細胞傷害性を誘導する方法であって、癌細胞をチゲサイクリンなどのグリシルサイクリンと接触させることを含んでなる方法を含む。この接触は例えば、細胞において細胞傷害性を誘導するのに好適な時間、好適な条件下におけるものである。さらなる側面において、本開示は、癌細胞において細胞傷害性を誘導するためのチゲサイクリンなどのグリシルサイクリンの使用を提供する。本開示の別の側面は、癌細胞において細胞傷害性を誘導するための薬剤の製造のためのチゲサイクリンなどのグリシルサイクリンの使用を含む。さらなる側面は、癌細胞において細胞傷害性を誘導するためのグリシルサイクリンを提供する。ある態様では、癌細胞はイン・ビトロのものである。ある態様では、癌細胞はイン・ビボのものである。ある態様では、癌細胞はヒト被験体に存在する。よって、ある態様では、本開示は、癌細胞が被験体に存在し、被験体に有効量のチゲサイクリンなどのグリシルサイクリンが投与される、癌の処置方法を含む。ある態様では、癌細胞は血液癌細胞である。別の態様では、癌細胞は固形癌細胞である。さらなる態様では、癌細胞は癌幹細胞である。
【0063】
本明細書ではまた、チゲサイクリンが臨床上達成可能な濃度で哺乳類ミトコンドリアリボソーム活性を阻害することが示される。よって、ある側面では、本開示は、細胞において哺乳類ミトコンドリアリボソームを阻害する方法であって、例えば、好適な時間および好適な条件下で、例えば、本明細書に記載される好適な条件下で、細胞をチゲサイクリンなどのグリシルサイクリンと接触させることを含んでなる方法を含む。ある態様では、方法はラジカル酸素の生産の増大をもたらさずに細胞において哺乳類ミトコンドリアリボソームを阻害するためのものである。
【0064】
本開示の別の側面は、細胞において哺乳類ミトコンドリアリボソームを阻害するためのチゲサイクリンなどのグリシルサイクリンの使用を含む。さらなる側面において、本開示は、細胞において哺乳類ミトコンドリアリボソームを阻害するための薬剤の製造のためのチゲサイクリンなどのグリシルサイクリンの使用を含む。ある態様では、哺乳類ミトコンドリアリボソームの阻害は、ミトコンドリア翻訳ポリペプチドのレベルを測定することによって評価される。ある態様では、ミトコンドリア翻訳ポリペプチドはCox−1である。別の態様では、ミトコンドリア翻訳ポリペプチドはCox−2である。当業者ならば、ミトコンドリアリボソームによって、好ましくはもっぱらミトコンドリアリボソームによって翻訳されるタンパク質はいずれもミトコンドリアリボソームの阻害を評価するために分析可能であることを認識するであろう。特定の理論に縛られるものではないが、ミトコンドリアリボゾームタンパク質合成を阻害し、それにより酸化的リン酸化および細胞代謝を遮断し、および/またはミトコンドリアの崩壊をもたらすことによって細胞死を誘導すると推測される。
【0065】
ある態様では、グリシルサイクリンはチゲサイクリンを含んでなる。別の態様では、グリシルサイクリンはチゲサイクリンである。
【0066】
処置可能な癌および癌細胞としては、限定されるものではないが、血液癌(白血病、リンパ腫および骨髄腫を含む)および固形癌(例えば、脳の腫瘍(神経膠芽腫、髄芽細胞腫、星状細胞腫、乏突起神経膠腫、脳室上衣細胞腫)、肺、肝臓、甲状腺、骨、副腎、脾臓、腎臓、リンパ節、小腸、膵臓、結腸、胃、乳房、子宮内膜、前立腺、精巣、卵巣、皮膚、頭頸部および食道の腫瘍が挙げられる。
【0067】
ある態様では、癌は血液癌である。一態様では、血液癌は白血病である。別の態様では、血液癌は骨髄腫である。ある態様では、血液癌はリンパ腫である。
【0068】
ある態様では、白血病は急性骨髄性白血病(AML)、急性リンパ性白血病(ALL)、慢性リンパ性白血病(CLL)および慢性骨髄性白血病(CML)から選択される。ある態様では、白血病はAMLである。ある態様では、白血病はALLである。ある態様では、白血病はCLLである。さらなる態様では、白血病はCMLである。ある態様では、癌細胞は白血病細胞、例えば、限定されるものではないが、AML細胞、ALL細胞、CLL細胞またはCML細胞である。
【0069】
さらなる態様では、血液癌は骨髄腫である。別の態様では、血液癌細胞は骨髄腫細胞である。
【0070】
なおさらなる態様では、血液癌はリンパ腫である。ある態様では、血液癌細胞はリンパ腫細胞である。
【0071】
ある態様では、癌は固形腫瘍癌である。ある態様では、固形腫瘍癌は、卵巣癌、前立腺癌および肺癌から選択される。ある態様では、癌細胞は卵巣癌細胞、前立腺癌細胞または肺癌細胞である。
【0072】
ある態様では、投与する、または細胞と接触させるグリシルサイクリン、例えば、チゲサイクリンは本明細書に記載の組成物、用量または投与形に含まれてなる。
【0073】
ある態様では、組成物はチゲサイクリンなどのグリシルサイクリンと場合により好適な担体またはビヒクルとを含んでなる。ある態様では、組成物はチゲサイクリンと場合により好適な担体またはビヒクルとを含んでなる。ある態様では、組成物は有効量のグリシルサイクリン、例えばチゲサイクリンと、場合により好適な担体またはビヒクルとを含んでなる。
【0074】
ある態様では、組成物は医薬組成物である。
【0075】
化合物は、好適には、イン・ビボ投与に好適な生物学的に適合する形態でヒト被験体に投与するための医薬組成物に処方される。
【0076】
本明細書に記載の組成物は、被験体に投与することができる薬学上許容される組成物の調製のためのそれ自体公知の方法によって調製することができ、これにより、有効量の有効物質が薬学上許容されるビヒクルとの混合物として組み合わせられる。
【0077】
好適なビヒクルは、例えば、Remington's Pharmaceutical Sciences (2003 第20版)に記載されている。これに基づき、組成物は、他を排するものではないが、1以上の薬学上許容されるビヒクルまたは希釈剤と組み合わせて、それらの物質の溶液を含み、好適なpHおよび生理学的流体と等浸透圧を有する緩衝溶液中に含まれる。
【0078】
医薬組成物としては、限定されるものではないが、凍結乾燥粉末または水性もしくは非水性無菌注射溶液もしくは懸濁液が挙げられ、これらは酸化防止剤、緩衝剤、静菌剤、および、組成物を意図されるレシピエントの組織または血液に実質的に適合したものとする溶質をさらに含んでいてもよい。このような組成物中に存在してもよい他の成分としては、例えば、水、界面活性剤(Tween(商標)など)、アルコール、ポリオール、グリセリンおよび植物油が挙げられる。即時調合注射溶液および懸濁液は、無菌粉末、顆粒、錠剤または濃縮溶液若しくは懸濁液から作製してもよい。組成物は、例えば、限定されるものではないが、被験体に投与する前に無菌水または生理食塩水で再構成する凍結乾燥粉末として供給することもできる。
【0079】
好適な薬学上許容される担体としては、医薬組成物の生物活性の有効性に干渉しない本質的に化学的に不活性でかつ無毒な組成物が挙げられる。好適な薬学上の担体の例としては、限定されるものではないが、水、生理食塩水、グリセロール溶液、エタノール、N−(1(2,3−ジオレイルオキシ)プロピル)N,N,N−トリメチルアンモニウムクロリド(DOTMA)、ジオレシル−ホスホチジル−エタノールアミン(diolesyl-phosphotidyl-ethanolamine)(DOPE)、およびリポソームが挙げられる。このような組成物は、治療上有効な量の化合物を、被験体に直接投与するための形態を提供するために好適な量の担体とともに含有する。
【0080】
ある態様では、本明細書に記載の化合物および組成物は、例えば、非経口投与、静脈内投与、皮下投与、筋肉内投与、頭蓋内投与、眼窩内投与、眼球投与、脳室内投与、嚢内投与、脊髄内投与、大槽内投与、腹腔内投与、鼻腔内投与、エアゾール投与または経口投与により投与される。
【0081】
ある態様では、化合物または組成物は静脈注入により投与される。ある態様では、例えば、癌は固形腫瘍の場合には、化合物または組成物は直接的腫瘍内注射により投与される。ある態様では、化合物または組成物は注射により腫瘍血管に投与される。
【0082】
投与経路が経口である場合、例えば、投与形が賦形剤とともに組み込まれ、腸溶被覆錠、カプレット剤、ゲルキャップ剤、カプセル剤、内服錠、口内錠、トローチ剤、エリキシル剤、懸濁液、シロップ剤、ウエハースなどの形態で使用することができる。経口投与形は固体または液体であり得る。
【0083】
ある態様では、本開示は投与形が固体投与形である医薬組成物を記載する。固体投与形は、個々に被覆された錠剤、カプセル剤、顆粒または経口投与に好適な他の非液体投与形を意味する。固体投与形は、限定されるものではないが、放出改良型、例えば、即放型および時限放出型の処方物を含むと理解すべきである。放出改良型処方物の例としては、例えば、徐放型(sustained-release)(SR)、放出延長型(extended-release)(ER、XRまたはXL)、時限放出型(time-release or timed-release)、制御放出型(controlled-release)(CR)または持続放出型(continuous-release)(CRまたはContin)が挙げられ、例えば、被覆錠、浸透圧送達デバイス、被覆カプセル剤、マイクロカプセル化マイクロスフェア、凝集粒子(例えば、分子ふるい型粒子のものなど)、または微小中空透過性繊維束、または繊維パケット内で凝集もしくは保持されたチョップド中空透過性繊維が挙げられる。例えば、リポソームまたは有効化合物がマイクロカプセル化、多層被覆などによって差次的に分解可能な被覆で保護されるものなど、時限放出型組成物を処方することができる。また、本明細書に記載の化合物を凍結乾燥させ、得られた凍結乾燥品を例えば注射用製品の調製に使用することもできる。
【0084】
別の態様では、本開示は、投与形が液体投与形である医薬組成物を記載する。当業者ならば好適な処方物をどのように調製すればよいかを知っている。好適な処方物の選択および調製のための従来の手順および成分は、例えば、Remington's Pharmaceutical Sciences (2003 第20版)および1999年出版のThe United States Pharmacopeia: The National Formulary (USP 24 NF19)に記載されている。
【0085】
別の態様では、本開示は、投与形が注射可能な投与形である医薬組成物を記載する。注射可能投与形は、限定されるものではないが、静脈内投与、皮下投与、筋肉内投与または腹腔内投与に好適な液体投与形を意味するものと理解すべきである。本明細書に記載の化合物の溶液はヒドロキシプロピルセルロースなどの界面活性剤と適宜混合された水で調製することができる。または例えば塩化ナトリウム溶液(例えば、0.9%塩化ナトリウム溶液)またはデキストロース溶液(例えば、5%デキストロース溶液)で調製することができる。
【0086】
グリセロール、液体ポリエチレングリコール、DMSOおよびアルコールを含むまたは含まないそれらの混合物中、並びに、オイル中で分散物が調製可能である。保存および使用の通常の条件下で、これらの製剤は微生物の増殖を妨げるために保存剤を含有する。当業者ならば好適な処方物をどのように調製すればよいかを知っている。好適な処方物の選択および調製のための従来の手順および成分は、例えば、Remington's Pharmaceutical Sciences (2003 第20版)および1999年出版のThe United States Pharmacopeia: The National Formulary (USP 24 NF19)に記載されている。
【0087】
注射用途に好適な医薬形は無菌水溶液または分散液、および無菌注射溶液または分散液の即時調合製剤のための無菌粉末を含む。どの場合にも、医薬形は無菌でなければならず、シリンジ操作が容易な程度に流動性がなければならない。
【0088】
ある態様では、用量および/または各単位投与形は、約50mg〜約1000mg、約100mg〜約2000mg、約100mg〜約1500mg、約100mg〜約1000mg、約100mg〜約700mg、約100mg〜約500mg、約100mg〜約350mg、約100mg〜約300mgまたは約100mg〜約250mgのグリシルサイクリン、例えばチゲサイクリンを含んでなる。
【0089】
別の態様では、用量および/または各単位投与形は、約150mg〜約2000mg、約150mg〜約1500mg、約150mg〜約1000mg、約150mg〜約700mg、約150mg〜約500mg、約150mg〜約350mg、約150mg〜約300mgまたは約150mg〜約250mgのグリシルサイクリン、例えばチゲサイクリンを含んでなる。
【0090】
ある態様では、用量または投与形は、ピーク血清濃度(すなわち、Cmax)が約0.5マイクログラム/mL〜約100マイクログラム/mL、約0.5マイクログラム/mL〜約80マイクログラム/mL、約0.5マイクログラム/ml〜約60マイクログラム/mL、約0.5マイクログラム/mL〜約40マイクログラム/mL、約0.5マイクログラム/mL〜約20マイクログラム/mL、または約0.5マイクログラム/mL〜約10マイクログラム/mLとなるのに十分なグリシルサイクリン、例えばチゲサイクリンを含んでなる。
【0091】
別の態様では、用量または投与形は、ピーク血清濃度(すなわち、Cmax)が約1マイクログラム/mL〜約100マイクログラム/mL、約10マイクログラム/mL〜約100マイクログラム/mL、約25マイクログラム/ml〜約100マイクログラム/mL、約40マイクログラム/mL〜約100マイクログラム/mL、約60マイクログラム/mL〜約100マイクログラム/mL、または約80マイクログラム/mL〜約100マイクログラム/mLとなるのに十分なグリシルサイクリン、例えばチゲサイクリンを含んでなる。
【0092】
一例として、PK研究は、単回用量のチゲサイクリン(50mg/kg)i.p.を施したマウスで行った。Cmaxは27+/4.5μg/mLであることが判明した。Tmaxは約30分であり、半減期は約4.5時間であった。よって、マウスにおける半減期はヒトにおける半減期(27時間)よりも有意に短かった。
【0093】
ある態様では、あるいは、投与形は固体経口投与形、液体経口投与形または注射投与形に処方され、処置を必要とする被験体に対して約20〜約100mgのグリシルサイクリン/kg体重、約30〜約100mgのグリシルサイクリン/kg体重、約40〜約100mgのグリシルサイクリン/kg体重、または約50〜約100mgのグリシルサイクリン/kg体重を含んでなり得る。別の態様では、投与形は、固体経口投与形、液体経口投与形または注射投与形に処方され、処置を必要とする被験体に対して約20〜約90mgのグリシルサイクリン/kg体重、約20〜約80mgのグリシルサイクリン/kg体重、約20〜約70mgのグリシルサイクリン/kg体重、約20〜約60mgのグリシルサイクリン/kg体重、または約20〜約50mgのグリシルサイクリン/kg体重を含んでなり得る。
【0094】
これらの用量は総て例示であり、これらの点の間のいずれの用量も本明細書に記載の方法の使用に入ると期待されると理解すべきである。
【0095】
別の側面において、本開示は、例えば癌の処置に有用な化合物(例えば、新規なグリシルサイクリンなどの化合物を同定する方法であって、真核細胞および/またはミトコンドリアリボソームを含んでなる細胞抽出物を試験化合物と接触させること;およびミトコンドリアリボソーム機能が対照に比べて低下しているかどうかを評価することを含んでなる方法(ここで、ミトコンドリアリボゾーム機能を低下させる(例えば阻害する)化合物が推定化学療法薬である)を含む。このようなスクリーニングで同定された化合物はまた、例えば、研究または他のプロトコールにおいてミトコンドリアリボソーム機能を阻害するのに有用である。ある態様では、試験化合物はグリシルサイクリンである。ある態様では、対照は非処理細胞(例えば、希釈剤を接触させた細胞)である。さらなる態様では、対照はチゲサイクリンで処理した細胞である。ある態様では、化合物は少なくともチゲサイクリンと同様の阻害性を有する。さらなる態様では、ミトコンドリアリボソーム機能は、ミトコンドリアリボソーム翻訳ポリペプチド、好ましくはミトコンドリアリボソームによって優先的に翻訳されるポリペプチド、より好ましくはミトコンドリアリボソームによってもっぱら翻訳されるポリペプチドのレベルを測定することにより評価される。さらなる態様では、ミトコンドリアリボソーム翻訳ポリペプチドはCox−1である。
【0096】
別の態様では、ミトコンドリアリボソーム翻訳ポリペプチドは、ND1、ND2、ND3、ND4、ND4L、ND5、ND6、CytB、Cox−2、Cox−3、ATP6およびATP8から選択される。別の態様では、ミトコンドリアリボソーム機能は酸化的リン酸化および/または細胞代謝の速度を求めることにより評価され、対照に比べての低下が、その化合物が推定化学療法薬である指標となる。ある態様では、化合物は薬理学的に達成可能であり、臨床上適当な濃度で阻害的である。当業者ならば、例えば、ミトコンドリアリボソーム翻訳ポリペプチドND1、ND2、ND3、ND4、ND4L、ND5、ND6、CytB、Cox−2、Cox−3、ATP6および/またはATP8のレベルを評価するためのウエスタンブロットの使用をはじめ、ミトコンドリアリボソーム機能を評価するための方法をよく知っている。
【0097】
III.キット
本開示の別の側面は、癌を処置するか、癌細胞において細胞傷害性を誘導するか、または細胞において哺乳類ミトコンドリアリボソームを阻害するためのキットである。ある態様では、キットはチゲサイクリンなどのグリシルサイクリンと使用説明書および/または包装材料とを含んでなる。別の態様では、該キットはチゲサイクリンと使用説明書および/または包装材料とを含んでなる。
【0098】
以下の限定されない例は本開示を例示するものである。
【実施例】
【0099】
実施例1
新規な治療薬を臨床試験へ速やかに進めるための戦略としての薬物再評価
【0100】
薬物再評価は新規な治療選択肢を臨床試験へ速やかに進めるための戦略であり、臨床的有効性を持つことが示されている。骨髄腫および脊髄形成異常を処置するための治療薬としてのサリドマイドの再評価はこの戦略のうち最もよく知られている例の1つであるが、他の成功も多く存在している。例えば、治療域の広い抗ウイルス薬リバビリンは、真核生物翻訳開始因子elF4Eの機能および細胞内局在を乱すことによって癌性形質転換を抑制することが分かっている9,10。従って、リバビリンは最近、再発または難治性M4/M5急性骨髄性白血病(AML)患者における第I相の用量漸増試験で評価された。リバビリンで処置した13人の患者に関するこの試験では、1人が完全緩解、2人が部分的緩解であった。よって、リバビリンはAMLの処置に効果的である可能性がある11。同様に、抗真菌ケトコナゾールはラットにおいて精巣および副腎からのアンドロゲンの生産を阻害する。この所見からして、ケトコナゾールは前立腺癌患者に関する臨床試験に速やかに進められ、そこで初期研究において臨床的有効性を示した12,13
【0101】
チゲサイクリン
白血病幹細胞に対して有効な化合物を特定するために、よく特徴付けられた薬物動態学および毒性学と広い治療域を有する薬物ライブラリー(n=312)を集めた。次に、このライブラリーに、TEX細胞およびM9−ENL1細胞の生存率を低下させる薬剤を同定するためのスクリーニングを行った。TEX細胞およびM9−ENL1細胞は、それぞれTLS−ERG癌遺伝子またはMLL−ENL癌遺伝子を形質導入した系列分離(lineage depleted)ヒト臍帯血細胞(Lin−CB)に由来するものであり、従前に示されているように階層的分化と骨髄再構築を含む幹細胞の特性を示す14,15。このスクリーニングでは、TEX細胞およびM9−ENL1細胞は化合物のアリコートで処理された。インキュベーション後、細胞増殖および生存率をMTSアッセイによって測定した。このスクリーニングから、チゲサイクリンが同定された。
【0102】
チゲサイクリンは、ある範囲のグラム陽性菌およびグラム陰性菌、特に薬剤耐性病原体16に対して活性があり、グラム陽性およびグラム陰性の複合感染の処置に関してFDAの認可を受けているグリシルサイクリン類の抗菌薬である。チゲサイクリンはテトラサイクリン骨格にtert−ブチル−グリシルアミド側鎖が付加されたミノサイクリンの類似体として合成により開発された17。この手法は、流出ポンプにより媒介される薬物耐性作用を低下させ、リボソームに対するその親和性を改善するために用いられた。そのデザインに一致して、チゲサイクリンは細菌タンパク質合成をそれぞれミノサイクリンおよびテトラサイクリンよりも3倍および20倍阻害することを示した18。機械的に、チゲサイクリンは細菌リボソームの30Sサブユニットに可逆的に結合して、アミノアシル−tRNA型がA部位に入るのを遮断し19、それにより、ペプチド鎖およびタンパク質合成を阻害する。
【0103】
チゲサイクリンは慣例的に大きな毒性なく12時間おきに静脈内に50mg投与されるが、より高用量も安全に用いられてきた。例えば、静脈内用量300mgは軽度の悪心を除いては十分許容されるものであり、抗白血病効果に必要な範囲内にある濃度であるCmax2.82μg/mL(5μΜ)が得られる20。動物における毒性試験も行われた。30mg/kg/日を超える用量を2週間施したラットでは、可逆的貧血、血小板減少症および骨髄細胞減少を伴う白血球減少が起こった21。この30mg/kg用量は、体表面積および体重の尺度化に基づきヒトでは150mgの薬剤に相当し、薬剤の抗微生物用量の3倍以内である。しかしながら、これらの高濃度のチゲサイクリンは感染の処置には使用されず、おそらく、なぜ抗癌活性がこれまでにこの薬剤で報告されてこなかったかを説明する。さらに、動物試験では、この薬剤が骨および骨髄などの組織に19:1といった高い血漿比率で蓄積することが示された。
【0104】
ミトコンドリアタンパク質合成
本明細書に記載の機構研究は、チゲサイクリンがミトコンドリアタンパク質合成を阻害することを示す。真核細胞は染色体中に構成されている核DNAとミトコンドリア内に存在する環状ミトコンドリアDNAの、2つの別個のゲノムを有する。ミトコンドリアDNAは16.6kbp長の二本鎖環状ゲノムからなり、イントロンを欠いている22。それは2つのrRNAと、22のt−RNAと、ミトコンドリア呼吸鎖の90のタンパク質のうち13をコードしている。呼吸鎖の残りのタンパク質は核にコードされ、ミトコンドリアに輸送され、電子伝達系の機能的複合体に組み立てられる。
【0105】
ミトコンドリアリボソームは細菌および真核生物のサイトゾルリボソームとは構造および化学的特性が異なる23。細菌リボソームに比べて、ミトコンドリアリボソームはおよそ半分ものrRNAおよびタンパク質の2倍を超える量を含む。ミトコンドリアリボゾームタンパク質は核遺伝子によりコードされ、サイトゾル内で翻訳される。ひと度翻訳されると、これらのタンパク質はミトコンドリアに運び込まれ、そこで2つのrRNA分子と結合してミトコンドリアの機能的リボソームを形成する。これらのミトコンドリアリボゾームタンパク質の多くは、細菌またはサイトゾルリボソームにおいて類似の類似体を持たない。ミトコンドリアリボソームは細胞質リボソームおよび細菌リボソームと構造が異なるが、機能は類似する。さらに、ミトコンドリアリボソームおよび細胞質リボソームは同じ伸長開始機構を用いる24−26
【0106】
細菌タンパク質合成を阻害する抗生物質は、ヒトミトコンドリアリボソームと交差反応し、ミトコンドリアタンパク質合成を阻害することが報告されている27。例えば、クロラムフェニコールは骨髄抑制を引き起こし、ミトコンドリアリボソームのA部位に結合することによりミトコンドリアタンパク質合成阻害の阻害によるものとされている28。オキサゾリジノンはクロラムフェニコールと同じ細菌リボソーム部位に結合し、これもまた骨髄抑圧を引き起こし、ヒトミトコンドリアリボソームを阻害することができる29
【0107】
方法
試薬
化学ライブラリーの化合物はSequoia Research Products Limited (Pangbourne, United Kingdom)から購入した。アネキシンVおよびヨウ化プロピジウム(PI)は(Invitrogen Canada, Burlington, Canada)から購入した。
【0108】
細胞系統
ヒト白血病(OCI−AML2、HL60、U937)細胞系統はRPMI 1640倍地で維持した。骨髄腫(LP−1、KMS11、8226、JJN3、OP−M2)細胞系統はイスコフ培地で維持した。卵巣(OVCAR)、前立腺(PC3)および肺胞(A549)細胞系統はRPMI 1640倍地で維持した。培地には10%ウシ胎仔血清(FCS)、100μg/mLのペニシリンおよび100単位/mLのストレプトマイシン(総てHyclone, Logan, UTから)を添加した。TEX細胞はIMDM、15%FBS、2mM L−グルタミン、1%ペニシリン−ストレプトマイシン、20ng/mL SCF、2ng/mL IL−3で維持した。M9−ENL1細胞はα−MEM、20%FBS、5%ヒト血漿、2mM L−グルタミン、1%ペニシリン−ストレプトマイシン、100ng/mL SCF、10ng/mL IL−3、5ng/mL IL−7および5ng/mL FLT3Lで維持した。細胞は総て、5%COを加えた加湿空気雰囲気中、37℃でインキュベートした。
【0109】
初代細胞
ヒト原発性急性骨髄性白血病(AML)サンプルを同意を得たAML患者の新鮮な末梢血サンプルから単離した。同様に、初代正常造血細胞は、幹細胞移植のために末梢血単核細胞(PBSC)の提供を同意を得た健常なボランティアから得た。これらのサンプルからフィコール密度勾配遠心分離によって単核細胞を単離した。初代細胞は、20%FCS、1mMのL−グルタミンおよび適当な抗生物質を添加したIMDM中、37℃で培養した。本試験のためのヒト組織の収集および使用は、University Health Network治験審査委員会により認可されたものである。
【0110】
化学スクリーン
TEXおよびM9−ENL−1細胞を96ウェルポリスチレン組織培養プレート(コーニング社製)に播種した。播種後、細胞を終濃度10μΜおよび1μΜ(DMSO 0.025%)にて、化学ライブラリー(n=312)の5μLアリコートで処理した。インキュベーションから72時間(TEX)および48時間(M9−ENL−1)後に、細胞増殖および生存率をMTSアッセイにより評価した。液体の取扱いはBiomek FX Laboratory Automated Workstation (ベックマンコールター社製, Fullerton, CA)によって行った。
【0111】
細胞生存率アッセイ
細胞増殖および生存率は、MTSアッセイ(プロメガ社製, Madison, WI)により、製造者の説明書に従って評価した。アポトーシスおよび細胞死は、製造者の説明書に従い、従前に記載されているように30、アネキシンV−フルオレセインイソチオシアネート(fluroscein isothiocyanate)(FITC;Biovision Research Products, Mountain View, CA)、ヨウ化プロピジウム染色およびフローサイトメトリーによって測定した。
【0112】
クローン性増殖を評価するために、原発性AML細胞(1.0×10/mL)または顆粒球コロニー刺激因子(G−CSF)動員PBSC(1.0×10/mL)を、IMDM中1%のメチセルロース(methycellulose)、30%FCS、1%ウシ血清アルブミン、3U/mLの組換えヒトエリスロポエチン、10−4Mの2−メルカプトエタノール、2mMのL−グルタミン、50ng/mLの組換えヒト幹細胞因子、10ng/mLのGM−CSFおよび10ng/mLのrh IL−3)を含有するMethoCult GF H4434培地(StemCell Technologies社製, Vancouver, BC)中、漸増濃度のチゲサイクリンとともに2反復で播種した。播種7日(AMLサンプル)または14日(正常PBCS)後に、コロニーの数を従前に記載されているように計数した31
【0113】
マウス白血病モデルにおけるチゲサイクリンの抗白血病活性の評価
OCI−AML2ヒト白血病細胞(1×10)をSCIDマウス(Ontario Cancer Institute, Toronto, ON)の側腹部に皮下注射した。注射7日後に、腫瘍が触知可能となったところで、マウスを1日2回、チゲサイクリン(50mg/kgまたは100mg/kg、i.p.注射による)またはビヒクル対照(n=10/群)で14日間処置した。腫瘍体積(腫瘍長×幅×0.5236)を1週間に3回カリパスを用いて測定した。細胞の注射から21日後に、マウスを犠牲にし、腫瘍を摘出し、腫瘍の体積および質量を測定した。
【0114】
マウス原発AMLモデルにおいてチゲサイクリンを評価するために、AML患者の新鮮な末梢血サンプルからヒト原発性AML細胞を単離した。凍結アリコートを解凍し、計数し、PBSに再懸濁した。原発性細胞(2×10)を、24時間前にセシウム−137源からの208radで照射した10週齢の雌NOD−SCIDマウスの右大腿に注射した。AML細胞の注射から3週間後に、マウスを毎日チゲサイクリン(100mg/kg、i.p.注射による)またはビヒクル対照(n=10/群)で3週間処置した。その後、マウスを犠牲にし、大腿から細胞を流出させた。骨髄におけるヒトAML細胞の生着はフローサイトメトリーによってヒトCD45CD33CD19のパーセンテージを計数することによって評価した。
【0115】
動物試験は総て、カナダ動物管理協会(Canadian Council on Animal Care)の規則に従い、施設内倫理審査委員会の認可を受けて行った。
【0116】
免疫ブロット法
従前に記載されているように32、細胞から全細胞溶解液を調製した。要するに、細胞をリン酸緩衝生理食塩水pH7.4で2回洗浄し、プロテアーゼ阻害錠剤(Complete tablets; ロッシュ社製, IN)を含有する溶解バッファー(1.5%n−ドデシルβ−マルトシド、シグマアルドリッチ社製, St. Louis, MO)に懸濁させた。タンパク質濃度をDCタンパク質アッセイによって測定した。等量のタンパク質をドデシル硫酸ナトリウム(SDS)−ポリアクリルアミドゲルに付した後、ニトロセルロース膜に転写した。膜を抗Cox−1(Santa Cruz Biotechnology社製)、抗grp78(シグマアルドリッチ社製, St. Louis, MO)、抗XIAP(BDバイオサイエンシズ社製)、抗α−チューブリン(シグマアルドリッチ社製, St. Louis, MO)、抗β−アクチン(Cell signalling Technology社製)、およびGE Health社からの二次抗体(IgGペルオキシダーゼ結合種特異的完全抗体)で試験した。検出は増強化学発光法(Pierce社製, Rockford, IL)によって行った。
【0117】
ミトコンドリア膜電位の検出
ミトコンドリア膜電位を測定するために、細胞を上記と同様にチゲサイクリンで処理した後、PBSで2回洗浄し、5μΜの5,5’,6,6’−テトラクロロ−1,1’,3,3’−テトラエチルベンズイミダゾリルカルボシアニンイオダイド(JC−1、シグマアルドリッチ社製)とともに37℃で20分間インキュベートした。次に、各サンプルを1mL PBSで2回洗浄し、500μLのPBSに再懸濁させた後、BD FACSCaliburで読み取った。サンプルを488nmで励起させ、526nm(緑)と595nm(赤)で発光を採取した。分析はFlowJoソフトウエア(TreeStar社製)を用いて行った。ミトコンドリア膜電位(赤/緑)を得るために、赤色チャネルからの発光を緑色チャネルからの発光で割った。
【0118】
逆転写酵素のリアルタイムPCR
ファーストストランドcDNAを1μgのDNアーゼ処理した全細胞RNAから、ランダムプライマーおよびSuperScript(商標)II逆転写酵素(インビトロジェン社製)を製造者のプロトコールに従って用いて合成した。リアルタイムPCRアッセイは、5ngRNA当量のcDNA、SYBR Green PCR Master Mix(アプライドバイオシステムズ社製)および400nmol/Lの遺伝子特異的プライマーを用い、3反復で行った。反応物を処理し、ABI 7900 Sequence Detection System(アプライドバイオシステムズ社製)で分析した。ヒトCox−1および18Sに対するヒトcDNAのフォワード/リバースPCRプライマー対を用いた。相対的mRNA発現を、記載32の通りにCT法を用いて測定した。
【0119】
結果
化学スクリーニングは潜在的抗白血病活性を有するチゲサイクリンを同定する
これまでに認識されていない白血病および白血病幹細胞に対するFDA認可薬が、それまでの毒性学および薬理学試験を考えれば、この新規な適応に関して速やかに位置付けのし直しをすることができる。このような化合物を同定するために、治療域が広く、薬物動態がよく理解されている薬剤の化学ライブラリー(n=312)を集めた。TEXおよびM9−ENL1白血病細胞を10μΜおよび1μΜ濃度にてこのライブラリーのアリコートで処理した。インキュベーション(TEX 72時間、M9−ENL1 48時間)後、細胞増殖および生存率をMTSアッセイにより測定した。インキュベーション時間の違いは、2つの系統間の増殖速度の違いによるものであった。これらのスクリーニングから、チゲサイクリンは10μΜにおいてTEX細胞とM9−ENL1細胞の双方で細胞増殖として同定された。薬剤濃度10μMでのこのスクリーニングの結果を図1A、Bに示す。
【0120】
チゲサイクリンはイン・ビトロにおいて好適な抗白血病活性を有する
悪性細胞系統の増殖および生存率に対するチゲサイクリンの効果を評価するために、白血病細胞、骨髄腫細胞および固形腫瘍細胞のパネルを漸増濃度のチゲサイクリンで処理した。インキュベーション72時間後、細胞増殖および生存率をMTSアッセイにより評価した。チゲサイクリンは5〜8μMのIC50で供試白血病細胞系統の生存率を低下させた(図1C)。ネズミ白血病細胞系統は、前白血病表現型および白血病表現型の種々の誘導物質でマウス骨髄から誘導したものである。3ND13pac pSF91細胞は前白血病モデルの代表的なものであり、セカンダリーヒット(Meis1、MN1)でAMLへと誘導することができる。9MN1細胞は癌遺伝子髄膜腫1(MN1)(34;PMID:17494859)を形質導入し、マウスモデルにおいて急速進行性AMLの誘導が可能である。ND13pan MN1細胞はMN1とND13の双方の癌遺伝子を発現するように操作されている。9MN1細胞およびND13pan MN1細胞は双方とも、高頻度の白血病幹細胞を維持する。HoxA9neo Meis1細胞はHOXA9とMeis1癌遺伝子を同時発現し、マウスモデルにおいて生着可能なAML誘導が可能である。これに対し、チゲサイクリンは骨髄腫細胞および固形腫瘍細胞系統に対して細胞傷害性が低く、IC50は10μΜを超える(図D、E)。チゲサイクリンは、フローサイトメトリーによって、アネキシンVにより標識された細胞のパーセンテージとして測定される、TEX細胞のアポトーシスにおいて時間依存的増加を示す(図1F)。チゲサイクリンはミノサイクリンおよびテトラサイクリンの構造類似体であるが、TEX細胞は25μΜまでの濃度でミノサイクリンまたはテトラサイクリンのいずれにも感受性が無かったことに留意されたい(図1G)。
【0121】
チゲサイクリンは正常造血細胞よりも優先的に原発性AML細胞に細胞死を誘導する
白血病細胞系統に対するチゲサイクリンの細胞傷害性を考え、原発性急性骨髄性白血病(AML)患者サンプルおよび正常造血細胞において細胞死を誘導するチゲサイクリンの能力を比較および評価した。原発性AML患者サンプルおよび初代正常造血細胞を漸増濃度のチゲサイクリンで48時間処理した。インキュベーション後、細胞生存率をアネキシンV染色により測定した。
【0122】
一部の白血病患者はチゲサイクリンに対する感受性を示したが(LD50 5μΜ、n=13 図2A)、少数の患者ではイン・ビトロでのチゲサイクリン処置に対する耐性が高かった(LD50>9μΜ、n=7、図2B)。感受性AML患者サンプルのうち2つは総ての現行の標準的AML化学療法計画に不応であった。初代正常造血細胞(PBSC)は、同種骨髄移植に対してG−CSF動員された、同意を得たドナーの末梢血から抽出した。これらの正常造血細胞は感受性原発性AMLサンプルよりもチゲサイクリンに対して耐性が高かった(LD50>10μΜ、n=5、図2C)。これらの正常造血細胞のCD34前駆細胞画分のチゲサイクリン感受性を分析した際、PBSCと比較して同様の活性が見られた。メチルセルロースコロニー形成アッセイにおける原発性AMLおよび正常造血細胞のクローン性増殖を阻害するチゲサイクリンの能力を評価した。チゲサイクリン(5μΜ)は、原発性AML患者サンプル(n=7)のクローン性増殖を93±4%引き下げた(図2D)。これに対し、5μΜのチゲサイクリンは、正常造血細胞のクローン性増殖を34±5%(n=5)引き下げた(図2D)。従って、チゲサイクリンは細胞死を誘導し、薬理学的に達成可能な濃度で正常細胞よりも優先的にAML細胞系統および原発性患者サンプルのクローン性増殖を阻害した。
【0123】
チゲサイクリンはマウス白血病モデルにおいて活性を示す
潜在的抗白血病薬としてのチゲサイクリンの効果を考え、マウス白血病モデルにおいてチゲサイクリンを評価した。イン・ビボにおいてチゲサイクリンの抗腫瘍有効性を評価するために、ヒトOCI−AML2白血病細胞をSCIDマウスの側腹部に注射した。注射7日後に腫瘍が触知可能となったところで、マウスを1日2回、チゲサイクリン(50mg/kgまたは100mg/kg、i.p.注射による)またはビヒクル対照で14日間処置した(n=10/群)。経時的に腫瘍体積および質量を測定した(図3A、B)。ビヒクル対照に比べ、チゲサイクリンは有意に腫瘍質量および体積を70%低下させた(p<0.001)。チゲサイクリンからの毒性の証拠は見られなかった。具体的には、マウスの身体または挙動に変化は無かった。この試験の結果として、剖検において臓器に大きな変化は無かった。イン・ビボでのチゲサイクリン処置が腫瘍細胞のミトコンドリア翻訳を阻害していたかどうかを判定するため、チゲサイクリン処置マウス(50mg/kg 1日2回、5日間)およびビヒクル処置マウス(生理食塩水 1日2回、5日間)の腫瘍から単離されたシトクロムCオキシダーゼタンパク質サブユニットの相対的発現を調べた。チゲサイクリン処置マウスからの腫瘍は、核により翻訳され、コードされるサブユニットCox−4に比べてミトコンドリアで翻訳されるサブユニットCox−1およびCox−2発現の優先的低下を示す。従って、OCI−AML2異種移植モデルにおける腫瘍質量および体積の低下がミトコンドリア翻訳阻害と関連していた(図3C)。
【0124】
イン・ビボにおいて白血病生着を開始させる能力により定義される原発性AML幹細胞に対するチゲサイクリンの効果もまた評価した。3人のAML患者からの原発性細胞(3つの独立した実験)を、致死量以下で照射を行った雌NOD−SCIDマウスの右大腿に大腿内注射した。注射3週間後にマウスを毎日チゲサイクリン(100mg/kg i.p.注射による)またはビヒクル対照(n=10/群)で3週間処置した。注射6週間後にマウスを犠牲にし、右大腿から細胞を流出させた。骨髄におけるヒトAML細胞の生着はフローサイトメトリーによってヒトCD45CD33CD19細胞のパーセンテージを計数することによって評価した。ビヒクル対照で処置したマウスに比べ、チゲサイクリンは、大きな臓器毒性または体重低下なく、ヒト原発性AML細胞の生着を有意に低下させた(図3D)。
【0125】
よって、チゲサイクリンは白血病腫瘍の増殖を遅延させ、マウス白血病モデルにおいて薬理学的に達成可能な濃度で原発性AML細胞の生着を低下させた。
【0126】
チゲサイクリンは白血病細胞にけるミトコンドリアタンパク質合成を阻害する
チゲサイクリンは30S細菌リボソームと結合し、それにより、伸長を阻害し、タンパク質合成を低下させる。従って、その翻訳がサイトゾルリボソームおよびミトコンドリアリボソームに依存するタンパク質の発現に対するチゲサイクリンの効果を評価した。TEX、OCI−AML2および2人の原発性AML患者からの細胞を漸増濃度のチゲサイクリンで処理し、ミトコンドリア翻訳タンパク質Cox−1、Cox−2およびCox−4のレベルを免疫ブロット法によって経時的に測定した。Cox−1とCox−2は、ミトコンドリアの電子伝達系の最終酵素であるシトクロムCオキシダーゼの3つの大サブユニット(I、IIおよびIII)のうちの2つである。サブユニットI、IIおよびIIIはミトコンドリアゲノムによってコードされ、もっぱらミトコンドリアリボソームにより翻訳される33。Cox−1およびCox−2と対照的に、シトクロムCオキシダーゼのCox−4サブユニットは核ゲノムによりコードされ、核リボソームにより翻訳される。TEX、OCI−AML2および2人のAML患者からの細胞を漸増濃度で処理し、Coxサブユニットタンパク質の発現をウエスタンブロット法によって調べた。チゲサイクリン処置は、核翻訳サブユニットIVよりもミトコンドリア翻訳サブユニットIおよびIIの優先的低下と関連している(図4A)。また、チゲサイクリンは、サイトゾルリボソームにより翻訳される核コードタンパク質XIAPまたはgrp78の発現を変化させなかった(図4A)。チゲサイクリンで処理したTEXおよび原発性AML細胞は、定量的RT−PCRで測定した際に、ミトコンドリアによりコードされる遺伝子Cox−1、Cox−2のmRNA発現を核によりコードされる遺伝子Cox−4よりも優先的に増加させた(図4B)。このことは、ミトコンドリアタンパク質合成阻害はミトコンドリアによりコードされるmRNAの増加、およびミトコンドリア酵素サブユニットの安定で不変の核コードmRNAをもたらすことを示したこれまでの試験と一致する。
【0127】
ミトコンドリア非呼吸鎖酵素クエン酸シンターゼと比較した、呼吸鎖複合体の酵素活性に対するチゲサイクリン処置の効果を調べた。TEX白血病細胞を70時間チゲサイクリンで処理した後、クエン酸シンターゼ活性と比較して呼吸鎖酵素を分析した。同等のチゲサイクリン濃度(2.5μΜおよび5μΜ)はクエン酸シンターゼと比較して複合体IおよびIVの酵素活性を低下させたが、複合体IIの活性への影響は小さかった(図4C)。同様の結果が、ミトコンドリアタンパク質合成の既知の阻害剤であるクロラムフェニコールで見られた。
【0128】
酸化的リン酸化の際、酸素還元とATP合成の間を介在するものが、ほとんどミトコンドリア膜電位から構成される電気化学的プロトン勾配である。ATPシンターゼ(複合体V)は起電力としてプロトン勾配を用いてATPを生成する。カルボシアニン色素JC−1により測定した際のミトコンドリア膜電位に対するチゲサイクリン処置の効果を調べた。TEX細胞および3つの異なる原発性AMLサンプルは、チゲサイクリン処置(5μΜ)後、細胞死の開始に先立つ時点でミトコンドリア膜電位を低下させた(図4D)。ミトコンドリア膜電位の低下は、2人の異なるG−CSF動員正常ドナー由来の正常造血細胞では見られなかった。AMLサンプルはまた、実施例2に記載のように、ミトコンドリアDNAコピー数を増やし、ミトコンドリア質量を増大させた(図5)。これは正常造血細胞と比較してチゲサイクリンに対する原発性白血病芽細胞の優先的感受性と関連している可能が最も高い。
【0129】
電子伝達系のミトコンドリア酵素活性の副産物は反応性酸素種(ROS)の生成である。ミトコンドリア複合体の阻害剤は、ROSの生成に急速な増加をもたらすことがこれまでに示されている。よって、ジクロロフルオレセイン色素(DCF−DA)を用いて過酸化水素イオン(H)を、また、ジヒドロエチジウム(DHE)を用いてスーパーオキシド陰イオンを分析することによって白血病細胞におけるROSの生成に対するチゲサイクリンの役割を調べた。チゲサイクリン処置後のTEX細胞においては、24時間までの時点でROS生成に増加は見られなかった(図4D)。このチゲサイクリン処置によって変わらないROS生成は、ROSレベルに急速な増加が見られたアジ化ナトリウム、ロテノン、オリゴマイシンまたはアンチマイシンなどの種々のミトコンドリア複合体酵素阻害剤の活性と比較した場合に独特なものであった。白血病細胞におけるチゲサイクリン処置は、ミトコンドリアETC阻害剤または非カップリング薬で通常見られるものとは異なる機構を介したミトコンドリア膜電位の消失をもたらしている(図4D)。
【0130】
実施例2
急性骨髄性白血病細胞のミトコンドリアの特徴を評価した。
【0131】
ミトコンドリアDNAコピー数を、原発性AMLおよび正常G−CSF動員ドナーの末梢血からの単核細胞において求めた。細胞からDNAを抽出し、ヒトグロブリン(HGB)と比較してミトコンドリアND1に関してリアルタイムPCRを行った。ND1/HGB比は、1人の正常G−CSF動員ドナーからの細胞と比較して示す(図5A)。
【0132】
ミトコンドリア質量も評価した。ミトコンドリア質量はAML芽細胞塊およびCD45+/CD34+細胞で評価し、正常G−CSF動員個体からのCD45+/CD34+細胞と比較した。ミトコンドリア質量は、細胞をMitotracker Green FM色素とともにインキュベートした後にフローサイトメトリーを行うことによって測定した。
【0133】
簡単に述べれば、AML患者サンプルを5および10μMのチゲサイクリンで48時間処理した。処理後、細胞生存率をアネキシンV染色により測定した。並行して、チゲサイクリンで処理しなかった同じAML細胞をMitotracker Green FMで染色してミトコンドリア質量を測定した。ミトコンドリア質量は正常CD34+造血系細胞のサンプルに対してノーマライズした。
【0134】
中央蛍光強度を1人の正常G−CSF動員ドナーと比べて示す(図5B)。
【0135】
ミトコンドリア質量を、従前に記載したMitotracker Green FM法を用いて11人のAML患者からの芽細胞で測定した。その後、細胞を漸増濃度のチゲサイクリンとともに48時間インキュベートした。生存率は、アネキシン−V/PI染色とその後のフローサイトメトリーにより評価した。5μΜおよび10μΜ用量でのベースラインミトコンドリア質量とチゲサイクリンに対する感受性の間の相関を示す(図5C)。
【0136】
本開示を現在のところ好ましい例であると考えられるものに関して記載してきたが、本開示は開示されている例に限定されないと理解すべきである。これに対し、本開示は添付の特許請求の範囲の趣旨および範囲内に含まれる種々の改変および等価な構成を包含することを意図する。
【0137】
総ての刊行物、特許および特許出願は、各個の刊行物、特許または特許出願が具体的かつ個々に引用することによりその全内容が本明細書の一部とされることが示される場合と同じ程度で、引用することによりその全内容が本明細書の一部とされる。
【0138】
本明細書内で参照された参考文献のリスト


【図1−1】

【図1−2】

【図1−3】

【図2−1】

【図3−2】

【図4−2】

【図4−3】

【図4−4】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
癌細胞において細胞傷害性を誘導する方法であって、癌細胞をグリシルサイクリンと接触させることを含んでなる、方法。
【請求項2】
癌細胞が被験体におけるものであり、被験体に有効量のグリシルサイクリンが投与される、癌を処置するための請求項1に記載の方法。
【請求項3】
癌を処置するためのグリシルサイクリンの使用。
【請求項4】
癌の処置において用いるためのグリシルサイクリン化合物。
【請求項5】
a)被験体から試験サンプルを得ること;
b)試験サンプルのミトコンドリアDNAコピー数および/またはミトコンドリア質量を測定すること;
c)試験サンプルのミトコンドリアDNAコピー数および/またはミトコンドリア質量を対照のミトコンドリアDNAコピー数および/またはミトコンドリア質量と比較すること、および
d)試験サンプルのミトコンドリアDNAコピー数および/またはミトコンドリア質量が対照のミトコンドリアDNAコピー数および/またはミトコンドリア質量に比べて少なくとも2倍高い場合に被験体にチゲサイクリンを投与すること
を含んでなる、請求項2に記載の癌を処置する方法。
【請求項6】
対照に比べてミトコンドリアDNAコピー数および/またはミトコンドリア質量が少なくとも2倍高い癌を処置するための、請求項3に記載のチゲサイクリン(tigecyline)の使用。
【請求項7】
グリシルサイクリンがチゲサイクリンである、請求項1または2に記載の方法、請求項3に記載の使用、または請求項4に記載の化合物。
【請求項8】
癌細胞がイン・ビボのものである、請求項1〜7のいずれか一項に記載の方法、使用または化合物。
【請求項9】
癌が血液癌であるか、または癌細胞が血液癌細胞である、請求項1〜8のいずれか一項に記載の方法、使用または化合物。
【請求項10】
血液癌が白血病、リンパ腫もしくは骨髄腫であるか、または癌細胞が白血病細胞、リンパ腫細胞もしくは骨髄腫細胞である、請求項9に記載の方法、使用または化合物。
【請求項11】
白血病がAML、ALL、CLLもしくはCMLであるか、または白血病細胞がAML細胞、ALL細胞、CLL細胞もしくはCML細胞である、請求項10に記載の方法、使用または化合物。
【請求項12】
癌が固形腫瘍癌であるか、または癌細胞が固形腫瘍癌細胞である、請求項1〜11のいずれか一項に記載の方法、使用または化合物。
【請求項13】
固形腫瘍癌が肺、卵巣もしくは前立腺癌であるか、または癌細胞が肺癌細胞、卵巣癌細胞もしくは前立腺癌細胞である、請求項12に記載の方法、使用または化合物。
【請求項14】
投与されるチゲサイクリンなどのグリシルサイクリンが組成物、用量または投与形に含まれてなる、請求項1〜13のいずれか一項に記載の方法、使用または化合物。
【請求項15】
組成物が有効量のグリシルサイクリンと場合により好適な担体またはビヒクルとを含んでなる、請求項14に記載の方法、使用または化合物。
【請求項16】
組成物が医薬組成物である、請求項15に記載の方法、使用または化合物。
【請求項17】
医薬組成物が固体投与形および液体投与形から選択される投与形である、請求項16に記載の方法、使用または化合物。
【請求項18】
組成物が非経口投与、静脈内投与、皮下投与、筋肉内投与、頭蓋内投与、眼窩内投与、眼球投与、脳室内投与、嚢内投与、脊髄内投与、大槽内投与、腹腔内投与、鼻腔内投与、エアゾール投与または経口投与により投与される、請求項17に記載の方法、使用または化合物。
【請求項19】
組成物が注射投与形を含んでなる、請求項18に記載の方法、使用または化合物。
【請求項20】
組成物が腫瘍内注射または腫瘍内血管注射により投与される、請求項17に記載の方法、使用または化合物。
【請求項21】
各単位投与形が約100mg〜約2000mg、約100mg〜約1500mg、約100mg〜約1000mg、約100mg〜約700mg、約100mg〜約500mg、約100mg〜約350mg、約100mg〜約300mgまたは約100mg〜約250mgのグリシルサイクリン、例えば、チゲサイクリンを含んでなる、請求項17に記載の方法、使用または化合物。
【請求項22】
各単位投与形が固体経口投与形、液体経口投与形または注射投与形に処方され、処置を必要とする被験体に対して約20〜約100mgのグリシルサイクリン/kg体重、約30〜約100mgのグリシルサイクリン/kg体重、約40〜約100mgのグリシルサイクリン/kg体重、または約50〜約100mgのグリシルサイクリン/kg体重を含んでなる、請求項17に記載の方法、使用または化合物。
【請求項23】
チゲサイクリンの投与から利益を受け得る被験体を同定する方法であって、
被験体から試験サンプルを得ること;
試験サンプルのミトコンドリアDNAコピー数および/またはミトコンドリア質量を測定すること;および
試験サンプルのミトコンドリアDNAコピー数および/またはミトコンドリア質量を対照のミトコンドリアDNAコピー数および/またはミトコンドリア質量と比較すること
を含んでなり、
該被験体は、その癌細胞が対照に比べて少なくとも2倍高いミトコンドリアDNAコピー数および/またはミトコンドリア質量を有する場合にチゲサイクリンの投与から利益を受け得ると同定される、方法。
【請求項24】
請求項1〜23のいずれか一項に記載の方法、使用または化合物において用いるための、グリシルサイクリンおよび説明書および/または包装材料を含んでなるキット。
【請求項25】
グリシルサイクリンがチゲサイクリンである、請求項24に記載のキット。

【図5】
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【図2−2】
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【図3−1】
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【図4−1】
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【公表番号】特表2013−521314(P2013−521314A)
【公表日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−556354(P2012−556354)
【出願日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【国際出願番号】PCT/CA2011/000258
【国際公開番号】WO2011/109899
【国際公開日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【出願人】(508265055)ユニバーシティー ヘルス ネットワーク (4)
【Fターム(参考)】