説明

糖蛋白質の分析法

【課題】糖蛋白質を簡便に分析する方法を提供すること。
【解決手段】糖蛋白質を分解してペプチド断片とし,得られたペプチド断片をセルロース膜に通過させて糖ペプチド断片を分離し,分離した糖ペプチド断片を逆相クロマトフィーに付して各糖ペプチド断片を分取し,各糖ペプチド断片につきアミノ酸配列を決定すること,を含んでなるものである,糖蛋白質の分析法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,セルロース膜を用いて,糖蛋白質を分解して得られたペプチド断片の混合物から,糖鎖が共有結合したペプチド(糖ペプチド)と糖鎖を有さないペプチドを分離するステップを含む,糖蛋白質の分析法に関する。
【0002】
糖蛋白質の糖鎖の分析は,一般に,分析すべき糖蛋白質を2群に分け,トリプシン処理してペプチド断片とした後,一方をグリコシダーゼで処理してグリコシダーゼ処理群とし,他方をグリコシダーゼで処理をしないグリコシダーゼ非処理群とし,次いでこれらを逆相カラムクロマトグラフィーに付して分析し,両群それぞれについて得られた2つのクロマトグラムを比較することにより行われている。糖鎖が共有結合したペプチドの断片(糖ペプチド断片)はグリコシダーゼ処理により糖鎖が切断されるので,2つのクロマトグラムを比較したとき,溶出位置の移動するピークが糖ペプチド断片として同定される。次いで,ここで同定された糖ペプチド断片を含む逆相カラムクロマトグラフィーのピークに一致する画分のみを選択的に分取し,次いで分取した画分について,ペプチド分析及び糖鎖構造の解析を行うことにより,如何なる糖鎖がタンパク質の如何なる位置に結合しているかを分析することができる。
【0003】
上記の分析方法は,糖蛋白質をトリプシンで処理してペプチドに分解し,これを逆相カラムクロマトグラフィーに供して分離する工程を含む。蛋白質のトリプシンによる切断箇所は,蛋白質の分子量すなわちペプチド鎖の長さが増加すると,それに従って概ね増加する傾向にある。従って,比較的分子量の大きい糖蛋白質をトリプシンで処理した場合,得られるペプチド断片の分子種が多くなり,逆相カラムクロマトグラフィーの結果得られるクロマトグラム上で,ペプチド断片の各分子種に対応するピークが重なり合い,分離されないという現象が生じる。2以上のピークが重複すると,個々のピークを分離して分取することができないので,そのピークに対応するペプチドの分析ができない。従って,このような糖蛋白質の分析は困難である。
【0004】
糖蛋白質をトリプシンで処理して得られるペプチド断片から,糖ペプチド断片のみを予め分離し,この予め分離された糖ペプチド断片のみを逆相カラムクロマトグラフィーで分析することができれば,分析すべき糖蛋白質の分子量が比較的大きい場合であっても,その分析が可能となる。何故ならば,糖ペプチド断片は,糖蛋白質をトリプシンで処理して得られるペプチド断片の全分子種の一部であるので,糖ペプチド断片のみを予め分離することにより,逆相カラムクロマトグラフィーで分析したときに得られるクロマトグラム上でのピーク数を減少させることができるからである。その結果,各々のピークが重複する可能性が小さくなるので,比較的分子量の大きい糖蛋白質であっても,その分析が可能となる。
【0005】
糖蛋白質,例えばヒト免疫グロブリンGを,ヒドラジン処理することにより得られる糖鎖由来のオリゴ糖を,セルロースカラムクロマトグラフィーを用いて単離精製する方法が知られている(特許文献1,特許文献2参照)。例えば,特許文献1には,予め水及びメタノールで順次洗浄したセルロースカラムを,ブタノール:エタノール:水=4:1:1(V/V)の混合液で平衡化させ,これに糖鎖由来のオリゴ糖を含む溶液を通してオリゴ糖を選択的にセルロースカラムに結合させ,カラムをブタノール:エタノール:水=4:1:1(V/V)の混合液で洗浄した後に,エタノール/水=1:1(V/V)の混合液でオリゴ糖を溶出させて回収する方法が開示されている。しかしながら,これらの文献には,糖蛋白質を分解して得られた糖ペプチドを単離精製する方法についての記載はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】 特開平11−209389号公報
【特許文献2】 特公平5−79079号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記背景の下で,本発明の目的は,糖蛋白質を分解して得られたペプチド断片の混合物から,糖鎖が共有結合したペプチド(糖ペプチド)と糖鎖を有さないペプチドを分離するステップを含む,糖蛋白質の分析法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的に向けた研究において,本発明者らは,糖蛋白質であるヒトイズロン酸2−スルファターゼを分解して得られたペプチド断片の混合物から,セルロース膜を用いて,簡易に糖ペプチド断片のみを分離できることを見出した。本発明は,これらの発見に基づいて完成されたものである。すなわち,本発明は以下を提供する。
(1)糖蛋白質を分析する方法であって,糖蛋白質をペプチド断片に分解するステップと,該ペプチド断片を含有する溶液をセルロース膜に通過させて,糖ペプチド断片を該セルロース膜に結合させるステップと,該セルロース膜に結合させた該糖ペプチド断片を,該セルロース膜から溶出させるステップとを含む,方法。
(2)該分解が,蛋白質分解酵素を用いて行われるものである,(1)の方法。
(3)該糖蛋白質が,リソソーム酵素,エリスロポエチン,卵胞刺激ホルモン,甲状腺刺激ホルモン,GM−CSF,G−CSF,M−CSF,抗体からなる群から選択されるものである,(1)又は(2)の方法。
(4)該リソソーム酵素が,イズロン酸2−スルファターゼ,α−ガラクトシダーゼA,酸性スフィンゴミエリナーゼ,α−L−イズロニダーゼ,N−アセチルガラクトサミン−4−スルファターゼ,グルコセレブロシダーゼ(グルコシルセラミダーゼ),リソソーム酸性リパーゼ,酸性α−グルコシダーゼからなる群から選択されるものである,(3)の方法。
(5)該セルロース膜から溶出からさせた該糖ペプチド断片を,逆相クロマトグラフィーに付し,得られたクロマトグラム上のピークに相当する画分を分取するステップと,分取された該画分に含まれる該糖ペプチド断片について,アミノ酸配列を決定するするステップとを更に含むものである,(1)〜(4)の方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば,糖蛋白質を分解して得られたペプチド断片の混合物から,糖ペプチド断片と糖鎖を有さないペプチド断片の混合物から,簡易に糖ペプチド断片のみを分離できるので,比較的分子量の大きい糖蛋白質の分析を簡易に実施することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】rhl2Sのトリプシン消化物(グルコシダーゼ未処理)を,セルロース膜に通過して得られた通液と溶出液の逆相クロマトグラフィーによる分析結果を示すクロマトグラム。実線が通液,破線が溶出液のクロマトグラムを示す。縦軸は任意の蛍光強度,横軸はサンプル負荷完了後の経過時間(分)を示す。矢印は糖ペプチド断片に由来するピークを示す。
【図2】rhl2Sのトリプシン消化物(グルコシダーゼ処理及び未処理)の逆相クロマトグラフィーによる分析結果を示すクロマトグラム。実線がグルコシダーゼ処理,破線がグルコシダーゼ未処理のもののクロマトグラムを示す。縦軸は任意の蛍光強度,横軸はサンプル負荷完了後の経過時間(分)を示す。矢印は糖ペプチド断片に由来するピークを示す。
【図3】rhl2Sのトリプシン消化物(グルコシダーゼ未処理)(実線)と,rhl2Sのトリプシン消化物(グルコシダーゼ未処理)をセルロース膜に通過して得られた溶出液(破線)の逆相クロマトグラフィーによる分析結果を示すクロマトグラム。縦軸は任意の蛍光強度,横軸はサンプル負荷完了後の経過時間(分)を示す。矢印は糖ペプチド断片に由来するピークを示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明において,「糖ペプチド」というときは,糖とペプチドとが共有結合したものをいう。糖ペプチドは,糖蛋白質をプロテアーゼで加水分解して得られる他,天然にも尿中等に存在する。また,糖ペプチドは,酵素反応を含む化学反応により,糖鎖をペプチド鎖に人工的に付加することによっても得られる。また,本発明において,「ペプチド断片」というときは,蛋白質(糖蛋白質を含む)をプロテアーゼで加水分解して得られるペプチドのことをいい,「糖ペプチド断片」というときは,糖蛋白質をプロテアーゼで加水分解して得られる糖ペプチドのことをいう。ペプチド断片は糖ペプチド断片を含む概念である。また,本発明において,「糖蛋白質」というときは,糖と蛋白質とが共有結合した一群の物質の総称のことをいう。
【0012】
本発明において,糖蛋白質の分解は,蛋白質を構成するペプチド結合の特定の位置を選択的又は優先的に切断する手法により行われる。かかる手法には,蛋白質分解酵素(ペプチダーゼ)を使用して糖蛋白質を分解する酵素法と,ペプチダーゼを使用せず臭化シアン等により糖蛋白質を分解する化学法がある。酵素法に使用できるペプチダーゼとして,トリプシン,キモトリプシン,リジルエンドペプチダーゼ,グルタミンエンドペプチダーゼ,ペプチジル−ASPメタロエンドペプチダーゼ等が好適であるが,特にトリプシンが好適である。化学法としては,臭化シアン,2−ニトロ−5−チオシアノ安息香酸又はo−ヨードソ安息香酸を用いて糖蛋白質を分解する手法が好適に使用できる。
【0013】
糖蛋白質の分解は,分解して得られたペプチド断片のアミノ酸配列の決定等を目的とする場合,一般に,糖蛋白質を構成するペプチド鎖の一時構造を直鎖状にしてから実施する。従って,ジスルフィド結合を分子内に有する糖蛋白質を分解する場合,予めジスルフィド結合を切断し,且つジスルフィド結合が再構成されないようにSH基をブロッキングして,糖蛋白質を直鎖状のペプチドとする。本発明において,かかるジスルフィド結合を切断し且つSH基をブロッキングする手法として,蛋白質変性剤存在及び還元化剤存在下で,糖蛋白質にSH基のブロッキング剤を反応させる方法が使用できる。当該目的が達成できる限り,使用できる蛋白質変性剤,還元化剤及びSH基のブロッキング剤に特に限定はないが,蛋白質変性剤としてグアニジン塩酸塩,還元化剤としてジチオスレイトール及びSH基のブロッキング剤としてヨード酢酸が好適に使用できる。
【0014】
本発明において,分析される糖蛋白質は,特に限定はないが,好ましくはイズロン酸2−スルファターゼ,α−ガラクトシダーゼA,酸性スフィンゴミエリナーゼ,α−L−イズロニダーゼ,N−アセチルガラクトサミン−4−スルファターゼ,グルコセレブロシダーゼ(グルコシルセラミダーゼ),リソソーム酸性リパーゼ,酸性α−グルコシダーゼ等のリソソーム酵素,エリスロポエチン,卵胞刺激ホルモン,甲状腺刺激ホルモン,GM−CSF,G−CSF,M−CSF,抗体であり,特に,組換え体技術を用いて合成されたヒト等の哺乳動物の糖蛋白質である。
【0015】
糖蛋白質を分解して得られたペプチド断片の混合物は,当該混合物を含む溶液を,当該セルロース膜を通過させることによって,糖ペプチドと糖鎖を有さないペプチドとに分離できる。本発明において,使用できるセルロース膜に特に限定はないが,市販の親水性再生セルロース,例えばスパルタン(HPLCサンプル前処理用シリンジフィルター,ワットマン社)が好適に使用できる。このとき,当該セルロース膜を通過させるペプチド断片の混合物は,予めブタノールとエタノールと水の混合液(溶解液)に溶解させたペプチド断片溶液とする。この溶解液のブタノールとエタノールと水の比率は,好ましくは,ブタノール:エタノール:水=3〜5:0.5〜1.5:0.5〜1.5(V/V),より好ましくはブタノール:エタノール:水=3.5〜4.5:0.8〜1.2:0.8〜1.2(V/V),更に好ましくは3.8〜4.2:0.9〜1.1:0.9〜1.1(V/V)である。また,当該セルロース膜は,ペプチド断片溶液を通過させる前に,予めブタノールとエタノールと水の混合液(平衡化液)で平衡化させる。この平衡化液のブタノールとエタノールと水の比率は,好ましくは,ブタノール:エタノール:水=3〜5:0.5〜1.5:0.5〜1.5(V/V),より好ましくはブタノール:エタノール:水=3.5〜4.5:0.8〜1.2:0.8〜1.2(V/V),更に好ましくは3.8〜4.2:0.9〜1.1:0.9〜1.1(V/V)である。当該平衡化液のブタノールとエタノールと水の比率は,溶解液のものと同一であることが望ましいが,異なってもよい。ペプチド断片溶液を平衡化液で平衡化させたセルロース膜に通過させると,該溶液中に含まれる糖ペプチド断片が選択的にセルロース膜に結合する一方,糖鎖を有さない糖ペプチド断片はセルロース膜を通過する。従って,通液を分取することにより,糖鎖を有さないペプチド断片を選択的に得ることができる。
【0016】
ペプチド断片溶液を通過させた後,セルロース膜はブタノールとエタノールと水の混合液(洗浄液)で洗浄される。当該洗浄液のブタノールとエタノールと水の比率は,好ましくは,ブタノール:エタノール:水=3〜5:0.5〜1.5:0.5〜1.5(V/V),より好ましくはブタノール:エタノール:水=3.5〜4.5:0.8〜1.2:0.8〜1.2(V/V),更に好ましくは3.8〜4.2:0.9〜1.1:0.9〜1.1(V/V)である。当該洗浄液のブタノールとエタノールと水の比率は,平衡化液のものと同一であることが望ましいが,異なってもよい。このとき得られるセルロース膜を通過させた洗浄液には,糖鎖を有さないペプチド断片が含まれるので,これを,上記通液に合わせることにより,より効率よく糖鎖を有さないペプチド断片を選択的に得ることができる。
【0017】
セルロース膜に結合した糖ペプチド断片は,セルロース膜の洗浄後,エタノールと水の混合液(溶出用液)をセルロース膜に通過させることにより溶出される。この溶出用液のエタノールの比率は,好ましくは,エタノール:水=1:1〜9(V/V),より好ましくはエタノール:水=1:1.5〜4(V/V),更に好ましくは1:1.8〜2.2(V/V),より更に好ましくは1:2(V/V)である。セルロース膜を通過させた溶出液を分取することにより,糖ペプチド断片を選択的に得ることができる。
【0018】
セルロース膜を通過させた溶出液に含まれる糖ペプチド断片は,逆相クロマトグラフィーに付すことにより,分子種ごとに分離することができる。逆相クロマトグラフィーにより得られたクロマトグラム上の各ピークは糖ペプチド断片の各分子種に対応するので,各ピークに対応する画分を分取することにより,糖ペプチド断片を分子種ごとに分離できる。このようにして分離された糖ペプチド断片の各分子種については,エドマン分解等を用いた周知の方法により,そのアミノ酸配列を分析することができる。同様の分析は,上記通液に含まれる糖鎖を有さないペプチド断片についても行うことができる。更に,同時に糖鎖の分析を行うことにより,如何なる糖鎖がタンパク質の如何なる位置に結合しているかを分析することができる。
【実施例】
【0019】
以下,実施例を参照して本発明を更に詳細に説明するが,本発明が実施例に限定されることは意図しない。
【0020】
〔ヒトイズロン酸−2−スルファターゼのトリプシン消化〕
組換え体ヒトイズロン酸−2−スルファターゼ(rhl2S)の精製品を,公知の手法を用いて準備した(米国特許公報5798239)。0.1mgのrhl2Sを,50μLの蛋白質溶解液(66.8gのグアニジン塩酸塩,6.1gのトリスヒドロキシメチルアミノメタン及び0.372gのエチレンジアミン四酢酸二ナトリウムを水に溶かし,1N塩酸でpH8.5に調整した後,水を加えて100mLとしたもの)に溶解させた後,4μLの還元化溶液(10mgのジチオスレイトールを50μLの蛋白質溶解液に溶かしたもの)を添加して振り混ぜ,室温で30分間静置した。次いで,4μLのブロッキング溶液(25mgのヨード酢酸を60μLの1N水酸化ナトリウムに溶かしたもの)を添加して振り混ぜ,遮光下,室温で30分間静置した。次いで,反応物をゲルろ過カラムクロマトフィーに付して,rhl2Sを含む画分を分取した。このときゲルろ過カラムクロマトフィーは,純水で平衡化させたSephadex G−25 superfine(カラム径5mm,カラム長150mm,GEヘルスケア)に反応物を付し,室温で流速1mL/分で水を流して,紫外吸光光度計で波長215nmの吸光度をモニターしながら行った。分取したrhl2Sを含む画分を減圧乾固し,65μLの純水で溶解した後,5μLの1mol/L重炭酸アンモニウム水溶液を加えて振り混ぜた。次いで,10μLのトリプシン溶液(25μgのトリプシンを50mLの1mmol/L塩酸に溶かしたもの)を加えて振り混ぜ,2〜8℃で9時間静置して反応させた。トリプシン反応後,溶液を95℃で5分間加熱してトリプシンを失活させ,これをトリプシン消化物とした。
【0021】
rhl2Sは,分子量約77kDの糖蛋白質であり,その分子内にトリプシンの切断部位を理論上45箇所存在するので,rhl2Sをトリプシン処理することにより生じるペプチド断片の数は少なくとも46となる。rhl2Sは,分子内に8箇所の糖鎖結合部位がある。糖鎖結合部位の中で,Asn488とAsn512の間にはトリプシンの切断部位が存在しないので,rhl2Sをトリプシン処理することにより生じる糖ペプチド断片の数は理論上7である。
【0022】
〔ヒトイズロン酸−2−スルファターゼのグリコシダーゼ処理〕
上記のトリプシン消化物を二分し,その一方に5μLのグリコシダーゼ試液(ロシュ・ダイアグノスティックス製)を振り混ぜ,2〜8℃で3時間静置した。次いで溶液95℃で5分間加熱してグリコシダーゼを失活させた。もう一方のトリプシン消化物は,グリコシダーゼ未処理とした。
【0023】
〔セルロース膜による糖ペプチドの分離〕
グリコシダーゼ未処理のrhl2Sのトリプシン消化物を濃縮乾固し,100μLの蒸留水で溶解した後,100μLのエタノールと400μLのブタノールを順次加えて振り混ぜて,試料溶液とした。5mL容量のシリンジ(テルモシリンジ針無し5mL SS−05SZ)に水を5mL吸い取り,これにセルロース膜(スパルタン30,ワットマン社)を取り付けて,シリンジのピストンをゆっくりと押し下げて圧を加え,セルロース膜に水を通した。次いで,同様にして,エタノール:水=1:2(V/V)の混合液(溶出用液)5mL,次いでブタノール:エタノール:水=4:1:1(V/V)の混合液(平衡化液)5mLをセルロース膜に通して,セルロース膜を平衡化させた。次いで,同様にして試料溶液をセルロース膜に通し,通液を回収した(通液1)。次いで,5mLの平衡化液をセルロース膜に通し,通液を回収した(通液2)。次いで5mLの溶出用液をセルロース膜に通し,溶出液を回収した。通液1と2を合わせて通液とした。
【0024】
〔逆相カラムクロマトグラフィーによる分析〕
上記の操作で得られた溶出液及び通液を減圧乾固した後,100μLの純水に溶解してサンプル溶液とし,これを逆相クロマトグラフィーに30μL付して分析した。逆相クロマトグラフィーは,逆相カラム(Vydac 218TP54,内径4.6mm,長さ250mm,粒径5μm,Grace Vydac社)を取り付けた高速液体クロマトグラフ装置(島津HPLCシステムLC−20A)を用いて行った。移動相Aを0.1%トリフルオロ酢酸水溶液,移動相Bを0.1%トリフルオロ酢酸−70%アセトニトリル水溶液とし,移動相Aと移動相Bを〔移動相A:移動相B=98:2(V/V)〕の比率で混ぜた混合液で逆相カラムを平衡化させた後,サンプル溶液をそれぞれ付した。46分間かけて移動相Aと移動相Bの移動相における移動相Bの比率を2%から60%まで直線的に上昇させ,更に,7分間かけて移動相における移動相Bの比率を99%にまで直線的に上昇させ,続いて移動相Bの比率を99%とした移動相を12分間流した。このとき,移動相の流速を0.5mL/分,カラム温度を50℃に設定し,カラム出口からの流路に蛍光検出器を設置し,215nmの吸光度を記録してクロマトグラムを作成した。
またグルコシダーゼ処理したトリプシン消化物と,グルコシダーゼ未処理のトリプシン消化物とを,セルロース膜に通過させることなく,そのままサンプル溶液とし,これを逆相クロマトグラフィーに10μL付して上記と同様にしてそれぞれ分析した。
【0025】
〔分析結果〕
通液と溶出液を逆相クロマトグラフィーに付したときのそれぞれのクロマトグラムを比較したところ,両者で得られるピークの位置が異なり,セルロース膜によって,糖鎖を有さないペプチド断片が通液に,糖ペプチド断片が溶出液に分取され,糖の有無によってペプチド断片が分離されたことが示唆された(図1)。
【0026】
次いで,グリコシダーゼ未処理のトリプシン消化物と,グリコシダーゼ処理をしたトリプシン消化物とを,セルロース膜に通すことなく,逆相クロマトグラフィーに付したときのそれぞれのクロマトグラムを比較したところ,グリコシダーゼ処理の有無により移動又は消失するピークがあった(図2)。グリコシダーゼ処理の有無により移動又は消失するピークは,糖ペプチド断片に由来するピークであると考えられた。そこで,図1の溶出液のクロマトグラムと,図2のグリコシダーゼ未処理のトリプシン消化物のクロマトグラムとを比較した(図3)。その結果,溶出液のクロマトグラムの各ピークは,グリコシダーゼ未処理のトリプシン消化物のクロマトグラムにおける糖ペプチド断片に由来すると考えられたピーク(図中矢印で示す)とほぼ一致することがわかった。
【0027】
次いで,溶出液を付したときのクロマトグラムで得られた,糖ペプチド断片に由来すると考えられた図中矢印で示した7つのピークに対応する画分を分取し,それぞれアミノ酸分析を行った。その結果,これらの7つの画分に含まれるペプチド断片のアミノ酸配列は,理論上rhl2Sをトリプシン処理したときに生じると想定された7つの糖ペプチド断片のアミノ酸配列と一致した。
【0028】
以上の結果から,rhl2Sをトリプシン消化することにより生じるペプチド断片から,セルロース膜を用いて,糖ペプチド断片と糖を有さないペプチド断片が,それぞれ溶出液と通液に分離されたことがわかった。また,分離された糖ペプチド断片を逆相クロマトグラフィーで更に分離することにより,各糖ペプチド断片のアミノ酸配列を決定することができることがわかった。以上のことから,糖蛋白質をペプチド断片に分解した後,該ペプチド断片を含有する溶液をセルロース膜に通過させて,糖ペプチド断片を該セルロース膜に結合させるステップを,糖蛋白質の分析法における1ステップとして組み込むことが,糖蛋白質の分析方法として有効であることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明によれば,糖蛋白質を分解して得られたペプチド断片の混合物から,糖ペプチド断片と糖鎖を有さないペプチド断片を簡便に分離することができるので,医薬品等に用いる糖蛋白質の分析法として使用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
糖蛋白質を分析する方法であって,糖蛋白質をペプチド断片に分解するステップと,該ペプチド断片を含有する溶液をセルロース膜に通過させて,糖ペプチド断片を該セルロース膜に結合させるステップと,該セルロース膜に結合させた該糖ペプチド断片を,該セルロース膜から溶出させるステップとを含む,方法。
【請求項2】
該分解が,蛋白質分解酵素を用いて行われるものである,請求項1の方法。
【請求項3】
該糖蛋白質が,リソソーム酵素,エリスロポエチン,卵胞刺激ホルモン,甲状腺刺激ホルモン,GM−CSF,G−CSF,M−CSF,抗体からなる群から選択されるものである,請求項1又は2の方法。
【請求項4】
該リソソーム酵素が,イズロン酸2−スルファターゼ,α−ガラクトシダーゼA,酸性スフィンゴミエリナーゼ,α−L−イズロニダーゼ,N−アセチルガラクトサミン−4−スルファターゼ,グルコセレブロシダーゼ(グルコシルセラミダーゼ),リソソーム酸性リパーゼ,酸性α−グルコシダーゼからなる群から選択されるものである,請求項3の方法。
【請求項5】
該セルロース膜から溶出からさせた該糖ペプチド断片を,逆相クロマトグラフィーに付し,得られたクロマトグラム上のピークに相当する画分を分取するステップと,分取された該画分に含まれる該糖ペプチド断片について,アミノ酸配列を決定するするステップとを更に含むものである,請求項1〜4のいずれかの方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−13407(P2013−13407A)
【公開日】平成25年1月24日(2013.1.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−138207(P2012−138207)
【出願日】平成24年6月1日(2012.6.1)
【出願人】(000228545)日本ケミカルリサーチ株式会社 (27)
【Fターム(参考)】