説明

真空中での超硬質非晶質炭素被膜の形成方法

真空チャンバ中に物品を載置し、チャンバを排気し、加速イオンで物品の表面を処理し、処理表面上に後に形成する層を接着させる材料層を形成し、グラファイトカソードでパルス電子−アーク放電を開始し、カソード表面に沿って動く複数のカソードスポットから炭素プラズマのパルス流を生成し、物品表面の所定領域に炭素プラズマを収束して超硬質非晶質炭素被膜を形成し、物品温度を、電子−アーク放電パルスの繰り返し周波数を制御することによって200から450Kの範囲内に維持する工程を含む真空中での超硬質非晶質炭素被膜を形成する方法であって、炭素被膜を形成する工程において、炭素プラズマのパルス流が、23から35eVのイオン平均エネルギー、1012から1013cm-3のイオン濃度を有し、炭素プラズマ流の軸が、物品の所定表面に対して15から45°の角度傾斜させ、被膜の形成工程において、物品の温度変化Δtが、50から100Kの範囲内で維持することを特徴とする方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、真空中での超硬質耐久性被膜の形成技術に関し、より詳細には、真空中での超硬質非晶質炭素被膜の形成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
応力緩和非晶質4面体配位炭素膜の公知の形成方法は、パルスレーザを用いて基体にグラファイトターゲットを堆積し、6GPaを越える内部応力を有する炭素膜を形成し、次いで、500〜750℃でその膜をアニーリングして内部応力を減少させることからなる(例えば、米国特許第6103305号参照)。
その方法は、形成された物品をアニールする温度が高く、形成された物品の材料の強度を損ない、時にそのように形成された物品の破壊を招くために実行が不可能である。
【0003】
最近の教示は、真空中で超硬質炭素被膜を形成する方法であり、真空チャンバ内に物品を載置し、続いてチャンバを排気し、加速イオンで物品表面を処理し、物品表面に、後続層の接着を付与する材料層を形成し、グラファイトカソードでパルス電子アーク放電を開始し、カソード表面に沿って動く複数のカソードスポットから炭素プラズマパルス流を生成し、炭素プラズマを物品表面の所定領域に収束させ、超硬質非晶質炭素被膜を形成する工程からなり、物品温度は、電子アーク放電パルスの繰り返し周波数を制御することによって200〜450Kに維持される(仏特許第2114210号参照)。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
その方法は、形成された炭素被膜において、高い内部圧縮応力が生じ、その結果、基体が反り、所定の膜厚に達するとコーティングが剥離するという根本的な欠点を有する。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の基本的な目的は、真空中で超硬質非晶質炭素被膜を形成する方法を提供することを目的とし、その方法は、基体の反り、所定の膜厚に達するとコーティングが剥離するという結果を招く高い内部圧縮応力の発生が存在するであろう。
【0006】
その目的は、真空チャンバ中に物品を載置し、排気し、
加速イオンで物品の表面を処理し、
処理表面上に、後に形成する層を接着させる材料層を形成し、
グラファイトカソードでパルス電子−アーク放電を開始し、カソード表面に沿って動く複数のカソードスポットから炭素プラズマのパルス流を生成し、
物品表面の所定領域に炭素プラズマを収束して超硬質非晶質炭素被膜を形成し、物品温度を、電子−アーク放電パルスの繰り返し周波数を制御することによって200から450Kの範囲内に維持する工程を含む真空中での超硬質非晶質炭素被膜を形成する方法であって、本発明によれば、炭素被膜を形成する工程において、炭素プラズマのパルス流が、23から35eVのイオン平均エネルギー、1012から1013cm-3のイオン濃度を有し、炭素プラズマ流の軸が、物品の所定表面に対して15から45°の角度傾斜させ、
被膜の形成工程において、物品の温度変化Δtが、50から100Kの範囲内で維持することを特徴とする方法によって達成される。
【0007】
物品の温度変化Δtは、電子アーク放電パルスの繰り返し周波数を制御することによって都合よく維持される。
物品の温度変化Δtは、物品から熱を除去することによって通常維持される。
【0008】
被膜形成の過程で、被膜形成表面に炭素プラズマを交差させる点を通って延び、その表面に対して垂直である軸に対して、物品を都合よく回転させる。
炭素被膜形成表面への炭素プラズマ流の傾斜は通常、炭素被膜形成表面に対して15から45°の角度で炭素プラズマ源軸を配置することによって設定される。
【0009】
炭素プラズマ流軸は、炭素被膜形成表面に対する流傾斜を画定するように、炭素プラズマ流を磁界に付すことによって好都合に設定される。
炭素被膜形成表面に対する炭素プラズマ流の傾斜は、通常、炭素被膜の形成の過程で、15から45°の範囲内で変化する。
【0010】
炭素被膜形成表面に対する炭素プラズマ流の傾斜は、通常、炭素被膜の形成の過程で、定期的に、15から45°の範囲内で変化する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の好ましい実施形態を説明する。
真空中での超硬質非晶質炭素被膜の形成方法は、以下のように実行される。
物品の表面を、予め、次の脱脂とともに機械的処理によって調製する。次いで、真空チャンバ内において、その中の物品を回転させるために用いられる特別なデバイスに物品を載置し、物品をそのデバイスに固定する。そのチャンバを、1×10-3Paの圧力に排気する。また、回転デバイスは、物品から熱を除去するためにも用いる。
【0012】
誘電性の物品を処理する場合、加速イオンは、ガスのイオンを加速したものである。金属製の物品の処理は、チタンカソードを備える電子アークプラズマ源によって加速金属イオンを発生させることによって、それらの表面のさらなる処理を施す。アーク流を、70から80Aの値に設定し、700から1500Vの負電位を物品に供給し、プラズマの正電荷イオン成分の静電気加速を与える。
【0013】
次いで、負電位を50から1000Vに減少させ、100から500オングストローム厚の金属下層を形成する。金属はチタン、クロム、ジルコニウム、ニオブ、タングステンからなる群から選択することができる。
【0014】
次いで、グラファイトカソードを、真空中、電子アークによってスパッタし、カソード領域近傍、電極間のカソード−アノードの間に、加速された炭素プラズマ流を生成させ、その軸が15から45°の角度で炭素被膜形成表面に対して傾斜するように配向させる。
【0015】
スパッタリングの過程で、物品を、被膜形成表面に対して垂直である軸の周りを回転かせる。グラファイトカソードをスパッタするために、以下のパラメータを有するパルス真空−アーク放電を用いる。2000μFの容量を有する容量バンクにわたって300Vの電圧、0.7から1.0msの放電間隔、1から20Hzの放電パルス繰り返し周波数。カソードスポットは、グラファイトカソード表面にそって浮上し、動くが、25から35eVの平均エネルギー及びその濃度が1012から1013cm-3である所定の放電パルス継続時間でのイオンの炭素プラズを発生させる。炭素プラズマは、物品表面に収束され、種々の配向グループ−クラスターからなる均一な非晶質構造を形成し、炭素原子は、ダイアモンドの特徴を示す四面体の配向及び結合を有する。炭素イオンのエネルギー特性及び基体温度は、形成された被膜の特性に、より詳細には、炭素結合における共有結合の形成に決定的な影響を与える。
【0016】
25から35eVの平均エネルギーを有する炭素イオンによる炭素凝集表面の衝撃は、450K以下の温度の基体に、炭素原子間でダイアモンド型結合を有する超硬質被膜の形成をもたらす。
【0017】
硬質炭素凝集における内部圧縮応力は、構造的な特性であり、種々の種類の欠陥の形成及び発生のプロセスによって生じ、その欠陥の主なものは放射線−誘導欠陥である。炭素イオンの平均エネルギーの下限は、炭素元素置換の閾値エネルギー、25eVと同等である。そのエネルギーが35eVを超えると、この超過が圧縮において「膨張」、つまり、炭素圧縮容積の増加及びそれらの内部応力値の増加をもたらす空位及び空位複合体の蓄積を招く。
【0018】
炭素凝集が成長した表面におけるイオンの入射角の制御によって、凝集中の放射線−誘導欠陥の数を低減して、被膜中の内部圧縮応力の値を実質的に減少させることができる。さらに、炭素イオンは、15から45°の角度で、成長する凝集表面に衝突し、ファンデアワールス力によって表面に残存する原子及び原子群を除去し、その結果、表面のダイアモンド型結合の形成をもたらす。
【0019】
形成された凝集物に垂直に指向された炭素イオン流は、放射線−誘導欠陥の深さ方向の不均一な分布の形成を招く。約0.2から0.4nm厚の表面層は、空位が密集する。より小さいマイグレーションエネルギー(約0.1eV)を有する節間(inter-node)炭素原子は、より深く貫通し、そのような状況は、成長する凝集の硬化を招くと同時に、形成された炭素凝集物における内部圧縮応力を発現させる。25から35eVの平均イオンエネルギーを有する炭素プラズマパルス流からの炭素被膜の形成及びその軸が15から45°の角度で炭素被膜形成表面に対して傾斜していることは、イオンエネルギーの垂直成分の値を調整し、深さ方向において形成される放射線−誘導欠陥の数を低減させ、それに対応して被膜内の内部圧縮応力のレベルを低下させる。
【0020】
しかし、傾斜の値が15°未満である場合、表面から反射する炭素イオンの数が増加するために凝集率が実質的に降下する。被膜形成表面に対する炭素イオン流の傾斜が45°を超えると、イオンエネルギー垂直成分の値が、接線成分値を超え、それによって、被膜深さにおける放射線−誘導欠陥の蓄積のために炭素凝集内での内部圧縮応力の成長の増加をもたらす。
【0021】
炭素被膜内の内部応力は、さらに、被膜を形成する間の物品の温度変化が100Kを超えないようにパルス繰り返し周波数を制御することによって、減少させることができる。その表面に被膜が形成される物品基体の温度が上昇するにつれて、それらの間のグラファイト−特性結合を発現させる原子の割合が増大する。よって、物品の温度変化が100Kを超えると、内部凝集プロセスの段階において形成される炭素凝集物の構造が、より高温で形成された被膜の構造と異なるであろう。この状況は、凝集物をより大きな容積にし、従って、その中に内部圧縮応力の高い値をもたらす。このように、物品の温度範囲の変化を100K以内に維持することで、炭素被膜を構造的に均一にし、与えられる内部圧縮応力を最小レベルに止める。
【0022】
被膜の膜厚方向の均一性を改善するために、炭素被膜形成表面に対する炭素プラズマ流の傾斜は、磁界に炭素プラズマ流を付すことによって設定される。
種々の内部応力値を有する炭素被膜を提供するために、炭素被膜形成表面に対する炭素プラズマ流の傾斜角度を、炭素被膜の形成中に、磁界を用いて15から45°の範囲内で変化させる。
【0023】
実施例1
単結晶NaClの新たな劈開面のような試料を、適当な装置内に固定し、炭素プラズマ流に対して30°の角度で配置した。30nmの炭素膜を、以下のパラメータでのパルス放電中で、グラファイトカソードを電子−アークスパッタリングすることによって適用した。2000μFの容量を有する容量バンクにわたる電圧が300V、0.75msの放電パルス間隔、1Hzの放電パルス繰り返し周波数。これらの条件下、炭素イオンの平均エネルギーを35eVとした。試料の初期の温度は293Kであり、最終温度を313Kとした。炭素膜の形成過程での試料温度の変化を20Kとした。炭素膜は、単結晶NaClから分離した後、電子線クリアランス回折法によって検査し、3つの非晶質の孔を検出した。炭素原子の原子配列における短い範囲の配向の詳細な構造研究のために、電子散乱強度の角度分布を測定し、原子放射分布関数を構築した。モンテカルロ法による構造シュミレーションによって、非晶質炭素膜構造の3Dモデルを得た。構造物の下層にダイアモンド構造の四面体特徴を測定した。
【0024】
実施例2
20×20×10mmの大きさの硬質炭素スチールの研磨試料を用いた。その試料を、除熱を行う特別な装置内に固定し、炭素プラズマ流に対して45°の角度で真空チャンバ内に配置した。試料を真空チャンバに配置し、そのチャンバを10-3Paの圧力に排気した。チタンプラズマの電子アーク源によって発生させたチタンイオンによって、試料を処理した。チタンからなる消耗カソードを用いた。チタンイオンを、装置に1000Vの加速負電位を印加することによって、静電的に加速させた。アーク流を75Aに設定した。処理時間は3分間であった。次いで、電位を70Vに低減し、チタン層を50nmの膜厚で形成した。その後、炭素層を、グラファイトカソードをパルス真空−アークスパッタリングすることによって、試料全体に渡る電位を投入せずに、以下のパラメータにて、5μmの膜厚で形成した。2000μFの容量を有する容量バンクにわたる電圧が300V、0.75ms間隔の放電パルス、10Hzの放電パルス繰り返し周波数。さらに、炭素イオンの平均エネルギーを35eV、炭素被膜の形成中の試料の温度を、343Kから443Kまで、100kごとに変化させた。ビッカースマイクロ硬度はHV7000であり、圧子への負荷は50gであった。
【0025】
実施例3
試料は、シリコーンプレートであり、真空チャンバ中の回転装置における水平面に固定した。チャンバを10-3Paの圧力まで排気した。プレート表面を、以下の放電パタメータで加速アルゴンイオンによって処理した。放電流100mA、放電電圧2000V、処理時間1.5分。次いで炭素層を170nmの膜厚で、電子アークパルススパッタリングによって、以下のパラメータで形成した。2000μFの容量を有する容量バンクにわたる電圧が300V、1.0ms間隔の放電パルス、3Hzの放電パルス繰り返し周波数。これらの条件下、炭素イオンの平均エネルギーを25eVとした。炭素プラズマビームを、炭素凝集形成表面に対して15°の角度で、磁界によって偏向させた。
炭素凝縮物における内部圧縮応力は、シリコーンプレートのひずみ値を元に測定して、0.5Gpaであった。このように形成された被膜においては剥離はなかった。
【0026】
実施例4
用いた試料は、その一方に、ホログラフィー刻印された微起伏を有する一定サイズの99.99純度の金インゴットであった。そのインゴットを、真空チャンバ中の回転装置における水平面に固定した。チャンバを10-3Paの圧力まで排気した。インゴット表面を、以下の放電パタメータで加速アルゴンイオンによって処理した。放電流100mA、放電電圧2000V、処理時間30秒。次いで、炭素層を120nmの膜厚で、電子アークパルススパッタリングによって、以下のパラメータで形成した。2000μFの容量を有する容量バンクにわたる電圧が300V、0.75msの放電パルス間隔、3Hzの放電パルス繰り返し周波数。これらの条件下、炭素イオンの平均エネルギーを35eVとした。炭素プラズマビームを、炭素凝集形成表面に対して15°の角度で、磁界によって偏向させた。
標準摩耗試験によって、10倍のホログラフィー起伏の耐摩耗の改善が示された。
【0027】
産業上の利用可能性
本発明は、切断、形削り、測定ツール、摩擦に付されるアセンブリの一部、精密エンジニアリングアセンブリの一部の寿命を延ばす;ホログラフィー又は回折微起伏を含む微起伏を摩耗から保護する;医療においては、良好な表面特性の結果として移植片の生体適合性を改善する;電子機器においては、表面硬度の増大及び摩擦因子の低減の結果として、ビデオ及びオーディオヘッドならびに硬質磁気ディスクの寿命を延ばす;音響においては、音響膜の特性を改善する目的に、赤外領域の光学部材の被膜として、さらに装飾用被膜として、好適に用いることができる。



【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空チャンバ中に物品を載置し、チャンバを排気し、
加速イオンで物品の表面を処理し、
処理表面上に、後に形成する層を接着させる材料層を形成し、
グラファイトカソードでパルス電子−アーク放電を開始し、カソード表面に沿って動く複数のカソードスポットから炭素プラズマのパルス流を生成し、
物品表面の所定領域に炭素プラズマを収束して超硬質非晶質炭素被膜を形成し、物品温度を、電子−アーク放電パルスの繰り返し周波数を制御することによって200から450Kの範囲内に維持する工程を含む真空中での超硬質非晶質炭素被膜を形成する方法であって、
炭素被膜を形成する工程において、炭素プラズマのパルス流は、23から35eVのイオン平均エネルギー、1012から1013cm-3のイオン濃度を有し、炭素プラズマ流の軸を、物品の所定表面に対して15から45°の角度で傾斜させ、
被膜の形成工程において、物品の温度変化Δtを、50から100Kの範囲内で維持することを特徴とする方法。
【請求項2】
物品の温度変化Δtを、電子−アーク放電パルスの繰り返し周波数を制御することによって維持することを特徴とする請求項1の方法。
【請求項3】
物品の温度変化Δtを、物品からの熱を除去することによって維持することを特徴とする請求項1の方法。
【請求項4】
被膜の形成過程において、物品を、被膜形成表面に対する炭素プラズマ流の交差点を通って延び、その表面に垂直である軸で回転させることを特徴とする請求項1の方法。
【請求項5】
炭素被膜形成表面に対する炭素プラズマ流の傾きを、炭素被膜形成表面に対して15から45°の角度で炭素プラズマ源軸を配置することによって設定することを特徴とする請求項1の方法。
【請求項6】
炭素プラズマ流軸を、炭素形成表面に対して所定の流傾斜角度となるように、炭素プラズマ流を磁界に付すことによって設定することを特徴とする請求項1の方法。
【請求項7】
炭素被膜形成表面に対する炭素プラズマ流の傾斜を、15から45°の範囲内で炭素被膜の形成過程で変化させることを特徴とする請求項6の方法。
【請求項8】
炭素被膜形成表面に対する炭素プラズマ流の傾斜を、15から45°の範囲内で炭素被膜の形成過程で定期的に変化させることを特徴とする請求項6の方法。


【公表番号】特表2007−501331(P2007−501331A)
【公表日】平成19年1月25日(2007.1.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−532165(P2006−532165)
【出願日】平成16年4月21日(2004.4.21)
【国際出願番号】PCT/RU2004/000149
【国際公開番号】WO2004/104263
【国際公開日】平成16年12月2日(2004.12.2)
【出願人】(505430964)アルゴール アルジャバ ソシエテ アノニム (1)
【氏名又は名称原語表記】ARGOR ALJBA S.A.
【住所又は居所原語表記】Via Moree,14 CH−6850 Mendrisio Switzerland
【Fターム(参考)】